2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全32件 (32件中 1-32件目)
1
今日は、約束通り、チビに付き合う日。昨日は、衆議員議員選挙だった。結果は民主党の大勝利だった。これは、国民が、日本を変えたいって強く思っている結果だと思う。ただ、民主党に絶大な期待を持って投票したんじゃないと思う。自民党に、少し頭を冷やしてもらい、現実を見極めてもらい、政権を移すことによって、何かのスウィッチが入れば良い・・・という、期待を持っての、結果だったのだと思う。朝からホテルのTVをつけ、新議員達のインタビューを見ながら、用意をした。昨日スブ濡れになった、バックや中身は、昨日のうちに広げてあったので、バック以外は、何とか乾いた。表は、相変わらずの雨。でも、22階からの眺めは、抜群だった。チビと下に降りて、バイキングの美味しい食事を頂きました。このホテル、なかなか良い。外人さんも多い。卵料理のコーナーにいる、美人の年配の女性コックさんが、外国の子供とやりとりしていた。部屋に戻る時、いつものように段ボールを買って上がった。部屋に入り、荷物を送り返すよう作り、帰る用意をして、昨日帰りにコンビニで買ったレインコートを着て、フロントに荷物を取りに来てもらった。最近、泊まる時はいつもパソコンを借りるのだが、今回は、チビが行きたい漱石関係のお店検索に大活躍した。チェックアウトして、タクシーでまず漱石のお墓のある雑司ヶ谷霊園に。私も漱石が卒論テーマだったが、お墓には行っていなかったので、凄く楽しみだった。探しました、霊園の14区域。地図で見た時、かなりの奥のようだったが、そうでもなく、たどり着けた。チビに聞いたが、漱石の墓石は「イス」をかたどっているのだそう。なるほどね~。雨の中、まだ新しいお花が供えてある大きなお墓に手を合わせた。すぐ横に、小さな「夏目家の墓」と書かれたお墓があった。何故だ?一緒に入れてもらえなかった方がいるのかな?裏に回ると、漱石の名前「夏目金之助」の名前があった。漱石は、生まれてすぐに養子に出された。ある日、たまたま養子先の店先に、かごに入れられた赤ちゃんの漱石を見た母親が、不憫に思い、すぐさま取り戻した・・・といういきさつがある。チビは、漱石のお墓に、とても感銘を受けて、いつまでも手をあわせていたり、「来たね~」と何度も言っては写真を撮っていた。そこから表通りに出て、池袋までタクシーで戻った。さて、そこから地下鉄に乗って、神田淡路町まで行き、漱石のために作られた「洋風かきあげ」を出しているお店「松栄亭」に。お店自体は、まだ新しい建物だった。中に入り、メニューを見て、「洋風かきあげ」と、こういう古くからの洋食店は、絶対に「ハヤシライス」が美味しいはずだから、一緒に頼んだ。「洋風かきあげ」は、玉ねぎや、お肉などが卵で和えてフライのように揚げてあるものだった。正直、味はそう美味しいものじゃなかった。「ハヤシライス」は予想通り、抜群においしかった。折角来たのだから、お客さんも出ていったし、ご主人に聞いてごらん…とチビに言った。お勘定をしていただくとき、自分は漱石の卒論のために、今日ここに来た・・・と伝えたら、お話好きなご主人が色々お話してくださった。かい摘んで書くと、まだ、学生で書生だった漱石は、いつもおなかをすかせていたそう。で、ご主人のお爺さんが、まだお店を出す前、コックとして務めていたお屋敷で、ご主人から漱石のため、何か洋食でおなかにたまるものはないか…と頼まれ、考え出したのがこの洋風かきあげだったそう。漱石は、和食がダメだったそうで、洋食一辺倒だったらしい。で、そのお爺さんがお店を出す時有名になった漱石に、この洋風かきあげをお店の目玉にすることを許可を得て、出し始めたのだそう。そして、漱石のお墓の疑問も解けた。あの夏目家の横にあった小さなお墓は、漱石の秘書だった方のお墓だそう。松栄亭のご主人ともご一緒に記念撮影させていただいた。次に神田淡路町から銀座に出て、漱石が好きだった和菓子屋「空也」へ。ここ、今でも人気。最中と言えば、「空也」というくらい、開店と同時に売り切れになることも多々だそう。店舗は小さいのに、引切り無しに、お客さんが出入りする。店舗の中と言ったら、おおよそ和菓子屋さんらしくない。何せ、台の上に、たった2種類の縦15センチ、横10センチ、厚さ5センチほどの小さなお菓子の入った箱しか置いていないのだ。中身は、最中の一箱と、水羊羹のような羊羹と可愛い小さなおまんじゅう、それにケシの実の付いた餅菓子だけ。だが、それを、次々、入ってきては、お客さんが「10箱」と、大量に買っていくのだ。は~、本当に老舗なんだ・・・・とつくづく思った。我々も、ラッキーな事にまだあった最中とそのお菓子の入ったものと、一箱ずつ買った。本当は、漱石が好きなのは、冬にこのお店でつくられている、「空也餅」だそうだが、この季節は、この二種類しかないそう。通販もしていないし、予約していないと、なかなか買えない最中だそう。デパートにもはいっていない、頑固とも言えるほど、この店舗のみの販売だが、その人気はすごい。さて、雨も小降りになり、レインコートを脱いで、残りの時間は、渋谷に行くことにした。昨日、私がコンサートに行っている間、チビは、漱石ゆかりのお店と、渋谷のロフトと、パルコに行ったそう。で、私に見せたいお店を見つけた・・・とか。私も、つい5日前ジョセフが目撃されたロフトに行きたかった。地下鉄で銀座から、渋谷に出た。ロフトに行き、ジョセフが物色していたというお風呂グッズの階を見て、下に降りて、チビがお薦めのロマンチックなグッズのあるお店に行った。そりゃー、190センチ近い身長のジョセフがうろうろしていたら、目立つよなあ。さて時間も時間だったので、そこから品川に行き、身体が冷えちゃったので、美味しいお紅茶を飲んでゆっくりし、帰宅のため、のぞみに乗った。さあ、お帰りです。何だか、さみしいなあ。東京から出る時、いつもこんな気持ちだ。それは、40年前、東京からここに引っ越した時、家族はとっくに東京を離れていたのに、春休みの最後の最後まで行きたくなくて、中学を卒業したばかりの15歳の私が、一人、大きなクマのぬいぐるみと、カナリアの入ったカゴを両手一杯に持って、従姉妹と親友に送られ、新幹線に乗り込んだ時のたまらない寂しさの気持ち。まあ、それから毎年、東京に帰りたくて、高校、大学、モード学園時代の夏休みの間中、何をするでもなく、いつも伯母の家に滞在させて貰ったものだったなあ。表は、雨がいつの間にかやんでいた。午後7時過ぎ、駅に着いて、パパに迎えに来てもらった。車に乗ったら、あんら大変。車がパンクしちゃっていた。すぐに、近くのガソリンスタンドに入った。パパの車は大きいので、なかなかタイヤがない。いつも日産に頼むと、暫く入らず、台車になる。所が、ラッキー、そのガソリンスタンドに、少し質は落ちるそうだが支店にあるという。すぐに持ってきてもらい、代えるのに、小一時間掛かるそう。丁度そのガソリンスタンドが、我が家が大好きな地鳥のお店の横。それじゃ、そこで食事をしている間にしてもらおうということになって、3人で美味しい地鳥を七輪で焼き、夕飯を頂きました。こういうの、棚からぼたもちって言うんだよね(笑)は~、楽しかった。これで、少し、ジョセフの台中落選の辛さが、軽減されるかな?パパ、いろいろありがとうございました。チビと一緒に楽しく旅行できました。また、行こうね!画像は、漱石のお墓、松栄亭と、洋風かき揚げです。
2009年08月31日
コメント(0)
こちらはパート2ですので↓から読んでくださいませ。さて一回引っ込んだメンバー。いつものように「あらしコール」そして、アンコール。約束通りに、潤クンは、キラキラブルゾンを着て出てきた。髪の毛、結んでるよ~。お団子頭みたいに、可愛いじゃん(*^_^*)「まだまだ大丈夫か~」って、もう、ここまで来たら、どうにでもしてって感じだね。「明日に向かって」の時の客席のライトが、思いきりみんなライトを左右に大きく振って、すんごく奇麗!3曲ほど唄って、また引っ込んだ。また、「嵐、嵐のコール」はい、出てきました。「ONE LOVE」やっぱり、これアンコールに持ってきたか~。そりゃ、この曲で嵐は全国区になったけど・・・。「言葉より大切なもの」が良かったなあ。皆に歌わせようと、マイクを会場に向けた。大合唱。すぐ下に、潤クン来ました。大ちゃんも、顔がちゃんと見えるよ~。翔君の嬉しそうな、輝くような笑顔。いつものアンコールのように「五里霧中」そして、最後に聖火台の上で「A・RA・SHI」はい、これも振りと大合唱ですな。ステージに戻って、MADなどステージメンバーの紹介。コンサート途中で生バンドも紹介したけど、すぐに、ビニールのカーテンで楽器や機材が濡れないように、閉めちゃった。メンバー「ばいばい」と引っ込んだ。その時、ニノが言った「気をつけて、帰りなさいよ」の言い方がおかしくて、会場から笑いが起きた。パラパラ帰り始める人。でも、まだ、規制退場のアナウンスがないから、やってくれると見た。後にいた3人組の女の子たちが、「いやー、」と泣いていたので、「大丈夫だよ、規制退場のアナウンスないから、また出て来てくれるよ」というと「ほんとですかぁ」って、可愛いよね。さてさて、暫くすると案の定、出てきました5人。トリプルアンコールです。でもなかなか歌いださない。「雨、すごいからさ」と翔君。客席が少し騒ぎだしたら、潤クン「俺は~、みんなのこと、心配して言ってんだぞ」ったって、ここまできて、もう、今更雨なんてこわくないもんね~。ニノ「本当に心配してっから」また会場から「エーーーーっ」潤クン「ん~、まだ、行けるか~?」会場「イエ―――っ」そこからの潤クンが良かった。大きく会場を見まわし、「ほんっとに、あったかいよね。こんな土砂降りなのに、誰も席たとうとしない・・・・・。本当にありがとう。」ありゃ、潤クン、泣いてるよ。「こんなみんなに支えられて、この10年があるんだなあって思います」大ちゃんも「本当に幸せ者だよね」翔君「国立のみんな、本当にありがとうございます。ほんとはこんなこと言っちゃいけないのかもしんないけど、会場の外にいる人たちも、ありがとうっ」誰が言ったか忘れちゃったけど「これからも、ずっと、変わらずついてきてください」相葉ちゃん「意味もわからずデビューの時、日本に嵐を巻き起こすって言ったけど、今になってその意味、かみしめてます。」ニノがいつものように茶化して「相葉さん、これからは?」相葉ちゃん「今度は世界に嵐を巻き起こす」会場爆笑と拍手。さて、そして、歌い出したのは私が最近の作品では一番好きだった、このブログにも、何度も早く出してと書いた「SEAZON」。嬉しかった~。そして、メンバーがそれぞれ口ぐちに「ありがとう」を言いながらはける中、ニノがまた「気をつけてかえんなさいよっ」(爆)翔君「本当に気をつけてね」潤クン「風邪ひかないようにね。」相葉ちゃん「すべらないように気をつけてね」雨だからそこ、ファンを気遣ってくれるメンバーの愛を感じますなあ。最後に大ちゃんと翔君が、よくやる両側に立って、手をのこして引っ込むおふざけをやったら、また会場から爆笑。はい、規制退場の男性アナウンスが入りました。去年、名古屋ドームの時は、このアナウンスが入っても、誰も帰ろうとしなくて、結局、もう一回出てきたが、この雨と風じゃね。下に置いてあったハンドバックは、もう、水を含み倍の重さになっちゃった。用意周到、流石のAさんが、ビニール袋に入ったグッズを渡してくださった。ありがとうございます。アラシックの手提げバックの中は、雨水。使っていた双眼鏡の中にも水が入っちゃって、半分、見られなくなった。雨は一時の土砂降りから、小降りになった。さあ、それからが大変だった。長野のKさんと、ホテルが同じ池袋だったのでタクシーを拾おうと歩いたが、来るタクシーは全部、「迎車」か「予約車」か乗車中ばかり、30分ほど待ったが、来ない・・。で、一緒に待ってるKさんに申し訳ないので、電車で帰ってもらった。私はどうしても無理。足がもう、悲鳴を上げている。暫くまた待って、やっと乗れたのはコンサート終了の9時から約1時間後だった。チビに電話したら「おなかすいたよ~」そりゃそうだ。そのままホテルの下まで来るよう言って、チビを拾ってもらい、近くの居酒屋街まで乗って行った。もう、体が冷え切っていた。居酒屋の中に入り、席に着いたら、もう本当にほっとした。やっと人心地がついた感じ。美味しいお料理を頂きました。今回、コンサートに参加して思ったこと。やっぱ、嵐は良いでも、なんだかね、家族みたいな気持だった。昔みたいに、キャーキャー言う対象じゃなくなって、一緒に遊ぶ、よくメンバーが言う、「一緒に遊ぶ」対象になったことに気が付いた。ジョセフに落ちる前の、雑誌を買い集めたり、切り抜いてファイリングしたり、出てるTVを全部録画したり、そういうことはもう、しないと思うが、こうしてコンサートに参加することは、辞められないなあって、思った。だって、本当に、楽しいもの。「勝手知ったる・・」なんとかだからかもしれないが、6年間という私の中での歴史は、やっぱり重いのだとつくづく思った。女性としてまだまだ輝いていた40代後半。お婆ちゃんの認知症と父の難病の介護の中、嵐を知ってファンになって、どれだけ癒された事か。この6年間、そのお婆ちゃんを見送って、父を見送って、今日になった。私の人生の中、そんな大変な時間を嵐と一緒に歩んできた。やはり、嵐は私にとって、特別なんだなあって、コンサートに行って思い知らされた。あの曲もこの曲も、あんな時に聞いた、こんな時に救われた…って記憶が残っている。父が亡くなって、数日間。事務処理中、ずっと嵐の曲の中にいた。鬱病が酷くなって、カウンセリングに通ったときもカウンセラーが必ず聞いた。「次、嵐、いつですか?」(笑)嵐は、もう、私の人生の中の一つの大切な記憶になっているのだなあ・・と感じたコンサートだった。ジョセフは大好きだし、これから年老いていく日々の中、輝くものになって行くのだろうけれど、間違いなく、嵐は、もう私の中では消せない大切な大切な人達なのだと思った。嵐、ずっと変わらず大好きだよ。そして、ありがとう。
2009年08月30日
コメント(2)
午前中に、チビと家を出た。迎えのタクシーで駅まで行き、名古屋へ。お昼に、味噌カツサンドを買って、のぞみの車中の人へ。考えてみたら、チビと二人旅は、初めてだなあ。愛知万博があった時、二人で5時起きして、帰りは閉会1時間前に会場を出たのにもかかわらず、歩いて3分の地下鉄の駅まで全く進まず2時間もかかり、近鉄電車の最終に間に合わなくて、タクシーで帰って以来だ。品川で降りて、先に渋谷に向かった。今日は池袋泊まりなので、また、戻ってくるのも嫌だったので、コインロッカーに荷物を入れて「香港王」に。つい5日前、ジョセフがいた渋谷。何だか、嬉しい(単純)ジョセフグッズは、人気であまりなかったが、絶版になっていた最初の写真集が、欲しくて仕方がなかったのだが、高額で諦めていたら、お値打ちに売っていたのでゲット。写真も少しゲット。雑誌は通販で買えるから良いや。駅に戻って、再び山手線に乗って池袋へ。ホテルはメトロポリタンホテルの22階。なかなか素敵なホテルだけど、地震があったら怖い高さだなあ。着替えて、借りてきたパソコンをつないだら、チビが何やら調べ始め、私は、のんびりコンサートに行く用意をした。3時半先にチビが出かけた。表は、少し雨が降りだしていた。さて、いつものARASHICのバックに双眼鏡、雨合羽、お星様ライトなど入れ、出発。もう、渋谷を歩いて足が危険信号だったので、タクシーに乗った。国立競技場の代々木門まで丁度2千円。待ち合わせしていた友人と中に。16ゲートから会場に入った。う~ん、なかなか良い席だわ。今回、長野のKさんと、古いお友達のAさんと入る。Aさんは、すでに席にいらした。久し振りの再会に、お互い喜んだ。今回、Aさんにグッズの購入をお願いした。・・・・・というのも、彼女は、初日から全行程参加なさっていたので、グッズをお願いしちゃった。Aさん、ありがとうございました。雨が降り続けていたから、濡れないようにバックとハンドバックを椅子の下に入れた。さて、時間です。何所から出てくるかなあ。しっかし、今回も7万人だって新聞にあったが、この景色は本当に行った人しか味わえない迫力だ。去年は、もっとうんと後の上の方だったので、国立競技場の景色と、東京の夜の帳に包まれていく様子がすごーく奇麗に見えたのだが、あんりゃ?見えない。そうか・・・・、今年は席が前のほうだから、高さもそう高くないから、ビルの上の方しか見えないんだ。「感謝・感激・雨嵐」のイントロが始まり、正面ステージのてっぺんに5人が現れた。雨は、降り続いている…危なくないのかなあ。この歌、いつも最後の方に歌うんだよね。で、いっつも泣いちゃうんだけど、今日は、しょっぱなだから泣かない。彼らの10年分の気持ちがこもってるのだろう。ワンコーラス歌ったら、ヒャー、上空をフライングし始め、反対側の私たちのいる聖火台の前に着地。キラキラ衣装が雨で余計にキラキラに見える。階段の上で次々、歌い出した。「STEP AND GO」「ラッキーマン」階段を電動リフトで降りながら、唄ってる。いつものように、会場からの悲鳴に似た声援が、雨の音に負けないくらい聞こえてくる。下に降りた彼らは、四方に散らばって、そしていつものように、ご挨拶。ニノの「いらっしゃいませーーーー」が、また聞けました。それに今日は「雨、つめてーな!」そしていつものように、翔君の「こ・く・り・つーーーーっ」会場は雨に負けない「イェーーーーーっ」。潤クンの「雨に負けんなよーーーーーっ」に、また「イェーーーっ」大ちゃんもいつものように「は~~い」。彼らは、なーーんにも変わっていなかった。6年前、初めて名古屋で「いざっNOW」で見た5人から、少し大人になったけれど、ファンを大事に思う気持ちや、礼儀正しさや、謙虚な仕事に対する姿勢も何も変わっていなかった。・・・・なのに、こんなに、こんなに遠くなっちゃった。もう、ハイタッチも出来ないし、握手もできなくなっちゃった。6年前、1メートルも離れずに目前にいた彼らは、もう、にきびの数も数えられなくなっちゃったし、声を掛けて、振り向いてアイコンタクトもくれることもなくなっちゃったし、うちわを見て、「どうも・・」って、恥ずかしそうに挨拶してくれることもなくなった。これだけファンが増えるのは、解っていたことだし、そうなれば、こうなるのは、必至だったのだから、仕方のないことだけど、やっぱり、とても寂しいし、とおくとおくに、感じざるをえなくなった。今回嬉しかったことは、やっぱり、昔の曲を沢山歌ってくれたこと。「WISH」などは、私にとっては、「新しい曲」になるから、あまり聞いても嬉しくはない。でも今回は、本当に古い曲を一杯歌ってくれ、嬉しい。「アレルギー」の時は、センターのステージに、大きな野菜を持って、それぞれが登場。「HORIZON」「DANGAN-LINER」は多分「いざっNOW」コンサートでやった以来じゃないかなあ。それも、あの時は、すごいアレンジしていて、5人が裸足で凄くエキゾチックな衣装で不思議なアジアンチックな踊りをした。コンサートでこういう、まんまの曲を聞いたのは初めてかも。ムービングステージが、外周を回る。何故か、翔君、ニノ、相葉ちゃんが多かったなあ。大好き「とまどいながら」のころ、雨が土砂降り状態に。もう、前髪がビチャビチャ、お化粧も落ちちゃった感じ。何回か潤クンが「雨に負けんなよーーーーっ」って叫ぶ。そのたび「イェーーーーっ」。デビュー曲「A・RA・SHI」は、当時のままのスケスケ衣装で、唄い終わった時潤クンが「初めてだよ、この衣装が嬉しいって思ったのは」と雨に濡れないレインコートのような衣装からか、雨が染みて衣装が重くならないのかそう言ったら、会場から笑い。すかさず、ニノが「今笑った人、いい?、みんなも、おんなじスケスケだから」。レインコートを着ている会場から爆笑。MCの時間になったが、半端ない雨。翔君「いつもなら、座ってって言うんだけど・・・」椅子は、土砂降りのため、水浸し。誰も座ろうとしない。でも、私は、雨での冷えと疲れで、足が危なくなりそうだったので、レインコートのまま座った。で、顔を拭こうと、タオル地のフェイラーのハンカチを出してデングリ返った。し・・絞れる・・・。・・・・ということは、鞄の中が想像がついた。大ちゃんがしみじみ言った「雨、やまないもんだね~」(爆)潤クン「さあ、もう、やっちゃうしかないね」って・・・・。会場からブーイング。君たちのコンサートは、MCが楽しみなんすけど。何度もファンを気使って「大丈夫~、大丈夫ですか~っ」大丈夫じゃないよっ!!翔君の「道明寺の気持ちが解った」には爆笑。前のステージに5人が戻ると、何やら出てきた。そう、今日は潤クンの26回目のバースディ。土砂降りの中、ドーム状にビニールカバーされたバースディケーキが出てきたのだ。優しい潤クン、「これじゃ見えないから・・・」と、カメラに向け少しカバーを取って見せてくれ、「ろうそく、点くかなあ」と言いながら、それでもろうそくに火をつけ、ニノの「せーーのっ」で会場中から、「ハッピーバースディトゥーユー」の大合唱。ロウソクを吹き消して、「おめでとう」の嵐。指でクリーム取って、口に入れた潤クン「チョーうめー」とにっこり、その指を、何と下の水たまりで洗ってた(笑)で、プレゼント、相葉ちゃんから何やら渡された。「これ、開けて大丈夫?」と雨を心配する潤クン。4人が声揃え、「大丈夫、大丈夫」。中から出てきたのは・・・・・。こういうの、「ONE」コンの「松潤サンバ」の衣装以来だわ。キラキラのブルゾン。潤クン、かなり戸惑って、言葉が出てきた。「あのさー、これ、売ってないよね」4人笑ったまま。「もしかして、作った?」いやいや、アディダスの既製品。オレンジの地にスパンコールが、いっぱい。メンバー「着て見て、着て見て」「こんなの似合うのは潤君くらいだ」好き勝手言ってる。この雰囲気が良いんだよね~。嵐の良さは、この感じなんだよね~。潤クンもまんざらでもない感じで、雨で脱ぎ着が大変そう。でも、着て見せてくれた。「これで、アンコールの時、歌うよ」(笑)今回、面白い演出だったのは、ソロ曲の代りに、それぞれが、懐かしい曲を編曲して、鼓笛隊と出てきたり、相葉ちゃんとジュニアとカラフルな衣装で出てきたり、ニノはギターを弾きながら「言葉より大切なもの」を歌ったり、潤クンお得意のロックバンド風に「花男」の2曲をメドレー風にアレンジしたり、大ちゃんは、健太君の衣装で「曇りのち、快晴」を、バックステージで唄う可愛い演出。それぞれが、面白かった。勿論、ガシガシ踊ってくれる、「TRUTH」「キミハムテキ」などもあったが、何せ、前が見えなくなるくらいの土砂降り。滑らなきゃ良いと心配で仕方がなかった。名古屋で骨折した翔君見てるからね、内心ヒヤヒヤだった。お子さん連れの方が、MC後の後半、ぽろぽろ、出て行き出したが、後は席を立たないで頑張っている。途中、それぞれメンバーの赤ちゃんの頃から現在までの写真が、次々映し出されたり、懐かしい、MVが流されたり。、本当に10周年らしいコンサートになった。そして、振り。皆と嵐と一緒に、懐かしい曲の振りをして、一緒に歌って、めちゃくちゃ楽しい。でーもー、振りして腕上げると、雨がダイレクトに入ってきて、ちょ―冷たい。でもコンサートが進むうち、雨なんか、ぜんぜん、気にならなくなった。「ファイトソング」になると、メンバーも雨を楽しみ、花道にたまった雨水に、次々、ジャンピングスライディングして、何所まで滑っていけるのか、始めた(笑)男の子だなあ。でも、ぜんぜん歌ってないし(爆)一番は、潤クンだったかな?運動神経の発達してる大ちゃんと、駄目駄目クンの翔君がほぼ同じくらいだったのには爆笑。もう一つ、雨での素敵なシーン。真ん中に三段に上がって行く丸いステージがあったんだけど、「ビューティフルデイズ」のニノのソロ部分のこと、ニノのマイクが雨水で死んで、瞬間声が止まった。すると、一段下にいた潤クンが、さっとニノの横に飛び上がって、二人で一つのマイクで頬寄せ合って、歌い出した。凄い判断力と、運動神経、そして愛。その間、本当に5秒もなかったくらいの、早業だった。そして、ニノが、潤クンのほっぺに「チュッ」としたら、会場悲鳴と歓声。こういうとこなんだよね~、嵐の嵐たる所以は。ニノも潤君ももう、本当に素敵な笑顔だった。私はこの時、ニノの日記に、いつも酔いつぶれたりすると、潤クンが介抱してくれる、「潤君、ホントに優しいんだよね」って書いてあったことを、思い出していた。それからは、皆のマイクにビニールがかけられた。翔君「みんな、聞こえるぅ」と叫ぶと、会場から「イェーーっ」。で、安心したように、また、次の歌に。7万人が、同じ「振り」をするのは、本当に圧巻です。多分、こんなに雨じゃなきゃ、暗転したままだったのだろうけれど、途中から、客電がついたままになった。そして最後の曲は、今回のアルバムに作られた「5×10」。このころになると、雨は少しこぶりになった。長くなるので、ここまで、続きは別に。
2009年08月30日
コメント(0)
朝から、薬局に行って風邪薬や、目薬、ユンケルの買い物。午後から、熱がひどくならないように美容院にシャンプーしに行った。久しぶりに洗ってもらって、満足。やっぱり美容院で洗ってもらうと、気持ち良いね。あとのドライヤーが、やっぱりプロの仕事なんだよね。うちでドライヤーかけると、バーーーっと広がっちゃうから始末が悪い私、髪がすごく多いからね。久しぶりのコンサートだから、コンサートグッズを探した。そういえば、春、いろいろ行った嵐のコンサート別に、整理箱を作ったとき、有ったなあ・・・・。パントリーに積み上げられた、コンサート別になった箱を片っ端から開けたらありました。6年前のジャニーズライト。私のは、お星様の形。でも、今回も新しいの出るんだろうなあ。もう、ほしくないけど。旅支度もした。今回、渋谷の華流のお店にも行きたいと思ってる。新大久保の駅前から続いている、韓流のお店にもあるかなあ。ちょっと楽しみ。お知り合いになった台湾の鄭さんに、ジョセフの出たドラマのロケ地を教えてもらった。いろいろなところがあるので、台湾に行った時、たずねたい。さてさて、台風も近づいているし、雨具も、合羽も用意していかなくちゃなあ・・・。さて、明日はどんなコンサートになりますやら。
2009年08月29日
コメント(3)
諦めたはずなのに、一日、近畿日本ツーリストからの連絡を待ったが、結局今日は何も連絡はなかった。週末はお休みなので、週明けだろう。何だかなあ。誠意ってものが全く感じられない。仕事を請け負ったジョセフ日本ファンクラブからの問い合わせにこちらに連絡する・・・と言いながら、当日にも、翌日にも連絡をよこさない企業体質に、疑問を禁じ得ない。お客様商売は、誠意が一番大切なものなのじゃないのだろうか。それとも、私が間違っているのか?もう、ここまで来ると、解らなくなった。このまま私がなにも言わなかったら、うやむやに済ますつもりなのだろうか・・・。体調がよくない。食欲は、相変わらずない。ちょっと心配になり、熱を計ったら、37度あった。あ、熱がある・・・・。そんな感覚。風邪の症状は全くないし、インフルエンザにしては、熱が低すぎる。やはり精神的な原因なのだろう。しかし、週末には東京に行く。このままの体調だとチビが可哀そうだなあ。頑張って、ユンケル飲んで、治さなくちゃなあ。表の快晴が、なんだか恨めしい。洗濯するものが少なかったので、今日はパス。植木に水だけやった。あとは、少しDVDの整理をした。まあ、よくぞこれだけ録ったってくらいの数。嵐卒業したら、これどうしよう。以前はオークションに出す方もいらしたが、これは法に触れるからできない。でも、ほしい人がいたら、DVDの原価で、譲りたいなあ。6年間の嵐の記録だ。歌番組から、冠番組まで。まあ、ゆっくりやろうっと。夜、新幹線のチケットを買いに行った。さあ、いよいよだなあ。
2009年08月28日
コメント(0)
ファンクラブから、お返事が来た。ツーリスト会社に事の顛末を確認してくださったそう。で、ツーリスト会社から、私に連絡をくれることになった。これで少しは納得して、諦めがつくかもしれない。気持ちは、少しずつ、落ち着いてきた。さて、嵐のコンサートに、やっと気持ちが少し切り替えられた。チビと、どこに行こうか相談。私がコンサートに行っている間にチビは、日暮里やら、下町方面に行くそう。翌日は、漱石のお墓にも行きたいし、猫塚にもいきたいなあ・・・。そのことを考えると、台中のことを気にせずに済んだ。翌日のことを考え、ホテルも池袋に取った。これがね~、まだ、嵐離れしていなければ、潤クンの生まれて育った街だから、池袋を、色々見たいんだろうけれど、もうその情熱もない。私が今回行きたいところは、唯一、ジョセフのグッズを置いている渋谷のお店。通販でいつも買っているお店。ここに行って、ジョセフの最新の写真や、雑誌が買えたらうれしいなあ。ジョセフは、明日、香港のGUCCIのイベントに行く。元?現?スーパーモデルだから、招待されてるんだなあ。ジョセフの国際ファンクラブにも、中国語だらけだったが、何とか入会し、グッズも翻訳サイトで翻訳しながら、ゲットした。そしたら、書きこんでる方(勿論、中国の方)が、ファッションショーで、ウォーキングするジョセフの動画を載せてらして、無事動画ゲット。もうね~、プロのスーパーモデルって、本当にカッコいい歩き方なんだよね~。その上、その目線がたまんなく、セクシー。こんな顔して、こんな目でジーッと見られたら、気絶しそうだよ。プロのモデルさんて、目線が決まってるんだよね。あのね~、比べ物にならないけど、私もモード学園時代、学内モデルだったのね。で、谷まさる学園長や、ソニア・リキエル先生のお洋服を着て、ウォーキングさせられてたの。私、身長165センチに、48キロくらいしかなかったから、当時はモデル体型だったんだよ。今の私を知ってる方は、今頃爆笑してると思うけど(爆、自分で笑ってどうする)あのウォーキング、ものすっごく、足がつりそうになるくらい難しいのよ。ヒザを不必要に曲げないよう歩くの。腰に力入れて、腰で歩くの。先に出した足は、ぜーーったい、曲げずに歩くの、本当に凄い大変だった。もう、放課後、数えきれないくらい練習させられた。で、名古屋のセントラルパークって地下街で、うちの学校のファッションショーがあって、学生の作品を着て歩いたあと、先生たちのお洋服も着て、ウォーキングさせられたんだけど、それで、この仕事も終わりかと思っていたら、ある日、授業中呼ばれて「今から、ちょっと手伝って」って先生に言われ、私と友人の二人だけ、下級生の授業でお洋服着せられ、ウォーキングさせられたのには、参った。打ち上げして、は~、もう解放されるなあってめちゃくちゃ嬉しかったから、またかよ!みたいな。それに、その受業も受けられなくて、後からノート写させてもらって、散々だった。こっちはプロじゃないから、慣れてないから、余分な筋肉使って物凄く疲れるの。終わった後、どっと疲れるんだよね。ジョセフが歩いて、花道の一番先にすっくと立って、目で回りをきっと3箇所ほど見ながら微笑むのは、もう、本当に美しすぎる~って感じ。ここにその映像を張り付けられないのが、残念なくらい。本人は思いきり明るくて、こういう仕事以外の時は、大きな口あけて、笑ってることも多いんだけど、このギャップが、凄くセクシーなんだよね~。ははは、少し元気になったら、また「ジョセフ」になっちゃったね。でも、ジョセフが、やっぱり、癒してくれるんだよね。明日も元気になれると良いなあ。
2009年08月27日
コメント(0)
やはり、どう考えても、納得がいかない。このまま、うやむやにするのは、あまりに悔しい。で、ファンクラブに、落選した者のためにもまた、このような台中のイベントを企画してほしい・・という事と、落選の理由が解らなくて苦しんでいることなど、メールした。どのようなお返事をいただけるのか解らないが、心のすべてをこめて、書いて送信した。これで少し気が済んだ。午後から、お花に水をやったりしたが、ここ数日のカンカン照りで、薔薇が枯れてきていた。もう、こんな私のために、可哀想なことをしちゃった。家中の観葉植物にも、たっぷりお水をやった。久し振りに、食事も作った。やっぱり、おうちご飯は美味しいね。でも、やはり、あまり食べられない。食べ物を前にすると、少し吐き気もした。パパが心配して、明日病院に行こうと言い出した。でも、大丈夫、きっと、日にち薬だから。30日、私もチビもいないし、パパもゴルフだから、3人で夜、市役所に不在者投票に行った。今は「期日前投票」って言うんだよね。市役所の駐車場に車を入れて、案内の通りに行ったら、大きな市庁舎の中、明るい場所に出た。結構、たくさんの人が来ていた。このシステムは、良いよね。投票日に、「行かなくちゃ」と気持ちの余裕無く行くのと違い、ゆっくり、自分の好きなタイミングで、好きな時間にゆっくり行けるから。勿論、どうして投票日に来られないか・・・の書類も書かなくちゃならないが、そんなこと、ちっとも、苦にならない。比例代表と、個人の各党の立候補者と、罷免したい裁判官の用紙を次々渡された。私はいつもこの「罷免にしたい裁判官」は、投票資格を有してから、一度も書いたことがない。だって、どの裁判官が、どの判決を出したのか知らないもの。先日TVで、無罪のまま死刑になった疑いのあった死刑囚の特集を放映していた。どう考えても、彼は、犯人とは思えなかった。だが、その時に、司会者の筑紫さんだったか、誰だったか忘れたが、「あえて、言います。この裁判の判決を出した裁判官は、○○です」と言っていたが、忘れちゃったし。チビも、「あれ、思い出そうと思ったんだけど忘れちゃった」と言っていた。だって、投票用紙にも、なんだかやたら大勢の裁判官の名前があったよ。これ、国民に問うのは、酷ってもんだ。夜風が気持ち良かった。国民の義務、果たしましたよ。さあ、どうなるのかな?今回は、投票率も良いのじゃないかなあ。
2009年08月26日
コメント(0)
何だか、気持ちが落ちたまま、上がってこられなくて、たて続けに、夕食は外食になっちゃった。自分に全く食欲がないと、作れないものだね~。何か美味しいもの作ろうって、思えない。食べ物を見ると、吐き気さえしちゃうから。精神的なショックや、ストレスが、これほどまでに、体に影響するとはなあ・・・・・。お婆ちゃんを介護している時だって、こんなことはなかったから、自分でも驚いている。それでも、もう本当に、何とか立ち直らないといけません。でも、東京、行きたくないなあ…って思ってしまった。精神的に疲れている証拠だな・・・、遊ぶ目的も、何もないのに、泊まっても仕方ないしなあ・・・って思えて。そしたら、チビが、「良いなあ、私も行きたい」って言いだした。こちとら、東京で生まれて育ってるから、地理には明るい。でも、チビは、地図片手だから、私がいると便利らしい。ふと、思った。それも、良いかもなあ・・・・。で、行くことになった。彼女の目的は、卒論のテーマ「漱石の文学に出てくる食べ物」の食べ歩き。いろいろな漱石のごひいきのお店で食事し、お菓子など買いたいそう。私も卒論は、漱石だったから、それも面白いね。よし、行こう。で、チビは、ゆかりのお店を調べ始めた。でも、釘を刺しておいた。「お母さん、そんなに歩けないから。足、つっちゃうし。」「うん、解ってるよ、お母さんがコンサートにいってる間に、沢山行くから」翌日は、付き合ってあげよう。私も漱石のお墓参りもしたいし。気持ちが少し、救われた。コンサートに対する思いも、上向きになった。先に夜行バスで行く友人が、グッズも買っておいて下さるそうだし、有りがたい。でも、以前のように片っぱしから買う気持ちはない。パンフレットと、ストラップをお願いした。家の中に閉じこもってばかりいたから、今日から、犬の散歩にも付き合うようになった。少し足、慣らしておかないと、絶対に足がつっちゃう。精神的な理由が大きいみたいなので、「つたらどうしよう」って思わないよう、頑張らなくちゃね。娘のお陰で、気持ちが少し浮き上がりだした。まだまだ食欲がないけれど、良くなると良いなあ。
2009年08月25日
コメント(0)
落選して、落選返金のお知らせをもらって、向こうのミスで入金が間違ってされていた事が分かり、抗議のメールを送って、それでも、向こうからは、最初の「二人」登録のお詫びのメールがきただけで、振込み名義の間違いの報告に対する謝罪のメールはきていない。いったい、近畿日本ツーリストとは、どんな会社なんだろう。銀行に行けば、私が私の名義で振り込んだ証拠は簡単に手に入る。そんなことも、うやむやにするのだろうか。余計に憤りがして、今日一日、我慢して、メールを待ったが、とうとう、何の連絡も無かった。腹が立つのと、悲しいのと、落胆の思いで、精神的に大変落ち込んだ。鬱病患者には、これは本当に、かなりな試練だ。折角、最近調子が良くなってきたのに、金曜から、ほとんど何も食べられない。何もできない。それでも、何とかしなくちゃ、何とか、這い上がらなくちゃ・・・と週末に迫った嵐のコンサートに向け、気持ちを持っていこうと思ったが、なかなか難しい。30日は、5時半から開演なので、少なくとも、8時は超える。去年もどこでだったか、4時間に及んだことがあった。そうなると、日帰りは無理・・・・。何だか、こんな気持ちのまま泊まっても、何も楽しくないし、折角、東京まで帰るのに、どこにも行きたくない…と思ってしまう。まだホテルも取っていない・・・・。新幹線のチケットも買っていない。何だか、行きたいと思えなくなっている。潤クンのバースディコンサートの、プラチナチケットが折角当たったのに、当たらなかったファンに失礼だよね。気持ちを切り替えよう。行ったら、行ったで、6年間、数えきれないほど、一緒に歌い、一緒に振りをして、一緒に楽しく過ごしたコンサートだ。コアなファンじゃなくなったし、嵐のファンを卒業した気持ちだが、楽しむ方法は、ちゃんと心得ている。あの興奮のるつぼに入ったら、たぶん、自然と体が反応して、楽しめると思う。さあ、頑張って、気持ちを建て直さなくちゃ。
2009年08月24日
コメント(0)
今日も、気にせずに、過ごせた。でも食欲は相変わらず、無い。困ったなあ。まあ、拒食症じゃないし、身体がどこか悪い訳じゃないし、ダイエットしなくても痩せてくし、良いか・・・。ジョセフの国際ファンクラブに行くと、スケジュールが解る。ジョセフも書き込みをしていて、それが読みたくて行く。勿論中国語だけど、何となくわかるようになった。最近、「鄭元暢」の本名で書き込みがあった。台湾の8・8水害の募金のお知らせのよう。そのうち、日本のファンクラブでも始まるだろう。ジョセフは台中の出身だから、この水害で大きな被害になった台中から以南のニュースには、心を痛めているのだろう。可愛いジョセフ直筆の似顔絵とサインがしてあった。では、「イタキス」の話ね。このイタキスの中で、大きな存在なのが、ママ。つまり、直樹のママ。このママ、お料理は上手だし、毎日、手作りお菓子を作ったり、天才で試験勉強をしたことが無かった息子に比べ、夜遅くまで勉強している琴子ちゃんのため、今まで、腕がふるえなかったと、喜んで半端ないお夜食を作るスーパーママ。とてもびっくりしたのだが、この入江家がそうなのか、台湾がそうなのか、毎日おやつの時間があって、大人もおやつを食べる。多分、台湾の習慣がそうなのだろう。だから、お菓子がとても沢山ドラマに出てくる。毎日のように、ケーキやタルトを作っている。食事のシーンも多く、中華料理人の琴子ちゃんのパパのお店でも、いつも、これでもか・・・と美味しそうなお料理が出てくる。勿論、ママのお料理も、美味しそう。で、朝は、お粥が多いかな。でもお粥だけじゃなくて、トッピングに色々なお料理が並ぶ。お粥じゃないときは、パンや、サンドウィッチも並ぶ。朝からこんなにお料理して大変だよなあ・・・と見ている。ちゃんと、洗濯物を畳んで、琴子ちゃんに手伝ってもらい、直樹や、弟の祐樹の分も持って行ってもらったり、ああ、本当に主婦のプロなんだなあと感心する。おまけに、とても明るい色を着こなすおしゃれなママでもある。デザインも可愛い。私はこのママが大好き。女の子が欲しかったママは、幼稚園に行く頃になっても、直樹を女装させ、ある日、プールの時間に幼稚園で皆に「おかしいよ」といじめられ、それから、直樹の性格が変わったと思っている。だから入江家に、パパと自分の中学からの同級生である、琴子ちゃんのパパと琴子ちゃんが同居するようになり、幼くして、母親を亡くした琴子ちゃんを、本当の母親のように接し、愛する。琴子ちゃんが同居すると知ったママは、家中にあるレースやリボンで、祐樹の部屋だった部屋を、まあロマンチックな可愛い部屋に変えちゃう。お陰で、直樹と祐樹は同じ部屋になっちゃったのだけれど、これが、凄く広い部屋なので、全く問題なし。琴子ちゃんも、あこがれの部屋に素直に喜ぶ。ママは、琴子ちゃんが本当に可愛くて仕方がない。琴子ちゃんに辛いことがあった時、抱きしめ、泣いてる琴子ちゃんを「よしよし、もう大丈夫だから」と背中をさする。琴子ちゃんも、無条件に、味方になってくれるママが大好き。そのママが、最初に直樹の気持ちに気がつく。何事も鈍感な琴子ちゃんを支え、「お兄ちゃん」にくっつけようと、色々作戦を練っては、琴子ちゃんを応援してくれる。直樹にはそれが気にいらない。大学生になり、一人暮らしを始めたいと言い出し、家を出てしまうが、ある日、「干渉されるのが嫌だから、この家に帰らないんだ!!」と怒鳴り、ママに生まれて初めて頬を殴られる。ママは「殴ちゃった、子供に手を上げたことなかったのに・・・」と泣き崩れる。まあ、このときは、祐樹が「お兄ちゃん、好きだよ(琴子ちゃんのこと)だから、泣かなくて良いよ、ママ間違ってない」と言って、「何を知ってるの」と暫くママに追いかけまわされる羽目になるのだが。祐樹は、自分が病気で病院に運び込まれた時、直樹が疲れ果てて眠った琴子ちゃんにKISSしたのを、唯一目撃し、お兄ちゃんに「シーッ」と言われたから、結婚の時まで、秘密を守り通したが。最後の最後まで、ママは二人の支え。夫婦になって、直樹と喧嘩して家を出た琴子ちゃんにも変装して会いに行き、涙で、琴子ちゃんに直樹の小さなころからのことや、大人になり、ますます感情を出さなかったことを話し、「でもね、琴子ちゃんが来てから変わったの。琴子ちゃんがあの子の感情を引き出してくれたのよ」と話す。琴子ちゃんも泣きながらその言葉に素直に耳を傾け納得する。このイタキスにママがいなかったら、このドラマは色あせていただろうと思うくらい、ママが重要な存在なのだ。そんなママをパパも大好きで、いつも大きな体と愛情で支える。ママが何か企んでいると、必ず言う「ママ~」は定番だ。このドラマは、本当に愛情にあふれる、素敵なドラマ。今日も癒されました。
2009年08月23日
コメント(0)
週末は、ツーリストがお休みだから、連絡はない。そう思うだけで、気持ちが少し落ち着く。注文していた写真集が届いたり、抜けていた「いたずらなKISSパート1」のBOX2を手に入れたので、朝からずっと見ていた。夫婦になった二人のパート2も、良いけれど、このパート1も良いんだよね~。好きなシーンは数えきれない。特に直樹が自分の気持ちを我慢して、お父さんの会社を救おうと大きな会社の孫とお見合いするところも好きかなあ。お見合い中なのに、湘琴(琴子ちゃん)が、同じく直樹ファンの頭脳明晰、見目麗しい同級生と一緒に邪魔しにくる。勿論、本人たちは変装しているつもり。でも、直樹にはお見通しで、お見合い相手そっちのけで、湘琴の作戦に、上回る意地悪を物凄く楽しそうにする。笑わない直樹が、下を向いて嬉しそうにお見合い相手に解らないように笑う。まあ、このお見合いが、あと後まで、直樹を苦しめちゃうんだけどね。それから、クリスマスのシーンも好きだなあ。家族でパーティに行くことになり、黒いタキシードに身を包んだ直樹に見とれる湘琴。ママは「琴子ちゃんも一緒に行来ましょうよ」と言ってくれるが、友達二人と約束しちゃったので行けない。それが解っていて、直樹がまた意地悪する。「お前のドレス姿、可愛かったろうなあ・・。ダンスに誘いたかったけど、今回は我慢するか・・」脊の高い直樹が、湘琴の耳元で屈みこんで意地わーるな笑顔で、ささやく。すると、友人から電話で、一人が来なくなることがわかる。ママが「それじゃ、途中で素敵なドレス買ってあげるから、琴子ちゃんも行きましょう」と言ってくれるが、もう一人との約束があるからと行けないと言うと、ママが残念そうにする。最後の最後まで直樹が意地悪そうに、玄関で湘琴を含み笑いしながら見てる。そして出かけて行くが、とたんにまた電話。もう一人も、喧嘩していた彼と仲直りしたから、行けないと。慌てて後を追いかけるも、諦めて、一人過ごすクリスマスイブ。所が、パーティ会場に行く途中、もう一人の友達が、仲直りした恋人といるところを見た直樹。「あいつ、誰とイヴをすごすんだ?」と家に電話をする。・・・と出かけたはずの琴子ちゃんが出る。そうとは知らない湘琴は悔しくて思わず、「楽しんでる」と言っちゃうが、またまた意地悪直樹「カラオケにいるお前が、何で家の電話に出るんだ。帰る時は電話ちゃんと持って帰れよ」と電話を切って、ニンマリ笑う。それから、一人で過ごす湘琴が、花火で死んだ母親の幻影を見たり、作ったカップめんをワンコに取られたり・・・と、とても可哀想なんだけど、気がつくと、直樹が立ってる。驚く湘琴、また、幻影か。でも、本物の直樹だった。お見合い大会のように、女の子を次々紹介され、辟易してワンコ(これがジュリアンと同じ犬種)チビと一緒に過ごそうと、逃げ帰って来たら、お前がいた・・・と言うが、本当は、湘琴とイヴを過ごしたくて帰ってきたのだ。大きなフライドチキンバーレルを買ってきていて、またまた意地悪をするが、美味しそうに食べている湘琴をこっそり、優しい目で見る。湘琴が、用意したプレゼントをもらう直樹だったが、すでに読んだヒポクラテスの本。一度読んだら、覚えてしまう天才だから、湘琴はがっかりする。クリスマスにはケーキ。買ってくると立ち上がった湘琴に、買ってあるよと直樹。そんなのなかったよ・・・とダイニングに駆けていく湘琴を、本当に可愛くて仕方無い…という笑顔で湘琴の後姿を見ている直樹。ダイニングのテーブルの上には、まあ、可愛らしいデコレーションのケーキが。思いきり喜ぶ湘琴。それを見て、嬉しそうに笑いをこらえる直樹。だが、視線が自分に向けられると、笑いをこらえ、つまらなそうにする直樹。「これもチビと食べようと思ったの?」「そうさ」と言う直樹。もう、そのころには、湘琴も怪しむが、おバカだから解らない。このときの直樹の湘琴を見る目が本当に優しいのだ。自分はイチゴのケーキが好きなのに、湘琴のために、チョコレートケーキを買ってきたのに、「入江君、イチゴのが好きだったんじゃない?」と言われ、「もう、これしかなかったんだ」と直樹。優しいよね~。もう、このシーン、本当に可愛くて、直樹の気持ちがよく表れてて、好きなんだよね~。そして、二人仲良く食べようとするが、湘琴が「勿体なくて切れない」と食べるのをやめてしまう。すると、直樹が「じゃ、下からだ」とケーキの下から食べ始める。二人で顔寄せ合って、ケーキを丸ごと、下から食べ始める。本当に楽しそうに。ここはね、直樹の湘琴に対する気持ちが、凄く表れてて、ついつい微笑みながら観ちゃう。おバカな湘琴が、またいじらしくて可愛いんだよね。こんなに愛されてるのに、何故に気がつかないって。その上、黒いタキシード姿のジョセフが、凄く素敵なんだよね。流石に元スーパーモデル。本当に何を着ていても、ちゃーんと着こなしちゃうから、うっとりする湘琴の気持ちもわかる。ジョセフはこのころには、まだ、八重歯が残ってるから笑うと凄く可愛いし。「イタキス」見て、気持ちが少し癒された。本当にこのドラマは、「愛」がいっぱい詰まっていて、人の気持ちをあったかーくしてくれる。今日は無事、過ごせた。明日も気持ちがいやされると良いなあ。
2009年08月22日
コメント(2)
今日になって、最終発表の18日を過ぎたのに、台湾との交渉で、また行ける人が沢山出てきたことが解った。行けない者同士、気持ちの中、ああ、この方も落選だったのだから、自分だけじゃないのだから・・・と諦めも付いてきたところだったので、また、打ちのめされた。繰り上げ当選になった方に、おめでとうを言うのが、やっと。これほど自分の中で、大きな傷になっちゃっていたとは、思いもしなかった。ざわざわと胸の奥から痛みが上がってきて、吐きそうになった。馬鹿みたい・・・とはもう、思えなくなった。食事もほとんど摂っていない。食べようと思っても、ため息が先に出ちゃって、何も口にしたく無くなっちゃうのだ。これほどまで、自分が落ちたのは、たぶん・・・・無い。どうして落選なのか、未だに解らない。本当に10分以内に登録ができたし、同じくらいに登録できた方が、早々と確定をもらっていたから。やはり思い当たるのは、ツーリストのミス。考えれば考えるほど、慰謝料の訴訟を起こそうか…などと非現実的なことも考えてしまう。全く大人げない・・と自虐的になって、自分を痛めつけることで、忘れようとする。どうすればこの地獄から抜け出せるのか解らない。次の週には神戸で会えるじゃない・・・。今は、それだけが、心の支え。どうしよもないバカだよね。早く立ち直らなくちゃ、家族にも迷惑がかかる。日常の家事にも支障が出ている。しっかりしろ、私
2009年08月21日
コメント(0)
今日になって、おかしなことに気が付いた。ジョセフの「綜夏夜之夢」。私は最初に申し込んだ時間は、10分も掛からなかった。同じくらいに、申込手続きを終えた方は、4日には、予約確定のメールがきている。どうして落ちたのか、腑に落ちなかったのだが、「落選のお知らせ」がきて気が付いた。「Kさま、お二人、落選」とあった。二人?最初に登録した時、私は私一人での参加と登録した。しかし、母が行きたいと言い出すかも・・・と思い、もう一度二人で申し込んだ。だが、「同じ方の複数の申込は、無効」との説明文を見つけ、慌てて、ツーリスト会社に連絡した。すぐに電話がかかってきて、「お1人の申込みに、変更させていただきます」とのことで、母との二人は削除したとのことだった。翌日、すぐに、私の名前で振込をした。その日のうちに、「お1人参加ということにさせていただきました」という確認のメールも貰った。だが、落選のお知らせは「お二人」。すぐに、どういうことか連絡した。ツーリストから、「お詫び」のメールが来た。そして後日、再び、落選なので、申込金を返金するので、振込先を知らせるように・・。とメール。で、私の名前の口座を知らせた。所がだ。私名義では振込がされていないというのだ。これには、もう、本当にショックを受けた。母の名前では振込があるという。冗談じゃない。振込みの時点で私一人の参加と決定していた。確認の電話も貰っているし、その日のうちに、確認のメールも貰っている。どう考えても、思い出しても、私以外の名前で振り込むはずがないのだ。つまり、こうなのだ。向こうのミスで、二人参加になっていて、私が振り込んだにもかかわらず、母の名前で「二人」と登録されてしまっていたのだ。二人分の申込金じゃなく、一人分の申込金で。これで、早くに申し込んだのに、落選した理由が判明した。つまり、申込金が振り込まれなかったとされ、落選になったのじゃないだろうか・・・。切なかった。悲しかった。まだ、申込みが遅くて落選した方がましだった。同じくらいに申し込んだ方が行けると聞いた後だったので、ショックだったのが、余計に心が痛くなった。苦情の電話をしようかと思ったが、今更仕方がないじゃないか・・・・という気持ちもどこかに有った。最初に申し込んだとき、母の分も申し込んだ自分が悪いんだと一生懸命諦めようと思った。でも、気持ちは、本当にさらに下に落とされた。申込金の不足で落選になったのか、10分以内に申し込んだが、それが遅くて落選したのか、全く皆目わからない。一日、何も出来なかった。消えてなくなりそうな気持ちだった。心を洗剤で洗濯したくなるような気持ち?痛くて痛くて仕方無い気持ち?こんな気持ち、ここ数十年味わったことがない。辛いってより、憤りを抑えるのが、ものすごく苦しい。まだ、大分、この気持ちを鎮めるには時間がかかりそうだ。事情をキチンと説明すべきじゃないのでしょうか・・・近畿日本ツーリストさん。
2009年08月20日
コメント(2)
朝から、大きなため息が何度も出る。こんなことで良い年した大人がバカじゃないか・・と自虐的に考えても、気持ちは、どうにも元に戻らない。嵐のファンやって6年。嵐だって、最初のころは夢中で、お芝居や、コンサートは、全部行った。落選することだって有ったが、お友達に助けてもらったりして、必ず行けた。だから、嵐の時は、落選してもこんなに落ち込んだことはなかった。嵐も海外公演があって、応募したが、落選した。でも、その時も、これほど落ち込んだりしなかった。お友達の中には、落選しても自力で台湾や韓国に行き、向こうの業者にチケットを頼んで、コンサートにいらっしゃった方もいる。だが、ジョセフの場合は、そうはいかない。何せ、一般販売はしていないし、ファンクラブ会員だけの抽選で、自力で行っても、中に入れないから。国際ファンクラブから、当選なさった方もいらっしゃるそうだが、日本人だけの、イベントには参加できない。たかだか150人足らずだそうだから、本当に、ジョセフの近くにいられる。一緒に集合写真も撮るだろうし、いつぞやは、ツーショットの写真も撮れたそうだ。何が残念て、台湾はお金を出せば行ける。沖縄や北海道に行くより、安く行ける。でも、たいていは、台北。今回、オプショナルツアーは、ジョセフの生まれて育った街や、学校、お気に入りのお店、それに、ジョセフの出演した作品のロケ場所などだから、特別だったのだ。ふかーいため息か、行きたかったな~。口を開くとそれしか出てこないから、ずっと何もしゃべらない。身体もだるい。何も手につかない。自分を叱咤激励してみても、無駄。これはもう、諦め付くまで、嵐が通り過ぎるまで、気持ちをじっとしているしかない。全くね~。本当に、ばっかみたい。良く解ってる。理性で考えれば、本当に、ばっかみたいって。でも、気持ちはどうしようもない。昨日より、今日はもっと落ち込んだ。何所まで落ちるんだろう・・・・・。
2009年08月19日
コメント(0)
ずっとずっと楽しみにしていた、ジョセフチェン「綜夏夜之夢」の結果が送られてきた。「落選」。登録は敏速にできた。先着順だから、10分も掛からず登録できた時は、完全に行けるものと思ってきた。18日までに順次、予約確定のメールが届くはずだったが、来なかった。来たのは、「キャンセル待ちになりました」のメール。ツーリスト会社が、台湾側に交渉して定員を増やそうとしているという。あんなに早くに登録したのに、おかしいなあ・・・・と思いつつ、でも行けると信じていた。落ちた。もう、落選のショックは大きかった。ジョセフに会いたい・・・ただそれだけで行けることを信じて、色々楽しい予定も立てていた。握手会のような短い時間じゃなく、一日目の夜に、国際ファンミーティングがあって、その翌日も午前中に、国際ファンミーティングが再びあり、その後、場所を移動し、日本からのファンだけのジョセフとの交流会がある。そして、解散後は、ジョセフの生まれ故郷の台中を、ジョセフの出た学校や、お気にりのお店などを回るオプショナルツアーにも申し込んでいたから、本当に楽しみにしていた。一緒に写真撮ってもらおう・・・・とか。握手は当たり前、写真集持って行って、サインしてもらおうとか、お土産、なににしようかなあ・・とか、中国語も、一生懸命、少しだが、覚えた。それが、もう、根底からぽっきり折れちゃった。そのショックたるや、今まで経験したことがないくらい。食事ももちろん喉を通らない。気持ちの中、とてもとても痛いものがあった。パパに「落選しちゃった」というのが精いっぱい。ショック過ぎて、涙も出てこなかった。パパは「台湾連れて行ってやるし、サイさんに頼んでジョセフにも合わせてやる」なんて言ってくれるが、今は、それも辛い。確かにサイさんは、台湾の大きな会社の社長さんだけど、そりゃ無理ってもんだ。でもパパの優しい気持ちが嬉しかった。だが、この気持ちはどうにもならない。一緒の時間くらいに登録できた方は、もう、予約確認をもらっている。どうして落選だったのか、腑に落ちない。本当にショック。多分、立ち直れるのに、時間がかかりそう。台中に向け、すべての予定を立てていたから・・・・・。どうしようもないけれど、まだ、今は、海の底の貝殻のように、回りの空気が私に触れないよう、じっとしていたい。
2009年08月18日
コメント(0)
頭痛も治まり、遅い朝起きたら、パパはもういなかった。ゆっくり起きて、下に降りて、ベーコンエッグとバナナを食べた。嫌ってほどサプリメントを紅茶で何度かに分けで流し込み、お医者さんに処方してもらっている胃腸の薬と、安定剤を飲んだ。まだ、少しおなかが痛い。脊中は、緊張して頭痛がした時、オネエが貼ってくれた温シップがそのままになっていたので、チビにはがしてもらった。これ貼る時、オネエは凄いのよね~。「どこ?」ってチビはいつも聞くんだけど、オネエは聞かないで、指で首から腰まで順に押さえていって、サッサと貼っちゃう。それがまた、ちゃんと痛いつぼにちゃんと貼ってる。「なぜ解る」って聞いたら、「3歳から貼ってるから解る」ってさ。その上「小学生から10円という理不尽な値段で肩もみさせられたから」だって(爆)長女って、こういうものなんだね。さて行動開始。お茶のセットを食洗器に並べて洗って、桐の箱に仕舞って、ガラスの紅茶のセットを洗ってしまって、銘々皿を戸棚の下の奥の方に仕舞って、最後にリモージュのアンティークのお皿は手で大切に洗ってしまった。ふ~、片付きました。お客様が来ると、暫く家の中がきれいなんだよね(笑)パパが「うちはこうして時々、誰かに来てもらった方がいいな」って。本当だね。話題ががらっと変わるが、オークションに出していた子の、お嫁入りが決まった。この子、ずっと我が家にいたジュモーのEJ。専門家による修理のしてある子だったが、腐ってもEJ。大切にしていたが、台中に行きたいし、手放した。これで私の所有するEJはいなくなった。撮影し直して出品したが、流石にEJ。ほれぼれするくらい、可愛かった。いつかまた、手に入れたいなあ。EJだけは、この不況でも、百万円は下らないから、なかなか手に入れるのが難しい。娘たちにお金がかからなくなってからだなあ。頑張ろう。
2009年08月17日
コメント(0)
何だか気がぬけちゃって、今日一日、ぼーっとしていた。何がどうってことじゃなくて、昨日という日が長い間ずっと気持ちの負担になっていたのだが、それが終わっちゃってほっとしたのだ。で、体が動かない。昨日のまま、出したお茶の道具だの、お菓子を乗せた銘々皿だの、ハーブティをお出ししたガラスのティセットだの、リモージュのお皿だのが、ダイニングのテーブルにそのままになっちゃっているが、洗ってしまう気にもなれず、ただただ、ぼーっと、ジョセフの画像見て過ごした。まだ、頭の中が混乱しちゃっていた。全く困ったもんだ。パパが「映画でも行くか?」と言ったが、とてもそんな気になれないし、表に出たくない。本当に、全く困ったもんだ。でも、これが私なんだもの仕方無いよね。家族の皆様、こういう妻、母親を持ったと諦めてくださいm(__)m
2009年08月16日
コメント(0)
午前中に、家族で手分けしてお掃除。お約束の時間は、午後2時。こういう時、ADHD障害者は、混乱する。混乱して、何をどうしていいのか解らなくなって、おまけに緊張しすぎて、吐き気をもようして、頭痛まで起き最悪の状態になる。まずいなあ・・と思いつつ、お医者さんが処方してくれたロキソニンを飲んだ。安定剤も2錠。いつもより倍飲んだ。勿論医師の許可は取ってある。本当にADHD障害者は、ストレスに弱い。お昼も全く、喉を通らない。午後2時、玄関のチャイムが鳴って、オネエがお迎えに出た。ふだん履きのサンダルが、玄関に1足しかないから仕方ない。玄関に、T君がお母さんとお父さんを伴って、入ってらした。用意してあったお客様用のスリッパを並べてあったので、そのままご挨拶もそこそこに上がって頂いた。色々なお話をさせていただいた。その内容は、ここには書けない。そして、気持ちも書けない。感じたことは書けるかな?世の中には色々な家庭があり、100ある家庭には100の考え方があるんだなあ・・・・と思った。昔は、そういうそれぞれの家庭の考え方を仲人さんが中に入り、価値観の合う家庭のご子息を選び、紹介し、意見が異なった場合、折衷案を双方に提示したのだが、最近は仲人さんは立てないから、ややこしいのだ。まだまだこの時代。女の子を持った家庭の方が、何だか不利だなあと思った。まして我が家は二人とも女の子。あちらも、お1人お嫁に出してらっしゃるご家庭なのだが、娘を貰って頂く・・・という言い方になるのが、何とも切ないよね。大切に大切に育ててきた娘だ。25年、どこに出しても恥ずかしくないよう、育ててきたつもりだし、一生、食べるに困らない資格も取らせた。だが、結婚すれば、「よその家人」になってしまうのだ。そこのところを、もう少し慮って欲しかったなあ・・と少し残念になる言葉もあって、あとから、パパと、なんだかなあって・・・・。やはりお話に聞いていた通り、お父さまは、本当に口数の少ない方で、お母様がほとんど、お話になった。多少の違和感があったかな?お母様は、女同士だからか、私に対し一生懸命おしゃべりなさって下さるが、我が家はこういう時、「女は考えが浅はか(私はね)だから、口出しするな」の方だから、パパが、すぐにお言葉を受けて喋っていたのが、なんだか、面白かった(笑)でもあまり黙っているのも申し訳なくて、差しさわりのないことは、楽しくおしゃべりしたかな。私とパパの時は、向こうのご両親がご挨拶にいらして、「大切なお嬢さんを頂きたいと思います」と亡くなったパパのお父様が仰ってくれ、ご両親が頭を下げられた。今回は、そういうのなし。だから、少し拍子抜けした(爆)反対に「うちも一人出していますので、今度は頂く番かと」って言われちゃった。「頂く番」の男の子がいない我が家には、凄く違和感があった。まあ、娘の幸せを考えたら、ぐっと自分の気持ちは抑えないといけないのかなあって、少し悲しかった。あ、少し気持ち書いちゃったかな?でもね、良いこともあった。パパが、「頑張らなくちゃなあ」って、仕事を頑張る気持に火を付けた。勿論今日までだって、パパは精一杯頑張ってる。でも、娘を出す側の父親として、頑張るって思ったらしい。午後5時過ぎ、お帰りになって、もう、くたくたになった。気持ちがくたくたになると、すぐに腸にきちゃうから、寝込みたい気持ちだったが、久し振りに4人で韓国料理のお店に行った。初めて食べた韓国料理、辛いのが苦手だから近寄らなかったけど、辛くないお料理もあって、美味しかった。この前食べそこなった「サムゲタン」も食べられたし。まあ、この先、どうなるか解らないが、着々と、結婚に向かっていることは確か。あ~、しんどい。
2009年08月15日
コメント(0)
明日は、オネエのお相手のご両親が、我が家にいらっしゃる日。午前中に髪を染めに行った。もう、2か月近く、染めていなかったので、ほとんど、地肌に近い部分は真っ白。これ、染めないで放っておいたら、60歳以上に見えてしまうだろう。そのくらい、白髪が多い。遺伝だから仕方がない。午後からは、パパと買い物。持って帰っていただくお菓子。お出しするお菓子は、お祝い事だから、白とピンクのお餅菓子にした。それにちょっと脇に置こうと、松の小さな干菓子も。あと、いつものフェナンシェ。デパートに来るつもりが無かったので、パパも私も普段着。誰かに会ったら、まずい。かなりラフな格好。そそくさと買い物を済ませ、車に戻った。帰宅後は、なんだか疲れちゃったのだが、お茶をお出しする時の茶卓やら、お客様用の蓋付きのお茶のセットやら、洋菓子用のアンティークのリモージュの大皿らや、ガラスの紅茶茶碗のせっとやら、夕食後のテーブルに用意した。後は、明日。こういう用意をしている間、何も考えられなくて良い。私は考え過ぎちゃうきらいがあるから、余計なことを考えないようにしよう。滞りなく事が進むと良い。どんな方なのか、全くわからないし、でも娘のため、やっぱりいろいろ考えちゃう。お父様はほとんどおしゃべりなさらないそうで、娘から「ほとんどお母さんしかしゃべらないから、戸惑わないように」・・・と言われている。我が家は、父の代からそんなことはないから、きっとそう言われても、戸惑うかも知れない。父も母にここぞというときは、「黙ってろ」って方だし、パパのお父さんも、普段はおとなしい人だったが、やはり、ここぞというときは、ちゃんとお婆ちゃんを押さえてちゃんとご自分の言わなくちゃならないことは、言う人だったから、どんな感じなのか、全く解らない。そんなところが不安かなあ。まあ、なるようにしか、ならないよね。
2009年08月14日
コメント(0)
今年もこの日がきた。父が亡くなってから早4年。一人になった母を乗せ、帰ってきたオネエと5人で車で出発。いつも父の方から先に行くのだが、今日は、高速道路の異常な混みように、母方の方から先に行った。伯母が、リユマチで、寝たきりになってからは、お墓参りだけで、お宅には行かないようにしていた。母が生まれ育った、私も祖父が生きているころは、祖父に会いに行った家だが、祖父が交通事故で亡くなッて、結婚してオネエが生れチビが生まれた頃、伺うと、まだ少し動けた伯母が不自由な体でお茶やお菓子を次々出してくれたり、気を使わすのが辛くて、それからはパパと相談し、墓参だけして、母の実家には行かなくなっていた。しかしその伯母も去年亡くなり、今日は20年ぶりに、お仏壇にお参りさせていただいた。私が小さなころに、リウマチで寝たきりのまま亡くなった祖母、祖父、伯母。大きな代々のお仏壇の前に座り、永い間来なかった不義理を詫び、冥福を祈った。伯母にとっては、今年は新盆だ。燈籠のクルクル回る光に、気持ちが何だか、静かになった。お墓参りをして、パパと子供たちは下の駐車場で待ってもらっていたので、従兄弟のお嫁さんにご挨拶して、母と失礼した。さて、お昼です。こんな田舎でも、すぐ近くに話題のお店があって、そこでバイキングのお昼を頂きました。去年も、ここで食べたが、バイキングじゃなく、ジャンボ海老フライだった。ここは、漁港が近いので、魚介類がめちゃくちゃ美味しい。おなか一杯になり、さあ、今度は父の方。我が家を挟んで、真反対にある。一旦家に立ち寄って、持って行くのを忘れた食後の薬を飲み、子供たちも、何か用事があったらしくて車から降りてきた。さて仕切り直し。父の実家のお墓は、山を超える。約1時間弱で到着。昔は、我が家のお墓や、我が家からの分家のお墓しかなかったが、いつの間にか、たくさんのお墓が建っていた。遠くからでもすぐにわかるくらい、お墓の回りには、何もない。ここは、何十年経っても変わらないなあ・・・。父の実家の5基ある墓石の中、確か父は左から二つ目に入れた覚えがある。これ、本当に忘れちゃったら最後だね。もう、どれもこれも苔むした古い古い墓石は、判別不能の名前が、幾つも刻まれている。亡くなった年代がかろうじて読めるが、江戸時代のよう。一体、何人のお骨が入っているのか、全く不明。何所に誰が入っているのか、今となっては自分の記憶にある人だけ解るが、父とその姉たちを産んで、肺結核で亡くなった後妻の祖母と、次々感染して少女のまま亡くなった伯母たちは、何所に入っているのか、全く不明。唯一の血筋は、私の家族だけなのにね・・・ごめんね。御線香を立て、手を合わせ、心の中でそう呟いた。そして、ただただ、家族を守ってくれるよう、お願いした。時間はもう夕方に近かった。母を送り、買い物にそのまま出た。近くにあった「プロショップ」という業務用のスーパーが移転して、いつもの駅前じゃなく、JRの駅前になった。このあたりでは、JRを利用する人は、少ないので、JRの駅前はさびれ、古い商店街も、シャッターの下りたままのお店が多い。近鉄の駅前のように、デパートや、大きなホテル、博物館などがある訳じゃなく、駅の裏の遠くの海から吹く風から、海の匂いのする、古い駅だ。大好きプロショップは、今までのお店の倍の広さになって、商品の充実感も、上がった。業務用のめんつゆ、ドレッシング、刻みのり、冷凍ホウレンソウ、アスパラ、グースパテ、肉ちまき、パパが大好きな業務用の大きなケースに沢山入った「たこわさ」などなど、次々買った。この麺つゆ、ミツカンの「追いカツオつゆ」。市販のものは、大きいビンも小さいビンも、2倍濃縮なのだが、業務用は、3倍と濃いのだ。ドレッシングも、キューピーのゴマドレ。市販の5倍近くの大きなボトルだから、うんと割安。冷凍ほうれん草は、たぶん、市販の生のホウレンソウ20束くらいの量があって、350円!持つと、どっしり重い。断然安い。いつも買ってきて、小分けにして冷凍しておく。炒め物に、お浸しに、胡麻和えに、ラーメンにと大活躍する。アスパラの冷凍も、解凍するだけで食べられるのに、これも市販のは3本ほどの束が158円くらいで売っているが、一袋に30本近く入っていて250円!ね?抜群に安いでしょう。中華料理のスパイスもずらずらずらっとあるし、今日は、買おうか迷って次回にした「サムゲタン」のレトルトもあった。小さな一羽なりの雛鳥の中に、いろいろな具材ともち米が入って、スープで煮てある。オネエと「美味しそうだね~」と眺めていたが、今回は諦めた。プロショップに行くと、時間を忘れちゃう。ただ、難は、ボトルが多いこと。開封すると、冷蔵庫に入れなくちゃならないから、野菜室の手前に、ドレシング数種、めんつゆなどが並び、上の冷蔵庫には、別のスパイスのボトルが並ぶ。入らなくて、横にせざるおえない物も出てくる。冷凍するものも沢山。こういうとき、大活躍なのが、例の業務用冷凍庫。本当にこれ、優れ物ですね~。朝からお墓参り、買い物と少々おつかれ。こういう時は、圧力なべです。冷凍してあった鳥の手羽元と、里芋、ニンジン、シイタケと、中華のハーブ八角を入れて、シュッシュッと10分で、美味しい煮物ができました。前浜で採れた小さな上海カニのようなのが安かったので、おみお付けも作って、おくらのおかか和えと、サラダも頑張って作った。はい、御馳走出来上がりです。今日は大活躍でしたなあ。でも、めちゃくちゃ疲れた・・・・・。
2009年08月13日
コメント(0)
今日は、日航ジャンボ機が御巣鷹の尾根(本当は高天原山《たかまがはらやま》なのだが)に墜落した日。私にとっては、本当に大変ショッキングな記憶として残っている。この事故を心血注いで報道した地元紙の新聞記者を描いた「クライマーズ・ハイ」も、放映されたばかりだから、この事故を知らない方でも、この映画で詳しく知った方も多いと思う。1985年この日、お盆の休みに入った頃だった。夜7時半のゴールデンタイム、いきなりTVから「午後6時羽田発、大阪行き、日本航空123便が消息不明」と言うニュース速報が流れた。今から24年前。夕食後、のんびりしていた私は、思わず小さなオネエを抱きしめ、固まった覚えがある。お盆休みの午後6時発という、時間的にもたくさんの人が利用し、満席の状態だった。その日は夜を徹し、報道番組が続けられた事を覚えている。だが、なかなか消息、墜落現場が分からなかった。そして、夜が明けたころ、山に激突した残骸とともに、発見され、朝の風景とおよそ程遠い、木々をなぎ倒し、焦げた森のまだ煙のくすぶる陰惨な山の現場が、ヘリコプターからの映像として映し出された。朝から、どこのTV局も「報道特別番組」となり、大騒ぎになった。刻一刻と状況が分かり、その間に次々、搭乗者名簿が読み上げられた。乗客の中に坂本九さんが乗っていたことや、女優の北原瑤子さん、ハウス食品の当時の社長など著名人が多く乗っていたことが解り、当時、皆がTVに釘づけになった。その惨禍は悲惨を極め,遺体の状態も、部位だけの物も多く、真夏の事故現場は、日を追うごとに腐敗臭が漂い、坂本九さんも胴体だけの状態で、していたネックレスから身元が判明したという状況。多くの形をとどめない遺体の身元の判明は、困難を極めた。二日目になる頃には、航空機史上最大の事故に、日本中が震えあがった。その週に発売された写真週刊誌に載ったものには、機体の残骸や、木にぶら下がった遺体の一部などがあり、思わず目をそむけた。後に機長は歯の残った顎の部分だけだった事などが伝えられ、航空機事故の怖さをまざまざと思い知らされた。何日も何日も、ずらずらと並べられたひつぎの遺体安置所からのレポートが続いたことを覚えている。遺体が残った人は、まだましだったそうだ。そんな中、4人の女性の生存が、私達の気持ちの救いだった。事故現場判明のお昼すぎ、「生存者が発見されました、只今生存者が発見された模様です」という興奮したアナウンサーの繰り返したトーンの高い声は、まだ耳に鮮明に残っているし、自衛隊員におなかを抱かれながら、ヘリコプターに引き上げられていく少女の姿は忘れられない。非番のキャビンアテンダントの方、幼い女の子とお母さん、そして12歳の少女だった。何故、女性ばかり?という疑問にも、「女性の体は柔らかいので助かったんでしょうねぇ」などと解説する評論家もいた。そして、次々発見された遺書の数々が新聞に発表され、涙なくして読むことができなかった。最初の爆発の緊急事態から墜落に至るまでに30分あり、揺れる機体の中で書かれた、文字の分かりにくい遺書が何点も発見された。それは家族に対する深い愛情に満ち、覚悟を決め綴られた死にいたる恐怖は、計り知れない。この時間がどれほどの恐怖だったのかは、本当に想像を絶する。今も事故の資料や、映画「クライマーズハイ」の中で読まれるこの遺書には、ご家族へのお気持ちが痛いほど分かり、可哀想で、可哀想で、どうしても涙してしまう。その後、事故原因はなかなか解らず、本当に、長い期間、新聞のトップの見出しはこの日航の事故の話題ばかりだった。あの頃30歳だった私は、もう、若くもなく、人生も半分以上生きてしまったが、あの事故のことは、あの日のことは、多分、死ぬまで鮮明に記憶の中に生き続けると思う。改めて今日、8月12日、一瞬にして運命をともにし、17分のダッチロールの恐怖を味わい、墜落の衝撃とともに亡くなった520名の方のご冥福を、今年も、心からお祈りいたします。
2009年08月12日
コメント(2)
何だか、ここのところ毎日、硬い話と、超柔らかい話を交互に書いている気がする。まあ、どっちも「私」だし、ほかに何もない。ブログの中の喜怒哀楽かな(笑)今日は、良いお天気。でも、風がある。台風の影響か、風は結構強いなあ。明け方、パパに起こされた。昨夜はお風呂に入って、暑くて下のソファに横になっていたら、そのまま寝ちゃったらしい。起こされて、そのまま二階に上がり寝たのだが、今朝起きて、その時、震度3の地震が起きて、パパが目を覚まし、横に私がいないのを心配して、下で寝ていたのを見つけ起こしたと知った。地震には敏感な私なのだが、多分、睡眠導入剤を飲んで寝たから、ちょうど寝入って一番眠りの深い時間だったのだろう。朝になって、ニュースを見て、一人で騒いでいたら、家族に呆れられた。「何、今頃言ってんの」(爆)だって、知らなかったんだもん。台風9号と、地震の被害に遭われた地方の方。心よりお見舞い申し上げます。実は、2日前、地震雲を見ていた。パパとチビに「ほら地震雲あるよ。すごく長いし、なんか大きそうなのが来そうで嫌な感じだね」と言ったばかりだったから、「やっぱり・・・」と思った。ここのところ、百発百中で、地震雲の予想は当たっている。やはり、地震の前の、地殻変動の時に起きるエネルギーの磁気によって雲が、形を作る・・・と言う説は正しいと、いつも確信する。本当に、地震雲を見た1週間以内に、地震がなかった事は皆無だから。今日の午前中にも、夏の入道雲が向こうの方にあるのに、近い空の下の方に、薄く横に何本も、まるで簾のように出ている気持ちの悪い雲を見た。これも地震雲。多分、2~3日中に、また、地震が起きるだろう。今回の、大きな地震の割に被害が最小限に抑えられたのは、不幸中の幸いだったろう。「備えあれば憂いなし」家具の転倒防止、気をつけよう。台風8号は、中国に抜けて行ったが、ジョセフのいる台湾を直撃した。たまたま、台湾の方と知り合って、彼女からメールをいただき、「台北は大丈夫でしたが、台中から以南は大変な被害をうけました」とあった。台中は、ジョセフの生まれた場所で、ご実家もある。今回、この台中の観光が、メインのツアーに申し込んだ。ジョセフの出た学校とか、お気に入りのお店とか、連れて行ってもらうツアーだ。どうか、台湾のみなさんにも、これ以上の被害にならないよう、心より、お祈りしています。気が付いたが、「台風9号」ってことは、このシーズンに9個目ってことかな?何所から発生した物に、この符号がつくのだろう。え?知らないのは恥ずかしい?(笑)何だか、面白いね、こういうの調べるの。まだまだ自分の知らないことがいっぱいあるのって、凄く面白いし、調べるのが大好き。今年は、台風の当たり年になりそう。くれぐれも、怪我のないよう、もう一度、「備えあれば憂いなし」ですね。
2009年08月11日
コメント(0)
週末のニュースは、こぞって、酒井法子の逮捕ばかり。可哀想な悲劇の妻は一転、容疑者になり、犯罪者になった。次々、今までの可愛い映像から、ディスコで頭を振りまわしてレコードを回す姿や、入れ墨をした足くび、異常なテンションの映像などを流す、そのTV局の変わり身の早さ。そして必ず出てくる「そういう話は、以前から聞いていた」・・という同じ芸能人仲間の話。色々な評論家が、この夫婦がこうなったのはどうのこうの、罪は初犯だし、執行猶予がつくだろう・・などなど。違うでしょう!!と叫びたくなる。こういう報道じゃないでしょう。まず、薬の怖さを第一に表に出し、報道の道を歩いているなら、それを、万人に知らしめることこそが、報道の役目じゃないんですか!!!???母親、父親が逮捕された男の子は、こういう報道をされるたび、何度も晒し者にされる気がするだろう。夏休みが終わったら・・・・という、例えようもない恐怖が、襲うだろう。10歳の子なら、もう、十分に解っている年頃だ。両親をこんな形で奪われ、心細くて、悲しくて、悔しくて、恨んで、その上、連日の報道に身が縮む思いだろう。本当に気の毒だ。TV局によっては、所謂「あぶり」の方法さえ、やって見せていたが、何故、あんな馬鹿なことをするのだろう。本当に、本当に、ここのところのTV局には、腹が立って仕方がない。再犯を防ぐには…をテーマにするのが、第一であって、野次馬根性丸出しの報道は、もう胸が悪くなるくらいだ。そんな中、どこの局だか忘れたが、きちんと、覚せい剤、薬の害を丁寧に取材し、放映していたところがあった。報道の良心を見た気がした。知らなかったが、覚せい剤は、時代とともに、名前が変わっているそう。昭和の戦中戦後は「ヒロポン」。そして「シャブ」。今は「スピード」とか「クリスタル」などと呼ばれているそう。そりゃ、こういう名前にした方が、この名前を知らない子は「覚せい剤」の怖さは知っているけれど、また別物だと思っちゃうものね。売る方も、いろいろ次々、考えてくるよね。でも、もう少し、賢くなってもらいたい。世の中には、危険な落とし穴が、いっぱいあるのだから、用心深くなりすぎて、ちょうど良い時代じゃないだろうか。例えば、自分に責任を持てない年齢、経験不足で、簡単に「出会い系」に電話したり、手軽だが危険な「プロフ」に登録したりしないでほしいと、思う。自分の身は自分で守らなくちゃならない時代。ほんの10パーセントでも、危険な穴がありそうなものには、手を出さないのが、賢い生き方じゃないだろうか。我が家にも娘が二人いる。小さなころから、そういう危険なものを教え、自己防衛する術も叩きこんできた。それが高じて、新聞だねになった小学校教師の痴漢を警察に突き出したり、危険なこともやってのけ、親は、身の縮む思いもしたが、自分を大切にしてくれ、出会い系にも、「プロフ」にも手だしせず、何とか、上の娘は良い人に出会い、結婚までに至り、下の娘も、明るい空の下、顔を上げ前を向いて生きられるように育った。「危険なもの」は、人間の弱みに付け込む。それを寄せ付けない強さは、いつも足を踏ん張って生きていかないと、身につかない。ちょっとした心の隙に、「薬」は入ってくる・・・ということを、もう少し、冷静にいろんなことを見極めて行動してほしいと、願うばかりだ。大切な貴女の体です。大切な貴女の人生なんですから。
2009年08月10日
コメント(0)
パパは、先週の金曜から、もう、お盆休みに入った。来週一杯、お休み。表は暑いし、自然、二人で家の中にいることが多い。チビは、いよいよ卒論に本腰になって、図書館や、学校に出かけて行く。先日の博物館研修が、この地方のケーブルTVのニュースで、紹介され、初TV出演になった。なかなか良く映っていた。はい、親ばかです(笑)この博物館、うちから車で15分ほどの駅前にある立派なもの。地場産業会館と、隣接している。中には何度も入ったことがあるが、一番上には、プラネタリュームもあって、なかなか面白い。山の方に向かうと、「パラミタミュージアム」という大きな美術館もあり、ジャスコのおひざ元、イーオングループの全面的な出資で造られた、池田満寿夫の膨大な作品が、常設で見られる美術館。日本の中、地震の少ないこの地が気にいり、陶器の作品保護のためにも、ここに美術館を造りたいと言う奥様の希望で建られた。ここも、何度か行ったが、本当に素晴らしい作品が多い。池田満寿夫の作品は勿論のこと、主に陶芸の作品が多いが、素晴らしい企画の展示は勿論のこと、常設の「古万古焼き」の作品も、駅前の博物館に負けないくらい、良いものが見られる。でも、そういえば、最近行ってないなあ。表に出るのが、億劫になってる。何故だろう・・・・。解んないや。暑いからかな?夏は嫌いだから、うちの中にいることが多い。で、また、「イタキス」。もう、ぜーーんぶ見ちゃったし、次にジョセフが出た「ハチミツとクローバー」のDVDも買ってあるのだが、何だか、まだ見る気にならない・・・・。色々探していたら、「イタズラなKISS」のパート1をうまくまとめたビデオみっけ。これ、本当に良く出来てる。高校生の琴子ちゃんが、入江君に2年間の思いを込めてラブレターを渡そうとして玉砕しちゃうところから始まって、うちが震度2で崩壊して、パパの古くからの友人である入江君の家に偶然同居することになっちゃう所とか、自分を好きな琴子ちゃんを、おもちゃのように面白がって、寸止めKISSとか意地悪するうちに、だんだん本当に、好きになっちゃう入江君とか。高校の卒業式のあと、あまりに冷たい入江君に「もう、忘れる、大学に入って、もっと素敵な人を見つける」って叫んだ琴子ちゃんに腹を立て、思わずKISSしちゃって自分でもびっくりした入江くんとか。大学に入って、テニス部の先輩に可愛がられる琴子ちゃんにやきもち焼いて、そのうちに琴子ちゃんと先輩と一緒のところ、やくざに追いかけられそうになって、思わず琴子ちゃんの手を掴んで逃げる入江君。その勢いで、初めてデートする二人とか。テニスの合宿で怪我をした琴子ちゃんだったが、それでもそれを隠し、頑張ってテニスのダブルスで入江君と組んで試合に出て、倒れちゃう。そんな琴子ちゃんをおぶって家に連れて帰ったり。入江君の弟と留守番していたら、その夜、弟君が突然倒れて、琴子ちゃんが慌てて病院に担ぎ込み、気が動転して心細くて入江君を呼び、彼が来たら安心して泣いて疲れて寝ちゃったら、入江君が二回目のKISSをしたところとか。ポイントをちゃんと抑えて作ってる。パパの会社を助けるためにお見合して、琴子ちゃんも金ちゃんとデートしているところ、偶然会って、思わず、きついことを言って琴子ちゃんを傷つけたり、金ちゃんがプロポーズして、自分の心に嘘をついて、KISSを受けようとした琴子ちゃんだけど、金ちゃんは琴子ちゃんの気持ちが解って、涙を流す、金ちゃんがつら――い場面だったり、金ちゃんがプロポースしたことを知って、入江君がサホコさんと一緒だったのに飛び出して、琴子ちゃんの元に走り、プロポーズするところ、そして結婚へ・・・と、もう一杯のエピソードを、本当に上手にまとめてあるので、興味のある方は、見てください。こちらですは~、全60話、もう一回、最初から見ようかなあ。
2009年08月09日
コメント(0)
さて、先日の「我的億萬麺包/Love or Bread」。続きを見た。一気に最後まで見ちゃった。超面白かったが、全12話、「イタキス」よりうんと短いから、何だか、少し、消化不良。結構、突っ込みどころがあった。で、サイトで、ネットサーフィンしてたら、見付けました。全話の筋や、会話が書かれているサイト。は~、何だ、あれはそう言う会話だったのね・・とか、なるほど、法蘭克(フランクと読みます。ジョセフ)は、そういうように、気持ちが変わっていったのね。とか、いろいろ解ったが、字幕だけでも、十分、法蘭克(ジョセフ)の気持ちは理解できた。曾善美(アリエル)と出会い、いろいろな事を経験するうちに、優しい、お人好しの、さみしがり屋の本来の法蘭克に戻っていく過程が、凄く良い。友達の阿星が、本当の法蘭克を知っていて、どれほど迷惑をかけられても、見捨てないのが、とても良いんだよね~。お金がなくて、食べるものも買えなくて、お金持ちの家の前、犬が美味しそうにご飯をもらって食べているのを、二人でしゃがんでみてたり、「お中がすいた時、これ歌うと良いんだよ」って法蘭克が曾善美に歌う歌が、早口の童謡で、唄いながら二人で夜の道を帰るんだけど、ブーたれていた曾善美も一緒に歌っちゃう「ピピポピピポ」ってのが、凄く可愛かった。なかなか素直になれない二人だけど、法蘭克がとうとう、曾善美のお母さんの手術のため、真剣な顔で身を引く決心堅く、曾善美を見染めたデパートの若き社長に会いに行く時のジョセフのお顔がすごーーーく素敵です。曾善美を諦め、一人、真剣に建設業に勤め始め、時々遠い目で曾善美との日々を思いだし、辛そうにするジョセフも、素敵なんだよね~。最後まで、ラブシーンは、これと言ってなし。あれほど「イタキス」で、毎回素敵なキスシーンを演じた二人なのに、一回だけ、法蘭克の妄想で、軽いキスシーンがあるだけ。でも、愛しそうに曾善美を見る法蘭克ジョセフの目は、とても素敵ですよ~。パコン、パコン、アリエルに殴られるジョセフも超、可愛い(笑)入江君と琴子ちゃんじゃ、考えられないものね。曾善美を、交通事故から身を挺して守って、自分が大けがをしちゃった時、曾善美にお粥を食べさせてもらったり、トイレで上手くできなくて、タイルで滑って狭いトイレですっ転んで身動きできなくなったジョセフ。「イタキス」じゃ、絶対に見られない、超カッコ悪い姿。爆笑ものでした。でも、車屋さんに勤めているジョセフは、流石にモデルさん、すんごい、スーツ姿が素敵でした。特に、中に来ているワイシャツの色が、ピンクだったり。ちゃーーんと着こなしちゃうから、おもしろセリフ言っていても、カッコよさとのギャップがあった。最終話、曾善美とデパートの社長との結婚式。最後の「花嫁が式の途中で踵を返して、走って好きな人の元に走る」シチュエーションは、「そりゃないよ~」って感じ。昔からあり過ぎて、こういうのでジョセフとアリエルの物語が終わるのは、なんだかなあって思った。おまけに最後は、お互いの名前を叫び合うだけで、終わり・・・・ってなんじゃそりゃ!!せめて、走り寄って抱き合うとか、手を握り合って見つめあい、最後に安心したような笑顔で見つめあうとか、他になかったんかい!!と不満たらたらですが、全体の物語は面白かった。もし、お暇がありましたら、ここに全話、ありますので、YOU TUBEとの動画を先に見るか、こっちを見てから、動画をみるか、楽しんでください。「我的億萬麺包」は~、早く、日本版出ないかなあ。これ見ていると、「イタキス」が見たくなる。では最後に、「イタキスシリーズ1」の山場。金ちゃんが琴子にプロポースしたと知った直樹が、琴子を探しまわり、やっと見つけたシーンを。ここから、みてください。金ちゃんのプロポーズを受け入れられず、どうしても入江君が忘れられなくて、入江君がバイトをしていたお店の前で、思いにふける琴子。「どうしても入江君が忘れられない・・・。これからどうしよう。ずっと誰とも結婚もしないで、入江君はサホコさんと結婚して、私はおばあさんになって、死ぬ時に、入江君の写真を持ってひっそり死のう」すると遠くから人影が。しょっちゅう、妄想や、幻を見ていた琴子。それも直樹だと思わず、驚かない。「また、幻だとおもっているのか?」「違うの?」と驚く琴子に「幻とはしゃべれないぞ」と直樹。琴子ちゃんにたまらず聞く「受けたのか?」「何を?」「金之助のプロポーズ」「どうして知ってるの?」「受けたのか?」「ああ、里美とジンコに聞いたのね・・」「金ちゃんと一緒になって、お父さんのお店を継ぐの、入江君がサホコさんと結婚すれば、おじさんの会社もうまくいく。だから、それが一番良いのよ」「金之助がすきなのか?好きじゃない人に好きだと言われてその通りにするのか!」と直樹が怒ると、「私よりましでしょう、金ちゃんは私をずっ思ってくれてた。私は5年間も振り向いてもくれない人を思い続けたのよ・・・あなたには関係ないでしょう。あなたはサホコさん(婚約者)のことだけ考えていれば良いじゃない」と逆切れした琴子。「関係ないなんて言うな!、お前は俺しか好きになれないんだ」と迫る直樹。「なによ、いつもいつも自信たっぷりで・・・(と怒りと悲しみに震える琴子)」「そう・・・そうよ、私はあなたしか好きになれない、でも貴方は私になんか、目もくれないじゃない!!」激情にかられた直樹が、思わず琴子に雨の中での激しいkISS。「俺以外の男を、好きだなんて言うな!」抱きしめられた琴子が言う、「これでキスしたの2回目だ」直樹「三回目だろう」実は二回目は琴子ちゃんが寝てたから知らない。「でも、たしか・・・」「良いよ、もう数えなくても・・」と抱きしめる直樹。琴子ちゃんの胸の内の言葉。「ずっと、ずっと、こうなるようにって思ってた。入江君の胸の中に抱きしめられるなんて、夢みたい。でも、夢でも良い。どうかずっとずっとこのまま覚めないで」「琴子、家に帰るんだ」と琴子の手を引っ張って、走りだす。「傘、傘が」と琴子「そんなものかまうな」と直樹。傘を置いて帰ったあとは、琴子ちゃんのパパに「娘さんをください」と言い、プロポースを家族の前でする・・という大切な山場のシーン。はははは、セリフ、全部覚えているくらい見ちゃってます。やっぱ、「イタキス」は最高だ。
2009年08月08日
コメント(0)
昨日は、世界で初めて、核兵器が人の殺戮を目的に使われた日。そして、明日は、二度目に使われた日。今年も、広島と長崎の原爆記念日が来た。オバマ大統領が、プラハで行った核廃絶の演説は、とても重い意味を持つ。アメリカの大統領として、初めて、「核兵器を使った世界で唯一の核大国」として「道義的責任」に言及した事は、「核兵器を使われた唯一の国」として、長い間の原爆投下に対する両国の考え方の違いの気まずさを一掃するほど、深い意味を持っていたと、感銘を受けた。私も戦争を知らない世代。ただ、私の親は、戦争に行った。それも、召集令状が来ないのに、自分から志願して行ったから、参戦した最後の世代だ。だから、私と同じ世代の方の多くは、お祖父さまが、戦争にいらした世代だろう。ますます「戦争」が、教科書だけの上や、人事のように感じる世代の人が、人口の比率から言って、多くなっているに違いない。8月15日の終戦記念日近くになると、TVで、戦争に関するドラマや、ドキュメンタリーが放映される。超、くだらないお笑い番組の裏で。今、本当に若い方に、こういう本当にこの時代を生きた方の言葉から生まれたドラマや、ドキュメンタリーを見てほしいと、思わずにはいられない。貴方達の生きている国には、こういうことがあって、こういう人たちがいたからこそ、今のあなた達の生活があるんだということを、きちんと受け止めてほしいと思う。娘たちも、高校生のころ、広島研修に出かけて行き、原爆平和資料館の見学をした。私も、彼女たちと同じ年頃のころ、長崎の原爆資料館に行ったが、目を背けたくなるような写真や、資料に、多くの学友たちが泣きだし、最後まで見られなかった。最近、TVで見る機会があって、昔の建物じゃなくなったのを知った。展示も、昔ほど生々しいものは、無くなったように思った。だが、それは違うんじゃないかと、とても疑問に思った。全部を見てはいないが、全部を見られなくなるようなショックを与えられてこそ、本当に「核兵器」の怖さを身にしみて知るのではないだろうか。原爆資料館の見学の後に、平和の像の前で撮った記念写真は、皆、目を泣き腫らして、笑顔じゃない写真が残っている。今は奇麗に平和公園ができているが、私が修学旅行で行った時は、まだ、平和の像と、「水を・・」と言いながら亡くなって行った多くの犠牲者のために作られた噴水しかなく、その前に、こう彫られた御影石があった。「のどが乾いてたまりませんでした。水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました。どうしても水が欲しくてとうとう油の浮いたまま飲みました。」資料館を見た後だったので、私たちは、これを読んで、また泣いた。この碑は、今も、平和公園に残っているそう。広島には、有名な碑「繰り返しません、あやまちは」がある。広島でも長崎でも、一度は行ってみてほしいと、とても強く思う。最近になって、有名人が自分が原爆2世であること、3世であることを公表している。それほど、被爆者に対する偏見が根強く残っていたからだろう。それほど、大きな傷を、多くの人の心に残してしまった原爆なのだ。核兵器は絶対に使われてはならない。これほど非人道的な兵器はないと思う。64年目のこの二つの記念日の間に、大切な大切な家族が増えようとしているこの年になり、改めて、心に強く思った。
2009年08月07日
コメント(0)
You Tubuでさがしていたら、ジョセフの去年のドラマ、「我的億萬麺包」が、1話から最終話まで全部アップされているのが解って、今日から、見始めた。「イタキス」と同じ、ジョセフとアリエルのゴールデンコンビ。台湾でDVDが出ているのは知っていたし、ジョセフのグッズなど一手に販売している「RITZpro」から、台湾版のDVDや、グッズも出ているから、早く吹き替え版や、字幕スーパーの付いたものが出ないか楽しみにしていたが、それまでのジョセフと全く違う、素に近い、底抜けに明るい色々な表情のジョセフが見られるので、我慢できずに、見始めた。台湾は、繁体文字なので、ほとんど、「字」自体は解るのだが、意味が半分以上わからない。翻訳サイトと首っ引きで見たら、良く出てくる言葉は、解るようになった。それぞれ10分くらいずつのアップだったので、そのたびに、「1(1/10)1(2/10)」と最初は探しながら見たが、そのうちコツを覚えて、かなりわかるようになった。ドラマの筋は、超、いい加減な奴がジョセフの役。恋人がいて、遠距離恋愛中のアリエルは、オフィスガールで、婚約している彼女をねたんでいた同僚もいて、トイレで悪口を言ってる先輩同僚とかちあったり、初めからかなりの「コメディ」。ジョセフ演じる、楽にお金儲けすることしか考えていない軽い奴が、ある日、借金取りから襲われて、自分の部屋で袋叩きにあって、本当に、袋に入れられたまま、お風呂に漬けられちゃう。たまたま、銀行員のアリエルが、仕事の名簿を見て彼に電話をした丁度その時、袋叩きにあっていて、電話がフッ飛び、アリエルは、受話器から聞こえてくる騒ぎに驚き、警察に連絡し、自分も駆けつける。そして逃げ出した借金取りがいなくなった部屋で、お風呂場で沈んでるジョセフを見つけ、人工呼吸をして助ける。これが二人の出会い。実は、その後アリエルは、3年前に、結婚を約束した先輩と結婚するため、家族の反対を押し切って、「娘でも親でもない」と泣き叫ぶ心臓の悪い母親を残し、パパの「行きなさい」という言葉におされて、家を出て、愛する相手の所に行くのだが、どういう事情だか解んないのだが、婚約は破棄されてしまい、傷心のまま、町に戻ってくる。だが、結婚すると家を出たアリエルは、会社も辞めてしまっていて、家にも戻れず、家を探すことになる。一方、助けられたジョセフは、古くからの友人が経営する掃除会社に勤めているが、仕事はまるでいい加減。住んでいたマンションも家賃を3か月も溜めていて追い出され、ボロボロの古い一軒家を借りて住んでいた。ある日帰宅すると、冷蔵庫に入れてあったビールがない。見ると横のゴミ箱に、あき缶が二つ・・・。頭にきたジョセフは怒り狂い新しい同居人の部屋に、文句を言いに行くのだが、そこには、昼間、行く場所がなく、不動屋さんに紹介されトランク一つでここに落ち着いたアリエルがいた・・・・とまずは、こんなところかな?かなりのオーバーアクションのジョセフが面白い。それまでにも、縁があって、先輩のところに行くアリエルが乗ったタクシーの運転手が心臓発作を起こし、ジョセフが乗った会社のボックスカーとぶつかりそうになり、どうにか事故を避けたジョセフが、車から降りて、アリエルといざこざしてる時、母親の形見の金の指環を落とし、それをアリエルが拾い、その指輪で、そのジョセフのいる家を借りることができたんだけどね。アリエルも、「指輪がない」って警察で騒いでいたジョセフを知っていたんだけど、兎に角、命の恩人である自分に、口が悪いジョセフには腹を立てていたからね。見ていて、は~、言葉が解らなくても、観れるもんだなあ・・・と面白かった。勿論、細かい友達との会話とか、全然解んないし、今書いたあらすじも間違っているかも・・だけどね。中国語は、書いてあると、何とか分かる。これが、字幕が出てなかったら、全くわからないだろう。発音だけじゃね。でも、中国語の難しさを知った。英語なら、綴りも、発音も、何とか映画を見るくらいなら、字幕スーパーが出てれば、相当な割合で解るよね。でも、中国語って、字は解っても、その配列が日本語じゃないから、解らない。日本語と同じ配列でも意味が違うから、いちいち翻訳サイトで翻訳しながら見る。例えば「学長」これなんだと思います?これね、「先輩」って意味。「先生」って何だと思います?実は、中国に行った際、向こうの通訳が、パパのこと「K先生」って言ってたんですよ。それに、日本人のコーディネーターも「H先生」ってずっと言われてたし。こっちは、ずっと「先生」って意味だと思ってたのね。違和感はあったけど、多分お世辞で言ってるんだろうって、そう思ってたから、聞きもせず。で、今日初めて分かりましたわ。中国語で「先生」って、「様」ってことなんですよ。つまり、人の名前の後に付ける、人を名前で呼ぶ際の最大級の丁寧語。もう、目からうろこだった。は~、そういう意味だったのかあ・・・・って、今になってわかっちゃった(爆)台湾のドラマが長いから、今日は、半分だけ見た。少々、目がお疲れさんでした。でも、面白い。やっぱり、ジョセフとアリエルコンビは良いです。「イタキス」とは、正反対の顔を合わせれば、口げんかばかりの二人。アリエルも、おバカな女性ではなく、銀行員のほかにも、夜もアルバイトをして家計を助ける賢い女性。ジョセフと一緒に住んでも、全くロマンチックじゃなく、部屋に入ろうとするジョセフを硝子戸で挟んだり(笑)。ジョセフも、どうしようもない奴で、超、軽い。明日も続き、楽しみです。
2009年08月06日
コメント(0)
世の中、本当に混沌としている。先が全く見えない状況に、人は戸惑い、精神的に弱い者には、悪しき誘惑が甘い声をかける。まるで、凄い勢いの嵐の中に、一人立たされている感覚になる。今の時代、今の日本の状況は、こんなだろう。かく言う我が家も、その嵐の中にいるようだ。お気楽に過ごしているように思われるかもしれないが、これでも、事業主の娘から、妻になり、人生の中、度々の嵐に見舞われている。忘れもしない16歳の誕生日。暖炉のある家に住んでいた。東京では、2DKの借家にいたが、こちらに用意された家が、暖炉のある家だった。父は命を削って、伯父の会社で働いたが、業績は下降するばかりで、この日、東京から来て1年。会社のためにすべてを失った。東京で20年、印刷会社の営業部長をしていたが、その会社が社長の放漫経営により倒産し、途方に暮れていた時、兄に誘われて、東京からこちらにきたのだが・・・。まだ15歳のころ、ある朝。高校生の私は、差し押さえが来るかも・・・という不安そうな父の言葉に、授業も身に入らず、可愛がって下さっていた先生に休み時間に相談し、「そんなことじゃ、心配で授業なんて受けていられないでしょう。帰りなさい」と仰っていただき、一人、春の日差しの中、駅に急いだ。不安でいっぱいの家路を急ぎ、まだ無事に家があったことに胸なでおろした。げっそり頬のこけた父が、血走った眼で玄関に帰宅し、「今から差し押さえが来る、荷物まとめておけ」と言うと、再び出て行った。赤紙が貼られたら、中の物には手を出せないと聞いたので、母と二人、当面の衣類を鞄につめて、表の物置の中に隠した。頭の中は、からっぽだった。動揺する母を尻目に、黙々と、荷物をまとめていた。これからどうなるのか、全く解らなかった。その後、銀行との交渉の末、家が人手にわたることになり、何人もの人が、住んでいるのに、部屋で勉強中なのに、家を見にきた。シェパードと芝犬のハーフを飼っていた。東京から連れてきた、大切な子だったが、この子も人手に渡った。トラックの荷台に乗せられ、最後まで吠えていたあの子との別れは、本当に本当に辛かった。東京に帰るから・・・・と言う理由で貰ってもらったが、内心、東京から連れてきたのに、そんな理由で人手に渡すわけないじゃん!と悔しかった。子犬の時、千葉までもらいに行き、車に酔った彼は膝の上で何度も吐いて、吐しゃ物まみれになりながら連れてきた子。東京にいる時から、彼は沢山の私の涙を拭ってくれた友達だったから。遠くなるトラックの後姿を、涙をこらえながら見送った。父は何も言わなかった。そして16歳の誕生日。早春の中、雪のちらつく日。一度目のに荷物を運ぶために父が母とトラックで出たあと、一人残された私は、黙々と引っ越しの荷物を作った。向いのおばさんが、引っ越しと聞いて、たぶん、大勢の人が来ていると思ったのだろう。丸いお盆に、ココアの入った沢山の茶碗を持って来てくれた。薄暗い中、一人で作業する私に、「Iちゃん一人なの!?」とびっくりなさって、「可哀想に、可哀想に」と言ってくれ、一緒にココアを飲んだ。そのココアの美味しかったこと、忘れられない。あれから私は、ココアが大好きになった。でも、不思議と悲しみも、辛さもなかった。父が後日言った。「明日からの生活も解らないのに、お前が、『会社辞めてきたよ』って言った時、『良かったね~、お父さん』って言った言葉が忘れられない」。その時私は、このままあの会社にいたら、本当に父は死んでしまうと思っていた。それほど、毎晩、明け方まで作った部品を名古屋まで運んでは下し、またトンボ帰りしていた父の体が心配だったのだ。引っ越し先は、雇用促進住宅。脱衣所もない、部屋からいきなりお風呂場という、2Kのマンションだった。夜10時、最後の荷物を積んで、父と二人、夜の道を走った。その時、父がつぶやいた。「すまんなあ、お前には苦労ばかりさせて・・・」今日が16歳の誕生日だとは、口が裂けても言えなかったし、毎年、どんなに貧乏していても、少女マンガ1冊でも、プレゼントしてくれた父が、私の誕生日を忘れているはずがなかったから。夕食も食べていなかった。引っ越し先の小さな商店街のおうどん屋さんのシャッターが半分閉まりかけていたが、父が頼んで、幼い弟と両親と中に入れていただいた。そこで食べたおうどん。誰も、幼い弟さえ、何も言わず、ただ黙々と食べた。明日からどうなるのか、解らなかった。一時は、本当に東京に戻る予定だった。だが、捨てる神あれば、拾う神ありで、父の仕事ぶりを見ていてくださった方が、独立のチャンスをくださった。その後、父は借金をして、今の会社の前身である会社を立ち上げ、母と二人で、働き出した。それまで専業主婦だった母は、相当きつかったのだろう。毎日、うちに帰ってくると、まず食事をして、「御馳走様」と言う間もなくその場で暫く爆睡していた。当然、夕食つくりは私の仕事になった。つまり、私は16歳から今日まで夕食つくりをしているのだ。一番高校生の楽しい時期のはずだったが、毎日5時には帰宅し、夕食の買い物に出て、弟の面倒を見て夕食を作った。だが、全く辛いと思ったことはなかった。それは、父の健康の心配もなくなったし、家族がいつも一緒だっただからだろう。時々父が、もらわれていった犬の元に連れて行ってくれ、ちょっと離れた場所から、見せてくれた。バイクのお店の裏、流石に犬、私の匂いが解るのだろう。車の窓を開けて見ていると、急に落ち着きがなくなり、「キューン、キューン」と鳴いた。「可哀想だから、もう帰ろう」という父の言葉で、いつも帰った。そんな事を何度も繰り返し、何年か後、行ったらもういなかった。多分、天寿を全うしたのだろう。その後も父が会社の資金繰りに夜、一人ウィスキーを飲みながら、眠れないでいる様子を、何度か夜中にトイレに起きて、垣間見た。何とか会社が軌道に乗り、今の場所に移り、従業員も増え、まともな生活が送れるようになったが、悲しいかな、若い時にそんな経験をしてしまっているから、いつまで経っても、自分の家なのに、落ち着かない。「自分の家」という感覚を、どうしても持てないのだ。結婚してマンションを買い、ある日こんなことを言って、遊びに来ていた父に笑われた。「壁紙が汚れちゃったから、大家さんに言わなくちゃ」。「大家さんて誰だ?」(笑)そして、事業主は懲りていたから、サラリーマンと結婚した。毎月お給料は必ずいただけるし、ボーナスもある。ああ、サラリーマンて良いなあ・・とつくづく思ったのに、父の策略で、夫は父の後を継ぐことになっちゃった。ああ、また、あんな思いをしなくちゃならないのか・・・と内心がっかりしたが、父は跡継ぎができ、本当にうれしそうだったから、これも親孝行かなと、納得した。弟は、やはりあの経験からか頑として「継ぎたくない」と言い通した。そして今日に及んでいるが、この不況の時代、また、生活に怪しい黒い雲が立ち始めている。パパは、あの時の父のように、精神的に命を削っている。従業員たちの生活を、何とか守ろうと奔走し、削減できるものは削減して、唯一の楽しみのゴルフも回数が減った。毎回、出かけて行く時「これが最後かも」と笑いながら言う。会社経営は、うまく行けば良い。だが、サラリーマンとは違い、会社がなくなれば、すべて、本当にすべて失うのだ。サラリーマンがいくらリストラされても、今日、家まで取られることはない。だが、事業主が会社を無くすことは、あの16歳の誕生日のように、今日から住む場所さえ、無くすのだ。おまけに、多額の負債を抱える。つまり、住む家を無くし、その上、借金を負うのだ。今、パパは足を踏ん張って、頑張っている。その肩に乗った重みは、ずっと見てきた私さえ、父以上だと思える。だが、私まで暗い顔をしていたら、家に帰ってきたパパの気が安まらないから、出来るだけ、いつものように振る舞っている。それは、事業主の娘から、事業主の妻になった私ができる唯一の技。お気楽主婦のままの私が、パパには一番良いと思うから。頑張らなくちゃなりません。それは、この世の中、皆が同じ思いなのです。これを読んで下さっている皆様。本当に、一緒にがんばりましょう。必ず、夜は明けます。新しい朝は来ます。それを信じて、ね!
2009年08月05日
コメント(0)
今日になって、酒井法子が夫の覚せい剤使用で逮捕後、失踪したニュースが、日本中を駆け巡った。その前には、矢田亜希子の夫、押尾学が、薬物使用の容疑で捕まっている。おまけに、女性の死体を放り出して、自分だけその場から立ち去っている。こういう芸能ネタは、あまり、気にしない方なのだが、今回は、オイオイって感じ。薬物。覚せい剤をはじめ、非合法薬物の事件は、あとを絶たない。こういう一般の人まで、波及してきて久しい。まあ、芸能人は「一般の人」じゃないが、昔は、暴力団関係や、夜の世界の人だけの間のことだった。だが、今や普通の学生や、一般の主婦まで波及しているという。いつも不思議に思うのだが、一般の主婦は、一体どこで、そういうものと、接触するのだろう。私のような主婦の生活の中、どこを探してもそういうチャンス、そういう機会は皆無だから、、不思議で仕方がない。確かに、渋谷の町の夜、ちょっと裏道に入ると、いかがわしそうな外人がうろうろしているそうだし、すっと近寄ってきて、「薬あるよ」という機会はあるだろう。しかし、そういう時間、そういう場所に、普通の主婦はいない。覚せい剤ほど怖いものはないと、知らない訳じゃないだろう。脳細胞を破壊し、廃人になってしまう。中毒性が高く、だんだん使用量が増えていき、禁断症状は七転八倒の苦しみになる・・・くらい、大人なら誰だって知っているのじゃないだろうか。覚せい剤以外の非合法薬品も、怖い。大体、ちゃんとした施設でつくられたものじゃないから、不純物が多い。・・・・・ということは、ショック死になる可能性は、限りなく高い。癌治療のための痛み止め、麻薬は、きちんとした施設でつくられて、厳重な管理の元、合法的に使われているから、問題はない。そういう非合法の薬を使う恐怖はないのだろうか・・と、不思議で仕方がない。昔の標語にあったよね。「薬やめますか?人間やめますか?」だったっけ?私は好きで、よく「警察24時」などを見る。その時に、いつも本当に感心してしまうのだが、普通に巡回しているおまわりさんが、そのおまわりさんの勘だけで、「あやしい」と思った通行人に職務質問するのだが、たいてい、何らかの後ろめたい犯罪を犯している。これは、本当に、凄いといつも感心する。その中でも多いのが、「薬」。今、この不況や、就職難で憂えることばかりだから、「忘れたい」「逃げたい」と思うのは、少なからず、皆同じなのだ。だが、薬に手を出すか出さないかは、その人次第。その人の全人生がかかったとても重いことなのだと、どうして分からないのだろう。軽い気持ちで手を出すことの、どうしようもない愚かさ。ジャニス・ジョップリンも、ジミー・ヘンドリクスも、その他の多くの有名人が、薬で亡くなった。薬に手を出すことの怖さは、広く認識されているはずなのに、それでも、手を出す気持ちが、どうしても私には理解できない。日本の文部省も、薬に対する教育を、もっと詳しく、義務教育の授業できちんと子供たちに伝えるべきじゃないだろうか。勿論、その時に、禁断症状や廃人になった例、死亡した例など、ちゃんと子供たちの心に残るよう、包み隠さず伝えるべきだと思えてならないのだが・・・。これからの日本、経済、政治だけでも混乱しているのに、混沌とした世の中、これからどこに向かっているのだろう・・・。何所から間違ったのだろう・・。でも、その日本に、私たちは生きているのは、間違いない事実だ。
2009年08月04日
コメント(2)
本日、やーーーーーっとこの地方の梅雨明け。でも、何とまあ、気象庁の発表の自信のなさ。「梅雨明けしたようだ」なんだ、この「・・・ようだ」って(爆)朝から、良いお天気だけど、いつものように、抜けるような青空、痛いような日差し・・・ってのじゃない。相変わらず、空のはしっこには、黒い雲があるし・・・。夕方には、少し雨も降った。絶対におかしいよね、ここのところの気候。お天気になったので、溜まった洗濯ものや、洗濯していなかった毛布とか、洗った。ウッドデッキのバラ達も、今日は夕方に散水しただけ。今年は、消毒しなかったので、虫が多い。久し振りに、ゆっくり庭を見たら、丸裸になってる花苗見っけ。なんだこりゃ?と考えたら、「においすみれ」だった。美味しいのかな、においすみれの葉っぱ。ハーブ畑は、もう、土が見えなくなるくらい、いろいろなハーブが大きく茂っている。特に、バジルとシソ。並の大きさじゃない。西側なのだが、とてもよく日があたるし、そりゃ、育つよね。ワイルドベリーを脅かすくらいに、次々、新しい芽を出して伸びているのは、アップルミント。毎日、シソは、お料理や、薬味、飾りに使っているけど、追いつかないくらい沢山育っている。ハーブ畑、大成功。1年草のバジルやシソは、そのうちに無くなっちゃうけど、こぼれ種に気をつけないと、ハーブ畑が、シソだらけになっちゃうから、種ができる時を見計らって、剪定しないとね。シソは、お花も食べられるから、お刺身と一緒に使おうと思っているが、本当に何十本と生えているから、食べるの結構大変かも・・・です。パパは今日はゴルフ。良い天気だし、日焼けして帰ってくるね。私もこれからの季節は、しっかり日焼け対策をしなくちゃなりません。シミは簡単にできちゃうけれど、消すのは、大変なんですから。ビタミンCをしっかり摂って、表に出る時は、日傘を忘れず、車を運転する時も、サングラスと手袋を忘れず。日差しは、角膜も傷めるそうですから。でも、今年の夏は、短そうだな。夏は一番嫌いな季節だから、早く秋になると良いなあ。もう、夏を楽しむ年じゃないしね。キャンプも行かないし、海水浴もしない、山登りもしないから。でも、バーベキューはしたいかな?蚊に食われるのが嫌だって、パパは嫌がるだろうけれど、チビもしたいって言ってるし、オネエとT君も呼んで、短い夏を楽しみたいなあ。さて、嵐の宿題くん、見ようっと。ハーブ畑と、玄関横の庭にこぼれ種で育っちゃったシソ。
2009年08月03日
コメント(0)
通じなかった電話が通じて、嵐の国立競技場のコンサート、第一希望の潤君のバースディであり、最終日の30日が当たっていた。うっそ!って感じ。だって、前回、あれほど行きたかったニノのお芝居も、当たらなかったんだもん。嵐離れが始まってる今、少し戸惑った。戸惑ったものの、やっぱり嬉しかった。お友達に聞いたら、外れた方も大勢いたそう。風評、噂だが、今回は10周年記念なので、ファンクラブの会員ナンバーが若い人から当たったとか。私のは12万代だから、当たったかな?思いっきり、楽しもうと思う。だって、10周年記念のコンサート、そのうち6年近くを一緒に過ごしてきた。まだまだ少年だった彼らは、立派な男性になった。今や押しも押されもしない、日本の「嵐」になった。歌えて踊れて、役者になったり、キャスターになったり、志村けんさんや、小倉智明さんとも仕事ができるようになった。週にいくつも冠番組を持ち、嫌味のない5人のキャラクターは皆に好かれるようになった。本当に、自分の目が間違っていなかったことが嬉しい。もう一つ。ジョセフの台中イベント旅行。応募したが、結果はまだ分からない。行けたら凄くうれしいなあ。嵐離れが始まってから、スポーツ新聞が、次々嵐の話題を出すのは、嫌味か(爆)ニノのドラマに、ハウス食品の東京ディズニーランドと嵐のコラボ企画、おまけに、相葉ちゃんの初のドラマ主演。前は、すぐに切り取って、ファイルしたものだが、切りもせず、それでも処分できず、そのままテーブルに置いてある。私の気持ちのままだな・・・。もし、ジョセフのイベントが当たったら、30日のコンサートは、日帰りにするつもり。だって、泊まっちゃったら、31日に帰ってきて、また、5日から台湾じゃ、忙しいものね。身体そんなに丈夫じゃないし(笑)ましてや、関空からの出発が、早い時間と午後からとあるのだが、午前中の出発だったら、前乗りしておかないとならないから、4日に大阪に入っていなきゃならない。中3日で海外はきつい。おまけに、次の週の神戸でのジョセフの「ハチクロイベント」のチケットは、もう手に入れてあるから、9月は本当に忙しくなりそう。でも、ジョセフも、国際ファンミーティングのすぐ翌週に来日だから、もっと忙しいよね。さて、私もジョセフに負けないよう、頑張りましょう。お人形のアップ。気持ちがしんどいので、なかなか出来ないでいたが、家に沢山置いてあっても、お人形は幸せじゃないから、それぞれ、新しいところで大切にして頂きたいと思う。引っ越しが終わってから、約1年、やっと落ち着いてきたし、自分の足元をしっかり固めないといけません。自分の足で、しっかり立たなくちゃね。頑張るぞ!
2009年08月02日
コメント(0)
今日から8月。とうとう、梅雨明けなしで、8月に突入しちゃった。まだ、梅雨明けしていないから、暑中お見舞いを出そうか迷っている。はがきは買って来たんだけどなあ・・・。7日が、立秋だから、それまでに梅雨明けしないと、暑中お見舞いじゃなくて、残暑お見舞いになっちゃう。まあ、こんな年は、滅多にないから、面白いかもしれないね。「イタキス」熱は、上昇したまま。毎日、買ったDVDを見ている。何度も見ていると、いろいろなことが解ってくるから面白い。例えば、琴子ちゃんが、入江君が大好きな以上に、実は、入江君の方が、ずっとずっと琴子ちゃんが好きだったことが解る。IQ200の天才だけど、感情、情感的には、全くと言って良いほど未熟で、琴子ちゃんの方がうんと、自分の感情に正直で、純粋に人を想えるし、自分の気持ちもちゃんと分かる。でも、入江君は、自分の気持ちが解らないものだから、必要以上に、琴子ちゃんに意地悪しちゃう。まるで小学生の男の子が、気になるクラスの女の子に意地悪するのと全く一緒。そのたびに、琴子ちゃんは振り回される。結婚してからも、離れ小島に赴任する時に、入江君は研修医で忙しいし遠いから帰ってこられない・・。と言ったくせに、琴子ちゃんが我慢出来なくて会いに行っちゃったのは、一回だったのに、入江君は、2回も戻ってきちゃう。勿論、琴子ちゃんは、猿のように飛びついて喜ぶが、その時の、入江君の嬉しそうで、本当に愛しそうに琴子ちゃんを見る目は、こちらが胸キュンしちゃうくらい。看護師にやっとなれて、台風の中、家族の反対を押し切って入江君に会いに行ったんだけど、看護師の制服のまま、行っちゃう。鍵を持っていなくて、入江君の家の前で、泣きだしちゃうんだけど、実は屋根の上で、台風に備え屋根を直していた入江君は、徹夜続きで疲れて寝ちゃっていて、途中から琴子ちゃんの泣きながらの独り言を聞いてて、上から降りてくるんだけど、勿論、琴子ちゃんが抱きつくのはお決まり。「ドアのナンバー、お前の誕生日だって、気がつかなかったのか?おバカさん」琴子ちゃんの顔を、背の高い入江君が覗きこみながら言うのよ、キャー!!疲れ果てて、自分のベッドで安心したように爆睡する琴子ちゃんを、そうっと抱きよせて言うの。「看護婦の格好なんかして、変なやつに追いかけられたらどうするんだ・・・。お前に何かあったら、俺はどうしたら良いんだ・・・・」。寝てる琴子ちゃんのおでこと唇にチュ!もう、完全に、入江君、琴子ちゃんのこと惚れ抜いてるよね。そういえば、結婚が決まってからも、こんなシーンがあった。入江君のパパの会社がうまく行かなくて、病気で倒れたパパに代わって、社長室であちこち金策に電話しても断られ、そんな思いをしたことがなかったので、ぼーっと考え込んでると、琴子ちゃんが心配して夕食のお弁当を届けに来るんだけど、私はこのシーンがとっても好き。入江君が、入って来た琴子ちゃんを引きよせ、その胸に頭をうずめると、いつも甘えん坊の琴子ちゃんが、「かわいそうに・・」って入江君の肩をさすって抱きしめてあげるんだけど、夫婦の姿っていうのかな?いつでも皆の前では強くて、頭が良くて、要領がよくて、非の打ちどころのない入江君が、琴子ちゃんだけに、初めて見せた、弱い自分の姿。このときは、頭の弱い、いつも失敗ばっかりして入江君を困らせる琴子ちゃんが、とても大きくて、大人に見えた。大分後半になると、こんなこともある。手術を嫌がっていた男の子が、琴子ちゃんの努力で手術することになって、その時、その少年が入江君に言うの「元気になったら、琴子さんみたいにスゲエ女と知り合えるかな?」で、入江君が答えるの、「それは、難しいかもな」(*^_^*)。もうね~、つぼがいっぱいなんだよね。「イタキス」。女の人が、こうだったら良いのになあって、自分の恋人?夫?にしてもらいたくても、なかなかしてもらえないことが満載なんだよね。二人の友達金ちゃんの結婚が決まって、夜中に結婚式が終わった金ちゃんが、イギリスから電話してきた時も、お祝いを言って電話を切った琴子ちゃんが入江君に「金ちゃん、世界一幸せそうだった」って嬉しそうに言うと、入江君が琴子ちゃんを抱きしめて言うの。「世界一の幸せを、俺はお前からもらった」キャー!!素敵でしょう。言われてみたいぜーーー!!あ、私はパパに世界一の幸せ、あげてないっか(爆)だってさ、新婚さんじゃないんだよ。もう、結婚して5年位経ってる夫婦なんだよね~。何とも羨ましいよね~。女の人ってさ、何年経っても、こういうこと言ってもらいたいよね。「古女房」でもさ、言ってもらうとめちゃめちゃ嬉しくないですか?そういうこと、ちっとも夫が言わないから、「古女房」の女性はヨン様にはまったりしちゃうんだよね~。「古亭主」は少し、こういうドラマ見て、勉強してほしいね~。どうして、こんなものに、女房がはまっているのか、ぜんぜん関心さえ持たない。は~、26年も経っちゃうと、夫婦なんてつまんないよね~。本当に、めし炊き女か、洗濯女って感覚じゃないのかね~。あ、両方とも、完璧じゃないから、同居人て感覚なのかな?(爆)今夜も、「イタキス」に浸かって寝ましょ。見て見て、この愛情に溢れた入江君の琴子ちゃんを見る目。琴子ちゃんの流れる涙を指で拭く、入江君。は~、ジョセフ、素敵ですね~。
2009年08月01日
コメント(0)
全32件 (32件中 1-32件目)
1