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安保3文書の違憲性を棚上げしたまま、軍事費倍増という憲法違反の予算案を形ばかりの「予算審議」で実質何も議論をせずに通過させた政府自民党のやり方を、メディアが問題として取り上げない事態について、ジャーナリズム研究者の丸山重威氏が、次のように批判している; 岸田文雄首相は予算成立後の4日、「安保3文書」について初めて国会に報告しました。与党はこれに先立ち、安保3文書を前提とした2023年度予算をさっさと成立させています。 地方紙社説は「新年度予算成立 安保論議まだ不十分だ」(北海道新聞、3月29日付)、「後半国会へ 首相は説明不足の自覚を」「新潟日報、同」)、「反撃能力の保有 懸念拭わずに進めるのか」(西日本新聞、同)などと指摘。「毎日」も「防衛力強化の国会論戦『大転換』説明せぬ無責任」(4月3日付社説)と厳しく批判しました。 しかし政府の対応は「安保論戦堂々巡り 『個別判断』『範囲内で』繰り返す」(西日本新聞5日付)というありさまです。 「安保3文書」で書かれた「敵基地攻撃能力」の保有は、憲法9条や、「専守防衛」論を真っ向から否定しかねないもの。なのに予算成立まで、メディアの多くがこの問題を追及していないのは、不自然です。「読売」3日付社説は「後半国会 課題を直視し建設的に」と書きますが、「敵基地攻撃」の保有や「防衛費倍増」への言及すらありません。 その中で、「東京」(3月29日付)は社説「『茶色の朝』迎えぬために 安保法施行7年」を掲載。安保法施行の2016年3月29日を振り返り、「憲法九条に基づく専守防衛を形骸化する動きは止まりません」と書きます。「茶色の朝」とは、茶色の犬猫以外の飼育が禁じられた全体主義社会を描いた寓話(ぐうわ)。「危うい兆候がある」のに「事なかれ主義」で「声を上げずにいると自由な言論は封殺され、全体主義の台頭を許すに至る」と。「東京」は7年間毎年3月29日に「同法の違憲性を問いかける」社説を掲載し続けている(同4月1日付)とのこと。憲法にこだわり発言し続けることを評価したいと思います。(まるやま・しげたけ=ジャーナリズム研究者)2023年4月16日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-安保3文書 違憲性問え」から引用 国会の審議は、何か議論をしているように見えて実質何も議論をしていない。野党はまじめに質問をしているのであるが、与党は「こういう質問には、こう返す」というパターンを決めていて、質問内容に関わらず上っ面の返事で「答弁しました」という格好をつけているだけで、メディアはそれを「議論が深まらない」などと表現して、与野党双方の責任であるかのように書いているが、実際はそうではなく、政府と与党が意図的に野党の質問をはぐらかしているのだから、メディアはそういう政府与党の不誠実な態度を批判するべきである。政府与党のそういう態度を改めさせることが出来ないのであれば、かつてドイツが経験したように、自由な言論は封殺され、全体主義の台頭を許すに至ることを、私たちは忘れてはならないと思います。
2023年04月30日
家庭の生活に問題を抱えて行き場を失った少女たちの生活を支援する市民団体が東京都からも支援を受けてボランティア活動を行なってきたのであるが、これを快く思わない輩が誹謗中傷を行ない暴力行為にまで及んだからと言って東京都が支援を中止するという、公的機関としてあるまじき態度を見せたり、この事件をあまり積極的に報道しない私たちの社会の在り方について、大妻女子大学准教授の李美淑氏は14日の「週刊金曜日」に、次のように書いている; 虐待、貧困、性暴力などで行き場を失った少女たちを支援するため、公的機関と民間団体が連携し、アウトリーチなどを通じた個々のケースに応じた支援が「若年被害女性等支援事業」として行なわれてきた。一般社団法人「Colabo(コラボ)」は東京都の委託を受け、こうした支援活動の一環として新宿区歌舞伎町にマイクロバスを止め、食事や生活必需品を提供したり、相談に乗ったりなど、少女たちの居場所を提供するカフェを月3回程度開催していた。 しかし、昨年夏ごろからのコラボに対するネット上の誹膀中傷や攻撃がオフラインでも激化し、数人の男性による暴力的な妨害行為が起こると、東京都はコラボに対しバスカフエ中止を要請し、委託事業も無くすことにした。結果として、誹膀中傷や攻撃、妨害行為を行なってきた人々が望む形になったことになる。このような意思決定のプロセスに、当事者の少女たちや支援活動家たちの声は届いていたのだろうか。 主要メデイアは、コラボやバスカフエに対する攻撃や妨害行為について、無視または消極的な報道にとどまっていた。メディアが報じたのは、コラボが業務妨害として接近禁止の仮処分を申し立てた40代男性に対し、東京地裁が接近禁止を決定したことだ。 各新聞社のデータペース検索によると、朝日新聞が「女性支援活動へ『妨害禁止』 東京地裁、40代男性に仮処分」(355字)、産経新聞が「コラボ妨害行為男性に接近禁止の仮処分」(3月15日、158字)を掲載。主に東京地裁の決定を伝える内容だった。コラボが業務妨害を訴える内容の書き込みや映像をSNSなどで持続的に上げてもニュースにならなかったが、東京地裁の決定が出ると「二ユース価値」のある「事実」となったのだ。 このように権威ある機関の判断や決定に頼るジャーナリズムは、権力監視に失敗するだけでなく、市民の政治、社会参加をエンパワーメントすることで民主主義に寄与するというジャーナリズムの公共的機能にも失敗する。◆誹膀中傷の調査報道なし たとえば、昨年末の住民監査請求結果を報道する際、主要メディアは「不適切」会計や経費という言葉をタイトルに並べ、3月3日に出た再調査結果を報道する際には、「192万円、事業経費として認めず」(朝日新聞)、「192万円経費認めず」(毎日新聞)、「190万円不認定」(産経新聞)とタイトルに並べた。 昨年末の調査結果では、コラボに対する「公金不正」という主張の多くが否定され、3月に出た再調査では妥当性が疑われる部分として指摘された税理士らの報酬が、それを除いたとしても委託料を上回る経費をコラボが自腹で支出しながら活動を行なったことが明らかになった。 しかし、最も印象に残るタイトルが「不適切」や「192万円経費認めず」という行政側の目線に立った文言になっていることで、あたかもコラボが公金を横領したかのような印象付けがなされてしまった。一方、仮処分となった40代男性を含め、コラボに対する誹診中傷や攻撃は誰によって、どのような目的や背景で行なわれてきたかに対する調査報道は見当たらない。 誤解を招くタイトルで報じられたことでバスカフエに対する攻撃と妨害行為を強め、東京都の無責任な中止要請を手助けして結果的に利用する少女たちの居場所を奪い、安全を脅かすことになったのは事実である。もし、メディアが少女たちや支援活動家たちの視点から、この一連の出来事を報じようとしたのであれば、異なる結果が出たのではないか。メディアはこの現実をふまえて真摯に反省し、今後の報道に活かしてほしい。<イ ミスク・大妻女子大学准教授>2023年4月14日 「週刊金曜日」 1420号 32ページ 「少女らの居場所奪った責任の一端」から引用 市民団体が女性支援活動を始めても、これを暴力的に妨害する輩が現われても、それらを社会の「問題」と認識して報道しようとしないメディアの在り方は、確かに大きな問題です。目の前で暴力事件が起きても、裁判所が有罪判決を出すまでは報道に値する「事件」であるとの認識を持ち得ないというのでは、ジャーナリスト失格というものではないでしょうか。メディアがこういうレベルだから、政治家の世襲は無くならず、行政のトップに就いた者が国会で百数十回もウソをついても大した問題にもならず、国家予算は親類縁者優先で消費され、必要な所に必要な予算が回らないのであれば、必然的に社会の活動も産業も停滞し近隣諸国にもどんどん追い抜かれて置き去りにされてしまうのではないでしょうか。かつては「ジャパン、アズ ナンバーワン」という本を書いた経済学者もいましたが、あれは何の間違いだったのかと、今さらながらに思います。
2023年04月28日
少子高齢化で人口がどんどん減っていくのに、国外からの移民を認めようとしない日本政府の対応について、文筆家の師岡カリーマ氏は15日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 私たちに死んでほしいのでしょうか、というクルド人少女の言葉が目に飛び込んできた一面の見出し。本紙の特集「この国で生まれ育って」は初回から力強い内容だ。母国の迫害を逃れ難民申請を繰り返すも不認定とされて在留資格を持たず、仮放免という立場で日本にいる外国人とその子どもたち。放・免の2文字が与える印象とは裏腹に、実情は「おりのない監獄」だと言う。子どもは日本で生まれ育ったのに健康保険証も働く権利もない。「なぜ2歳の子の保険証まで取り上げるのですか」という言葉が、こども家庭庁を新設したばかりのこの国の為政者の心に突き刺さるのでなければ何かがおかしい。 少子化が待ったなしの課題という。ではなぜ日本で生まれ育った子どもに在留資格、ゆくゆくは国籍を与え、健やかに育てて経済と社会に貢献する市民になってもらわないのか。増やしたいのは特定の肌の色、特定の顔つきの人間だけか。そうではないはずだ。現に私の知る多くのアラブ人が国籍を取得している。 「仮放免」制度は専門家が違憲と指摘するほか国連も是正を要請している。外からの指摘で現状を改めるのは確かに癪(しゃく)だ。もし人種主義ではなく対外的な意地で難民鎖国に固執してきたならいっそ「少子化対策」と一見利己的な口実を掲げ、日本で生まれたら日本人という出生地主義に転じたらどうか。(文筆家)2023年4月15日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-仮放免」から引用 この記事は的確に問題を摘出していると思います。外国人の流入を阻止はするが、労働力は不足しているので特別に「技能実習生」という名目だけつけて、実際は低賃金でこき使うことが出来る労働者、しかも一定期間働いたら永住は認めず帰国させるという、本人の意志を全く無視した勝手な制度を作っているのは、人権尊重の現代の空気とはまったく相容れない前近代的な「発想」だと思います。こういう愚かな制度は遠からず廃止して、アメリカのように「この国で生まれた全ての人に日本国籍を認める」とか「永住権を認める」という制度を取り入れて、未来を目指して発展していける国にするべきだと思います。
2023年04月27日
昨日の欄に引用した東京新聞の記事の続きは、「敵基地攻撃能力」の非現実性について、次のように書いている; 緊急一時避難施設は東京都にも3949ヵ所ある。地下は11%だが、水や食料は備えていない。「爆風から一時的に逃げる場として、1~2時間ほどの滞在を想定している」と都の担当者。だが、建物にミサイルが直撃すれば甚大な被害は免れない。 内閣官房の担当者は「なるべく地下に確保してほしいが、地上なら爆風や破片から身を守れるコンクリート造りの頑丈な建物を推奨している」と説明。しかも核、生物、化学兵器は想定していない。 「一時避難は既存の建物を使う前提。核対応だとシェルターになり、今の日本でどこまで必要か検討しなくては」 では迎撃はできるのか。北朝鮮は高角度で打ち上げる「ロフテッド軌道」、複数の推進装置で飛距離を延ばす「多段式」などのミサイルを持つ。多数のミサイルを同時発射する「飽和攻撃」も考えられ、いずれも迎撃は難しい。 今回のミサイルの飛行を正確に予測できていたのかも不透明だ。松野博一官房長官は13日の会見で「北海道に落下する可能性のあるミサイルを探知した直後、レーダーから消失した。限られた情報の中でシステムが航跡を生成したため、国民の安全を最優先した」と説明。だが、落下地点や消失した原因は「分析中」「情報収集能力の詳細にかかわる」と答えを控えた。 軍事評論家の田岡俊次氏は「ミサイルは山岳地帯の谷間やトンネルに隠しており、移動式発射台も使っている。『反撃』するなら、目標の位置を正確につかまなくてはならないが、常時リアルタイムでつかむのは難しい」と語る。 そうした困難さを口実に、政府は敵基地攻撃能力の保有に前のめりだ。日本への攻撃を思いとどまらせる抑止力になるというが、田岡氏は「相手より多くの、強力な武器を持たねば『抑止』にならない。だが、日本が大量のミサイルや核兵器を持つことは考えられない」と指摘。膨大な予算を現実的でない「反撃能力」に注ぐ防衛政策を「効果が薄い」と断じる。 加えて、ICBMは射程が約5500キロ以上で、北朝鮮から米本土を狙えるという事実もある。日本を攻撃するつもりなら、より射程の短い中距離ミサイルを使うはずだ。 民間シンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」の猿田佐世代表は「北朝鮮が意識しているのは米国。日本を狙っているわけではない」とし、危機をあおって反撃能力強化を唱える流れを危ぶむ。 「そもそも、想定されている反撃能力自体が机上の空論に近い。ミサイル発射の察知や発射前の軌道予測は難しい。日本を狙っていないのに『反撃』と称して攻撃すれば、先制攻撃になる。自ら戦争を呼び込む行為だ」 北朝鮮対応を巡り、岸田文雄首相は今年1月の施政方針演説で「不幸な過去を清算し、日朝国交正常化の実現を目指す」と述べた。「条件を付けずに金正恩朝鮮労働党総書記と直接向き合う決意だ」とも語っているが、今のところその動きはない。それどころか5月の先進7力国首脳会議(G7広島サミット)で、北朝鮮の核・ミサイル開発への関心を高め、各国の結束を図ろうとしている。 「中国や北朝鮮を封じ込める外交。緊張を高め、軍事力を補完するだけだ」と猿田氏は語り、外交力で解決を図る姿勢が欠かせないと説く。 「北朝鮮に強硬姿勢をとってきた安倍晋三政権が終わった今、対話に入る姿勢を見せてはどうか。北朝鮮のミサイル演習と日米韓の軍事演習の応酬によるエスカレーションを避けるため、日本が主導権を握って緊張緩和に向けた当事国との外交を展開するべきだ」<デスクメモ> 「爆風や破片から身を守れる頑丈な建物」。内閣官房の説明はもっともらしいが、ウクライナではミサイルが直撃したマンションが無残に破壊されている。核保有国を想定しながら、放射線にも無頓着。戦争の残酷さに触れない「備え」が被害は防げると誤解させ、戦争を呼び込む。(本)2023年4月15日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「こちら特報部-結局、外交あるのみ」から引用 この記事も述べるように、隣国がミサイルを発射したから「コンクリート製の頑丈なビルに非難する」といっても、日々報道されるウクライナの状況からも、それはまったく机上の空論であり、避難方法として有効とは言えません。また、隣国が実験しているミサイルはアメリカを標的にした長距離ミサイルなのだから、それを「脅威だ」と言って騒ぎ立てるのは、単に軍事費増大のための「増税」を納得させるための「愚民政策」なのであって、私たちはそのような愚かな政策に騙されてはならないと思います。敵基地攻撃を盛んに煽った安倍晋三議員もいなくなった今は、真の東アジア平和のために日本は朝鮮民主主義人民共和国との国交を正常化させて、平和を実現させる方が現実的というもので、かつてトランプ氏が共和国指導者と会談した時は一時的であれ核実験もミサイル実験も棚上げしたのは、正に共和国の狙いはアメリカの敵視政策を辞めてもらうことであるのは明らかというもので、日本こそがアメリカに政策の転換を促す立場にあると言って良いと思います。
2023年04月26日
隣の国が今月、実験のために打上げたミサイルが日本国内に落下する可能性があるというのでJアラートが発令されたのであったが、打上げられたというミサイルは、その後レーダーから姿を消し、どこへ飛んでいったのか分からず仕舞いとなったのであったが、コトの顛末について15日の東京新聞は、次のように論評している; 13日に全国瞬時警報システム(Jアラート)が出された北朝鮮の弾道ミサイル。当初は北海道への落下が予測されていたが、避難する「頑丈な建物や地下」は足りず、数分の猶予では逃げこむのも困難だった。多種多様なミサイルの迎撃は至難の業で、政府が進める敵基地攻撃能力(反撃能力)による抑止も疑問点が多い。繰り返される発射実験にどう対処すべきなのか。(西田直晃、中沢佳子) 「落下の予想時刻は発令の5分後。海上に限らず、どこにも逃げようがない」 島を除けば、北海道の南西端にある松前町。「松前さくら漁協」の吉田貢さん(54)が話した。◆5分では無理 政府は13日、午前7時22分に「弾道ミサイル発射」の一報を出した。同55分、「午前8時ごろに落下、建物や地下への避難を」と呼びかけるJアラートを発令。しかし、8時16分には「落下の可能性がなくなった」と訂正した。9時すぎには岸田文雄首相が「領域内にミサイルは落下していない」と報道陣に説明した。 Jアラートが出た場合、都道府県や政令市が定める「緊急一時避難施設」に退避することになる。共同通信が1~2月に行ったアンケートによると、全国の施設数は5万9132ヵ所。一人当たり半畳の広さとすると、全国民が避難できる計算だが、爆風軽減の効果がより高いとされる地下施設は約4%の2390カ所にとどまる。 松前町では、学校や福祉施設など24ヵ所が該当するものの、町の担当者は「なにぶん、小さな田舎町なので。堅固なコンクリート造りの避難所はほとんどない」と悩ましげだ。地下施設も一つもなく、町民の避難は確認されなかった。 周辺では昨年11月と今年2、3月にも、町内の渡島大島(おしまおおしま)の西方沖で大陸間弾道ミサイル(ICBM)級ミサイルの落下が相次いでいる。前出の吉田さんは「まあ、いつものこと。漁師に不安感はあるけど、Jアラートが鳴ったとしても逃げられないので」と淡々とした様子だった。 13日朝は海がしけており、沖合に船を出している漁師はいなかったが、6月以降はスルメイカ漁が盛んになる。「対策の施しようがない。政府に何とかしてほしい」と求めた。 Jアラートの余波は意外なところにも。13日は、北広島市にできたプロ野球日本八ムの新球場「エスコンフィールド北海道」の開閉式屋根が初めて開く日だった。午前8時開始の予定だったが、ミサイル落下の可能性が浮上したため、安全が確認できるまで、30分ほど遅らせた。 まだ開業したばかりのため、緊急一時避難施設には定められていないが、「今後、避難施設の指定を検討する余地はある」(道の担当者)という。 200万人近くが暮らす札幌市では、緊急一時避難施設に259ヵ所が該当する。市交通局によると、Jアラート発令で25分間運転を見合わせたため、通勤客らで混雑したが、改札内への避難の申し出は、発令後間もなく訪れた女性1人だけ。 札幌駅前通地下広場の運営会社は「混雑具合は通常通り」としており、地下に大勢避難した様子はなかった。札幌市危機管理課の村瀬敬章課長は「時間が少ない中で避難施設に駆け込むのは、事故などの2次被害を招く恐れもある」と話す。2023年4月15日 東京新聞朝刊 11版 22ページ 「こちら特報部-北ミサイルでJアラート どこへ逃げろと?」から引用 Jアラートというシステムは、現代の科学の最先端の技術を駆使したものと考えられるが、警報が鳴ってから着弾するまでの時間が5分というのでは、「国民の命を守る」という大義名分に比べてあまりにも「非実用的なシステム」と言うほかありません。70数年前の戦時中であれば全国の家庭で、庭先に防空壕を掘って準備して生活し、空襲警報が鳴ったら家族が全員その防空壕に非難したという話は、我々の世代は親や学校の先生から、何度も聞かされた記憶があるが、現代の日本では、まさか普通に生活しているところにいきなりミサイルが着弾するなどということは誰も想定しておらず、政府だけが「隣国の実験結果次第では、いつこちらに着弾するか分からない事態だから」と、一応対策は講じておりましたという「アリバイづくり」をしただけで、実際にJアラートが鳴って5分以内に地下鉄や地下階があるような大きなビルに退避できる人口は、おそらく1%に満たない、実に非実用的なシステムであろうと思われます。ミサイルが落ちる前に逃げる、という「原始的」な対策ではなく、もっと実効性のある「対策」を現代の政府には考えてもらう必要があると思います。
2023年04月25日
今から60年前の日本では、どのような憲法改正論が主張されていたのか、学習院大学教授の井上寿一氏は15日の毎日新聞に、次のように書いている; 来月3日の憲法記念日を前に憲法改正問題を考える。 3月29日、立憲民主党の小西洋之参院議員が、衆院憲法審査会の「毎週開催は憲法のことなんか考えていないサルがやることだ」と発言した。この「サル発言」は与野党を問わず強く批判されただけでなく、思いがけず改憲問題への関心を呼び起こした。 憲法審査会は改憲に関する審議をする国会の常設機関である。おそらくこの「サル発言」によって、国民の多くは、国会議員が毎週、改憲問題を議論していると知ったのではないか。 あるいは昨年の参院選後の岸田文雄首相の発言を想起するかもしれない。与野党を問わず改憲勢力は、衆院だけでなく参院でも、改憲発議に必要となる3分の2を上回る議席を得た。この選挙結果を踏まえて、岸田首相は改憲について「できる限り早く発議に至る取り組みを進めていく」、安倍晋三元首相の「改憲の思いを受け継ぐ」と発言した。 このように改憲の可能性が高まるかのような状況は、これからどうなっていくのだろうか。 改憲の高まりは今に始まったことではない。戦後史においていくつかのピークがあった。そのうちのひとつとして、1956年に安倍元首相の祖父、岸信介などの議員が提出した憲法調査会法案に基づく憲法調査会(憲法審査会の前身)の設置を挙げることができる。以下では、この憲法調査会における議論が今日の改憲問題に示唆するところを明らかにする。 憲法調査会は国会議員20人と学識経験者19人を委員として発足した。護憲派勢力が憲法調査会を批判したのはもっともだった。委員の多数が改憲論者だったからである。護憲対改憲の対立のなかで、調査活動が多岐にわたったこともあり、1000ページを超す大部の報告書がまとまったのは、64年のことだった。 この報告書の実質的な起草者は副会長の矢部貞治である。戦前、東京帝国大学で政治学を担当していた矢部は、首相を務めた近衛文麿のブレーンとなり、新体制運動の理論を構築したことでよく知られている。敗戦後、東大を辞して自称「浪人生活」を送ったのち、拓殖大総長などを歴任した。 矢部は改憲論者だった。ところが調査会の発足から5年後、調査の結果を踏まえて「この憲法に抱いていた考えが、大きく変ってきたことを告白せざるを得ない」と述べる。矢部は占領軍が「日本を骨抜きにする目的で、押しつけたというのは正しくない」と「押しつけ憲法」論の間違いを「告白」する。矢部によれば、日本国憲法の制定は、極東委員会(連合国の対日最高政策決定機関)の天皇制廃止の主張に先手を打って、「天皇制を救うため」だった。 このような矢部の理解は、報告書の「日本国憲法の制定経過」に反映される。報告書は制定過程を敗戦時における「きわめて異常」なものとしながらも、「当時のわが国をめぐる微妙な、しかも峻厳な国際情勢の中で行なわれたこと」に注意を喚起する。日本国憲法は「押しつけ」なのか否か、「日本国民の自由な意思に基づくもの」だったのか否か。「事情はけっして単純ではない」 報告書が「押しつけ憲法」と断定しなかったことは、委員の「戦争の放棄」理解を前提としている。委員は全員一致で、前文と第9条の平和主義を「推進・強化」すべきとの立場たった。他方で委員のほぼ全員の見解によれば、第9条の下でも自衛隊は違憲ではなかった。意見が対立したのは、「防衛体制の現実に合わせる方向」に第9条を改正するか、それとも「現実の防衛体制をできる限り第9条に合致させるべき」かだった。 矢部は会長の高柳賢三(英米法学者)とともに、第9条の改正に限らず、改憲に慎重な姿勢を示す。「理論的な潔癖さから、現行憲法の規定の欠陥を指摘し、解釈の統一を期するために条文を改正すべきであるとする見解には賛成しえない」 さらに矢部は報告書を提出する直前に講演で、改憲勢力が国会で3分の2を占めたとしても、「憲法改正などということはなかなかできるものではないと思います」と述べている。矢部は強調する。「国民のなかから盛り上がる要求があって、初めて改正というようなことができるものだ」 以上のような改憲論から出発して改憲慎重論に至る矢部の思索の軌跡は、今日の私たちに問いかける。「国民のなかから盛り上がる要求」があるのか。 ウクライナ危機が続き、台湾有事の可能性も無視できない。このような国際情勢下であっても、「国民のなかから盛り上がる要求」がなければ、憲法改正は時期尚早である。2023年4月15日 毎日新聞朝刊 13版 9ページ 「井上寿一の近代史の扉-約60年前の改憲論議」から引用 矢部貞治という学者は戦争中は近衛内閣のブレーンを務め、戦後は拓殖大学の総長を務めるという保守派の人物でありながら「戦後の憲法は押しつけられたものではない」という慧眼の持ち主であったというエピソードは、多くの国民に知ってほしいと思います。また、この記事も述べるように、憲法改正は国民にその機運があって実現するものであって、一部の国会議員が「サル」みたいな会議を繰り返した挙げ句に実施するものであってはならないわけで、その辺も国民はよく理解して選挙権を行使するべきだと思います。
2023年04月24日
憲法改正に関わる議論はテーマ毎に膨大な資料を読み込んだ上で、詳細に渡る議論が必要であるにも関わらず、そのような真摯な議論を省略して、関連する資料のコピーをテーブルに山積みするだけで、機械的に日程を消化するだけという、極めて不真面目な憲法審査会の運営方法を批判して立憲民主党の小西議員は「ろくに審議もしないで、とにかく毎週集まって形だけの会議をするなどというやり方は、サルがやることだ」と批判したところ、これが炎上したため、立憲民主党は小西議員を「処分」することになったと12日の東京新聞が報道している; 立憲民主党の小西洋之参院議員は11日、党参院政審会長を辞任した。衆院憲法審査会のメンバーをサルに例えた発言で党内外から批判が集中し、辞任意向を党幹部に伝達。参院会派の役員会で了承された。その後の党常任幹事会で幹事長注意とすることも決まった。小西氏はツイッターに「重く受け止める。改めて深くおわびする」と投稿した。 岡田克也幹事長は記者会見で、7日に小西氏に直接ヒアリングし、言動を精査したと説明。内容は党の名誉や信頼を傷つける行為で「申し開きできない」と断じた。 サル発言を報じた報道機関への圧力とも受け取られかねない発信を小西氏が繰り返した点にも言及。「言わなくていいことをかなり言った。本当に反省しているのか、かえって疑念を持たせた」とし、不快感を示した。併せて、小西氏の党政調会長代理辞任も明らかにした。2023年4月12日 東京新聞朝刊 12版 7ページ 「小西氏が政審会長辞任」から引用 国会議員をサルに例えた発言は国会の品位を傷つけるという理屈はそうかも知れないが、私は小西議員が言おうとしたことは理解できるし、憲法審査会のメンバーである国会議員の中でもろくに議論もしないで、とにかく会合を毎週開くのだという自民党や維新の会の議員の言動は、サル呼ばわりされても仕方がない事態なのだと理解しています。小西議員のサル発言がダメであれば、自分が総務大臣を務めた当時の行政文書を怪文書だの捏造だのと言いたい放題のことを言い、現職の総務大臣が紛れもない公文書であり捏造の形跡はありませんと証言しても尚、自分はその文書に書かれたレクチャーなど受けた覚えは無いなどと開き直って、いまだに閣僚の一人としてその地位に留まっていられるという高市早苗議員の処遇は、あまりにも片手落ちというものではないかと思います。
2023年04月23日
生活困難等の問題を抱える女性を支援する市民団体の活動に対し、女性の人権に無理解な一部市民や政治家が妨害活動をしたり妨害を煽る発言を繰り返している現状について、9日の「しんぶん赤旗」は次のように報道している; 虐待や性暴力にさらされている若年女性を支援する一般社団法人「Colabo(コラボ)」が、デマや妨害など激しい攻撃を受けています。深刻なのは国会議員や地方議員までがそれに加担していること。市民らの抗議を受け、厚生労働省は3月31日、都道府県などに若年被害女性等支援事業への妨害は「あってはならない」と通知を出しました。<取材班> 攻撃の的になっているのは、コラボ(仁藤夢乃代表)が2018年以降、東京都から委託されている事業です。家や学校に居場所のない少女たちが公的機関で適切に対応されない中、性搾取業者や買春者からの被害に遭うことが多くあります。コラボは少女たちを守るため新宿区の繁華街にバスを止め、声をかけて食事や日用品、宿泊場所を無料で提供する「バスカフェ」を月3回ほど行っています。 昨年成立した「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(女性支援法)は、このような活動を強化するものです。◆拡散され続けたデマ 攻撃の契機となったのは都内の男性が昨年11月、委託事業の会計報告に「不正がある」として住民監査請求を行ったことです。監査の結果、不正の事実はなく委託料の過払いも返還請求も一切なし。それどころか、多額の自主財源を持ち出していました。 しかし、その後も「貧困ビジネス」などのデマが拡散され続け、「バスカフェ」の現場でも「税金返せ」などと叫ぶ妨害が繰り返されました。東京地裁は妨害者に接近禁止などの仮処分を出しています。 重大なのは政治家が攻撃に加担していることです。日本維新の会の浅田均議員がコラボを念頭に都の支援事業を「無駄な行政支出」と主張(参院本会議、1月27日)。NHK党(現・政治家女子48党)の浜田聡政調会長は「ずさんな税金の使途」などと攻撃しました(参院本会議、2月22日)。自民党の杉田水脈衆議院議員は、コラボヘの事業委託は「有権者の理解が得られると思え」ないとツイート。都議会でも自民党都議が攻撃を繰り返しました。◆事業を後退させた都 都は妨害者に毅然(きぜん)とした態度を取るのではなく、コラボに事業の休止を求め、3月22、29日の「バスカフェ」は中止に。都は今年度から、委託事業から補助事業へ移行し公的責任を後退させました。 女性支援に詳しいライターは、「政治家が犬笛を吹き攻撃をあおっている。結果、女性支援法や他の女性支援団体、性暴力被害者支援のワンストップセンターなどにも、会計報告や拠点をネットでさらすなどの攻撃が及び始めていて深刻な事態だ」と指摘します。 コラボは昨年11月、デマや誹膀(ひぼう)中傷を繰り返したとして都内の男性を提訴しました。市民らは「Colaboと仁藤夢乃さんを支える会」を結成。市民有志で「バスカフェ」を守ろうとバス周辺に有志女性による「女の壁」をつくったり、都庁前で「都は中止要請を撤回して」と抗議行動を行ったり、声を上げています。 日本共産党の仁比聡平参議院議員や白石たみお都議らはコラボの活動を守るよう政府や都に求めています。◆◆根幹に性売買許容の社会◆◆弁護士・角田由紀子氏の談話 妨害によって支援を必要とする少女たちがコラボとつながれず、性産業の餌食になりかねない状況が生まれています。本来、支援は行政のすべきことです。都には毅然(きぜん)とした態度を取ってもらいたい。 妨害者たちがコラボを攻撃するのは、女性を性的に消費して当たり前だと考えるからでしょう。女性差別を維持したい層の支持を得るため、一部の政治家が攻撃に加担する状況は非常に深刻です。 根幹には、性売買が合法化されている問題があります。売春防止法により性交を伴う性売買は違法ですが、性交を伴わない「性交類似行為」を行う風俗店は合法とされています。その結果、実際には性交も含む性風俗産業が興隆を極めています。 買春を明確に罰する法律がなく性売買を許容する社会は、女性の尊厳を否定する社会です。性搾取や暴力のない社会を目指すコラボヘの攻撃は、女性全体への攻撃でもあります。◆大軍拡が逆流に影響 いま、女性支援団体などへの攻撃が激化し新たなバックラッシュ(逆流)が起こっています。2000年代前後にも逆流はありましたが、当時との違いに、私は大軍拡の影響を感じています。 政治が戦争という暴力を正当化する社会情勢の中で、女性への攻撃が過激化している気がしてなりません。もの言う女性を抑え込もうとする動きは戦前を想起させます。コラボを攻撃する議員が、家父長制を温存したがる改憲派とかぶるのも偶然ではないでしょう。コラボ攻撃は大軍拡の中で軌を一にして起きている-この本質を見極める必要があります。2023年4月9日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「『Colabo』に異様な攻撃」から引用 一般社団法人「Colabo」の活動を妨害した「ならず者市民」に対し、裁判所は「接近禁止」の仮処分を出しているにも関わらず、東京都は「ならず者」の「抗議行動」を認めて、今後「Colabo」への経済支援を打ち切るという姿勢は、本末転倒の「見本」のような行動です。本来であれば、月に数回の「バスカフェ」を実施する際には周辺に警察官を配置して、悪質な妨害行為に及ぶならず者はすべからく検挙した上で相応の刑事罰を科すのが法治国家としてのあるべき姿というものではないでしょうか。そのような努力を放棄して、女性の人権を無視する輩の無法な行動を放置し、女性差別を煽る議員をのさばらせておいては、わが国の文化レベルは郭が繁盛した江戸時代に逆戻りという情けない時代に逆戻りするほかありません。
2023年04月22日
かつては国内の体制変革に力を集中していた中国が、その後国際社会で目立つ動きを見せていることについて、東京新聞中国総局の新貝憲弘記者は8日の同紙に、次のように書いている; 中国の習近平政権が国際情勢への関与に前向きな姿勢を示している。ロシアのウクライナ侵攻が1年を迎えた2月には両国に和平協議を呼びかけた提案に続き、翌3月には中東のサウジアラビアとイランの外交関係の正常化に際して仲介役を務めて世界を驚かせた。その評価は専門家の間でも分かれるが、自国の主権と直接関わりのない国際情勢にも関与する姿勢はこれまで少なかった。米国が中国の経済成長を支援することで民主化を促し、西側世界に引き込もうとした「関与政策」と同じように、自国に都合のいい国際環境を自発的につくり出そうという「関与外交」と表現できそうだ。 従来の中国外交でまず思い浮かぶのは「韜光養晦(とうこうようかい)」だろう。当時の最高実力者の鄧小平(とうしょうへい)によって改革開放が進められていた1990年代に示された外交方針で、鋭気や才能を隠して時を待つという意味だ。国内の経済を発展させるために安定した国外環境が必要だとしてイデオロギーより利益を重視した姿勢で、自国の領土や主権に関わらない国際情勢に対して関心を示すことはほとんどなかった。 だが急激な経済発展とともに中国の利害関係も拡大すると、国際情勢への関与を強めていく。2009年には外交方針を「韜光養晦」を堅持しつつも「積極的になすべきをなす(有所作為)」を掲げ、自国の利益を重視する姿勢に軌道修正。15年には南スーダンに初めて国連平和維持活動(PKO)の要員を派遣し、同時期に中国から欧州やアフリカ東部などを結んだ経済圏構想「一帯一路」を打ち出し、各地で経済プロジェクトを進めていった。 政治外交面でも国際情勢に関与する姿勢が強まったことについて、民間シンクタンクの「安邦(アンバウンド)」の賀軍(がぐん)高級研究員は、米国主導による外交、経済面の包囲網に対する「反撃」であり、サウジとイランの外交関係正常化の仲介は「(米国との)新たな政治的駆け引きの場として中東を選んだ」と指摘する。今後は「東南アジアやアフリカ、南米などでも同様の動きがあるだろう」と予測した上で、中国外交は「もはや韜光養晦ではなくなった」と言い切る。 一方で賀氏は「内政不干渉」や「政治的解決」の伝統的な方針は変わっておらず、ウクライナ情勢でも中国が軍事的に国際紛争に関わる可能性は低いとみる。中国はイラク戦争やアフガン侵攻などを例に米国の軍事行動を批判してきただけに、同じ行動を取れば自家撞着(どうちゃく)のそしりは免れないからだ。ただ言うまでもなく、「核心的利益」と位置付ける台湾問題などはこの理屈に当てはまらない。 いずれにしても、米国が来年の大統領選に向けて国内情勢に追われるのは必至で、その隙を突くように国際社会で中国の存在感が高まっていくのは間違いない。(中国総局)2023年4月8日 東京新聞朝刊 11版 6ページ 「視点・私はこう見る-米主導の包囲網に『反撃』」から引用 かつてアメリカが世界のナンバーワンだったときは、自国を中心にした資本主義体制を構築するために共産圏はハナから「敵」で、例え民主的な選挙で選出された政権であっても、例えばチリに誕生した共産党政権はCIAが潜入して違法な手段で政権を葬るというようなことを平気でしでかすのであった。今回のウクライナ紛争も、元はと言えばアメリカの「ロシア包囲政策」の延長線上に起きた紛争であり、ウクライナはアメリカの代理で戦争をやらされている。後発の中国は、そういうアメリカのやり方の「善し悪し」を良く研究し、なるべく負担の少ない方法で世界をリードしていく「道」を研究しているものと思われます。遠からず中国を中心にした平和な世界が実現することを期待したいものです。
2023年04月21日
西山太吉、佐高信著「西山太吉 最後の告白」(集英社新書)について、日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏は8日の毎日新聞に、次のような書評を書いている; 歴史に「もしも」はない、という。だがもしも池田勇人(はやと)首相(当時)が、不仲だった佐藤栄作を後継に指名しなかったら、1972年の沖縄返還はどうなっていたか。 掲題書で著者は、佐藤は在任中の功を焦るあまり、沖縄返還を拙速に進めてしまったと語る。足元を見た米国は、米軍基地の平時の最大限自由使用と、基地所要経費の日本側への最大限の転嫁を要求してきた。そして日本政府は密約で、これらを大筋是認したのである。 沖縄返還の日米協定は71年6月。72年2月には米中国交が正常化に向かい始め、73年1月には米国がベトナム戦争から撤退した。この順序が逆だったなら、今に禍根を残す米軍基地問題の様相も多少なりとも変わっていたのではないか。国民に隠した日本政府の負担も生じなかったかもしれない。 毎日新聞の剛腕政治記者で、大平正芳など与党政治家のブレーンでもあった著者・西山太吉は、密約による日本の負担400万ドルの存在を明示した、外務省の内部文書を入手する。しかしそれを社会党議員に渡したところ、漏洩(ろうえい)源が外務省の女性事務官だと政府側に突き止められ、事務官は機密漏洩、西山氏は教唆の疑いで逮捕されてしまう。話の本質は、「政府による密約は、機密として保護されるのか」にあるはずのところ、裁判で検事は、事務官と西山氏(ともに既婚者)が不倫関係にあったことを強調、スキャンダルの中で氏は職を辞することになる。 後に米国による公文書公開で密約は表に出てきたが、日本側には対応する文書が保存されていなかった。2001年に焼却された1280トンもの外務省文書の中に入っていたと氏は推測する。隠ぺいを良しとする政治行政の文化は、佐藤の兄の孫である安倍晋三政権下での公文書改ざんにまで、脈々と受け継がれてしまったとも。 西山氏は、国家機密は存在するが、外交交渉の結果部分は公開されなくては、民主主義が成り立だないと考える。不倫相手からの機密文書入手に関しては「向こうから持参してきてくれた」。情報源を守れなかったのは「今でも頭を下げたい」と言葉少なに語っているが、不倫という行為の当否はともかく、相手を意思を持つ対等の存在と見た発言だ。これに対して当時の世を覆った、不倫相手を操って情報を入手したという見方は、女性は恋愛時には自主的な判断能力を失うという、許すべからざる偏見に基づくものだっただろう。 もしもこの事件がなかったら、氏は出身地の旧山口1区から大平派所属の自民党候補として、田中派の林義郎(林芳正外相の父)と、福田派の安倍晋太郎(安倍晋三の父)の間に割って入り、出馬の意向だったという。そうなればその後の山口県政界、それどころか国政の勢力図も、大きく変わっていたかもしれない。 本書刊行後まもない今年2月に世を去った西山太吉氏。最後の機会を逃さずオーラルヒストリーを聴き取ったジャーナリスト・佐高信氏に深い敬意を抱くとともに、この手の本に関しては聴き手側の見識や中立性がいかに重要かということを、類書と比べて思い知る次第だ。 世に知られざる事実を胸に秘めて世を去ろうとしている多くの重鎮の皆さまにも、ぜひ同様の良書を遺(のこ)してから逝っていただきたいと、強く願うものである。2023年4月8日 毎日新聞朝刊 13版 12ページ 「今週の本棚-『もしも』の連鎖が織りなす政治史」から引用 この記事は中々興味深い。毎日新聞の西山記者が沖縄返還を巡る日米政府間の「密約」をスクープしたのは、私が就職するかまだしてなかったかの頃のことで、密約事件がいつの間にか不倫事件に矮小化されたことに大きな違和感を感じながらも、職場ではそんなことを話題にする人もなく、世の中はそういうものなのかと思ったものだった。それにしても、佐藤栄作という政治家はまれに見る悪者で、彼が功を焦って米国政府に足元を見られたから、本土復帰後の沖縄は復帰前とさほど変わらない状況がいまだに続いており、調子に乗った米軍はその後駐留経費の大部分を日本政府に負担させることに成功し、それを自民党政府は「思いやり予算」などと称している。さらに佐藤栄作はどのような手練手管を使ったのか知らないが、ノーベル平和賞を受賞して、あの「ノーベル賞」も所詮はその程度のものだったのかと世間を落胆させたものであった。晩年の佐藤栄作はある日、仲間を集めて日本橋の割烹で宴会をしている最中に斃れて死亡したが、その次男が国会議員を世襲して何期か参議院議員を務め、引退してすぐに自宅に父親が隠匿していた日米両国政府の密約の覚え書き書面を、日本政府に提出したのであった。その書面には当時のアメリカ大統領と日本国首相・佐藤栄作の直筆サインがしてあり、記者会見した次男の佐藤信二氏は「日米両国の首脳がサインした公文書であり、個人的に所有していて良い文書とは思えないので政府に返却することにした」と語っていたのを、私は今も記憶している。
2023年04月20日
岸田政権が戦後日本の防衛政策を大きく転換しようとしているのに、国内世論は何も反応しないという珍現象について、思想家で神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏は3月31日の「週刊金曜日」に、次のように書いている; 政治学者の白井聡さんと2年半ぶりに対談した。編集者からの最初の質問は日本の安全保障政策の歴史的転換がなされたのに、どうして国民はこれほど無反応なのかだった。戦争に巻き込まれるリスクが一気に高まったというのに。 白井さんと私の答えはほとんど同じで、国民が無関心なのは、日本の安全保障戦略を決定しているのが日本政府ではなく、米政府だからである。 白井さんは『永続敗戦論』(太田出版)でも『国体論 菊と星条旗』(集英社)でも、日本は主権国家ではないということを指摘してきた。大日本帝国において天皇が占めていた超憲法的地位に今は米国がいる。日本は安全保障もエネルギーも食糧も、基幹的な政策は米国の許諾を得なければ、決定することができない。米国(とりわけ在日米軍)の既得権益を減ずる可能性のある政策は日本では決して実現することがない。 日本は米国の属国なのである。これは白井さんと私か繰り返し指摘してきたことである。 日本の指導者たちは、ある時期から後、徹底的に対米従属することによって米国から「属国の代官」の官位を「冊封」されてきた。かつて中華帝国の「東夷」として「日本国王」の官位を受けていたのと構図は変わらない。東西の方位が入れ替わっただけで、いま日本はアメリカ帝国の西の辺境、西太平洋戦略の前線基地である。 日本の国防政策を決定するのはホワイトハウスであって、永田町ではない。防衛費がGDPの2パーセントというのもアメリカがNATO諸国に対して要求した数字に揃えただけで、岸田政権の発意ではないし、F35を「爆買い」したのもトマホークを購入したのも、米政府の指令に従っただけである。米国の指令に素直に従っていれば、米国は自民党政権が半永久的に続くことを保証してくれると信じてそうしているのである。そうであれば、国民が安全保障政策の「大転換」に無関心なのも当然である。それは久しく見慣れた風景に過ぎないからである。◆「宗主国」に捨てられたら だが、それ以上に深刻なのは、日本の政治家や官僚が衆知を集めて起案した安全保障政策よりも、ワシントンの「ペスト&フライテスト」な知性が日本政府に代わって起案してくれた安全保障政策の方が合理的かつ現実的ではないかと日本国民の過半がいつのまにか思い始めたことである。長く思考停止を続けているうちに、自国の安全保障は国民が自分の頭で考え、自分の言葉で語るものだという基本的なことを日本人はもう忘れてしまった。 だから、これも白井さんと意見が一致したのだが、日本人が自国の防衛について、ほんとうに真剣になることがあるとしたら、それは米国が日本から手を引く時である。万一、中国が日本列島を攻撃することがあった場合、ミサイルがまず狙うのは米軍基地である。沖縄、横田、横須賀などがまず攻撃目標になる。そこには多数の米国市民が居住している。米国市民が死傷すれば、米国はいやでも米中の全面戦争に踏み切らざるを得ない。それは米国にとっても世界にとっても破局的な未来である。 米国が中国との戦争に巻き込まれるリスクを最小化するためのとりあえず最も確実な手立ては「中国が日本列島を攻撃する時そこに米市民がいない状況」を作ることである。だから、米国は在日米軍基地の縮小・撤収プランをだいぶ前から検討していると思う。私か米国務省の役人なら「日本列島に大型固定基地を置くことのリスクを過小評価すべきではない」というレポートを書いている。「宗主国」に見捨てられた「属国」はその時どういう安全保障戦略を起案することができるのだろうか。それについて日本人は何も考えていない。<うちだ たつる・思想家>2023年3月31日 「週刊金曜日」 1418号 15ページ 「凱風快晴ときどき曇り-安全保障に無関心な国民」から引用 日本政府が自らの延命のためにアメリカ政府の言いなりになっていて、それはあたかも日本がアメリカの属国であるかのような状態であるとは、私もその通りだと思うが、岸田政権が憲法の精神を無視して大軍拡に乗り出しても国民が無反応であるというのは、「日本は属国だ」という「自覚」が国民にあるからだという「説明」はちょっと違うのではないか、という気がします。国民が無反応である原因は、新聞やテレビが極力この問題を避けて、「これは問題だ」というような取り上げ方を避けているから、国民もなんとなくやり過ごしているだけなのだと思います。大軍拡は破滅への道だという取り上げ方を、メディアが使命感を自覚していればそういう取り上げ方をするはずなのに、それがないからこの社会は無意識のうちに「破滅への道」を進んでいるのだと思います。 この記事でもう一つ気になる点は、アメリカが中国との戦争に巻き込まれるリスクを最小化するために、これから色々手を尽くすであろうという記述です。台湾有事を引き起こすためにあの手この手であちこちに火種を仕掛けているのは、他でもないアメリカであるのに、自分の国は「戦争に巻き込まれたくない」というのは甚だしい論理矛盾と言うほかありません。高額のリベートをもらっている関係で、世界のどこかで戦争をやらなければならないのだが、自国の人的被害だけは最小限にしたいなどと考えている国を「宗主国」にするのはそろそろ「卒業」したほうがいいのではないかと思います。
2023年04月19日
関東大震災から100年目となる今年の夏に、震災時にデマが流されたために日本人自警団に虐殺された朝鮮人を追悼する集会が企画されていると2日の東京新聞が報道している; 1923年9月1日に発生してから今年で100年となる関東大震災で虐殺された朝鮮人や中国人を悼むため、東京都文京区で8月31日、研究者やジャーナリスト、作家らの有志が呼びかけ人となり、約1800人規模の追悼大会を開催する準備が進められている。 実行委員会の世話人の1人を務める市民団体「村山首相談話を継承し発展させる会」の藤田高景理事長は「民族差別による虐殺を二度と起こさないよう歴史と向き合い、次世代に伝えていかなければならないことを、100年の節目に訴えたい」と話している。 関東大震災では「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「襲撃がある」などのデマが拡散。戒厳令が敷かれる中、不安に駆られた住民の自警団のほか、警察や軍などによって朝鮮人や中国人らか虐殺された。巻き込まれた日本人もいて、無政府主義者の大杉栄や社会主義者らの殺害事件も起きた。 虐殺犠牲者の実態は今なお不明で、2008年に政府の中央防災会議がまとめた報告書が、震災による死者約10万5千人の1~数%と示すにとどまる。朝鮮人犠牲者では、当時の朝鮮人学生らの調査に基づいて6千人以上とする見解がある。中国人犠牲者を750人以上とする中国人留学生による調査も残るが、日本政府は戦後も国会議員の質問などに「事実関係を把握することができる記録が見当たらない」と繰り返してきた。 虐殺を巡っては、事実そのものを否定する主張がある。消えない差別や偏見から、在日コリアンが住む地区での放火や朝鮮人学校への嫌がらせも起きている。2023年4月2日 東京新聞朝刊 12版 21ページ 「関東大震災100年『虐殺 再び起こさぬ』」から引用 「民族差別による虐殺事件は二度と起こしてはならない」という認識は、現代を生きる私たちが全力で次世代に伝えなければならない「教訓」です。ところが、日本政府はそれに対して極めて曖昧で消極的な姿勢でいるのは残念なことです。政府が何故そのように消極的なのか、その理由は多分、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」とか「朝鮮人があちこちに火をつけて回ってる」などというデマを流布するのに、一部の軍人や警察官も加担した形跡があるため、その責任を追及されることを恐れて、公式の記録が残っていないから正確な数字は出せないなどと言葉を濁しているわけです。しかし、政府がそういう姿勢でいるとそれにヒントを得て「実は、虐殺なんて無かったのだ」と言い出す者が出てきて、そういう内容の小説を書いて出版までする輩が出てくるし、それまで毎年市民団体が主催していた追悼式典に東京都知事が追悼文を送付する習わしだったものが、右翼団体に唆されて追悼文送付を中止するなどという事態になっているのが現状で、これを放置すればやがて日本人は同じ過ちを繰り返す羽目になるであろうことは容易に想像できます。「虐殺 再び起こさぬ」の声を次世代へ継承することは、現代を生きる者の責務です。
2023年04月18日
かつて安倍政権が韓国の司法の判断に筋の通らない「介入」をして両国の経済活動まで阻害するような事態になった「日韓関係」を、なんとか修復しようと努力する韓国政府に対応について、2日の東京新聞社説は次のように書いている; 「反日の理由 VS 嫌韓の理由」 最近出版された『線を越える韓国人 線を引く日本人』(飛鳥新社)という本の中に、こんな刺激的な見出しの文章があります。 著者のハン・ミンさんは韓国の文化心理学者。多様な視点で日本人と韓国人を比較しています。 ハンさんによれば、韓国人が持つ反日感情は、日本の植民地支配を直接経験した人がまだ生存しているからです。また、一度謝罪した内容も内閣が代わると一瞬でひっくり返ることがあるため、真実性に疑いを持つと言います。 一方で日本の嫌韓感情については、過去の歴史や領土の問題にダダをこね、感情的になる韓国を「子ども」「弟」と見ているからだ、と分析しています。 日本にとって、確かに韓国が弟に見えた時期がありました。その弟が「なまいきにも兄に逆らうのはもちろん、弱者が強者に向かって謝罪と補償を要求するなどということは到底受け入れることができないのです」(同書より) ただ現実を見ると、韓国は、経済、軍事、さらに「韓流」と呼ばれる文化面で著しい成長を続けています。日本にとって、もう弟などとは言えないでしょう。◆解決策の勇気ある決断 その韓国から、先日、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が日本を訪問しました。長く両国間の懸案だった元徴用工問題について、韓国側がまとめた解決策を説明するためでした。 この問題は2018年に韓国最高裁が、日本企業に賠償を命じる判決を出したことが発端です。 日本政府は1965年の日韓請求権協定で決着済み、との立場ですから、韓国が新たに「謝罪と補償」を求めたことで日韓関係は急激に冷え込みました。 解決策は、賠償金を韓国政府傘下の財団に肩代わりさせることで最高裁判決と日韓協定の折り合いをつける勇気ある決断でした。 韓国側か注目したのは、この解決策に、岸田文雄首相がどんな言葉で応じるかでした。 報道によれば韓国側は、98年10月の日韓共同宣言を読み上げ、韓国民を納得させてほしいと求めたそうです。 この宣言は、日韓両国間で最高の外交文書とされ「両国が過去を直視し、相互理解と信頼に基づいた関係を発展させていくことが重要」との文言や、日本の過去の植民地支配に対する「痛切な反省と心からのおわび」が盛り込まれています。 しかし、岸田首相は宣言の内容には直接言及せず、「歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいることを確認いたしました」と述べました。 日本政府の原則的立場から出ない発言は、国内の保守派への配慮と解説されますが、ハンさんが指摘する「兄としてのプライド」が影響したのかもしれません。 さらに、岸田首相は尹大統領に竹島や慰安婦問題などを提起し、日本政府の立場を説明した、とも伝えられました。 韓国政府は「議題にはなっていない」と否定していますが、韓国のメディアや野党は「得るものは大してなかったのに、日本側の話を一方的に聞いてきたのではないか」と一斉に批判しました。 日韓首脳会談後、岸田首相の支持率は上がる一方、尹大統領は一時急落しました。韓国では解決策の撤回を求める集会が開かれるなど、反発は収まる気配がありません。◆若者世代の未来のため 大統領はなぜ政治的危険を冒してまで日本との関係改善を急いだのでしょう。それは大統領自身が訪日中に明らかにしています。 尹大統領は慶応大学での講演で学生に「韓国の責任ある政治家として、両国の若者世代の素晴らしい未来のため、勇気を持って最善を尽くす」と語りかけました。 私的な席では、韓国の国益にかなうことは、たとえ自分の支持率が1%になろうが取り組む、との決意を語っていたそうです。 韓国内での摩擦を覚悟して解決策をまとめた尹大統領には「弟の国」から脱し、成長した自分の国への自信も感じられます。 今回の日韓首脳会談では首脳が頻繁に相互訪問する「シャトル外交」再開も決まりました。岸田首相は今夏にも訪韓の見通しです。 尹大統領の政治決断に日本側が応える番です。「反日」「嫌韓」を乗り越え、長年冷え込んでいた日韓関係を改善し、安定させる好機を逃してはなりません。岸田首相には尹大統領同様、未来のための勇気を、両国の若者に誓ってほしいと切に願います。2023年4月2日 東京新聞朝刊 12版 5ページ 「社説-『反日』『嫌韓』乗り越えて」から引用 この記事は、韓国が弟のように見えることもあったなどと書いているが、そのように見えたのは幕末から維新にかけて日本が社会体制の変革に成功したのに比べ、強大な封建制度が発達していた中国や朝鮮がそう簡単には社会変革ができなかったために、一時的にそう見えただけに過ぎません。長い歴史を辿れば、狩猟生活から農耕文化の取り入れ、食器を使う生活文化、漢字、仏教思想等々の「文化」などは中国から朝鮮半島を経由して日本に伝わったもので、日本列島に点在した豪族をまとめて「大和朝廷」を立ち上げるときは、多くの渡来人が朝鮮半島からやってきて建国事業に協力したという記録も残っており、そのような歴史を考え合わせれば、自ずとどっちが兄でどっちが弟かが分かるというものでしょう。近年は「戦乱」を免れた状態が長く続いたおかげで、東アジアの秩序も本来あるべき姿になりつつあるのであって、日韓の不自然な状態も、これは一重に安倍政権の傍若無人な「政治介入」で引き起こされた問題であるも関わらず、韓国の尹錫悦政権は敢えて些末な問題に拘ることをやめて「経済と歴史問題は分けて考える」という基本に立ち返って、歴史や政治問題で経済を停滞させるのは、両国にとって「得策」ではないという大局に立った判断で行動しているものと思われます。自分の息子を首相補佐官にする首相に比べても、韓国の大統領はスケールの大きい政治家であると言えます。
2023年04月17日

ある日、ツイッターを眺めていると次のような投稿が目に止まった;大阪のカジノ計画は、当初の予定では経費がかかりすぎるため、原価償却して利益が出せるようになるまでに膨大な時間がかかることになることが判明したため、建築物の面積を70%に縮小し展示面積は20%に縮小した上で、来場者が年間1,070万人、その全員が毎日60万円を賭けるものと想定しているとのことです。しかし、毎日60万円を浪費して暮らせる金持ちが世界中に何人いるのか、その人たちが世界中からわざわざ大阪までやって来る「動機」はあるのか、確かなところは誰にも分かりません。ただ言えることは、この計画に政府がGOサインを出せば大阪府知事や市長のフトコロには施工業者から莫大なリベートが支払われるであろうということと、工事が完成してカジノが営業を始めるころには、そのリベートを受け取った政治家は現役を引退して姿をくらましているであろうということです。
2023年04月16日
民主党から政権を奪取して第二次安倍政権が発足して10年以上経つのに、この10年間は少子化対策に関して自民党政権は全く有効な策を打ち出すことが出来ずに来ておりましたが、ここに来て岸田政権はかつて民主党政権がやりかけた政策を実行することになり、当時の民主党政権の有力メンバーだった長妻昭議員は「民主党政権は間違っていなかった」と発言している; 政府が3月31日に発表した少子化対策のたたき台は、社会全体で子育てを支えるという理念を掲げ、児童手当の所得制限撤廃など、かつて民主党政権が取り組んだり、実現を目指したりした政策が盛り込まれている。当時の主力メンバーが所属する立憲民主党は「掲げた理念や方向性は間違っていなかった」と主張する。 民主党は2009年の衆院選で「社会全体で子どもの育ちを支援する」として、ゼロ歳から中学生までの全員に月額2万6千円を支給する子ども手当の創設を公約。政権交代後、所得制限のない月額1万3千円の手当を導入した。 これに対し、育児における家庭の役割を重視する野党・自民党は「ばらまきだ」と批判。20年の参院選に勝利し、衆参で多数派が異なる「ねじれ国会」に持ち込んだ後、所得制限がある児童手当を復活させた。 それから10年余り、政府がまとめた今回のたたき台では「社会全体でこども・子育てを支えていく」ことの重要性が強調されている。民主党マニフェストに明記されていた項目では、出産の経済的負担の軽減や雇用保険の適用拡大などがある。出産育児一時金の増額、子ども・子育て政策の司令塔となる省庁新設などは、自民、公明両党の政権復帰後に実現した政策だ。 立民の長妻昭政調会長は3月31日、たたき台発表を受けて記者団に「社会全体でこども・子育てを支える理念を明確化したのは遅すぎると強い憤りを持つが、政府・自民党にはこの遅れた10年を取り戻すように急ピッチで(少子化対策を)進めてもらいたい」と語った。(曽田晋太郎)2023年4月2日 東京新聞朝刊 12版 3ページ 「社会全体で子育て『間違いではなかった』」から引用 子育てと高齢者介護はその責任を個々の家庭に押しつけるものではなく、社会が全体として協力して助け合っていくのが本来の人間社会の在り方というものです。それを、世の中のことを大して勉強したわけでもない「ならず者」みたいな輩が社会の常識や憲法の精神を踏みにじるような政治を行なって、日本社会は手ひどく傷んでしまったというほかありません。本人は臆面も無く「悪夢の民主党政権」などと言ってましたが、民主党政権では少なくとも今よりは社会は良い方向へ進んでいたことは間違いありません。立憲民主党の議員諸君は、自信をもって今後の活動に取り組んでほしいと思います。
2023年04月15日
日本銀行は、本来政府から独立して特定のグループの利益を図るようなことのないように、公平な立場で経済を運営するようにとの主旨から法律もそのように規定しているのに、安倍政権に於いてはそれまで歴代政権が踏襲してきた法律を無視して、安倍首相のイエスマンを日銀総裁に抜擢するという異例の人事を行ない、その結果、常識を逸脱した金融緩和が強行され、政府が発行する国債を日銀がどんどん買い込み、公的年金用に積み立てた資金を株式市場に投入して数百兆円を溶かしてしまうなど、様々なデタラメで日本の将来が危ぶまれる事態となって、イエスマン黒田氏が退任することとなり、政府が黒田氏の後任を上田和男氏にすると発表しました。そのことについて、中央大学名誉教授の建部正義氏は2日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いてます; 日本銀行法には、総裁及び副総裁は両議院の同意を得て、内閣が任命すると定められています。 これに基づき、2月末に、衆参の議院運営委員会において、植田和男次期日銀総裁に対する所信聴取と質疑が行われました。 その内容に照らす限り、植田氏は、基本的に黒田東彦(はるひこ)現総裁の金融緩和路線を継承することになります。その意味で、植田氏に金融政策の正常化を期待することは困難だと言わざるをえません。 ◆ ◆ ◆ いわく、「日本銀行が行っている金融政策は適切」。 いわく、「2%の(物価安定の)目標を早期に達成するという表現が(日銀と政府との)共同声明の中に含まれていることを直ちに変える必要はない」。 いわく、「(日銀は)物価安定目標達成のために国債を買っている」のであって、「財政ファイナンス、政府の資金の調達支援が目的での国債購入ではない」。 いわく、「政策には効果と副作用が常にある」が、「現状では効果の方が副作用を上回っている」。 ここでは、植田発言の問題点を2つに絞って整理しておきます。 第1は、金融緩和政策と財政ファイナンスとの関係です。 日銀が保有する国債残高は約580兆円に上り、政府発行国債の過半を占めます。わが国の名目GDP(国内総生産)を超える金額です。いまでは、日銀による国債買い入れを抜きにしては国家予算を組めないことが誰の目にも明らかです。 逆に、日銀としては、これを受けて、国債の買い入れを中断するわけにはいかない状況に追い込まれています。まさに悪循環です。これを財政ファイナンスと呼ばずして何をそれと呼ぶのでしょうか。 ◆ ◆ ◆ 第2は、政府が、2023年度から5年間で軍事費を1・5倍超の総額43兆円まで膨らませようとしているもとで、従来は公共事業費にだけ充当されてきた建設国債を軍事費に充当しようとしていることです。はたして、兵器の購入を公共事業と呼べるでしょうか。 量的・質的緩和政策を転換しない限り、日銀はこうした建設国債をも購入せざるをえなくなるでしょう。日本銀行法には、日銀は、金融政策に関する意思決定の内容及び過程を国民に明らかにするよう努めなければならない、という規定があります。日銀は、戦争への協力につながるこうした事態を、どのように国民に明らかにするというのでしょうか。 植田氏は3月初旬に両院の同意を得たことから、4月初旬に日銀総裁に就任することが確実です。 筆者は、つねづね、黒田総裁下の金融緩和の諸悪の根源は、2%の「物価安定の目標」への固執と量的・質的金融緩和の追求にあると主張してきました。植田新総裁は、量的・質的金融緩和を撤廃し、金利政策に専念するべきです。また、2%の「物価安定の目標」も撤廃するべきです。(たてべ・まさよし中央大学名誉教授)2023年4月2日 「しんぶん赤旗」 日曜版 24ページ 「経済 これって何-反省なく緩和継続、大軍拡の財源調達」から引用 黒田氏を総裁にした当時の安倍首相は異次元の金融緩和を「アベノミクス」などと称して得意になっていましたが、公定金利をゼロにしたり、年金積立金を株式市場に投入したりというデタラメをやった挙げ句に景気は回復ぜず、国民総生産は韓国に追い抜かれるし、大企業と富裕層だけがより一層繁栄し、一般国民は窮乏生活を余儀なくされて、ようやく日銀総裁も交代するということになり、メディアは「今度の日銀総裁は元々は経済学者だった人だから、黒田氏のようなデタラメはしないだろう」とばかりに「異次元緩和が終わるのでは」という期待が一気に高まったのが、この数ヶ月だったように思います。しかし、衆参の議院運営委員会に出席した上田和男氏の発言からは、メディアが期待したような「学者らしい、経済理論に忠実な政策」などはまったく期待外れで、上田氏は単に、前任者がやってきたことを自分も忠実になぞっていけば、周囲と無駄な摩擦を起こすことを避けて、事なかれ主義の「平穏な道」を行くことができると考えているらしい。こういう人物が日銀総裁では、アベノミクスの10年で大きく歪んでしまった日本経済を立て直すなどという「大事業」は、とても期待はできないと思われます。
2023年04月14日
岸田内閣の閣僚の一人である高市早苗の、人間としての誠意のカケラもない態度について、2日の朝日新聞社説は次のように批判している; 新年度予算が成立し、国会は後半に入った。防衛費の増額や原発の運転期間の延長、少子化対策など、議論すべき課題は山積しているが、うやむやに終わらせてはならないことがある。 放送法の政治的公平をめぐる解釈の変更問題だ。安倍政権下で首相補佐官が総務省に執拗に迫った様子を記した行政文書が明らかになり、野党が予算委員会などで追及を続けたが、経緯の解明は不十分なままだ。 首相官邸が関与していたにもかかわらず、岸田首相は総務省に丸投げし、ひとごとを決め込んだ。当時、総務相として従来の見解と異なる国会答弁をした高市早苗経済安全保障担当相が、文書を「捏造(ねつぞう)」と断じ、本物なら議員辞職すると表明したことで、高市氏の問題に焦点があたったことも影響した。 高市氏は一時、「言葉がきつすぎる」といって、捏造という表現を控える考えを示したが、すぐにまた捏造と繰り返すようになった。総務省の調査で「あった可能性が高い」とされた大臣へのレク(説明)も、なかったと主張し続けている。 レクの結果をまとめた文書には、日時、場所、出席者も具体的に記載されている。高市氏に内容の確認はしておらず、本意でない要約になっている可能性は否定できないが、レクそのものがなかったという言い分には無理がある。 総務省は内容の正確性は確認できなかったというが、その大きな理由は、8年前のことで関係者の記憶がないとされる点にある。それを、捏造だと言い張ることが、公文書や行政そのものに対する国民の信頼をいかに失墜させるか、高市氏にはわからないのだろうか。 政治主導が強まり、政策決定過程を検証するうえで、政治家の言動を記録することの重要性が増しているというのに、官僚の萎縮を招く恐れもある。 質問を重ねる野党議員に、高市氏が「私の答弁が信用できないなら、もう質問しないでください」と言い放つ場面もあった。予算委員長から異例の注意を受けて撤回したが、国会に対して説明責任を負う閣僚の自覚を欠く発言というほかない。 一方、総務省の内部文書を入手し、問題を明らかにした立憲民主党の小西洋之参院議員にも苦言を呈したい。 憲法審査会の運営を揶揄(やゆ)し、それを伝えたフジテレビの報道姿勢を過去にさかのぼって批判、放送法に抵触しているなどと主張したことだ。放送に対する露骨な介入ととられ、自らの政治姿勢に対する信頼も損ないかねない。人々の関心が解釈変更問題からそらされるのは、本意でないはずだ。2023年4月2日 朝日新聞朝刊 13版 6ページ 「社説-大臣の資質が問われる」から引用 私を信用できないなら、もう質問はしないでくれという高市早苗の発言は言語道断であるが、それを批判するのに「国会に対して説明責任を負う閣僚の自覚を欠く発言というほかない」というような上品な「態度」では、十分な批判にはなっていない。高市にしてみれば「何度も同じ事を繰り返し聞くから、こっちもカッとなってタンカを切ってやったのよ」といった程度の認識であろうことは容易に想像できることで、こんな調子の社説は何回繰り返しても世の中を良くするために役に立つとは考えられません。そもそも小西議員が国会に持ち出した行政文書は、高市早苗が総務大臣だったときの官僚が作成し保管していたものなのだから、それを「捏造」だの怪文書だのと言うのであれば、その当時最高責任者の「総務大臣」だった自分の責任はどう認識しているのか、というような角度からも徹底追及して、現職の総務大臣が「紛れもない行政文書であり、捏造も改ざんもあり得ない」と断言した時点で高市早苗に議員辞職を要求するような、旗幟鮮明な社説を書くのでなければマスコミの風上にも置けないというものではないかと思います。
2023年04月13日
国が国旗や国歌を決めても、それを国民に強要することは憲法違反である。しかし、そういう「民主主義思想」が国民の間に理解されていない現状について、市民活動家の辛淑玉氏は月刊「マスコミ市民」2月号に、次のように書いている; 初詣の映像を見るたびに、この人たち大丈夫だろうかと思ってしまう。 これだけの感染者と死者を出しているコロナ禍の中、ぞろぞろ並んで賽銭を投げる姿は異様だ。それに、神社本庁の仕事なんてもう「不動産業」としか言いようがないのに、まるで伝統文化かのように神社に詣でる彼らは、自分たちが投げた賽銭がどこに行くのか考えたこともないのだろう。 昨年はワイドショーも含めテレビ各局が統一教会問題で視聴率を稼いでいたが、どの番組も自民党の思想の根幹である日本会議には決して触れようとしない。私の目から見れば、親玉の日本会議、実働部隊の自民党、パシリの統一教会としか見えないのだが。 そして、この3者を強固に結びつけているのは、女の下半身を管理して支配したいという、昭和オヤジ連中の黒い情熱だ。その確固たる決意は「反共」をも凌駕する。だから彼らは強い。これぞ、まさに男の友愛・フラタニティじやないか。 そして、自分たちにひれ伏さないものに対しては「天皇」という切り札を出してお仕置きする。 その見せしめにされたのが根津公子さんだった。 根津さんは公立中学校の家庭科教員だった。「教員の仕事とは、教科書が隠す事柄についても生徒たちが知って考えることができるよう資料を提示すること」「事実を知ることによって、生徒は自分が住む国の全体像を理解し、政治の在り方を考え、批判的思考力が育つようになる」と言い切る彼女の授業は、食品公害や農薬汚染から女性差別に至るまで、生きるうえで欠かせない力を養うことに注がれた。 学校教育への「日の丸・君が代」の強制は、1989年改訂の学習指導要領で「その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに国歌を斉唱するよう指導するものとする」と明記されたことからスタートした。 国旗国家法案が国会を通過したとき、その立役者だった故・野中広務議員は「強制はしない」と断言したが、裏では「世羅高校事件」を踏み台に広島の解放同盟潰しに使われた。この法案は、初めからそのように使うために作られたのだ。 そんな中、政治都市東京にとって目の上のたんこぶが根津公子さんだった。すでに日教組は戦線から離脱し、多くの教師や教育関係者が沈黙を選択した中、「家庭科」の女教師が正面から歯向かって、日の丸を生徒と一緒に下ろしたのだ。この快挙は、昭和オヤジたちにすれば許しがたい暴挙だったのだろう。 そして、お仕置きが始まった。 1994年3月、八王子市立石川中学校の卒業式で、職員会議の決定を無視して校長が掲揚した日の丸を降ろしたことで減給1ヶ月。 1995年3月、学級通信で校長の行為を非難したのを「不適切な内容」として訓告処分。 1999年3月、家庭科の授業で「自分の頭で考えよう」としたプリントを配布して訓告処分。 2000年2月、多摩市立多摩中学校の家庭科の授業で「従軍慰安婦」「同性愛」問題を取り上げたことで授業への攻撃が始まり、「指導力不足教員」とされ、それが無理筋とわかると職務命令違反で減給処分。 2003年3月、通勤に往復で4時間かかる調布市立調布中学校への嫌がらせ配転。 2005年3月、立川市立立川第二中学校の卒業式で日の丸斉唱時に起立しなかったとして減給10%6ヶ月。 2005年4月、入学式での君が代斉唱不起立て停職1ヶ月ボーナスなし。 2005年7月、思想転向を迫る「再発防止研修」の際、ゼッケンを着けたことと質問をし続けたことで減給1ヶ月。 2006年3月、卒業式での君が代斉唱時の不起立で停職3ヶ月。 2007年3月、町田市立鶴川第二中学校の卒業式での君が代斉唱時の不起立で停職6ヶ月。 2008年3月、都立南大沢学園養護学校の卒業式で君が代斉唱を拒否して停職6ヶ月。 2009年3月、都立あきる野学園の卒業式での不起立で停職6ヶ月、と続く。 もう、圧巻としか言いようがない。 もちろん根津さん側も、これらを不服としていくつもの裁判を起こしている。 「民主国家」を標榜しながら、自らの頭で考え意思を持つ人間を「指導力不足教員」に仕立てあげようと画策し、労働組合を黙らせ、野党をビビらせ、ターゲットを孤立させ、これだけの仕打ちをし続ける。これこそが天皇制カルトなのだ。 2001年9月11日のニューヨーク国際貿易センター飛行機突入事件のあと、米国全土が「ホームランドセキュリティ」を掲げ、愛国心が声高に叫ばれた。そのアメリカでさえ、教育現場では教師が生徒に「星条旗よ永遠なれ(国歌)を歌いたくない人は歌わなくていい」と言ってセレモニーを始めていた。そして、実際驚くほど多くの生徒が歌っていなかった。それが民主国家というものだ。 日本のカルト社会で、教育現場の「正常」を維持し続けたのは日教組でも教育委員会でも校長でもなく、一人の家庭科の女性教師だったのだ。 根津公子さんは、戦後日本の民主主義をその人生をかけて守り抜いたのだ。おじさんたちは彼女に足を向けて寝ちゃいかんぞ。月刊「マスコミ市民」 2023年2月号 84ページ 「辛淑玉の山椒のひとつぶ-昭和オヤジの正しい寝方」から引用 初詣のことから始まるこの記事を4月の日記に転載するのは季節はずれかなと思いましたが、内容を読み直して「これは自分の日記に書き写す価値のある記事だ」と思いました。根津公子氏の職場における「戦い」の実践は、後に続く者にとって貴重な実践の記録だと思います。上の記事でも触れているように、国旗国歌法を制定するときに尽力したのは野中広務議員でしたが、この人は被差別部落の出身だと言われた人で、党内の有力者であったにも関わらず麻生太郎議員からは「部落出身者を総理にというわけにはいかない」などと陰口をたたかれたりした人で、そういう差別主義の政治家がたむろする政党ではなく、真に民主主義のために働く政党に所属するべきであったろうにと思います。日教組も往年の「戦う姿勢」は何処へやら消え失せてしまい、日本の民主主義は今や個々人の肩にのしかかっているのみで、これを本来のあるべき姿にまで再現するのは、かなりの時間と労力を必要とするのではないかと危惧されます。
2023年04月12日
経済評論家を自称する上念司という男が大阪のラジオ番組に出演してマイノリティに対する差別発言をしたことについて、ラジオ局は番組を降板させたとは言え「ヘイトスピーチではない」と主張しているため、対応を不服とする支援団体がBPOに対し審理申立書を送付した、と2日の神奈川新聞が報道している; MBSラジオ(大阪)の番組で経済評論家の上念司氏が朝鮮学校を「スパイ養成的なところ」と中傷した問題で、在日本朝鮮人人権協会傘下の3団体は1日、ヘイトスピーチに当たるのに同社の対応が不十分だとして、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会に審理申立書を郵送したと明らかにした。 番組はツイッターで上念氏の降板を発表する一方、「ヘイトスピーチには当たらない」と主張している。 申立書によると、上念氏は2月21日、生放送番組「上泉雄一のええなぁ!」で朝鮮学校について「OBが日本人拉致に関わっている」「スパイ養成的なところもあった」と発言。協会は同社に対し、ヘイトスピーチと認めた上で謝罪し、反差別の立場を宣言する声明文の公表を求めた。 協会の大阪支部の文時弘事務局長は1日、朝鮮学校支援団体が主催したオンライン集会で「公共の電波で放送することの重さを改めて考えるべきだ」と訴えた。集会では支援する豊福誠二弁護士が「学校に対する明確な名誉毀損(きそん)罪に該当する」と指摘し、同社に対する抗議文が採択された。2023年4月2日 神奈川新聞朝刊 20ページ 「『スパイ』発言をBPO申し立て」から引用 朝鮮学校がスパイを養成しているとか拉致問題に関わっているというデマは、言う者にとっては痛くもかゆくもない只の放言であるが、言われる方にとっては殺傷事件にもつながる深刻な事態であることは、100年前の関東大震災の時の教訓が教えているところである。発言した者を降板させたからこれで一件落着ということにしてはならない大きな問題であり、同じデタラメを誰も二度と口にしないように、ここはものごとの「黒白」をはっきりさせる必要があると思います。
2023年04月11日
ロシア軍の侵攻を受けて必死の抗戦をしているウクライナを訪問するのに、手土産に「しゃもじ」を持参した岸田首相を朝日新聞読者が投書欄で、次のように批判している; 岸田文雄首相がウクライナのゼレンスキー大統領に「必勝」と書かれたしゃもじを贈ったという。 以前、岸田首相が原発再稼働の方針を表明した時、県外の友人から「反核を訴えている広島の人はどう思っているの?」と問われて落ち込んだが、今回は言葉にもならない。 しかし、はっきり申し上げたいのは、これは首相の見識や品性の問題ということだ。確かに広島ではしゃもじをお土産に持参することはあるが、ご不幸ごとなど、事情があって取り込んでいるお宅に持って行くことはない。そんな時はなるべく色のついていないものを、地味な風呂敷に包んで持参する。侵攻を受けるウクライナに必勝しゃもじは違和感が大きすぎる。 どうかみなさまには、首相の振る舞いが、広島県人全体の気質や品性を代表するかのような印象を抱かれないよう、お願いしたい。2023年4月3日 朝日新聞朝刊 13版S 7ページ 「声-首相のしやもじ 品性と見識疑う」から引用 この投書の主張はもっともな話だ。岸田首相の振る舞いを見て、広島の人たちはみんなこうなのかと思われるのは、甚だしい迷惑というものであろう。聞くところによれば、岸田文雄氏の親やその又親は広島県に生まれ育った人々らいしいが、文雄氏本人は小学校から大学まで東京で暮らした人物らしいから、広島特産の「しゃもじ」という「知識」はあっても、それが人々の生活の中でどのように扱われているものなのか、などという所には一向に神経が働かなかったものと思われます。そういう軽挙妄動をする人物が一国の総理大臣でいいのか、国民は少し考える必要があると思います。
2023年04月10日
かつて安倍政権が強行採決で無理やり押し通した「安全保障関連法」は従来のわが国政府が堅持してきた「専守防衛」から逸脱する憲法違反の立法であるため、施行から7年経っても東京新聞は毎年社説でこの法律を批判している。そのことについて、1日の同紙コラムは次のように述べている; 3月29日は2016年に安全保障関連法が施行された日でした。あれから7年。東京新聞は今年も、同法の違憲性を問い掛ける社説を掲載しました。 安保法は歴代内閣が憲法違反としてきた「集団的自衛権の行使」を容認するなど、戦後日本の安保政策を抜本的に転換するもので、安倍晋三政権が成立を強行しました。 その後も憲法9条に基づく専守防衛を形骸化する動きは止まらず、岸田文雄政権は昨年12月の国家安全保障戦略改定で、射程の長いミサイルなど他国を直接攻撃できる敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を認めるに至ります。 今年の社説「『茶色の朝』迎えぬために」では、フランスの作家による寓話「茶色の朝」(邦訳は大月書店刊)を題材に「危うい兆候があるにもかかわらず、不自由を感じないという『事なかれ主義』で思考停止に陥り、声を上げずにいると自由な言論は封殺され、全体主義の台頭を許すに至る」と指摘しました。 当初は反対が多かった安保法ですが、国民の多数派は時がたつにつれてその存在に慣れ、気にも留めなくなった現状を憂う内容です。 読者からは「安保法が暴走して日本が戦争に向かわぬよう、国民はしっかりと政治の行方を見つめる必要がある」「安保法施行後、日本人は一つの方向に向かい、反対する者は攻撃されるように変わってきた」などの意見が寄せられました。読者の皆さんと問題意識を共有できたことをうれしく思います。 本紙は毎年、安保法が成立した9月19日と施行された3月29日にちなみ、その危うさを訴える長文の社説を書き続けてきました。安保法の違憲性を問い続ける決意の表れにほかなりません。 施行7年に合わせて安保法に関する社説を掲載した在京紙はほかにありませんので、本紙の特長と受け取っていただければ幸いです。 安保法の成立強行は安保政策にとどまらず、原発回帰や政権に批判的な学者を日本学術会議から排除するなど、その後の日本政治の在り方にも影を落としています。 自由のない「茶色の朝」を迎えぬよう、政権の危険な兆候を見逃さず、声を上げる。読者とともに考え、共感を得られる社説を書き続けたいと考えています。(と)2023年4月1日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「ぎろんの森-安保法の違憲性問い続ける」から引用 東京新聞が毎年9月と3月に「安全保障関連法」を批判する社説を掲載しているのは立派な仕事だと思いますが、これがただ毎年同じ時期にひっそりと紙面を飾っているだけでは大変もったいない話です。毎年掲載される社説に呼応して、立ち上がる市民が出てきて、少しずつ市民運動を組み立てて行けるようだと、わが国の将来は期待ができるのではないかと思います。
2023年04月09日
宗教団体を装って反社会的な活動を続ける統一教会に対し文部科学省が度々質問権を行使して回答をさせていることについて、元文科事務次官の前川喜平氏は3月26日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 文科省が「統一教会」に5回目の質問権の行使をするそうだ。僕はこの質問権を規定した1995年の法改正に携わったが、これは極めて弱い権限だ。虚偽回答をしても10万円以下の過料で済んでしまう。虚偽回答に刑事罰が与えられる国税調査などとは雲泥の差だ。伝家の宝刀どころか大根も切れない竹光なのだ。 最初の質問権行使は昨年11月22日。12月9日に段ボール8箱分の回答文書が届いた。2回目の回答は小型段ボール12箱分、3回目は小型段ボール2箱分、4回目はレターバック1通分だった。文科省は解散命令請求の可否を判断するため「統一教会」による不法行為の組織性・悪質性・継続性の立証を進めているというが、回答文書中にその「立証」を見いだすことはまず不可能だ。彼らが自分たちに不利な回答をするはずがない。何百回質問しても同じことだ。 「統一教会」の不法行為は数々の判決で事実認定されている。それらを根拠に即刻解散命令の請求を行うべきなのだ。何度も質問を繰り返しているのは政治的な時間稼ぎ以外の何物でもない。 「統一教会」が自民党に懸命な裏工作をしていることは想像に難くない。岸田首相は国民世論と党内世論を天秤に掛けているのだろう。国民の関心が薄れたころ「請求を断念」のベタ記事が出るのではないか。(現代教育行政研究会代表)2023年3月26日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-質問権行使という時間稼ぎ」から引用 安倍元首相銃撃事件の後、統一教会がいまだに反社会的な活動で資金集めを行なっていることが問題になり、文部科学省が教会に対して質問権を行使する意向を表明したとき、メディアは「ついに政府が本腰を入れて統一教会の反社会的な活動を調べることになった」というような、取り上げ方をして、これで世の中の正義が実現するとでも言うような勢いであったが、しかし、冷静に考えてみれば、別に政府が質問権を行使したからと言って、統一教会だって馬鹿ではないのだから、自ら進んで自分を不利にするような「回答」をするわけがありません。自民党にしてみれば、政治献金はしてくれるし選挙協力も無償でやってくれる、これほどありがたい組織はないわけで、反社会的な活動をしているなどということは見ても見ないふりをして、やがてほとぼりが冷めた頃に、「請求を断念」というベタ記事が出て幕引きになる公算は大きいと思います。普通であれば、もしそうなった場合は新聞やテレビが「おかしいじゃないか」と取り上げるはずですが、近年のメディアは「政府の広報機関」として活動するほうが得策と考えているらしいので、ここに来て急に正義感を発揮するとは考えられません。
2023年04月08日
「人権」とは如何なるものであるか、法政大学名誉教授・前総長の田中優子氏は3月26日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 「人権」についてうまく教えられない教員がいると聞いた。むべなるかな。人権とは単なる言葉ではない。その背後にある人間の命を感じ取れなければ、人に伝えることはできない。しかしそれを伝えられないのは日本の危機である。なぜなら、人権は憲法の柱だからだ。 憲法はその前文に述べるように国政は「国民に由来」し福利は「国民がこれを享受する」のだが、このことは「人類普遍の原理であ」るとする。そして「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」、と述べる。そして「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」のであって、その政治道徳を「普遍的なもの」である、としている。このように一国の憲法でありながら人類普遍の原理と、全世界の国民と、普遍的な政治道徳を前提にして書かれたのが現行憲法である。 ◇ ◆ ◇ それに対して2012年に公開された自民党憲法改正草案の前文は「日本国」を主語とし、天皇を戴(いただ)く国家であることを述べ、国民は家族と共に国を守るために存在すると位置付ける。その視野は世界や人類からはるかに後退し、狭く浅く硬く縮んでしまった。 とりわけ「人権」が現行憲法では極めて重要な位置を占める。「最高法規」の中に、基本的人権の由来と特質を述べた第97条がある。「基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」という条文だ。自民党憲法改正草案は、この条文を抹消した。 現行憲法の「人権」には二つの側面がある。一つは、人はどこで生まれようと、誰もが生まれた瞬間から人権をもつ、という天賦人権説の側面である。もう一つは、その人権は「不断の努力」によって保持される、という考え方である。第97条はその両面をよく表している。 ◇ ◆ ◇ 「天賦」はキリスト教に由来する言葉で、天から授けられた命を、欲望と闘争の渦巻く過酷な社会の中で砦(とりで)のように守るのが人権である。したがって「個人」と密接に結びついている。天賦人権説は西欧の考え方だから採用しない、という意見を聞いたことがある。ではなぜ明治時代の自由民権主義者たちは積極的に使ったのだろうか? それは、人権の背後に、人の命を感じ取っていたからではないだろうか。 天賦の命は物理的な命だけではない。生命がこの世で啓(ひら)くあらゆる可能性のことだ。仏教ではそれを「仏性」と表現してきた。日本の国学は「なりゆく勢い」と言語化した。平塚らいてうは「潜める天才」と言った。「人権」とは単なる法律用語ではなく、社会においてそれらを守るための砦として、近現代に出現した理念なのである。 西欧の言葉だからと排斥すれば縮む。日本の言葉と繋(つな)げることによって、その向こう側に広がる広大な生命の可能性に触れることができるのだ。それに触れることができれば、ウィシュマさんのような外国人たちへの向き合い方は変わり、大量殺人たる戦争も軽々にはできないはずである。「人権」は仏性を持つあらゆる日本人たちのための思想なのだ。2023年3月26日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-『人権』再考」から引用 自民党が野党だった時に安倍晋三議員ら右翼議員らが作成した「自民党憲法改正草案」について、片山さつき議員が「草案」の特徴について説明するとき、「私たちが提案する改正草案では、西欧由来の『天賦人権説』は採用せず、あくまでもわが国の伝統文化に基づいた政治を目標とするということです」と説明しておりました。しかし、上に引用した記事も述べているように、西欧由来の思想は採用しないなどという視野の狭い発想では、いろいろ問題が生じます。例えば、古代バビロニアで始まった「1+1=2」という算数は、日本の伝統文化とは異なるなどと言って排斥するわけには、今さらいきません。それは普遍的な「真理」だからです。「人はどの国に生まれても、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生活する権利を有する」という人権思想も、「1+1=2」という概念と同様の普遍的な真理であるという認識を、私たちは再認識する必要があると思います。そのことを成文化した憲法97条を、自民党憲法改正草案のように「削除」するなどということは言語道断、あってはならないことです。
2023年04月07日
昨日の欄に引用した東京新聞の記事の続きは、政治家の虚偽発言に厳しいイギリスに比べウソの答弁を百数十回繰り返しても何のペナルティもなかった安倍首相(当時)の事例について、次のように書いている; では、日本ではどうか。安倍政権では事実に反する答弁が繰り返されたが、その責任を取って議員を辞めた閣僚はいない。 故・安倍晋三元首相の後援会が主催した「桜を見る会」前日の夕食会を巡り、問題発覚後の2019年11月から20年9月まで、安倍氏が首相在任中に国会質疑で行った虚偽答弁は少なくとも118回。野党の依頼を受けて衆院調査局が調査して明らかになった。 安倍氏は衆参両院の本会議や予算委員会で「夕食会の収入と支出に関する政治団体などの関与」「夕食会を開いたホテルの明細書などの発行」「政治団体による不足分の補填(ほてん)」についていずれも否定していた。だが、政治資金規正法違反などの疑いで刑事告発され、東京地検特捜部の捜査の中で事務所側の関与や費用補填などが判明した。 調査結果を受け、安倍氏は20年12月、衆参両院の議院運営委員会で「事実に反するものがあった。国民の信頼を傷つけた」と陳謝。だが、自身は刑事事件では不起訴となったこともあり、議員辞職については「説明責任を果たすことができた」と否定した。その後、21年10月の衆院選にも出馬して10選を果たし、自民党内の最大派閥「安倍派」を率いて岸田政権を支えるなど影響力を保つただけでなく、首相として再登板を求める声もあった。 安倍政権下では「桜を見る会」以外にも学校法人「森友学園」への国有地売却を巡り、政府が事実と異なる答弁を計139回していたと衆院調査局が明らかにしている。安倍氏は国会で、この問題について「私や妻が関係していれば、総理大臣も国会議員も辞める」と答弁。だが、偽証すると罪に問われる証人喚問は実現しなかった。 国会での答弁の真偽を調査され、回数までカウントされた安倍氏のケースはまれだ。現在、国会では安倍政権下での放送法の「政治的公平」の解釈を巡る行政文書について、議論が繰り広げられている。当時総務相だった高市早苗経済安全保障担当相が、野党からの批判に「答弁が信用できないんだったら、もう質問しないでください」と答えるなど開き直りにも見える言い逃れが横行する。 政治ジャーナリストの野上忠興氏は「いまの政治家は話すこともやっていることもでたらめ」と指摘。現状を「国民をなめきっている。自民党は政権を維持できればいいという集団と化している」と批判する。 「特に安倍氏は、野党に何を言っても反対されるだけで親切に対応する必要はない、という思いがあった」と野上氏。野党の質問にまともに答えない身勝手な姿勢がいまも引き継がれているとし、こう危ぶむ。「議員は国民の代表なのに。これでは議会政治がいらなくなってしまう」 「核持ち込みや沖縄返還を巡る日米間の密約など卜ツプシークレットを隠すためのうそはかつてもあった」と話すのは細川護煕内閣の首相秘書官を務めた駿河台大の成田憲彦名誉教授(政治学)。その上で「安倍政権で目立ったのは保身のための答弁。国会に対する緊張感がゆるんでいる。与党が政権をかばうため、懲罰動議も証人喚問も実現しない」と説明する。 議会制民主主義発祥の地・英国が虚偽答弁に厳しい対応で臨むが「日本は国会での答弁の真摯(しんし)さ度合いに対する厳しさがなく、議論に秩序と規律がない」と虚偽答弁がまかり通る背景を指摘する。国会の自浄能力のなさを危ぶむ成田氏は、野党の奮起を求める。「国会での緊張感を取り戻すには政権交代が必要。そのためには、野党は批判に終始するだけなく、ビジョンを示す必要がある」<デスクメモ> 「うそも方便」「本音と建前」。腹芸を使いこなしてこそ大人。でないと「正直者はばかを見る」。首相が何回うそをついても本質的責任を取らずにのうのうとしていられたのは、それらの「処世訓」を世間が是としているからか。うそに真剣に怒る正直者が報われる日は、いつ来る。(歩)2023年3月25日 東京新聞朝刊 11版 24ページ 「こちら特報部-日英の比較で見る虚偽答弁の重さ」から後半を引用 この記事の終わりの方で触れている「沖縄密約」の件は、当時首相であった佐藤栄作氏が己の保身のためにウソをついたわけではなく、敗戦がきっかけで占領された沖縄を祖国復帰させる必要がありそこに「東西冷戦」の要素が絡んでいたために、当時の政権としてはやむを得ず「密約とせざるを得ない」と判断したもので、数年前の安倍政権の虚偽答弁とは雲泥の差があります。安倍氏の場合は、子どもの頃から「ウソつき」の常習で、十数年前の朝日新聞にはその昔、安倍家で家事手伝いをしたという年配の女性がインタビューに応じて、晋三氏が小学生だった頃の夏休みに「晋ちゃん、宿題は済んだの?」と聞くと「うん、終わったよ」と言ってどこかへ遊びに行ってしまう。でも、机の上の宿題帳を見ると、どのページも真っ白だった。夏休みはきょうで終わりだし、仕方がないからお手伝いさんが、大人が書いたと悟られないように左手に鉛筆を持って、さも子どもが書いたような字で宿題帳を「代書」したとか、大学で卒論のゼミを担当した教授は、彼は一年間ゼミを欠席し続けて、当然卒論も未提出だったから、彼には「単位」を出さず、当然「留年」だろうと思いきや、3月末の卒業生名簿には彼の名前も印刷されており、裏口入学ならぬ「裏口卒業」というものもあったのかと驚いたものであった、というエピソードが語られてましたが、安倍首相の虚偽答弁はそういう子どもの頃からの虚言癖の延長線上にあるもので、国民はそういうレベルの「人間」を国民の代表として国会に送り出して良いものかどうか、厳しく自問しなければならないと思います。また、「権力の監視」が使命であるはずの新聞やテレビも、政治家のウソには厳しく対応するのが本来の「使命」であるはずで、こういう記事の締めの部分に「うそも方便」などという言葉を持ち出すのは、完全にピントがずれていると思います。「うそも方便」とは、かつての封建時代に権力者からの不当な弾圧を回避する知恵として被支配階級の者が、権力者に対し、その場逃れの小さなウソを言う事例を指すのであって、権力者のウソを「方便」だなどと言ってはならない。この記事の<デスクメモ>を書いた記者は、日本文化を正しく継承できていない危険性があると思います。
2023年04月06日
イギリスではコロナ感染防止のために「首相官邸ではパーティをしない」という規則があったにも関わらず、これを無視して数回パーティを開き、しかも議会に対しては「ルール違反はしていない」と虚偽答弁をして、それがウソだとバレたために現職の首相としては初めて「警察に罰金を支払う」という事態に至るという「事件」があったが、日本では安倍首相(当時)が議会で118回も虚偽答弁を繰り返していたことが、衆議院事務局の調査で明らかになっても、別に責任を問われたわけでもなかった。この「違い」について、3月25日の東京新聞は、次のように書いている; 英国のジョンソン元首相がピンチに陥っている。コロナ禍の最中、規制に反し首相官邸でパーティーが繰り返されていた問題で、議会に虚偽答弁をしたとして、追及されているのだ。最悪、議員失職までありうるという。かたや日本では、かつて安倍晋三元首相が在任時に「桜を見る会」問題に関して、118回も虚偽答弁を重ねたのにこうした追及は受けていない。なぜ日英でこうも違うのか、議会答弁の重さを考える。(西田直晃、山田祐一郎) 「胸に手を当てて、議会にうそをついたことがないと言える」 22日の英下院特権委員会。議場全体から視線が注がれる中、「事情聴取」の冒頭にジョンソン氏はこう宣誓した。 同氏は2020年、新型コロナウイルス拡大時の口ックダウン(都市封鎖)のさなか、首相官邸で開かれた規制違反のパーティーに参加していた。昨年1月の下院質疑で公式に謝罪し、4月には現職の首相として初めて警察当局に罰金を支払った。パーティーは複数回にわたり、首相辞任の引き金となった。今回の聴取は、下院で追及された同氏が「ルール違反はなかった」と繰り返していたことが発端。一連の言動が「議会を欺いた」と批判を浴び、下院議員の全会一致で特権委の開催が決まった。 特権委とは何か。議員が議会の動きを妨げた可能性がある際、議会から審査を依頼される常設委員会で、1990年代に前身の機関が発足している。名古屋大の近藤康史教授(政治学)によると、日本の国会の懲罰委員会に近く、開催頻度は数年に1回程度という。今回の委員長は野党労働党から出ており、6人の委員は会派ごとの議員数に応じて割り振られた。 近藤氏は「英国政府では古くから、虚偽答弁やハラスメントに厳しい『閣僚行動規範』があるが、この規範を犯したジョンソン氏自身が昨年、軽微な違反なら辞任しなくても済むように修正した。このような信用をおとしめる行動が特権委の開催を招いた」と語る。 英公共放送BBC(電子版)によると、同氏は、意図的にうそをついたかについては「当時、私が正直に知り、信じていたことに基づいていた」と否定。だが、世論調査会社ユーガブの調査では、国民の66%が「故意に議会を欺いた」と考え、「そうではない」は15%だった。 聴取後、特権委は「謝罪」「職務停止」「除名」のいずれかを下院に勧告し、妥当性を下院が判断することになる。除名なら当然失職だが、職務停止でも停職期間によってはその後所属選挙区内でリコール投票が行われ、有権者の一割の署名があれば失職となる。 成蹊大の高安健将教授(英国政治)は「議会の動きを妨げたことは、議員が特別視される英国では大きな罪となる」と指摘。「勧告は政権全体のイメージに影響を与える。他の議員たちは『この人も同じか』と思われるのを恐れて行動することになるので、特権委の持つ機能は大きい」。下院での採決時、現与党でジョンソン氏が党首を務めていた保守党は自由投票の方針を示している。 「一連のパーティーの開催について、英国民の注目度は依然として高い」と語るのは、同志社大の吉田徹教授(比較政治)。強い言葉でジョンソン氏を非難する特権委の姿勢を「英国議会では、本会議も委員会も与野党が丁々発止でぶつかり合い、言葉からにじみ出る議員の人柄を国民は注視しているから」と説明し、こう続ける。 「言葉の重みに対する感覚や熟議の文化が育まれていない日本とは、その点に差が生まれている」2023年3月25日 東京新聞朝刊 11版 24ページ 「こちら特報部-日英の比較で見る虚偽答弁の重さ」から前半を引用 この記事は、発展途上の「日本民主主義」が今後健全に発展するための「道筋」を考える上で参考になると思います。この記事では「英国政府では古くから、虚偽答弁やハラスメントに厳しい『閣僚行動規範』」というものがあるなどと書いて、英国特有の奇抜なシステムであるかのように表現しているが、やはり人間社会の常識として「うそをつくこと」を許すのはダメなのであって、その職責に応じた重さの「責任」を負わせることによって、政治が不当に歪められることを防止する必要があるわけで、わが国においても国情に即した法律の整備が望まれると思います。
2023年04月05日
国際社会で著しく存在感を発揮している中国と、最近あまりパッとしないアメリカについて、東京新聞外報部記者の中沢穣氏は、3月25日の同紙に次のように書いている; サウジアラビアとイランが中国の仲介で外交関係の正常化で合意した。中東における米国の影響力低下だけでなく、「人権重視」を掲げるバイデン米政権の外交の行き詰まりも象徴する。 サウジ、イラン、中国の3力国で共通するのは、国内の人権問題が米国から批判を浴びていることだ。さらに米国の圧力にもかかわらず、批判されている人権問題がちっとも改善していないという点も共通している。例えば中国をめぐっては、米国は習近平政権による少数民族ウイグル族への弾圧を問題視して制裁を強めてきたが、ウイグル族の人権状況は改善の兆しが見えない。サウジについても、バイデン政権は2018年の記者殺害事件を批判してきた。原油高に悩むバイデン大統領は昨年7月、人権問題を脇に置いて石油増産を求めたが、サウジに袖にされた。 3月10日に発表された3力国の共同声明では、主権尊重と内政不干渉が盛り込まれた。人権侵害に対する米国の批判が念頭にあり、内政不干渉の原則を盾に批判をはね返す意図があるのは明確だ。 習氏は昨年春に「グローバル安全保障イニシアチブ」構想を提唱した。構想は、対話を通じた紛争解決や中国との安保協力を各国に呼びかけるとともに、「内政に干渉せず、各国の社会制度を尊重する」とも強調していた。習政権は、人権よりも国家権力の安定や治安維持を優先する世界秩序の形成を目指しており、今回の3力国合意はその成功例と位置づけられる。 習氏は欧米への不信感を隠さない。3月に行われた全国人民代表大会(全人代)の期間中、民間企業経営者らとの会合で「米国が率いる西側国家が全方位的な封じ込め、包囲網、圧力を強め、わが国の発展にかつてなく厳しい挑戦をもたらしている」と米国を名指しで批判した。中国は世界のリーダーへと発展する道を歩んでいるが、米国が妨害しているという世界観だ。 今回の3力国合意によって少なくとも中東地域では中国の存在感が増すとみられ、中国紙、環球時報の編集長だった胡錫進(こしゃくしん)氏は同紙への寄稿で「米国は内心苦々しく感じているはずだ」と指摘する。実際、人権を重視するバイデン外交は人権侵害を止められなかったばかりか、人権侵害が指摘される3力国の結束を強めてしまった。 一方で米中関係には対立以外の側面もある。米中の貿易額は昨年、過去最高を記録した。サウジとイランの関係正常化も中東に安定をもたらすことが期待でき、米国にとっても悪い話ではない。 習政権は昨年秋、欧米や日本との対話路線にかじを切った。中国経済に依存する日本にとって安定した日中関係は利益が大きい。一方で、人権侵害への批判が絶えない大国とどのように対話を進めるか、日本も米国も難しい課題と向き合うことになる。(外報部)2023年3月25日 東京新聞朝刊 11版 6ページ 「視点・私はこう見る-米『人権重視』の行き詰まりも象徴」から引用 この記事は、国際社会における大国の力関係の移り変わりをよく表現できていると思います。そもそも、バイデン政権が「人権尊重」を外交の柱にすると言っても、自らの国内で警察官が黒人容疑者を路上で殺害する事件が起きたりする状況であり、偉そうに他国に「人権尊重」を求められる「立場」でないことは明らかで、その分「発言」に迫力を欠いてしまうわけで、それに比べれば、「内政不干渉」を盾にしてこれまでアメリカから批判されてきた国々の「結束」を図るというのは、中国の「作戦勝ち」と言えます。その上、中国の仲介によって中東にもたらされる「平和」は「米国にとっても悪い話ではない」となれば、中国外交はますます「非の打ち所がない」と言える状態になるわけで、これからは中国を中心に発展する「世界」になっていくと思います。
2023年04月04日
最近は斜陽の傾向を見せているアメリカに比べ、国際社会でますます存在感を高めている中国について、毎日新聞専門編集委員の坂東賢治氏は3月25日の同紙に、次のように書いている; サウジアラビアはインドに次ぐ武器輸入国で、世界最大の武器輸出国である米国の一番の顧客である。今月初め、その国が中国の新鋭ミサイル駆逐艦12隻を購入するという情報が流れ、軍事ビジネスの世界を驚かせた。 「中国版イージス」とも呼ばれる昆明級駆逐艦で実現すれば1兆円を超える取引になるという。米国も神経をとがらせ、オースティン米国防長官がサウジに購入断念を迫ったと伝えられる。 昨年11月に広東省珠海で開かれた中国最大の航空ショーではやはりサウジが20億ドルの大口契約を発注したと報じられた。大半はロシアのウクライナ侵攻でも注目される軍事用ドローンという。 中国で年に1度開かれる全国人民代表大会で習近平国家主席が3選を決めた今月10日、長年にわたって敵対してきたサウジとイランが中国の仲介で7年ぶりの外交関係正常化に合意した。 3国の共同声明の英文版には「習近平国家主席閣下の崇高なイニシアチブに応えて」という表現があった。祝賀の意味も込めて外交当局が周到に準備した成果であることをうかがわせた。 イラク戦争20年を前にオースティン氏が中東を歴訪し、イランの脅威を訴えた直後の発表でもあった。戦後長く中東に影響力を行使してきた米国の「退潮」を国際社会に示すことにもつながった。 ◇ ◇ 第二次大戦後の中東地図を大きく変えたのが1956年のスエズ戦争といわれる。エジプトのナセル大統領が英国の支配下にあったスエズ運河の国有化を宣言。これに反発したイスラエルや英仏がエジプトに侵攻した。エジプトは戦闘では勝ち目がなかったが、国際世論を味方にした。アイゼンハワー米大統領が英仏を支援せず、即時停戦を求め、孤立した英仏が国連の停戦勧告を受け入れた。運河国有化を成し遂げたナセル氏は「アラブの英雄」になった。 「今日世界には米ソ2大国があるだけだ。英仏はしかるべき地位、大国でもない地位に押しやられた」。若き高官だった後のサダト・エジプト大統領の言葉という。 ナセル氏は米ソ対立を利用しながらどちらにもくみしない非同盟の第三世界の盟主として指導力を発揮した。スエズ戦争の年にエジプトと国交を結んだ中国も中東の独自性発揮を支持した。 当時、中国の影響力は限定的だったが、今では中東の石油や天然ガスの最大の顧客が中国だ。中国にとっては安定的にエネルギーを確保するために中東の平和、シーレーンの確保が欠かせない。 米中対立の中、中東諸国が今後、かつてのナセル氏のように動くという見方もある。米中どちらにもくみせず、双方から得られるものを得ようというわけだ。サウジの動きはその第一歩かもしれない。 ◇ ◇ 武漢での新型コロナウイルスの流行直後に中国外務省報道官に就任した趙立堅氏が1月、目立たない役職の国境海洋事務局副局長に異動した。SNS(ネット交流サービス)で攻撃的な対外発信を続け、「戦狼(せんろう)外交」の代表格といわれた人物だ。昇格でもなく、「戦狼外交」の転換を示す人事とも受け止められた。 米国を批判する対外発信は続いている。中国外務省は2月以来、米国の「麻薬中毒」「銃犯罪」「覇権とその弊害」「民主主義の実態」をまとめた文書を公表した。南半球に多く「グローバルサウス」と呼ばれる新興国や途上国に向け、米国は信頼に足らないと宣伝する狙いが色濃い。米国の人権外交をいやがる中東も当然、対象だろう。 一方で米国以外への批判のトーンは下がった。むしろ中国への理解を深めようとする宣伝術が目立つ。2月に公表した「グローバル安全保障イニシアチブ(GSI)」の概念文書が好例だろう。「主権尊重、領土保全、平等、内政不干渉」を原則に国運中心の安全保障環境の確立を求め、米国との差別化を図っている。 ウクライナについて停戦や対話、人道危機の解決、民間人や捕虜の保護、原発の安全確保、核不使用などを盛り込んだポジションペーパーを発表したのもその一環で、サウジ、イランの仲介は成功例という位置づけだ。 中国外務省は習近平国家主席の訪露を「和平の旅」と位置づけた。対米共闘を見せつけるような共同声明を読めば、米側に立つ日本や欧州諸国は鼻白むだろうが、宣伝戦の対象は欧米ではない。重視しているのは「グローバルサウス」がどう受け止めるかだ。 ロシアとも一定の距離は置いている。今回の声明と昨年2月の北京冬季五輪開会式にプーチン露大統領が訪中した際の共同声明を比べると、重要な違いがある。「両国の友好に限界はなく、協力にタブーはない」という表現が消えたのだ。ウクライナ侵攻に踏み切ったことに中国が不快感を示しだのではないか。2023年3月25日 毎日新聞朝刊 13版 9ページ 「外事大事-『戦狼』薄める中国外交」から引用 この記事のポイントは、スエズ戦争の当時、エジプトと国交を結んだ中国の影響力は限定的であったが、今では中東の石油・天然ガスの最大の顧客であるため、これまで武器や防衛関係の製品輸入はアメリカ一辺倒だったサウジアラビアが中国の駆逐艦その他の武器を購入するし、中国の言うことを聞いてイランとも和睦することになったという点です。一昔前であれば、軍隊を派遣して武力制圧して市場を開放させたり労働力を提供させたりしたものでしたが、現代は経済関係を元にして連携する関係を作り上げる手法がとられているわけです。そういう観点から考えると、日本も最大の貿易相手国はアメリカを抜いて中国がダントツの相手国となっており、太平洋を隔てた遠いアメリカと連携するよりは近くの中国とより緊密に連携するほうが合理的であることは一目瞭然で、近い将来はそのような「転換」を迫られる時が来ると思われます。そのような時に、政治を担当する者が事態を適切に判断して、変化に相応しい対応を取れるかどうか。政治家としての地位を親から引き継いだだけの世襲の政治家は既得権益にしがみつくばかりで、国の将来を一顧だにしないということになれば、私たちの日本はまたもや「国の進路」について過ちを侵すことにもなりかねません。選挙にあたっては、将来への見通しがしっかりした候補者を選びたいものです。
2023年04月03日
岸田首相が戦争中のウクライナを訪問するのに広島名産の「必勝しゃもじ」を手土産にしたことを、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は3月25日の同紙で、次のように批判している; ウクライナを訪問した岸田文雄首相は、ゼレンスキー大統領への手土産に地元広島の名産品「必勝しゃもじ」を贈ったそうだ。敵を「飯(召し)とる」の語呂合わせで、出征兵士が厳島神社に奉納した時代もあったが、今は選挙などに使われる縁起物らしい。 外交儀礼にしても、これはいただけない。無神経や悪趣味を超えて、もはや非礼に当たりやしまいか。戦時と平時の区切りがあやふやな惰性の外交センスを危ぶむ。 平和のためであるはずの防備が、いつの間にか戦争への準備に置き換わっている。そんな戦時・平時の見境のなさこそ「新たな戦前」の日常感に他なるまい。 それにしても現在の「戦前」は、いつ始まっていたのだろう。思い出すのは1991年1月に湾岸戦争が始まり、日本が初の自衛隊海外派遣を決めた頃のこと。哲学者の柄谷行人氏が「実際に戦争があろうとあるまいと、自分を<戦前>において考える。あの戦前を反復しないためにそれが必要だ」と訴えた。でも、作家の中上健次氏らと戦争反対の文学者声明を出すと、これを冷笑し、批判する空気が日本にはあった。前年11月、柄谷氏は米プリンストン大学とシカゴ大学で「帝国とネーション」と題し、こんな話をしている。 サンフランシスコで文学者の世界大会に出たら、ソ連・東欧の文学者が語るナショナリズムがあまりに露骨で驚いた。代表例はウクライナで十数年投獄されていたという作家の叫び。「私は人類である前にウクライナ人である」 これにフランスの女性が反論した。「我々は個人よりフランス人を、フランス人よりヨーロッパ人を、ヨーロッパ人より人類を上位に置いた哲学者、モンテスキューの精神に帰るべきだ」 大会の1ヵ月前、東西ドイツ統一。約1年後、ソ連が消えた。以来30余年。世界は今なおソ連解体の失敗にあえぎ、ウクライナ人は表現こそ違え、もっと激しいナショナリズムを叫び、今や日本は国を挙げてそれを支援する。 今週20日はイラク戦争開戦20年。国連決議なしに戦争を強行した米英両国は翌年、開戦理由の大量破壊兵器はなかったと認めたが、陸上部隊を出した日本は、開戦支持の誤りをいまだに認めていない。23日の国会で質問された岸田氏は「(それでも)妥当性を失うものではない」と開き直った。 戦前に身をおく「思考実験」を続けた柄谷氏は昨年、「哲学のノーベル賞」をめざす米バーグルエン賞を受賞。授賞理由はグローバル資本主義とナショナリズムへの独創的批判だ。(専門編集委員)2023年3月25日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-戦前に身をおき考える」から引用 戦争の当事国を訪問するのに手土産に「必勝しゃもじ」は、伊藤氏が指摘するように命がけの戦いをしている当事者に対して実に失礼な話で、常識を疑うとはこのようなケースを表現する「言葉」である。ウクライナ紛争に対する日本の立場は「ただウクライナを応援する」のではなく、平和国家としてどのように戦闘を停止させるべきかを考え、提案することであって、アメリカの言いなりに武装を強化すればいいというものではないはずだ。 ところで、私がこの記事で気にかかるのは「世界は今なおソ連解体の失敗にあえいでいる」との表現である。日本語特有の曖昧な表現で「ぼかし」を効かせているが、「世界がソ連とその衛星国を追い詰めて解体させてしまったのは失敗だった」「追い詰めるのではなく、必要な支援を施して将来あり得べき社会体制の一つとしてのモデル・ケースを成功させるべきであった」と読める。しかし、毎日新聞読者の果たして何パーセントが、そのように筆者の考えを理解しているのか、大変興味深く思う。
2023年04月02日
アメリカは情報公開の制度が発達しており、アメリカ国民のみならず外国人が請求しても公開されるというアメリカの制度について、3月22日の東京新聞は次のように報道している; 公文書の保存や開示を軽んじる問題が相次ぐ日本で、米国の情報公開制度(FOIA)に注目が集まっている。米国民はもとより海外の研究者やジャーナリストも利用できる。制度を駆使して在日米軍基地由来の有機フッ素化合物(PFAS)汚染の実態などを明らかにしてきた英国人記者ジョン・ミッチェルさん(48)=川崎市在住=は「日本の人たちこそ積極的に活用すべきだ」と訴える。(竹谷直子) 「日米地位協定により米軍は日本の法律に従わなくてもいいが、米国の法律に従わなくてはいけない。FOIAは基地内で何か起きているかを調べるための強力なツール」。ミッチェルさんは力を込める。 初めてFOIAを利用したのは2014年。沖縄に持ち込まれた枯れ葉剤の影響を調べるためだったという。粘り強い交渉で1年以上かけて内部文書を開示させた。「当時、どう使えばいいのか分からずミスもたくさんした」というミッチェルさんだが、今では「FOIAオタク」を自認するほど、制度を使って数々のスクープを手掛けてきた。日本でも多くの人に利用してほしいと今年1月、ノウハウをまとめた「『情報自由法』で社会を変える!」(岩波ブックレット)も出版している。 「FOIAの使い方は実はとてもシンプル。米国政府は原則すべての公文書を公開しなければならないためだ。誰でも公文書を手に入れる『情報の自由』は、基本的人権の基盤だが、そこが日本ではあまり理解されていない」 米国の情報公開制度は1966年に成立した。使い勝手がよいように育て上げたのは、制度を使い続けてきたジャーナリストたちだという。 「公文書に光を当てることで政府はより誠実になり、情報を隠せなくなる。米国ではドナルド・トランプやジョー・バイデンの調査なども含めてFOIAが非常に多く使われている」。政府に情報公開を促す週間も毎年あり、多くの新聞がキャンペーンに取り組んでいるという。 米国では連邦政府公報や各省庁の「閲覧室」などですでに公開されている情報もあり、基本的にオンライン検索が可能という。これらで入手できないものを公開請求することになる。ミッチェルさんは「アメリカ政府がつくった文書、ビデオ、写真、メール、手紙、ボイスレコーダーなどを要求できる」と話す。 ブックレットでは、FOIAを使った自らの実践例を詳しく紹介。例えば、2016年には沖縄に赴任する海兵隊員の新任研修が沖縄の人々を見下し、侮辱する内容だったことをスクープしている。報道の反響は大きく、在日米海兵隊のトップは、研修内容の見直しを約束した。冊子には申請のためのテンプレートも複数掲載している。「請求後に「NO」と言われたらあきらめがちだが、決してあきらめるべきではない。丁寧に我慢強くしつこく要求し続ければ、文書は手に入る」。実際、日本でも沖縄県がFOIAを使って米軍基地内の情報を入手しているという。 情報公開請求が重要なのは、日本政府に対しても同じだと言う。「情報はもちろん公共のものだ」とミッチェルさん。十分な議論のないまま安全保障政策の大転換を決めた岸田文雄政権の動きに触れ、「今は歴史的にも危険な時代に突入している。政府がどのように税金を使って何をしようとしているのか、何が将来起きるのかを知る必要がある」と強調した。2023年3月22日 東京新聞朝刊 11版 20ページ 「沖縄基地内知る 米の情報公開制度『日本人は積極的活用を』」から引用 アメリカと言えば高度に発達した資本主義の国で、極少数の億万長者と多くのラストベルトに住む労働者たちの国という印象であるが、さすがに日本に「民主主義」を教えた国だけあって、情報公開制度というものがあって、国民の請求に限らず、外国人の請求にも誠実に応える義務をもっているらしい。自国民と外国籍を差別したがる日本政府とは「雲泥の差」である。日本にも、情報公開の制度はないわけではないが、日本政府の場合は都合の悪い部分は「黒塗り」するという悪い習慣があるのが問題で、下手をすると全ページ真っ黒という資料が出てくる場合もあり、国民をなめているとしか考えられません。それにしても、この記事で「さすがはアメリカ」と思わせる記述は、アメリカには「政府に情報公開を促す週間がある」という一文です。日本でも「○○週間」というものはありますが、私の認識では多くの場合、政府やお役所が国民に呼びかける「週間」で、国民の方から政府に呼びかけるという「発想」は思いもよらないことのように感じました。
2023年04月01日
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