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衆参いずれかの4分の1以上の議員が要求した場合、内閣は臨時国会を召集しなければならないと憲法53条に定められているにも関わらず、2017年の安倍内閣がこの規定に反して98日間、臨時国会を開かず議員の要求を無視し続けたのは憲法違反であると野党議員が訴えた裁判で、最高裁が野党議員の訴えを棄却したことを、13日の東京新聞は次のように報道している; 安倍内閣が2017年、臨時国会の召集要求に約3ヵ月応じなかったのは違憲だとして、立憲民主や共産などの野党の国会議員ら6人が国に損害賠償を求めた3件の訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(長嶺安政裁判長)は12日、原告側の上告を棄却した。いずれも原告側が敗訴した高裁・高裁支部判決が確定した。5人の裁判官のうち、行政法学者出身の宇賀克也裁判官は反対意見を付けた。 憲法53条は衆参いずれかの4分の1以上の議員が要求すれば、内閣は臨時国会召集を決定しなければいけないと定めている。最高裁が53条について判断を示したのは初。判決は「召集要求がされた場合、内閣が召集決定をする義務を負う」とした上で「個々の国会議員の権利を保障したものではない」と指摘。個人の損害救済を図る国家賠償法の適用対象ではないとし、安倍内閣の対応の違憲性を判断せずに訴えを退けた。 宇賀裁判官は要求から召集までの合理的期間を「20日以内」と具体的に示し「臨時国会での審議を妨げられるのは議員の利益の侵害」と主張。安倍内閣の対応は「特段の事情がない限り違法」として賠償命令が相当とする意見を付けた。 野党議員らは17年6月22日、森友学園や加計学園を巡る疑惑追及のため、臨時国会の召集を要求。請求議員数は衆参とも必要な人数を超えていたが、安倍内閣が召集したのは98日後で、冒頭で衆院を解散した。議員らは臨時国会で質疑や討論をする権利を違法に侵害されたとし、東京、岡山、那覇の3地裁に提訴した。 二審で福岡高裁那覇支部と広島高裁岡山支部は「合理的期間内の召集決定は憲法上の義務」と示し、要求に応じないことは「違憲の余地がある」との一審の判断をそれぞれ支持した。しかし、3訴訟とも国家賠償法の救済対象外として訴えを退けていた。【解説】論戦失われ憲法死文化 一、二審に続き最高裁も、重大な憲法問題から目をそむけた。憲法53条で臨時国会の召集を内閣の義務と定めているのに、政府がその義務を迅速に果たさない事態を、このまま常態化させていいのか。疑問が残る。 野党の臨時国会の召集要求が放置された例は以前からあったが、第2次安倍政権以降は特に顕著だ。2015年9月に成立した安全保障関連法の運用などを巡って野党が召集要求した際は、応じないまま通常国会を迎えた。21年に80日間応じなかった菅政権は「憲法に召集時期の規定はない」などと反論し、召集の遅れを正当化した。 59条を巡り、自民党は野党時代の12年にまとめた改憲草案で「要求から20日以内の召集」を義務づける内容を盛り込んだ。 にもかかわらず、昨年秋に立憲民主や日本維新の会など5党が衆院に共同提出した同じ内容の国会法改正案には、まったく審議に応じる姿勢を見せていない。 「数の支配」が生じやすい国会で、53条は少数派の意見を尊重する重要な規定だ。さまざまな国民を代表する国会議員たちの論戦の足場が失われることを放置すれば、53条の死文化にとどまらず、民主主義、立憲主義の劣化をも引き起こす。最高裁には「憲法の番人」として、この危機的な状況に正面から向き合ってほしかった。(太田理英子)【用語解説】臨時国会の召集 憲法53条は「内閣は臨時国会の召集を決定できる。いずれかの議院の総議員の4分の1以上の議員の要求があれば、内閣は召集を決定しなければいけない」と定める。召集までの期限について具体的な規定はなく、政府は「合理的期間内」に召集を決定することが義務と解釈している。現行憲法下では計40回の召集要求があり、佐藤栄作政権時の1970年には、召集まで歴代最長の176日間を要した。2023年9月13日 東京新聞朝刊 12版 1ページ 「国会召集訴訟 上告を棄却」から引用 この度の裁判は地裁、高裁、最高裁といずれも自民党政権を忖度し、司法の責任を放棄した残念な判決であった。裁判を始める元となった2017年に野党が開催を要求した臨時国会は、安倍政権が森友学園に国有地を不当に安い値段で売却した原因に安倍首相が関与していた疑いがあるとか、加計学園の獣医学部新設も経営者が安倍首相と懇意の人物であるために文科省が忖度して、普通では通らない「獣医学部新設」を無理やり通した、その事実を裏付ける「安倍総理案件」と明記した公文書も愛媛県庁に保管されていた事実も明るみに出た、という状況の下、安倍政権がそれらの「新事実」を隠蔽するために、野党議員の「臨時国会開催要求」は握りつぶす以外にないという安倍首相の判断で実施された憲法違反の事案であった。それを、請求があってから臨時国会開催までの「日数」が、憲法に記載されていないから、とか、98日目には開催したのだから、無視したわけではない、などと言うのは、まったく「理由」にも「言い訳」にもなりません。最高裁がこのようなデタラメな判決を出すようでは、この国の民主主義は遠からず立ちゆかなくなりますから、国民は司法界の刷新を考えなければなりません。今回の判決に、唯一反対意見を出した宇賀克也裁判官だけは、次の国政選挙で実施される「裁判官国民審査投票」で「○」をつけ、他の裁判官は全員「×」をつけるべきだと思います。
2023年09月30日
今までALPSで処理した後は陸上のタンクに保管してきた福島第一原発の「処理水」を、地元漁業関係者との約束も反故にして海洋放出を始めた政府と東京電力のやり方を、メディアはどう報道したか。弁護士の白神優理子氏は、10日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 東京電力福島第1原発事故で発生した汚染水(アルプス処理水)の海洋放出を強行した岸田政権。「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」という約束に反する蛮行ですが、「赤旗」を除けば、明確に中止を求める全国紙はありません。放出を開始した翌日(8月25日付)の各紙朝刊の見出しをあらためてみて、驚きました。 「朝日」は「国産全水産物 中国が禁輸 日本政府抗議、撤廃求める」、「毎日」は「中国、水産物全面禁輸」。すでに視点は放出の是非ではなく、中国の対応に置かれています。 一方、ブロック紙の「東京」は「漁師みんな泣いている 福島葛藤の海」、しんぶん「赤旗」は「廃炉見通しないまま 漁民との約束東電沈黙」。いずれも視点は漁民など被害を受ける側に置いています。 8月25日付以外の紙面・社説をみても-。 「朝日」(23日付)は「計画通りに運用される限り、科学的に安全な基準を満たすと考えられる」と政府説明をうのみ。「毎日」(同日付)も「処理水は今も日々90トンずつ増えており、このままでは廃炉作業の支障になりかねない」と、やはり放出を既定路線としています。 他方、地方紙の社説は・・・。「その場しのぎの『約束』とも『方便』ともつかぬ言葉で課題や矛盾が先送りされ、最後はなし崩し的に国と電力会社の都合がまかり通る」(河北新報同日付)と辛らつです。 琉球新報は「理解が得られない中での放出開始は認められない」「『寄り添う』と言いながら地元の思いを顧みず、既定方針を進めていくやり方は沖縄の米軍基地問題にも通底する。問われているのはこの国の民主主義の在り方だ」(同日付)と本質を問います。 まさに問われているのは政治の大原則、民主主義です。約束をほごにする政府に迎合していては、メディアは「権力監視」の役割は果たせません。(しらが・ゆりこ=弁護士)2023年9月10日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-汚染水放出 政府に迎合」から引用 朝日新聞や毎日新聞は、政府が安全だと言ってるから安全なのだろうという無責任な論評をしており、本来のジャーナリズムであれば「政府が安全だと言ってる根拠は何なのか」を突き止めて、言ってることに間違いがないことを確認してから、それを根拠に「安全が確認されているのだから、支持できる」というふうに具体的な論評をするべきなのだ。しかし、実際にはIAEAから人が来ても、何か測定作業をしたわけでもなく、単に施設を見学して通り一遍の一般論風のコメントを出しただけで、東京電力が出している測定データーはトリチウム検出専用の測定器で、これではセシウムやその他の放射線はレンジが異なるため測定が出来ていない、などの「不具合」が発覚しているのに、そういう問題には一言も触れず、とにかく政府と東電の言分をそのまま踏襲するという、まるで盧溝橋事変とか真珠湾攻撃のような、政府が始めてしまったことには今さら疑義を唱えるようなことは避けて迎合体制に入った、あの時代の雰囲気が蘇ったような気分を感じました。私たちの社会は、またしても変な方向へ進み出しているのではないでしょうか。
2023年09月29日
松野博一官房長官が関東大震災時の朝鮮人虐殺について、政府には記録が見当たらないなどと「虚偽」の発言をしたことについて、10日の朝日新聞社説は次のように批判している; 史実を消すことはあってはならない。歴史の教訓から学ぶには真相の究明が必要だ。 関東大震災の際、流言を信じた市民や軍、警察によって朝鮮半島出身の人たちなどが虐殺された。この歴史的事実について、政府が「記録がない」といい続けている。 松野博一官房長官は記者会見で「政府内には事実関係を確認することのできる記録が見当たらない」と述べた。国会では複数の大臣が同じ言葉を並べ、調査の必要性も否定した。国の責任をなし崩しでうやむやにする、危うい歴史修正主義ではないか。 政府の中央防災会議の専門調査会が09年に公表した報告書には「殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かった」などと記されている。 松野氏は「政府の見解ではない」というが、会議の会長は首相だ。内容を認めないなら根拠を示すべきだ。報告書は軍や警察の資料などに基づくと明記されており、立派な「記録」だ。「記録がない」という説明は理解に苦しむ。 虐殺の事実を示す記録は、ほかにもある。 関東戒厳司令部が軍の報告に基づき作った調査表には、複数の朝鮮人が警備のため射殺されるなどしたとある。東京都公文書館の所蔵だ。 防衛省防衛研究所が保管する1923年9月3日の内務省警保局長の電文には「朝鮮人ハ各地二放火シ、不逞ノ目的ヲ遂行」とあり、同省が流言を事実とみなして取り締まりを指示したことがわかる。 横浜の市民団体は先日、神奈川県が内務省に虐殺の状況を報告したとみられる文書が見つかったと発表した。田中正敬・専修大教授(朝鮮近代史)は「埋もれている資料はたくさんある。体系化する必要がある」と話す。 問題はこれほどの大事件について、政府が真相の究明を怠ってきたことにある。 100年前の帝国議会で、内務省の電文を元に「政府自ら出した流言飛語に責任を感じないか」とただされ、山本権兵衛首相は「目下取り調べ進行中」と答えた。調査に消極的な政府の姿勢はそれ以来一貫しているともいえる。 どこでどれだけの人が亡くなり、どうして軍や警察、民衆が加害者となったのか。政府は今からでも各省庁に資料の精査を指示して実態に迫り、被害者に謝罪すべきだ。 近年、まことしやかに流れる「正当防衛だった」といった根拠のない論を封じるには、真相究明への姿勢を政府が示すことが必要だ。差別や偏見に基づく人権侵害をくり返さないために、私たちは知らなければならない。2023年9月10日 朝日新聞朝刊 13版 8ページ 「社説-史実の抹消は許されぬ」から引用 総理大臣が会長を務めた中央防災会議がまとめた報告書に書かれた「結論」が「政府の見解ではない」という話は、ウソがばれてヤケクソになった子どもが言いそうな「理屈にならない言い訳」である。現職の政府高官が、メディアに訊ねられて白昼堂々と虚偽発言するのは、政局を揺るがす大スキャンダルのはずなのに、通り一遍の「社説」を掲載しただけで、後は何事も無かったかのように平穏な日常に戻るというのは、おかしい。まるで、朝日としては「一応、批判はしましたからね、後は国民の中から大した反応も起きなかったのですから、その辺はメディアの責任ではありませんから」とでも言うのかも知れないが、それで終わってしまうのでは、「同じ過ちを繰り返さないように」という願いは叶えられなず、人々は進歩のない社会で苦しみ続けることになる。この問題は、今後も執拗に追及されて然るべきである。
2023年09月28日
ウクライナの紛争は、どのようなシナリオで停戦に辿り着くことが出来るか。神戸女学院大学名誉教授で凱風館館長の内田樹氏は、10日の東京新聞コラムに、次のように書いている; ウクライナとロシアの停戦はありうるかという質問をある媒体から受けた。私は国際政治についてはただの素人である。私の意見は「床屋政談」の域を出ない。それでもよいならという条件でこんなことを書いた。 ウクライナにとっての「国土回復」はロシアにとっての「国土喪失」であるというゼロサムゲームを両国は戦っている。戦力は拮抗(きっこう)していて、どちらかの国が圧倒的勝利を収めるという終わり方は今のところなさそうである。ロシアは憲法で領土割譲を認めていないのでロシアには「停戦のための領土的譲歩」という外交カードがない。軍事的勝利以外にプーチン大統領には自分が始めた「特別軍事作戦」の出口がない。領土的既得権を失うかたちでの停戦はプーチンの政権基盤を危うくし、失権のリスクがある。だから、プーチンは自分からは絶対に譲歩しない。 一方、ゼレンスキー大統領はその「ぶれない姿勢」でウクライナ国民と欧米諸国の支持を集めている。もし彼がロシアと水面下の交渉をしているという情報がリーグされたら国民は失望するだろう。国民からの信認はゼレンスキーの唯一の権力基盤である。だから、ゼレンスキーも国民の合意を取り付けた後にしか譲歩を試みることができない。 ◇ ◆ ◇ 完全なデッドロックである。状況が変わるとしたら、両国の指導者のどちらかが何らかの理由で(反政府運動かクーデターかあるいは健康上の理由かで)地位を去る場合である。 プーチンは自分の地位を狙う政敵はほぼ完全に排除してきたから権力中枢に残ったのは無能なイエスマンばかりである。プリゴジンのような素人が軍事に口出しするというような異常なことが起きたのは多分そのせいだ。軍は戦争に忙しく、治安当局は体制受益者であるからクーデターを企てるインセンティヴがない。クーデター以外の理由でプーチンがその座を去った場合も後継者は外交的な譲歩をしないだろう。すれば国民の支持を失うことが明らかだからだ。 ゼレンスキーの支持基盤は国民の愛国的な気分である。だから、何らかのシリアスな失策を犯した場合、失権する可能性はプーチンよりずっと高い。ゼレンスキーの後継者は国民と欧米諸国の厭戦(えんせん)気分を配慮して、領土的譲歩を呑む可能性はある。ロシアにとってはそれがとりあえず「最良のシナリオ」である。だから、今もロシアはウクライナ国民の厭戦気分と「反ゼレンスキー気分」を煽(あお)るために非戦闘員の殺害と偽情報攻勢を行っているはずである(あまり効果が上かっていないようだが)。 ◇ ◆ ◇ 停戦のもう一つの可能性は仲裁役の登場である。国連安保理もアメリカも戦争の当事者なので「時の氏神」にはなれない。できるとしたら、習近平主席だろう。習主席がウクライナに対して桁外れの金額の復興支援を約束した場合、ウクライナが「いったん停戦して、中国の金を使って『次の戦争ではロシアに勝てる国』づくりに勤(いそ)しむ」という選択をする可能性はある。これなら面子(めんつ)が立つから。 だが、仲裁が成功した時、中国は米国に代わってグローバル・リーダーの地位に就くことになる。だから米国は全力を挙げて中国による調停を妨害するだろう。その時、日本政府はどうするつもりだろう。何も考えていないような気がする。2023年9月10日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「時代を読む-ウクライナ停戦の条件」から引用 この記事を書いた内田氏は、自分は国際政治の専門家ではないから自分が書く文章は「床屋政談」のレベルであると、執筆依頼元に予めことわりを入れたとのことであるが、しかし、プーチン氏を取り巻くロシア国内の状況分析とか、ゼレンスキー氏を支持するウクライナの国内情勢の分析など、いろいろと条件を揃えた上で「もしこんなことになれば、こうなる」と大変具体的で説得力があるように感じられます。ロシアによる侵攻が始まって間もない頃は、トルコが間に入って仲介役をしたことがありましたが、これからは中国が仲裁役を果たす可能性は大きいと思います。無益な殺し合いは、なるべく早く終わりにして、出来るだけ多くの人々が平和に暮らせる時代にするべきだと思います。
2023年09月27日
岸田政権が、法的根拠もないのに安倍晋三議員の「国葬」を強行したことについて、政府が「記録集」を作成して発表したと、10日の東京新聞が報道している; 政府は、昨年9月に執り行った安倍晋三元首相の国葬の記録集を作成した。事務資料を整理した一方で、実施基準や経費の妥当性など課題を検証した有識者ヒアリングの内容は含まれなかった。巻頭に写真41ページ、本編は151ページあり、合計はほぼ200ページに及ぶ。本編に松野博一官房長官が「準備から執行、事後処理に至る概略を取りまとめた」と序文を寄せた。共同通信が記録集の写しを入手し、全容が判明した。 完成した記録集は内閣府の事務局が編集作業を進めた。内容は(1)国葬実施や予備費使用の閣議決定文書(2)実行幹事会の概要(3)当日の司会進行表(4)案内状と区分別の発送数(5)会場設営手順や参列者の送迎計画といった事務資料が並ぶ。岸田文雄首相や、友人代表の菅義偉前首相らの追悼の辞も収めた。参列者に当日配布したしおりには式次第とともに、安倍氏の写真、「夢」の揮毫、略歴が記載されていた。記録集は近く国会図書館で閲覧可能になる。 松野氏の序文は「憲政史上最長の8年8ヵ月にわたり首相の重責を担った」など国葬を決めた理由について従来の政府見解を示し、「故人の人柄と事跡をしのぼせるにふさわしい盛儀だった」と総括。記録集が「理解の一助となれば幸いです」と締めくくった。 ただ政府が昨年12月公表した有識者ヒアリングの論点整理には、実施に当たり政府や国会の事前調整が必要だったとの指摘が盛り込まれたのに対し、記録集では触れていない。 政府は過去にも公費支出した首相経験者の葬儀記録集を作成している。関係者は今回も前例に倣った構成だとして、検証や批判に触れなかったのは「有識者ヒアリングの論点整理を既に公表したため」と説明した。【解説】批判も後世に伝えるべき 安倍晋三元首相の国葬記録集に、実施基準の曖昧さや、約12億円かかった経費の妥当性を問う声は一切盛り込まれなかった。岸田文雄首相は検証の言葉を重ねて口にしてきたはず。政府が公式記録集を残すのは、この先、同様の儀式を執り行うことがある場合に、今回の事実関係を正しく後世へ伝えるためだ。さまざまな批判を含め、適切に記録すべきだ。 そもそも国葬実施の決定も拙速だったと批判された。首相は昨年9月の国葬開催の翌日「今後の議論に資するため、どういった根拠で国葬を行ったか記録に残す」と表明している。政府による有識者ヒアリングでは、合意形成努力が不十分との厳しい指摘も出た。にもかかわらず、ヒアリング結果を並べて作った論点整理を国会に報告しただけで、政府の主体的な分析や検証を避けてきた。 記録集には、国内外から多数が参列したといった肯定的側面が目立つ。一方で参列者名簿などは記載がない。国葬決定過程の詳細は分からず、厳しい世論への記述もない。政府の姿勢こそ後世に問われるのではないか。(共同・田川瑶子)【用語解説】安倍元首相の国葬 昨年7月、安倍晋三元首相が選挙遊説中に銃撃されて死去。岸田文雄首相は政府主催の葬儀を閣議決定し、9月27日に東京・日本武道館で営まれた。約12億円の経費は全額国費。戦後の首相経験者の国葬は1967年の吉田茂氏以来2例目だった。政府は法的根拠に閣議決定と、「国の儀式」を内閣府の所掌とする内閣府設置法を挙げたが、野党は曖昧だと批判した。2023年9月10日 東京新聞朝刊 12版 3ページ 「実施妥当性検証含まれず」から引用 岸田首相は、これまでにも何回か、立派そうなことを言ってはイザふたを開けてみると「なんだ、こりゃあ?」と言うような「結果」になることが度々あって、私はその度に「世襲の政治家がやるのはその程度なのだ」と批判してきたのであったが、今回の「安倍氏国葬」に関する報告書も、同じことの繰り返しであった。もともと「国葬」などというものは、下手をすると全国民に「弔意の表明」を強制することになりかねず、そうなればこれは明らかに「内心の自由」を重んじる憲法の精神に反するのであって、どんなに国に貢献した政治家であっても、せいぜい政府と与党の「合同葬」くらいにしておくのが妥当な所である。それを、己の「支持率向上」だけしかアタマにない岸田氏は、派手に「国葬」としてぶち上げれば、自分に対する「支持率」も上がるだろうと「皮算用」したのだが、結果は「ハズレ」であった。しかも、国民に約束した「報告書」は、まとめようとしても有識者の批判的な「指摘」は誤魔化しようがないと見るや、これは全面削除するなど、姑息なやり方にもほどがある。こういうくだらない政治を、批判もせずに傍観していては「国力」がどんどん衰退する一方であることを、国民はよく考えるべきだ。
2023年09月26日
日本人社会は「ジャニーズ性加害問題」を正しく解決して乗り越えられるのかどうか、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は9日の同紙に、次のように書いている; ジャニーズタレントの顔と名前も一致するかおぼつかない者にとって、事務所創業者の性加害事件は、その期間・規模・内容に今更驚くばかりだが、「マスメディアの沈黙」も温床だったと指弾されれば、取材分野は違っても記者の一人として考え込まされる。 芸能界は特殊だからとか、人の性的指向に口は出せないといった遠慮を超えて、芸能メディアには打算やそんたくがあっただろう。それでも、出版メディアは創業者の異常性について半世紀前から何度も警告していた。新聞は追及しなさすぎたが、裁判の判決はその都度報じている。しかし、それでは事件を止められなかった。 メディア(媒体)には影響力も責任もあるが、受け手に黙殺されれば、それも成り立たない。見聞きしたくないことに目と耳と口を塞いできたファンと社会は、純粋中立な第三者と言えるだろうか。 伝えた、伝わっていないの水掛け論に陥るのは、権力問題として突き詰められていないためだ。 被害者は未成年で、犯行の継続性・計画性・組織性は極めて悪質だ。これは権力者による人権侵害犯罪であり、「ジャニーズ帝国」とまで呼ばれた権力構造がなければ不可能だった。そもそも人権とは、権力関係において、強い者に対し、弱い者の立場・権利を守らせようという思想である。「絶対的な存在があり、下の者たちはそれを信じ行動していかなければならない状況が被害の拡大を生んだ」(東山紀之氏)「何だかえたいの知れない触れてはいけない空気というのはあった」(井ノ原快彦氏) 支配構造は会社内だけでなく、メディアを巻き込んだ業界の体制にまで浸透していたが、それだけでまだ「帝国」は築けない。 権力支配は、上からの一方的な強制だけでなく、支配される側の先を競い合う組織内での服従と、組織外でそれを傍観し、追従する沈黙が作り出す。服従と追従が自らの意思による支持だと思い込む人々が現れると、「帝国」は出来上がる。つまり、ファンと社会の沈黙が欠かせない。それ抜きにはメディアの沈黙も生じない。 かつては企業や政治など、多くの分野で大小の「帝国主義」が珍しくなかった。転換へのカギは、外からの民主的統制を受け入れるかどうか。メディアは警鐘を鳴らすが、扇動するわけではない。 ジャニーズ問題を民主主義政治の構造問題まで広げれば、鼻白む人もいる。だが、その程度の類推すら退けるようでは、知らぬ間に未知の「帝国臣民」になっていても気づけまい。(専門編集委員)2023年9月9日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-ジャニーズ帝国と沈黙」から引用 この記事は、始めのほうで「ジャニーズの性加害問題は主として週刊誌が報道するだけであったが、新聞であっても裁判で判決が出ればそれはそのとおりに報道はしてきている」と、言い訳がましく書いている。あまり大きく取り上げることがなかったのは、社会に「他人の性的嗜好をとやかく言うものではない」という意識が存在したからだとでも言いたげであるが、それもある程度事実であるのは間違いないので、しかし、最近、被害者のカミングアウトで加害/被害の実態が明らかになったからには、ジャニーズ事務所はこれまで通りの営利活動を継続することは許されないと思います。ジャニー喜多川の親族が保有する株式は即刻売却し、売上金の一部を数百人の被害者への補償金とし、残りを在籍するタレントの活動拠点として新たな事務所の立ち上げ資金とするべきで、犯罪者の名前を冠した事務所は解散するのが、この記事で言うところの「民主的規制を受け入れる」ことだと思います。
2023年09月25日
関東大震災の混乱に乗じて大杉栄らを殺害したという罪で懲役10年の有罪判決を受けた憲兵大尉・甘粕正彦は、その後どのような足跡を残したか、ルポライターの鎌田慧氏は5日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 100年前の9月。関東大震災下、軍隊、警官隊が朝鮮人や中国人、疑わしい日本人を大量に虐殺した。各地で一般市民も犯行に加担した。16日、皇居前の陸軍憲兵隊本部に連行されて殺害された大杉栄(38)、伊藤野枝(28)、大杉のおい・橘宗一(6)は、全裸で菰(こも)包みにされ、古井戸に捨てられ瓦礫(がれき)を投げこまれた。証拠隠滅のためだった。 年表や歴史書には犯人は憲兵隊大尉の甘粕正彦ら、と記述されている。確かに新宿の大杉宅付近から大手町の憲兵隊本部ヘクルマで運んだのは甘粕だ。しかし、殺害現場にいたのかどうか。3人を殺して、軍法会議の判決は甘粕が懲役10年、一緒に連行した森慶次郎曹長が懲役3年。実刑はこの2人だけ。あとの同行者3人は無罪だった。 それも甘粕は2年半、森は1年半で出獄した。当時の新聞記事や甘粕の獄中記「獄中に於ける予の感想」などを精読すると、殺害方法に全くリアリティーがない(拙著「大杉榮(さかえ) 自由への疾走」、1997年)。 甘粕は陸軍の資金で1年半ほどフランスへ逃れ、やがて「満州」にわたって、溥儀(ふぎ)の護衛など歴史の裏面で動いていた。満映理事長の時に敗戦。 「大ばくち 身ぐるみ脱いで すってんてん」。自死の辞世だった。大ばくち。それは大杉殺害の身代わりと出世との取引なのか。「満州」をでっち上げた日本のことなのか。(ルポライター)2023年9月5日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-すってんてん」から引用 このエッセイは中々興味深い。私はだいぶ前に読んだ甘粕正彦に関わる小説だったか随筆だったか、女性の筆者が「甘粕正彦は、大杉栄殺害については一言も語らずこの世を去った」というようなことを書いていたことを記憶していて、それを読んだその時は「大杉殺害については、法廷で全部白状したのではなかったのか」と不思議に思ったものであったが、「真犯人の身代わり」で有罪判決を受け、その代償としてフランスで一定期間生活したり、満州国で要人の警護職に就くというような厚遇を得ていた「可能性」があるとは、驚きである。彼をそのように処遇する実力を持つ人物は、大日本帝国でもかなりの地位にあった者に違いないが、それが誰であったのか、明らかになる日があるのかどうか、興味は尽きない。
2023年09月24日
昨日の欄に引用した記事が示す関東大震災時の朝鮮人虐殺事件に関する神奈川県知事の報告書発見について、同じ5日付けの東京新聞は、次のように報道している;◆神奈川県が文書、政府説明覆す 関東大震災の2ヵ月後、神奈川県が内務省に朝鮮人虐殺の状況を報告したとみられる文書が見つかったと、市民団体が4日に発表した。犠牲者145人の殺害場所や日時、年齢などの詳細が記載されており、政府の「事実関係を把握する記録は見当たらない」という説明を覆す新たな証拠だと主張している。 文書は1923年11月21日付で、作成者は当時の神奈川県知事の安河内麻吉。 「震災二伴フ朝鮮人並二支那人二関スル犯罪及保護状況其他調査ノ件」と題し、警保局長に宛てている。 「内地人ノ朝鮮人二対シテ行ヒタル殺傷事件調」の項目では、57件、計145人が殺害された事例について、発生の日時場所や犯罪事実、被害者の職業や年齢などを記載。14人については名前もある。「犯罪事実」には、放火などのデマを信じた民衆が「犯行ノ鮮人卜思推シ不安卜激昂(げきこう)ノ余り殺害」などと記されている。 市民団体「関東大震災時朝鮮人虐殺の事実を知り追悼する神奈川実行委員会」によると、文書は虐殺研究の第一人者として知られる故・姜徳相(カンドクサン)氏が約10年前、古書店で発見。2021年に亡くなるまで、文書内容を裏付ける実地調査などを続けた。震災から100年に合わせ、実行委代表の山本すみ子さん(84)との共編で「神奈川県関東大震災朝鮮人虐殺関係資料」(三一書房)として発刊した。 東京都内で会見した山本さんは「政府が虐殺を隠蔽(いんぺい)してきた証拠だ」と強調。これまで得られている民間の証言とも内容が一部で一致しているとして「文書で(事実関係が)より確実になった」と話した。 松野博一官房長官は4日の記者会見で、文書について「承知していない」と述べ、政府内には記録がないという従来の見解を重ねて示した。 法政大の慎蒼宇(シンチャンウ)教授(朝鮮近代史)は、今回明らかになった文書について「県知事と警察当局のやりとりの文書とみられ、官憲側が虐殺の詳細を記した資料は珍しい」と指摘。「公文書上の位置付けは今後の研究が必要だが、虐殺の実態解明の下支えとなる」と語った。(森田真奈子)2023年9月5日 東京新聞朝刊 12版 23ページ 「朝鮮人虐殺 内務省に報告か」から引用 同じ事例に関する記事でも、昨日の欄に引用した記事は有識者の「これからの日本政府は、どう対応するべきか」という貴重な意見を紹介していたが、上に引用した東京新聞の記事は、歴史家・姜徳相氏の活動やそれを引き継ぐ市民団体の状況などを具体的に表現していて、今後の日本政府や日本国民が、この問題にどのような「対応」をしていく必要があるのか、大事な情報を提供していると思います。政府の直轄組織である内閣府がまとめた報告書にも「6千人以上の朝鮮人が殺害された」と明記しているのですから、今さら「公的記録が見当たらない」などという恥知らずな態度は止めて、報告書が示す「史実」に対し謙虚な反省と遺族に対する必要な「補償」をどのように実施していくのか、誠意のある対応をしてこそ人々に尊敬される「政府」になれるのだと思います。
2023年09月23日
松野官房長官は関東大震災時に多数の朝鮮人が虐殺されたことを示す公文書は発見されていないと発言して問題になったが、実は当時の神奈川県が、震災時に県内で発生した朝鮮人虐殺事件の実態を内務省に報告したとみられる「公文書」が、震災当時の歴史を研究している学者によって古書店で発見されていたのだと、5日の朝日新聞が報道している;◆被害者名も記載 知事から内務省局長あて報告書 1923年の関東大震災での朝鮮人虐殺について、神奈川県が事件をまとめたとみられる資料が見つかったと虐殺の歴史を調べる地元団体が4日、明らかにした。県内で起きた朝鮮人への殺傷事件59件の概要のほか、殺害された計145人のうち14人の名前も記載している。 資料は23年11月21日付で、当時の安河内麻吉・神奈川県知事から内務省警保局長にあてた報告書とみられる。「震災に伴う朝鮮人並びに支那人に関する犯罪及び保護状況その他調査の件」と題されている。 事件の日時や場所、犯罪事実、被害者の住所や職業などが記されている。横浜港の労働者だった朝鮮人男性42人が9月2日に付近の民衆に殺されたとあるほか、川崎の製鉄会社に勤めていて4日に殺害されたという朝鮮人の名は新聞で報じられた被害者名と一致している。 当時の司法省の調査で県内では朝鮮人2人の殺害が判明している。ただ、震災後の在日朝鮮人らの調査で犠牲者数を1千人~3千人などとする数字があるほか、朝鮮人殺害を目撃したという証言も多数残されていた。 犠牲となった朝鮮人の追悼会を横浜市で続ける団体の山本すみ子代表(84)らが4日、関連する本の出版に合わせて資料を公表した。資料は約10年前、虐殺の歴史研究の第一人者である姜徳相(カンドクサン)・滋賀県立大名誉教授(2021年死去)が古書店から入手したものだという。 姜さんは1950年代から資料の収集・分析に取り組み、山本さんとともに県内各地で資料の内容を検証し、目撃証言などと照合してきた。(編集委員・北野隆一)■日本政府には調べる責務がある- 関東大震災での朝鮮人虐殺に詳しい田中正敬・専修大教授(朝鮮近代史)の話 神奈川県による朝鮮人殺害に関する公的文書は見たことがなく、犠牲者の氏名まで記された文書は貴重だ。当時、朝鮮を植民地にしていた日本政府には朝鮮人の生命被害について調べる責務がある。政府はこの資料の真偽を含めて調査し、韓国と協力して犠牲者の遺族も調べるべきだ。2023年9月5日 朝日新聞朝刊 13版S 25ページ 「関東大震災時の朝鮮人虐殺、神奈川での記録見つかる」から引用 100年前に神奈川県知事が内務省刑穂局長宛に提出した「報告書」が、どのような事情で町の古本屋に「流出」したのか不明であるが、朝鮮人虐殺事件は多くの目撃証言や報道の記録等々により、実際にあった「事件」であることは、否定のしようがない。松野官房長官としては、自分が「公文書が見当たらない」と発言しておけば、あとはみんなが「公文書がないのだから、単なる噂だったのだろう」という雰囲気が蔓延して、やがては「虐殺はなかった」という時代が来るであろうと計算したかも知れないが、今回のように地道に資料を集めて研究する人たちの努力で、「真実」は将来世代に受け継がれていくのですから、日本政府は上の記事で田中正敬氏が指摘するように、責任をもって事実を究明し、必要な対応を取るべきであり、そのような真摯な姿勢こそが国際社会で信頼される存在になるための所作であることを知るべきだと思います。
2023年09月22日
100年前の関東大震災時に朝鮮人虐殺事件が起きた原因は、当時の社会に「民族差別」があったからだと指摘する有識者は多いが、その100年後の現代日本では、「民族差別」はどうなっているのか、3日の東京新聞は次のように報道している; 関東大震災の直後にデマを信じた人々が引き起こした朝鮮人虐殺は、根底に民族への差別があったと言われる。 100年たった今、惨劇が再来する恐れはないのかー。6年前に不当な懲戒請求の被害に遭った在日コリアン3世の弁護士、金哲敏(キムチョルミン)さん(45)が危機感を募らせる。「当時のような事態がいつ起きても、おかしくない」(太田理英子)◆「国のヘイトスピーチ対策は不十分」 「こんな理由で何百人もの人が実名で攻撃するなんて。あまりにも衝撃が大きかった」。金さんが振り返るのは2017年11~12月、東京弁護士会に複数の弁護士を名指しした懲戒請求書面が殺到した時のことだ。金さんの名前を含むものだけで約960件もあった。 きっかけは16年4月、同会の会長が出した朝鮮学校への補助金停止に反対する声明だった。声明を非難していたあるブログの呼びかけに応じ、その読者らが「声明に賛同することは犯罪行為」などという根拠のない主張をし、自分たちの名前を明かし、住所を記して懲戒請求を出した。 声明には会長名しか載っておらず「姓が理由で標的になった」と考えた金さんは「出自を理由にした根拠のない懲戒請求」として、謝罪しない900人超の請求者を相手取り、損害賠償を求めて民事裁判を起こした。これまでに言い渡された判決はいずれも賠償を命じ、一部は確定した。多くの請求者は訴訟で、自身の差別的な行動を正当化したという。 差別感情を背景に、デマにあおられた人々が攻撃するのは、関東大震災を彷彿(ほうふつ)とさせる。また、インターネットの普及で、差別意識とデマが結び付く事例は枚挙にいとまがない。 11年の東日本大震災では「被災地で外国人犯罪が横行している」とのデマが、交流サイト(SNS)で飛び交った。21年に京都府宇治市や名古屋市で起きた在日コリアンらを狙った放火事件など、差別が過激化した例もある。 16年にヘイトスピーチ解消法が施行されたが、差別を禁止する規定も、罰則もない。金さんは「ヘイトスピーチ対策は不十分。このままでは『国の政策が悪ければその国民も悪い。悪い人間は攻撃していい』という短絡的な発想が根付いてしまう」と指摘する。 首都圏で災害が起きれば大混乱と大量のデマ拡散が起きかねないとし「明確に差別を禁止する法律があれば、行政による是正措置ができ、社会規範にもなる。国は法整備を急ぐべきだ」と訴える。 ◇ 関東大震災での虐殺と現代のヘイトスピーチについて考えようと、東京弁護士会は11日、東京都千代田区の弁護士会館でシンポジウム「関東大震災100年-『記憶の虐殺』に抗して」を開く。金さんがパネリストとして登壇する。参加無料。同会ホームページなどから事前申し込みが必要で、先着300人まで。2023年9月3日 東京新聞朝刊 12版 20ページ 「差別感情から攻撃 今も」 この記事もスペースの関係か、文字数が限定されたために詳細な説明が省かれた結果、興味の無い人には真意が伝わりにくい文面になっているような気がします。東京弁護士会が2016年に出した声明は、「日本政府は地方自治体が朝鮮学校に補助金を支出する場合は、北朝鮮の動向を勘案して、「補助」が適切かどうか慎重に判断するべきとの主旨の通達を出したために、各地の自治体は政府の通達を忖度して、それぞれの朝鮮学校への補助金を減額したり「支出取りやめ」にする自治体も出ている。これは、朝鮮学校に通う生徒の「学ぶ権利」を不当に制限する事態であり、政府はこのような「不当な事態」を是正するべきだというような内容であった。その根底には、朝鮮民主主義人民共和国政府の政策に対する責任を、朝鮮学校に通う生徒やその親に求めるのは、根拠の無い「言い掛かり」であるという「問題」も存在するのであるが、いずれにしても、都内に活動拠点を置いている弁護士の団体が会長名で「声明」を発表し、その「声明」を支持する投稿を署名入りで行なったところ、「金哲敏」との署名から「在日だ」と判断し、「在日の弁護士が『声明』に賛同するのは犯罪行為だ」と、まったく意味の通らない投稿に、「そうだ、そうだ」と賛同する声がたちまち900人超となるのが、現在の日本であると、上の記事は訴えているわけです。しかし、東京弁護士会の会長が署名して発表した「声明」は、日本人名の署名だから問題ないが、それを支持する「投稿」は在日らしい名前が書いてあるから「犯罪行為」だ、という支離滅裂な「思考」に疑問を感じないで、裁判に訴えられても気付かないで「抵抗」するという低レベル日本人が、一定数存在するというのは、実に情けない実態だと思います。
2023年09月21日
日本政府と東京電力が、かつての「関係者の理解なしには処分しない」との約束を反故にして、事故以来貯蔵してきた「処理水」を海に放出したことを、メディアはどう報道したか、ジャーナリストの古住公義氏は3日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 東京電力福島第1原発の汚染水(アルプス処理水)の海洋放出が8月24日、始まりました。世界を巻き込む海洋放出をテレビはどのように報道したのでしょうか。 「ニュースウオッチ9」(24日、NHK)は「漁業者の12年」として三春智弘さんを追います。三春さんは「関係者の理解なしには処分しない、との約束をほごにしたことは頭を下げるべき」だと怒ります。西村康稔経済産業相がインタビューに答え「国は福島の復興に全力で取り組む」と。しかし汚染水の放出が復興の障害になることは必至。デスクは「汚染水を止めきれなかったことを国と東京電力は重く受け止めてほしい」と話しました。 「報道ステーション」(24日、テレビ朝日系)は、東電前の抗議行動を海外メディアが取材する様子を伝えます。漁業関係者の「損害を補償するというが、どのように補償するのか、具体的にしてから放出してほしかった」との声を紹介しました。23日の同番組は、海洋放出の影響を小さく見せるために、経済産業省が持ち出した各国の原子力施設のトリチウム排出量のデータを報じました。 そんな中、「サンデーモーニング」(27日、TBS系)は、長崎大学・鈴木達治郎教授の「放出される処理水は通常の原発から排出されているものとは異なる。信頼できる第三者機関を設置して放出プロセスを監視すべきだ」とのコメントを紹介。スタジオではジャーナリストの青木理氏が「燃料デブリは880トンあるのに事故から12年たった今も1グラムも取れてない」と廃炉計画に疑問を呈しました。「報道特集」(26日、TBS系)の「タンク内の処理水の約7割は、トリチウム以外の放射性物質を取り切れていない」との指摘も重要です。 地下水の流入を防ぐ手だてや海洋放出以外の代替案など、各局は専門家の声を積極的に報道してほしかったです。(こすみ・ひさよし=ジャーナリスト)2023年9月3日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-海洋放出の是非を問え」から引用 原発事故が起きてから今まで、東京電力が事故現場の地下水をくみ上げて放射線除去装置を通して「処理」した後、タンクに入れて地上に保管してきたのは、除去装置に通しても除去できないトリチウム、その他の放射性物質が残留しており、そのままでは海洋放出できないから、という理由でした。そして、今年になって「関係者の理解」がまったく無いのに、海洋放出を決めたのは、「安全性が確認されたからではなく、福島第一原発の敷地内ではこれ以上の「保管」は無理になったから」という「理由」なのですから、漁業関係者が「理解」など到底出来ないのは、当たり前です。これまでの数年間、一部のメディアは「トリチウムを含む原発の排水は、正常に稼働している原発からは常時排出されており、韓国や中国の原発からも常時排出されているのだから、福島第一原発で貯蔵している「処理水」も海洋放出には問題ない」などと、まことしやかな「情報」を提供したことがありました。しかし、正常に稼働している原発の排水はトリチウムを含んでいるだけで、濃度も低いから「安全」でも、事故を起こして炉心がメルトダウンしたところを流れた地下水に含まれる汚染物質はトリチウム以外にウランやプルトニウム、その他の放射性物質を含んでおり、中国や韓国の原発排水と事故を起こした福島第一原発の「処理水」を同列に論じることは出来ません。この辺の理屈をまったく無視して、漁業関係者との「約束」も無視して、IAEAだのアメリカ政府だのが「了解」したからというパフォーマンスだけで始めた「海洋放出」は、将来に禍根を残すものと考えざるを得ません。
2023年09月20日
松野官房長官が「関東大震災で朝鮮人が虐殺されたとする記録は、政府にはない」と発言したことを、3日の「しんぶん赤旗」は次のように批判している; 歴史を否定するような発言を平然と言い放つ政権が続いています。関東大震災から100年を迎えたいま、日本の植民地支配など過去の反省と教訓をめぐり、歴史修正を許さないたたかいが焦点となっています。(伊藤幸、田中智己)◆歴史の隠ぺい許されない 「調査した限り、政府内に事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」―。 松野博一官房長官は8月30日の記者会見でこう述べ、関東大震災時に朝鮮人虐殺があった事実への言及を避けました。虐殺の歴史を歪曲(わいきょく)するデマなどが広がっている現状に対し、「政府として調査する考えはあるのか」と問われても、「記録がない」と繰り返すだけで調査に否定的な認識を示しました。 歴史学者の外村大東大教授は、松野氏の発言について「仮に政府が公文書の意味を狭め、記録がないと言っているのだとしても朝鮮人虐殺があった歴史は否定できない」と指摘します。公文書がなくても証言によって事実と認定されることもあるとも話します。ただ、こうした発言が繰り返されることで「朝鮮人虐殺が事実ではなかったかのように言う人が必ず出てくる」と危惧(きぐ)します。◆真相究明 進む 関東大震災時の朝鮮人虐殺は多くの研究者や市民によって、真相究明が進められてきました。 自民党政権下の2009年、内閣府中央防災会議の災害教訓の継承に関する専門調査会がまとめた報告書『一九二三関東大震災 第二編』でも「関東大震災時には、官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当」と明記。虐殺の対象に朝鮮人が多かったことも明らかにしています。 さらに軍や警察による朝鮮人殺傷が発生していたことも東京都公文書館所蔵の「関東戒厳司令部詳報」に記録されています。警視庁の公刊記録には記載されなかった歴史事実がここには刻まれているのです。 ただ、松野氏は、同31日に開かれた会見で記者から「虐殺はなかったという話なのか」と追及されても、中央防災会議の報告書を念頭に「当該記述は有識者が執筆したものであり、政府の見解を示したものではない」と開き直る横暴な姿勢をあらわにしました。 政府はこれまで「政府内に記録は見当たらない」などとする答弁を繰り返しています。15年に野党議員から提出された質問主意書で政府としての調査する考えを問われましたが、「記録がない」として「お答えすることは困難だ」と答弁(閣議決定)しました。 同年8月、安倍晋三元首相は、戦後70年にあたっての首相談話を発表。日本が「植民地支配と侵略」を行ったとする「村山談話」(1995年)に示された歴史認識の核心にはまったくふれていない内容です。暴力と強圧で朝鮮半島の植民地化をすすめた日露戦争を賛美する乱暴な植民地支配の正当化へと大きくかじを切った瞬間でした。安倍政権以来の歴史の歪曲が続いているのです。◆史実から学ぶ ノンフィクション作家の加藤直樹氏は、歴史修正主義的な極右の主張は2000年代ごろから強まっていると指摘します。「虐殺否定論の本が出版され、それが極右政治家たちに歓迎された。国会議員や地方議員のほか、日本会議などにも根を張っている」と話します。 日本の歴史認識を大きく後退・変質させてきた自公政権による史実の偽造は、歴史に刻まれる蛮行です。 加藤氏は、歴史事実に対して謙虚で真摯(しんし)であるべきだと強調し、「災害の時に差別、流言は必ず起こる。関東大震災から何を教訓として学ぶのか。その真ん中に置かれるべきは、災害時の差別・流言に行政がどう向き合うのかではないか」と語ります。 中央防災会議の報告書は、当時の状況について「軍隊や警察、新聞も一時は流言の伝達に寄与し、混乱を増幅した」と総括しています。「過去の反省と民族差別の解消の努力が必要なのは改めて確認しておく」とも記載しています。史実の教訓から何を学ぶのか。政府の責任を追及するとともに私たちにも課せられた使命です。◆◆加害の歴史直視せよ-求め続ける日本共産党 日本共産党は、軍隊や自警団による朝鮮人虐殺の事実に向き合い、東京都などに対し、二度と悲劇を起こさないために加害の歴史を直視するよう求めてきました。 党東京都議団は、小池百合子都知事が関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典への追悼文送付を取りやめた2017年以降、追悼文の送付を再開するよう毎年申し入れを行ってきました。 22年の参院選政策でも、小池知事の対応を「歴史的事実の隠蔽(いんぺい)に他ならず、歴史を逆行させるもの」と批判。侵略戦争と植民地支配の反省の上に、アジア各国との友好・信頼関係を築くことを掲げ、民族差別をあおるヘイトスピーチ根絶のため、立法措置も含めて政治が断固たる立場に立つことなどを提起しました。 日本共産党が7月に発表した『日本共産党の百年』には、反動勢力が関東大震災に乗じてデマを振りまき、「多くの韓国・朝鮮や中国の人びとを殺害しました」と記述。日本共産党員で日本共産青年同盟委員長だった川合義虎らが殺害されたこととあわせて虐殺の事実を記しています。 1931年3月1日付の党機関紙「赤旗(せっき)」に掲載された朝鮮独立闘争への連帯を訴える論説では、関東大震災のさいに多くの在日朝鮮人が虐殺され、これに日本のプロレタリアートが抗議をなし得なかったとして、この歴史を「最も恥づべき頁(ページ)」と想起。「我々日本のプロレタリアートはこの時の恥を雪(そそ)がねばならぬ」「植民地の被圧迫民衆を解放することなくして本国のプロレタリアートの解放はあり得ない」と訴えています。 志位和夫委員長が06年に初めて訪韓したさいには、西大門刑務所歴史館の館長らにこの赤旗紙面を紹介して交流しました。「しんぶん赤旗」は、毎年9月1日を前後して虐殺の事実を伝える報道を続けてきました。2023年9月3日 「しんぶん赤旗」 3ページ 「歴史の隠ぺい 許されない」から引用 小池都知事が関東大震災時に起きたデマで虐殺された朝鮮人犠牲者追悼式典に追悼文の送付を取りやめてからは、都庁職員の「意識」も変化し、東京都が関係する催しに出演する人物が講演の中で「震災時に朝鮮人が虐殺された」と発言する予定が予め分かると、その催しを「中止」にさせられるという事件まで起きている。一旦許可した催しを急に「不許可」にするのは、自分の許可判断が都知事の価値観にそぐわないことが発覚すると、都庁の中での「出世」に影響し、下手をすると定年まで在職できずに僻地の閑職に「左遷」される危険があるとか、公務員はそういうことを考えるのだと思います。それが、内閣官房長官の発言ともなると、これは全国規模で「効果」を発揮し、そうでなくても日頃からネガティブな史実は「不名誉」だとでも思っている輩は、官房長官の言動を「ほれ、見たことか」と鬼の首でも取ったかのような勢いで「歴史修正」発言を強め、「朝鮮人虐殺」を記述した歴史教科書は「不合格」にするなど、様々な所から「歴史修正主義」が横行することになりかねません。そのような事態を避けるために、毎年迎える大震災記念の日には、史実を忘れることなく犠牲者追悼の行事を孫子の代に伝える支援をしていきたいと思います。
2023年09月19日
関東大震災時に発生した朝鮮人虐殺事件について記録した文書は「政府にはない」と虚偽発言をした松野博一官房長官や、犠牲者追悼式典に追悼文を送付することを止めた小池百合子都知事を批判する社説が、2日の毎日新聞に掲載された; 負の歴史から目を背けるようなことがあってはならない。 関東大震災から100年の節目にあっても、朝鮮人らが虐殺された問題に政府、東京都は正面から向き合おうとしていない。 松野博一官房長官は先月末の定例記者会見で「政府内に事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と述べ、改めて調査する考えのないことを示した。 小池百合子都知事は議会で「何が明白な事実かについては、歴史家がひもとくものだ」と答弁してきた。虐殺犠牲者らを慰霊する民間団体主催の式典には、今年も追悼文を送らなかった。 だが、虐殺の事実を示す文書は数多くある。 政府の中央防災会議の専門調査会が2009年に公表した報告書は「朝鮮人が毒薬を井戸に投じた」などの流言をきっかけに、虐殺が起きたと認めている。 根拠は、加害者が起訴されたケースを当時の司法省がまとめた報告書などだ。住民だけでなく、軍や警察が殺害に関与したことも別の公文書から確認された。 流言を政府自身が広めたことを示す資料も防衛省防衛研究所に残る。当時の内務省警保局長が各地方長官に宛て、「爆弾を所持し、石油を注ぎて放火するものあり」と、朝鮮人の取り締まり強化を指示する電文を送っていた。 個々の文書で全容を把握するのは容易でないとしても、虐殺があったこと自体は疑いようもない。事実の認定を曖昧にするような発言は、歴史をゆがめかねない。 近年、虐殺そのものを否定するような言説も目立つ。インターネット空間には、偽情報や在日外国人へのヘイトスピーチが飛び交う。政府や政治家らの歴史に対する不誠実な態度は、こうした風潮を助長しかねない。 虐殺問題を研究する田中正敬・専修大教授は「民主主義を掲げる国であれば、人権や生命を何より尊重すべきで、過去に向き合うことを避けてはならない」と話す。 大災害による混乱のさなかであろうとも、差別や偏見に基づく人権侵害を繰り返してはならない。 研究者や市民が集めた証言も加え、調査を尽くせば虐殺の実像に近づくことは可能なはずだ。事実の黙殺は歴史への冒とくである。2023年9月2日 毎日新聞朝刊 14版 5ページ「社説-史実の黙殺は許されない」から引用 この社説は「負の歴史から目を背けるようなことがあってはならない」と、大変控えめな姿勢で始まっていて、権力の座にある政治家をあまり刺激しないようにとの「配慮」があるような気配を感じざるを得ません。こういう「おとなしい」批判では、松野や小池のような根性の悪い政治家に「反省」を迫る効果は期待できず、良心的な読者に「注意」を促す効果も希薄だと思います。大地震のような非常時に、誰かが変なデマを流すとたちまち武器を持って集まって差別意識をむき出しにして傷害致死事件を引き起こす者たちが、日本には一定程度存在することを、松野や小池のような「政治家」は計算に入れた上で、自分たちは「そのような公文書は存在しない」とか「何が事実かは、歴史家がひもとく」などとテキトーなことを言っていれば、後は「一定程度存在する」者たちが「関東大震災時に、虐殺など無かったのだ」と主張して歴史を改ざんする活動をやってくれると計算しているものと思われます。毎年、9月1日に都立横網町公園で開かれる「朝鮮人犠牲者追悼式典」に対し、同じ公園で同じ時間帯に右翼団体が「朝鮮人虐殺はなかった」と主張する集会を計画し、昨年も一昨年も東京都はその右翼団体に「公園使用許可」を出しました。この右翼団体は、集会を開く度に都条例に抵触するヘイトスピーチを行なっていると東京都が認定しているにも関わらず、都はこの団体に対して「都立公園の使用を許可」しており、今年は事もあろうに、その右翼団体が「追悼碑」の前で集会をしたいとの「申請」に「許可」を出したと言われております。実際に、右翼団体は「追悼碑」の前で「虐殺はなかった」集会を実施しようとしたのであったが、「追悼碑」擁護の市民団体が「座り込み」を行なって抵抗したため、右翼団体の「歴史改ざん」集会は市民の力で阻止できたとのことですが、東京都が何故ヘイト団体に都立公園の使用許可を出すのか、私たちは大きな声で東京都の「異様」な対応を批判するべきだと思います。
2023年09月18日

関東大震災100年を控えた8月28日の「しんぶん赤旗」は、千葉県の震災時の様子を調査している市民団体の活動について、次のように報道している;◆各地で掘り起こし 1923年9月1日に発生した関東大震災の際に、朝鮮人などに対する大量の虐殺が起きました。「朝鮮人が暴動を起こした」などのデマが広まり、軍隊や地域の人たちでつくる自警団などが罪もない人たちを殺害したのです。多くの中国人も虐殺されました。 「社会主義者が内乱を企てている」というデマも流れ、軍などが起こした「亀戸事件」では日本共産青年同盟委員長だった川合義虎など社会主義者や労働組合幹部、「甘粕事件」では無政府主義者の大杉栄、伊藤野枝らが虐殺の犠牲になりました。 朝鮮人の犠牲者は6000人以上とも言われていますが正確なことはわかっておらず、政府は調査をしようともしていません。そうした中、各地で虐殺の実態を明らかにしようと調査・史実の掘り起こしに取り組んでいる人たちがいます。◆鐘打ち鳴らし自警団ら500人が・・・ 50年後の調査、まだ信じている人 1923年9月、関東大震災のときに起きた朝鮮人虐殺は、「朝鮮人が危害を加える」というデマ(偽情報)とともに関東中に広がりました。数百人が殺されたといわれる千葉県で50年近く調査を続ける「千葉県における関東大震災と朝鮮人犠牲者追悼・調査実行委員会」は資料や証言で関東大震災当時の様子を明らかにしてきています。◆学校日誌 そのひとつは、地震発生2日後、9月3日に現在の船橋市であった爆弾騒ぎです。東京から逃げてきた人の避難所となっていた船橋小学校体操場で起きました。同小学校の「学校日誌」に、その時の様子が記されていました。 「夕刻、体操場に収容中の避難鮮人7名中、爆弾を所持せるものあるを発見、直ちに警察署に引き渡す」 駆け付けた警察官の1人はのちに船橋警察署長、千葉市助役、千葉県議となった渡辺良雄さん(故人)です。手記で次のように語っています。 「(小学校の用務員が)長さ10センチ位の黒焼きになったものを差し出して、『避難民のいる雨天体操場を掃除していると、(中略)朝鮮人の席に、このようなものが落ちていました(中略)』と言った」。警察官らは爆弾と思い込み、「大騒ぎとなった」。 「爆弾」を持っていたと思われた朝鮮人に、警察署についてきた自警団員が竹やりなどでけがをさせ、警察官の夏の白服が血に染まって真っ赤になったと記しています。 警察が陸軍に「爆弾」を持ち込んで調査してもらったところ、焼けた砲丸であることがわかりました。ところがその事実は学校日誌や報道になく、「爆弾」の偽情報は訂正されないまま近辺に伝わったと追悼・調査実行委員会はみています。 ほかにも警察署には「朝鮮人約2千人が浦安に上陸、自転車隊を編成して船橋の無線所を襲撃に向かっている」などのデマがいくつも寄せられました。◆軍の責任 デマが広がる中、同4日に渡辺さんは虐殺を目撃することになりました。40年以上前の同実行委員会の聞き取り調査に語っています。 北総鉄道(現在の東武アーバンパークライン、今ある北総鉄道とは別会社)の敷設作業をしていた朝鮮人労働者が軍の警護で鎌ケ谷から船橋に連れてこられるとの連絡がありました。朝鮮人に関するデマで船橋は混乱状態だったため、船橋警察署長が渡辺さんに「船橋に来ると皆殺しにされるから、習志野の収容所に連れて行くように」と指示。迎えに出た渡辺さんら警察官は、船橋駅北側で手を縛られて連行される約50人の朝鮮人に出会い、「この人たちを我々(われわれ)に渡してくれ」と言いました。軍が聞き入れずに押し問答するうち、自警団らが鐘を打ち鳴らしながら500人もやってきました。 報告のため署に戻り、現場にすぐ引き返しました。「万歳!万歳!」という歓声を聞きながら到着すると、「地獄のありさま」でした。「女3人を含め53人が殺され、山のようになっていた。涙が出てしかたがなかった。警護していた警察官の話では、『手の付けようがなかった』とのことであった」 同委員会の平形千惠子さん(82)は「事件から50年後の聞き取りでも、まだデマを信じている人がいた」と振り返ります。「6日に関東戒厳司令部が飛行機で『朝鮮人に対し無法の待遇を慎め』との『注意』をまき、虐殺は止まった。遅すぎたのです。戒厳令下であり、国や軍隊の責任が問われます」と語ります。2023年8月28日 「しんぶん赤旗」 3ページ 「関東大震災100年 朝鮮人虐殺 千葉・船橋で起きたこと(上)」から引用 この記事は、震災が起きてから人々が自警団を組織して興奮状態になって朝鮮人や中国人に危害を加えた様子がよくわかり、特に警察官出身で後に千葉県知事を務めた人物の証言は、具体的で分かりやすい気がします。このようにはっきりとした証言に接すると、公式の記録がどうのこうのと難癖をつけても意味はなく、私たちは事実を事実として受け入れて、同じ過ちを繰り返さないためにこれからどうする必要があるのか、真摯に考える必要があると思います。群馬県では、朝鮮人犠牲者の追悼碑を県立公園に設置したところ、後になってから県議会が「撤去」を決議する「騒動」に会ってますが、船橋市の場合は市営霊園に設置したとのことで、これなら後から「撤去しろ」などと言われる筋合いでもないので安心だと思います。
2023年09月17日
事故を起こした東京電力が福島第一原発の敷地内に保管していた「処理水」を、地元漁連の了解を得ることもなく勝手に海洋放出したことについて、政府と東京電力を批判する投書が1日の朝日新聞に掲載された; 福島第一原発の処理水海洋放出を巡り、「理解」という言葉を何度も聞いてきた。8年前に政府と東京電力は「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と福島県漁連に伝えた。放出開始に際し、首相らは「一定の理解を得た」と強調した。理解とは「物事の道理や筋道が正しくわかること。他人の気持ちや立場に立って思いやること」と辞書にある。 8年前から、地元の不安をよそに、建屋を囲む井戸からくみ上げた汚染地下水の処理水の放出も続く。福島県沖で揚がったクロゾイなどから、今年も基準値を超すセシウムが検出された。漁業従事者らは尽きぬ不安に苛(さいな)まれ続けていることを政府と東電関係者は理解しているのか。 漁連などの明確な反対の声の中、440億円をかけ放出設備を完成させ、「今後数十年の長期にわたろうとも政府は全責任をもつ」と首相は明言した。未来の不安など微塵(みじん)も感じられぬ言葉は、何をもって言えるのだろう。廃炉に約30年かかる計画で、その間もトリチウムを含む冷却水の放出が続くことになる。 この事実を理解し、海洋放出に反対する。日本の頭脳と技術を集め、放出以外の方法で解決願いたい。2023年9月1日 朝日新聞朝刊 13版S 12ページ 「声-海洋放出の意味 政府こそ理解を」から引用 この投書は、陸上のタンクに溜め込まれた「処理水」とは別に、8年前から海に放出され続けている「処理水」もあって、その「処理水」の影響で今年も基準値を超えるセシウムが検出される魚が水揚げされているという、福島県外に住む者には伝わっていない「事実」を明らかにしている。メディアは、このような「事実」に知らん顔をしないで、ニュースとして取り上げるべきであり、安易な「海洋放出」はやめて、福島第一の敷地が狭くなったなら、稼働停止して「廃炉」の予定が決まっている福島第二の敷地を新たな保管場所として使用するべきだというような「提案」をするべきだと思います。
2023年09月16日

岩波書店のブックレット「検証 ナチスは『良いこと』したのか?」が、予想外によく売れていることについて、8月6日の朝日新聞は次のように書いている; 第2次世界大戦の惨禍を招き、ユダヤ人を大量虐殺したナチス・ドイツ。でも、経済を立て直し、手厚い福祉政策を実現するなど、良いこともしたのではないか――。そんな「逆張り」の主張にナチスを専門とする2人の研究者が正面から向き合った1冊が、異例の反響を呼んでいる。 7月に刊行された「検証 ナチスは『良いこと』もしたのか?」(岩波書店)。120ページの平易なブックレットながら、各地の書店やネットでも品切れが続出した。刊行後1週間で3刷が決まり、岩波書店の担当者は「ブックレットがここまで話題になるのは珍しい」と驚く。 著者は、東京外国語大学の小野寺拓也准教授(48)と甲南大学の田野大輔教授(53)。執筆のきっかけは、一昨年にさかのぼる。■練ったタイトル 田野さんが「30年研究しているが、ナチスの政策で肯定できるところはない」とツイッターでつぶやくと、アウトバーン建設やフォルクスワーゲンの開発など、ナチスのした「良いこと」だとするものを挙げて田野さんを批判する投稿が多数寄せられた。ただ、示されてくる事例は、専門家による研究ですでに否定されているものばかりだったという。「一般と専門家との間にある大きなギャップを埋める必要がある、と危機感を感じた」 ナチスは、歴史学でもひときわ手厚く研究されているテーマ。第一線の研究成果をまとめた上で、問題意識を抱く一般の人たちにストレートに届くよう、タイトルを練った。 8章からなる本では、「ナチスのおかげで経済は回復したか」「手厚い家族支援を行ったか」という個別の問いに答えていく。■排除と一体の政策、恣意的な解釈に警鐘 検証で浮かび上がるのは、ナチスの経済政策や福祉制度が、戦争を始めることが前提の過剰な軍需支出や、占領地からの収奪など、人々の犠牲の上に成り立っていたことだ。その一例が、空襲被災者への「援助」。戦火で家を焼け出されたドイツ人に、ナチスは住居や家具を提供した。それらは強制収容所へ移送したユダヤ人から奪ったものだったという。 ナチスの政策から恩恵を受けられたのは、(1)「政治的」に信用でき、(2)「人種的」に問題がなく、(3)「遺伝的」に健康であり、(4)「反社会的」でない、と政権にみなされた人々だけだったという。「ドイツ人への包摂と、そこに当てはまらない人への排除は表裏一体だった。一面のみを切り離して『良いこと』とは言えない」と田野さん。■歴史を学ぶ意味 では、少なくない人々が、ナチスを「良いこともした」と評価しようとする理由は何なのか。 当時のドイツ人がナチスを支持したのだから、悪いことばかりしていたはずがない――。そういった疑問を抱くうちに、「『支持されたこと』と『良いこと』を同一視する人も多いのでは」と田野さんは分析する。また、「今日の視点から過去を裁いてはいけない」として、ナチスを擁護する意見も目立つという。 小野寺さんは、歴史学が積み重ねてきた歴史解釈の議論の重要性にも触れる。これを無視すると「断片的な史料をつまんで、自分に都合のよい恣意(しい)的な意見を述べてしまう危険性がある」。「歴史は、自分の思いに合わせていかようにも使える『フリー素材』のようなものではない」 ただ一方で、小野寺さんは「最初から『ナチスは悪いことしかしていなかった』と断定して、思考停止することもよくない」とも語る。 日本でも戦争経験者が少なくなる中、戦争の過去がリアルな出来事として捉えられなくなってきている、と感じる。「先立って『良いこと』『悪いこと』という結論を決めて、学ぶことを拒否するのは、悲惨な出来事があったことを無視するのに等しい。議論をやめずに考えていこう、と研究者が粘り強く言っていくことが大事だ」(平賀拓史)2023年8月6日 朝日新聞朝刊 13版S 24ページ 「文化-『ナチス良いことも』に回答 反響」から引用 8月上旬の記事を「引用」するタイミングは過ぎてしまっているのだが、タイミングの問題だけでこの記事をボツにするのは勿体ない気がして、遅まきながら書きうつしておくことにした。歴史について、特に近代史の日本軍の加害行為について批判的な書き方をすると、当ブログを始めた頃など、決まって「悪いことばかりしていたわけではない」という「逆張り」の「反論」が寄せられるのは、よく経験したものである。しかし、自国の歴史であれ他国の歴史であれ、私たちは過去の悲惨な歴史を将来繰り返すことのないように、客観的な「目」で歴史を振り返り、事実は事実として冷静に認識する必要があると思います。今回のブックレットがよく売れているというのは、世間が「健全な反応」を示していることを意味しており、良いことだと思います。
2023年09月15日

辻野弥生著「福田村事件」(五月書房新社)について、ライターの武田砂鉄氏が8月26日の毎日新聞に、次のような書評を書いている; 関東大震災の発生から9月1日で100年になる。発生直後、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」といったデマが撒(ま)かれた結果、多くの朝鮮人が虐殺された。朝鮮人虐殺犠牲者追悼式典への追悼文送付を見送り続けてきた小池百合子都知事だけではなく、ネット上では、史実を歪(ゆが)めたり、倭小(わいしょう)化したりする動きが目立つ。 当時、殺されたのは朝鮮人だけではなかった。千葉県福田村で、香川県からやって来た売薬行商人たちが、朝鮮人ではないかとの疑いをかけられ、地元の自警団に殺された。亡くなった9名の中には、2歳の子ども、そして、妊娠中の女性もいた。君が代を歌わされ、イロハ47文字を言っても、讃岐弁の訛(なま)りもあり、多くの野次(やじ)馬からの「誤魔化(ごまか)されたらいかん」「朝鮮人に間違いない」の声に押されるように手を下してしまった。 『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』(辻野弥生著・五月書房新社・2200円)を記したのは、書籍の紹介文に頼れば「歴史好きの平凡な主婦」。文献を調べ上げ、貴重な証言を重ね合わせ、なぜこのようなことが起きたのか、疑念をぶつけながら事件を立体化させていく。 殺人犯に対し、「350円の見舞い金を戸数割りによって徴収し、支給」、それだけではなく、「村をあげて農作業の援助もしたといわれる」。真っ先に加害者に同情する様子が、当時の空気を知らせる。飛び交った流言蜚語(ひご)に乗っかり、自分たち以外の誰かのせいにする。今でも変わらない。大きな事件が起きる度、SNSには「○○人の仕業では」といった推察が出てくる。 この事件についての劇映画を作った森達也が、巻末の寄稿で「善良な人が善良な人を殺す」のはなぜなのかと問う。恐ろしいのは忘却。人はすぐに忘れる。忘れると、同じようなことを起こす。 100年前の出来事を現在に照らし合わせるように読む。直接語る人がいなくなると、歴史は加工されやすくなる。為政者が都合よく編集する。それを避けるために、こうして引っ張り出された事実を直視したい。(ライター)2023年8月26日 毎日新聞朝刊 13版 15ページ 「今週の本棚-話題の本」から引用 事件が起きた「千葉県福田村」は、現在は平成の大合併で「千葉県野田市」になっているらしい。「朝鮮人が暴動を起こしている」だの「井戸に毒を入れた」だのというデマの流布には当時の軍や警察の一部も加担したと言われるが、中には「仮に暴動を起こしたとしても、処罰には法的手続きが必要」と考えて、朝鮮人を保護しようと努力した軍人や警察官もいたらしい。しかし、現場の混乱と不安に駆られた群集心理で、朝鮮人だけではなく方言を話す日本人も「自警団」の犠牲になったという「史実」を、私たちは正確に記憶するべきだと思います。しかし、書かれた内容は悲惨で、自警団として方言を話す日本人を殺害した人たちは「殺人犯」として有罪判決を受けたことに対し、福田村の住民はその「殺人犯」たちに「戸数割りで見舞金を徴収して贈呈したり、服役中の農作業を援助したり」という対応をしている。同じ関東大震災のときに、憲兵に逮捕された大杉栄、伊藤野枝、その甥の男児の3名が、裁判もなしにその日のうちに殺害されるという事件もあり、この事件では甘粕正彦が裁判にかけられたのであったが、その裁判が報道されるや、日本中に「減刑嘆願の署名運動」が起こり、伊藤野枝の自宅にもその署名運動の回覧板が回ってきたと、野枝の娘が綴った伝記に書いてあったのを思い出し、そういう「加害者が可哀相」という妙なねじれた感情が、日本人社会にはまだ潜んでいるのではないかという気がします。
2023年09月14日
全国各地の自治体が運営する「平和記念館」のような施設で、日本軍の「加害行為」を示す展示が、スムーズに実施できていない現状について、8月16日の朝日新聞は次のように報道している; 加害の歴史を伝えるパネルの展示が、1年以上宙に浮いている。 戦争や平和について学ぶ施設として、長野県飯田市が昨年5月に開設した平和祈念館。日章旗や特攻隊員の手紙など、市民から寄せられた太平洋戦争にまつわる約120点が展示されている。 旧日本軍の「731部隊」の元隊員らの証言を含むパネル8枚も掲げられるはずだった。 731部隊は正式名称「関東軍防疫給水部」。旧満州のハルビンに広大な施設を設け、細菌兵器の開発を目的に、「マルタ(丸太)」と呼ぶ捕虜に様々な人体実験を行った。細菌兵器を実戦で使う「細菌戦」にも関わった。 こうした事実は、2002年に中国人遺族らが日本政府に賠償を求めた訴訟で、東京地裁が、元隊員や研究者らの証言をもとに判決で認定した。一方、政府は03年に「外務省、防衛庁等の文書において、細菌戦を行ったことを示す資料は現時点まで確認されていない」との答弁書を出した。 終戦直前、施設は軍によって破壊され、文書も焼かれた。隊員は口外を禁じられたとされる。 * 「クロロホルムを注射し、生きている人間をパタッとやった」 「300体もの生体解剖をした」。 部隊での行為を本に書いたり、講演で話したりしていた元隊員らの証言を、名前や顔写真とともに展示する準備が進んでいた。 見送った理由について、飯田市教育委員会は「731部隊は研究途上で、社会的にも様々な意見が存在しており、慎重に検討する必要があると判断した。遺族の同意が得られていない証言もある」と説明する。市民団体や教員からの「過激な内容にならないよう配慮してほしい」といった意見も踏まえたという。 証言が展示されるはずだった清水英男さん(93)=長野県宮田村=は、少年隊員だった1945年7月、部隊の本部棟2階の標本室で、瓶の中でホルマリン漬けにされた人体を目にした。おなかの大きな女性は、胎児が見えるように腹が切られていた。 こうした体験を地元の講演会で語ると、ネットで「ジジイ、嘘ついてやがる」とたたかれた。この書き込みを印刷し、ラミネート加工した。目にするたび怒りがわく。 清水さんは「自分たちがやった事実を後世に伝えなければ、『平和祈念』なんてとても言えない」と訴える。 清水さんらの批判を受け、市教委は今年2月以降、展示内容を検討する委員会を開いてきた。3月の会合で、裁判で認定された部隊の説明を引用する形で、パネルを展示することにした。元隊員の証言については、今も議論が続いている。 * 全国の歴史資料館や平和博物館を調査してきた東京大空襲・戦災資料センターの元学芸員、山辺昌彦さん(77)によると、戦後70年の2015年に戦争企画展を行った公共施設は約260カ所あった。1995年の約130カ所から倍増したが、加害の歴史については、開設当初から展示しなかったり、リニューアル時に展示をやめたりする施設が増えていると感じている。「外部からの抗議を恐れ、自治体が自主規制しているのではないか」と話す。 朝日新聞が2015年に国立や都道府県立の施設にアンケートしたところ、満州事変(1931年)以降の戦争資料を展示する85施設のうち、旧日本軍の加害行為を常設展示しているのは約3割(26施設)だった。 神奈川県の施設「かながわ県民センター」(横浜市)では16年から毎年、地元の市民団体が731部隊や南京大虐殺などを伝える写真を展示する「戦争の加害パネル展」を開催している。そのたびに「日本をたたくのか」と一部から抗議を受ける。 抗議した団体代表の高橋忠邦さん(79)は取材に「加害の事実だけを誇張しすぎるのは日本のためにならない。子どもや孫に小さくなって生きてほしくない」と語った。 パネル展の発起人で元小学校教員の竹岡健治さん(76)は言う。 「加害の歴史にきちんと向き合うことで、初めて私たちは侵略した国の人たちと理解しあうことができる。戦争体験者が減るなか、展示がなければ忘れ去られてしまう」 この夏も、いつも通りパネル展を開く予定だ。(三井新、後藤遼太)2023年8月16日 朝日新聞朝刊 13版S 25ページ 「残響78年後の『戦争』5 加害の証言、見せぬ公共施設」から引用 私たち日本人は、自分たちの先祖がその昔、何をしでかしたのか、正確に認識するべきだと思います。人間は、自分が被害者であれば、どのような被害を受けたのか、躊躇することなく説明できますが、自分が加害者やその親戚だったり子孫だったりすると、必要以上に罪の意識に捕らわれて、その重圧に耐えきれないと見るや、開き直って「そんな事があったなんて、ウソだ」と言い出すのだと思います。その延長線上に「子どもや孫に小さくなって生きてほしくない」などという、余分な「言い逃れ」が出てくるわけです。しかし、被害を受けた側は「昔、こんなことがあった」と孫子の代まで語り継いでいくのですから、同じ情報量を祖先が加害側であった人々ももっていないと、国際社会における信頼関係を構築する上で、大きな障害になり得ます。これからの若い世代は、自分たちの祖先の加害行為を知ったからと言って、「だから自分たちは国際社会で小さくなって生きるしかない」などと考えるわけがありません。過去の事実は、加害側も被害側も客観的に「史実」として認識した上で、自分たちはそのような「過ち」は二度としないと、堂々と主張して自信を持って生きていく、そういう人たちであってほしいと思います。
2023年09月13日
NHKや朝日新聞が、東京電力福島第一原発の広大な敷地に「処理水」を保管している写真などを報道し、岸田首相がアメリカに出掛けて「海洋放出について了解を取り付けた」などと報道するのを見ていると、なんとなく「いつまでも保管を続けるわけにもいかないから、海洋放出も仕方ないかな」などという気分になってしまいがちであるが、それでも専門家の意見では、「処理水の保管を継続することは不可能ではないのだから、安易な海洋放出は避けるべきだ」と、京都大複合原子力科学研究所研究員の今中哲二氏が、8月23日の静岡新聞で書いている; 政府は廃炉と福島の復興を進めるためとして、東京電力福島第1原発の処理水を24日に海洋放出する方針を決めた。本当に放出に問題はないのか、説明は尽くされたのか、懸念と不安は募る。今回の決定について、2人の識者が論じた。 ◇ ◇ 岸田文雄首相は関係閣僚会議を開き、東京電力福島第1原発にたまり続ける放射性廃水、いわゆる「多核種除去設備(ALPS)処理水」を24日に海に放出する方針を決めた。そのままでは法令に基づく放出基準濃度を超えているので海水で希釈する。 「廃炉と復興を進めるため」だそうだが、薄めても放射性物質がなくなるわけではない。漁業者をはじめとする多くの団体や地元議会の反対は無視された。 2015年、度重なる汚染水漏れを心配して提出された福島県漁業協同組合連合会の要望書に対して政府・東電は、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わないと文書で回答している。 しかし、岸田首相は「漁業者との信頼は深まっている」と言う。「風評被害対策をしっかりやります」と言われると、かつて「最後は金目でしょ」とうそぶいた大臣を思い出す。 海洋放出の話が出た当初から私は「第1原発からこれ以上余計な放射性物質を環境に放出すべきではない。放射性廃水は大きなタンクで貯留するか固化するかして、東電の責任で長期保管すべきだ」と言ってきた。 これ以上タンクを設置する場所がないというのであれば、約10キロ離れた場所に廃炉が決まった福島第2原発がある。ALPSで除去できないトリチウムの半減期は12年なので、その10倍の120年たてば放射能の強さは千分の1に減衰し、もう120年たてば100万分の1になって自然界レベルと同じになる。 第1原発は東電が最初に建設した原発で、1号機の設計・施工は米国のゼネラル・エレクトリックが受注、1971年に運転を開始した。高さ30~40メートルの崖を削って原子炉や建屋を設置したが、阿武隈山地からの地下水が流れてくる砂層があり、建設当時から水に悩まされた。 福島事故で1~3号機の三つの原子炉がメルトダウンを起こし、溶融燃料で原子炉容器の底が抜け、燃料デブリが格納容器の底に堆積した。原発事故が厄介なのは、デブリが発熱を続けていることだ。この熱を冷却するため、今でも各原子炉で大量の注水が続けられている。 デブリに触れて汚染された水は、壊れた格納容器から建屋の地下に流れ込み、外から入ってきた地下水と合流して汚染水となる。汚染水はポンプでくみ上げて地上タンクに保管されてきた。 原発の汚染水漏れについて「アンダーコントロールだ」と、当時の安倍晋三首相が五輪招致の会議で演説した13年ごろ、汚染水の総量は約30万立方メートルで、毎日400立方メートル増えていた。「氷の壁で地下水をシャットダウン」という触れ込みの凍土壁が完成したのは18年だったが、汚染水の増加が半分になった程度で、いまでは氷のスダレと皮肉られている。 第1原発で保管する放射性廃水量は現在約134万立方メートルで、タンクの残りの容量は3万立方メートルだそうだ。だが、第1原発敷地内でもタンクの増設はまだまだ可能だ。 政府・東電がやるべきは、まずは海洋放出を中止して関係者の意見を聞き、同時に地下水の流入を防ぐ頑丈な遮水壁を、壊れた原子炉の周りに設置して根本的な流入防止対策を進めることだ。 × ×<いまなか・てつじ> 1950年、広島県生まれ。原子力工学が専門。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の被害調査や福島原発事故の実態調査などに取り組む。2023年8月23日 静岡新聞 「視標『処理水放出』 実施は中止すべきだ 東電が長期保管を」から引用https://www.at-s.com/news/article/national/1302746.html 朝日やNHKは、IAEAから人が来て安全宣言をしたとかアメリカ政府もOKしたとか、そんな「ニュース」ばかりではなく、福島県漁連がまだ「反対」しているとか、処理水の保管は本当に「限界」なのかとか、今中先生はどう考えるのかとか、多方面から情報を集めて、何が最善の「解決策」であるのかという「議論」を始めるべきだと思います。そのような「方向」に進むことを避けて、ただただ無批判に「政府はこうする方針だ」と言ってるだけでは、ただの「広報紙」に過ぎず、ジャーナリズムの「使命」を果たすことはできないわけで、そんな姿勢では70数年前にやらかした失敗をまたしても繰り返すことになる心配があります。
2023年09月12日
かつて日本が戦争をしたとき、社会はどのようであったか、私たちは何を学び、今後に備えるべきか、歴史学者の貴志俊彦氏は、8月4日の朝日新聞で次のように話している; 戦争をしている国は、国内向けにも情報戦をします。戦前の日本は、国民の戦争熱を鼓舞するために、政治宣伝や戦争報道といったプロパガンダをしました。大本営発表のように軍部や政府によるものだけでなく、報道界や映画界も加担しました。学校や町内会でも、体制からの情報が受け売りで伝えられ、「1億総宣伝」に近い状況でした。 プロパガンダは、新しいメディアやお祭り騒ぎも利用して行われます。日露戦争では、勝利を祝うちょうちん行列や花電車に人々が集まりました。当時頻繁に開かれた博覧会は、領土拡大を宣伝し、植民地化の正当性を主張する場になりました。 第2次世界大戦下の日本では、外国から物資だけでなく情報も入りにくくなりました。閉ざされた中で都合のいいイメージを作っていくうちに、人々のものの見方にバイアスがかかっていきます。 新聞も客観的報道ができなくなっていきました。統制が進んだのは、報道の総力戦体制がしかれた1941年以降です。新聞の統合や、紙の配給は強化されていきます。軍部の方針に反する報道をすると起きる不買運動も、検閲のような効果を持ちました。さらに怖いのは自主的な検閲です。現場の記者やカメラマンが取材や撮影をしても、本社が軍部の意向に沿う情報しか載せないことがありました。 当時の新聞社には、自社が撮影した写真を外地から電送した際に画質などを修整する担当者がいました。軍事情報にあたると判断した内容の削除や別の写真と合成するコラージュまでも行われていました。「フェイク写真」はこの時代から流布していたのです。 情報を受け取る側にとって2つの教訓があります。まず、報道される情報についてできるだけ自分で調べて真偽の判断をすること。もう一つは国内の報道だけを見ないこと。インターネットとAI(人工知能)による翻訳のおかげで、様々な国の様々な階層の人たちが発信する情報を見ることが容易になりました。対戦国や中立国の報道を確認し、情報を相対化するのです。メディアや新しい技術を、「信用できない」と遠ざけるだけではかえって簡単にプロパガンダでだまされてしまいます。問題を見極めつつ、積極的に使うべきです。 情報戦といえども、正義を訴えるよりも、自国はもちろん相手国の人間も大事にしている、という発信が重要です。戦争で人が死ぬことはより深刻に捉えるべきで、「正義の戦争」はありません。なにより補償を含め被害や加害への説明責任を果たすこと、市民を手厚く保護していることを、国際社会に訴えないといけません。それなしでは戦後に禍根を残すだけでしょう。(聞き手・高重治香) * きしとしひこ 1959年生まれ。京都大学教授。著書に「帝国日本のプロパガンダ」「満洲国のビジュアル・メディア」他。2023年8月4日 朝日新聞朝刊 13版S 13ページ 「耕論・情報戦の世界-国民鼓舞した戦争の教訓」から引用 この記事は示唆に富んでいると思います。世の中に「正義の戦争」などというものはないのだから、味方が勝利したからと言ってちょうちん行列だの花電車だの浮かれるのではなく、流れてくる情報の「真偽」を出来るだけ自分で確認する。相手国や中立国が発する情報にも注意を払うことが大切だという指摘は、その通りだと思います。しかし、「なにより補償を含め被害や加害への説明責任を果たすこと、市民を手厚く保護していることを、国際社会に訴えないといけません」というところは、理解が難しいように思われます。現状のロシアからもウクライナからも「自分たちは市民を手厚く保護している」というようなアピールは皆無のように感じられて、この戦争は単に「禍根」を残す以外になにもないのではないかと思われます。
2023年09月11日
関東大震災のときに発生した流言飛語のために各地の自警団の不当な暴力で犠牲となった朝鮮人を追悼する式典に、今年も追悼文の送付を拒否する姿勢の小池百合子都知事を、8月20日の神奈川新聞は、次のように批判している; 東京都の小池百合子知事は、関東大震災の際に虐殺された朝鮮人らを悼む式典に今年も追悼文を送らない意向だ。昨年には都職員が小池氏の姿勢を踏まえ、虐殺を「事実」とすることを疑問視するようなメールを関係先に送っていた。発生から100年。追悼式典の実行委員会は「悲惨な歴史から目を背けるべきではない」と、追悼文の送付再開を求めている。 ▽不幸な歴史 1973年、墨田区の都立横網町公園に建てられた石碑には、関東大震災の混乱の中で多数の朝鮮人が命を奪われたとして「不幸な歴史をくりかえさず、民族差別を無くし、人権を尊重し、善隣友好と平和の大道を拓く礎となると信じます」との言葉が刻まれている。 実行委によると、建立には当時の都議会の全会派が関わり、都とも碑文の調整が行われた。74年から毎年、発生当日の9月1日に碑の前で開いている追悼式典には、石原慎太郎氏ら歴代都知事が「追悼の辞」を寄せてきた。 ▽明言避ける だが小池氏は知事就任2年目の2017年以降、送付していない。追悼式典とは別に、都慰霊協会が主催する大法要に参列して「大震災と、その極度の混乱の中で犠牲になられた全ての方々に哀悼の意を表している」というのが理由だ。 朝鮮人虐殺については、政府の中央防災会議が09年にまとめた報告書で、震災後に警察や軍隊、住民による朝鮮人らへの殺傷行為が多発し「虐殺という表現が妥当する例が多かった」と明記。犠牲者を千~数千人と推計している。 都発行の「東京百年史」も、自警団による朝鮮人の殺傷を東京の歴史の「ぬぐうことのできない汚点」としている。都議会でこの点への見解を問われた小池氏は「さまざまな内容が史実として書かれている。何が明白な事実かは歴史家がひもとくもの」と答弁。虐殺の有無に関しては明言を避けている。 ▽表現の機会 昨年には、小池氏のこうした姿勢が都職員に影響した可能性をうかがわせる出来事もあった。 アーティストの飯山由貴さん制作の朝鮮人虐殺に触れる映像作品について、都立施設の企画展関連事業での上映可否を検討する過程で、都人権部の職員が「朝鮮人虐殺を『事実』と発言する動画を使用することに懸念がある」とのメールを施設担当者に送っていた。小池氏の追悼文不送付にも触れていた。 結局上映は認められず、都は理由を「精神障害の理解を深めるという企画展の趣旨にそぐわなかったため」と説明。メールに関しては「殺傷事件を否定したものではない」と釈明した。 飯山さんは「都知事への忖度(そんたく)としか思えず、こんな形で表現の機会を奪われることはあってはならない」とし、都庁前で抗議行動を続けている。 追悼式典の宮川泰彦実行委員長は「自然災害の被害と、人の手による犠牲は違う。過ちを繰り返さないために、未来に語り継ぐ必要がある。100年という節目に、碑に込められた思いに都が正面から向き合う必要がある」と訴えている。2023年8月20日 神奈川新聞朝刊 18ページ 「朝鮮人虐殺『歴史正視を』」から引用 この記事は、東京都墨田区の都立横網町公園に建てられた朝鮮人犠牲者追悼碑が、当時の都議会で自民党や公明党を含むすべての会派が賛成し、碑文をどうするかという作業には都庁職員も加わったものであったという貴重な情報を提供している点で、新聞読者には貴重な情報を提供している。それが、追悼碑建立から50年経って、都知事は追悼文の送付を停止し、都庁は「朝鮮人虐殺は無かった」と主張する右翼団体に、集会開催の便宜を図るという「歴史改ざん」に加担するというのは、由々しい問題です。次の都知事選挙では、白を黒と言いくるめるような人物を落選させて、まじめな人を都知事にしてほしいと思います。
2023年09月10日
日本政府は「漁業関係者の了解なしに処理水の海洋放出はしない」と言いつつも「今年の夏を目処に、放出を検討する」とも言っていたが、漁業関係者との話し合いはどこまでいっても平行線と見るや、いきなりアメリカ政府を訪ねて行って、アメリカ政府の「OK」を取り付けると、帰国して「これ見よがし」に「国として判断すべき最終的な段階に至った」などと言い出した。このような岸田政権の「行動」を、8月20日の東京新聞は、次のように批判している; 岸田首相が、東京電力福島第一原発の処理水を海洋放出する政府の計画を実施するかどうか、判断の最終段階に入っていると明言した。外遊先である米国の支持と理解を根拠に、「放出ありき」の政府方針を既成事実化し、国内の関係先への十分な説明を後回しにする姿勢を鮮明にした形だ。 政府は本来、処理水について「(漁業者など)関係者の理解なしに処分しない」との方針だった。首相も訪米直前までは「具体的な時期は決まっていない」と強調してきた。 一方で、関係者の理解を得る見通しは立たないままだ。首相は今月7日に「漁業者との信頼関係は少しずつ深まっていると認識している」と述べたものの、地元の福島県漁業協同組合連合会は「何を捉えてそう言っているのか、私には分からない」(野崎哲会長)と引き続き反発。全国漁業協同組合連合会(全漁連)への説明もこれからだ。 今回、韓国の尹錫悦大統領との会談では、処理水の問題が議題とならなかった。韓国国内での反発に配慮したとみられるが、日本の農水産物の輸入規制緩和を求めることもなかった。 首相はこれまでも、防衛費の大幅増やそれに伴う防衛増税などで、国民への丁寧な説明よりも政府方針の推進を優先してきた。処理水の海洋放出についても、「最終段階」と言及するのはあまりにも性急で、生活の先行きを懸念する漁業者などの不安を増幅させることにつながる。(佐藤裕介)2023年8月20日 東京新聞朝刊 12版 1ページ 「外遊で『放出』既成事実化」から引用 政府が国としての方針を決めようと思うのであれば、国会に諮って議論を尽くして国民の納得する「結論」を得るべきであるが、今の日本政府の場合、先に「結論」は決まっているのであり、それと少しでも違うと何故か「困ったことになる」という「事情」があるらしく、「国会で議論する」などということは絶対にしないことになっている。少しでも「議論」などというものを始めると、野党にそれほど優秀な人材が揃っているとも思えないのだが、一度議論を始めると、与党の世襲議員のアタマでは野党議員の「議論」について行けず、狙った「結論」とはほど遠いところへ行ってしまうという「恐怖」があるらしく、従って、国会では官僚の作文を棒読みするだけで、質問は言を左右にしてただただ「時間稼ぎ」をするだけで、時間が来たら「強行採決」で「終わり」ということになる。しかし、そんなことばかりしていては、あまりにも能が無いので、岸田氏の場合は「国会で議論」の代わりに「アメリカ政府のお墨付き」をもらうというパフォーマンスをやることにしている。前回の「防衛費倍増」も、財源や憲法9条との兼ね合いなど、議論の種は山ほどあるのに、バイデン大統領の「お墨付き」で「防衛費倍増」は決定事項となっている。こんなインチキ政治に対し、「おかしいじゃないか」との声も出ないのが、さらに「おかしい」日本社会なのである。
2023年09月09日
毎年、都内の公園で市民団体が開く関東大震災時に虐殺された朝鮮人被害者の追悼式典に対し、美濃部都知事から歴代の都知事が追悼文を送ってきたのであったが、小池百合子知事は就任2年目から「朝鮮人犠牲者も震災で亡くなった日本人と一緒に追悼する」と称して、朝鮮人被害者の追悼式典に「追悼文」の送付を止めている。そのことについて、8月19日の東京新聞は小池都知事の態度を、次のように批判している; 1923年の関東大震災から百年。当時の朝鮮人虐殺について、否定する声も一部で残る。東京都の小池百合子知事は、虐殺犠牲者を含む震災犠牲者への哀悼の意を示す一方、9月1日の追悼式典への追悼文送付は今年も見送る。節目の年に、私たちは歴史にどう向き合えばいいのか。在日朝鮮人の歴史を専門とする東京大大学院の外村大教授は「事実は事実として語り継ぐ必要がある」と訴える。(渡辺真由子)◆外村大・東大院教授に聞く 「証言も資料もある。『全然知りませんでした』という人には、資料を見せればいい」。外村教授に虐殺の事実関係について尋ねると、こう答えた。当時の証言や資料のほか、東京都の「東京百年史」や政府の防災会議の報告書、教科書にも記述があるという。 虐殺そのものをなかったとする見方の背景については「普通の町で暮らしていたごく善良な日本人」が加害にくみしたことから「否定したくなる気持ちは人間の感情としてある」と分析する。 虐殺の被害人数については、当時の調査が不十分だったとして「正確な数は分からないとしか言えない」と説明する。その上で、政府の防災会議が、10万5千人あまりとされる死者の「1~数%」としていることに触れ「たとえ少なく見積もった数の千人だとしても、大変な社会的影響力をもった歴史であることを考えないといけない」とした。 朝鮮人犠牲者を含めた震災犠牲者全体に哀悼の意を示す一方、追悼式典への追悼文送付を見送る小池知事の対応を巡っては「曖昧でちょっとがっかり。なぜここまでかたくななのかよく分からない。語らないことが臆測を呼び、人々が歴史を受け止められなくなる」と指摘した。 その上で「自治体トップが、関東大震災でこんな痛ましい事件が起きたことをはっきりと認め、二度と起こさぬよう追悼の意を示すことが必要」と述べ「事実は事実として説明し、歴史否定的なデマは間違いなのだと、メッセージや行動で示してほしい」と願った。◆犠牲者全員に哀悼の意 小池百合子都知事は18日の記者会見で、関東大震災の朝鮮人虐殺を巡る歴史認識について明言を避けた。9月1日の虐殺追悼式典への追悼文送付を今年も見送る理由と、虐殺の歴史についての認識を尋ねる質問には「(1日に開かれる震災の)慰霊大法要で関東大震災、大戦で犠牲になった全ての方々に哀悼の意を表している」と述べた。 その上で「震災による極度の混乱下で犠牲となられた方々」との表現で、朝鮮人虐殺犠牲者が含まれるとする意向をにじませ「全ての方々に慰霊する気持ちを表すということで、私自身は対応してきた」と説明した。歴史認識について改めて質問すると「今お伝えした通りです」と述べるにとどめた。 小池知事は就任した2016年には「極度の混乱の中、多くの在日朝鮮人が犠牲になった」などとする追悼文を朝鮮人追悼式典に送った。しかし17年から送付しておらず、今年も送らない方針を実行委員会に伝えている。一方、法要には毎年追悼文を寄せている。<とのむら・まさる> 1966年生まれ。早稲田大大学院文学研究科博士後期課程中退。早稲田大社会科学研究所助手などを経て、2015年から現職。専門は近代日本史で、主な研究テーマは在日朝鮮人の歴史。著書に「朝鮮人強制連行」など。2023年8月19日 東京新聞朝刊 12版 25ページ 「都知事、今年も追悼文送らず」から引用 就任1年目の小池知事が朝鮮人犠牲者追悼式典に、前例にならって追悼文を送付したのに、2年目から止めたのは、都議会で自民党所属の右翼議員が「朝鮮人虐殺などということが、本当にあったかどうかも不確かなのに、知事が追悼文を送るのは不適切だ」と追及したのがきっかけで、それ以来、小池知事は「虐殺があったかどうかという問題は将来の歴史家が明らかにすることだから」と言って「歴史論争」を避け、追悼式典を実行する市民団体に対しては「虐殺事件の被害を受けた朝鮮人の人たちも、震災で亡くなった日本人と一緒に追悼するから」という理屈で「追悼文」の送付を断っている。小池知事のこのような態度に便乗して、最近は自民党の茂木幹事長も「関東大震災時に朝鮮人虐殺があったとする文書は、政府が保有する公文書の中には存在しない」などと発言して、あたかも「朝鮮人虐殺はなかったかも知れない」ような雰囲気作りをしているが、しかし、十数年前に政府の防災会議が作成した報告書には「少なくとも数千人の朝鮮人が(虐殺事件の)被害にあった」と報告されているのであり、「公文書は存在しない」などというのは真っ赤な嘘である。東京都知事が変な行動を始めることによって、関係各方面から「そんな史実はない」というムード作りが始まるのは、日本人社会が堕落していく兆候であり、見過ごしていてはならない事態だと思います。
2023年09月08日
今年は関東大震災から100年目に当たることに因んで、学習院大学教授の井上寿一氏は8月19日の毎日新聞コラムに、次のように書いている; 今年の9月1日は関東大震災から100年に当たる。地震多発国の日本の歴史のなかでも、関東大震災は近代以降で最大規模の被害をもたらした。首都直下地震は30年以内に70勿の確率で発生すると予測されている。歴史の教訓は生かせるのか。関東大震災をめぐる政治社会史の観点から考える。 関東大震災が発生した大正時代に先立つ明治時代は、自助努力の時代だった。幕藩体制下の身分制社会は解体された。代わりに「四民平等」になった。富を得たり社会的な地位が向上したりするのは、個人の努力次第だった。「天は自ら助くる者を助く」。サミュエル・スマイルズの「自助論」は、「西国立志編」と訳されて、100万部以上のベストセラーとなった。福沢諭吉の「学問のすゝめ」は300万部以上である。明治時代の人々はこれらの本をいわば自己啓発本のように読み、自助の精神によって豊かさと立身出世を追求していく。 結果はどうだったか。人々が思い知らされたのは、自助努力ではどうにもならない過酷な現実だった。個人の努力では埋めることのできない資本家対労働者、地主対農民の階級間格差、あるいはより広く社会階層間の格差の是正を求めて、「大正デモクラシー」運動が始まる。その時に発生したのが関東大震災だった。 大震災は社会的な格差の問題を突きつける。このことをもっとも自覚したひとりが、当時、旧制中学の生徒で、のちに社会学者となる清水幾太郎だった。東京の下町の貧しい家庭に生まれた清水は、立身出世を求めて、山の手の進学校に通う。大震災にともなう火災は、清水の住む下町のスラム街を焼き尽くす。それでも登校すると、山の手は被害を受けていなかった。級友たちは焼け出されて着の身着のままの姿の清水を笑った。教師は「天譴(てんけん)」と黒板に書いた。関東大震災は「大正デモクラシー」下の奢侈(しゃし)な生活に対する天罰といわんばかりだった。清水は黙っていられなかった。「贅沢生活に縁のない下町が被害にあい、山の手が無事だったのはどういう理由か」。清水は教師に質問した(小熊英二「清水幾太郎 ある戦後知識人の軌跡」)。 清水はのちに「流言蜚語(ひご)」を著す(1937年)。関東大震災の経験が前提だったことはいうまでもない。大震災の発生直後、社会的な混乱のなかで、さまざまな流言飛語(デマ)が飛び交う。なかでも深刻な問題を引き起こしたのは、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマで、自警団による朝鮮人虐殺事件が頻発した。 事件の背景は、日本人と朝鮮人の社会的な格差だった。独立国家の李氏朝鮮を併合した日本は、「日鮮同祖」を唱えた。しかし実際の日本の統治は過酷だった。内地の朝鮮人は最底辺の労働者に身をやつした。19年には3・1独立運動が起きる。虐殺事件が起きたのは、天変地異によって、日本人が朝鮮人との社会的な地位がひっくり返ることを恐れたからだった。 暴徒化した群衆を鎮圧したのは国家権力である。9月5日の内閣告諭が群衆に警告する。「民衆自ら濫(みだ)りに鮮人に迫害を加うるが如(ごと)きことは固(もと)より日鮮同化の根本主義に背戻(はいれい)するのみならず又(また)諸外国に報ぜられて決して好ましきことにあらず」。9月2日の戒厳令とあいまって、流言を信じた群衆の暴動は、下火になっていった。 災害が起きると人は利己的な行動から利他的な行動に転換し、助け合い譲り合いの「災害ユートピア」が生まれるとされる(土田宏成「災害の日本近代史」)。しかし関東大震災においてこのような「災害ユートピア」が生まれることはなかった。 社会的な格差の問題の顕在化は、政治参加の拡大と政党内閣制の確立を促す。翌年、護憲三派内閣が成立する。ほどなくして男子普通選挙制度の下で、2大政党制が展開する。しかし社会的な格差の是正をめぐって2大政党が政策を競ったのは、10年に満たない期間に過ぎなかった。 政党内閣制の崩壊後、戦争が起きる。国民は戦争の社会変革作用によって、社会的な格差が是正されることを期待するようになる。しかし期待は裏切られる。等しく貧しくの先に待っていたのは、国家的な破局だった。 関東大震災級の災害はこれからも起こり得る。その時どうするか。国家による社会秩序の回復に過度な依存をすることなく、誰もが皆、力を合わせて「災害ユートピア」を構築することである。 社会的な格差の問題は今も続いている。自助努力だけではどうしようもないことは歴史が教えている。あれから1世紀を経ながら、何事にも自己責任が問われがちな今の日本社会の風潮を危惧する。2023年8月19日 毎日新聞朝刊 13版 8ページ 「井上寿一の近代史の扉-関東大震災100年」から引用 井上寿一氏はどちらかと言えば保守派の歴史学者だと聞いているが、さすがに学者だけあって「関東大震災時に、朝鮮人虐殺があったかどうかは一概には言えない」などと史実に背くような発言をしないのは一応、立派であると評価すべきかも知れない。上の記事に書かれた「歴史認識」は日本人として常識の範囲内であると思います。ただ一点、引っかかるのは「災害が起きると人は利己的な行動から利他的な行動に転換し、助け合い譲り合いの『災害ユートピア』が生まれるとされる」と、いきなり書き付けていることだ。何を根拠にした発言なのかと言うと、それは土田宏成という人が今年の7月に出版した「災害の日本近代史」というどこかの出版社の「新書」に書いたことのようで、しかし、現実の歴史においては「関東大震災のときに、人々が利他的に行動した」などという「美談」はどこにも存在はしなかったのである。土田宏成氏が如何なる根拠で「災害ユートピア」などと言うのかは、その著書を読めばいい話だが、小泉政権以来ことあるごとに「自己責任」を政府が言い続けてきたこの社会で、「災害時には助け合いましょう」などときれい事を言ってみても、なかなかそうは問屋が卸さないと思います。
2023年09月07日
日本が侵略戦争に敗れた頃の様子を記憶している高齢者が、8月16日の東京新聞に投書して、岸田政権の姿勢を次のように批判している; 私は昭和初期、東京・世田谷の九品仏に住んでいた。当時は田畑が多く、人家はまばらだった。近くに地名の由来となった九品仏浄真寺があり、子どもたちは広い境内で遊び回っていた。日没近くになると、鐘楼の鐘が鳴り、ねぐらに戻る鳥の群れの鳴き声を聞きつつ、子どもたちは家路に急いだ。素朴な生活の中にも、勉強や遊びを満喫できた小学校時代だった。 中学校に入学した1941(昭和16)年12月8日、太平洋戦争が勃発した。大人も子どもも生活が一変。戦況が厳しくなると、大学生は学業の途中で軍隊に動員された。いま再開発で批判を浴びる明治神宮外苑で、雨の中、行われた出陣学徒壮行会。それをスタンドで見送った記憶が私の胸に焼き付いている。私たち中学生も軍需工場に動員され、教室での授業は皆無となった。45(昭和20)年8月6日の広島、9日の長崎の原爆投下をへて、15日に敗戦を迎えた。 今年は戦後78年。ロシアとウクライナの戦乱が続く。国内では岸田文雄首相が日本の安全保障政策の大転換となる敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有や、防衛費の倍増、武器輸出の解禁の方針を示し、戦争への道につながる政策を次々と打ち出している。 とはいえ、多くの国民は平和への思いを強めているはず。戦後、平和が続いたのは、戦争放棄を明記した憲法9条のおかげた。世界に誇るこの日本国憲法をしっかり守り続けてほしい。2023年8月16日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「発言-危うい岸田政権 9条守れ」から引用 戦争の記憶がある高齢者と話していていつも不信に思うのは、「戦争が昭和16年(1941年)12月8日に始まった」という発言である。しかし、実際に始まったのは昭和12年(1937年)7月7日で、当時は「盧溝橋事件」と呼ばれ、当時の日本政府は中国に対して正式に宣戦布告をせずに、「支那事変」と称して「これは戦争ではなく、単なる軍事衝突である」と言っていたのは、ウクライナに侵攻したときにプーチン大統領が「これは戦争ではなく、特別軍事作戦だ」と発言したのとよく似ている。そして、米英は日本に対し「中国侵略を止めよ」と忠告したが、日本はそれを聞き入れず、「ならば」とそれまで日本に石油を輸出していたアメリカが日本に対して「石油の禁輸」を実施したために、日本軍は東南アジアに侵攻して「石油確保」に動くという展開になった。いずれにしても、国益のために武力を行使するなどということは、今後してはならないことであり、「敵基地攻撃能力」などは「じゃあ、また『真珠湾攻撃』をやるのか?」という話であり、断じてあってはならないことだと思います。この投書が訴えるように、私たちは岸田政権に対し「憲法順守」を要求していくべきです。
2023年09月06日
今年の全国戦没者追悼式で天皇がどのような発言をしたのか、8月16日の東京新聞は次のように報道している;天皇陛下のお言葉全文 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。 終戦以来78年、人々のたゆみない努力により、今日のわが国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。 これからも、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。 ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和とわが国の一層の発展を祈ります。◆保阪正康さんに聞く-平和と不戦一貫し継承 天皇陛下は、令和になって5度目の全国戦没者追悼式で、過去の戦争への深い反省と平和への願いを改めて述べられた。「深い反省」の言葉を盛り込み、平和と不戦の思いを継承すると誓った部分は、即位後初めて参列した2019年から一貫している。ノンフィクション作家の保阪正康さんは「時流がどうであっても天皇家の思いは不動であり、歴史の空間へのメッセージとして不動という証しを立てている」と指摘する。 保阪さんは「戦後15年に生まれた天皇として、昭和、平成の時代とは距離を置いた言い方になっている。一方で、昭和と平成を土台に据えながら、8月15日をこのような精神で継承するというメッセージになっている」と分析。ロシアのウクライナ侵攻に触れなかったことについては「今の段階で触れるなら『戦争はやめてほしい』としか言えない。それは政治的になると判断したのではないか」と話した。 お言葉では過去3回、コロナ禍に触れ、昨年は「感染拡大によるさまざまな困難に直面していますが、私たち皆が心を一つにし、力を合わせてこの難しい状況を乗り越え」などと表現したが、今年は言及しなかった。(佐藤大)2023年8月16日 東京新聞朝刊 12版 3ページ 「『深い反省』不動の思い」から引用 保阪正康氏が解説する通り、天皇は過去の戦争への深い反省と平和への願いを改めて述べたもので、平和を希求する国民を統合する「象徴」として立派で、適切な発言であったと思います。ところが、同じ日の同じ式典で政府を代表して発言した岸田首相の場合は、同じ新聞の前のページに大きく取り上げられているのであるが、なんとその発言は、去年の発言と9割がた同じ文言であったとのことで、岸田首相の誠意の無さ、無関心さが如実に表れているとのことだ。アメリカに言われれば、財源もないのに防衛予算を倍増するのに、国民向けにはこの誠意の無さ。こういう政治家に国政を任せていいのか、国民は真面目に考え直す必要があると思います。
2023年09月05日
日本政府は、事故を起こした福島第一原発の汚染水を放射能除去装置に通して処理した後も直接海に流すことなく「処理水」と称して陸上のタンクに保管してきていたが、これ以上の保管は無理になったからと、今年の夏には海洋に放出する方針だと発表すると、中国政府はその「方針」に異議を唱え、それまでは一旦取りやめとなっていた日本からの輸入食料に対する「厳しい安全性検査」を再開したため、通関業務に時間がかかり、実質輸入量が激減したため、日本政府は中国当局に対し「スムーズな通関業務の再開」のための話し合いを求めていたのであったが、一貫して聞く耳を持たない「態度」だった中国政府が、ここに来て自らの「方針」について日本政府に対し「説明」を始めたと、8月13日の神奈川新聞が報道している; 中国政府が、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出計画を受けて始めた日本産水産物の全面検査について、日本政府に外交ルートで説明を開始したことが分かった。自国の消費者を放射性物質の危険から保護するための「必要な措置」だと主張した。複数の日中関係筋が12日までに明らかにした。中国は説明を拒否してきたが、低迷する国内経済への悪影響を避けるため、密接な貿易関係がある日本との関係全体に配慮した可能性がある。 日本政府は中国に対して通関業務の「適切な処理」を求めた。ただ中国は処理水放出後にさらなる対抗措置を取る可能性が高く、両国関係の先行きには不透明感が漂う。 中国は日本から輸入する水産物の全面的な放射性物質検査を7月に開始。緊張状態にある日中関係を受け、中国側は当初対話に応じず、税関当局が日本政府による度重なる説明要求を拒んできた。検査強化の方針を軟化させる姿勢は見せていない。 関係筋によると、既に東京と北京の外交ルートで複数回にわたり検査強化を巡り協議した。中国側は「放射線に汚染された日本食品の中国への輸入を防がなければならない」と説明したという。 ほかの日本産食品の通関にも遅れが生じており、議題となったが、中国側は通関業務の具体的な実施状況については言及を避けた。 中国は2011年の原発事故を受け、福島や長野など10都県産の水産物を含む食品や飼料の輸入を停止した。10都県以外のものでも、果物などには中国側が求める放射性物質検査に関して両政府が合意できず、中国は実質輸入していない。日本側では、処理水放出後、10都県産以外の水産物も輸入停止とする措置を中国が取るのではないかとの懸念が強まっている。2023年8月13日 神奈川新聞朝刊 3ページ 「水産物検査は『必要』-中国、日本政府に説明」から引用 事故を起こした福島第一原発は、立地の場所が昔から地下水が流れていて、原発が事故を起こして炉心がメルトダウンすると、そのメルトダウンで汚染した地下を汚染物質を洗い流すように地下水が流れて、放置しておくとそのまま海に流れ込んで福島県沖から広く太平洋を汚染することになるため、東京電力は事故現場に流れ込んだ地下水をくみ上げて放射線除去装置「ALPS」に通してウランやプルトニウムといった放射性物質を除去しているのだが、この装置は元々事故後の汚染水処理を想定して設計されたものではないため、トリチウムを始めとして除去できずに残留する物質が存在するため、処理後の「処理水」をすぐには海洋放出できずに今まで陸上のタンクに保管してきたものである。それを「保管する場所がなくなったから」との理由で海洋放出するというのは、あまりにも乱暴な話で、まともにものを考える人間であれば、誰しも「それは、ちょっと」と言いたくなるのが普通だと思います。「海洋放出しても安全だ」と言うのであれば、その科学的根拠を示すべきであり、これまで10年間陸上のタンクに保管してきたのは何故だったのか。「処理水」に残留する放射性物質には、どのような物が含まれているのか、等々の情報を明らかにして人々を安心させるべきです。IAEAの専門家を呼んで「安全です」というコメントを出させるなどというパフォーマンスだけで、世間を納得させようという「発想」が、あまりにも素人的で、やはりこれは世襲政治家の「限界」というもので、国民はそろそろこういう古い価値観で政治家を選ぶという旧弊を改める時期にさしかかっていることを理解するべきです。
2023年09月04日
昨日の欄に引用した記事の続きは、社会に外国人を差別する空気が存在するのは、国が「外国人は管理の対象」であるとする考えをもっているせいであるとして、次のように述べている; 在日コリアンヘの「帰れ」という排除の言葉は、今に始まったものではない。 1980年代、差別の象徴とされた在日韓国・朝鮮人の外国人登録証への指紋押なつへの拒否運動が起きた。人道上の措置として「告発をしない」と市長が宣言した川崎市でも85年、当時市内の保育園主事だった李相鎬(イサンホ)さん(67)=福岡市博多区=が押なつを拒んだとして、外国人登録法違反容疑で逮捕された。 この直後、大阪府警の外事課長は次のように述べた。「そういう(日本の法治)体制がいやであれば自分の国にお帰りになればいいわけですね。日本で生まれ、日本人と同じように育っているという方は、日本に帰化すればいいんです」 この言葉が報じられると、呼応するように、李さんの元に大量の脅迫はがきが届いた。大半は匿名で61通のうち42通に「帰れ」や、類する言葉が含まれていた。「2世の母も私も祖国を知らない。日本で生まれ育っているのに、どこに帰れというのか。排外意識のすさまじさを感ぜずにいられなかった」と李さんは振り返る。 大学を卒業しても就職差別に阻まれ、一般企業の会社員にはなれなかったという李さん。14歳から3年に1回続けてきた指紋押なつを拒んだのは「差別をせず同じ市民として扱ってほしい」との願いからだった。指紋押なつ制度が2000年に廃止された後も、在日特権を許さない市民の会(在特会)による朝鮮学校妨害、各地で起きたヘイトデモなど排外主義の動きは続いた。 李さんは「帰れ」を焦点とした今回の訴訟に、入管施設で起きたスリランカ人女性の死を重ねる。「外国人を管理の対象とし排除しようとする国の体質が続くならば、国民だって変わらない」と思う一方、韓流文化への好感が若者の間で広がるなど「価値観は混在している」とも感じる。各地で反差別条例が制定されるなどの社会の変化に期待を込める。 9月に100年を迎える関東大震災の際には、差別扇動による朝鮮人虐殺が起きた。前出のアンケートでは「自分を監視し、危害を加えようとする人がいないか恐怖」(女性)など「周囲への恐怖と不信感」を被害体験に挙げた人も多かった。「在日コリアンの中には、親や祖父母世代から聞いた震災『世代間伝達トラウマ(心的外傷)』を抱える人もいる。再び日本人に攻撃されるかもしれない、という恐怖と『帰れ』もまたつなかっている」と板垣さんはみる。 差別が人への暴力への引き金となってきたことは、歴史が明示している。 板垣さんは言う。「ハゲタカ(被告の男性)は新しいことは一言も言っていない。歴史上反復され、どこかから持ってきた言葉だが、だからこそ怖い。被害者が日本社会に守られているという感覚を少しでももてるような判決を求め、差別を違法とする次の立法につながれば」2023年8月13日 東京新聞朝刊 11版 18ページ 「こちら特報部-共生否定する『祖国へ帰れ』」から後半を引用 80年代に「指紋押捺拒否運動」が起きたときは、私はまだ世の中を知らない駆け出しのサラリーマンだったので、何を騒いでいるのだろう、くらいの認識であったが、「3年に一回、指紋を提出しろなんて、これは不当な差別だ」と気付いた人の感性の鋭さは、なかなか大したものだと思います。また、その訴えを受け止めて、指紋押捺制度を「廃止」した日本政府の判断はなかなか立派で、そういう国家の警察官で「課長」クラスともなれば、「いやなら自分の国に帰れ」だの「日本で生まれたら日本に帰化すればいい」だのというレベルの低い発言は「恥」と心得て、人権とは何かを基本から勉強し直す必要があるのではないかと思います。この度の裁判の判決も、マイノリティの人権を保護するための立法を後押しするような正当な判決であってほしいと思います。
2023年09月03日

在日コリアンの女性がインターネットのブログに名指しで「祖国へ帰れ」と誹謗中傷されたことの損害賠償を求める裁判が、7月に結審し10月に判決が出る見込みであることについて、8月13日の東京新聞は次のように報道している; インターネットのブログに「祖国へ帰れ」と差別投稿をされた上、4年以上にわたる誹謗(ひぼう)中傷で精神的苦痛を受けたとして、川崎市の在日コリアン女性が起こした損害賠償請求訴訟が7月、横浜地裁川崎支部で結審した。焦点となるのは「帰れ」という排除の言葉の違法性だ。10月の判決を前に、裁判所に意見書として提出された49人の声から、戦後も「帰れ」と言われ続けてきた朝鮮半島ルーツの人々の苦悩を追った。(安藤恭子) 訴訟を起こした女性は在日3世の崔江以子(チェカンイヂャ)さん(50)。「ハゲタカ」と名乗る茨城県の男性を相手に、305万円の損害賠償を求めている。訴状によると、男性は2016年6月、崔さんを名指ししたタイトルで「日本国に仇(あだ)なす敵国人め。さっさと祖国へ帰れ」と投稿。崔さん側はこの投稿がヘイトスピーチ解消法が示す「排除」類型に当たる差別的言動で、違法などと訴えている。 被告の男性は病気を理由に一度も出廷せず、代理人とともに取材を拒否。裁判では「(投稿は)原告に向けられたものではない」などと主張している。 「『帰れ』という言葉がいかに不当で、在日コリアンを傷つけてきた言葉か。歴史を知らず、他者の痛みへの想像力を欠いている」 そう批判するのは、同志社大の板垣竜太教授(朝鮮近現代社会史)だ。 板垣さんは、崔さんの弁護団から意見書の依頼を受けて昨年9月、「祖国へ帰れ」「出て行け」という言葉に直面したことがある朝鮮半島ルーツの49人にアンケートを実施=表。これらの言葉に含まれる「加害」と「被害」の論理を読み解いた。 1910年の韓国併合の後、日本の植民地化による朝鮮での貧困の拡大と、安い労働力を必要とする日本の職場や政府の存在を背景に、多数の朝鮮人が日本に渡った。戦後、生活基盤の喪失や南北分断などにより帰還を断念した朝鮮人が約60万人残った。日本政府はこれらの人々を、一律に外国人として管理統制と排除の対象とした。 「見えてきたのは、日本による朝鮮の植民地支配から続く『非対称な関係性』だった」。朝鮮人は戦前は皇民化の対象だったが、戦後は外国人とされ、さまざまな権利から除外された。 「植民地支配で生まれた主従の力関係は、戦後も国籍問題に形を変えて続いた。日本人を相手に『帰れ』と言い返すこともできない」 アンケートからは「殺す」「死ね」といった暴力的な言葉との連動も見て取れたという。「帰れと同じく、ここから消え去ることを望む言葉だからだ」 加害側の言葉はパターン化しているのに対し「被害経験は、生きてきた人生の数だけ多様だった」という。返す言葉を失わせる沈黙効果とあきらめ、なぜ自分は生まれてきたのか、という自己否定、周囲の日本人への警戒と不信感、見て見ぬふり、反論・反撃―。被害を受けないように、ルーツを隠して生きることを決めたという人もいる。 板垣さんは「ヘイト解消法に定める危害や侮辱の言葉ではないが、共に生きることを否定するのが『帰れ』という言葉。私にとって、これほど苦しくなる意見書はなかったが、日本人の責任として、きちんと伝えないといけないと思った」と力を込める。<デスクメモ> 一覧表にある被害経験を読むと胸が締め付けられる。「祖国に帰れ」と言われた人々がどれほど苦しんできたか。身を守るには押し黙るしかないという状況も理不尽そのものだ。今に至るまで繰り返されてきた歴史は重い。十分に手を打たずに来た日本社会の姿勢も問われている。(榊)2023年8月13日 東京新聞朝刊 11版 18ページ 「こちら特報部-共生否定する『祖国へ帰れ』」から前半を引用 この記事によると、訴えられた茨城県在住の男性はブログに原告の女性を名指しで「祖国へ帰れ」などと書き込んでおきながら法廷には「原告に向けられたものではない」などとテキトーな陳述を行ない、しかも病気を理由に一度も出廷しないなどと裁判所を舐めているとしか考えられず、こういうふざけた被告に対しては305万円などという生ぬるい賠償金ではなく3千万円くらいの支払いを命じて、一ヶ月以内に支払いを完了しない場合は直ちに収監するというような厳しい条件を付けるべきだと思います。裁判所は、戦後の70数年間に渡って、私たちの社会が在日の人々への誹謗中傷を放置してきたことを真摯に反省し、正義に基づいた判決を出してほしいと思います。
2023年09月02日
麻生太郎が誰に唆されたのか、台湾に出掛けて「戦う覚悟」などと馬鹿げた発言をしたことについて、団体代表の前川喜平氏は8月13日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 麻生太郎自民党副総裁が8日、台湾で暴言を吐いた。台湾有事に「戦う覚悟」が必要だとし、防衛力を「いざとなったら使う」と言った。戦う相手は中国だ。しかし万一台湾海峡で戦闘が起きたとしても、それは日本にとっては中国の内戦だ。これに参戦することは明白な憲法違反である。 いたずらに中国を挑発する危険な発言だが、中国から抗議されるまでもなく、こんな憲法違反の暴言は日本国民自身が糾弾し、撤回させなければならない。鈴木馨祐自民党政調副会長は、麻生発言が「政府内部を含め調整した結果だ」と説明したが、もしそうなら岸田首相の責任も重大だ。 一方中国政府は10日、コロナ対策で制限していた日本への団体旅行を解禁すると発表した。観光業界は大歓迎だ。こっちでは岸田首相も「中国からのインバウンドの回復が今後さらに進むことを期待する」と言う。 中国人観光客に最も人気があるのは沖縄だ。沖縄には台湾、韓国、アメリカなどからも観光客が来る。沖縄はそうやって国境を越えて人々が集う世界の架け橋(万国之津梁)であるべき所だ。しかしもし日本が中国と戦えば、真っ先に戦場になるのがその沖縄なのだ。 麻生さん、僕には中国と戦う覚悟などない。あなた一人で戦ってくれ。沖縄を巻き込むな。日本を巻き込むな。僕らを巻き込むな。(現代教育行政研究会代表)2023年8月13日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-戦う覚悟と観光客」から引用 世の中には「台湾有事は日本の有事」などと言う向きもあるが、それは台湾が日本の植民地だった頃の理屈であり、現在の台湾は中国の領土であることは、日中両国政府の合意事項であり、そのような共通認識の下で日中平和友好条約も締結されている。従って、仮に「台湾有事」が持ち上がったとしても、それは日本にとって「有事」ではないことは当たり前のことだ。そして、日本が真の独立国であれば、万が一「台湾有事」が発生して米軍が「台湾政府」に加勢したいと考えても、独立国「日本」は隣国の内戦に関与しない立場から、米軍に対して日本国内の基地使用を拒否すると、はっきり通告するべきである。しかし、残念なことに現在の日本政府は世襲の三代目政治家が跋扈しており、独立国としての気概をもった政治家はおらず、アメリカにゴマをすってトランプ大統領に純金のゴルフパターをプレゼントして「日本の首相の座」を維持しようなどと考えるような輩ばかりだから、麻生太郎のような発言をするような羽目になる。 戦前のように「この国を統治するのは天皇だ」という体制であれば、兵役を拒否する者は刑務所に入れられるのであったが、現在の憲法は国が戦争をすることを禁止しているので、誰が何を言っても我々国民が戦争に駆り出される法的根拠はないのであり、我々国民は、命が惜しいなら戦争には反対するべきであり、「戦う覚悟」が大事だなどと思う人がいれば、どうぞそういう人たちだけが、勝手に立ち上がって戦えばいいのであって、我々国民は、人の命を大事に思わない政治家は次の選挙で落として、平和憲法に従って政治を実現できる政治家を選出していくべきだと思います。
2023年09月01日
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