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2016.01.26
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カテゴリ: アート
図書館で『漂泊の俳人たち』という本を手にしたが・・・
アポなしの漂泊の旅にあこがれる大使としては、気になるわけです。



漂泊

金子兜太著、日本放送出版協会、2000年刊

<「BOOK」データベース>より
古人も多く旅に死せるありと『おくのほそ道』に記した芭蕉。その後も多くの俳人たちが旅を日常とし、漂泊のなかに生を求めていった。先人芭蕉との違いに句作の原点を求めた一茶、信州伊那に居続けた井月、全国を気の向くままに歩いた山頭火、瀬戸内の小豆島に短い生を閉じた放哉、人々の間を水のように流離った三鬼。彼ら六人の魂の軌跡を探り、漂泊への憧景を読む。
【目次】
第1章 松尾芭蕉/第2章 小林一茶/第3章 井上井月/第4章 種田山頭火/第5章 尾崎放哉/第6章 西東三鬼

<読む前の大使寸評>
俳句をたしなんでいるわけではないが、アポなしの漂泊の旅にあこがれる大使である。
老境にさしかかり、ヒマなんで・・・俳句あたりにチャレンジしようか♪

rakuten 漂泊の俳人たち


漂泊の俳人といえば、まず種田山頭火が気になるのです。
山頭火山頭火

p144~165
<種田山頭火>
 種田山頭火は本名を正一といい、明治15年に、いまの山口県防府市八王子に生まれています。父は竹次郎、母フサ、祖母ツル、正一は長男で、姉フクがおり、妹シズ、弟二郎、信一の五人兄弟姉妹でしたが、大正15年、44歳で行乞放浪の状態となるときには、妹のシズが残っているだけで、他の人は全員死亡していました。

 当時の種田家は、「大種田」といわれる大地主で、山頭火研究者・村上護が防府市役所で調べたところでは、宅地総面積854坪(2818平方メートル)。三方が田圃に囲まれていて、西北に大きな納屋があり、母屋と土蔵のあいだに井戸があって、その井戸の上には黒松の大木が枝をのべていた由です。この井戸に正一が十歳のとき、母が投身自殺しました。正一のその後を決めた、といっても過言ではないほどの呪われた井戸です。

 大種田について、村上護の発掘した興味あるルーツがあります。それは「種田家の先祖は農に従事するより、海上の流通関係で活躍していた一族ではなかろうか」ということです。種田家は、この家に近い防府の三田尻にある本願寺派明覚寺の有力檀家の一つでした。寺伝によっても、種田家の遠祖は270年くらい前まで遡れるとのことです。つまり「一向門徒の海賊衆」「瀬戸内海の制海権を競い合った武装集団(水軍)」の子孫ということになるようです。

 その関係で、早くから瀬戸内海水産物の流通の仕事にたずさわり、財力を貯えて、土地を買いあつめていたのです。防府は江戸のころから塩の産地で、内海の鯖を塩引きする合物問屋が繁盛していたところとも村上護は書いています。

 この村上が発掘した事実に、わたしがたいへん興味を持つのは、山頭火の放浪に「水軍」だった祖先の面影を映しているからです。根っからの農家だったらどうだったろう、と思っています。
(中略)

■青年期の山頭火
 家に帰り父と酒造業をはじめます。母の自殺の原因に、父の行状の不穏当が大きく働いていたことは間違いありませんが、丁度その時期、家産を立て直すために、父は隣村の大道村に酒造場を買い受けて、それを経営しようとしていたのです。その手伝いをさせられます。

 正一・山頭火の、わたしが<大道村時代>と名づける9年間の開始です。明治40年から大正5年まで。25歳から34歳までの青年期で、途中27歳で佐藤サキノ(20歳)と結婚し、翌年長男の健が生まれます。
(中略)
 サキノとの結婚にも、山頭火は経営のための父の作為を見ていたわけで、母の自殺と結び付けざるを得ない父の行状への不信感が、その基にあります。酒造の経営そのものが、不慣れも手伝って資金面でも順調ではなかったのです。父への不信に加えて、さらに見てとれることは、女性への愛そのものが乾いていた、ということがあります。

■「観照者」へ
 34歳で妻子とともに熊本に移住してから、同じ熊本県内の味取観音堂を出て、長い「行乞流転の旅」に出る44歳までの10年間、山頭火の「頽廃」はさらに追い込まれていきました。「持病の神経衰弱」と酒癖がそれに輪をかけています。

 熊本で額縁店を始めてからの山頭火は、大道村時代以上に<働く>ことに頑張りを示しました。「私の生活をより強く、より深くすることによって」「より強いより深い句を生みたい」と師の井泉水に手紙を送っていますが、大道村時代のような文学青年ではなく、大人として、の心意だったのでしょう。健も成長していて、その子のために、ともおもっていました。

 しかし、客との相対の額縁のセールスは鋭敏な神経にこたえました。疲れて酒を飲む。その酒に負ける。弟の自殺も痛撃でした。そして祖母の死。結局、働くことができなくなっていったのです。
(中略)

 熊本に帰った翌年の12月、昼間から泥酔していた山頭火は、進行してくる電車を、両手をひろげて停めます。丁度そこにいた熊本日日新聞の記者の機転で、傍らの曹洞宗報恩寺に連れ込まれ、住職の望月義庵和尚に託されました。参禅、そして出家得度。僧名耕畝をいただき、曹洞宗の最下位の僧籍に連なることになります。味取観音の堂守となるのが3月で、日曜学校や夜学を開設し、夏には久々に故郷の防府に帰り、先祖や父母の墓参法要をおこないました。晴れて故郷を訪れたのは、このときが最後です。

 「私も20年間彷徨して、やっと、常乞食の道、私自身の道、そして最初で最後の道に入ったやうに思います」と、山頭火は師の井泉水に手紙を出しました。ときに43歳。しかし翌年4月には、「彷徨」ならぬ、「行乞流転の旅」に出ることになったのです。

 味取観音堂に落着けなかったのは何故か。静かな出家の生活に安住できなかったのは何故か、ということですが、僧としての安定が、かえって「頽廃」を掻き立てていた、といえます。托鉢と座禅の毎日があるではないか。しかし、荒廃し切った内奥にとって、事件から4ヶ月程度の僧生活では、とてもそこまではいけなかったのでしょう。

 つまり、安住とともに頽廃が攻め上げてきた、という言い方もできましょうか。そして、うごめくのは漂泊の虫なのです。酒造業から額縁売り、東京市役所勤めと、働くことで押さえていた漂泊の心底がうごめいてきて、歩け歩け、というのです。頽廃が深ければ深いほど、しかもそれを「真摯」なりと言い切るほどの真剣味のある人間であればあるほど、漂泊の心底もまた人一倍深く湛えられているはずです。


晩年の山頭火が述べられています。
p182~194
■悟りでも諦めでもない世界へ
 ところで、山頭火の、こうした構えた句の周辺には、まったくなんでもないような即興風な句がたくさんあるのですが、かえって、次のような句に、山頭火の「空」を知るおもいがあるのです。かれのことばとして先ほど抄記した断章、「作った句ではなくして生まれた句、空の句」に当たるものです。

 ふとめざめたらなみだがこぼれてゐた
 なみだこぼれてゐる、なんのなみだぞ
 いつのまにやら月は落ちてる闇がしみじみ

 「風邪気味にて臥床、病中吟」と前書があります。ひと眠りして、月の落ちた闇に目が覚めたときの「なみだ」の、なんと玲瓏たることよ、とおもいます。

■山頭火の晩年
 2年後、其中庵が崩れて住めなくなったため、「風来居」に入りますが、その翌春、57歳になった山頭火は、信州伊那まで歩いて、井上井月の墓に参っています。念願を果たしたのです。山頭火は、「漂泊詩人の三つの型」として、「芭蕉、良寛」を一行に書き、二行目に「一茶」、三行目に「井月」を記していました。この時期にきて、はっきりと井月への親近感を噛みしめていた、ということです。求道や生活といったことにとらわれない漂泊の井月。

 お墓撫でさすりつつ、はるばるまゐりました
 駒ヶ根をまへにいつもひとりでしたね

 伊那谷の人たちの暮らしに溶け込みつつ、ありのままにさすらって生きていた人間、井月の「ありのまま」を「自然」といいかえるなら、山頭火に「存在の世界」として体感されつつあったものは、その境地でした。

 風来居に帰って、その秋、四国に渡ります。その途中、徳山の白船居に立ち寄り、鉄鉢を捨て、次の句をつくりました。

 柳ちるもとの乞食になつて歩く

 そして、地元の高橋一洵たちの世話で、最後の安住となった「一草庵」に入りました。四国遍路もおこないます。翌年永眠。

 わが手わが足われにあたたかく寝る
 日ざかり泣いても笑ふても一人
 ひなたしみじみ石ころのように

 これらの句からも窺える山頭火の「自然」は、比喩的にいえば、<こころの自然>というよりは<からだの自然>といいたい境地なのです。わたしの別の言い方で申せば、<うぶな自然>つまり<本能の自然>ということで、生まれつき持っている性能が、そのまま、無害に、ありのままの生々しさで現れている有り様を、<純動物>などとも自己流にいうのですが、その有り様の濃い境地ということです。死の5日前まで書いていた日記の最終の日に、「けさは猫の食べ残しを食べた」とか、「とんぼが、はかなく飛んできて身のまはりを飛びまはる、とべる間はとべ、やがて、とべなくなるだらう」と書いているのを読むときも、またそれを受取っています。
 ―そして、生命は、最後まで逞しく燃えつづけていたのです。

 もりもりもりあがる雲へ歩む








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Last updated  2016.01.26 07:49:33
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