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2024.06.05
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カテゴリ: 気になる本
図書館で『もぎりよ今夜も有難う』という文庫本を、手にしたのです。
おお 片桐はいりの「もぎり生活エッセイ集」ではないか。・・・面白そうである。





片桐はいり著、幻冬舎、2014年刊

<「BOOK」データベース>より
映画「かもめ食堂」の初日挨拶で、シネスイッチ銀座の舞台に立ったとき、かつて銀座文化でもぎりのアルバイトをした7年間がキラキラした宝物のように思い出されー。「映画館の出身です!」と自らの出自を述べる俳優が、映画が活況だった頃の懐かしい思い出や、旅先の映画館での温かいエピソードをユーモアとペーソスを交えて綴る名エッセイ。

<読む前の大使寸評>
おお 片桐はいりの「もぎり生活エッセイ集」ではないか。・・・面白そうである。

rakuten もぎりよ今夜も有難う


まず冒頭の「渡り鳥映画館へ帰る」を、見てみましょう。
p9~12
<渡り鳥映画館へ帰る>
 みずからの出自を問われたら、「映画館の出身です!」と胸張ってこたえたい。
 俳優としての経歴ならば、「大学時代から小劇場の舞台に立ちまして、その後Cmに誘われて、ほどなく映画にも顔を出し・・・」などと言うのが筋かもしれない。でも心の底では、わたしは演劇でも映画でもなく、映画館の出身なのだ、とかたくなに思っている。

 十八の頃から約7年間、銀座の映画館で働いた。いわゆるアルバイトの“もぎり嬢”として。大学があった吉祥寺より、劇団の稽古場があった池袋より、はるかに多くの濃いい時間を銀座で過ごした。四丁目の交差点、和光の裏にある銀座文化劇場、現在のシネスイッチ銀座が、もぎりのわたしの生まれ故郷である。

 父親が死ぬまでJRのことを「国鉄」、映画のことを「活動」、と呼んではばからなかったように、わたしも新しいしゃれた名前を呼びなれず、二十数年経た今もなお、銀座文化、と呼んでいる。

『キネマ旬報』という老舗の映画専門誌の上で、映画好き、を名のれるほど立派な鑑賞歴ではないけれど、とにかく中学に上がった頃から、少ないおこずかいをやりくりして映画にはまめに出かけた。勉強とか学生生活、というものに上手になじめなかったわたしには、放課後や週末ごとの映画通いは、日曜の礼拝に通うような、それは神聖な行事だった。映画を観ている間だけ、なにかから救われる。
 学校の帰りが遅くなるたび父親に、「またカツドウか!」と怒鳴られたものだけど、でも、この特別な課外活動のおかげで、ぐれもせず大したまちがいも犯さず、とりあえずまっとうな大人になれたのだ、と今もわたしは信じている。

 幼い頃から、どんな映画を観てもたいてい口もきけないくらい感動してしまう。見終わるとひと言もしゃべれなくなってしまうので、歳とともに、誰かと連れ立って行くことが少なくなっていった。
 だいたい、せっかくロバート・レッドフォードやポール・ニューマンと同じ世界にいる時に、なぜ同行の友だちのひそひそ声に呼び戻さなければならないのか。それがわからなかった。わたし自身はよく覚えていないけど、わざわざクラスメイトと一緒に出かけたのに、「離れた席で観させてほしい」と主張して、ひとり、かぶりつきの席で背筋を伸ばし、身じろぎモセズスクリーンに観入っていたらしい。

 あまりに映画の世界に入りこみすぎるので、明るくなっても夢からさめずに困った。「ジョーズ」を観て、湯船につかれなくなったのもこの頃だ。お風呂はじきに克服したが、海で泳げるようになるのには、それから数年がかかった。

 あの頃は、映画を映画と思っていなかった。目の前の光景がつくりものだなんて、考えたくもなかったのだ。うっとりするようなラブシーンの後ろで、何十人のスタッフがカメラやマイクを構えているなんて想像すらしたくない。だからいくら好きでも、映画の中で働きたいとは思わなかったのである。

 とにかく、ただスクリーンのそばにいたい。映画のそばで働ける仕事がしたい。受験勉強にいそしんでいた時分から、大学に入ったら映画館で働こうと決めていた。そしてできればそれは、幼い頃から通いなれた日比谷や有楽町、銀座界隈の劇場であってほしかった。

 学生がアルバイト先を決めるのに、これほどピンポイントのこころざしを持っていることもそうないだろう。わたしは大学に入るなり、この地区の映画館に片っぱしから電話をかけた。

 かつての日比谷スカラ座や日劇や有楽座、丸の内ピカデリーに松竹セントラル。しかしこれらの映画館は皆東宝や松竹の直営で、もぎり嬢もチケット売り場も売店も、正式の社員が雇われていたのだ。そして、この地域で唯一学生アルバイトが入りこむ余地があったのが、この銀座文化だったというわけだ。銀座文化は中高生の頃、名画座なのに一本立てでしかも250円というお手軽さが気に入って通っていた、なじみの映画館だった。

 宝物のような7年間だった。毎日のように映画館に通い、好きな時に劇場に入り、好きな映画を何回も観た。そしてなにより、一緒に働く仲間たちはそろいもそろって大の映画好きで、仕事中も仕事後ものどが痛くなるまで映画の話に明け暮れた。時給が安いことなんて、ほとんど苦にならなかった。





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Last updated  2024.06.05 00:11:16
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