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いよいよ選挙になった。どういう結果になるかわからないが、とにかく今度の選挙は楽しみである。東京湾に黒船が入ったのは、1853年である。それから15年たって明治維新が起きた。今は、冷戦がおわり、バブルがはじけてから15年。改革の進み方なら、明治維新のほうがよっぽど早い。少数のエリートでかなり強引にやったからだが、民主主義時代は国民の選挙によって議員を選ぶから、国民の意識が変わるのに時間がかかる。結局、国民の意識次第ということになる。議員が地元で後援会という組織をつくり、世話人に金をまき、情実に訴えて、地元の先生先生とまつり上げさせ、最低3万人なり4万人なりの地盤を固め、あるいは業界の利益代表として、結局は自分の欲と保身でリピートして出てくる。こういうのをやめないかぎりいつまでも古い頭の人をのさばらせ、政治は一向によくならない。でも、小泉さんという人がでてきてすこし様子が変わってきた。歴史は、賢人と愚者が変える。賢人はビジョンと勇気によって、愚者は、それを欠くことによって。郵政民営化が参議院で否決されると、衆議院を解散した。反対者を追い出し、反対者の選挙区に対抗馬を立てて、刺客などと言われて華々しい話題になっている。これにいろいろ批判が出るが、権力闘争だから大いにやったらいい。従来の自民党政治では、こういう政権を失うリスクのあることは“愚者”のすることとして、ひたすら避けてきたが、小ざかしい者には改革はできない。小泉さんが国民に大いに政治について考えさせる機会をつくってくれたのはよいことだ。勝っても負けても小泉さんは歴史に残る。政権は変わったほうがいい。新しい政権ができたら、真っ先にやることは、選挙区を広くして、島根県と鳥取県は一緒にするなりして、議員を減らして、一人一票の原則を確立すること。格差5人までは憲法の許容範囲などという最高裁の判事はやめさせること。情実選挙や利益団体が幅をきかすような民度の低いいなかの選挙区をやめて、それがあまりきかない都会から議員を余計出すようにすること。政策の競争で選挙するようにすること。投票率を上げるために、インターネット投票、郵便、宅急便による投票制度にすることである。ちゃんとした人に政治がわたるようにすれば、何党の連立だろうとすこしづつよくなる。
2005/08/25
トランスフォーメーション局2001年には国防総省にトランスフォーメーション局が創設され、A・セブロフスキー海軍大将が就任した。2003年に国防総省から出された「トランスフォーメーション計画ガイダンス」には、局が達成すべき4つのステップと6つの点が提示された。トランスフォーメーション戦略の4つのステップは、保証(assure)同盟国、友好国、世界に対して自由と繁栄を保証すること、抑制(dissuade)軍事力を改善して潜在的な敵がライバルになるのを思いとどませること、抑止(deter)ライバルとして台頭してきた場合は、敵対行動に出るのを抑止すること、撃破(defeat)それでも抑止できない場合は戦って決定的な勝利を得る。敵の領土を占領したり、敵政権を転覆させることを含む。トランスフォーメーション戦略の6つの目的1 アメリカ本土や同盟国の重要基地における作戦の保護と大量破壊兵器の破壊2 情報システムの一体性の確保とIT先端技術をフルに活用した攻撃の実施3 米軍部隊の投入を妨害する手段をもつ遠方の地域にも米軍を投入し、作戦を継続させ、妨害手段を破壊する4 持続的な監視、追跡、どんな遠い距離でも、どんな悪天候、地形条件でも、重要な移動・固定目標を航空戦力と地上戦力の相互補完的な統合運用によって大規模な精密攻撃をかけ、敵に聖域をもたせないようにする。5 宇宙システムとその支援インフラの能力と残存性を高める6 情報技術と革新的な的な構想により、軍の統一的な運用に適した状況把握を可能にする相互運用可能な統合型指揮統制通信、コンピュータ、情報、監視、偵察アーキテクチャーの開発と応用を行う「国防報告2002」では、統合指揮・組織の強化、統合指揮・命令、即応統合任務部隊(SJTF)の4つを述べ、本部と統合任務部隊の行動指針を示している。このSJTFとは従来の中央軍、太平洋軍の下に創設され、非対称的な敵対者に対して遠方から高い精度で連続的に目標を追尾し、迅速に攻撃できる能力をもった部隊とされている。軍事における革命(RMA)戦闘のIT化戦闘空間のあらゆるところにセンサーを張り巡らし、その情報をネットワークでつないで、戦場の状況をリアルタイムであらゆる部署が把握できるようにし、把握した目標に遠方から精密誘導兵器で攻撃をかける。一方、自軍の情報システムを敵の攻撃から守り、敵に情報をとらせず、情報の伝達や分析をさせないステルス技術を発達させればすくないコストで目的を達成できる。アメリカ陸軍の軍事革命(RMA)アメリカ陸軍は、デジタル化戦場、デジタル化陸軍という構想でRMAを進めている。デジタル戦場化とは、歩兵にひとりひとりIT機器を持たせ、歩兵がキャッチした戦闘現場の情報をその戦域の最高司令部までネットワークでつないで、戦場、戦域全体の状況を把握し、必要な相手に必要な情報が必要とされるときに伝達できるようにするというものである。たとえば、地形の障碍がある陸上では上空から戦域を監視し、デジタル通信方式により高速で大量の情報を送信する陸軍と空軍との連携ができると、非常な効果を達成できる。さらに各種の外部センサーからの目標に対する情報を融合し、それを例えば最前線にいる戦車の射撃統制装置に送りこんで、自動的に目標を攻撃させたり、数十台の戦車に別個に目標を割り当て、効率よい攻撃がかけられる。人間がいちいち情報を受けて、ねらいを定めて撃つという必要はなくなる。このような実験はイラク戦争やアフガニスタン戦争で行われた。1999年にA・シンセキ大将が出したシンセキ構想では、重戦力による打撃力と軽歩兵部隊のような戦略的機動展開力をもつ部隊をつくることを謳っている。改革の順序としては、「レガシー・フォース(現有部隊)」を完全にデジタル化した次代の陸軍に近い「オブジェクト・フォース(目標部隊)」につくりかえていくが、それまでの暫定的なものとして「インターリム・フォース(暫定部隊)」をつくるとしている。たとえば、従来型のレガシー・フォースでは海外に迅速に展開して、紛争が武力衝突に至らないように抑止し、抑止できずに武力衝突になった場合はそれが拡大しない間に押さえ込むということができないから、120時間以内に1個旅団戦闘チームを、30日以内に5個師団を世界のいかなる場所にも送りこめて、押さえ込みを確実にするのがオブジェクト・フォース(目標部隊)である。輸送手段としてC130輸送機を使い、それに積載できる重量20トン以内の戦車や大砲などの装備を開発する。それまでの間はC130輸送機やヘリコプターを使った暫定部隊で間に合わせ、逐次目標部隊に転換していくというものである。アメリカ海軍・海兵隊の軍事革命(RMA)1992年に発表された「フロム・ザ・シー」戦略は、沿海域に焦点を当て、海からの攻撃を行う海軍遠征部隊の創設構想を打ち出したが、1994年にそれをさらに発展させて「フォワード・ザ・シー」を打ち出した。これは米海軍および海兵隊は常時、前方に展開し、具体的には、沿海部では、通常動力型潜水艦や高速ミサイル艇、沿岸防衛ミサイル、戦域・戦術弾道ミサイル等が脅威となり、米海軍は沿岸から200キロ程度の内陸部まで海兵隊を投入し、火力支援を行い、敵の妨害を排除して米陸軍部隊を揚陸する機能をもつことを謳っている。海兵隊は独自に「海上からの機動作戦行動」を1996年に発表し、海兵隊は上陸作戦だけでなく、戦争のあらゆる局面で沿海域における機動作戦を行い、従来の上陸作戦により橋頭堡を築くだけでなく、もっと広範囲に作戦を展開し、奥地にまで一気に突き進むことを明確にした。アメリカ空軍の軍事革命(RMA)空軍のトランスフォーメーションは三つの基本要素で構成される。(1) 先進技術により生まれる新たな能力(2) 所要の軍事的効果を達成するのに必要な能力を数倍に高める新たな運用構想。(3) 米国の安全保障戦略を遂行するのに求められた、これまでの能力と異なるか、あるいはそれを大幅に増大させる組織の変革。1980年代には、ステルス技術と精密誘導兵器の実用化により、戦域全体に航空戦力を同時に投入して得られる効果をあげる「パラレル・ウオーフェア(並行の戦い)」という概念に従って、米空軍の組織改編が行われ、航空戦闘軍と航空輸送軍の2つの基本組織に変更された。1990年代にはステルス戦闘機B-2スピリット戦略爆撃機が部隊配備され、米本土から戦闘地域に直接物資の輸送を可能にするC―17Aグローブマスター3大型輸送機が導入された。また米空軍の運用構想として1994年に「グローバル・リーチ、グローバル・パワー」構想が出され、それを「グローバル・プレゼンス」構想に発展させた。これは全世界のどこでも航空機を到達でき、攻撃可能とすることから、IT技術の発展を取り入れ、全世界でほとんどリアルタイムで状況を監視し、問題が発生して必要と判断すれば直ちに航空戦力をさしむけるというものである。この態勢をつくれば、海外に常駐部隊をおかなくても、同様の効果が得られる。1996年11月に出された「グローバル・エンゲージメント」構想は、従来のように海外の基地に恒久的な空軍部隊を常駐させておく必要はなく、必要とされる場所に期間を限定して航空遠征部隊(AEF)を派遣しようとするものである。この部隊は長距離爆撃機、戦闘機、戦闘爆撃機、早期警戒管制機、空中給油機などにより構成される。日本へのトランスフォーメーションの影響現在米軍の前方展開している重点地域は、欧州 12万(ドイツ 69000人)、アジア・太平洋 9万(日本 4万、韓国3.7万、その他洋上1.3万)中東 2.7万であり、欧州と北東アジアに集中している。欧州、とくにドイツに多い駐留部隊が削減されることが明らかになっており、韓国からも1部撤退が明らかになっている。日本における米軍は削減されるかというと、日本は東アジアから西アジア、中東に至る「不安定な弧」地域に対する発進基地および増援部隊の兵站基地という役割が重視され、日本政府の思いやり予算(2500億円)と政治が安定していることなどから世界で最も優良な基地環境であるとされている。ただし沖縄で米兵による少女暴行事件などが頻発することから、一部をグアムなどに移す計画が報道されているが、不明である。従来アメリカのワシントン州フォート・ルイスにあった米陸軍第9戦域支援コマンド司令部が座間に張り出すことになり、日本はもはやアメリカの一部と同然であり、今後、日米同盟、相互安全保障を求められる態勢にある。戦後の日本政府の政策は、安保体制によってアメリカに守ってもらう。しかし、アメリカの戦争には巻き込まれたくない。の範囲内の選択であったが、小泉内閣になってから一歩踏み出し、イラクへ自衛隊派遣を行った。これがさらに一歩踏み込むと、日米軍事同盟、憲法を改正して相互軍事援助となれば、当然日本はアメリカの戦争に加担することになる。韓国ではアメリカの北朝鮮軍事介入を忌避する世論がますます強まっており、アメリカが北朝鮮を攻めるならば、同胞として北側につくとまで言っている人が半数を超えるに至った。近隣アジア諸国のアメリカ嫌悪感はただちに日本嫌悪感に結びついてくる。太平洋をこえてはるか離れた安全地帯にあるアメリカ大陸とアジア大陸のわずか沖合いに位置する小島の日本の立場を考えるならば、アメリカの軍事力の優勢ということに安住して近隣諸国との外交をなおざりにし、アジア諸国の反感をあおるような政策は近く破綻するであろう。(八木哲郎)
2005/08/20
米軍のトランスフォーメーション・ストラティディとは米軍のトランスフォーメーションは日本にとって重大な関連があるにもかかわらず、これを大きく取り上げて解説した論文やメディアの記事はほとんどおめにかからない。いったいわが国のジャーナリストはどうしたというのでしょうか。やむなく、アメリカン・センターでもらった小冊子「Elements of Defence Transformation」、川上高司、江畑謙介氏などの著作などで調べてみました。冷戦がはじまると、アメリカの軍事戦略は自国よりも仮想敵国に地理的に近い外国に基地を借り、そこを軍事力の拠点をもうける前方展開とし、全面核戦争型と地域通常戦争型を併用する戦略をとりました。冷戦が終わると、前方展開は維持しながらも、より地球規模の軍事対応を行えるための機動性をもつ編成にした。アメリカでは4年ごとに軍事方針の見直し(QDR)をしています。冷戦後の経緯をざっと述べると、1993年9月に策定された『ボトム・アップ・レビュウ(BUR)』では、戦力構築を冷戦時代のそれから差し引くのではなく、新しい安全保障環境を考えた上で、必要な戦力を下から積み上げていく形での構築を考える。そのときの戦力の大きさは、湾岸戦争時の「砂漠の嵐作戦」程度を1単位として、ほぼ同時に起こる2単位の戦争に勝つことができる32正面作戦ができる戦力としています。その4年後の1997年の国防計画の見直しでは、2正面作戦の維持、予測できない脅威(イラン、イラク、北朝鮮)と2015年以降の潜在的脅威(ロシア、中国)、その他のあらゆる脅威への対処が謳われました。その後、9・11を経て、さらに4年後の2001年の国防計画の見直しにあたり、ラムズフェルド国防長官は2正面戦略を放棄し、米軍全体の規模削減、機動力の向上、ミサイル防衛の強化、装備の大幅な変更などを求め、いわゆる軍事革命を標榜しました。考え方としては、従来の「脅威を基盤としたモデル」から「能力を基盤としたモデル」への転換で、ブッシュ政権は、大量破壊兵器、テロなどの「非対称的な脅威」の蓋然性が高いとし、テロとの戦いを最優先課題としました。2正面戦略の代わりに、「主要な同時に起こる大規模地域紛争に敏速に対処し、大統領の選択でいずれか一つの紛争に決定的に勝利する」能力をもつことを謳っています。さらに、9・11の経験から、米本土防衛(ホームランド・ディフェンス)を強調し、米本土に仕掛けてくるテロ攻撃やゲリラ戦などの「非対称な戦争」に備えるあらゆる対抗措置および情報収集、監視、偵察などを講じることをあげています。米軍のトランスフォーメーションのキーポイントとして、米軍の組織、編成、装備、運用を大幅に変革し、軽量化、高速機動、大きな破壊力をもつことを謳っています。米軍の統合ジョイント・ヴィジョン2010(JV2010)1996年に統合参謀本部が出した「ジョイント・ヴィジョン2010」は2010年を目標とした計画で、その前後に出た米陸軍の「アーミー・ヴィジョン」、米海軍の「フォワード・フロム・ザ・シー」、空軍の「グローバル・エンゲージメント」などの諸計画をとりまとめたものです。その基調は「情報の優越」をすべての作戦構想の基本としています。情報の優越とは、先端技術を活用し、とくに長距離精密誘導能力(遠方から目標に正確に誘導して破壊する能力)、ステルス技術(敵に捕捉されない技術により奇襲力を高め、戦場における部隊の生き残り能力を高める)、「指揮・統制・通信・コンピュータ、情報、監視、偵察(C4ISR)」(戦場空間における米軍の全般状況をリアルタイムで正確に認識し、対応時間を短縮する能力)などと組み合わせて戦力の飛躍的な向上の実現を謳っています。JV2010では、従来の「機動、打撃、部隊防衛、兵站」という4つのとりあげを、機動の優越(決定的なスピードと圧倒的な作戦テンポにより圧倒的な優位を達成する)精密交戦(軍事作戦のあらゆる局面で、目標の選定・監視・識別・追跡を行い、交戦する)全次元防衛、集中兵站の4つの運用構想を示している。4年後の2000年5月にジョイント・ヴィジョン2020(JV2020)が出されました。これはJV2010をふまえて、2020年までに、国家間の戦争に勝利し、すべての軍事作戦において優越性を保ち、統合戦力をもつ軍の創造を謳っています。ここで新たに強調されている統合戦力とは、軍の主要機能を特定の状況と目標に適合する統合部隊を組織する能力をもつことであり、それにはインターオペラビリティ(相互運用性)により、同盟国と作戦構想を共有し、軍組織間協力を緊密に行う効率的な指揮統制によって創り上げられる戦力としています。(つづく)
2005/08/14
戦争はなぜ起こるか戦争が起こる原因として軍隊があるからだというのはかなり真実です。これについてかなりはっきり言っているのは「アメリカの民主政治」(日本語訳は講談社学術文庫3巻)を書いたトクヴィルです。フランスの貴族であったトクヴィルは1831年から1832年にかけてアメリカに旅行し、いろいろ見聞・洞察したことを書いていますが、この本はいわばフランスの貴族政治とアメリカの民主政治を比較した本といえるでしょう。とくに面白いのは軍隊と戦争について書いた部分(訳書で3巻の469~509ページ)です。かいつまんで言うと、民主制国家の軍隊は貴族制の軍隊よりも戦争を好むというものです。です。貴族制国家は軍隊のトップや将校は最初から貴族で、下士官や兵隊は庶民です。貴族は軍隊に入っても最初から上級官であるから、名誉をあげるとか階級があがるとか俸給が上がるとかいう欲求はない。ところが、民主制国家では、軍人は貧民出身が多く、彼らは軍隊内で階級が昇進するにつれ、権力が増し、俸給があがることを熱心に求めている。しかし平時においてはそういう機会はまれである。だが、戦争になったとき、手柄を立てて昇進する機会がぐんと増える。待ち望んでいた野心を満たすことができる。したがって戦争を求める欲望は軍人という特殊社会内で熾烈になり、やがて政府は彼らの不満を抑えるより、彼らに戦争を与えるほうが楽だと察するようになる。とくにこの野心は社会との靭帯を断って職業軍人という特殊社会にはまりこんだ下士官に強く、彼らは革命、クーデターを起こすことも厭わない。トクヴィルはこの問題を解決するには将校の地位の数を増やすことだが、これも一時的な糊塗策でしかありえず、根本的な解決策は、そういう野心を持たずいつも平常の社会に戻りたがっている庶民感覚の兵隊の数をふやして軍隊社会を一般社会の風に染まらせること、同時にすでに最上級の地位に昇進して野心をもたなくなった老齢の将校の力を増やすこと、軍人でいるよりも商工業にうつった方が野心を満足させられる機会が多いことを覚らせることだとしています。これは、わが国のかつての軍人社会をみると実によくあてはまっています。明治以来没落士族や士族以外の貧しい家の子どもが、入学費も学費が要らない軍人の養成学校に入って昇進を目指した。幼年学校、士官学校、陸軍大学校、海軍兵学校などに志望が殺到し、明治末、大正、昭和以後はペーパーテストで成績のよい者が選抜されて上級将校になり、農村出身の若い下級将校などが熱心にクーデターや戦争を求めたことなどはまさにその通りです。軍人についてハ、すでに書いたように、彼らは戦争の専門家、技術者で戦争のことしか考えない人種ですから、きわめて単純、こういう人たちがやがて政治の中枢を握り、日本の運命を誤らせたのはご存知のとおりです。したがって戦後の憲法で軍隊を文人管理にしたことはきわめて意味のあることでした。さて、トクヴィルはアメリカの軍隊について語っていますが、これは今でもあてはまっているかというと、戦争を求める確固とした層がアメリカ社会に埋めこまれているといってよいでしょう。アメリカはカナダとメキシコと南北に国境を接しているだけで、なんら周辺からの脅威を受けず、戦争から受ける被害は少ない。国民は宣戦布告を要するような戦争は望まないために、ベトナム戦争以来、戦争は政府の裁量の範囲内でやれるような規模の戦争にとどめ、兵員の被害が最小ですむような戦争技術を拡大してきた。戦争能力はいわばアメリカの有力な資源で、アメリカというシステムのなかの一機能化されています。なぜアメリカは戦争を求めるか。だんだんわかってきたことは、「歴史を創る」ためであるらしい。「歴史を創る」というと、何か偉大なことであるかのように思いますが、要するに世界の現実を時々刻々自前で変えていかないかぎりアメリカはもたないということです。それによってアメリカというより、それで利益を受ける人間を繁栄させてきた。アメリカの連邦政府は内政のこまごましたことは州政府がやるので免除されています。したがって海の向こうの外交、軍事に力が集中する。産軍共同体というすごいものが存在し、科学技術をもちいた軍事力は天井知らずに巨大化し、国防総省が異常に強くなっていることを思うと、さきほどのトクヴィルの指摘を思い浮かべるわけです。私がくりかえし言いたいのはこういうシステムのなかに日本の自衛隊が組み込まれることの恐ろしさです。次はアメリカのトランスフォーメーションについてしらべたことを述べます。
2005/08/09
戦争を失われた独立心その37月は愛知万博の仕事もありいろいろな仕事が重なって実に多忙でしたが、ようやく余裕ができました。さて、今日は憲法9条について書きます。憲法9条はご存知のように国際紛争を解決する手段としての戦争を永久に放棄する。日本は陸海空軍の保有を認めない、一切の交戦権を求めない、ということですが、では自衛のための戦争をも認めないのかという点できわめてあいまいであったので、占領終了後もえんえんと討議され、それは認められるということに落ち着いています。 アメリカが日本を民主化したのは、ウエストフアリア・モデルとされる代議制国家である民主主義国は民主主義国に対して稀にしか戦争を行わない、つまり全体主義国家は戦争を起こしやすいが、議会がある民主制国家なら国論が分かれて戦争を決断するまでにはなかなか至らない、ということです。占領軍司令官マッカーサーが日本国憲法をGHQが独自に作成する意思を固めたとき、マッカーサーは最重要項目3つを挙げました。1つは天皇を象徴として天皇の権威を存続させること、2つ目は国権の発動としての戦争を放棄させる。3つ目は封建主義の廃止でした。1つ目は天皇の神秘的な国民に対する影響力を占領を有効に進めるために利用すること、2つ目の戦争の放棄は、きわめて軍国主義的である日本の軍事力を永久にわたって再建させないためです。3つ目は枢密院、貴族院などの世襲議員の世襲を一代かぎりで消滅させるためです。9条は日本人から湧き上がってきた要求ではなく、ワシントンの命令でもなく占領軍司令官であるマッカーサーの独断的な発案でした。なぜならヨーロッパ人の間ではたとえ敗戦国であっても国家の基本的な交戦権を取り上げることはできないという常識があり、アメリカ本国のバーンズ国務長官はソ連との合意を取り付けた上でドイツ、日本と25年間の非武装条約を結ぼうとしていたことがそれを物語っています。事実ドイツには日本のような戦争放棄を押し付けてなかったばかりか、NATOの主力軍として活用するようになった。しかし、欧米人の間では常識的であったことを日本だけに適用した。そして当時虚脱状態に陥っていて、戦争はこりごりだと思っていた日本国民にその思想はあたかも理想主義の光明のように受け入れられ、議会でもほとんど問題にされなかった。吉田茂など日本の保守層は占領が終わったら、自主憲法をつくるつもりでいたし、アメリカサイド自身もこれは占領期間中にのみ適用されるものであるという認識があった。しかし占領期間が終了後も日本人が9条を改正するという動きはありませんでした。9条はたとえマッカーサーの発案だったにせよ、その理想主義は立派であるという説もありますが、それを唱える人は、日本が戦争放棄した代わりに安保条約によりアメリカの保護を受けることになり、自衛隊はアメリカ軍の補充戦力に組み込まれて独立国の体をなさなくなり、半永久的に米軍の日本占領が続いているという現実についてどう思うかに答えなければなりません。一方、韓国、北朝鮮、中国に対して強硬論をいう人は、いくら強硬論を言っても、日本にはそれを実現する能力がないことを知らねばなりません。なぜ私がこれにこだわるかというと、自分の国は自分で守る、軍事力が足りないのは明らかにせよ、外交力を発揮してその問題を克服する、そういう断固足る国民の自信と矜持があることが、あらゆる道徳、モラルの根幹になるからであって、それがないと市井の道徳も崩れ、愛国心がなくなってくるからです。いざとなったら命をささげてくれる若者を敬愛する気風がなりなり、若者も国民の期待を担う自信と希望を持ち得ないからです。日本ほどの大国でない世界中のほとんどの国が軍事力では不足しているのは明らかですが、国民はそれなりに愛国心をもって対処しています。
2005/08/05
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