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「日本を、取り戻す。憲法を、取り戻す。」は自民党幹事長の石破茂氏の政治手記だった。この本では野党から与党(それも民主党に大勝して)になぜ戻れたのか?や「なぜ憲法改正が必要なのか?」、「自衛隊を国防軍化へ」などについて私的な意見が書かれていた。一応全部読んだが、そんなに尖がった主張もなく、「ふ~ん…」という感じだった。国防軍化することでさらに積極的に海外派遣できるし、よく言われている「集団的自衛権問題」も解決するのである。国防軍化するためには憲法の改正が必要でそのことを詳しく解説していた。まぁ、こんなものだろう。「戦わずして中国に勝つ方法」は産経新聞の中国特派員である著者がむちゃくちゃな自論を展開していた。よくこんなレベルの戯言を出版できるなぁ~。中国は反日政策をとっているのに、日本製品大好き、日式の料理(回転すし・カレー・ラーメン・食べ放題)大好き、日本のアーティストや漫画大好きという二枚舌を否定し、中国共産党幹部や政府高官の「ワイロ主義」を暴露していた。で、ここからが著者のトンデモ自論爆裂で1.中国政府高官の秘密口座を凍結&人民に暴露 2.高官の「妾」たちを暴露&監禁 あとは中国の不平人民に武器を供給し内乱を起こさせる…などなど確か日本は「法治国家」のはずなのに、こんなことが本当にできるか?大手新聞社の記者ならそんなことも知らないのか?日本が(本当に)こんなことを実行すれば世界から叩かれるだろう。確かにもっともらしい対中強攻策を書いていたが、「う~ん・・・」という感じだった。参考までにアマゾンの評価を見ると高評価が多くびっくりした。巷の日本人も「中国をやっけろ~」と思っている層がそれだけ多いことだろうか。
August 31, 2013
前の3冊は立川志らく師匠のエッセイや手記なのでまとめて感想を。最後の「待ってました!」は立川流の顧問をされている吉川潮氏と落語家(8人)が対談する内容で立川志らく師匠も出ておられたのでまとめました。1つ目の「らくご小僧」は志らく師匠が家元に入門する前の素人時代の思い出語りで、子どもの頃から金原亭馬生師匠にハマり、「将来は落語家になる!」と漠然と決め生きていたが、年頃になると落語以外の映画や女子とのつき合いに目覚め学生生活をエンジョイしていたが、「自分はサラリーマンにはなれない。あっ!落語家になろう」と日大の大先輩である高田文夫氏にお願いし、立川流に無試験で入門しギャク満載の落語を披露しバカ受けしたが、家元に苦言を呈され考えを改めるエピソードが書かれていた。またおなじみの「談春兄さん追い越し昇進事件」も詳しく書かれていたが、今の評価なら談春師匠の方が評価が高いと思うが…。後の2冊は落語家になって師匠自身が「おれならこういう解釈でヤルのに…」ということが詳しい解説入りで書かれていた。実はどれも再読本なので内容は知っているが、どの本もやっぱりおもしろかった。「待ってました! 」は立川流顧問である吉川潮氏が春風亭小朝・昇太師匠、立川志の輔・志らく・談春師匠、大阪から笑福亭釣瓶師匠、桂三枝師匠(当時)、桂あやめ師匠らがいろいろ語り合っていた。吉川氏も積極的に寄席に通っており、上辺だけの愛想だけでなく「落語の本質」や「落語業界の今後」などについて語っていた。どの落語家さんも売れっ子になっておりまぁ、こんなものだろう。
August 30, 2013
「映画の話が多くなって」は上記と同じ小林氏のエッセイ集。東日本大震災以降のエッセイ集だが個々のエッセイには繋がりもなく、淡々と著者の日常が描かれていた。時々、他人の書評ブログや評価を見ると「こ難しい話が多いので嫌い」や「内容が上から目線で語っており、どーも…」・「TV業界における老害」とかちょくちょく書かれているが、私は小林氏の文調は好きだがなぁ~。「あの世を旅する本」は日本各地にある霊場や山を豊富な写真で紹介していた。まぁ、このムック自体は薄く、ガイド本として書かれていると思うが良くできていた。古来、日本は日本独自の進化を遂げた山岳密教が今でも継承されており、多くの山伏が真面目に修行をしているので「物見遊山気分」で見学するのは気をつけないといけない。恐山(出羽三山)・多数の関東郊外・比叡山・高野山・立山・富士山などが紹介されていた。まぁ、こんなものだろう。私もじっくり読んだが、「行こう!」というような気がおきなかった。登山苦手ですから…まぁ、こんなものだろう。「この地名がすごい」は日本各地に必ずある地名について分野ごとにわけて紹介していた。まずめでたい地名や体の部位、動・植物、ひらがな地名などなどたくさん紹介していた。最近は町村合併で抽象的な名前やひらがな地名が増えており、「そーいうのはよくない。各地には何らかのエピソードがあるのに…それをバッさり切り捨てるのはよくない」と危惧していた。私も「ひらがな・カタカナ表記」いには違和感を覚える。近い将来「キラキラ地名」も登場するだろう。あっ、少し前、宝塚市の駅周辺の地名を「宝塚歌劇町」に変えようという動きがあり、自治会が大反対したことがあったなぁ~。はやり役所が決めるのではなく住民が決めないと・・・ねぇ。
August 29, 2013
「定本日本の喜劇人 エンタテイナー篇・喜劇人篇」は小林信彦氏のこれまで世に出ていた出版物から「芸人」の部分をピックアップしたエッセイや過去に出版した本がそのまま記載されていた。2冊も非常に分厚く読み応えがあった。内容はTVが黎明期を迎えた時期に活躍した古川緑波・榎本健一・森繁久彌・渥美清などなど(あまりに多いのすべての喜劇人は紹介できません)実際に小林氏がインタビューした記録や飲み屋さんで見聞きしたエピソード、個人的につき合いのあった喜劇人との会話などを淡々と紹介していた。私(41歳)でもTV黎明期の頃の話はほとんど知らないが、この分厚い本を読了することでその部分は補完できるだろう。この時期はまだ寄席や浅草の「○○座」というところでコントやなどの軽演劇をしていた芸人をTV界に取り込み一気に広まったが、等の本人らは「芸人気質」がまったく抜けず、扱いに苦慮したそうな。著者である小林信彦氏は渥美清・横山やすしらの交流記をおのおの書籍化しており、それがそのまま掲載されていた。(当然、2冊とも何度も読んでます)非常に内容も濃く、喜劇人の裏側が丁寧に書かれていた。著者は本当に喜劇人が好きなのだろう。日本の喜劇人がよくわかる本だった。
August 28, 2013
「国史大辞典を予約した人々」は明治末期に今の価格で約20万円くらいの歴史図鑑を出版したおりに、それを予約した企業・個人の注文書までも出版したものが最近発見され、それを元に「誰が何冊購入したのか?」ということを調べ企業・個人の有名ところを紹介していた。後半は古書店や大学に蔵書されている国史大辞典を実際に調べ「どこから流れてきたのか?」を調べその歴史にせまっていた。当時でも買える層は貴族・弁護士・医師・高級軍人・企業家・宗教家・文学者らで個人情報お構いなしの名前・住所・購入冊数まで掲載されていた。はやり富裕層インテリ層ばかりで芥川龍之介の父親や太宰治の津島家、広辞苑を作った新村出なども購入していた。多かったのが地方のお金持ちが数個購入し、学校や図書館に寄付しそれが今でも残っているのである。ちなみにこの「国史大辞典芳名録」はもっと多くの人に買ってもらうためにあえて出版しており、これを見たお金持ちたちは「おれも買えば掲載されるのか…(名前が売れるの意味ね)」ということで後半はバンバン高い辞典が売れたそうな。後半は古書店や大学に蔵書されている辞典の「蔵書印」や「文庫印」・「学校の印」を頼りに「誰が買って、どういう経路でここまで来たのか?」ということを紹介していたが、昔は蔵書印を押すのが当たり前だったのですぐに「○○さんの遺族が○○書店に持ち込んだものでそれを××書店が大学や個人に販売したモノ」というところまですんなり判明していた。いや~非常におもしろい内容だった。名簿と印だけで経路すべてが把握できるなんて…。ちなみにこの国史大辞典は現在2~3万円程度で購入できるようです。
August 27, 2013
「雨ン中の、らくだ」は立川志らく師匠のエッセイ。もう、何回か読んでいるが毎回おもしろい。他の立川流のメンツと違い、多くの新作落語や舞台・映画監督を中心活動されているがこの本では古典落語にちなんだ自身のエピソードを紹介していた。当初は談志家元ではなく金原亭馬生師匠に入門を考えていたが亡くなり、たまたま寄席で見た家元に感動し、大学の先輩だった高田文夫さんのツテをたより、無試験で入門し兄弟子(立川談春師匠)がするような弟子っ子修行をほとんどせず、立川流の二つ目試験に合格し先輩らに反感をかわれるも「談志には好かれているのでいいんだ」と調子にのってやりたい放題の落語をしていたら、師匠から「おまえは三平さんになりたいのか?」と質問され「談志(イエモト)のようになりたいです」と答えそれから必死で落語家修行をしたそうな。志らく師匠のおもしろいところは他の弟子と違い家元に対して自己主張しているのである。「やりたくない修行はしたくないです」と主張し、家元も「お前がいやなら仕方ない」と簡単に諦めるのがおもしろかった。この本は弟子っ子時代の志らくさんと家元との濃厚な日常が描かれていてとてもおもしろかった。「図説幕末・維新の銃砲大全」は戊辰戦争当時の幕府・諸藩の輸入銃や大砲がたくさん紹介されていた。幕府・諸藩とも各自で武器を輸入しており、世界中の銃が日本に入っておりなかなか興味深かった。やはり薩長軍は最新式の銃砲を大量に輸入しており、幕府は今使える銃、佐幕の藩は旧式・少し前の銃というのに時代を感じた。確かに会津藩でも新しい銃は入っているが圧倒的に「数」は少なく、物量で迫る薩長には勝てなかったと思う。豊富な写真でわかりやすくとてもよかった。「神々が集う地へ出雲大社」は今年60年に一回の遷宮の年で多くの観光客が参拝しており、出雲大社がさらにわかるように書かれたムック&観光地図だった。出雲大社の周辺には末社とよばれる神社がたくさんあり、出雲大社だけでなくそーいう末社や関連神社にも参拝して欲しいという思いがぎっしり詰まっていた。これをもって(参考に)出雲大社に行くものいいだろう。
August 26, 2013
「江戸創業金魚卸問屋の金魚のはなし」は東大のある文京区で今も金魚専門の問屋をされているおかみさんの手記だった。昔加賀藩の「金魚職」として著者のご先祖さまが当地で養殖池を立ち上げ長年仕事をしていたが、江戸時代が終わり明治時代となり広く販売をするようになり今も代々続いているそうな。今はその養殖池はなくなり、この度金魚を見ながら食事ができる「金魚坂」というお店を開業した話が書かれていた。金魚はフナの一種で中国から入り、高貴な人から武士~庶民と進みいろんなタイプの金魚に改良され広まったそうな。今では日本以外の国にも「金魚愛好者」がおり、インターネットを通じて情報をやり取りし金魚(愛好)文化が国際化されている事を著者はとても喜んでいた。金魚はブクブクを入れず、真上から見るのがたしなみということをはじめて知った。いや~なかなか興味深く、本物の金魚を見たくなった。「冤罪放浪記」は昭和42年、茨城県で発生した大工殺人事件の共犯者として逮捕された杉山卓男さんの手記だった。(ちなみに杉山さんは出られ講演などで活動されてます)杉山さんは当時、東京におりたまたま茨城に帰ったと同時に別件逮捕されそのまま共犯者にされ無期懲役刑をくらい、千葉刑務所で過ごすも後に冤罪と判明し刑務所から出されたそうな。しかし、この杉山さんは「善良な市民」ではなく、愚連隊で主に「たかり(金品を要求すること」を生業としており、中卒以降何度も警察にお世話になっており、布川事件の前にも暴行事件をおこすなど別の冤罪事件とは少し毛色が違うのである。この杉山さん非常に明るく前向きな性格で赤裸々に過去・刑務所時代・現在を語っているが別の人の冤罪手記と違いとても明るい。冤罪なので刑務所でも物見遊山感覚で永山則夫死刑囚や連合赤軍の吉野さんとも楽しげに会話したり、獄中カラオケ大会のことをおもしろおかしく書いていた。出所後は青春を取り戻すが如く、冤罪になった同士と遊んでいることを暴露していた。よくある冤罪者の手記と異なりすごく「人間臭さ」が染み出ていた。なかなかおもしろかった。
August 25, 2013
「おれたちを笑うな!」は椎名誠氏と釣り仲間がおりなす、ワイワイガヤガヤなできごとが書かれていた。(多分別の雑誌に掲載されたものを改めて書籍化した本だと思います)椎名氏をしたう若者と出版関係者、幼なじみなど10人以上が一同に集まりつりをするそうな。つりだけでなく、大量のお酒や食べ物を持ち寄り「狂った山賊」のように飲み食いするそうな。そういう楽しげな様子が書かれていた。釣りとは別のグループも持っており、年に何回かこーいうお遊びを日本中でされており、「いいなぁ~」としみじみ思った。65歳になってもこーいうお遊びが大勢の仲間とできるなんて幸せだなぁ~。まぁ、こんなものだろう。「鎮魂の旅」は作家・早坂暁氏の戦争にまつわる小説が掲載されていた。個々の小説には繋がりはなく、著者が取材しまとめたものが書かれていた。まぁ、特攻隊員や平時は一般人なのに職務上アメリカ人捕虜を殺害した戦犯の家族のその後などが書かれていた。そんなに「うわっ かわいそう」ということもなくたんたんと書かれていたのが印象的だった。
August 24, 2013
「「強い日本」を取り戻すためにいま必要なこと」は1930年代に生まれた日本人学者・評論家2人とアメリカ人学者が「日本」を語り合う内容だった。まぁ、一言で言うと「今の(日本の)政治家や大企業家はアメリカの手先に成り下がっている。もっと日本国(人)としての気概を持て!」ということが書かれていた。ここに出てくる方々は1930年代生まれ=昭和初期で少年期を軍国主義を体験し、青年期をアメリカ製の民主主義や資本主義を謳歌し、あまりに行き過ぎた「アメリカマンセー」に警鐘を鳴らしていたが・・・十分あなた方は「おいしい」思いをしてきた世代だと思うが・・・。戦争に行くことなく、青春期は新制大学に通いアメリカ文化を楽しみ、日本の経済発展と足並みを揃えながらここまできたのに・・・。エジプトの遺跡の壁絵にも「今の若者はなっとらん」という記述があるようにいつの時代も「今の若者は・・・なっとらん!」となるのである。まぁ、こんなものだろう。「眠れないほど面白い『古事記』」は古事記のおもしろエピソードや古代天皇の伝記がわかりやすく書かれていた。よくある古事記本では「上・中巻」のことにスポットを当てているがこの文庫は古代の天皇が出てくる「下巻」の部分にもちゃんとスポットを当てて書かれていた。この本の「おもてがき」にも書かれていたが、「これがすべてではなく、多少の盛りや改変はある(はず)」と書かれていたのが好感が持てた。なかなかおもしろかった。「コイン・コレクションのはじめかた」は傭兵を経てその後商社マンになったあの柘植久慶氏が書かれて入門書だった。著者は軍事モノ(ザ・グリーンベレー・シリーズ)やサバイバルガイド・歴史小説を270冊も書いておられ、もう一つの趣味である「コイン収集」のイロハが書かれていた。著者は外国に何度も行っており、各地の古銭を収集しいまではとても有名人だそうな。(私はグリーンベレーというイメーjがとても強いです)内容は「あやしいインターネットオークションやリアルショップでもあまり有名でないようなお店は信用するな!自分の目でしっかり本物を見ろ!」ということが書かれていた。このコイン収集には「ニセモノコイン」が大量に流通しており、間違って購入しても買った者の「自己責任」として片付けられるそうな。なかなか元金がかかる趣味なので多くの方がなかなか参入できないので、掘り出し物のコインも多く世界中のコインファンがワクワクしているそうな。まぁ、こんなものだろう。
August 23, 2013
「誰がJ-POPを救えるか?」はまだ日本の音楽業界と出版業界が元気バリバリの時代に活躍した著者(詞家・音楽評論家の麻生香太郎氏)の手記だった。しかし、現在では両方とも下火産業となっており、「その原因は・・・」ということが綴られていた。それはソニーの凋落やAKBではなく、つんく♂の才能枯れ、K-POPの台頭ということであるとしていた。日本の音楽関連の企業は「お客さんに良い音楽を」ということよりも「株主を儲けさせねば」とことに重きを置き、良い商品を作ることなく儲けようとCEOをとっかえひっかえし自滅し、アップルのアイチューンズにも参加せず(後に参加)独自路線を歩んだソニーの変遷が詳しく書かれていた。著者は音楽業界に深く関っており、ソニーの迷走具合を実名で書いていたがほぼ事実だろう。ソノーやつんくのせいではなく\若者が音楽より別の楽しいおもちゃ(スマートフォンやニコニコ動画などのインターネットサービス)を見つけたのが理由だと私は思う。今はCDショップで直接買わなくとも、携帯一つですぐダウンロードでき欲しい曲だけが買えるのでわざわざアルバムを買う必要がなくなっただけである。つくんは作詞作曲両方をしており、才能の枯渇で最後の方は何ともいえない曲名の歌を書いていたがAKBの秋元氏は作詞だけに専念し、曲は公募で集め多くの新人に門戸を開いているそうな。そーいう日本の音楽業界を徹底的に研究したのがK-POPでガチガチのファンクラブシステムと海外進出、コンサート会場での物販販売などを展開し日本音楽業界を席巻したそうな。それとジャスラックの功罪にも触れていたが、音楽業界全体が「お客さんを楽しませることより、いかに儲けるか」を主眼におき過ぎた結果と指摘していた。非常に説得力がありおもしろかった。音楽業界の人にはぜひ読んで欲しい1冊である。
August 22, 2013
「介護はしないぞ」は若い頃、ビートたけしさんと3年間同棲していた男性作家のノンフィクション小説だった。先に父親(元警官)に亡くなり、一人暮らししていた母親が初期の認知症と診断され、家族で面倒を見る難しさと老人施設に預けるややこしさが書かれていた。たまたま里帰りした際の母親の言動や家の内外がゴミ屋敷化しており、「こ、これはおかしい」と思い、母親と話をするがちゃんと通じる。しかし、行動がむちゃくちゃで整理整頓やできず、話した内容もすくに忘れてしまうということが見受けられ、役所に相談するも「それだけでは、なにもできません。医者の診断書を持って来てください」の一点張りで埒が明かず、東日本大震災をきっかけに著者宅で面倒を見るが、著者や奥さんにも限界があり早々に老人ホームを探すがすとタイミング良くすぐに見つかり、体験入所を経て、すぐに入所した。(この老人ホームには痴呆症をメインとした専門病院と連携があり、軽度の痴呆症の母親は投薬治療で安定しているそうです)著者の感想としては「(自分一人)抱え込むな!・プロに任せた方が良い」ということが書かれていた。確かにお金が潤沢にあればそれも可能だろう。著者の場合は本当に早くホームに入ることができラッキーだろうが、多くの方が順番待ちしている現状がある。著者は「どーもない!」・「病院嫌い。行きたくない!」という母親の暴言にブチキレ、ほとんど面倒を見ることなくホームに入所させれたのは幸せだと思う。文中、多々「ビートたけしさんが・・・」が出てくるが、「全然、(介護の)関係ないだろう」と思った。全然悲壮感もなく手に負えない老母をホームに入れただけで、「(自分一人)抱え込むな!・プロに任せた方が良い」というのはどーもいただけなかった。「僕の父は母を殺した」は平成10年に発生した「広島連続殺人事件」の被告の息子さんが書いた手記だった。しかし、この本の著者の場合は父親が義父と妻を殺し多額の保険金を騙し取りたのである。なので加害者の息子と言う面と母親を殺された被害者の息子という面もあり葛藤があり、定石通りグレて問題を起こし親族からも見放させ、ホームレスを経験する。その時父親の「死刑確定」が決まり、「これはいけない!。なんとかせねば」というとことで立ち直り、なんと死刑執行反対の運動をはじめたそうな。本文でも「母親を父親に殺されているのにこーいう運動は母親を裏切る行為かも・・・」という思いがあるものの生きている父親を助けたいという思いが強く各地で講演活動を続けているそうな。この本では母親との往復書簡も掲載されているが双方とも文章が非常に軽いのである。死刑確定後の父親の手紙もフワフワしており、「う~ん・・・他の死刑囚の手紙と全然違う」と感じた。(息子なのであえて軽いタッチで書かれている可能性はあるかもしれないです)サクサク読了したがまぁ、こんなものだろう。
August 21, 2013
「レイヤー化する世界」は世界規模で行われる技術革新と世界経済や国家像の変遷を中世~近代~現代~未来にわけ丁寧に書かれていた。インターネット技術が進むと「国籍」などは関係なくなり、世界規模で仕事の依頼や物の注文か可能となる「国家意識」が希薄になるということが書かれていた。日本にいるとそんなに外国籍を意識しないが、移民が多いアメリカ・EUでは「移民からその国へ定住」はよくあることで古典的な民族国家意識が衰退し、世界企業(アップルやユニクロ)が世界の経済を牛耳ることを示唆していた。この本のいいところは各時代の背景や経済活動が詳しく書かれており世界史の勉強になる。ちなみこの本では欧米のことを中心に書かれているので日本のことは出てきません。中世はな小国家と地域経済、近代は英国からの産業革命と帝国主義(本国と植民地の加工貿易)、現代はインターネットを利用したIT革命とその時代を象徴するようなことが書かれていた。最後に参考になる書籍を紹介しておりとても参考になる1冊だった。「日本人として学んでおきたい世界の宗教」は知日派の教授である呉善花さん(拓殖大学教授)の宗教論だった。キリスト教・イスラム教・インドの宗教として仏教や他の宗教を紹介していた。まぁ、キリスト教・イスラム教は言わずもが世界的に有名で多くの人が本を書いているので同じような内容(歴史的な歩み)は仕方ないが、インド発祥の宗教編はなかなか興味深くおもしろかった。中国・韓国の儒教や日本の神道についてほんの少しだけ触れていた。まぁ、こんなものだろう。「伊良部秀輝」はエージェントの団野村氏が書いた故・伊良部秀輝氏が自殺する前の出来事が語られていた。彼が自殺した時は金銭的な悩みや夫婦間の不仲、アルコール依存など悪い部分だけを報道していたが、著者である団野村氏はそれらを否定し、「多分、こうだろう」という理由が書かれていた。伊良部選手はハーフということでいじめられてきたそうな。そーいうこともあり根性がつき学生時代からケンカッ早く、上の者にも堂々と自論をぶつける青年になったそうな。なので日本の球団ではなかなか監督とおりあわず、野茂投手の活躍もあり団氏に「アメリカに行きたい」と懇願しそれから亡くなるまで交流があり、彼の人間性をまじかで見たエピソードが書かれていた。前記のような「悪童」なイメージとは全然違い、紳士的で人の意見をちゃんと聞く青年だったそうな。ただしお酒が入ると・・・という二面性があったそうな。(彼は日本でもアメリカでも盛り場で暴れ問題を起こしてます)球場では後輩たちにもどんどん教え、先輩として十分活躍していたが最後は体力的な問題で下部のチームやプエルトリコの球団まで行ったが引退。本人は「まだやれる。最後は日本で・・・」という思いを持っていたが自殺したそうな。団氏は「上記の理由ではなく、衝動的自殺」と断定していたがそれは自殺した本人しかわからないがどーだろう。報道では伊良部氏の遺骨を奥さんが受け取り拒否しているとか死後もにぎやかだが本人もゆっくり眠りたいだろう。
August 20, 2013
「日本人の知らない武士道」は高校生の時、たまたま留学した先で剣道を体験し、剣道=武士道にハマり再度来日しそのまま剣道以外の武道も極め世界に武士道を広める活動をされている方の手記だった。著者( アレキサンダー・ベネット氏)は京大の大学院を卒業しており、上辺だけのヘンテコ外人ではなくきちんと武士道の本質を理解しており、とても興味深くおもしろかった。武士道といっても時期に応じ3種類の武士道が存在しているそうな。1つ本来の意味の人を殺すための武士道、2つ江戸時代に成立した文武両道を旨とする武士道、3つ明治時代に武士を回顧して書かれた武士道(これが海外に発信された新渡戸稲造の武士道です)番外として戦中に戦意高揚のため利用された武士道があるそうな。著者は1つめの「他人を殺すため」の武士道(精神)について、詳しく解説していた。この本ではボロボロになりながら武道に取り組み、疲れ果てたときに感じる不思議な感覚を体験し、「こ、これが武士道の精神か・・・」と一種の悟りっぽいものを感じ、西洋のスポーツにはない「悟り」について自論を展開していた。しかし、日本では武道や武士道精神は野蛮なものとされ、武道を習う人が減少しているが海外では逆に武士道精神を学ぶためにかなり増加しているそうな。良い例が柔道で人口は増えたが、西洋式のルールが導入され精神面よりも勝つ事が優先され、JUDOUというスポーツ競技になってしまったことを憂いていた。いや~今の日本人に「武士道精神」をしかっりもって生きている人は少ないと思う。あらためてこの本を読み襟を正したがこういう日本人になりたいものだ。「夫はバイリンガル失語症」はドイツ人の主人を持つ日本人妻が失語症の記録として書いた貴重な手記だった。ドイツ人の旦那さんは日本の大学で「日本語」でドイツ語を教えていたが、2005年に脳梗塞で倒れ手術は一応成功したものの、高度な失語症を残ったのである。普通の人なら母国語だけを再学習すればいいが、ドイツ人の旦那さんでいうと母国語はドイツ語、職業語は日本語なのである。手術後は両方の言葉が出てこず、家族も困ってしまったがじょじょにドイツ語が戻ってきたが日本語が全然できない。日本語ができないとなれば大学は解雇されることになるので奥さんが必死で日本語を教えるも逆キレや暴言で手が付けられないような状態が続きとうとう「ドイツで1人で暮らしたい」と言い出す始末。大学から1年限定で休職をもらい、リハビリに励み何とか授業ができるまでに回復したが、長時間の授業や準備に疲れこのままの勤務は厳しいということで早期退職。その後は自由時間が増え状態は安定し良くなりつつあるそうな。この失語症は治る事がない病だが、外見からではまったく健常者と区別がつかないので日常生活で困ることが多々あることが書かれていた。非常に興味深く読了したが確かにバイリンガルな人は一気に2種類の言葉を失い、再構築をしないといけないというややこしい問題がでてくるというが興味深かった。個人差はあるがどうにかこうにか2種の言語の再構築は可能ということがよくわかった。なかなかおもしろかった。
August 19, 2013
「中国でたい焼屋を始めたら…」は中国の都心部で無謀にも人脈もパートナーなしでタイ焼き屋さんを開業したエピソードがおもしろおかしく書かれていた。結論からいうと敗北だったが、著者はそれでもめげず現在は中国で語学学校を経営しており地味に成功しているのではあるが・・・。中国で日本式のタイ焼屋さんをはじめたのもシャレで現地に知り合いもビジネス・パートナーもいない状態で不動産を借り、役所に届けを何度も出し内装工事を繰り返し、あやしい現地スタッフたちに振り回され大金をむしりとられ、クソスタッフから訴訟をされ見も心もボロボロになり日本に帰還したそうな。中国人はえぐいほどの「拝金主義」でお役所・不動産屋さん・内装工事屋さん・大家に本金とは別にワイロを毎回出し、根回ししないと日本人は商売などできなことが書かれていた。確かに最近、反日のせいもあり日系企業の多くが中国から撤退しているが上記のことが原因なのだろう。中国人のおそろしいほどの拝金主義はほんとすさまじいものがある。歴史上ではいろんな偉人を輩出しているがそんなことは度外視でひたすら「金、金、金~」といういやらしい人種に成り下がっているのよくわかった。進歩的な日本人は「バイタリティーがありすばらしい!」と褒め称えている方がいるがそれはまちがっているなぁ。私は無理をして付き合う必要はないと思う。「長生きしたけりゃ、今すぐ朝のパンをやめなさい」は料理研究家の永山先生の手記だった。要は「パンりよ米を食え!」ということがえんえん書かれていた。なぜなら日本人は長年米食文化なので、パン食をやめ再度米を食えと主張していた。それと「朝かゆ」のレシピがいくつか紹介されていた。まぁ、こんなものだろう。
August 18, 2013
「謎の古代豪族葛城氏」は葛城氏が急に歴史から消えた理由を「記・紀」から考察されていた。葛城氏と言えば仁徳天皇に娘を嫁がせ何代にも渡り、古代天皇の外戚として権力を欲しいままにしたが、ある事件をけっかけに歴史上から一気に消えたのである。この「ある事件」について他の歴史家や研究者がいろいろ調べているそうだがまだまだ結論が出ていないそうな。(この本はあくまで著者の考えです)葛城氏は天皇の権威を上手く利用し、畿内の水運・海運・魚業・製塩業を掌握し西日本の経済を牛耳り政治にも口出ししさらに東海地域にも進出をしはじめ、ついに天皇がキレ別の一族(東海地域の尾張氏など)に連絡し、葛城氏に繋がる豪族を含め暗殺を実行したそうな。この目論見は見事当たり、葛城氏一門は一気に崩壊したそうな。なので誰一人も残らず、歴史上から抹殺されたそうな。しかし著者は自称葛城氏の後裔だという一族がいることを突き止めいろいろ調べるも確たる証拠がなく。「う~ん・・・あくまで自称の域かな~」という感じだったのがおもしろかった。時の天皇も「葛城氏って外戚なのに天皇(オレ)より偉そう~マジむかつく~」という思いがあったのだろう。まぁ、こんなものだろう。「ヒゲの日本近現代史」は日本における「ヒゲの変遷」が書かれていた。あまり細かく書かないがヒゲブームとノーヒゲブームが交互に来ているのである。古代はヒゲ、平安時代の貴族はヒゲなし、戦国時代大ヒゲブーム、江戸時代中・後期はヒゲなし、明治維新後ヒゲブーム、大正時代はヒゲなし、昭和前期(戦争まで)ヒゲあり、昭和後・末期ヒゲなし、平成おしゃれヒゲブームと連綿と「あり・なし」が続いていた。で、その理由は何と?というと「外国人と軍人」の存在だ。いつの時代も日本人男性は日本にやってくる外国人に興味を持ち、「おっ、あの外国人ヒゲがはえている。お~あれはかっこいい」ということで真似し始めたそうな。また、身分や職業に応じヒゲ可能・不可能と分かれており皇族→ヒゲあり、貴族→ヒゲなし、武士ヒゲあり、庶民→ヒゲなし、戦前の軍人や警察官ヒゲあり、公務員原則ヒゲなしと分かれていたのである。(あくまで一般論で貴族でもヒゲあり、皇族でもヒゲなしの写真はたくさん保存されてます)今は「おしゃれヒゲ」が一般化しており、良い時代だが昔はだれでもたくわえられるものではなく身分を表すアイテムだったのがとても興味深かった。
August 17, 2013
「ビブリア古書堂の事件手帖」の2.4巻を読了した。古書店で巻き起こる古書を巡るミステリー&ラブロマンスありのフィクション小説だった。以前、フジTVで剛力彩芽さんが主人公の女性を演じており、それがきっかけで借りてみた。フィクション小説なので内容は詳しく書かないがおそろしく古書に関して知識がある女店主(篠川栞子)とバイトの青年が事件・事故に巻き込まれるが篠川さんの推理で見事解決するストーリーだった。私ははじめてこのシリーズを読んだがとてもうまく書かれておりおもしろかった。「日本の職人」は日本古来から連綿と続く伝統工芸品を作り続ける現在の職人達を紹介していた。まぁ、有名な工芸品もたくさん出ていたが、いまだに「銅鏡職人」がいることに驚いた。古墳に埋葬されていたり神社のご神体となっている銅鏡だが、ほとんどの工程を職人自らが鏡面加工し、次世代に技術を継承しているのである。確かに大量生産できない「物品」は世の中に存在しており、その奥が無名の職人の手によって作られているのである。いや~おもしろかった。こういう職人達をもっとフューチャーしてほしいものだ。「東海道新幹線各駅停車の旅」は題の通り東京~新大阪間の新幹線の停車駅の弁当・土産などをすべて紹介していた。まぁ、うすい冊子程度なのでサクサク見れたがどの駅も非常に手の込んだおいしい商品がたくさんでていた。東京・横浜・名古屋・京都は有名な物産が多い多いがそれ以外の微妙な駅の名産は知らないのでとても参考になった。冊子だったのでまぁ、こんなものだろう。
August 16, 2013
「カッパ・ブックスの時代」は岩波新書に対抗するアンチ教養主義をモットーに作った「カッパ・ブックス」の歴史や人事ごとと終焉までが書かれていた。あまりに多いので個々の本を紹介しかねるが松本清張氏・小松左京氏・赤川次郎氏から頭の体操、頭がよくなる本シリーズを世に出し、光文社を一気に出版メジャーに成長させた編集プロデューサ神吉晴夫氏の半生とその部下だった人々のその後が書かれていた。実はこの光文社は大日本雄弁会講談社のグループ会社で神吉氏は東京帝大卒業後講談社に入るが戦中満州へ赴き、満州講談社を立ち上げるがそのまま敗戦を迎える。当時の講談社は「戦時協力出版社」として戦争をあおったためGHQから業務停止を命じられ、子会社の光文社を隠れ蓑に出版事業を再開したそうな。上記の通りインテリ層を対象にしない新しい読書層を開拓するためこのカッパ・ブックス(他にもカッパ・○○シリーズがあります)を立ち上げ、軽めの文芸書や教養、ハウツー物(冠婚葬祭や手相、英会話)を出版しどれもメストセラーになり、会社はぼろ儲けしたそうな。まだ本でしか教養を高める方法がないので出す本出す本ベストセラーになり神吉氏は名プロデューサーとして大活躍したが会社の労働争議の責任を取る形で退職。神吉氏の退職後、新体制が引かれるも本の売り上げは下がり続けたそうな。で、この神吉氏を慕う元部下らが退職や転職で別の出版社を立ち上げたり、新しい新書シリーズを立ち上げるなど「神吉DNA」が今の出版社にも生きているそうな。新規立ち上げは祥伝社(元部下と小学館の資金とで創業)・ごま書房(あのソニー井深大氏の声かけで創業。しかし業績が悪くなり後に倒産)・かんき出版(神吉氏が死後、奥様と元部下で創業)このほかは元部下たちが大手出版社に再就職し多くの雑誌・新書を立ち上げています。いや~おもしろかった。私は若い頃、本が好きで本屋さんに勤めていたが懐かしい名前ばかりである。祥伝社のカッパ・シリーズはほんと人気が高かったなぁ~。今は出版不況らしいが、良い本を出版して欲しいものである。「世界の軍用犬の物語」は世界の軍隊に配備されている各種の軍用犬をひたすら紹介していた。一応、軍用犬の歴史が書かれていたがローマ時代から軍用犬はおり、今のような偵察・斥候や基地警備などの後方支援ではなく、正規の「戦闘犬」として兵士と共に戦っていたが育成期間や費用の問題で「(莫大な費用がかかる)戦闘犬を育てるくらいなら、人間の兵士でいいんじゃーねぇ?」ということで早々に戦闘犬は撤退し、後方支援専門に転嫁したそうな。軍用犬も偵察・斥候・基地警備・地雷発見・麻薬発見など各専門分野別れ、仔犬時代から適性に応じ育てているそうな。著者もオーストラリア陸軍の軍用犬育成専門部隊を退役した軍事でライフワークとして「軍用犬」を調べているそうな。この本では世界各国の軍用犬部隊を紹介していたが、EU・アメリカを中心にか各分野進出しているが、アジア圏ではまだまだ規模も小さく日本の自衛隊では航空自衛隊が基地警備のため、一部に警備犬が導入されているそうな。なかなか興味深い内容だが、愛犬家が多いEU・アメリカでバンバン軍事利用されているのに疑問を持った。
August 15, 2013
「プロ野球もうひとつの攻防」は元オリックスの球団運営をしていた井箟重慶氏の球団経営の裏側が書かれていた。球団運営の仕事には新人調査・選手の査定・トレードの調査・海外選手の調査や採用が上げられており、これらはほとんどスカウトマンが関っており、選手を厳しく査定し必要なら他球団に放出し、翌年用のドラフト会議の準備をし、新人を採用するそうな。この本ではオリックスのドラフト会議の攻防が書かれていた。正直、オリックスは条件が他球団より悪いのにも関らず「ぜひ、オリックスで」という選手もおり、最後は条件ではなく「スカウトマンとの信頼関係」で決まると書かれていた。ドラフトだけでなく当時の個性豊な監督エピソードや契約更新で毎年ごねる選手などなかなか知れないことも書かれていた。なかなかおもしろかった。「警告!身近な薬の副作用」は市販薬の副作用で大病を負ったエピソードが紹介されていた。市販薬には副作用というモノがあり、体調の具合や飲んでいる別の薬のせいで別の病気を引き起こす恐れがあり、患者もちゃんと説明書を読み、リスクを理解した上で飲むよう警告していた。この本では老人の副作用事例が書かれていたが若者でも気をつけないと・・・何かあった場合はすぐに飲むのをやめ、箱を持って病院に行きましょう。「なぜ、カノジョは原価100円の化粧品を1万円で買ってしまうのか?」は世間の商売について書かれていた。100円ショップで売っている商品が百貨店では1000円で売っているのはなぜか?ということやいろんな「○○効果」というさりげない手法などが紹介されていた。それとなぜか保険料や年金を下げる方法やヤバイ仕事(要はグレーな商売)をいくつか紹介していた。こーいう情報はインターネットで「あやしい情報」や「裏ビジネス指南書」とかいう名前で出ているがまぁ、こんなものだろう。マネはしないようお願いします。
August 14, 2013
「彫刻と戦争の近代」は戦争中の物資不足の時代、国威高揚のため「像」を作るための工夫や彫刻団体を立ち上げ彫刻家の育成をした話が書かれていた。明治以降彫刻は金属や木材で作られていたが、戦争後半より物資不足となり金属類が供出されるようになり、各地に作られていた銅像も同じように供出され台座だけが残り、「これは何とかしないと・・・」ということで代わりの素材としてセメント(当時は洋灰と呼ばれたいたそうです)を使用するよう政府から通達があり、慣れていない素材に彫刻家たちは困り新たな彫刻団体を立ち上げ賞を作り、セメント像を作り各地に配置したそうな。そこで当時の大物彫刻家・高村光雲が音頭を取り戦意高揚の像を作り若き彫刻家を育てたそうな。もう一つ興味深いのは戦争で足や手を失った傷病兵がリハビリのため、このセメント像を作ったことが書かれていて「これはすごいなぁ~」と感心した。非常に興味深い内容でおもしろかった。「特に深刻な事情があるわけではないけれど、私にはどうしても逃避が必要なのです」は山口路子さんとい方が古今東西の名言をピックアップし紹介していた。前向きな言葉だけでなく「後ろ向き」な言葉もあり、そこは好感がもてた。こーいう人生訓本は前向き・ポジティブ思考を前面に押し出し余計に読者をネガティブにしてしまうこともある。ただこの本にも選者の意思がだいぶん作用していると思う。まぁ、こんなものだろう。
August 13, 2013
「市川中車」は俳優・香川照之の別名で九代目・市川中車を襲名する前後の出来事や実父である市川猿之助(現・市川猿翁)との葛藤などが丁寧に書かれていた。父親である猿之助さんは妻(浜木綿子さん)を捨て愛人(藤間紫さん)の元に去り全然会っておらず、歌舞伎の世界を知らなかったが46歳になり「歌舞伎の血筋を絶やすのは・・・」という思いと息子である政明君(市川団子)に歌舞伎を継承させたいという思いから親戚になる市川海老蔵さんや市川亀治郎さん、大先輩の中村勘三郎さんや松竹に相談し襲名が決まったそうな。当然周辺から「46歳から歌舞伎をはじめるのは・・・」と嫌味を言われたりしたが父である猿之助さん、先輩やいとこらの助けで必死で稽古し無事に襲名披露興行を終えたのである。役者を20年あまりしているので「ド素人」ではないのでその辺は上手く立ち回り「形」を会得したそうな。この稽古中、離れ離れで暮らしていた猿之助さんと合宿し語り合い邂逅したそうな。団子くんも歌舞伎に興味を持ちこのまま歌舞伎役者を続けるようだが将来彼が「猿之助」を継承するだろう。珍しいのは香川照之も続けながら市川中車も続けるそうだが頑張って中車の名前を大きくして欲しいものだ。「小泉武夫のミラクル食文化論」は小泉氏が大学(東京農大)で講演したものを書籍化したものだった。先生は机上学問ではなく実際に現地まで赴き、現地の食べ物を食しそれを紹介していた。当然日本人から見ると「グロテスクな昆虫」でも現地人にとってはご馳走で、僻地で高タンパクを取るには昆虫しかないそうな。小泉先生も昆虫食推進派なのでよくこの話が出るが私はどーもここだけは受け付けられん。その他は原始時代の食文化や調理法を詳しく述べていた。私は小泉先生の本をたくさん読んでいるので知っている話もありまぁ、こんなものだろう。「ベストセラーの世界史」は日本ではなく、外国のベストセラー事情が書かれていた。しかし、私が思っていたような感じではなくテイストで書かれていた。海外では莫大な宣伝費を使い本を売るそうだが、それだけではなかなか大当たりの作品は出ずいろんなことをするそうな。いい例が「宗教」だそうな。聖書は世界中で出版(イスラム教圏は別です)されおり世界規模で流通しているのがいい例だろう。内容もさることながら「世界中にファン」を作る事が大切だそうな。古くはダビンチ・コード、ハリポタなど世界規模で売れており、「良い作品は国境を越える」ということだそうな。海外におけるベストセラーのことがわかったような気がしたが私にはもうひとつおもしろく感じなかった。
August 12, 2013
「ウルトラマンが泣いている」は円谷プロのお家騒動が克明に書かれていた。著者は円谷プロの創業者・円谷英二氏の孫で円谷英明氏。特撮に特化したプロダクションで当初は東宝グループの関連会社だったがウルトラマンでぼろ儲けし、いきなり東宝やTBS(ウルトラマンの放送先ね)との関係を断ち切り、ワンマン社長(代々円谷家)のその場しのぎの企画で乗り切りやっていたが、ウルトラマン以外のコンテンツはぱっとせずとうとう外部主導による経営になったそうな。そういう円谷プロの内部を赤裸々に暴露しており、なかなかおもしろかった。円谷プロは特撮の会社なので経営のプロはおらず、初代・円谷英二元社長の3人息子や孫たちで経営をまわし、上から目線の営業スタイルと度重なるリストラで社内は疲弊し、良い作品が作れなくなったそうな。しかし、そのワンマン体制は会社が傾きかけても変わらず困りかけるとうまいタイミングで「第○代・怪獣ブーム」と「円谷商法(ウルトラマンのグッズや怪獣カード。各地にウルトラマンのパピリオンを作るなど)で持ち直し低空飛行ながら運営していたが海外事業部門進出の失敗や有名なタイ国内でのグッズ販売差し止め問題なのでとうとう自力再建できなくなりケンカ別れした東宝に資金援助と役員参加をお願いしとうとう円谷一族支配が終焉を迎えたそうな。著者自身も社長になったものの円谷一族以外の役員に足を引っ張られ早々に解任され、別会社を立ち上げた上でこの本を書いているが「いかにワンマン体制のややこしさと経営や経理のプロがいないと会社わまわらないこと」がよくわかった。特撮のプロ集団なので経営や経理・権利関係はズブの素人なのでこーいうざまになるのは早晩わかることだったと思う。著者はその辺のお家騒動を冷静に書いていたが題の通り「ウルトラマンは泣いている」だろうなぁ~。非常におもしろかった。「トンデモニセ天皇の世界」は日本における「ニセ天皇(皇族)」の歴史やその背景について書かれていた。私はこの「ニセ天皇モノ」が大好きで結構読んでいるのでここに出てくる「○○天皇」は知っていた。ただこの本では古代の天皇についても書かれており、そこは興味深く読んだ。古代はまだ天皇の地位が安定せず、自称皇族が「我が新王なり!」と名乗り戦争を延々と繰り返していたそうな。で、敗北した者たちが地方に土着し、自称○○天皇が続出したそうな。あと南朝系統も存在するがそれもほぼニセ者で戦後のドサクサにまぎれ「自称○○天皇」と称した者が多いそうな。なかなかおもしろかった。
August 11, 2013
「見せかけの正義の正体」は遭難事件を起こす前に出版された本で偉そうに天下国家を語ってます。(著者はキャスターの辛坊治郎さん)内容は日本の政治批判でまぁ、一介の地方局キャスターが上から目線でいろいろ述べていた。別にこの本を読まなくても新聞やインターネットで転がっているようなことが書かれていた。著者は遭難事件前は自己責任発言や故・中川一郎先生を罵倒したりと「報道=偉い」と勘違いしていて何ともいえない感じだったが救助されると抜けぬけと「日本人でよかった・・・」と発言しており、結構叩かれている。今は休養と称し引き篭もっているようだがこんどはどんな顔をして出てくるのかワクワクする。(大阪のTV局はおもしろがってあえてこーいう人を使うからなぁ~)辛坊治郎さんに私から贈る言葉「天網恢恢疎にして漏らさず」です。「日本の血脈」は凄くメジャーな一族から「えっ、どーして?」という一族が10家紹介されていた。「古代○○家から・・・」というようなモノではなく祖父母くらいから一族が紹介されていた。芸能人枠として香川照之(父親は市川猿之助)・中島みゆき・オノヨーコ。政治家枠は小泉進次郎・小沢一郎・谷垣禎一・堤康次郎。文化人枠は小沢征爾(指揮者)。皇室から美智子さま(正田家)・紀子さま(川嶋家)の10家。非常に詳細に双方一族を調べていたが最近は「個人情報保護」の観点から他人が他家のご先祖さんをなかなか調べられないそうな。(このことは多くのライターさんが述べている)なので周辺取材(生きている方の証言や公文書や学校の記録、本人の書いた本やコメント)でこの本が書かれていたが非常に上手くまとめられていた。しかしなぜこのメンバーが選ばれたのだろうか?以前NHKでも芸能人のルーツをたどる番組がしていたが、どの回もおもしろかった。個々の話はしないが個人的には中島みゆきさんの話が良かった。まぁ、こんなものだろう。
August 10, 2013
「なぜ、真冬のかき氷屋に行列ができるのか?」は音響メーカーの営業マンを36歳で退職し、5つもバイトを掛け持ちし「年中かき氷を食べれるお店」を立ち上げた成功秘話が書かれていた。年中食えるかき氷専門店というコンセプトで開店したはずだったが無名の店ということもあり全然流行らず、仕方なく他の商品(カレー類などの食べ物)を出したら営業面では儲けが出るがかき氷での売り上げが「0円」という日々が続き、「年中食えるかき氷屋のはずなのに・・・これではいけない!」と再度計画を練り直し食べ物を全廃し、年中かき氷だけを販売しいずれ常連がつき数年がかりでやっと軌道に乗り経営が安定してきたそうな。経営者の石附浩太郎さんは「商売をする上でリスクを背負わないと成功できない」という信念を持ち売れ筋の食べ物をやめて氷やシロップを手作りしそれぞれの物語を作り、かき氷にこだわりを持ちお客さんに提供すればお客さんは付いて来ると〆ていた。非常にうまくまとまっており、一気に読了した。今の会社は「リスク回避」のため大きな挑戦をしないところが多いそうだが、著者は「リスクを背負わないと成功しない」という信念でかき氷屋さんを成功させている。今の日本はすごく萎縮していると思う。こーいう経営者がドンドン出てきて日本経済を活性化させて欲しいもである。「反省させると犯罪者になります」は長期受刑者の支援をされている方の本だった。結論から言うと「何回も同じ罪を犯す人は反省をしない」そうな。日本の刑務所は反省を促すことはほとんどなく著者がするような支援プログラムにもほとんど参加しないそうな。その原因は本人の無理解(反省ってなに?レベル)や薬物に多い分かっちゃいるけどやめられない再犯者たち、少年院からの根っからの悪党で上辺だけの反省に慣れており娑婆とムショを行き来している受刑者などのケース・スタディーごとに紹介していた。日本では反省よりも社会規範や正しい労働を再教育することがメインで個々のカウンセリングや専門家による教育は皆無だそうな。なので上辺だけの反省ポーズで刑期を終え、すぐ同じような犯罪を犯し舞い戻ってきてまた「反省してます」と平気で言えいる再犯者がとても多いそうな。最近はシャバは世知辛く、前科モノの風当たりは強く再就職もままならずすぐにお金が尽き、犯罪を起こし懐かしの刑務所に戻ってくる高齢者が多く、「反省ではなく後悔を先に教えないと!」と力説していた。いや~薄い新書だったがはっきり現場の様子が書かれており、おもしろかった。海外ではカウンセリングを実施し、再犯防止教育を徹底する国もあるが日本もそうしないとけないかもと思った。
August 9, 2013
「妻と飛んだ特攻兵」は8月19日に満州からソ連軍に特攻した夫婦を紹介していた。特攻といえば単身で突っ込むのだがこの本に出てくる谷藤徹夫少尉(22)とその奥さんである谷藤朝子(24)さんは夫婦で特攻したのである。一応説明するとこのご夫婦の話だけでなく当時の社会情勢や日本軍の戦況なども非常に詳しく書かれており、歴史の教科書風な面もあるがこの夫婦の交わした手紙や記録・生存者の証言から夫婦を表していた。谷藤少尉は会津武士の流れを組む青森県下北郡の田名部(現:むつ市)出身で父親が映画館やレコード店を経営してい裕福な家庭の長男として育ち、学生時代はずっ~と優秀かつスポーツマンで中央大の法科を卒業し徴兵検査を受けるも身長が低く「乙種合格」という現役入隊(甲種合格が一般的)できない方に分類されショックを受け日本ビクターに就職し営業マンとして日本各地を飛びたまたま見た「学鷲募集」を見て、「特別操縦見習士官(通称:特操)」を受験しみごと合格し航空士官となる。その後は満州で少年飛行兵に基礎操縦法を教える教官で多くの少年たちが大戦末期に特攻をしており、谷藤少尉は責任を感じていたのだろう。親戚の紹介で朝子さんとお見合いし昭和19年に結婚するも当時はまだ航空学校の生徒で別居状態だったが、卒業後満州に勤務となるとすぐに満州に移り住み幸せに暮らしていたが終戦に重なり、武装解除が決定したが多くの将校が徹底抗戦を叫び終戦から4日後に飛行機11機(途中1機脱落する)で「神州不滅特別飛行攻撃隊」としてソ連軍の戦車隊列に見事特攻したそうな。(実は朝子さんだけでなく、別の方の許嫁も別機に乗っていたそうです)この本では徹夫少尉ととても仲が良かった二瓶秀典さんという方のことも書かれていたが彼はバリバリの陸軍士官学校卒のエリートで早く戦場に行ったがすでに戦死されており多くの優秀な若者が戦病死しており、戦争の悲惨さヒシヒシと感じた。分厚がぜひ読んで欲しい1冊だ。「泡沫日記」はおなじみの酒井順子さんの寄り抜きエッセイ集だった。過去に読んだ記憶のあるエッセイも収録されているが、まぁ、こんなものだろう。私は酒井さんのエッセイが好きでほとんど読んでいると思うが本当に飽きないし楽しい。鉄道ネタも豊富で「乗り鉄」の私にはとても心地よい。100歳を越えるおばあさんのお葬式エッセイや急死した実母の墓エッセイなど「送る側」のエッセイが多くなり、「長年読んでいるがそういう歳かぁ~」としみじみ感じた。
August 8, 2013
「小沢一郎淋しき家族の肖像」は小沢一郎氏の奥様目線や小沢氏の側近から漏れ聞いた事が書かれていた。民主党から飛び出し新党を立ち上げたが先の参議院選挙に惨敗し雲隠れしている中、婦人である小沢和子さんの離婚問題や小沢氏の愛人&隠し子のことが詳しく書かれていた。東日本大震災で被災した選挙区が被災したにも関わらず一切訪問せず(和子元夫人は何回も訪問)秘書らに「東京から離れろ!水は市販のヤツを使え!」と檄を飛ばし本人も逃げ回っていたそうな。(本人は強く否定してます)そーいう姿を見た元夫人は離婚を決意し、秘書寮にて次男と別居しているそうな。その上別のルートから小沢氏の愛人と隠し子の存在が判明しそれを問い詰めると「お前と別れても彼女とは別れられない!お前が出て行け!(要約)」と言われそのまま家を出たそうな。その愛人と隠し子の話が非常に詳しく取材されてていた。このことは支援者も承知しており、元奥さんとは「田中角栄経由の政略結婚」という意味合いがあり、恋愛して結婚したわけではないのでもともと愛情が薄く京都で商売をしていた愛人に走り、子どもをもうけたそうな。(元奥さんとの間に3人の男性を持っている)和子元夫人が離婚の挨拶の手紙を関係各位に送り、当初は「ねつ造されたモノ」と小沢陣営は公言していたが筆跡が本人さんと同じなので今度は「精神状態がおかしい状態で書かれたモノ」と発言し恥を書いたそうな。この本では小沢氏のなかなか出さない部分について調べ書かれていたがほぼこっちの主張が正しいと思う。現在の小沢氏は政治権力を失いつつあり、今後どう出るかとても気になる。「徳川某重大事件」は田安家現当主の徳川宗英氏による徳川家ならではの出来事が読みやすく書かれていた。著者である宗英(むねふさ)氏は徳川御三卿(田安・一橋・清水の三家)の田安家11代目の当主で海軍兵学校(最後の77期生徒)→慶応大学工学部卒業→石川島重工業勤務→退職後各種団体の顧問をやりながら作家活動をされておりたくさん「徳川家や縁のある人物」にまつわる本を出版されている。今回は明治以降のお殿様列伝、歴代将軍にまつわるエピソードが書かれていた。知っている話も多く、初学者向けの本かと思うがなかなかおもしろかった。文章も上手く一気に読了した。
August 7, 2013
「悪あがき」は中日ドラゴンズの最年長投手・山本昌さんの野球人生記だった。高卒でドラフト5位で入団したがなかなか一軍に昇格できず、アメリカに野球留学2回の経験や恩師や中日の監督さんたちに叱咤激励され47歳で投げている彼の今が書かれていた。著者はいわゆる「野球エリート(甲子園経験ナシ)」ではなく「大学に行き、教師でもなろう」と大学進学を考えていたがなぜか中日に指名され、行く事になったが全然目が出ず4~5年2軍暮らしとアメリカ留学2回を体験し、勝負球2種類を体得しやっと1軍に定着するも大手術をともなう故障数回や優秀なピッチャーの存在でなかなか先発投手になれず「今年こそは解雇か・・・」とビクビクしながら生活していたそうな。で、出てくるのが題の「悪あがき」である。毎年「もう解雇なら好きなようにやってやる!」という悪あがきで勝負をするようになりコンスタントに10勝できる投手に成長し、47歳の今でも投げているのである。30歳をすぎるとスポーツ医学界の一大権威の先生を訪ね、負担を掛けないきれいなフォームを考えそれを取り入れ今も少ないが投げているそうな。ほとんどが野球の話だったがネットで言われているラジコンオ疑惑やカブトムシのブリーダー疑惑にほんの少しだけ触れていたがいまは野球に専念するため封印されているそうな。著者は「50歳までは投げる」と宣言しているが身体を十分ケアして本当に投げてほしいものである。非常に人情家らしい著者の本はおもしろかった。「歪みの国・韓国」は新聞やインターネットで言われているようなことがそのまま書籍化されていた。日本が嫌いなはずなのに羨望の眼差しを持ち、日本が気になって仕方ない韓国の内情が書かれていた。それと「韓国は先進国か?」という事にも触れ、進学率・自殺の話・反日思想の歴史が書かれていた。まぁ、先進国日本がうらやましくて仕方ないのがよくわかる内容だった。そんなに真新しいネタもなくまぁ、こんなものだろう。
August 6, 2013
「逮捕されたらこうなります!」は何の罪で捕まったがわからないが、著者自身の経験を踏まえその辺の事情を詳しく説明していた。(著者は結局不起訴)いきなり警察官がやって来て逮捕→警察署で取り調べを受け留置所というところで日常を過ごし、取調べが終わると地域の検察庁に送られ再度検察官から話を聞かれ罪が決まる。ここで軽い罪なら不起訴を勝ち取る場合もあるが多くが裁判所に送られ刑期が確定するのである。この本ではなかなか聞きなれない法律用語・警察用語などの紹介や被疑者を弁護してくれるはずの弁護士の種類(国選弁護士と私選弁護士)や刑事事件に強い弁護士の見分け方などが書かれていた。著者も不起訴になるまで留置所に留め置かれ知らない人たちと数日過ごし、そこで体験した貴重な出来事がサクサクと書かれていたがまぁ、こんなものだろう。先に読んでいる堀江貴文氏の「刑務所なう。」のような日記でもなく「このまま逮捕されたら自分はどうなるのか」を主眼を置いて書かれていた。書籍化するなら最後まで行って欲しかったなぁ~wwwしごく中途半端な感じだった。「まずいラーメン屋はどこへ消えた?」は「もしドラ」が爆発的に売れて一時期メージャーになった岩崎夏海氏の新書。内容も前作と類似しており、こっちでも「ドラッガー」が出ていた。題の「まずいラーメン屋は」は例えでインターネット上での情報収集や書き込みが誰にでも簡単にできるようになり一度「○○のラーメンはマズイ」と書き込まれるとその店は潰れてしまうという事だった。それだけインターネットの恐さが書かれていた。その他にはドラッガーの提唱した2大テーマであるマーケティング(市場調査や情報収集)とイノベーション(技術革新)について今の社会に当てはめ書かれていた。先のまずいラーメン店は市場調査や情報収集をせず来るお客さんにまずいラーメンを提供し続けていたが、インターネットというツールのせいでまずい事を知らないほかの人にもバレやっていけなくなり潰れたのが明白で、商売をしている以上市場調査や味の変更、インターネットを使った宣伝を取り入れなければ生きていけないよと警鐘を鳴らしていた。著者も「もしドラ」が爆発的に売れた後の「次の一手」をマーケティング(どの層に読んでもらうのか?)とイノベーション(この場合は新作を書く)の思考が書かれていた。なかなか読みやすく一気に読了した。非常に役立つことが書かれていた。なかなか良かった。「お客さまはもう増えない!だから接客で客単価を上げなさい」は俗言う「派生商法」というやつを積極的にしようじゃないかということだった。派生商法とはデジカメを買ったなら店員が「ついでにメモリーもどうですか?」とか服なら「これに合う○○もどうですか?」と本体に関連する商品をどんどん買わせ、「頼りがいのある店員を目指そう」ということだった。確かにこーいうサービスはありがたいがあまりフレンドーリーかつ積極的に「○○はどうですか?」といわれると私はイラッとします。まぁ、いいんじゃーないですか。
August 5, 2013
「偽文士日碌」は作家でTVにもよく出演されている筒井康隆先生の2008年からのブログを書籍化したものだった。東京の家とレギュラー番組収録のため大阪を行き来し、その間に奥さんや息子家族らと高級店で食事をした話が書かれていた。先生は依頼があればバラエティー番組でもどんどん出るタイプでなかなかアグレッシブに行動し知らない出演者とも話しをし情報を得たりするのはすごい。また本業である作家活動の一環として各地の書店でサイン会をしたりある賞の審査員を務めたりとご老体にムチ打って働いている姿を語っていたがなかなかおもしろかった。筒井先生は重鎮なのにフットワークが軽く、年下のスタッフや出演者ともコミュニケーションを取り楽しくすごしているのはいいなぁ~長生きをして欲しいものだ。「成功を決める「順序」の経営」は日本マクドナルドの社長・会長・CEOを務める原田泳幸氏の経営哲学が書かれていた。安売り戦略からの脱却や高額メニューの開発、社員の教育法などが書かれていた。しかし、最近は連続赤字を続けているし、60秒キャンペーンでバーガーを作りグチャグチャでお客さんに届けるサービスをしたり1000円バーガーを3週出したりとかなり迷走しているがそーいうことには一切触れず、日本マクドナルドの「Q(品質)・S(サービス)・C(社員の清潔)」を紹介していた。多分この本(正直、薄い冊子)は幹部社員教育等に使用される内部の教育本かと思われる。そんなに大したことは書いていないです。食品を扱う企業なので清潔第一は当たり前だしマクドの品質やサービスはダメダメだし・・・社長と現場の乖離がここまで大きいとお客さんも減るわなぁ~と改めて思った。まぁ、こんなものだろう。
August 4, 2013
「東海道五十三次「食」ウォーキング」は著者が実際に東京(日本橋)~終着点である京都まで完全徒歩で行くという企画だった。一応企画意図としては「各宿場で宿泊」をするということで足の裏にマメを大量に作りながら歩いていく様子が書かれていた。宿場も大きく様変わりしたところと行政の保護政策で当時とまったく変わらないところもありおもしろかったが著者の考えでなるべく安い宿(商人宿や駅前宿希望)を自宅でサーチし、宿泊していたが「料理の差」について詳しく述べていた。同じ5000円でもちゃんと宿の女将の手作りおかずのところもあれば、業務用スーパーで買ってきたおかずをそままポーンと出しているところもありなかなか興味深く読了した。こーいう料理や安宿にこだわったウォーキングもなかなかおもしろかった。「そんなに、変わった?」は毎度おなじみの酒井順子さんのエッセイ。テーマもその時々の時事ネタや酒井さんの周辺雑記で安心して読めるのがよかった。「これは!」という秀でたエッセイはないがどれもおもしろく一気に読了した。「負の世界遺産」は世界中に現存している「負の遺産」を写真と文章で紹介していた。(ちなみに日本はなぜか「原爆ドーム」のみだったが原爆ドームは「誰から見た」負の遺産なのだろうか?)多くはアフリカに多い売る前の奴隷収容所跡や奴隷港や社会主義が流行った頃の強制労働場(炭鉱や重工業の工場)、アウシュビッツ関連が掲載されていた。ほんとうに薄いムックなのでサクサク見れたが、いかにヨーロッパの人たちがアフリカを植民地化したり、主義のために強制労働をさせたり極悪非道なのがよくわかった。いかに「正義」がウソだというのわかる内容だった。このムックにも書いてあったが今の政府や自治体がこーいう負の遺産をじょじょに壊しつつあるそうな。こーいう「負の遺産登録」をされるのを嫌い(観光的マズイ)かなり進んでいるようだ。なかなかおもしろい企画だった。
August 3, 2013
「ハダカの美奈子」はビックダディーの元奥さんの林下美奈子さんの半生記だった。私はこのビックダディーシリーズに興味はないが家人が好きでよく見ておりとりあえず読んでみたが絵に書いたようなDQNな人生の縮図だった。父親はDV、母親は良い意味で放任主義でいやいや底辺高校に進学するも2ヶ月で退学。その後は辞めた仲間と万引きやシンナー遊びとやりたい放題で15歳で妊娠1回目の結婚で5人を出産するも離婚→5人を育てるためキャバ嬢になりナンバー1になったそうな。その後、ビックダディーの林下清志さんと再婚し2年で離婚したそうな。今は正式にタレント活動や講演会をされているようだが「う~ん・・・」という感じ。今はおもしろがって需要はあるだろうが、2.3年後はどうしているだろうか。そんなに長持ちしないだろう。「自分大好き!」なニオイがプンプンした。まぁ、こんなものだろう。「アメリカに渡った日本文化」は日本古来の文化・宗教から現代のアニメなどをひたすら羅列し紹介しているだけの本だった。日本の茶道・華道・書道のような「○○道シリーズ」や日本で花開いた仏教宗派や神道、アニメやマンガなどを書く文化など書かれていたがデータや主な活動地点などの紹介でそれにまつわるエピソードもしょぼく「データブック」的な感じだろうか。ただこれだけを表示し「日本ってすごいだろう~」と言われてもそんなに凄さは私には響かなかった。「男の鳥肌名言集」は歌手・著名人・マンガの架空の人物らの発言をピックアップし1ページごとに一言ドーンと太黒ゴシックで書かれていた。著者のチョイスが「男らしい漢」を選ぶような傾向があり、「う~ん・・・」という感じだった。マンガの登場人物がたくさんでていたが守備範囲外だったのでそんなに感激もなかった。厨二病真っ只中の方におすすめです。
August 2, 2013
「ファミコンとその時代」は今年誕生0周年を迎えたファミコンについて立命館大学の先生方によって学術的に書かれていた。日本企業の任天堂がファミコンを売り出す前にすでにアメリカではビデオゲームと呼ばれるそのゲームしかできないタイプの携帯用ゲーム機やゲーセン用のコイン投入型ゲーム機は存在しておりそれらの機能や写真、開発秘話が書かれていた。まだ機能や画像の面ではショボショボで今とは比べ物にならないくらいダサいが若者や大人の心をがっちり掴み爆発的に各社がビデオゲーム機を販売したそうな。しかし、特定のゲームしかできないので他の高い本体そのものを買わないといけないのでなかなか人気が続かなかったそうな。そしてアタリ社がカートリッジ交換型の据え置き機を開発し後にこの形が普及し、任天堂が「ファミリーコンピュタ」を1983年7/15に発売し高額ながら爆発的に売れ、アメリカにも進出し世界中で遊べるようになったそうな。最初はソフトを任天堂しか製作しておらず手詰まりになり、サードパーティ(ゲームソフト製作メーカー)に開放し多種多様なゲームが発売されのである。この本ではファミコンとその時代が細かく書かれており、ちょうど同じ世代の私には「ウン、ウンよくわかる」と感心した。学校の休憩時間中「今日○○っていうゲーム親と買いに行くんや~」とか「○○(ゲーム名)の攻略法知ってる?」とかゲームについていろいろしゃべりあったものである。今なら攻略wikiや掲示板で聞き他人と交流せず一人楽しんでいる人が多いだろう。学術的に書かれているので軽い気持ちで読むと痛い目にあうだろう。「苺とアリスとピストルと」はタレント・千秋さんの身の上相談記だった。娘を育てるシングルマザーとして女性としてタレントとしての千秋さんの考えが書かれていた。大部分は女性がメインの身の上相談(子育て育児・ダンナ方の親戚つき合い・シングルマザーの恋など)で千秋さんが的確に回答していた。千秋さん自身もシングルマザーで父親の代わりもしないといけないのでビシビシ娘さんを叱り、教育をしているそうな。それとタレントとしての活動エピソードや同じママタレ(小島慶子さんや富永愛さん)とのトークなどが書かれていた。まぁ、こんなものだろう。
August 1, 2013
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