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「怖くて不思議なスピリチュアル怪談」はよくある怪談語り本だ。特に「ここがスピリチュアル!」ということもなく、淡々と怪談が語られていた。語りなので(話そのものが)真実かどうかわからないがネタ的にはよくできていた。この手の怪談集もインターネットにUPされ、書籍化してもなかなか売れないそうだが本で横になりながら読みたい場合もあるでこのまま本で引き続き出版してほしい。「ナウシカの飛行具、作ってみた」は昔々、インターネット黎明期ポストペット(一種のメーラー)を爆発的に流行らした八谷和彦氏(肩書きはメディア・アーティスト)が「風の谷のナウシカ」に出てくる飛行船「ヌーヴェ」を10年かかりで制作し実際に飛ばしたまでの軌跡が書かれていた。日本で個人が飛行機を一から作る(個人でジェットエンジンが日本では買えない)ことは不可能でわざわざ海外まで部品を買い揃えて作り、飛ばすのも免許や国からの許可が必要で途中、戦争や東日本大震災などがあり中断しながらコツコツ10年もかけて調整し実際にそのヌーヴェを飛ばすことに成功したそうな。この本ではヌーヴェ作りのことと八谷氏の周辺雑記(大学の教授に就任したことや新しい技術のこと)もあわせて書かれていた。私はバリバリの文科なので飛行機の構造はわからないが個人でもある程度お金をかければ空を飛ぶことができることがわかった。なかなか興味深くおもしろかった。
October 31, 2013
「どうして人はキスをしたくなるんだろう?」はみうらじゅんさんと作家・俳優などマルチに活躍している宮藤官九郎さんによるたわいもない事をわざわざ日本旅館に泊まり語り合うと言う企画だった。両者の共通点は「自由業」で一度も背広を着て働いたことがなく、学生からそのまま業界に入り今の地位を固めているので一般人にはなかなか参考にならないがいつも通りおもしろかった。お酒を飲みならがウダウダと「みうらさんって、○○ですよね」とクドカンがネタを振りみうらさんが「そうそう、○○はねぇ~」とシモネタ満載で応酬するスタイルで平常運転だった。ご両人ともブームや作品を作っており凄い人たが、みうらさんはいろんな文科系男子とコラボ(要はバンドやイベント)をしており、個性が強そうに思いきやすごく柔軟で誰にでも対応できるかっこいい人だ。この本ではいつも通りシモネタ・愛・親孝行・仕事話・ブームなどがゆるい感じで語られていた。いや~おもしろかった。
October 30, 2013
「落語名人芸「ネタ」の裏側」は1953年から三越劇場で行われている三越落語会の公演プログラムと落語家直筆の原稿が倉庫から発見されそれを立川志らく師匠がいろいろまとめ書籍化したモノだった。戦後、江戸落語の文化が途絶えつつあることに気付き、毎回7人の落語家を選び落語会を開いていたそうな。ここに出ている落語家11名全員鬼籍に入っているが紹介すると、古今亭志ん生、桂文楽・柳家小さん・立川談志・三遊亭円楽(先代)・金原亭馬生・三遊亭円生(敬称略)などの当代の名人ばかりだった。この本では当時の公演プログラムから「○○師匠の○○(ネタ)はいいですねぇ~」みたいなエピソードと直筆の原稿(落語会で話すネタの説明文や解釈)を読み、その時の師匠連中の気分を読み取っていた。ただ昔と違いいまは録画されたものが方々にあり、簡単に見聞きできるが当時は生や速記録しかなく一席一席に価値があり名人の落語はとても貴重なものであったのが良くわかった。立川談志家元も「落語は高尚なモノ」とよく言っていたがその通りだろう。「僕らのニュースルーム革命」はNHKを飛び出し話題になった堀潤元アナウンサーのその後活動が書かれていた。NHKを辞めた後、一般市民でもニュース発信ができるオープンジャーナリズムと政府の持っている情報を広く市民が自由に使えるパブリックアクセスを取り入れたニュースサイト市民ニュースサイト「8bitNews」を立ち上げたそうな。NHK時代は自由な発言や取材活動を許されず政府の公式発表だけを読む機械に徹していたが、著者は「これは本当に正しいのか?自分が現場を見ていないのに原稿を読むのはいかがなものか?」と疑問を持ちNHKに断らず、行動を起こしたため退職。今はニュースサイトを主催しコツコツされているようだが、まだまだ市民に理解がないのかメジャーになっていないのが残念だ。
October 29, 2013
「マッカーサーは慰安婦がお好き」は高山正之氏の辛口エッセイ。週刊誌に掲載されているものを書籍化したもので私は初見だったがなかなか辛口だった。内容的には「右巻き反米」といテイスト。戦後GHQが日本を統治しアメリカ文化を日本国に持ち込み、日本国民を堕落させ日本を上手く洗脳したことが延々と綴られていた。今慰安婦問題が再燃しているが、GHQも何と一番最初の交渉で日本政府に「アメリカ兵用の慰安所を作りなさい!」と指令を出しており、「(アメリカに対して)その口で言えるか!」とアメリカ政府を批判していた。まぁ、そういう出来事が多々書かれていた。エッセイなので「ふ~ん…」という感じで読了したがまぁ、こんなものだろう。過激な内容だが案外正論だしなぁ~。「川路聖謨の佐渡赴任日記」は下級旗本の息子として豊後国日田で生まれ父親の転勤に合わせ各地を移動し、12歳で勘定奉行の下級幕吏(幕府の職員)に採用され順調に出世を重ね寺社奉行所に出向し、そこで良い採決を下し幕府高官の目に留まりさらに出世をし、この本に出てくる「佐渡奉行」に就任し現地に赴く道中記から任期の1年を詳細に描いていた。川路聖謨は非常にユーモアセンスもあり和歌にも造詣が深く、なかなかおもしろかった。川路氏はとてもグルマンで道中・佐渡で食べたおいしいモノの記述も多く、今で言う「食ブロガー」のようだった。この生活も1年だけで早めに江戸に帰国したが水野忠邦が天保の改革で失敗したため左遷されたが、外国船がたくさん来航したため「外国奉行」に就任し条約締結にまい進したが体調を崩し引退。そのまま体は良くならず、日本で初の「拳銃自殺」をした男として名をはせたのである。(この拳銃自殺第一号はよく取り上げられますね)川路氏は「(幕臣なので)徳川家に尽くさねば」がモットーだったらしく、バリバリ仕事をしていたがそれを嫌う幕府幹部も多く何度も左遷されており、そのたび「また復活して徳川家に尽くさねば」とがんばっていたが幕府が風前の灯火なった時、「この体では戦えないし、足手まといになる」と拳銃でのどを打ち抜き自害したのである。あっ、佐渡日記はグルメ情報と佐渡での仕事話、和歌などが書かれていたがなかなかおもしろかった。まぁ、こんなものだろう。
October 28, 2013
「幕末志士の死亡診断書」は前日読んだ戦国時代から明治維新前後の偉人や皇族たちの経歴と病歴(死亡原因)を紹介していた。戦国時代と違い医療技術は進歩したが海外から新しい病気も入っており混沌としていたそうな。一例で言うと西郷隆盛・坂本龍馬・大久保利通などの偉人は戦死や暗殺されているが、「もし殺されなければ、○○の病で亡くなるだろう」とも憶測していた。多くの偉人はストレス(この時代から!)を抱えていたが、リフレッシュする方法が今ほどなく元武士なのでひたすら我慢し、急に亡くなっている方が多かった。最後まで読んだが、現代病と変わらない病名で亡くなっている偉人も多くまだまだ医療技術の進歩が必要なのだなぁ~ということを感じた。「危機の女王エリザベス」はイギリスの現女王の伝記と政治的な発言や行動などが描かれていた。父親は「英国王のスピーチ」の主人公だったヨーク公アルバート王子とエリザベス王妃の長女として誕生し、61年間という在位期間(1位は63年間に亘って在位したヴィクトリア女王)を守っているのである。英国女王は日本の天皇の違い、「政治的発言権」を持っているため責任があり、広く勉強が必要で今もそれを続けているそうな。英国も経済不況が長く続き悩み、王族の不祥事も多く気をもむことがあるそうな。われわれ日本人が知りえないようなエピソードも多々ありおもしろかった。
October 27, 2013
「戦国武将の履歴書」はJIS規格の履歴書に戦国~江戸幕府成立直後くらいまで有名な戦国大名たちの経歴とその歩みがおもしろおかしく書かれていた。作ったのが大阪の知識人サークルで会話も若者風の口調で書かれており、おもしろかった。そこそこ分厚くしっかかりと戦国武将や大名をおさえていた。たくさん武将を紹介しているので個々の武将には触れないが私の感想としては「衆道」が多いことに驚いた。確かに戦場に女性を連れて行くことができないので若い男性をつれて行き、「夜のお相手」をさせるそうだが、今に置き換えると長期出張するのでアルバイトの中学生男子を「夜のお供」に連れて行くようなものだろう。平時はちゃんと妻や側室と夜を共にしたが、中には「ガチホモ」の武将もおり、「いつの時代もいるのかぁ~」と思ってしまった。まぁ、内容的にも現代風会話し超訳されており、若者にも読みやすいかも。なかなかおもしろかった。「正しい太鼓のもち方」は会社の上司に気に入ってもらうための「フレーズ」を紹介していた。上司といっても千差万別おり、個々の性格や行動パターンに合わせたフレーズがイラストとともに書かれていた。とりあえず、さりげなく相手が喜ぶようなことをサラッというのが肝心で考え抜いた末の言葉ではダメでスマートにサラッと言うのがベストだそうな。とても参考になる1冊だったが上司もこれを読んでいたら…まぁ、こんなものだろう。
October 26, 2013
「正妻」は最後の将軍である徳川慶喜公の正妻一条美賀子さん目線で描かれた慶喜公が将軍になり戊辰戦争前後の話(上)と幕府瓦解と明治維新後の平和な時代(下)の上下巻で描かれていた。ちなみに著者はほとんど作品を読んだことのない林真理子さんで余計なことは書かれておらず、史実だけを丁寧にたどっていた。本来なら別の貴族の姫が正室(この本の題は正妻だが…)になることが決定していたが、流行の疱瘡(ほうそう)に罹りあばた顔になったためその代わり役に決まり急遽、江戸に向かうことになったそうな。京都の雅やかな生活スタイルから武家(まだ将軍になる前の一橋家時代)へ嫁ぎ、わがまま気ままな若殿様(慶喜公)と生活する様子が書かれていた。小説なのでつらつら読んだが、まぁ今風の「言いたいことは必ず言うタイプ」のお姫様で主人である慶喜公にガンガン言うのには違和感は覚えたがまぁ、こんなものだろう。後半は将軍になり戊辰戦争→敗北→こっそり江戸へ帰還→大政奉還→静岡で謹慎生活とサラッと書かれていたがこの辺は慶喜公が中心に書かれており最晩年の謹慎時代夫婦で過ごした様子が描かれ〆ていた。まぁ、こんなものだろう。というのは多くの作家さんが「慶喜公」のことを小説しており、大体の人生は知っているが正室である美賀子さまのことはあまり知られていないので初学者の方には良いかと思う。なかなかおもしろかった。
October 25, 2013
「インド通」は1960年後半から1990年くらいまでのインド事情が書かれていた。う~ん…今年2013年でおおかた50年前のインド話を書かれてもそら今と状況は違うだろうが価値はるだろうか?現在のインドはインターネットなどの電子技術大国で一部の層は大金持ちであり、身分制度はあるが庶民生活も豊かになっており一筋縄では比べられないだろう。内容は遺体を焼く話(昔は薪、今は環境破壊や薪不足により重油)、地域別カレー味比べ(最近ではカレーを食べず洋風の食事が大人気)、生活一般(多くの人が貧しい。今は日本人よりたくさん儲けるエリートがゴロゴロしており豊かな生活を送っている)ただ変わらないのはカースト制度で今もしっかり根付いてるそうな。そういう事柄が時間ごとに書かれていた。まぁ、こんなものだろう。「古本の時間」は東京は石神井で詩歌専門の古書店を経営されている方の古書に関するエッセイ集だった。この本も2005年から書かれていたがまあごく普通のエッセイだった。日々の周辺雑記が中心でまぁ、こんなものだろう。「こ、これは!」というようなエッセイもなく日々の出来事が淡々と書かれていた。
October 24, 2013
「秘録・日本国防軍クーデター計画」は終戦直前軍部の高官の言動やGHQがやって来た後の動向などあまり知られていないような事柄が書かれていた。この本では陸軍の服部卓四郎大佐と仲の良かった辻政信大佐(戦後は参議院議員→ラオスで行方不明)・吉田茂首相らを中心に当時の作戦記録や機密事項などの処分話やアメリカ側からの強い要請でいろんな機密書類を出すよういわれその分野に詳しかった服部卓四郎大佐がGHQとの窓口になり対応しかなり貢献したそうな。その時仲の良かった辻政信大佐らも動き旧日本軍のかわりに「国防軍計画」をGHQ(アメリカ政府)に提出し元軍人たちをそのまま再雇用した国防軍(名前も決定済みしていた)創設をもくろんでいたが、何と吉田茂が「敗戦に追い込んだ軍人たちは使えん!ダメだ」と鶴の一言で旧軍人らをあまり入れず、新人で構成した警察予備軍になった経緯が書かれていた。その後も旧軍人らは国防軍計画を何度も後の総理に進言しておりすべて門前払いされたそうな。その後、この計画に加わった元軍人たちも高齢化や別の方向(政治家や軍需産業の会社顧問など)に進み、消えてしまったそうな。(まぁ、安保問題などもあり再軍事化なんて無理だろうが…)終戦直後、多くの高級軍人が逮捕されたが軍中央や技術研究機関(有名な731部隊とかロケット技術)や外交部門(特にソ連・中国の専門家)にいた者たちはすぐに解放され、なぜか軒並みアメリカ軍に協力しており…書かなくても理由はわかるだろう。本当にドンパチしていた軍人らは戦犯で、軍中央のエリートや研究をしていた軍人らは生き残り、戦後の日本と日米関係に寄与したというのがなんともいえないなぁ~。「SL機関士の太平洋戦争」は国鉄に勤務していた少年や鉄道連隊に召集され東南アジア各地に鉄道を作った召集兵たちの体験記がまとめられていた。第一線で戦う歩兵や砲兵ではなく、物資は兵士輸送のための線路を引く地味な分野の兵士たちの知られざる戦記だった。まず国鉄から鉄道兵になった話としては戦争中期ごろから若い鉄道マンが召集され人員が足らなくなり、なんと14~16歳くらいの少年に募集枠を設け、数多くの少年が機関車運転士・駅務員・整備分野の補助員に採用されそのまま働いたエピソードがたくさん書かれていた。非常先輩後輩意識が厳しく、軍隊並みの鉄拳制裁が加えられ厳しくしごかれながら事故なく業務に尽くしたことが書かれていた。後半は鉄道マンから鉄道連隊に召集され東南アジア各地に派遣され線路の敷設や整備から運用まで任され、戦いながら線路をも守っていたそうな。特に運転士育成には非常に時間がかかり国鉄から多くの運転士や補助者が召集され国鉄はズタズタになったそうな。それでも少年らは必死に働き国鉄を支えたそうな。いや~すばらしい体験記だった。
October 23, 2013
「東大生に最も向かない職業」は春風亭昇太師匠の弟子である昇吉さん(二つ目)の手記だった。昇吉さんは現役で岡山大学に入るもなかなか馴染めず、とりあえず「東京に行きたい」という思いで東京大学を受験し見事経済学部に合格(23歳)。大学で落語研究会に入り、ボランティア落語や全日本学生落語選手権に参加し、その功績が認められ学業以外のことで東大総長大賞も受賞。そのまま春風亭昇太師匠に入門し初の東大卒の落語家第一号になったのである。この手記では入門前の学生落語にハマッていた時のエピソードや昇太師匠に入門を申し込み、あっさり許可され春風亭一門独特の「放任主義」でまったく芸事では怒られず、一般的なルール破りで怒られる世間とはかけ離れた落語業界のルールに悩ませられながら成長したことが書かれていた。はやり経済学部首席卒業生ということもあり文章も正確で、はしばし落語の世界では相容れない経済学用語をちりばめて解説しておりとてもおもしろかった。会社では「効率の良い仕事」が最優先され、社員同士がライバルだが弟子っこ時代の落語家は奴隷のようにこき使われ、反論することも許されずひたすら「すいません」を連呼し、「師匠がカラスはシロ」といえば弟子もシロと思わないいけない「非効率な社会」で、今の若者にはなかなかツライ環境だが、著者はビビリながら大師匠のお世話をしヒマを見つけては「個人データカード(座布団の硬さ・お茶の塩梅・タバコの有無・出囃子)」を作り暗記しお世話をしたのでしくじりは少なく可愛がられたそうな。しかし、先輩方から「おいっ東大出が落語家なんかになりあがって…」と何かにつけて「東大出」という冠をつけられ困っているが事実東大を卒業しているので否定できないので粛々と受け入れ、自身も最近ではネタにしているそうな。いや~最後までおもしろかった。このまま真打になってほしいです。
October 22, 2013
「僕がメディアで伝えたいこ」は元NHKアナウンサー堀潤さんの手記だった。私はあまりTVを観ないので詳し推移は知らなかったのだが、要はNHK自身がちゃんと調べた放送をせず、大企業や政府の出した情報をそのまま流していることに疑問を持ち、「普通の人や被災した人たちの声はどーなの?」とtwitterでささやきNHK幹部や政治家が「なんや、一介のアナウンサーが」といちゃもんをつけそれが原因でNHKを退職した経緯が書かれていた。NHKは官僚主義で保守的な組織なので、下級職員は根回しをしないと企画や意見は通らないそうな。著者は一番最初の赴任地・岡山支局で好きなように取材や持ち込み企画をしていたが、中央(東京本局)に戻ると「アナは原稿さえ読んでいたらいい」と偉い人たちから言われたが、原稿内容が事実なのか?ということに常に疑問を持ち、休日を利用して福島に自主的に取材に訪れ被災者・名もなき原発労働者らの話を聞きまとめていたが、偉い人から「余計な事をするな!」と言われtwitterに切り替え、リアルタイムに発言するとまたしかられるという悪循環。で、著者も気分を変えるためアメリカに短期留学をして、アメリカ流の取材(アメリカの報道はきわめて中立でフリーの記者も自由に報道できる)方法を学び帰国し、最終面接(さりげなく懲戒解雇か自主退職を選べと…)を受け、自主退職を選び、引き続きフリーの記者として活動されているそうな。まぁ、優秀なのはわかるが、バリバリ保守のNHKの入社したのはそもそも正解なのか?もっと自由に活動できる民放の方が合っていたと私は思うが…。昨今では新聞・TVの既存のマスコミよりもインターネットを利用したニコニコ生放送やユーストリーム・twitteなど新しいメディアに移動しつつある中まだ多くの年配者は頑なに「NHKや朝日新聞マンセー」をうたっており、こーいう老害がいなくならないと「風穴」は開かないだろう。堀さんにはもっとがんばって真実を報道してもらいたい。
October 21, 2013
「鉄道と戦争の世界史」はヨーロッパにおける列車砲の運用や鉄道の軍事利用などが詳しく書かれていた。ヨーロッパ大陸(国同士の国境が繋がっている)では当初列車砲はとても有効で各国利用していたが、とても運用に手間がかかり結局下火になってしまったそうな。鉄道で各国繋がっており、湾岸・山間部まで大型砲を持ち込むことができるので有効だったが、敵に鉄道を爆破されたり鉄道に木材を置くなどして邪魔され効果が薄れるなど根本的な問題があり、最後は使わなくなったそうな。日本は海洋国なのでこの列車砲は普及しなかったが陸続きのヨーロッパでは第一次・第二次大戦とも利用されたが、上記の理由や飛行機からの攻撃などに遭い消えていったのである。儚い兵器である。まぁ、こんなものだろう。「てれびバカ」はキー局である読売TVのチーフ・プロデューサーの西田二郎さんと地方局である北海道テレビのエクゼクティッブ・プロデューサー藤村忠寿さんによる中央・地方TVマン&1965年生まれの同級生がTV制作の現場の今・未来を語り合っていた。両氏とも「会社や予算の規模ではなく、視聴者をどれだけ喜ばすか」を最大に考え人気番組を数多く演出しているが近年いろんな大人の事情や視聴者への配慮で現場が萎縮しており、なかなかヒット番組が作れないが西田さんは「ダンタウンDX」、藤村さんは「水曜どうでしょう」を長きにわたり制作に関わっており、「あーでもない。こーでもない」と対談していた。その中で西田さんは「50才のおっさんでも甘えたらええんや~」という持論を展開し、藤村さんは逆に「ツッパレおっさん」というま逆の思考で番組を作っているのが興味深かった。残念ながら「水曜」の方は関西ではなかなか放送しておらず、私はほとんど観たことがないが話を聞くと相当面白いそうだが一度じっくり観てみたいと思った。
October 20, 2013
「移された顔」は全顔面整形に関するフィクション小説だった。が、前半はちゃんとした小説だったがなぜか半分以降最後までケータイ小説のような会話調だけで構成されており、正直「な、何ゆえ?」と思った。著者は精神科医で「医療小説モノ」も多数書いているがこういう格好の小説は初めてだった。若い編集者が「医療小説なので小難しい文章より、今は流行のケータイ小説風の方が若い読者受けしますよ~」とアドバイスしたのだろう。この全顔面整形は何らかの理由で顔を破壊された人の顔すべてと脳死した方の顔をそのまま移植する手術で実際に世界で4回されており、架空の話ではなく近い未来日本でも行われるだろう。と〆ていた。私の感想としては「う~ん…何か違うなぁ~」という感じだった。「日本人はなぜ富士山を求めるのか」は島田裕巳先生による「富士信仰」の歴史や富士山に関する出来事が書かれていた。古来から富士山は「聖なる山」という意識があり、修験道の修行をしている行者たちから信仰を集め、後年庶民に広がり「富士信仰」として信仰されたそうな。しかし、明治維新後、「神仏分離令」により富士信仰は禁止され一気に廃れたそうな。戦後は新興宗教法人の多くが富士山周辺に本部を置き、富士山を「聖なる山」と位置づけており、富士山の素晴らしさを称えていた。日本は仏教伝来以前は巨石・滝・山などの「自然物」をカミとあがめ信仰しており、富士山は日本一高い山ということで「もっとも聖なる山」なのでより信仰心を高められたのだろう。薄い本だったがとても内容が濃くおもしろかった。「アンティーク・ディーラー」は30歳後半で東京にギャラリーを構えた著者がこれまでのアンティーク・ディーラー人生を書いていた。アンティーク・ディーラーとは骨董品の売買や鑑定をする仕事で、著者は学生時代から海外旅行に出かけ現地で仏像や仏具を買い取り、海外のオークションで売りさばき結構稼いだそうな。しかし、アジア地域にも近代化が進み、骨董品や仏像類の持ち出しが厳しくなり、こういう商売ができなくなりヨーロッパに数多くある古い宝飾品に目を付け、仕事をはじめ成功し東京の一等地にお店を立ち上げ今に至るそうな。後半は各国の骨董事情(その国ではやっている骨董品やその国の長所・短所、○○を買うならこの国)ということを紹介していた。まぁ、こんなものだろう。私より年下の方が東京のど真ん中に店が建てられるなんて素敵やん・・・。
October 19, 2013
「日本はなぜアジアの国々から愛されるのか」はアジアの貧しい国々に無償で小学校や病院・井戸などを支援する団体の代表が書いた「日本マンセー本」だった。そら、いちNPO法人がその国のために無償で施設を提供するのだから、現地の方は「日本人ありがと~」と言わないとしょうがないだろう。この本では著者が貧しい国に赴き、その国に応じた援助や支援を行い現地の偉いさんや利用者の声を書いていた。「日本人よ。本当に感謝です」・「子供ができたら日本に留学させたい!」とかひたすら日本マンセーはどーもねぇ…。モノをあげないと「ありがとう」が言えないのか?これを読み「アジアの国々から愛されるのか」はわからないと思う。先の大戦では東南アジア諸国に駐留したりしているのに、多くが戦後補償を放棄しておりよっぽどこっちの国々の方が私は素晴らしいと思う。ここまで「日本、ありがとう」と書かれると胡散臭く感じるなぁ~ことわざに「言わぬが花」というのがあるし…。「冷泉家八〇〇年の「守る力」」は藤原道長を祖とし25代に渡り続いている冷泉家の歴史や家業の和歌の伝統など現当主の奥様(婿養子をとっているので著者が直系です)が赤裸々に綴っていた。藤原氏に分家があまりに増えたため、京都の「冷泉小路」から冷泉家を名乗り、貴族の家業として「歌道・蹴鞠」を司り、宮中の「歌会始」や門弟3000人の添削指導をしていたそうな。400年同じ所に建っている蔵(冷泉家時雨亭文庫)には国宝の書が保管されており今も守り続けているそうな。それだけでなく、今も冷泉家では「歌会」をしており伝統文化を絶やすことなく継承しているそうな。薄い新書だったが非常に丁寧に書かれているが、おもしろく一気に読了した。昨今、こういう貴族の家業の伝統が絶えたり、後継者難に遭遇している家業もあり「伝統文化継承」の大変さがよくわかった。
October 18, 2013
「バツイチおへんろ」は以前読んだスペインの巡礼道「カミーノ」の第二弾で四国八十八ヶ所を巡る1400キロの四国一周旅だった。当初はちゃんと朱印をいただいていたが、宗教的云々というより歩くこと優先しているのでもういい!ということで宗教色(お寺の紹介は一切なし)はなく、寺と寺の間の出来事を書いていた。地元の方はお遍路さんになれているので、ご接待をバンバンしてくるし、無料の宿泊所(善根宿)もあり楽しそうに歩いていた。日本人だけでなく西洋人も多く、彼らと交流しながら歩いており端々に「カミーノ」も良かったとこぼしており、どこの国の人もおなじだなぁ~とつくづく思った。私もいつか歩き遍路に挑戦したい。「マンガでわかるブラック企業」はマンガとうたっているが実際は「挿絵」程度でほとんど労働法に関する解説本だった。確かにこーいうブラック企業が増えているそうが、なかなか辞めれない事情もあり働いている方々の精神や肉体を蝕んでいるが日本政府は企業側を尊重し、自由に社員を切れる法律や残業も無制限でできる法律などを画策するなど恐怖を感じる。いやな世の中やなぁ~。
October 17, 2013
「心配事の9割は起こらない」は曹洞宗の住職である枡野俊明氏(兼業で庭園デザイナー)による人生訓だった。「欲」を持たないことと「嫉妬」しないことだそうな。いろんな「欲」を持つと人間はその欲のため行動し他人を傷つけたり、「嫉妬」のために攻撃的になったりしてしまう「人間の業」を突いていた。で、題の「心配事」とは「仕事がクビにならないかなぁ~」や「私、結婚できるかなぁ~」とまだ先のことをクヨクヨ考えてしまうが、住職はそこを「まだ先のことについてクヨクヨ考えるな。今(今日)をしっかり生きろ!」ということを書いていた。今を必死に行きていれば、将来の結果にちゃんと反映されるのだから充実した日々を送ればいいのだ。なかなか興味深くおもしろかった。「忘却のしかた、記憶のしかた」はアメリカ国やアメリカ人学者や政治家から見た日本国・日本人の戦争観について書かれていた。日本国は被害者・加害者の二面を持っており、日本人の中には「身内が原爆や空襲で亡くなった。アメリカ軍憎し」という被害者面と「元軍人はアジア大陸で現地人にひどいことをした日本国が悪い」という加害者面を聞くことができ、さらにマスコミ・教育業界では「自虐史観」が広まり、「日本=悪」というイメージが出来上がった。しかし、この本では当時アメリカでは人種差別があり、特に日本人(この本では)はサルとされており、日本だけが悪くなくアメリカも十分日本人を嫌っていた証拠や証言を公開していた。たかだか70~80年前の出来事なのでちゃんと「サルをぶっ殺せ!」とか兵隊の格好をしたサルをアメリカ軍兵士が撃ち殺すイラストなども掲載されていたがアメリカ軍も十分悪い。原爆も白人国のドイツには意図的に落とさず、アジアの日本に2発も落としたのは上記の「差別意識」なのだろう。今も根強く(特に南部地域)人種差別は残っており「もう、人種差別なんで昔のことだよ~日本はフレンドだよ~」という言うがちゃっかり差別はあるのである。この本では2つの面を持つ日本国のことを外国人が解説していた。もっと日本国内でも議論するべき問題だろうが、実際にやると問題になるだろうなぁ~
October 16, 2013
「世界一周できません」は現状打破のために世界一周旅行に出た青年のブログを書籍化したものだった。スポーツ雑誌の編集者になりたかったが、アルバイト契約のままこき使われ、「正社員になれるのですか?」と上司に聞いても「まぁ、そのうち…」とごまかさられブチ切れ退社を決意する。「今、何ができるか?」ということを考えとりあえず世界一周旅行に挑戦!ということを決意し、まずは中国からはじまり、チベットなどをウロウロし一時帰宅。まぁ、中国らしい適当な人民の対応や運転マナーなんてへっちゃらな暴走運転などなどおもしろおかしく書かれていた。著者は「○○方面」に行きそこで過ごした後、一時帰国し再び別の地域の旅をしており厳密にいうと一本線ではないが世界一周をしていた。中国大陸の後はバックパッカーおなじみのインドで病気なり帰国。南米ではバイオレンスシティー・メキシコで市内観光や遺跡めぐりをしていた。旅行記なので詳細なエピソードは書けないが、各地に日本人がいるのに驚いた。まぁ、個々にいろんな理由を抱え日本を飛び出し、現地の安宿でクダを巻いているのは何ともいえないなぁ~。著者は元編集ということもあり、インターネットのニュースサイトに営業をかけ見事取材費OKをもらい、安心して旅をしていたがしたたかな現地人に何度も騙され、強制送還(飛行機代は自前)に遭うなど旅ブログとしてはとてもおもしろかった。ただ私はこの本を読み、「よし、ワシも海外に行こう!」とは思わなかった。まぁ、こんなものだろう。「字幕屋に「、」はない」は映画の字幕を付ける専門職の太田直子さんのおもしろ手記だった。ちなみに太田さんは「ボディーガード」・「コンタクト」・「ヒトラー~最後の12日間」・「バイオハザードシリーズ」に字幕を付けた方である。この字幕にはいろいろ制限や版元からの依頼が山のようにあり、そこを上手く調整しお客さまに喜んでもらうようにしなければならずとても骨が折れる作業なのだそうな。大衆向け映画なのでいろんな層のお客さんが見るので難しい語彙やあいまいな表現などはタブーで映画の内容をだれにでも理解できるようしなければならず、配給会社・翻訳家・著者らが何度も会議しやっとも思いで字幕がつけられるそうな。なかなか文章もおもしろく一気に読了したが昔の映画は誤訳や誤字が多かったなぁ~。それと雪のシーン上での字幕。あれの理由も書いてあったが奥の深い世界だった。なかなかおもしろかった。
October 15, 2013
「すべての婚活やってみました。」はバツイチ・50歳超えの小柄のフリ-ライターの著者(石神賢介さん)がいろんなパターンの「お見合いパーティー」や「お見合いバスツアー」などに参加した記録を赤裸々に公開していた。いつの時代も女性は理想が高く、結論から言うと…もうわかるだろう。著者は各種お見合いパーティーに積極的に参加し、好印象を持たれメールをゲットし、その後食事に行き交際(?)を続けるも、女性側の奇癖や人妻ながら参加・ストカー癖のある女性とおもしろ人物に遭遇したエピソードが書かれていた。お見合いパーティーにもいろんなバージョン(バス旅行・お寺参拝付き・料理作り・季節の果物狩りシリーズなど)がありとても参考になった。著者は本当にまじめに婚活をしていたようだが、著者側から断っている時もありなかなか一筋縄では行かない現実を思い知った。「韓国はどれほど日本が嫌いか」はなかなか結論が見えない内容だった。単に韓国のマスコミが流す情報をそのまま書いていた。で、結局それに対する著者の意見もなく淡々と韓国の情報垂れ流しだった。う~ん…内容が極めて薄い。最近の対韓国本は粗製濫造気味だなぁ~。わざわざ粗製濫造の本を読むより新聞やインターネットの情報を読み自分で考える方が有益なような気がする。
October 14, 2013
「真珠湾収容所の捕虜たち」はなんと昭和25年に出版された本を再出版したものだった。著者はアメリカ人宣教師の息子として小樽で12歳まで過ごしその後アメリカに帰国。大学生の時、日米開戦(日本による真珠湾攻撃)により、日本語がバリバリに話せるので日本語通訳士官となり日本人捕虜の尋問を専門とし、大戦末期日本に撒かれた「宣伝ビラ」を捕虜らとともに作成したそうな。戦争が終わると東京裁判の通訳として来日し、先に帰国していた捕虜らと交流を再開し和やかに過ごしていたのである。やがて裁判も終了し一度帰国するも懐かしい故郷である日本が忘れられず、今度は宣教師として同志社大の講師を定年まで勤めた後アメリカに帰国し、そのまま亡くなったそうな。著者は日本語が普通にできるので気のたっている捕虜や本名などの素性を言わない捕虜らにフランクに話しかけ、個人情報を聞き出しデータ化していたそうな。日本人捕虜は働かずフラフラしていなので著者が「戦争終結に向けて、オレらができることしよう!」とアクションを起こし、捕虜らとともに「宣伝ビラ(テニアン新聞)」を作成し、各地にばら撒かれ日本人は大いに影響を受けたそうな。(このビラ作りに加わった捕虜の中から帰国後本当の新聞社に入社し社長まで出世した人がたくさんいるのである)戦後は同志社で講師をしながら夫婦で寮管理をし、多くの学生に戦中の体験を聞かせ戦争の悲惨さを伝えていたが、歯に衣着せぬ物言いから左巻きの教授らから反発を喰らい、後年は肩身が狭い思いで過ごしそのまま退官しアメリカに帰国というのは本当に悲しい。卒業生がアメリカの先生を訪ねることもあり、日本語で会話をし懐かしんでいたが痴呆症を発祥しそのまま亡くなったそうな。この本は生前に元捕虜らのすすめで書き出版したが、近年戦争を語れる老人が相次ぎ亡くなりこれでは貴重な歴史を失ってしまうということで再出版したが、私はとてもおもしろかった。外見はいわゆる白人で言葉はバリバリの日本語(ズーズー弁も理解済み)を巧みに操り、フレンドリーに日本人とふれあう著者を見たかったなぁ~ただ、晩年がとても残念な結果というのは残念である。「歴史という武器」は防衛研究所に36年勤めたあと海外の大学留学し、韓国の私立大学で教鞭をとっている方の「反日韓国マンセー本」だった。よくも36年国家公務員でメシを食い、退官したら「韓国の対日姿勢は正しい。中国と連携した韓国は今後、アジアの長になる」と手放しでほめていた。またあとがきには「韓国の自分の勤めている大学はとても優秀。こんな優秀な学生たちがいる韓国は未来は素晴らしいものになる」と褒めていた。しかし、内容は韓国が報道しているそのままのファンタジー経済(韓国のおかげで日本経済は安定している)や「すでに日本を追い越した韓国は素晴らしい~」という毒にもならん馬鹿馬鹿しいモノだった。読むのに値しない本だった。まったくもってハズレな反日本です。
October 13, 2013
「ニッポン定番メニュー事始め」はあんぱん・ナポリタン・餃子・カレーなど日本人が大好きな料理についてその発祥を紹介していた。料理によって入った時期が違い、明治維新後は牛鍋(後の牛丼)や長崎の出島で修行したパン職人が東京で始めたあんぱんなどの「明治期モノ」・西洋料理広く普及した大正時代に日本人シェフが新たな工夫を加えた料理(ハヤシライス・コロッケ・トンカツ)、軍隊や戦後の引き上げ後中国で食べた料理を日本で商品化されたカレー・肉じゃがや餃子・ラーメン・肉饅頭類など。戦後、進駐軍がやってきて外国の食品素材が大量に入り、シェフが「○○国風創造料理」を作ったのがナポリタン・ドリアなどが紹介されていた。日本人は単に外国料理をありがたがるだけでなく、創意工夫でさらにおいしいものを作り出し発祥国から「こ、こんな料理。本国でも味わえないよ~美味い!」となるそうな。ひとえに「日本人の食へのこだわり」がとても誇らしい。なかなか興味深くおもしろかった。「あやしい探検隊済州島乱入」は椎名誠さんとゆかいな中年おっさんたちによる済州島ドタバタ珍道中記だった。当初は私的な団体旅行のはずだったが某出版社の高級幹部が加わることになり、「取材費(この旅行記を出版する条件で)」が出たため、さらに参加者が増え、島を巡り海で釣りをし、酒を飲みBBQをするおっさんたちの珍道中だった。今回は初の外国編ということもあり、勝手の違う済州島(韓国)でも日本と同じようにあびるように酒を飲みくっちゃ寝の旅行をしていた。済州島の遺跡やパビリオンをほとんど見ることなく、飲み食い&釣り三昧だった。まぁ、いつものことなので安心して読めたがわざわざ済州島に行った意味があったのだろうか?こーいう旅行なら対岸の対馬でもできるのになぁ~と思った。
October 12, 2013
「「生き地獄」脱出法」は日本人(なぜか外国人1人だけベートーヴェン)の偉人の一言を羅列していた。偉人といっても戦国武将・経済人・スポーツ選手・俳優・文化人などどーいうチョイスで選ばれたかなぞだが「お言葉」とそれにまつわるエピソードが披露されていた。もう別の本でも取り上げられているような偉人ばかりなので二番煎じで二匹目のどじょう感たっぷりだった。まぁ、こんなものだろう。「日本人が知っておくべき「慰安婦」の真実」は従軍慰安婦の真実について書かれていた。元日本軍兵士や韓国の自称元従軍慰安婦、内外の学者がさかんに「日本軍が主になって慰安婦を集めていた!」と宣伝し、「日本=悪い国」と認定されているが実際はほとんどの慰安婦の証言はウソでましてや元日本軍兵士の証言は戦後「創作」されたものと本人も暴露しており、確たる証拠はないそうな。この本ではそういう真実がちゃんと証拠を添えて、あるとしている団体や学者らを論破していた。ある派の証拠は今はほとんどニセもの認定されているにもかかわらず後生大事に「これが証拠だ!」といまも言っているに驚いた。(日本ではバレてしまったのでわざわざ、海外でこれらを披露し、外国人に「日本はひどいことをした」と宣伝しているそうな)日本政府ももっと踏み込んだちゃんとした対応を取るべきであると思う。
October 11, 2013
「イモトアヤコの地球7周半」は太眉とセーラー服で世界中の珍獣や猛獣と触れ合ったり現地人と交流しいろんなことを体験するコーナーを担当しており、その裏側とイモトさんが海外で感じた「たるみきった日本人」・「自信をもっと持て日本人」・「どんどん世界に飛び出せ日本人」などに触れいろいろ書かれていた。イモトさん自体、この番組のオーディションで合格し、外国語ができないのに地球を7周半するほど移動し、おもしろ体験をしたが自己主張が当たり前の外国人関係者と自己主張しない日本人との契約トラブルや現地ならではのおもしろ出来事など軽妙に書かれていた。イモトさんは地頭がいい人だと思うが、ダラダラと書かず要点だけをサクッと書いており一気に読了した。「スナックさいばらおんなのけものみち」は漫画家・西原理恵子さんが読者から届く人生相談に答える内容だった。結構人気のシリーズで前から読んでいるが内容が下種い。まぁ、読者からの相談自体が下種いのでお上品に答えるのが難しく本能のまま西原さんは答えていた。夫婦の夜の生活・嫁姑問題・介護問題などなどについて書かれていた。深刻な相談ではなくおもしろおかしく相談しているので安心して読めるがこう、赤裸々に下種い話を披露するのには違和感を覚えるなぁ~まぁ、こんなものだろう。「黒田官兵衛・長政の野望」は黒田家の歴史と黒田官兵衛(父親)・長政(息子)の伝記だった。公式の「黒田家譜」という記録はウソの記述が数多く盛り込んであり、黒田家の本当の出身や先祖は不明だそうな。歴代の黒田家は日本各地を流浪しており、官兵衛の祖父の代から姫路に土着し、目薬屋と金融業を営み豪族となり時の支配者である小寺氏の配下におさまりやっと武士団に加えられたそうな。優秀だった官兵衛は若くして頭角を現し信長配下の羽柴秀吉と仲良くなり、播磨征伐に加わり説得行った先で捕らえられ1年以上近く地下に監禁されてたのである。(この辺のエピソードは有名だろう)後に天下を取った秀吉は官兵衛を九州に遠ざけ実権を長政にゆずりゆっくりしていたが石田三成の横暴できな臭くなり、官兵衛は「この機会にワシが政権を取る!」と一念発起し九州の半分を平定したが関が原の合戦が半日で終わったためこの作戦は頓挫したそうな。異論はあると思うが長政は父官兵衛に比べ凡将とされており、良いように家康に扱わていたのにニコニコしていたそうな。まぁ、現代風にいうと長島親子かと…。それはさておきこの本では関が原直前の駆け引き工作を率先し西国武将を取り込む話が書かれていた。まぁ、こんなものだろう。
October 10, 2013
「女性天皇の時代」は漫画ではなく文章だけで書かれた漫画家・小林よしのりさんによる女系天皇容認論だった。まだ多くの歴史学者や保守系文化人は「男の天皇じゃないとダメ」と公言しており、小林氏はそれに対し「はぁ、それはただの男尊女卑じゃーないか?」と強く否定し、古代の女性天皇の政治手腕や皇太子選定の話が書かれていた。古代の女性天皇は男系でもなく女系の天皇もおり、女性天皇から実娘である内親王(皇女のこと)に天皇が継承されているのである。上記の保守的な方々は「それはたまたまだ」・「女性天皇はワンポイント・リリーフ」だったと言っているが小林氏は「そんなことはない。能力の劣る男性天皇より積極的に働き政治をしているし優秀である。日本はシナと違い独自の文化を持っている」と力説していた。皇室行事の○○祭の一番最初や平安遷都や古事記編纂もなんと女性天皇が命令しており、お飾りだけの天皇ならこんなことまでしないだろう。明治になってから皇室典範が成立し「天皇は男子のみ」と決めたのでそうなっただけで、「時代に合わせ変化することはやぶさかない」と現天皇も述べており、将来天皇は「長子(一番最初に生まれたお子さん)」に変更するだろうなぁ~。なかなかおもしろかった。「リーダー論」は野村克也氏が野球を通じて感じた「リーダーのあるべき姿」を記述していた。リーダーは部下に厳しく接し、積極的に声掛けメンバーのやる気を鼓舞させる責任があるそうな。特にプロ野球の場合はひたすら褒める監督・恐怖で支配する監督・放任主義の監督・徹底管理をする監督など監督にも個性があり、その影響はもろに選手たちに影響するそうな。野村氏は「褒めるやり方は一時的な効果があるが、永続して勝てない(優勝できない)」と結論付けていた。はやり、選手の弱点を指摘し長所をのばすよりも弱点を補強する方が選手のためで甘やかす関係を否定していた。まぁ、内容的には過去の本とだいたい同じで読了した。
October 9, 2013
「全国飲食チェーン本店巡礼」はあらゆる飲食業の第一号店に著者が訪問し、ただ食べて帰るだけの本だったがありとあらゆるチェーン店が網羅しておりおもしろかった。チェーン店が日本で流行りだした70年以降、外資系(マクド・KFC)がまず根を下ろしその後日本の企業が高級レストラン路線から庶民が好むラーメン・カレー店が爆発的に増え、TVでもチェーン店のおいしいランキングや特集で取り上げられ多くの人に愛されているのである。で、著者は日本各地にある一号店に行くが(他店より)やはりおいしいような気がするそうな。根拠はないが何か違うそうな。この本では各分野ごとに分け写真付き紹介していたが、まぁチェーン店なので他店と大差なかった。お店によってはすでに閉鎖や諸事情の理由で存在していない場合もあったがそれに順ずる店舗(元一号店の近所の店)に行って食べていた。なかなか面白い企画で良かった。私も一号店めぐりをしたくなった。「「日本の朝鮮統治」を検証する」は日系の歴史学者と若手の歴史学者の共著で朝鮮半島における日本の統治方針や朝鮮国内の行政を管理する歴代総督府長官を紹介していた。まだ朝鮮半島は日本に比べ、すべてのライフライン・鉄道・衛生・教育が遅れており初期の長官はこっちの整備を優先していたが、七代目の南次郎陸軍大将(昭和11~17年5月まで)の時から締め付けが厳しくなり、「内鮮一体」を唱え創氏改名となんと朝鮮語教育の推進をしているそうな。まぁ、この本では日本の善行(莫大なインフラ整備や教育)は評価するがそれ以外のこと(日本人との差別や虐待、日本のために多くの朝鮮人を徴兵したなど)を考えると「日本は悪い」と結論づけていた。日系人と若手学者なので直接日本や朝鮮半島には来ておらず、外国人が書いた本や当時の報告書、当時を体験した方のインタビューなどを参考にまとめられていた。日本の学者の意見ももっと取り入れて欲しかったなぁ~日系人の先生も「決して日本を貶めるための本ではない」と書いているが、「う~ん…」という感じだった。
October 8, 2013
「歌え!多摩川高校合唱部」は実在する多摩高校(この本では多摩川高校)をモデルに書かれており、会話の部分は除きほぼ真実だそうな。この多摩高校合唱部は合唱コンクール常連高校だが、男子の入部が少なく出場が危ぶまれていたが上級生らの新人勧誘が成功し主人公である男子学生目線で、個性的な先輩らとの部活や合宿、コンクール出場までが書かれていた。まぁ、ほぼノンフィクション小説らしいが最後は金賞を取り栄光を手にし終わっていた。なんと女性先輩は音楽教師となり、別の高校で合唱部を作り「合唱の良さ」を後輩たちに伝えていた。とてもほのぼのする内容だった。「3月30日」は千原ジュニアさんによる自伝的小説。14歳で引きこもり、兄に誘われるままNSCに入るも目が出ず苦労するエピソードやナンパした彼女との思い出や大阪で売れ始めた話までが前半で後半はバイク事故後の入院時の話、大阪からレギュラーもない状態で東京進出した暗い時代、東京で花開き「あぁ、おれは芸人だ~」というところまで書かれていた。非常にしっかりした文章でとても読みやすく一気に読了した。最近、ジュニアさんの本をよく読んでいるので「うん、うん…」と納得しながら読んだがおもしろかった。
October 7, 2013
「剣術修行の旅日記」は時代劇で道場破りが「たのもぅ~。それがし○○と申す者なり」というシーンを定番のように見るが実はそれはまったくの嘘で、その真実をこの本で表していた。幕末、佐賀藩士・牟田文之助(23歳)という青年が鉄人流(宮本武蔵の流れを汲む二刀流)免許皆伝を授けられ、2年に渡り諸国を武者修行した日記「諸国廻歴日録」を現代文に訳し当時の世相や他藩の武士との交流のエピソードが書かれていた。この牟田青年はエリート剣士で藩から今で言うパスポート(他藩に堂々と入れる身分証)と対戦した相手に証明を書いてもらう手帳をもらい、北は秋田藩、南は熊本藩まで武者修行をしていがなんと宿泊の代金は無料(佐賀藩負担)で現地でのかかる費用はその藩持ちでいまでいう「スポーツ合宿」のようだった。毎日、試合をするわけでなくあいた時間は藩士や地元有力者に案内をしてもらいながらの観光、夜は深夜までドンチャン騒ぎ(ほぼ毎日で接待した藩負担)で最初の「たのもぅ~」というわずらわしい手続きも修行人専用の宿主が対戦道場探しからスケジュール管理、次の藩への連絡と至れり尽くせりの「藩士なのに大名旅行」だった。まず佐賀から江戸を目指し、各地で剣術修行をするが○○藩立の道場と個人経営の道場があり、藩立の方はすごく丁寧に対応し良いが個人経営の方は試合を申し込んでも「主が体調不良で…」とか「子供ばかりであなた様のような方とは…」と断れるところあるが時代小説によく出てくる千葉道場・錬兵館・士学館にも行っているが著者の評価は辛らつで「大したことない」・「弟子も微妙~」と感想を述べていた。非常に興味深くおもしろくいっぱい書きたいことがあるが割愛するが、全然悲壮感もなく物見遊山旅だった。道中他藩の修行人とも知り合い、仲良くなり一緒に修行やその後の旅も行動し男同士の友情をヒシヒシ感じた。この時代(黒船来航前後)には現代剣道の防具はすでに完成しており、1日に30~40人の門弟と「乱捕り稽古」をしていたそうな。なので道場主や高弟と一対一の試合はなく、乱捕りだけだったのである。昼飯は豪華な弁当(道場負担)と観光地めぐり、夜は藩や有力者のおごりの接待(毎夜深夜まで)でそら楽しいだろう。文之助は2年間修行とした旅を終え佐賀に帰国したが戊辰戦争にかぶり、官軍の輸送部隊として従軍(エリート剣士なのに輸送部隊で戦闘できず)したが明治維新で武士を失職。その後の様子は不明だが、明治時代に勃発した「佐賀の乱(江藤新平)」の反乱側の士官として従軍するも敗戦、懲役3年の刑に処せられ61歳の若さで亡くなったそうな。このまま江戸時代が続いていれば藩の剣術師範になれていたのに時代に翻弄され、晩年は失意のまま亡くなったそうな。亡くなる水際の時、きっといろんな仲間と深夜までワイワイ酒を酌み交わし剣術を必死で学んでいた頃を思い出していたと私は思う。こーいうの映画にしてほしいなぁ~。
October 6, 2013
「カミーノ!」は日本でいう四国八十八ヶ所のスペイン版でフランスとの国境の町サン・ジャン・ピエ・ド・ポーからスペインの先っぽの大聖堂・サンティアゴ・デ・コンポステーラというところまで「徒歩」で巡礼するコースなのである。著者は日本人女性でイギリス人の夫に40歳前に「好きではなかったかも…」と急に告げられ、元ダンナは家出。著者は寝耳に水の状態で元ダンナへの思いを断ち切るため、キリスト教徒ではないがこのスペイン巡礼900キロ!を挑戦したのである。著者は元フリーライターだったが開店休業状態でダンナに長年食べさせてもらっていたので急に離婚になり、慌ててこの企画を持ち込みインターネット版のTVブロスに掲載されていたそうな。このカミーノはヨーロッパだけでなく世界中からいろんな理由でこの巡礼をしており、いろんな人種が歩き、無料宿泊場を巡礼者と交流するそうな。著者は英語・ポルトガル語(少々)ができるのでいろんな外国人とコミュニケーションをとることが可能で楽しく歩いていた。著者は900キロの行程を1日20キロペースで44日間歩きたおしゴールしていた。この本ではその間に道や宿泊場で知りあった個性豊かな外国人とのおもしろエピソードを紹介していた。いや~おもしろかった。確かに「40歳で離婚」という悲しい現実があるのにこうして900キロも歩き続け、いろんな価値観の外国人と交流することでゴール後は「離婚もいいや」と心を切り替えることができたそうな。その後も著者は世界中の「巡礼道」にはまりこーいう体験記を書かれているようだが読んでみたい。私も巡礼したくなった。
October 5, 2013
「漫画家たちの「8・15」」は戦中中国(主に旧満州地域)で幼少期を過ごした漫画家が終戦当時の様子を漫画で表し、中国の各地で展示会&サイン会をするイベントに随行した石川好氏がレポートをしていた。もともとは故・赤塚不二夫氏が発起人として立ち上げ、これに賛同する漫画ら(ちばてつや・森田拳次・北見けんいち・古谷三敏など)が加入し「8月15日会」になり、日本ではなく中国で活動するようになったそうな。内容は漫画家らの「郷愁の思い」と中国(中国人)への謝罪だ。ここに出てくる漫画家さんらはもう高齢者で「あぁ、満洲ですごした日々が懐かしいなぁ~」という思いがいっぱいなのだろう。そのに絡め「中国への謝罪」が入るのはどうかと私は思う。なんも幼き彼らは戦争をしていないし、逆に終戦時のドサクサで残留孤児になる可能性もあったのに中国に対し「日本が悪うございました。日本政府になり変わり謝罪します」はおかしだろう。当然中国の新聞では「有名な日本の漫画家らが謝罪にキターーーーっ」と報道されたり、各地の対日戦争記念館で展示会をしたりもう「謝罪ツアー」のようである。こーいうのには違和感を覚える。漫画家ではなく政治がするべきである。漫画家らが自主的に「郷愁気分」の物見遊山で満州地域を巡業するのはいいだろうが、そこに「謝罪」を込めるのはいかがなものだろうか?郷愁と政治的な行動は避けるべきであると思う。だから私は進歩的左翼が嫌いなのである。
October 4, 2013
「誰も戦争を教えてくれなかった」は大学院生の著者(古市憲寿さん 肩書きは作家・社会学者)が世界中の戦争に関する戦争博物館や兵器の展示場に出かけ、「その国は戦争をどう捉えているか」をレポートする内容だった。アウシュビッツをはじめポーランド各地にある戦跡や博物館、中国にある「日本軍=悪、中国共産党=善」という主張をした各地の博物館や先の大戦ではなく、日露戦争のクライマックス203高地跡地見学、韓国は反日国なのにすごく日本人に親切な案内員、戦争が疑似体験できるコーナーなどを紹介していた。しかし、わが国日本には正式な国立戦争博物館はなく、都道府県が民間企業やNPO法人に運営を依頼し、都道府県が展示内容に関与しないケースが多いそうな。その理由として保守・革新の各市民団体が意見書を提出し議会で揉めうまく運営できないそうな。なので内容的にしっくりしない展示構成になってしまうそうな。多くの国々は国立(ちゃんと国が運営している)歴史博物館が存在しており、ドイツでは責任と真実の公表、中国は共産党の素晴らしさ、韓国は反日と韓国の国威高揚、日本は政治的な理由からただの展示と国の色がでていた。著者は院生だが若手の社会学者としてメディアや本を出版しており、若手社会学者のホープだそうな。ちゃんと世界の博物館に出向きしっかり内容をレポしておりとても好感がもて最後まで興味深くおもしろかった。最終章はももクロのメンバーと「戦争」をテーマにテーブルトークをしていた。彼女らはほとんど先の大戦や終戦の話を知らず、天真爛漫に「えっ、アメリカと戦争したの~」・「原爆投下ってどこ? あっ広島か~」と答えていた。今の学校ってこーいうレベルなのか?私が学校に行っていたときも明治くらいでおわっていたなぁ~。確かに近代・現代史を(わざと)教えない風潮があるようだ。日本の教育界は左巻きの方が多く、純粋な学生に「戦前の日本はアジアでこんなひどいことをしたのですよ~中国・韓国に謝罪しましょう~」と洗脳しやすいもんね。ついでに言うと国立大学に戦史を教える学部も一切ないのは日本だけらしいですね。私は戦争=危険や悲惨ということだけなく、ちゃんと戦争の本質を次世代に伝えるべきだと思う。「公務員バッシングの研究」は公務員バッシング(叩き)の歴史・メカニズム・現状・解決策を紹介していた。しかし、書いている内容は巷の人が言うことばかりだった。「親方日の丸」・「不況でも給料が下がらない」・「サービスが悪い(遅い)」ということから、公務員が引き起こす各種の事件やマスコミいによる公務員叩きや政治家の公務員削減、最近の出来事で言う橋下元大阪知事(現・大阪市長)による発言などありとあらゆる「公務員関連の事件や著名人の発言」を掲載していた。この本非常に分厚く読了するのにとても時間がかかったが、私から言うと「私企業に比べると公務員は仕事は楽。なのに高給をもらい不況でもノンビリしている。女性職員にとても優しい。身内意識が強く犯罪を犯しても名前は公開されない」などなど民間企業と違い「楽でおいしい」のが単に腹立たしいだけである。要はねたみである。おもしろいことに内部告発もとても多く、案外仲間が最大の敵らしい。非常に分厚い本だったが取捨選択すれば半分ぐらいになるだろう。こういう研究も必要なのだろうが、内容はごく普通だった。
October 3, 2013
「うたがいの神様」は最近よく読んでいる千原ジュニアさんのエッセイだった。ジュニアさんは「言葉のひっかかり」や「世間の常識」に常に疑問を持っており、「なんでやねん!」という思いが綴られていた。もう何冊かジュニアさんのエッセイ本を読んできたのでだいぶん「ネタかぶり」があった。これは仕方ないがジュニアさんの主張は故・立川談志家元や松本人志さんが言われているような話と似ており結構おもしろかった。世間のルールや常識を疑い「それっておかしいやろ!」とジュニア理論を展開していた。個々のエッセイには繋がりはないが日常の隅っこにも目を光らせ、「ここはこうやろうー」と主張していたが、十分わかる話もたくさんあったが大多数の人なら「なんでそこに引っかかるか~細かすぎwww!」となるような小さな出来事にも触れており、「ここまで突き詰めないと芸人になれないのか~」と感心した。どの主張もおもしろかった。「ビブリア古書堂の事件手帖1.3巻」だがかなり待ちやっと借りることができた。実在の本からつむぎ出されるフィクション小説でとてもおもしろかった。小説なので内容は書かないがとても構成も上手く、安心して読むことができた。4巻までしか出版されておらず早く5巻が読みたい。若者向けの小説かと思うが41歳の私が読んでもおもしろかった
October 2, 2013
「日本全国津々うりゃうりゃ もっと」は旅行エッセイストの宮田珠己氏のまさに旅行記だった。私より10歳くらい年配の方だが正直文体が古い!若い人は知らないだろうが、昔流行った「ホイチョイ・プロダクション」やバブル期の雑誌というがもう、古い文体なのである。それが読んでいてヒシヒシ伝わってきてきた。肝心の旅行だが、著者は造形が変わったモノが大好きで、そういうヘンテコリンなモノを見学する旅行記だった。私もテンテコなモノが好きなので読んでいたが、表現が古く先が読めてしまうのである。似たような旅行エッセイが多い酒井順子さんと比べると全然違うのである。そら、著者が違うので書き方が違うのは当たり前だが特級酒と二流酒という感じだ。私には合わなかっただけです。ハイ。「大本営発表のマイク」は作家・近藤富枝さんの手記だった。残念ながら著者の近藤さんをまったく知らず読んだので思い入れがもうひとつわかなかったがなかなか波乱に富んだ人生だった。家業が傾き、東京の田端という田舎(当時ね)に移り住み、祖母と暮らしていたが小学生の頃から歌舞伎にハマる。自称著者は「結婚に向いていないタイプ」ということで国文学に傾倒し、当時には珍しく東京女子大学に入り寮生活を送るのである。なんと同級生には瀬戸内寂聴さん!がおられ大学や寮生活、戦争前東京の様子が描かれていた。著者は当時演劇に凝っており、学生劇団の女優活動をしており有名な舞台人と交流もあり「将来は舞台女優なりたい!」と思うも時代が許さず、戦争に突入した日本ではそんなことはままならず食うために文部省で臨時事務職員として働くも無能役人に囲まれて働くのに嫌気をさし、たまたま見たNHKの女子アナ募集試験を受け見事合格。多くの男性アナが海外に派遣されたり出征しており、アナウンサーが足らず、大量の女子アナ募集があったそうな。著者もNHKに詰めて放送業務に従事したそうな。当然、戦争にかかわるニュースや空襲警報の速報も放送したそうな。16人の女子アナが採用されたが広島支局をはじめ、各地に勤務した同期や家族が幾人も亡くなっており戦争の悲惨さを伝えていた。戦後、男性アナが帰国し女子アナは不必要になり、著者はさっさと辞め結婚しその後作家活動に入ったそうな。なんと著者は1981年NHK連続テレビ小説「本日も晴天なり」の主人公のモデルだそうな。ぜんぜん知らなかった。ここまでが書かれていた。まぁ、こんなものだろう。
October 1, 2013
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