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◇僕が今週読んでいるのは、下記の通りです。 ・日本の教育 ここが問題だ!(屋山太郎)・安倍家三代 安倍晋三(大下英治)・日本人としてこれだけは知っておきたいこと(中西輝政)・時の目(アーサー・C・クラーク)貸出期限切れで中断、継続◇今週までに読んだ本の感想は以下の通り。・パンツの面目ふんどしの沽券(米原万里) 米原さんは専門のロシア語通訳に留まらず、豊かなユーモア で日ロ両国の国民性の違いを描き出すエッセイで楽しませて くれまていましたが、残念ながら若くして亡くなられました。 この本もパンツとふんどしの比較から民族性をあぶりだす のかな、と思って読みましたが残念、少し違って、タイトル 通り、ただひたすらパンツとふんどしの歴史を紐解くお話で、 少々疲れました。 それにしても大をしてお尻を拭かなくても平気な彼らが、 日本人の残した雪の上の立ちションのあとが我慢ならない という不潔感の違い、面白かったです。 ・サマワのいちばん暑い日(宮嶋茂樹) 本当にこの人の本を読んでいると現場、現場、現場。 その汗と臭いが伝わってくる。それは大手マスコミには 決してできないこと。 捕虜にされた3人の日本人に対する厳しく真っ当な批判、 同じくイラクで殺された橋田さんたちと最後に会った 日本人として本来、外務省がやるべき事を代わって務めた ことなど、生々しく伝わる。 それにしても10年以上前からずっと自衛隊を応援して いた宮嶋さんにやっと世間が追いついたという感じで まさに隔世の感、です。 ・連合赤軍あさま山荘事件(佐々淳行) 僕も学生時代、テレビの前に釘付けになってみていた、 連合赤軍あさま山荘事件ですが、知ってるつもりがまるで 知らなかったということがよく分かりました。 NHKでは鉄球を操作したクレーン運転手や現場である 長野県警にスポットライトが当たっていましたが、ここでは やはり佐々さんが主役。(佐々さんも現場にいました) どっちがどっちというより、とにかく現場にいた人たちは わが身を犠牲にして頑張ったんだ。すばらしい。 安全で快適なところからあれこれ言っているだけの 高級官僚、マスコミには腹が立ちます。 まさに「事件は現場で起こっている!」です。・嫌韓流2(山野車輪) 以前、「嫌韓流」を読んでなかなか面白かったので、続けて 読みました。コミックですからあっと言う間。 本当に信じられない隣人ですが、こうなった原因として ほとんど反論してこなかった日本人の問題もある、と考える ところに日本人のやさしさがありますね。 まさにこれはいじめと同じ、金持ちとか勉強ができるとかで いじめられる子は毅然として立ち向かうしかないのです。 落ち着いてみればクラスの中でいじめているのは二人だけ、 残りは傍観者なのです。彼らを善意の傍観者から仲間に 引き入れるには毅然と対決するだけでいいのです。 頑張ろう、ニッポン。 それにしても隣人と喧嘩できないなら引っ越ししたい ところですね。「火星転移」のように「日本転移」したい です。 ・冤罪 珠玉選5(藤沢周平) 久々に藤沢周平さんを読みたくなりました。これは短編集で、 「証拠人、唆す~臍曲がり新左~冤罪」まで9編が収められて いました。 作者のあとがきのとおり、「ただ興にまかせて書いたもの」 でいわゆる傑作ではないでしょうが、ユーモアあるものから 武士の一分を守って死ぬものまで幅広くあり、楽しめました。
2007.03.26
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今週のゲストは「餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?」の著者で公認会計士の林總(あつむ)さんでした。本のタイトルを聞いて「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」を思い浮かべました。今日の話だけでは内容はわかりませんでしたが、ネットで検索して書評、著者インタビューなども読みました。・餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?n=MMIT1h000022032007・著者のインタビューhttp://www.yukan-fuji.com/archives/2007/03/post_8590.html 会計の入門書のようですが、著者にはビジネスそのものの助けにしたい、という意図もあるようです。今日の話の中で記憶に残ったのは、・餃子屋と高級フレンチではビジネスモデルが違う。それなのに高級フレンチ店を餃子屋のように経営していては儲からない。・日本のホテルは飲食部門で稼ぎ、欧米のホテルは宿泊部門で稼ぐビジネスモデルをとっている。・在庫を減らして資金の回転率を上げることが重要。・管理会計はかつてのアメリカで行われた大量生産方式を前提にしたもの。現在は多品種小ロットがほとんど。だから今の経営判断を管理会計に基づいてやると誤ることになる。だから会計情報というのは余り信用しないほうがいい。・ビジネスとはお金でお金を稼ぐこと。・お金の流れを重視する必要がある。お金の滞留している部分、在庫と売掛金に注意しないといけない。・創業社長が頑張っている会社では鉛筆一本まで自分のもの、と考えて無駄をしない。会社の中の全てがお金の仮の姿、という気持ちが染み付いている。・日本人はビジネスそのものを目的として儲からなくても粘り強く続けるが、中国人はビジネスをお金を稼ぐ手段として考えている。だから儲からないと直ぐやめてしまう。有能な経営者は両方のバランスが取れていることが重要。 この本はサラリーマンにも売れているようですが、ヒットの理由は会計を学びたいという人が多いというより、本の中でモデルとして取り上げたアパレル会社が成功するかどうか、ビジネス小説的な読み方をされたのではないでしょうか。 まだ読んでいませんが、「ザ・ゴール」も仕事のやり方を変えることを提案するのに、小説形式をとっています。同じようなものかもしれません。
2007.03.25
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うっかり更新し忘れていました。これは3/19時点のものです。◇僕が今週読んでいるのは、下記の通りです。 ・冤罪(藤沢周平)・連合赤軍あさま山荘事件(佐々淳行)・時の目(アーサー・C・クラーク)貸出期限切れで中断、継続◇今週までに読んだ本の感想は以下の通り。・浪人精神で克つ!(童門冬二) 童門さんの本は江戸時代の隠れた人材を掘り出すとともに、 今の時代に生きる我々に指針を与えてくれる、ということで 時々開きます。 今回も浪人(リストラにあった人材)にスポットを当てて、 本人はいかに生きるべきか、周囲から見て浪人の活用法は、 というのが面白かったです。 常陸から秋田に移封になった佐竹家の浪人活用法など初めて 知りました。主人公渋江内善政光など、歴史小説の主人公に なりそうです。・世界一の職人が教える仕事がおもしろくなる発想法(岡野雅行) あっと言う間に軽く読んだが、内容は結構濃かった。 マスコミでバンバン思うことを言うときと同じく、惜しみなく 世間でいかに大をなすか、を教えてくれる。 「世渡り上手になれ!」とか「世の中のことは玉ノ井のおねえ 教えてくれた」など刺激的なことを語りながらそこにしっかり 1本筋が通っている。 十のものを百に膨らませて話す、というのも面白い。 千倍膨らませて言って初めて通じる、というところはすごいね。・鳩笛草(宮部みゆき) 女房と娘の「面白いよ」で、久々に宮部みゆきを読みました。 中短編集で「朽ちてゆくまで」「燔祭(はんさい)」「鳩笛草」 の三篇が収められています。確かになかなか良かったです。 宮部みゆきは昔、結構読みましたが、基本的に中短編作家だと 思います。物語の設定が巧みで登場人物も魅力的なのでつい 引き込まれてしまいます。そしてラストはどうでもよくなって います。(自分の場合) 今回の作品にもいくらでもラストのバージョンはあり、どれが いいかは個人の好みですが、まあ許せてしまいます。 一方このラストのあいまいさが、長編では何となく不満で、 やはりビシッと決めて欲しい、これしかないと言う終わり方に して欲しい、とないものねだり?をしてしまいます。 ・甦った日本経済のゆくえ(長谷川慶太郎) これもいつもの長谷川節で日本人を元気づけてくれる。 デフレは消費者天国、生産者地獄、世界は日本の工作機械 なしに優れた製品を製造することができない、外国からの 特許収入は日本が一番……ばら色の将来があるように語れる 素晴らしさ。 ほとんど当たっていると思うが一つだけ、北朝鮮がまだ必死で 頑張っている。逆に日本が孤立気味だが、一人を恐れず 鷹は群れず、で頑張ってくれればいい。
2007.03.21
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今日のゲストは「日本語の歴史」の著者、埼玉大学教授山口仲美(なかみ)さんです。番組は山口さんのキャピキャピトークに終始しましたが、竹村さんもまんざらでもない様子。ブログを書くために山口さんのサイトを覗きましたが、どこかで拝見した顔。そうそう、「世界一受けたい授業」で明るく楽しく日本語を教えてくれた、あの方でした。・山口さんのHP;http://www015.upp.so-net.ne.jp/naka0930/・日本語の歴史(ここに本の内容、著者紹介があります;http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0605/sin_k301.html 漢文訓読から現代の漢字かな混じり文が生まれた、という山口さんの言葉から始まりました。こんなことを書いた「日本語の歴史」のような本は意外に少ないのです、と竹村さん。 日本人は言葉に関して器用で漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字などを使い分けている。カタカナは西洋の言葉が入ってきたとき、それを書き表すのに生まれたのではなくて、ひらがなと同じく平安時代に生まれた。漢文訓読をするとき、横に助詞や助動詞を書くために漢字の一画を使ってできた便利なもの。 漢文訓読をするようになった結果、日本人は表現力が豊かになったのか?でも漢字を全て覚えるのは大変じゃあないのか。 日本人は中国語の漢字を日本語として使うためにものすごく苦労をしました。当て字もたくさん使ったのです、と山口さんからクイズ。奈良時代の当て字で「二八十一あらねば」と書いてなんと読ませたと思いますか? 私が先生に対するような気持ち、「にくくあらねば」と読んだと山口さん。九九、八十一だから。また万葉集では獣のことを「しし」と言いましたが、これを「十六」と書いたのです。つまり奈良時代の人はすでに九九を知っていて、しかもそれを当て字に使うユーモアのセンスも持っていたということ。 竹村さんもそれを聴いて「ラジオを聴いている人はこの当て字を覚えて恋人に恋文として送ったらいい」と喜びます。「お洒落で学がある、と思われますよ」と山口さんも賛成。 山口さんはさらに調子に乗って(私、お調子乗りやですから、と楽しく)「南向山」と書いてなんと読みますか?答えは「北山」つまり南を向いている山というのは北にある山、ということです。 昔の人はこんな言葉を手紙に入れていた。頭の回転がよくないとまともな恋もできなかった、のではないかという感じがする、と竹村さん。 昔はエリートが上のほうでやっていただけが、今は皆が教育を受けているので誰もがやっているのです。 この辺りからは本の内容に沿って質問と解説、というパターンです。まずは「音読みと訓読みがある」というのはなんなのですか。 日本人自身が自分たちの言葉を書き表す文字を作ればよかったのだが、中国の漢字を借りてしまった。漢字は表意文字だから意味が表わせる。だから「山」という漢字(本来の発音はシャン)に「やま」という大和言葉を当てはめることができた。これが訓読み。 日本人が複雑な国民性になったのは漢字を使ったからですかねえ? 日本語は表記と語彙だけがすごく複雑。音読みと訓読みを作るとともに中国から渡ってくる読みを全部受け入れてしまった。漢音、呉音、唐音、宋音などなど。日本人らしい。だから一つの文字にいろいろな読みがある。孝行の行(中国語の発音はシン)は「あん」「ぎょう」「こう」など。それに訓も与えていくから一つの字にたくさん意味ができてしまう。 頭は混乱しなかったのか。それとも過大な刺激を受けていたから、頭のいい民族ができたのだろうか、と竹村さんの新説? 日本人は声に出して読めなくても意味が分かればよし、としてきた。声に出せなくても見て理解するということでしょうか。だから日本の場合は文字が絵になる。見て楽しむ書道なども生まれた。文字で遊べるのが日本語。 文字で遊ぶ、と言えば平安時代の人たちは手紙などで遊んでいたのでしょうね。この頃はITの時代になって若い人は手紙をほとんど書かないのではないでしょうか? どうやって遊んでいると思います?彼らは絵文字、顔文字で遊ぶのです。また「いるぎた↑」というような文を書く。この意味はひとつ上の文字に置き換えていく、ということで「ありがと」となるそうです。今の若者たちはこういうことをして遊んでいるのです。 次は古代と現代の発音の違いについて話します。江戸時代まで「ぢ」と「じ」は別の発音、「でぃ」と「じ」と発音していたようです。また「母には二たび会えども父には会えず、その答えは唇。ではそのわけは?」という謎がありますが、この謎ができた頃は「は行」は「ふぁ」で唇があっていたが、「ち」は唇を合わせないから。このような変化は江戸時代に起こった。言葉はどんどんやさしくなっていくものです。 過渡期には当時の年寄りが「今の若者はけしからん。花を「はな」と人に息を吹きかけるように言う。「ふぁな」と唇をウキウキするように言え」と怒ったとか。いつの時代も伝統的な喋り方をする人は若者に対して怒る、そういう歴史を繰り返している。 江戸は階級によって違う言葉を使っていたが、明治になって身分制度が廃止されたところから侍言葉は廃れていって今はほとんど町人の言葉を使っている。 女性言葉やありんす言葉などについても楽しいトークが続きました。話す内容、仕草はテレビ向き、と竹村さんも誉めます。「蛍の光」はオランダではサッカーの応援歌になている、というトリビアも。山口さんのクラスにいたオランダ人学生から聞いたそうです。国によってどのように音楽を受け取るかが違うのですね。 留学生がクラスに入っているととても授業が賑やかになる。韓国人、中国人が一人でもいると日本人のほうが多くても発言は独占されてしまう。でも山口さんが「日本人頑張れ」と煽ると日本人も発言し始める。日本人は奥ゆかしいのですね。 この本は楽しいだけでなく日本人として基礎の教養がつきます、という竹村さんのお墨付きをもらって楽しく終わりました。
2007.03.18
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◇僕が今週読んでいるのは、下記の通りです。 ・世界一の職人が教える仕事がおもしろくなる発想法(岡野雅行)・鳩笛草(宮部みゆき)・甦った日本経済のゆくえ(長谷川慶太郎)・時の目(アーサー・C・クラーク)貸出期限切れで中断、継続◇今週までに読んだ本の感想は以下の通り。・藤沢周平全集別巻 人とその世界(文藝春秋) 藤沢周平さんの本のあとがき、対談、手紙などなどで、 改めて藤沢さんの良さを知る、という本です。この中で実に 多くの人が藤沢周平を賞賛しています。 僕も偶然、「用心棒日月抄」で藤沢さんを知ってからかなり 熱中して読み耽りました。本当に面白かったなあ。 軽いユーモアもいいし、徹底的に暗い話もあるときは胸に 心地いいんです。そんな心持のときが必ずあります。 ああ、また読みたくなりました。 図書館で「冤罪」を借りてきました。来週辺り、ここでも 紹介されるでしょう。・本多静六 日本の森林を育てた人(遠山益) 「私の財産告白」で有名な日本の金持ち父さん、元祖 サラリーマン富豪です。 その本多静六博士の本職、造林に関する仕事の話。日本の 森を育てた人の生涯を読んで改めて感心。 すごい人だ。防雪林の父、日比谷公園の父、国立公園の父 などなど。湯布院温泉の開発にも影響を与えていた。 日本はどれほどこの人に負うものがあるかわからないだろう。・硫黄島いまだ玉砕せず(上坂冬子) 少し前に「散るぞ悲しき」(梯久美子)を読んで感動したが、 また別な人にスポットを当てて硫黄島、そして日本の戦後を 描いた本を読んだ。 実際は14年前の本であり、昨今の硫黄島ブーム?にちょっと 早すぎた、というところかな。 主人公、和智恒蔵さんは決戦直前に本土に異動になって生き 延びた人、それを重荷?に思って硫黄島の戦死者慰霊、 遺骨収集に生涯を捧げた人である。僕はこの本を読んで 初めて、硫黄島の戦後の一部を知った。 和智さんの日本人らしからぬ発想、バイタリティ、行動力は 硫黄島の防衛方針で対立しはしたが、一方で昵懇でもあった 栗林中将にも通じるもので理解できる。 硫黄島で名誉の再会を果たした日米関係者の一人、当時 高校生の書いたレーガン大統領への手紙が胸を打った。
2007.03.13
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後半は、談合問題から派生して官民の普通の話し合い、情報交換も厳しくチェックされ、一緒に食事をすることまで問題視されて円滑な意思疎通ができなくなってきた、という竹村さんの話から始まりました。 法そのものも実態と乖離し易いが、現在は法の運用も硬直化して経済社会の実態と合わなくなっている。その一因が官と民とのコミュニケーションが取れなくなっていることにあると思う。 一方で自由化、民営化といいながら、昔以上に窮屈になっているんですね。 この本を出してよかったのは「よくぞ言ってくれた」という応援の意見がほとんどだったこと。 マスコミがそれを大きく取り上げてくれればいいのだが、なかなかそうはいかないからね。個人的には理解しても取り上げてくれない。マスコミも大企業のトップが謝る姿を取り上げるほうが受けるから。 日本の習慣からすればトップもまずは謝る。反論をしない。マスコミもトップが謝って辞任すればそれで追求をやめる。シンドラー社のエレベーターの事件でも最初欧米流に謝らなかったら批判を浴びたであろうが、日本流を指南する人もあり謝ったのだろう。 ここで少し話の筋が変わりました。 それで失敗したのがパロマ。彼らは法律は守っていたが社会から徹底的に批判を浴びた。ここで必要なことは法令をタダ守るということではなくて自分たちの会社が社会からどういう要請を受けているか、ということ。今の段階で自分たちは社会にどんなメッセージを発しなければいけないかということ。 例えばシンドラー社のエレベーターの事件では日本のほかのエレベーター、世界中にあるエレベーターが安全なのかどうかをきちんと説明することが大事。それを忘れて法的な責任があるかだけに集中してしまった。これはパロマも同じ。逆に不二家の場合は謝りすぎ。謝りすぎるとみなが不安になって、そんなに不二家の製品はいい加減なのかと思ってしまう。自分たちの会社は何なのかを、法令遵守だけでなく社会的要請、という面で考えてもらいたい。 こういう世間の大きな流れ、マスコミの流れに棹さす郷原さんの勇気に敬意を表します。企業でやっている人たちも影では拍手を送っていると思います、と竹村さん。いずれは流れが変わる、ということでしょう。竹村さんも10年前、株は上がったほうがいい、という話をして反発を受けていたが、ようやく株が上がると持っている人だけでなく社会全体にメリットをもたらすということが理解されるようになってきた、と言います。 この問題も「法令遵守」をやり過ぎていろいろなところに弊害が起こって初めて、一般大衆も行き過ぎたらこうなると気づくのでしょうが、でもこれには時間がかかると思う。しかし最初に旗を立てる人がいないとそういう流れも生まれない。頑張ってください。 ここで終わりです。 いろいろ調べていると、郷原さんのお話が日経BPに詳しく出ていました。今日はあまり説明がなかったパロマのガス湯沸かし器の事件を解説しながら、本当のコンプライアンスとは何か、を解説しています。とても参考になります。http://www.nikkeibp.co.jp/sj/special/176/
2007.03.12
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今週のゲストは「法令遵守が日本を滅ぼす」の著者で桐蔭横浜大学法科大学院教授・同大コンプライアンス研究センター長の郷原信郎(ごうはら のぶお)さんです。・郷原信郎;http://www.cc.toin.ac.jp/crc/center-head.html「コンプライアンス」という言葉でも余りはっきりしないし、「法令遵守」と言われても怖い話のようにみえる。最近、企業のトップが事件を起こして頭を下げているときにこの言葉をよく聞きます。外国から来た言葉はいろいろあるがもう一つ、デューデリジェンスもあまり日本人には伝わらないように思えますが、今日の話を聞けば分かるようになるでしょう、で始まりました。・コンプライアンスCompliance;本来の意味は要求や命令に応じること、応諾、追従。人の願いなどをすぐ受けいれること、迎合性、人のよさ。あまり前向きの意味ではない感じです。・デューデリジェンスDue Diligence;英語のDue(当然の、正当な)とDiligence(勤勉、精励、努力)を組み合わせた言葉で、直訳すると、当然の努力という意味になる。もともとデューデリジェンスは法律用語。詳細はこちら。http://www.blwisdom.com/word/key/100049.html 法律通りに必ずしも企業はやっていないから偉い社長さんが次々頭を下げるようになるんですか、それとも法律が昔より厳しく施行されるようになったから、それとも新しい厳しい法律ができるようになったからか、どうなんですか、と竹村さんが問います。 いろいろな要因があるがはっきり言えるのは、日本社会と法令の関係が昔とは変わってきたから。日本では法律とは社会の外縁部にあるだけでいつも庶民が存在を感じているものではなかった。法律家も別種類の人間のように感じられていた。世の中でめったに起きない犯罪を処置してくれればいい、というのが日本の法令、司法だった。その機能が変わっていないのに、とにかく法を守れというようになってきた。 その中で大きな意味を持つのが「遵守」という言葉。つべこべ言わずにとにかく守れ、というニュアンスがある。法令は一旦できたらそれを守ることが自己目的化してしまう。 自由にやってもらうためにルールを守る、というのはその通りだがルールが常に正しいかといえばそうではない。二つを両立させるためにはルールのほうも常に社会に適合させていく、という仕組みができていないといけない。 アメリカは基本的にその仕組みができているが、日本では法令が社会と離れたものだったからその仕組みができていない。そうした中で法令遵守という言葉だけが独り歩きしているのが今の状態。 ここまで聞いて思ったことは、これら最近の傾向はアメリカの仕掛けではないかということ。アメリカは日本の法律と現実の対処方法、慣習をじっくり眺めてそこにギャップを感じた。本来、厳しく適用するのならもっときちんとした議論が必要なのに、日本では「どうせあいまいに適用されるのだから」と現実的に適用が困難な法律でも簡単に通ってしまう。 明治時代、日本では不要な法律でも外国から一人前の国に見られるように、と外国の法律をそのまま導入したようなものもあったと何かで読んだ記憶があります。それでもこの法律は実際には適用されないのだから庶民には関係なく、うまく社会は機能していた。 しかしここに「法令遵守」という動きが及ぶと途端に身動きできないようになってしまいます。うがった見方かもしれないけどこれらの仕掛けをそのまま飲んでいては危ない。まさに「法令遵守が国を滅ぼす」ということかもしれない。 先を急ぎ過ぎましたが、まずは建設業界の談合の話から入りました。 今は談合をやっているやつが悪い、という非難一辺倒だが、品質のいい公共物を理にかなった値段で調達することが大事。ところが今の議論では談合をやめさせさえすれば全てがうまくいく、というようになっている。 今の企業人含めて多くの人はこんなことでうまくいくはずはない、と思っていてもそういうと袋叩きにあうから黙っていよう、という感じ。戦時中に日本の敗北が言えなかったのと同じ感覚ではないか。 これが続いて建設業界全体を疲弊させ、技術者のモチベーションを下げていくと将来的に日本国内で社会資本を整備していく力自体が落ちてしまうことになりかねない。 こういうことを元検事である郷原さんが訴えているのは勇気ある行動だと思います、と竹村さん。 もちろん談合をやって儲け過ぎるのは悪いこと、でも安ければそれでよし、と金だけで考えて品質の落ちるものになっては本末転倒。公共調達を適正に行うことは非常に難しい、複雑で微妙な問題なのだ、という認識に立たないといけない。 但し自分は談合論者ではない。今の談合がなぜいけないかと言えば不透明だから。国民の知らないところで受注者が決まり、不透明な金のやり取りが行われているのが問題。透明にすれば何が大事か、という議論もできるようになる。 ここで竹村さんからシンガポールの建設業界の話が出ます。あちらでは監督官の人数も多く、検査が厳しいので手抜きができないとか。不当に安く受注して品質の悪いものを作ることができない、という意味でしょうか。 かつての日本、高度成長期には談合もたくさんあったが、業界内部に自主的なチェック機能があってそれなりに役目を果たしていた。ものすごい数の建設工事があり、費用も年々上がっていく中で役所だけでは適切な発注ができないのを業界がサポートして、官民共同で工事をこなしてきたのが実情。そのシステムがそのまま残っていることが問題。 ここで中間です。
2007.03.11
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◇僕が今週読んでいるのは、下記の通りです。 ・本多静六 日本の森林を育てた人(遠山益)・時の目(アーサー・C・クラーク)・硫黄島いまだ玉砕せず(上坂冬子)・藤沢周平全集別巻 人とその世界(文藝春秋)◇今週までに読んだ本の感想は以下の通り。・危機管理宰相論(佐々淳行) 「阪神大震災」時の政府の危機管理に的を絞って問題点の指摘、 ではどうすればよかったか、実際にできたのか、など詳細に 述べたもの。 改めて当時の政府、内閣、官僚の無策ぶりに悔し涙がでる。 官僚、国家公務員は「できなかった理由」を述べるのではなく、 「どうすれば国民を救えるか」という気概で仕事をすべし、 というのもこれしかない真理。 しかしいまだに北朝鮮にしろ、中国にしろなんらなすすべなく、 ダラダラ恥と金を垂れ流しているのは日本の本質的な問題。 どうすれば立ち直るのか。・YouTube革命(神田敏晶) 名前だけ知っていて実態を知らなかったYouTubeを知りたくて 読んだ。こんなことが僕の直ぐ隣りで、そして世界で進行して いるんだね、素晴らしい文化、可能性ある未来かもしれない。 ネットを使って世界がつながる、世界が一つの教室になる。 (もちろん、ネットにつながっている社会だけではあるが) 2000億円企業が1年半で誕生するなんて!! わが子にも黙ってネットで遊ばせてさせて素晴らしいビジネス を生み出させる手助けをすべきなのか。 日本からも世界ビジネスが生まれるべきだし、その可能性は あるはずだ。 ・日本人よ、自分の国に誇りを持ちなさい(黄文雄) 今回の黄節も日本人を勇気づけてくれる。日本はその恵まれた 自然と社会環境のおかげで世界でもまれなやさしく、美しさを 価値基準の第一におく、素晴らしい民族を生み出した。 中韓は可哀相ながらそのような自然、社会に恵まれなかった。 彼らの嫉妬から逃れるには日本が圧倒的に強い国にならなくては ならない。そうしなければ、決して彼らの嫉妬はやまない。 黄さんのこの話、納得である。・代表的日本人(内村鑑三) 書名だけ知っていたが、今回初めて読んだ。 内村が代表的日本人と呼ぶのは、西郷隆盛、上杉鷹山、 二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人であった。 ほとんどは僕も知っていて、代表に恥じぬ先達だと同意する。 内村鑑三がキリスト教に優位性を認めつつ、天の神の教えだけで 偉大はなされるのではなく、受けとめ、育む大地があって初めて ことは成る。その純潔の大地こそ日本の武士道であり、それを 体現したのがここに紹介する代表的日本人であると述べている のを知り感動した。 特に中江藤樹は名前だけしか知らなかったが素晴らしい人で あることを知る。大善を空しく求めるのではなく、小善を 積み重ねて、大善到らばすなわちこれも取る。日々の生き方が 大事という考えに納得。 この人の周囲で感化された正直な村人の話にも感動。中江藤樹の 本をもっと読んでみたい。・岩石から読み取る 地球の自叙伝(マーシャ・ビョーネルード) 何とか読み通したが、残念ながらこの本はつまらなかった。 もっとダイナミックな地球の息吹、歴史を感じたかったのだけど。 ・米中石油戦争がはじまった(日高義樹) これもある意味、日高節。 中国の強さ、戦略の確かさとそれを上回るアメリカの力、戦略。 間の日本は全くのバイプレーヤーでどうしようもない、という 風に落ち込んでしまう。 日本が中国の圧力の前で生き残れるかどうかもアメリカの 胸先三寸、という感じで悲しい。 日本の進む道をしっかり示して欲しい。
2007.03.07
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今日のゲストは「ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る」の著者でBRICs研究所所長の門倉貴史さんです。「BRICs研究所」と言われてどこかで聞いた名前だな、と思ったら去年の6月にこの番組に登場されています。「今後の発展は中国よりインド」というような話をされていました。 今回は国内に生じている新たな問題、「働けど 働けどなお 我暮らし 楽にならざり じっと手を見る」と竹村さんが引用された啄木の歌のような苦しい階層が生まれつつある、というような話でしょうか?「?」をつけたのは、この本ではそういうことを言っているようですが、竹村さんは必ずしも納得していない(僕も)からでした。・「ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る」・http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31799346・書評;http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/workingpoor4.html 番組の冒頭から、ワーキングプアの定義、働いても生活保護世帯と同じ年収200万円以下の人間が550万人、労働人口の1/4もいるというところで竹村さんの「本当にそんなに多いの?信じられない」という指摘が入ります。これにあまりはっきり答えられないところが情けないですが、今日は終始こんな調子でやや物足りませんでした。 ワーキングプアが増える一番の理由は正社員の数を減らして非正社員(パートターマー)の比率をどんどん増やしているところにあるようです。これは実感として分かります。うちの会社でも特に女性社員はほとんど派遣で何年働いてもボーナスなし、昇給もあるのかどうか分からないほど、本当に申し訳なく思うほどです。 国際的にパートの比率差はないそうですが、日本では最近急にそうなっているので問題になっているといいます。さらに海外では苦しくなれば正社員でも簡単に首を切れるが日本ではそうはいかないので、正社員にしないでパートとしておく、という傾向もあるとのことです。 竹村さんは平等主義より能力主義を支持しています。金持ちがしっかり稼いでその分、社会貢献、寄付をするような社会が望ましくて、格差が広がった広がったと騒いでも社会全体の発展にはつながらないとして、「金持ちを貧乏人にしても貧乏人が金持ちになるわけではない」というサッチャー元首相の言葉を引用します。僕も基本的にはこの考えに賛成です。 門倉さんも全く同感、と頷きます。ただ一度、非正社員として入った人は能力ややる気があってもそのまま、というのが問題。非正社員でも能力がある人にはもっとチャンス、処遇を与える必要がある。1回の入社試験だけで決めるシステムを変えるべき、というのが竹村さんの考え。日本の会社は人の能力を見抜く力がないので、労働時間や忠誠心で判断するしかない。年功序列もその一種。 後半の最初に杉村太蔵議員の話が登場します。彼は単なる金持ちのボンボンかと思っていましたが、旅行代理店の入社試験に50社も落ちてしまった経験があるとか。その理由の一つが大学を中退したので途中入社になるからで、新卒でないと採用しないという問題がある、と熱弁したそうです。たまたま卒業したときが不況で新卒入社できなかった人を救い上げてもらうよう経団連にも訴えたいとか。頑張ってもらいたいです。 非正社員の給与水準は低いので最低賃金を上げる必要がある、という門倉さんに対して竹村さんは、給料だけ上げると怠けるやつも出るからそれより、真面目に働く人を正社員にするなどチャンスを与える会社を増やしてもらいたいといいます。 単純に正社員を増やすことは企業の人件費を上げることになるから企業側は望まない。一方、正社員の中には社内ニートと呼ばれるような働かない人がいる。この問題を解決するためには非正社員と正社員の移動が簡単になる制度も必要。 つまりは働きの悪い正社員の首が簡単に切れるようにするということですね。でも竹村さんに「具体的な案を本に書いていますか」と聞かれて難しいと答えています。結局、いい案はないということ。 さらに正社員もリストラされて人数が減った分、残った人は忙しくなってかなりきつくなっているという問題があります。 仕事のやり方を変えて無駄をなくす必要もあるということですな、難しい問題があるということ、という竹村さんのまとめで終わりです。
2007.03.04
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