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今年もいよいよ終わりです。年賀状も大掃除も済んで、何となくゆったり気分。外は快晴ですが風が冷たい。新年とともに初詣に行くつもりですが、厚く着込んで行かなければなりませんね。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○もし、日本が中国に勝っていたら(趙無眠)○吉田茂の遺書(加瀬俊一)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○あと3年で、世界は江戸になる!(日下公人) 日下さんの最新作、この過激なタイトルに驚く人はまだ「日下流初段」、僕など驚くことはありません。 ハッとするタイトルで読者を一気に日下ワールドに捉えて しまいます。 日本でも江戸260年の平和、安定の時代が見直されて いますが、小さな政府で安全、衛生、リサイクルを達成し、 しかも豊かで楽しい生活、文化を達成したことは自慢できる と思います。 サステナビリティある発展を目指すこれからの世界には まさに江戸のスタイルが不可欠、だから世界は江戸になる というより、江戸になれなかったらその都市は滅びる、 ということではないでしょうか。 日本の良さ、夢、希望のオンパレードはぜひ本を読んで 楽しんでください。日本のいいところが一杯書かれていますが、 突き詰めると、西洋の「略奪主義」には未来はないという ことです。 西洋世界には常に略奪の対象が必要で、お互いがそうだと したら世界平和は達成しないのです。平和でないから、 統一国家として内部を固め、外国からの侵略に備え、 あわよくば外国から略奪して国民に分配し、それを政権の 安定につなげようとしているのです。 この仕事の煩わしさとコストの高さは日本人にとっては 自明の理、これを克服する答えは「自分で働くこと」です。 日本はどんなに外国からむしられようともたかられようとも 絶望せず、コツコツ自分で働き続けていますが、全ての国が そうなれば、お互いが相互尊重でき、民族自決が可能で、 幸せに生きていける、と語ります。 早く世界の国々に江戸文明が花開いてもらいたいですね。○野口英世とメリー・ダージス(飯沼信子) たまたま見つけたこの本は、世界で活躍した明治の男のうち 外国の女性を妻にした5人を取り上げ、その生涯、妻との関係、 子孫のことなどを分かり易く書いたものでした。 野口英世、高峰譲吉、鈴木大拙など名前をよく知る人も いましたが、日本薬学の父と呼ばれる長井長義を知ることが できたのも良かったです。 野口英世の奥さんは外人だったのか!と新鮮な驚き。 高峰譲吉、鈴木大拙の奥さんも外国人だったとは当然、 知りませんでした。 本当に明治の男性は堂々と世界に羽ばたき、態度、学問の 優秀さなどで世界を驚嘆させるとともに、かの地の女性を 魅了したのですね。登場された方とエピソードなどを少々。 野口英世と云えば日本人には少年時代、やけどで固まった 左手を手術で切開してもらい、そこから自ら医者を志した という逸話が有名ですが、結局、その左手は発育不良で あまり動かなかったと言うことは知りませんでした。 英世がお金にルーズだった、という話は最近はわりに 知られていますが、貧しさゆえにお金との付き合い方を 知らなかったから、とする著者の優しさが感じられました。 ほとんど正式な医学を学んでいない英世が、来日の時、 声を掛けてくれたフレキスナー博士を頼りに渡米、 その後は自らの徹底的な努力で次々と成果を挙げて本当に アメリカでは偉大な学者として尊敬されていたことは 嬉しい驚きです。(日本でのみ有名な国際的日本人人も多いですから) 奥さんは必ずしも教育の高い人ではなく、評判も良くなかった ようですが、二人の間には真の夫婦愛があったことが 英世の手紙からわかりました。 高峰譲吉は中学時代、タカジアスターゼの発見者として 習いましたが、日本人として多分、最初に海外で事業を 成功させた企業家であったということも知りました。 またアメリカの日本クラブの創立者で有名なポトマック 湖畔のサクラの寄贈者であったことなどもっと広まって もいいことだと思いました。 三人目は松平忠厚ですが、この人は上田藩藩主の弟です。 優れた数学の才能から測量技師となり、ブルックリン橋 の設計に関係したり、アメリカ大陸横断鉄道建設にあたって、 測量で大活躍された方と初めて知りました。 ほかの登場人物と比べると知名度も落ちますが、 このような日本人がいたことも記憶しておきたいと思います。 長井長義はドイツに留学し、薬学でプロフェッサーとなり、 ドイツ女性を妻に娶って日本に戻って大成功した方です。 妻、テレーズ・シューマッハ(あのシューマッハと同じ) は日本で夫と共に女性教育の発展に努め、また アインシュタイン博士来日時に通訳を務めたというのも 興味深い歴史でした。 長井長義は皇后様の母校として有名な雙葉学園とも関係 しており、この名前と紋章は長井が関係者と相談して 決めたそうです。 紋章の葵の葉は一本の茎に二枚の葉がついており、これが 徳川幕府に関係した貴族たちにも喜ばれるし、日本と西洋 が一本の茎から二つの葉をつけるように、との願いも 込められたそうです。 鈴木大拙とベアトリス・レインについてはよく分かりません でしたが、鈴木大拙が海外に日本文化を紹介したことが 禅などが広く知られるきっかけになったのだと思い、 そこに妻の貢献も大きかったのではないか、と感じました。
2007.12.31
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何とか今年は年内に年賀状を書き終えて、投函しました。今年最後の番組は竹村さんの一人語りでした。最近出した本を話題にして、日本人よ、もっとゆっくり生きたら、と提言するお話です。先生がこの11月に出版した本は、「愚かな働き者になるな愚かな金持ちになるな―「ワーク・ライフ・バランス」の発想」でした。・http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4921192480.html竹村さんは世界中を講演旅行で飛び回っていますが、その合間にちょっと足を伸ばして、「世界の端っこ」を旅してきたそうです。先生の、仕事と興味を見事にバランスさせた人生を紹介した本です。お金の使い方を知らない、貯蓄が美徳と考えてお金を貯め続け、いまやリタイアの時期を迎える日本の中高年層に、お金の使い方としてこういうのはどうか、と提案しています。竹村さんの出かけた世界の端っことは以下のような場所でした。アイスランドに講演に行ったとき、グリーンランドまで飛行機が飛んでいると知り、すぐに予約をしたらほとんど満席でしたが、何とか2席取れたそうです。そんな寒いところに行く人がたくさんいるのかと思ったらなんと台湾の人たちだったとのことです。日本人以上に好奇心が旺盛なのでしょうか。はるばる出かけたグリーンランドには何もなかったけど、コンビニだけがあったそうです。ロンドンから北東に2時間飛んでオスロ、そこから2時間飛んでトロムセ、さらに2時間飛んでスピッツベルゲン島、そこから砕氷船で一週間、北極海をクルージングして、護衛つきで流氷に上陸したそうです。南の端ではアフリカの最南端、喜望峰に2度ほど行ったそうです。そこで大西洋とインド洋の境界が色の違いになって見えるということでしたが、残念ながら2度ともわからなかったそうです。実は僕も喜望峰には行ったことがあります。ケープタウンからはるばる車を走らせ、地の果てのような「ケープオブグッドホープ」にたどり着きました。見晴台から見下ろした南の海には境目はありませんでしたが、きれいな水平線が印象に残りました。季節がいいとクジラの群れもみえるのだが、とガイドさんが話してくれましたが、本当に感動のひと時でした。水の色の違いということでは、ナイルを遡って白ナイルと青ナイルの合流地点を見たそうです。南米の南の端、マゼラン海峡にも行かれたそうです。嵐で有名ですが、竹村さんが行かれたときは静かだったとか。竹村さんは中国の西の端にも行っています。「昆明は中国の一番端ですが、そこからジェットに乗ると本当に国境までいける、例えばチベットとの国境など」とここで竹村さん、問題発言。そして少し口篭もりました。でもしっかり聴きましたよ。竹村さんは中国とチベットの国境、という表現をしました。単なる言い間違いなのか、それとも意図があってのことなのか。意図的だったとしたらすごいですね。少なくとも訂正はしませんでした。昆明から南に飛び、ラオス、ミャンマーと同時に国境を接するメコン川岸の町までいったそうですが、驚いたことにそこから日本に携帯電話が通じたそうです。ナイルの源、ホワイトナイル源流の滝までいったそうです。そこでは道を通る時、象の群れと遭遇すると車のアクセルで会話をするそうです。こちらが通りたい、という意思をアクセルの吹かし方で知らせるとのこと。それがうまい運転手の条件。丸太で作ったいかだで車ごと川を渡り、リゾートハウスに泊まり、目の前で象の群れの移動を見ながら食事をさせたそうです。その滝の下に、東京駅のラッシュアワーを想像させるほどのカバとワニの大群がいたそうで、20年前のことですが、今でも記憶に残っているとか。竹村さんは、一生忘れないような思い出を作る、そのような思い出の多い人間が幸福だ、という哲学を持っているそうです。大学1年生の頃、田舎の中学校で英語を教えていたとき、湯川秀樹博士が日本人として初めてノーベル賞を取ったニュースが入ってきて、それを英文毎日英字新聞で生徒たちに教えたそうです。新聞一面に「never to be forgotten the moment」この瞬間を決して忘れない、という見出しが出ていたそうで、そういう人生で一生忘れないような思い出を持つことが人生の幸せである、そのために珍しいところにいくとか、珍しい人と会うとか、珍しい体験をするとか、それが自分の人生を豊かにするのだよ、と生徒たちに教えたのが、そのまま自分の哲学になったということです。竹村先生弱冠18歳のときのこと。もちろん初めから世界の端っこに行ったわけではなくて、最初はパリやニューヨークに行くだけで感激したそうです。ロンドンからパリに移動する時、当時はまだプロペラ機で、夜、低い高度で入って行ったそうですが、そのとき、リンドバーグの「翼よ、これがパリの火だ」という言葉を覚えていて感動したのです。パリからイタリアに飛ぶときもプロペラ機は山の間を飛んで、雪に覆われたアルプスを間近に見る体験したそうです。みなさんに言いたいのは、お金が許せば、死ぬまでにそういうところを観たら印象に残っていいのではないか、ということ。珍しいところや小さな国に行って、後でニュースを見ると実感が湧きます。最近でいうと、ミャンマーを思い出します。世界中で一番優しい人たちではないだろうか。アジアで一番親日的な国だとも言われている。そういうことをいろいろ書いた本です。愚かな働き者になるな、仕事をしたら人生をもう少し楽しみなさい、ということです。もう1冊、毎年年末に出している本、「これ一冊で日本と世界の大変化がわかる!」もお勧めでした。・http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refISBN=441303659Xこれで今年は終わりです。皆さん、良いお年を。
2007.12.30
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年賀状の宛名書きまで終わりました。やれやれ。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○あと3年で、世界は江戸になる!(日下公人)○野口英世とメリー・ダージス(飯沼信子)○吉田茂の遺書(加瀬俊一)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○ドイツ留学記 上(渡部昇一) これは渡部昇一さんの青春記、ドイツで初めて得ることが できた若者(著者)の喜びの記でした。 ここにはまるで天国のような世界が描かれています。 歌好き、旅好き、お客好きのドイツ人。日本と同じく敗戦を 味わってわずかに10年後、ここまで復興していることの 見事さに感動。 素晴らしい田園地帯、果てしない森林そして深い歴史の流れ。 日本では天皇以外の上流階級、歴史をつないできた華族が 一掃されましたが、ドイツでは貴族とその広大な領地が ほとんど残されるなど社会構造の基本が残されたことも、 過去との断絶から免れた要因でしょう。 それにしても、可能なかぎり彼らと交流することを楽しみ、 どこにでも歌集を持って旅行し、車窓の合唱をきっかけに して一夜の宿を得るまでに関係を深めるなど渡部さんの 行動力にも感心します。 渡部さんはドイツ留学によって、日本に留まっていては 決して得られなかった、本当に幸せな青春を送られた のだなあ、と思います。 幸せな子供時代、青春時代を持てた人ほど自分に自信を持ち、 人に優しく、また強くなれるといいますが、まさしく 渡部さんがそういう方だと思います。 あとに渡部さん自身、ドイツを去るに当たって「ドイツで 受けた暖かいもてなしは、このあとどんな悲劇に見舞われ ようとも自分を人間不信、人嫌いにはしない」というような ことを書かれていました。 あっと言う間に読み終わって、なんともいい読後感。 ストーリーテラーと呼ばれる作家はいますが、渡部さんは 人を暖かく描く、ヒューマンテラーという感じ、そうして 難しい教義や学問を語るところはスタディテラー、 セオリーテラーといってもいいかもしれません。○ドイツ留学記 下(渡部昇一) 「上」はドイツでの楽しい留学生活を美しい風土、人々 との出会いで綴って、誰にも楽しい青春を思い起こさせる ようなエッセイでしたが、「下」は一転してドイツを ドイツたらしめる精神的な基盤、宗教について語っています。 もっともこれが渡部さんのストーリィテラーたる所以(と勝手に僕が思っているだけ)ですが、宗教を語る前に さりげなくドイツ人の客好きを語り、そのもとに宗教観が あること、その宗教が現代(1955年当時)も強い力を 持って存在していることを述べて興味を持たせてくれます。 そしていよいよドイツの宗教=キリスト教ですが、 カトリックと新教(エヴァンゲリッシュ)、両者の違い から入ります。 最初に新教を「宗教改革」と呼ぶべきではなく、「宗教分離」と呼ぶほうがいいのでは、とします。 確かに改革は内部でやるもの、カトリックと分かれて 一派をなしたわけですから、分離でしょう。 実際に教義にも変更があったようで、それを簡単に「猿の神学」、「猫の神学」と紹介してくれました。 カトリック=猿の神学、エヴァンゲリッシュ=猫の神学 という対比など初めて知りました。 救済には人間の自由意志が重要というのがカトリックで、 猿の母が子供を背負う時、子のほうも協力して しがみつくが、エヴァンゲリッシュでは救済は全くの神任せ、 猫の子が首を母親にくわえられるようなもの。 これ以降の非常に興味深い歴史、分析、感想などはぜひ 読んでいただければ、と思いますが、インターナショナルな カトリックと国家主義的エヴァンゲリッシュ、ナチスとの 関係など勉強になりました。 少しも古くないドイツ留学記でした。
2007.12.29
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今日は仕事納め、これから一週間休みです。年賀状もまだで大変ですが、本もゆっくり読みたいと思います。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○吉田茂の遺書(加瀬俊一)○ドイツ留学記 上(渡部昇一)○ドイツ留学記 下(渡部昇一)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○思い込みの世界史 外交官が描く実像(山口洋一) 日本の外交官は赴任した国にシンパシーをもつ傾向がある のでしょうか。 チャイナスクールは有名な例ですが、以前読んだ天木直人さん はアラブ応援団のようですし、この本の著者、山口洋一さんは ミャンマーとトルコの大使をされたということで、両国の実情 を知らせてくれるとともに、グローバルスタンダードとも いうべき欧米史観に、ちょっと待った!と疑問を投げかけ、 日本人に自分で考えることを促します。「9.11同時多発テロは起こるべくして起こった」とあるのは 元外交官としては過激な言葉ですが、イスラムやアジアの視点 に立てば、おのずとこういう見方があるのも当然です。 ミャンマーの軍事政権とアウン・サン・スー・チー女史の対立 について、必ずしも軍事政権イコール悪ではなく、アメリカの 支持を受けて過激に行動するスー・チーさん側の問題も明らか にします。 また、トルコがバッシングを受ける歴史的経緯、とくに キプロス紛争に関する記述で、西洋文明の母であるギリシアを 応援する西欧諸国の論調に安易に同調すべきでないことを 知らしめてくれました。 十字軍の聖戦をアラブ側から見るとまるで逆で、残虐な キリスト教徒侵略の歴史であることはかなり一般的になって いますが、中世から近世の東欧を支配したオスマン帝国を オスマン・トルコと呼ぶのは誤りであることなど初めて知って 勉強になりました。 トルコ民族はここでは社会の底辺に位置し、支配階級は 非トルコ系民族が多数を占めていたというのは興味深いこと でした。 それ以外にも、黄金の国ジパングへの思い込みがコロンブスに 新大陸を発見させたとか、トルコと日本の友好関係の間には ある程度、トルコ側の思い込みがあること、ベトナム戦争は アメリカの思い込みの結果、発生し拡大していったなど、 歴史的思い込み、マスコミが作り上げた思い込みについても 考えさせられました。○巣鴨プリズン13号鉄扉(上坂冬子) 以前は昭和史、とくに太平洋戦争、ミッドウェー海戦以後は 読みたくありませんでした。 敗戦、終戦直後の話もダメ、辛すぎるし、明治と違う情けない 日本人、それは僕たちの祖父母、父母にあたるのですが、 を知るのが嫌だったのだと思います。 でも岡崎久彦さんの「幣原喜重郎とその時代」以下のシリーズ、 渡部昇一さんの一連の歴史を見直す本、林房雄や松本健一、 前野徹、中条高徳、黄文雄、小室直樹、田中正明、清水馨八郎、 山本七平、ラビ・M・ケイヤー、ユン・チアン、福井雄三、 堤堯、相良俊輔、平松茂雄、波多野勝、ラルフ・タウンゼント、 などを次々と読んでかなり認識が変わりました。 日本人は明治も昭和もそれほど本質は変わらず、その時代なりに 必死で頑張り続けたのだ、と思うようになりました。 そしてもっとも避けていた戦犯についても大岡昇平さんの「ながい旅」を読んで、強く感動するとともにあのどん底でも 決して負けず、諦めなかった日本人がいたことを知り、 もっと戦犯についても読みたくなったのです。 ここに登場するB,C級戦犯たちは、ほとんどが普通の日本人、 国の命令に従い、自分の職務を忠実に務め、その結果、殺される ことになってしまったのです。 もちろん、なかには何とかして生き残ろうと責任逃れをしたり、 コネを頼ったりしたずるい人もたくさんいたのも事実です。 しかし、多くの人たちはこの不幸に対して他人をほとんど怨まず、 日本の平和の礎になることを信じて処刑台に上ったのです。 それは普通の人が「自分は日本人である」ということを意識した 瞬間、恥ずかしいことはできないと思って、黙って死んで いったのだと思います。 それをジッと受け止めた家族も偉かったのではないでしょうか。 本当に馬鹿なことかもしれませんが、これが日本人を日本人 たらしめているのです。 相手にどんなことをされても、どこまで馬鹿にされても、 裏切られても、こちらは誠意を尽くして天命を受け入れる。 自分は死んでも日本民族が生き残るかぎり、自分の小さな命は その中でつながっている、と考え、本能的、生物学的にも 覚悟ができるのではないでしょうか。 このような民族としての特性を手に入れた日本人が、いまさら 外国風に「日本人だけが悪いわけではなかった。南京大虐殺など 捏造だ」と言っても(虐殺などなかったと僕は思っています) それでは日本人が日本人的特性を失うだけ、かも知れない、と 思いました。 日本人なら日本人らしく、どこまでも謝り、償い続けることで 日本人としての特性を失わず、将来の復活を目指せるのでは ないでしょうか。正直言って僕は今、これを皮肉として書いて いますが。 反日的日本人が同じような理由から謝罪外交、自虐史観を推進 しているとは思っていません。でも歴史の皮肉から、このこと によって遠い将来まで日本人らしい日本人を残すことになる のかもしれません。
2007.12.28
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87◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○ドイツ留学記 上(渡部昇一)○巣鴨プリズン13号鉄扉(上坂冬子)○思い込みの世界史 外交官が描く実像(山口洋一)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○夜の訪問者(プリーストリー) 何となくどこかで聞いたことのあるようなタイトル、歌謡曲の 曲名にもなっていたような。 あるブログでとても面白い劇作、ラストにどんでん返しがある、 と知って読みたくなった。少々古い劇だが有名なようだ。 ラストのオチを推理しようと、いろいろ考えながら読んで、 ほぼ予測通り。でもなかなか面白かった。 これ以降、ネタバレになるので、未読の方はご注意を。 原題「An inspector calls」から、最後に警部から電話が入る のではないか、と予測し、そこから必然として最初に登場して いる警部は偽者ではと推理。これは当り。 また、偽の警部が登場するということは、死んだとされる女性 も嘘ではないか、本当は生きていて、最後に反省した男性と 結ばれるかも、とまで考えたが、こちらは四半分くらい当った かな。 一番のトリックは一家が警部と女性の自殺を疑い、確認のために 電話を病院などに入れさせられたところ。本来なら何のつながり も見つからないであろう、一家と自殺した女性の関係が、偽警部 の尋問とそれにおびえた一家の電話によって、本物の警察に 知らしてしまったのだ。 ではこの偽警部とは何者なのか。自殺した女性の知り合いで、 自殺前の彼女から全てを聞いて、仕返しのためにトリックを 仕掛けた、というのが一番妥当。 まだ自殺者の死体が発見されていない段階で、具体的な方法まで 示して自殺者がいませんか、と問い合わせてきた人間がなんらか の関係をもつ、と疑られるのは明らかだから。 ほかにも偽警部は超自然現象、予知夢だったというのもあるが、 あまりに飛躍しすぎでしょう。○誰かに教えたくなる「社名」の由来(本間之英) 確かにこの本を読んでいくつかの社名の由来を喋りたくなるね。 ということで、いくつか興味深かったものを。・アシックス; 「健全な肉体に健全な精神が宿る」という言葉の頭文字 "Anima Sana in Corpore Sano" (英語では、" A sound mind in a sound body") じつはラテン語の原典は、「人々は神様に間違ったことばかり祈っている。 願うのであれば、『健康な身体に健康な精神がある(=心身ともに健康である)ことを祈るべきである』」という 趣旨の詩であり、「(心身ともに)健康が一番」という、 ごく当たり前のことを言っているに過ぎないそうです。・マツダ; マツダの英語名”MAZDA”は創業者、松田重次郎の松田 からとると共に、西アジアでの人類文明発祥とともに誕生 した神、アフラ・マズラー(Ahura Mazda)に由来している。・ヤクルト本社; ヨーグルトのエスペラント語に由来。特殊乳酸桿菌の発見者、 代田稔が戦後の子供たちの栄養不足を何とか救おうとして、 乳酸菌飲料の普及を図り、望むものに製造、販売権を分け与えた そうです。 ですから先に各地に販売会社ができ、のちに東京に 「ヤクルト本社」をつくった、ということです。 その時まとめたのが松園尚巳さん。・グンゼ; グンゼは国是と同じ意味で郡の方針、郡是からきているそう です。 何鹿(いかるが)郡(京都府綾部市)で蚕糸業を起こそうと 郡内の養蚕家の出資で設立。・コクヨ; コクヨは国誉、国の誉れになるようにということです。 グンゼにしろ、創業者はどこか大きな視点で物事を考えています。・イトーヨーカドー; イトーヨーカドーは伊藤正俊さんが洋貨を扱う店として名づけた のかと思っていましたが、違いました。羊華堂洋品店という店が 最初にあり、そこから暖簾分けされた店は全てヨーカ堂となって いたのが、紛らわしいので伊藤さんのヨーカ堂ということで 伊藤ヨーカ堂となり、現在に至ったようです。 最初の羊華堂洋品店は同業に流行っている日華堂という店が あったのにあやかって、主人の干支である羊から羊華堂と 名づけたとの事。 本当に商売繁盛にかけた長い連鎖があるんですね。・ジャスコ(現イオン) ジャスコは岡田屋、フタギ(株)、(株)シロの3社が合併するとき、 一致団結、、融合、和合をイメージして、「日本ユナイテッドストアーズ株式会社」 Japan United stores Companyとしたそうで、その頭文字から JUSCOになりました。・フマキラー; フマキラーは蠅(フライ)と蚊(マスキート)を殺す薬、という 頭文字をとって命名。・任天堂; 任天堂は人事を尽くして天命を待つ「天に任せる」からという説、 花札、トランプなどの遊びが運を天に任せるものだからという説 などがあるようです。・オムロン; オムロンは「御室」から。御室とは仁和寺の別名で、そばに会社が あったから。・ダスキン; 本当は社長の強い希望で、自分は汚れて周りをきれいにする雑巾 を社名にした「ゾウキン」になるはずだったが、 それだけはやめて、という従業員の希望を入れて、 ダストとゾウキンから「ダスキン」に。・エーザイ; もともとは、衛生材料→衛材から。・ミノルタ; ミノルタは稔る田、「稔るほど頭を垂れる稲穂かな」から、 謙虚さを忘れぬように、と。・セメダイン; 接着剤という意味でセメント(固める)との関係がありそうだが、 実は、当時人気のあった舶来の接着剤メンダインに勝つために、 ということで「攻めるメンダイン」からセメダイン。・バンダイ; バンダイは萬代不易、永遠に変わらないもの、から。・カルビー; カルシウムとビタミンB1の頭文字をとった。・小僧寿し本部; 小僧寿しは志賀直哉の「小僧の神様」で、主人公の仙吉少年が お寿司屋に入って値段を知って立ち往生してしまう、という ところから。普通の人がお寿司の勘定で立ち往生しなくても いいように、安くて美味しい寿司の提供を目指したそうです。 僕は「小僧の神様」を読んでみたくなりました。・トイザラス; トイザラスは「Toys are us」トイズアーアス、つまり「おもちゃは私たちです」からきているそうです。 そして創業者がチャールズ・ラザロスということで、こちらとも ゴロが近いのも理由のようです。・美津濃; 創業者は水野さんで、本来「水野」としたいところ、地元である「美濃」と人が集まるところという意味で「津」を取り入れて つけたそうです。大を成す創業者には実に謙虚な方が多いです。 また、恩人の名前を入れる、というものもたくさんあります。 丸善、カゴメ(陸軍のトレードマークが籠の目にみえたことから)、 ロート製薬は「恩師ロートムント博士」から。 創業者は、自分の夢や願望、期待、気概、意地……などを 社名にこめようとします。 創業するということには、金銭に換算できないエネルギーがある のでしょう。 全ての社名には、創業者の夢や願いが込められている。 自らの創業にこめた「こうあって欲しい」という期待の表現 なのである。 社名は企業の「人相」を決定してしまう、と思いました。
2007.12.25
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とくにクリスマスイブとは関係ありません。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○夜の訪問者(プリーストリー)○思い込みの世界史 外交官が描く実像(山口洋一)○誰かに教えたくなる「社名」の由来(本間之英)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○先任将校(松永市郎) 太平洋戦争中、フィリピン沖で撃沈された駆逐艦から脱出し カッターに分乗した180名以上の海軍兵士たちが、若干27歳の 先任将校小林英一大尉の指揮下で300マイルを漕ぎ切り、 フィリピンに到達、生還するまでを次席将校だった松永市郎 さんが綴ったドキュメンタリーです。 水も食料もほとんどなく、進路を決定する航海装備もない中、 さまざまな工夫と厳正なる規律、団結で2週間を過ごし、 ほとんど全員が生還できたということは素晴らしいことだと 思いました。 同時進行で日米が死闘を繰り広げている中、戦争のさなかに ぽっかり空いた静謐の期間、決死の状況であるのは同じながら、 のどかさすら感じるのはなぜでしょうか。 生き延びるに当って、海で生活していた者の知恵、海軍に 残る伝統、子供のころ教わった祖母の教えなど、得られる 限りの知恵を活用しているところが素晴らしいと思います。 また、全員に何か仕事を与え余計なことを考えないように させる、課題を与え頭を別のことに集中させる、など 精神的な処置を忘れなかったことも成功の秘訣です。 松永さんは生還のために部下を指揮しつつ、同時に自分の中で 自問自答している様は、哲学をしているようでもあります。 中でも楽観的な蛙と悲観的な蛙の話は面白いと思いました。・白い液体の入った桶に落ち込んだ二匹の蛙。悲観的な蛙は 助からないと諦めて溺れ死んでしまったが、楽観的な蛙は 真夜中も泳ぎ続けて、夜が明けたら白い丘の上に乗っていた。 白い液体は牛乳で、泳いでいるあいだにバターになって 固まったのである。苦しくても悲観せずに頑張っていると、 運命が開けるという寓話。 希望を失わせず、規律も失わせず、そのために「先任将校」 を絶対のものとしてまず自分が心服、命令を守り部隊の 軍規を維持します。 それに応える先任将校小林英一大尉も見事に神の如く存在 します。ひょっとしたら、「先任将校」とは次席であった 松永市郎さんの創造した人物ではないのか、とまで想像して しまいました。 無事に生還した隊員たちを収容、治療に当たった外川大尉は 飢餓状態の彼らに段階的に食事をさせるなど断固たる処置で 彼らを救います。 飢餓状態の人間に望みのままに食べさせれば死んでしまう のですが、飢餓状態の人間にはその処置の意味が分からず、 松永大尉でさえ食事を制限する外川大尉を恨めしく思って いたのです。 その断固たる処置が取れたのは外川大意が海軍医学校の 笹川濤平指揮官の教えを守ったからです。「技術者は技術者として誇りと識見をもっていなければ ならない。万一、指揮官がわけの分らないことをいった場合、 君たちはどう対処するか、このことを平常から肝を据えて 考えておけ」 つまり、この場合はどんなに求められても必要以上の食事は 与えないということでした。 その外川大尉は生還した隊員たちを褒めて言います。「短艇隊員は軍規厳正で、全員が組織として行動していました。 組織として行動しているから生気があると思いました。 軍規は人間の自由を奪う悪いものと頭から決めていましたが、 隊員の整然たる行動をみて、軍規は悪いものとは限らない、 良い面もあると思いました。 人間は個人的には弱くても、組織の人としては強く生きられる わけです」 規律、まさに今の時代に求められるものではないでしょうか。 短艇隊生還により多くの人たちは冒険譚から戦争の現実に 引き戻されましたが、ひと時をある意味で楽しく過ごせた のではないでしょうか。少なくとも美しくは。 最後はあっさりしていましたが、感動したのは先任将校 小林英一さんが戦争を生き抜いて子供さんや孫に恵まれた ことでした。 ○なぜ株式投資はもうからないのか(保田隆明) 小規模ながらも株式投資をやっているものとしては、この タイトルは興味をそそります。大事な自分のお金を投資して 儲からないとなると大変だからです。 結論から言うと、ここで著者が言うのはデイトレーダーのように ほかの投資家もしくは投機家を出し抜いてより多く稼ぐことは 普通の個人には難しいということでした。 まあこれは、以前書いた「敗者のゲーム」でも述べられたように プロでさえマーケットに勝てないのですから、ある意味当たり前 のことでしょう。 それ以外に日本における新興市場の問題点についての記述は 参考になりました。僕も楽しみと夢のために少し新興市場の 株式を持っていますが、残念ながらパフォーマンスはよく ありません。気長に保有するしかないのでしょう。 ここではバイ&ホールド、いわゆる安い時に買ってもち続ける 戦略についてのコメントはありませんでしたが、これが個人 が勝利しうる唯一の作戦ではないでしょうか。 昨今のサブプライムローン破綻問題で株価は低迷していますが、 遥か昔、株価が1万円以下の時に買った株はしっかり含み益を もっていますし、1~2%の配当をもたらしてくれます。 僕個人の結論としては、株式投資は儲かる、ということです。
2007.12.24
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今週のゲストは「創造的な食育ワークショップ」の著者で、食環境ジャーナリストの金丸弘美さんです。・金丸弘美さん;http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/kforum/topics/to_07092901.htm「食育」という言葉は時々聴きます。僕の認識では、近年の日本人の食環境、食嗜好の大きな変化に対して、例えばジャンクフードはなぜ身体によくないのか、朝食を食べることやバランスの取れた食事の重要性などを知らせるために、家庭任せにしないで学校教育の場などできちんと教えることだと思っていました。つまりは新しい言葉だと考えていたのですが、今回調べてみると実は、明治時代に創られた由緒ある?言葉であると分かりました。明治の先達たちも、健康で活力ある国民を育成するためにどのようなものを食すればいいのか、現代と同じように考え、啓蒙していたのだと知りました。・食育;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9F%E8%82%B2今日の番組も何となく分かりそうでわからない「食育」について、この言葉は簡単に言うとどんなことなんですか?という竹村さんの質問で始まります。2005年、小泉内閣時代に「食育」基本法をつくり、体育、知育、徳育と同じ概念として、食料の安全、自給率の問題、食からの健康などについて、国のレベルで法案にしたもの、というのが金丸さんの答え。でも実際はWikipediaの記述のように従来からあった言葉です。それはさておき。竹村さんは、賞味期限改ざん問題がオーバーに取り上げられて、一日や二日過ぎただけで捨ててしまうのはもったいないのでは、ということを気にします。よく言われるように、昔の人は自分で嗅いでみて食べていいかどうか判断していました。僕もそんな風に育ちましたので、我が家では期限前後の牛乳や饅頭などの安全確認は僕の役目です。さらにスーパーで食べる量と同じくらいの量が期限切れで捨てられていることも気にします。金丸さんの話ではこれも食育基本法の中にあり、リサイクルを考えたり、食べ残しを減らすことを学校で教育するようになっているそうです。個人がやることはある程度分かるが、全体として何をすればいいのか、と竹村さん。食育基本法の背景にはアメリカ型になりつつある日本の食環境があり、肥満率30%、糖尿病とその予備軍が1620万人もいて、医療費が増大(31兆円とか)していることを問題にしているそうです。食物をきちんと見直さないと、医療費増大、健康被害の増加から税負担の増加、自給率低下などが防げないのです。一方で原油価格が上がって、漁業業者の負担も上がるなど現場も経済的に支えきれない。だから「食育」を通して食の改善をすると共に、地域のものを現地で無駄なく食べて健康を作ろう。そして地域の活性化にもつなげよう。農業、漁業、学校、栄養士さん、地域の商店街など地域で連携して食の改善につなげよう、ということも食育基本法の中でうたっています。それをどうやって具体的にやるのですか?と竹村さんの質問があって、農業、漁業の現場から流通、最終的に食べてもらうところまでが一体化することの重要性を訴えます。ヨーロッパは国家戦略として農業を考え、補助金を出している。農業生産そのものに補助金を出すのではなくて、環境を守る農業や農地の美化に補助を出して観光につなげるような間接的支払いをしているそうです。韓国でも同様の取り組みとして、白鳥が戻ってきた田んぼに金を出すようなことをしているとのこと。ここから日本各地の取り組みが紹介されます。大分県日田市、兵庫県豊岡市、千葉県佐原市、宮城県田尻町などの例が次々登場しますが、食育というより地域おこしの話という感じ。豊岡市では市が独自に、コウノトリの戻ってきた田んぼに補助金を出したそうですが、その田んぼの米は安全、安心ということで相場の3倍に売れるようになり補助金をもらう以上の価値があったとか、また豊岡市にある太陽電池の会社まで環境に優しいというイメージから注文が増えたとのこと。佐渡島ではトキの戻ってきた田んぼの米をトキヒカリと名づけて売り出すと、これも相場の3倍になっている。そもそもは、佐原市で農薬を減らして外に出て行くお金を減らそうという工夫をしたら、鳥とメダカが戻ってきた。それが話題になったので、その水田の米をメダカ米と名づけたら高く売れた、というところから始まったそうです。田尻町では冬の水田に水を張って湿地にすると白鳥、マガンがやってきて、その水田の米が高く売れた。これを冬期湛水水田プロジェクトというそうです。・冬期湛水(たんすい)水田プロジェクト;http://www.jawgp.org/wfj001.htm日本各地、自然や条件が違うので同じことはできないが、それぞれが工夫することで大きな利益が得られ、地域おこしにもつながるそうです。賢い所では自分たちで少量多品目の農産物を作り、直接お客さんに売る市場を作り、さらにはレストランで料理として出すことまでやるそうで、例えば日田市大山農協は16万人が訪れる観光地になったそうで、人口3000人で農業事業で56億円の売り上げとか。これは以前、ガッチリマンデーでも取り上げられました。このような取り組みは途上にあり、食育と農業と環境がまだ日本ではリンクしていない。これを進めるべき、というのが金丸さんの提言。偽装問題ばかり報道するより、現場でいいことをやっている所を報道したほうがいいのでは、でもそれがなかなか報道してもらえない、ということで竹村さんの番組はいい機会。日本中の人に知ってもらうにはまだまだ大変ですが、農家の人だけでも知れば、彼らのやれることはありそう。それにしても今日の話にはビックリした、という竹村さんの言葉で終わりです。
2007.12.23
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◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○誰かに教えたくなる「社名」の由来(本間之英)○先任将校(松永市郎)○なぜ株式投資はもうからないのか(保田隆明)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○ロシアン・ジョーク(酒井陸三) それほど期待せずに読み始めた本でしたが、ジョークも面白く、 またソ連崩壊からロシア復活に到る過程でのゴルバチョフ、 エリツィンの無茶苦茶加減が分かってなかなかよかったです。 日本ではソ連は「崩壊した」と歴史の成り行きで消滅した ような曖昧な書き方をしていますが、海外ではソ連は一握りの 政治家によって、「強奪され」「解体させられた」と現実を 直視した言い方が一般的になっているそうです。 こんなエリツィンを信頼して北方領土問題を解決しようとした 日本、まったく馬鹿みたいというか、相手を見る目が外務省に なかったのですかね。 それにしてもソ連の指導者が歴代、フサフサとハゲが交互に 続いている、という指摘はなるほどと思いました。 ご確認ください。 レーニン→スターリン→フルシチョフ→ブレジネフ→ アンドロポフ→チェルネンコ→ゴルバチョフ→エリツィン→ プーチン、どうですか。 ここで、本の中で目新しく、面白かったジョークをいくつか。・1995年ごろのジョーク?著者が東京からモスクワに飛んだとき、 アエロフロート内での放送で「当機はまもなくモスクワ空港に到着いたします。日本との時差 は約40年と1時間です」 とあったとか。実際は11時間だそうですが。・買出し「女房や、隣町まで買いだしに行ってくるよ」「モスクワ市内ではなくて隣町で売り出されるの?」「いいや、長い列に並ぶためさ」・スローガン フルシチョフ時代のスローガン; アメリカに追いつけ、追い越せ。 エリツィン時代のスローガン;アフリカに追いつけ、追い越せ。・お偉方の視察「このデパートでは一体何人の売り子が働いているのかね」「はい、ざっと半数であります」・自由の空気 二人の若者がモスクワの街を歩いているとフォルクスワーゲン が停まっていた。すると一人の若者はナイフを取り出し、 いきなりその車のタイヤを切り裂いた。「おい、いったい何をするんだ」「せめて自由の国の空気が吸いたいのさ」・エリツィン語録 酔っ払いにとってしらふのヤツは友だちじゃない。移動手段だ。・重要機密書類 9.11テロでペンタゴンが攻撃されたとき、プーチンは 次のようなていねいな電報をブッシュ大統領に送った。「このたびのテロでペンタゴンの重要機密書類が焼失して いましたらお知らせください。ただちにコピーをお送り いたします」 プーチンの人気は今、最高ですね。大統領職は規定によって 退くものの、院政を敷く準備は着々のようです。 このプーチンもエリツィンに首相指名されて登場したときは「プーチンって誰?」というほどロシア人からも無名だった そうですが、就任直後にタイミングよく発生したチェチェン 独立派のテロへの対応によって強いロシアをアピールできた ことにより人気を確立したそうです。 このタイミングの良さについて、自作自演でないかという噂 は絶えないとのこと。 また、国民に人気の高かったレーベジ安全保障会議書記が 突然解任され、なぜか彼らしくない不慮の事故で死亡するなど プーチンの周りには偶然が重なっているようです。 そんなところから、こんなジョークが生れました。・学校訪問 プーチンがモスクワの小学校を訪問したとき、子供たちから 質問攻めにあった。そしてクラスを代表してペーチャ・イワノフ が質問することになった。「ボクは2つ質問があります。誰がチェチェンとの戦争を始めた のですか。誰がチェチェンで人殺しを命令したのですか」 するとプーチンはみるみる青ざめた。 と、そのとき、突然終業のベルが鳴った。子供たちはいっせいに 廊下に飛び出し、しばらく遊んでいた。 やがて始業のベルが鳴るとクラスに戻って質問を始めた。 こんどはミーシャが代表質問者になった。「ボクは四つ質問があります。誰がチェチェンとの戦争を始めた のですか。誰がチェチェンで人殺しを命令したのですか。 三番目は、なぜさっき15分も早く終業のベルが鳴ったのですか。 そして四番目は、ペーチャはいま、どこにいるのですか」・辞任 エリツィンが辞任したときマスコミがプーチンに質問した。「なぜエリツィンは大晦日に辞めたのですか」 するとプーチンは小さな声で言った。「全国民が大喜びしているのをお正月のせいにするためさ」 そのプーチンはエリツィン時代に、エリツィンファミリーとの 癒着によってただ同然に払い下げられた国営企業を次々と オリガルヒ(政商・新興財閥)から奪還して国民の喝采を 浴びています。 今回、エリツィンの無茶苦茶な政策と国営企業払い下げの 裏取引などを読んで、プーチンのやり方がロシアで支持される 理由も少し分かりました。 それにしてもユーコスの国家接収など恐ろしい、なんでもあり の強権政治かもしれません。 最後にピンク系ジョークを。・コンドーム ある薬局に若くて美しい娘がやってきて店員に尋ねた。「すいません。特大のコンドームはありますか」「もちろんですとも。で、何個、ご入用ですか?」「いいえ……。でも、買う人が現れるまでここで待たせて もらってもいいですか」・ロシアの名言 出張中に浮気をしなかったロシアの男は、ガガーリン大佐 くらいである。 ここでやめようと思ったのですが、あとがきに著者のロシア人 への暖かい思いが述べられていましたので、それを書いて 終わりにします。・彼らは今まさに迷っているのだと感じました。自分たちが 西側とは違う価値観で育った特殊な存在であることを感じながら、 徐々に西側にも染まろうとしています。 しかしアメリカ流の自由主義世界で……悩みつつ、迷走している というのが本音でしょう。……しかし、私は、図体に似合わず、 繊細で、親切で、読書好きで、映画・絵画・バレエなどを愛する ロマンティストな彼らが大好きです。……あの飢えた混乱期 でさえ、劇場の前に長い列を作り並んでいた彼らの姿は感動的 でした。 ……ロシア人を評して、よく「個人は利口だが、束になると 愚鈍になる」と言われます。 私の実感としても、しいて言えば、それ。それだけに、是非 読者諸賢も個人レベルで彼らと接触することを願うのです。 社会主義時代、日本を「日出る国」と習い、どこか小さな リスペクトを感じているという彼らは日本に対し大きな興味と 好奇心を持っています。 もはや国と国とだけではなく、人と人が付き合う時代。 私たちもこのジョーク好きで、呑兵衛で、ともすれば、 束になると迷走するジャジャ馬ならぬジャジャ熊のような隣人と、 しっかりと向き合い、理解し合うときが来ているのでは ないでしょうか。○水の文化史(富山和子) この本は淀川、利根川、木曽川そして筑後川という日本を代表 する川の歴史、人との係わり合いを通じて水、土、緑を論じた ものです。ここにはいろいろ新しいアイデア、考え方、情報 などがありました。・淀川は文化と歴史の川、利根川は灌漑と交通、人を生かす川。 木曽川は治山治水の川、筑後川は恵みを分け合う川。・琵琶湖の漁民たちと下流の都市の民の戦い、葛藤。 琵琶湖総合開発の将来を心配していましたが、それから30年、 実際のところどうなのでしょう。・農民と水田、氾濫を活用して水と共に生きた先人たち。畑では こうは行かなかった。水田だから水をため、洪水を緩和すること ができた。・中国三門峡ダムの失敗の話は初めて始知りました。すぐに土砂が 堆積してしまい、周恩来が爆破を命じることになったそうです。 長江の三峡ダムで同じことが起きないのでしょうか。・土壌を育てたのは山の民。日本の山、川、土壌は人の手が入った 自然。もはや人の活動なしでは維持できない自然。・日本列島の自然とは、ことごとく先祖たちの営為によって養われ、 維持されてきた自然であった。・米を保護するのなら、土壌を守っている山を、林業を保護すべき。 五十年、百年単位で考えないといけない林業を平気で自由競争に さらしている恐ろしさ。 票になるほどのパワーがないからではないでしょうか。・土と緑と水は同義語。いかなる動植物も土壌の形成に参加し、 浸食防止に力を貸してきた。それに力を貸さない生物は滅びた。・ダムはできたときから埋まり始める。毎年一つ分くらいの土砂が 溜まっていく。毎年、一つダムを潰しているのも同じ。・日本では先祖たちが水を大切にしたから豊かになった。 そうでなければ急流ばかりの日本では恵みの雨も一日で海に 流れ去ってしまう。洪水がなかなか引かないのもゆっくり水を 流す、排出するという日本人が作り上げてきたシステムのお陰。 そうでなければ何倍もの洪水になったであろう。・最上川は印象とは逆に実は穏やかな流れの川。川の行き来が一番 多かった川。水量が豊かだったのを、誤解した。芭蕉の名句も 影響している。・ゴミ戦争をすればするほどゴミは増加するという法則。 ゴミ処理設備を作れば作るほどそこから廃棄物が出て、それを 処理するために設備、エネルギーが必要になり、そのために 工場が必要となり、そこから廃棄物が出る。 それらは最終的に熱という形で排出される。エントロピーの増大。・これらは全て移動の問題につながる。遠くの自然からいいところ だけ引き出してきて、また不要物をはなれたところに廃棄する、 移動の問題。なぜ近くで摂取して近くで処理しないのか。・柳川など水郷地帯の成り立ち。海から淡水を取水するその システムにも驚きました。 日田の美林が誕生した歴史。貧しい農民たちが焼畑農業をして 植林した愛他の地面で農業を続けていったためにできた。 日田の美林は実は明治以降、特に昭和になって進んだもの。 大川で家具産業が進んだのもその前段階に水車を作るという ニーズがあったから。・福岡の渇水は自分たちの水を溜めていたため池を潰したつけを 筑後川という別の水系の住民に払わせた。・土が全てを浄化する。土を作るものが繁栄する。カモシカでさえ、 岩山を登るときその道に土を落とし、そこに緑が繁殖して土に 戻るという形でやがては岩山が緑の山に変わるという形で協力。 人間が保護した結果、増えすぎると逆に木の目を食べて資源を 破壊する。
2007.12.22
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◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○ロシアン・ジョーク(酒井陸三)○先任将校(松永市郎)○水の文化史(富山和子)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○ふたりジャネット(テリー・ビッスン) 何となくタイトルと宣伝文句に引かれて読んだSF?短編集。 訳者によればアメリカほら話の系譜を継ぐそうです。 アイデアというかプロットは素晴らしい。僕の好みです。 ただ、全体的にムードを楽しむ感じで、そのアイデアの中で 世界や主人公がどう変わったか、と言えば何も変わらない、 ただアイデアを受け入れて、その中で普段の自分をそのまま 演じる、という物足りなさ(SFとしての)も感じました。「熊が火を発見する」 熊が火を使うことを覚えたらどうなるか、なんて馬鹿馬鹿しい 考えを発展させたものでヒューゴー賞やネビュラ賞(SF界で ほぼ最高に名誉ある賞)を受賞したそうですが、僕には、 熊と一緒にかがり火にあたる、という雰囲気だけ堪能する物語、 と思えました。「英国航行中」 これもイギリス島がはるばるニューヨーク沖まで移動する というすごい設定ですが、その設定の中でドラマとして動く のはイギリスの老人とアメリカに住むその家族の交流だけ、 という感じで、もっと書いてよ、といいたくなります。「ふたりジャネット」 アメリカの南部の町からニューヨークに出たジャネットの もとに、故郷の母親、友人から、町に次々と有名作家が 引っ越してくることを知らせてくる話です。何故とか、 その先どうなる、は全く問題にしていません。 南部の町の雰囲気を体感するような短編かな。 このアイデアもいくらでも広げられるのに、もうこれでいい、 と楽しんでいる感じ。確かに気持ちはいいけど。「冥界飛行士」 一番SFらしい作品でかなり期待したけど展開とラストは今一。 もっとハードに描いて欲しかったかな。○なぜ外務省はダメになったか(村田良平) この本は次官まで務められた方が田中真紀子に翻弄されたあと、 川口新外務大臣の下、何とか体制を立て直そうと苦闘していた 外務省に対して奮起、改革を訴えたものです。 内容は従来から保守派の論客などにより言い尽くされたもの ですが、実務部隊のトップであった方が述べられるとまた 違います。 村田さんは岡崎久彦さんと同期で友人、考え方もほぼ同じ でしたが、これら5年前の提言が今も通じる、と感じるところ に改革がほとんど進んでいないという無力感を感じました。 村田さんは、戦前はまだ良かったが、戦後教育の中で外務省 はダメになったとします。結局、「国」というものをどう 考えるのか、国の代表として「国益」をいかに守るのか、 その視点が外務省役人にないからですが、それは一方では 国民全体の問題です。解決には国民の再教育しかないのです。 長いけど結局それが一番短い道になるのではないでしょうか。 実名を挙げて、後輩たちの問題行動を指摘するところは 本気ですね。それにしても日本を代表すべきエリートの中に、 中国やアメリカの代弁者のような人間がいることに驚き、 呆れます。 一方、きちんと歴史を勉強して、日本だけが悪いわけでは ない、という公平な考えを持つに到る職員はいるのです。 いかに日本の歴史の勉強、理解を制度化してきっちりした 人材をそだてるかです。 外務省はまさに日本を代表して国益を守る部署、ほかの省 とは役目の重みが違います。名称をアメリカ並みに国務省 とすべきではないか、と感じました。
2007.12.17
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今週のゲストはニューズウィーク日本版で「2007年世界を変える社会企業家100人」に選ばれたNPO法人フローレンス代表理事の駒崎広樹さんです。竹村さんはまだ若い駒崎さんがどのようにことをして「世界を変える社会企業家100人」に選ばれたのか、興味津々で尋ねます。駒崎さんは、熱を出したり風邪を引いたりした子供を預かる(病児保育というそうです)組織をNPOの形で立ち上げたとのことでした。番組ででた話をうまくまとめたプロフィールがありましたので、参照ください。・駒崎さんのプロフィール;1979年、東京都江東区生まれ。慶應義塾大学総合政策学部在学中に、(有)ニューロンの経営に参画し、株式会社化後、同社代表取締役社長に就任。同大卒業後、ベビーシッターをしている母親から、こどもの熱で仕事を休み解雇されたお客の話を聞き、保育業界最大の難問「病児保育問題」を知る。自身が近所のベテランママ『松永さん』に預けられていた経験から、「地域が支える子育て」が消失してしまった社会にショックを受ける。その後、ITベンチャーを共同経営者に譲渡・退社し、「フローレンス・プロジェクト」を始動。2004年、NPO(特定非営利活動法人)認証を取得、代表理事に。2005年4月から江東区・中央区にて全国初の「保険的病児保育サポートシステム」である『フローレンスパック』をスタート。現在は、働く家庭のサポート事業を拡大する傍ら、講演、メディア出演、行政との連携を行うなど、病児保育や働き方に対する社会全体の取り組みを活性化させることに努めている。・駒崎さんの仕事、考え方を紹介した著書です。「社会を変える」を仕事にする;http://www.eijipress.co.jp/guide/2018.phpここでいう「病児保育」とは、急に熱を出すなどちょっとした病気になった子供を専門に受け入れる保育システムのことです。シングルマザーや共稼ぎの母親は、子供が病気になると預かってもらえる所がないので、病院に連れて行ったり、看病しなくてはならない時、会社を休まざるを得ず、結果として会社を首になったり、最初からパートで働くことを余儀なくされるという問題があるそうです。駒崎さんが立ち上げたのは直接子供を預かる施設を持たずに、地域の子育てのベテランの家で預かり、地域の小児科医と提携してアドバイスをもらう地域密着型保育システムで、それは自分自身が近所の子育てのベテランに預けられて育った体験から考えたそうです。面白い、隙間産業の最たるもの。最初はどうやって募集したのですか?と竹村さん。預かり手のほうは最初、母親に頼みさらにその友人にお願いしたり、チラシを配って集めたそうですが、一方、預け手のほうはサービスを始める前から困っている人の悲痛な叫びがメールで舞い込んで来たといいます。子供が水疱瘡にかかったので看病で一週間休んだら、いつ辞めるのだといわれた女性や、子供ができたら、いつ辞めるのと真顔でいわれた女医さん等々多数。駒崎さんがこの仕事に取り組むきっかけになったのは、プロフィールにもありますが、ベビーシッターをしていた自分の母親の愚痴からです。お得意さんからもう預かってもらう必要がなくなりました、と言われ理由を聞くと、その女性の双子の子供が熱を出し、保育園で預かってもらえないので自分が看病していたら長く休むことになってしまい、結果として解雇されてしまったというのです。でも子供が熱を出すのは当たり前、親が看病するために休むのも当たり前。当たり前のことで会社を辞めないといけなくなるというのはおかしい、というところからこの問題を解決したいと思ったそうです。それでペイしているのですか。ペイしないと長く続かないが。3年目でようやく黒字になりました。江東区から始めて、今は東京12区で展開しています。国も視察に来て同じようなシステムを全国で推進することを表明したそうです。国が動き始めたのはいいことですが、ただノウハウがないとなかなかうまく行かないので自分たちのノウハウをオープンにして病児保育が当たり前の社会インフラになるよう目指したい。今のところ、東京12区で30人のベビーシッターを確保して、300家庭と契約しているそうです。病児保育を活用するのはいつもではないので、そのたびに料金を払うようにすると1回が高くなる。それで毎月決まった額(5千円から1万円)を支払う共済のような形にしているとのこと。預かる場合も両親がまず休んで看護をして、これ以上休めないという時にフローレンスが預かるようにしている。また本当に重い患者は病院にいかせるようにして、その判断は提携している地域の掛かりつけの医師がきちんと判断する仕組みを作っている。小さなトラブルが起こる可能性のある仕事のようだが。リスクマネジメントがもっとも大切。診察を必ず受けさせる、客から必ずアンケートをとるなど細かく現場を作りこんでいく、そのノウハウの蓄積。大変だけど、マーケットは無限にあるでしょうね、と竹村さん。ここで中間です。さらに駒崎さんは子供が病気になったら無理なく休めるような会社、社会を目指して、企業に対して女性の活用法、ワークシェアリングの方法を提案して、人材が辞めずに残り易いようにするなどワークライフバランスコンサルティングというものをやっているそうです。イギリスではすでに国がこのコンサルティングに予算をつけて、中小企業がコンサルティングを受けやすいようにしている、という情報もありました。駒崎さんも品川区と交渉して小さな動きながら始めたようです。中小企業の社長さんは「人ことが財産」と分かっていても、中間管理職からすれば使いづらいということで、どうすればその意識が変えられるか、そのお手伝いもしたいと駒崎さん。弁舌爽やかに語るが、と竹村さん。いいことばかりで問題はないのか?と突っ込んでいる感じ。現場では本当に大変なのです、と正直に認めています。保育業界からいろいろ言われる。そんなことをして親を甘やかせてどうする、子供が熱を出した時ぐらい親が休むべきだし、社会もそうさせるべき、という意見もあるそうです。日本の社会には「~すべき」を言う評論家はたくさんいるが、具体策を出す人は少ない。中傷がたくさんあってつらい。身内の業界から言われるとは思わなかったので、最初は落ち込んだ、とも認めます。でも利用者からたくさんの感謝の言葉があって、それだけを支えに頑張っています。一週間前も某大企業に勤めるお母さんが「今月のエクセレント賞をもらい賞金も10万円出たが、これはフローレンスさんのサポートで休まずに働けたからもらえたもの」とそのまま10万円を寄付されたそうです。また、あるシングルマザーからは「これまでパートだったが、このサービスのお陰でめっきり休むことが減り正社員になれました。これもフォローレンスさんのお陰です」と感謝の電話があったそうです。駒崎さんは思わず泣きました、と言いましたが、竹村さんも「こっちも泣きそうになる」と返しましたし、涙もろい僕も同じ状態。老人介護の問題はいろいろ騒がれ、実際に大きな企業も生れているが、大きくなると変なことも起こる。でも幼児問題のほうはまだまだ。独身の駒崎さんがどうやってこのようなノウハウを得て、やってこれられたのでしょうか?と女性アシスタント。いつになく真剣に聴こえましたが、働く女性としてやはり切実な問題と感じているのでしょうか。最初はIT産業の中で華やかにやっていたが、これが人の役に立つのか、と悩むようになり、自分は本当に何をしたいのか改めて考えた。そして、やはり日本のために何かしたいというやや青臭い思いもあって、そこから最終的にアメリカのNPOに行き当った。彼らは何十億という仕事をしながらそれでいて社会に貢献している。社会のインフラとして国がやっていない問題をどんどん解決している。こういう風になりたいと思ったところで、かねてから認識していた「病児保育」の問題もアメリカのような社会企業家的な方法で解決できるのではないか、と思い至って始めた。そこから医師や保育業界の人などいろいろな力を結集してこの事業をやらせていただいた。お医者さんは普通の人よりそういう人助けに共鳴してくれる率は高いですか?と竹村さんも意地悪な質問。いいえ、残念ながら医師会という単位ではなかなか協力は得られません。でも個人と直接腹を割って話すと協力してくれる人はたくさんいる。個人的にはいい人が多いのになにかの論理でそれが阻まれている。そこを解きほぐしていく個人がいないと日本は変わっていかないと思う。このテープを残して10年後、あなたのNPOがもし大きな規模になっていた時、あの志を失っていないと思うか、金儲けに走ってしまったと思うようになるか。やりだしたことは涙が出るくらいいいことだけど、悪い先例があるから、そんなことにならないように。仰る通りです。常に謙虚さを失ってはいけないと思います。でも常に現場と接していればそうはならないと思う。現場との接点を失わないことが謙虚さを失わない鍵になると思います。感動的なコメントに「ええ話じゃった」と竹村さんも一言。今週はこれで終わりです。
2007.12.16
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◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○ふたりジャネット(テリー・ビッスン)○なぜ外務省はダメになったか(村田良平)○水の文化史(富山和子)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○ウォー・ロード(A・J・P・テイラー) 第二次世界大戦中の各国の戦争指導者を解説した本。ルーズ ベルトのことがもっと知りたくて読んでみましたが、それ 以外の指導者についても常識とは違ったいくつかの情報を 得ることができました。・独裁者ムッソリーニのどうしようもなさ。張子の虎のような イタリア軍。現代と変わらず、イタリアは見え、はったりが おおいということでしょうか。ローマ帝国の栄光やいずこ。・ヒトラーについて、彼は第一次世界大戦ではきわめて献身的 な兵士であり、ドイツの復興、栄光を求めて政治活動を 始めた、と比較的好意的な見方をしています。・ドイツ軍については信じられたほど強大ではなく、フランス、 イギリスのほうが多くの戦車、飛行機をもっていた、そうです。 全てはヒトラーの誇張、宣伝効果。・最初は必ずしも将軍たちの信頼を勝ち得ていなかったヒトラー ですが、戦争初期の天才的なひらめきから多くの勝利を もたらし、次第に権力を拡大させていったとのことです。・恐るべきユダヤ人虐殺もヒムラーに吹き込まれたもので、 彼自身の意思ではなかったといい、最後は自殺により犯罪、 残虐行為の責任をわが身にかぶって曖昧なものとして、 ドイツ国民は潔白なものとして残された、と褒めるほど。 日本でも遥かにたくさんの指導者層が自決していますが、 戦争指導者ではなかったために責任がはっきりしていない、 とされているのかもしれません。・チャーチルは戦争の全時期を通じて必ずしも絶対的存在 ではなかった、とは初耳。性急さから多くの失敗を重ねて いたとは意外です。 最大の失敗は自分の政策をいかなる犠牲を払っても勝つこと とし、そのためには大英帝国の消滅を招来するのもやむを えない、としたことではないでしょうか。・スターリンは公平に見て、ソ連を世界に対して安全な国に しようと最もよく考えていたし、そのため全局面を把握 して必要な決断した、またその能力もあった、と指導者の 中で最も高い評価を与えているように思えました。・もっともソ連が最終的に勝利したのは、その広大な領土と 二千万人の犠牲を出しても戦い続けることのできた国家 としての巨大さになるのではないでしょうか。・さて肝心のルーズベルトです。彼はほかの指導者と違って 根っからの民間人、骨の髄まで政治的であった、と最初に 断定します。・彼は世論を得るために戦い、選挙に勝つために戦略を選択 した、ともしました。彼は英国を支援する交換条件として イギリスの力をさくように、経済的に絞ってカラカラに した、と述べますがここで無念さがにじみ出ている気が するのは、著者がイギリス人だからかもしれません。・アメリカ軍は優れた戦略によって多くをなしたのではなく、 たんに物量で勝つということだった、というところにも 恨み節が出ている感じ。 日本もそれを痛感し、戦後は大量生産に邁進したのかも しれません。・またルーズベルトはソ連と本当に親密な関係を作ろうと試み、 またそうできると信じた唯一の西側政治家だったと書かれて います。 その彼の元に集まった理想的左翼が戦後、日本で国家改造 を試みたということでしょうか。・最後はわが日本ですが、ここにはいわゆる戦争指導者と 呼べる一人の人間はいなかった、と最初に断定しています。 日本が立憲君主制をとり、天皇陛下は内閣が上奏した政策 を承認するしかなかったことや、その内閣は陸軍、海軍 現役大臣制により軍の意向に反する内閣は辞職せざるを 得なかったことなどかなり正確に記述されています。・石油がなくなり、ジリ貧を怖れた結果、ドカ貧になって しまったということですが、戦争指導者がいなかったこと から誰も責任を取っていません。 これは今に通じる日本の無責任体制の結果。もう民族 としての欠陥でしょう。・日本人は人種差別をなくすという理想を信じたが、その 信じた相手に裏切られてショックを受けた、などかなり 日本を理解してくれているようです。 日本が戦わざるを得ず、結局負けましたが、その結果、 独立国140カ国以上のこの世界が生れたと思えば、 少しは慰められます。
2007.12.15
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◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○水の文化史(富山和子)○ウォー・ロード(A・J・P・テイラー)○なぜ外務省はダメになったか(村田良平)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○失礼ながら、その売り方ではモノは売れません(林文子) 少し前、BMW国内販売会社のトップからダイエーのトップ にヘッドハンティングされて話題になった林文子さんの 本です。 高卒の普通の女性がいかにして車のトップセールスマン となり、さらに地位を上げる都度、そこで素晴らしい 業績を残して、ついにはダイエーのCEOになったのか、 そのセールスのテクニックというか極意を明かして くれています。 面白い、さすが違う、と思ったところをピックアップ しました。・車のセールスを何も分からないまま、31歳でこの業界 に飛び込んだ林さんは、1日100軒訪問する、という 本で読んだセールスのノウハウを信じて実践。 とにかく相手の役に立ちたいと願いと気持ちに応え、 お客様に満足してもらうことで何と一ヵ月後には トップセールスになっていたそうです。・ショールームに足を運んでもらったお客様は来店即決を 基本とし、契約までつながるストーリィを持って接客 する。・セールスの基本はお客様に関心を持つこと。営業は 個売業、顧客はたった一人の“個客“として扱われた とき、じわっとした喜びを感じるもの。一人ひとりに「いつもあなたのことを考えています」というニュアンス が伝わる営業をする。・売れない理由はいくらでもあげることはできるが、 売れないのは全部自分のせいだと思うくらいで戦略を 立ててみるのがいい。 売れない時代だからこそ売ってみせる、という意気込み が大事。・展示会などに来訪してくれたお客様はその日のうちに 答礼訪問。・林さんは営業に欠かせないものを3つ挙げています。 人が好きなこと、勇気を持つこと、積極性。 ひとが好き=お客様に関心を持つ。 ノルマにプレッシャーを感じない勇気、数字目標を設定 すると何をしなければならないか分かるので恐怖心は 湧いてこない。 勇気を出して一歩前に出る。ここぞというとき、普段の 自分なら言わない事、やらない事をスッとやる積極性。・焦らず驕らずお客様の隣に座り続ける。お客様と友人に なる。ファンになってもらう。・クレーム処理で成長する。クレームを訴えるお客様には、 とにかく相手の気持ちが治まるまで謝る。怒りが収まら ない限り、解決策は見えません。 人間関係は最悪のときが深掘りのとき。お互い、裸の 気持ちが出るので、そこでうまくいけばあとはどうにか なる。・落ち込んだときはお客様のところに行くと逆に元気を もらう。・成績の上がっていない支店を任されたとき、自分の 生活も楽しめないセールスマンがヨーロッパの高級車を 売れるはずがない、と時短を決行して成果を挙げる。・転職、ヘッドハンティングを受けるのは時間を買うと いうこと。こういう地位になって腕を振るいたい、と 思っている人に即座にその地位を与えてくれるもの。・ホウレンソウをするのは上司のほう。部下からは聞け ない。上司が何を考えているのか、社はどの方向に 向かっているのか、部下の考えを救い上げるなど、 部下とコミュニケーションをとる。
2007.12.10
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今週のゲストは高速道路無料化で有名な山崎養世さん、竹村さんの番組の常連で僕がブログを書き始めてからでも3回登場しており、今回は4回目です。05年3月;中国バブルは崩壊する06年8月;郵政民営化について07年5月;米中経済同盟について今回は原点に戻って高速道路無料化から地方活性化につながる提言をしています。特に現在、道路特定財源の一般財源化も議論されているところですから、タイミングはいいですね。もともと山崎さんの高速道路無料化をマニフェストに取り入れたのは民主党ですから、竹村さんも番組で何度も言及していたように、民主党が選挙に勝てば実現の可能性はあるかもしれません。今回もまずは高速道路無料化の話から始まりました。山崎さんは「国民は税金と高速料金と二重に払っているが、税金は高速道路には使われない」といきなり本質を語ります。全部、一般道路に使われているそうです。国民はお人よし。だからいつまでたっても無料にならない、そうです。実際は2兆円以上の使い道の決まっていないお金があるにもかかわらず。そのお金を旧建設省は一般道路に使う計画を出しているようですが、これを高速道路の借金返済に使えば無料化できるようになるのです、と山崎さん。竹村さんは「そのお金で地方に工事を起こして仕事を出そうとしているのでは」と常識的な考えで対話を継続させます。山崎さんは、それでは一部の人にお金が行くだけ、と否定的。竹村さんは、高速道路の無料化に税金を向けるか、地方の一般道路建設に使うかのせめぎあいに対して、どちらがどれだけ、誰に利益が出るのか数字ではっきり見せたら、と話しますが、番組ではそこまでの数字はでませんでした。一方でお金が余っており、一方で首都高速など値上げしようという動きもある。矛盾した動き。自民党、民主党が一致協力して、地方の経済の活性化を図るためにも無料化していくべき、とします。山崎さんは、地方に住んでいる人は97%(秋田県の例)が車を移動手段に使っており、地方の企業も高速道路無料化でメリットが享受できるので、効果は明らか、と言います。無料化すれば料金所が不要、するともっとたくさん高速道路と一般道のアクセス箇所も増やせるので利用者の利便性が増す、とも言われました。竹村さんがほかに何か提言がありますか、というのに対して、東京以外の地方が成長するプランに変えないと日本がもたないと述べ、地方への課税権の移譲を提案します。アメリカ、中国の経済が発展しているのは、首都だけでなく地方都市がどんどん伸びているから、それは地方に課税権があって、税制面の優遇措置を打ち出すことで優良企業の誘致に成功しているから、としています。税の主権なしに地方分権なし。日本でも道路が整備され、高速道路が無料化され、さらに法人税削減など優遇措置が整えば、土地が安い地方に企業がどんどん生れてくるといいます。東京で法人税を納めてもほとんど還元されないが、地方であれば周辺環境の整備なども促進される、と続けました。竹村さんは北海道に国内時差をつけ、それを利用して世界で最初に開く証券取引所を開設すれば、世界中の優秀なトレーダーが集まりロンドンのシティのような繁栄が見込めるのではないか、また台湾との貿易を考えて沖縄に起業するのはどうか、などアイデアを出します。ここで山崎さんから、北海道の風土はアメリカに似ているがこれは北海道だけもともとアメリカにくっついていたのが、大陸移動で日本列島と一緒になったから、などという説が紹介されました。竹村さんはそれに続いて、南大東島がニューギニアのほうから時間をかけて移動してきたのだ、という話を出してくれました。まさに日本は世界の集合体、縮図ですね。さらに、山崎さんは経済のグローバル化について、これはローカル化と一緒に起っているのだ、という話をしてくれました。そういえば「グローカル」なんて言葉がありました。これは世界に対して物やサービスを売っていく企業がローカルな場所に本社を持つことだそうです。そうすることでコストが安くなる。そこに世界につながる交通手段、通信手段とそろえば世界と商売ができるのです。かつてはアメリカとの商売が主だったので東京が中心だったが、今は中国、ロシア、アジアとの商売も増えてきたので、どこでも中心になれる時代。例えば台湾と商売をするなら沖縄に本社を置いたほうがいい。ここで竹村さんから与那国島と台湾の都市、花蓮の貿易について言及がありましたが、僕も新聞で税関業務をするために職員が派遣された、というような記事を読んだことがありました。親日的な台湾との関係をもっと強化して欲しいものです。山崎さんはさらに、地方の企業が直接海外と商売できるように制度、交通路整備などをすることで豊かになる、その次には世界の企業を日本の地方都市に誘致することで世界と手を携えて発展していくことを提案しています。竹村さんも、今はヨーロッパの小さな国が元気だからそれを参考にして、日本も道州制を取り入れるなど適正な規模の自治体を作ることで発展できるのでは、と話します。ミシュランで東京の料理店が評価されたように日本料理は世界で認められている。ということは日本の農産物、海産物も絶対に認められるはず。それを地方から売る、美味しかったら食べに来てもらう、気に入ったら住んでもらう、こういうことの連続だと思う。これをもっとやらないといけない。東京が一番ではない、日本には全国各地にいいところが一杯あるのです。そのためにも道路を整備し、海外との交通をスムーズにする。さらには地方に拠点の教育機関、大学を整備しなければならないし、そこでできた研究成果を企業化できるよう、ベンチャーキャピタルも育てないといけない。地方でそのまま起業できるようにしたい。これからは地方に重心を移すことで地方は活性化し、それによって東京も元気になる。本社が地方に出て行っても東京は衰退するのではない。ニューヨークがいい例。世界で一番地価の高い、繁栄する都市であり続けている。まだまだ工夫次第で日本は発展できる、それだけの資金、人材はあるのですから、と元気の出るコメントで終わりです。改めて日本には発展の必要条件が全て揃っているのだと思いました。足りないのは、国としてのビジョン、国益のために省益を抑える官僚の自制心だけではないでしょうか。
2007.12.09
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◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○水の文化史(富山和子)○ウォー・ロード(A・J・P・テイラー)○なぜ外務省はダメになったか(村田良平)○失礼ながら、その売り方ではモノは売れません(林文子)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○歴史の読み方人間の読み方(谷沢永一・司馬遼太郎・ 会田雄次・渡部昇一) 最初に谷沢さんは「乱世という言葉にはどこか魅惑的な 香りがある」と語ります。 乱世とその反対の概念である平和、人々はどちらを望んで いるのであろうか、と問えば誰もが平和と答えそうだが、 谷沢さんは「では、この世に生きる諸人は、すべて、 ひとしなみに、心から平和を望んでいるか」と続けて 問います。 谷沢さんは自問に自答して「平和の根本概念は、現状維持 であり、既得権の保護」と導きます。こういわれてみると 簡単に平和のほうがいい、と答える人は少なくなるはず、 なぜなら世の中は常に少数の上層、既得権者と多数の中、 下層、無権利者に分けられるからです。 したがって世の中は常に乱世、または変革期を求めて 動いている、時代が固定して見える時期であってもその底流 は静かに、確実に動いているのです。 この大前提の中で谷沢さんが三人の論客、思想家といって もいいかもしれませんが、司馬遼太郎さん、会田雄次さん、 渡部昇一さんと語り合います。 非常に斬新、興味深い話ばかりですが、多くは20年前の 対談であり、今となっては常識であったり、逆に新事実 の判明から反対の考えもある場合がありますので、 トピックスだけ紹介します。 谷沢さんのコメント。・天皇と幕府に象徴される、世界でもまれな支配の二重構造を 作ったのは源頼朝、権威と権力を分離して以来これが日本の 伝統となる。・明治維新はプロレタリア革命にあらず。支配層である武士が 危機感の中で自らを滅ぼして国を生かした。自分たちが所属 していた武家階級という身体に自らメスを入れて切開、心臓 移植によって身体を救ったようなもの。・戦後社会を見通した男が三人いた。石橋湛山は昭和20年8月 に「日本の植民地経済は持ち出しで全くの赤字だった。 それに加えて陸海軍を維持していたがこれも全くの無駄 だった。 この二つの莫大なロスがなくなり、優秀な日本民族が四つの 島に閉じこもったのだから、これから先に日本の前途は 洋々たる未来が待っているのみである」と予言した。・川崎製鉄社長西山弥太郎は一貫製鉄所建設という大設備投資 を行い、日本の経営者たちに勇気を与えた。彼の上げた 大きな花火に呼応して日本中の経営者が一斉に設備投資を 開始するとその直後に朝鮮戦争が始まり、真帆に追い風を 受けるような幸運になった。・大蔵省の窓際族、下村治はこれらの設備投資の結果を大変な 高度成長になる、と割り出し、その結果が池田勇人の「所得倍増論」につながった。 司馬さんは「日露戦争以後、日本はダメになった。悪いところ にほおかぶりして誤魔化したので日本は変なほうに向かった」 とかなり厳しい評価をしています。 これは今の日本の常識、明治の日本は良かったが、昭和の 日本はダメ、につながるのでしょう。・司馬さんがこう考えざるをえなくなった原因「ノモンハン 事変」を惨敗と見るのは当時明らかになっていた歴史情報 での限界でしょうが、それでもとにかく司馬さんが始めた 近代日本の歴史の見直し、それは評価しなければなりません。・現代では戦後民主主義教育で育った日本人はダメだが、 それ以前の日本人、教育は素晴らしかった、という意見も ありますし、外交音痴、平和主義など現代日本人の問題は、 明治、江戸から全く変わらぬ日本人の特性ではないかと 思うところもあります。・谷沢さんは司馬さんとの対談の中で「まずは中国への賠償、 それによって日本人がリセットできる」と語っていて少し 違和感がありましたが、その章の最後に「これは全く間違い でした」と訂正していて、逆に驚きました。 自分の誤りをはっきり認める態度は立派です。これができず にズルズル反日的発言を続けている人が多いのですから。・この対談では世界の保護主義化(オタワ協定ほか)も日本 が遅れて帝国主義に進出したから、とまで言っています。 日本の完全な罪悪論。これも訂正されるべきかも。・石油の禁輸がアメリカとの戦争に踏み切らせたという常識 に対して、エネルギーが石炭から石油に代わった瞬間、 燃料をまかなえない日本は戦争を放棄するしかなかった のだ、(日露戦争時代の石炭であれば、最低限自給できた) とはちょっと極端な話ですが、それくらいの厳しさで 見ていれば始めから戦争にはならなかったのかもしれません。 会田さんは「信長が日本の近代化の基盤を築いた」と語り ますが、これは現代では常識でしょう。一向一揆との戦い が日本を不毛な宗教戦争から解放したという辺りも同様。・明治維新が成功したのも戦国時代から長い江戸時代という 助走期間を得て近代化の素地ができていたからとします。 日本はよそで何か起こると、そのエッセンスを素早く 吸収することができるが、この特性は千数百年以上に わたってシナを見て、そこに起こる文化的、政治的変化の エッセンスを本を通じて理解するという訓練を続けて 得られたもの。 薩長と徳川が外国を引き入れて戦わなかったのも、アヘン 戦争の教訓を両者が取り込むことができたからである。・また薩長と幕府の交渉において勝海舟が活躍したが、 これは彼がトップではなかったから。また交渉妥協に よって勝自身になんら得るものはないのにやったから。 日本ではトップが自ら第一線で動くとダメなところ。 あくまでも黒子でないといけない。日本人は平均的に 優秀で、嫉妬が強いからです。 安倍首相の辞任にもつながる話ですね。 渡部さんの乱世に生きる知恵「三国志」という対談は、 つい先日の読書日記とほぼ同じ内容です。中でも孔明 の生き方が日本人にピタリ。 最初、劉備と義兄弟の誓いを結んでいたのが、息子劉禅 を守るという君臣の誓いに変化。中国人的ではない、 ということですね。・また史記から宋時代までの歴史をまとめた「十八史略」 は最高の人生の教科書であり、日本人の教養のバック ボーンであった、とも語ります。 名文句、名場面、いいところが全てダイジェストで 入っているそうです。 また読み返したくなりました。
2007.12.08
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◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○歴史の読み方人間の読み方(谷沢永一・司馬遼太郎・ 会田雄次・渡部昇一)○失礼ながら、その売り方ではモノは売れません(林文子)○なぜ外務省はダメになったか(村田良平)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○腐敗の時代(渡部昇一) この本も渡部さんの、鋭く常識を切る着眼点、論理展開と 結論に酔います。30年以上前にいくつかの雑誌に掲載 されたエッセイのまとめですが、全く古くないということが 本当にすごい。 特に面白かったのは、「腐敗の効用」「歴史を見る目」「英語教育考」「真の戦闘者・徳富蘇峰」でした。 簡単にポイントを書き上げます。 腐敗即悪ではない、ということ。当時、田中角栄の ロッキード事件などがあって政治と金の問題が世を騒がして いた中で一石を投じたものだそうです。 ちょうど僕も社会に出た頃でしたが、知りませんでした。 残念。 ここで渡部さんは、国民は政治家にどんな資質を得たとき 幸せになるか、という永遠の命題をイギリスに黄金時代を 築いた最初の首相、ロバート・ウォルポールを例に引いて 考えています。 そして金権政治必ずしも腐敗にあらず、ましてやそれで 国民が安全と繁栄を得るとしたらどちらが幸せなのか、 冷静に考えようと提案しています。 汚職を少々してもそれで国が富み、国民が豊かで安全に なればそのほうがずっと幸せではないか。いくら清廉潔白 でも能力のない政治家ではどうしようもありません。 まさに今、同じ問題でマスコミも揺れています。 昔、アテネのテミストクレスという政治家は、海軍を整備 してペルシア戦争を勝利に導きましたが、国家のお金を 私したなどという噂も絶えず、陶片追放にあってしまった とか。 また江戸時代の老中田沼意次も従来は汚職まみれの最悪の 政治家とされていたのが、今では江戸に繁栄と文化を もたらしたという評価もでています。「歴史を見る目」では進化論の常識に鋭く切り込みます。 日本人はキリスト教の呪縛がないため、素直に進化論を 受け入れていますが、進化論は物理の法則などと違って、 必ずしも完全に証明された理論ではない、再現性が証明 されていないとします。 少なくとも人間は過去から少しずつでも賢くなっているか、 優れた存在になっているか、社会は進歩しているのか、 全て疑問であるとします。 モーツァルト、ベートーベンらを超える音楽家がそれ以後、 生れているか、芭蕉より優れた俳人は後に生れたか等々、 実に面白いエッセイです。「英語教育考」はこれまで別の本でも読んできた内容ですが、 日本の外国語教育がなっていない、全然喋れない じゃないかという俗論に反論して納得させてくれます。 日本人の外国語習得法がまずいのならどうしてこれほどの 外国語の本、文化が日本語に翻訳されているのか、それが できる日本人が育っているからではないか、と言われれば その通り。 文化を学び知能を鍛える語学学習法とただ飯を食うだけの お喋りはまるで目的が違うともいいます。日本人は漢語を 完全にものにして、有用な本は全て翻訳してしまいますが、 中国語を喋れるようにはならなかった。 それは必要なかったから。それと同じ事なのです。 喋りたければ数ヶ月、現地に行けば、受験英語の基礎さえ しっかり出来ていれば数ヶ月で喋れるようになるのです。「真の戦闘者・徳富蘇峰」ではこれまであまり知らなかった 徳富蘇峰の実像に迫りました。時代のベストセラー作家、 必ずしも後世に残らずという現実も知ります。 どこかで読んだことですが、古典として後世に残るため にはベストセラーである必要はない。 少数でも熱烈な信望者、ファンを持ち続けることだそうです。 非常に分厚い本ですが、蘇峰の「近世日本国民史」を 読んでみたくなりました。 ○世界でいちばん面白い英米文学講義(エリオット・エンゲル) この本では名前は聞いたことあるけど、実際は代表作 すら読んだことはないという人も含めて世界の文学史上に 名を残す英米の小説家の生涯、人となり、いかにして作家 となったかなどを面白く、分かり易く、語るように伝えて くれます。 登場するのは、チョーサー、シェイクスピア、ジェーン・ オースティン、エドガー・アラン・ポー、ブロンテ姉妹、 チャールズ・ディケンズ、オスカー・ワイルド、 マーク・トウェイン、コナン・ドイル、D・H・ロレンス、 F・スコット・フィッツジェラルド、アーネスト・ ヘミングウェイです。 これだけで、もうたくさんかもしれませんね、作家名を 打ち込むだけで一苦労。でも本当にこの本は作家の逸話、 豆知識を得るというだけでも一読の価値はあります。 シェイクスピアが多くの英語の慣用句を生み出したのは 有名ですが、a piece of cake(やさしいこと)、 till the crack of dawn(夜が明けるまで)なども そうとは知りませんでした。 エドガー・アラン・ポーの実に悲惨な生い立ち、母親を 始めとして彼の愛する女性たちが次々と悲惨な死をとげ、 それが彼にあのような作品を書かせたこと、そして 彼自身、幸せをつかむ一歩手前で非業の死を遂げて しまったことに運命を感じます。 ディケンズの厳しい家庭環境とその中で彼が自分の作品 売り込みに見せた才能と執念。彼は初めて連載という 形態で小説を読者に提供する方法を編み出すと共に、 一つの作品を三度、読者に売りつける離れ業を演じます。 ディケンズを始めとし、マーク・トウェイン、コナン・ ドイルなどがいかにして有名作家になったかという努力、 苦労にも感心しました。そして努力と作品を書き続けた 結果、思わぬ幸運が最終に舞い込んで彼らは成功します。 本当に神様はどこかにいるのでは、と思ってしまいます。 オスカー・ワイルド、D・H・ロレンス、F・スコット・ フィッツジェラルド、アーネスト・ヘミングウェイは ほとんど読んでいませんでしたが、特異な生涯、人物像 を知って読んでみたくなりました。 英文学教育家としての著者のもくろみは僕に関して 成功しています。
2007.12.05
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◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○なぜ外務省はダメになったか(村田良平)○腐敗の時代(渡部昇一)○世界でいちばん面白い英米文学講義(エリオット・エンゲル)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○ながい旅(大岡昇平) これは撃墜したB29搭乗員を無差別爆撃の犯罪者として裁いた ためにB級戦犯として処刑された、東海軍管区(名古屋周辺) 司令官岡田資中将の戦いを描いたものです。 日蓮宗信者であった岡田中将は戦勝国の裁判を「法戦」と 呼んで毅然と戦い抜き、実質的な勝利を収めます。 中将は部下の命を救い、責任を一身に引き受けて巣鴨プリズン 13号鉄扉の中の処刑台で命を終えられましたが、その見事な 戦い、その後の巣鴨での戦犯たちへの 大岡さんの描写で生々しく心に残った巣鴨の房内、宣告場 そして処刑場が、阿比留さんのブログ(11/20)にセットとは いえ見事に再現されていて、まさにイメージ通りであったのに 驚きました。 このような場所で最後を迎えられた多くの戦犯のみなさんの 無念を思います。 A級戦犯はもちろんですが、B、C級戦犯の中にも岡田中将 のように戦勝国の都合や復讐で処刑された方が多くいたこと も語り継ぐべきことだと思いました。○成功はゴミ箱の中に レイクロック自伝(レイ・クロック) これは有名なマクドナルドの創立者、レイ・クロックの自伝 です。オリジナルは20年以上前に出版されたもののようですが、 今回の版には孫正義、柳井正という当代を代表するベンチャー の旗手が、レイ・クロックおよび日本での協力者、藤田田を 尊敬し、師を仰いで企業を興してきたということで解説、対談 が添付されていたのを読みました。 マクドナルドの伝説については何となく知りながらも、初めて じっくり、レイ・クロックの言葉で創成期のマクドナルド物語 を読みました。面白かったです。 レイ・クロックが今の僕と同じ年齢、52歳で、しかもほとんど 僕の生れた年1954年にマクドナルド兄弟のレストランと出会い、 そのシステムを携えてフードビジネスに飛び込み、ファスト フードというシステムを作り上げたことに驚嘆しますが、 このビジネスを進めるのに彼のそれまでのビジネスの中で 学んだことがあったからできたことなのです。 決してフロックでも幸運でもない、彼の家庭も顧みない必死な 努力があったからこそできたことでした。 次々と降りかかる試練の中での彼の活躍、いかに新しい仲間 と出会い、協力してピンチを切り抜けていったか、そして かけがいのないパートナーとの別れ、そして新たな出会いなど 感動の物語です。 そしてマクドナルドの成長と共に新しい人材を育て、自分 ひとりが成功するのでなく、フランチャイジーとして多くの 億万長者を作っていったことにも驚きです。 レイ・クロックは自分の人生で信じるところを行動、言葉で 後に続く人々に示していますが、共感した箇所を書き取り ました。・マクドナルドにおいての個人の成功物語とは、決して教育 ではない。信念だ。・やり遂げろ―この世界で継続ほど価値のあるものはない。 才能は違う―才能があっても失敗している人はたくさんいる。 天才も違う―恵まれなかった天才はことわざになるほど この世にいる。 教育も違う―世界には教育を受けた落伍者があふれている。 信念と継続だけが全能である。・自分の客に、より良いサービスを行う気があるのなら、 地下のレイアウトや、わき道のアクセスがあるのかなど 微細に到るまで調べるのが普通だろう。 そういう人には在庫のさばき方や、物流のアイデアを教えて 上げられるのかもしれない。それが私がいつもしてきたことで、 詳細な知識の結集となり、それはマクドナルドに還元できる。 自分の仕事にこのような姿勢で向かえるのなら、人生に 打ちのめされることはない。「働くこと、働かされること」を楽しめなければならない。・今の若者には、仕事を楽しむ方法を学ぶ機会が与えられて いない。この国の社会的、政治的哲学は人生から、一つずつ、 リスクを取り除く事を目標としているようだ。・若い学生たちに伝えたように、誰かに幸福を与えることは 不可能だ。唯一できることは、その人に幸福を追う自由を 与えることだ。幸福は約束できるものではない。 それはどれだけ頑張れたか、その努力によって得られる、 その人次第のものなのだ。・幸せを手に入れるためには失敗やリスクを超えて いかなければならない。リスクのないところには成功はなく、 したがって幸福もないのだ。 我々が進歩するためには、個人でもチームでも、パイオニア 精神で前進するしかない。 企業システムの中にあるリスクをとらなければならない。 これが経済的自由への唯一の道だ。ほかに道はない。
2007.12.04
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◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○世界でいちばん面白い英米文学講義(エリオット・エンゲル)○ながい旅(大岡昇平)○成功はゴミ箱の中に レイクロック自伝(レイ・クロック)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○江戸時代の設計者 異能の武将・藤堂高虎(藤田達生) この本を読んで、これまで変わり身の早いゴマすり上手なだけ の武将、と思っていた藤堂高虎を見直しました。 豊臣秀長という最高の主人にめぐり合い、その薫陶を受ける と共に人脈を築き、城作りの名人、有能な大名に成長して いったのだと初めて知りました。 人材を愛して、自分のところを去るものに対してもいつでも 帰参を許すという素晴らしさももっていたそうです。 また、いざというときは徹底的に戦う強さも持ち、後半は 国作り、藩作りに腕を揮ったテクノラート。 読んでいて何となく、二宮尊徳を思い起こしました。○だから日本人よ、靖国へ行こう(小野田寛郎・中条高徳) 最近、中条さんに妙に縁があり、先日もTVのザ・インタビュー で初めて中条さんの話を聴きました。 アサヒビールの復活はてっきり樋口さんのお陰、と思って いましたが、中条さんも営業本部長として活躍されたのですね。 その中条さんの「おじいちゃん日本のことを教えて」を ずっと前、買っていて、実はまだ読んでいませんでした。 中条さんという方がどういう方か良く知らなかったことも あります。できるだけ早く読むようにしましょう。 中条さんは40年間毎朝、靖国神社にお参りしている そうです。それも遠くから通うのではなくて、すぐそばに 住んでいるとか。 住まいを靖国神社に参拝できるところに選んだ、というのは すごいです。 靖国神社や日本のことについていろいろ発言する中条さん に中国が嫌がらせをして「うるさい中条のアサヒビールは 飲むな」とイチャモンをつけてきたそうです。 発言を控えるつもりはないがアサヒビールにも迷惑は かけられない、ときっぱり会社との縁を切って自由に発言 するほうを選ぶ、という硬骨に感心しました。 その中条さんと一度は靖国神社に祭られた小野田さん、 二人で自在に今の日本人の骨のなさを嘆き、叱ります。 お話は保守派であれば承知の内容ですが、生神様が語ると 重みは違います。 小野田さんは日本に帰られた後、何をしても中傷をされ、 本当に日本人が嫌になってブラジルに去ったそうですが、 その間の事情を初めて知りました。 靖国に参るという自然な行動に対して軍国主義の権化と いわれたり、首相からもらったお金を靖国神社に寄付しても いろいろ詮索されたり、本当に辛かったでしょうね。 当時のマスコミもその辺りを報道しなかったのか、それとも 僕自身の感性が低かったのか分かりませんが、知りません でした。 A級戦犯について、サンプランシスコ条約に則って関係諸国(関係国とは交戦国であり、中共、韓国は当然含まれない)の 了解を取り、法律をきちんと成立させて「法務死」として 名誉回復をしていた、とも知りませんでした。 法律的にまったくの普通人になっているそうです。A級戦犯 のことをいう政治家は自分たちの作った法律をよく勉強しろ、 と二人は叱ります。 中条さんが最後に靖国問題の重要点をまとめていますが、 これを日本人全員が暗誦できるまで記憶すべきです。 一つだけ以下にあげます。・戦争の勝敗は正義とは全く関係ない。単なる力の強弱の結果 に過ぎないという単純素朴だが大事な論理を日本人の多くが 理解していない。 日本が全て正しかったと強弁するつもりは毫もないが、 戦争の正邪は国際法学者、心理学者、歴史学者などが相寄り 冷静に相諮って数世紀ぐらいかけて初めて判るほど重いこと なのに、未だに全て日本が悪かったと思い込んでいる人が 多い。 従って靖国神社は悪い戦争に駆り立てられ無駄死にした 人たちを祭ってあると思っている人が少なくない。 それが謙虚とさえ考えているのだから始末が悪い。自国の 歴史を正しく読めない心の貧しい、卑しい品性の人たち なのだ。 とにかく靖国に祭られている人は無念の死を遂げたのでは ない、心ならず戦争に駆り立てられたのでもない。 祖国や愛する家族を守るために覚悟して戦地に赴いた、 普通の日本人であった、ということを思い出すべきだと 思います。
2007.12.03
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今週のゲストは国際エコノミストの今井澂(きよし)さん、株をやっている人には有名で(私は知りませんでした)、しかも経済情勢に広い視野を持つ、竹村さんが一番いいと推薦される方の登場です。今回は最新著作「どうなる日本経済 最後の黄金時代が来た」の宣伝も兼ねての登場です。・今井澂さんのHP;http://homepage2.nifty.com/ken_imai/今井さんは、これから3年~5年が日本経済の黄金期となると予測し、それを本にも書いているそうです。逆に言うとこれを逃すとその後は儲からない、ということです。今日本の景気が好調の理由は輸出がいいからで、相手は主に中国やインド、実はアメリカ経済は横ばいから下り坂。だから中国、インド、ロシア、産油国などのお陰で日本は食わせてもらっている。もっともこれは大企業が中心なので、95%の労働者は蚊帳の外、5%だけがニコニコしているという、訳の分からないような景気。消費は1%程度しか伸びず、輸出と企業の設備投資で食っている状況です。これがどこまで続くかと考えると、2012年くらいまでで後は、中国で何かが起こるのではないか、というのが今井さんの読み。もう一つは土地の値段が堅調ということ。土地が上がると景気はよくなる。前回はバブル時、ちょうど団塊世代のマイホーム購入と重なり土地の値段が上がったが、今回は団塊ジュニア世代が家を買う時期になってきた。だからしばらくはおかしくならない。竹村さんはここで、BRICsという言葉を流行らせたゴールドマンサックスの有名なエコノミスト(調べましたがどなたか不明)の見方を紹介します。それによると今の好景気は人類の歴史の中で3番目のすごい景気、だそうで、以前の2つは南北戦争後および第二次世界大戦後の景気拡大です。だからここから数年は非常にいいはず。株をやる人はどの銘柄を買ったら儲かるのか、という見方だけでなく大きな経済の流れの中で投資のチャンスを見つけるべき、と竹村さんは続けます。当分の間、中国の好景気は続くと思う。北京オリンピックが終わったらお終い、と言っていたが、最近あまり言われなくなってきた。中国政府も北京後の景気維持策も考えているようなので(天津周辺プロジェクトなど)しばらく続きそう。中国はこれから日本の高度成長の再来となるのではないか。人口が10倍だから成長も10倍続くのではないか、と竹村さんも楽観的。その先は分かりません。どっかで日本のようになるでしょう、と今井さん。だからここに「最後の」という言葉の意味があるのです。中国は面子にかけても発展が続くよう、いろいろ考えている。そしてエリートの数、優秀さはすごい。アメリカで勉強している中国人留学生の数、熱心さは半端じゃない。かつての日本人と同じ。今の日本人は遊学しているようなもので、真面目にやっているのは非常に少ない。完全に抜かれている。日本人同士で固まって人脈も作れていない。日本の将来はお寒い。これも「最後の黄金時代」と題した理由の一つ。これからの若者は頼りにならない。特に男性はダメで、わずかな望みは若い女性。女性の方が熱心に勉強している。こんな女性を活用できる会社が伸びるのではないか、と今井さん。過去5年を見ても、そのような会社の株が平均の倍以上上昇している。働き易く、風通しもいいということでしょう。今井さんも「美女と野次馬」というテレビ番組を持っていて、300回くらい続いているそうです。女性のオーナー社長を応援しようと、女性だけをゲストにやっていますが、40歳で子育てを終えた女性たちがここからが自分の人生、とばかりに頑張っている。男性は60歳まで会社にしがみついているので、再出発ができない。ここ5年くらいは世界の経済は上り坂、ということでしたが、実は心配なこともあるようです。一つはアメリカのサブプライムローン問題、そう簡単には収まらないでしょう、と今井さん。これはあと2,3年掛かるでしょうが、実体経済への影響は限定的だと思います。より心配なのは、アメリカ大統領選挙で民主党のヒラリー・クリントンが勝利することで、そうなると日本はまた苛められるのではないか、ということです。歴代の民主党政権は日本に冷たく、中国にやさしいと語ります。共和党はその逆。ビル・クリントン大統領のとき、さんざんに日本バッシング、パッシングをやられましたが、それより何より、フランクリン・ルーズベルトに仕掛けられた第二次世界大戦が最大の悲劇です。今読んでいる「ウォー・ロード」で知ったルーズベルトのスターリン好き、容共姿勢では日本はどうしようもありませんでした。今回もぜひ、ジュリアーニ共和党候補の大統領就任を祈りたいと思います。(僕は彼の「リーダーシップ」という著書を読んでファンになりました)僕も含め、日本人は苛められた記憶があまりないようですが、クリントン大統領時代は日本からの進出企業は軒並み訴訟に巻き込まれて目の玉が飛び出るようなお金を取られたそうです。それがブッシュになってぴたっと止まったといいます。日本のマスコミの報道の仕方、徹底的な内向き体質も問題を加速しているようです。クリントン時代の口先介入により、為替レートも急速かつ大きな円高になりましたし、半導体産業も無茶な市場開放要求などを受け、没落してしまいました。民主党政権は怖い、ということです。さらに心配なのは日本の政治、と今井さんは続けます。ネジレ現象一つとっても、これによってテロ特措法が潰れてはアメリカとの関係が壊れてしまいます。国際感覚のなさが怖い。経済のいいところはベースで出来上がっているのに、これを壊すのは政治。日本人自身も問題。変な悪平等、官僚支配型民主主義が事態を悪化させる。真面目に一箇所で働いた人と、気に入らないと次々転職を繰り返した人と違っていいじゃないか。格差もあって当然、地方と中央の格差も埋めるといってのバラ播きも心配。そうすると外国人投資家は日本の株を買わなくなる。特にヘッジファンドは日本株を買おうとしない。政治がガタガタしている国の株は買えないということ。経済の開放も十分ではない。いろいろな障害はあるけど、大きな世界の流れとしてはこれからの5年間くらいが大きなチャンスですよ、といえるのですね、と竹村さん。まとめに入ります。昭和30年代、40年代の成長を支えた重厚長大産業が、今度は中国の成長に合わせてもう一度大活躍する。これはそう簡単には収まりません。だからこれから数年、日本の黄金時代は続きます、で今週は終わります。
2007.12.02
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◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○江戸時代の設計者 異能の武将・藤堂高虎(藤田達生)○成功はゴミ箱の中に レイクロック自伝(レイ・クロック)○だから日本人よ、靖国へ行こう(小野田寛郎・中条高徳)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○平時の指揮官、有事の指揮官(佐々淳行) これは佐々さんの危機管理マニュアルのうち、 指揮官=リーダーはいかにあるべきかを数々の実例を引きつつ 解説した本です。 実例には僕がすでに読んでいる佐々さんの著作のうち、「目黒警察署物語」「東大落城」「連合赤軍浅間山荘事件」「我が上司後藤田正晴」「危機の政治学」などから引いて おられます。 平時はどんな人でもソコソコこなせるが、有事になると リーダーの資質、態度によって危機を拡大させるのか、抑える ことができるのか正反対の結果になります。 大失敗のリーダーの例として阪神大震災時の村山首相の 不作為の罪を上げていますが、ここは何度読んでも情けなく なります。 一方で上司であった後藤田正晴氏についてはほぼ全面的に 持ち上げています。やや異論があるところですが。 指揮官のあるべき姿として平時は「アフター・ユウ」、 有事は「フォロー・ミー」の精神だ、とします。 また現場指揮官(中間管理)のあるべき姿に多くのページを 割いています。・叱るより褒めよ・平時は紳士たれ、有事は武人たれ・上司に必要な三つの優位性、精神的優位性、知的優位性、 肉体的優位性・オズオズしていては人は動かせない。大声が必要。・エレベーターには最初に乗って、最後に降りる・汚い上司は嫌われる、部下は上司を見ている。比べている。 誇りに思える上司は欲しい。・やってみせ、やらせてみせて、ほめてやる・先憂後楽。悲観的に計画して楽観的に実行する、根アカの 現場指揮官がいい・悪い報告ほど早くせよ、上層部に真実が伝わらないと より大きな失敗が・現場指揮官には野次馬根性が不可欠。報告は待つものでは なくて取りにいくもの・本部会議と現場会議の違い、時間厳守、上級者の発言は 後回し、小田原評定は最悪、起立会議、発言しやすい 雰囲気つくり、ガス抜きの必要性・不決断は誤った決断より罪が深い・命令の出しっぱなしはダメ。命令の復命、中間報告を要求、 できるだけ文書で・独断専行の勇気も必要、ネルソンのデンマーク攻撃、 命令の聞こえない振り、非常時・士気昂揚こそ、現場指揮官の使命、共通の目的、各自の 役割意識、我々感情○敗者のゲーム(チャールズ・エリス) 投資家にとって伝説的な本、とどこかで読んだ記憶があった ので手に取りました。 充分に発達した現代のマーケット(アメリカ)では参加する ほとんどの機関は同列に優秀なプレーヤーであり、その総和 としてのマーケットに勝ち続けられる特定の個人はまず いない、いかに市場の平均利益率(全ての優秀なプレーヤー たちの結果の総和)から大きく下がらないか、を考えるべき と断言します。 このことを例えて、ゴルフ、テニスのアマチュアはナイス ショットで勝てるのではなくて、ミスをしないことによって 勝てるのだとして、こういうゲームを「敗者のゲーム」と 呼びます。それと同じことがマーケットにも言えるという ことです。 チャールズ・エリスいわく、株式による長期投資が最適。 支出を抑えて貯蓄をし、それを元手に株を買い、日々、月々 の株価上昇、下落に一喜一憂せず、焦った売買をしようと せず、時間を最良のパートナーとして複利の力を信じて 果実を待つのが最高。 結論から言えば、忘れているのが一番なのかもしれません。 面白い言葉がいくつも。・ウォール街で活躍した人物の一人は青年から、生涯を通ずる 成功の秘訣を尋ねられ、短く「損を出すな」と答えた。・偉大なゴルフインストラクターは「次のショットを やりやすくするように打て!」・パットン将軍は「敵側の気の毒な連中が、祖国のために命を 捧げるように戦おう」といった。・なすべきことは長期運用に専念することであり、本来の運用 を見失わせるような、不必要な「興奮」をできるだけ排除する ことなのだ。・市場平均を上回るという「敗者のゲーム」に勝つのはた易い。 プレーに参加しないことである。これが「勝者のゲーム」 である。 このところの急激な株価下落に心が揺れ動いていた僕に とって、タイミングピッタリの本だったかもしれません。 少なくとも心は落ち着きました。 これからは複利を信じて株式配当も再投資に廻すよう、 心を律して(つい、配当は使っていました)頑張って みたいと思います。
2007.12.01
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