2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全7件 (7件中 1-7件目)
1
◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○日本人はなぜ戦後たちまち米国への敵意を失ったか (西尾幹二と路の会)○遥かなるケンブリッジ(藤原正彦)○新脱亜論(渡辺利夫)○秋月悌次郎 老日本の面影(松本健一)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○人生は勉強より「世渡り力」だ!(岡野雅行) 痛くない注射器で日本一有名な職人、岡野雅行さんの本、 楽しく読みました。 この人のユニークなのは、職人は腕だけではダメ、人付き合い というか、世渡りのうまさがないとダメだというところ。 腕が良くても人付き合いが悪いと情報が入らず、結果的に いいものを作るチャンスに恵まれない、いいものを作っても その対価が得られない、と語ります。 また、信頼関係がなにより大事としてその信頼を裏切った 会社に対する厳しい仕返しの手口まで紹介しています。 職人に限らずこれからなにかをしようとする人へのアドバイス、 この言葉が気に入りました。 「わざと大法螺を吹くのもいいねぇ。ちっちゃな法螺はいけないよ。 吹くんならでっかくなくちゃあダメだ。大法螺は相手に渡した 約束手形のようなものなんだよ。 振り出しちまった手形を不渡りにするわけにゃいかない。 ちゃんと決着をつけるまで何が何でも頑張らなくっちゃいけないし、 頑張れるもんなんだよ」○ヒルティ伝(アルフレート・シュトゥッキ) 渡部さんが尊敬してやまないヒルティの人物像、業績、生涯を 知ることができるのではと思って読みましたが、ちょっと違って ヒルティの思想そのものを少しずつ語っていました。 そのなかにはきわめて先見性に富む、今の時代にも通用する考え がたくさんありました。そのいくつかを紹介しました。 ヒルティは社会主義をまったく評価しなかった。社会主義に ついて一番嫌った事柄は、「社会主義はもともと嫉妬の感情を 人間の行動の主要な動機とし、実践活動においても、嫉妬を 信者に教えこむことである。 嫉妬およびこれと密接につながりのある、他人の不幸を喜ぶ感情 とは、食欲とならんで、改善されない、人間本性の最悪のもの である」 教育について 私の考えるところでは、全ての民族は、全ての個人と同じく、 自然がその民族に与えた原型に即して教育されなければ ならない。 そもそも実際的に解釈すれば、普遍的な人間原型とか、 普遍的な人間性というようなものは存在しない。 生まれながらの環境と歴史とから生まれた民族的な原型が あるだけであって、これをそれぞれの民族は、個人を 育て上げる場合と同じように、可能なかぎりの高い完成へと 形づくってゆかなければならないのである。 学校について 当今の学校は我々に何を与え、我々から何を奪うかを 問うてみよう。 学校は我々から楽しい青春と生まれながらの自由の 大きな部分を奪っている。 学校は、我々人間の、子供のような純な信仰と、身体面での 若々しさを奪っている。 学校は我々に、悪い人間や悪い環境に始めて接触させる。 学校はできるかぎり独創性や天才的素質を打ち消そうとする。 学校は我々に後の生活に不必要な、ときには誤ってさえいる たくさんの物事を教える。これらの物事は、我々が学校を出ると すぐに不必要なことだと知れるのである。 したがって学校は我々からしっかりとした真理に対する信頼の 一部を、また自力で勉強を続けようとする自発性を奪うようになる。 その代わりに学校は、我々に必要な実用知識、他の人間や いろいろな階層の人々との、一般的にいって有益な接触を、 また非常に幸運な場合は、専門学科の優れた教師を通じて、 その学問に対する永続的な愛更新を与えてくれるのである。○日本の世紀の読み方(渡部昇一) 渡部昇一さんがバブルの絶頂期、というか崩壊直前の1989年 に出された本ですが、驚くことにここに書かれている内容は 今読んでも頷けることばかりです。 数少ない現代とのずれは、この時点で日本はまだ成長途上の国 である、としたことくらいではないでしょうか。僅か20年後に 少子化の結果、超高齢者社会に陥っているとは流石の渡部さんも 想像できなかったのです。 渡部さん曰く、20世紀は日本の世紀、という見方が出来る。 コロンブスのアメリカ到達以来500年続いた白色人種による 有色人種支配の流れに、20世紀の最初に日露戦争の日本勝利 によってストップが掛かり、20世紀の終わりには植民地が きれいに消えて150以上の独立国が国連に入っている。 これは偉大な歴史的事実だが、他国には他国の見方がある。 でも少なくとも日本人はこのことを、誇りを持って語っても いいのではないか。 どの国の国民も自分たちの国が世界に対して意味あることをした、 と思う自由はあるはずです。 人種差別撤廃も成ってみれば当然のことなので誰もが見逃す、 認識しないことですが、それまではアメリカ自身が南アフリカ 以上のアパルトヘイト国家だったのです。 昭和天皇の凄さ。これについては「裕仁天皇の昭和史」でも 語りましたが、戦争指導者のうち勝者、敗者を含めてただ一人、 戦前、戦中、戦後、変わらぬ地位におられたのです。 これは敗戦後のロシア王家、ドイツ皇帝等々を考えれば差は 歴然としています。 それは天皇が戦前から絶対君主ではなく立憲君主であり、 日本民族の象徴として国民と共にあったからではないでしょうか。 そしてこれこそが日本民族が一体となって戦後の復興を 成し遂げられた最大の理由なのです。 渡部さんはサッチャーの素晴らしさについても語っています。 今でこそサッチャーはイギリスを復活させた名宰相として 評価が定まっていますが、最初は国民に人気もなく、我慢 だけを強いるおばさん、といった人も多かったのです。 しかし渡部さんは世評に惑わされず、サッチャーがハイエクを 師として自由主義の旗手として社会主義と徹底して戦った ことを評価したのです。 もう一つ、二大政党制からの自由、二大政党制に惑わされるな、 というのは現代でも通じる提言です。 今、2008年現在、国会が擬似二大政党体制(衆議院が 自公連合、参議院が民主党主体)によって機能不全に陥って いますが、日本には緩やかな自民党内の二大政党制(派閥間の政権争い)のほうがずっとよく機能するのだ、と しています。20年前に今を予言する素晴らしい言葉です。 税金は金額に関係なく所得の10%が自然。 知恵を使って税金を何とか逃れようとする人より、政治力を 使って不当な補助金を引き出して使っている者のほうが はるかに悪い。 官僚もいわゆる社会的弱者も税金を蝕む意味では同じ、と いうのも真実です。
2008.07.28
コメント(0)
今日のゲストは大峰山千日回峰行の満行者で「人生生涯小僧のこころ」の著者、塩沼亮潤師です。千日回峰については比叡山で2回の千日回峰を行なった酒井大阿闍梨が有名ですが、奈良にも同様の修行があることを初めて知りました。竹村さんも子供の頃、この大峰山に登って崖から身体を半分出して「親孝行をするか」などといわれた思い出があるそうです。多分、これは「西の覗き岩」で行なわれたものではないでしょうか。・西の覗き岩;http://www.tctv.ne.jp/members/tobifudo/newmon/seichi/nozoki.html「大峰山での千日回峰は1300年の歴史の中でも2人しか満行された人はいない、そのくらい厳しいものだそうで、それをやるくらいだからどんな変わり者かと思ったら、にこやかな顔で」と竹村さんらしい言い方で番組が始まりました。「どのような理由で千日回峰をやろうと思ったのですか」塩沼亮潤師は若いとき、テレビで千日回峰のことを知り、憧れのような気持ちから自分もこれを成し遂げたいと思って修行の道に入られたということですが、それが酒井師のことだったということが、「エムズの片割れ」さんのブログにありました。・塩沼亮潤師について書かれたブログ(エムズの片割れ);http://emuzu-2.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_470a.html・「人生生涯小僧のこころ」;http://www.chichi-book.com/book/newbook/1094.html・慈眼寺住職塩沼亮潤師の紹介;http://www.jigenji.net/jyusyoku.html「仏門に入る人もいるし、千日回峰行をやりたいと思う人もいるが、本当にやり遂げる人は1300年で二人しかいない。それをなぜあなたはやったのですか」と竹村さんの質問は続きます。その質問に塩沼さんは直接答えず、千日回峰の説明をされます。「大峰山千日回峰行は奈良の吉野山から大峰山(標高1710m)まで48kmの道のりを年間120数日、毎日通い、これを9年間続けて行を成就するものです。この行はひとたび始めると決してやめることは許されず、やめるときは切腹しなさい、と短刀を持たされるのです」厳しい行の話は続きます。睡眠は4時間半、23時くらいに起きて身を清め出発が0時半、山頂到着が8時半、ここで朝食を摂り、山を降りると15時半くらいだそうです。一日48kmの山道の往復なので初日から足には大きなまめができ、体調はいいか悪いかではなくて、悪いか最悪かという日がずっと続くそうです。そして雨が降ろうが風が吹こうがどんな状況の中でもやめることは許されないのです。塩沼さんは千日回峰行を目的にして出家したので、行を始めるのは比較的早かったようですね。23歳の時に始めて9年間ですから32歳で満行されています。ここは正直言って、60歳で二回目の千日回峰行を成就された酒井師とは少し違うと思いました。すごいことには変わりませんが。ここで竹村さんの体験した「西の覗き」の話が出ました。ここでは「心から散華するか」と問われるそうです。「散華=改心」とは一度死んで生まれ変わる、心から二度と同じ過ちは繰り返しませんという反省だそうです。「修行中は煩悩など断っているのでしょうね」という竹村さんの問いに対して、「千日回峰中は食事、睡眠など生命を維持するのに必要なものは極力断っていますが、その不自由さに価値を置いて修行をしては意味はない。そのなかで中道は何かを考える。心が偏っていてはダメ。一日16時間、大自然の中にいると不思議に感謝の気持ちに満たされていくのです。あれもこれも仏さまのお陰と感じるようになります」と語ります。「修行を終えられて現代の世の中を見ると違ったものの見方になるのではないですか」「修行は厳しいもの、命がけで行ずるものですが、それを現代の社会に強要したところで何の価値もない。行の中で自分たちが得たもの、感謝の気持ち、散華の気持ちを里の皆さんに分かり易くお伝えして、少しでもわがままな気持ちをなくして豊かな方向に行ってもらえれば、と考えています」ほかにもいろいろなことを語られましたが、年のせいでしょうか、正直言ってまだまだ修行中という若々しさを感じました。苦難にあってもそれを自分の人生と受け止める。すべてが思い通りに行くわけではない。うまく行かない時もそれで満足を考える。やりたいと思ったことの半分しかできなくてもその50点で満足すべき。もう50点欲しい、と思った瞬間不幸が始まる。今日はこれで幸せ、0点よりいい、と考えることが大事。千日回峰行中、マムシ、イノシシ、熊と遭遇されたことや落石のお話もいただきました。仏さまのお守りで数々の危険も切り抜けてこられたそうです。神さま、仏さまに守られているという気持ちが大切、と竹村さん。それでも世の中には腹の立つことばかりですが、とアシスタントさん。もしかすると私たちの人生の悩みというのは人間関係が一番ではないか。そのときは相手を変えようと思わず、自分が変わればいい。都会のジャングルの中にいても目を閉じて耳を澄まして心を無にすれば自分のいるところが既に大自然、地球の上にいることには変わらない。皆さんに幸せになっていただきたい。心一つなんですね。世界は変わるのですね、というアシスタントの女性の言葉で終わりです。
2008.07.27
コメント(0)
3連休でしたが、毎朝、息子が部活に遊びに早起きで、ちっともゆっくり出来ませんでした。女房は。僕は比較的のんびりで溜まっていたビデオを見たり、読書をしたり。毎週録画してみている「ヒーローズ」と「ホワイトハウス」が相変わらず面白い。ただヒーローズのほうはまだどんどん新しい能力者が登場していて、いまだに紹介編、という感じ。黒澤明の「醜聞(スキャンダル)」も見ました。三船敏郎が理想的な男を恥ずかしがることなく堂々と演じて見事。クリスマスの2シーンで歌われる「きよしこの夜」と「蛍の光」には感動しました。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○人生は勉強より「世渡り力」だ!(岡野雅行)○ヒルティ伝(アルフレート・シュトゥッキ)○日本と中国は理解しあえない(日下公人・石平)○日本の世紀の読み方(渡部昇一)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○嫌韓流3(山野車輪) 当時ブームであった韓流に敢然と反旗を翻し?真の日韓交流の ために相手を正しく見つめる大切さと事実を訴えてきた「嫌韓流」も3作目となり、多くの役割を果たしてきたと思います。 日本人が韓国人を知るようになったのは素晴しいことですが、 それでも黙っている日本人に対して開き直ったように無理無体 を重ねる韓国人。 どこかでぶち切れるまで続くしかないのか、と諦め気味 の日々。 渡部さんのいう偉大なるパラドックスが起こるのを待つしか ないのでしょうか。○裕仁天皇の昭和史(山本七平) 山本七平さんの昭和天皇論。多くの新しい視点と情報で天皇と 日本の歴史を考えさせてくれました。 昭和天皇は徹底的な立憲君主として育てられたそうです。 それは倫理担当教師、杉浦重剛の教育の賜物。「国家の興廃は 道徳にあり」という信念を持つ杉浦は道徳至上主義者。 ビクトリア朝のイギリスに留学し、一番いいところを学んだ人 でした。大学教授も務まる実力を持ちながらも、自分の信念の もと、一介の中学教師であり続けた杉浦重剛を採用した 浜尾新(東宮太夫)、山川健次郎(東大総長)の見識の高さと 私心のなさ。 ただただ日本のことを考え、皇室のこと考えて将来天皇に なる方の師を選ばれたのです。 昭和天皇は明治憲法を絶対と考えて、天皇はその憲法の下に 存在する、憲法の下で初めて機能するものとして自分の行動を 規定していたのです。 つまり、天皇自身が天皇機関説、もっと正確に言うと 天皇象徴説の信奉者でした。 杉浦は天皇神話を否定するでもなく、盲従するでもなく、 合理的に教育されたそうです。彼の教えでは三種の神器は「知・仁・勇」また、「知・情・意」の象徴であったのです。「現人神」は「現人象徴」、日本民族を代表して神を祭るのが 天皇の役目であり、その限りにおいて天皇が神であるわけは ないと天皇ご自身が一番分かっていた、と語ります。 天皇が明治憲法を破って自分で決断し、のちのちまで後悔の 気持ちを持っていたのが、2.26事件の処置と終戦のご聖断。 どちらも政府が機能せず、天皇自身が決断をくださざるを えなかったのですが、それすら憲法に反する行いだった、と 悩んだそうです。 天皇が世界の指導者のうちただ一人、戦前、戦中、戦後も 君臨できたのは、天皇が戦争に反対し、戦争を停めた本人で あることを国民が皆知っていたから。 だから終戦直後の全国行幸はほとんど警護のない中、何の 混乱もなく大成功に終わったのです。 保守派の中にも昭和天皇はなぜ、敗戦直後に退位しなかったか、 という議論があるそうですが、そのときの日本は占領下にあり、 日本国全体が捕虜になっているような状態で、天皇も自分の 進退も含めて勝手には何もできなかったから、と説きます。 また、マッカーサーは日本全体を捕虜にしたわけだから 日本人を食わせる義務があった、という論も面白かったです。 ここで日本に大量の餓死者を出すと、これは日本を非難した バターン半島と同じ虐待をアメリカが行なうことになる。 アメリカの食糧事情が苦しくないにもかかわらず、そんな ことをしてはとても戦犯を問えなくなると判断して アメリカは援助を行なったのです。 天皇がマッカーサーの前で「責任は全部自分がとる」と いったのは有名です。世界各国の君主は違います。 ドイツもイタリアも君主は逃亡し、ロマノフ王朝は全滅です。 日本では天皇に「You may hang me」とまで言われて マッカーサーには何もできません。 天皇は明治維新から三代目、守成の名君として育てられ、 きわどいところで見事にその役割を演じきったのです。 これについて、憲政の神様、尾崎行雄(愕堂)の三代目 演説の見事さ。彼は天皇が危ういのではなくて、国民こそ 浮かれた苦労知らずの三代目といったのです。 残念ながら日本はその警告の通り、まさしくその通り、 唐様で書く三代目になってしまいました。 今の日本は四代目、五代目、六代目。どんなことになる のでしょうか。 美濃部達吉、津田左右吉の天皇制度の説明も素晴らしいと 思います。天皇機関説に戦前も戦後もぶれはありません。 これらを何度も何度も掲載することで余計な議論は不要です。 津田「象徴という言葉は、法律用語としては、今度の憲法に 初めて現れたものではありますが、実際は昔から象徴で あられた。…… 憲法についてはいろいろな意見もありましょう。完全無欠な ものではないかもしれません。しかし皇室を国家および 国民統合の象徴として規定してあることは、歴史的に 形づくられてきた日本の天皇の地位と性質を最もよく 示したものとして、私は感服しているものであります……」 美濃部「すべて国家には国民の国家的団結心を構成する中心(国民統合の象徴)がなければならず、しかして我が国に おいては、有史以来、常に万世一系の天応が国民団結の 中心に御在(いま)しまし、それに依って始めて国家の統一 が保たれているからである」 ○わたしの失敗(産経新聞) 42人の有名人、タレント、芸術家などの失敗談です。 誰もが怪我、異性問題、お金などで失敗を重ねつつ、 大きく成長していることに驚きます。 逆に失敗のない人にブレイクスルーはないのではないか、と 平穏無事に生きてきた自分は反省をこめて実感します。 若いときにチャレンジして失敗しないかぎり成功はない、 のではないかと。・川渕三郎;サッカーに熱中し会社人としては必ずしも 成功しなかったことが、日本サッカー起死回生の挑戦を促し、 Jリーグという成功をもたらした。・黒川紀章;設計の依頼が一つも来ない中で「つもり」設計 の日々。でもこの水面下の水かき運動が後の成功のもとに なるのです。そしてコンペ挑戦の日々。 受け入れられない提言の数々。 それは設計の仕事だけに留まらないのです。世間が注目する 遥か前に、国際的コンテナ港湾の整備、情報化社会の到来、 共生社会を訴えています。 9.11テロ犠牲者の父親の話も素晴らしい。アメリカ政府から 補償金が出たが、それでアフガニスタンにボランティアたち の宿泊施設を作りたいと黒川さんに依頼されたそうです。 当然、黒川さんは設計料は受け取りませんでした。 さまざまな活動、発言からドイツでは建築家というより、 哲学者とみなされたそうです。 立候補したときは冗談かと思いましたが、石原慎太郎より よほど都知事になる資格があったのかもしれません。・藤岡弘;アクション俳優を目指すなか、仮面ライダーとして せっかくつかんだチャンスを失わないために怪我の リハビリ中に復活して、足に鉄棒が入ったまま決死の演技。 そんな苦労があったとはまるで知りませんでした。
2008.07.21
コメント(0)
今週のゲストは小泉政権下で竹中平蔵大臣のブレーンとして活躍した元内閣参事官の高橋洋一さん、現在は東洋大学教授をされており、新著「霞ヶ関埋蔵金男が明かすお国の経済」の宣伝も兼ねて登場です。・高橋さんの埋蔵金発言を解説したブログ;http://mojimojisk.cocolog-nifty.com/miz/2007/12/by_4d95.html・霞ヶ関埋蔵金男が明かす「お国の経済」;http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032071937&Action_id=121&Sza_id=A0&Rec_id=1008&Rec_lg=100807その前に先週のゲスト、広淵升彦さんについても一言。先週は法事で下関に帰る予定だったので番組は予約しました。それを戻ってきて月曜日に聴いて面白ければアップしようと思っていましたが……。最初に「テレビ朝日ニューヨーク、ロンドン両支局の初代支局長」と紹介されたところで期待半減、そしてソ連時代のスパイ活動に関するつまらないジョークに引きました。そんな僕の心を知ってか知らずか、キッシンジャー博士の話を竹村さんが始めたところでMDがストップ、どうやら録音にミスがあったようでそれ以上聴くことができませんでした。さて今日のゲスト高橋さんは、一時期マスコミで話題になった(最近は下火であまり聞きませんが)埋蔵金問題の火付け役ということで、竹村さんもその本質を正します。「マスコミや国民に関心を持たせるには言葉も大切ですね」「ええ。この埋蔵金ですが、財務省が隠したと言われますが本当は全然隠していない、予算書という公式な書類にちゃんと載っているのです。ただこれは1000ページもある数字が羅列された書類で、マスコミも政治家も読んでいないのです。でも数字ですからごまかしがなくて読める人が読めば全部分かってしまうのです。実は4年前に経済財政諮問会議にもこの数字は出しているのですが、埋蔵金という名前がなかったので注目を集めませんでした」「埋蔵金議論が出てくる背景に国はGNPを上回る借金を抱えているので税金を上げなければどうしようもない、いやその前に手持ちのお金でまだ何とかなるはずだ、というのがあるが、日本政府は確かに借金も多いが、資産も持っているのではないか」と竹村さん。「負債の定義がいくつかあるが、政府のバランスシート(これも高橋さんたちが作り始めたそうです)でみると負債は800兆円、資産が500兆円で差額300兆円はGDPからすると決して大きすぎるものではない。ただ上昇しつつあるのは要注意」「この資産をうまく売れれば財政も楽になるのだろうが、安く売るとまた問題か」「少々安く売っても国が持っているよりまだまし。民間で活用して利益が出れば売却額にプラスして税金が入るのです」と高橋さんは徹底的な民営化論者のようです。厚生労働省が年金財源で作って多額の損失を出し、二束三文で売り払ったグリーンピアなどもうまく運用してもらえれば得、と語ります。でも現実には立地条件に恵まれないところが多く苦しい様子。高橋さんはどうやら「損切り」の考えのようですが、国民からすれば自分たちの年金をつぎ込んで作った資産を安く第三者に売る、それは一時的とはいえ、国民に損をさせて第三者(と官僚)を儲けさせているという不公平感だと思います。金融、資本の論理だけで割り切れない感情論、複雑なものです。比較的理解が得られやすい案件としては都内の公務員宿舎を売却して高層ビルを建て、土地の利用効率を上げて利益を出すものがありそうです。これらのメリット計算をきちんとして公表したらいいのでは、と竹村さん。「既に試算はできているのだが、やはり官僚たちに不利になることなので進まない。日本政府の資産500兆円はGDP比率としては世界でもきわめて高いもの。日本は負債も世界一だが資産も世界一。この資産の中でも不動産は100兆円くらいで、流動性の高い金融資産、特殊法人への貸付金が年金を筆頭に多い。無駄な特殊法人を整理することでこれらの貸付金を回収できればメリットは大きい。例えばUR(昔の住宅公団)は終戦直後の住宅需要に民間だけでは応えきれない時期には非常に有効だったが、現代では民間と競合して無駄が発生している。政府が住宅政策をするというなら特殊法人は廃止して直接、個人に補助を与えればいい」どうやら高橋さんは徹底的な民活論者、それであとで出ますが、竹村さんの国家ファンドにはやや否定的です。「政府にはまだ金はあるんだ」と竹村さん。「そんな時に増税をやると政府は潰れる、それよりやることはもっと他にあるんじゃないか」「短期的にはこれで増税は避けられるだろうが、長期的には増税も必要。でもそれには納得してもらえる手順が必要。しかし、もし私たちが提案する手法がうまく行けば増税は不要になるかも」と高橋さん。住宅公団の民営化だけで数兆円はバランスシートが改善できるそうです。ここで竹村さんが「国家ファンド」の話を切り出します。国会議員の中でも認識が深まっているが、これはどうか?と問います。高橋さんは国家ファンド=ソブリンウェルスファンドと言い直してから話を始めます。・ソブリンウェルスファンド;http://www.ifinance.ne.jp/glossary/swf/swf016.html「じつはそういうものは既にやっている。そのうち一番大きいのが年金で、150兆円も徴収している保険料の一部を政府は運用しているのです。国民からみると、お上に預けて運用してもらっているようなもの。政府はさらにこの資金をGPIF(正式名称は高橋さんすら言えません。それだけコロコロ名前が変わっているとか。昔の年金福祉事業団だそうです)に預けている。のです。しかしGPIF自身も特殊法人なので自分で運用する能力はなく、丸投げで民間業者に頼んでいるのだそうです。だから高橋さんの考えは、GPIFに頼むのではなくて国民が直接民間の金融機関に預けるべきだ、というものです。こうなるともう個人年金です。自民党の国家ファンド案はGPIFをさらに肥大化させる方向。そうではなくて、国民が直接やるのが一番。この考えは竹村さんとは全く逆で、以前この番組に登場した山崎元さん(H20.1.13登場)と同じ考えですね。でも言い方がうまいので竹村さんとは前回のような一方的な発現にはなりませんでした。埋蔵金の話から年金の個人運用に話に移り、最後に竹村さんはガソリン税の混乱を取り上げます。ヨーロッパでは日本よりも高いそうだが、と竹村さん。経済学の原理に従うとガソリン税は高くする必要がある。それはなぜかというと、ガソリンを使う(燃やす)と排ガスという人に迷惑になるものが発生する。この迷惑を低減させるために何らかの対策が必要でその財源として税金は有効。100年以上前に確立した理論。アメリカのみ、国が広いので受け入れられていないが恥ずかしいこと。ゴア元副大統領もそこをアメリカ国民に知らしめたかった。やや尻切れトンボですが、ちょうどここで時間が来ました。ではまた。
2008.07.20
コメント(0)
このところ忙しかったのと、先週末、法事で帰省したことですっかり読書日記も遅れてしまいました。ここに書いてあるものはほとんど2週間前のもので少し印象も薄れ始めており、乱読に反省も。でも天下の養老先生も同じことを言っていましたからよしとしましょう。◇僕が少し前読んでいたのは、下記の通りです。○嫌韓流3(山野車輪)○日本の世紀の読み方(渡部昇一)○わたしの失敗(産経新聞)○裕仁天皇の昭和史(山本七平)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○「高級な日本人」の生き方(松本健一) 何となく読み始めた松本健一さんですが、全面的な日本万歳で ないなかで静かに日本を評価している姿勢が気に入っています。 この本でまた多くの素晴らしい日本人を知ることができました。 秋月悌次郎は明治に生きた古武士、というか渋い元会津藩士、 教師として市井に生きながらハッとする輝きを見せてくれます。 もっとこの人のことが知りたくなってあとで同じく松本さんの「秋月悌次郎 老日本の面影」まで読んでしまいました。 小林虎次郎も小泉さんの米百表で有名になりましたが、その前に 松本さんがこれらの人をきちんと評価しているということが 素晴らしいです。 後藤新平についてはすでに評伝を読んでいますが、後藤の 一所懸命(その場で全力を尽くす)、国を支える心(私心でなく) という生き方は何度でも勉強になります。 雄弁家中野正剛のアジア主義と粛軍、反軍演説の斉藤隆夫。 地元のためには働かず、国のために働く。国民に眠っては いけないと訴える。 このような政治家も日本人は選ぶことが出来るのです。 それにしてもここで改めて知る近衛文麿のひどさ、プチ左翼的、 責任を途中で投げ出してしまうことなど細川護煕と全く同じ血 だと思いました。 日本の石油王石坂周造は国を富ますために権利を一人占めに せず。これだけで感心してしまいました。○アニメが世界をつなぐ(鈴木伸一) たまたま新聞の書評で見た本が図書館に行ったら新刊で入って いたので手に取りました。創成期の日本アニメの記録として、 また「ラーメンの小池さん」の素顔が知りたい、と思って読み始め とても面白かったのですが、それ以外に意外な僕との共通点を 知りました。 何と鈴木さんは終戦後、中学校から成人するくらいまで僕の故郷、 下関の長府に住んでいて、長府中学の第一期生、僕の大先輩 だったのです。 長府から路面電車で下関まで仕事に通ったとか、長府の映画館で ディズニーの白雪姫を40回も見たという話を読んで本当に 懐かしかったです。 その市電はもちろん今は無いし、長府OSもはるか昔に消えて しまいました。それにしても鈴木さん一家が住んだ会社の寮とは 神戸製鋼の寮に違いないでしょう。 なぜなら子供時代に住んだ満州でも、父親が神戸製鋼の 現地会社に勤めていたからです。 そう考えると昭和30年ごろ、僕の両親は満珠寮で鈴木さんと 同じ時期、住んでいたのかもしれません。 アニメの歴史のなかでは、僕が子供の頃好きだったアニメ「レインボー戦隊ロビン」も鈴木さんたちが作ったと知り、 懐かしく思い出しました。○パスカル 瞑想録に学ぶ生き方の研究(渡部昇一) この本は渡部昇一さんの本の中でも相当に面白い部類、手元に おいて、何度も読み返してみたい本です。 余計なことは書かずに、気に入った言葉だけ書き留めます。 人間は「無限に比すれば虚無、虚無に比すれば一切、無と一切の中間物」 人間は自分の卑近さを知っていることで偉大である。 神は隠れている。神は自分を求めるものに対しては、密かに 姿をあらわしてみせる。しかしすべての人にわかるようには 現れない。 全く現れなければ神様を信じる人は誰もいないわけだし、逆に、 はっきり現れてしまったら信じるのが当たり前になってしまう。 ある人の前には現れ、ある人の前には現れない。 それが神だというのである。 信仰は互いに矛盾しているように見える多くの心理を包含する。 キリストは神であり人でもある、など。 思考は人間の偉大さを形成する。 人間は考える葦である 習慣は第二の天性であり、第一の天性を破壊する。 習慣は習慣であると言う理由で従うべきである。 もし神があるとするならば、神は無限に不可解なものである。「神は有るか、または無いか」を言明しよう。だが、我々は いずれの側に傾くであろうか。 理性はここでは何事も決することは出来ない。一つの賭けが 行なわれており、表が出るか、裏が出るかになっているのだ。 どっちに君は賭けるのだ。 渡部さんはここで神の実在に賭け、入信されたようです。 神がいつも現れないことを怨むのではなくて、時々姿を現す ことに感謝すべき。 神はある人たちに存在を信じさせる程度に奇跡を現すが、 誰にも明らかなほどではない。神は疑られているときに現れる。
2008.07.18
コメント(0)
いよいよ洞爺湖サミットが始まりました。安倍さんに首相として出てもらいたかったなあ、とつくづく思います。それにしても今回紹介する「常温核融合」研究の日本におけるリーダーの一人が北大の水野先生です。この研究が実現したらCO2問題なんてなくなります。どうせ合意できない会議をやるくらいなら、首脳全員、水野先生の研究室を訪れて、奇跡のエネルギーに少しは目を向けるべきです。◇僕がこの頃読んでいるのは、下記の通りです。○日本の世紀の読み方(渡部昇一)○「高級な日本人」の生き方(松本健一)○わたしの失敗(産経新聞)○アニメが世界をつなぐ(鈴木伸一)○裕仁天皇の昭和史(山本七平)○パスカル 瞑想録に学ぶ生き方の研究(渡部昇一)◇これまでに読んだ本の感想は以下の通り。○新交際考(木村治美) はるか昔読んだ「黄昏のロンドンから」の著者木村治美さんの 本を久し振りに読みました。「新」とありますが、この本も昭和54年に出された本です。 本当に大昔、でも今も通用する部分がたくさんあります。 とくに日本については。 日本人にわかりにくい、日本語に訳しにくい「プライバシー」 という言葉。これほどプライバシーを大切にする西洋人が 平気で子供をベビーシッターに預けるという不思議。 家の中を全部知られてしまうのを気にしない不思議。 これを木村さんは「プライバシー」とは心の問題と 読み解きました。外側の問題ではなく魂の問題である、と。 家の中を見せないとか隠すという意味ではなく、精神の自由 を守るというもの、他人に触れさせたくないのは心の問題 かもしれません。 イクスキューズミー、ソーリーとサンキューの使い分け。「失礼」と「すみません」と「ありがとう」。これは今でも 日本人には難しい感じ。 子供の躾を厳しくしているのは、怖い他人に囲まれている中で 子供を守るため。人から襲われないようにするため、と いうのはなるほど。 その証拠に子供が迷惑をかけても親が代わって謝るのでは なくて、その場で子供を叱っていた、と言います。 日本でも最近は「このおじちゃんが怒るから電車の中では 騒がないようにしようね」という母親もいるとか。 日本もかつてのイギリス並みになってきました。「物」に対する考え、感情が違うというのも分かります。 日本人はワーズワースの使っていた椅子、と知ると敬意を 示すが、外国人は気にしない、とか。「物にも心がこもる」と考える日本人の優しさ。 個人の意思を問う場合、しばしばイエス・ノーが逆というのは 知られていますが、そのとき首の振り方まで変えなければ ならない、というのは初めて知りました。 ノーといいながら頷いていると相手は混乱するそうです。 イギリスでは銀行の自動引き落としはあまり行なわれず(30年前の話)、毎回支払っている。給食のお金も毎日子供が 学校にもって行き、払っていたとか。 そうすれば給食費不払い問題もなくなるのではないか、 などと思いました。 この本はサッチャーがちょうど首相になった頃です。 木村さんも最初は結構否定的に書いていましたが、それは 当時の日本で、ただ女性首相というだけでもろ手を挙げて 讃えるマスコミ、革新系の女性代議士などを批判するため だったようです。 サッチャーはイギリスでも嫌われているが、それはイギリス の男性以上にやるべきことを言うから。福祉を削ることを 堂々とやるから。 木村さんもこのあとサッチャーが有数の名宰相になるとは 予想していなかったようですが、渡部さんはきちんと評価 していましたね。 当時のイギリスの衰退を豊かさの故ととらえ、ゆとりを 日本も持つべきという思想は、今思えば大いなる誤解だった のですね。 ヨーロッパには見知らぬ人も一緒に集う広場があり、日本 には向こう三軒両隣的な範囲の連帯感があるだけ。 日本の福祉とは近所の誰かが、結婚するとき、病気になった とき、死んだとき、みんなで駆けつけること。 お餞別を持って、お祝いを持って、お見舞いを持って、 お香典をもって。当時はそう考えていたのです。 でも今の日本は福祉も何もかもお国任せで連帯感は消えて しまいました。変形した、醜悪な西欧型福祉の異形の息子 があるばかり。 イギリスの税負担の重さ、それに見合うものを得ようとして 図書館を利用する人々の話も出ます。 ここも今の日本の姿です。(僕字自身の姿です) 日本は30年前のイギリスそのもの。ということは、これから 日本にサッチャーさんが出れば大爆発が起こるかもしれない、 とかすかに期待しました。 ○常温核融合(水野忠夫)「常温核融合」、このニュースを初めて知ったときは本当に 驚きました。ものすごい歴史の瞬間を体験したのかとも 思いましたがそのあとは尻すぼみで、本当に一時のフィーバー、 世紀のペテンなどと思って忘れていた「常温核融合」が しっかり日本の各地で研究されていたのです。 そして確かな進展とともに、いまや再現可能なものに なっています。 これは僕の読んでいるブログ、草莽崛起(そうもうくっき)の 中で常温核融合の公開実験が見事に成功した、というのを みていろいろ調べて改めて認識したことです。 そこから読んだのが水野忠夫著「常温核融合」です。 このなかでいかに世界中の科学者たちが常温核融合の夢を 現実に掴み取っていったか、しかもそのなかで多くの実績を 日本の科学者があげているかを知り、感動しました。 特に、ほとんど地方の傍流と言えるような科学者たちが 恵まれない環境の中、偏見や妨害とも戦いつつコツコツ研究を 進めている姿は感動的。 アメリカが国策、ビジネスとして資金を投入されて進めて いるのと違う日本のすすめ方もいつものことです。 そうした中でこの常温核融合の再現性が悪いというところ からいろいろ考えました。 研究としてはこの再現性の悪さを一つ一つ実験で潰して 再現性をあげているのですが、それでもうまく行く場合と 行かない場合があることが、ちょうど同時期に読んでいた 渡部昇一さんの「パスカル瞑想録に学ぶ人生の生き方」の なかの宗教、神のあり方と似ているように思えました。 ここでパスカルはいつも神の奇跡、存在証明がなされるので あれば宗教でもなんでもない。ときどき実在を証明する ような奇跡が起ることにこそ意味があるとしています。 これによって信じるものと信じないもの、幸福と不幸が 別れるとします。 まさに常温核融合はこの信じるものにだけ、時々現れる神の 領域の事象だった、というのが僕のショートショートの アイデア。 常温核融合の存在は遂に証明された。しかし同時にこれが 不確定理論のように、また神の恩寵のようにいつも起ること ではないということも同時に証明されてしまったとする。 人々は大規模な常温核融合発電設備や核変換リアクターを 設置して、そこに神の恩寵がもたらされるのをひたすら 待つようになる。 この確率の低い設備でも、ひとたび神の降臨があれば 1年分のエネルギー、大量の金がもたらされるのである。 そしてこの理論に基づき、世界中に国家、企業、個人を 問わず、大規模、小規模、超ミニサイズを問わず、核融合 設備が出来上がる。 人々は身を清め、我こそは神を敬虔に信じるものとして ひたすらパワーの降臨をまつことになる。 世界はまるで「守株」のような様相を呈す。「守核」と いったほうがいいか。 毎日のニュースはどこに神の恩寵が下りた、ということ から始まるようになる。 それはさておき、何とか通常の高温核融合に費やされて いる費用の何分の一かが常温核融合の研究に廻って、 僕の生きているうちにエネルギー問題が解消しないかな、 そんな風に願って日本の科学者たちにエールを送りたい と思います。
2008.07.07
コメント(0)
今週のゲストは前駐仏大使の平林博さん、新著「フランスに学ぶ国家ブランド」の紹介を兼ねての登場です。先週の山本寛斎さんの番組でも言及されましたので近々登場されると思っていましたが、翌週でした。また昨日の産経新聞「書評倶楽部」に森英恵さんの紹介でこの本が登場していたのも偶然です。「フランスの『輝く国』のイメージは、フランス人が、文化の重要性、特に文化が『国のかたち』をつくることをよく理解し、意図して努力してきた結果である」のに対して日本は「素晴らしい都市の景観を台無しにし、経済を優先して大切なものを破壊してきた」と指摘しています。このような差ができた理由として日仏政府の熱意の差、国家予算に占める文化予算の比率の差をいい、防衛省はあっても文化省がない、と嘆いています。“絵になる日本”づくりへの提言がさすがに頼もしいと感じたそうですが、これは本を読んでみないと分かりません。さて番組ですが、竹村さんの「国家ブランドという言葉、もっと流行ってもいいと思うけど」の言葉で始まりました。竹村さんが最近宣伝しているのは「国家ファンド」ですが、つい先日、日本の年金資金投資がこの1年で5兆円以上の評価損を出している、というニュースもあって改めて国家としての商業活動の難しさを認識したところです。特に日本の場合、国家が出てくるとすべてが硬直化してしまう気がします。「国家ブランド」でそういうことがなければいいのですが。「日本のブランドを確立するために外交官たちが大使や公使で行っているときに現地でどんなことをやっているのか、皆さんに聞いてもらおうと思う」と竹村さんは続けます。これに対して、平林さんは昔から「日本の国のかたち」というものを考えていたそうで、外国にいると日本がよりよく見える。そうした日本を世界に発信する、というのが自分の外交官時代の一番大きな課題だった、と語ります。今回、本を出すに当って「国のかたち」というニュートラルな言葉をもっと能動的なイメージにするために「国家ブランド」という言葉を編集者と考えたとか。このようなことを平気で喋るあたりがお上の感覚、というか高級官僚出身だなあ、と思いました。外国に勤めている外交官はそれぞれの国のことが一番わかり、日本と現地の関係を心配している人間で、一番、発信する知識、経験、ノウハウを持っている、と自画自賛。そうであれば改めていまさら「国家ブランド、日本ブランド」などと言い出す必要なないでしょうに。すみません、どうも官僚の話は素直には聞けません。実績がすべてを示しています。自分の受け取り方はさておき、平林さん曰く、現代は首脳外交の時代、首脳が発信する時代だと思っており、その尖兵として外交官の働く余地が昔以上に大きいと語ります。ここで国家ブランドに戻って、フランスはこの国家ブランドつくりに成功していると語り、竹村さんも「国力の割りに存在感が大きい」と同意します。これはフランスが国の「栄光」や「威信」に重きを置いていて、国内で国歌や国旗と触れ合わない日はないから、だと解説します。子供の頃から国旗や国歌に身体をなじませる教育をしているのがアメリカやフランスでこれが普通の国、日本ではまず考えられない。フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」も国家のために戦え、という内容で、それを子供に歌わせている。多くの国歌は「国のために銃を取れ」と歌う戦いの歌。世界平和や友愛とは別次元の考えだが、実際のところ、国歌は内容ではない。歌わせて国家の大切さ、威信を身に浸み込ませるのが大事。日本でこんなことをやれば戦前に戻るのか!などと大事になるが、考えてみると日本の「君が代」のほうが非常におとなしくて、「日本の行く末がいつまでも平和にありますように」と内容的には現代にあっています。もう一つフランスの優れているのは外交力で、アメリカにもロシアにも中国にも言うべきことはいう、と平林さん。独立自主の外交力の裏に理念があるのが大事。サルコジ大統領も「改革をやろう」と言うと共に「商益のために人権を犠牲にしない!」とはっきり言っています。中国には物は売りたいが、人権を守るように言うのもためらわない。大統領の軸がぶれていない、と大変な持ち上げよう。日本人はどうしてこうなるのでしょうか。竹村さんが話を戻して「フランスは言うべき時には言うが一方、普段から国家のことを考えてやっている。その結果、フランスという国のブランドが世界中に分かってもらっている。日本はなかなかそのようなことをやっていないが」陰徳、沈黙は金、聞き上手というような言葉は大事だが、国際社会ではなかなか通用しない。国を背負っている人は国民のために発信し、主張していかないといけない。その裏には基本的な信念、外交をバックアップする力が必要で、その中でも一番大きいのが文化だと思う、と平林さん。世界に何を発信する場合もフランスは最初に発言するイメージがあり、日本は一番最後について行くという感じ、と竹村さん。ここで中間です。後半は「国際会議では日本人の代表にいかに喋らせるか、とインド人にいかに喋らせないかが重要と言われている」という平林さんのジョーク?で始まりました。まあこれはよく言われている話ですね。さて平林さんご自身、いかがだったのでしょうか。またそれだけ喋るインドが国際社会で尊敬され、国民も幸せな国になっているか、を考えた時、発信力の重要性にも割り引く必要を感じます。平林さんも「一番大事なのはソフトパワー、文化の力だと思います」と語ります。伝統的な文化から最近のコンテンツ、マンガやポップミュージックに到るまで日本の文化力はすごい。しかしこれを政府として発信する予算も人もいない。民間でやっている状態。フランスの文化予算の1/10である、と官僚はすぐ予算の話にいきます。正直言ってそうだからうまくいっている、徐々に広まっているのではないでしょうか。国家が乗り出し、援助を与えると言い出した瞬間、すべてが官僚的になり、自由な発想、才能は消え去るのではと心配します。日本では政府が援助したものから順に悪くなっている、そんな気がします。ここでまた首脳の発信力に話が戻ります。世界中の首脳も国民も首脳の姿を見ているので今回の洞爺湖サミットも含め、日本も首脳がしっかり発言していただきたい、と平林さん。洞爺湖サミットでは日本が議長なのだから発信するいい機会になったら、と思うのだがと竹村さん。しかしこれまで報道されるところでは、北方領土の話もしないし、北朝鮮拉致の話もしない、などすべてを放り出している感のある福田さん、環境問題で日本はこれだけの支出をしますとご報告するだけの自虐的首相を演じるつもりなのでしょうか。次期首相候補と目される麻生さんは比較的外に向かって言うタイプ、日本は世界第二の経済大国なのだからもう少し前に出てもでしゃばっているとは思われないでしょうね。最近の首相で飛びぬけて発信能力があったのは小泉さん。日本では少し飛び跳ねていると見られていたが、外国では普通。「改革の小泉」として肯定的に評価されていた、と平林さん。大統領になる前のサルコジさんに「あなたは改革をやるというのならフランスの小泉になりなさい」と言ったとか。ホンマかいな?と思いますが。歴代首相では中曽根さんが出色だった、と思う。日本では出しゃばりのように思われたかもしれないが、国際的には普通。小泉さんの場合も改革の小泉という評価が海外で定着していたので小泉さんとのツーショットを取りたいという首脳がたくさんいた、と語ります。小泉さんのパフォーマンスを国民にも理解してもらいたい。ふざけすぎと思ったかもしれないが、もっと重要なメッセージが外国に伝わったと思う。本当に国内の感覚とは違いますね。もっともオバサンの間では同じノリの人気でしたから、国際社会の感覚はオバサンに学べ、というところかもしれません。最近の国のブランドづくりで大切な3つの側面がある、と平林さん、まとめに入ります。それは環境問題の重視(ちょっとした不自由を我慢する)、景観の保護(町並みの保護、美化)そしてインフラ作り(空港の整備、東京環状線の建設など)。こうしたものには少なからず犠牲が伴います。そこで個人の権利と公共の大きな利益との調和が必要になります。しかし戦後の日本では個人の権利が強すぎて結局、本人も含めみんなが不自由をしている状況。みんなで街づくり、インフラ作り、いい環境を作るということが日本という国の国家ブランドを高めるということ。自然には絶対に出来ない。みんなが意識しなければ出来ないのです。全体的には官僚の発想が鼻につく感じはありましたが、最後の提言は僕も大いに賛同します。盛り上がって今週も終了です。
2008.07.06
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1


