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さて次は昨夜は友達と、パジェントのリハーサルをお弁当持ちで見に行ってきました。4日間のリハーサルには、ボランティアーとして出演している人の家族がお弁当やら、ワインやら持って見に来ます。さしずめ、相撲の桟敷で幕の内をたべたりするような物です。今朝は7時おきで、フェスティバルのブースに絵をとりつけに行きました。グレッグはもう一つのショーが終わったので、作品をはずしに行ったので、全部私一人でやったわけです。裏側のブースから日本語が聞こえてきたので覗いてみたら、また、日本人が参加しています。これで、日本からの日本人のアーチストは三人になりました。これって、凄いですよ。帰りに、ショピングをして、客間の最後の掃除メークベッドを終わらせ、来客を待つのみです。少し、休みます。さて次ぎは、メキシカンの泊り客四人を接待、また、明日は開会パーティーで忙しいのですよ。これは昨夜、キャロルと・・・取り付け中はい、終わりました!これを、一人でやったのです。グレッグはまだ、もう一つSの画廊にいます。↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.30
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おがくず祭・その2何故[おがくず]なんでしょう?というご質問をあちこちでいただいたので、その写真を三枚入れます。これは、何十年か前に始めたばかりの時(今でも)地面が舗装されてなく泥だったのです。この地方は殆ど雨がなく、開催中に雨になることは50年に一度くらいなんですが、その雨になって泥になったときに慌てたわけです。幸い、製材所がそばにあったので、おがくずをもらってきて撒いたわけです。そしたら、具合が良いし、香りも良いというわけで毎年「おがくず」を撒くことにし、いっそ名前まで、というわけで、名前まで変えたわけです。と言うわけで、今日は過去に写した写真も地面が写ってるのを入れますね。2005年に姪が来た時のです。2003年にメキシコの美術館長が来た時昨日の写真と同じ時に写したもの。↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.28
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おがくず祭ラグナ・ビーチの夏といったら、アート・フェスティバル!というくらいカリフォルニアでは有名ですが、夏の間3箇所でちょっと違った種類のフェスティバルをやります。一番古いのは・フェスティバル・オブ・アートで、今年で75年目。これにグレッグが9年連続で出ています。このフェスティバルは、オリジナル作品だけしかうれません。毎年7人のジャッジがその期間に三回作品を見て周り点数が悪いとどんどん落とされて行きます。で、落とされた分だけ、また再審査とか、新しい人をとるのですが、ここは美術だけしか扱いませんから、最高の芸大卒、絵の教授、修士号をとった人が大半です。しかも宣伝はしてくれる、パーティーはやってくれる、24時間のセキュリティーもいる、アメリカ中で一番安いといっても良いくらいなんです。だから、入れる競争率が非常に高いわけですが、一流品で作品も高価です。その写真はまた、のちほど。。。二番目が、このおがくず祭です。これは、ラグナにすむアーチストに限られていて、作品の良し悪しでなくくじ引きで入るのですが、何年か続けると一生いられます。ここは、それこそ手作りのおもちゃや、アクセサリー、蝶々、なんでも売ってます。ここも、参加料金は安いです。三番目は、アート・アフェアーといって、世界中何処の人でもブースをもてますが、一番高く二ヶ月で$2,000です。ここは、上の二つを合わせたような感じです。Sawdust (おがくず)Festivalの入り口です。グレッグに会うの前のボーイフレンドが上の二枚の設計をしました。7時ですがまだ明るいです。この人の作品を、5,6年前に買いました。我々の友達のブースです。バンドが音楽をかなでて、だれでも自由にダンスが出きるデッキがありますゾクゾクと人込みでごった返してきます。このすぐあとは、もう、満員電車なみでした。前夫の妹夫妻です。彼女が招待状をくれました。陶器で海の動物をつくります。30年高校のアートの先生をしてました。なんだか、ニューエイジ風の、天使のまほうの杖みたいなものをいっぱい売ってました。たくさん、アクセサリー店があります。
2007.06.27
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マルチ・タレント世の中には、驚いた人がいるもんだ。この10年以上私のピアノのチューニングをしてくれてる、(旋律師)ラリーが今階下でピアノの旋律をしている間にこのブログを書いているのだが、家に入るなり、私のアコーディオンを見つけて、「お!アコーディオンがある。何年もひいてないなあ」というのだ。「弾いて見る?」と渡すと、にこにこしながら、弾き始めた、それが最高にうまいのである。グレッグもジョギングに行く筈だったのに、玄関から出ないで聞き惚れていた。「え~!ピアノだけじゃないのね」 ピアノも可なり上手な人なのでそう言うと、「ぼくはイタリアン・ファミリーだから家族は全員楽器を強制的に習わされたんだ。コンテストにも、何度もでて賞をとったんだけど、母さんはそれでも満足しないで、片手でトランペットを吹きながら片手でアコーデオンの伴奏をしろっていってね」「え?じゃ、トランペットも?」「うん」 彼は、そのほかにギターも弾き歌もうたうらしい。 ラリーのサイト) 私の娘も、ベース・ギターをプロ並みに弾き、ウクレレ、ドラム、ピアノ、バンジョーなども可なり出きるようであるが、頭の切り替えをどうやるのだろう。指先が覚えているのだろうか? 「愛の功績」にも姑のアルツが進んだときに興味深い数々の発見をしたので、人間の脳とは摩訶不思議なものだという章もかいた。母は、アルツが可なり進んだ時でもピアノのある一曲は完璧に弾けたのである。 さて、チューニングが終わったようだから、下に行って支払いをする前に、彼の伴奏でオー・ソレ・ミーオを歌ってきた。昔、自由が丘合唱団にいた頃は3オクターブの音域があったのだが、今では1・5もかすれがちで、がっかりである。でも、久々に大声をだしてすっきりした。(皆さんのまわりにも、マルチ・タレントの方がいらっしゃいますでしょうね?)兎に角うっとりするほど、上手なんです。チューニング中のピアノ・先生ディスカウントをくれます。やったね!音符とピアノの鍵盤との関係がどうしてもわからない生徒のためにある日かんがえて、貼り付けた紙が15年たったいまでもそのままになってます。私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.26
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ブース工事★二時間前に「深い知識」の英訳をやっと終わらせました。これを、プロの校正におくり、出版社への、プロポジションを作ります。さーて、どこかの出版社が食いついてくれるかどうか!半年くらいかかるかも知れません。★ラグナ・ビーチのアート・フェスティバルが始まるので、アーチストたちはブース作りに忙しいです。今日の写真では、まだ、工事中で淋しげですが、これがオープニング・パーティーとなると、5000人の人でごった返します。シャンペン、ワイン・オードーブルを一晩中サービスします。その写真は7月に。★そのパーティーに、メキシコから夫婦二組招いたので、これから二部屋とそれぞれのバスルームの掃除。展示の仕度で、暫くブログも不定期ですが、よろしくね。左側のレンガ色の壁がグレッグのブースです。ブースは大小二つのサイズがあって、グレッグのは大のほうです。↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.25
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持ち出しリスト昨日の火事の話しのブログの書き込みに「どんなリスト」だったかという質問が多かったので、この更新に書いてみますが、あくまでも、(これは私のリスト)であって、それぞれに大事な物というのは違いますから、貴方がた個人で書いてみてください。それから、かなり前に考え付いて実行してる凄く便利なことも、下に書いてみますね。1 PCのバックアップ(何しろ本の原稿やグレッグ作品の記録が山とありますから)これは、本一冊文の大きさですから、すぐはずせます。2 古いアルバム(明治時代からのアルバムがあるのです。少しは私のデジブック・サイトの「作者紹介物語」に入れてありますし、子供達のは、赤ん坊の時から、2人別々のアルバムをつくってやって、独立したときに、それぞれに渡しました。ブログにもたくさんはいってますし)3 カードと小切手帳携帯が入ったバッグ (アメリカはカードと小切手の世界です。小切手帳に支払い済みの記録もありますから領収書のかわりになります)4 火災保険の契約書 (火災金庫にはいっていても、全焼の場合持ち出せませんから、最近の領収書をもちだしました)健康保険のカードはお財布にはいってます5 処方箋の薬これらを車に入れて時間が余れば、グレッグの力作品をいれます。100枚以上額入りなので、全部はもちだせませんけど。。。その点、あちこちに展示してあるのは嬉しい事です、それが残ってますから。お金で買えるものは後回しです。★私の考え出した便利な事(1)住所録、大事な記録を世界中のどこからでもアクセルできる自分のメール・ボックスに送っておくのです。私の場合、パスポートのコピーや、その旅のチケットもコピーして入れておきます。ひったくり、盗難にあった時にその記録があれば再発行もスピーディーにできるでしょう。とくに、カードを持ってる方は、その盗難報告先の電話番号は大事です。(2)いくら、バックアップしてあっても、留守中に火事があれば、もちだせませんから、本当に大事な記録は信用できる人の(私のばあいは、子供達)パソコンに保存してもらうのです。お互いにこれをやると良いでしょう。少しは役立ちました?↑この本に山火事の話しも入ってます。その時は前の日に夢をみました。『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.23
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山火事!午後二時ころソファーで本を読み始めたら、うとうと寝てしまいました。そうしたら、どういったわけか、夢の中で「火事になったら、何を一番先に運び出そうか」と考えてリストを書いていたのです。ドドドという、水が壁に当たる音で目がさめたのですが、何だか裏庭がよく見えません。起きたてだからと、目をこすってもなんだか霧のようにぼやけていたので、ドアを開けた途端にそれが灰だと気付きました。二階にあがると、道をへだてて我が家から50メートル先の丘がボンボン燃えてるのです。道路に出たら凄い炎がメラメラとみえ、風向きが変わったのであわてて、さっき夢で考えていたものを車に積み出しました。又風向きがかわりましたが、消防車が20台くらい着ていて、パトカーが交通止めにしていたのです。空を見ると、三機のヘリコプターが、空から水攻めです。幸いあまり風の強くない日だったので、2時間後には鎮火しましたが、我が家は角から二軒目で50メートルなど、風の強さであっというまですから、危うきを逃れました。ちなみに、昨日は強風だったのです。この角から二軒目が我が家です
2007.06.22
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大胆だねぇ~「マム、僕達どこからかけてると思う?」我が息子のブルックが携帯でかけてきました。「さあ、どこだろう? もう家に着いたの?」嫁さんのイリナがやっと大学病院のERのインターンになったので、今月末から一年は猛烈にいそがしくて、遠距離結婚になるということで、そのまえに、イリナの妹がいるカナダに車で旅をしていて、17日には帰ってくるはずだったのです。「サクラメントから、150キロくらい北」「え!だって、明後日からイリナは大学病院でしょう?どうしちゃったの?」「車がえんこしちゃって、もう遅いし週末だし修理やも帰ったあとだから今夜はモテルに一泊して、明日レンター・カーで帰る」「で、帰った翌日から彼女出勤なの~~?ったくぅ~。どうしてぎりぎりの計画たてたのよ」サクラメントから、150キロ北、という事は、彼らの家まで1300キロくらいなんです。「じゃ、帰りがけに私の家によって行きなさい、マスタング貸してあげるから」という事で、我々が父の日のディナーに行ってる間に来たらしくて、帰宅したらマスタングが消えてました。ということは、時速130キロくらいで走った計算になるのです。そしたら、その翌日、もう一台の車もエンジンが駄目になったそうですが、ま、それはもう1989年の車ですから時間の問題だったのですよ。それにしても、イリナは5時間くらいの睡眠で、ロスにある、大学病院に朝の7時までに行かなければならなかったのです。若いってのは、大胆なことやりますよね。仲良しの夫婦です。イリナはウクライナで眼科医でしたが、アメリカではやり直しで、やっと先月最後のテストが終わり、インターンが始まります。↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.21
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偶然?今、アメリカで出版しようと思って、私の6冊目のデジブック「深い知識」を英訳しているのですが、輪廻(Transmigration of soul)という言葉を英語ではどう説明するのだろうと英英辞書で調べることにしたのです。古いウェブスターを持って来て広げてみました。すると!な、なんと、一回でそのページが開いたのです。「きゃ~!」と叫んだ声でグレッグが、「どうしたの?」と二階にあがってきたので説明して、「すごいでしょう~?」と、自慢すると、「ま、万に一度のまぐれだね」と言って階下にいってしまいました。 また、暫くして、今度は仏(ブッダ)のスペルをさがそうと、43年前に日本から持ってきた和英のコンサイスをあけると、あ~らふしぎ!また、また、一回でそのページが開いたのです。これは、「絶対に訳しなさい」というサインかしらねぇ。スピリチュアル系の翻訳だけに、とっても不思議な気がしたのですが、一昨日あった本当の話です。あなたにも、こういう経験がありますか。http://www.falcondigitalbook.com/↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく
2007.06.20
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ラン♪ラン♪蘭!超忙しいので、二階の我々の寝室前のベランダにある蘭を見ていて下さい。(写真は一月まえのです)今年はどの鉢にもいっぱいつぼみが出ました。特に、この花は最終的に90個の花をつけました。豊作なので、家中にこの花がいけてあります。この蘭は、きれいだけどすぐ傷がつきます。黄色のはずですが、日の光が強すぎるみたいで、こんな色になってます。では、また、数日後に。。。私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.18
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テント「ヒロコ~。すぐ来い」グレッグが吼えてます。 「また、すぐ来いがはじまった」起きたばかりの私はぶぅぶぅ文句いいながら、階段を降ります。「テント職人が僕の花園をめちゃめちゃにふんずけた!」 利己主義な人で、Mが署名を頼みに来たときには、どちらかと言うと彼女の見方をしていたグレッグが、今はカンカンに怒ってます。 玄関を開けると、ぱっと、目の前にテントが見えました。「ぎょ!はでな色」 ま、そりゃそうでしょう危険を知らせるためにも目に付く色でなきゃ。この中は毒ガスで充満しているのです。屋根裏にいるネズミも、ゲジゲジも、シロアリもいちころなんですが、面白い事に、ある種の蜘蛛は生き延びるのです。ラグナ・ビーチの家でやった事があるので経験済み! このテントはガスが漏れないように、あちこちに重しをつけるので、我が庭がわの花々はぜんぶ踏みつけられた訳です。「署名するってことは、こういう事よ、グレッグ。文句いえないわね。ただし、元に近い状態にしてくださいとは、いえるかも」と私がいうと、「どけちのMが、そんなこときくものか!」いつもそうなんですが、グレッグは自分が犠牲者にならないと、万事を理解しない人なんです。二軒で同じ壁を所有してるって、色々面倒な事がありますよね。だから、近所とは仲良くすべき!!★Mの話しをご存知ないかたは、二つ前のブログを読んで下さい。玄関のドアをあけたら、目前に!!80坪くらいの家をすっぽり、つつみます。右に我が家があります兎に角、テントの重しで、壁にそって植えてある花々はめちゃめちゃ。↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.16
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遠山の金さんファン昨日のブログによせられた書き込みに返信しながら、思い出した事があります。何度も書いてますが、私は同じブログを楽天、ミクシィ、Yahoo,とmyページに貼り付けているので、色々興味深い書き込みをいただきますが、BETHさんと言う方が一言「スカッとした」と書いてくださった時に、『遠山の金さん』を思い出したのです。あの番組が好きで好きで、ぱっと、桜吹雪の刺青を見せるところを何度も真似したものです。もともと喧嘩両成敗とか、物事の判断も両方の意見をちゃんと聞く性格なので、ゴシップなどにもあまり巻き込まれませんが、その反面、時として子供やグレッグから「だって、家族じゃない」と文句いわれます。つまり、何故家族の見方をしないのだ、と言うわけです。でも、間違ってる事は家族でも間違ってるのです。これをしないと、パリス・ヒルトンのような「金と権力があれば、なんでもして良い」と思う我がまま人間が出来上がってしまうわけです。この考えは、私の母方のひいじいさんの血を引いてるからかもしれません。彼は、明治時代に、今でいう最高裁の判事長から裁判長官になり、司法長官の昇格寸前に亡くなりました。「間違いは、親兄弟でも間違いである。道徳をまもってこそ世の秩序が守られる」と、その娘であった私の祖母に「喧嘩両成敗、フェアーであること」と言うのを心の隋まで叩き込まれて育ったからでしょう。(祖母に育てられたのです)ブログでも、時々「誰それさんに、気をつけた方が良いですよ」とか「誰それさんが、あなたの悪口を言ってますよ」とか書いてくる人がいますが、いつも「ご注意ありがとう」とだけ書きます。私は、そう書く人の方を警戒します。人生経験で学んだのですが、人の悪いところや良いところは、たいてい皆が知っているものだから言う必要はないのです。昨日のブログのMにしても、恐らく大勢の人に嫌われている事でしょう。でもねえ、彼女75,6でしょう?旦那と別れて、実子からもそっぽむかれて、何億って溜め込んで、敵を大勢作って何が幸せなんでしょうかねえ。ま、Mが、「サンキュー、私も仲良くしたい」と初めて言ったことだけでも大成功でした。一件、らくちゃ~~~~く!!★例年のラグナ・ビーチ・アート・フェスティバルが始まるので仕度に大童ですから、ブログは暫くかなり不定期になりますことをお知らせしておきます。↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.14
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道義隣りの家を持ってるのは、どけちな億万長者の女性である。けちなのは自由であるが金銭上の約束を守らないのは道義に反する。しかも私に「あること」を命令した後はなおさら不愉快である。話しを3年前に戻そう。私はここで、彼女をMと書く。Mは70歳の半ばくらいで隣りの家主の妻であった。彼らはその家は収入源として借家にしていたが、自分達は100キロ離れた所の大邸宅に住んでいた。ところがその2人が離婚し、Mがその家を自分名義にしたとたん20年以上借りていた前夫の戦友(心の友)一家を追い出した。家賃を倍にする為であった。Mは、次のテナントが来る前にその家のペンキの塗り替えをしたかったが、どうしても私の庭に入らないと塗れない立場であった。ところが、彼女の家の壁には私が買った家の前の持ち主が植えた蔦が一面にはっていたので削除しろという。「恐れ入りますが、いついつペンキ屋が来るので除けて下さいますか。そしてペンキ屋がそちらの庭に入る許可をいただきたい」というのなら話しはわかる。ところが、私の顔を見て高びしゃに、「規則では私はあんたの庭に入る権利あるが、この蔦はあんたのせいだから明後日までにどけなさい!」と命令した。「一週間の前ぶれなら出来ますが、明後日までと言っても無理です」と言うと、「ペンキ屋はもう来る事になっている。半分金を払うから、大ゴミバコを借りて人を雇ってでもすぐ片付けなさい!」と言う。私は、ピアノを教えながら時間に間に合わせて壁をきれいし、領収書のコピーをとって、その半額の請求書をMに送ったが、彼女は無視した。数ヶ月後に又送ったが又無視した。三度目に「失礼ではないか。返事の一つくらいくれるべきだ」と書いたが、又無視された。3年後の今日、Mが玄関にやって来た。「シロアリ退治のテントを張るのだが、あんたの庭に入る許可に署名しろ」と、正式な許可書を持って来て、また命令した。(これが証明するごとく、3年前も私の許可が必要だった筈である)「喜んでサインしてあげますよ、あなたが3年前に約束なさったお金を払って下さったらね」と言ったらMは激怒した。私は、別にお金に困っているわけではないから、金など、どうでも良かったのだが、彼女に礼儀と道義を教えたかった。Mは「町会長や役員にあんたの請求書を見せたら、払う必要ないといった」と見え透いた嘘をついた。役員の一人が左隣りに住んでいて、我々とは仲良しだから、彼女が私との約束を破ったのも知っていたからである。「あのね、我々の蔦があなたの壁にはっていたのですから、あなたのアプローチ次第では率先的に片付けたでしょう。ところが、あなたは私の都合も考慮せず、半分払うから二日で片付けろと命令しておいて、払わなかった。これは道義に反します。支払いと交換に許可書に署名してあげましょう」私はガンとして譲らなかった。「じゃ、あとで小切手を送るから」と言うので、「信用出来ません」と答えると、「じゃ車の中に小切手があるから今払うから、あんたの名前をスペルしなさい!」と命令調である。「あなたは、なんでも命令調ですね。なぜ、お名前を教えて下さいと言えないのですか」と聞くと。「私は、高校の教師を12年やったからね。○○区○○高校!」「私も高校と、大学の教師をやりましたよ。でも生徒達にもそんな口をききませんよ」と言ったら、すこし、たじたじとなって、「スペル・プリーズ!」と言った。Mは、わざとのろのろと車に行き小切手を持ってきて、「これで文句ないだろ」という態度で押し付けたので、「ちょっと、お待ちなさい!私に着いていらっしゃい」と、今度は私が命令調で言った。Mは、不振な顔で、それでも着いて来た。私は渡された小切手に大文字でVOID!(キャンセル)と書いてM に手渡した。「ね、私にはお金なんてどうでも良かったのです。あなたが人に物を頼む時にはていねいに頼むべきだという事を学んでほしかった。払う意志を見せてくれただけで私は満足です。先生ならなおさらの事、子供達に道義を教え、自分も守るのが当然でしょう。隣りどおしでいさかいは避けましょう。仲良くしましょう」と私が言うと、Mは、びっくりした顔で、薄ら笑いで「サンキュー、私だって仲良くしたい」と言って、門を出て行った。★これは、昨日あった話しです。あなただったら、どうしましたか。↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.13
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細菌のペットPet Germs I got germs, millions of them! They are so powerful that they propagate themselves within a few hours. This germ originated in Caucasus area and eventually spread all over the world! But I love these germs!! I mean they are good for my health. I am talking about yoghurt. I got about 1/2 cup of this Caspian Yoghurt from my cousin in Bay Area when I visited her this March. I am eating every morning that is helping my digestion.Long live GERMS! 私、何億という細菌を持っています!この細菌達はとてもパワフルで、数時間内に自分達で勝手に増えてます。この細菌たちはコーカサス近辺で生まれ、最終的には地球全体に広がってしまいました!でも私はこの細菌達が大好き!健康にも良いのですよ。ヨーグルトの話しなんです。この三月にベイエリア(サン・フランシスコ近辺)に住んでる従姉妹に会いに行った時にカスピア・ヨーグルトを半カップばかり貰ってきました。私はこれを毎朝食べていて消化が良くなってきました。細菌達、バンザーイ!Every morning I eat half and add new milk. I keep it in warm area until it settles.毎朝半分食べてその分ミルクをたします。室温でジェロー状になるまで置いておきます。寒い日は、年中ほんのりあたたかいDVD プレーヤーの上に置いておきます。 ↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.12
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読者に感謝★科学、技術、健康維持知識などの発展により、これからも老人も老人問題も増え続けることでしょう。「愛の功績」は、私のアメリカ義両親をケアーした体験談ですが、その問題をあらゆる角度から見て書きました。読者のご感想文をお読みになってください。ヒロコさん またまたご無沙汰の Mです 「愛の功績」読ませていただきました! 早く感想をお伝えしなくちゃと思いながら、日々が過ぎていき~ 今日になってしまった 読み始めると なんと 読みやすくてすぐに最後まで読見たくなったのですが ここは我慢しないと 体が言うこときかなくなる。ということで,いつもの習慣で寝る前に読ませていただいたら 眠れなくなる時も有りましたよ 楽しんではいけないのでしょうが 最初はとても ほほえましく笑いながら読んだの ですが 最後には涙が出て止まりませんでした。 人の死というものはこういう風にしてあげられるものか。と感動しました。 ヒロコさんのご両親と過ごせて感謝の気持ちも よく伝わってきたし本当に勉強になり ました。 ありがとうございます 私も明るく前向きに そのようにできたらいいなぁ~ 今は 子供も小さいし、子供も私も発達段階なので(いつもばたばたしてるしww) 今このときに私たちの両親がヒロコさんのご両親のようになってしまう、という危機感 があまりないのですが 心を発達させて成長させないと。思い落ち着いて対処できるように自分を持たなくて は。と 心新たに毎日がんばっております。相手におもいやりを。 あまりに忙しすぎて余裕がなく、私が自信も自身も無くす時が多いのですが 私にこう有らなくちゃ。と思わせていただけました。力がわいてくる。 また ゆっくり お話したいのです~ M.ワンダー・ユッキーさんより↓あまりにも衝撃と感動が大きくて 私は何もコメントができません。 でも、ひとつ言えることは、 できるだけたくさんの人に読んでもらいたい電子ブックだということです。 フォトリーディングの多い私ですが、珍しく熟読の一気読みしました。 日本で、ドラマ化とか映画化されるといいなあ、と思います。 この本を読んだ後、私は半日か1日位、しばしボーゼンとしている部分があったように思います。 感動的なのですが、同時にそれほど衝撃的でした。 なぜこんなにも深いところに入ってくるのだろうと考えてみたのですが、 どうやら、魂の世界と現世の世界とのバランスがとても調和していて、 著者は、実にすばらしいバランス感覚で しっかりと4次元、5次元へと上昇していきつつある 頼もしい先輩なのだ、と思います。 スピリチュアルな方にも、全くそうでない方にも、広く受け入れられる内容で、 双方を調和的につなぐかけ橋のような本です。http://mixi.jp/show_friend.pl?id=513636 ↑ユッキーさんのミクシィhttp://plaza.rakuten.co.jp/akaifusen/↑ユッキーさんの楽天↓グレープ・フルーツさんも今日、ご感想書いて下さいました。http://mixi.jp/show_friend.pl?id=3199323↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく
2007.06.11
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ア!道理で!No wonder!I normally go to Japanese market about once a month and stock up my Japanese food supplies. It was due time yesterday so I went. There were about 10 cars ahead looking for a parking spot going round and round and I thought ‘That’s strange. I never had this problem before.’ Fortunately someone pulled out right in front of me and I had no problem taking his spot. The market and takeout counters inside the building was packed. ‘Wow, this is really strange. I feel like I’m back to Japan,’ I thought again. I finished shopping and cruised around the store when I came across this wall full of cute drawings of DADS.Of course! It was Father’s Day. Both my American and Japanese fathers are gone, so I forgot about that. That was why the store was super crowded. 大体月に一回、日本食品を買いだめのショッピングに行く。昨日はその日だった。着いて見ると目の前に十台くらいの車が駐車スペースを探してクルクルとまわっていた。<へんだなあ?いつもこんなことないのに> と思っていた。ラッキーな事に目の前で誰かが出たので私は問題なく駐車した。中に入ると、マーケットの部分もテークアウトの店々のへんも人がぎっしり。<ますます 不思議だ>と、又思った。ショッピングが終わって建物の中を見て回るた時、壁に一杯かわいらしいお父さんたちの絵が飾ってあった。あ、道理で!父の日だったのである。私は舅も実父ももういないので、忘れていたのだ。それで店内は大混雑をしていたのである。↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.10
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ガラガラ蛇!Rattler! The telephone rang fairly early in the morning. It was from Gregg’s brother calling from his dessert house. It was quite unusual for him to call this early in the morning.“What’s up?” I asked.“I want to talk to my brother.”“He is still sleeping,” I answered. “Wake him up!” he said. It was unlike him to talk like that let alone make me wake Gregg up so early. “He found a huge rattler in his door step this morning,” Gregg said after hang up the phone. I haven’t seen rattle snake for a while. I’ve seen 4,5 times but this one is the largest one I’ve ever seen. Gregg was so excited that he left for the dessert house today. I want to show you the photo his brother sent us. 早朝に電話がなった。砂漠の家に行ってるグレッグの弟からだった。こんなに朝、早くにかけてくることは珍しい。「どうしたの?」と聞いた。「兄さんを出してくれ」「彼、まだ寝てるんだけど」と私は答えた。「起こせ!」と言った。 彼がこんな口調になることは稀で、まして早朝にグレッグを起こせと言ったことはない。「今朝でっけ~ガラガラ蛇を玄関のドアの前でみつけたそうだ」グレッグが受話器を置いて言った。 私はガラガラ蛇は暫く見てなかった。以前4,5回ばかり見た事があるが、これが一番大きいと思う。グレッグは興奮して、今日砂漠の家に出かけていった。 ここに、弟が送ってくれた写真をお見せしよう。玄関のドアがみえますか。1.5メートルくらいあります。幅もひろいしこれに噛まれたら、いちころです。↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.09
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久々に夢の話など・最終編(つい最近起こった実話です)Conclusion:Apparently, there was no hope for his recovery and nothing could be done, so doctor and nurses left him there to die just watching monitor in the main control room.When Jimmy saw the dead people he thought they came to take him to the other side, but soon they were replaced by a bright light glowing in a corner of his room. It grew larger and larger and eventually embraced him.“This is the light my mom was talking about, I thought. There was no voice, but we were communicating through our minds. It was the most awesome experience, warm, loving sensation I had ever had. This is the light I should follow, I thought. But instead the light entered through my feet and filled up my entire body. My BP start climbing up and I got really hungry,” Jimmy went on and on. To make a long story short, he thinks he was reborn. He came to see us today in much better shape than a month ago.“I reached to the three year point last week (doctor’s prediction) and I gained 6 pounds and feeling great. I was supposed to be head by now,” he laughed with toothless mouth. I know what you are waiting to hear from me; if I asked him about the white box, table and rock collection I saw in my dream, right? Oh yes, of course I asked to confirm my accuracy and I wish you were here to see his astonishment.“What? Oh, my God! Yes, I am living in a white long cubic mobile home. Yes! I have rock collections on the table exactly how you describing to me.....and ‘yes’ you were right I was neither living nor dead. You blow my mind!” he screamed.Needless to say, Jimmy is a firm believer of the spiritual world now.どうやら、もう手の施しようがなかったらしく医者も看護婦も彼をベットに置いたまま自然死を待っていたそうで、コントロール・ルームのモニターで監視していたとか。ジミーが、死んだ人達を見たときは、「ついに俺もアチラの世界に引っ張られていくのかと思った」そうですが、亡霊はすぐ消え、その代りに明るい光が部屋のすみで光り出したそうです。その光はだんだん大きくなって、ついに彼を抱くようにつつんだと言いました。「これがお袋の言った光のことだなって思ったね。声は聞こえなかったけどさ、俺達、心で会話してたんだよ。今までに経験の無い温かみと愛に溢れた最高におごそかな体験だったよ。ああ、この光について行けばいいんだなって思ったんだ。そしたらね、急にその光が俺の足の裏から入ってきてさ、体一杯に広がったんだ。したら俺の血圧がどんどん上がってね、すっごい腹へって来たんだ」ジミーは、止まることなく話し続けました。長い話を一言でいえば、彼はこの時生まれ変わったと言うのです。実際、今日我が家を訪ねてきた彼は、一月前とくらべると骨に肉がついて来てふっくらしてました。「先週、3年の命といわれたその3年を突破したんだが、6ポンド(3キロ)も体重が増えて気分爽快だよ。もう死んでいて良い筈なんだよね」と、彼が歯のない口で笑いました。さて、皆さんが何を知りたがってるか分かってますよ。私の夢に出てきた白い長方形の箱や、テーブルやその上の石のコレクションのことでしょう?勿論ききましたよ。私自身、夢の正確さを確認するためにもね。その話を私がした時のジミーの驚いた顔、皆さんにも見せたかった!「えええ~? 神様こんなことあるだろか!そうだよ、俺は白い長方形のモービルホームに住んでるよ。あんたが見た、きっぱりその場所にテーブルがあって石のコレクションを置いてあるよ、(ミニアチュアの禅庭を造るために丸い小石を集めてるそうです)その夢で見たように、俺、生きても死んでもいなかったよ!うひゃ、こりゃ度肝をぬかれた感じだ!!」と叫んだのです。言うまでもなく、この時からジミーはスピリチュアルの世界の信者になりました。(これは先月の話しで、昨日も彼は100キロの道を、バイクでグレッグに会いにきましたよ。もう肝臓の90%が不機能になっているから何時死ぬかわからないそうです。グレッグだけが友達らしくわざわざ会いに来ます。人間って落ちぶれると皆見捨てるのですね。私、大富豪からホームレスになったタミーとは最後まで友達でしたよ。だから、グレッグと私はやっぱり似てますね)『深い知識」は、このような私の正夢の体験談が一杯つまったデジブックです。
2007.06.07
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久々に夢の話など・続Continued from yesterday:Jimmy called. “Wow, cool, Jimmy, you can tell Hiroko about it. She’ll understand,” Gregg was telling him. I was in the same room but I didn’t talk with Jimmy.“What happened?” I asked.“Oh, something like he had a spiritual awakening, or something like that. I told him to tell you directly because I don’t understand that subject,” said Gregg.A few days later, Jimmy came to see us. This was the first time I actually saw him.Due to the illness and many years of treatment, he was emaciated, his head shrunk to the size of Mongoloid that it was swimming inside his oversize baseball cap. He lost all his teeth and looked like seventy-year-old man, but in reality he was 6 or 7 years younger than Gregg.“I had the most wonderful experience in my life!” he was quite excited. Jimmy grew up in an atheist family; father was a physician and mother was a nurse. They taught Jimmy there was no God and if one dies there was nothing beyond that. So Jimmy absolutely refused to believe anything spiritual, let alone dream prophecy. “I guess when you saw that dream I was actually in between life and death. That next morning my blood pressure kept dropping all the way to 40. So my mom, being a nurse, rushed me to hospital. I lay in bed to die and mom told me if I see a white light don’t resist but just go with it. You know, like, she knew that I was ready to die,” Jimmy said. “You mean, no one came to help you?” I asked.“Well, I’ve been there so many times so they knew my condition and apparently I was a hopeless case this time and everybody knew it. I was in and out of my consciousness, then suddenly I saw dead people,” he continued. (to be continued)ジミーから電話がありました。「お~、クール!それ、ヒロコに言うと良い、彼女なら理解してくれるよ」グレッグが彼に話しています。私は同じ部屋にいたけど、ジミーとは話しませんでした。「何だって?」と聞くと。「何だか、スピリチュアルな気づきがどうのこうのって・・・僕にはよくわかんない話題だから君に直接話すようにいっといた」とグレッグが言いました。 それからさらに数日後にジミーが我々を訪ねてきました。実は、私は彼にあうのはこの時が始めてだったのです。病気と長年の治療のために痩せに痩せていて、頭などはモンゴロイド症の人のように縮小されて大きすぎる野球帽の中で泳いでる感じでした。歯も全部なくしてしまったので、まるで70歳くらいの老人に見えますが、実際はグレッグより6,7歳下なのです。「俺、人生ではじめて素晴らしい経験をしたんだ」と、凄く興奮してました。ジミーの父親は内科医、母親は看護婦で、無宗教の家に育ち、「この世に神などいない。死んだらその先は無いのだ」と、子供の頃から教えられたそうです。そのために、スピリチュアルの話しは勿論、夢の予言など一切信じなかった人なのです。「あんたらが夢を見みたころ、きっと俺の魂は、生死の間をさまよっていたんだね。翌朝血圧がどんどん下がってさ、40まで落ちたもんで、看護婦だったお袋があわてて病院に連れてってくれたんだ。病院のベッドに横たわっていたら、お袋が、もし明かりをみたら抵抗しないで、そのまま一緒に行けって言ったんだよ。もう、これが最後だっての分かってたみたいなんだ」とジミーが言いました。「え?だれも看護してくれなかったの?」と私が聞いたら。「もう、何度もその病院に運ばれたから、やつらも俺のコンディションをよく知ってたからね。これで、終わりだってわかったんだろ。兎に角俺は、夢と現実の間をモウロウとさまよっていたよ。。。。。そしたら、急に目前に死んだ人達が現れたんだ!」と、彼が続けました。(続く)私はよく正夢をみます。この本は50年間つけていた『夢日記』から、インパクトのあったものを集めて書いた本です。
2007.06.06
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久々に夢の話しなど Paranormal story: Those who read my ‘Deeper Knowledge’ may not think anything strange about today’s BLOG, but I need to explain to people who read my BLOG for the first time. Since I was a child I see prophetic dreams and hear voices in my dream quite often. The book I mentioned above is written about numerous such experiences in my life. “I saw a strange dream. Jimmy lay on the floor of a white rectangular cubic box. He was under bed cover, but I couldn’t tell whether he was dead or alive.... then...there was this table in the corner of this box. I saw smooth, shiny, rock collection on the table. There were few feathers, too, like this..... “Oh, no!” As I began illustrating the scene, Gregg exclaimed and called Jimmy. He answered, so Gregg was relieved. “What happened so suddenly?” I asked. “Well, I saw his dream, too, last night. So when you start drawing the box, I thought of him dead and was in a casket. Yes, Gregg and I saw Jimmy in our dream same night. “Does he live.....oh...maybe...in a white mobile home?” I asked. “That’s right. He said he is living in a mobile home though I don’t know the color,” he said surprisingly. I don’t know anything about Jimmy except that he is Gregg’s friend and is suffering from rare liver disease and he has about a year to live. Then, few days later...... (to be continued) 私の「深い知識」をお読みになった方は、特に今日のブログも 違和感がないでしょうが、初めてお読みになる方のためにちょ っと、説明します。 私は子供の頃からよく正夢を見たり、夢の中でお告げのような 声を聞いたりして、 当たっていることが良くあります。詳し いことは、私のデジブックのサイト「立ち読みコーナー」の 「はじめに」もしくわ「深い知識」を読んで見てください。 「へんな夢を見たのよ。ジミー(グレッグの友達)が立体長方 形の白い箱のような中で床に横たわっていたの。どうやら布団 の下にいるみたいなんだけど、生死がわからない感じ で。。。。ここに、こんなテーブルがあってツルツルの丸い石 のコレクションと、羽が置いてあったわ、こんな風 に・・・・」 私が、そう言いながらイラストを書き始めると、 「オー、ノー!」と叫びながら、グレッグは急にジミーに電話 をしたのです。電話にジミーが出たらしくほっとして受話器を 置いたので、 「どうしたの、そんなに慌てて」と聞くと、 「いや、実は僕も昨夜ジミーの夢を見たんだよ。で、ヒロコが 箱みたいなイラストを描きだしたから、お棺に入ったジミー、 つまり死んだのかな?って思ったんだ」というのです。 つまり、2人で一緒にジミーの夢を見たのでした。 「この形の・・・・あ!もしかして彼モービル・ホームに住ん でる?」 「そうだ、ジミーはモービル・ホームに住んでいるっていっ てたよ。何色かは知らないが」と、グレッグがビックリしまし た。 私はジミーは、グレッグの友達と言うだけで、実際にはよく 知らないのです。珍しい肝臓の病気であと一年くらいの命だと いう事だけはしってました。 すると数日後に・・・・ (続く) ↑ この本には、このような私の体験談が沢山のっています。
2007.06.05
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大反響でした!Simply Awesome! “There is a great article on LA Times about your show.” One of Gregg’s artist friends Mike Maas e-mailed us. I went to buy the paper and sure enough there was a powerful essay recognizing Gregg’s effort to bring two countries together by art rather than to divide by the wall. ‘The Great Wall of Chinga’ show was a smashing success! Nearly thousand people came to see, thanks to the LA TIMES and other magazine’s articles. An owner of ‘Juxtapose (prominent art magazine)’ came and took many photos with Gregg and Mexican artists. It was good to be exposed to an art connoisseur of his caliber. Artists from Mexican side were absolutely flabbergasted to see so many people came to see the show and were very grateful to be invited. I saw many friendly exchanges between Mexico/US artists and I foresee that there will be more joint art exhibitions in the future. I am happy to say that Gregg constructed a friendly bridge between the two countries. However small it may seem, the friendship tree may bloom and multiply some day. (There are more photos at his BLOG)http://greggstonegallery.blogspot.com/「ロス・アンゼルス・タイムズ(南カリフォルニアで一番大きな新聞社)に君の美術展に関する素晴らしい記事がのってたよ」アーチスト仲間のマイク・マースからメールが入っていた。 私がさっそく新聞を買ってみると、確かに可なりパワフルな記事で、壁で二つの国を分ける事より、芸術を通して二つの国を繋げようとしているグレッグの努力を賞賛しているものであった。「万里の壁」ショーは素晴らしい反響だった。LA タイムズやその他の雑誌などの記事のおかげだろう、千人近い人が見に来てくれた。ジャクスタポーズというアート関係の雑誌の社長が見に来てグレッグやメキシカン・アーチストと写真を撮って行った。このような有力者の目に止まるのはありがたいことである。メキシコのアーチストたちは、予想外の見物人の数に度肝を抜かれたようで、招待された事に感謝をしていた。USとメキシコのアーチスト間でも親密な会話が交わされていたようで、将来も二カ国合同のショーが開かれるのが予想される。私はグレッグが二カ国への架け橋を設置した事を嬉しく思う。どんなに小さいフレンドシップの種であれ、いつかは花がさき増えることであろう。(もっと写真を見たい方は、私が書いてるグレッグのブログにおいでください)↑私のデジブック・サイトです。どうぞよろしく『エッ!もうアメリカに40年!』ハワイ、子育て、ピアノ『エッ!もうアメリカに41年!』ヨーロッパ、ハワイ、大学『エッ!もうアメリカに42年!』メキシコ編『じゃれリング』ユーモア『キューバの空からペソが降る』紀行文『深い知識』夢、六感、スピリチュアル系『愛の功績』老人看護にまつわる話
2007.06.04
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