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骨董を扱った北森鴻の作品と言えば、美人旗師(店舗を持たない古物商)の宇佐見陶子が活躍する「冬狐堂シリーズ」が有名であるが、もうひとつ、「孔雀狂想曲」(集英社)という作品もある。しかし、こちらの方の主人公である越名集治は、陶子とは異なり、下北沢の片隅にちゃんと店を構えている。店の名前は、「雅蘭堂」。名前の通り、いつもがらんとして暇な店だ。この作品は、越名が見事な目利きぶりを発揮して、骨董にまつわる事件を次々に解決していくという連作短編集である。○孔雀狂想曲(北森鴻:集英社) この越名とよいコンビなのが安積という女子高生。この店で万引きをしようとして見つかったことがきっかけで、なぜか押しかけアルバイトとして居ついてしまった娘だ。これがまた、あっけらかんとした、いかにも今どきの娘と言う感じで、越名との掛け合い漫才のようなやりとりが、なんとも言えず面白い。 その一方で、出てくる事件は、殺人事件だったり、骨董に関する悪だくみだったりして、少し「冬狐堂シリーズ」とかぶるようなところもある。骨董や古美術に関する知識については、作者の取材に関する努力がうかがえ、興味深く読めるものとなっている。収録されているのは、表題作の「孔雀狂想曲」をはじめ計8篇。 なお、文庫版の解説を、哲学者の木田元氏が書いていた。実は、それまで名前も知らなかったのだが、なんとなく興味をひかれて、最近、氏の大学の退官記念の最終講義を収めた本を買っていたのである。意外な人が北森鴻のファンだと知って、ちょっとびっくりした。○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
November 22, 2008
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先般、「容疑者Xの献身」についての記事を書いたが、その続編に当たるガリレオシリーズが、「ガリレオの苦悩」(東野圭吾:文芸春秋社)である。なんと「聖女の救済」という作品とともに、シリーズ2作が同時発売だ。通常、ハードカバーはほとんど買わないのだが、今回は、映画の余韻もあり、図書カードもあったので、2冊まとめて買ってきた。「聖女の救済」の方は、「容疑者Xの献身」と同様長編小説だが、今日紹介する「ガリレオの苦悩」は、「探偵ガリレオ」や「予知夢」と同じ連作短編集である。「ガリレオの苦悩」(東野圭吾:文芸春秋社) 収録されているのは次の5編。もちろん、いずれも、帝都大准教授の湯川が、事件に隠された不可思議なトリックを解き明かすという内容である。○落下る(おちる) マンションから女性が落ちて死んだ。犯人と目される男は、その女性が落ちた瞬間を、マンションの外で目撃したという。そのことは、ピザ屋の店員も証言している。○操縦る(あやつる) 湯川の恩師だった帝都大学の元助教授・友永幸正宅の離れが火事になり、そこに住んでいた友永の息子が死体で見つかった。友永の息子には、鋭利な刃物で貫かれたような傷跡があった。○密室る(とじる) 湯川は、大学時代のバトミントン部仲間だった藤村から、彼の経営するペンションで起こった事件の謎解きを依頼される。彼のペンションに泊まっていた客が、部屋から抜け出して転落死した。藤村が夕食に出てこないその客の様子を見に行った時、部屋には誰もいないのに、窓は施錠され、ドアにはドアチェーンが掛けられて密室になっていたという。○指標す(しめす) 資産家の老女が殺害された。疑いをかけられた出入りの保険外交員真瀬貴美子の娘葉月は、母の無実を証明しようと、事件の際に行方不明になっていた犬の死骸をダウジングを使って探し当てる。○撹乱す(みだす) 警視庁と湯川に、「悪魔の手」と名乗る犯人から挑戦状が届く。自分は人を自由に葬れるというのだ。 この巻から、小説の方でも、テレビのシリーズではおなじみの女性刑事・内海薫が登場する。なお、最初の2作品は、テレビドラマ「ガリレオΦ」の原作として使われたものだ。彼女は、草薙刑事が、気がつかないようなところに気が付くなど、なかなか鋭い観察眼を持った優秀な刑事ぶりである。「指標す(しめす)」は書き下ろしであるが、その他の作品は、いずれも雑誌に発表された作品を集めたもののようだ。「指標す(しめす)」については、科学技術的なトリックはなかったが、その他は、実現性はともかく、よくこんなことを考え付いたと感心するようなトリックが示されている。 この作品、湯川が物理学者のため、物理学トリックと言われているが、、「探偵ガリレオ」や「予知夢」と同様、工学系トリックと言った方が通りが良いと思うのは作者が工学系の出身だからか。湯川も、変な実験をよくやっているし、いっそ、理学部から工学部へ鞍替えさせた方が、良いかもしれない。○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら ***** 追伸 *****仕事のため、コメント等へのお返事は木曜日の夜以降になります。また、更新は、メールによる暫定更新となります。
November 11, 2008
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久しぶりに、宮部みゆきの現代ものを読んだ。「淋しい狩人」(宮部みゆき:新潮社)である。東京の下町にある古本屋の田辺書店を舞台に、本に関係した事件を扱った連作短編集である。「淋しい狩人新装版」(宮部みゆき:新潮社) 田辺書店のイワさんは、会社を定年後、故人となった親友の店の雇われ店主となった。親友の息子は刑事だったので、父の店をのこして欲しいという願いに、イワさんに白羽の矢をたてたという次第だ。毎週末には孫の稔が泊まり込みで来て店を手伝ってくれる。このイワさん、定年後の雇われ店主とは思えないくらい、古本屋のおやじが板についているが、どういうわけか、本に関連する様々な事件に遭遇する。 収録されているのは次の6編である。○六月は名ばかりの月 以前に妙な男に付けられていたというので店に匿い、家まで送り届けた鞠子の結婚式で、引き出物として用意した小説の表紙にいつの間にか、真っ赤な字で「歯と爪」といういたずら書きがされていたという。○黙って逝った 父親の遺品にあった、300冊もの同じ本。本の名前は「旗振りおじさんの日記」○詫びない年月 独居老人を訪問しているヘルパーの淑江さんから聞いた、柿崎家の幽霊の話○うそつき喇叭 小学校低学年の子供が、田辺書店で万引きを。その子が盗ろうとしたのは、「うそつき喇叭」という童話。その子の体には、虐待と思われる痕跡が。○歪んだ鏡 OLの久永由紀子が電車で拾った本に挟まれていた名刺の謎は。○淋しい狩人 未完のまま、作者が行方知れずになった小説「淋しい狩人」。その続きを現実世界に移したという殺人事件が発生する。 これらの謎を、イワさんと稔が解決していくのだが、これらの謎解きの話に、稔と年上の女性との恋愛話などが絡んで、なかなか面白い短編集にまとまっている。殺人事件なども絡んでいるが、小説の調子としては、それほど重い感じはないので、徒然に任せて読むのにはよいだろう。○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
November 9, 2008
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長野県でのまだ記憶に残っている出来事と言えば、長野オリンピックと田中康夫氏が知事を務めていたことであろう。この二つの出来ごとをモチーフにした浅見光彦シリーズの旅情ミステリーが「長野殺人事件」(内田康夫:光文社)である。 内容の方を、簡単に紹介しよう。区役所の税務課に勤める宇都宮直子は、税金の督促に訪れた相手の岡根から、長野県出身ということで分厚い角封筒を預けられる。岡野は、長野県知事の秋吉の元ブレーンだった男だ。封筒には、知事を追い落とそうとする者たちとっての不都合な真実があった。そして、岡根が長野県で殺される。光彦は直子の夫と大学時代の友人だったことから事件を調べ始める。 ところで、内田康夫氏の作品で、長野県と言えば、内田作品のもう一人のスター、「信濃のコロンボ」こと竹村警部を思い出す。実はこの作品は、光彦と竹村警部の共演が売りの一つなのである。しかし、残念なことに、他の浅見光彦シリーズに出てくる警察関係者と同じ程度にしか存在感がなく、竹村警部ファンには、少し期待外れかもしれない。 今回は、いつものような旅情はあまり感じられず、長野県政に関する作者の憤りのようなものが、そこかしこから噴き出しているような社会派ミステリーとなっている。思い入れが強い分、従来からのファンには受けが悪くなっているようだ。○応援クリックお願いします。 ○長野と言えば「りんご」 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
October 31, 2008
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最近、ちょっとしたマイブームになっているのが、樋口有介による「柚木草平シリーズ」である。当ブログの貴賓館「本の宇宙(そら)」の方では、既に、シリーズの中から2作品ほど紹介しているが、こちらの本館ブログの方には、初登場である。 このシリーズは、元警官で、刑事専門のフリールポライターの柚木草平が、アルバイトの探偵稼業でいろいろな事件を解決していくというものだ。この柚木、とにかく女好きで、女性に対すると、歯の浮くようなセリフが次々と自然に出てくるようなタイプだ。ところが、この台詞が、独特のテンポで、なかなか面白い。そのくせ、どこか女性に対して辟易しているようなところがあるのだ。 今回紹介する「刺青(タトゥー)白書」(樋口有介:東京創元社)は、やはり「柚木草平シリーズ」の一つであるが、外伝といった感じのもので、柚木は、少し後ろに下がって、主人公を、ちょっと変わった女子大生の三浦鈴女(スズメ)、愛称スズメちゃんが演じている。天然のぼんやり屋さんで、小学校のころ、自分をいじめていたという同級生が謝りに来るまで、自分がいじめられていることにきがつかなかったというエピソードがあるくらいだ。化粧っ気もなく、服装も実用本位で、度の強いメガネをかけているが、実は美人のようで、(本人は意識していないようだが)中学の同級生の左近万作から、コンタクトにしないことを、「ちゃんと美人なのにもったいないな」などと言われている。感性の方も、ちょっと変わっていて、何しろ卒論のテーマが、「江戸時代における春本の社会学的効用」だそうだ。しかし、ぼんやりしているようで、なかなか鋭いところもあり、この作品では、立派に主人公として活躍している。○「刺青白書」(樋口有介:東京創元社) スズメがたまたま街であった、中学時代の同級生・伊藤牧歩は、見違える位に華やかに変貌していた。アナウンサーとしてテレビ局への就職が決まったという。そして、牧歩といっしょにいた、中学時代の野球部のエース・左近万作は、不良のような風体になっていた。とこらが、得意の絶頂だった牧歩が、隅田川で水死体で見つかる。その数日前には、やはり中学のころの同級生で人気アイドルの神崎あやが隅田川沿いのマンションで無残に殺されるという事件が起きていた。二人には、右肩に、薔薇の刺青を消した跡があった。そして、更なる事件が起きる。 中学を卒業して6年、スズメの同級生は、みんな変わってしまった。牧歩やあやのような華やかな変貌だけでなく、ヤンママになったり、風俗嬢になってしまったものもいる。変わらないのはスズメだけだ。その変わらないスズメが、野球をあきらめていた万作の心を動かし、再び野球への情熱をとりもどさせる。一方、変わったものは、たとえ一時は華やかに見えても、結局は悲惨な運命をたどっていく。この作品は、移ろいゆくもののはかなさ、変わらないことのすばらしさを訴えているような気がする。○応援クリックお願いします。 柚木草平シリーズのレビューは当ブログ貴賓館「本の宇宙(そら)」にも掲載しています。○「誰もわたしを愛さない」の記事はこちら○「不良少女」の記事はこちら風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
October 24, 2008
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今日紹介するのは「親不孝通りディテクティブ」(北森鴻:講談社)だ。北森鴻による、博多を舞台にした連作短編集である。ここで蛇足ながら、タイトルについて、補足を加えよう。「親不孝通り」は、福岡市の繁華街天神地区にある「天神万町通り」の通称である。かって、大手予備校があり、そこへ通う予備校生が通っていたことから、この名がついたという。「ディテクティブ」とは、もちろん「探偵」という意味である。○「親不孝通りディテクティブ」(北森鴻:講談社) この作品の主人公は、屋台でバーを営む鴨志田鉄樹(テッキ)と結婚相談所の調査員根岸球太(キュータ)の二人である。二人は高校時代からの腐れ縁で、「鴨ネギコンビ」の通称で通っている。テッキは、沈着冷静でどこか影を抱えているような感じだが、キュータは、考えなしに行動するお調子ものといった感じだ。もちろん名探偵は、テッキの方で、キュータはにぎやかしといったところだが、対象的な二人を組み合わせることにより、作品が面白さを増している。主人公が二人ということで、物語の語り部も、テッキとキュータが交互に入れ替わりながら話が進んでいくが、決して読みにくくはない。 収録されているのは、次の6編。○セヴンス・ヘブン キュータの勤める華岡結婚相談所客だった天野夫妻が不審な死を遂げる。第一発見者のキュータは、動転して、ドアノブの指紋をふき取って逃げてしまう。○地下街のロビンソン ライブハウスの魔女こと「歌姫」が、テッキに人探しを依頼する。一方キュータは、地下街で、ロビンソンクルーソーを彷彿させるような浮浪者を目撃する。○夏のおでかけ テッキは、毎年7月の終わり頃、2週間程店を閉めて行方をくらます。キュータは、テッキを訪ねてきた美女に下心を抱き、テッキを見かけたと嘘をついて、二人で下関へ。ところが、そこには、本当にテッキの姿があった。○ハードラック・ナイト テッキの屋台を、高校のクラスメートだった奈津美がtズ寝てきた。屋台の近くでは、夏海という女子高生が殺害されるという事件が発生していた。○親不孝通りディテクティブ テッキの店では、「雪国」というカクテルが永久欠番になっている。それは、ヒデさんという男が好きだったカクテルであった。○センチメンタル・ドライブ 高校時代、鴨ネギコンビの恩師だった華岡を襲うのを邪魔された米倉が、瀬川と名を変えて博多の街に舞い戻ってきた。そして、キュータが襲われる。 作品は、鴨ネギコンビの掛け合いでテンポよく進んでいき、面白いのであるが、出てくる話は、かなり凄惨なものであり、最後はかなりショッキングな終わり方であった。 ○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら○博多の屋台と言えば「長浜ラーメン」
October 21, 2008
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高田崇史によるQEDシリーズは、桑原崇、棚旗奈々、小松崎良平が中心となって活躍する、蘊蓄系の人気ミステリーである。現在の事件に、歴史上の謎を掛けて、解き明かしていくというのがこのシリーズの魅力だ。このシリーズの本来の主人公は、やたら蘊蓄を語る薬剤師の桑原崇である。これもなかなか変わりもので印象に残る人物なのだが、11作目の「QED 神器封殺」から、もっと変わりもので強烈な個性の人物が登場してくる。その名を「毒草師」御名形史紋という。あまりの個性で、完全に他の登場人物を食ってしまったかのようで、とうとう彼を主人公にした作品までできてしまった。それが今日紹介する「毒草師 QED Another Story」だ。「毒草師」(高田崇史 :講談社) どのような人物か、作品中に書かれていることを要約してみよう。「長身で漆黒の黒髪が肩まで垂れ、白い顔は、能面か蝋人形のように無表情。広い額に細い眉、冷やかな目と赤く薄い唇。顔立ちは整っているが、不気味なほど表情がない。」 ファッションについてもこんな感じだ。「長めの白衣のようなオフ・ホワイトのコート、その下には真っ黒なタートルネックと黒いパンツ。両手に真紅の手袋。」 もちろん、性格の方も、とびっきりの変人である。しかし、彼の名誉のため、間違っても変態ではないことだけは付け加えておこう。でも、こんな人物が、近くにいたら、ちょっと怖い。 今回の舞台は、浅草にある旧家の鬼田山家。この家では、先先代の当主であった俊春が、一つ目の山羊を見て以来、いまわしい出来事に見舞われている。俊春の妻香苗が最初に死産した子は、一つ目であった。そして、先代当主壮次郎と後妻の久乃との間にできた子供もやはり一つ目で、死産であった。 その、壮次郎は、後妻とした久乃との浮気が原因で、先妻の志麻子と離婚していたが、12年前に、「一つ目の山羊を見た」と言って、鬼山田家の離れに立てこもってしまった。その挙句行方不明になり、隅田川で死体となって発見されている。そして、数年前、先妻の志麻子が亡くなった後、こんどは、壮次郎と志麻子の間に生まれた、志子が、「一つ目の鬼を見た」といって、離れに籠ったまま行方不明に。その数日後には、志子の妹の麻子も失踪。さらに、久乃も離れに籠ったまま行方不明になり、家政婦の間宮静子が、「一つ目の生き物を見た」と証言する。離れは密室である。そこから忽然と行方が知れなくなったのだ。鬼にでもさらわれたか、なんとも、不気味な話である。 医療専門の出版社であるファーマメディカルに勤める西田真規は、会社ぐるみで親しい女医の一関先生が、鬼田山家の主治医であったことから、 編集長名で、鬼田山家の事件を調べ始める。同じ職場のフリー編集者篠原朝美もこの事件に興味があるらしく、西田に協力してくれる。しかし、今度は、久乃の子供で鬼田山家長男の柊也が毒殺された。どんどん困惑を深めていく事件を、御名形史紋が、見事に解決する。謎解きで披露される、毒草についての知識がすごい。作者もよくここまで取材したものだ。 このシリーズのほかの作品のように、本作でももちろん、現在の事件に絡めて、歴史上の謎も解き明かされる。解き明かされるのは、伊勢物語の謎。なぜ、題名が、内容に関係のない「伊勢」なのか。そして在原業平の次の歌の謎。「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」 こちらの方も、なかなか興味深い論を展開している。 それにしても、御名形史紋の強烈な個性の前に、これまでに登場人物も霞んでしまった。次の「白蛇の洗礼」も御名形が主人公だし、このまま主役の位置に座ってしまうのか。 ○応援クリックお願いします。 「自家製薬秘辞典」風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
October 3, 2008
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短編の得意な作家は多いのだろうが、北森鴻は、間違いなく短編の名手であろう。今日紹介する「メイン・ディッシュ」も、彼が得意とする連作短編集である。 劇団「紅神楽」の主催者で看板女優の紅林ユリエは、劇団の仲間から「ねこ」の愛称で呼ばれている。ユリエの部屋にはもう一匹ネコがいる。こちらも、本物の猫ではなく、名前が三津池修なので、仲間内から「ミケ」さんと呼ばれているのだ。ミケさんは、名探偵かつ名料理人である。彼らの周りで起こる事件を、美味しい料理を作りながら、解決していくのだ。ところが、ミケさんは、ネコさんが、かって推理小説大賞受賞者の泉谷と暮らしていたことを知って姿を消してしまう。どうもミケさんには、何か秘密があるようだ。 ネコ型ウッドクロックキャリコ 三毛猫 物語は、ネコさんの劇団仲間とミケさんを中心に展開していく。しかし、このメインの物語が一直線に進んでいくのではなく、フェーズの違う話と交互に入れ替わりながら進行していくのである。一見関係のないような話が、最後の方でうまく収束していく。交互に進む、ユーモラスなタッチのメインの物語と、ちょっとシリアスなサブの話との対比が面白い。 考えてみれば、この短編集は典型的な北森作品と言えるだろう。この作品での、料理人=名探偵というパターンは、以前このブログでも紹介した「花の下にて春死なむ」などの「香菜里屋(かなりや)」シリーズや「親不孝通りディテクティブ 」などでおなじみだ。また、フェーズの違う2つの話が交互に入れ替わりながら話が進んでいく手法は、「メビウス・レター」でも使われていた。だからといって、決して安易なつくりにはなってはおらず、読者の期待に十分応えてくれるだろう。「メイン・ディッシュ」(北森鴻:集英社)○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
September 23, 2008
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横山秀夫と言えば、警察小説の書き手として有名だが、内容が重いものが多いので、あまり続けて読むのは気が進まない。しかし、ある程度時間が空くと、また読みたくなってくるということで、久しぶりに読んだのが「真相」(横山秀雄:双葉社)である。「真相」(横山秀雄:双葉社) この作品は、5つの短編で構成されており、それぞれの話には、思いもよらないような秘密が隠されている。●真相 税理士の篠田佳男は、10年前に息子を殺されていた。その犯人が捕まったことから、佳男の知らなかった息子の姿が明らかになる。●18番ホール 県庁に勤める樫村浩介は、国から出向してきたキャリアの上司とうまくいかないことから、進められていた村長選挙に出馬しようとする。村にはパターゴルフ場の開発計画があった。、その18番ホールの予定地には、樫村にとって重大な秘密が隠されているようだ。●不眠 会社をリストラされ、睡眠に関する治験のアルバイトをしている山室隆哉が早朝に出くわした、見覚えのある「ワインレッドのビガー」。その時刻に、ソープ嬢が放火殺人の被害にあっていた。●花輪の海 再就職の口を探している城田輝正は、大学時代の空手部の合宿で、同級生が死亡していた。空手部は、OBや上級生による暴力が支配する地獄のような場所であった。●他人の家 貝原英治は、強盗による前科があった。その前科が大屋に知れ、住居を追い出されそうになったとき、毎朝の清掃奉仕で出会っていた佐藤老人が、自分の養子になることを提案した。○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
September 22, 2008
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諏訪大社には、昔一度だけ訪れたのだが、不思議に思うことがあった。一口に諏訪大社といっても、実際には大きく上社、下社に分かれ、更に前者は前宮と本宮、後者は春宮と秋宮に分かれているのだ。すなわち、合計4つもの大きな神社の集合体が諏訪大社なのである。神社が分かれているのは他にも例がある。例えば伊勢神宮は、外宮と内宮の2つに分かれている。しかし4つは少し多いのではないだろうか。 更に、諏訪大社には、時折テレビで放映される有名な「御柱祭」が伝わる。坂を滑り落ちる巨大な御柱に、多くの男たちが荒々しく群がる姿は、なんともすさまじい。この他にも、諏訪大社には、元々は75頭もの鹿の生首が捧げられたという「御頭祭」という奇祭も伝わるという。果たして、これらの奇祭は、いったい何のために行われるのだろうか。 このような諏訪大社に関する謎と、諏訪の地で起こる殺人事件をモチーフにした蘊蓄系ミステリーが「QED 諏訪の神霊」(高田崇史:講談社)である。○「QED 諏訪の神霊」(高田崇史:講談社) & 「御柱祭ガイドブック」 今回、このシリーズのヒロイン棚旗奈々は、珍しく、桑原崇に誘われて、諏訪大社の御柱祭を観に行く。桑原崇は、墓参りが趣味で、ニックネームを「タタル」という、蘊蓄を語りだしたら止まらないという、かなりの変人で、このシリーズの主人公である。諏訪には、崇の中学時代の友人である鴨志田翔一たちが待っていた。この鴨志田という男は、前作の「QED~flumen~九段坂の春」に出ていたが、その時は、そんなに変わり者という印象はなかった。しかし、実は、忍者の子孫で、いつもクナイを持ち歩いているという、やっぱり変人だった。そして、いつものように、彼らは、奇妙な連続殺人事件に巻き込まれてしまう。 殺人事件の方の謎解きは、靴の上から足を掻いているような感じで、分かったような、分からないような感じであるが、歴史の方の謎解きの方は、相変わらず語る語る。本当か嘘かは分からないが、つい信じてしまいそうになる。これが、このシリーズの真骨頂であろう。 ○応援クリックお願いします。 ●「QED~flumen~九段坂の春」の記事はこちら○信州諏訪の銘酒「真澄」と「諏訪浪漫」 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
September 18, 2008
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以前、北森鴻の「花の下にて春死なむ」という作品を紹介した。「香菜里屋(かなりや)」というビアバーに集まる常連客の身辺で起こった出来事を、マスターの工藤を中心に解明していくという連作短編のミステリー小説だ。今日紹介する「桜宵」(北森鴻:講談社 )も同じく香菜里屋シリーズの連作短編集である。○「桜宵」(北森鴻:講談社 ) 収録されているのは、次の5編。●十五周年 東京でタクシー運転手をしていた日浦を、昔花巻にいたころ行きつけだった小料理屋千石の娘が、十五周年記念パーティの招待状を持って訪ねてくる。そのパーティにはある秘密があった。●桜宵 刑事神崎の病没した妻の残した手紙には、香菜里屋に行くよう書かれていた。かって、神崎が、被疑者と接触する可能性があるということで監視していた女性は、毎年3日間御衣黄という薄緑色の桜の下に同じ服装で座っていた。女性の行動の理由は?そして、妻が遺した、最後のプレゼントとは?●犬のお告げ 石坂の会社では、リストラを進めていたが、人事部長のホームパーティで、犬に咬まれた者がリストラ対象になるという噂があった。石坂もそのパーティに呼ばれていたが、人事部長が、妻に刺されるという事件が起きてパーティは中止に。●旅人の真実 金色のカクテルが欲しいと言ってやってきた客。彼は、「なんだ、バーと言っても名ばかりか」という不遜な言葉を残していった。●約束 店が水道周りの故障修理のため、花巻の千石を訪れた工藤。その店に、ベストセラー作家の土方が昔の恋人と訪れる。その女性は、なぜか土方の料理に睡眠薬を入れようとした。 今回も、香菜里屋のマスター工藤の名推理が冴えていて面白い作品に仕上がっている。話が、よく練られていて、謎解きにつながる扉を開けたと思ったら、その向こうに、もう一つの扉あったという感じだ。しかし、ちょっと話を作りすぎた分、かえってリアリティが薄くなり、「そんなこと、あるわけないがな!」と言った感じになっているのも否めない。ただ、「事実は小説より奇なり」というので、案外、こんな話も、広い世間にはあるのかもしれないのだが。○「花の下にて春死なむ」の記事はこちら○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
September 13, 2008
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度重なる会計上の不祥事を背景に、米国のサーベンス・オクスリー法(SOX法)に倣って整備されたいわゆるJーSOX法が、今会計年度から適用になり、上場企業は、この対応に追われているものと思う。この制度においては、公認会計士が、「経営者が実施した内部統制の評価」について監査を行うことになっている。 この公認会計士、今は制度が変わったが、かっては、2次試験に合格して会計士補となり、一定の実務経験を積んだ後に3次試験に合格すれば、晴れて資格を手に入れることができたのである。もちろん本人の能力と努力によって、いつ合格できるかは違ってくるので、若くして合格するものもいるし、何年も苦労して栄冠を手に入れるものもいる。「女子大生会計士の事件簿(DX.1)」(角川書店/角川グループパブリッシング)は、全国最年少で会計士2次試験に合格し、今でも現役の女子大生という藤原萌実を主人公にして、「さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 」でも有名な山田真哉氏が、会計の初歩的な知識を伝えるために小説仕立てで書いた会計ミステリーと言っても良い作品である。ちなみに萌実は、ものすごくかわいいという設定だ。事件簿となっているが、別に殺人事件などは出てこず、あくまでも会計上のトリックあばきなので、念のため。扱われているのは、次の7つの事件。○《北アルプス絵はがき》事件:裏金作りのからくり関する「UK」の謎。○《株と法律と恋愛相談》事件:会社乗っ取り工作に関する話。○《桜の頃、サクラ工場、さくら吹雪》事件:お花見監査とは?○《かぐや姫を追いかけて》事件:かぐや姫に恋い焦がれと男の、架空会社を使った粉飾。○《美味しいたこ焼き》事件:閉鎖した普通預金口座に、なぜか1000万円もの預金が。○《死那葉草の草原》事件:死那葉草の謎とは?○《ベンチャーの王子様》事件;SPCを悪用した会計のからくりとは? この作品で、萌実の部下としてペアを組んでいるのが会計士補一年目の柿本一麻。こちらは、現在二十九歳、勉強を始めて7年目にやっと2次試験に合格したという苦労人だ。萌実の自由奔放なキャラに振り回されているが、萌実の方が専門知識が豊富なことと、どうも惚れた弱みもあるようで、下僕キャラを演じているのがなんとも面白い。楽しみながら、会計に関する知識が知らず知らずのうちについてくるので、会計の勉強を始めようという方などは、手始めに読むのには最適であろう。○応援クリックお願いします。 ●「女子大生会計士の事件簿(DX.1)」(山田真哉:角川書店/角川グループパブリッシング) 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
September 2, 2008
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三代目澤村田之助といえば、屋号を紀伊国屋といい、幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎の名女形である。その美貌と艶やかな芸で大変な人気であったが、脱疽のため、四肢を次々に切断しなければならなかった悲劇の人でもある。彼は、それでもなお舞台に立ちつづけ、観客を魅了したという。 「狂乱廿四孝」(北森鴻:角川書店)は、その澤村田之助の物語を中心にして、戯作者見習いの娘お峰が、田之助の周りで起こる殺人事件の謎を追うというミステリー小説である。この作品は第6回鮎川哲也賞を受賞している。 時代は明治になったばかりのこと。脱疽のため両足を失ってなお艶やかな田之助の復帰舞台は、江戸で大評判であった。しかし、田之助の掛かりつけの医師の加倉井蕪庵が殺されるという事件が起きる。その殺され方は、半年前に起こった、役者の高宮猿弥殺しと似たような手口で会った。 その一方、音羽屋尾上菊五郎は、画家の川鍋狂斎の描いた不気味な幽霊画の謎解きに没頭していた。殺された蕪庵も猿弥も、死ぬ前にこの絵を見たという。果たして、絵に込められた、「逆さの黒衣」の謎とはどのようなものか。 田之助の滅びゆく運命が上の、はかない美しさ。田之助に魅了されその美しさを舞台につなぎとめようとする、彼を取り巻く人々とそこで起こった異常な殺人。非常に読み応えのあるミステリーだ。表紙の幽霊画も、不気味で、小説によくマッチしている。○応援クリックお願いします。 狂乱廿四孝(北森鴻:角川書店)風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
August 28, 2008
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今日は、ちょっと前に紹介した「狐罠」という作品の続編にあたる「狐闇」(北森鴻:講談社 )の紹介だ。もちろん冬狐堂を屋号とする美人旗師の宇佐見陶子が主人公の物語である。今回は、陶子が大きな事件に巻き込まれ、敵の策略で、酒酔い運転で事故を起こしたように偽装される。しかも、そのトランクには、盗まれたはずの絵が入っていたのだ。陶子は、運転免許だけでなく、古物商の鑑札も取り上げられるが、果敢にも事件の謎に挑む。 そもそもの事件の発端は、陶子が骨董市で2面の青銅鏡(海獣葡萄鏡)を競り落としたことから始まる。どういうわけか、そのうちの一枚が三角縁神獣鏡にすり替わっていたのだ。しかもその銅鏡は明治期に作らたもので、奇妙な鳥の姿を映し出す魔鏡であった。そして、陶子に付きまとう、鏡の持ち主であるという弓削家の影。 この作品は、話が骨董の世界だけにとどまらず、歴史に隠された闇の中に、大きなスケールで広がっていく。幻の税所コレクションや西郷隆盛と征韓論の謎など、陶子に起こった事件の背景の大きさに、思わず大丈夫かと呼びかけそうになる。 しかし、この作品では、陶子は心強い味方を得る。異端の民族学者と呼ばれる蓮丈那智である。彼女を主人公にした作品は、「蓮丈那智フィールドファイル」としてこれまでに3巻発売されており、このブログでも紹介している。実はこの作品、蓮丈那智フィールドファイル1「凶笑面」に収録されている「双死神」という話を陶子側の視点から見たものとなっており、併せて読むことで、面白さが倍増するであろう。更に、この作品では、「花の下にて春死なむ」に出てきたビアバー「香菜里屋」もさりげなく出ており、こちらのシリーズのファンの方も楽しめると思う。○「狐罠」の記事はこちら ○「緋友禅 旗師・冬狐堂」の記事はこちら○蓮丈那智フィールドファイル1「凶笑面」の記事はこちら○「花の下にて春死なむ」の記事はこちら○応援クリックお願いします。 ○「狐闇」(北森鴻:講談社 ) 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
August 25, 2008
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最近、森博嗣の作品もよく読んでいるが、今回読んだのは、「月は幽咽のデバイス」(森博嗣:講談社)という作品。彼の作品には、Gシリーズとか、S&Mシリーズといったシリーズものが多いが、これは「Vシリーズ」に分類される作品らしい。 このシリーズ、現在10作品が発表されているが、この「月は幽咽のデバイス」は、シリーズ第3作に当たる。「Vシリーズ」の名前は、主人公・瀬在丸紅子(Venico)の頭文字に由来しているようだ。紅子だったら普通は、Bだろうと思うのだが、「Bシリーズ」では、作品がB級のように聞こえるので、それを避けたのだろうか。 このシリーズは、自称科学者で、没落した名家の令嬢瀬在丸紅子(せざいまる べにこ) を中心に、彼女と交流のある学生で、阿漕荘というアパートに住んでいる、小鳥遊練無(たかなし ねりな)、香具山紫子(かぐやま むらさきこ) たちが難事件を解決していくというものだ。そして、その話を、同じく阿漕荘に住んでいる探偵・保呂草潤平(ほろくさ じゅんぺい) が書いているというつくりになっている。 出てくる人物は、名前も変わっているが、それぞれなかなか個性的である。瀬在丸紅子は、家が没落して貧乏暮らしをしているのに、全く気にしている様子もない。貧乏暮らしなのに、なぜか住まいには執事がいる。小鳥遊練無は、少林寺拳法の使い手ながら、女装趣味のいわゆる「男の娘」というやつだ。香具山紫子は、長身でボーイッシュな関西弁の女の子である。そして、保呂草潤平は、どこか怪しげな感じだ。 物語の舞台は、篠塚邸。建設会社の社長を務める篠塚宏邦の屋敷だ。世間からは薔薇屋敷、月夜邸、黒竹御殿などとも呼ばれている。娘の莉英は、紅子とも交流があり、紅子も招かれたパーティの最中に、オーディオルームで、莉英の友人のファッションデザイナー・歌山佐季が死体で見つかる。部屋は密室になっており、死体は、衣服もぼろぼろで、部屋中悪魔にでも引きずりまわされたような悲惨な有様。そして、なぜか床には、大量の水がこぼれていた。 この事件を、紅子たちが解決するというものだが、密室のトリックが、森博嗣作品によく見られるように、かなりの力技だ。このあたりは、さすがは、建築の専門家というべきか。建築学トリックという名前を贈呈してもいいかもしれないと思う。○「月は幽咽のデバイス」(森博嗣:講談社) ○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
August 21, 2008
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久しぶりに、高田崇史のQEDシリーズを読んだ。「QED~flumen~九段坂の春」(高田崇史:講談社)である。本作品は、このシリーズで初めての連作短編だ。収録されているのは次の4編。それぞれの編での主人公は、このシリーズのレギュラー陣が務めている。当然の如く、各編では、何らかの蘊蓄が語られ、そして、殺人事件も発生している。●「九段坂の春」 中学生時代の、桑原崇の物語。場所は東京九段坂。中学生で、もう現在の桑原の片鱗が見える。このときの理科の教師である五十嵐弥生に、色々と教えを受ける崇は、弥生に初恋の感情を覚えるが、最後はほろ苦い別れで終わる。崇と棚旗菜々の間がなかなか進展しないのは、このあたりに原因があるのだろうか。語られるのは、「万葉集」、「古今和歌集」、「新古今和歌集」などに出てくる「袖」の意味と三島由紀夫の「豊饒の海」の謎。事件は、千代田区の小児科の女医落合康美と夫の光弘の殺害。●「北鎌倉の夏」 高校時代の棚旗菜々の物語。場所は鎌倉。菜々のちょっと切ない初キス体験。語られるのは、楠木正成の謎など。事件は鎌倉宮の管理人五十嵐勝の謎の死。●「浅草寺の秋」 大学時代の小松崎良平の物語。場所は東京浅草。こちらも切ない彼女との別れ。語られるのは、山本勘助に関する謎など。事件は、浅草寺の裏手で抱き合ったまま死んでいた佐藤真太郎と江上奈緒美の謎。●「那智瀧の冬」 大学院時代の御名形史紋の物語。場所は和歌山県那智。既に学生時代から、地元では変人で有名だったようで、さすがに色恋はなし。語られているのは補陀洛渡海など。事件は、那智勝浦の大地主深影佳勝の全身を腫れあがらした無残な死。 レギュラーとしては、11作目の「QED 神器封殺」から登場する御名形史紋より、棚旗奈々の妹詩織の方が、登場する権利があると思うのだが、本作品では、全く登場しない。やはり、史紋の圧倒的な存在感に軍配が上がったようで、作者がこの人物に、かなりの愛着を持っていることが推察できる。 物語の流れとしては、登場人物の共通性はあるものの、「北鎌倉の夏」も「浅草寺の秋」も、他の作品と強い結びつきはない。最も強く結びついているのは標題作の「九段坂の春」と最後の「那智瀧の冬」だ。「九段坂の春」で起こった事件の謎が「那智瀧の冬」で明らかになるのである。事件の解明のきっかけをつくったのは、もちろん御名形史紋。対するのは、「九段坂の春」に、桑原崇の先生として登場していた五十嵐弥生。さすがに、桑原が尊敬するだけあって、さしもの御名形も、弥生に一服もられるという失態を演じる。 このシリーズ、最近は蘊蓄部分とミステリー部分が分離しすぎていたような感があったが、この作品では、それほど不自然さは感じなかった。しかし、どうして、この作品の登場人物、誰もかれも、そんなに蘊蓄が語れる? ○応援クリックお願いします。 ○「QED~flumen~九段坂の春」(高田崇史:講談社) 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
August 19, 2008
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少し前にテレビで話題になった東野圭吾による「ガリレオ」シリーズ。「探偵ガリレオ」、「予知夢」に続く第3段が、この「容疑者Xの献身」(文芸春秋社)である。第134回直木賞受賞作だ。このシリーズは、もともと物理トリックとか理系トリックといったものを売りにしていたのだが、本作はだいぶ方向性が異なって、犯人の内面を描いたような「ミステリーになってしまっている。そのあたりが、直木賞の選考委員には受けたのかもしれないが、私としては、やはりこのシリーズの持ち味である、科学技術を応用したトリックを見せてほしかったと思う。「容疑者Xの献身」(東野圭吾:文芸春秋社) もっとも科学技術的なトリックが出てこないのは、今回の相手が数学者であることも関係しているのかもしれない。今回湯川准教授が対決するのは、「ダルマの石神」という男。現在は高校の数学教師だが、元々は湯川の大学時代の同級生で、湯川も認めた数学の天才である。 今回の事件は、石神のアパートの隣の部屋に住む花岡靖子と娘の美里が、執拗につきまっとってくる靖子の前夫・富樫慎二を殺してしまったことから始まる。靖子に好意を持っていた石神は、二人を助けるために、彼の天才的な頭脳で、犯行の隠蔽を図る。 本作品では、犯人ははじめからわかっているので、見どころは、湯川がどのように石神の仕組んだアリバイトリックをつきくずしていくのかと思っていたら少し違った。「崩せそうで崩れないアリバイ、これこそが石神が仕掛けた罠だった」(作品中より引用)のである。そこには、想像を絶する恐るべきトリックが仕掛けられていたのだ。見どころは、湯川の「物理学的頭脳」と石神の「数学的頭脳」の戦いといったところであろうか。 石神の身を捨てた、完璧なはずのトリック。絶対に崩れないはずの筋書きが破たんしたのは、人の心は、必ずしも論理的にはいかないということであろうか。それにしても、石神の心は哀しい。○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
August 17, 2008
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以前出張に行った時、仕事が終わって、街をうろうろしていると、古書店を見つけた。なんと、ちょっと前に買った本が何冊か、もっと安い値段で売られていてがっかりしたが、気を取り直し、面白い本はないかと探してみた。 見つけたのがこれ、「三つ首塔」(横溝正史:角川書店 )である。なんと105円で売られていた。酒を飲まない私にとって、缶入り飲料より安く、旅先での徒然をなぐさめることができるのはありがたい。横溝正史と言えば、金田一耕助シリーズという訳で、この作品も金田一耕助シリーズのひとつである。 この物語でヒロインを演じるのは、両親を亡くしながらも、伯母夫婦の手で両家の令嬢として育てられた宮本音禰。ところが、莫大な遺産相続の話が、音禰にもちあがる。しかし、遺産相続のためには、高頭俊作という男と結婚するという条件が付けられていた。 そして、伯父の還暦パーティの夜、音禰の婚約者高頭俊作を始め、全部で3人もの人間が殺されたのだ。音禰も俊作のいとこの高頭五郎という男に凌辱され、ついには、殺人への関与を疑われ逃亡生活に。 いかにも、横溝作品らしい淫靡な世界が広がっていき、良家の令嬢であった音禰が、怪奇な事件のなかで翻弄され、どんどん転落していくかに見える。音禰は、このままどこまで堕ちていくのだろうと思っていたら、びっくりするようなどんでん返しがあり、犯人も全く意外な人物であった。○応援クリックお願いします。 DVD「三つ首塔」風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
August 16, 2008
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「数奇にして模型」(講談社)は、森博嗣のS&Mシリーズの一つである。森博嗣の作品は、タイトルの意味がよく分からないものが多いが、これは一応模型に関係した事件を扱っているということで、少しは分かりやすい方であろうか。しかし、英語の副題の方は「NUMERICAL MODELS」となっており、これと併せて考えると、ますます意味不明となってしまう。 内容を簡単に紹介しよう。「模型」ということから類推されるように、この作品は、模型愛好者すなわちモデラーたちを扱ったミステリーである。舞台は那古野市内。そこで開催された、模型交換会の会場で、密室殺人が起こる。殺されたのはモデルの筒見明日香。明日香の殺されていた部屋には、M工業大学社会人大学院生の寺林が昏倒していた。同じころM工業大学でも、もう一つの密室殺人事件が発生しており、寺林にその容疑がかけられていた。西之園萌絵は、犀川創平の妹の雑誌記者儀同世津子に、従兄の作家で模型マニアの大御坊安朋の紹介を頼まれていたため、例によって事件に首を突っ込んでいく。 この作品でも、森博嗣らしく、大きなどんでん返しの結末が待っている。しかし、このどんでん返しぶりは、かなり反則技くさい。また、犯行の動機の方も、あまりにも異常すぎて、かえってリアリティに乏しくなっているのではないかと思う。 しかし、後先考えずに猪突猛進する萌絵のキャラと、やる気があるのかないのか分からない犀川のぬるキャラぶりの対比は、相変わらず面白い。しかし、今回、犀川は、珍しく、最後に、ぬるキャラらしくない活躍をしていた。○応援クリックお願いします。 「数奇にして模型」(森博嗣:講談社) 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
August 15, 2008
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つい最近まで、米穀通帳というものが制度上は存在していた。米国通帳ではないので、くれぐれも、アメリカの銀行の貯金通帳と間違えないようにしてほしい。米穀通帳とは、食糧管理制度の下で、米の配給を受けるために必要な通帳であり、廃止されたのは、1981年のことである。1960年代位までは米屋で米を買う時には必要だったようだ。しかし、その後は、次第に有名無実になり、いつの間にか忘れ去られていった。私にしても、実物をまったく見たことがないのである。 この食糧管理制度であるが、食料の需給と価格の安定を図るために、1942年(昭和17)に制定された食糧管理法に基づいたものである。食糧管理法の下では、米は、国が生産者から高く買い付けたものを、消費者に安く売ることが基本となっており、米の流通についても、厳しい制限が課せられていた。しかし、時代とともに、制度に潜む矛盾が顕在化し、1995年(平成7)には廃止された。奇しくも、この食糧管理法廃止の前年に、この制度の矛盾を鋭く抉るような内容のミステリーとして刊行されたのが、「沃野の伝説 上、下」(内田康夫:光文社)である。浅見光彦シリーズの旅情ミステリーに分類されるものであるが、あまり旅情を感じさせず、社会派ミステリーのテイストが高いものとなっている。 事件の発端は、浅見光彦の母親である雪江未亡人の、「米穀通帳は、どうなったのかしら」という素朴な疑問である。ところが、雪江が米穀通帳について問い合わせをした、京北食糧卸協同組合の坂本義人が死体で発見される。光彦は雪江の言いつけで、事件を調べ始める。 その一方では、長野県では、巨額のヤミ米横領事件が発覚する。長野と言えば、この人。「信濃のコロンボ」こと竹村警部の登場である。この横領の犯人と目されているのは、行方の分からなくなっている、山花商事という米を扱う会社に勤める、阿部隆三という契約社員。坂本は、失踪前にしていた電話で、「阿部さん」という呼びかけを何回もしていた。警察は、阿部を、坂本殺人事件の犯人と見なすが、父親の無実を信じる阿部の娘悦子と、事件の真相を追及していく。 この作品の最大の魅力は、内田作品の2大スターである、浅見光彦と竹村警部の豪華共演である。また、作品中のそこかしこで触れられる、食糧管理制度の矛盾と行政の無定見さに関する記述も読みごたえがある。例えば、かって八郎潟という琵琶湖に次ぐ巨大な湖が秋田県にあった。この八郎潟を埋め立て、入植者を募ったが、入植した農家は、猫の目行政により、減反を強いられたかと思えば、もち米を植えろと言われ、更には、収穫ができる前に、青田刈りをさせられたりと思ったら、今度は畑にしろと言われ散々な目を見た。こういった行政の矛盾を作品中ではしっかりと描き出している。○応援クリックお願いします。 ○「沃野の伝説 上、下」(内田康夫:光文社) 風と雲の郷 別館「文理両道」はこちら風と雲の郷 貴賓館「本の宇宙(そら)」はこちら
August 12, 2008
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以前、美人旗師宇佐見陶子を主人公にした北森鴻の「緋友禅 旗師・冬狐堂」という作品を紹介したが、彼女が登場する第一作目の作品が「狐罠」(北森鴻:講談社)である。なお、旗師というのは、店舗を構えない古物商のことだ。 宇佐見陶子は、屋号を冬狐堂という、売り出し中の美人旗師である。陶子は、銀座に店舗を構える骨董商の橘薫堂から、周到な「目利き殺し」を仕掛けられ、贋作の発掘物と称する硝子椀を掴まされた。骨董の世界は「目利き」がすべてである。陶子は自らのプライドをかけて、橘薫堂に対して、「目利き殺し」返しを仕掛けようと企てる。その一方、橘薫堂の外商を担当していた田倉俊子が死体で発見された。 骨董の世界といえば、テレビの鑑定団などでのイメージでは、どこかのんびりしたようなユーモラスな感じを受ける。しかし、この作品に描かれている世界は、決してそのようななまやさしいものではない。先にも言ったように、「目利き」が全て。贋作をつかまされる方が、目が利かないだけのこと。まさに食うか食われるかの、どろどろとした世界である。「いい仕事してますねえ」なんていう言葉の裏にも、何が隠されているか分からないのだ。 作品中に出てくる、贋作師の潮見という老人がすさまじい。「目利き殺し」返しのための、文箱を製作するのに、それが制作されたと見せかけたい時代と同じ材料、工具を揃えるだけではない。当時の栄養状態を考えて、自分の体をいじめ抜きいて幽鬼のようにやせ細り、当時の職人頭の心情を想像して、秘伝の技が誰にも見られないよう、暗がりの中、燈心の明かりのみで作業を行う。贋作師とはいえ、一流の者は、ここまでやるのかと奇妙な感動に襲われる。 最後は、陶子がピンチに陥るが、急転直下、事件が解決し、驚くべき真相が明らかになる。北森らしい、よく取材され、周到に練り上げられた良品のミステリーである。 ○応援クリックお願いします。 ○「緋友禅 旗師・冬狐堂」の記事はこちら○「狐罠」(北森鴻:講談社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
August 3, 2008
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「キミが消えてから、ぼくはいったい何通の手紙を書いたろう。届くはずのないキミに向かって、ひたすらに書き続けた手紙。それが一連の事件の真相に近づいていく鍵だったなんてことを、いったい誰が予想しただろうか」(北森鴻:メビウス・レター) 最近は北森鴻の作品がお気に入りだ。北森鴻は、1995年に、デビュー作の「狂乱廿四考」で、第六回鮎川哲也賞を受賞し、更に、1999年には「桜の下にて春死なむ」で第52回日本推理作家協会賞短編および連作短編部門賞を受賞している。すでに彼の作品のいくつかは当ブログでも紹介しているが、読み応えのある連作短編の書き手だ。今日紹介するのは長編小説の「メビウス・レター」(北森鴻:講談社)だが、これも期待を裏切らない面白さである。 この作品は、地震で倒壊した工事中の自動車道の橋脚近くから人骨が発見されたという新聞記事から始まる。そして、流行作家の阿坂龍一郎のところに手紙が次々に送られてくるようになった。二度と顧みないと誓って捨てたはずの過去からの手紙が。それは、7年前に、ある高校で、一人の生徒が焼身自殺を遂げたとされる事件の真相を追及するものであった。 そして、ストーリーは、裏と表の関係にある、現代と手紙の中の過去が、お互いに、入れ替わりながら進んでいく。まるで、どちらが表か裏かが分からないメビウスの輪のように。そして、手紙の中の一人称の「ぼく」の正体、管理教育の権化で犯人と目された体育教師三島や美人で人気者の音楽教師小椋の本当の姿、こういったものが次々とひっくり返りながら、最後は意外な事件の全貌が明らかになる。よく考えぬかれた、いかにも北森らしい読み応えのある作品である。○応援クリックお願いします。 ○メビウス・レター(北森鴻:講談社)風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら○関連ブログ記事・igaigaの徒然読書ブログ
July 26, 2008
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最近、何やかやと言いながら森博嗣の作品をよく読んでいる。今回読んだのは「詩的私的ジャック」(講談社 )だ。犀川創平と西之園萌絵が密室トリックに挑戦する「S&Mシリーズ」の第4作目にあたる。日本語の表題は、いつも通りダジャレ風である。そして、他の森博嗣の作品と同様、これにも英語の副題として「JACK THE POETICAL PRIVATE」という題が付いている。 この作品の表題にある「ジャック」は、もちろん「Jack the Ripper」すなわちその昔ロンドンで発生した「切り裂きジャック」事件を意識してつけられたものだ。 今回の事件は、S女子大の助手杉東千佳が、大学のログハウスでT大の学生・前川聡美が殺されているのを発見することから始まる。続いて、T大の冷却ポンプ室で、S女子大の学生相田素子が同様の手口で殺される。警察の捜査線上に、犀川が担任していた、ロック歌手の結城稔が浮かぶが、またしても萌絵が通うN大の実験棟で杉東千佳が殺される。杉東は結城稔の義姉にあたる。そして、結城稔までも殺される。殺人現場はどれも密室で、被害者は腹部に、ナイフで文字のようなものを刻まれていた。 実は、私は、ミステリーをよく読むが、密室トリックにはあまり興味がない。それでは、なぜ密室トリックの多い森作品を最近よく読んでいるかというと、このシリーズ、登場人物特に犀川創平と西之園萌絵の会話のやり取りが、なんとも面白いのである。 萌絵に振り回されている感じの犀川のちょっととぼけた感じが、森博嗣の別の作品の「水柿助教授」を連想させる。この水柿助教授、どうも森博嗣自身がモデルのような感じがするので、この作品の犀川助教授も、彼の分身なのだろう。作品の中で、超美人の萌絵に慕われているという設定は、結局自分自身の願望なのだろうか? そんなことを考えながら読んでいると、結局、意外な人物が犯人だった。しかし、動機の方は、森博嗣らしく、我々一般人の理解を超える。密室トリックの方も、ちょっとしたどんでん返しがあるが、これもいかにも森博嗣らしいといえるだろう。○応援クリックお願いします。(両方押してね) 「詩的私的ジャック」(森博嗣:講談社 ) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
July 19, 2008
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森博嗣Gのシリーズの第5作目にあたる「λに歯がない」(森博嗣:講談社)を読んだ。Gシリーズというのは、ギリシャ文字から始まる一連のシリーズで、いずれも意味不明のタイトルが付いている。 このシリーズも、デビュー作の「すべてがFになる」に源流をさかのぼれる、N大学助教授の犀川創平とその教え子の西之園萌絵が活躍する一連のシリーズのひとつである。ただし、このGシリーズは、元犀川研の助手の国枝桃子が現在助教授を務めているC大学(大学院含む)の学生である、山吹早月、海月及介、加部谷恵美の3名が中心になって動いている。もっとも、謎ときはかなり、萌絵が動いて、最後は犀川が締めくくるような感じなのだが。山吹は、キャラとしては普通の人だが、ミニ犀川のような感じで、いつもテンションの低い海月とやたらテンションの高い加部谷の組み合わせが面白い。 ところで、理系ミステリーといえば、少し前に「ガリレオ」が話題になったが、このシリーズも完全に理系ミステリーと言える。もっと絞って言えば、著者が元建築学の大学助教授だったこともあり、建築学系ミステリーの色合いが強い。 今回の事件も、密室殺人。国枝が共同研究を行っていたT建設技術研究所で4人の人間が殺されていた。現場は密室。死体は全員歯を抜かれており、そのポケットには「λに歯がない」と書かれたカードが。西之園萌絵は、これまでの事件での実績により、密室殺人の専門家とみなされているようで(実はその後ろにいる犀川が当てされているようなところもあるのだが)、警察に協力して、事件の推理を進める。 今回の密室トリックもかなりの力技。まさに理系トリック、工学系トリック、建築系トリックである。これは、建築に詳しくないと、思いつかないかもしれない。 このシリーズには珍しく、本作品では、題名の一部の意味が分かる。「歯がない」という部分だ。しかし「λ」の意味は相変わらず不明である。さらに、やはり、このシリーズには珍しく、犯人と動機も明らかになる。だが、やっぱり、分からない部分の方が大きく、すっきりしない。シリーズが進めば、このもやもやがとれるのだろうか?○「λに歯がない」 (森博嗣:講談社) Gシリーズの過去記事○「τになるまで待って」の記事はこちら○「εに誓って」の記事はこちら○「φは壊れたね 」の記事はこちら森博嗣の小説の原点。犀川、西之園と真賀田四季との最初の関わりはここから始まる。○「すべてがFになるの記事はこちら○応援クリックお願いします。(両方押してね) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
July 15, 2008
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「τになるまで待って」(森博嗣:講談社) を読んだ。相変わらず意味のよく分からない題だが、「φは壊れたね 」、「θは遊んでくれたよ」に続く森博嗣Gのシリーズの第三作目にあたる。ちなみに、この作品の次が「εに誓って」である。○「τになるまで待って」 (森博嗣:講談社) このシリーズの主役は、C大学または大学院の学生である、山吹早月、海月及介、加部谷恵美の3名である。この3名、今回は、探偵・赤柳の手伝いのバイトのため、森の奥にある「伽羅離館」を訪れる。そこは、自称超能力者の神居静哉の別荘であった。ここで、調べ物をするというのだ。その館には、他にも新聞記者の富沢やカメラマンの鈴本も取材のため来ていた。 ところが、神居静哉が、自室で殺される。部屋は、中から閂がかかっており、密室となっていた。さらには、外に通じるドアも開かず、一行は、建物の中に閉じ込められてしまう。「τになるまで待って」とは、神居が殺される前に聞いていたラジオドラマのタイトルだそうだが、いったいどんな意味があるのだろう。 結局密室トリックの謎は、犀川が来て、あっというまに解決していくのだが、そのトリックというのが、かなりの力技で、ちょっとあぜんとしてしまった。やっぱりトリックは力技よりはエレガントな方がいい。 それにしても、今回の事件も、分かったのは密室のトリックだけで、誰が何のためにやったのかは分からず、読後に不完全燃焼の感が残ってしまう。背後には、真賀田四季の影がちらついているようだが。この後どう進んで行くんだろう。結局よく分からないことだらけだ。Gシリーズの過去記事○「εに誓って」の記事はこちら○「φは壊れたね 」の記事はこちら森博嗣の小説の原点。犀川、西之園と真賀田四季との最初の関わりはここから始まる。○「すべてがFになるの記事はこちら○応援クリックお願いします。(両方押してね) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
July 11, 2008
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京都嵐山に、大悲閣千光寺という寺がある。JR「嵯峨嵐山」駅から徒歩40分と、ちょっと離れた山の中腹にあるため、私もまだ、訪れたことはないが、メジャーコースを外れているため、ひっそりとした佇まいらしい。しかし、京都市内や東山三十六峰を見渡せ、景色がすばらしいと聞く。江戸時代初期に、角倉了以が開いた禅宗の寺だ。 この実在の寺を舞台にした、北森鴻のミステリー短編集が、「支那そば館の謎 - 裏京都ミステリー -」 (光文社)である。実在の寺にも関わらず、「貧乏寺」扱いしていたので、怒られないかと思ったが、巻末の解説を、大悲閣千光寺の大林道忠住職が書いており、北森氏と親交があるようだ。 もちろん、登場人物の方は、架空の人物であるが、実在の寺の住人が主役のミステリー小説というのも珍しいのではないだろうか。 千光寺の寺男の有馬次郎は、元怪盗だ。ある時千光寺に忍び込んで、逃げる時に、階段を転げ落ちて、骨折してしまう。ところが、千光寺の住職は、有馬を警察に突き出すどころか、介抱してくれたうえ、寺男として働くことを勧めてくれた。そんなわけで、有馬は、心を入れ替え、寺に居ついてしまった訳だ。でも、元々事件巻き込まれ体質なのか、さまざまの奇妙な事件に巻き込まれる。しかし、昔取った杵柄である特殊能力(泥棒するための技術ですな)を活かして、事件を解明していくというお話だ。 掲載されているのは、以下の6篇。「不動明王の憂鬱」「異教徒の晩餐」「鮎踊る夜に」「支那そば館の謎」「居酒屋 十兵衛」 事件の解決の重要なヒントを与えてくれる知恵者の千光寺住職、恥じらいをどこかに置き忘れてきたみやこ新聞の女性記者・折原けい、自他共に認める府警の税金泥棒・碇屋警部、バカミス賞作家・水森賢など、有馬を取り巻く人物たちがなんとも面白い。これって続編はないのかな。○応援クリックお願いします。 ○「支那そば館の謎 - 裏京都ミステリー -」 (北森鴻:光文社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
July 5, 2008
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フリーのルポラーターで、名探偵の浅見光彦が活躍するミステリー小説が、内田康夫による浅見光彦シリーズという旅情ミステリーである。このシリーズ既に100冊以上は出ていると思うが、警察庁刑事局長を兄に持つ光彦が、最初は半ば犯人扱いされながらも、結局は、事件を解決していくという話だ。光彦をさんざん犯人扱いしていた警察が、光彦が刑事局長の弟だとわかったとたんに、掌を返したように、ペコペコするのがなんとも面白い。 今回読んだのは、「悪魔の種子」(内田康夫 :幻冬舎)という作品である。この作品は、日本三大盆踊りの一つである、秋田県の西馬音内(にしもない)盆踊りの場面から始まる。この盆踊りは、女は「端縫い」というパッチワークのような着物を着て踊るが、男は、「彦三頭巾」という変わった被り物を被って踊るのだが、盆踊りの最中に、彦三頭巾を被った男が不審な死を遂げる。男は茨城県農業試験場に勤務する窪田という男であった。更に、茨城県霞ヶ浦で、新潟県の長岡農業研究所に勤める上村という男が殺されているのが見つかる。浅見家のお手伝いの須美子は、友人が事件に巻き込まれたため、光彦に相談する。光彦は、事件を調査するうちに、「花粉症緩和米」が絡んでいることを知る。 この作品、最初は西馬音内盆踊りという、いかにも旅情ミステリーらしいオープニングであったが、残念なことに、それ以降、他に旅情をさそうようなめぼしいものはでてこず、遺伝子組み換え作物とそれに絡む利権、お役所の縄張り体質などを追及した、どちらかといえば社会派のミステリーとなっている。しかし、それでも、稲の歴史的なものや遺伝子組み換え作物について、いろいろと興味をひかれることが書いてあり、結構面白い。この方面に、興味のある人には、お勧めの一冊である。 ○応援クリックお願いします。 「悪魔の種子」(内田康夫 :幻冬舎) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 29, 2008
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「どこにでもあるクソ人生でも、こいつらにとっちゃ、たった一度の人生だったってことだ。手を抜くんじゃねえ。検視で拾えるものは根こそぎ拾ってやれ」(横山秀夫「臨場」より) 良くドラマなどで、殺人事件が起きた時に、死体の状況を調べるシーンが出てくる。私は、てっきり全部医者がやるものだと思っていたが、犯罪性の有無を調べるのは「検視」といって、警察官が行うようだ。なお、「検死」と言う用語は、法律上は存在せず、上記の「検視」と医者が死因を特定するために行う「検案」、そして「解剖」まで含んだ概念のようである。このあたりの区別も、今回調べてみて、初めて知ったのだが。 そんなことを調べたのは、「臨場」(横山秀夫:光文社)を読んだのがきっかけである。主人公は、L県警刑事部捜査第一課に勤務する倉石義男と言う男。階級は警視。「終身検視官」と呼ばれる強烈な個性を持つ異能の人物である。多くの、自殺と片付けられそうな死体を他殺と暴き、他殺と判定されそうな死体を自殺と見抜いてきた。しかし、その風体といえば、オールバックで鋭い眼光、やくざっぽい足の運びで歩き、警察と言うよりはマフィアのように見える。上司に疎まれ、おまけに近所の評判も悪い。その一方では、強烈なカリスマ性を持っており、警察内にシンパも多く、部下や退職する上司のために、情の厚いところを見せたりもする。 この作品は、全部で8つの短いエピソードから成り立っており、全体として一つの物語を作り上げている。どのエピソードも倉石が圧倒的な存在感を発揮しており、読み応えのある物語となっている。しかし、組織の中で、これだけ強い個性を保てるのはうらやましいものである。○応援クリックお願いします。(両方押してね) 「臨場」(横山秀夫:光文社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 18, 2008
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ちょっと前に、森博嗣の「幻惑の死と使途」という変わった題名の本を紹介した。この本の変わっているのは題名だけではない。中が奇数の章だけからできているのだ。なぜかと思っていたら、実は、今回紹介する「夏のレプリカ」(森博嗣:講談社)と対になっているからであった。だから、こちらの方は、偶数章ばかりで出来ている。しかし、両方とも独立して読めるので、両方を見比べながら読む必要はない。ほぼ同じ時期に起こった2つの独立した事件を扱っているので、このような構成にしたということである。S&Mシリーズの第7作目だ。 こちらの作品で、メインの役を演じるのは、前作でちょっと登場した、西之園萌絵の高校時代からの親友である簑沢杜萌である。彼女が、実家に帰省した際に体験した時、仮面の男によって拉致される。彼女の家族も既に、男の仲間によって簑沢家の別荘に拉致されていた。杜萌が仮面の男に別荘につれてこられた時、男の仲間たちは、同士討ちをしたような形で死んでいた。更に、かって盲目の天才詩人として有名になった、兄の素生が失踪する。 簑沢家にも杜萌にも、何か秘密があるような雰囲気が常に漂い、その雰囲気で、一気に最後まで読ませるような作品である。しかし、考えてみると、設定によく分からないところがある。この事件の動機であるが、一言で言えば、今カノが元カノを消してしまいたいということだったのだろうか?でも、普通は逆で、彼氏を取られた元カノが今カノに復讐するというのが自然だと思うのだが。真犯人は、非常に論理的で頭が良いという設定なのだが、やっていることは、あまりにも非論理的である。もっとよく分かるように書きたいが、そうすると、必然的にネタばれになってしまうので、この辺でやめておこう。 最後に、森博嗣お得意のパターンで、ちょっとしたどんでん返しのようなものがあるのだが、これも結局なんだったんだという思いが残る。もしかすると、別の作品に続いているのかな?○応援クリックお願いします。(両方押してね) 「夏のレプリカ」(森博嗣:講談社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
June 10, 2008
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「皆が、私の名を、呼ぶかぎり・・・・・私は、抜け出してみせよう」 「幻惑の死と使途」(森博嗣:講談社)という本を読んだ。駄洒落を優先して、意味が良く分からないようなタイトルになっているが、S&Mシリーズの6作目に当たるようだ。ちなみに、英語の副題は、「Illusion Acts Like Magic 」となっている。 内容を簡単に紹介しよう。脱出マジックの大物有里匠幻が、脱出マジックショーの最中、衆人環視の中で殺害されてしまう。更には、その遺体も、マジックのように、どこかに消え失せてしまったのだ。このショーを見ていた西乃園萌絵は、事件の謎を調査し始める。しかし、更なる殺人事件が続く。 駄洒落のようなタイトルに関わらず、結構面白かった。事件に関わっているのは主として萌絵の方である。犀川助教授のやる気の無さとは対照的だ。どちらも浮世離れした二人のやり取りが、夫婦漫才のようでなんとも面白い。二人は既に婚姻届を作成して、萌絵の叔母に預けているらしい。萌絵は、犀川をまっとうに導けるのは自分しかいないと思っているようだが、大丈夫か。 すべてが終わったとき、萌絵が関係者を集めて、事件の説明をする。そして、最後に犀川が、明かす、最も重要な部分に関する推理。犯人の方は唐突に出てきたような感じが強いが、これもマジックの一環か? ○応援クリックお願いします。 「幻惑の死と使途」(森博嗣:講談社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
May 31, 2008
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斎王(さいおう)とは、かって、天皇の代理として、伊勢神宮に使えた皇女である。天皇の代が変わるごとに、皇族の姫君の中から選ばれ、伊勢に派遣されたと言う。この斎王が住んでいたのが、三重県多気郡明和町にあった斎宮(さいくう)寮である。 斎王となる皇女は、大極殿で、発遣の儀を行った後、葱華輦(そうかれん)という輿に乗って、5泊6日の行程で、伊勢に向かった。この途上で、宿泊した仮の宿が頓宮であるが、ほとんど実態は解明されていない。唯一、その存在が確認されているのが、滋賀県甲賀市土山町にある垂水斎王頓宮跡で、現在は国指定史跡となっている。 この、垂水斎王頓宮を舞台にした浅見光彦シリーズの旅情ミステリーが「斎王の葬列」(内田康夫:新潮社ほか)である。光彦の高校時代の友人白井の主催する劇団である、「東京シャンハイボーイズ」が、この斎王をテーマにした映画・「斎王の葬列」の撮影のため、土山町を訪れていた。ところが、もと劇団員で、木材会社の役員である長屋明正が青土ダムで死体で発見される。さらに、撮影に使う輿野中で、劇団の経理を担当している塚越綾子が殺されていた。二つの死体の近くには不気味な人型代があった。光彦は、白井の依頼で事件を調べ始める。事件の背後には、三十年以上も前の悲しい因縁と、これがが原因で起きた悲恋があった。 この作品も、内田氏の好きな?、過去の因縁が、現代の殺人事件につながっていくというパターンである。最初は、どういう関係か分からなかった登場人物の間を結ぶ因果の糸が、次第に明らかになってきて、最後は、いつもの光彦流の解決を促している。○応援クリックお願いします。 「斎王の葬列」(内田康夫:新潮社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
April 29, 2008
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かなり変わったミステリーを読んだ。「長い長い殺人」(宮部みゆき)である。なにしろ、語り部の役を担っているのが財布なのである。 宮部みゆきのミステリーは、これまでにも「パーフェクトブルー」のような、人間以外動物を主人公にした作品があった。しかし、今回は、生き物でもない財布である。題名から分かるように、この作品は殺人事件を扱ったミステリーであるが、犯人、刑事、被害者といった事件の関係者の持っている財布が語り部となって物語を作っている。小説で無生物が喋ると言えば、大体がコンピューターか、年月を経て付喪神になった物と決まっていたのだが、この作品では、普通の財布が、当たり前のように、物語を語っている、 しかし、財布の視点から物語を語らせるというのがどんな意味を持つのか、文学性に乏しい私には、必然性が良く分からない。この当たりは、評価が大きく分かれるところかもしれないが。 ところで、この作品のテーマは、最初は保険金殺人だと思ったが、そうではないことが次第に分かってくる。すると、結局何がテーマなのか。単に、世の中に危ない人がたくさん居るということだろうか? 犯人のめぼしは、早くからついているが、決定的な証拠がなかったり、新たなアリバイが出てきたりで、逮捕されそうで、なかなかそうならないというもどかしさがなかなか面白いのではあるが。○応援クリックお願いします。 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
April 23, 2008
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判官びいきという言葉がある。ここで言う判官とは、源義経のことであるが、このような言葉が出来ることから分かるように、義経は、歴史上の人物の中でも、その人気はトップクラスであろう。 戦の天才で、平氏妥当を果たしたものの、兄の頼朝と反りが合わず、奥州衣川で悲劇の死を遂げる。しかし、義経の人気は、様々な伝説を後に残している。一番すごいのは、義経ージンギスカン説であろう。義経は、衣川を逃れて大陸に渡り、ジンギスカンとなったというのだ。高木彬光は、「成吉思汗(ジンギスカン)の秘密」で、名探偵神津恭介に、この説をうまく証明させている。 しかし、義経には似たような伝説がもうひとつある。やはり大陸に逃げ延び、清朝を起こしたヌルハチの祖となったというのだ。「義経幻殺録」(井沢元彦 :角川書店)は、この義経ー清祖説をモチーフにした歴史ミステリーである。義経ー清祖であることがはっきり書かれているという「玉牒天おう世系」を巡って、殺人事件が相次いで起こる。(「おう」の漢字が拾えなかったのでかな書きにした) この作品に出てくる登場人物がすごい。なんと主役を務めるのが、芥川龍之介なのである。そう「羅生門」や「蜘蛛の糸」などで有名なあの作家である。そして、龍之介と共に活躍するのが、江戸川乱歩の小説に出てくるあの人物である。中国読みにすると、ミン・ヂイと言う名になるらしい。さて、いったい誰か推理してほしい。その他にもロシアのロマノフ王朝生き残りとされるアナスタジア皇女も登場し、スケールの大きなミステリーになっている。「玉牒天おう世系」に関する謎解きは、まさに、「逆説の日本史」などの作者である、井沢氏の真骨頂発揮といったところだ。しかし、高木彬光の「成吉思汗(ジンギスカン)の秘密」のように、壮大な歴史上の謎を解明するのではなく、単に「玉牒天おう世系」の真偽についての謎解きとなっているのは残念であった。○「成吉思汗(ジンギスカン)の秘密」(高木彬光)の記事はこちら○応援クリックお願いします。 「義経幻殺録」(井沢元彦 :角川書店) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
April 19, 2008
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「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」(西行) 「蓮丈那智フィールドファイルシリーズ」を読んで以来、北森鴻の小説が気になっている。冒頭に掲げた歌は、西行法師が詠んだものとして有名であるが、この歌から表題をとった北森氏の作品が「花の下にて春死なむ」(北森鴻:講談社) である。この作品は「香菜里屋(かなりや)」というビアバーに集まる常連客の身辺で起こった出来事を、マスターの工藤を中心に解明していくという連作短編のミステリー小説だ。1999年に第52回日本推理作家協会賞短編および連作短編集部門受賞を受賞している。 表題作の「花の下にて春死なむ」では、フリーのライター飯島七緒が参加していた自由律俳句結社の同人である片岡草魚こと片岡正がひっそりとした死を遂げた。ところが彼の名前は偽名であった。彼は故郷である山口県下関市長府を離れ、40年も本当の名前を隠して生きてきたのだ。故郷に帰りたくても帰れず、本名を隠して生きなければならない。はたしてそこには、どんな事情があったのだろうか。七緒は、草魚の魂を故郷に返そうと長府を訪れる。 この作品では、草魚の人生の謎のほかにもう一つの謎が提示される。残された句帳に、窓際に置いた桜の小枝に花が咲いたとに記述があったが、その日付は、開花宣言よりだいぶ前であった。そこから、もう一つの別の事件の真相が導き出される。 孤独な草魚の人生の謎と、その孤独な人生の中に、偶然にも絡んできた別の事件の謎。この作品は、うまく二つの謎を調理して非常に読み応えのある短編にしている。 ところで、この草魚であるが、作品中では西行を思わせると書かれている。しかし、作者がイメージしているのは明らかに種田山頭火だ。西行は歌人であるが、山頭火は草魚と同じく自由律俳句の俳人であり、放浪の生活を送っていた。この作品中にも、山頭火風味の句がちりばめられている。表題の提示するもう一つの謎との関係であえて西行としているのだとは思うが。 この表題作の後も、以下のような謎が提示される。「家族写真」:地下鉄の駅の善意の本棚の小説に挟まれていた家族写真の謎。「終の棲み家」:写真家の個展のため、街中に貼ったポスターがすべて盗まれる。「殺人者の赤い手」:「赤い手の魔人」が小学生を襲うという伝説の謎。「七皿は多すぎる」:回転寿司屋で鮪ばかり7皿も食べる変わった客の謎 いずれも、面白く、決して途中で止められなくなるような傑作である。そして、最後の「魚の交わり」では、またしても、草魚の人生に絡んだ話となり、うまい締めくくり方になっている。○応援クリックお願いします。 「花の下にて春死なむ」(北森鴻:講談社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
April 17, 2008
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以前このブログで、全部で3巻からなる「蓮丈那智フィールドファイルシリーズ」を紹介したが、その作品中に、冬狐堂という美人旗師が登場していた。旗師というのは、店舗を構えない古物商のことのようだが、その旗師・冬狐堂こと宇佐見陶子を主人公にした小説が「緋友禅 旗師・冬狐堂」(北森鴻:文藝春秋)である。 この作品も短編集であり、4つの話から構成されている。蓮丈那智のシリーズでは、民俗学とミステリーが融合した作品だったが、この「緋友禅」は骨董とミステリーが結びついた作品である。もっとも、骨董の世界と民俗学の世界は、関係が深いためか、蓮丈那智シリーズと大きく味わいが変わっているものではない。ただし、陶子は色々な人の協力はあるものの、基本的には一人で行動するので、蓮丈那智シリーズの三國のような下僕キャラは出てこないのがちょっと寂しい。(笑) 収録されている作品は以下通り。●陶鬼 陶子の師匠ともいえる弦海礼次郎が自殺する。彼は、萩焼の無形文化財の保持者久賀秋霜の遺作を壊してしまったという。彼のようなプロが、どうしてそのような不始末をしでかしたのか。●「永久笑み」の少女 堀り師・重松徳治が陶子の元に持ち込んだ、完全無欠な少女像の埴輪。その重松が亡くなった。重松の孫娘は2年前に失踪していた。重松が埴輪を持ち込んだ意図とは。●緋友禅 陶子がたまたま入った久美廉次郎という男のタペストリー展。その緋色に魅入られた陶子は、すべての作品を買い込む。ところが久美が死亡し、作品は陶子の元に届かなかった。ところが、久美のタペストリーと同じ模様の友禅の作品展が開催される。●奇縁円空 陶子のところに持ち込まれた円空仏。かって円空仏を巡って起きた事件の因縁による殺人事件。果たして鬼炎円空とは。 こちらも、蓮丈那智のシリーズと同じく色々面白い話題を提供してくれる。「緋友禅」での「かけはぎ」の知識や「奇縁円空」での円空の正体に関する考察など、非常に興味を持って読むことができた。もちろん肝心のミステリーの方も良く練られていて読み応えがある。○「蓮丈那智フィールドファイルシリーズ」の過去記事・「凶笑面」の記事はこちら・「触身仏」の記事は こちら・「写楽・考」の記事はこちら○応援クリックお願いします。 「緋友禅」(北森鴻:文藝春秋) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
April 2, 2008
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この本は、だいぶ前に買っていたのだが、やっと読むことができた。「黄昏の百合の骨」(恩田陸:講談社)である。以前に紹介した「麦の海に沈む果実」の続編に当たる作品だ。この作品も、やはり、タイトルの付け方がうまい。はっきり言って、タイトルの意味は良く分からないが、なんとなく心を鷲掴みにしてくれる。ただし、読み終わった後は、なんとなくこのタイトルに納得するようになるのではあるが。 前作同様、主人公は水野理瀬。舞台は明記はされていないが、グラバー邸などが出てくる異国情緒に溢れた街という設定なので、長崎のようだ。そこにある「魔女の家」と呼ばれている古い屋敷に住んでいた理瀬の祖母が亡くなり、奇妙な遺言を残す。理瀬が半年以上この家に住まない限り、家を処分してはならないというのだ。イギリスに留学していた理瀬は、帰国して地元の女子高に編入し、祖母の家に住んでいる義理の伯母の利南子、利耶子と暮らしていた。さらに、祖母の一周忌のため、理瀬の従兄の亘と稔もこの家に帰って来る。 実は、この家には何か秘密があるようだ。その秘密を伯母たちは、何かお宝と勘違いしているようで、なんとか理瀬たちから探ろうと画策する。その秘密は理瀬たちも知らないのであるが、祖母はジュピターと呼んでいた。そして利耶子が事故で亡くなる。 ジュピターと言っても、別に平原綾香のCDが埋まっているわけではない。ましてやセーラージュピターが隠れているわけでもない。この屋敷にはとんでもない秘密があったのだ。 この作品では、理瀬は、親しげな仮面の下に隠されたどす黒い悪意にさらされる。「魔女の家」での体験を通じ、理瀬は心身ともに、少女から大人へ変貌を遂げていくのである。 しかし、ジュピターの正体がこんなものとは思わなかった。これが、「百合」と「骨」といったタイトルの言葉に結びついているのだろう。事件が、一件落着したと思ったら、最後の、いかにも恩田陸らしいしかけもあり、面白く読むことが出来た。○「麦の海に沈む果実」の記事はこちら○応援クリックお願いします。 「黄昏の百合の骨」(恩田陸:講談社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
March 26, 2008
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「汝夜歩くなかれ」 時折、横溝正史の本を読んでいるが、あの、いかにも時代がかった文体で描き出されるおどろおどろしい世界にはいつも圧倒される。このあいだ(といってもだいぶ前になるが)も2冊ほど仕入れてきた。そのうちの一冊が、この「夜歩く」(横溝正史:角川書店/角川グループパブリッシング)である。実は、もう一冊と言うのが、先般テレビで放映された「犬神家の一族」であるが、あの笑いを禁じえなかった映画を観て、まったく読む気が失せてしまった。しばらくほとぼりを冷まして、映画の記憶が薄くなった頃にまた読むことにしよう。 ところで、この「夜歩く」の方であるが、もちろん金田一シリーズの一つであり、横溝作品の中でも、特に横溝らしさがよく出ているような作品である。キャバレーで画家が撃たれる事件が起きる。撃ったのは、元大名である古神家の令嬢・八千代。八千代には、冒頭の言葉の書かれた手紙が来ていた。送り主は、八千代が夢遊病だということを知っていたのだ。そして、それが、悲惨な首なし殺人事件の幕開けになったのである。 更に、舞台は、東京の古神家の屋敷から、岡山の古神家の旧領へ移る。岡山は、横溝作品によく出てくる所だ。ここでやっと我らが名探偵金田一の登場となる。そこでもまた凄惨な事件が。 最後は、あっと驚くような真犯人が明らかになる。本当に意外な人物が犯人なのであるが、これから読む人は、ぜひ犯人を推理しながら読んで欲しい。○応援クリックお願いします。 ●横溝正史作品 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
March 20, 2008
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写楽の名を知らない人はまずいないであろう。江戸時代に活躍した浮世絵画家で、独特のデフォルメされた役者絵で知られている。しかし、この写楽、その正体は謎につつまれているのだ。 この写楽の名を冠した作品である「写楽・考」(北森鴻:新潮社)は、これまでこのブログでも紹介してきた、異端の女性民俗学者とその助手が、民俗学上の出来事と現実の殺人事件の間で交錯する謎を解き明かすという、蓮丈那智フィールドファイルシリーズの第3巻で完結編に当たる。この本も、1,2巻と同様短編集で、次の4編の作品が収められている。「憑代忌」:万年助手の内藤三國が女子学生から写真を撮らせて欲しいと頼まれる。ところが、この写真が散々な目に。また、三國が那智から命じられた調査先で殺人事件が発生する。果たして憑代の変換とは。「湖底祀」:円湖という名の湖の湖底に、江戸時代初期の神社跡の存在の可能性が。調査に訪れた三國は、散々な目に。果たして湖底に眠るものは何か。「棄神祭」:九州の旧家に伝わる奇妙な祭祀。那智がかってそこで遭遇した殺人事件の謎。「写楽・考」:式直男という名で学会誌に掲載された「仮想民俗学序説」の衝撃。ところが、この式直男が行方不明に。解き明かされるのは和洋の偉大な画家に関する謎。 いずれも、民俗学と現実の殺人事件が見事にクロスオーバーし、読み応えのあるミステリーになっている。 ところで、前作では、内藤三國は、講師昇進をかけて、必死で論文を作成していたはずだが、本作でも相変わらず助手のままである。このまま、那智の下僕としてずっといってしまうのかと、つまらない思いが頭をよぎった。○応援クリックお願いします。 「写楽・考」(北森鴻:新潮社)
March 14, 2008
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ちょっと前に、北森鴻による、「蓮丈那智フィールドファイル」の第1作である「凶笑面」を紹介したが、この作品、だいぶ前にテレビドラマ化されていたようだ。ネットで調べてみると、フジテレビ系列の金曜エンタテイメントで、2005年9月に、木村多江主演で放映されていた。この頃は、まだこの作品のことを知らなかったので、見逃してしまったのが残念である。番組の公式サイトには、「新シリーズ」と書かれていたので、ドラマでもシリーズ化するつもりだったのだろうか。でも、2年以上も経つのに、次の作品は放映されていないようだ。 ところで、このシリーズの主人公である蓮丈那智は、原作では、短髪で年齢不詳、モンゴロイド離れしたした中性的な容貌の彫刻を思わせるような美女というなかなか難しい設定になっている。ドラマの方で那智を演じる木村多江については、あまり知らないが、画像を見る限り、ちょっとイメージが違うかな。なかなか難しい設定だが、私なら、秋本奈緒美あたりに那智を演じさせたい。中性的なの条件には当てはまらないが、年齢不詳の美女で、ショートの髪が似合う女優が他に思いつかなかったからだ。 話がだいぶ脱線したが、本日は、その「蓮丈那智フィールドファイル」の第2作にあたる「触身仏」(北森鴻:新潮社)の紹介をしよう。やはり、東敬大助教授の蓮丈那智とその下僕いや助手の内藤三國が活躍する、民俗学を織り込んだ短編ミステリー集である。収録されているのは、次の5編。「秘供養」:那智と三國は、東北の山中に線刻された五百羅漢の謎を調べる。「大黒闇」:三國がサークルの顧問を依頼されるが、実はそのサークルはカルト教団であった。「死満瓊」:フィールドワークに出かけた那智からの連絡が途絶える。そして、那智から、三國の元に謎のメールが送られてくる。「蝕身仏」:那智と三國は、奥羽山脈の麓の小さな村に伝わる「即身仏」の調査に出かける。「御蔭講」:三國は、講師への昇進をかけて、御蔭講に関する論文の執筆を目指す。一方蓮丈研究室には、新しい助手が入ってくる。 もちろんいずれも、民族学上のモチーフを現実世界で起こる殺人事件がうまく組み合わされた面白い作品ばかりである。今回は、鉄の女・那智も、雪山で転落して足の骨を折って入院したり、薬で眠らされて、死体といっしょに車の中に置かれていたり、何者かに襲撃されたりと散々である。 一方三國の方も、カルト集団の顧問にさせられそうになったり、論文のことで那智に怒られたり散々な目にあっている。しかし、那智にディープなキスをされて(実は、ある実験のためだったのだが)、ちょっと幸せ気分になり、頭の中で、「僕は一生先生について行くことを心に決めました」とか「那智、お前の一生は俺が面倒見てやる。黙ってついてこんかい。」と色々な言葉をめぐらしたが、結局何も言えないのがなんとも三國らしくて面白い。○応援クリックお願いします。 ○「凶笑面」の記事はこちら「蝕身仏」(北森鴻:新潮社)風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
March 9, 2008
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「越中おわら風の盆」は、富山県富山市八尾町に伝わる伝統行事である。石川さゆりの「風の盆恋歌」に歌われている事でも有名な行事だ。胡弓のうら悲しい旋律を伴奏に、越中おわら節にあわせて踊るというものであるらしい。(私は残念ながら観たことはないが。)おわら節の歌詞は、7、7、7、5の26文字で構成され最後の5文字の前に「オワラ」という言葉が入るとのことだ。全国に多くのファンがおり、この季節は、小さな町が、多くの人で溢れかえると言う。言うなれば、盆踊りの一種だが、そう言ってしまうと身も蓋もない。誰が考えたか知らないが、「風の盆」というネーミングの持つ響きが、とてもすばらしい。 「風の盆幻想」(内田康夫:幻冬舎)は、このおわらをモチーフにした、浅見光彦シリーズの旅情ミステリーである。 八尾の町を二分する体制派と反体制派のおわらの勢力争い。そして、その中で起きた殺人事件。光彦は内田センセといっしょに風の盆でにぎわう八尾を訪れ、事件を調べ始める。美しい胡弓のメロディに合わせて、踊られる勇壮な男踊りと優美な女踊り。そこには、オワラの勢力争いのため引き裂かれた恋人たちの悲しい愛の姿があった。 なかなか面白いミステリーであったが、内田センセ、作品中で自分のことをだいぶ自画自賛しているようなシーンあったのにはちょっと笑ってしまった。 なお、この「風の盆」は、ネーミングが良いからか、西村京太郎や和久峻三も自分の作品で取り上げている。○応援クリックお願いします。 「風の盆幻想」(内田康夫:幻冬舎) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
March 7, 2008
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「返事はいらない」(宮部みゆき:実業之日本社ほか)を読んだ。以下の6編の物語を収めた短編集である。「返事はいらない」 恋人にふられて自殺しようとした千賀子は、たまたま出会った森永夫妻の誘いで、銀行の欺瞞を暴く企てに加担することになる。かって問題となった、銀行のキャッシュカードシステムの不備をテーマにした良作。本当に、銀行は、きちんと対策をしているのか、心配になってくる。「ドルシネアにようこそ」 速記学校に通う篠原伸治は、伝える相手もいないのに、毎週六本木駅の伝言板に、「ドルシネアで待つ」と書いていた。ドルシネアとは有名ディスコだが、伸治は入ったこともない。ある日、その伝言に返事が。速記学校って、今でもあるのか?脚付ホワイトボード(片面)「言わずにおいて」 課長と衝突して職場を飛び出した聡美の面前で、自動車が炎上事故を起こす。その直前、運転していた男は、聡美を見て、「あいつだ、あいつだ・・・」と叫んでいた。自分がこんな事件に巻き込まれたら寝覚めが悪いだろうな。「聞こえていますか」 嫁姑の折り合いが悪く祖母と別居することになった勉一家だが、引越し先で、不思議な出来事が。どうしても折り合いをつけることのできない孤独な老人の心が痛ましい。「裏切らないで」 若い娘が歩道橋から転落して死亡。彼女にはローンで派手な生活をしていた。果たして自殺なのか?カード社会の問題点と孤独な女の心の闇を描いた作品。「私はついてない」 従姉の逸美が、借金のかたに、恋人からもらった指輪を先輩に取り上げられたと、高校一年の僕に泣きついてきた。こんなアホはほっとけば良いと思うのだが、人の良い僕は、従姉のために骨を折り、知らなくても良いことまで知ってしまう。○応援クリックお願いします。 「返事はいらない」(宮部みゆき:実業之日本社 )風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
February 29, 2008
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私は、古代史に関する話が好きなので、時折この分野の本を読むのだが、たまたま、古本屋で「イエスキリストの謎」(斉藤栄:徳間書店)と言う本を売っていたので買ってみた。(105円だったし・・・) 青森県の旧戸来村に、イエス・キリストの墓と伝えられる場所があるのは有名な話だが、この作品は、その伝説と、現実の殺人事件を組み合わせたものである。しかし、日本に伝わるキリスト伝説と言う、ものすごく魅力的な素材を生かしきっていない。題名から、このキリスト伝説の謎を解き明かしてくれるものと期待していたが、巷に伝えられている伝説から抜け出していなかった。 たとえば、高木彬光 の「成吉思汗の秘密」などは、入院中のベッド・ディテクティヴ である神津恭介が、見事にジンギスカンの謎に迫っている。ところが、こちらにも入院中の刑事と言う、同じような役割の人物が出てくるが、かなり見劣りがする。また、殺人事件の方も、あまりひねりがきいていない。 ところで、私の買った本は、1980年初版なので、発表されて既に30年近く経っている。現在は、新装版が出ているので、案外売れているのだろうか。 ○応援クリックお願いします。 「イエス・キリストの謎」(斉藤栄:徳間書店)風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
February 27, 2008
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横山秀夫の小説は、圧倒的な筆力で、読者をぐいぐいと惹きつける。しかし、その分、一つ一つの内容が重いので、あまり続けて読もうという気にはならない。一つ読んだら、しばらく作風の違う作家のものを読んで、また読むというのが私には良いようだ。 ということで、今日も久しぶりに横山作品だ。「動機」(文芸春秋)という短編集である。収録されているのは、次の4篇である。 「動機」:J県警で、企画調査官で警視の貝瀬が発案した警察手帳の一括保管が裏目に出て、大量に紛失するという表題作。 「逆転の夏」:女子高生殺しで服役後まじめに働いていた山本のもとに、殺人を依頼する電話と銀行口座への振り込みが。 「ネタ元」:県民新聞の女性記者水島に、大手の東洋新聞から引き抜きの話が。彼女には意外なネタ元があった。 「密室の人」:裁判官が、裁判の席上居眠りをしてしまう。しかし、この居眠りには意外な裏が。 いずれも、人間の心の裏側までよく表現されているような作品ばかりだ。一番重かったのは、「逆転の夏」である。色々な意味で残酷な話だ。主人公の山本の悲惨な境遇に少し同情してしまった。○応援クリックお願いします。 「動機」(横山秀夫:文芸春秋)風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
February 26, 2008
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ちょっと異色のミステリーを見つけた。北森鴻による、蓮丈那智フィールドファイルと銘打ったシリーズである。以前紹介した東野圭吾による「ガリレオ」シリーズを物理学ミステリーと呼ぶなら、こちらは民俗学ミステリーと言ったものである。 主人公は、蓮丈那智という民俗学の大学助教授。年齢不詳だが、中性的で日本人離れした容貌の美女であり、その特異な研究方法で、「異端」の民俗学者と言われている。ちなみに、かなりの変わり者だ。そして、この那智のポチもとい下僕、いや助手として働いているのが内藤三國である。いつも研究室の予算を早々と使い果たしてしまう那智のため、教務のキツネ目の担当者と交渉するのに胃の痛い思いをしているが、那智に独特のイントネーションで「ミクニ」と呼ばれると、パブロフの犬よろしく、頭に閃くものがある。 この二人、民俗学の実地調査に訪れたところで、殺人事件が発生する。そして、民族学上の謎と殺人事件の両方を同時解決すると言うのが、基本的なパターンである。その点、高田崇史のQEDシリーズのように莫大な薀蓄を述べ、それが現実の事件と乖離しているということはない。 今日は、紹介するのは、その第1作目に当たる「凶笑面」(新潮社)だ。このシリーズは全部で3作出ているが、いずれも短編集である。本作に収録されているのは以下の5編。★★能面 小面 今村祥韻作★★「鬼封会」:那智の授業を受講している学生から、岡山県の旧家に伝わる「鬼封会」という奇妙な祭祀のビデオが届けられる。 「凶笑面」:民俗学者から蛇蝎のように嫌われている骨董屋から「凶笑面」という禍々しい笑いをたたえた面の資料が届けられる。「不帰屋」:ワイドショーでも活躍している女性社会学者から、実家にある「女の家」を調べて欲しいと言う依頼がある。「双死神」:地方史家からの依頼で、三國は、製鉄の遺跡を調査に出かける。「邪宗仏」:山口県のある村に伝わる秘仏について、二人の郷土史家からレポートが届き、興味を持った那智たちは調査に出かける。 いずれも、民俗学上の出来事と、実際の殺人事件がうまくマッチングして展開されており、非常に面白い。あと2冊も追々紹介していこう。○応援クリックお願いします。 「凶笑面」(北森鴻:新潮社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
February 23, 2008
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最近は、宮部みゆきの現代ものもよく読んでいるが、私は、彼女の作品は、時代物の方に傑作が多いと思う。現代ものよりは、登場人物が、生き生きと動いているような気がするのだ。今日紹介するのは、そんな時代物の一つである「ぼんくら」(宮部みゆき:講談社)である。みやべみゆき この本の構成は、ちょっと変わっている。最初は、普通の短編集だと思っていた。収録されているのは、「殺し屋」、「博打うち」、「通い番頭」、「ひさぐ女」、「拝む男」、「長い影」、「幽霊」の7編である。しかし、「長い影」に当てられている分量が、他の話と比べて格段に多い。非常にアンバランスな構成になっている。これは、どうしたことかと思ったが、読み進むうちにその理由が分かった。一つ一つの話は、独立した短編として読めるのだが、全体としても一つの話を構成している。「長い影」の部分が本編で、「殺し屋」から「拝む男」までの5編がそのプロローグ、「幽霊」がエピローグのようになっているのだ。 この作品の舞台は、江戸時代の本所深川にある鉄瓶長屋である。「殺し屋」で発生した事件のため、これまでの差配人であった久兵衛が姿をくらまし、その代わりに、地主の湊屋の主人の遠縁に当たるという佐吉という若い男が派遣されてきた。この佐吉、歳は若いが、一生懸命に差配人の役目を果たしている。それにも関わらず、色々な事件が起こり、鉄瓶長屋の住人は、次々に行方をくらます。 この物語の主人公は、井筒平四郎という30俵二人扶持の同心である。めんどうくさいことはあまり好きではないようだ。その「ぼんくら」同心が、住民が次々に姿をくらます鉄瓶長屋の謎を探っていく。 とにかく登場人物が魅力的で活き活きとしている。宮部みゆきの時代物には欠かせない回向院の茂七親分も出てくるが、高齢のため、一家の実務は一の子分の政五郎が取り仕切っている。これが、なかなかの貫禄になっているのだ。人形のような美少年で頭がものすごく切れるが、なんでも目分量で測ってしまうという変な癖を持った、平四郎の甥で養子候補の弓之助と、聞いたことは何でも記憶すると言う人間テープレコーダーの「おでこ」と呼ばれている少年のコンビも魅力的だ。江戸人情もふんだんに盛り込まれ、とても面白い作品になっている。○応援クリックお願いします。 「ぼんくら」(宮部みゆき:講談社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
February 18, 2008
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内田康夫の浅見光彦シリーズは、最近のものを除いてはほとんど読んでいるはずなのだが、「他殺の効用」(内田康夫:実業之日本社)という本にも光彦が出ていると言うことで買ってみた。 ちょっと思惑が外れたのは、この作品が短編集だったことと、浅見光彦がそのうちの2つの話にしか出ていなかったということである。この本に収録されているのは次の5編。「他殺の効用」: 会社社長の山橋啓太郎が、あと三日で、自殺の場合でも生命保険が出ると言う時に、仕事場としているマンションで首をつった。光彦は、母雪江の俳句仲間で山橋の会社の専務から依頼を受け、事件を調べ始める。「乗せなかった乗客」:ピアノ教師兼タクシー運転手の愛子がある別荘から乗せた客に乗り逃げされた。ところが、その別荘では、男が殺されていた。「透明な鏡」:光彦が泊まった温泉旅館の浴場で女性が殺されており、光彦が第一発見者となる。「ナイスショットは永遠に」:パソコン探偵「ゼニガタ」の活躍する物語。「愛するあまり」:家出をしていた菊池早智子の姉由紀子の遺体が富士青木ヶ原で発見された。姉には高額の生命保険がかけられていた。 これらのうち、浅見光彦が出てくるのは、「他殺の効用」と「透明な鏡」の2編のみである。しかし、いつものような旅情ミステリーの趣はない。光彦が密室トリックを解き明かしていくというものであるが、旅情の無い浅見光彦シリーズなど、ク○ー○を入れないコーヒーのようなものだ。(ちょっと古いか?) 「ナイスショットは永遠に」は、扱っている題材そのものに興味が湧かず、読み飛ばしてしまった。「すまん!!」 「乗せなかった乗客」と「愛するあまり」は、最後の結末が、こんなこと絶対無いだろうというくらい意外すぎてリアリティがない。今回は、ちょっと外れだったかな。○応援クリックお願いします。 「他殺の効用」(内田康夫:実業之日本社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
February 14, 2008
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今日は、先日紹介した、浅見光彦シリーズの「贄門島」(内田康夫:文芸春秋社、実業之日本社 )の下巻の紹介 である。もちろん、浅見光彦シリーズのミステリーである。 上巻で、光彦といっしょに島に渡ったルポライターの平子と、光彦の父と親交のあった代議士秘書の増田が殺された。下巻では、光彦は、兄洋一郎の密命を受けて、美瀬島出身のヒロイン・天羽紗枝子と共に島に渡る。 下巻では、美瀬島の驚くべき秘密が明らかになるが、話がかなりとんでもない方向に行っている様な気が・・・。そして、最後の解決は、やはり光彦流であった。 ところで、内田センセ、第11回日本ミステリー文学大賞を受賞したとのことである。永らく無冠の帝王として、ミステリー界に君臨していたセンセも、とうとうタイトル奪取である。ファンの一人としてうれしく思う。また、TBSの沢村一樹主演による浅見光彦シリーズ「姫島殺人事件」の撮影が進んでいるようだ。放映が楽しみなことである。○「贄門島(上)」の記事はこちら○応援クリックお願いします。 「贄門島(下)」(内田康夫:文芸春秋社、実業之日本社 ) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
February 9, 2008
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「こんなに続けて何人も送ることはない」 「そうだな来年に回すか」 今日紹介するのは、浅見光彦シリーズの「贄門島(上)」(内田康夫:文芸春秋社、実業之日本社 ) である。光彦の父秀一は、大蔵省主計局長時代、プレジャーボートの事故で、海中に転落し、九死に一生を得た。秀一を助けたのが、房総の海に浮かぶ美瀬島に住む人々であった。ところが、秀一は、意識不明の夢うつつの中で、冒頭のような言葉を聞いた。 その美瀬島は、観光客や釣り客を寄せ付けず、生贄送りの風習があるとされることから、贄門島と呼ばれていた。ところが、光彦と一緒に島に渡ったルポライターの平子と光彦の父と親交のあった代議士秘書・増田が殺される。増田は、美瀬島出身でこの作品のヒロイン天羽紗枝子の就職の世話人でもあった。そして紗枝子も昔、秀一が聞いたことと同じような会話を聞いたことがあったのだ。 この美瀬島、一見風光明媚で海の幸に恵まれ、理想郷のような島なのだが、どこか怪しい雰囲気で、どうも何か大きな秘密があるようだ。内田センセはよく実際の人や土地をモデルにしているが、さすがに、こんな怪しい島は、架空の島を使ったようだ。架空の島と言うこともあり、今回は、ちょっと旅情ということには欠ける。 この作品は、上下巻構成になっており、かなりの長編であるが、読みやすく、分量をあまり感じさせない。あっという間に上巻を読んでしまったが、下巻で、いったいどんな秘密が出てくるか楽しみである。○応援クリックお願いします。 「贄門島(上)」(内田康夫:文芸春秋社、実業之日本社 ) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
February 4, 2008
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若狭とは、現在の福井県の南部をいう。有名な東尋坊や三方五湖、気比の松原などの観光名所がある風光明媚な地域である。「若狭殺人事件」(内田康夫:徳間書店) は、この若狭地方を舞台とした、浅見光彦シリーズの旅情ミステリーである。 内容を簡単に紹介しよう。若狭地方の美浜にある宇波西神社の水中綱引き神事で、高利貸しの松尾が死体で沈んでいるのが見つかる。一方、広告代理店に勤める細野が東京の高島平で殺された。細野は、死の前に、若狭を舞台にした小説「死舞」を同人誌「対角線」に発表していた。しかし、細野は若狭を訪れた気配は無い。内田センセの紹介で、「対角線」の同人たちと知り合った光彦は事件を調べ始める。 この小説のモチーフは、内田センセ得意の、戦争時の因縁。それが、疑心暗鬼と重なり、不幸な事件に発展する。そして、最後の解決は、やっぱり光彦流であった。○応援クリックお願いします。 「若狭殺人事件」(内田康夫:徳間書店) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
February 2, 2008
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今日紹介するのは、「魔術はささやく」(宮部みゆき:新潮社)である。1989年の日本推理サスペンス大賞を受賞した作品と言うことである。実は、だいぶ前に読了していたのだが、なかなか感想が書きにくかったので、読んでから紹介するのにだいぶ時間がたってしまった。どうも読後感がすっきりとしなかったからだ。 ざっとさわりを紹介しよう。3人の若い女性が次々に死んでいった。一人は飛び降り自殺、二人目は地下鉄への飛び込み自殺、そして三人目は、日下守の伯父が運転するタクシーに飛び込んできたのだ。守の父は、公金を横領して蒸発し、守は、母親の死後、伯母夫婦に引き取られていた。伯父は逮捕され、守は事件を調べ始める。 ところで、冒頭にどこかすっきりしないと書いたが、どこがすっきりしないのかしばらく頭の中で熟成させていた。確かに、たくさんの題材を、うまく組み合わせて、見事に纏め上げている。このあたりは、宮部みゆきの本領発揮というところであろう。しかし、材料が盛りだくさんのうえ、設定を作りこみすぎている感じがして、結局どこに焦点を当てているのかが分かりにくく、リアリティも薄れている。ネット書店のレビューなどでは、結構いい評価なので、結局は、好みの問題なのかもしれないが。○応援クリックお願いします。 「魔術はささやく」(宮部みゆき:新潮社) 風と雲の郷 別館「文理両道」(gooブログ)はこちら
February 1, 2008
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