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新聞の折り込みチラシを見ていた夫が、突然吹き出す。チラシを見ていて笑うなんてと、様子をうかがうと、「いやいや、これはまずいだろ。」と問題のチラシを差し出す。飛び込んできた文字は、メタボリックマシーン思わず私も吹き出した。うん、確かにね。そんな機械があったら困りますよ。これは、メタボリックとマシーンの間に「解消」「撃退」など、メタボリックを否定する単語が入らなければ、商品として、全く意味をなさないはずの代物だろう。こんな商品名じゃ、いくら効能をうたったところで、説得力ゼロだよなあ。コレ、買う人いるのかな。と、調子に乗って二人で、こき下ろす。・・・メタボリックマシーン、せっかく売ろうと企画した人ごめんなさい。休日の朝、私達夫婦のかっこうの暇つぶしにしてしまいました。でもね、やっぱり商品名考えた方がいいですよ。
Sep 30, 2007
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母と出かけた後、実家へ送り届ける。いつもは誰かしらいる家に、珍しく人気がない。お茶くらい飲んで行きなよ、と言われ、じゃあ、とエンジンを切った瞬間。「あ!鍵忘れた!」と助手席で叫ぶ母。まあ、うっかりはいつものことと、驚きもしない。ところが次のセリフが、「でも、もしかしたら居間の鍵が開いてるかもしれない。」ときたもんだ。いやいや、いくら田舎だからって、そんな無用心な・・・、そう、思いつつ母の後を着いて行く。するするする~、居間のサッシが開けられていく。うそーん。子どもの頃は、よく開けっぴろげでちょっと買物へ、ということは、よくあったけれどもさ。この街でだってコンビニ強盗やら、ひったくりやら頻発してるんだゾ。やれやれまったくもう、なにもなくてよかったよ。でも、もう少し用心深くなってもらいたいものです。
Sep 29, 2007
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とろとろ、ねばねば、つるつる・・・。お昼には、のどごしのよいものが食べたくなり、オクラ納豆そうめんになりました。開け放した南の窓から、熱風が吹き込むようなこんな日には、ぴったりのメニュー。でもねえ、こんな日がまだ続くのでしょうか。30℃を下回れば、暑さに嫌気がさすこともないんだけどなあ。夕方になって、涼しい風が吹き出した。よかった。
Sep 28, 2007
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みょうがはお好きでしょうか?独特の香りと、しゃきしゃきした歯ざわりがたまりませんね。先日、例の市場で5~6粒購入した。いわゆるクセのある食べ物だから、こども味覚の夫は食べない。だから、その日食べた冷奴の薬味は、二人別々のものとなった。やっぱりあの食感は、箸が進みます。とはいえ、薬味としてだけ使って、なかなか減らないのも困りもの。そんなわけで、ここ2日の間、お昼ごはんはみょうが一個を丸ごと刻み、どんぶり飯でシアワセを噛みしめている。もちろん、みょうがだけを具材にしているわけではない。昨日のお昼は、それに加えてシラス干し、ごま、もみのり。今日のお昼は、かつお節とごま。どちらもちょこっとお醤油をたらすと、たまらない。明日はなに丼にしようかな。実は、このところちょっと、物忘れやうっかりミスを連発している。もしかして、みょうがのせい?ということにしておこう。
Sep 27, 2007
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ゆうべは、中秋の名月。満月ではないにしても、まん丸に近いお月さまが、東の空に浮かんでいた。夕暮れ時の短い時間、近所の小さい子ども達が、家の周りで遊んでいる。水遣りを始めて声をかけると、お隣の3兄弟のお姉ちゃんが、「ねえ、見てほら!うさぎが見えるんだよ!」と珍しくはしゃいだ声で、月を指差しながら私に告げる。ほんとだ、よく分かるねえ。などと相槌を打ちながら、いつも下の二人の抑え役で、遠慮がちなお姉ちゃんが、積極的に話してきてくれることに驚いた。その後も、月のことを少しばかりおしゃべりする。なにか本で読んだのか、誰かに聞きでもしたか、知識として頭に入っていたことを、目のあたりにして、興奮を抑えきれないという感じ。そうやって目をきらきらさせて話しをされると、なんだか嬉しくなってしまう。しばらくすると、とっぷりと日が暮れ、いつしか子どもの声も消えていた。なんとなく、閉めそびれていたシャッターを降ろそうとサッシを開けたら、暗闇にぽっかり、夕顔が浮かんでいた。なんとなく、満月を思わせるような咲きぶり。輝くような白さが、まぶしいほど。
Sep 26, 2007
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私の見る夢に、あまり夢のある夢はなく、現実に起こりうるけど、まずありえない状況、というものが多い。そんなわけで、目が覚めて仮に覚えていても、にやついてしまうような、自分に都合のいいものはあまりないようだ。それでも一人暮らしの頃に見た夢は、友達と二人乗りの自転車に乗っていて、生垣に突っ込みそうになりながら、なんだか楽しくてたまらない、というものもあった。そんなどうでもいい夢なのに覚えているのは、あはははと笑う自分の声で、目が覚めたからだ。・・・そうか、社会人になってからかもしれないな。楽しい夢をあまり見なくなったのは。ちなみにこのところ、あまり気持ちのよい夢は見ていない。先日は、私のきらいな芋虫が (しかも特大サイズ) がたくさん登場してしまい、あまりの気持ち悪さに目が覚めた。覚めてからも、シーツの上でいるような気がして、身動きできないほど。それから、自分のおでこの肌がひどく炎症を起こしてしまい、触ることができないほど、赤ら肌になってしまう夢。こちらも恐怖感で目覚めてしまい、思わずおでこに手をやってしまった。珍しく、現実的ではない夢。むしろ悪夢にも近いような・・・。朝、その夢を夫に話すと、「仕事で四苦八苦してるのが、そのまんま夢で延長戦やってるのよりマシだろ。」とにべもない返事が返ってきた。うーんでも、そっちの夢の方が確かにつらいなあ。夢で終われる私は、まだマシ・・・、か。
Sep 25, 2007
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宿泊先の網代は、インターネットで検索をして探した地域。連休のさ中で、前日予約という無謀な計画を立てなければ、もしかして選ぶことはなかったかもしれない。お世話になったお宿は、いわゆる民宿形式のもの。ペンションという形式だって似たようなものだけど、今回は、そんな洋風の名前では呼んではいけません。由緒(?)正しき民宿なのであります。建物が相当に古めかしく、なんだか懐かしいようなにおいがする。大きな声ではいえないけれど、耐震強度に若干の不安を覚えるほどだ。けれども食事はずいぶん手をかけているようで、夕食も朝食もおいしく、そしてたっぷりいただく。いわゆるお仕着せの、大量生産型のそれではなく、いろいろ工夫を重ねてのお献立。台所と食堂を行き来するおかみさんは、おしゃべりしてるようで、くるくるとよく動く。朝食を終えた後、私達に走り書きのようなメモを手渡してくれた。見ると、近くにあるおすすめの場所が記されている。形は違うけれど、高級ホテルのコンシェルジュにも負けない、おもてなしの心意気を感じた。今回は突然の旅行だったけれど、期待しすぎないで過ごせた分、気持ちに余裕があった気がする。箱根のハプニングもぐちっては見ても、すでに思い出のようなもの。たまには、こんなのも楽しいね。
Sep 24, 2007
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本当に突然思い立って、一泊旅行に出かける。箱根を回って、宿を網代に取る、という旅。一見離れているようだけれど、お財布と宿の空き室状況によって決めたものだ。そのあたりの地理に、若干覚えのある夫頼みでもあるけれど・・・。箱根というところは過去2度来たけれど、どちらも電車、バスでの旅。どうしても回るところは限られる。今回は車だから、たくさん行くところを決めて出発だ。けれども今回は、その車が災いしてしまった。ルートのひとつに入れてあった、大涌谷までの道路が、どうしようもないほど混んでしまったのだ。自分達が住んでいるところは、基本的に渋滞知らずの土地柄だ。どうしても気が急いてしまう。それでも、あきらめなかったのにはわけがある。そこは以前行こうとして、大荒れの天候に阻まれ、ロープウェイが動かずに、行けずじまいになってしまったから。だから、ねばってねばって、山頂までたどり着いたのだ。・・・大涌谷って私の事きらいなのかなあ。なんと、またもや大荒れの天候で、景色がほとんど見えない。横なぐりの雨に、折り畳み傘がおちょこのようになるほどの強風。荒れやすい山の天気とはいえ、やっぱり気分が盛り下がる。それでも一個で7年寿命が延びる、という卵は食べることができた。2人で行ったのに6個入りの卵しかなく、一人当て3つの卵を、2日間かけて平らげた。寿命は延びたかもしれないけれど・・・。二人してコレステロールも溜め込んじゃいました。結局箱根は抜けきるまで、いくつかの渋滞にやきもきさせられてしまった。いくつかの予定地を回りきらないまま・・・。そして網代へと、車を走らせて行く。
Sep 23, 2007
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とっくに盛りをすぎたひまわりが、わずかに残った緑の葉だけを、だらしなくぶら下げている。そこまできたら、さっさと抜き取ってしまう方がいいのだけれど。あるひまわりだけは、そうカンタンにはできない理由があった。そう、小さなハンターであるかまきりが、そのまま居着いて成長しちゃったのだ。ひまわりは庭に何本か植えてあり、それよりもましな状態で、花も葉も茂らせているのがある。けれど、彼はそのひまわりから離れることなく、そのわずかに残った葉に、身を潜めている。とてもとても、抜き取ってしまうことなどできない。ここはじっくりかまきりの行動を観察しなければ。そう思って、今朝カメラを手に庭に出てみたら、かまきりくんは消えていた。他のひまわりに移った様子も見えない。さすがに宿替えしてしまったようだ。よくよく見れば、他のひまわりだってだんだんと勢いを失いつつある。かまきりが行ってしまったのは、ひとつの季節が終わって行くサイン。
Sep 22, 2007
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暑さは相変わらず続いている。それでも日差しが、真夏の痛いような白い光から、黄色味を帯びたやわらかい光へと、変わったことに気がつく。そうなると、ひときわ目立って聞かれるのが、モズの声。少し前まで、実はヒヨドリの鳴き声と勘違いしていた。だってどちらも居丈高で、自分の存在を知らしめるような鋭い声だから。ヒヨドリはともかく、モズの場合はその声を特に「モズの高鳴き」、と呼ぶらしい。実際に、自分の縄張りを主張するための鳴き声なのだそうだ。家の近くで見かける姿は、電線に止まって鋭い目つきで見下ろしている。雀より少しだけ大きいけれど、群れていることは決してない。いつだって一羽で、すべてを背負い込んで、立ち向かっていくような風情だ。なんていうと、かっこよすぎるか。大きさが大きさだけに、単なるいばりんぼうに見えなくもない。どちらにしろ、秋の澄み切った空気にはぴったりの鳴き声。それにしてもモズくん、「はやにえ」よばれる蛙くんなんかの干物を、ウチの木々にひょいと串刺しにしてくの、やめてくれないかなあ。結構どっきりしてしまうのですよ。
Sep 21, 2007
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どれくらいの状態を、そう指すのかわからない。けれど、読み始めた本を一気読みしないと気がすまない。というのは、中毒の傾向あり、とみていいのだと思う。読書の秋、秋の夜長といえば、聞こえがいいけれど、季節なんて関係ないのだ。エッセイや、短編集であれば区切りを付けやすいけれど、タチが悪いのは中、長編の小説。いや、小説が悪いのではない。単に私の性格が災いしているのです。あぁ、今日もやっちまいました。あかんべえ/宮部みゆき
Sep 20, 2007
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連休の最終日、キキョウで有名なお寺を訪れた。トップシーズンではなかったようだけれど、満開のキキョウが風に揺れていた。昔、実家の庭にあったキキョウのつぼみを、そーっとつまんでぽん!と、はじけさせるのが好きだった。ほんとにぽん、と音がするのが楽しかったのだ。けれどもお寺の植え込みの看板には、「つぼみをつぶさないでください。」と但し書きが・・・。それはつぼみの状態を楽しむ「コマチキキョウ」、という品種らしく、つぶしてしまうと来年つぼみが開いてしまい、どうやら、その品種の特徴がなくなってしまうらしい。ふーん、そうなんだ。でも、但し書きが添えてあるということは、ぽん!をやっちゃう人が、たくさんいたにちがいない。わかるなあ。ところで、そのお寺のあちらこちらに、和尚のひとりごとなるものが、立派な立て札に書かれている。本当にいたるところに、だ。言っていることは、いちいちごもっともで、きっときっと、ありがたい法話にも匹敵するもの、なのだと思うけれど、キキョウの花畑の中からも、不意に姿を現すその立て札は、なにやらおしりのあたりが、こそばゆくなるような気持ちにさせる。なんだか和尚さんが、いたるところに立っているような感じなのだ。花をめでるとき、特に日本に昔からあるような花のときは、もう少し落ち着ける環境の方が、私にはあっている。なにしろ、そのひとりごとを受け入れるだけの修行は、つんでいないもので・・。
Sep 19, 2007
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お隣の3兄弟が、ママとともに呼び鈴を鳴らす。ではなくて、ママが子ども達とともに呼び鈴を鳴らしたのです。ドアを開けると、奥さんとの挨拶もそこそこのタイミングで、末っ子Mくんが、「りんごいっちょう!」と重たい袋を差し出してくれる。慌てて受け取ると、中にはいっちょうどころでなく、5つもりんごが入っている。今年も行ってきたから、というのは奥さんとの会話でのこと。お隣さんは、毎年りんご狩りに旅行に出かけ、そのたびごとに我が家にも、もぎたてりんごを届けてくれる。今日は、久しぶりに暑さがぶり返したから、りんごを見ると、そんな季節に入っていたのかと驚かされる。そんな話と、お礼を言っている間、お姉ちゃんは、ランドセルをしょったまま、にこにことママに寄り添っている。Mくんは、「いっちょう!いっちょう!」と繰り返している。どこで覚えたんだろうねえ。真ん中の子は、ぴょんぴょんと我が家の庭を飛び跳ねている。年齢の差ももちろんあるだろうけど、3人いると本当に、それぞれがそれぞれの人格を持っているんだなあと、いつ見ても感心してしまう。PCに向かっていたら、りんごの甘酸っぱい香りが漂ってきた。りんごいっちょうごちそうさま。明日の朝、りんごの大好きな夫と一緒にいただきます。
Sep 18, 2007
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ワインを飲むのは楽しいな。私は、アルコールを摂るとかなり陽性の酔い方をする。けれども、そこまで飲んでしまうと、後はへなへなになってしまうので、結婚してからは、宴会以外ではほとんど飲まない。なにしろ、家事をほったらかしにしてしまうほどだから。今日は、戴き物のワインでいい気分。別にセーブしたわけではないけれど、つぶれはしていない。なにしろ、ほら、きちんとブログも書けたでしょ?この歳になってようやく、お酒の飲み方を覚えたのかもしれない。まあ暴れはしないけど、酔っ払いなりの迷惑は、今まで周りに、かけてしまっていますから。
Sep 17, 2007
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夕方、夫ともに庭に出て、少しばかり庭の改造をしていた。一日中不安定な天気だったけれど、このタイミングでまたもや通り雨。本降りになることはなく、西から薄く日が射していた。斜向かいで、畑作業をしていたいつものおばさんに、虹が出ていることを告げられる。時を追って緩やかな弧が、淡い光によって描かれてゆく。くっきりではないにしろ、ほぼ完璧な半円が空に現れた。大人ばかり3人で盛り上がってしまう。お隣では、部屋の中で子どもたちがテレビゲームに、夢中で大騒ぎをしていた。しばらくして、その中の一人が自転車で大急ぎで帰路に着く。空にはまだ虹の名残があったのに、見向きもしないで、一目散。イマドキの子は・・・、なんていうつもりはないけれど、なんとなく、もったいないと感じてしまう。明日いいことありますように。
Sep 16, 2007
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夕暮れ時、東にある大きな川を越えて、隣の市へと車を走らせる。夜からはじまる、ようこさんのライブを聴きにいくのだ。ようこさんは、以前勤めていた会社の先輩で、10年間、ずっとお世話になっていた。彼女は、私の辞めるホンの少し前に会社を去っていた。たまに連絡を取り合う中で、歌を唄っていることを知らされた。辞めてから数年が経っていたように思う。何回か機会を得て聴きに行くと、ようこさんの歌声が好きであることに、気がついた。この日は、ギターとうたのデュオ。伸びやかな歌声が耳に心地よい。特徴のある音色が、ギターから紡ぎ出されていく。こじんまりしたお店で、常連さんもいたけれど、彼女の声は、お店の奥にいた私達にもまっすぐ届く。自らの体を使って表現するというのは、なかなかしんどい行為だろうと思う。けれども、会社にいたときは異なる、開放的なようこさんを垣間見ることができ、こちらも楽しくなってしまう。いい夜だったな。CDがあるわけでもなく、その日その場に行かなければ手に入れらない、というのがちょっと贅沢をしたような心持ち。お花を手土産風にこしらえてみました。
Sep 15, 2007
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どうしても、じゃんけんで負けちゃうの。とは、姉のところの末っ子(小2)の悩み。かわいそうなことに、この子は私と一緒で最初に出す手が、チョキと決まっているのです。先日、夫が彼女に付き合って、ひたすらあっち向いてほい、の相手をしていたときに気がついたらしい。今日実家に寄って、その事実を伝えてみる。すると、いつの間にそんな表情を覚えたの?と言いたくなるくらい、大人びた苦笑いを浮かべながら、「わかってるんだけどさぁ、チョキはだめって。でもじゃんけん始めると、手がチョキの形で出ちゃうんだもん。」と、言われてしまった。言ってしまうと、今度は無邪気な照れ笑いをしながら、コップの中のカルピスをごくごくと飲んで、私に視線を送る。気がついていたことにも驚いたけど、こんな風にくるくると、魅力的な表情を振りまくあなたに、おばちゃんは、びっくりしてしまったよ。
Sep 14, 2007
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以前、活け花を習っていたことがあり、その縁で展覧会を見に出かける。活け花は長いこと続けていたけれど、なんというか・・・、超えられない壁のようなものを感じて、数年前にお稽古はやめてしまった。けれど、花に対する美意識の多くを、そこから感じ取ったことは確かだ。見に行くと、やはり自分の習っていた流派の作品に、反応してしまう。習っていたときならともかく、やめてからでも違和感なく目に入ってくる。長年の刷り込み(?)がそうさせるのか。こわいなあ。自分が習っていた流派の中にも、色々な花の活け方があったけれど、花をどう魅せるか、というよりも、空間をどう切りとって形作るか、ということが、究極の技だったような気がする。結局は、そのことが花を美しさを引き出すことにつながる。のではないかと、超えられなかった私なりの解釈だけれど。会期は6日間で、2日おきに展示が入れ替えられる。今日行ってみると、知り合いの方のお母さまが出展されていた。そのお母さまは、私と同じ流派の教える立場の方。伝統的な活け方の中に、私の感じる究極の空間が、抜群のバランスで、表現されていた。直接教わってないせいもあるかもしれないけれど、何度かお会いしたときの印象は、チャーミングな方。使われている花に、そのセンスが生きているような気がした。うーん・・・、ここまでくるのには、壁を越えるどころではなく、たどり着いてもいなかったんだろうな、私は。花活けは、奥が深い。
Sep 13, 2007
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このところ、夕方になって怪しい雲行きになり、夜中に降る日が続く。おかげで地表が冷やされるのか、耐え難い暑さからは解放されている。暑さから解放されたところで、週明けからまたウォーキング再開だ。ほぼ一月近くさぼったせいか、周辺の光景ががらりと変わっている。田んぼでは、徐々に稲穂が頭を垂れはじめている。かえるの鳴き声は、こおろぎや鈴虫にその座を明け渡したようだ。なんともいえない、甘い香りが漂っていることに気がつくと、いつの間にか、オシロイバナがいたるところで花開いている。普通の住居で咲いているものもあれば、空き地のようなところで、勢いよく枝を伸ばしているものもある。園芸品種なのか、なんなのか・・・。この花は、あの濃いピンクからくる視覚への刺激と、同じくらい、いやそれ以上に嗅覚を刺激されるということを、咲くたび強く感じる。そう、夕方から明け方にかけてのみ花を開くのも、名前のイメージを象徴してる。なんともいえない香りは、下手な香水をつけるよりも扇情的だ。なにかを強く誘惑するような香り。ちょっとだけ理性を狂わせ、狂おしいような気持ちにさせられる。夕陽の中のオシロイバナも、それなりだけれど、曇り空の夕暮れどきという状況が、この花全体を、際立たせているような気がしてならない。
Sep 12, 2007
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友人のYさんのお宅で、カレーランチをした。インドカレーと、スリランカカレーの2種類のテイクアウトができるお店で、チキンカレーにサフランライス、それにコロッケをトッピング。20まであるという辛さのレベルはどんなものなのか、興味はあったけど、罰ゲームではないので3にしておく。私達の舌には中辛程度ものだ。このお店は別に本店があり、そちらは焼きたてナンでカレーを楽しむ。尋ねてみたら、ナンは、かの国では高い身分の食べ物で、一般庶民は、日本と同じでお米と合わせるのだそうだ。なぜって、ナンを焼くタンドールという焼き釜なぞ、設置できる人が限られているから。なるほどね。ちなみにお米で食べるあちらの人達に、日本のお米(丸に近い短いお米)を試してもらうと、インディカ米(長いお米)よりおいしい。と言うのだそうだ。なんてことを、オーダーをとっていたおじさんが、教えてくれた。お客は私しかいなかったけど、繁盛してるのかなあ。本店は、いつも車が一杯なんだけど。ところでカレーは、おいしくいただきました。Yさんとのおしゃべりは、うふふふ。女同士のひ・み・つ。カレーの写真は撮り忘れてしまったので、持参したお手製蒸しパンを、紹介します。いつもは、大きな中華蒸し器でぼーんと作るけれど、今日はかわいいサイズで、沢山こしらえてみた。彼女のご家族以外にも、なかなか好評です。
Sep 11, 2007
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テレビを見ていたら、お笑いタレントがオリンピック出場選手を招いて、水泳のトレーニングをしていた。どうやら、スポーツの得意なアイドルに試合を挑む模様。どちらも水泳は、得意競技のようだ。お笑いタレントは、どの種目も30分ほどコーチをしてもらうと、確実に数秒タイムを縮めたけれど、試合ではアイドルに負けてしまった。負けたタレントは、「悔しいっ!もう誰に教えてもらえば、速くなれるんだっっ!!」地団太を踏んで(最近あまり聞きませんね、この言葉)悔しがっていた。大いにテレビ的な演出はあるだろうけど、そこまで言えるのが少しうらやましいような気がした。だって、そこまで言えるほどの速さが、すでに彼女にはあるのだから。負けじ魂が強すぎると、みっともない印象もあるけれど、とんでもない。スポーツは、おそらくその気持ちがなければ、勝つことはできないだろう。そして私は、残念ながらそうやって他人と競うだけの体力や運動神経が、子どもの頃から備わっていなかった。いや、べつに病弱だったとかいうわけではなく、ただただ単純にニブイ。体育はいつでも、みんなに追いついていくのが精一杯だった私は、どんな競技でも勝った爽快感などとは無縁だったし、まして、負けたからといって強烈に悔しい思いをしたことはない。あぁ、ビリだった。やっぱりね。まあいいや。自分なりにがんばったし。でおしまいだ。基礎体力を維持するための運動は、たぶん今からでも遅くないと思うけれど、スポーツで、競い合うまでのレベルには到達できないだろう。それだけのガッツ(これも死語?)を体現できる歳の頃に、もっと速くなりたい、うまくなりたいと、思えなかったことが、今さらだけど、悔やまれる。限界って、やっぱり自分で作ってしまうものなのでしょうか?
Sep 10, 2007
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何年も溜まっている写真整理に、ときどき思い出したように精をだす。最近はデジタルカメラが主流とはいえ、撮った写真はやはり現像にまわす。そんな写真が束になって袋に入れられてると、じりじりと焦燥感におそわれる。それこそ、宿題を先延ばしにしている小学生の気分。整理といっても、きちんとした台紙付きアルバムにレイアウトするわけではない。ポケットアルバムにぽいぽい入れて行き、少々のコメントを入れるだけ。なのにそれがやれていない。今のところ、アルバムにおさまっているのは2004年の夏まで、そしてコメントは、2003年の春までで終わっている。まずいなあ、だいぶ記憶が薄れている。写真を見れば、さすがにどの地方に行ったかぐらいは覚えている。けれど、細かい施設名や状況ともなると・・・。あやしいことこの上ない。夫は言う、別にコメントなんていらないじゃん。写真見て、ああ、あんなとこ行ったよねって言えれば充分なんだから。と・・・。まぁ、そう言ってしまえばそうなんだけれど。それでも、なにかしら残すのであれば、なにかしるしが欲しいような・・・。現像して、すぐに整理するだけのマメさがあれば、こんな言い訳めいたことは、思わなくてもすむことなのに。とりあえず、2004年秋以降の写真を入れるアルバムを、買うところから始めよう。
Sep 9, 2007
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短い間でも暑さがぶり返すと、全身をひどい疲労感にとらわれる。もう、暑くイヤだなんて声に出したら、ますますやる気を無くしてしまうからと、なるべく言わないようにしていたけれど、やっぱりがまんできません。アイスも恋しくなるし、麦茶ポットはまだまだしまえない。滴るような汗ではないからと油断していたら、胸のあたりがあせものようになってしまった。(いえ、その、大分控えめなサイズなのですが)かゆいというのは、イライラを増長させるようだ。面倒でもこまめに汗を拭い、折を見て服を変えるようにしなければ。そして、桃の葉ローションのお世話になろう。瓶には子どものマークがついているけど、大人が使ってもいいんだよね?
Sep 8, 2007
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漢字を忘れている。地名などは特にひどい。手紙を書くにしろ、最近精を出しているアルバムの覚え書きにしろ、書こうとして、ぴたりとペンがとまってしまうのだ。結局辞書を引っぱり出すことになってしまう。読むほうは、よっぽど特殊な漢字でなければ問題ないのに、書くことができない。見慣れているはずの形が、きちんとイメージできていないのだ。原因は、はっきりしている。コレですよ。パソコン。メールにしろ、ブログにしろ、パソコンという道具を通したら、自分の手から漢字を形作るという作業は、すっぱり切り捨てられる。キーを叩いた瞬間、完璧な漢字が画面に現れるのだ。一つ一つの点や線を、頭で追う必要がない。今ここに入力した漢字だって、「瞬間」や「完璧」がきちんと書けるか、あやしいものだ。人の暮らしを便利するための道具が、人の能力の何がしかを、退化させているのだとしたら、なんて皮肉な結果だろう。漢字ドリルでもやった方がいいかなあ。
Sep 7, 2007
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ココアが飲みたいなあ。それもあったかいヤツ。昨日などは、ノースリーブにサンダルで出かけていた。おまけに、動き回った後は小さなアイスキャンディを口に放り込み、その冷たさを楽しんでいたというのにね。欲しいと思うのは、きっと体も要求しているに違いない。夕飯までに、まだ少し間がある。今のうちに飲んでしまおう。額のど真ん中に吹き出物が、気にはなるけど・・・。
Sep 6, 2007
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下宿をしていた学生時代、2年の間部屋にテレビを置いていなかった。置いてもいいよと、大家さんは言ってくれたのだけど、買ってきて運び入れる手間を億劫がっているうちに、2年が過ぎてしまった。友人達は、信じられない、自分には耐えられない、と口を揃えて言ったけれど、別に耐えるほどつらいものではなかった。本を読んだり、学校からの課題を片付けていたり、手紙を書いたり・・・。そういう作業に没頭しているときに、テレビは全くいらなかった。というより、テレビを点けたまま、同時になにかができない性格らしい。ただし、FMラジオにはずいぶんお世話になったと思う。ラジオは立地条件がよかったからか、東京以外にも近郊の、千葉、横浜、埼玉の電波を拾うことができた。だからどこかに周波数を合わせれば、何かしら気のまぎれるプログラムを、楽しむことができたのだ。ニュースも、ラジオから流れてくるもので十分こと足りた今の暮らしでも、朝、昼、晩の食事時には点けているけれど、それ以外では、本当に見たい番組を見るか、夫が見るのに付き合うくらいだ。だから、ブログの文章を考えるときも、テレビを消してしまっている。CDや、それこそラジオは点けていることもあるけれど、集中しているときは、それすらも消してしまうのだ。やっぱり、~しながらが苦手なんだな。ちなみに今聞こえてくるのは、こおろぎの鳴き声ぐらい。テレビを否定するつもりはないけれど、なくても大丈夫なもんですよ。
Sep 5, 2007
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ピンポンと、インターホンが来客を告げる。受話器を取ると、相手は名乗ると同時に、玄関まで出てくるようにと要請してきた。今、出かける準備で忙しいのでできないと告げると、資料をポストに入れておくと言って、我が家から離れていった。ほんとは、出かける用なんてないんだけどね。訪問してきたのは、以前も来たことのある近所のエステサロンの女性。そのとき、うっかり玄関先まで行ってしまったところ、彼女の口から出てきたのは、こんなセリフ。「まあぁぁ、奥さま、キメの細かいお肌ですねえ。ハリもあってぇ、ねえ、シミさえなければ、もっとお若く見えますよぉ。」そして、彼女は美白エステの割引料金を提示してきたのだ。人を褒めておいて、けなすってどういう心理作戦なんだろう。そこだけ治せば完璧だとでも言えば、美白エステを受けに行く、とでもいうのだろうか。もちろん、私だってシミのことは自覚している。当然なければいいのにと、気にかけていることだ。けれども、いきなり会った人にそんなことを言われて、いい気分なワケないでしょう?わかってないなあ。というわけで、誰が玄関まで行ってやるもんか!
Sep 4, 2007
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書きたいことがあるのだけれど、文章がまとまりません。思いばかりが先走って、形にならないのです。作家じゃなくて、よかったな。
Sep 3, 2007
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もう本当に、夏休みは終わってしまう。といっても、主婦の私に決まった夏休みがあるわけでもなく、夫の仕事の都合で決まるだけのこと。ただ、小学生の休みという意味では、今日が最終日のところが多いらしいのだ。自分が子どもの頃の夏休みは、楽しい思い出のほかに、最終日までやり残した宿題に追われる、という、情けない記憶も残っている。親からこっぴどく叱られていたか、終わらない宿題があるのを承知で、開き直りつつびくびくしてるかだ。今、明確な休みの期間がないとはいえ、追い詰められたあんな気持ち、また経験するくらいなら、夏休みなんていらない。なんて、そんなのやらなかった自分が悪いだけで、夏休みに罪はないけれど。あーあ馬鹿だったなあ。だから、もしもたった今、そんな状況に追い込まれている子どもがいたとしても・・・、手伝ってなんかやらないゾ。
Sep 2, 2007
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ワイヤープランツという植物が、アブラムシの被害にあう。伸びすぎていたこともあり、少し刈り込むつもりが、収拾がつかなくなって、ほとんど丸坊主にしてしまう。なんで、もっと早く手入れしなかったんだろう。退治してもらうはずのいもむし、一匹が忽然と姿を消してしまった。イヤだなあ、どこにひそんでいるんだろう。このままでは、ちびモスラを誕生させてしまう。とんかつを揚げるとき、肉を投入するときの油はねで、手首に火傷を負う。またしてもアロエの出番となる。調理中、一番注意を払うべきタイミングなのに、何をやってるんだ。9月の声を聞き、劇的に過ごしやすくなった土曜だというのに、なんだかさえないことばかり。(このほかにも、いろいろあったんです。)体がホッとしたとたん、頭まで休止したんじゃ、いくらなんでもまずいだろう。集中、集中。
Sep 1, 2007
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