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住んでいる土地柄もあり、緑茶を飲むのが毎日の習慣になっている。朝、昼、晩、飲み流しといっても過言ではない、と思う。あくまで嗜好品のお茶は、それぞれに好みの分かれるものだし、ある程度値段にも左右されるものだ。それをふまえつつ理想のものは、安くて、おいしくて、少なくとも3煎目くらいまでは、味があるもの。と、位置づけている(もちろん私の独断ですよ。)ここに住んでいると、どうやら独自のお茶理論を持つ人が多いようで、渋目がいいの、濃くて甘いのが好きだの、さらには、普段飲みは、○○のお店の、100g/○○円以下のお茶。お客様には、それ以上のお茶。などの、ひいきのお店の決めた銘柄を持つ人が少なくない。週末、近所の物産展に足を運ぶと、¥1000でお茶詰め放題、というイベントをやっていた。少し前に、友人とお茶の話をしたときに(そんな話、他の土地の人はするのかな)、道の駅で売られている1kg/\1000 のお茶でも意外においしい、と話題になったため、モノは試しに挑戦してみた。こういうとき、いまいち欲張れない性質で(肝っ玉が小さい)、少し余裕のある状態で封をしようとしたら、係のお姉さんに「もう?ダメだね、そんなんで封しちゃったら、詰め放題の意味がない。お姑さんに怒られちゃうよぉ。」(そんなことで怒るようなお姑さんではありませんが)と言われ、サービスで袋にパンパンになるまで詰めてくれた。帰ってきてはかりに乗せてみる。さすがに1kgは期待してなかったけど、400gが少し切れるくらい。なかなかの量が詰まっていた。恐るべしお姉さんの技。どきどきしながら、お茶を淹れてみると・・・・。これが思った以上においしい。おもいっきり茶葉が外気にさらされていたのに、香りもきちんとある。夫も、これなら儲けモンじゃないか、とOKが出た。その昔、お茶を大量に飲む妻は、離縁の対象になったというけれど・・・、いやぁ、贅沢させてもらっているんですね。と感謝しつつ、ずずず~っ。おいしくってシアワセ♪
Oct 31, 2007
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私達夫婦の車には、どちらもナビはついていない。バイクでのツーリングに慣れた夫は、どんな遠くに出かけるときも、地図でルートを探るのが好きらしい。結局私もそれに引きずられるように、ナビ無し派のままだ。私自身こだわってるわけではないけれど、今まで無しでもなんとかやって来れたから、まあ、なんとかなるでしょう。くらいのものだ。市内であれば、私でも今までたまった経験則でたどり着くことができるし、2人で遠出するときに、地図を広げて人間ナビになることができる。そういうことが、あまり苦にならなくなってしまった。もちろんそういう心境になるのは簡単なことではなく・・・。地図の見方など知らない頃、国道、県道、などを区別するために印刷された色を見て、「そのまま緑の道をまっすぐ。」「右に曲がったら赤い道になるから。」などと連発した私に、辛抱ならん、といった調子で、「道路に色がついてるわけじゃないんだよ・・・。」の一言で車内が気まずくなったり。地図に書かれている交差点名を問われても、なんのことやらさっぱりわからず、いらいらしている夫(その頃は彼)に「なんで、来る前に調べておかないのよっ!そんなの運転する人間の義務でしょっっ!!」などとキレたり。などがありまして・・・。私は地図の読み方を覚え(知らないと思われるのが悔しくて)、夫は事前にルートを調べるよう(私が車内で怒り出すのが面倒で) になった。一番大きな収穫は、ちょっとくらい道を間違えても何とかなるだろう、と思えるようになったことかな。間違えたことで新しい行き方を見つけられるかも知れないし、なにしろ道はどこかでつながっているんだもの。
Oct 30, 2007
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このところ、雀が騒がしい。やっぱりお米の収穫時期だからだろうか。部屋の中にいて、サッシを閉めていても鳴き声が聞こえてくる。本当にちゅんちゅんって鳴くんだよな。と、言うまでもない事実をあらためて思う。鳴き声がよく聞こえるということは、大量の雀がいるということ。外出からもどるときに、その声のする方に首を巡らすと、うわっっとぉ、すごいな。ほんとに何十羽いるんだろう?というより、普段はいったいどこにいるの?これだけの数の雀・・・。たくさんの雀のうちの何羽かは、我が家の庭に降りてくる。睡蓮鉢で水を飲み、庭のアカシアに止まり、ベランダの手すりで、仲間とふざけあう。野鳥の中では、もっとも目にするであろうということは、取り立てて珍しいところもないということ。そのせいで、こちらの気負いがないせいか、庭に来る雀達に、警戒心が少ない。(ように思える。)おかげでその姿やしぐさが無防備にさらされ、それを目にするとなんとなく愛嬌を感じてしまう。とりあえず、ベランダに洗濯を干す朝、目の前の電線にちょこんと止まる雀を見たときは、おはようの挨拶をすることにしています。
Oct 29, 2007
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いよいよ、朝顔、夕顔もおしまいとなり、シャッターの戸箱の上まで伸びたつると、支えのネットを外すことにした。背が足りないから、外すのは夫任せ。ネットから外す作業は、当然私も手を動かす。最後の最後についた夕顔のつぼみは、どうやら今夜咲くであろうと見当をつけ、傷つけないように切り取り花瓶へ挿しておく。戸箱から外すのは一瞬でも、ネットにからみついたつるは簡単には外れない。よくもひとつの種からここまで成長するものだ。と、感心する。力強く絡み付いてはいるけれど、終わりに近づいた植物は抵抗力がなくなるのか、いたるところにカイガラムシがへばりついている。夏の間、暑い日にさらされながらも花を咲かせ続け、わずかながらもその葉で、居間に日陰をもたらしてくれてありがとう。おつかれさまでした。夕方、玄関においた花瓶で、見当どおりに夕顔が開きだした。外で咲いているときは気がつかなかったけれど、意外にも強い香りを放っている。夕顔の色は清楚だけれど、その姿は妖艶といってもいい輝きがある。果たして香りは・・・。どちらかといえば、清楚なイメージに近い、すっきりとさわやかな香り。最後の最後に、思いがけないものを贈られました。明日の朝には、本当にさようなら。
Oct 28, 2007
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雨の午後、夕方近くに本を読んでいたら、そのままうたた寝をしてしまった。目が覚めたとき、あたりが薄暗くなりつつあることに気がついた。いけない、いけない。電灯をつけた部屋の中が丸見えになってしまう。カーテンを引こうと手を伸ばすと、その暗さを透かして、東にある高い建物が、白く輝いているのが、目に入る。あれ?なんで?確かに家の周りから東にかけては薄暗いけれど、西に目を移すと、空の端っこの雲が完全に切れて、日が射している。背の高いビルだけが、その光を反射していたのだ。もうじき、日が落ちてしまいそうだけれど、夕焼けとは違う、白っぽい光にひかれて、外に出てみる。雨はまだ降り続き、東の空はじっとりと灰色の雲におおわれたままだ。けれどその鈍い色の中に、じわじわと虹が現れ始めた。かなりくっきりとした半円が空に浮かび上がり、虹の橋のたもとまで、完璧に描かれる。おやおや、虹を見るのは数年ぶりのラッキーチャンス、なんて、ここに書いてから、半年の間に3度も目にしている。今年はそんなにたくさんもの良いことが、あったかどうか・・・?あった、ということにしよう。そしてこの3度目に見た完璧な虹が、大きな喜びの前兆であることを信じたい。
Oct 27, 2007
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新聞とともに入ってくるチラシに、調理器具の紹介がされている。圧力を使って調理する鍋で、なかなか値の張る代物だ。チラシに掲載されている料理も、いかにもおいしそうにレイアウトされている。実は圧力鍋なら、すでに持っていてそれなりに活躍している。値段は確かにちょっと高めだったけれど、他の鍋に比べれば、というだけで、おそらくチラシの鍋の、半額程度だったと記憶している。特に問題もなく使ってきたけれど、パッキンゴムなどの消耗品は、そろそろ替え時かと、チラシを見ているうちに気になりだした。取扱説明書に掲載されていた、メーカーのホームページで確認してみると。当社は、平成17年○月×日をもって、全事業を終了させていただきました。の文字が・・・・。え?エーと・・・、それはもしや・・・倒産ってこと?もしやもなにも、倒産以外なにものでもない。しかも2年も前に!えぇぇっ、そんなあ・・・。とりあえず、どこかで事業の一部を引き継ぎ、お客様相談は受け付けている、とうことは確認できた。消耗品も、対応してくれてはいるらしい。一応、電話番号を控え、確認してみるつもりではある。でも2年も前かぁ・・・。きっと新たに部品を作るなんてしてないよね・・・。ある分が、さばけたらおしまいだよね・・・。消耗品さえ替えていけば、長く長く使えると思っていた。その供給元が、なくなっちゃうなんてねぇ。想像のしようもない。横目でチラシの中の高価な鍋を見ながら、いやいや使える限り、今の鍋で調理し続けよう!と、決心した。これからの季節、煮込み料理に活躍してもらわなければね。
Oct 26, 2007
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欲しくて、欲しくてなりません。パンメーカーのキャンペーンで、シールを集めるともらえる景品が。景品は、アン・グッドマンとゲオルグ・ハレンスレーベンの手による、リサとガスパールが、モチーフとして採用されている。実はいい歳して、このキャラクターにはまっているのです。今回の景品は、応募者全員がもらえるわけではない。なんと、抽選なのだ。景品は、大きめのお皿とミニボウル5つに、彼らの愛くるしい姿がプリントされている。・・・、わかってる、わかってはいるのです。どちらも食器棚に、間に合うだけの数が揃っているということくらい。抽選だから、当たらないかもしれないけど、当たるかもしれない。そうしたら、あんまり使ってない食器は、リサイクルショップに、出しちゃえばいいじゃない。だって、欲しいんだもん!言い訳のような、へ理屈のような言葉を並べたて、夫のお弁当をサンドイッチにし、自分の昼食もパンを食べ・・・、と鼻息荒く、せっせとパンを消費し、見事パンメーカーの策略にはまっていくのでした。当たるといいなあ。
Oct 25, 2007
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髪の毛をショートヘアにしようと思い、先週、美容院にでかけた。実は去年の今時分、ショートにしようとした途端、友人の結婚式にでることになり、髪をアップにできる程度にキープしていた。花嫁が主役ということは承知してるし、既婚の身で今さらのおしゃれかもしれないけど、夫婦で出席することもあり、少しは華やかにしたかったのです。無事に式を終えたのが冬の最中の1月で、寒さに負け、ショートにする機会がないまま、春を迎えた。けれど、夏の間もアップの方が、首周りは涼しいだろうと判断し、のばした状態で、ずるずると時間が過ぎてしまった。ようやく重い腰を上げたのはいいけれど、久々に大量の髪を切るのに、うまく美容師さんに伝えられるのか、頭を悩ませてしまう。ヘアカタログを見て、これ!と言ったとしても、赤の他人の髪型が、自分にすっきりくるとは思えない。大抵のモデルさんは、当たり前だけど自分より魅力的な顔立ちだ。こんな感じで・・・、と頼んでカットしたところで、仕上がりを鏡で見ても、まあ、こんなもんか・・・。となるのがオチだ。というわけで考え付いたのが、過去に自分がショートヘアにしたときに、一番気に入っていた髪型の写真を持ってゆく。というもの。これなら間違いないだろう。けれど、自分の髪型がばっちりわかる写真って、ないものですね。結局持ち込んだのは、10年以上も前の私・・・。ひと昔、とっくに過ぎてます。それでも、それしか伝えようがないからしょうがない。私より2つ若い美容師さんは、伝えたイメージどおりにカットしてくれた。おまけに10年前の写真で・・・と恥をしのんで打ち明けたところ、えぇー、全然変わってませんよぉ。なんて、うれしいお世辞まで付けてくれた。はははっ、単純だなあ。私って。でも、久々に軽くなった頭とイメージどおりの髪型で、楽しい秋になりそうです。
Oct 24, 2007
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ふと、丈の長いスカートが欲しい、と思った。このところ、普段出かけるときのボトムスといえば、判で押したようにジーンズばかりだ。もっとも、あらたまったな場所にいく機会が減ったということもあり、ジーンズばかりでも、特に不便はない。それ用のスカートが数点あれば、事足りている。でも本当は・・・・。スカートの方が、好きなんです。だから自宅にいるときの部屋着は、真夏をのぞいて、スカートか、ワンピースばかり。その延長で、スカートをはきたいのだけれど、あいにくと、部屋着以外のスカートは、ひざ下から、ふくらはぎのあたりまでの着丈。さすがにこの歳で、この時期に素足(生足?)をさらす勇気はない。ジーンズでも出かけられるような場所に、ストッキングをはくのも億劫だ。だからこそ、丈の長いスカートに、靴下+ちょっとぽってりした靴。なんて、ゆるいいでたちで、出かけたくなるのです。ところが、ところが・・・。私の行動範囲が狭いせいもあるだろうけど、手ごろな値段で、ぴたっとイメージに合うスカートが、全く見当たらないのだ。それどころが、丈の長いスカート自体が見つけられない。前からよく行くお店でも、そんな調子だ。うーん、世の中の流れが脱スカートなのかしら。たしかに、よくジーンズをはくようになって感じたことがある。トップスのことを中心に考えればいいわけだから、ラクということ。スカートで、野暮ったくならずに着こなすより、さっさとジーンズにはきかえたほうが、よほど手間いらずだ。だけど、やっぱり欲しいなあ・・・。そして、手に入れたときに楽しめるよう、がんばって着こなしを研究しなくては。
Oct 23, 2007
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少し前のことになるけれど、友人のおとうさんの開催した、絵画の展覧会へ出かけた。水彩を中心とした風景画は、重厚なかんじではないけれど、力強く、その景色が目の前に広がっていく。こんな風に表現できるって、すごいなあ。と、ただただ感嘆するばかり。敬意を表して、お花の贈り物。案内にいただいた葉書の、オレンジ色が印象的だったので、それに合わせてみました。ガーベラ、ワックスフラワー、千日紅、スプレー菊(ヨーコオノ)ローズマリー、ラムズイヤー、ユーカリ(実)展示会場は、造り酒屋を改築した2階のスペース。真ん中が大きな吹き抜けになっていて、間接的に、自然光が入ってくる。べらぼうな広さはないけれど、どこか開放的な雰囲気が、絵にあっているという印象だった。その会場に到着したとき、友人の姿はなかった。とりあえず芳名録に記帳し、一通り絵を見てからおとうさんにご挨拶したのだけれど、記帳した結婚後の姓では、一瞬わからないご様子。旧姓を名乗ると、あぁ、と合点していただけた。そういえば私も、娘さんである友人のことを、いまだに旧姓で呼び続けているっけ。ずいぶんと、長くお付き合いしていることに、あらためて気づかされた一日でした。
Oct 22, 2007
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車のガソリンをいれついでに、その近くの公園に足をのばす。その公園は、住宅地にありながら、昔からその地に存在しており、私の両親が若い頃の、デート場所でもあったほどだ。新しくできた公園と違い、木々はうっそうと繁り、動植物が、その環境の一端を担うほど完成された小さな森だ。(と、私は勝手に思っています。)我が家とは桁違いの樹木が密集しているだけあり、集まってくる動物も多彩な顔ぶれだ。普段聞き慣れているハトやら、ヒヨドリと違う鳴き声と姿に、持参した鳥の図鑑を開いてみると、コゲラという鳥であることがわかった。まあ、名もわからないなら、名もなき鳥のままでも差し支えはないけれど、普段知りえない姿を見て、その答えがわかると、なんとなく利口になったような、子どもっぽい感情が湧いてくる。今、その森は実りの秋を迎えつつあり、足元にはどんぐりが大量に落ちている。静かなところにいると、時々その落ちる音が聞こえるほどだ。ふと、頭上を横切る影を感じて、鳥かと見上げると、かわいらしいしっぽが見える。リスだ。鳥と違って飛び回ることはないけれど、器用に枝から枝へと飛び移る。以前新聞に、この辺りの公園住む里のリスが、どんどんと北上し、ほんとに山奥に住むリスと、その山林の生態系を脅かしている、という記事がでていた。詳しいことは、ちょっと思い出せないけれど、本当は厄介ものらしい。だから、もちろんこちらから餌付けするような、人間側のおせっかいをやくつもりはない。見ているだけでも、充分かわいらしのです。落ちているどんぐりを見ていると、リスでもないのについつい拾ってしまう。なにかにするアテもないのにね。こういう行動こそが、子どもっぽさそのものじゃないか。と思いつつ・・・。けれど、現代の森はこんな風に子どもに帰らせる役割こそが、大切なのかもしれない、と思い返した。
Oct 21, 2007
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鳥によって運ばれたナンキンハゼの種は、2年ほど前に芽吹き、私の背丈ほどにも成長した。街路樹にもなる樹木のこと、気を抜いたらあっという間に、大きくなってしまう。だから、高さはこの辺りに留め置いて、葉を茂らせて楽しむつもりだった。こまめに枝を切っても、すぐに新たな葉が芽吹き、生命力の強さがうかがい知れる。しめしめと思っていたら、とんでもない伏兵があらわれた。気がつくと、葉のいたるところに黄緑色の毛虫がとりつき、葉柄のみを残して、食べつくされようとしているではないか!うぅ~、いつの間に~。ナンキンハゼの樹のもとには、ブルーベリーやらイチゴやらがあり、殺虫剤は使いたくない。気がついたときに、ガーデングローブでしっかり手をガードして、葉っぱを取り除き、毛虫たちを除去していく。けれどもいたちごっことはまさにこのことで、いつ見ても、どこかに毛虫が潜み、むしゃむしゃと音がしそうな勢いで、葉っぱをむさぼっている。あぁ、もう!かまきりがもう少しいてくれたら、毛虫を、食べてくれたというのに!除去って単語を並べてしまえばカンタンだけど、毎日、踏み潰さなきゃならない私の身にもなって~。さめざめ・・・せっかく茂った葉で紅葉を楽しむ計画が、台無しになってしまいました。
Oct 20, 2007
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買物やら、美容院やらと外出をしていたら、すっかり帰りが遅くなってしまった。今日は、久しぶりの雨。夏のうだるような暑さが、嘘のような冷たい雨。帰り道は、アスファルトを跳ね上げる水しぶきと、乱反射するヘッドライトで、運転に骨が折れた。目の悪い私は、こんな日の運転は気が滅入る。(コンタクトレンズをしていても、疲れるものは疲れるのだ。)やっとの思いでたどり着くと、玄関ポーチの照明スイッチが、点けっぱなしだったことに気がつく。照度センサーつきのため、おそらく昼間は明かりは付いていなかったのだろう。辺りが暗くなっていたからこそ、明るさが際立った。いつもだったら、電気がもったいないと舌打ちしたいところだけれど、なんだか今日ばかりは、玄関が明るく照らされていて、ありがたかった。真っ暗闇のおうちには、やっぱり帰りたくないものね。
Oct 19, 2007
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夕方、近所のポストに葉書を出しに歩いてゆく。なにか気配を感じて、車道へと視線を移す。すると、こちらに向かってきた車の窓から、小さな手と顔が覗いて、私に呼びかけている。我が家の北側に住む親子が、私に気がついて合図を送ってくれていたのだ。一瞬で過ぎ去る車の中に、笑いかける奥さんと、懸命に手を振り、叫ぶ、兄弟を見つけ、こちらも急いで手を振り返す。なんだか、ちょっと嬉しかったな。
Oct 18, 2007
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久々の夕焼け空で、河川敷まで足をのばす。昼間は、秋の柔らかな日差しに覆われていることが多かったけれど、時折日がかげり、やはり突き抜けるような青空はのぞめなかった。夕焼けは、何層にも重なった雲が南北に広がり、沈んでしまった太陽のオレンジ色を、複雑に反射している。東にいくにつれ、薄墨を流したような色に溶け込んでしまう。家を出るときは、空の半分近くを覆っていたそのグラデーションも、河川敷に着くころには、西の空の半分ほどを染めているだけ。狭くなったそのグラデーションは、密度を増して太陽の光を、反射していた。時間的は、5分かそこらのことなのに。影もできないほどの、薄暗さに包まれていくのを感じながら、遠回りをやめて、引き返すことにする。秋の日はつるべ落とし、ということを実感した黄昏のひととき。
Oct 17, 2007
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夕暮れ時の空を、群れをなして白鷺が飛んでいく。このところ雲の多い日が続いている。目に留まるまでは、灰色のにごった空にまぎれている鷺たちも、いったん気がつくと、純白の姿が空の色に溶け込むことなく、まぶたに残る。ふと別の方向に視線を移すと、そこには鴉の群れが飛んでいた。いやおうなしに、その黒々とした姿が視界に飛び込み、ぼんやりとした空に、きっぱりとした輪郭が浮かび上がる。どちらも家路を目指しているのか、こちらの視線にかまうことなく、ゆうゆうと飛び去っていった。はっきりとした色を持たない曇り空だけれど、白と黒のコントラストが意外に映えて、悪くない。
Oct 16, 2007
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フォークリフトのにぎやかなおじさんを、久しぶりに見た。さすがにひと月以上顔を見なかったため、つい、こちらから話しかけてしまった。ずいぶんお久しぶりですね、と・・・。話し好きのおじさんだから、いつもどおりにしゃべりたてると思ったら、控えめな声で、肺がんの摘出手術をした。と、衝撃的な事実を告げられる。こちらも返答のしようがなく、体調を気遣うくらいの言葉しか出てこない。おじさんはその後もぼそぼそと話を続け、最後に、よかったんだよ、ほんとに。小さいうちに見つかって、命拾いをしたんだよ。と言って、本社工場へと歩いていった。おじさんとしゃべった後、部屋の中からその姿を垣間見ることができても、にぎやかに声を張り上げている様子はない。ということに、ふと気がついた。以前は姿を見かける前に、声でわかるような人だったのに。がっしりした体型のせいか、弱そうにはちっとも見えなかった。おじさんが苦手な私は、ふてぶてしいくらいに思っていた。(そうとう失礼だな、私も。)そんな人が病気で命拾いをするくらい、死に近いところにいたのだ。ひやり、と冷たい手で背中をなでられたように、感じてしまう。見ているとフォークリフト捌きは、相変わらずうまい。前ほどの威勢のよさはないかもしれない、けれどおじさんが戻ってきて、やっぱりホッとしている自分がいた。もうちょっと、愛想よくしよう。
Oct 15, 2007
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ようこさんのライブに出かけた。今日はグループで登場し、もうお一方と素適なデュエットを、紡いでいた。この街は今日、ミュージックフェスティバルと称して、繁華街を中心に、至るところでちいさなコンサートが開かれていた。ようこさんたちのバンドも、その一環でのお披露目。いいな、いいな。楽しいな。楽器メーカーが多いこの地では、音楽に関わる人は少なくない。そういう私だって、小学校1年まではオルガン教室に通っていたのだ。けれども、お稽古前の自宅での練習がいやでいやで・・・。姉が、上手くこなしているのを目の端で捉えながら、あんなふうに上手になんて、絶対弾けない・・・。と劣等感のカタマリのようになってしまい、あえなく挫折。4つも歳の差がある姉に、かなうわけもないのにね。言い訳をさせてもらえば、末っ子である私に対して、母も姉も演奏に関するダメだしが、多かったように記憶している。だから、音楽=音を楽しむという基本的な感情が、なえてしまったのだ。なんてね、ホントに言い訳だ。幸いなことに、思春期を迎える頃から音楽を聴くことの楽しさは、気がつくことができた。ようこさんのバンドは、後もう一方のキーボード奏者からなる3人組。しかも渋めのおじさま。この3人が奏でるハーモニーを、たっぷり味わうことができました。音を楽しむことに気がつけて、本当によかったと思う。・・・でも少し・・・、自分自身も何がしかのメロディを奏で、一体感に浸ることができればなあ、といううらやましさもある。お稽古を投げ出した幼い自分に、ちょっぴり後悔。
Oct 14, 2007
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我が家から7、80m東には、結構大きなバイパスが通っていて、2階からは、車の通る様子をつぶさに眺めることができる。昼間や朝は、大渋滞というほどではないにしろ、車の流れが途切れることはない。けれども田舎のことなので、たいてい夜中も12:00を回れば、車の通りは、ほとんどないに等しい状態。淋しく、街灯だけが明るい・・・、といいたいところだが、道路の規模で言えば、この街の主要道路のひとつであることは間違いない。となれば、その道の両側には、終夜営業の店も多く見られ、一晩中、それらの看板が眩しいほどに光を放っている。車の通りが、すでにほとんどないというのに?誰を相手の商売なんだろう。いや、もちろんほとんどないうちの、わずかな人に対して、営業しているということは、わかる。頭ではわかるけど、こんな田舎でそこまでやる必要があるんだろうか?と、はてなマークが、胸にうずまくばかりだ。緊急を要する仕事、昼夜を問わず、やらねばならない仕事があることも確かだ。そういう作業に従事する人のために営業しているとしても、数が多いんじゃないだろうか。なんて、近頃すっかり夜更かしをしなくなったおばさんは、そう感じてしまうんだけれどね。それでもやっぱり・・・「夜は、お店も閉まっちゃうから、寝なくちゃいけないんだよ。」と、子どもへ言うセリフがもう通らない、というのは、まずいんじゃないかなあ。
Oct 13, 2007
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ちょっとした偏頭痛持ちで、天候や体調によって発症してしまう。はっきりと痛みを感じる前に、まぶたが重くなったり、頭の芯がぼんやりしたり、前触れの症状を感じることが多い。痛み出してしまったら痛み止めを飲むか、寝るしかないのだけれど、予兆を感じたら、こんなことをすると、薬の世話にならずに、乗り切れることがある。なにかの本に書いてあって(タイトルも著者も忘れてしまった)、読んだときは、まさかそんなことでと思ったのだけど、意外に効くのだ。その1ちょうど眼球がおさまっている眉毛の辺りの骨を、親指で、ぐっと持ち上げるようにする。その2口に両手の指を入れるだけ入れて、両側に引っ張りながら、上下左右にぐるん、ぐるん、動かす。言葉で説明するのは、ちょっとむずかしい。でもこうすると、眉間のあたりのもやもや感が薄れていくから不思議だ。人によって治まり具合が違うだろうし、症状も違うだろうから、強くは言えないけれど、お悩みの方、一度お試しあれ。ただし、この動作をしているときの顔は、かなりひどいことに・・・。お試しのときは、ひと気のないことをお確かめください。
Oct 12, 2007
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本当は、ポテトチップスやスナック菓子が大好きだ。ピーナッツやカシューナッツなんかにも、とても魅力を感じる。常備なんてしようものなら、きっと毎日でもつまんでしまうに違いない。だから、あんまり買わない。本当は、パソコンにバンドルしているトランプゲームが大好きだ。ある時期、起動する度にゲームをやり続けてしまい、後で激しく後悔していた。だから、夫に頼んで、目につかないようにしてもらった。本気で調べれば、見つかるだろうけど、あえて調べない。本当は、お肉が大好きだ。毎日肉メインでも苦にならない。でも、そんな威勢のいいことを、言っていられる年齢ではなくなってしまった。お肉とお魚交互になるように献立を考える。だから、お肉メインの食事が続くと、罪悪感でどきどきする。本当は・・・・、・・・やれやれ、健やかに暮らすには、いろいろ制約が必要なのね。私って、もしかしたらがまん強いの?
Oct 11, 2007
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本当はもっと反論すべきなのに、考えがまとまらないと、その場を取り繕う言葉をつなげて、会話を終わらせてしまう。勤めていたときは、自分の仕事を優先させるための主張くらいは、していたと思うんだけどな。そうではない付き合いの中では、相手との関係が曖昧なまま、進んでいくということも、あるのかもしれない。丸くおさまるのであれば、ま、それもいいか。と、思う反面、やっぱりきちんと言い返せばよかった。なんて、後から思うくらいなら、曖昧どころか、自分にとっては、相当無理をした関係なんだろな。今朝、とあるできごとが、私にうじうじとこんなことを考えさせる。えーい、もうやめよう!こんなことで時間をとられる方なんて、もったいない。明日、天気予報は、久々の晴れマーク。ぐっすり寝たら、けろり忘れて元気に起きよう!
Oct 10, 2007
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行ってしまったと思っていたカマキリが、庭の別の樹に潜んでいた。相変わらず、ハンターらしく身を潜め獲物を狙っていた。そして、カメラ目線・・・。久々に見てみると、おなかの辺りが堂々たる太さになっている。これはもしや・・・、くん付けで呼んでいたけれどメスだったのか?カメラを意識するのはそのせいだった、なんてことはないだろうけど。今朝、庭に出てみると塀のてっぺんに卵を発見。なぜここに?確かに、砂色という点では同化しているけれど、なんのカムフラージュにもなってないじゃないか。鳥なんかには、あっという間に見つかってしまうよ。そんなことを言ってみたところで、とうのカマキリは、今度こそ、見当たらなくってしまっている。こんな目立つところの卵でも、彼女が選んだ場所ならば、どこかよそに移すのはやめておこうと思う。たくさん孵ったら、来年の庭はカマキリだらけになるのだろうか。毛虫などを捕食しているのも見たから、せいぜい我が家の、害虫退治部隊となってもらおう。
Oct 9, 2007
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最近目覚まし時計の調子が悪い。鳴り出した後、一旦止めるためのボタンを押さえても、なかなか鳴り止まない。まあ一発で起きればいいのだけれど、それはそれ。その後、五分ごとに鳴らしつつ、目的の時間までに徐々に目覚めていった方が、私は起きやすいのだ。一旦止まらないとなると、元からベル音を止めるしかなく、不便この上ない。分解好きの夫に見てもらうと、長いことボタンの決まった側を押し続けて部品が磨耗し、音を遮断する仕組みが、接触不良を起こしているらしい。長いこと・・・、そうか、かれこれ10年くらい使ってるかもしれないな。何しろ、独身の頃から使っていた代物だ。結婚当初、ベルを止めようとしてボタンを押すのに、なかなか鳴り止まず、あれ?あれ?止まらない?と騒ぐと、痛い、痛い、痛いよう!と、くぐもった声が聞こえてきた。どうやら、時計と間違えて、夫の頭をばしばし叩いていたらしい。痛がるほど、強くボタンを押して(叩く?)いたのだから、磨り減っても当然か。根本的には、接触不良の部分を直さねばいけないのだけど、とりあえず、磨り減った部品を左右逆にしてしのぐ事になった。えーと、片側すり減らすのに、10年かかっているんだから、もう片側がだめになるには、この後10年は大丈夫なのかな?ま、他の機構には全く問題はなく、時計の針もきちんと時を刻んでいる。本当に動かなくなるまでは、毎朝のお世話をお願いしたいところです。
Oct 8, 2007
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特に気にしていなくても、はっきりわかる香りで、開花を知らせてくれるのは、キンモクセイ。秋のお祭りの時は、大抵咲いているかもしれないと、突然香りだした夕べ、気がついた。けれど、我が家の周りのどこで、キンモクセイが咲いているのか、実は今もってわからないのだ。樹に咲く花は、視覚に訴えるものが多いと思う。けれど、大木ならばともかく、あの小さな花は、強い香りがなければ、気づいてもらうことができないのかもしれない。それでも見つけられない私は、ちょっとばかり鈍いのだろうか。咲いているしばらくの間、今年こそは探しあてることができるだろうか。
Oct 7, 2007
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私の住んでいる地域では、昨日から神社の秋祭り。たくさんではないけれど、朝っぱらから花火が鳴り響く。夕方になると屋台が曳きだされ、にぎやかなことこの上ない。それでもやっぱり、静かな秋祭りではなくてよかった、と思う。各戸に配布される軒花(もちろん、祭典費として何がしかの金銭は納めるのですよ)は、全国的に同じものなのかな。緑の竹ひごに、ピンクのぼかしの入った紙のお花が付いている。なんともベタな造花だけれど、なんとなくうきうき。うきうきついでに、ドア飾りをこしらえました。秋のお祭りは、収穫祭だものね。
Oct 6, 2007
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よくテレビの健康番組などで、きのこ類を食べることが、健康増進につながるといって、紹介されている。えーと、なにに効くんだけっけ?あんまりまじめに見てないせいか、大抵忘れてしまう。健康にいいかどうかに関わらず、きのこは好き。しいたけ、えのき、ぶなしめじ、舞茸、エリンギ、なめこ・・・、思いついたものをざっと、挙げてもこれだけ出てくる。それぞれ味に特徴があって、調理には欠かせないのだ。幸い夫は、きのこ類はセーフなので、ばんばん使う。少し前まで、2個パックや、まとめ売りのお得用は、買うのをためらったいた。何しろ二人なので、たくさん買いすぎたら、追われるように食べなければならなくなる。食べることや、調理することを義務にしてしまったら、つまらないものね。最近、しめじとなめこは、長期保存できる一工夫をして、迷わず飛びつくことにした。しめじは、ほぐして冷凍しちゃえばいい。なめこは、小鍋で火を通して、とろとろねばねばを出して、みりんと醤油のあわせ調味料で味をつけておく。あとは、びんに入れて冷蔵庫へGo!だ。そうすれば、なめこおろしもすぐ食べられるし、なめこうどんだって、手がかからない。きのこちゃんばんざいなのだ。ところで、庭の枕木にこんなものが・・・、すごく・・・、しいたけっぽいんだけど、さすがにこれは食べたらまずいよね。
Oct 5, 2007
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とっぷりと日が暮れる。の、とっぷりって、なんなんだろう?でも、そう言われればどんな情景かは思い浮かぶけれどね。先週末からぐずついた天気が続き、今日は久しぶりの晴天。一週間前までは、過ごしやすくはあったけれど、まだ、夏の名残を引きずっているようだった。今日、ふと見上げた太陽と、空は、季節が変わったことを示していた。夕方、真っ赤な太陽が沈んでゆき、気がつくととっぷりと日が暮れている。このとっぷりという言葉は、今がいちばん似合う季節、と思うのは、わたしだけでしょうか?日本語っていいなあ、と理屈ぬきで思える瞬間です。
Oct 4, 2007
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今シーズン初のみかんは、緑色のみかんで始まります。いつもの市場に行くと、果物のコーナーには、緑のみかんが積まれていた。スーパーでも、ちらほら目にしていたけれど、高くて手が出なかった。市場での価格はどうだろう?値段のシールをちらり。7つで、\150。迷わずかごに放り込む。はしりの頃は若干高めだけれど、それでもこの値段。緑のみかんの時期は短いのです。子どもの頃、緑のみかんは、つんとくる酸味が苦手で、積極的に食べたいと思わなかったんだけどな。みかんのおへそに、つぷっと指を入れたときに広がる香りは、おなじみの黄色のそれとは、ちがったすがすがしさ。季節が変わることが、楽しくなる瞬間です。うちのだんなさまは、みかんが大好き。シーズンの間は、ほぼ毎日、お弁当にみかんをつけてあげることにしています。
Oct 3, 2007
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向かいの工場は、100mほど離れた場所に本社工場があり、フォークリフトが、部品を乗せては行ったり来たりしている。にがうりをくれたおじさんとは別に、このフォークリフトでの運搬を、専門としているおじさんがいるのだけれど・・・・。なんというか、大きな声でやたらと話しかけてくるので、お相手をするのは、あまり得意ではない。悪気のある人ではない、というのはわかるんだけど、庭先にいて、フォークリフトがやってくる音を聞くと、なんとんくぴゅっと家の中に入っちゃうのだ。大人気ないなあと、自分でも思うし夫にも笑われる。もちろん、扉をばたんと閉めるほど、あからさまではない。顔をあわせれば、挨拶するくらいの分別はありますよ。ところが、この数週間というもの、そのおじさんの姿を見かけない。工場からのがなり声も耳にしないし、フォークリフトを運転している様子もない。どうしちゃったのかな。彼は、しゃべり声はにぎやかなくせに、フォークリフトの運転は驚くほど静かだった。今、工場間の運搬は、色々な人がかわるがわるやっているようだけれど、そのおじさん以外の人の運転は、すぐにわかってしまう。フォークリフト特有のウィーンという音も、部品を入れた金属かごが、がちゃがちゃとたてる音も段違いにうるさいのだ。お隣の奥さんとおしゃべりをしていて、最近見かけないよね、と話題に出た。みんな気がついてるんだ。苦手と思っていても、姿が見えなくなったらなったで、気にかかる。ある意味、すごい存在のおじさんなのかもしれない。
Oct 2, 2007
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夏メニューなんて言っていたのに、衣替えの10月初日の今日、冷たいものなど、とても体に入れる気にならない。衣替えもまだ先のこと、と悠長に構えていたら、風邪を引いてしまいそうだ。なるべく、汗をかかないような動きをこころがけていたのが、体を冷やさぬよう、意識的に体を動かすことに意識が集中していく。先週までとは、真逆の行動に心も体も置いてけぼり。それでも季節は、待ってくれません。
Oct 1, 2007
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