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結局、紅白を見てしまうのは歳のせいなのか。それでもしょうがないじゃないか。「待つわ」が流れ、「ルビーの指輪」が流れてしまったら、せめてそのときだけでも家事の手を休めて、観ざるをえない。なぜか10歳そこそこの(歳がバレますが)頃の曲が耳に馴染み、すぐにメロディを追って唄を口ずさめる。大好きな歌手でもなく、大好きな曲でもなかったのに。歌謡曲の力は、こんなところにあるのかもしれない。そうして、今年も暮れてゆきます。良くも悪くも、ひとつの区切りをつけようとするこの日本の風習。私は、嫌いではありません。
Dec 31, 2007
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第一の事件12月28日階段の窓と、網戸の間に干からびたカエル発見。発見者、夫。第二の事件12月30日庭のナンキンハゼの枝先に、串刺しにされたカエル発見。発見者、妻第三の事件12月30日玄関の窓と、網戸の間に干からびたカエル発見。発見者、妻第一と、第三の事件現場は通常の窓と違い、網戸が窓の内側についている。発生時期は、夏の夜間。電灯に誘われて家屋内に侵入したものの、網戸に阻まれて、それ以上内部へ入れずにいたもよう。その後、外への脱出もできないまま餓死したものと思われる。第二の事件は、この一週間内に発生。犯人は、モズであろう。おそらく早贄として捕らえられた犠牲者と思われる。この数日間に起きた、我が家のカエル変死事件をお送りしました・・。やれやれ・・・、年末だと言うのに残酷なことでした。
Dec 30, 2007
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胃酸のコントロールがうまいこと調節できるようになったら、ついむしゃむしゃと、たっぷり食べたい衝動に駆られるようになり、少しばかり困っている。胃袋が要求しているというより、口がいやしくなっているのだ。体型として太っているわけではないけれど、それでも自分の適性体重、というものを決めていて、それを保つようにしているつもり。それがじわじわと、200、400、600g・・・と増えていくのだ。それしきの増量なんて、と侮ることはできない。ここら辺りできちんと調整をしてやらないと、どかんと適正ラインを、突破してしまう。このところ、ウォーキングもすっかり散歩の速度になってしまうし、食欲だけが問題でないこともわかっているのだけれど・・・。おまけに年末年始は、動くことよりも食べることの方が多くなりがち。結局のところ、冬ごもりの態勢になってしまったということなのね。抜け出すの、大変そうだなあ。
Dec 29, 2007
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どうしてあんなことになっちゃったんだろう。とってもうまくいっていたはずなのに。ひと月も前のことをふいに思い出し、涙がぽろり。結末は、神さまにしかわからないもの。ゆだねるしかない。私にわかろうがわからまいが、始まってしまったら事は進むのだから。
Dec 28, 2007
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去年のちょうど今日、夕方薄暗くなってから玄関のベルが押された。インターホンを取り上げると、少し間をおいて、「あの、向かいの工場のおばさんだけど・・。」との返事。いつも、顔をあわせれば挨拶を交わすおばさんと見当がつき、意外に思いつつも急いでドアを開ける。思ったとおり、いつものおばさんがそこにいた。突然にごめんね、と前置きをして、実は年明けたらじきに定年となり、この工場を辞めてしまうのだと、話し始めた。そうして、挨拶や立ち話程度だったけど、いつも庭を眺めさせてもらったり、いつかは、朝顔の種もらったりしたから。と言って、みかんを私に寄越すのだ。朝顔の種・・、そういえばそうだった。と思い出す。ちょうど庭に出た私と、お昼休みのおばさんとが行き会って、朝顔の話をしたのだ。その年の夏、我が家で栽培したのは、ヘブンリーブルーという水色の朝顔。改良されていたのか、日が高くなってもすぐには萎れず、お昼くらいまでは、なんとかその色とラッパ型の花弁が保たれていた。だから、ちょっと変わってるねぇという話になり、よくよく花を見るおばさんに、種が取れたらあげますよ。と、約束をした。朝顔は、秋になると大量の種をつけ、私は無事におばさんに種を渡すことができた。種のお礼というのが、みかんを私にくれた一番の理由のように言っていたけれど、私にはただそれだけ、とは思えなかった。そんなに饒舌な人ではないけれど、まじめでやさしい印象が、庭に送る目線や会話の端々から、うかがえるような人。おばさんのいろんな気持ちが詰まっているみたいで、淋しいような嬉しいような・・・。ひとしきり話をして、淋しくなりますね、お元気でなどととおりいっぺんの、お別れしか言えない私に、「朝顔、種蒔いてきっときれいに咲かせるでね。」と言って、おばさんは去っていった。今年の夏、私はと言えばここにも書いたように、その朝顔の種は行方不明になっていた。夏の盛りに出てはきたけれど、去年のようにネット一面に仕立てるには遅すぎたのだ。おばさんのところの朝顔は無事に咲いただろうか。一年も終わりに近づいた今日、そんなことを思い出す。
Dec 27, 2007
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このところガソリンが高くて、いつも行く農協の市場から、ちょっと足が遠のいている。今日はそこよりも近い場所にある、同じような市場へ出かけた。少しこじんまりしているけれど、悪くない。柚子を買うつもりで近づいた台に、それよりも濃い黄色のかたまりが、目に飛び込んできた。よくよく見ると、それはレモン。思いがけない色に惹かれ、柚子ではなくレモンを買ってしまう。あんまり、きれいであったかい色だったから。柚子はまた今度にしよう。帰宅後、伸びすぎたローズマリーを刈り込んでいると、近所のおばさんに声をかけられる。しばらく話していると、ご自宅の敷地を指差して、-柚子をあげるから、その鋏で取ってらっしゃい。と、うれしいお言葉。-花柚子だから、大きくないのよ。とおっしゃるものの、手に取ると、立派に柚子の香りが立ちのぼる。お礼を言って、3つほどをいただいた。柚子とレモン。実は調理使うというよりも、蜂蜜と合わせて、ホット柚子、またはホットレモンを楽しむつもりでいた。うふふ。両方楽しめてしまいそう。ちなみに蜂蜜も、市場で買ったみかんの蜂蜜。うれしいな。左がレモン、右が柚子。
Dec 26, 2007
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寒いのは、キライです。キライだけれど、寒くならない冬はコワイです。庭のアカシアの花芽が、はっきりと蕾の形をとりつつあり、場所によっては、うっすら黄色がかって見える。ウォーキングに出かけると、道端にちらちらとホトケノザの、ピンクが目に入る。露地ものの水仙が、すでに咲き始めている。(この時期は、花屋さんでなければ手に入らないはず)空き地ではクローバーが青々としげり、花まで咲かせている。あれあれあれ?この時期、大抵の草花は休眠に入り、枯れ切った姿を地表にさらすはず。さみしくってたまらない光景ではあるけれど、だからこそ待ちわびる春なのに。晩秋のような状態のまま、春に移ってしまうのは、なんだかウソの世界にいるみたい。私の住む街では、この冬まだ一度も氷が張っていない。いったいいつから、ウソの世界になっちゃったんだろう。
Dec 25, 2007
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この一年で撮った写真を見返していて、そこに写った自分の顔に驚いた。それは、笑っている顔。私の目は、いわゆる伝統的日本人の顔に近く、目が細い。そして目尻がやや上がり気味で、きつね目に分類される。いや、されると思っていたのだ。ところがその写真だけは、目尻が下がってしまっている。もちろん笑っているのだから、ぴんぴんに上がった目尻も不自然だ。けれど、笑っていようが、泣いていようが、水平に線を引いたときに、それよりも下がることはなかったはず・・・・。あらためて夫に写真を見せると、彼も驚いていた。やっぱり顔の印象としては、きつね目だったんだろう。-やさしくなったってことなんじゃないか?-ふ~ん。そう言ってくれるのね。私としては、いわゆる寄る年波には勝てず・・・。といったところで、ちょっぴりがっくりきていたのだけど。・・・ま、そういうことにしておこう。目尻の下がった笑顔も、そう悪くはないか。
Dec 24, 2007
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またまた近所のドラッグストアに出かけると(ほんとに歩いて5分もかからないので)、敷地の中でメロンパンの出店が設置されていた。大きめのバンに「焼きたてメロンパン」と大書きされ、そのバンの脇に、簡易テントがちらりと見えた。お客さんは誰もいないようだ。と、思ったその瞬間、お店のオーナーさんと思われる人と、ばちっと目が合ってしまった。いやいや、私はドラッグストアに用があるんです。目的はそれじゃない。それに普段は、そういう出店であんまり買い食いしない。いくらオーナーさんが気のよさそうなお兄さんだからって、買わないもんね。だけどだけど・・・。店をでて、テントの前に一人のお客さんがついているのを見たら、つい・・・。たくさんお客がいたら並ぶ気にならないし、行きがけに見たように誰もいないと、ちょっとばかり、声をかけるのが億劫だ。ぴったりのタイミングで、そこを通ってしまったのが運のつき。はてさてお味は・・・、珍しく買い食いをして、大正解。パン生地がきめ細かくって、メロンパン特有のカリカリのところが、香ばしく焼きあがって・・・。メロンパン屋さん、この場所での営業は明日までだそう。とってもおいしかったですよ。
Dec 23, 2007
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先週出かけた演奏会は、金管楽器中心の市民楽団のもの。以前勤めていた会社の方が、お二人出演されていた。一人はトランペット、もう一人はパーカッション担当だった。そのうちパーカッションのMさんは、独身の頃、スキーなどのイベントに私達夫婦とともに、ご一緒させていただいていた。今はお子さんもいらして、そういう機会はなくなったけれど、他のライブなどでもよくお見かけする。その日は普段のライブと違い、ソロのパートがたくさんあり、Mさんも生き生きと、楽器を打ち鳴らしていた。そんなノリノリのMさんを見ていて、ふと思い出した。通勤時、信号待ちで彼の車の後ろになると、車が小刻みに揺れている。Mさんと休み時間の雑談をしていると、会話に関係なくパタパタと机を手で叩く。ということがたびたびあった。はじめのうちは、貧乏ゆすりひどい人?などと、失礼なことを思っていたけれど、それは暇さえあれば、楽器のあてぶりでついリズムをとってしまうMさんの癖だったようだ。そうやって彼は、10年以上もリズムを刻み続けている。きっと楽器を演奏することは、Mさんの暮らしの一部なのだろう。一方のトランペットは、主人の後輩のKくん。彼もまた、学生時代からのトランペット吹きなのだそうだ。Mさん同様お子さんがいるけれど、その日のブラスバンド以外でも、奏者としての活動を続けているらしい。そんな彼らを見ていたら、生活をしていくために必要な仕事、とは別の、なにか核になるものが見えるような気がした。その核なしで、生活することはできるけれど、長い人生を生きるために、どんなにちっぽけになっても、持ち続けなければいけないような・・・。やれやれ、ただ音楽を聴きに行っただけで、ずいぶん難しいことを考えてしまった。その日の演奏会はとてもステキだった、と書くだけのつもりだったのにな。
Dec 22, 2007
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近所のドラッグストアに行ったついでに、周辺をおさんぽ。歩いていると、とてもよいにおいがする。花などではない、なにかを調理しているような・・・・。住宅街の真ん中で、辺りに食べ物屋はない。ということは、どこかのお宅で早めに食事の支度をしている?うーん・・・。でもこのにおい、嗅いだことがあるような気もする。てくてく歩いていくうちに、ふと気がついた。確かこの先に、珈琲豆を自家焙煎して販売しているお宅があったはずだ。そう、お店としての構えではなく、本当に珈琲好きな人々のために、自宅でできる範囲で販売しているようなところ。それにしても珈琲?好みをどうこう言えるほど、量を飲んでないとはいえ、こんな香りがしたろうか?それでもその家に近づくと、ご主人が大きなざるにざらっと並べた珈琲豆を、ざっざっとふるっているのが目に入る。あら熱を冷ますため?はじめて見る光景に、思わず視線が集中してしまう。すると、あちらからこんにちはのご挨拶。慌ててこちらも挨拶をし、いい香りがしたものですから、と、ぶしつけな視線を送ってしまった言い訳をしてしまう。本当は、いろいろ聞いてみたいことがあったのだけど、なんとなく、そそくさとその場を立ち去ってしまった。実は近づくにつれ、においの要素がますます判別できなくなってしまったのだ。焙煎したての豆は、実のところどんな香りなのか、もう一度かいでみたいもの。人のよさそうなご主人、今度その場に行きあわせたら、ぜひとも聞いてみなければ。
Dec 21, 2007
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電線がたわむほど、びっしりととまった雀たち川の中の獲物をねらっているのか、浅瀬で一点を見据えたまま動かない青鷺川面に無防備に浮かんでいるようで、人の気配でじわりと遠ざかる鴨たち人が近づいても、なぜか飛ばずにちょこちょこと足早に走り去る鶺鴒乱暴に、山茶花の花びらを撒き散らしながら蜜を吸うひよどり意識しなくても、普段の暮らしでざっとこれだけの鳥達が周りにいる。(いや、ほんとはもっといろいろいるんだけれど)やっぱりこの街で暮らせてよかった、と思える瞬間。
Dec 20, 2007
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本当に、まともに編み物などしたことがなく、いわゆるそういうものに興味が湧く、お年頃の時代に母に教えてもらうものの、めんどうくささと、できあがりの理想ばかりが高くてあっさり挫折した。まあ、オルガン教室と同じで、外野がにぎやかだったので・・・。身内からのダメだし、ホントに苦手だったんだなあ。それはともかく・・・。夏前にほどいた毛糸を、少しの量クローバーで染めてみた。けれど、やっぱりその先の使い道が思い浮かばない。うーん。ボンボンにするだけじゃのうがないし・・・。本当は、織物をしてみたいのだけれど、さすがに機材の揃えようがない。ここはやっぱり・・・。折りよく、近所の手芸ショップで格安セールもやっている。えいやとばかりに編み物用のかぎ針を買ってしまった。セールだけあって細めのもの2本が、¥500ちょっとで購入できた。そんなわけで、ちいさなお花のモチーフ編みにトライ。うわぁ、私が編み物だって!自分でも驚きだ。さてさて、まずは本に載ってる用語を理解しないと・・・。そこから始めるんですよ。それがなにか?でき上がりを、このブログで披露する日がくるのかどうかは、私にもわかりません。
Dec 19, 2007
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少しばかり、胃酸のコントロールがうまくゆかないようで、お医者さんのお世話になる。このところ、内科がらみの診察などほとんど受けていない。健康状態としては、良好だったといってよいだろう。ま、そうは言ってもたまにはちょっとばかり調子を崩すことだってあるのさ。行った先は、かかり付けのお医者さんで特に緊張することもない。ところが・・・。診察の際、横になって上着をまくるように指示され、かなり焦ってしまった。えーとですね。冬なので、厚着しておりまして・・・、はい・・・。とくにお腹付近は、がっちりの寒さ対策。思わず看護婦さんに「すいません、あの、あの厚着してて・・。」と、どうでもいいようなことを告げてしまう。(ところで看護士さんという言い方、実はちょっとなじめないんです。)そこの方は、みなさん優しいので、「あぁ、いいですよぉ。冬なんですから暖かくしないとぉ。」と言ってくれ、そのままぐいっとまくってくれました。ふう。そういえば、いつもは聴診器を当てられることを予想して、ちゃんと着る服を加減して行っていたんだっけ。久々のお医者で、コロッと忘れておりました。みなさん、やっぱり着る服を調整して、診察を受けに行くんですよねえ。どうなんでしょう?
Dec 18, 2007
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冬場の暖房器具、我が家ではストーブとホットカーペットが主流となる。(追いつかないときは、たまにエアコン)結婚した最初の冬、実はどれを選ぶのか、夫と軽くバトルを展開した。なぜなら、それぞれの実家で使っていた器具が違ったから。私は、ファンヒーターとホットカーペット。夫は、コタツとストーブ。最初は、そららの器具の利点を並び立てては、互いの主張を認めようとしなかった。結局、間をとったような結果に落ち着いたわけだけど。バトルをしたわりに、私はストーブが気に入っている。ホントはファンヒーターは、吹き出す風が肌の乾燥に拍車をかけている、ような気がしていたからだ。対流式のストーブだとなんとなく部屋全体が暖まるし、やかんをかけたりすれば、乾燥もさほど気にならない。家を建てるとき、住宅メーカーの設計者から、ストーブで室内が結露することほど、家を傷めることはない。できればエアコンやオイルヒーターがよい。と言われたのだけど、風邪対策でどうせ加湿器を使うくらいなら、同じじゃないか、と結局ストーブを手放すことはなかった。それよりなにより、ゆらゆらとしたオレンジ色の炎が、頼もしく部屋をあたためているというのが、いちばん気に入っているんだなあ。それだけに、今年の灯油の高騰は、とてもとてもつらいのです。
Dec 17, 2007
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週明けに作ったとんぼ玉は、デザイン的にはいまいちだったけれど、色目がとてもきれいに仕上がった。濃い目の青緑色を中心に、黄緑色で覆ったそれは、光の加減でなんともいえない色彩をはなっていた。透き通ったガラスの色というのは、いまだにどう組み合わせてよいのか迷う。玉にする前の棒状のガラスからでは、単色であっても予想がつかないこともある。ましてや2色以上の組み合わせとなると、初回は冒険といってもいいかもしれない。片方の色が全くいかせなかったり、多色が混ざったことで、ぼんやりと冴えない色になることなど、しょっちゅうだ。だから、今回のように効果的に決まるとうれしくなってしまう。うれしいついでに、立ち寄った実家の母にみせびらかす。きれいな色だね、と褒め言葉を聞きながら、明かりにかざしていると、ピッとわずかな音がした。瞬間、とんぼ玉から指先にかすかな衝撃が伝わった。急いで手のひらに転がし、ためつすがめつすると、一本のひびがとんぼ玉の上下を貫いていた。このとんぼ玉は、作ってから5日もたっている。それだけの日数が経てひびが入る、というのは今までほとんど経験していない。おまけに、つまむ程度の負荷しかかけていない指先で破損するなんて・・・。できたはずのものが損なわれる、というのはなんともいえない喪失感がある。不完全な玉を作った自分の技術の未熟さも、思い知らされてしまう。それでもせっかくだから、この玉は色のサンプルとしてとっておこうかな。そうでもしないと、ぺしゃんこになったこのうれしさの行き場がないようで。
Dec 14, 2007
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埋め立てられた田んぼは幹線道路沿いにあり、今日その脇を通ると、建物の位置が線引きされていた。間に大きなお宅2件と、ちょっとした畑はあるけれど、この家からまっすぐ東に向かったところに位置している。こちら側に進入してくる細い道も、拡張されていることに気がつく。なにが建つのか?気になるところではあったけれど、敷地の隅に立てられた表示を見ると、「飲食店」と書かれていた。どんな飲食店かはわからない。否定、というわけではないけれど・・・。風の向きによってきついニオイが流れてくるんじゃないか、とか、拡張された道から、抜け道代わりに多くの車がくるんじゃないのか、とかなんとなく、マイナスイメージばかりがわいてくる。歩いていける距離なのだから、おいしいお店かもしれない。お気に入りの店になるかもしれない。というプラスイメージが、今のところどうにもでてこないのだ。来年の夏、蛙の合唱の規模が小さくなる、というのが、そういう気持ちにさせているのかもしれない。
Dec 13, 2007
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夕べからその兆しはあった。体全体が重だるく、階段の上り下りがきつい。二の腕に重りがつけられたような感覚で、肩周りにも違和感がある。どれだけひどい体の不調かと思いきや、今日、日が高くなるにつれ原因がはっきりしてきた。昨日の障子張りのおかげで、全身が「筋肉痛」で悲鳴をあげはじめたのだ。体全体の違和感は、筋肉痛というはっきりした痛みの症状が、出る前兆にすぎなかった。原因がわかったのはいいけれど、あいたたた。立ったり座ったりする動作の度に、腿に痛みが走るのもつらいものだ。・・・まあ、翌日に症状が出た分若さがあるってことで・・・。と、自分をごまかすしかないようだ。障子もきれいに仕上がったようだしね。それにしても、小さいサイズとはいえ、後2枚残っているのか・・。げんなり・・・。
Dec 12, 2007
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雨が降ったので・・・・、障子を張り替えました。湿度が高いとき、紙は若干の水分を含んで膨張する。つまりのびやすくなるわけですね。そういうときに作業をすると、晴れた日には障子紙が収縮して、ぴん、と張りつめてきれいに仕上がる、らしい。慣れていないため、なかなか手のかかる作業で、実は2年に1度ということで、勘弁してもらっている。貼るのもコツがいるけれど、古い障子紙を剥がして枠をきれいにするのも、けっこう根気がいる。根気・・・、持続するの苦手なんだよねぇ。おまけに暖房器具がついていると、どうもうまくできないため、一度暖まった部屋が徐々に冷えていき、手がかじかんでしまった。やれやれ。どうにか、掃き出し窓用の大きな障子戸2枚を仕上げる。残りの腰窓用は、また今度やろうっと。年末は、他にも色々片付けが多いもの。一気にやると、ばてちゃうからさ。(嘘、根気が続かないだけです。)張り替えてみると、真新しい障子の白さが際立つ。やっぱり、気持ちがいいなぁ。明日はどうやら晴れるらしい。さてさて、ぴんと張ったきれいな仕上がりになるだろうか。
Dec 11, 2007
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中学生の頃、急激に好きになったミュージシャンがいた。まあ、私の場合いつだって、好きになるのが急なうえに、偏執的だ。たまたま、そのミュージシャンがFMでラジオ番組を持っていたため、毎週欠かさず、その番組をエアチェックしていた(死語?)。もちろん、お目当てはその人自身の曲で、小遣いで買いきれないアルバムの曲がかかると、せっせとカセットテープにダビングするのだ。うーん、地味・・・。けれども次第に、その番組でかかるほかの曲も気になり、ダビングするようになっていた。といってもかかる曲は、結局はそのミュージシャンが好きなものなのだから、ずいぶんかたよった音楽の聴き方をしていたのだとは思う。まあ、それなりに楽しんでいたからいいんだけど。その番組は結構長く続き、私が高校を卒業するまで、ずっとオンエアされていたことを覚えている。それからずいぶん、ほんとにずいぶん時間がたち、大好きだったそのミュージシャンの曲も、いつのまにやら聴かなくなってしまった。最近では新しくCDを買うこともなければ、その頃に買ったものを、聴き返すこともほとんどしていない。たまに耳に入ってくると、懐かしさよりもなぜか気恥ずかしさが先にたつ。けれども実は、そのときにダビングしていた「ほかのミュージシャン」の曲は、ずっとずっと、聴いているものがある。むしろ、強烈に聴きたくなるときがあるといってもいいかもしれない。音楽のむずかしいことはわからないけれど、恒久的に体が欲するリズム、声、旋律、みたいなものでもあるのだろうか?ところで、いまだに愛聴しているそれらのレコード(!)はいつまで聴けるのだろう?そろそろバックアップを確保したほうがいいかもしれない。佐藤博/Fly to You
Dec 9, 2007
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行方不明になっていた、計量スプーンのひとつが見つかった。一番大きな15ml用。発見場所は、小麦粉の袋の中。ホワイトソースを作ろうとして袋をつかんだ瞬間、ありえない感触が、手のひらに伝わる。すぐさま状況が頭に閃いた。結局・・・、そのときもホワイトソースだったのだ。別にきっちり計るつもりはなく、ざっくり小麦粉をすくうために使っただけ。そして、ざっくり小麦粉にスプーンを突っ込んだまま・・・。やっぱり犯人は私だったのね。それにしても、戸棚に袋を戻すときにどうして気がつかなかったんだろう。まずは一本、見つかってよかったな。
Dec 8, 2007
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イルミネーションは仕込まないけれど、クリスマスリースは飾ることにした。いつも通っている、フラワーアレンジメントの教室でこしらえたものです。なかなかステキに仕上がったのではないか、と思うのだけど。それにしても先生のアイディアとセンスには、毎回驚かされる。扱ってきた花材が桁違いに多いからこそ、取り合わせの妙を生み出せる、ということもあるだろうけど、ただ数を知っていることが、センスのよさにつながるわけではないものね。今のところ私の場合、趣味の域を超えるものではない、と思ってはいるけれど、お稽古で吸収できるものは、できうる限り取り込みたい。センス?うーん・・・、努力して身につくような代物じゃないんだよね。わかっちゃいるけど、備わってくれるといいんだけどなあ。なんて、ちょっと欲張りか。
Dec 7, 2007
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先延ばしにしても仕方がないから、始めました。年賀状という、年末最大のイベントを。今年の4月、私の住む地域では大規模な市町村合併があり、その範囲に入る住所は、新たに「区」なるものが追加されている。結局のところ、知り合いの多くは近隣に住んでいるわけで・・・。どこの町が、どの区になったのか?今日の作業は、住所録のその部分のチェックと修正だけで勘弁してください。なにせ、夫の分までやるのですから・・・。作業をしていて思ったことがある。ここでの市町村合併では、郡や市の名前が消えた地域はあっても、町の名前はほとんど残っているようだ、ということ。それが、いいか悪いかはわからないけれどね。
Dec 6, 2007
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週明けから、徐々にウォーキングを再開し始めた。一応、病み上がりということできっちり防寒し、歩く距離も、短めにしておく。防寒はともかく、しばらく歩かなかったときは、冗談抜きで少しの距離から、スタートしないと足を痛めてしまう。我ながらやわな足だとは思うけれど、仕方がない。貧弱な筋肉しか持たない者なりの、知恵なのだ。しばらくしないうちに近所の様子が、変わっていた。もちろん、晩秋から初冬にうつる季節の変化もあるけれど、なにもなかった空き地に大量の土砂が積まれていたり、田んぼが埋め立てられ、コンクリートで固められていたり・・・。のんびりとした田舎でも、そう思わせる景色が、じわじわと消えていく。色々な事情があるのだろう。私ごときでは、止めようもない現象だ。それでも、いつもお気に入りの川の景色は大きく変わることなくそこにあった。道すがら目にしてきた変化に、なんとなくざわざわしていた気持ちが、ようやく落ち着く。まだ、もうしばらくは残っていてほしい景色だ。
Dec 5, 2007
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とんぼ玉のお稽古日ではなかったけれど、少しばかり先生にご用があって、教室へ足を運んだ。車をきちんと停めようとして、見るともなしに前方を確認していると、たくさんのうす黄色い玉が目に飛び込んできた。夏みかん。夏も冬も変わることのない緑の中に、そこだけぼんぼりを灯したようなかわいらしさだ。教室に来るのも、そういえばひと月ぶりで、この前見たときまだそれは、緑色の玉だったことを思い出す。一度、とてもとてもすっぱいのだと、言われた上でいただいたことがあったけれど、夏みかんならでは、の酸味を超えるほどではなかった。そのときは、すっかりおなじみの山吹色に近いような黄色だった。こんなやさしい色の時期もあるのだね。目の前にある、熟しきらないそのやわらかな黄色が、心に沁みていく。
Dec 3, 2007
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行きたいな、行きたいな。でも、行けるかな・・・。体調が不安定でスケジュールが立たない間、ふとした拍子に「そのこと」を思い出しては、ヤキモキしていた。本当は、不安定だったからこそ行きたくて。でも、少しばかり遠いその場所に行くには、無理もできなくて。その間、色んなできごとが自分でも驚くぐらい起こってしまった。けれど・・・、行けてよかった。「ようこさんのライブで、歌声とギターの音色を耳から体全体に滲みわたらせること」癒し、という言葉があたるかどうかわからない。ただ確実に、そのとき私の心が温まってゆくのを感じられた。言霊があるのならば、音霊というのがあってもいいな。ガーベラ、クリスマスブッシュ、クジャクヒバ、ローズマリー、雲竜柳(着色)
Dec 1, 2007
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