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ヒメオオギ(フリージア・ラクサ)「何歳からでも丸まった背中が2か月で伸びる」という新聞広告が目に留まった。サブタイトルを見るとそれは背筋の衰えからくる。ねたままなどのずぼら体操を続ければ100%と行かないまでも2か月もすればかなりまっすぐになると書いてあった。高齢になれば誰でも背中や腰は曲がってくるものだが曲がっているよりまっすぐの方がいい。多くの人がそのうたい文句につられて注文するかもしれない。しかしその本を買えばまっすぐになる訳ではない。きちんとそれを実行して続けることが必要なのだと思う。2か月きちんとやれば必ず効果がでるということだと思う。「ぽっこりお腹が2か月でぺっしゃんこ」という広告もみたような気がする。猫背もぽっこりお腹も2か月みっちりやれば効果がでてくると著者らは言っている。要はそれに真剣に取り組み2か月間続けるかということだと思う。頭に中でやってみようかなと思っていても実際にやらなければ絶対結果は出ない。まず取り掛かること。そしてそれを続けることである。その二つがそろったら宣伝が言う通り結果はついてくると思う。
2021.05.31
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柏葉紫陽花昨日、今日の新聞に連載で作家・精神科医の帚木蓬生さんのインタビュー記事が掲載されていた。聞き手が「コロナ渦が1年4か月にもおよび、今なお終息が見えにくい状況の中で精神科医として何を感じているか」と質問したのに対し「この半年くらいで抑うつ状態、不眠を訴えてくる患者さんが増えてきた。出口が見えない状況の中で多くの人が精神的閉塞感を感じているのではないか。学生はスポーツも文化祭も歓送迎のイベントも全て駄目、やり場のない怒りや焦燥感を募らせていると思う」と答え「その解決策は何か?」の質問には「明快な解決策はない。私は『どうにも答えの出ないどうにも対処しようのない事態に耐える能力』についての本(ネガティブ・ケイパビリティ)を書いた。それは難しい問題に拙速な理解で解決方法を見つけた気になるのではなく、解決を一旦棚に上げてより発展的な深い理解に至るまでじっくり模索し続ける。そういう宙ぶらりんの状態を持ちこたえる能力が重要だということを書きました。自然の美や人間の心を純粋に捉えるためには物事を色眼鏡で見たり性急に決めつけたりしないで不確実、懐疑の中にいられる忍耐力が必要だということです」そう言われてみるとコロナについては色々な人の言動に惑わされて性急な判断をしがちだが、じっくり模索し続けることが必要だなと思われた。オリンピック開催の是非についても多くの意見が出されているが、現状では明快な答えは出ていない。色眼鏡で見たり、性急に決めつけることはしないであらゆる方面からじっくり検討して貰いたいと思う。
2021.05.30
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紫陽花(ダンスパーティー)毎週土曜日に新聞に掲載される「悩みのるつぼ」という悩みの相談室がある。回答者は日によって変わるが、回答者によっては却って悩みが深くなるような回答をしていることもある。今日の質問は大学4年生の質問で「高校時代野球をしていたが高校2年の冬に腰を痛めたこともあり野球でいくら頑張っても甲子園に行けるわけでもなしそれより勉強してよりレベルの高い大学に入りたいと考えて野球部を止めてしまった。しかし勉強に身が入らずまた野球部に戻ったが最後の試合も思うような結果がでなくて大学も第一志望校に受からず第2志望校になってしまい、野球も勉強もあぶはち取らずで非常に後悔していて未だに自己嫌悪に陥ることがあるがどうしたらよいか教えて下さい」で回答者は歌手の美輪明宏さんで苦労人だけあって流石に素晴らしい回答だと思った。「森田公一とトップギャランの歌で「青春時代」と言うのがあるが青春時代には皆そのようなものです。他人から言われて辞めさせられたのなら兎も角、自分で選んだ道ですからそれでよかったのです。野球で甲子園に行けてプロ野球選手になれても長くても30代で引退することになり皆人生の喜怒哀楽を経験して辞めていくのです。それなら勉強に打ち込んでレベルの高い難関大学に合格したとしても卒業した人が皆成功しているでしょうか?どこの大学の方が上だと誰が決めるのでしょうか?一流大学、有名大学を出てもろくでもない人はいっぱいいます。政治家をみてごらんなさい。一流大学を出ている人が沢山いるのにあの程度です。有名大学を出たから人格も立派なんて全く違います。「青春時代は道に迷っているばかり」という歌を聞けば青春時代はあなたと同じように皆迷っていたのです。あなたはまだ青春時代のど真ん中にいるのです。悩むのは青春時代の特権でそんなことで自己嫌悪に陥ることはありません。「青春時代」の歌を聞きながら青春を謳歌してください」素晴らしい回答だと思った。質問者も納得してくれたと思う。私も「青春時代」を聴いてみたら自分の青春時代も同じようだったなと思った。
2021.05.29
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我が家の庭のサツキなど庭の草木風景は季節によって変わっていく。今はサツキが花ざかりである。やがて季節は変わり枯れ葉ばかりになる時もある。庭の景色は季節を映す鏡である。自然界の中で様々に変化していく。人の心も季節の変化につれて変化するが、それ以外に周りの人間関係、体調、仕事や学習ががうまく行ったか失敗したか、応援している選手やチームが勝ったか負けたか等でも大きく変化する。この頃毎日のように入院がある。昨日くも膜下出血後の水頭症のかなり重症の人が入院してきた。今日の入院は腰椎圧迫骨折の患者さんでそれほど重症ではないがいずれの入院院も最初は色々な検査や指示を出さなくてはならず入院を受け持つと神経を使う。前から入院している人の中でも二人は重症で自分が心のバランスを失いかけることがある。そんな時庭を眺めて深呼吸すると少し落ち着く。私がいくらあくせくしても重症の患者さんが良くなるわけではない。むしろこちらが平静で、 落ち着いていた方が患者さんも落ち着く。重症が多くても心を大きく持って真心の対応をして行こうと思う。
2021.05.28
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8時50分頃9時6分頃今日は皆既月食ということで夕方から外を眺めていたが曇り空で中々見えなかったが8時半頃から見えだした。月食が徐々に戻って9時50分頃には満月になるとの事だったがまた曇り出して満月になった時は見えなかった。途中をスマホで写真撮影して拡大してブログに載せようとしたが中々思ったようにいかなくて随分時間を浪費してしまった。「随分時間を使ってしまったな」とイラつきながらうつむいて今日の新聞の下の方を見たら「あきらめなければ失敗ではない」という山下和之さんが書いた本の広告が載っていた。私はブログに月食の写真を載せようと思ったが曇り空で中々見えない。見えた時に写真撮ったがどうしたわけかスマホからパソコンに写真が移せない。時間ばかり経って焦ってしまう。失敗したなと思ったが色々からかってなんとか上記のように小さい写真ながら載せることができた。山下和之さんは著書の中でこのようなことを言いたかったのかな?と思ったが、本の紹介を読んだら会社に就職した時仕事がうまく行かなくて失敗ばかりして上司には虐められるし散々な思いをしたが失敗を繰り返しているうちにだんだん物事が分かるようになり出世もしてついには社長になったという内容だった。「失敗こそが財産」という副題もついていた。私達はともすると成功を求め失敗すると落ち込み自信を失う。1度や2度の失敗ならいいがそれが何度も重なると上司からも周りの人達からもダメなやつと思われる。そして自分は周りから思われる以上に自分自身を恥ずかしい存在だと思う。そして益々ダメ人間になっていくというのが一般的流れかもしれない。しかし山下和之さんは失敗しても諦めず「失敗は財産だ」と努力して社長にまで昇りつめた。上司のタイプや性格にもよるが一般的には部下の指導では「同じ過ちは繰り返すな」と指導する。何度も過ちを繰り返すと上司も呆れるし自分自身も嫌になってしまう。山下さんはこのように同じ過ち繰り返したのかも知れないし、新製品の開発で失敗しても失敗しても懲りずに挑戦してついには良い製品を作り上げたのかもしれない。二度以上同じ過ちを繰り返すのは余程のぐずだと他人も自分も思うが人間は神ではない。3回目4回目の失敗を繰り返すかもしれない。しかしその失敗の内容は最初の時とは条件が違う。全ての失敗は財産と捉えるのがいいのだと思う。皆既日食の写真がブログに中々載せられなかった失敗は小さい、小さいことだと思った。失敗には大失敗と取るに足らない小さな失敗がある。山下さんはどの失敗も財産だと言っている。失敗にはもう生きてはいけないと思うような大失敗もある。でもそれだって財産だ。死なないでそれを償い修復していくのが人生なのだと山下さんは言いたいのだと思う。
2021.05.26
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キョウカノコ先日友人とゴルフをした時「最近アマゾンでアリナミンを取り寄せて飲んでいるが調子がよい」と言う話を聞いた。アリナミンはビタミンB1の誘導体でB1とほぼ同じ働きをするのでB1について述べてみたいと思う。B1は糖質をエネルギーに変える時の触媒的働きをしているので不足すると糖質がうまくエネルギーにならないため、食欲がなくなったり、疲れやすい、だるいなど夏バテのような症状になり、さらに不足すると脚気になることもある。しかし実際には現在の食生活で果物や野菜、米ぬか、豚肉その他に含まれており通常の食生活でそれほど不足することはないと言われている。アリナミンは医薬品としても認められており、明らかにB1欠乏症と思われる疾患や症状の人には医師から処方されることもある。一方民間薬として医師の処方なしでも薬局で購入できるのでだるいのでそれが改善できるのではないかと期待して多くの人がアリナミンを服用している現実がある。疲れやすかったりだるいのはB1欠乏だけでなく様々な原因で起こるので、アリナミンを飲めば治るとは限らない。既に日常の食生活で充分量のB1を摂取しているかもしれないのだ。しかし上述の友人のようにアリナミンを飲むと尿が独特のにおいがするが体調がよいとなると何らかの好影響を与えているのかもしれない。アリナミンに限らず多くの健康食品が活気がない、だるい、疲れやすいによく効くと宣伝している。しかし実際に効くかは不明である。ところが効かなかった時どうするか健康食品は記載していない。しかしアリナミンは医薬品にもなっているだけあって1か月以上服用しても効果がない場合は服用を中止して医師、薬剤師、登録販売者に相談する事の注意書きが書いてある。恐らくその症状はB1欠乏からきている症状ではないと思われるので別の治療をした方がよいということである。以前健康食品について書いたがいかにもよく効くように宣伝しているが、効くケースはむしろ稀である。効かないものをずっと服用し続けるのは無駄でかえって副作用があるかも知れない。アリナミンについては症状が良くなったと実感できるなら有効として継続してよいと思われる。
2021.05.25
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イソトマ(毒性がある)私の受け持ち患者さんで脳出血後のリハビリをしている70歳台の男性がいる。凄い読書家で回診の度に本を読んでおり、朝早くから夜消灯きりきりまで読んでおり文庫本を1冊1~2日で読み切っており、入院中20冊以上は読んだと思う。朝明るくなる4時頃からカーテンを開けて読みだすと看護師さんに怒られるのでカーテンは少し開けて見つからないようにして読んでいるとのことである。今日は森村誠一の「悪魔の飽食」を読んでいた。開いているところをチラッとみたらウイルス研究斑班長誰々、細菌斑班長誰々、コレラ斑誰々・・と名前がずらっと書いてあった。悪魔の飽食は1981年(昭和56年)から1983年(昭和58年)にかけて発表された陸軍731部隊の捕虜に対する人体実験の実録小説である。京大卒の石井四郎軍医隊長を中心に医師や研究者や兵隊達が中国やロシアの捕虜約3千人に生きたまま様々な実験をした記録である。コレラ菌、赤痢菌、ウイルス、化学薬品などを注射したり飲ませたり吸わせたりしてどのような変化が起きるか、大量死するためにはどのような方法がよいか等を研究した記録である。毒ガスの研究も行っており、生きたまま解剖するなど想像を絶することも行われていたらしい。ワクチンの研究なども行われていたらしいが何れも戦争に役立たせるための研究であった。大量に殺人できる爆弾の研究と同様、戦争に役立てるためにどの細菌やウイルス、さらにどの化学物質が最も効果的に大量殺人できるかの研究を行っていたのだと思われる。それは殺人兵器開発研究の一環として大なり小なり各国で行われていたのだと思われる。治療についての研究もあったかも知れないが主目的は兵器としての研究だったと思われる。戦後もその研究の流れは国によっては今でも続いているのではないかと思われる。今新型コロナウイルスが猛威を振るっているがそれはそのような研究の過程で生じたものでそれが故意もしくは事故で研究室の外に出て暴れ回っているのだと思われる。その大元は戦争である。各国で派遣争いをしている限り今後も同じようなことがおこる。各国同士勝ち負けを意識しないで互いに協力して地球をよくするように努力すべきである。そうしなければ地球は滅んでしまう。
2021.05.24
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谷川俊太郎氏(89歳)文学界5月号に詩の大家 谷川俊太郎と高橋睦郎の対談が掲載されており、それぞれ新作詩を発表していた。谷川氏は「なぜ生きる」を載せていた。 なぜ生きる 谷川俊太郎なぜ生きる?と問われたら生まれたからと答えるしかないいのちに理由はない喜怒哀楽があるだけで十分だ今朝も眠っている間に日の出があったと見えて窓を開けたら世界が眩しかった隣の家の屋根に瓦があるのを再確認した耳があるのは有難い耳は雀のさえずりを聞いている些事が大事に劣らないこの世老いも若きも弁じてやまないが無意味の重みは腑に落ちているのか生きる意味は「生まれたから」と答えるしかないのはその通りだと思う。窓の外を見たり雀のさえずりを聴くのも生きているからだと思う。しかし第四小節目は意味があまりよく分からない。些細なことも大事なことも同じように大事なのだよということを言おうとしているのだと思うが最後の一行「無意味の重みは腑に落ちているのか」になると分からなかった。読者各々に考えてもらいたいということかも知れない。老いも若きも色々論じているがそれは無意味なことなんだよと言いたいのか、無意味ということの重要性は理解しているのか?のどちらかだと思ったが、私は後者ではないかと想像した。世の中には些細なことも大事なことも、意味のあることも無意味なこともあるが無意味なことも生きていく上では重要な事なんだよと言っているのではないかと思った。ある人は時間を無意味なことに無駄に使ったりすると焦りや後悔や自己嫌悪にさいなまれる。世の中には価値あることと無意味で価値ないことがあると思っていて価値ないことに時間を費やすことには罪悪感さえ感ずる人もいる。しかしこの詩の作者は、生きるというのはそれほど大それたことではなく、生まれたから生きているというだけで屋根瓦を見たり雀の声をきいていればいいことで、生きてる間に何かをしなければならない、それには時間が足りないとあくせくしなくてもいいのではないかと言っているのではなかろうか?ある人から見ると「なんとのん気なことを言っている詩か?」と思うかも知れないが最後の一行「無意味の重みは腑に落ちているのか」で人生で最も大事なことを詠んでいるのかもしれないと思った。
2021.05.22
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ブルースター(オキシペタラム)人は人間社会で生きる中で誤解されたり困難にぶっつかったりして挫けたり落ち込んだりすることがあると思う。そのような時にケント・M・キース(1949年~まだ生存)が大学2年の時(1968年)に高校の生徒会のリーダー達のために書いた「リーダーシップの逆説十カ条」が励みになるとひそかな話題になっているので紹介する。雑誌やインターネットで世界中で使用されているが、対人関係で悩んでいる時には役立つかもしれない。各人にあってはこの十カ条に11,12条・・を追加して座右の銘になされるのも良いかと思われる。 逆説の十か条1.人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。 それでもなお、人を愛しなさい。 2.何か良いことをすれば、 隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。 それでもなお、良いことをしなさい。 3.成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。 それでもなお、成功しなさい。 4.今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。 それでもなお、良いことをしなさい。 5.正直で素直なあり方はあなたを無防備にするだろう。 それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。 6.最大の考えをもった最も大きな男女は、 最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。 それでもなお、大きな考えをもちなさい。 7.人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。 それでもなお、弱者のために戦いなさい。 8.何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。 それでもなお、築きあげなさい。 9.人が本当に助けを必要としていても、 実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。 それでもなお、人を助けなさい。 10.世界のために最善を尽くしても、 その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。 それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。私は11カ条を追加したいと思います。11.願いをかけ一生懸命努力しても全く報われないことがあるかも知れない。それでもなお願いをかけて一生懸命努力しなさい。
2021.05.21
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コンボルブルス・クネオルム今日「ためしてガッテン」を観ていたらCOPD(慢性閉塞性呼吸器疾患)等によって呼吸機能が衰えて少しのことで息切れする人たちの症状を軽快する方法を説明していた。筋肉というと体を動かしてくれるだけのものだと思っていたら最近筋肉から分泌されるホルモン(マイオカイン)について色々なことが分かってきた。マイオカインは30種類以上あるが今回はその内のアイリシンを取り上げていた。筋肉を使うことにより、このホルモンが分泌されると肺と体の炎症を抑え息切れを軽くしてくれるとのことである。COPDで肺胞が壊れたものは元に戻らないがアイリシンは酸素効率をよくしてくれるので少ない酸素でも息切れしないようにしてくれるとのことである。そのためにはアイリシンを沢山分泌するようにする必要がある。それは何処の筋肉でも良いから繰り返し運動することが必要とのことだった。番組ではある息切れの患者さんが椅子に座って両足首におもりを括り付けて足を上げたり下げたりする運動をしていたが、足に限らず腕でも腹筋でもどこの筋肉でもトレーニング(筋トレ)するとアイリシンが分泌されるとのことだった。私も息切れをよくするのでアイリシンの分泌を促すためにスクワットか何か筋トレをして行こうと思った。
2021.05.19
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アークトチス・グランディス今朝はある先生との交代で6時半からの早番勤務だった。早朝で道が空いてたので6時20分ごろ病院に到着して6時25分からいつも家でしているテレビラジオ体操をした。健康のためと思って1年位前から体操は継続しているが健康になったという実感はない。相変わらず病院の階段をのぼると少しのことで息が切れるし、回診の足取りも重い。高齢になるとそれぞれの健康法を実行している人が多いが、私のそれはきちんとした高齢者に比べればままごとみたいなものかもしれない。寝ぼけ眼で朝10分間体操したからといって健康になれるなんて甘いものではないことを実感している。若い頃(大学浪人の頃)臍下丹田に息を溜めて力を入れる腹式呼吸法で脳の血流が増加し精神集中ができて健康感を実感できたことがある。若い時と老年期では違うかもしれないが若い時のことを思い出して臍下丹田に息を溜める呼吸法をやり始めてみようかと思っている。
2021.05.18
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ヒエンソウ(チドリソウ)昨日の新聞に小学生の娘さんを持つ母親が「英語を勉強したいがもう遅いですか?今からでもよいとすればどんな勉強法をしたらよいですか?」と質問してそれに東北大学加齢医学研究所教授の瀧 靖之さんが具体的な回答をしているので紹介させて頂く。先生の答えは「何歳から始めても遅いということはない。学習を続けて行けば神経細胞同士をつなぐ回路が密になり脳の体積を増し、様々な能力を獲得することが出来ます。このような外部からの刺激や作用で脳の体積や回路が変化することを脳の可塑性と呼んでおり、年取ってからでも変化することは科学的にも証明されています」「勉強方法の重要なポイントは勉強しようとすることに対して親しみ、好奇心、目標の3つを持つことです。脳内には感動の中枢と言われる偏桃体があり、外から入ってきた刺激に対して快感、不快、好き、嫌い、面白い、つまらないなどの仕分をします。この偏桃体で面白い、楽しい、好きと判断されると快感、やる気を生み出す神経伝達物質ドーパミンが分泌され脳を活性化してくれます。目標は英語を学んで外国人のためにボランティアをするなどのわくわくするような目標を設定するのが良いと思います。」「英語の基本的なことも忘れてしまったので中学の教科書で文法などから学んでいった方がよいでしょうか?」「その必要はありません。1)聴く力をつける、2)話す力をつける、3)読む力をつける、4)書く力をつける。の順番に学びながらその過程で必要な単語などを覚えていく方法で良いと思います。子供が言語を覚えるのはこの順番で覚えていくからです。」「文法があやふやなのにいきなりリスリングとスピーキングの学習で大丈夫でしょうか?」「私たち脳医学者からみると人の能力の獲得は模倣から始まると言うのが基本的な考え方です。私たち人間を含めた霊長類の脳には模倣に特化した働きを持つ神経細胞があるのでまず最初は真似することから始めると良いと思います。最初は好きな映画のDVDや英語の歌など興味の有るものに親しんでいくのがよいと思います」「大切なことはこう学習しなければいけないという思い込みを捨てて、まず聞くことから始めるのが良いと思います。何歳になっても努力した分必ず身につき伸びます。伸びるスピードは人それぞれですが、焦らず、しぶとく、楽しく学んでいくことが脳の仕組みを生かした最短ルートです。この方法は英語の勉強に限らずあらゆる学習に通ずることだと思います。」瀧先生のご回答は分かりやすくて大変参考になったが、実際には年取ってから何かを習得するのは容易ではない。勉強を始めても少しも進展せず途中で投げ出す人が多いと思う。しかし瀧先生は個人差はあるが「努力したことは必ず身についている。いつかは伸びていくものだ」と言っている。それを信じて今日もピアノや英語に取り組んでいこうと思った。
2021.05.17
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ゼラニウム今朝のテレビで関西地方の入院出来ない新型コロナ患者さんを訪問している訪問看護師さんが自宅療養後入院して亡くなった患者さんについてステロイド(副じん皮質ホルモン)や酸素吸入器があれば助かったかもしれないと言っていたのを聞いた。今回は新型コロナ治療の現況について報告する。新型コロナは風邪やインフル等と同じ急性呼吸器感染症で軽症から重症肺炎、急性呼吸促拍症候群、多臓器不全まで幅広い病態を示す。治療薬が色々検討されてきたが現在までの所著効を示す薬剤は見つかっていない。酸素投与が必要な中等症から重症手前の患者さんにステロイド(デキサメタゾン等)とレムデシビルの併用が僅かに有効として標準療法になっているがその状態からさらに進行して集中治療室に回されることも多い。集中治療室では人工呼吸器で管理されることが多く十分な酸素濃度が得られない場合は12時間以上のうつ伏せ療法を考慮する。それでも十分な酸素濃度が得られない場合は体外式腹膜人工肺(ECMO)を使用する。日本医師会雑誌5月号に昭和大学の集中治療室の経過報告が載っていた。論文執筆時(2020年12月)までに20例の治療をして、生存退院15例、人工呼吸器装着中2例、ECMO治療中2例、死亡1例とのことで集中治療室に入る症例は皆さん重症なのによくもここまで治療して下さったと頭が下がった。集中治療室に入る寸前までの中等症ではステロイド(副じん皮質ホルモン)の使用方法が重要になるが看護師による訪問看護だけではその使用に限界があり、医師による訪問診療も行われているのかな?と思った。地域によりそれぞれの体制が取られていると思われるが受け入れ病院がひっ迫して自宅待機を余儀なくされている状況ではワクチンを打った医師や看護師による訪問診療が必要だと思った。
2021.05.16
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クチベニスイセン本日の新聞に日本でワクチン効果の可能性ありとの研究成果が掲載されていた。国立感染症研究所の分析結果の発表(5/14発表)でファイザー社ワクチンを少なくとも1回打った医療従事者約110万人中4月末までに感染が分かった281人分について分析した。接種から14日以降の感染者は13日以内に比べ60%減少した。28日以後だと約85%減少した。接種しない人との比較ではないが、ワクチンは接種して2~3週間後に効果あるとされているのでそれ以前の状態は接種しない人と同じと考えるならワクチン打って4週間したらワクチン打たなければ100人コロナに罹るのにワクチン打ったら15人しか罹らなかったとのことである。全体としては12日目を境に減少傾向が見られたとのことである。アメリカでは40%以上の人に接種され感染が激減している。日本ではまだ2%の人しか接種しておらず感染は激増している。日本のワクチン接種が遅れた理由の一つは新薬に対する承認が安全性を重視して極めて慎重で時間がかかるということである。モデルナ社のワクチンは世界では既に多くの国で承認されているが日本ではまだ承認されておらず今月中に何とか承認される見込みという状態である。もう一つはこちらの方が遅れた要因としては大きいがワクチン競争でトップを走っていた英国アストラゼネカ社と早々と契約したことである。同社とほぼ充分量の契約をしたので新たにファイザー社やモデルナ社と契約するのは重複になるので無駄になるかも知れないとの状況があったからだ。ところがアストラゼネカ社のワクチンは副作用の問題や有効率でファイザーやモデルナにかなり立ち遅れたのが日本の接種率最低の最大要因と思われる。そのおかげでオリンピック水泳の池江選手に出場辞退してオリンピックに反対して欲しいなどのメールが届くなどの悲しい事態を引き起こしている。病気を乗り越え必死の思いで掴んだオリンピック代表の座を断りなさいとは辛すぎると思う。オリンピックには日本の感染率の他にインドの感染率が大きく立ちはだかっている。ワクチンには金がかかるが日本もお金を出して世界中からワクチンがインドに集まるように努力してもらいたいと思う。
2021.05.15
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茨城県の鈴木直文医師、32年間1日も一時も休んだことなし年に一回日本医師会と産経新聞社主催で住民の健康を支えている医師の中で際立って尽力している医師を「赤ひげ大賞」として表彰しているが今年は5人が選ばれその内の鈴木直文医師に感銘を受けたので紹介する。先生は茨城県久慈郡大子町の慈泉堂病院理事長で67歳、聖マリアンナ医科大学大学院を卒業した後約10年間大学病院で働き、平成元年に上記の地に開業した。以来32年に渡り1日24時間一時も休まず患者さんのために命を捧げてきた。何時でも患者さんが具合が悪くなったら直ぐに救急対応してきたとのことである。その動機は医者としての使命感であり患者への思いやりとのことである。大学病院時代の恩師の言葉が胸に刻まれているとのことだ。それは「疾病とは患者の中に問題があり、患者の中に回答がある。分からなければ何度でも患者を診ろ。時間外の患者が本当の患者、時間外の患者を診ずして誰を診る。基幹病院とは常に連携を取れ」だったとのことである。急患に備えて夕方以後の予定は立てずいつ呼び出されてもいいように備えていたとのことである。32年間よくぞそんな生活をしてきたものだと思った。一般的な医者はお酒を好きで仕事が終わったらテレビでも見ながら一杯やるのが楽しみだが、鈴木先生は自分の楽しみより患者さんの安楽が至上命令でいつ病気になるかもしれない患者さんのために常に備え全てを捧げてきたのである。そんな人もいたのかとたまげてしまい、自分はなんと小さな人間なのかと打ちのめされた。
2021.05.13
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木立ベゴニア「幻の大東亜戦争」によると日本の教育の柱は明治23年(1890年)に発布された教育勅語が基本になっていたとのことである。それは天皇家の遺訓として陛下御自身も国民と共に努めて行こうと思っているとした詔勅である。内容は親孝行、兄弟愛、夫婦愛、友情と信頼、身を慎むこと、倹約、博愛、修学、仕事の修行、公益を広める、人格を磨く、非常事態では滅私奉公を旨とする、大災害などの時は私利私欲を主張することなく公の利益を優先する、これらは何時の時代でもどこにあっても誤ることなき普遍な法則であるとして尋常小学校から教育されてきた。この教育勅語を学んで多くの優秀な日本人が育っていったが、これは日本全国の学校だけでなく台湾や朝鮮の学校でも同じように教えられてきた。所が日本は戦争に負けてしまった。進駐軍はこの教育勅語が日本を戦争に駆り立てた原動力と考え、これは悪しき教えとして抹殺し親孝行や兄弟愛より民主主義が大切だとして教育勅語は2度と教師は口にしてはならないとして、敗戦を境に教育勅語の精神は日本から消えてしまった。親孝行、博愛、人格を磨くなどは古い考えでちゃんちゃらおかしいと考える若者が育ってきた。しかし同じ教育が行われていた台湾ではこの教育勅語は即死しなかった。未だに生き続けていることをしばしば感ずる。日本教育は終戦で死んだが台湾では生きていて日本に替わって教育勅語を国の柱として生き残ってくれたと思っている。その教育のお陰で現在の台湾の発展があるのではないかと思っている。韓国も同じ教育を受けてきた。しかし日本敗戦時に韓国は日本に勝利したと考え敗戦国日本から受けた教育は間違ったものだとして捨ててしまったので日本同様韓国にも教育勅語の精神は残っていない。「教育勅語」と聞くと殆どの日本人は忌まわしい戦争を思い出し、忌むべきものと思ってしまうがそれは進駐軍がそう仕向けたからで、日本人なら台湾人と同様、教育勅語の精神を尊び、育て、後世につなげていくべきものではないかと思った。
2021.05.12
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レモンの花、昨年は3個実が生ったが今年は何個生るだろうか同じ植民地でも台湾と朝鮮では随分違う。台湾はポルトガル人が到達する以前の歴史は殆ど知られていなかったが朝鮮の歴史はかなり古い時代から明らかになっている。文献上紀元前の記述もある。中華文明の影響を受けて文化も進んでおり高句麗、百済、新羅、の時代に百済から日本に仏教、漢字などが伝えられている。長い間大陸の唐、明、清の支配を受けてきた。1392年、明の洪武帝から高麗の武将李成桂が朝鮮王として朝鮮という国号を下賜された。15世紀の世宗の時代にはハングル文字(朝鮮文字)の制定、史書編纂、儒学振興、農業の発展、科学の振興など画期的に発展した。しかし常に唐、明、清の支配下にあり大韓帝国として完全な独立国家であったのは日清戦争後下関条約で清の支配から解かれて日韓併合までの12年間のみであった。大韓帝国になった後清の影響はなくなったが代わりにロシアが侵攻してきて日清戦争の勝利で日本が獲得した遼東半島の権益がロシアに組み込まれてしまった。これを不服として明治37年(1904年)日露戦争が勃発してこれに勝利した日本は第二次日韓条約を締結し韓国統監府をおいて大韓帝国の外交権を支配下に置いた。日本国内の世論は次第に韓国を併合すべきだという方向に進んでいたが、初代韓国統監伊藤博文は「ロシアから韓国を守るため近代化を推進し自立できるまで保護する。併合を強行することは反対である」という立場を貫いていたが、1909年10月26日韓国の独立運動家安重根(アンジュングン)の銃弾に倒れた。併合反対の伊藤博文が亡くなったのでその10か月後には一気に併合が成立することになった。今韓国では安重根を建国の英雄と祭り上げて称賛しているが実際は併合を反対していた伊藤博文を殺して併合に持って行った張本人である。併合してから韓国に対して学校建設を進めて教育の普及に努め、農業の改革も進んで耕作地も倍増した。東洋一の鴨緑江ダムを始め多くの水力発電所も建設し工業、経済の発展に尽くした。しかし韓国民は台湾と違ってそれらを評価しておらず感謝の気持ちも持っていない。併合に対する恨みがあるからである。伊藤博文が懸念した早急な併合は両国民の軋轢を生むという懸念の通りになってしまったということだと思う。「歴史認識が違う」とよく言われるがお互いの国の歴史をよく学び、理解を深めていくことによって両国の友好が築かれていくのだと思う。わだかまりなく友好的に互いに交易、交流することによって極東地域の文化が栄えていくと考える。 参考:渡邊裕著「幻の大東亜戦争」
2021.05.11
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今もまだ咲いているクリスマスローズ今回も「幻の大東亜戦争」から台湾編を紹介する。明治28年(1895年)日清戦争の結果台湾及び澎湖諸島を日本が清国から割譲してもらい第4代台湾総統児玉源太郎は民生部門の長官として後藤新平を起用して積極的な植民地経営を始めた。後藤は着任の翌年、明治32年に台湾銀行を設立して5年後には台湾銀行券を発行して台湾の貨幣を統一して大量の資金調達を可能にした。麻薬吸飲者には免罪符を与え、免罪符を持たない阿片吸飲者は厳罰にする方法で根絶に成功した。飲み水の病原菌汚染も酷かったので後藤は近代的な上下水道を完成させた。台湾南部は乾燥と塩害の不毛の地であったが八田輿一が烏山頭ダムを建設してこの地域を台湾有数の農業地帯に変えることに成功し、八田は現地人と共に労働に従事し、亡くなってから現在に至るまで住民に感謝されており命日には感謝と異例の祭りが行われている。後藤は教育の普及にも尽力して中等、高等、大学教育を内地に負けないように整備していった。日本から台湾に夢と希望を持って渡ったものも多く特に警察官や教員に熱意のあるものが多く大きな影響を残してきた。例えば台湾中西部の村に配属された森川清治郎巡査はある時海の岩場で身動きの取れなくなった漁師を自ら負傷しながら助けたこともあったし、村民を思う森川は増税に反対して陳情したが聞き入れられず戒告処分にされてしまい村人に済まないと責任を感じて拳銃自殺してしまった。結果として増税は取り消され、彼を慕う村人達によって冨安宮が作られ土地神として祀られている。台湾中西部に赴任した瀧野平四郎警部補は任地に水がなく疫病が多いことから5Kmくらい離れた所から伏流水を鉄管で引くことを計画し難工事の末現在も涸れることない通水に成功した。住民は水道の恩人として瀧野の記念碑を建て今なお感謝している。明治29年台北に芝山巌学堂が開校された時6人の教員が赴任したが治安が悪く周囲の台湾人は危険だから避難した方が良いと勧めたが、彼らは、「死して余栄あり、実に死に甲斐あり」と逃げることなく教育に命をかけて当時の台湾教育者に大きな影響を与え台湾の経済発展の礎になった。これらの数々をみるにつけ台湾を愛した我々の先輩たちが台湾のために命を捧げてきたことが分かる。その恩義を忘れない台湾人も素晴らしいと思った。渡邊先生のこの本によって台湾人が日本に好意的な理由がよくわかってよかった。
2021.05.10
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バラ(ポール・ゴーギン)今読んでいる「幻の大東亜戦争」は日本の開戦前夜の様子が詳しく書いてあるだけでなく、その後の中国共産党、人民解放軍の事等も詳しく書いてあった。1946年(昭和21年)に次第に勢力を増してきた共産党軍(人民解放軍)に対し国民政府の蒋介石は160万人を動員して大攻勢をかけて追い詰めたが毛沢東は山岳地帯に国民政府軍を誘い込んで攻撃したりしてしぶとく生き残った。彼らは優秀な工作員を養成して中華民国の各地に送り込み、蒋介石は信用できない人物だ、共産党政権になれば土地も自分のものになり税金も安くなり暮らしやすくなると思わせて次第に共産党軍の勢力を増大させ農村部を中心に国民党の勢力は後退し、兵力逆転してしまった。そして遂に毛沢東は1949年(昭和24年)中華人民共和国建国を宣言して共産党独裁国家へと歩み始めた。内モンゴルやウイグル、チベットも併合していった。チベットは広大な高原地域で言語も文化も漢人とは全く異なる国家だったが中国共産党軍は建国宣言直後チベット東部から侵入を開始した。1951年(昭和26年)にはダライ・ラマ政権に17条協定を強引に認めさせその後実効支配に及んでいる。その間何十万人ものチベット人は殺害されている。拉致される恐れのあったダライ・ラマ14世は現在インドに亡命している。現在の中国共産党国家は渋沢栄一が学んだ論語の世界、孔子や孟子、老子などの流れを汲む国家とは真反対の方向に進んでいる。恩義や礼節、正義を重んじる国ではなくなってしまった。日本は昭和54年から中国にODAとして3兆6000億円の援助をしているが中共はこれに感謝するどころか度重なる反日教育、官製反日デモによる日本商社の破壊、尖閣諸島への干渉など孔子や孟子が生きていたらどれだけ嘆かれることかと思う。共産主義は貧民を救い人類を幸せにする社会制度として農村地域を中心に勢力を増し、毛沢東という強力なリーダーシップを持った人間に引っ張られて発展してきたが無情な殺戮で失われた人民の数は測り知れない。宗教を目の敵にして破壊された僧院や宗教芸術品は壊滅的だ。資本主義に対する言葉として共産主義があるが、両者共長所があり短所があるのだと思う。共産主義が唯一絶対に優れた制度ではないと思われる。いずれにあっても礼節や恩義など心の通っていない制度はやがて滅びるであろう。
2021.05.08
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今同じ医局の渡邊裕先生が書かれた「幻の大東亜戦争」という本を読んでいる。開戦前数か月の日米双方のやり取りが克明に描かれていた。昭和16年8月7日、時の近衛文麿首相は事態打開のため野村駐米大使にルーズベルト大統領とのトップ会談を申し入れた。ルーズベルトは会談には好意的でアラスカのジュノーではどうかとの返答があった。しかし同じ日の野村大使とハル国務長官との打ち合わせでハル長官は「首脳会談で話がまとまらなければ重大な結果になるかもしれないのであらかじめ話を纏めておいて会談で最終決定にしたい」との意向が示された。日米の大きな争点は日本がフランス領インドシナから撤退すること、日独伊の3国同盟から日本が脱退すること、日中間の関係修復に努めシナから日本が撤退すること等であった。何回かの話し合いで日本も何らかの解決策を示して首脳会談を10月10日か15日を打診しグルー駐日大使もその実現に奔走したが10月2日ハル国務長官の返答では諒解に達していないとして首脳会談を拒否してきた。ハル長官からの返答を受けて10月12日に近衛首相は自宅萩外荘に東條陸軍大臣、及川海軍大臣、豊田外務大臣、鈴木貞一企画院総裁を呼んで協議した。各大臣の発言は豊田外相「駐兵問題に多少のアヤをつければ妥結の余地がある」及川海相「外交か戦争の岐路に立っている。期日は切迫している。その決定は総理にお任せする」近衛首相「外交か戦争といえば私は外交をとる。戦争には自信がない。戦争となれば自信のある人にやってもらわなければならない」東條陸相「現に陸軍は軍を動かしつつあり外交といっても普通の外交と違う。総理が外交と決断を下されても陸軍大臣としては盲従出来ない」とのことで結局結論がでなくて10月14日に近衛首相は総辞職を決意した。そして次の総理は東条英機陸相と決まった。東條内閣も外交交渉を続けていたが10月21日東郷外相はアメリカの野村駐米大使に「新内閣も旧内閣同様日米国交調整に対する熱意は変わらない」との詳細な電報を打ったがそれはアメリカ側に傍受されていてしかも最後の所で誤読があってアメリカ側の要求は全て受け入れられないとの文面になってしまいハル国務長官の怒りを買ってしまった。その後も交渉を続け日本の国務省極東部で検討修正が行われ中国や仏印からの撤退、三国同盟からの離脱も付け加えられて戦争回避の可能性も出てきたが11月26日日本が南方に向けて資材や兵員を輸送しているとの情報がアメリカ側に入りアメリカは暫定協定案をすべて破棄してハルノートを突きつけて交渉を決裂させてしまった。何とか開戦は避けられなかったものか考えてみたが何んとも難しい経過だったのだなと改めて思った。作者は秘密裏に本来平和主義者だった天皇陛下とルーズベルト大統領の会談の場を作ったら避けられたかも知れないと書いているが、それも中々難しいことだったと思う。注)ハルノート:開戦直前の1941年(昭和16年)11月26日にアメリカから日本に示された交渉文書で、当事者は米国国務長官ゴーデル・ハル氏 但し書きがありアメリカ議会の承認を得た物でなく、ハル氏の覚書であるとのことでハルノートと呼ばれるようになった。野村吉三郎駐米大使、来栖三郎特命大使とハル氏の会談後に手渡されたが内容は日本側主張の殆どを無視した高圧的なもので野村、来栖両大使は執拗に反論したがハル氏の態度は取り付く島がない様子でその報告を受けた日本の首脳部は怒り、一気に戦争に向かうことになってしまった。
2021.05.06
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サツキある雑誌を読んでいたら「健康で長生きしたいと思って様々な健康食品を購入していますが息子から人をだます手口もあるので気をつけろと言われました。どうしたらよいでしょうか」の質問に対して回答者は「健康食品を売っている人は悪賢い人を除き多くは騙すつもりで宣伝、販売をしているのではないと思います。しかしこれさえ食べていれば大丈夫とかこの食品を食べなければ不健康になってしまうという不安を植え付けるとすれば詐欺に近いかもしれません。健康食品は利用法によっては効果があるものもあるかもしれませんがそれに頼りすぎたりお金を使いすぎたりするのは考えものです」と答えていた。それを摂取すれば健康になったりスタスタ歩けるようになる健康食品はないと思う。何キロもやせたりお腹ぺったんこになると宣伝している健康食品もあるがその効果が自覚できる人はわずかだと思う。医薬品では高血圧や消化不良、糖尿病や感染症の薬は確実にその効果があって副作用がないことが認められなければ認可されない。効果がなければ薬事審査に合格せず薬として販売することは出来ないが健康食品としては販売できる。健康食品はいずれも薬事審査を受けておらず効果がなくても食品だからと罰せられず販売出来るのである。健康食品の成分を見るとタンパク質やミネラル、ビタミンなど栄養豊富でいかにも健康によさそうだが構成成分がいかに栄養満点でもそれが体内に入った時に健康に良いとは限らない。有効という厳密な審査を受けていないものばかりなので、効いたような気がするという主観や口コミで広がっているのが現状である。私が回答者なら「効くという保証はありませんが、ご自分で効いているという実感があるなら服用を続けても良いと思いますがそのうちに効いてくるかもしれないからと漫然と服用するのはお金の無駄だと思います」とお答えすると思う。自分が老齢化したり体力が落ちたのを自覚して藁にもすがる気持ちで健康食品を摂りはじめた人が多いと思う。しかし実際は何の効果も保証されていないのだ。それなら何をしたら良いのか。ウォーキングや体操を勧める人もいるが私は複式呼吸を勧めたいと思う。その回数や方法にはいくつかの方法があるが、頭への血流をよくすることで健康によいことは勿論、健康感の自覚も健康食品の比ではないと思う。
2021.05.04
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修理した椅子反対側の壊れていない肘あての支えの部分壊れた肘あての支えの部に菓子箱の蓋から切り取った木片を打ち付けたところ長年使っていた椅子の肘あての支えの部分が折れて壊れてしまい買った家具屋に電話して修理をお願いしたが「この椅子を作っている会社がなくなってしまったので預かっては行きますが時間がかかりますよ」とのことだった。数日後持ってきてくれたので直ってきたのかと思ったら直らないのでこの肘あては外して使ったらどうですかとのことだった。その家具屋さんは何十年も前からの付き合いで我が家の家具は殆どそこから買ったものだった。それを製造している所がなくなっても家具屋なら修理できるだろうと思っていたが無理とのことだった。家内は「もうあそこからは買ってやらない」と言っていたが今は人口が減り家具を買う人も少なくなり経営も苦しく、ご主人も店員も高齢になり、あちこち工具店を探したりするのも大変になったのだろうと思い、なにも「もう買ってやらない」などと思わなくても良いのにと思った。それなら自分で工具店を探して歩こうと思っていたが肘あての支えを打ち付ければいいだけの話なので昨日日曜日だったので菓子の蓋を切り取ってそれを打ち付けたら立派に出来上がった。しかしそれは肘あてを支えるものなのでしっかりした材質でないとすぐ壊れてしまうかも知れない。でも修理の方法を覚えたので今度はしっかりした材質を探してきて永久修理をしようと思っている。今日も昨日に続いて憲法記念日で休日である。休みの時でないとやってもらえないからと暖房器具の片付けとそうめんの箱や日本酒が入っていた箱を壊すのを手伝わされた。それらはしっかりした箱で何かを入れるのに使えると思っていたが壊して燃えるゴミに出すのだという。「止めてくれ」と言ったが結局手伝う羽目になり金づちで枠を外し釘を抜いたりして燃えるごみの袋に入れた。ピアノの練習をしようと思っていたが昨日、今日と家事の手伝いをさせられたが全く時間がなくなってしまった訳ではないのでこれから練習しようと思う。
2021.05.03
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斑入りアマドコロ昨日の新聞に「自分の性格好きですか?」と言うアンケート記事が載っていた。何処でいつどのような方法で何人について調査したか、年齢別、性別などの詳しい情報は載せてなかったがアンケート回答の実数(重複あり)でグラフを書いてあったのでそれらを合計すると調査人数は約5000人位になりかなり信用がおけるデーターと思われた。それによると回答者の52%は好きだと答え48%は嫌いだと答えていた。好きと答えた人でどこが好きかの質問では楽観的、マイペース、他人に気を使う、が多く何れも300人以上が挙げていた。嫌いと答えた人でどこが嫌いかの質問では内向的、優柔不断、面倒くさがり、悲観的、が多く何れも300人以上がそのことを挙げていた。性格が全く違う他人に生まれ変わりたいかの質問では41%がイエスでそう思わないが59%だった。自分の性格は変えられると思いますかの質問にはそう思うが35%でそうは思わないが65%だった。普段はあまり考えていなくてもこのような質問用紙がくるとそれなりに皆さん真剣に考えるのだなと思った。ここで自分の性格について考えてみた。好きか嫌いかと聞かれたらいいところもあり悪い所もあり、一概に言えないが一応好きな方にまるを付けた。どこが好きかと聞かれれば、これはもろ刃の刃で欠点にもなるのだが「諦めない所、才能がないと分かっていても努力を続ける」ところだ。複数回回答OKとのことなので、もう一つあげるとすれば「同情心があること、困っている人、苦しんでいる人がいたら何とかしてあげたいと思う」ところだ。嫌いなところ駄目なところは「勇気がないところ」「面倒くさがり」「他人に影響されやすい、直接自分に対するものでなくてもその人の言動でかなり傷つく」などだ。違う自分に生まれ変わりたいかの質問にはNoだ。性格は変えられるかの質問にはyesだ。性格の原型は遺伝子によって生まれる時に既に定まっている。しかしそれは教育とかその後の様々な体験そして読書などによって変えられていくものである。問題は自分が悪いと思っている性格をいかにするかだと思う。例えば内向的を悪い性格と思っている人は恥をかいてもいいから積極的に仲間や社会の中で発言したり行動していくべきだと思う。自分はこんな性格だからしかたない。と諦めないでそれを自分の悪い所と認識したのならその改革のために挑戦すべきだと思う。性格は必ず変わると私は信じている。
2021.05.02
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すずらん浪花千栄子をモデルにした朝ドラ「おちょやん」の今週分は主人公千代が道頓堀喜劇で苦楽を共にしてきた夫一平が新人の劇団員と浮気して子供が出来たことで絶望の果てに芝居を止めて消息不明になってから1年後に物語は動き出した。命をすり減らしながら共に喜劇に尽くしてきた一平に裏切られ、もう役者は金輪際しないと心に決めて社会の裏側でひっそりと暮らしていたがラジオのホームコメディ「お父さんはお人好し」の母親役に誘いがかかったのである。父親役の花菱アチャコが戦争中防空壕で千代に会ったことが忘れられず行方不明だった千代を探し出してくれるようにNHKのスッタッフにお願して捜索してもらった結果京都に住んでいたことが分かったのだ。アチャコや脚本家の熱心な誘いで「もう役者は止めたので」と断り続けていた千代が考え抜いた末にお引き受けすることになりそのラジオドラマがスタートした。その後についてはそのドラマが大評判で映画にもなりその後舞台やテレビなどでも大活躍の大スターになった。アチャコが熱心に誘ってくれても一平の事や自分にできるだろうかとの不安もあって最初はけんもほろろに断っていたが、思い切ってOKしたことでその後の人生は大きく開いていった。芝居を又始めれば嫌でも一平のことを思い出すので芝居は絶対やらないと決めていたがそんなことは吹き飛ばしてしまうような目をみはるような大活躍に繋がっていった。千代は不幸な生い立ちだった。幼い時に母親に死なれどうしょうもない父親に育てられていたがその父親が後妻を貰ったが身重の後妻と折り合いが悪く追い出されるように奉公に出された。奉公先で必死で貯めたお金は父親がむしり取っていく。人間の屑のような父親だと思うがよく千代のような気立ての子供が生まれたものだと思う。そのような不幸な生い立ちの千代だが一平と結婚し離婚がなければ家庭劇の団長の妻として役者の面倒を見ながらそれなりの人生を送ったのではないかと思う。ところが全く予期しなかった一平が浮気して子供まで出来てしまって失意のどん底に突き落とされた。そのままだったらとんでもない父親やだらしない夫と関わり不幸な一生で終わったかも知れない。しかし花菱アチャコに声をかけてもらい予想もしなかった大舞台で活躍することになり本当に良かったと思う。自分の努力もさることながら他人の援助などがキッカケで大きく人生が開けることもあるものだなと思った。
2021.05.01
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