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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------そのひとの「すてき」を見る。私が中学校などで、劇指導をしているとき、一番こころがけていることがあります。そのひとの「すてき」を見る、ということです。指導で行っているのですから、実は、足りない部分はいち早く目にはつくのです。でも、それは、ぐっと抑えておきます。なぜならば、たいていの場合、そこは、本人も気づいて気にしているところだからです。稽古の最中は、どんな子でも、充分な自信はもちにくいものです。うまくいかないところ、練習不足のところに目が行きがちです。いきなり、そこを指摘されると、ますます自信を喪失します。だから、まず「すてき」探しをするのです。歩きかた、姿勢、発声、一瞬の表現にいたるまで、「すてぎ」なところは、かならずあります。 もしも、それを 見つけられないとしたら、 はっきり言いますが、 指導者としての 力量が足りません。そして、それを伝えることからはじめるのです。その子に、その「すてき」を伝えてあげると、その子は、きっと喜びます。自然に、表現がのびやかになります。そして、「すてき」な部分が伸びてくると、ほかのことにも自信が湧いてくるものです。そこからなんです。足りない部分を指摘していいのは。それも、できたら、否定形ではなく、「こうするともっとよくなる」と、未来形で伝えるんです。そしたら、その子は「否定」に目を向けずに、未来の可能性に目を向けることができます。そのひとの「すてき」を見る。これは、実は、指導者にとっても、必要な視点です。指導者は、ついつい、足りないところばかりを見てしまいがちです。すると、その子の全体が見えなくなります。全体が見えない指導は、バランスに欠けます。そのひとの「すてき」を見る。どうぞ、日常のなかでも生かしてみてくださいね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第995号(2006年7月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「当たり前」という名の奇跡。もしも、あなたが、今日、何か失敗をしたり、気持ちの沈むことがあったとしたら、思い返してみてください。朝、起きてから、あなたが何をしてきたか。朝、起きて、トイレにいきませんでしたか。あなたの排泄器官は、正常にはたらいてくれましたね。朝ごはんは食べましたか?あなたの味覚には何の異常もなく、歯も、のども、胃も、腸も、正常にはたらいてくれましたね。仕事に出かけましたか?会社に着きましたか?あなたは、交通事故に遭うこともなく、落下物に当たることもなく、穴に落っこちることもなく、突風に飛ばされることもなく、宇宙人に略取されることもなく、無事に目的地に到達することができたのです。何をお伝えしたいのか、もうわかっていただけますね?私たちは、何かひとつ、いやなこと、苦しいことがあると、そこにばかり、意識を向けがちです。言い換えると、それだけが、人生のすべてであるかのように錯覚してしまいます。でも、あなたの悩みや苦しみのかたわらで、日々、奇跡は起こりつづけているのです。何十、何百、何千という、「当たり前」という名の奇跡が。朝、起きられたことの奇跡に感謝してみてください。トイレにいけることの奇跡に感謝してみてください。ごはんを食べられることの奇跡に、感謝してみてください。階段をのぼれることの奇跡に感謝してみてください。あなたは、今日、起きた瞬間から、無数の奇跡に包まれながら、生きてきたのです。この世のなか、同じ時間にその奇跡にめぐりあえなかったひともまた、たくさんいるのです。あなたが、悩み苦しんでいること。たしかにそれは、ちいさなことではないかもしれません。でも、それと同時に、いえ、それ以上にたくさんの奇跡が起きていることを忘れないでほしいのです。あなたが、この「当たり前の奇跡」に意識を向ければ向けるほど、それは、あなたのなかでふくらんでいきます。「当たり前の奇跡」の占める場所が増えるぶんだけ、悩みや苦しみの部分がちいさくなっていきます。(当然ですよね?)いま、落ちこんでいるひと、元気が出ないひとは、ぜひ、このワークをためしてみてください。あなたが、朝から、いままで、どれだけの奇跡に遭遇したか。それを数えてみるんです。いま、当たり前に吸っている、この空気さえもが、奇跡であることに気づいたら、あなたは、次のステップに踏み出すことができるでしょう。今日はあなたの「奇跡」を祝福します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第994号(2006年7月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「ただ、いればいい」のです。演劇のことをあまり知らないひとは、たいてい、「劇って、せりふを覚えて、 動きをつけるものでしょ」と思っています。実際、学芸会で、そんなふうに指導されることがおおいので、みんな、すっかり勘違いしてしまいます。中学校演劇の指導をしている私としては、よく泣かされます。なぜって?演劇こそが、まさに、「いま・ここ」を生きるありかたそのものだからです。たしかに、役者さんは、せりふを覚えます。照明などの関係で、ある程度、立ち位置を既定されることもあります。でも、どんな条件がついても、役者さんは、その場面、その瞬間に、「まるでいまはじめて それを体験する」かのようにふるまうのです。いえ、もっと言うと、その場面、その瞬間には、それまでの何十回の稽古をいったん忘れて、本当に、その状況のなかに飛びこんでいくのです。過去をなぞった瞬間に、表現は死んでしまうからです。いま・ここ、まさに、そこにしか、表現は成立しないからです。「いま、はじめて、 相手を見て。 いま、はじめて、 相手のことばを聴いて。 いま、はじめて、 その感情を味わって。 いま、はじめて、 何をしたいか考えて。 いま、はじめて、 その行動を起こして」私の稽古は、そこにはじまり、そこに終わると言っても過言ではありません。最初は、とまどっている生徒たちも、だんだん、私のことばを理解しはじめます。すると、まなざしが変わります。いま・ここをつかむためには、鈍感ではいられないからです。存在感が変わります。すべてのエネルギーが、そこに集まってくるからです。そのとき、はじめて、舞台が「ホンモノ」になります。虚構でありながら、ホンモノになるのです。よく、「いま・ここ」にいるためには、どうしたらいいかと聴かれます。こたえは、単純で「ただ、いればいい」のです。演劇の稽古と同じで、その瞬間、瞬間、あとも先も考えずに、ただ、そこに、存在すればいいのです。そうすれば、必要なことはすべて、見えてきます。「いま・ここ」には、まさに「いま・ここ」しかないのですから、悩んだり迷ったりする必要さえないのです。「いま・ここ」にいないから、「いま・ここ」がわからなくなるだけなのです。 ただ、いつづければ、いいだけなのです。舞台に立つ役者さんのように。さあ、勇気を出して。あなたの「いま・ここ」を選択してください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第993号(2006年7月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ゆるしてあげよう。ゆるしてあげよう。ひとに親切にできる自分も好きだけど、親切にできないときの自分もゆるしてあげよう。ゆるしてあげよう。ひとにやさしくできる自分も好きだけど、すべてのひとにやさしくできない自分もゆるしてあげよう。誰でも受け入れられる自分も好きだけれど、誰かを受け入れられない自分もゆるしてあげよう。うまくいっているときの自分も好きだけれど、うまくいっていないときの自分もゆるしてあげよう。おだやかでいられるときの自分も好きだけれど、おだやかでいられない自分もゆるしてあげよう。ゆるしてあげよう。全部、全部、ゆるしてあげよう。たくさんの罪悪感を背負ってきた。怒りも憎しみもねたみも、かかえてきた。孤独感、無価値感、無力感、かぎりなく体験してきた。全部、全部、ゆるしてあげよう。その怒りも、憎しみも、痛みも、悲しみも、すべて、自分の内がわにあるもの。もともと、あるものだから。ずっといっしょだったものなのだから。認めてあげよう。受け入れてあげよう。抱きしめてあげよう。ゆるしてあげよう。いいんだよ。そこにいていいんだよ。世界のだれが責めても、私だけは、責めない。今日から、そう約束する。そのとき、私は、はじめて、まるごとの自分をゆるすことができる。まるごとの自分とはじめて、ひとつになって、歩きはじめることができる。はじめまして、あたらしい私!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第992号(2006年7月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------足場をたしかにするのです。「いま・ここ」を受け入れることをおそれるひとは、大勢います。いまの「不完全」な自分のまま、満足してはいけない。そのように考えてしまうのです。けれども、「いま・ここ」を受け入れることは、けっして、このままの自分で変わらずにいることではありません。「いま・ここ」とは、いわば、自分の足場のようなものです。たとえば、川に一本の丸太がかかっていて、渡らなければならないとき、こわいからといって、目をつぶって歩けば、…落ちますね。(爆) ちなみに、 下を見て歩いても …落ちます。(^^ゞまず、しっかりと立つのです。そして、行くべき方向だけを見て、歩くのです。この「しっかりと立つ」ことが、「いま・ここ」を受け入れる、ということです。足場をたしかにするのです。丸太の表面には、でこぼこがあるかもしれません。そのでこぼこは、あなたが自分に対してマイナスだと感じている部分です。でも、そのでこぼこも含めて、それは、一本の丸太なのです。でこぼこがあることも認めたうえで、しっかりと立てる場所を探すのです。うまくいけば、そのでこぼこさえも、バランスをたもつために生かすことができます。あなたは、まるごとで、あなたです。太い足がきらいだからといって、足を置いていくわけにはいかないのです。悩みごとがあるからといって、頭もこころも置いていくわけにはいかないのです。それでは、あなたではなくなってしまうのですから。だから、全部、認めてあげるのです。いま・ここ、あるがままに、すべて受け入れてあげるのです。あなたを構成している、こころ・からだ、細胞、魂、何もかもひっくるめて、OKをあげるのです。いっさいの否定をやめた、まるごとのあなたとして、まっすくに立ったとき、あなたには、行くべき方向が見えてきます。太い足(しつこい…)がきらいだったときには、見えなかった方向です。悩みのただなかで、うつむいていたときには、気づかなかった方向です。それは、あなたがあなた本来のままに輝ける方向です。それを感じたとき、あなたは、間違いなく、そこに行きたくなるのです。ね? おわかりでしょう?おそれることは、ひとつもないのですよ。「いま・ここ」まるごとのあなたになったとき、あなたは、ひとつのプロセスを完了します。完了したのですから、そこには、もういる必要がなくなるのです。そのときに起きる変化を、どうぞ楽しみにしてください。今日は、あなたの「まるごと」を祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第991号(2006年7月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------動く瞬間を待つこと。長いこと、中学生の演技指導にかかわってきてつくづく思うことがあります。輝かない子どもはいない、ということです。もともと、ある種の「華」をもった子はいます。舞台的なカンのするどい子もいます。でも、そうでない子たちも、同じく輝きをもっています。その子なりのそれぞれの輝きがまさに光を放ちはじめる瞬間は、一人ひとりちがいます。けれども、きっかけは、ただひとつです。その子の内がわが、どんなかたちであれ、動いたときです。一人の指導者として、私は、このことをいつも重く受け止めます。なぜならば、ついつい、すべての子どもたちを一律に動かしたいという気持ちがはたらくからです。大切なのは、その子のなかで動く瞬間を待つこと。そのためのはたらきかけをすること。動かないときには、動かないだけの理由があるのです。いまはまだ、動く時期ではないことを、その子の深いところは知っているのです。その子にとって、それはもっとのちの人生のなかで、解決のために動き出す課題なのかもしれないのです。だから、はたらきかけても、どうしても動かないとき、私は、ふたつの選択肢を自分にあたえます。もう少しはたらきかけてみる。あるいは、いまはそっとしておく。そっとしておくことと、放任はちがいます。いつも、こころには、かけているのです。でも、無理強いはしないのです。ときどき、ちらちらと、また粉をふりかけながら(笑)、その子のこころにアクセスするチャンスをさぐるのです。その子の何かが動くようなワークを仕掛けてみるのです。そして、それでも、どうしても、動かない場合は、いまは、時期ではないことを受け入れるのです。ときには、その才能を惜しむ気持ちはありますが、それが、その時点での自分の限界であり、その子の限界なのです。あとはただ、祈って送り出すのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第990号(2006年7月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------本気で、人生、生きていますか?直球の質問をします。「本気で、人生、生きていますか?」私たちは、さまざまな悩みや苦しみに出会うたびに、つい、くじけそうになります。自分を、犠牲者や被害者の立場に置きたくなります。でも、そんな人生が、楽しいものであったためしはありません。いくら自分を正当化しても、ちっとも元気にはなれません。私たちは、悩みや苦しみからのがれることはできません。けれども、それらを受け止める視点を変えることはできます。 ここまでは、これまでも 何度もお話ししてきましたし、 さまざまな本にも、たぶん 書いてあることです。実際、私たちは、誰でも、そのことを知っているのです。知らないというひとでも、つきつめればわかります。環境(こと・ひと・もの)が変わると、幸福の度合いが変化してしまうなら、それは、結局、かりそめの幸福に過ぎないのですから。そんな幸福を追いかけているかぎり、私たちは、一生、やすらぎを手に入れることはできないのですから。受け止める視点を変えるためには、どうすればいいのか。実は、ここが最大のポイントです。あなたが、自分の人生にたいして、本気になることなのです。「本気」は、「本」(中心)と、「気」(エネルギー)が、組み合わさってできています。自分の中心にエネルギーのみなもとを置く、ということです。自分の内がわから生まれる感覚を信頼するということです。どんな動きも、中心から生まれたものでなければ、ふらつきます。人生も同じなのです。あなたが、自分の中心にエネルギーのみなもとを置いたとき、はじめて悩みや苦しみに向かうちからももてるのです。それは、才能や能力とはなんら関係がありません。誰でもができます。ただ、そうするという、決意が必要なだけです。そして、今日は、もうひとつのメッセージ。スポーツ選手でも、芸能人でも、友だちでも、あなたが応援したくなるのは、どんなひとですか?もっと言います。才能があって、なまけているひとと、才能が足りなくても、努力しているひと、どちらを、より応援したくなりますか?あなたの人生も、同じことなのですよ。あなたが、犠牲者や被害者でいることをやめて、本気で生きるとき、あなたに向けて、有形無形の応援がもたらされます。「本気で、人生、生きていますか?」今日は、あなたの「本気」を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第989号(2006年7月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------確実に幸福になる方法。ほとんどのひとの悩みや苦しみは、自分の望みがかなわないところから、発生しています。言い換えると、その望みがかなわないと、自分は幸福になれないと錯覚するから、発生します。そう、それは、錯覚なんです。どうして断言できるのかって?わかりやすい例を書きますね。アルコールが大好きなひとがいるとします。(私か…)このひとの望みは「アルコールが飲みたい」ということです。(私だ…)ほしいだけのアルコールがあたえられれば、このひとはたしかに満足はします。望みは達せられたのです。でも、このひとが毎日、ほしいだけのアルコールを飲みつづけたら、その先に何が待っているでしょう。たとえば、からだをこわします。仕事ができなくなります。その結果、人間関係がまずくなるかもしれません。ね? このひとは、アルコールが飲めれば、自分は幸せになれると思ったのです。でも、それは、自分の人生のほんの一部分を見て判断していたにすぎないのです。私たちは、神さまでもなければ、なんでも透視できる超能力者でもありません。どうあがいても、本当に幸福になるために必要なことを、完璧に知ることはできないのです。だから,実は、私たちがかかえている悩みも苦しみも、実は、これと同じようなものなのです。このひとと結婚できれば、幸せになれる…。お金が○○以上入れば、幸せになれる…。家族が、友人が、上司が、○○してくれれば、幸せになれる…。それらが本当に自分を幸福にしてくれると、なぜ断言できるのですか?それが手に入った瞬間に、また足りないものが、見えてくるだけなのです。神さまでも超能力者でもない私たちが、でも、確実に幸福になる方法があります。それは、「いま・ここ」を100%受け取ることです。受け取るとは、ゆるすことです。OKをあげることです。それは、人生を向上させることを放棄しろということではありません。望みを捨てて、あきらめて生きろということでもありません。ましてや、仙人のようにかすみを食べる生活をしろということでもありません。あなたが、不平や不満をいだきつづけているかぎり、あなたは、幸福が何なのかを、知ることはできないのです。幸福が何なのかわからないのに、どうして、たどり着けますか?「いま・ここ」を、100%、受け取ることができたら、そこにあるのは、幸福だけです。だって、すべて満たされてしまうのですからね。その幸福の感覚をたよりに、私たちは、その先に進むこともできるのです。私たちは、長いこと、順序を逆に考えてきました。何かがあるから、幸福になれると。でも、本当は、幸福になるから、何かを得られるのです。確実に幸福になる方法。わかったあなたから、行動してください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第988号(2006年7月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------怖れずに、沈黙してみるのです。演技をする上において、とっても重要なポイントがあります。これができるようになると、「一人前の役者になったね」なんて、言われたりします。それが、「間」(ま)です。そう、沈黙している時間です。たとえばラブロマンス映画のクライマックスで、主役の二人が見つめあっているとします。カメラは絶対に、ここで、「間」をとります。アングルを変えて映します。アップにします。片方のがわから映します。また片方のがわから映します。片方の目のなかに映る相手の姿を映します。ときどき、空の雲とか、往来の人通りも映します。過去の映像まで映します。このかん、二人は沈黙しています。観客は、息をするのも忘れて、次の瞬間を待つはずです。しつこいようですが、もう一例。探偵もので、やはりクライマックス。関係者が一堂に会しています。探偵がおもむろに口をききます。「犯人はこのなかにいます」ひとしきり騒ぎが起こります。そして、やがて沈黙します。一人ひとりの顔が映し出されます。ときどき、ふるえる手とかがクローズアップされます。時計の音が聴こえます。沈黙のなかに、緊張は高まっていきます。舞台や映画というものは、ある意味、人生のひな型です。そこに真実がないと、ひとは、感動しないのです。では、なぜ、そのひな型であるドラマの重要な場面で、「間」があるのでしょうか。そう、私たちが生きていくためには、「沈黙」が必要だからです。沈黙は、思いを醸成させます。動きまわっているとき、ことばを発しているとき、私たちは、思いを深めることができません。かならず、立ち止まるのです。かならず、沈黙するのです。また、沈黙は、感じる時間をつくります。動くのをやめたとき、話すことをやめたとき、私たちのこころは、静けさを取りもどします。そのとき、あなたの五感は、相手(世界)を受け取るために、はたらきだすでしょう。今日は、あなたの「沈黙」を、信頼してみてください。思いを深めたくなったとき、相手(世界)を感じたくなったとき、怖れずに、沈黙してみるのです。それは、沈黙している自分を受け入れることのできる自分を認めることでもあります。そう、沈黙とは、実は、自分自身への信頼のあかしでもあるのです。深呼吸して。まっすぐに顔をあげて。沈黙のなかに、世界を受け取ってください。あなた自身を深めてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第987号(2006年7月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------「自分限界」を突破しませんか?ちょっと前に、声優になりたいという高校生と話をしたことがありました。「高い声が出ないんです」「無理に出すと、 のどが痛くなるんです」幸い、多少の知識はあるので、いくつかアドバイスしてあげました。で、そのとき、気がついたこと。自分の限界、決めつけてないかな?だって、その子はまだ17歳。声優の勉強だって、はじめたばかりです。本格的なボイストレーニングだって、まだしてません。だとしたら、「○○ができない」のではなくて、「○○をまだ習得していない」が、正解なのでは?そう、「○○できない」なんてことばは、あらゆる方法にトライして、どうしても絶対にだめだったそのときに使うことば。でもね、17歳でなくても、私たちは、ついついこの「自分限界」をつくりがち。けっしてひとごとではありません。本当に、自分は本気でトライしているのか?と、あらためて自分に問いかけてみました。すると、こたえはすぐに返ってきました。「まだまだ甘えがある」がむしゃらに、24時間、無理してやれということではないんです。でも、自分はもっとできる。可能性をいろいろもってる。この人生をもっともっと燃やし尽くして生きたいと思えたら、やれることは、かならずあるはずなんです!なのに、やらずにあきらめてる場合がおおすぎます。大変だから…。うまくいかなかったときにがっかりするから…。ひとに何か言われそうで…。そんなふうに、言いわけをあれこれつくりながら…。ですから、今日は、自戒をこめての提案です。「自分限界」を突破しませんか?あなたは(私は)もっと、輝いて生きることができる!あなたは(私は)もっと、自分自身を楽しむことができる!あなたは(私は)もっと、自分の夢に向かって全力を尽くすことができる!あなたの輝きは、きっと、ほかのひとをも照らします。あなたが楽しめば、世界はもっと楽しくなります。あなたが夢に向かっていけば、きっと、その姿をまぶしく見つめるひとたちがいます。自分限界を突破しましょう。何よりも、誰よりも、あなた自身のために!途上をともに行くものとして、あなたのトライを応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第986号(2006年7月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.22
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------沈黙の使いかた。そんなにつまらない話じゃないのだけれど、なぜかついつい眠くなってしまう。そういう授業とか、講演って、ありませんか?おおくの場合、そのひとは、同じテンポで話をしています。講演や授業の場合でも、聴くつもりで来ているので、当然、しっかり聴こうとします。けれども、相手の話しかたのリズムが一定だと、どんどん刺激がなくなります。加えて、一定のリズムは、基本的にここちよいのです。ちょうど電車に揺られているときのように、どんどんリラックスしてきます。(笑)やがて、眠りのサイクルに入ってしまうというわけです。さて、あなたが話をする立場なら、もう、こつはおわかりですね。ある一定のリズムになってきたら、ときどき、変化をあたえてやるのです。速くする。遅くする。おおきくする。ちいさくする。高くする。低くする。ちょっと使い分けるだけで、効果はすぐにあらわれます。でも、せっかくですから、今日はとっておきの「わざ」を教えましょう。それは…。沈黙することです。たとえていえば、乗っていた電車が、止まるようなものです。電車のここちよいリズムで眠っているひとが、目を覚ますのは、ほぼ、駅で停車したあと。 はっと気づいたときには 出発…ということも おおいですが…。(^^ゞ話の途中で、あなたがふっ…と、沈黙すると、聴衆は、間違いなく、あなたに注目します。眠っているひとも、たいていはその気配を感じて、目覚めます。(笑)どきどきするでしょう?沈黙するって勇気がいりますものね。でも、今日は、さらに上級編をお教えますね。同じ沈黙でも、ただ止めるのではなく、話の「途中」で、不意に止めるのです。「だから、このことは…」 …沈黙…会場全体が、ほぼ完全にあなたに注目します。その気配を感じながら、何ごともなかったように話を再開すればいいのです。そのとき、聴衆の集中度は格段にあがっているはずです。恐るべし、沈黙の使いかた。でも、きっと、こんなひともいるでしょうね。「私はひとまえで話を しないから関係ない」ちっ、ちっ、甘いです。これは、万人が使える方法なのです。ぜひ、家庭のなかで、子どもにお説教するとき、新聞から目を離さない夫さんに話しかけるとき、(^^ゞ使ってみてください。効果、ありますよ♪ あんまり多用すると、 効果はうすれますけどね。(笑)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第985号(2006年7月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------声は、あなたの財産です。自分の声がきらい、というひとは、案外、おおいようです。録音した自分の声を聴いたときに、ふだん自覚している声とあまりにちがうので、ショックを受けるようですね。声がちがって聴こえるのは、おそらくは、頭蓋骨の内部にひびく声と、耳から聴こえる声を、合成したかたちで聞いているせいだと思います。録音の声は、外がわの音だけひろいますから、ちがって当然。 もしこの解釈がちがってたら、、 教えてくださいね。(^^ゞですから、きらいな感情を終わらせるのは、実に簡単。慣れればいいだけです。何度も録音して、繰り返し聴いていれば、気にならなくなってきます。それでも、あまり好きになれないというひとのためにここからは、ちょっと上級編。あなたの声は、もしかしたら、表情不足なのではありませんか?声に表情があるのですって?もちろん、ありますとも。高い声、低い声、おおきな声、ちいさな声、速い声、ゆっくりな声、はずむ声、沈む声、やわらかな声、固い声、はっきりした声、くぐもった声、声には、実にたくさんの表情があります。どれが一番というのではありません。それぞれの声には役割があります。ないしょ話をするときに、大声で話されても困ります。(笑)これらを組み合わせて、必要に応じて使うとき、声は生き生きと伝わるものになるのです。声の表情がゆたかなひとは、おおくの場合、これらの声を、自覚して使いこなしているのです。実は、これ、本来の顔の表情といっしょなんです。顔が無表情なひとで、声の表情だけゆたかというひとは、いません。つまり、自覚していないから、使いこなせていないのです。最初に、慣れがかんじんと、書きましたよね。声の表情もまた、慣れなんです。いろいろな声をためしてみましょう。速度を変えて、高さを変えて、テンポを変えて、深みを変えて。それらを、録音して、どんどん聴いてみましょう。声は、生まれつきの変わらないものではなく、あなたの工夫次第で、もっと魅力的に使えるのですよ。自分の声の可能性を思いきって楽しみましょう。そしてね、これには「副作用」もあるんです♪声の表情を使いこなせるようになると、自然に、顔の表情も変わってくるんです。声は、声だけでは存在できません。口をとおして発せられます。だから、声が変わると、表情も変わるのです。ゆたかな表情と声は、ちゃんと連動するんです。いかがでしたでしょうか?声は、あなたの財産です。うんと魅力的に使ってくださいね。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第984号(2006年7月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------安心感とつながってみてください。以前にも書きましたが、私は、野良猫と仲良くなる名人です。(いばってどうする…)ポイントは、相手を警戒させないことです。無関心を装いながら(笑)、近づくすきを与えてやります。すると、猫は自分のペースで、私との距離が決められます。自分の安全圏を確保しながら、次第に私に近づいてきます。(笑)さて、この人猫関係?は、当然ながら、人間関係にも応用できます。私たちは、何よりも安心感がほしい存在です。安心感なしには、ひととかかわることができません。相手に安心感をあたえるためには、自分の主張を、いきなり前面に押し出してしまっては、たいていうまくいきません。まず、相手のことをよく観察しなければなりません。ところが、私たちは、わかっていながら、しばしば、それとは逆のことをやってしまいます。とくに、親が子どもに、上司が部下に、先生が生徒にたいするとき、この関係をくずしてしまいがちです。相手の状態もたしかめずに、いきなりどなってしまったり。相手の話も聴かないうちに、どんどん指示してしまったり。相手の反応を無視して、一方的に話を進めてしまったり。あなたにも覚えがあるでしょう?(もちろん、私にもあります)(^^ゞけっして、迎合しろとか、妥協しろとか言っているわけではありません。でも、もし、いま現在、あなたのやりかたでうまくいっていないとしたら、相手を非難する前に、方法を変えてみるんです。自分自身をチェックしてみましょう。相手に安心感をあたえられる表情をしていますか?態度をとっていますか?いらいらしていたり、せかせかしているとき、相手は、無意識のうちに、自分を閉じてしまいます。不安だったり、怒りをためこんでいたりすると、相手は、無意識のうちに、そこから離れようとします。そんなとき、相手を批判しても改善はされません。ますます、こころの溝が、深まってしまうだけです。ちょうど、野良猫が危険を察知して、逃げ出してしまうように。相手が安心感を持てるように、じっとじっと待つんです。大丈夫と思える場を、雰囲気をつくってやるんです。そうすると、相手は自然に向こうからひらいてきます。そしたら、どならなくても、あなたのことばは通じます。ひとは(猫も)、安心感をあたえてくれる相手とは、よりいい関係をつくりたくなるのです。今日は、あなたの内がわの安心感とつながってみてください。そこから、ひととのつながりも見えてくるはずです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第983号(2006年7月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------あるのは、ただ、深いやすらぎだけです。分離感と苦しみは、セットになっています。たとえば、お金がないから苦しいと感じるひとは、お金と自分のあいだに分離感をもっています。自分は孤独でつらいと感じるひとは、人間関係にたいして分離感をもっています。そう、そのこと・もの・ひとと自分とのあいだをへだてる感覚を分離感というのです。分離感をもつとき、私たちは、自分をこころから愛せなくなります。なぜならば、そのように分離した状態の自分は、不完全であると感じてしまうからです。お金をもてない自分は不完全…。他者(家族・友人・恋人…)に好きになってもらえない自分は不完全…。考えれば考えるほど、分離感は自分をさいなみます。実は、分離感のなかにあるとき、ひとは、自分で自分を分離していることに気づきません。自分以外のこと・もの・ひとが、自分を分離させているのだと、勝手に思いこんでしまうのです。なぜ、そんな錯覚が起きてしまうのか。そこが、まさに、分離感のゆえなのですが、世界を分離した状態で見ることからはじまるのです。 今日のメッセージは、 すこし説明が必要ですね。(^^ゞ (かなり上級編かも…です)たとえば、お金との分離感をもっているひとは、「自分には充分なお金がない」と考えます。でも、そのひとは、ちゃんと、屋根のある家に住んでいたり、収入を得る仕事をしていたりします。また、あるひとは、「自分はひとに好かれていない」と思っているとします。でも、そのひとが、そこまで育つことができたのは、だれかが、そのひとを受け入れてくれた結果なのです。自分で苦しいと感じる回路を選んでいるから、苦しいのです。満たされている部分を見ることができれば、その苦しみは終わります。もうひとつ、たとえを書きましょうか。水たまりがいっこあるとします。となりにも、ひとつ、水たまりがあるとします。一本の線を、あいだに引いてみるとどうなるでしょう。二つの水たまりは、ひとつにつながります。一つひとつはそのままで、でも、二つはひとつになります。(わかりますか?)私たちが生きる、ということはこういうことなのです。私たちは、つねに自分自身でいながらにして、さまざまなかたちでほかのこと・もの・ひととつながっているのです。そのつながりに気づいたとき、分離感は終わります。分離感が終わったとき、あるのは、ただ、深いやすらぎだけです。いま、そのやすらぎを、すべてのあなたと共有したい…。こころから思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第982号(2006年7月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------からだで、再現してみること。私は、演劇の脚本を書くことを仕事のひとつにしています。脚本を書くということは、自分以外の性格や環境の人物を描くということでもあります。いろいろな役があり、いろいろな設定があります。それらを想像しながら、書いていくわけですが、最後に(または途中でも)かならずやることがあります。それは、いったん、声に出して読んでみる、ということです。これは、専門的に言うと、声に出して読むと、実際の呼吸に乗らないせりふがわかるということなのですが、もうひとつ、わかることがあります。それは、その役にそぐわないせりふは、やはり読んでいて不自然に感じるということなのです。頭のなかでどんなにうまく書けたと思っても、実際に声に出してみると、すぐにわかってしまうのです。さて、今日はこれを日常の生活に応用してみましょう。あなたにとって、あまり好ましくないと感じるひとがいるとします。あるいは、そうでなくても、たまたま、好ましく感じられないことを言われたとします。そのときの、そのひとの、言いかた、しぐさをそっくりまねしてみるのです。どんな呼吸で、どんな姿勢で、どんな表情で、どんな口調で、どんなテンポで…。できるだけ忠実に、まねしてみてください。そうすると、不思議な感覚が起きてくるのがわかります。そのひとの、その瞬間の気持ち、感覚が感じられる気がするのです。投げやりに感じられたことばは、実は、とても疲れているからだから発せられているかもしれません。冷たく感じられることばも、実際には、自信のなさから腰が引けている結果、そのように伝わってしまったということがわかることもあります。頭のなかだけで受け止めていたときには、わからなかったことが、実際に、からだをとおして、声をとおして再体験してみると、見えてくることがあります。本当に、どんなに頭のなかでシュミレーションしてもわからないことが、からだの感覚を使ったときにびっくりするくらいあらわになってくるのです。いかがでしょうか?「あのひとはわからない」そう言いきってしまう前に、やれることがあるような気がしてきませんか?あなたの頭のなかの「あのひと」は、本当は、ただの強がりやさんでしかなかったりします。こわいと思っていた「あのひと」も、実際には、ちょっとせっかちなだけだったりするのです。からだで、再現してみること。ここにはもうひとつのポイントが隠されています。相手のまねをしてみようとするときには、相手を、それだけしっかり観察する必要があるのです。自分勝手な判断では、相手をきちんとまねすることはできないのです。これって、言い換えると、「相手の身になる」ことと同じかもしれませんね。そう、観念ではなく、まさに「からだ」の視点で相手の身になるのです。そうすることによって、はじめて、相手がわかるのです。もしも、あなたが、「理解でぎない」「受け入れがたい」と、感じるひとがいるときには、ためしてみる価値があります。だって、相手のことがわからないうちには、本当の意味では、批判することもできませんもの。そしてね。そんなふうに、からだの感覚をとおして、相手を感じてみたら、しばらくその感覚を味わってみてもらえますか?そこには、きっと、相手とつながる糸口が隠されているはずなのです。からだで、再現してみること。頭で決めつけてしまう前に、ぜひ、ためしてみてほしい方法です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第981号(2006年7月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「あたえる」こころ「与える」と聴くと、何か、上から下に押しつけるようで、抵抗を感じるひとがいるかもしれません。でも、本当はちがうんですね。「与える」という字はもともと、「與」で、これって、口と手をあわせてもちあげるかたちなんです。「あわせる」ところから、「ともにする」「仲間になる」それが転じて、「あたえる」になったんです。かめわざ流に解釈すると、「あたえる」とは、「わかちあう」ことです。あなたの「あたえる」こころと、私の「あたえる」こころが、出会ったら、互いにそれをあたえあう…そう、わかちあうことになるんです。思いをわかちあうとき、ひとは、互いに信頼を寄せることができます。悲しみをわかちあうとき、ひとは、互いにやさしくなることができます。祈りをわかちあうとき、ひとは、ともにゆるしあうことができます。「あたえる」こころ、「わかちあう」こころは、あらそいを生みません。「あたえる」こころ、「わかちあう」こころは、平和のこころです。もちろん、そこには、見返りや、かけひきがあってはいけません。見返りをもとめるとき、それは、「あたえる」ふりをしてしがみついているだけなのです。かけひきがあるとき、それは、「わかちあう」ふりをして、うばっているだけなのです。ただ、ただ、まっすぐにあたえる。ただ、ただ、まっすぐにわかちあう。それは、とてつもなくむずかしいことのように思われるかもしれません。でも、本当にそれができたとき、実は、私たちがこの世界についていだいていた誤解をとくことができるのです。それは、この世は、わかちあえばわかちあうほど、ゆたかに広がるということ。あたえればなくなると思っているから、しがみついてしまうのです。わかちあえば減ると思っているから、うばいあいが生まれるのです。真にあたえたとき、そのとき、私たちは、最初からすべてを、あたえられていたことに気づくでしょう。真にわかちあったとき、そのとき、私たちは、うしなうものなど、なにひとつなかったことに気づくでしょう。これは私にとっても、人生をかけて向かうひとつの道のりです。道のりの途上でありながら、どうしてもそうであるということが、胸のなかに降りてきたので、書かずにはいられないのです。もしよかったら、今日は、あなたの内がわの「あたえる」こころに、つながってみてください。あなたのなかに、やすらぎが生まれることを祈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第980号(2006年7月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------「からだ」の声を信頼してやること。私たちの「からだ」は、世界に対する「受信機」です。私たちは、この「からだ」の感覚をとおして、世界のあらゆる情報を受け取るのです。その基本は、五感です。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。これらを総動員させることで、世界を把握するわけです。 ハンデをもつひとは、 残りの感覚を鋭敏に 使いこなしておぎないます。でも、実は、五感は、ときどき、混乱します。とくに、こころが波立っているときの五感の情報は、しばしば錯覚をともないます。たとえば、ショックを受けて、絶望的になっているとき、世界はブルーに見えますね?でも、実際に世界がブルーになるわけではありません。あなたの受像機が、世界をブルーと感知するにすぎないのです。 ミモフタモナイたとえで すみません…。さて、では、どんなときでも、世界をまっすぐに受け止めるために必要なものは何でしょう?それが、まるごとの「からだ」感覚なのです。あなたの受像機のスイッチを、いったん切ってください。入ってくる情報を、判断・批評・判定するのをやめるのです。ただ、まるごとの「からだ」が受け止める感覚を信頼して、そこに置くだけでいいのです。スイッチを切るといっても、生きている以上、こころは動きつづけています。慣れないうちは、そのつど、感情は揺さぶられます。それはそれでかまいません。その場合は、その感情を止めようとしないことです。東の窓から風が入ってきて、南の窓に抜けていくように、ただ、流してやるのです。感情にとらわれず、判断や判定をやめていると、「からだ」の声が、はたらきはじめます。それは、基本的には、からだの反応としてあらわれます。からだのどこかがあたたかくなってきたり、痛み出したり、ゆるんだり、さまざまな反応が出だします。それも味わいつづけて、待っていると、やがて、「こうしたい」「したくない」という感覚が、はっきりしてきます。それが、「からだ」の声です。理屈ではなく、どうしてもそのように感じられてならない、それが、「からだ」の声というものなのです。実際の「ことば」になっていてもならなくても、そこに向かおうとする自分の感覚を信頼してください。そうすると、声は、ますますはっきりと聴こえてくるようになります。今日説明したプロセスは、実は、一人ひとりあらわれかたがちがいます。ですから、そんなふうにはならないというひとがいても、それは当然です。ただ、何であれ、そのようにあらわれてくる自分の「からだ」の声を信頼してやること。ここだけは、共通していると思います。頭でっかちになってしまった私たちが忘れている、この「からだ」の声に、今日は少し耳を傾けてみませんか?まるごとのあなたとして、まるごとの声をどうぞ受け取ってみてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第979号(2006年7月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------「からだ」から離れないということ。本やセミナー、そして、日々の生活のなかでさまざまなことを学びます。そして、たくさんの気づきに出会います。ときどき、自分が進歩したような気になります。すこしは、ものがわかってきたのではないかという気持ちがしてきます。そのたびに、自分にいましめていることばです。「からだ」から離れないということ。学んだ、気づいたというのは、実は、「頭」の作業です。「頭」は、やってきた情報を分析・整理・分類する仕事をしています。もちろん、それは、大切な仕事です。でも、ひとが、本当に「わかる」ときには、そこでは、終わらないのです。ひとが、本当に「わかる」とき。「からだ」が、それを受け入れたときなんです。なぜならば、私たちは、どれだけ崇高なことを頭で考えたとしても、この「からだ」なしには、生きてはいけない存在だからです。「からだ」をもって生きていくことを、選択してきた存在だからです。だから、私はいつも、何かあると、最後は「からだ」に聴くんです。いま、見聞きしたこのことは、いま、体験したこのことは、自分にとって、どんな意味をもつのだろう。そんなふうに、「からだ」に返して、「からだ」の声を待つんです。そうすると、しばしば、「頭でっかち」になっている自分に気づかされます。「わかった」つもりになっているだけだったことが、「からだ」をとおしてみごとにあらわになるんです。高く跳ぼうとするときには、うんと低くかがむ必要があるでしょう?あれって、より、大地に近づくということなんです。重さを地球にあずけて、 (野口体操のことばを借りれば、 重さとは、からだのことです)そこから出発しなおすんです。同じように、学べば学ぶほど、頭を使えば使うほど、逆に、「からだ」にもどることを意識していくんです。「からだ」としての自分が、何を感じ、何を受け止めたのか、もう一度、それを「頭」に返してやるんです。頭とからだ、まるごとでわかって、ようやく学びがホンモノになるのです。「からだ」から離れないということ。今日は自分のために、このことばをかみしめたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第978号(2006年7月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------忘れないで、伝えて…私の机の前には、1枚の絵が貼ってあります。それはとても不思議な絵です。あたりは、一面の草原で、背後には銀河が流れ、月よりも少しおおきめの星が、いま、地平線からのぼってきます。(あるいは沈んで いるのかもしれません)その一面の草原に、少女が、ただひとり、すっくと立って、まっすぐなまなざしで、こちらを見つめています。その手にあるのは、一通の手紙です。それを見た瞬間、私にはわかりました。それは、少女が立っているその星の最後のメッセージなのです。目の前に広がる草原は、実は その星が残した、その星自身の残像でした。そう、見えている景色も、少女自身のすがたも、現実のものではありません。とうにほろびたその星のメッセージを、受け取ってくれるだれかをもとめて、ただ意識だけが残りつづけていたのです。どこからか声が聴こえました。「忘れないで… 忘れないで… たくさんのいのちと、 たくさんの思いが、 この星の上にあふれていたこと。 忘れないで、伝えて…」私の目からは、涙があふれていました。その星の名前を私は知っていたからです。いえ、本当には知っているはずはないのに、どうしても、そうとしか思えないのです。…。私の机の前には、1枚の絵が貼ってあります。1枚のその絵が、私にそんな物語を喚起してくれました。そう、これは私が思いついた、ただの空想の物語です。でも、なぜか、胸がしめつけられて、涙が止まりません。どうしても、この物語を、どこかで知っていたような気がしてならないのです。誰かに託されたような気がしてならないのです。ですから、たとえお話でも、錯覚でも、私が受け取ったメッセージを、いま、あなたに伝えずにはいられません。もしも、どうしてもうしないたくないものが、あなたにあるとしたら、どうぞ、いますぐ行動してください。あなたの胸に秘めてきたメッセージを、どうぞ、ためらわずに伝えてください。手遅れにならないうちに。後悔しないために。何よりも、あなた自身のために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第977号(2006年7月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.02.10
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------本当は、あなた自身なのです。夢分析というものがあります。夢に出てくるさまざまなこと・もの・ひとから、そのひとの心理を読み解きます。 かめおか自身は、まったく 素人ですから、詳しいことは わかりません。あしからず。おもしろいことに、夢のなかに登場するひとは、すべて、自分なのだそうです。自分のこころが投影されて、さまざまなかたちとして、そこに登場してくるのです。これって、別に夢でなくても、現実でも、そうなんですね。たとえば、過去に、だれかにひどいことばを言われた体験があるとします。あとあとまで、そのことばが頭によみがえり、苦しい気持ちになるとします。でも、そのときって、現実にあなたの頭のなかに、そのひとが侵入してきているのでしょうか。「ゲゲゲの鬼太郎」の目玉オヤジ(古い?)のように、頭に、そのひとが、ちょこんと乗っかって、そのことばを発しているのでしょうか? オカルトになっちゃいます。(爆)ちがいますね。過去にはたしかにそんな事実があったかもしれませんが、その瞬間に、それを言っているのは、あなた自身なのです。あなたにひどいことばを投げつけているのも、本当は、あなた自身なのです。あなたが、過去のこころの傷をかかえて生きているひとなら、どうぞ、今日はこのことに気がついてください。納得しなくてかまいませんが、この事実だけは、きちんと受け止めてほしいのです。あなたを傷つけるひとは、どこにもいないのです。あなたが、あなた自身を傷つけないかぎりは。あなたは、過去に、そのことばを投げつけられとき、そのことばを、うっかり受け入れてしまったのです。そして、そんなことばを受け入れてしまった自分を、いまなお、責めつづけているのです。蛇足ですが、書きますね。私たちは、自分でそれを受け入れさえしなければ、影響を受けることはありません。「あなたは、火星人としては センスが悪い。時代遅れ」といわれたところで、傷つくことはないでしょう?自分には関係のない話だと思えるからです。 火星人のひとがいたら、 すみません。m(__)mあなたを責めているのは、本当は、あなた自身なのです。そして、責めつづけているかぎり、あなたの苦しみは終わりません。もしも、あなたが、だれかを苦しめるような生きかたはしたくないと思えるなら、どうぞ、まず自分自身をその苦しみから解放してください。ゆるしてやるだけでいいのです。「もういいんだよ」と、抱きしめてあげるだけでいいのです。あなたが、あなたをゆるす度合いだけ、あなたは、ひとをゆるせるようになるでしょう。あなたが、あなたをゆるし、ひとをゆるす度合いだけ、世界には、よろこびがもたらされます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第976号(2006年7月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
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