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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ひとはプレゼントでできている自分のこれまでの人生を振り返ったとき、つくづく幸福だなあと、思うことがあります。それは、いつの時代も、熱く生きているひとが、みぢかにいたことです。中学時代の演劇の恩師は、「夢を語れ」が口ぐせのひとでした。「ああしたい」「こうしてみたい」語ったことを、実際に、一つひとつ、実現させていきました。高校時代の芝居仲間は、いまも一生の宝物です。ひとつの劇をつくるために、誰もが、自分のもてるちからを出していました。そのもてるちからを結集させた先にしか、舞台の成功はないと、知っていましたから。20代…、30代…。たくさんのすてきなひとたちと出会いました。たくさんのエネルギーをもらいました。それらは、すべて、いまの自分の生きかたを支えてくれています。それらは、すべて、私の人生にとってのプレゼントといえるもの(ひと)たちでした。「ああ、もしかしたら、 ひとは、プレゼントで できているのかも」不意に、そんな気持ちが湧いてきました。私のこの考えかたも、私のこの生きかたも、たくさんのプレゼントの結晶なのです。そう思ったら、何もかもが、いとおしく感じられたのです。どうぞ、今日は、あなたが人生のなかで、受け取ってきたプレゼントに気づいてみてください。あなたがこれまでの人生のなかで出会った、そして、かかわったひとたちは、すべて、あなたにとってのプレゼントです。もちろん、なかには、反面教師のようなひともいたでしょう。苦い体験をあたえてくれたひともいたでしょう。でも、それらもすべて、プレゼントです。苦しみは、ひとを強くしてくれます。哀しみは、ひとをやさしくしてくれます。あなたが受け取ったものは、なにひとつ、不要なものはなかったのです。そして、今日は、もう一歩先に行きましょう。あなた自身が、だれかにとってのプレゼントなのです。そのだれかとは、目の前に存在するひとだけとはかぎりません。今日、たまたま、道ですれちがっただれかが、あなたのプレゼントを受け取るかもしれません。プレゼントであるあなたは、どんなメッセージを、贈りたいですか?どんな生きかたを伝えたいですか?どんなプレゼントでありたいと思いますか?どんなにささやかだってかまわないのですよ。あなた自身のプレゼントの部分に、今日は、目を向けてみてください。あなたが、だれかにあたえることのできる、贈ることのできるプレゼントは、何なのか。ひとつでもたくさん見つけてみてください。もしかしたらこの問いかけに「私には、プレゼントの 部分なんてない」と、つぶやいてしまうひとが、いるかもしれません。そんなひとのために、これは、私からのとっておきのプレゼント♪「あなたは、 あなたであるだけで、 すでに、 プレゼントなのですよ。 だって、あなたは、 もともと、プレゼントで できているのですから!」どうぞ、プレゼントである自分を祝福してください。プレゼントである自分を祝福できるひとが、ひとりでも増えることは、実は、この地球にたいするプレゼントでもあります。そうでしょう?自分を祝福できるひとが、ひとりでも増えたら、そのぶんだけ、世界は、平和になります。プレゼントである自分を祝福するぶんだけ、私たちは、世界の平和に貢献することになります。地球が喜ばないわけが、ありませんよね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1215号(2007年2月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「もう、終わらせていいの」無力感や喪失感にさいなまれているひとのこころには、もしかしたら、賽の河原があるのかもしれません。あなたが石を積んでいると、鬼がやってきて、すべてをくずしてしまうのです。どれほど懇願しても、無情にくずしていくのです。積むたびに、鬼はやってきます。来るたびに、くずしていきます。荒涼たる賽の河原で、何度でもそれは繰り返されます。深い絶望のふちにあって、あるとき、あなたの胸に、ふと、こんな思いが湧き起こります。鬼は、なぜやってくるのだろう…と。ここに来て、はじめて胸に浮かんだ問いです。その日も、石を積み上げると、鬼がやってくるのが見えました。あなたは、鬼をまっすぐに見て、問いかけました。「なぜ、あなたは、 ここに来るのか」と。鬼は、けわしい表情で、こたえました。「それが、自分の つとめだからだ」あなたは、胸のなかに、何かがつきあげるのを感じました。「いつから?」「永遠の過去から」「いつまで?」「永劫の未来まで」「これだけを繰り返し?」「繰り返しだ」「なぜ?」「それがつとめだからだ」あなたの目から、不意に、涙がこぼれました。今度は鬼が問いました。「なぜ、泣く?」なぜ、涙が出たのか、あなたにもわかりませんでした。でも、あなたの口から、思わずこんなことばがこぼれました。「あなたが、 かわいそうだから」言ってしまってから、あなたは、とまどいました。そんなことは、思ってみたこともなかったからです。鬼も、沈黙しました。そんなことは、言われたことがなかったからです。あなたは、鬼を見ました。これまで何千回、何万回と、この鬼に、積み上げた石をくずされてきたのでした。どれほど、この鬼を、憎みつづけてきたでしょうか。けわしい表情のなかには、喜びややすらぎのかけらを見出すことは、まるでできませんでした。当然です。鬼が、この仕事をやりつづけることで得られるものは、ひとびとの涙、恨みの声、そして、のろいのことば…。喜びもやすらぎも何一つ知らずに、鬼は、課せられたつとめを、やりつづけてきたのです。あなたが、石を積むかぎり、ひとが、石を積むかぎり、鬼の仕事は、けっして、終わることはないのです。あなたは、鬼を見ました。鬼も、あなたを見ました。涙は、止まることなく、あふれつづけています。鬼の目のなかに、あなたがいました。その鬼の目に映るあなたの目のなかに、鬼はいました。鬼は、泣いていました。いえ、泣いているのは、あなたのはずなのに、あなたには、鬼が泣いているようにしか見えないのです。あなたの口から、ふたたび、ことばがこぼれました。「もう、終わらせていいの」鬼の表情が、かすかにゆらぎました。「終わらせる、だと?」「そんなに苦しいことを、 そんなにせつないことを、 もう、繰り返さなくて いいの。 そんなことを繰り返して、 自分をいじめなくていいの」言いながら、あなたは、思わず鬼の手にふれました。はじめてふれる手でした。ごつごつと岩のように硬く、冷たくこごえる手でした。 「終わらせる、だと?」鬼が、もう一度、問い返しました。「終わらせていいの。 あなたの苦しみを、 もう、終わりにしていいの」あなたは、うなずき、しっかりと、鬼の手をにぎりました。その手に、あなたの涙が、はらはらと、こぼれました。 …。気がつくと、あなたは、花咲き乱れる草原にぽつんとすわっているのでした。あたたかい日の光が、空一面から降り注いでいます。ここちよい風が、吹き抜けていきます。賽の河原は消えていました。鬼は、どこにもいませんでした。ほおに手をやると、涙のあとが、うっすらと残っていました。顔をあげると、草原の向こうに光が見えました。あなたは立ち上がり、その光に向かって、歩き出します。胸のなかに、なにかあたたかいものが湧いてくるのを感じました。そのなかで、こぽこぽと、何かがちいさくつぶやく声が聴こえるような気がします。あなたはそのさざめきに静かに耳を澄ませます。「ゆるされたよ」聞き覚えのある声でした。「ゆるされたのね」あなたもこたえました。「終わりにできたよ」「終わりにできたのね」「ありがとう」声は、それきり、ふっつり途絶えました。でも、あなたには、もうわかっていたのです。それは、かつて鬼であったものでした。それは、あなたが生み出し、あなたが育てたものでした。だからこそ、あなたが、終わらせなければならなかったのです。あなたにしか、終わらせることはできなかったのです。あなたは、しずかに、胸のところに、手をやりました。声はもう聴こえませんでしたが、あたたかい泉は、湧きつづけていました。これからも途絶えずに、いつまでも湧きつづけるのです。光はもう目の前でした。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1214号(2007年2月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ゆるゆると、ゆらゆらと私が、「野口体操」http://plaza.rakuten.co.jp/noguchitaisou/と出会ったのは、20代のとき。実は、10代のころから、私は、軽い腰痛をかかえていました。当時の写真を見ると、わかります。舞台にあがっている私は、つねに前傾姿勢。がんばりすぎて、ちからが過剰に入っていたのです。腰に負担がかかるのも無理はありません。「からだは生きた水袋」野口体操と出会って、はじめてこのことばを聴いたとき、新鮮なおどろきがありました。そして、とても楽しくなったのを覚えています。骨格や筋肉を中心に考えると、からだはとてもきゅうくつです。動きがひどく制限されます。開脚してどのくらい曲がるかだけが、柔軟性の基準にされたりします。でも、からだって、本当は、もっと自由なもの。だって、私たちのからだは本来、70%が水分でできているのですもの。からだのなかを流れる水を感じます。水が流れて、重さが移動するのを感じます。ゆるゆると、ゆらゆらと、ときには、速く、ときには、うねり、また、しずかに…。からだを「動かす」のではなく、からだが「動きたい」ところを感じます。からだの声を聴くのです。からだと対話するのです。はたから見ると、それはとても不思議な動きです。屈伸するのでもない。ジャンプするのでもない。まさに、水のように、ゆるゆると、ゆらゆらと、揺れているだけ。揺れて、流れているだけ。でも、心地いいのです。自分のからだの声を聴くって、こんなに気持ちいいことなのだと、はじめて知りました。自分がどれだけ、からだの声を無視していたかを知らされました。気がつくと、腰痛は治っていました。特別な治療をしたわけではありません。ただ、ゆるゆると、ゆらゆらと、重さにまかせて、揺れていただけ。流れていただけ。でも、ものごとって、もしかしたら、そんなものかもしれません。ちからを入れて、目いっぱいがんばって、動かそうとすると、動くかもしれないけれど、くたびれます。よぶんなちからを抜いて、必要なだけのはたらきかけをすると、するすると、自然に動いていったりします。からだも、こころも、ひととの関係も、もっともっと、ゆるやかなほうが、つながりやすくなるのかもしれません。「からだは生きた水袋」今日も、自分のからだとの対話を、楽しみたいと思います。 --かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1213号(2007年2月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「来ないで」10年以上、中学校演劇の指導にかかわってきました。 ご存知のかたもおおいですが、 私は、中学校演劇部の 外部指導員をやっています。気持ちがそろって、盛り上がる年もあれば、なかなかまとまらない年もあります。毎年、さまざまな出会いと、さまざまな学びがあります。ところで、指導者にとって、一番の理想は何でしょうか?こたえはひとそれぞれ、正解はないかもしれません。私のこたえは、こうです。「必要とされなくなること」もう何年も前のことです。その学年は、人数もおおかったこともあり、いつも、部内で、もめごとが絶えませんでした。稽古を中断して、話し合いをすることもたびたび。脱線して、顧問の先生から、お叱りを受けることもたびたび。でも、裏を返せば、それって、エネルギーにあふれているということ。そう、もめても、脱線しても、生徒たちは、劇をつくりつづけました。生徒創作劇もやりました。一回の公演で二つの劇を上演してきたのも、この学年でした。その学年が卒業をひかえて、自分たちの卒業公演を企画しました。全員の入試の結果が出た、二月下旬から、稽古をはじめたのです。期間は、正味1週間。上演時間は、45分。風のうわさに聴きつけて、できるのだろうかと、心配になりました。「手伝えることがあったら、 言ってね」そう声かけした私に、彼らはこう言いました。「(稽古に)来ないで」そのことばに、私は、すべてを了解しました。ああ、この子たちは、すべてを、自分たちのちからでやろうとしている。私のちからを借りずに、自分たちでやれるだけのちからをつけてきたんだ。だからこその卒業公演なんだ…と。本番当日。さぼりがちだったあの子が、なんと、大役をやっています。短い期間に、大道具もしっかりつくっています。何よりも、全員が、舞台を楽しんでいました。楽しんで、全力をそこに注ぎこんでいました。「(稽古に)来ないで」あの日言われたひとことが、あらためて、胸によみがえりました。そして、そのひとことが、あらためて、熱く胸を満たすのを感じました。あのひとことこそが、指導にかかわってきた私にたいしての最大のプレゼントなのだと。最近になって、別の場で、同じことばをもらいました。それで、そのときの体験を思い出しました。「来ないで」ちょっぴりさびしいけれど、なんともほっとすることば。子どもたちの卒業のことば。指導者という立場にいると、ついつい、あれこれと、世話を焼きたくなります。足りない部分ばかりが目についてしまいます。でも、あらためてこころに刻みました。必要とされなくなることを目標にしつづけよう。「来ないで」と言われて喜べる自分でありつづけよう。ときは、春。今しも、巣立ちの季節です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1212号(2007年2月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------あなたを助けられるひとは、あなただけです。悩みのなかにいるひとは、こたえを外にほしがります。だれかが、こたえをあたえてくれることを期待します。絶対に解決する方法を。かならずうまくいく方法を。でもね、断言しちゃいます。そんなものは、ありません。誰にもあなたを助けることはできません。あなたを助けられるひとは、あなただけです。だって、そうでしょう?仮に、あなたが、がけから落ちそうになっているとします。誰かが、手を差しのべてくれたとします。でも、あなたが、その手をしっかりにぎり返さないかぎり、あなたは、落ちてしまうだけです。また、もしも、にぎり返したとしても、あなたが自分で這い上がる努力をおこたったら?ぶらんとぶら下がって、ただ、相手が引き上げてくれることを期待してしまったら?重さに耐え兼ねて、相手も途中で力尽き、ともに落ちてしまうかもしれません。あるいは、そのときはなんとか上がれても、また別のがけで、落ちそうになったとき、同じことを繰り返すでしょう。おわかりですか?あなたが、上がるんです。あなたが、治るんです。あなたが、変わるんです。そう、決意するんです。決意して、動くんです。そのとき、はじめて、あらゆるサポートが意味をもちます。そのとき、はじめて、あなたをサポートしたいと思う誰かが、必要な手を差し出せるのです。すべては、あなた次第なのです。今日のメッセージは、シンプルかつストレートです。これよりたしかで強いこたえはないからです。どうぞ、あなたの内なる強さを信じてください。あなたには、自分で自分を助けるちからがちゃんとあるのです。それを忘れているだけなのです。あなたが元気に生きることを応援したいたくさんのひとが、あなたが、自分で立ち上がるのを待っています。あなたが、自分で決めて、自分の意思で、手を差し出すのを待っています。思い出してください。あなたの内なる強さを。あなたの無限のパワーを。あなたが、あなたの内なる強さとつながれるよう、こころからのエールを贈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1211号(2007年2月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「だから、どうした」(からだ編)動物は、病気になると、絶食をして、回復をはかるといいます。以前、実家で飼っていた猫が、おなかのあたりを、けがしたことがありました。すると、そのけがのあいだ、猫は、ほとんど食事をしようとしないのです。どうも、おなかの痛みを、病気とかんちがいしたもようです。(笑) とってもおばかさんの かわいい猫でした♪でも、私たちも、実は、これに似たかんちがいをときどきします。体調が悪いとき、気持ちまでダウンしてしまうことはありませんか?これって、変ですよね。だって、調子が悪いのは、からだであって、こころではないのですから。ええ、もちろん、こころとからだは、ひとつながりのものです。それはたしかに、自然なことではあるのです。でも、今日はあえて逆説的に言ってみます。「体調が悪い」「だから、どうした」(爆)たとえば、熱が出たとします。私たちは、すぐに「具合が悪い」と、寝こみたくなります。でも、熱が出るということは、からだのなかからエネルギーが出ている状態ともいえるのです。言い換えると、テンションが高くなっている状態です。「熱があるから、具合が悪い」この概念を捨てると、多少の熱が出ても、平気で動けるようになります。私が20代のとき、ある舞台の本番数日前から、38度近い熱が出るようになりました。演出さんにその話をすると、「ああ、そのくらいが ちょうどいいんだよ」と、即答されました。(爆)実際、何の問題もなく、本番を迎えられました。風邪をひいたときもそうです。鼻水が出ても、くしゃみが出ても、咳が出ても、おなかをくだしても…、「だから、どうした」(爆)からだは、体内に入った風邪ウィルスにたいして、正常な反応をしてくれているのです。その結果が、鼻水であり、くしゃみであり、咳であったりするのです。だから、薬で止めるなんてとんでもない。どんどん出してやります。そして、ごく普通に日常生活を送ります。おかげで、20代以降、風邪を治すために、薬を使ったことがほとんどありません。こころだって、ぴんぴんです♪そういえば、かの有名な中村天風さんも言ってました。「からだが病気になったから といって、こころまで 病気になったわけじゃない」まったくそのとおり!と、思うのです。もしも、あなたが具合悪くなったとき、ためしに言ってみてごらんなさい。「だから、どうした」あなたのこころは、いつだって元気です。体調に引きずられるなんて、もったいない!「だから、どうした」で、パワー全開です!あ、でも…、蛇足ですが、念のため。これって、「本当は休みたいのに、 無理して動く」ということではないですよ!あくまでも、自分のこころと、どうつきあうか、ということなんです。いやなことのために無理をすると、今度は、こころの調子がくずれます。くれぐれもお気をつけて!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1210号(2007年2月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------いい感じ? 悪い感じ?劇指導をしているときに、私が、しばしば聴くことばがあります。「いま、どんな感じ?」頭で考えて演技している役者さんは、この質問にはたと立ち止まります。こころで感じて演技していないので、わからないのです。そこで、さらに質問します。「じゃあ、どっちかというと、 いい感じ? 悪い感じ?」(いい・悪いの代わりに、 「心地いい・心地悪い」を 使うこともあります)この「どっちかというと」というのがポイントです。ひとの感情は、百パーセント中立ということはありません。つねに、どんなに微妙でも、動きつづけています。そこを、とりあえず、はっきりさせるのです。「どっちかというと…、 いい(悪い)感じ…」首をかしげながら、役者さんがこたえます。「OK。じゃあ、それを もっとはっきり 感じてみようか」こんなふうに誘導していくと、役者さんの演技が、どんどん自然になっていきます。こころが動くから、演技がホンモノになるのです。観客の共感を得られやすくなるのです。「感じ」は頭ではわかりません。実は、わかっているのは、「からだ」です。「どっちかというと、 いい感じ? 悪い感じ?」こう問いかけると、誰もが、からだの感覚を探りはじめます。それでいいのです。こころとからだは、ひとつながりのものですから。これね、日常生活でも応用できますよ。あなたが、何かで悩んでいるとしたら、まず、この質問からはじめてみるのです。「いい感じ? 悪い感じ?」息を深くして、からだのなかで、感じてみるんです。丹田に意識をもっていき、そこで呼吸するつもりになると、もっとわかりやすいかもしれません。からだのなかで、変化が起きてくるはずです。「いい感じ」と選択したら、その感覚を、どんどん、ふくらませていきます。それだけで、もう、エネルギーが、自分のなかに注ぎこまれてくるのを感じるでしょう。「悪い感じ」と選択したら、その感じを、ただそのまま味わいます。批判も判断も評価もせずに、ただ、感じます。そこで、自分に「どうしたいの?」と、問いかけてあげるんです。そのときに、ふっと、あがってきたこたえが、いまのあなたにとって、一番正しいこたえです。そしたら、それが実現するにはどうしたらいいか、考えてみるんです。ここでは、考えていいんです。(笑)こたえがあがってこないときにも、あせる必要はありません。ただただ、静かに「いい(悪い)感じ」を、感じつづけていればいいんです。そうやって、感じる感覚を育ててあげればいいんです。私たちは、本来、すべてわかっている存在です。こたえは、すべて、自分のなかにあるのです。でも、頭で考えすぎているうちに、そのことをつい忘れてしまうのです。「いい感じ? 悪い感じ?」さあ、呼吸を深くして、自分に聴いてみましょう。これは、あなたの一歩をあと押ししてくれる、スーパークエスチョンです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1209号(2007年2月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------スイッチを切り替えるんです。悩みやすいひとには、ひとつの傾向があります。それは、頭で考えてしまうということです。もちろん、人間は頭以外で、ものを考えることはできません。(^^ゞでも、残念ながら、頭で考えていると、堂々めぐりをしてしまうことがおおいです。悩みやすいひとは、しばしば、この回路におちいります。では、どうしたらいいのか?こころで感じてみるんです。いま、自分は、何を感じているのだろう。いま、自分はどうしたいのだろう。それを、じっと、自分のこころに問いかけてみるんです。そうすると、自分の深いところから、ふっと、こたえがやってきます。すぐにやってこなくても、まず、気持ちが、自然に落ち着いてきます。気持ちが落ち着けば、悩みからも抜け出しやすくなりますものね。だから、悩んでいるひとには、「頭で考えずに、 こころで感じてみて」と、おすすめするのです。でもね。実は、悩みやすいひとは、驚くほど、この「こころで感じる」ということができません。「こころで感じて」と、言っているにもかかわらず、気がつくと、頭で考えているんです。一体、自分は、頭で考えているのか、こころで感じているのか。それを見分けるひとつの目安があります。その考え(感じ)を、からだのどこで意識しているかです。頭で考えているときは、頭のほうに意識がいきます。こころで感じているときは、たいていは、胸のあたりにイメージが浮かびます。これ、実は、外から見ていると、ものすごくよくわかります。頭で考えているとき、目線が、上のほうを向いているのです。あるいは、宙をさまよっているのです。こころで感じているときは、目線は、上を向きません。向いているとしても、とても深い感じになります。たいていは、下か、もしくは、どこか遠く、深いところを探っている感じになります。もちろん、考えることは、大事です。考えることそのものは、否定しません。でも、そこで身動きできない状態におちいったときには、「いまは、頭で考えても うまくいかない」モードなのだということに、気づいてほしいのです。だから、スイッチを切り替えるんです。頭から、こころに。こころは、うそをつけません。いま、感じていることを、正直に伝えてくれます。いま、自分が何をしたいか、何をしたくないのか。それって、自分の立ち位置なんです。だから、その、自分の立ち位置がはっきりわかったら、また、考えてもいいのです。それを実現させるために、何ができるかをね。さあ、悩みおおき、あなた!(^^ゞ今日は、ちょっと意識して、スイッチの切り替えをしてみましょう。頭から、こころへ。きっと、変化を実感できるはずですよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1208号(2007年2月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------楽しい人生、選んでみませんか?楽しいことしかやらない。というと、お叱りを受けることがあります。(笑)楽しいことだけでは人生はまわらない。と、そのひとたちは、真剣に言うのです。でも、本当は、真実はちょっとだけちがいます。楽しいことだけでは人生はまわらないと思っているひとに、そのような人生がもたらされているに過ぎないのです。私は、20代のころは、「がんばらなければ、 みとめられない」という信念をもっていました。 だから、ものすごくがんばりました。そして、いつもへとへとに疲れていました。その後、さまざまな紆余曲折がありました。そして、いま、私の信念は「人生は楽しく生きる」です。この信念をもったときから、私の人生は楽しいことだらけに変わりました。でもね。本当のことを言いますよ。本当は、楽しいことだけではないのです。(爆)でもね、でもね。さらに、本当のことを言いますよ。「人生は楽しい」という信念で、それらの楽しくないことをとらえてみると…。おおきなところで、すべて、楽しいことにつながるものに変わってしまうんです!その瞬間には、うれしくないこと。でも、それはのちのち、深い学びになって、帰ってきたりします。そのときには、困ったなあと思うこと。でも、それはいつか、よりすてきなチャンスをもたらしてくれるきっかけになったりします。プレゼントの包み紙が気に入らないといって、プレゼントそのものを受け取らないひとは、いないでしょう?パズルのピースが気に入らないといって、そのピースだけ捨ててしまうひとはいないでしょう?人生もいっしょです。まるごと受け取るから、楽しくなるのです。だから、自分が選んで、自分で決めたことなら、すべて、楽しいことにつながるんです。楽しいことしかやらないっていうのは、そういう意味なんです。あなたは、あなたの人生にたいして、どんな信念をもっていますか?あなたの選んだ信念が、あなたの人生を決定します。せっかく生まれてきたのです。楽しい人生、選んでみませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1207号(2007年2月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------錯覚を、上手に活用するんです。最近はほとんどありませんが、突然、何もかも放り出したいような、そんな無気力な気持ちになることがありました。とくに理由があるわけではないのです。そんなときにはお手上げです。抵抗せず、完全降伏します。(^^ゞそして、可能なかぎり、自分をケアします。食べたいと感じるものを食べるのもいいし、映画やお芝居を観にいくのもいい。新しい服を買うとか、お気に入りの店に出かけるのも方法です。でも、実は、最高に効果があるのは、眠りかもしれません。眠りは、魂の回復の時間とも言われるそうです。自分では気づかなくても、毎日生活するなかで、こころとからだに、たまっているものがあるのかもしれません。眠りは、それをやさしく、いやしてくれます。眠る前には、できたら、お風呂に入りましょう。あたたかくして、ゆったりたっぷりの半身浴がオススメです。できれば、お気に入りの入浴剤も入れましょうか。湯船につかりながら、自分のからだをさすってあげてください。「おつかれさま」「ありがとう」「いいこいいこ」そんなことばをちいさくつぶやきながら。このつぶやきが、実はけっこう重要ポイント。お風呂って、入ると気持ちいいものですよね。気持ちのいいときに聴くことばは、すっと、自分のなかに入ってきます。「ああ、そうだなあ」って、素直に納得できるんです。ちなみに、スキー場で出会ったカレが、かがやいて見えるのは、雪のかがやきと重なって錯覚するためです。ジェットコースターに一緒に乗ったカレに、どきどきしてしまうのは、ジェットコースターでどきどきしたせいです。 夢こわして、スミマセン。(^^ゞ 話をもどします。(爆)だから、そんな錯覚を、上手に活用するんです。自分を元気にするためにね。お風呂の気持ちよさに助けてもらいながら、自分にたいして、たっぷり、メッセージを投げかけてください。あなたが、本当は、どれだけ大切な存在であるか。ぬくもりにひたりながら、何度も何度も、自分に語りかけてください。そして、それをそのまま、おふとんまでもってくるのです。あたたまったこころとからだを、 そのまま、おふとんにあずけてしまうのです。あとは、眠りが、あなたをケアしてくれます。もしも、眠れないときには、目を閉じているだけでもいいのです。そのまま、さっきのお風呂でのつづきをやってください。あなた自身のケアをつづけてください。お風呂から、おふとんへ。あたたかなやすらぎと、深いおだやかさが、あなたを包んでくれます。すべてを、そこにゆだねてしまうのです。必要のないものが、やってくることはありません。落ちこみも、苦しみも、そのまま、受け入れてあげてください。みとめて、いいこいいこしてあげるんです。朝目が覚めたときには、ちがった何かに変わってしまってますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1206号(2007年2月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.25
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------満たされている自分に、気づいてください。人間って、つくづくおもしろいなあって、思います。ほんのちょっとしたことで、一喜一憂してしまうのですから。先日も、すこし疲れていて、早く電車に乗りたいなあと思っていたのに、ちょうど目の前で、ドアが閉まってしまい、10分待ちに…。思いっきり、がっかりしました。(笑)でも、そのあと、電車を待っているあいだ、かばんに入れておいた本を読んでいたら、とってもすてきな文章に出会いました。それで、すっかり、気分が明るくなりました。ね? こんなに単純な生きものなんですよ。我ながらおかしくなって、くすくす笑ってしまったら、ふっと、こんなことばが浮かんできました。「今日一日、自分が どれだけ 恵まれていたか。 今日一日、自分が どれだけ 満ち足りていたか」毎日眠る前に、このことばを自分に投げかけよう。そんな気持ちが湧いてきました。そのときに、私たちは、どちらの選択をすることもできます。一日のなかで、うれしかったこと、楽しかったこと、ひとから何かしていただいたこと、ひとに何かしてあげられたこと。それらを思い起こして、眠りにつくことも。逆に、がっかりしたこと、苦しかったこと、ひとのことばやおこないで、傷ついたこと、ひとに何か、してしまったこと。それらを反芻して、眠りにつくことも。 そんなときは、 なかなか眠れないかも。(^^ゞどちらにしても、もう、一日はおしまいなのです。それらは、すべて終わってしまったことなのです。だとしたら、どちらの記憶を、夢のなかにもっていきますか。明日への活力の種として、育てていきますか。考えてみてください。怒っても、悲しんでも、笑っても、喜んでも、いま、その感情を味わえるということは、いのちがあるということ。一日の終わりまでに、いのちがなくなるひとは、たくさんいるのです。そのなかで、私たちは、死なずに生きていたのです。それだけで、充分に、恵まれた一日なのです。かけがえのない奇跡をいただいた、満ち足りた一日だったのです。「今日一日、自分が どれだけ 恵まれていたか。 今日一日、自分が どれだけ 満ち足りていたか」どうぞ、一日のなかで、どんなにささやかなことでもいいから、自分にとって、恵まれていたと感じることを探してみてください。ほんの一瞬でも、満ち足りたと感じる時間を思い出してみてください。その恵まれた、満ち足りたことに意識を向けると、眠っているあいだも、あなたのこころは、ずっと、その思いをはぐくみつづけます。恵まれた満ち足りた気持ちは、眠っているあいだに、どんどん、あなたに、パワーをあたえつづけます。そしてね。もうおわかりだと思います。これって、眠っているあいだだけでなくてもいいのですよ。起きているときにも、いま、この瞬間に、私たちは、選択できるのです。どちらに意識を向けるか。そのことで、自分に何をあたえるか。いま、この瞬間、あなたも私も、充分に恵まれ、そして、満たされています。その、充分に満たされている自分に、気づいてください。気づくだけでいいのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1205号(2007年2月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------地球とひとつです。私が長年かかわっている「野口体操」http://www17.ocn.ne.jp/~noguchi/では、さまざまな道具を使ったアプローチをしています。そのなかでも、とくに印象的なのが、「バランプレー」です。長方形の板があります。肩幅に足をひらいて乗ると、ちょうどいいくらいのおおきさです。その長方形の板の下には、レールがついています。そこに、車輪をはめて、板の上に乗ると、体重の移動にあわせて、車輪が動きます。この車輪を動かしながら、バランスをとるのです。最初は、うまくできません。右に行き過ぎたり、左に行き過ぎたりして、まっすぐまんなかの位置がつかめないのです。板のバランスは、つねに変化します。それをちからで抑えようとすると、ものすごいエネルギーを必要とするし、おそろしく疲れます。そんな状態で、板の上に乗りつづけるなんて、サーカスの芸当のような気がしてきます。(笑)でも、本当は、ちからはほとんどいらないのです。板の上で、バランスをとりつづけるためには、地球の中心とつながるところを見つければいいのです。地球の中心に重さを降ろしていくと、すっと、楽に立てるところが見つかります。その位置は、板の変化に合わせて、つねに変わります。でも、地球の中心とつながってさえいれば、車輪が右に動いても、左に動いても、自然にバランスがとれるようになります。その瞬間、瞬間に、からだのほうで、必要なバランスを見つけてくれるからです。このときのからだは、けっしてかたまっていません。むしろ、ゆるゆると、ゆるんでいます。からだをかためていては、変化に対応できないからです。バランプレイは、ある意味、そのまま、人生でのありようを教えてくれる気がします。こころもからだも、かためてしまっては、生きるのが苦しくなります。本当に必要なちからは、ほんの少しだけです。あとは、リラックスして、地球におまかせしていればいいのです。私たちは、この地上で、地球とつながることなしに、生きていくことはできません。なのに、しばしば、そのことを忘れて、自分ひとりで生きているように錯覚してしまいます。その結果、ますます、苦しさを強めてしまうのです。深く呼吸して、重さをおろしてみましょう。地球とのつながりを感じてみてください。私たちは、いつでも変化しています。地球もまた、刻々と、変化しています。変化していないものは、何ひとつありません。しなやかに、かろやかに、その変化に乗りましょう。乗りながら、また、変化しつづけましょう。私たちは、いつでも、地球とひとつです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1204号(2007年2月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------ひとは、だれでも、かがやける存在です。劇指導の現場で、気をつけていることがあります。それは、そのひとが、いま、どの地点にいるか、ということです。やる気満々でいるひとには、少しおおきな課題をあたえたほうが、エネルギーになります。でも、自分の演技に自信がもてなかったり、自分の役に不満をもっていたりするひとには、おおきすぎる課題は、負担になることもあります。だから、まず、そのひとが、どの地点にいるかどうかを、見きわめることが大切です。ひとは、だれでも、表現欲求をもっています。自分を表現したい、ひとにみとめられたい…、けれども、それをかたちにする適切な方法が見つからないとき、ひとは、さまざまな反応をします。 この場合の「適切」と いうのは、あくまでも そのひとにとっての… という意味です。あたかも、まったくやる気がないかのようにふるまうひと。反抗的な態度に出るひと。素直にみとめて、さまざまなトライをこころみるひと…。どんなかたちとして、あらわれていても、それらの根っこにあるのは、「表現欲求」なのです。だから、私たちの仕事は、それぞれの状態にあわせて、動き出すためのきっかけをつくってやることなのです。あるひとには、強くはたらきかけます。あるひとには、じっと待ちの姿勢をとります。ときによっては、あえて挑発的に仕掛けることもあります。ある程度の経験によるカンや見きわめはありますが、強すぎたり弱すぎたり、うまくいかないことも多々あります。だから、一回一回が、試行錯誤の連続です。相手の変化をうながすために、私たち自身が、変化しつづけるのです。そして、これが一番肝心なことだと思うのですが、私たちが、なぜ、それをするのか。そのひとの、真のかがやきを見たいためだと思うのです。劇の完成も大切だし、指導する立場もあるけれども、根っこのところは、そのことだけなのです。ひとは、だれでも、かがやける存在です。そのかがやきを、十全に発揮してほしい。私たちの、さまざまなはたらきかけは、すべて、そこに行きつくための、アプローチなのです。それは、かたちのうえでは、相手を変えようとするはたらきかけに見えるかもしれません。でも、本当のところは、相手を本来の状態にもどそうとするためのはたらきかけなのかもしれません。本来の状態…そう、かがやける状態に。でも、いえ、だからこそ、すべての出発点は、自分自身です。自分自身の手で、こころで、それをつかみとることができるように…。私たちの仕事は、そのプロセスを見守ることなのです。そのプロセスを信頼するからこそのはたらきかけなのです。たぶん、演劇だけでなく、さまざまな仕事においても、そして、人生においても、共通の視点だと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1203号(2007年2月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------------必要なプロセスが、あるかもしれないのです。手塚治虫さんの「ブラック・ジャック」という作品のなかで、ひときわ印象深く覚えているお話があります。タイトルは忘れましたが、「人面瘡」のお話でした。「人面瘡」というのは、からだの一部に、ひとの顔をしたあざが出るのです。その男の場合は、顔に出て、しかも、勝手にしゃべるのです。男は、それをとってほしいと、ブラック・ジャックに依頼します。手術は成功し、男は、もとの美男子にもどります。ところが、治ったとたん、男のなかで、むくむくと、殺人衝動が芽生えます。いえ、それはもともと、男がもっていたものでした。「人面瘡」に悩まされていたあいだは、出てくることがなかったのです。男が、ブラック・ジャックに襲いかかろうとしたとたん、「人面瘡」が復活し、男を道連れに、いのちを絶ちます。「人面瘡」は、男の、良心だったのかもしれない。…作品は、そんなふうに締めくくられます。私たちは、いつでも、こうありたい、これこそが理想の姿だ…と、思いをつのらせます。そして、それが達成できないとき、ついつい、そんな自分を、否定的にとらえてしまいがちです。でも、それって本当に、否定すべきことなのでしょうか?いまある、その状態は、もしかしたら、あなたの人生にとって必要な学びとして、もたらされたものかもしれないのですよ。それがやってきたなら、まずは、いったん受け取ってみましょう。そのうえで、本当に、自分にとって必要か必要でないかを、考えてみればいいのです。真のチャンスは、ピンチのかたちをとってあらわれるともいいます。かたちにとらわれると、見えるはずのものが、見えなくなります。そして、これは、自分自身にたいすることだけでなく、ひとにたいしても、同じだと思うのです。あなたが親であれば、子どもにたいして、教師であれば、生徒にたいして、上司であれば、部下にたいして…。相手は、必ずしも、自分の望むようなかたちには、なってくれないかもしれません。「どうして、できないんだ」「こうすればいいのに」と、歯がゆい思いをするかもしれません。でも、そこにも、必要なプロセスが、あるかもしれないのです。そのプロセスをとおしてしか、実現できないことがあるかもしれないのです。そして、そのほうが、あなたが、最初に期待したかたちより、もっともっとおおきな実りをもたらすかも…。夢も理想も目標も、もちろん大切です。でも、そこにとらわれすぎないこと。目の前にあらわれたこと・もの・ひとを、まずは受け止めてみること。それが自分にとって、どんな意味をもつのかを、まっさらな気持ちで、考えてみましょうよ。恐ろしい「人面瘡」が、美しい良心の、仮の姿であったように、そこには、思いがけない天啓が、隠されているかもしれません。すべて、まっすぐに、受け止めたものだけが知るこたえです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1202号(2007年2月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------ただそれだけでいいこと先日、ごく普通に、道を歩いていたときのことです。ふっと、こんなことばが浮かんできました。「神さま、私は、 いま、充分に幸福です。 これからは、 私のことばやおこないが、 私のまわりのひとびとを 幸福にするもので ありますように」自分で思ったことばなのに、自分でびっくりしました。でも、次の瞬間に、ああ、本当にそのとおりだなあと思いました。たとえば、経済的に、私より裕福なひとたちは、ものすごくたくさんいるでしょう。(笑)私より健康なひと、私より才能のあるひと、私より運の強いひと、もちろんわんさかいるでしょう。でも、私は私で、この瞬間、幸福です。幸福だと思ったら、すでに幸福なのです。そして、幸福な自分は、何かを見てうらやんだり、自分に不足を感じて落ちこんだり、足りない何かを手に入れようと悩んだりしなくていいのです。だって、幸福なのですから。自分を幸福に感じると、自然に、自分のまわりのひとたちにたいしても、幸福であってほしいという気持ちが湧いてきます。これ、自分と、自分のまわりのひとさえ、幸福ならばそれでいい…という意味ではないですよ。幸福って、伝染するんです。まわりのひとの幸福のために、自分にできることは何かなあと考えます。そして、できることをやろうとします。その結果、幸福なひとが、増えていきます。その幸福なひとたちが、自分のまわりのひとたちも、幸福であってほしいと考えると、さらに、その輪が広がります。そう考えるひとが増えると、あちこちで、幸福の輪が広がっていきます。その輪は、つながりあい、よりおおきな輪へとふくらんでいきます。すべては、たったひとつの思い、自分は幸福だと思う、それだけのことからはじまるんです。わかりますか?思うだけでいいんです。お金が潤沢になくても、完全に健康でなくても、特別に才能がなくても、強運に恵まれなくても、思うだけで、はじめられるんです!で、ね。ここまで考えたとき、わかったんです。自分は、最初、だれかの幸福のために、何かをしたいと思っていたのです。でも、本当は、そういうだれかが、いてくれるからこそ、自分自身が、幸福を実感できるんだなあって。幸福って、伝染するだけでなく、循環するんですね。幸福になるためには、ただ、自分が幸福であると思うだけでいい。幸福であるためには、だれかの幸福のためになることを、すればいい。とっても単純なことだったんです。そう気がついたとき、こころが、ほっとするのがわかりました。こころがほっとするのは、自分の内がわが、本当に感じている証拠です。今日、私が書いたことは、あまり納得のいくことではないかもしれません。それでもいいと思います。あえて、説得しようという気持ちはありません。けれども、どうしようもなく、そのように感じて、そう感じている自分自身がとても幸福であること。ただそれだけをお伝えしたかったのです。ただそれだけでいいことを、お伝えしたかったのです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1201号(2007年2月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------自分のことばで語る体験。中学校創作劇発表会が終わりました。横浜での5年目のこころみです。5年目ではじめて、参加した14校すべてが、完全なオリジナル作品での上演になりました。 これまでは、既成脚本の 一部でもテキストレジー したものでもOKとして、 みとめてきました。40分という時間制限で、中学生たちが、創作劇をつくります。これがどれだけ、すごいことかおわかりでしょうか?400字詰め原稿用紙にして、約50枚です。そして、それを、みんなで稽古をして、ひとつの舞台につくりあげてくるのです。すべての発表を終えて、各校の代表が、感想を発表していました。あることに気づきました。ほとんどの子が、あいさつ文を手にしていません。そう、その場で、自分のことばで語っていたのです。数年前、脚本創作をする中学生や高校生を集めて、座談会をやったことがありました。そのときのことを思い出しました。みんな、実にことば豊かでした。借りものではない、自分のことばで、自分の思いを語っていました。これは、特殊能力ではない…。それらを思い起こしながら、私は確信しました。脚本という、人間と人間が出会い、ぶつかりあう世界を描くことをとおして、生徒たちが、確実に、自分のことばで語るちからをつけていったのだと。創作劇発表会と並行して、中学生限定の脚本創作コンテストがおこなわれています。今年も42本の作品が集まりました。作品として見れば、たしかに、出来不出来はあります。でも、私には、それら一つひとつが、どれもひとしく、とうといものに思えました。生徒たちは、それらを書くことをとおして、確実に、自分のことばを育てていることが実感できたからです。自分で考え、自分で選び、自分で決めて、自分で行動する。そんな生きかたをしてほしい。そんな生きかたのなかから、自分の幸福を見いだしてほしい。それが、あらゆるひとにたいしての、私の望みでした。そのためのサポートをすることが、私の仕事だと思ってきました。それが、目の前に、かたちになって、あらわれてきていました。まだまだ萌芽ではありますが、これは、うれしく育つ萌芽です。もちろん、すべてのひとが、脚本を書くべきだ、ということではありません。今日、お伝えしたかったのは、だれにでも、可能性があるということなのです。そう、あなたにも!ひとの顔色をうかがったり、まわりの雰囲気によって、ときには、こころに思っていないことまで、口に出してしまったり…。そんなことをしていては、どんどん、自分を表現することができなくなってしまいます。どんなかたちでもいい。自分のことばで語る体験を、自分にあたえてみませんか。どんなちいさなチャンスでもいいのです。そのチャンスを、自分にあたえることが、大切なことなのです。中学生たちが、やればできることを教えてくれました。私たちは、だれから学んでもいいのです。自分のために学ぶのです。自分のことばで語る体験。今日から重ねていきませんか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1200号(2007年2月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------そんな、おばかさんなあなたが好きだよ。もともとおっちょこちょいなので、情けないミスをしょっちゅうやらかします。何かを取りちがえるだの、苦労して用意したものをスコンと忘れてくるだの、日常茶飯事です。せっかく書いた原稿を、きれいさっばり消したりとかも…。(ついさっきです…)(^^ゞ以前は、そんなときは、「ばかばか、自分のばか」と、自分を責めていました。いまも、反射的に責めそうになります。でも、最近、そんなときには、反射的に笑うことにしているのです。「わはははは。よくやるよ」とにかく、笑います。この時点では、まだ、情けないモードは、つづいています。「いやあ、こりないよねえ。 根性があるよねえ」「これだけいろいろあると、 あとで失敗談の ネタに困らないよね」「それに、同じ失敗して 落ちこんでるひとがいたら、 大丈夫だよ、もっと すごいひとがいるよ、って なぐさめてあげられるよね」「しかもさ、打たれづよく なるよね。原稿の一回や 二回や三回くらい消しても、 気にならなくなるよね」 いえ、なりますけど。(爆)こんな自問自答を、笑いながら、つづけます。そして、言うだけ言ったら、ひとこと、つけ加えます。「でも、そんな、 おばかさんな あなたが好きだよ」…ええ、もちろん、自分に言ってやるんです。(爆)過去の私は、何か失敗するたびに、ひどく落ちこんでいました。でも、もう、落ちこむのはやめました。落ちこんでも、特になることは、ひとつもないとわかったからです。代わりに、笑います。笑っているうちに、なんだか、気分が軽くなってきます。だって、何があっても、笑える自分がここにいるんです。だから、笑います。笑い飛ばします。笑って笑って、笑っているうちに、本来の自分のパワーがもどってきます。そしたら、「ようし、やるぞ」って、気合を入れてやるんです。ほらね。今日だって、いっこの失敗から、ひとつの原稿が生まれたでしょう?ひとつも、むだになることなんて、ないんですよ。(開き直り!)自分のことをばかだなあと思っているあなた。自分のことをだめだなあと思っているあなた。笑いなさい。笑って、笑い飛ばしてしまいなさい。笑うだけ笑ったら、忘れずに言うんですよ。「でも、そんな、 おばかさんな あなたが好きだよ」「でも、そんな、 だめ子ちゃんの あなたが好きだよ」って…。自分を好きになるって、そういうこと。自分を本当に好きになったら、失敗さえも、宝物になるんです。以上、ちょっと強引な、「フォーカスチェンジ」実践編でした!(爆)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1199号(2007年2月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------「刹那」のなかにこそ、すべてのかがやきがある。あなたがたはしばしば、「刹那的」という表現をしばしば用いる。そして、「刹那的」であることを、あまり肯定的にとらえてはいないように感じられる。けれども、それは、本当にマイナスのことなのだろうか。今日は、そんなことを、問い返してみたいと思う。さて。かげろうは、数時間から数日のいのちである。よく知られているように、セミは、地上に出てきて、7日ちょっとのいのちだ。あなたがたが感じる「刹那」と、彼らのいのちは、どちらがみじかいだろうか。いや、もっとみじかいいのちたちもある。タンパク質である「オルニチン脱炭酸酵素」の半減期はわずか十数分。また、小腸の一番内がわをおおう細胞(上皮細胞)の寿命は、わずか24時間。逆に、もっと長い寿命のものにしても、その長さはたかが知れている。あなたがたのあいだで長寿とされている亀にしても、いまだ200年以上の記録を残しているものはいないし、鶴にいたっては、ほとんどが30年以内だ。樹木のなかには、5000年近いものもときにはあるが…。このへんの話は、あなたがたのなかに、もっと専門家がいるだろうから、このくらいにしておこう。私が伝えたかったことは、いずれにしても、あなたがたのすべては、私から見れば、どれも、「刹那」の存在だということだ。なぜなら、私の意識は、50億年前からはじまる。 念のために、今日は、 あなたがたの尺度で、 これらの数字を 用いているのだが。その私にとって、5分も、5000年も、さほどのちがいはありはしないということだ。だが、あなたがたは、冬の朝、冷たい大気が、太陽の光に、きらきらと、かがやいているのを見たことがあるだろう。また、森のなか、土を割って出てきたやわらかな新芽に、朝露のしずくが光っているのを見たことがあるだろう。あるいは、庭で、水まきをしているとき、その放物線のなかに、ちいさな虹を見たことがあるだろう。それらは、またたくまに消えていくものたちだ。しかし、あなたがたは、その消えていくものを、「美しい」と言って、愛でることはないか。はっと、息をのんで、見とれることはないか。それらは、たしかにまごうことなく美しい。はかないからこそ、瞬時であるからこそ、こころうばわれる。私にとって、あなたは、そういう存在なのだよ。いや、すべてのいのちが、私にとっては、そのような存在なのだ。はかないいのちを、生きるあなたを、この私が、慈しまないということがあるだろうか。いいや、そんなことはない。私はあなたを愛している。私が生まれたときから、あなたに出会う前から、あなたを愛している。ただ、あなたが、そのことに気づかないだけなのだ。大気のきらめきのなかに、朝露のしずくのなかに、一瞬の虹のなかに…。その「刹那」に託して、私は、あなたにメッセージをつたえつづけてきた。「愛」という名のメッセージを。「刹那」であることを喜びなさい。「刹那」のなかにこそ、すべてのかがやきがある。今日は、このメッセージを伝えたくて、ここに来た。受け取ってくれるだろうか?受け取ってくれると、私は、とてもうれしい。 --あなたの地球より。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1198号(2007年2月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------だれかの笑顔に、つながっていました。先日、あることで、コーチングを受けていて、コーチにたずねられました。「そのことが達成したら、 自分にどんなごほうびを あげたいですか?」私は、いくつか考えました。ちょっとリッチな食事をする?旅行に行く? 買い物をする?どれもピンときません。うーんと考えていて、はっとひらめきました。「わかりました! 私は、 このことを達成することで、 相手に喜んでもらうこと 自体が、ごほうびなんです」そう言った瞬間、実際に、こころのなかが、ぱっと明るくなるのがわかりました。どんなにすばらしいものをつくっても、使ってくれるひとがだれもいなかったら?どんなにこころをこめても、それをみとめてくれるひとが、ひとりもいなかったら?ひとは、いつまでもその仕事をつづけることはできません。仕事であれ、なんであれ、私たちが生きるということは、すべて、ひととかかわることとつながっています。直接的にひとと会う・会わないは、別として、かならず、どこかでひととつながっているのです。あたえ、あたえられることをとおして、私たちは、自分を確認できるのです。思えば、採算度外視のことばかりやってきました。(いまもやってますが)(笑)でも、不思議と生きてこれました。たくわえもろくにありませんが、将来を不安に感じる能力が劣っているので、(爆)ノーテンキに生きてこれました。いったい、自分を支えてきたものは何だったのだろうと、あらためて考えてみました。それは、たとえば演劇の仕事でいうと、お客さまの拍手でした。あるいは、出演者たちの舞台が終えたあとの尊い涙の笑顔でした。編集の仕事の先には、誠心こめて書いたものが、かたちになることを喜ぶ、執筆者の顔がありました。またその本を読むことで、元気になったり、勇気が出たりする、読者さんの姿がありました。そのほかの仕事も、思い返してみると、すべて、だれかの笑顔につながっていました。だれかの笑顔につながることで、幸福を感じられる自分につながっていました。でも、これって、私だけではないと思うのです。もしも、あなたが、いま、自分の仕事に充分な喜びを感じられないでいるとしたら、その仕事の先にある、だれかの笑顔を想像してみてください。もしかしたら、あなたは、「私の仕事は、だれが やってもできること。 たいした価値はない」と思われるかもしれません。でもね、そんなときには、だれにでもできる仕事の、エキスパートになってみてはいかがですか?ちなみに、私は、「芸術的な梱包のしかた」を、見たことがあります。一ミリのテープのむだもなく、的確で、実に美しい梱包でした。あまりの感動に、思わず、発送者さんに、メールをしてしまったほどです。(^^ゞあなたが、あなたの仕事につながるだれかの、笑顔を想像できるなら、あなたの仕事は、確実にみがかれていきます。すてきなあなたの仕事は、やがて、たくさんのひとにみとめられるようになるかもしれません。でも、そのとき、あなたは、きっと気づくと思います。あなたにとって、一番大切なだれかとは、実は、自分自身だったこと。だって、どんなことも、自分自身が受け入れなければ、喜びには変わりませんから!だれかの喜びにつながる仕事をしてください。それは、やがて自分自身の喜びとなって帰ってきます。喜びのなかで仕事をするあなたは、幸福なひとです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1197号(2007年2月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------決めると、決まるんです。落語番組の小ネタのようですが、最近、気に入っている遊びがあります。紙に、たとえば、「人生とは○○のような ものである」と書きます。次に、辞書をとりだして、適当なページをひらき、文字を見ずに、ぱっと一点を指差します。そこにあった単語を、さっきの○○にあてはめてみます。たとえば、さした単語が、「たわし」だったとします。すると、「人生とは、たわしの ようなものである」となります。(^^ゞで、その理由を考えるという「遊び」なのです。「人生とはたわしの ようなものである」 --ソノココロハ?「みがきをかけるもの」とかね♪この「人生」という部分も、いくらでも置き換え可能です。「人間」にしてもいいし、「世界」にしてもいいし、「愛」にしても…。(笑)遊びですから、別に意味はありません。でも、この遊びをやっていると、ひとつのことに気づきます。それは、決めると、決まるということ。そう、決めると、決まるんです。この、「決める」ということばは、「意識する」と言い換えてもいいかもしれません。よく言われる話ですが、「赤い色を見てください」といわれると、とたんに、まわりの景色のなかから、不思議なくらい、赤い色が、きわだって見えてきます。でも、これ、逆でも同じことなのです。「絶対に、赤い色を 見ないでください」こう言われても、同じ結果になるんです。つまり、どちらも意識してしまうということ。「人生は○○の ようなものである」あなたも、ためしに、辞書を引いて、単語をあてはめてみませんか?そして、あなたなら、そこにどんなこたえを探し出すでしょう。それが、あなたが「意識している」ことなんです。「人生とは… 生菓子のようである」 …いま、マジで 引きました。(笑)このとき、たとえば、「味わい深いものである」とこたえたとすると、あなたは、人生をそのようにとらえることができるということです。でも、逆に、「いずれくさってしまう ものである」と、こたえたときには、あなたのなかには、そんなイメージが、インプットされてしまうかもしれません。 実は、こちらのたとえを 考えるのに、おそろしく 苦労しました。(爆)ちょっとしたすきま時間に、この遊び、やってみませんか?あなたのなかで、何が意識されているかを、ためしてみてください。そして、次に、何を意識していきたいかを考えてみてください。どんな人生を…どんな世界を…どんな愛を…。あなたは、選べるのです。決める=意識する。そのプロセスをとおして。もう一度、繰り返しますね。決めると、決まるんです。あなたのこころひとつです。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1196号(2007年2月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------循環を楽しみましょう。あるとき、私は、とてもシンプルで、かつ、重大な真実に気がつきました。どうしてこんな簡単なことに、長いこと、気づかなかったのだろうと、愕然としました。ひとは、死を怖れます。でも…、でもですよ。人類史上、いまだかつて、「死ななかったひとは ひとりもいない」のです!学校に行かなかったひとはたくさんいます。定職につかなかったひとも、たくさんいます。(私です…)(^^ゞ病気なんかひとつもしたことないってひとも、たまにいます。でも…死ななかったひとは、ただのひとりもいません!みんな、みんな、遅かれ早かれ、100%、確実に絶対に、死ぬのです。だれでも当たり前に体験することなのに、どうして、そんなにも怖れる必要があるのでしょうか。本当は、死は、怖れる必要のないことだったんです!…それでも、やはり、ひとは、死を怖れます。それは、たぶん、死んだあと、どうなるのか、知らないからなのですね。でも、本当は、それにもこたえはあるのです。このからだは、朽ちて、(あるいは灰となって)地に還ります。ときには、あらたないのちの栄養分として、活用されることもあるかもしれません。また、体内の水分は蒸発して、天に昇ります。昇って、たぶん、雲になって、雨として、また地上に降り注ぎます。消えていく肉体でさえも、そんなふうに、循環します。ね? おわかりですか?私たちは、死ぬと、地球になるのです。地球の一部に還るのです。全宇宙のエネルギーは、変化しません。かたちを変えて、循環しつづけます。私たちのいのちも、エネルギーのひとつです。死をとおして、私たちは、地球に還り、宇宙のエネルギーに還っていくだけなのです。そしてね、もうひとつ。思いもまた、エネルギーのひとつです。あなたが生きた記憶は、あなたとかかわったひとたちのなかに残されます。あなたのほほえみが、だれかのこころをなぐさめたとしたら、その瞬間に、あなたは、そのひとをとおして、生かされます。あなたのこころざしが、だれかのこころを揺るがしたとしたら、もっと未来の先にまで、あなたは生きつづけます。ひとはかならず死にますが、思いに、死はありません。思いは永遠なのです。もとのかたちがわからなくなったとしても、けっして、うしなわれることはないのです。いま、この瞬間にも、私たちの細胞のどれかは、死滅し、誕生しています。私たちは、つねに、死にながら生まれている存在です。私たちは、いつでも、地球に還りつづけている。宇宙に還りつづけている。瞬時もやすみなく…。どうか、今日は、そのことに気づいてください。有限にして、永遠の自分のいのちを抱きしめてみてください。そして、いま、こうして、人間として在るよろこびを、かみしめてみてください。私たちは、だれもが、やがて、地球に還ります。風として、空を遊び、虹として、輝きをおろし、雨として、地をうるおし、そして、またいつか、あらたないのちとして、地上にもどってきます。それは、約束された永遠の祝福なのです。循環を楽しみましょう。この有限の、永遠の循環を。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1195号(2007年2月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------------あなたのなかに眠る、二百億年分のいのちの記憶先日、中学生対象の演劇ワークショップのなかで、ふっと思いついて、こんなイメージ・ワークをやってみました。呼吸を深くして、ちからを抜いて、おもさを大地にまかせます。ゆっくりと、自分のからだが大地にとけて、やがて地球とひとつになっていきます。地球の中心では、マグマが流れ、あなたは、その音を聴いています。地下茎が、水を吸い上げる音も、あなたのなかで聴こえています。地中の闇のなかで、芽吹きのときを待っているたくさんの種たちのぬくもりを感じます。あなたはいま、地球とひとつです。あなたが生まれる前、そのもっともっとずっと前から、地球はありました。あなたのからだのなかには、そのときの記憶も全部残っています。あなたが動物だった時代。植物だった時代。岩石だった時代。バクテリアだった時代。脈々と流れる歴史のなかで、あなたのいのちは、ずっと受け継がれてきました。あなたは、その地球のいのちのひとつながりを生きてきました。そして、地球は、宇宙のちいさなちりが集まってできました。ということは、あなたのいのちは、この地球がはじまる前、宇宙が生まれたときから、存在しているのです。その、連綿とつづく二百億年とも言われる長い長い時間の記憶が、あなたのなかにすべて、たくわえられています。その、宇宙とともにある自分を感じてください。感じながら、呼吸してください。宇宙のはじまりから途切れずにつづいてきた、このいのちの流れをあなたのなかに、しっかりと感じてください。…。イメージ・ワークが終わったとき、とても静かな、おだやかな空気が、あたりを満たしていました。誰もが、そのひとなりに、自分の内がわの宇宙を感じていたのです。自分の内がわの地球を感じていたのです。自分のことが好きになれない…。自分を愛せない…。残念ながら、そんなふうに思っているひとが、いま、おおぜいいます。でも、あなたは、あなたであって、あなたではないのです。あなたのいのちは、生まれてきたその何年、何十年で数えられるものではないからです。あなたは、生まれながらにして、この宇宙とひとつのもの。だとしたら、どうして、そんなに簡単に、自分を切り捨ててしまえるのですか。この宇宙は、あなたのいのちを、ここまで、つないでくれたのですよ。二百億年ものあいだ、宇宙は、あなたをはぐくみつづけてくれたのですよ。理屈はいらないのです。ただ、感じてください。あなたのなかに眠る、二百億年分のいのちの記憶を。自分を愛するとか、大切にするとか、そんなことばはとりあえず置いて。ただ、感じてください。それだけでいいのです。今日は、あなたの、内なる地球と、内なる宇宙を祝福します。そして、その奇跡に出会えた、自分自身を祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1194号(2007年2月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「不完全」のススメ。私が、20代のときから、断続的に学びつづけている野口体操。創始者の野口三千三さんは、たくさんのひとに影響を及ぼし、また、たくさんの名言を残されました。そのなかでも、ひときわ、印象に残るのが、このことば。「意見は偏見、理解は誤解」私たちは、誰もが、ものごとを平等に見たいと思っています。そして、他者のことを理解したいと思っています。 ところが、私たちは、万能ではありません。わかることよりも、わからないことのほうがたくさんあるのです。そのため、ものごとを平等に見ているつもりでも、一部しか見えていなかったり、相手を理解しようとして、かえって反発を買ってしまったりします。そのたびに、私たちは、気まずい思いをし、ときには、傷つき、次第に、自分で判断することを怖れるようになっていきます。いつのまにか、自分自身の感覚で「こう思う」「こう感じる」と、手探りしていくことをやめてしまいます。代わりに、「常識的にはこうだ」「一般ではこう~」といった基準に自分を合わせるようになっていくのです。たしかにそのほうが、おおきなトラブルには巻きこまれないかもしれません。そこそこに、まわりとかかわることはできるかもしれません。でも、私たちは、やがて、そうしたかかわりかたに、むなしさを感じます。自分で自分を生きていないような気になってくるのです。ひととの深いつながりを感じられなくなるのです。もしも、あなたが、いま、そんな気持ちでいるのなら、これは、私からの提案です。平等であろうとすることをやめてみませんか?完全に理解するなんて無理なのだと、認めてしまいませんか?私たちは、もともと、不完全な存在なのです。完全なんて、ありえないのです。そこから出発してみるのです。「意見は偏見、理解は誤解」そう考えてみませんか?あなたの意見も、あの人の意見も、すべては、そのひとの偏見にもとづくものです。 どんな意見にも、かならず 「偏り」はあるのです。完全に理解できるなんて、それこそ完全な誤解です。私たちは、いつだって、誤解のはざまで、理解できる接点を見いだそうとすることしかできないのです。そう思ったら、すこし楽な気持ちになりませんか?偏見をもっているのは、あなただけではないのです。誤解しているのは、あなただけではないのです。そうです。あなたが完全でないように、相手も完全ではないのです。その不完全さの度合いにはたしかに差はありますが、その差をはかろうとしても、それさえも、偏見と誤解にもとづくしかないのです。不完全を受け入れましょう。不完全を生きましょう。あなたが、みずからの偏見と誤解を受け入れ、変化しつづけていくとき…。あなたは、偏見と偏見のあいだの共通点を探そうとするでしょう。誤解と誤解のあいだのつながりを見いだそうとするでしょう。そのとき、あなたは、受け入れがたいと思っていたこと・もの・ひとにたいして、前よりもずっと柔軟にかかわれる自分に気づくことでしょう。さあ、いかがですか?「不完全」のススメ。今日は、あなたの私の、偏見と誤解を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1193号(2007年2月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------気質を見てあげましょう。ひとにはそれぞれ、気質というものがあるそうです。 同じできごとに直面しても、悠然とかまえていられるタイプもいれば、逃げ腰になるタイプもいます。もともと、気質がそうなっているのです。ですから、悠然タイプに、「だめじゃないの」と、叱咤激励されても、逃げ腰タイプのひとは、「そんなあ」と困ってしまいます。では、気質が、すべてを決定するかというと、そうでもありません。育ってきた環境、人間関係などが、さまざまな影響をおよぼします。また、気質自体、複合している場合も少ないないようです。自分の気質がわかったら、それをうまく利用して、できるだけ、居心地のいい方法を選んであげればよいのです。そのためには、ほかのひとの基準ではなく、自分自身の基準をきちんと見つける必要がありますね。そして、これは、教育の場でも同じことがいえるのです。一見やる気なさそうに見える子は、本当は、超慎重なタイプかもしれません。その子なりの、安心ラインを超えることができれば、本来の実力を発揮できるかもしれません。そしたら、その安心ラインをフォローしてやればいいのです。いつも落ち着きがなくて、ミスばかりしている子は、本当は、エネルギーがあまっているのかもしれません。その子がごきげんで向かうことのできる方向性を示してあげれば、ミスは減るかもしれません。あるいは、細かいことに気持ちのはたらく子と、ベアにしてあげれば、お互いのよさが、引き出されてくるかもしれません。私たちは、生きているかぎり、よりよく生きたいという願いをもっています。なかには、まるでそんなふうには思っていないように見えるひともいますが、それは、何らかの理由で、見えなくなっているだけなのです。でも、見えない状態が長くつづくと、ひとは、それが当たり前だと思いこんでしまいます。とくに、慎重なタイプのひとは、そのことで、ますます、一歩を踏み出すことが怖くなってしまいます。その結果、自分からは行動を起こさない、リスクの起きそうなことには近づかない…そんな循環にはまってしまいがちです。あなたが、そのひとに、何らかのはたらきをしたいと思うなら、まずは、そのひとの気質を見てあげましょう。 私は本当の気質学は、 勉強していないので、 ここでは「タイプ」 くらいに考えてください。 (専門のかた、すみません!)そのとき、大切なことは、あなたの気質と、その人の気質は、ちがうかもしれない、ということです。あなたにとっては、心地よいことも、そのひとにとっては、恐怖の対象になるかもしれません。あなたの生きる基準と、そのひとの生きる基準は、たとえ、家族でも、恋人でも、友人でも、ちがうかもしれません。ある意味、ひとの立場に立って考えるというのは、そのひとの気質に沿って考えることなのかもしれませんね。気質に寄り添いながら…。自分を生きるときには、自分の基準を、ひとを感じるときには、そのひとの基準を、大切にしてみてください。すべてはそこからはじまります。当たり前だけれど、つい忘れがちな視点を、今日は、私自身がかみしめています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1192号(2007年2月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ことなるものを楽しみましょう。よく知られている話ですが、はたらきありのうち、本当にしっかりはたらいているのは、約20%だけだそうですね。でも、仮にその20%のはたらきありを、そこからはずしてみると、不思議と、残されたなかの20%が、がぜんはたらき出すというのです。(笑)つまりは、20%がせっせとはたらくことが、バランスのいい状態ということらしいのです。でも、案外、世のなかも、そんなものかもしれませんね。いろいろなひとがいて、いろいろな関係があって、それでちょうどいい。たとえば、あの星飛雄馬くんのおうちだって…。(話題、古かったですか?)汗熱血の父と、熱血の息子がいるうえに、明子さんまで熱血だったら、ちょっと暑苦しすぎます。(笑)陰から見守っているお姉さんがいるからこそ、あの家庭は成り立ちます。(^^ゞ私たちは、ついつい、自分と同じ傾向、同じ考え、同じ立場のひとをもとめたがります。でも、それって、実は要注意なのかもしれません。みんなが同じ方向を向いてしまうと、いざ、その方向を変える必要が生じたとき、方向転換がききません。流れがおおきくなりすぎてしまうからです。これは、プラスの流れでも、マイナスの流れでも同じです。実際、似たもの同士が集まっている集団では、あたらしい発想が生まれにくくなります。あたらしい考えのひとが入ってきても、排除しがちになります。組織がそうなった場合、もう、活性化は困難になります。自分とはことなる考えかた、生きかた、ありかたのひとが、まわりにいるときは、素直にそれを喜びましょう。それは、あなたの人間関係が良好なしるしです。そして、できるだけ、そのひとの考えかた、生きかた、ありかたを尊重してみましょう。それって、全部を受け入れるということではないのですよ。「ああ、こんな 考えかたもあるのか」と、頭のかたすみに置くだけでもいいのです。それは、ときに、適度なブレーキになって、あなたの仕事・活動を見直すチャンスをくれるかもしれません。私たちは、バランスのなかを生きている。ことなっているからこそ、おもしろい。この考えかたを基本にできたら、意見のちがうことで、腹が立つことはなくなりますね。そのちがいをうまく活用できるようにもなりますよね♪ことなるものを楽しみましょう。あなたをより、ジャンプアップさせるためにも!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1191号(2007年2月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「ジコチュウ宣言」「ジコチュウ」というと、どんな漢字を当てはめますか?「自己中」…そう、「自己中心」という字を思い浮かべますよね?そして、このことばは、多くの場合、マイナスのイメージをもって、とらえられてきました。でも、私は、つねづね、悩んだり、苦しんでいるひとたちを見るにつけ、感じることがありました。おおくのひとが、他人の考えに振り回されて、自分自身の生きかたを、みうしなっているのです。本来の自分を生きていないから苦しいのに、そのことに気づかずにいるのです。だから、あえて、主張してきました。「もっと、自己中で いいじゃないか」と。でも、最近、もっといい表現を見つけました。「ジコ」の字がちがうのです。「慈己」…そう、おのれをいつくしむと書いて、「ジコ」と読むのです。これ、もちろん、辞書には載っていません。参加しているメーリング・リストであるひとが使っていたのです。 もう、一瞬で気に入りました。同じジコチュウなら、「おのれをいつくしむ」「慈己チュウ」になればいいのだと!いつくしみのこころをもったとき、ひとは、自然にやさしくなれます。このやさしさは、表面的な甘えや、ごまかしではありません。ひとのこころの、いえ、魂の…深いところに届くやさしさです。慈愛や慈悲につながるやさしさです。自分をいつくしみましょう。あなたの身に起こるありとあらゆること・ものを、「慈己チュウ」の視点から見てみましょう。いつくしみの視点から見直したとき、表層のできごとに意識をうばわれることがなくなります。波立ってくる感情をやさしくなだめて、起きてくること・ものの、深いレベルでの意味を受け取れるようになります。それは、ときには、自分自身の生きかた、ありかたを、問い直すきっかけになるかもしれません。執着やコントロールの気持ちを手放すチャンスをあたえてくれるかもしれません。深く自分をいつくしむとき、私たちは、誰も自分を傷つけることはできないことに気づきます。ええ。私たちは、けっして、傷つくことはないのです。真に自分をいつくしむことができれば。そして、傷つくことがなければ、誰も非難したり、攻撃したりしないですむのです。この世のすべてのひとたちが、この「慈己チュウ」になることができたら…。私たちは、すべてのあらそいをやめることができます。そして、自分をいつくしむように、ありとあらゆること・もの・ひとを、いつくしむことができるようになります。それは、すこしだけ遠い未来のお話になるかもしれませんが、その日が、一日でも早くくることを願って…。今日、私は、「ジコチュウ宣言」をしたいと思います。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1190号(2007年2月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------------------最初も、途中も、いまも、すべて「マル」なんです。うまくいかないことがあると、程度の差はあれ、落ちこみ気分になるのは、誰しも同じようです。どうしてこんなことができないのか、とか、自分はだめだなあ、なんて。でもね。最近、あることで、ふっと気がついたんです。落ちこむというのは、ある程度の高さのところにいるからなんだって。私たちは、生まれたときは、何一つできませんでした。這い這いできるようになるということは、ものすごい進歩でした。ことばを理解し、会話ができるようになるということは、奇跡のような偉業でした。どんなことだって、一つひとつ、積み重ねて、できるようになってきたのです。でも、それらが当たり前になると、そのときの喜びまで忘れてしまいます。はじめて、○○ができたとき…。「○○」のなかに、あなたが今、やっていることをなんでもいいから当てはめてみてください。はじめて挑戦したとき、はじめてわかったとき、はじめて成功したとき…。どきどきしたでしょう?うれしかったでしょう?そのときは、きっと、いまよりもずっと、まごまごしていたかもしれませんよ。何度も失敗していたかもしれません。同じことで、繰り返し、叱られてしまっていたかもしれません。それでも、あなたは、トライしてきたのです。そして、いまのあなたが、ここにいるのです。もう一度、思い出してごらんなさい。あなたが歩いてきて、実現してきたこと・ものを見直してごらんなさい。あなたは、いま、自分の何もかもをだめだ、できないと、否定してしまっているかもしれないけれど…。確実に、絶対に、間違いなく、過去のあなたよりは、先にいるのですよ。上にいるのですよ!落ちこんだときには、かならず、そのことを思い出してみましょうよ。私たちは、絶対に、あのときと、まったく同じではないんです!落ちこむことができるのは、過去のあなたよりも、確実に、上にいるからからなんです。どん底にいるときには、落ちこむことはできないんです。その下が、ありませんからね。私たちが、落ちこむのは、いまの自分が、すべてだと勝手に決めつけてしまうためなのです。いまの自分にいたることのできたプロセスを、すべて無視してしまっているためなんです。だから、もしも、あなたが、いま、落ちこんでいるのなら、落ちこんでいる自分をほめてあげましょう。「よしよし、ここまで 上がってきたんだね」って。最初も、途中も、いまも、すべて「マル」なんです。そのことに気がつくことが、「初心に帰る」っていうことなのかもしれません。全部に「マル」をつけることができたら、落ちこむ理由がなくなってしまいますよね。そしたら、元気が出てくるでしょ?元気が出てきたら、次のステップを踏む勇気も湧いてきますよね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1189号(2007年2月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------おかげさまのおかげ「おかげさまで」私たちが日常のなかで、何げなく使うこのことば。「おかげさまで、元気です」「おかげさまで、仕事も うまくいってます」「おかげさまで…」たとえ、はじめて会うひとにたいしても。仕事なんか、全然関係ないひとにたいしても。当たり前のように、このことばは使われます。そもそも、「おかげ」さまって、一体誰なんでしょう?私たちは、だれもその「おかげ」さまの正体を知りません。(笑)にもかかわらず、このことばは、つねに感謝の気持ちとともに使われます。まるで、古くから、親しくおつきあいしているひとのように。さらには、このことばを繰り返していると、なぜか、じんわりとあたたかな気持ちがこみあげてきます。だれかに守られているような、何かにゆるされているような、そんなやすらぎを感じずにはいられません。そして、このことばを使わなくなると、不思議と、運も離れていってしまうようです。だって、「おかげさまで」を言わないひとって、あまり幸福そうな顔をしていませんもの。(^^ゞおそらく、私たちのご先祖さまは、何かおおきな存在が、自分たちの生きかたに影響を及ぼしていることを、感じていたのかもしれません。それは、宇宙かもしれないし、自然かもしれません。かたちには見えなくとも、私たちは、そのなかで、生きてきたのです。そして、それは、どうも、何か特定のものにやどっているのではなく、すべてのものと、つながり、かかわっているらしい。そうすると、目の前のこの初めて会うひとも、長年敵対してきたひとも、もちろん、自分自身も、そのおおきな存在とひとつながりのもの…。そう、まるで、「影」のようにね。いつでもともにあって、切り離すことはできないものなんです。だからこそ、「おかげさま」ということばが生まれてくるのです。「おかげ」さまが、どこにひそんでいるか(笑)わからないからこそ、すべてにたいして、「おかげさま」と言うことができるのです。すべてに感謝することができると、ひとは、おだやかに生きることができるのです。「おかげさまで」今日は、このことばをかみしめてみたいと思います。自分が何によって生かされてきたのかを、あらためて、感じなおしてみたいと思います。そう思ってみるだけで、もう、ひたひたと、胸のうちに、やさしい気持ちがこみあげてきます。「おかげ」さま。ありがとうございます。おかげさまのおかげで、私は、今日も、幸福です。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1188号(2007年1月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------相性なんです。お芝居の公演のあとに、感想のアンケートをお願いすることがあります。観客の気持ちが伝わってきて、いろいろと勉強にもなり、とても励みにもなります。あるとき、ひとりの若いスタッフが、いただいた感想を読んで、落ちこんでいました。そこには、舞台についてのきびしいコメントが書かれていたのです。「いただいた感想は、すべて、 謙虚に受け止めようね。 でも、気にはしすぎないで。 相性だってあるんだから」私がそう言うと、若いスタッフは、えっという顔で私を見ました。すべての観客を満足させることはできません。それって、いわば、宿命だと思っています。(^^ゞだって、あなたにも一度は体験があるでしょう?ベストセラーになった小説、読んでみたけど、どこが感動的なのかわからない。話題沸騰の映画を見たけど、主役の○○の声がどうしても好きになれない。いま、爆発的人気のあの曲、自分にはただうるさいだけ。それって、(たぶん)その小説や映画や曲に、問題があるのではありません。もちろん、あなたの目や耳、ましてや感性が、おかしいわけでもありません。(^^ゞ相性なんです。そして、この相性があるからこそ、さまざまなひとが、さまざまな角度で、芸術を楽しむことができます。さまざまなアーティストが、その才能を発揮することができることになります。このことを知っていると、いただいた感想にたいして、いい意味で、客観的になれるようになります。うれしいおほめの言葉も、きびしい指摘の言葉も、ひとしく、感謝して受け取れるようになります。とりわけ、批判的なメッセージにたいして、拒否反応を示さずにすむようになります。批判するということは、こころが動いたということなのです。ありがたく受け止めて、生かせるところは、生かしていきます。それでも、最後の最後は、相性の問題なのです。どれだけ工夫をしても、満足してはもらえないかもしれません。いえ、そのひとが満足するようになったとたん、別の誰かが、不満を言い出すかもしれません。だから、最終的には、自分の判断、自分の基準で決めるしかないのです。これ、人間関係も同じですよ。すべてのひとに好かれることは不可能だということです。あなたがどれだけ誠実に生きていても、相性の合わないひとはたぶん、存在します。そんなとき、無理して、友好関係を保とうとしすぎなくていいのです。そのひととうまくいかない自分を責める必要もないし、相手を非難する必要もないのです。学ぶことを学んだら、感謝して、あとは、そっと手を合わせるんです。「あなたも私も、 よりいい関係をむすべる ひとと出会えますように」学びが完了していたら、終わるべき関係は、自然に終わっていきます。蛇足ですが、相性は、不変のものではありません。ときには、相性が悪かったはずのひとが、いつか、とってもいい関係に変わっている…なんてことも!だから、人間って、おもしろいのですよね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1187号(2007年1月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------一緒に体験していくしかないのです。中学校演劇部の指導をしていて、ある時期、とてもいらいらしたことがありました。生徒たちに、意欲が感じられないのです。けっして、悪い子たちではありません。でも、もう一歩のねばりが足りないのです。演劇って、奥が深いんです。役者にしても、裏方にしても、追求していけば、いくらでも深化していくのです。もっともっとおもしろくなるし、もっともっと魅力的になります。なのに、ある程度のところで、満足してしまうのです。もっとよくなろうという欲が足りない気がするのです。そんな生徒たちにたいして、私はついつい、不機嫌な対応をしてしまいがちになりました。もっとやれることがわかっているから、そんな状態が、もどかしくてしかたなかったのです。でも、あるとき、ふっと気がつきました。私がいらいらするのは、「かくあるべきだ」というイメージを、自分がもっているからだと。それは、私が生きてきたなかで獲得してきたイメージでした。私自身が、演劇をやりながら、体験してきた結果、つくりあげたものなのです。当然ながら、私の人生は、生徒たちよりも長いです。(笑)そして、生徒たちの人生は、私のそれとはちがいます。田舎育ちで、何もないなかで、演劇をやってきた私は、ないならばつくり出すという体験をしてきました。指導してくれるひともいなかったので、自分から、出かけていっていろいろなひとに指導を乞いました。自分が行動すれば、何かが生まれたのです。でも、いま、生徒たちには、はじめから、すべてあたえられています。同時に、あらかじめ「これはやっていい」「これはだめ」という、さまざまな制約もあたえられています。ある意味、生徒たちは、自分で考え、自分で選び、自分で歩いていく選択を知らずに生きてきたのです。あたえられたもので生きることが人生だと、思いこんできたのです。知らずにいることをやれと言っても、できないのは、当然のことだったのです。かつて、人間には、水平線の先は、がけになっていて、進めば落ちてしまうと信じていた時代がありました。その常識をやぶったのは、そのことに疑問をもち、水平線の先まで船を進めたものたちでした。何もかもあたえられて、真実が何かわからなくなっている生徒たちにとって、いま必要なのは、そんな体験なのかもしれません。ゼロから発見する喜び。手探りで体験するうれしさ。一つひとつが、わかってくるわくわく感。それらを、生徒たちと一緒に感じる場をつくることこそが、指導者としての役割ではないのかと…。そう思ったら、いらいらする気持ちがすっと消えていきました。あたえることをやめて、体験する場をつくると、生徒たちも、少しずつ考えはじめます。自分の常識や認識から見ると、まだまだ足りないことも多いです。けれども、すべてが体験なのだと思うと、じっと待てるようになりました。外がわから、あれこれと批判することはいくらでもできます。でも、相手と自分は生きてきたプロセスがちがうのです。いま、自分に見えていることが、相手にも見えているのはかぎらないのです。そんなとき、自分の尺度に照らして、相手を変えようとすることは、はっきり言って、おせっかいです。もしも、どうしても、相手を変えたいと思うなら、相手の尺度にあわせて、一緒に体験していくしかないのです。相手が興味をもったとき、相手が意欲を見せたとき、はじめて、あなたの体験が役に立ちます。あなたの知識が、意味をもちます。もしも、あなたが指導者の立場にいるなら、なすべきことは、そうした興味や意欲が沸いてくる場をつくることだけなのです。そして、蛇足ですが、生徒たちの人生は、三年間で終わりではありません。でも、私がかかわれるのは、その時間だけなのです。だとしたら、その時間のなかで、すべてを到達させようなんて、思う必要もないのです。生徒たちは、生徒たちの人生を生きていきます。あるものは、二十歳で、何かを発見するかもしれません。あるものは、六十歳で、何かに気づくかもしれません。それでいいのです。それが、ひとそれぞれの学びというものだからです。私たちは、たがいに、かかわれるかぎりは、こころを尽くし、そして、分かれるときには、その先の幸福を祈るしかないのです。そして、それでいいのです。もしかしたら、その先に、彼らは、私たちの知らないあたらしい真実を生み出すかもしれませんよ!そう考えてみるほうが、人間っておもしろいなと思えるじゃありませんか♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1186号(2007年1月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.09.06
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