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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------ただ、順番がちがっていただけ。落ちこみやすいタイプのひとと話していると、ある共通点に気づくことがあります。それは、マイナスに感じられることに、意識がいきやすいことです。とても単純な例を挙げます。そのひとと私が、外をながめているとします。私が、「いやあ、今日は晴れてて、 気持ちがいいねえ。 おひさまもあんなに照ってるし」と、言ったとします。そのひとは、きっと、こんなふうにこたえます。「でも、あっちの空から、 雲が出てきているから、 夕方には雨が降るかも」あるいは、一緒に仕事をしているとします。「今日は、よく仕事したね。 これとこれとこれが、 無事に終わって、よかった~」と、私が言うと、そのひとは、例外なく、こう返します。「でも、これとこれとこれは、 結局手つかずになってるから、 あしたからまた大変…」どんなときでも、マイナスを発見する名人さんなのです。(^^ゞたしかに、ただノーテンキに、無計画に、楽観的にいればいいということではありません。 いえ、個人的には、 ひそかに、それもいいな と思ってはいるのですが。(爆)でも、私たちの行動原則は、「向いているほうにすすむ」ことになっているのも、忘れてはなりません。マイナスの方向ばかり見ていると、マイナスの方向にしか行けなくなってしまうのです。一番行きたい(生きたい)方向はどちらですか?できる・できないではなく、「自分が望む」方向をしっかりと見てください。明るく光あふれる方向?じめじめした暗い方向?スキップ踏みたくなる草原?足をとられそうな沼地?そう、しっかり見るんです。そしたら、その方向に向かって歩いていくんです。あなたが、マイナスを発見する名人さんなら、慣れるまでは、意識して、まっすぐ前を見てくださいね。(^^ゞそして、いま、歩いている道のすてきなところを、ひとつでもたくさん、発見していくんです。これ、訓練ですから!(爆)いつも書いていますが、いいところ、すてきなところを見つけるこつは、「微細なことも見逃さない」こと!どんなちいさなことでも、認めれば、それがホンモノになります。そして、宇宙の法則は、「認めたものが拡大する」すてきなことを発見するのが、どんどん楽になります。楽で、楽しくなります♪マイナスを発見する名人さんのあなたは、同時に、すてきを発見する名人さんになれる可能性をもっています。発見するという意味では、向いているベクトルがちがうだけですからね!きっと、上達も早いはず!!そしてね。向いている方向がぶれなくなったら…。歩いている道すがらの楽しい発見が充分にふえてきたら…。そのときこそ、あなたが、もともともっている能力をあますところなく発揮する番です!そう、マイナスに見える面をきちんと見ていくのです。こっちの方向でいいの?--OK。でも、ここの危険も きちんと押さえておこうね。これは、GOしてもいいかな?--OK。ただし、ここで、 予防線も張っておこうよ。こんなふうにね。あなたは、光を見ながら、影もとらえることができます。マイナスを知っているから、それへの配慮もできるのです。これまでは、ただ、順番がちがっていただけ。両方使えるようになったら、あなたの人生、もう怖いものなしになりますよ!(^○^)--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1185号(2007年1月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------------自分のからだとこころで、見つけなおすことここは、生まれる前の国。まもなく、生まれにいこうとしている子どもたちが、時の番人にたずねています。「ねえ、どうして、 生まれるときには、 ここでの記憶を 置いていかなくては ならないの?」「そうだよ。ぼくたちは、 何でも知っているし、 何でもできる。 でも、生まれちゃったら、 何もできなくなるんでしょ? 一から、やり直さなくちゃ ならないんでしょ?」「なぜ、そんなむだなことを するの?」矢継ぎ早の質問に、時の番人は、しずかにほほえんでいましたが、やがて、こうこたえました。「体験するためだよ」「体験するため?」時の番人は、ちいさく、手にもっていた杖を振りました。あたりは、金色のまばゆい光につつまれました。「これは、何という?」「光」時の番人が、ふたたび、つえを振ります。すると、光は消えて、あたりは夜のとばりにつつまれました。「では、これは?」「闇」子どもたちは、こたえます。「そうだ。では、この世界に、 光しかなかったら、 我々は、闇が何であるかを 知ることができるだろうか。 もしも、この世界に、 闇しかなかったら、 我々は、光というものを、 認識できるだろうか」子どもたちは、首を振ります。「光があるから、闇を 見ることができる。 闇があるからこそ、 光を知ることができる。 生まれるということは、 それを、一人ひとりことなる、 自分のからだとこころで、 見つけなおすことなのだ」「自分のからだで…? こころで…?」子どもたちは、互いに、互いを見交わしあいました。半透明の薄青の衣装を身にまとった子どもたちは、ここでは、みな、ちがっているようで同じよう。一人ひとりいるようで、すべてでひとりのよう。「ちがいを知らなければ、 体験にはならないのだ。 何もかも知っていると いうことは、何も 知らないのと同じことだ。 だから、すべてを忘れて、 生まれにいくのだ。 知らないことを知る ということは、どんな 気持ちになると思う?」「うれしい」「楽しみ」「わくわくする」「そうだ。生まれたのち、 体験することはすべて、 喜びなのだ。 そのことを忘れるな」時の番人は、そう言って、苦笑しました。「いや、そのことすらも 忘れていくのだ。 なぜなら、それを 思い出したとき、 おまえたちは、自分が なにものであるかを 思い出すのだから。 それは、 おまえたちにとって、 至福の喜びになるだろう」すると、それまですみのほうで、だまってこの話を聴いていたひとりの子どもが言いました。「では、むだな体験は ひとつもないんだね? すべての体験には、 意味があるんだね?」みんなは、知っていました。その子は、ほかの子よりも、すこし重い役目を、もって生まれることになっていることを。時の番人はうなずきました。「もちろんだ。そして、 そこから何に気づき、 何を学ぶかは、おまえたち すべての課題なのだよ」みんなもまた、何も言わず、うなずきました。あたたかな共感が、しずかに、その場をつつむのがわかりました。やがて、ときが来たことを告げる鐘が鳴ります。「さあ、行っておいで」時の番人が、かなたをゆびさします。その先に、ちいさな青い星が光っていました。それからあとの物語は、あなた自身が知っています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1184号(2007年1月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ただ、祈ってください。「ネガティブな反応を されたとき、 かめおかさんなら、 どうしますか?」先日、あるかたから、そんな質問を受けました。うーん…と考えて、こうお返事しました。「そのひとのいいところを、 意地でも見つけて、(笑) そこからお返事します」はい、私、重箱の隅をつつくように、ひとのいいところを発見する名人です。(^^ゞこれはもう、名人芸といっていいくらい、修練を積んでます。(爆)うれしいことに、この芸(芸だったのか…)には、特殊能力は必要ありません。ものすごく速く走れるとか、計算が上手とか、超能力があるとか、そういうことがいっさい必要ないのです。つまり、だれでも、練習の回数をこなすだけで、到達できるということです。だったら、全員、名人になれるんじゃないかって?はい! そのとおり!(^○^)「できない」というひとは、本当にできないのではなく、練習の回数が足りないだけです♪漢字や計算のドリルを繰り返し練習するのと同じくらい、単純なことなんです。さて。そしたら、またしても、質問をいただきました。「それでも、どうしても、 ネガティブな対応を してくるひとがいたら どうするんですか?」それにたいする、私のお返事。「そのときは、祈ります」「なんて?」『私には、何もできません。 ただ、あなたの幸福を祈ります。 どうぞ、幸せになってください』ええ、そう祈るんです、本当に。ネガティブな反応にたいして、いちいち気にしたり、反発したりしても、うまくいくことって、ほとんどないですよね。うまくいかないってわかってることは、やらなくてもいいんです。 やりたいひとは やってもいいですけど、 その結果、もっと 気分が悪くなったとしても、 それは、自分のせいですよ。私は、人生で大切なことは、幸福に生きることだと思っています。そして、幸福って、何があるとかないとかではなくて、自分のこころひとつだということも知っています。だからこそ、祈るんです。だって、そのひとが幸せに生きてくれたら、ネガティブな反応なんて、しなくてすむのですから。また、私は、ひとにたいして、自分には何もできないと思っています。そして、何もできない自分でいいと思っています。だって、私たちは、自分の人生しか生きられないのです。どんなに思ってみたところで、ひとの人生を代わりに生きることはできないのです。だから、祈るんです。そのひとが、自分で自分の幸福を見つけられますようにと、祈るんです。もちろん、祈った結果、どうなるかは、わかりません。でもね。ここでひとつ、気がついてほしいんです。祈っているとき、手は合わさっています。手を合わせているときは、けっして、相手を攻撃することはできません。また、どちらが強いかと、つなひきすることもできません。あらそいの連鎖を生みださないために、それは、とても大切なことです。そして、祈った瞬間に、私の気持ちは、しずかでおだやかな状態になれます。それって、人類のなかで、幸福なひとが、ひとり、増えたということですよね。それだけでも、充分に、世界平和に貢献してます。(笑)あなたもね…。これ以上、何もできないと思ったときには、ただ、祈ってください。「幸福になってください」と、祈ってみてください。簡単で、効果的で、自分にも相手にも、地球にもやさしい方法だと思いますよ♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1183号(2007年1月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------祈りをあたえてください。私には、体験的に学んで得てきた、いくつかの「持論」があります。迷ったとき、悩んだとき、そこに照らすと、すっと、霧が晴れてくる。それが「持論」です。そのひとつが、これです。「表層で起きている現象に、 本当のこたえはない。 こたえを知りたかったら、 その奥にあるものを見る」たとえば、だれかが、あなたにたいして、不当な扱いをしたとします。それ自体は、まさにゆるしがたい行動です。けれども、そのひとは、なぜ、そんな行動をとるのでしょうか。ここで、もうひとつ、「持論」が出てきます。「そのひとが、完全に 満たされた気持ちで 生きているひとなら、 そんな行動を とるだろうか」ここでは、ものごとの正否はひとまず起きます。ただ、そのひとの深いところに意識の照準を合わせます。すると、ほとんどの場合、こたえは出てくるのです。そのひとは、自分の満たされないでいる部分を、あなたを攻撃することで、埋めようとしていたのです。もっと言うと、その攻撃をとおして、あなたに「助けてほしい」とうったえていたのです。「そんな気持ちはいらない」思わず反応したくなる気持ちはわかりますが、もうすこしだけおつきあいくださいね。(^^ゞそれは、たとえは適切ではないかもしれませんが、機械が故障しているときのようなものです。故障した機械に向かって、スイッチを押しつづけたり、たたいたりしても、意味がありません。故障箇所を見つけて、修理しなければ、解決はしないのです。ひとのこころも、似たようなものなのです。傷ついているところ、痛んでいるところが、思いがけない反応を示したとしても、それは真実ではないのです。そして、その表層で起きている現象に振り回されているかぎり、たとえ反撃に成功しても、またリベンジがあるだけです。大切なことは、その、攻撃を引き起こしている深い部分に気づくことです。表層にあらわれている現象が、真実のすがたではないことに気づくことです。気づくことができたら、あなたは、表面的な反応を、やめることができます。やめることができれば、少なくとも、あなたの感情は波立たなくなります。たとえ、相手が攻撃を仕掛けてきたとしても、そのたびに、その深い部分につながればいいのです。そうすれば、あなたは、自分の気持ちを、すばやく切り替えることができるでしょう。それだけでいいのです。それ以上は、何をする必要もありません。あなたには、そのひとを、どうすることもできません。そのひとの生きかたは、そのひとの責任なのです。あなたが、そこにつきあう必要はないのです。だから、あとはただ、祈ってあげてください。ひととして、魂として、不幸な選択をしているそのひとにたいして。そのひとの魂のやすらぎを。あなたもまた、そのひとをとおして、学んでいます。ひととして、魂として、どう生きることが望ましいか、教えてもらっているのです。だから、感謝して、祈ってあげてください。もちろん、あなたに具体的に危害が及んでいるときには、必要な回避の対応はとっていいのです。でも、そこで、いたずらに、感情を乱される必要はないということです。感情を乱されないですめば、同じ現象にたいしても、あなたは、もっとおだやかに対応できるのです。そのためにこそ、深い部分とつながってください。そして、そこに祈りをあたえてください。あなたの祈りは、見えないところで、相手の痛みをいやします。あなたの祈りは、さらに、深く、世界の痛みをいやします。あなたと、だれかと、世界のために、今日は、私も、祈りをささげます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1182号(2007年1月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------愛に照らしてみなさい。「愛に照らしてみなさい」ふっと、そんなことばが降りてきました。ちょっと不快に感じることがあって、すこし強めの反応をしようとしていたときでした。私は、はっと立ち止まりました。ひとは、あたえたものを受け取るようにできています。もしも私が、そこで、感情にまかせて反応してしまったら、もしかしたら、もっと、ネガティブなものが返ってきたかもしれません。でも、私は、そこで相手と、パワーゲームをはじめたいわけではないのです。そして、実際、私は、相手がなぜそのような反応をしてくるのかも、充分に感じとっていたのです。「愛に照らしてみなさい」このひとことメッセージは、それだけでもう、充分すぎるこたえでした。愛に照らして、「イエス」とこたえが出ないことは、おこなうべきではないのです。愛に照らして、そうだとうなずけないならば、それは、伝える必要のないことばなのです。これは、おそらく、万人共通の真実です。自分のことば、自分のおこないを振り返るときに、必要となるリトマス紙です。でも、「愛」って一体何なの?どうすれば、それが愛であるかないかを見分けることができるの?…そんな疑問も聴こえてきそうですね。おそらく…ですが、「あたえるこころ」「ゆずるこころ」が、それにもっとも近いような気がします。それも、見返りなく「あたえるこころ」こだわりなく「ゆずるこころ」です。それは、執着を手放すともいえるかもしれません。自分のことばを自分のおこないをこのメッセージに照らしてみたとき…。そこには、いまの自分のありようが見えてくるでしょう。自分のことばは、何から発せられているか。自分のおこないは、何のためのものなのか。そうしたら、この問いを投げかけてみるんです。「あなたは、どうありたいの?」そのありたいあなたと、いまのあなたとの距離を見てみるんです。いい・悪い、できている・いないを自分のなかで比べて、裁く必要はありませんよ。自分を責めることもしてはいけませんよ。それは、愛からもっとも遠いおこないですから。ただ見て、ただ感じるのです。そして、問いかけるのです。「あなたは、どうありたいの?」あとは、かえってきたこたえにしたがうだけでいいのです。いつでも、どこでも、繰り返し…。「愛に照らしてみなさい」このことばが、自分の生きかたに光をあててくれるのです。そう、文字どおり、愛の光を。その光のみちびきのままに、どうぞ進んでみてください。私たちが、平和というものを手に入れることができるとするならば、それは、その先にあるような気がします。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1181号(2007年1月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------「超えられますよ」先日、数人の友人と会っていました。かつて、月1回、自助グループをつくり、集まりあっては、互いの思いを打ち明けあっていた仲間たちでした。 このグループのことは、 第499号(2005年3月13日発行)の 「自助グループのすすめ」 に、詳しく書いてあります。やがてグループは解散し、時折、メールはかわしあうものの、会うことはめったになくなっていました。だから、久しぶりの再会でした。語り合いながら、一人ひとりが、それぞれの課題を超えてきたことを知りました。あのとき、あれほど苦しかったこと。ときには絶望しかかったこと。泣きながら、語りあい、支えあったこと。すべては、過去のことになっていました。「超えられるんだよね。 人間って、かならず」自然に、そんなことばが口をついて出ました。あれほど、つらかったこと。あれほど、苦しかったこと。あれほど、せつなかったこと。全部、超えてきたのです。「あのころ、いまみたいな ときが来るなんて、 想像もしなかったんじゃない?」そう言うと、ひとりはうなずき、それから、こう言いました。「うん。でも、ずっと、 こうなりたいって思ってた。 だから、なれたんだと思う」ああ、そうだと、思いました。どんな悩みの渦中にあっても、どんな苦しみのさなかでも、いつでも、その思いを忘れないでいること。ちいさなあかりを、こころのなかにともしつづけていること。ひとりでがんばるのではなく、何人かで、私たちは、それを支えあったのでした。たとえ、会えないときも、会っていたときのことばや互いのまなざしを思い起こしながら、励みにしてきたのでした。「超えられるんだよね」あらためて、そう言って、深くうなずきました。超えてきた笑顔がそこにありました。超えてきた喜びが、そこにあふれていました。その余韻を胸に抱きながら、今日は、ストレートに、あなたにメッセージを贈りたいと思います。「超えられますよ」なんの根拠もなく…。いえ、なんの根拠も必要とせずに、私はあなたに、そう伝えたいと思います。「超えられますよ」いまが、どんなにつらいときでも、どうぞ、このことばを忘れないでいてください。このことばを思い出すことによって、あなたの胸に、あらたな灯をともしてください。そのことを信じて、あなたに伝えつづけます。「超えられますよ」ええ。超えられます。きっと超えられます。そのためにこそ、その先の喜びを、その先の希望を、その先の輝きを、どうぞ、見つめつづけてください。見つめたものに向かって、歩みつづけてください。そしてね。超えることを体験したら、あなたには、次の役割があります。これから超えようとしている無数の仲間たちに、エールを贈ることです。「超えられるよ」「大丈夫だよ」「いっしょに行こうね」…って。私たちは、超えることを体験するために、そして、それをわかぢあうために、いまを、生きているのです。今日は、あなたの「超える」を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1180号(2007年1月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------その方向に向かっていくんです。あるワークショップが、終わったあとのことです。主催者さんから、「当日のビデオを送ります」と連絡をいただきました。届いたそれを見ると、ワークをリードしている私の姿がけっこう写っています。見ながら、あらためて思いました。「私、めっちゃ、楽しそうじゃん」ええ、ビデオのなかの私は、いつも満面の笑顔でいるのです。ワークをこころから楽しんでいるようすが、ビデオ越しにも伝わるのです。でもね。今日はちょっと裏話をしてしまいましょう。私が、ワークの最中に、つねに、100%、完全に「楽しいから笑顔でいる」かというと、実はそうではないのです。ワークはつねに「なまもの」です。そこにひとが介在する以上、何が起きるかわかりません。ときには、場が停滞したり、混乱したりすることだって、ないとはいえません。そのとき、私は、絶対に笑顔をくずさないのです。いいえ、そんなときこそ、笑顔をキープするんです。「いま、絶対に うまくいっている」そんなオーラ(笑)を、出しつづけるんです。すると、おもしろいもので、ふたたび、ちゃんと、場が動き出します。活性化したり、落ち着きを取り戻したりと…、必要な方向に流れ出すんです。停滞はマイナスではありません。次のジャンプのための、大切な準備時間です。混乱も、マイナスではありません。あらたな展開のための、貴重な分岐点です。それがわかっているから、笑顔を保ちつづけるのです。なぜなら、ひとは、自分が向いている方向に進むようにできているからです。そうでしょう?うしろを向いたまま、前進するのって、とっても大変ですからね!困ったとき、苦しいとき、笑顔でいるのは、むずかしいかもしれません。もちろん、無理をしなさいとは言いません。感情を吐露することも、ときには必要です。でも、もし、できるなら、笑顔でいることをこころがけてみてください。楽しいから、うれしいから、笑顔でいるのではありません。笑顔でいることによって、楽しいこと、うれしいことを引き寄せるのです。いえ、自分から、その方向に向かっていくんです。「笑顔になりたいけど、 作り笑いじゃだめなの?」「ぎこちなくなっちゃう…」そんなふうに思っているひとは、そこで、もう一度、考えてみるんです。あなたが笑顔でいつづけることで、何を実現させたいの?どんな方向に行きたいの?そのイメージを頭のなかに描きながら、笑顔をつくってみるんです。あとは、継続…、習慣ですよ♪あなたの「笑顔」を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1179号(2007年1月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------笑顔、意識してますか?笑顔が好きです。笑顔を見るとほっとします。うれしくなります。しあわせな気持ちになります。見ているひとでさえそうなのですから、笑顔になっている本人は、もっとリラックスしています。こころがはずんでいます。しあわせな気持ちを味わっています。笑顔をわかちあいたい。だから、私のワークショップでは、できるだけ、笑顔が出やすい仕掛けをします。ところが、あるとき、それは、ワークではなく、講座形式だったのですが、ひとりだけ、とても不機嫌そうな顔をしているひとがいました。口をへの字に曲げて、腕組みをし、にらみつけるような目で、こちらを見ています。「何か気に入らない ことがあるのかなあ。 おもしろくないのかなあ」気になりながらも、講座をすすめます。場の空気がほぐれていき、次第に、笑い声も出るようになりました。そのひとのほうをちらちら見ると、一瞬、笑顔が見えました。(よかった…)一瞬であっても、こころをひらいてくれたのかなとうれしい気持ちになりました。さて、講座が終わったあと、何人かのかたがやってきて、講座の感想をおっしゃってくださいました。そのなかに、そのひとがまじっていました。「今日は大変よかったです」そのひとは言いました。意外なことばに私は「???」と、なりました。だって、あんなに怖い顔!をしていたのですよ。その謎は、次のことばで解けました。「実は、こういう講座に 出るのははじめてで、 とても緊張しました」き、緊張…?内心思わずぶっ飛びました。なるほど、緊張すると、当然、顔はこわばります。かまえが出るので、腕組みもするかもしれません。しかも、真剣に聴こうとしているのですから、凝視するのも当然です。こころのなかでくすくす笑いながら、ふっと、日常生活のなかでも、こんな誤解が生まれることって、あるかもしれないなと思いました。私は、幸い、誤解をとくことができましたが、誤解したまま、こころに溝ができることも、あるかもしれないなと、思いました。それって、もったいないことですよね。この行き違いを避けるひとつの方法に、「笑顔」があると思います。どんなときでも、そこに笑顔があれば、それを橋渡しにして、こころをつなぐことができますもの。笑顔、意識してますか?あなたの笑顔を、待っているひとがいます。あなたの笑顔に、ほっとするひとがいます。あなたの笑顔が、救いになるひとがいます。今日は一日、笑顔を意識してみましょう。多少、ぎこちなくたって大丈夫。笑顔の効用は、もうわかっていますものね。そして、一日が終わったら、振り返ってみるんです。あなたの笑顔は、今日のあなたに、どんな影響を及ぼしただろうかって。ひとつでもふたつでも、見つけてみてください。よかったら何日かつづけてみてください。あなたの笑顔が、ほんものになります!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1178号(2007年1月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------「好き」の感覚をみがいていくことです。私たちが悩むときって、たいていは、こころが「おだんご」状態になってます。どういうことかって?全部、ごっちゃにまるめてしまっている、ということなんですよ。 おだんごさんに失礼ですね。 ごめんなさい。m(__)mたとえば、あなたは、勉強が苦手ですか?「はい」とこたえたあなた。全部の教科がまんべんなく苦手ですか?ちがいますよね。すこしは得意な教科もきっとありますよね。それでも「はい」とこたえたあなた。(笑)その苦手な教科のなかで、ほんのちょっとでも、好きな部分はありませんか?全部が、均等にスペシャル大きらいですか?そんなことはありません。どんな苦手なことでも、必ず、どこか一部は、うまくできるところがあるんです。それと同じように、どんなに悩んでいるときでも、人生全部、生活全部を悩んでいるわけではないんです。自分を好きになれないというひとは、たくさんいます。でも、そのひとは、自分の何もかもが、本当に、すべてきらいなのでしょうか?たとえば、顔。いっこ、いっこ見ていきましょう。目がきらいというひとでも、黒目の部分はどうですか?白目の部分はどうですか?まぶたはどうですか?まゆげはどうですか?まつげはどうですか?そうやって、こまかく、こまかく見ていってみてください。自分の顔がきらいというひとでも、毛穴のいっこいっこまで全部きらいというひとは、そうそういませんよ。(笑)何もかも、全部、いっしょくたに好きになろうとするから、つまずくんです。こまかく、こまかく、見ていってみるんです。そして、ほんのちいさなことでかまわないから、「これは、好き」と思えるところを見つけるんです。それが無理なひとは、「これはきらいじゃない」と言えるところから、スタートしてもかまいません。 それって、すくなくとも、 「きらい」なレベルより、 「好き」に近い状態です♪大切なことは、そうやって、「好き」の感覚をみがいていくことです。微細な「好き」を見つける達人になっていくことです。ちなみに、きらいになる感覚は、もう充分にみがかれていますから(爆)、ほうっておいてかまいません。そうやって見つけた「好き」に、いっこ、いっこOKをあげてください。ポイントは、こまかく、こまかく、見ていくこと!細胞レベルまで分割しちゃってかまいません。(爆)数のおおさ、すくなさを気にする必要もありません。どんなことでも、スタートは、「1」です。0.1でも、0から見たら1です。これは決定的なちがいです。微細な「好き」を見つけられるようになると、おおきな「好き」も見つけられるようになっていきます。おおきな「好き」を見つけられるひとは、もはや、自分のことをきらいにはなれませんね?さあ、どこからはじめてもいいですよ。あなたは、あなたの何が(どこが)好きですか?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1177号(2007年1月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「決める」というエネルギー望む自分に変わったり、願っている夢がかなったり、思っている目標が実現する。そのためには、時間がかかるものだ…と、必要以上に思いこんでいることは、ありませんか?もちろん、その夢や目標の内容にもあるでしょう。でもね、それ以上に大切なのが、「やる」と決める。「変わる」と決める。それだけだと思っているんです。いまから3年前の2004年。私は、「全国各地で、ワークショップをやっていこう」と、決めました。その年は、採算度外視で、とにかく回数を重ねることを最重要視しました。呼んでいただければ、どこにでも行きました。(これは、いまでも 変わりませんが)(^○^)正直、赤字だったときも少なくはないです。無理もありません。名前も知られていない。何をやるかもよくわからない。だからひとを集めにくい。そんな繰り返しだったのです。けれども、翌2005年。一度うかがった、おおくのところから、リピートをいただきました。最初に参加されたかたが、ご友人を紹介してくださったり、あたらしいワークショップ先を紹介してくださったり。確実に、輪が広がってきたのです。ワークショップ回数は、年間60回を超えました。それは、昨年もつづきました。そして、ほとんどの場で、満席状態になることが増えてきました。その地域だけでなく、周辺地域や、ときには遠方から参加されるかたも、しばしばいます。これは、けっして、自慢話をしているのではありません。実は、こうした活動を本格的にスタートした3年前、ワークショップやメールマガジンをとおして、出会い、夢を語り合った何人もの友人がいます。その友人たちもまた、いま、あちこちで、セミナーの講師をしたり、自分の仕事を発展させたりしているのです。私だけではない、ということなのです。そうです。つまり、みんな、「やる」と、決めたのです。「変わる」と決めたのです。その結果の3年なのです。3年って、遠い先の未来ですか?ためしに、自分の3年前を振り返ってみてください。あっという間だったでしょう?そう、はじまったら、あっという間なんですよ。だから、「はじめる」んです。本気で、「やる」と宣言してしまうんです。その一歩を踏み出すんです。つまりね、「決める」というエネルギーは、それだけおおきなものなんですよ。そのことに、気づくだけでいいんです。最初の一歩は、ちょっとだけおおめのエネルギーがいります。勇気もいります。覚悟もいります。(^^ゞでも、やってみるだけの価値はありますよ♪もしも、あなたが、「こんなふうに生きたい」「こんな自分になりたい」と、本心から思えるのなら、「宣言」してみましょう。決めて、スタートするんです。それが、エネルギーを生み出すもとなんです。さあ、今日は、あなたの「決める」を応援します!あなたのかなえたい気持ち、宣言してみてくださいね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1176号(2007年1月19日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.28
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------「イエスアンド」で考える。私が6年あまり学びつづけている「インプロ」(即興演劇)の基本の考えかたのひとつに「イエスアンド」があります。「イエス」と、相手のメッセージ(提案)を受け入れ、「アンド」で、自分のメッセージ(提案)を送る。「イエス」ですから、否定はしません。相手のメッセージのなかに、自分の共感するところや、きらめきや、かがやきを見いだして、伝えます。「アンド」ですから、プラスになります。ひとりよりも、ふたりの、ひとつよりも、ふたつのアイデアが生かされます。この考えかたは、日常でもとても役に立っています。毎日の生活を送るなかには、うれしいこと、楽しいことばかりとはかぎりません。悲しいこと、苦しいこと…、いっぱいあります。そんなときもね、「イエスアンド」で考えてみるんです。うれしくないこと、楽しくないことに出会ったときも、まずは、「イエス」と言って、受け入れます。ポイントは、それらを肯定することは、自分を否定することではないということです。「ああ、こういうことって、 ときとして、あるよなあ」「なるほど、そういう視点も あるんだなあ」相手もOK、自分もOKなんです。そう考えられた瞬間に、気持ちは、もう、すっと落ち着いています。苦しいできごと、受け入れられない事実があるのではないのです。苦しいと感じる自分が、受け入れられないと決めつけてしまう自分がいるだけなのです。だから、まずは、「イエス」と受け止める、その習慣をつけるのです。 どうしてもネガティブな 感情が湧いてくるときは、 まず、その感情に 「イエス」をあげてください。 感情を感じきってから、 再度トライしてみてください。そして、その「イエス」の視点のまま、あらためて、相手を見てみます。おもしろいもので、最初に「イエス」を言ってしまうと、次々と、あらたな「イエス」が見えてくるようになるのです♪気がついたら、相手にたいする気持ちも、変わっています。そしたら、「アンド」を見つけることが、ちっともむずかしくなくなりますね!蛇足になりますが、ちょっとおまけの体験談です。実は、先日、あるメーリング・リストで私の投稿にたいして、ちょっと否定的な返信をくださったかたがいました。正直、最初は、むっとしました。(笑)で、とりあえず、その「むっ」に、「イエス」をあげました。そしたら、気持ちが落ち着きました。それから、あらためて、相手の投稿を読みました。すると、最初には気づかなかった、そのひとのこころのひだのようなものが、ふっと見えてきたのです。私は書きかけていた反論を(実は書きかけていた!)(笑)そっと、削除しました。相手のメッセージのなかの共感できるところにこころを添わせて、書き直すことにしたのです。これにたいする返信がもしもまた否定的なものであったとしても、もう、自分の気持ちが揺らぐことはないでしょう。次の「イエス」と、次の「アンド」を見つめればいいだけですから。何度でも何度でも、繰り返していけばいいんです。「イエスアンド」で考える。よかったら、あなたも、習慣にしてみてください。こころがとっても楽になる、とっておきの方法です!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1175号(2007年1月18日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------「いいこいいこ」してあげましょう。今日は、とてもよくきくおまじないのメッセージ。これ、エミール・クーエというひとが提唱した暗示法です。「私は、毎日、あらゆる面で、 どんどんよくなっている」これを眠る前に何度も繰り返してとなえるというもの。シンプルですが、とてもいいですね。よく知られているように、眠る前と、起きる直前は、一番、潜在意識にはたらきかけやすい時間。この時間を、有効活用しましょう。悩みごとがあったとき、私たちは、ついつい、眠る直前まで「あれがだめだった」「明日もこうなるかも」と、考えてしまいがち。でも、それって、マイナスの暗示を自分にかけているのと同じなんですね。だから、眠る前はすっきりリセット。「今日は一日おつかれさま。 よくがんばったね。 ご苦労さま。 明日は、もっと よくなっているよ」そう、自分に言い聞かせてあげるんです。大切なことは、それが真実かどうかなんて吟味しないこと。うたがいは、そのまま不安や疑心として、脳に刻みこまれます。まさに「寝覚めが悪い」状態につながります。だから、まず、イメージから変えてあげるんです。明日は、もっとよくなっているよ。今日より、もっとよくなっているよ…。そしたら、翌日の目覚めは、きっと、すっきりしたものになるでしょう。すっきりした目覚めは、晴れやかな気持ちを呼び起こします。晴れやかな気持ちでスタートしたあなたは、自然に笑顔になるでしょう。自然に笑顔になると、まわりのひとも心地よくなります。ね? ボジティブな循環がはじまっていることに気がつくでしょう?それとね。もうひとつ。さらにパワーアップのおまじない。眠る前にね、今日一日出会ったこと・もの・ひとに「ありがとう」って言ってください。うれしかったこと、悲しかったこと、苦しかったこと…。でも、それって、生きていたからこそ、出会えたこと。いまはしんどくても、実は、自分をみがく試金石になってくれる存在なのかもしれません。ここでもまたポイントは、それが真実であるかどうか吟味しないこと。(笑)これ、自分のおだやかな眠りのための儀式なんですから。苦手なひとのことを思い出したときには、そのひとの頭をなでて、「いいこいいこ」してあげてください。イメージのなかで、そのひとが、にこっと笑ったら、大成功♪ネガティブな気持ちが湧いてくるひとは、無理しなくていいですよ。(爆)そんなときは、ただ、「ありがとう」と言って、手をあわせてください。ひととおり、「ありがとう」と、「いいこいいこ」が終わったら、最後に、自分にたいして、もう一度、「ありがとう」と言ってください。今日一日、一所懸命、生きてくれたのですからね。そして、頭をなでて「いいこいいこ」してあげましょう。1円もかからない、3分もかからないとっても簡単なまなじないです。でも、確実に効果はありますよ。さあ、あなたも、今日からトライしてみません?あなたの「ありがとう」と、「いいこいいこ」を応援します♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1174号(2007年1月17日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------自分のことばで語ってみましょう♪「自分の意見なんか、 たいしたことないから」「ほかのひとと同じだから」そんなふうに考えて、自分の意見を引っこめてしまうひとって、案外、多くありませんか?中学校の演劇部で指導をしていても、ときどき、そんな場面に出くわします。そんなときは、かならず言うようにしています。「でも、やっぱり、 自分のことばで言ってみて」また、同じような場面で、前のひとのことばをおうむ返しのようにまねして言うひともいます。そんなときも、ちょっとストップをかけて、聴いてみます。「それについて、 もう少し詳しく聴かせて」「具体的に、どの部分を そういうふうに感じたの?」人前で、発言することは苦手だというひとがいます。でもね、それって、本当でしょうか?あなたの目の前のひとが、あなたの話を百パーセント信頼して、すべてにうなずいて、笑顔で聴いてくれても、それでも、あなたは、人前で話すことにためらいを感じるでしょうか?苦手だという気持ちの裏がわには、「失敗したらどうしよう」「笑われたら恥ずかしい」「失望されるかもしれない」…そんなもろもろの怖れが隠されているんですね。そして、「ひとと同じ」と、自分の意見を言わないひとの気持ちのなかにも、同じような怖れが隠されているんですね。自分の意見を言うことは、たしかに、勇気のいることです。でも、たとえ、大枠であなたの意見が、ほかのひとの意見と同じだったとしても、それって、無意味なことなんでしょうか?あなたの意見は、きっと、同じ意見を言ったひとの励ましになりますよね。ひとりより、ふたり、ふたりより、三人のほうが、もっと元気が出ますよね。そして、あなた自身、意見を言うことで、あらためて、自分の考えに気づくことがあるはずです。実際、「同じです」と言いながら、あらためて言い直してもらうと、「あら、微妙にちがう」なんてことは、しょっちゅうあることです。自分のことばにすることは、実は、自分と向きあうチャンスでもあるのです。あなたが、よりあなたらしく生きるために、一歩の勇気を出して、自分のことばで語ってみましょう♪大丈夫。語ることで、怖れは、薄らいでいきますよ。だって、怖れは、光に、とっても弱いんです。陰にいるあいだは、どんどん増幅するけれど、おもてに出されて、光があたると、とたんにいきおいをうしないます。だから、ことばも表に出して、光にあててあげるといいんです♪自分のことばで、自分の思いを語ること。私たちが、本当に、そのことを実践できたら、世の中の誤解や偏見もずいぶん減ることでしょうね。だって、自分でたしかめていないこと、わかっていないことに、無責任な発言はできなくなりますもの。自分を、そして、相手を、きちんと見ることで、本当に必要なことばが生まれるようになりますもの。どうぞ、今日は、あなたのことばを大切にすることを意識してみてください。あなたの思いを大切にすることを意識してみてください。あなたが、よりあなたらしく生きるために。あなたと世界が、よりたしかにつながるために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1173号(2007年1月16日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------------------どんな問いも、すべて、自分に返ってきます。ときどき、電話をかけてくる若い友人がいます。先日もそうでした。バイト先の年上の同僚とうまくいかないという話。ところが、話を聴いていると、「なんだか、自分の母親と 重なって見えるんですよ」さらに、話を聴いていくと、「それって、自分と同じだ って思うんですよね」と、トーンが変化してきます。こころのなかで、ひそかに笑っちゃいました。「うんうん、わかるように なってきたじゃない」私たちは、つねに、表層の事象にとらわれます。あのひとの、こんなところが気に食わない。どうして、あのひとは、こういう態度をとるんだろう。でも、よく見ると、同じそのことを、気にしているひとと、していないひとがいるんです。好ましくはないとしても、それなりにかわせるひとと、どうしても、ひっかかってしまうひとがいるんです。そのひっかかってしまう部分に、あなたの「課題」があります。繰り返しますが、それはあなたの「課題」であって、そのひとの「課題」ではありません。あなたは相手を「変えたい」と思うでしょうが、それは余計なお世話です。そのひとは、選んで、その人生を生きているのです。(本人にその自覚がなくともね)好ましかろうが、なかろうが、そのひとが、自分で気づいて、変えたいと願わないかぎり、ほかのひとに出番はありません。だから、もしも、目の前にひっかかるひとがいるときは、そのひっかかる部分が、自分に何を教えてくれているかを見てください。そこから見えてくる、自分の「課題」をどうしようかと考えてみてください。それでもなお、そのひっかかるひとをなんとかしたいと考えるならば…。それは、あなたが、そのひととかかわる運命にあるということです。(笑)あきらめて、真正面から向き合ってください。そのかかわることのなかにあなたの「課題」解決のためのヒントがあるのかもしれません。あるいは、そこまでかかわりたくはないけれど、気になるというひとは、批判や不満を言うのをやめて、ただ、祈ってください。そのひとの魂が、やすらかでありますように。そのひとの内がわに、愛があふれますように。そして、そのひとが、その生きかたをとおして、見せてくれる、教えてくれることから、学ばせてもらうのです。自分はどんな人生を生きたいのか。自分は、どんな人間でありたいのか。どんな問いも、すべて、自分に返ってきます。自分に問いを返さなければ、どんなことも学びにはつながりません。表層の事象は、あくまでも、表層の事象に過ぎません。表層の事象にたいして感情が動きはじめたら(ひっかかったら)いったん、それにストップをかけてください。そこには、真実はないのです。こころをしずめて、その裏に隠されたものに意識を向けるのです。あなたにつながる何かが見えてくるはずです。そしたら、あなたが何をすべきかも、きっと見えてきますよ。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1172号(2007年1月15日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------いじめっこ、好きですか?いじめをなくすのは、ある意味、とても簡単です。だれかが、いじめをしているのを見つけたら、みんなでよってたかって、指差して言うんです。「あー、いじめてるー。 悪いんだー。 ○○ちゃん、いじめっこだー。 やーい、やーい、いじめっこー」みんなにそう言われて、なおも、いじめをつづけられるひとは、なかなかいません。そのうち、逆に、「えーん、みんなが 自分をいじめるー」なんて泣き出すかもしれません。(笑)もちろん、現実は、そう簡単にいかないことはわかっています。でもね、これって、自分にたいして応用できるんですよ。あなたは、あなたのなかで、自分いじめをしてませんか?自分いじめっていうのは、自分を否定することです。自分の悪いところばかりを指摘したり、必要以上に責めたてることです。(ね? 充分にいじめでしょ?)「なんで、こんなことが できないんだ」「サイテイサイアク!」「どうしようもないよね」「同じことばかり繰り返して、 進歩が全然ない!」「○○さんはできるのに、 自分は…」「できない自分は、価値がない」書いているだけで、どんよりしてきますが、(^^ゞこころあたりはないですか?もしも、こんなことを(もしかしたらもっと ひどいことを)自分に言っているとしたら…。あなたは、充分に自分にたいするいじめっこですよ!いじめっこ、好きですか?好きじゃないですよね。じゃあ、やめましょ。どうするかって?自分のこころのなかにパトロール隊を置くんです。「いじめっこ発見 パトロール隊」です。(笑)パトロール隊は、いつでも、こころのなかをまわっています。そして、いじめの現場を見つけたら、即、出動します。たとえばね、「自分なんて価値がない」「どうせ、何をやったって うまくいかない」あなたが、自分のことをそう思ったとします。ただちにパトロール隊出動です。そして、そう思っている自分にたいして、こう言ってやるんです。「あー、いじめてるー。 悪いんだー。 ○○ちゃん、いじめっこだー。 やーい、やーい、いじめっこー」そしたら、こんな会話がはじまるかもしれませんね。「えー、いじめなんて してないよー」「してるよー。いま、自分のこと、 だめだめちゃんって 思ったでしょー」「そうだけどー」「それって、いじめだよー」「えー、なんでー」「うん。だって、そう思うと、 うれしくないでしょ?」「うん」「どんどん悲しくなるでしょ」「うん」「それ、自分で自分を いじめてるんだよ」「そうかあ」「いじめ、好き? 楽しい?」「ううん」「じゃあ、やめようよ」「うん!」本当はね、現実も、同じかもしれない…と私は思っています。自分のことが大好きで、毎日楽しくてしあわせ!というひとは、けっして、いじめなんかしません。自分の内がわに、満たされていない、受け入れることのできない、何かがあるんです。それを直視しないために、自分の外がわに攻撃する相手を見つけるんです。 だからといって、 いじめの行為を 正当化している わけではありませんよ。ね? まずは、自分の内がわからはじめてみませんか?いじめっこ発見パトロール隊を出動させるんです。そして、そのいじめっこと、ちゃんと話をするんです。いじめっこのなかに深く隠されている、満たされていない気持ちをわかってあげるんです。わかって、よしよししてあげるんです。「いじめ、やめようね。 いじめ以外で、自分もひとも 幸せになれる方法を いっしょにさがそうね」きっと見つかります。そのときには、あなたのなかのいじめっこは、もう、いじめっこではなくなっています。パトロール隊、解散ですね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1171号(2007年1月14日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------------あなたと、私と、世界が、ひとつにつながる感覚このごろ、気がつくと、手を合わせる機会がふえているなと思います。ええ、手を合わせる…。それだけのことなのですが。たとえば、朝、ご先祖さまの前で、手を合わせます。 かめおかは、無宗教ですが、 ご先祖さまに感謝することは 宗教を問わず、大切なこと だと思っています。ごはんを食べるとき、「いただきます」と、手を合わせます。トイレを出るとき、「使わせていただいて、 ありがとうございます」と、手を合わせます。お店で、買い物をしたとき、「ありがとうございます」と、手を合わせる…と、店員さんに引かれそうなので、こころのなかだけで、手を合わせます。(爆)そんなふうにしていると、自然と、手を合わせる機会がふえていくのです。そういえば、どんな宗教でも、祈りのときには、手を合わせますね。手を合わせることには、どんな意味があるのでしょう。ネットで、簡単に調べてみました。ほかの宗教のことはわかりませんでしたが、もともとは、インドでは「降伏帰順」の気持ち、転じて、相手に対する最大の敬礼の作法なのだそうです。また、右手を清浄、左手を不浄とする考えから、手を合わせることで、世界を清浄なものにするという意味があるとのこと。でも、おもしろいですね。実際の定義がどうであれ、手を合わせると、たしかに、すっと、こころが落ち着くのです。自分が心地よいことなら、理屈を抜きにやったらいいというのが、かめわざ流です。最近、時間があるときには、こんなこともやってます。まず、手を合わせます。息を吐きます。そのとき、軽く合わせたてのひらのあいだから、息が外に出ていくイメージをもちます。息を吸います。そのときも、それぞれのてのひらから、空気が入っていくイメージをもちます。入ってきた空気は、てのひらから腕をとおり、肩から、背中へ。背骨をくだって、おなかまで降りたら、いったん止めます。ふたたび吐くときは、からだの前をとおって、またてのひらから…。そう、循環するんです。からだのなかのとどこおっているもの、よどんでいるものが、呼吸によって外に出ていきます。エネルギーのかたよりがなくなり、すべてゆるんで、ひとつに溶け合う感じです。やっていると、からだがぼかぼかしてきます。てのひらが熱くなるときもあります。時間や回数など、とくにルールはありません。気分のいいところまでやったら、それでおしまいです。最近、ふだん、何気なく、手を合わせるときにも、この「世界が循環する」感覚が、自分のなかによみがえるのを感じます。世界と自分がひとつであること。自分はまるごとひとつであること。手を合わせる相手がいるときには、相手と自分がひとつながりであること。もしかしたら、そんなことを感じているのかもしれないなあと思います。手を合わせる。たったそれだけのことが、自分と世界を、まるごとひとつにつなげてくれるとしたら…。なんだか、わくわくしてきますよね!あなたも、一日のなかで、手を合わせる機会がきっとあると思います。そんなとき、今日のメッセージをちょっと思い出してみていただけませんか?あなたと、私と、世界が、ひとつにつながる感覚を、どうぞ楽しんでみてくださいね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1170号(2007年1月13日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------60億分の1のマザーになりましょう。この10日ほどのあいだに、2つの映画を観ました。 正確には、ビデオと DVDですけれども。ともに「マザー・テレサ」。ひとつは、1986年制作のドキュメンタリー作品。もうひとつは、2003年制作。どちらも観ながら、涙があふれて、止まりませんでした。マザーの生きかたに感動したから…。もちろんそれもあります。でも、それだけではありません。「私たちは、同じ人間なのだ」ということにたいして。人間に生まれてよかったのだということにたいして。そのことに感動したのです。殺伐とした事件が、ちまたにあふれている現代です。ひとのこころをうたがいたくなるようなできごとも、たしかに少なくありません。それを引き起こしているのも、人間です。けれども、ともに人間であるならば、私たちは、どちらを生きることもできるのです。人間であるかぎり、どちらの生きかたを選ぶこともできるのです。もちろん、私には、マザーのような生きかたはとうていできません。それでも…と思います。もしも、マザーの生きかたに少しでもひかれるものがあるならば、その100分の1でも、やれることがあるような気がするのです。100分の1がおこがましいならば、10000分の1でもかまいません。いいえ、1億分の1、1兆分の1でも、かまわないと思うのです。そう思ったときに、ふっと、こんなことばが降りてきました。「60億分の1の マザーになりましょう」かならずしも、マザー・テレサと同じことをしろというのではありません。でも、マザーが大切にしたかったこと。愛すること。笑顔を忘れないこと。すべての存在のなかに神(尊さ)を見ること。やすらぎをわかちあうこと。それらのなかの、自分にできるたったひとつのことをしたとき。どんなちいさなことでもいいから、自分の意志でかたちにしたとき。そのとき、私たちは、だれもが60億分の1のマザーになります。60億のひとが、一日にたったひとつでいいから、マザーにつながるおこないをしたら、その日、私たちは、60億シーンのマザーを実現したことになります。だって、マザーも私たちも同じ人間なのです。人間として、つながっているのです。あなたが、もしも、このメッセージに共感してくださるなら、どうぞ、はじめてほしいのです。愛すること。笑顔を忘れないこと。すべての存在のなかに神(尊さ)を見ること。やすらぎをわかちあうこと。その、どのひとつでもいいから。そして、あなたが「これはマザーである」と感じる、どんなおこないでもいいから。そう、私たちは、60億分の1のマザーを体験することで、気づくことができるでしょう。私たちの内がわにも、マザーは存在するのだと。今日は、この問いをあなたに、そして私自身に投げかけます。いま、その生きかたは、私たちの内なるマザーに向かう一歩ですか?それとも…?--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1169号(2007年1月12日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------悲劇の循環から抜け出しませんか。「自分は、あたえられる ようなものは、何も もっていない」と言うひとがいます。また、ときには、あたえるだけあたえて、自分は何も受け取らない。そんなひともいるかもしれません。ただ、このひとたちは出会うこと・もの・ひとを大切にします。「ありがとう」のことばを欠かしません。そして、たいてい、とびきりの笑顔です。もう、おわかりですね。実は、それだけで、このひとたちは、たくさんの幸福をひとにあたえているのです。そして、受け取っているのです。単に、そのことに気づいていないだけです。ところが、同じように、「あたえるものがない」「何も受け取らない」というひとのなかには、そうではないひともいます。このひとたちは、「自分には、何もないから、 自分はもらうべきだ」と思っています。あるいは、「受け取らずに がまんしているのだから、 何か見返りがあるはずだ」と思っています。いえ、もっと言うと、そう思っていることに気づかないまま、「あたえないこと」「受け取らないこと」に執着しているのです。なぜわかるのかって?かつての私がそうだったからです。あたえるものが何もないと思っているとき、私たちは、自分を無価値のように感じます。あたえるだけで受け取らないとき、自分は犠牲者であるかのように感じます。それはいずれも、孤独と分離感を引き起こします。自分は世界のだれともつながっていないという孤独と分離感です。あたえないでいると、私たちは、ひととつながることができません。つながれないかぎり、孤独はいやされません。そして、受け取らないでいると、どんどん内がわがひからびてきます。その結果、苦しみから抜け出すためには、みずからを消してしまうしかないと思いこんでしまいます。あるいは、どこかからうばって補充するしかないと決めつけてしまいます。世界の不幸のおおくは、ここから生まれてくると、私は感じています。でも、その考えは、私たちは、けっして幸福にしません。うばったものは、うばいかえされるだけです。手に入れたと思っても、次の瞬間に消えていきます。いいかげんに、この悲劇の循環から抜け出しませんか。そう、終わらせてあげるのです。そのためにできることが…あたえること。あたえられる自分に気づくこと。勇気を出して、あたえ、そして受け取りましょう。そのとき、世界が息を吹き返します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1168号(2007年1月11日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------どの「あたえる」も、ひとしく尊いのです。「あたえる」ということばを聴くと、「自分は、あたえられるような ものは、何ももっていない」と、こたえるひとがいます。ある意味、謙虚に聴こえないこともありません。でも、このことばには、実は、わながひそんでいます。そこには、かならず何らかの基準があります。言い換えると、そこには、「これには価値がある」「これには価値がない」と、値踏みしているあなたがいるということです。思い返すと、私たちは、子どものころ、なんてゆたかにあたえ、そして、受け取っていたことでしょう。たとえば、隣の席の子が、消しゴムを忘れて、困っているのを見たことはありませんか?このとき、自分の消しゴムの何分の一かを切って、「これ使って」とあげるのも、「あたえる」でした。「いっしょに使おう」と、自分の消しゴムを貸してあげるのも「あたえる」でした。あるいは、まわりの子に、「だれかあまっている 消しゴムはない?」と、聴いてあげるのも、「あたえる」でした。どの「あたえる」も、ひとしく尊いのです。だって、もしも、忘れた子があなただったとしたら、きっと、どのかたちの「あたえる」にも喜びを感じたはずでしょうから!ね? だから、「あたえる」には、上下も優劣もないのですよ。そこにあるのは、喜びをわかちあうこころだけなのです。でも、「あたえる」に価値の上下や優劣をつけてしまった瞬間、私たちは、あたえることができなくなります。それは、同時に受け取ることができなくなってしまうことでもあります。たとえば、あなたが、「笑顔を見せるなんて、 あたえることにならない」と思っているとします。当然、あなたは、ひとに笑顔を見せなくなります。そして同時に、だれかがあなたにほほえんでくれても、それが、あなたに向けてあたえられたものであることに気づきません。いえ、たしかに、笑顔には、気づきます。でも、それを自分と関連づけることができないということなのです。「自分とはちがって、 幸せそうでいいなあ」と、素通りさせてしまうのです。あるいは、「自分はこんなに不幸なのに」と、勝手に落ちこむ材料に使ってしまったりします。あたえられないひとは、ときとして、このわなにはまってしまうのです。もう一度、消しゴムの例を思い出してみてください。どの「あたえる」もひとしく喜びだったことを。あなたには、かならず、あたえられるものがあるのです。どんなときでも、どんな状況にあっても。そして、言い換えますよ。あなたには、かならず、受け取れるものがあるのです。どんなときでも、どんな状況にあっても。価値の上下や優劣を捨てたとき、私たちは、そこに無限のゆたかさを感じます。あたえることは、受け取ることであることを、深いところで気づきます。そこには、ただ、喜びしかないことも…。だからね。あたえてごらんなさい。そして、あたえることで受け取る体験を重ねてみてください。あなたの「あたえる」が、世界を幸福にします。あなたの「受け取る」が、世界を幸福にします。私たちは、すべて、つながっているのですからね!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1167号(2007年1月10日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------------それは、あなたの生きかたの反映です。理屈では説明できませんが、この世には、「ご縁」というものがあるようです。このご縁は、ちょうど、音叉のように、共鳴する関係にないと、つながることがありません。逆に、共鳴できる関係になると、自然につながる、ともいうことができます。あなたがいまもっている人間関係は、あなたの生きかたがつないだご縁の結果です。だれのせいでもない、あなた自身がつむいだのです。仮にそれが不本意であっても、あなた自身が変わらなければ、ご縁を変えることはできません。私にもまだまだわかっていないことがあるので、これはあくまでも経験の範疇に過ぎません。ただ、ご縁をつなぐのにも、ご縁を終わらせるのにも、効果的な方法があります。それは、「感謝」です。あなたがいやだなあと思う人間関係は、人生のうえで、あなたに、確実に何かを教えてくれる存在です。(反面教師という 場合もあります)あなたはそのことをきちんと学んでいますか?受け取って、自分をよりよくすのために使っていますか?感謝して受け取り、充分に生かすことができたら、それは、自然になくなるか、いても気にならない存在になってしまいます。これが、ご縁が終わるといいます。 タイムラグはあります。 あせらないように!(笑)つなぎたいご縁があったら、あなたはそのひとのことを知ろうとするでしょう。そうすると、そこからいろいろなことを学ぶようになります。学びの対象にたいしては、自然と、感謝の念が湧きます。感謝の気持ちが高まると、そのひとに関連すること・もの・ひとに出会いやすくなります。素直に受け取って、感謝しつつ、つないでいけば、よりご縁がつながりやすくなります。でも、もっと大切なのは、あなたが、どんな自分を生きたいかを、はっきりさせることです。そして、それに向かって、まっすぐに生きることです。そうすると、自然に、必要なご縁は生まれてくるのです。つながるものはつながり、終わるものは、終わっていくのです。もしかしたら、その行程で、一度終わったと思ったご縁に出会うこともあるかもしれません。それもまた、あらたなご縁のはじまりです。ご縁とは固定されたものではなく、つねに、移り変わるものです。それは、あなたの生きかたの反映です。言い換えれば、あなたが、自分のご縁を決めることができるということです。あなたは、あなたのご縁のありかたを決めることができる。今日はそのことを信じてみてください。そして、そのために必要な生きかたを選択してください。あなたにつながるご縁が、おだやかな幸福に満ちたものでありますように。その幸福と幸福が、また、あらたなご縁を生み出していきますように。こころから祈ります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1166号(2007年1月9日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.19
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------そのひとをイメージするんです。「よく書くネタに困りませんね」そう聴かれることが、しばしばあります。この毎日のメッセージを書くようになってから、3年以上が過ぎました。たしかに、よくつづいてきたなとは思います。(^^ゞ「降りてきた」系(笑)のときは、ほとんど実感がありません。よくわからないけれど、書けてしまって、でも、読み返すと、なるほど、それ以外には書きようがないな、と思える内容です。(爆)それ以外のときも、書きたいことはたくさんあるので、「ネタに困る」ということはありません。ただ、書きたいことの焦点が定まらないということはあります。書きたいことはあるのに、それをどう表現したら、一番うまく伝わるか、そこで苦労することはある、ということです。そんなときは、どうするか。その話題に一番かかわりがありそうな、つながっていそうなひとのことを思い出します。そのひとに向かって、語りかけるつもりで書き出します。そうすると、不思議なくらい、ことばが湧いてきます。これって、実は、日常生活にも応用できます。もしも、あなたが、何か原稿を書かなければならなくなったとして、なかなか進まないときは、この方法を応用してみてください。あなたは、何のためにその原稿を書いているのですか?そしてそれは、だれに読んでもらいたいものですか?「若者全般」「普通の主婦のひとたち」こんなこたえが返ってくることがあります。それではだめです。この世のなかに「若者」全般なんて、存在しないからです。「普通の主婦」なんて存在しないからです。あくまでも、一人ひとりことなる若者がいるだけなのです。それぞれの思い、それぞれの悩み、それぞれの生きかたをする主婦がいるだけなのです。似通っている部分が、あるとしても、けっして、ひとからげにすることはできないのです。相手の顔を、具体的に思い浮かべてください。若者なら若者、主婦なら主婦、あなたのみぢかなひとで、ありありと、その顔を思い出せるひと。そのひとをイメージするんです。そのひとに向かって書いてみるんです。話はすこし飛びますが、ひとまえで話をするとき、みんなに話を聴いてもらうこつは何か知っていますか?全体に呼びかけるように話してはだめなんです。逆に、聴衆のなかから、だれかひとりを選んで、そのひとに向かって話すといいのです。 詳細は長くなるので 省略します。すると、おもしろいことに、ほかの聴衆までも、自分にたいして、語りかけられていると感じるんです。文章を書くときも、同じなんですよ。具体的に思い浮かべただれかに向かって書くとき、フォーカスが、そこにきちんと当たります。すると、話のポイントがしっかりします。まさに「的を射た」という状態になります。ここから先は想像ですが、おそらくそのとき、意識の深いところで、ほかのひとたちともつながってしまうのだと思うのです。「あなたに話している」「あなたに伝えている」その感覚を、私たちは無意識のうちに、共有することができるのだと思うのです。はい。以上、かめわざ式「書きかた」講座でした。(笑)よかったら、お役立てくださいね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1165号(2007年1月8日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪------------------------------いま、うまくいっているところはどこ?あらゆる場合において、大切なことがあります。それは、「こたえはひとつではない」ことを忘れないことです。たとえば、算数で、3というこたえを出すためには、どうしたらいいですか?1+1+11+2あるいは、3÷1…いろいろありますよね。人生も同じなんですよ。どの方法が一番正しいということはありません。どの方法が一番好きか、ということはあるでしょうが。でも、その、あまり好きではないプロセスを選ばなくてはならないときも、けっして、否定的になる必要はないのです。うまくいかないプロセスのなかにも、かならず、うまくいっているところがあります。そこをきちんと見るんです。これは、逃げではありません。ひとは、見ている方向に進むようにできているのです。あなたは、横を向いたまま、前に進めますか?かならず、行きたい方向を見て歩くでしょう?もしも、あなたが、自分の人生が思いどおりにならないと感じているなら、いま、その状態のなかの、うまくいっている部分を見るんです。かならず、あります。それが、どんなにちいさなことでも、顕微鏡で発見するくらいのつもりで探してやるんです。(笑)いいところが見つかると、ひとは、ほっとします。ほっとすると、自然に、こころが落ち着きます。こころが落ち着くと、余裕が出てきます。余裕が出てくると、解決策や、アイデアも生まれやすくなります。そうすると、うまくいっている部分がどんどん増えてきます。そしたら、あとは、その流れをおおきくしてあげるだけでいいんです。あせる必要はありません。「いま、自分は、どこを 見ているんだろう?」「あれ、うまくいってない ほうに気をとられてる」そう気がついたら、ただ、修正すればいいだけなんです。あなたは、いままで、うまくいっていないほうに気をとられるくせがついていただけ。そのくせを、少しずつ変えていきましょう。いま、うまくいっているところはどこ?いま、流れのいいところは、どこ?そんなふうに、いつでも、自分に聴いてあげるんです。何かほかのことに気をとられても大丈夫。気をとられていることに気づくということは、何に気をつければいいか、考えられる時点に立っているということです。そこから、またやり直せばいいだけなんです。トライしましょ♪繰り返し繰り返し、トライしましょ♪そのトライが、やがて、習慣になるまで。うまくいっているところが、見えてくる習慣が、あなたにしみこむまで。たったひとつの正解にとらわれずに、ありとあらゆる道すじを探りましょう。たどり着きたいこたえは、「幸福になること」方法は無数にあるんですよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1164号(2007年1月7日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------あなたのことばを祝福します。机の前に、おおきめのコルクボードをかけています。ただし、流行の宝地図ではありません。 宝地図はとてもすてきですが、 私はたまたま使っていません。 (単に、シュミの問題です) 私の場合は、「ことば」を貼るのです。ひとは、「ことば」でできています。「私ってだめなやつ」が、口ぐせのひとは、だめだめちゃんにふさわしい行動をとってしまいます。「まっ、いいか」(魔法の言葉ですね)が口ぐせのひとは、自然と、お気楽な生きかたを選びます。(笑)そう、「ことば」が、ひとを既定するのです。「目標は紙に書け」とは願望実現の手法として、よく言われることですが、自分の好きなことばを書いて貼っておくこともなかなかいい感じです。自分が大切にしたいこと。こうありたいと思うこと。名言名句でもいいですし、友だちや家族のさりげないひとこと、ある日なぜか突然ひらめいたこと…。何でもかまいません。それらを、紙に書いて、貼っておくのです。ひとそれぞれと思いますが、あまり、具体的すぎないほうがいいように思います。毎月売上○○達成とかね。(爆)それはそれで悪くはありませんが、逆に、とらわれになったり、プレッシャーになったりすることもありますから。ポイントは、それができてもできなくても、あまり気にしないこと。忘れそうになるたびに、思い出させてくれる、きっかけくらいにとらえておけばいいのです。そのときも、「ああ、また忘れてた」ではなくて、「そうそう、これこれ」なんて感じで、うなずくほうがいいです。ちなみに、私が貼ってあるものをいくつか挙げると…「感謝して、仕事する」「自分との約束を守る ひととの約束を守る 天との約束を守る」「喜びをわかちあう」「利他のこころ」 はい、できてないことが 圧倒的におおいですね。(爆)長いこと貼っておくと、自分自身の気持ちの移り変わりもわかってなかなか楽しいです。そのときどきの自分が、どんなことばにひかれるのかは、そのときどきの自分が、どんな生きかたをしたいのかを物語ってもくれるようです。一番あたらしく貼ったことばは、これです。「我、私心無かりしか」(稲盛和夫さんの ことばだそうです)このことばが、私に、どんな生きかたを示してくれるのか、ゆっくり楽しみたいと思います。さあ。あなたは、自分にどんなことばをプレゼントしますか?どんな生きかたをしたいのか。それには、どんなことばがふさわしいのか。今日はちょっと考えてみましょう。そして、気が向いたら、紙に書いて、実際によく目につくところに、貼ってみてください。そのことばが、あなたの生きるはげましになるように。あなたの明日への道しるべとなるように。あなたのことばを祝福します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1163号(2007年1月6日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------------------うまくいかないことを、楽しめばよかったのです。活動が順調にいっていると、ついつい忘れがちになることがあります。それは、うまくいかないことのすばらしさです。すこし前のことになります。ある中学校で、コミュニケーションの授業をおこないました。10人ちょっとの少人数グループでしたが、私が何かを指示すると、かならず、ひとりだけ、ちがうことをしようとする男子生徒がいるのです。たとえば、目を閉じて歩くワークでは、目を開けています。身体表現だけで伝えるワークでは、ことばでしゃべってしまいます。一事が万事、その調子です。実は、ワークショップで一番大変なのは、時間がみじかい場合です。学校の授業は、50分。ふだんなら、ちょっとほぐしているだけで、終わってしまうような時間です。ここしばらくのあいだ、ワークショップは、どこでも、本当に波に乗っていました。参加者の反応もよく、やりたいことがどんどんやれていました。そんな折に、この授業に遭遇したのです。私の誘導に、彼は、一瞬は乗ってきますが、すぐに脱線します。私がこうしたいと思うワークの意図をことごとく、こわしてしまいます。あせりをいだきながら、50分は過ぎていってしまいました。私は、なんともいえぬ敗北感のような感覚を味わいつつ、帰宅しました。そのあと、しばらく、私は考えていました。私はあのとき、何をすればよかったのか。そのとき、ふっと、思い出したのです。こうしたワークをはじめた当初は、うまくいかないことばかりだったじゃないか。うまくいかないことのなかから、たくさん学んできたんじゃないか。そうでした。私は、ワーク全体をコントロールしようとしていたのでした。自分の意図に沿わない相手を、否定しようとしていたのでした。彼は、敏感にそれを察知していたのです。うまくいかないことを否定するのではなく、うまくいかないことを、楽しめばよかったのです。コントロールするのをやめて、その流れに乗ってしまえば、あたらしい展開が生まれたかもしれません。いえ、過去を振り返ると、うまくいかないことは、すべて、もっとうまくいくことにつながっていました。コントロールを手放し、起きてくることを受け入れ、ただ、その流れに乗れば、かならず、何かが生まれてきていたのです。そのことを、私は、忘れてしまっていたのです。自然に、笑みがこぼれてきました。私は、そっとつぶやきました。「○○くん、ありがとう」しぱらくたって、その中学校から、生徒の感想文がとどきました。残念ながら、彼の感想文は見当たりませんでした。でも、そのときいっしょに参加した女子生徒がこんなことを書いてくれました。「男子たちがふざけて、 困ったでしょう? でも、私は、 あの日の授業が、 とても楽しかったです」その感想文のおかげで、私はもうひとつの気づきを得ることができました。うまくいかないときでも、うまくいっている部分はかならずある。そのことを見落とさないでいようと。その後、ワークショップは、ふたたび、流れをとりもどしました。毎回毎回、本当に充実した時間を過ごさせてもらっています。でもね、こころのなかでは、ひそかに、こんなことを思っているんです。「さあ、どんなに うまくいかないことでも、 どんなに困ったことでも、 やっておいで。 とことん、 楽しんでやるから!」って!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1162号(2007年1月5日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------「あたえる」ことには、意味があります。「あたえる」ということばを聴いた瞬間に…。、「自分にはとても…」と感じるあなたは、自分にたいして無力感や罪悪感をもっているひとかもしれません。「そんな傲慢な」と感じるあなたは、その無力感や罪悪感に怒りを感じているひとかもしれません。今日は、そんな感情を手放してみましょう。完全にあたえきる、というプロセスをとおして。「あたえる」ことは、「手放す」ことです。どんなかたちであっても、自分に所属しているものを(物品でない場合も含めて)ゆずりわたすことです。でも、ちょっと思い出してみてください。それは、もともと、どこからもたらされたものなのでしょう?私たちは、生まれたとき、何ももたずにきました。それが本来のすがたでした。その後、生きていくなかで、さまざまな物品や、富や名声や何やらを手に入れてきたのです。 ひとによって、 その質・量には差が ありますけれども。(^^ゞでも、それも、本当に、自分のものなのでしょうか?私たちは、ときとして、理不尽と感じるかたちで、それを手放さなくてはならなくなります。事故でからだの一部を…災害で所有していたものを…病気で、いのちそのものを…。そう考えたとき、私たちは、ただ、所有幻想のなかを生きているにすぎないことがわかるのです。どんな生きかたを、どんな暮らしかたをしていても、私たちの本質は、裸の赤んぼうと、同じなのです。それでも、なお、「あたえる」ことには、意味があります。「あたえる」ことは、いま、かりそめにもっているかたちを、手放すいとなみだからです。何ももっていない存在であったことを思い出すいとなみだからです。それは、宇宙の一部である自分を思い出すいとなみでもあります。宇宙とつながるいとなみでもあります。すると、そこで、ひとつのパラドックスが起きます。宇宙とつながるとき、私たちは、すべてはひとつであることを体験します。すべてがひとつであるとき、私たちは、すべてをもっているということになります。そう、私たちは、最初から、すべてもっている存在であり、同時に、何ももたない存在なのです。ただ、「手放す」「あたえる」というプロセスをとおして、ひとつながりの宇宙存在である自分を、思い出すことができるのです。だからこそ、地上の執着を超えて、完全に「手放し」、完全に「あたえ」てください。いっさいは、うしなわれることはありません。「あたえる」ことが、宇宙とつながることならば、おおきな循環のなかでそれらはすべて還ってくるのですから。今日のメッセージは、ちょっとわかりにくいものだったかもしれません。でも、本当は、とても単純なことなのですよ。だって、あなたが、さっき、「あたえた」笑顔。ほら、振り向けば、もう、そこに還ってきていますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1161号(2007年1月4日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------親孝行のススメ。「親をゆるせない」そんなメールをいただくことが、実はよくあります。そう言わずにはいられない、気持ちはよくわかります。実際、胸が痛くなるような体験をされているかたもたくさんいらっしゃいます。でもね、今日はあえて、これを、オススメしたいのです。「親孝行」もしも、あなたの親が、幸福な生きかたをしていたら、そんなふうに、あなたにつらい思いをさせたでしょうか?いいえ、ちがいますね。私たちは、自分が受け取ったものしか、あたえることができません。 受け取ることの深さに ついては、いつかまた 書きたいとは思いますが。残念なことに、あなたの親は、本当の幸福を知らずに生きてきたようです。ですから、あなたに、幸福をあたえることができませんでした。でも、ということは、あなたの親の親もまた、本当の幸福を知らずに生きてきたことになります。幸福になれない連鎖は、いまはじまったものではなかったはずです。でも、そんな親のもとに、そんなつながりのもとに、あなたは生まれたのです。なぜだと思いますか?あなたには、それを終わらせるちからがあるからなのです。いいえ、本当は、だれもが、ちからをもっているのです。生まれる前に、その約束をしてきたのです。でも、それを、忘れてしまって、自分を無力な被害者におとしめてしまうのです。今日、このメッセージを読んだあなたは、そのことを思い出せるひとです。 だって、これを 読んじゃいましたからね。(^^ゞどうぞ、約束を果たしてあげてください。何をするのかって?「親をゆるす」のです。どうしてもゆるせないと、思ってきた親をゆるし、手放すのです。たとえ、親がすでにこの世にいないひとも、こころのなかでいいから、ゆるし、手放すのです。 連綿とつづいてきた、不幸の鎖を、ほかでもない、あなたが断ち切るのです。そのとき、あなたの親は、深いところで、やすらぎを得るでしょう。そして、あなたの親のまた親…、すべての親が、その瞬間にすくわれます。つながりをたどって、すべての魂がいやされるのです。このことをこそ、「親孝行」というのです。「親孝行のススメ」とは、そういうことなのです。さて。ここで、ちょっと考えてみてください。いやされた親をもつあなたは、不幸な存在ですか?いやされたご先祖さまをもつあなたは、不幸な存在ですか?そんなことはありませんね。そうです。あなたが、「親孝行」をした瞬間に、あなた自身も、幸福なひとになってしまうのですよ!あなたを幸福にしてしまう「親孝行」。やらない手はありませんね♪--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1160号(2007年1月3日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------あたためてください。からだの不具合にたいして、私は基本的には「あたためる」ことを考えます。あたためるだけで解決することが、けっこうあるからです。たとえば、疲れ目。目薬をさす前に、濡れタオルをレンジであたため、目のうえに乗せます。 時間があるときは、 お湯をわかして、 それであたためます。疲れ目のおおくは、うっ血によるものです。あたためてやると、とどこおっていた血が流れ出します。タオルが冷めてきたら、またあたためて、数回繰り返すだけで、おどろくほど、目がすっきりしてきます。お風呂に入るときも、半身浴です。重曹を入れると、効果大です。 入浴剤の保温成分は 基本的に重曹だそうですよ。冬の季節はとくに、足もと、腰の冷えに注意します。靴下はかならず履きますし、腰が冷えないように、厚手のものを着用します。めったにありませんが、おなかが痛いとき。薬を飲む前に、まず、手を当てます。たいていは、冷えているのがわかります。あたためてやるだけで、痛みが軽減することがあります。手で足りないときは、湯たんぽを当てることもあります。夏の冷房の影響で、腰を痛めたときは、半月ほど、温湿布をしていたこともあります。そんなこんなで、特別な薬を使わず、たいていの場合は、あたためて治します。そして、こころもね。あたためてやると、治ることがたくさんあるみたいです。自分を責めているとき、誰かに怒っているとき、こころには、たいてい、冷たい風が吹いてます。そう、冷えているんです。まずは、あたためてあげることにしましょうよ。からだといっしょです。手を当てるんです。伝わってくる手のぬくもりを感じるんです。こころには、ことばのあたためも効きます。言われてうれしいことば、やすらぐことばを、たくさん、自分に投げかけてあげます。自分では、うまく言えないときは、ひとに頼むのもOK。ひとにも頼めないときは、あらかじめ、自分にあてた手紙を書いておくというのは、いかがでしょうか?自分をあたためることばをたくさん書いておいて、つらいとき、苦しいとき、それをひらくんです。あたためてください。大切に、自分をあたためてください。あなた自身があたたかくなれないと感じているときも…。いいえ、そんなときこそ、だれかをそっとあたためてあげてください。すると、あなた自身もあたたまります。あたためることで、鳥がたまごをかえすように、そこから、あたらしい何かが生まれるかもしれません。あたためあって、あたためあって、生きていきましょうよ。今日のメッセージが、あなたのこころをあたためることができますように!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1159号(2007年1月2日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------ひとしく大河の一部です。「何のために生きているのか、 わからない」そんな思いで生きているひとがいます。私自身も、かつてそんな思いのなかで生きていました。「何のために」そう思うとき、ひとは、何か特別なことがなければ、生きている意味がない、と感じているように思います。自分にしかできない何かを見いだしたい…。それは、もちろん、とても大切なことです。実際、ひとはそうして、自分らしく輝くのです。でも…。今日、しずかに感謝の祈りをしていたら、ふっと、イメージが降りてきました。大河の流れでした。どんな大河の流れも、ひとしずくの水滴が集まって成り立ちます。どのひとしずくも、ひとしく大河の一部です。その瞬間…、わかりました。「ああ、そうか。 生きているだけで、 私たちは、すでに、 歴史の必要な一部なのだ。 宇宙の欠くことのできない 一部なのだ」ひとしずくの水滴から見れば、ときに、自分は、とてもちっぽけな、とるに足らない存在に思えるかもしれません。でも、そのひとしずくなしに、大河が存在しないならば…。あなたがいなければ、この歴史は存在していない。あなたがいなければ、この宇宙は存在していない。だとしたら、あなたは、歴史そのものであり、宇宙そのものなのです。その歴史のなかで、宇宙のなかで、ときに、濁流の一部となるひとしずくもあれば、ひとののどの渇きをいやすひとしずくもあります。でも、濁流だけでは大河は存在しないし、のどの渇きだけのためにあるのでもありません。どちらも必要があって存在するのです。あなたは、いま、生きているだけで、大河であり、歴史であり、宇宙そのものです。あなたがそのことを自覚してもしなくても、それは変わりません。あなたは、生きているだけで、すでに生まれた意味を果たしているのです。今日は、歴史であり、宇宙である自分を、受け入れてみましょう。あなたは、もともとこの宇宙にとって、必要な存在なのだと、みとめてしまいましょう。私自身、このメッセージを書きながら、自分のなかに残っていた、迷いのかすが、落ちていくのを感じています。大河のひとしずくを、生ききりたいと、こころから思いました。大河のひとしずくを生きる自分を祝福しようと思います。そして、その祝福をかけがえのない宇宙存在であるあなたとわかちあいたい。おめでとう、生まれてきてくれて!ありがとう、生きていてくれて!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1158号(2007年1月1日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-----------------------------「高い、高い」を、してみるんです♪20代のころ、ウエイトレスのバイトをしていたとき、同じ店の厨房のひとが苦手でした。大柄なひとで、声もおおきく、威圧されているような気持ちになるのです。ところで、私は、身長があまり高くはありません。…152cm。(^^ゞ最近では、中学校でも、ほとんどの生徒が、私より背が高いのです。(笑)話は飛びますが、ちいさな子どもたちは、「高い、高い」が好きですね。「高い、高い」をしてもらっているときの子どもたちの顔は、例外なく輝いています。「高い、高い」の状態では、ふだんは見えないものが楽々と、見えます。いつもの自分を超えた、もっとおおきな自分がそこにいます。それが、おとなの手を借りていようがいまいが、目の前に見えている現実は、自分にとって真実のものです。そんなことを考えていたら、はっと気がつきました。20代のときの私は、大柄のそのひとが怖いと思っていました。でも、本当は、そうではなかったのです。結局は、私自身の自己評価が低かったのです。自分の存在をちいさなものに感じていたために、そのひとが、余計に威圧的に感じられただけなのです。いま、ワークショップなどで、おおぜいを相手にするとき、この身長ですから、しばしば、ひとのなかに埋もれそうになります。(笑)で、そんなとき、どうするか?台の上に乗ります。(爆)ええ、「高い、高い」状態です。自分が埋もれそうだと思ったら、埋もれない環境を自分でつくればいいのです。(^^ゞもちろん、いま、私のなかに、他者にたいする怖れはありません。だから、それは、単純に、全体を見るために過ぎません。あとは、再び、地上に降りて(笑)、みんなのなかを、くるくると駆けまわっています。でもね、そうすると、おもしろいことが起こります。「身長152cm」というと、「もっと高いように感じる」と、異口同音に言われるのです。不思議でしょう?「背は低いけど、 態度はでかいから」そう言って、笑いをとっていますが、これ、あながち冗談ではないと思うのです。つまりは、自分の気持ちひとつなんです。気持ちのありようが、そのひとを、おおきくもちいさくも見せてしまうんです。だからね、今日は、ちょっと遊び感覚のオススメです。もしも、あなたが、かつての私のようなプレッシャーを感じているとしたら…。ためしに、「高い、高い」を、してみるんです♪ええ、もちろん、椅子か机のうえに乗るだけで充分。(笑)子どものように、そこから見える景色を、楽しんでみるのです。そして、地上に降りても、その感覚を使って、生活してみるんです。あなたの可能性が広がりますよ!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1157号(2006年12月31日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------深く、自分と出会ってください。「出会い」という名のレッスンがあります。20代のころ、通っていた竹内敏晴さんの教室で、何度も体験させてもらいました。二人の人間が、部屋の端と端に、少し位置をずらして向き合います。こころをぼかんとさせて、まっすぐに正面を向いて、同時に歩きだし、すれちがいます。すれちがったら、振り返って、相手の目を見ます。あとは、自分の内がわが動くことにしたがって、何をしてもいいです。何をしなくてもいいです。それだけのレッスンです。でも、だまって、他者と向き合っているのは、かなりしんどいことです。日常でも、会話のあいだにわずかの沈黙があるだけで、ひとは、おおさわぎします。沈黙したまま、相手との空間を感じていることができないのです。「出会い」のレッスンでも、おおくのひとが、この沈黙に耐え切れず、相手に話しかけたり、握手をもとめたりします。本当に、そうしたいわけではないのに!沈黙のなかで、もっと感じとるべきことがあるはずなのに!そして、おおくの場合、醸成されかけていた二人の関係はこわれます。表面的なつながりはできるかもしれませんが、すでに、「出会い」は終わっています。そこから深まることは、ほとんどありません。怖れやとまどいやためらいを捨てて、ただまっすぐに、本当に動きたくなるまで、本当に話したくなるまで、相手と向き合っていると…。何も動いていないのに、何も語っていないのに、相手との関係が、どんどん、深まっていくことを感じます。ただ見つめているだけなのに、ときには、涙が出てきたり、たまらないいとおしさに包まれたりもします。 それが、本当の「出会い」の瞬間なのです。理屈を超えて、沈黙のなかに、ただ相手を感じきること。それは、同時に、相手を感じきる自分を感じきることでもあります。素になって、相手と向き合うことは、素になって、自分と向き合うことでもあります。そのとき、私たちは、ひとはすべて、深いところで、つながりあっていることを知るのです。ひとはすべて、わかちあうことのできる存在であることを知るのです。真に「出会う」とは、そういうことなのです。ひととのつながりを信じきれなくて、こころが騒ぐとき、どうぞ、このことを思い出してください。すべての「出会い」の源は、みずからの内がわにあります。何も足さず、引かず、ただ、あるがままにある自分の内がわに、すべてのこたえはあります。深く、深く、自分と出会ってください。沈黙のなかに、自分からのこたえを受け取ってください。すべては、いつでも、そこからはじまります。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1156号(2006年12月30日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.06
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★今日のフォーカスチェンジ♪-------------------------想像力を使ってください。「演劇のなかには、 人生のすべてがある」これ、私の持論です。 いろいろ、 持論をもってます。(笑)演劇は、虚構の世界です。虚構の世界ですから、何でもありです。お金持ちになりたかったら、お金持ちになれます。宇宙人になりたかったら、宇宙人にもなれます。犬になりたかったら、犬にもなれます。(笑)必要なのは、想像力です。そして、その想像力をからだに落とすちからです。どういうことかというと?たとえば、お金持ちの役を演じるとします。お金持ちのひとは、どんな姿勢をしているか、どんなふうに歩くか、基本は、そこから入ります。必要ならば、観察もします。お金持ちのひとは、背中を丸めて下を向いて、しょぼしょぼと歩いているでしょうか? もちろんそういうお金持ち もいますが、そこには、 別の条件が加味されますね。 それはそれで 別の演じかたになります。財布のなかみは、どうでしょうか。着ている服はどうでしょうか。住んでいる家は、どんなでしょうか。演劇の世界では、それらすべてに、本物を用意する必要はありません。演じる人間が、それを「そうだ」と思える想像力があればいいのです。それらをすべてかねそなえた「からだ」としてふるまいます。すると、こころのほうが、それにあわせて変化してきます。お金持ちを演じているひとは、演じている瞬間は、まさに、自分がお金持ちであることを信じています。ですから、ただ、自然にお金持ちとしてふるまい、お金持ちとして生きます。この想像力と「からだ」の関係を、現実の世界でも、もっと使ったらいいのに…と、私は思うのです。一円もかかりません。特殊な器具を使った訓練も必要ありません。必要なのは想像力だけ。なりたいものを想像する。それだけで、私たちは、こころを切り替え、からだを切り替えることができるのです。そして、これを書いているときに、もうひとつのひらめきが降りてきました。もしも、あなたが、自分にたいしてネガティブなイメージをもっているのなら…。それは、ただの「役」なのです。「役」ですから、いつでもやめていいのです。「役」ですから、いつでもやめることができるのです。そこにも必要なのは、想像力だけです。ね? 簡単なことなんですよ!さあ。あなたは、どんな自分になりたいですか?あなたは、自分の想像力を使うだけで、いますぐ、この瞬間にそれになることができます。想像力を使ってください。そして、あなたの人生という舞台のうえで、最高のあなたを生きてください。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1155号(2006年12月29日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪---------------------------自分のことを語っていますか?私は、演劇活動のかたわら、けっこう長いあいだ、編集の仕事をしてきました。 いまでもちょこっとは、 やっています。(^^ゞそのなかで、気づいたことがあります。とても有意義な内容なのに、いまひとつ魅力を感じない文章。文章技術的にはいまひとつでも、なぜか魅力を感じる文章。その差は、何なのだろうかと。あくまでも私見ですが、ひとことで言って、「自分を語っているか」どうか、なんですね。その文章をとおして、そのひととなりが、生き生きと伝わってくるほど、ひとは、その文章にひかれ、その書き手に関心を寄せるのです。あなたにも覚えはありませんか?授業中、よく脱線して、自分の若いころの話なんかをしてくれた先生のこと。あれだって、単に脱線するのがよかったのではないのです。そこで語られる話をとおして、人間としての、その先生を、あらためて感じるのです。いわばたてまえではなく、本音でかかわってくれるそのひとに好感をもつのです。これって、実は、すべてにあてはまると思っているんですね。あなたが、ひとと、コミュニケーションをもちたいと思ったら、自分のことを語る必要があります。それも、うまくいったことだけでなく、失敗談も語れるようになると、ひとは、あなたのことをもっと好きになります。 ただし、明るく語って くださいね。(笑)私たちが生きているということは、すべて、だれかと出会うことです。出会うということは、もっと知りたくなるということです。そのときに、あなたは、辞書でもなく、コンピューターでもなく、データでもなく、ひとりの人間です。当たり前ですが、個として生きているひとりの人間です。自分のことを語っていますか?個としての自分を、相手に見せられますか?あなたが、もしも、コミュニケーションがうまくいっていないと感じるとしたら、ひょっとして、そのあたりに原因があるのかも。「でも、自分のことなんて だれも興味なんか…」そんなふうに感じるひともいるでしょう。そんなあなたに、ひとことアドバイス!「特別な過去は 必要ないのですよ」(爆)大切なのは、借りものではない、「あなた自身のことば」で語ることなんです。特別な過去を語れるひとは、それはそれでいいのです。ひとは、それをトピックとして楽しみます。でも、あなたが、ありのままの自分を、「あなた自身のことば」で語ったとき、ひとは、あなたに共感するのです。ああ、自分と同じ人間がいた…と安心するのです。そして、語ったときに、きっと、気づくでしょう。ひとと同じ過去なんて、ひとつもないのだと。一人ひとりが、それぞれに、ことなる人生を歩んできたのだと。それゆえに、ひとは、魅力的であり、いとしい存在なのだと。自分のことを語ってください。つながりは、そこから生まれます。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1154号(2006年12月28日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------------変わりたいと思ったら、変わるのです。「気持ちを変えようとしても、 なかなかできない」そう言われるかたは、とてもおおいものです。でもね、今日ははっきり言っちゃいます。そういうかたは、ずばり、「変わりたくない」のです。だって、あなたは、お水が飲みたくなったとき、がまんしますか?トイレに行きたくなったとき、がまんしますか?しないでしょう?ひとは、自分がしたいと思ったら、するのです。変わりたいと思ったら、変わるのです。ただし、お水もトイレも、がまんするときはあります。たとえば、そのお水がとてつもなく高かったとき。どこかに行く途中で、時間に追われているとき。こころが変わらないとき、あるいは、変われないときも、同じ原理がはたらいています。何らかの理由があって、あなたは、変わりたくないのです。その理由と、変わることをてんびんにかけたとき、(あ、なんか、表現古い…)変わらないほうが、自分にとって、都合がいいのです。あるいは、楽なのです。変わりたいのに、変われない。あなたが、そう思って、苦しんでいるのなら、何を捨てたくないのか、何にしがみついているのか、それをきっちり見つめる必要があります。そこを避けて、変わることはできません。人間関係で苦しんでいたとき、私にとって、最善の選択肢は、怒りを手放すことでした。自分を傷つけた(と感じる)相手をゆるし、その確執のループから、抜け出すことでした。でも、それには、何年も何年もかかりました。なぜなら、私が引くことは、相手が正しいと認めるだと、考えていたからです。相手が負け(過ち)を認めないかぎり、自分の幸福はありえないと思いこんでいたからでした。結果的に、私は、そのループから撤退する選択をしました。相手が過ちを認めたからではありません。怒りにしがみつくことも、相手を変えようとすることも、結局は、無意味なことだと気がついたからです。私は、私の幸福を選択するだけでよかったのです。私が幸福になるためには、相手は必要ではありません。私が私の幸福を宣言する。それだけのことなのです。今日は、あなたが、なぜ、変われないのか、その理由を、しっかりと見つめてみてください。そして、選択するのです。その理由にしがみつき、だれか(何か)を変えようとすることが、あなたの幸福につながるのか。だれか(何か)を変えようとする選択であっても、自分の意志で決められるなら、迷うことはありません。全力でやり尽くしなさい。自分の選んだ生きかたを、まっとうすることは、それだけで、充分に幸福です。どんな結果になっても、後悔することはないでしょう。でも、もしも、変われない理由を手放し、ただ、自分が幸福に生きることを選択できるなら…。おだやかなやすらぎは、より早く、あなたのもとにおとずれるでしょう。どちらを選ぶも、あなたの意志次第です。ほかのだれでもない、あなた自身の選択にかかっています。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1153号(2006年12月27日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------魔法が魔法でなくなる日。「魔法の日」って、あると思うんです。それは、特別な日で、何日も前から、わくわくして待たずにはいられない日。たとえば、誕生日。たとえば、クリスマス。たとえば、お正月…。その日は、だれもが祝福のことばを口にし、相手を喜ばせる品物を交換しあったりします。私たちには、こうした魔法の日が必要です。毎日の単調な日々を塗り替えてしまうような、こころを躍らせる、特別な日が…。でもね。そんな日が終わると、また単調な日々が待っている…。それって、ちょっとさびしいことかもしれません。いっそのこと、今日から、毎日を、魔法の日にしてしまいませんか?毎日、祝福のことばを伝えあうのです。毎日、だれかを喜ばせる何かをするのです。そう、ポイントは、あなた自身が、だれかの喜びになるということ。そのために必要なのは、お金でも品物でもなく、あなたの気持ちひとつ。朝、起きた瞬間から、まわりを見ながら、意識してみるんです。今日は、だれに、魔法のことばをかけてあげられるだろう。だれに、何をすれば、そのひとを喜ばせたり、楽しませたりできるだろう。それは、無理をして、自分を犠牲にしたり、抑圧したりすることとはまったちがいます。他者の喜びや楽しみに意識を向けていると、自然に、こころの底から、みずから「そうしたい」という思いが湧いてきます。その思いに衝き動かされて、ことばが出るのです。行動が生まれるのです。あのひとの笑顔が見たい。あのひとを喜びで満たしたい。あのひとを幸福にしたい。あなたがそう思うだけで、確実に、あなたのおかげで、笑顔になれるひとがいます。喜びを受け取れるひとがいます。幸福になれるひとがいます。笑顔になれたひとは、きっと、だれかを笑顔にしたいと思うでしょう。喜びを伝えたいと思うでしょう。幸福をわかちあいたいと思うでしょう。ね? 一人ひとりが、そうやって、だれかに魔法をかけていったら…。365日が魔法の日。世界じゅう、すべてのひとが、魔法つかいになるんです。そして、365日が、魔法の日となり、すべてのひとが魔法つかいになれたら…。実は、そのとき、魔法は魔法でなくなります。だって、魔法が当たり前の世界では、それをわざわざ魔法とは呼ばないでしょうから!魔法のことばを使える日は幸いです。魔法つかいになれる日も幸いです。でも、究極の幸福は、すべてのひとが魔法使いになって、365日が魔法の日になり…魔法が魔法でなくなる日。そんな日を夢見ながら、今日の一日を踏み出してみませんか?あなたの「魔法」を祝福します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1152号(2006年12月26日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「ま、いいか」は、魔法の言葉。悩むためには、悩むからだがあります。「ま、いいか」には、「ま、いいか」のからだがあります。どういうことかって?あなたがいま、どんなに元気だとしても、下を向き、肩を落として息を殺し、ためいきつきながらとぼとぼ歩くと、自然に、こころもしょぼんとしてきます。そして、その反対もあるってこと!こころとからだは、ひとつながりのもの。こころがかたまれば、からだがかたまります。からだがこわばれば、こころもこわばります。だから、ゆるめてあげるんです。ことばとからだでね。 たまった息をふうっと吐き出し、からだのちからを抜きます。そのいきおいで、声に出してみましょう。「ま、いいか」できたら、手を広げて、天をあおいで、言ってみましょうか。「まっ、いいか」あごのちからを抜いて、口をぽかんと開けて、まゆ毛をぺこっと下げて、(↑気分でよいです)(笑)「まっ、いいか~」そのまま、腕をひゅっと元気に振り出して、歩き出してみましょう。「まっ、いっか」ついでに、スキップ踏みましょう。「まいっか、 まいっか、まいっか♪」どうです?事態は何ひとつ変わっていなくても、自然に、気持ちが軽くなるはずですよ♪あなたが、自分を責めそうになったとき、だれかに腹をたてたとき、失敗しちゃってめげそうなとき、思い出してみてください。元気になりたくなったら、明るく生きたいと思ったら、からだを変えてみるんです。「ま、いいか」は、魔法の言葉。今日は、あなたの「ま、いいか」を応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1151号(2006年12月25日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------まなざしをつかまえるんです。表現ワークのなかには、あたえられたお題をからだだけで表現し、まわりがそれをあてるというゲームが、いくつかあります。わかりやすいお題もあれば、ちょっとむずかしいものもあります。ですから、なかには、「表現力がないので」と、尻ごみされるかたもいます。でもね、心配はありません。不思議なことに、かならず伝わるんです。いえ、のちろん、条件はあります。それは、本気で伝えること!ことばを使えないぶん、自然にからだが動きます。表情も豊かになります。それを見ているまわりも、必死でわかろうとします。するとね、びっくりするくらい、伝わっちゃうんです。先日のワークショップでも、このゲームをやりました。グループでポーズをつくり、それが何かをあてるゲーム。最後のグループにはやや難問のお題。「きっとわからないよ」と弱気です。さあ、どうなるかと、どきどきしましたが、ふたを開けてみると、大丈夫!ちゃんとわかってくれるひとがいたんです!グループメンバーの喜んだこと!これ、人生も同じですよね。100人いたら100人が理解してくれることはありえません。でも、ただのひとりもわかってくれないなんてそんなことも、ないのですよ。わかってもらえない…。そんな気持ちになったときほど、まわりを見てごらんなさい。100人のうち、99人がわかってくれないとしても、わかってくれる1人のまなざしをつかまえるんです。そうです。数の多少ではありません。あなたをわかってくれる、わかりたいと思っている、そのまなざしを、見落とさないで!その気持ちに背を向けないで!あなたは一人ではない。あなたはけっして一人ではないのです。どうかそのことを忘れないでください。まなざしをつかまえるんです。あなたが幸せに生きることを私はこころから応援します。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1150号(2006年12月24日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------痛みを終わらせる人間関係や、お金の問題など、ひとはさまざまな課題をかかえて生きています。そして、さまざまな方法を使って、それらを解決してきました。ところが、ようやくクリアしたと思っていた課題が、ふたたびめぐってくることがあります。そんなとき、ひとは、とまどい、なげきます。「またこの課題か。 いつになったら、 私はこの課題から 抜け出せるのか」でもね、そうじゃないんです。あなたは、その課題をたしかに超えたのです!そして、超えたからこそ、より深い層での課題があらわれてきたのです。それは、最初の課題を終えるまでは、あらわれることができませんでした。言い換えると、最初の課題が終わったからこそ、あらわれることができたのです。だから、あなたは、喜んでいいのです。それによって、あなたは、より深い部分での課題に向かうことができるからです。より深い部分での痛みを終わらせることができるのです。そしてね。あなたが向き合っているその痛みは、もしかしたら、あなたのご両親が超えられなかった課題かもしれません。あなたがその課題をより深い部分で終わらせることで、あなたのご両親の痛みをも終わらせることができるのです。あなたのご両親の痛みを終わらせることができるということは、あなたのご先祖さまの課題をも終わらせることができるということなのです。だから、勇気を出して、向き合ってみてください。そして、終わらせてあげてください。あなたにつながるすべてのひとの幸福のために。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1149号(2006年12月23日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------宣言してごらんなさい。「私は○○だから」そんなことばをしばしば聴きます。そして、私たちは、そんなことばで、つい、自分を規定してしまいがちです。もちろん、それが、自分を元気にしてくれる、パワーアップしてくれるなら、問題ありません。でも、たいていはマイナスの方向に使ってしまっているようです。もったいないなあと思います。あなたがそのことばを使うようになったのはたしかに理由があったかもしれません。でも、そのあとは、そのことばに、逆に「支配」されてはいませんか?私たちは、本来、どのような生きかたもできるのです。必要なのは、それを自分で選ぶという決意です。今日は、あなたがこう生きたい、こうありたいと思う自分をイメージしてみてください。いまできているかいないかは問題ではありません。あなたの望みが完全に実現するとためしに思ってみるのです。どんな気持ちがしますか?わくわくしてきたり、ほっとやすらぐ気持ちがしたら、それは、あなたの根っこのところにたしかにある感覚です。受け入れてみてください。あなたはその感覚を信じていいのです。私たちは、自分の内がわにないものはイメージすることはできません。イメージできるということはそこにつながる可能性があるということです。宣言してごらんなさい。「私はこう生きます」繰り返し繰り返し、自分の内がわにしみこませるように。宣言したとたん、脳は、それが実現する方向に向かってはたらきだします。ええ、脳ってなかなかけなげなやつなんです♪一度きりの人生、あきらめるのは、死んでからってことにしちゃいましょう。今日は、生きたい自分に向かって、生きるあなたを応援します!--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1148号(2006年12月22日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪--------------------------「けどね」を削ってみるんです。ひさびさに、友人から手紙が来ました。自分の課題をなかなか越えられずに、苦しんでいた友人です。ひさびさの手紙の末尾には、こんなことばが書かれていました。「『幸せ』は、 人によってちがうし、 人をうらやむことも、 自分を卑下することも ないんですけどね…」「けどね…」かあ…。つぶやいてみて、思わずほほえみがこぼれてきてしまいました。だって、私たちが幸福になるには、たった三つの文字を削ればいいだけだとわかったからです。「けどね」、これだけです。「けどね」を言った瞬間に、私たちの行動には、ブレーキがかかります。確実に、スピードが落ちます。止まってしまうことさえあります。もちろん、ブレーキがすべて悪いわけではありません。適度なブレーキは、ときとして必要です。(自戒!)ただし、あなたがもしも、ついつい言ってしまうことばの語尾に、「けどね」をつけるくせのあるひとなら。そして、そのことで、なんとなく、きゅうくつさを感じているひとなら。ためしにやってみるのもおもしろいかもしれませんよ。「けどね」を削ってみるんです。「やればできるんだけどね…」 →「やればできるんだ」「○○さえ手に入れば、 いいんだけどね…」 →「手に入れればいいんだ」「幸福になりたいんだけど…」 →「幸福になる!」 あ、ちょっとよぶんに 削ったものもありますが。(笑)なんだか、わくわくしてきませんか?そしてね、もうひとつ、気がついたんです。不平・不満を言うひとって、本当は全部、気がついているひとなんですね。だって、そのひとは、わかっていることに、ただ、「けどね」をつけているだけなんですから。そう考えると、うれしくなりませんか?あなたが、日々、「けどね」を連発してなげいているとしても、それって、あなたはすでに「わかっている」ひとだってことなんです。つまりは、あと一歩ということなんです。思い出してみましょうよ。何度も書いてきたように、私たちは、生まれながらに、この宇宙に、地球にゆるされて存在しています。ですから、残されているのは、自分が自分をゆるす、そのことだけなのです。自分が自分をゆるすって、どういうこと?「けどね…」を削ることです。たったそれだけのことだったんです!もちろん、削ったその瞬間から、自分をとりまくさまざまなこと・もの・ひとに影響が生まれます。けれども、同時に、生じてくる結果にたいして、迷うことがなくなります。だって、それもまた、自分で決めていけばいいだけなんです。そう、たった三文字を削るだけで、それはできるんです!私は、友人の手紙をもう一度手にとりました。「けどね…」そのひとことをとおして、私に教えてくれた友人に感謝しました。そして、そのひとことを、指でなぞりながら、私はそっと、笑顔でつぶやきました。「ふぁいとお~♪」--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1147号(2006年12月21日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.01
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★今日のフォーカスチェンジ♪----------------------------あたらしく出会っていきましょうよ。いくつかの中学校の演劇部外部指導員をつとめています。そのなかでも、一番長く、また、頻度も高くかかわっている学校があります。最近、稽古に行くと、ついつい、きびしい指摘をしてしまう自分に気がつくようになりました。どうしても、生徒たちのマイナスの面が見えてきてしまうのです。可能性もある。それだけのちからをもっている。そう思えば思うほど、目の前の状況がもどかしく、言わなくてもいい「お小言」を言ってしまうのです。生徒たちにとっても、うれしいはずがありません。さて、ひさしぶりに、別の中学校に出かけました。こちらの学校では、学期に数回だけ指導させてもらっています。本番も近いというのに、準備がずいぶん遅れています。台本の読みこみも浅いし、せりふの読みもまだまだです。動きもまるでぎくしゃくしています。でも、指導をしながら、あれっと思いました。不思議と、こころがおだやかなのです。何かを指摘するときも、にこやかに伝えられるのです。ああ、そうかと気がつきました。長く通っている学校には、「これくらいできて 当たり前」という思いこみがありました。その思いこみの「期待」が、強い指摘となって、出てしまっていたのです。でも、たまにしか来ないこの学校では、すべては未知数です。そして、私がかかわれるのは、活動のごくごく一部に過ぎないこともよくわかっています。 つまりは、最初から自分に何かできるという過度の期待をしていないのです。 もちろん、 稽古そのものには、 全身全霊で 向き合いますが。私は気持ちを変えました。このおだやかな気持ちで、いつもの中学校の指導をやってみようと。そう、思いこみを手放して、まっさらな気持ちでかかわってみようと思ったのです。次の稽古日。気持ちを変えて臨んでみると、目の前の景色がまるで変わってしまいました。生徒たちのいいところが、どんどん見えてくるのです。もちろん、足りないところもいっぱいあります。でも、意識は不思議とそこで立ち止まりません。できたところ、進歩したところに気持ちが向くのです。長くかかわっていると、ついつい、こちらの固定観念(かくあるべき)を押しつけたくなります。でも、その思いこみをはずしてみると、どれだけこの生徒たちの魅力を見落としていたかに気づくのです。親と子ども、先生と生徒、上司と部下。関係が密接であればあるほど、親・先生・上司の期待は強くはたらきがちです。でも、思い出してみてほしいのです。目の前にいるその子ども・生徒・部下は、一人ひとりことなる存在です。あなたの「思いこみ」を生きているわけではないのです。そのひと自身を生きているのです。そこから出発してみましょうよ。いつでもあたらしく、あたらしく出会っていきましょうよ。私が、思いこみをはずしたぶんだけ、生徒たちは、のびのびと動きはじめたようです。それを見る私の気持ちもおだやかでした。これでいいのだ、と思いました。--かめおかゆみこ発行 「今日のフォーカスチェンジ」 第1146号(2006年12月20日発行)より★日刊携帯メルマガ 「フォーカスチェンジ・フラッシュ」の登録・解除 パソコンでご覧の方はこちらから♪ 携帯でご覧の方はhttp://mini.mag2.com/にアクセスして 68733 を検索して登録・解除してください。
2010.08.01
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