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ひろし君は、世田谷の梅ヶ丘で和菓子屋を営んでいる紘一郎夫婦のもとに戻り、そこから区立山崎小学校に通うことになった。山崎小学校は京王幼稚園の時と同じく、子供の足で15分以上かかる場所にあって、大雨が降るとすぶ濡れになってしまう。 せっかく家から5分程度の場所に梅ヶ丘小学校という小学校があるのに、なぜこんな遠くの小学校まで通うのか、子供心にも不思議でならなかった。多分同じ世田谷区であっても、単純な地域割でそう決まっているのだろう。だがもしかすると、小田急線の踏切を超えないように配慮されていたのかもしれない。ひろしくんの家は、梅ヶ丘駅前商店街の西側にある『石黒』という和菓子屋であり、梅ヶ丘小学校とは反対側で、新宿方面に向かって線路の右側にあったからである。 山崎小学校に行くには、梅ヶ丘商店街の東側を抜け、閑静な住宅街をずっと歩き、自転車が何十台も並んでいる伊勢丹の配送所前を通って、長い坂道を下って行かねばならない。小学校の周辺には『虎梅園』という文房具屋があるだけで、あとは住宅地だけであった。ただ山崎小学校の隣には、まるで兄貴分のような山崎中学校があり、ひろし君はその山崎中学校に2年生まで在籍していた。 そしてなんと山崎小学校の校舎からは、富士山がはっきりと見えたのである。(もっとも、現在でも屋上から見えるらしいが・・・)それは校歌にもはっきりと記されているではないか。(作詞:白鳥省吾 作曲:梁田 貞) 緑豊けきむさし野の かなたの空に富士を見る ここ世田谷の山崎に 集いて学ぶ楽しさよ 勉めん 今日も作:五林寺隆※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.11.29
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けしきがあかるくなってきた母をつれててくてくあるきたくなった母はきっと重吉よ重吉よといくどでもはなしかけるだろう作:八木重吉※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.11.27
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鳥居耀蔵は御猪口の酒をぐいっと飲み干して、淫乱な目付きをお蝶に向けた。お蝶は、聞き分けのいい素振りで、立ち上がり、三枚重ねの赤蒲団の敷いてある隣の部屋に行き、恥ずかしがりもせず、帯を解き、着物を脱いだ。白い体は眼を眩むような美しさだった。 鳥居耀蔵も慌てて褌を解いた。肥満した白い腹から、びゅうんと起立した黒い逸物が天を仰いだ。だが、酩酊したのか体がよろけた、足元がふらつく、眩暈がする。天井が廻る。伝蔵の配合した薬種が効いてきていた。毒殺術ではない、忍法、目眩(めくらまし)の術だ。 それでも、性欲が勝るのか、這いずりながら、お蝶のいる隣室の寝床に躰を滑り込ませた。鳥居の手はお蝶の身体を弄る。お蝶は身体をくねらせる。そして、そのくねくねとした柔らかい肌が鳥居耀蔵の身体に巻き付いた。鳥居は無我夢中の境地にいた。が、鳥居耀蔵に絡みついていたのはお蝶ではなく、あの白蛇だった。『身代わりの術』だった。と、天井板が音もなくずれる。紐がすっと垂れ下がる。黒装束の忍者が紐を伝って降りてくる。朝蜘蛛は殺すな、夜蜘蛛は殺せ、夜の蜘蛛の糸は危険だった。忍法『下り蜘蛛の術』である。「あなたは?」「白蛇様の使いの者だ、後は白蛇様に任せて、さあっ、お蝶、逃げるぞ」 忍者が黒装束を裏返すと、茶色の商人が着る着物になる、お蝶はそれを被せられたまま、抱きあげられ、天井裏に消えた。蛇を使って、敵の隙を作って逃げる作戦を「蛇遁の術」と云う。音もなく、臭いもなく、跡も残さぬあ筈の忍者だが、僅かに酒の匂いがお蝶の鼻を掠めた。 鳥居耀蔵は白い肌に絡みついたままだった。こんな快感は初めてだった。朝までに五回放出した。お天道様が昇った巳の刻まで、死んだように眠っていたが、目が覚めると、「お蝶、お蝶、これほどの歓びはないぞ」といって、再び、お蝶の体を強く抱く。お蝶の手足も鳥居耀蔵の躰にしっとりと、纏わりついている。鳥居耀蔵はまだ、快楽の淵にいた。 が、次の瞬間、「あぎっあっっ!」と呻いた。腰が抜ける。鳥居は蒲団から飛び跳ねる。呻きは歓喜ではかった。驚愕とも違う。酔いは醒め、心臓が高鳴る。股間は縮む。 鳥居が抱いていたのはお蝶ではなく大白蛇だったのだ。『身代わりの術』にかかっていたのだ。大白蛇はゆっくりと、蒲団から這い出しきて、妖しく光る紅色の眼を鳥居に向け、先の割れた舌でぺろっぺろっと鳥居の萎んだ一物を舐めてから、ゆっくりと、壁を伝って、天井を這い、やがて、天井裏に消えて行った。「蛇遁の術」と云う。蒲団の上には脱皮した白蛇の抜け殻が残されていた。 鳥居耀蔵は萎んだ股間を握りしめ、蛇の毒に犯されていないか、と顔を青くして震えていた。蝮と白蛇のこの事件のことは、誰にも口外することはできず、歴史にも封じ込められたまま、闇に葬られたまま、墓場まで秘密にされて、一緒に埋められてしまった。 以来、鳥居耀蔵は女を信用することができず、近習から特に生娘、美女を避けて暮らした。小伝馬町の牢屋敷に捕えていた女のことごとくが、蛇に化身して牢内を這い回る恐ろしい悪夢に魘された、鳥居耀蔵は、拘禁していた、遊女や夜鷹を、次々に解き放った。妖怪と呼ばれた、鳥居耀蔵が罪人に恩赦を与えた唯一のことであった。(おわり)作:朽木 一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.11.22
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捨てちまいなよっ、脱いじゃいなっ、古い着物をいつまでも着てちゃ、重くてしょうがねえ、木だって、冬になりゃあ、葉を落とすんだぜっ、蛇は脱皮して命を繋ぐんだし、脱皮できない蛇は死んじまうんだぜぃ、 五葉松が斜めに門に押しかかるように被さり、塀の中には、槇が庭の親分といった恰好で庭全体を睥睨しているように見えた。庭には、水の流れる池があり、錦鯉が優雅に泳いでいた。 本所松井町にある、このお屋敷は、両替商松前屋が吉原の花魁、夕霧を身請けして住まわせた、絢爛豪華、贅を尽くしたものだった。鳥居耀蔵はこの屋敷が気に入って、贅沢禁止令をたてに松前屋から強引に取り上げた。 伝蔵の娘、お蝶はこのお屋敷に監禁されていた。お屋敷の門や庭には浪人者や小者が篝火を焚いて、見張り役をさせられていた。 暮れ六つ、警護に囲まれた引手籠がその屋敷の門を潜った。鳥居耀蔵は籠の中でさえ、淫逸な気持ちを押さえられなかった。駕籠を降りると、足早で、お蝶のいる部屋へに向かった。 酒と膳が用意してあり、襖の向こうには蝋燭に照らされて、三枚重ねの赤蒲団が敷かれていた。お蝶は掛け軸を背にして座っている。媚びていない、恐がってもいない、ように見えた。 そこが、また、鳥居耀蔵の心を擽った。面白い女だ。今までに出会ったことのない女だ。「儂が鳥居耀蔵だ、あの白蛇を抱いていた、お蝶と申す女子か?」「はい、お蝶と申します、でぃ、何の御用で、こんなところまで連れてこられたのでしょうか?」「伝蔵が白蛇に生卵を与えている。これは、質素倹約令に違反しておる。白蛇を火あぶりの刑に罰するするところだが、白蛇を捕えて連れてくるまでは、お主は身代わりだ。」「白蛇様はきっと参ると思います」「んんっ?それほど白蛇が恋しいか?白蛇どころか、本来は店も長屋も取り潰すところなのだが、まあ、今回はお蝶に免じて、見逃してやってもよいぞ、その代わりにな、儂の女になるのだ」「わたしは、恐い女ですよ、御覚悟はよろしいでしょうか?」 鳥居耀蔵を睨んだお蝶の眼には蛇のような紅い色の光が宿っていた。「面白い女じゃっ、よし、まず一献、飲もう、今宵は楽しくなりそうじゃ」「お殿様からどうぞ」お蝶がお酌をする。「旨い、旨い、旨い酒じゃ、愉快じゃ、愉快じゃ」 ご機嫌だった。自分に靡かず、怯えず、怖がらぬ女子と酒を飲むのは始めてだった。 鳥居耀蔵は厠で放尿した。小便をしながら、早く、あのぴんとした娘を抱きたいと、爆発しそうな勢いの、逸る息子に、もう少しの辛抱だぞ!と、諫めた。 大御所や将軍のお下がりでない生娘が抱ける。凛とした生娘だ。どんな味がするのだろうか?お蝶は凛とした強気な姿勢とは裏腹に心臓の弁が激しく鼓動するのを抑えきれなかった。 膝の震えがとまらなかった。怖くて、もう、だめかもしれないと、心が折れそうになった。 そのお蝶の目の前を、天井から蜘蛛の糸がすっぅと下がってきた。お銚子の上でぴたりと止まる。その蜘蛛の糸の上を液体が流れてきて、お銚子の中に垂れた。蜘蛛の糸は再び天井裏に消えた。その天井裏から、白蛇が見守ってくれる気配をお蝶は感じ、心が落ち着いた。また凛とした。「おお、待たせた待たせた、さあっ、これを飲んだら寝るとしようか、なっ?」 厠から帰った鳥居耀蔵は逸る気持ちを隠そうとはしなかった。「はいっ、もう一杯飲んでから」(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.11.18
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もう、陽がたっぷりと暮れて、提灯に火を入れてもいい頃だった。赤ら顔の鯉兵衛は縄暖簾『瓢ひさご』の酒樽に腰を降ろして、もう、一刻も飲んでいた。「てえへんだいっ、ちょいと、鯉の旦那、あっしゃあ、とことん嫌になっちまった」蛇ぬけ長屋に住んでいる、下っぴきの粂次だ。 八丁堀の同心、間河長十郎の配下の下っぴきだ。配下といっても、同心の下には岡っ引きがいて、その岡っ引きの下で働く、小物だった。捕り物の後ろから提灯を持って、うろうろしたり、尾行や、見張り、聞き込みなどをして、おこぼれを預かったり、小遣いを貰う程度の仕事である。町の商店から見ヶ〆料や目溢し料も頂く、まともな仕事とはいえなかった。半分はやくざ稼業だ。「旦那、聞いてるでしょ、お蝶のこと、岡っ引きの権六に連れて行かれちまったんですよ。それがねえ、鳥居様のご指示だってさぁ、白蛇のことなんざぁ、云いがかり、いつもの、汚ねえ、やりかたよ。はなっから、お蝶さんが狙いだったんですよ。鳥居様はね、大御所様や将軍様が大奥でやりてぇ放題でぇやりまくった後、押し付けられた、腐れ饅頭ばかりじゃ、美味くねえ、生娘が欲しいと思っていたところへ、この間の見回りで、目に留まったのがお蝶さんだったんだ。ああ、可哀そうだよ、ねえ、鯉の旦那、どうにかならねえもんかねえ」「粂次、おめえだって、、一応は鳥居様の下で働く、下っ引きなんだろう、そんなことを、べらべら喋ってると、終えには、舌抜かれて、放り出されるぞ!」「てやんでえ、こちとら、お江戸の庶民の味方なんでえ、お奉行様の色恋の犠牲になってる、町娘を助けなきゃあ、男が廃れらあっ!なあっ、鯉さんそうじゃねえのかい」「男粂次、粋になすったねえ。それにしても、鳥居様、よく、お蝶が生娘だとわかったな」「それそれ、灰吹き女っての知ってるかい?観音様の横っちょに灰神様がおいでになってね、その灰の上にしゃがんで、尻も饅頭も出してね、すすきの穂で鼻を擽る、くしゃみをする、灰がとべば、穴が開いてる、生娘じゃねえってことよ」「おいっ、粂次はそれを見てたのかい」「いやっ、見ちゃいねえが、娘っ子はいつも灰神様で、遊んじゃあ、笑ってる。そんで、お蝶も生娘だってことは、誰でも知ってらあ、虫食女じゃねえってこと、ああちくしょうめ、鳥居の野郎、初心なお蝶を手籠めにしようってか」「まあ、そんなに心配することもねえだろうよ、お蝶さんはね、凛としてるし、白蛇だって、黙っちゃいねえだろうさ、鳥居様でもそうそう簡単に手が出せねえだろうよ」 そう云ったものの、鯉兵衛の酒で赤く濁っていた眼がみるみる鋭さを増した。「ちょいと、野暮用を思い出した、粂次これで飲んでくれ」鯉兵衛は気前よく、天保銭の百文を卓の上に置くと、縄暖簾をくぐった。「ひぇえ、鯉さんは大金持ちだ、朝まで飲めるぞ」(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.11.14
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所詮この世は水の泡、いつか流れて消えていく、いいも悪いも似た者同士、野暮も、もまれて粋になる、 夜は番太郎と呼ばれる木戸番の蜘蛛左が、拍子木をを打ちながら「七つ半でござい」と、時を告げて長屋の中を歩いていた。仕事じまいの時刻の丁度その時だった。『どんな病もケロリと治る、薬種販売伝蔵屋』の店に、昨日鳥居耀蔵と長屋を引っ掻きまわした、岡っ引きの権六が子分を引き連れ、意気揚々、帯の結び玉に差してあった十手をこれ見よがしに、振り回しながらながら、荒々しく、店の木戸を開けて入ってきた。「おいっ、伝蔵、おめえの長屋じゃ、でけえ白蛇を飼っているな、昨日の気色悪い蛇のこったい、おまけに、毎日、生卵をその蛇に喰わしているっていうじゃねえか、」「へいっ、娘のお蝶を助けてもらったお礼のつもりで、面倒をみてます」「おいっおいっおいっ、冗談ぬかすんじゃねえよっ、質素倹約令を忘れたわけじゃあるめえなぁ、人様でも贅沢は禁止されてるのに、蛇に生卵だとっ、とんでもねえ料簡だ。その蛇は縛り首にした挙句、蒲焼でもする運命だ、さあ、さっさと、その白蛇とやらを、出して貰おうか!」 ご丁寧に、蛇を護送する竹駕籠まで用意してきている。「権六の旦那、蛇はそう、簡単には掴まらねえんですよ」「そうかいそうかい、ご政道に逆らおうってなら、しょうがねぇ、娘のお蝶を預かっていくぜ」「えっ、娘が蛇の代わりとは、そいつはまたごむたいなことを」「えいっ、ごたごたいうと、店も、腐りかけの裏店も、ひと暴れすりゃぁひとたまりもねえぜ、娘を返してほしかったらな、さっさっと白蛇を連れてくるんだな」 今にも、暴れ出しそうな権六に、伝蔵は「ご勘弁を!ご勘弁を!」と頭を下げる。騒がしい店内を察してか、奥から、暖簾を分けて娘のお蝶が出てきた。「おとっつぁん、心配しなく大丈夫よ、私の命の恩人の白蛇様を蒲焼にするというなら、さあ、私を煮るなり焼くなりして頂戴!」 と、お蝶が啖呵をきる。いい度胸だった。凛としている。蛇にイチャモンをつけて、お蝶は柄の悪い男どもに両抱えされて、連れて行かれてしまった。( つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.11.11
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商店の裏には狭い路地を挟んで、石置き屋根のいくらか傾いでいる裏長屋があった。鳥居耀蔵は、汚らしいものを見るような目付きで裏長屋を遠目で覗き、頭のでかい異形な老人を見ると、一瞬躊躇った。このような世界があったのか?自分の生きる世とは雲泥の差だった。「お主が木戸番か?お前の姿は随分と異形で、滑稽を通り越して見苦しいぞ!怪しい者よなぁ」「産まれつきでごぜいます、ちゃんと人別帳にも載ってます、怪しい者ではございません」「ええいっ!この長屋、怪しい臭いがぷんぷん臭うぞ、それ、探索始め!」 岡っ引き、下っ引き、柄の悪い男たちが一斉に長屋の中へなだれ込む。木戸をぶち破り、ずかずかと長屋の中に入る。六畳一間分しかない長屋では隠れる所もあるはずもなかった。「なんでぇ、なんでぇ、お取締だってぇ、こんな長屋にゃぁ、隠れる所なんかありゃぁしねえよ」「すっとこどっこい、贅沢してるのはどっちでぃ、手前なんざ、馬に蹴られて死んじまえぃ!」 どたばたには、慣れっこの長屋の住民も黙っちゃいない。岡っ引きの権六が目くじらを立てた時、「どぎゃあぁ!」という悲鳴が聞こえた。柄の悪い男たちが怯えて、震えている。 長屋の奥の井戸の方から、六尺をこえる大きな白蛇が紅色の目を光らせながら、割れた舌をシュルッシュルッと出して、男達を威嚇していたのだ。「鳥居様、ほら、あそこ、白蛇が。あっしは大抵のものには驚かねえが、あいつは薄気味が悪い」 大白蛇は長屋の路地を真直ぐに鳥居耀蔵たちのいる木戸の方へ這ってくる。だが、さすが鳥居耀蔵、臆してはいない。しかと白蛇の紅色の眼を睨み付け、腰の刀の柄を握る。「筒切りにして、煮しめにでもしてやろう!」上段の構えから、大白蛇に刀を振り下ろうそうとしたその時、「白蛇様、いけません。こっちにおいで」 娘がその白蛇に叫ぶ、すると、白蛇はさっと頭を返して、するっするっと、娘の足元まで這う、鳥居耀蔵の刃は空を切って、無残にも、どぶにかかったはめ板に突き刺さる。白蛇は絡みつくように娘の体に登り、娘の顔をぺろっと舐め、紅い眼で鳥居耀蔵を睨む。「いい子にしてないといけませんよ」と娘はその白蛇の頭を撫ぜる、白蛇は娘の胸の中でおとなしくしている。不思議な光景だった。みな、あっけにとられていた。娘は、にっこり笑い、凛とした涼しげな眼で、軽くお辞儀をした。 掃き溜めに鶴、とでもいおうか、美しい姿容をしていた。まだ若い、十五六だろうか。鳥居耀蔵はどぶの臭いに辟易しながらも、その娘から眼が離れなかった。娘の名はお蝶と云った。薬種屋の主人であり、蛇抜け長屋の家主でもある、伝蔵の娘だった。白蛇の頭を撫ぜて平然としている。こんな女は始めて見たのだった。 鳥居耀蔵は世間から蝮と呼ばれている。蝮の耀蔵と白蛇のお蝶、こいつはいい相性かもしれない。むらむらしてきた。下半身の蝮が首を擡げていた。お蝶が堪らなく欲しくなった。どんな悪辣な手段を使っても、欲しいものは必ず手に入れるのが鳥居耀蔵だった。( つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.11.07
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羽根がなければ飛べねえって?足がなければ歩けねえって?蛇には足はいらないよっ、こいつは、とんだ蛇足でございやした、 欅の葉が空に半円形の樹冠を作り、濃い緑色に変わってきて、夏が近いことを感じさせていた。その欅の葉から木洩れ日が庭の池の水にキラキラと踊るように光っていた。色鮮やかな斑点模様の錦鯉が餌と間違えたのか、その光を追って、尾鰭を動かしていた。南町奉行鳥居甲斐守耀蔵はその優雅に泳ぐ錦鯉を朧な眼で見ることもなく見ていた。町民が飼っていたら、錦鯉など贅沢禁止令で即没収するところだ。 ふと、黒田九鬼流斎が釣り道楽で、下忍の池の大鯉を釣るんだと、言っていてことを思い出した。鳥居耀蔵は、片腕の黒田九鬼流斎が突然消えてしまったことに、どうしても合点がいかなかった。幼いころからの腹心である。誰よりも、自分の考えを理解し、改革を推し進めてくれた男だった。黒田九鬼流斎がいなければ、今の自分もいない。それほどに、信頼していた腹心である。 その、黒田九鬼斎が突然姿を消した。このままでは、市中取り締まりにも支障だ生ずる。与力、同心はもとより、隠密、密偵、にも、探索を命じたが、一向に生き方知れずだった。「殺られたのか?遁走したのか?突然の病で倒れたか?とにかく、足跡を自分で確かめよう」鳥居耀蔵は、黒田九鬼流斎の部下たちを率いて、役宅を出、柳原土手を下り、神田弥平町辺りの、飴屋、団子屋、油屋、豆屋、味噌屋、蝋燭屋、青物屋、古着屋、などの間口の狭い商店が並ぶ、通りを偵察しながら歩いた。奉行自ら街中を歩くことはめったになかっので、物珍しくもあった。「随分と、狭っ苦しいところに住んでいやがる、息が詰まって窒息しちまいそうだ」 弥平町全部で自分の屋敷分もあろうか、そこに、押し込められたように、人々が生活していた。ごちゃごちゃした通りには、やけに人が多かったし。子供が戯れ、犬が走っていた。『どんな病もケロリと治る、薬種販売、伝蔵屋』という、看板に鳥居耀蔵は興味をそそられた。暖簾をくぐって、店の中に体を入れる。異様な薬臭が蔓延していた。思わず鼻をつまむ。「おいっ爺、おぬし、どんな薬種を売っているのだ?」鳥居耀蔵が高飛車に訊ねた。「頭から、胸から、腹から、便通まで、どんな病にも効く薬種がございます。死にたくなる病もお助けします。楽しくてしょうがない気持ちになれる薬種も配合いたします」「如何わしい薬種屋じゃのう、痺れ薬や眠り薬も、お主がすべて配合するのか?」「へいっ、蒐集しました草、根、木、花、動物の肝など、百種類から配合いたします。曼陀羅華やすずらんの根、夾竹桃の枝、フグの肝、毒茸、毒を以て毒を制すのでございます」 鳥居耀蔵は、店の中の薬草棚や、薬研に目をやりながら、何やら胡散臭い臭いを感じていた。「ふむっ?でぃ、裏の長屋もお主の所有するもか?」「へいっ、尻十八でございます」江戸では、人糞が肥料として貴重なものだったので、長屋の人数は尻の数で云うことが多かった。( つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.11.05
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