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天保12年11月、鳥居耀蔵が老中首座水野忠邦の進言を受けて歌舞伎小屋を廃止しようとした際、ぽん吉から脅されていた影元はこれに反対し、なんとか、浅草猿若町への小屋移転だけに留めた。この景元の働きに感謝した、芝居小屋や、歌舞伎関係者がしきりに遠山影元を賞賛する意味で、『ご存じ、遠山の金さん』ものを上演して、庶民から拍手喝采を浴びた。 だが、遠山の金四郎こと北町奉行、遠山左衛門尉影元は、庶民を苦しめ、虐める悪人どもに、お白洲で、片膝立てて、もろ肌脱いで、威勢よく、「おうおうおう!やかましぃやい、この悪党ども、この桜吹雪散らせるもんなら散らしてみろぃ」 めでたしめでたし、じゃんじゃんじゃん、とは、いかなかったのである。 もろ肌脱いで、桜吹雪を見せるどころか、左手で、着物の端を握って肘を隠し、袖を気にして、めくりあがるとすぐ下ろすのが癖になっていたほどだ。奉行に刺青は許されることではなかった。 擂粉木棒を突っ込まれた尻は、その後死ぬまで痔病に悩まされ、馬での登城が困難になり、影元の身分では駕籠での登城は許されていなかったが、幕府に対して駕籠での登城の許可を申請、将軍徳川家慶が景元の裁判ぶりを激賞し、奉行の模範とまで讃えていたので、特別に、駕籠での登城が許可された。 老中水野忠邦や南町奉行鳥居耀蔵はその仕草を疑い怪しんだが、将軍家慶のお墨付きではそれ以上の策を弄することはできなかった。片膝立てて、お沙汰を言い渡しをしたのは、恰好をつけるためだけではなく、尻が痛くてまともに正座できなかったせいなのだが、ことの顛末は表沙汰にはできず、生涯隠し通すしかなかった。 出会い茶屋の『梅の囲』の離れ、ぽん吉姉さんこと霞のお銀、水猿こと鯉兵衛はにんまりと笑って酒を口に運んだ、旨い酒であった。水で薄めてない下りものの剣菱だからだけではではなかった。「遠山影元の取り締まりを緩めさせ、鳥居耀蔵との間に溝を掘れ」 その、ややこしい『秘命』はほぼ達成されたのである。「----さてと、筒枯らしの術でも、」「ふっ、ほんとに枯れたら、草も枯れちまうよっ」汚桜金四郎の巻 終り続編乞うご期待!ぽんぽん とっ作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.12.29
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おいっおいっおいっ!遠山の金四郎、元気がねえぜ。腕で 疼くは 桜か梅か小雨に 哭いてる 尻の痔か町人の尻の穴でも覗いてみな、桜吹雪がきれいだよ、 しとしとと降る小雨が、びっしりと着いた庭先の梅の実に降りかかっていた。北町奉行遠山左衛門尉影元にはまだ、ことの顛末がよく呑みこめていなかった。辰巳芸者のぽん吉姉さんとの久しぶりの絡みあいのあたりから、記憶が無くなっていた。 悪夢ではなかった。その証拠に、風呂に浸かると、肩から肘にかけて、刺青が浮かんでくる。鮮やかな刺青ではない、桜だか梅だか、判別もできない子供の悪戯のような汚い刺青である。とても他人様に観せられたものじゃない。それに、まだじくじく痛みやがる。 尻にも何かが詰まっているような違和感は消えず、むずむずして痛む。登城するのも憂鬱だった。ぽん吉の「ご改革、緩めてくださいねぇ」という、脅迫も頭から離れないでいたのだ。 運の悪いことに、今日は改革の進み具合の評定があり、老中水野忠邦と南町奉行鳥居耀蔵との大事な打ち合わせがあるのだ。 天保の改革は老中首座の水野忠邦と南町奉行鳥居耀蔵、北町奉行遠山影元によって、推し進めれれていた。その効果が浸透し始めていたせいか、夜の江戸は火が消えたように静かになっていた。かって、本所深川あたりを放蕩三昧していた、遠山の金さんにとっては寂しいものがあった。「これじゃあ、つまらねえや!」 遠山影元は尻の痛みと、桜か梅か見分けがつかぬ刺青のお蔭で、改革の弊害に目が覚めたともいえた。あの日以来、影元の取り締まりはますます緩くなった。お目こぼし、とりこぼし、みてみぬふり、曖昧裁定で庶民側に立ち、半官贔屓好き、負け犬に味方する江戸っ子からは、名奉行遠山の金四郎と煽てられた。「そうしねえと、ほんとに江戸から火が消えちまいそうだ」 そうなると、鳥居耀蔵と遠山影元の対立は増々激しくなってきて、妖怪鳥居耀蔵の取り締まりは、意地になって、激しさを増し、江戸庶民からぼろくそに嫌われ、一方影元の人気は鰻登りだった。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.12.27
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菊之介は、慣れない手つきで影元のぶよぶよした肌に針を刺す。薄暗い行燈の下、まして、揺れる船の中での彫り物で、それも一晩で、桜吹雪を彫らねばならぬ。「こりゃあなんの絵だかわからねえ、ぶきっちょ彫りになっちまった。ごめんなさいよ、金さん」「桜でも、梅でもかまわねえ、それらしきものが彫ってありゃぁそれでいいんだよ」 金さんの体も、菊乃介の手も、血と墨と朱で汚く汚れていた。 遠山影元が目を覚ましたのは、明け六つを過ぎていた。船は柳橋の船宿『梅の囲』に着いていた。ひりひりと肩から肘が痛む、影元は、「あっ、」と、悲鳴じみた叫びをあげた。躰に刺青があり、血が滲んでいて、梅だか桜だか解らない、くすんだ花弁が肩から肘の下まで一面に彫られていた。 尻には何か埋め込まれているような痛みがあった。思わず、尻に手をやり、埋め込まれている棒を力いっぱい引き出した。「痛っつう!」思わず呻る。ぶにょう、音とともに、水っぽい排泄物が吐き出された。「臭えっ!」只ならぬ異臭が立ち込めた。「お目覚めかい、金四郎さん。この刺青はね、身体が暖まると絵が浮き出てくる、白粉彫りさ、これ以上、庶民を虐めたら、もう江戸の火は消えちまう、たいげえにしてほしいためなんだよ。まだ虐めようってなら、目安箱に密告して、北町奉行遠山影元には桜吹雪の刺青があるって、江戸市中に吹聴してやるためなんだよ。今時、刺青をしてるのは、博徒・火消し・鳶・飛脚ぐらいなもんだろうし、なんてたって、お奉行様は、刺青にも目くじらをたてて、取り締まる側なんだからね、間違っても、お白洲で、熱くなって、もろ肌脱いで、『おいおい、この桜吹雪が目に入らぬかあ!』などと、ほざいちゃいけないよ。お奉行様に刺青があったんじゃ、家慶さまも水野様も遠山様を罷免するしかないからね。庶民虐めの天保の改革緩めて下さいな。お願いしましたよ、遠山の金さん!!さあ、お宅に戻らなきゃあね、奥方がご心配なさるでしょう、尻が痛いって?ちゃんと、ぬかりはありませんよ、籠を用意しときましたよ」「熊さん、八つぁんよろしく頼んだよ!」[へいっ、合点承知の助、熊さん八つぁん出発でぇぃ」よいこらどっこいよっさっさ、ほいかごほいかご ほいほいほいっと。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.12.24
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なにをくよくよ神田の柳、思案橋の欄干じゃ、、、屁のつっぱりにもなりゃあしねえよ、旨いものが喰いてえ、旅に出てえ、芝居が見てえ、浮気もしてえ、あははははっーー所詮、人間なんて、遊ぶために生きてるんじゃねえのかいっ、 屋形船が永代橋を潜った時、暗闇の橋の上から、舳に礫が降ってきた。ぽちゃん、川面に黒い波紋が拡がる。上から「たに」船頭の鯉兵衛が「みず」と呟く。符牒があった。仲間の合図である。声は用いない、読唇術でのやりとりだ。 さっと、音もなく、船頭の鯉兵衛の傍に男が舞い降りる。遊び人の菊之介である。この遊び人も下忍の「草」である。菊模様の派手な着物を着て、ただ遊んでいたのではない。矢場や鉄火場、茶屋に遊び人として出入りし、その筋の情報を探る、諜報活動が任務であった。 人間、遊ぶ生き物だとはいうが、遊ぶだけの毎日にも飽きがきて、心が疲れる仕事だった。菊之介はこの頃では、遊びたくねえよと、泣きながら遊んでいるが、遊び続けなければならぬ。羨ましい限りだが、遊芸も忍術のひとつで、菊乃介に課せられた、下忍の宿命でもあった。 だが、菊之介は、他の忍者には真似のできない奇才の持ち主でもあった。樹木はもちろん石壁や蔵、塀に、蜥蜴のように張り付いて、縦横自由に移動することができた。草内では蜥蜴(とかげ)と呼ばれていた。だがその忍技を使う仕事は滅多になかった。 その菊之介、担いでいた道具箱を船板に降ろして、「彫り物師の銀次の所で、三日三晩修業したが、所詮、俄か覚えの手彫りで、上手く、墨や朱がはいるかどうか、とんと自身がねえ、それにしてもお奉行様に白粉彫り(おしろいほり、体温が上がると刺青が浮かび上がる)の刺青とは随分と酔狂じゃござんせんか、、、、」「菊之介、なにをぐたぐた、御託を並べてんだい。、絵なんざあ、下手くそでかまいやしない。さあ、遠山の金さんが、天国の眠りから醒めないうちにさっさと彫っちまいな」 ぽん吉姉さんではなく、声はどすの利いた、霞のお銀になっていた。 菊之介が障子を開けて船内へ入る。赤い長襦袢姿の霞のお銀は妖艶な姿で、膝を立て、長煙管で一服している。割れた襦袢の裾から見える白い太腿に思わず生唾を飲み込む鯉兵衛。遠山影元は俯せに転がり、萎陰をだらしなく垂らし、まるで鯔が寝ているあり様だった。 死んでいるのかと見間違えるほどぐっすりで、びくとも動かない。酒に混ぜた馬酔木の花の毒がすっかり身体中に廻っているのだ。「肩から肘まで、、派手に桜吹雪を散らしちゃいな、明け六つまでに頼むよ」「承知いたしやした。が、薬が効きすぎたようで、けつから、糞が漏れそうになってまさぁ、臭くて鼻が曲がりそうだ、尻の穴に擂粉木を挿しこんで彫らせてもらいますよ。さすがお奉行様、緋縮緬の洒落た褌しめていやがる、奢侈は禁止でござんすよっ!」 影元の尻に擂粉木をぶすっと、突っ込む、「うむっ」と、唸る影元。だが、またぐったり。屋形船は大川を、両国橋、東橋、を潜って下り、待乳山が見えるあたりまで往き、舳先を返した。両国橋辺りはさすがに賑やかで、船宿から三味の音も聞こえ、提灯の灯りが土手を照らし、商家の御新造と役者が唄い踊る屋形船や、旗本の次男あたりが吉原芸者とはしゃぐ屋形船は提灯を派手にぶら下げて、明るく水面を照らしていた。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.12.21
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(鳥居耀蔵なんざぁ、江戸の町を知るめえな、裏なんかじゃねえ、こっちが江戸の表よ) 柳橋の船宿、『梅の囲』に着いた頃には、丁度、暮れ六つ(午後六時)になっていた。「あら、金さんお久しぶり、お忍びで?ぽん吉姉さん、さっきからそわそわ、お待ちかねよ。あんまり船を揺らして、落ちませぬように、たっぷりと楽しんでくださいな、ふっふっふっ」 おかみのお梅は、万事承知の助、小型の屋形船から、ぽん吉が手を振っている。腰の曲がった老人の船頭、水猿の鯉兵衛に手を引かれて、影元は船内に入った。船台の上には天ぷらや、寿司などの酒肴が豪勢に並んでいた。船宿は料理茶屋でもあった。「嬉しいわ、嬉しくて嬉しくて、金さん、あらいけない、もう、お奉行様ですもの、遠山様とお呼びしなくちゃね、でも今夜は昔のように、金さんぽん吉で狂いましょうね」目が潤んでいる。鼻孔が膨らんでいる。襟元から覗く、胸のふくらみが桃色に変わっている。「まずは、一献、乾杯しましょう、ぽん吉もいただくわ」遊女の手練手管、あわてず、気をもませ、じらし、そわそわさせる。それが、男を喜ばせ、影元の興奮が増幅することを知っている。 影元とぽん吉は、金さん時代の放蕩時代を懐かしむように、酒を酌み交わし、料理を楽しんだ。飲んで揺られて、揺られて飲んで、酔いが回って、ぽん吉の絡み酒が始まった。これも忍技。「北町奉行様、老中水野様も随分と、庶民をいじめるんですね、歌舞伎も駄目、芝居も駄目、見世物も駄目、矢場も駄目、花火も駄目、深川の『椿楼』まで駄目駄目で閉鎖されちまったのよ、駄目駄目駄目よ、なにも駄目、金四郎様、このままじゃ、江戸っ子は黙っちゃいないわよ!ちょいと、理不尽が過ぎやしないかしら」「わしも、少々やりすぎだとは思っているが、なにしろ、老中の水野様が享保の大改革だと叫ぶ、南の鳥井耀蔵も犬の尾っぽ振りで、水野様の言うがまま、なんでもかんでも改革だと吠えまくる。わしも、北町奉行じゃからのう、取り締まらなくては、罷免されるかもしれぬ、辛いところよ」 ぽん吉と影元が酒宴を終え、絡み合い始めたころ、鯉兵衛の操る、屋形船は、水面を滑るように、静かに水面を泳いで行った。新堀を抜けて大川に入り舳を北に向けた。外は、すっかり暗闇で、行燈の代わりに、ぽっぽっぽっと、蛍が川面を照らしていた。行きかう船は逢引き船か吉原帰りの猪牙船なのか、灯りを暗く落としていた。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.12.18
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騙してますよ、と看板掛けて、遊女の痴れ言、嘘が誠の裏表、承知の助で騙されに行く、馬鹿馬鹿しいねえ、粋な男の遊びってのは、 梅雨空で、雲が重く垂れこめる、肌寒い朝であった。役宅の槇の梢の椋鳥がギュルギュルと煩い鳴き声を放ち、紫陽花の紫が首を垂れて咲いていた。北町奉行遠山影元の心持は陰鬱だった。天保の改革の取り締まりが生温いと、老中水野忠邦から、叱責をうけ、南町奉行の鳥居耀蔵が遠山の失脚を画策していることも密偵から耳打ちされていた。 そんな陰鬱な朝、投げ文が届いた。深川の辰巳芸者、ぽん吉からだった。影元がまだ若い頃、本所、深川辺りの悪所通いをしていた頃に、乳繰り合った仲であった。景元はその放蕩生活のお蔭で、庶民生活にも通じていたから、世情に通じた、奉行ともいえた。 だが、ぽん吉の居た深川の岡場所は改革の煽りを受けて、廃止され、遊女たちは、てんでに散り、柳橋あたりに住を変えた女が多かった。ぽん吉も深川から柳橋へ流れてきたひとりだった。 遠山影元が金さんという綽名、霞のお銀はぽん吉という綽名、嘘で固めた天国のお遊びだった。ぽん吉は男殺し?そんなことは先刻承知、そこが遊びの面白れえところだいっ。 金さんはごたごた云わねえ、さっぱりとした色男、ぽん吉はきっぷがよくて、くよくよしねえ、江戸っ子気質のいい女。お互い様の承知の助の戯言だった。「どうせ、あんた、死んじまうんだもの、いいこと沢山しなきゃね」「----おおそうよ、死なねえ人間なんかいるもんか」 その身体は毬のように弾力があり、蕩けるような寝技で戯れる楽しい寝床だった。面白かった。それもそのはず、ぽん吉はくノ一、霞のお銀、「忍法蛤合わせ」の淫技を使って、遠山の金四郎を溶かしていたのだ。もちろん、霞のお銀もただ淫蕩に耽っていたわけではない。幕府内の情報を引き出すための褥だった。それも、草の任務のひとつだったのだ。「季節外れの馬酔木(あせび)の花が咲きました。金さんにお会いして、狂いたいと存じます」 今や、北町奉行の偉い身分である。なかなか市井をふらつくことはできないが、瞼にうかぶ、ぽん吉の抜けたような笑顔、柔らかい唇、細くて擦れるような腰、男心をくすぐる声が聴こえる。昔、狂ったように戯れた寝床が、影元の股間を擽った。 妻のけいは、さっぱりとした性癖で淫らな動きや激しい性交を嫌った。影元に鬱憤がたまっていたともいえた。もう、たまらない。お忍びで、役宅を出るのに時間はかからなかった。編み笠を被り、供も連れず、浪人風情の着流しで、神田の町屋を抜けて、柳橋へ急いだ。小店や、長屋が並ぶ町人通りは狭くて暑っ苦しかったが、懐かしい匂いがした。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.12.13
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鯉兵衛が鰻筒から引き上げた鰻を湯島の料理茶屋『川鵜亭』に届けたあと、いつものように、縄暖簾の居酒屋『瓢ひさご』で、お天道様が明るいうちから、昼酒を飲んでいるところへ、湯上りの婀娜(あだ)な姿の洗い髪、色香をぷんぷん振りまいて、ぽん吉姉さんがやってきた。男客ばかりの縄暖簾の酒場は、ぱあっと、花が咲いたように、明るくなった。「ぽん吉姉さん、こっちにもお酌頼むよ」下っぴきの粂次がにやついて、ぽん吉にせがむ。「ちょいと、ここは茶屋じゃないよ、お酌してほしかったらね、ちゃんと『梅の囲』においで、うんと、いいい気持ちにさせたげるよっ!」「冷てえなあ、ぽん吉姉さん、熱燗が冷めちまうよっ、おいらだって、お銭がありゃあ、こんな湿気た店じゃなくて、吉原あたりで、どんちゃん騒ぎのひとつもしてみてえよっ」「なんだい粂次、湿気た店で悪かったね、下っ引きが、酒飲んでの見廻り者じゃあ、豆腐の角に頭ぶつけて怪我するよ!」 おかみのお瓢も黙っちぁいない。おとなしくしていたら、野暮天相手の居酒屋はやっていけない。 ぽん吉は涼し顔して、鯉兵衛の前の酒樽に腰を降ろした。「ちょいと、鯉さん、相談があってね、あっ、お瓢さん、お銚子ちょうだい、三本ね」 ぽん吉も『草』だったのである。女の躰を使って相手を篭絡する忍術を使う『くの一』だった。「女」の字を分解すると「くノ一」になる。人には目鼻口耳臍肛門尿道、と九穴あるが、女にはもうひとつ、膣口があり、一つ多いので、「9+1」で「くノ一」という説もある。 ぽん吉は『霞のお銀』と呼ばれていた下忍の草だ。辰巳芸者になりすまして、男を手玉に取る、粋な姉さんを演じていたが、誠の恋や愛を捨てて生きていかねばならぬ、悲しい女でもあった。昨夜、くノ一、霞のお銀に、『秘命』が下ったのだった。十年ぶりの『秘命』だった。「もう、命が下ることはないと思ってたんだけどねぇ、きちまったものはやらなきゃねぇ、掟に逆らって、抜忍成敗されるのも、哀れだしねえ。ちょいと、こみいった仕事でね、鯉さんに助けてもらおうと思ってさぁ、後生だから、いいでしょう?」「手助け料は高くつくがね」赤ら顔に淫乱な笑いが浮かぶ。「いいわよ、お鮒さんには悪いけど、辰巳芸者の技量で鯉さん、筒枯らしにしちゃおうかな?」「おいっ、そいつはくノ一の忍法かい、筒枯らしにされたんじゃたまらねえなぁ、勘弁勘弁」 ぽん吉姉さんこと草の下忍、霞のお銀に下された『秘命』は突飛で奇妙だった。仕事の相手は、遠山の金四郎こと、北町奉行遠山左衛門尉影元だった。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.12.09
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焼き芋 焼き芋 ほくっほくっの焼き芋でぃ、おいっ焼芋屋!屁の素の芋は口にできねえよっ、忍者は禁屁、屁をひることもできない、忍屁も漏らせねぇ、音も臭いもなく、煙のように消えて行くのが運命(さだめ)、ぷぅーと、一発気持ちよくぶっ放してみてみてえが、思いをぶちまけちゃならねえ、閉ざされた闇の中で息をしてるのが忍草 暁七つ(午前四時)蛇抜け長屋が寝静まっている薄暗い朝、赤ら顔の鯉兵衛は水場に来て、桶に張った水の中に顔をつけ、息をせずに四半刻も耐えている。ぷくっぷくっと、泡が浮かぶ。息切れせずに顔をあげる、水猿の修業時代からの水術訓練の習慣であった。「、、、ふっー、まだまだ、でいじょうぶ」 手拭いで、顔を拭うと、険しい下忍の貌は消え、のんびりとした皺だらけの老人の顔になる。それから、筵(むしろ)をぶら下げただけの厠に入り、音も臭いも消し一尻、大糞を捻りだす。忍法、『無音無臭の糞ひり』の技も、大事な必須忍術のひとつ。 鯉兵衛はしょっちゅう女房を変えている。今の女房のお鮒は10人目の女房だった。お鮒が長屋に来たのもまだ半年前だ。新しい女房が来る度に、長屋中にご祝儀と称して、鯛や鰹を配るので、長屋の連中は呆れながらも、ごっつあんですと、馳走を頂いていた。 大御所の徳川家斉様は40人の妾を持ち、55人の子供を持った。それに比べりゃ、「俺なんざ、まだまだでぃ」が鯉兵衛の口癖だった。 とっくに六十を超えているのに、精力絶倫、毎夜のお勤めが盛んで、たいげえの女房は初めこそ感涙を流すものの、終いには毛饅頭が擦り切れて、うんざり、げっぷが出て、「何方へ嫁入候共、一切かまい不申」という、三行半の離縁状を鯉兵衛に書かせて、長屋を後にする。 お鮒も、擦り切れそうな股を水場で冷やさなければならない月夜があったほどだ。隣の駕籠かき、熊さんはいつも飲みすぎて、まらは役立たず。女房のお福は、瓢箪を股に挟んで、お鮒の喘ぎ声を聞きながら、身を捩っていることの方が多かった。 その鯉兵衛、いつもの挨拶で、女房のお鮒の尻を撫ぜ、「行ってくらあっ」と、言って、厠の裏から、舟溜りに繋いだ小船に乗って、鰻捕りに出かける。昨夜仕掛けた鰻筒から、二尺五寸以下の鰻は解き放ち、大ぶりの鰻の肝を生のまま吸いこんだ。どうやら、精力絶倫の源は「うなぴんS」にあったのかもしれない。(つづく)作:朽木一空※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。にほんブログ村
2014.12.04
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