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子供のころに男の子なら必ずハマったのが「釣り」ですね。大抵は川か沼か池の釣りで友達といっしょにハマるのがパターンですね。私の場合は3歳下に弟がいるので弟と一緒というのが定番でした。金沢の旧市街地には城下町ならではのものがあり、「お堀」です。 大手堀という地名の大きなお堀跡がヘラブナ釣りのメッカでした。ヘラブナは草食性なので餌は小麦粉とさなぎの乾燥したものを砕いて混ぜた団子になります。毎週土曜日には弟とふたりでよく行ったものです。水は溜まっていますが、大きな取水口も排水口もないのでお堀はいつも静かです。お堀の上はその頃は金沢大学のキャンパスでした。静かで鬱蒼とした森が背後には迫っていて小さな道が堀脇に走っていました。そこで何時間も弟と二人で釣りを楽しんだものです。それなりに釣れて、でもヘラブナは美味しくないのでその場で逃がして帰りました。子供のころの楽しい思い出です。
2025年05月30日
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年齢を重ねてくると、人が守られて生きていることをよく実感するようになります。交通事故や自然災害なんていうものは避けようがないものですが、それでも何か守ってくださっているものに対して常に感謝の念を持ってしまいます。飼っていたワンコたちは今でも車に乗るたびにそばに就いて守ってくれている感覚を感じますし、日々自分たちが普通に生活をしていけるのを守ってくださっているご先祖様や神仏のお力を何となく感じます。そういう感覚を大事にして常に感謝する心を持ち続けることが大切だと思っています。独りよがりで勝手な言い草かもしれませんが、私は周りのあらゆるものに感謝して生きて行っています。 まぁ感謝するのは大した手間ではありません。心が豊かになるのかもしれません。損は全くないのでこのまま行こうと思っています。
2025年05月28日
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従姉は当時私よりも10歳以上年上で、とても複雑な家庭環境で育った心に多くの闇を抱えた女性でした。とても奇麗な女性で細身のしっかり者風の人でした。ただ実の親には見放され祖父母が両親代わりに育てていました。心の闇が深くなって急に私の家に転がり込んで一緒に生活を始めて、少し経って私たち兄弟と一緒に三人で能登へバス旅行に行くことになり、その当時の私はまだ12歳くらいで何も家庭状況がわかっていなくて、彼女をちょっと迷惑な存在と感じていました。だから彼女に無関心でした。そして能登の禄郷岬の近くの岩場にひとりで散歩に行き足を滑らせて頭を打って亡くなりました。まだ25歳くらいだったと思います。 それから彼女は時々私の夢に出てきます。いつも元気です。いつも私をからかって遊んでいます。きっと彼女の魂はあちらの世界で幸せに暮らしているのだと私は信じています。母にその話をするといつも泣いてしまいます。母の中では大きな後悔になっているのだろうと思います。もう彼女が無くなって50年近く経った話です。
2025年05月26日
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突然、水のような鼻水がツツーーと出てきて止まらなくなりました。これは花粉症かなぁと思って漢方薬の小青竜蕩を飲んでみたりしましたが、治りません。それで近くの薬局へ行って薬剤師さんに相談してお薬をもらって飲みました。定量の半分の錠剤で鼻水は止まり、三日もすると症状は無くなりました。あとで寒暖差アレルギーだと判明しました。こういう温度差の激しい気候が続くと身体はこういう抗議活動をするわけです。花粉症でなくてほっとしたというところです。 皆様も水ような鼻水が突然出てきたら、それなのに目もかゆくならずということであれば寒暖差アレルギーをお疑いください。
2025年05月24日
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眠りが浅いお客様が多い傾向があります。一日の気温の寒暖差が大きくて、眠っていても思ったよりも気温が下がったりしてお腹を冷やしたりが原因の場合もあります。お腹が冷えると身体の中で繋がっている鼻孔のつまりなどが起きて、呼吸が浅くなり、つまり眠りの質が悪くなったりします。それでも眠っている間のことなので気づかないまま日々を過ごすことになります。一日の気温の変動をできれば細かく見て、夜中に気温が下がるようなら薄い腹巻をして眠るのも予防対策になります。眠りの質を高める工夫をお試しください。
2025年05月22日
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自分の母親のことを悪く言うつもりはないのですが、現在家内の作る料理を毎日食べていると私の母は料理があまり上手ではなかったということがわかります。とても貧乏な家で育った母は料理教室なんて通うこともなく自分の母親に料理を習うこともなかったのであれが精いっぱいの料理だったのだろうと思います。近くの青物市場である近江町市場に出掛けても野菜などはクズ野菜専門の店でばかり買っていました。私はいつも荷物持ちに付いて行っていました。だから野菜も果物もあまりおいしいと思ったことがありませんでした。家内は市場の売り人さん達とすぐ仲良くなって裏の倉庫からとっておきを出してきてもらったりしていて、とても美味しい果物が手に入ります。だからその差がよくわかります。 ところが母は商売が絡むと突然料理も上手くなり、小鍋仕立ての料理で大流行して大きな料理屋を買い取るまで大成功しました。まぁ高度経済成長期というのもありましたが、料理人の人たちの中でも名人級の人たちとコネが出来て料理のコツを学んだようです。 まぁ私は今の家内の料理がよく創意工夫されていて美味しいので満足ですね。
2025年05月20日
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天狗も格の高い天狗や大天狗と呼ばれる神格を持った存在はほとんど悪さなどはしないのですが、カラス天狗や木っ端天狗と呼ばれる修験道の闇に落ちた人もどきの天狗は人に悪戯を仕掛けたりします。これを封じるものは勝軍地蔵菩薩の守りになります。勝軍地蔵は本来は愛宕権現という神仏で愛宕太郎坊という天狗の中でも最も偉い大天狗の坐すお山の守護仏でもあります。そこから愛宕権現には天狗の為すことを止める力があるということになったようです。狐には大口真神、蛇にはカヤノ姫の尊、とどんな障りにも鎮める役割のものが決められているようです。
2025年05月18日
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鑑真は何度も失敗を繰り返すも5度目の渡海で唐から日本へ渡り、今でいう尼僧の戒律を伝え、天台宗の祖ともなった僧侶で奈良の唐招提寺も創建された方です。 お客様の氣視をさせていただいていたら、その方のもとに北欧から仕事上の関係もあって北欧女性が来られることがあり、その方との因縁を視ていたら鑑真和上が出てこられました。日本への愛着、日本との深いご縁を感じました。来国はこの方にとっては驚きだったようですが、あちらの方にとっては必然だったようです。災禍が吉兆となるとは皮肉なものですが、先年の能登の地震のせいで欧州との地脈が繋がったようで現在石川県には欧米の観光客が激増しています。これもこの繋がりを生んだ一因かもしれません。もちろん鑑真和上の生まれ変わりは分霊になります。
2025年05月16日
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以前にEテレで特集を見たことがありました。彼はフォークの神様と呼ばれていましたが、ある時期にその音楽が一変しました。ロック・ミュージックに変わっていったのです。そのためにそれまでのファンやら音楽評論家やら世間全体にくそみそに叩かれました。「裏切者」と呼ばれるわけです。 だけど彼は一切言い訳をしなかった。ただ歌で答えました。「ただ俺の歌を聴いていろ。」というわけです。そして徐々にその評価は変化し、また彼は音楽で認められる存在になっていきました。あれだけ音楽では主張の激しい人が音楽以外では一切主張をしないというのは何というか凄いなぁと思います。信念の人と言えるかもしれません。
2025年05月14日
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先日の土日は一泊で国内旅行に行ってきました。京都の天橋立は何度か訪れていたのですが、南側の新しい展望地ばかりに行っていたので今度は元々の古くから眺められている傘松公園のほうに上がってみました。こちらからの天橋立は古くからの絵図などに描かれている構図であぁこうだったのかと納得する感じがありました。それから籠神社に寄り御朱印と守り札を頂き、次の目的地へ向かいました。傘松公園の上り下りはリフトで面白かったです。娘はそのリフトで一台しかない金色のリフトに乗れてご満悦でした。我が子ながらこいつは中々の強運の持ち主なのです。 それから下道を走って城崎マリンワールドへ。ここは以前に城崎温泉に宿泊した時に来たことがある水族館です。展示物がとても綺麗でスタッフさんもよく教育がされていて気持ちの良い施設です。エビとクラゲが奇麗でした。 そして兵庫県の豊岡市にある竹野海岸の休暇村に一泊。オーシャンビューに癒されコシアカツバメの乱舞に癒され、もちろん温泉にもグルメにも癒されて一泊しました。 翌日は近くの「玄武洞」という柱状節理の奇岩群が見れる天然記念物の場所を訪れて奇岩の数々を見て堪能し帰宅の途に就きました。何事もなく無事に帰宅できたことに感謝でした。
2025年05月12日
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加賀百万石と言いますが、お城も天守閣もありません。何度か築城したのですが、度重なる落雷で炎上してしまい建てることを諦めたとか、幕府に対して深謀遠慮して築城しなかったとか諸説あります。本丸跡を見に行ったことがあったのですが、綺麗に浄化されていてでも何だか何かが隠されているような気もしていました。 先日市内にある九万坊という寺院の由来を調べていたら、何だか不思議な由来がわかりました。加賀は一向宗が全盛で数多くの宗徒が居ましたが、前田家が支配を強めたときに数多くの信者が抵抗して打ち滅ぼされました。その数多くの宗徒の怨念が残っていて本丸炎上もそのためだったとか、それで怨念をまとめて集めて封印して九万坊というこの寺院に収めたというのです。そう言えばここは金沢城からすると北東の鬼門に当たる場所。 百万石の城下町は繁栄を極めましたが、その裏には封じ込められた一向宗徒の怨念があったのかもしれません。尾山神社や白山ヒメ神社にもそれらの宗徒が数多く立てこもって滅ぼされたという逸話が残っています。今はこの土地は浄土真宗の王国となっていますが、歴史の影には数多くの犠牲者が居たのかもしれません。
2025年05月09日
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昭和32年生まれの私は間違いなく「昭和世代」ど真ん中だと思っております。今とどう違うのか?はっきりとは言えませんが、夢や希望が人のそばにあったような気がします。まだ人が世間は「お金」だけじゃないと思えていたようにも思います。 歌や音楽も泥臭くて今の人からすればダサいものが多かったですね。渥美清さんの「泣いてたまるか」なんていう番組主題歌も「空が泣いたら雨になる♪山が泣いたら水が出る♪俺が泣いても何にも出ない♪・・・泣いて泣いてたまるかよぉぉ夢がある」何てものだったし、人形劇の「ひょっこりひょうたん島」のテーマソングには「・・・丸い地球の水平線に何かがきっと待っている♪、だからおいらはくじけない泣くのは嫌だ笑っちゃお♪」なんていう歌詞がありました。いつもどこかで周りの誰かが応援していると信じられる時代だったように思います。 今は皆がネットで繋がっているように思えるけれど、心が繋がっているかというとそんな風には思えない気がします。何があっても人とというのは目と目、言葉と言葉、体と体が本当に触れ合っていないと心はつながらないように思えます。
2025年05月07日
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まだ星の世界に心が囚われています。シリーズ最終巻になる「ミネルヴァ計画」という本を読み終えてまだ宇宙の中に心が残っている感じです。 J・P・ホーガン氏は太陽系の小惑星帯というものが何万年も前には一つの大きな惑星でそこが戦争による超磁力兵器のために破壊されて大きな塊は冥王星になり、そこにあった衛星は太陽の重力に引きずられてきて地球に捕らわれて「月」になったという壮大な想像を描いて見せました。今の人類が火星に行こうとすれば2年間かかるそうです。そんな宇宙の広大さと宇宙における時間の流れの豊かさと、そこにある無限の可能性というもの私達はいつも魅せられてしまいます。私が生きている間にその「月」に人が住む基地のようなものが出来るのだろうか?そこが起点となって火星や木星の衛星に人が到達できるようになるのでしょうか?人が「星を継ぐもの」となるのかどうか・・・夢は尽きません。
2025年05月05日
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パソコン用のプリンターを新しくしました。以前はずっとインクジェット式のプリンターにしていたのですが、これが何年か使用するとインク詰まりが必ず起きるのです。カラー写真に線が入り全く奇麗になりません。ヘッドクリーニングやら何やらを何度も繰り返しても全然よくなりません。まぁ10年使ったので、もういいかと新しいものに替えました。 今度はカラーレーザープリンターにしてみました。インクジェットではなくてカラートナーを使用するタイプです。どうなるかな?うまく使いこなせていけるかなと工学部出身なのにおびえつつ設置しました。
2025年05月03日
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ラジオは滅多に聴かないのですが、NHK-FMだけは以前はクラッシック音楽が結構流れていたので時々聴いたものです。でも最近はクラッシック音楽の占める割合が減って、やっぱり今時の音楽が主流になりつつあるようです。とは言っても番組表を全体的に見たわけではないので私の勝手な思い込みに過ぎないのかもしれません。でもまぁクラッシック・ファンからするとちょっと寂しいという感はあります。以前にも書きましたが、今時の音楽は転調が多いし耳障りの悪い音も多いので聴いていて楽しくありません。ダンス、ダンス・・・何で皆踊りながら歌わないと気が済まないのでしょうか?「映え」やら何やらインスタやらXやらは瞬間的な快楽を追い求める傾向が強いように思います。 もっと感性をゆっくりにしませんかね。
2025年05月01日
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