2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1

渓流釣りの禁漁まで、残すところあと1週間。 何とか時間を作って、早朝バイクのエンジンに火を入れた。 肌寒い秋の空の下、ひたすら川へとバイクを走らせる。 うん、気持ちいいではないか。キンモクセイの香りがいっぱいの田舎道を三桁手前のスピードで巡航。 路肩には、「止まれ」の旗を持った制服制帽のおじさん達が立ち、なぜか黙って俺を見送ってくれた。運がいい日だ。 目的の場所は、山の中腹。そこからバイクを降りて登山道を歩くこと1時間。目指す沢は、下流に何段もの滝があり、魚も沢屋さん以外の一般の釣り人も遡上出来ない。実はこの完全に閉鎖された源流に、アマゴがいるのである。川幅も2mも無いこの流れに元気な源流天然アマゴが潜む。産卵準備に入ったであろうこの時期は、活性も高く、川虫でなくても、細糸でなくても釣れるはず。ということで、餌はミミズ、糸は通しの0.2号。魚影は濃い。しかし警戒心はかなりのもの。仕掛けを入れたら、速攻岩陰から飛び出す陰が見えるが、俺の姿を確認すると、餌の手前で引き返してしまう。この釣りは、ポイントを見極める技より、かくれんぼをいかに上手にやり、ポイントに覆いかぶさる木々に絡めずに仕掛けを投入することが勝利の決め手となった。魚がいて、仕掛けを投入することができて、見つかりさえしなければ、流す筋から全然離れていても、むこうから飛び付いてきてくれるのである。ここのアマゴはやたら引きが強く、よく走る。かけて、走って岩陰に入られたときは、いったいどんなサイズが釣れたんだと驚くほどである。そしてあわてて竿を立てると頭上に木の枝があったりで、もう、しっちゃかめっちゃかなのである。それだけにサイズはさほど大きくないにしろ、こいつらとの駆け引きは楽しい。お昼頃まで頑張って、17センチを筆頭に10匹くらい。それ以上は集中力が持続出来ず、仕掛けを木に絡めることが多くなったので、ここで今年の渓流釣りは終わりとした。この場所は、幾重もの滝のお陰で下流から魚が遡ることが出来ないので、釣り過ぎたら資源が枯渇して、途端に来シーズン自分の首を絞めることになる。という可能性が高い。ということで、実はこの場所に来たのは実は3年ぶりなのである。またこの場所に来るのは多分3年後くらいかな。バイクを置いた場所へ下る途中、もう何年も人が住んでいない民家があった。建物は草に覆われて人の気配すら感じられなくなっていたが、巨大なキンモクセイだけは、甘い匂いを放って、「昔、人がいたんだなあ」と感じさせてくれた。今シーズンの渓流釣りはこれで店じまい。10月は一休みして、11月から2月は、今度は狩猟である。そして、3月になると、また渓流解禁。なかなか忙しいサイクルである。
2006年09月24日
コメント(3)

狩猟が11月15日に解禁する。 そこで師匠と射撃場へ練習に出かけた。 そもそも猟銃を持つということは特殊な事なので、常日頃から射撃の練習をして、銃の扱いに慣れ親しみ、安全に使用することが求められており、全く銃を使わなかったら没収されるというおまけまで付く。つまり、銃は、使わざる者、持つべからずというのが日本における銃所持の原則なのである。 ということで、お金がかかってしょうがないスポーツなのであるが、やむを得ないのである。 今回の練習は、ライフル射撃用の場所で、紙の的に向かって撃つ練習。 左右上下をコンクリートで囲まれたボックスみたいな所が、撃つ場所である。 ここに電話機があれば、テレクラみたいだなあなんて思いたいのだが、テレクラに行ったことがないから、詳細はよく分からん。 発射すれば、ドえらい音がして、耳がもたない。そこで、イヤープロテクタは欠かせない。俺のはショットガンだから、まだマシだが、ライフル銃だと、確実に耳をやられる。 山で獲物を撃ったときに、何となく感じてはいたが、どうも獲物の下を撃っているらしい。それが今回の的撃ちで如実に現れた。それが俺の癖のようだ。 ただ、天才バカボンに出てくるお巡りさんみたいに、弾があっちこっちに飛んでいるのではなく、的紙の中心ではないにしろ、一カ所に集まっていたので、安心した。これを把握しておけば、獲物を狙うときに有効なのである。 これで、今冬は、シシ鍋、カモ鍋、鹿刺し三昧と思いたいところだが、そうは甘くはないだろう。 しかし、また冬の山を歩けると思うと楽しみでしょうがないのである。
2006年09月23日
コメント(2)

面白そうかなっと思い立ってアイスクリームを作ってみた。 レシピはネットから適当に拾って、牛乳、生クリーム、卵黄、砂糖、バニラエッセンスを混ぜて冷やして、固まったらまた混ぜて冷やして・・・を繰り返すだけ。 ちょっと味見したら、雪印のバニラアイスにも勝らずとも劣らず。なかなかイケる。こるぁっ、まだ完全に固まってないぞ。踏み台を自分で運んで冷蔵庫を開け、勝手に食い始めている。ってことは、K助なりにも結構旨いのだろう。よしよし。 やはり、ひたすらことあるごとに、マメに混ぜるのがコツのようで、それが足りなければ、アイスの中に空気が含まれず、限りなくアイスクリームに近いシャーベットが出来上がった。 それでもK助は黙々と食ってくれるのである。
2006年09月19日
コメント(0)

時々衝動的に魚介類が食いたくなる。 で、また魚を買ってきて、寿司を握った。 素人握りは、自慢できるほど見た目は良くないので、小さな写真で。好きなネタを好きなだけ食えるのは、回転寿司と一緒だが、機械握りじゃなく、人の手で握った寿司は、地味だが美味だった。 ついでに、鯖の棒寿司も作った。 就職で関西に移住し、言葉や文化の違いに半ばあきれたが、こいつもその一つ。 しめサバのことを、関西ではなぜか、「きずし」と呼んでいる。酢で締めた鯖だから、締め鯖のはずだが、居酒屋でも「きずし」とメニューにある。しゃりがないのに、「き ずし」なのである。 そのくせ、ケンカ相手をイタぶるときに、「おまえ、締めたるぞ!」とは言っても、「おまえ、きずしにしてやるぞ」とは言わないらしい。そうだ、今度からそう言えば、少し優しく間抜けに聞こえて、緊迫したケンカの雰囲気をほぐすのには良いではないか・・・。 関西はよく分からん。 話ついでに、納豆が大好きな俺のことを、職場では人間扱いしてくれない。関西では納豆は食べ物ではなく、納豆を食うヤツは人間ではないらしい。 横道にそれたが、棒寿司も初挑戦ながら旨かった。 ほんとは、こやつ達と一緒によく冷やした純米酒を飲みたかったのだが、我が家のパソコンのハードディスクがぶっ飛び、無駄な出費をしてしまったので、在庫の芋焼酎で我慢した。 が、芋焼酎もなかなかいい勝負をしてくれた。 酒の味はもひとつよく分からん。けど、クラシック音楽を聴かせた焼酎よりも、黒麹を使った伊佐錦の方がよく出来ていると思うのは俺だけだろうか。 ま、比べなければ、どれも旨いが。 虫の音を聞きながら、初秋の夜の酒は、まったりと体に染み込むのである。
2006年09月09日
コメント(5)

果たして俺が初めて山登りしたのはいつだったんだろう? 気が付いたときは近所の里山をハイキングがてら弁当持って登ったり、ワラビを取ったりしていたが、標高1,000mを越える山となると、小学校に上がってからかな。鳥取県の大山が最初だった気がする。 今日は山の学校「達っちゃんクラブ」の日。本日は世界遺産に指定された大峰奥駆道の一部を歩くというもの。道と言っても、山伏が山岳修行を行うための道なので、しっかり山道で、標高も1,000mを越える。 さて、この興味深いイベントにK助を参加させるかどうしようか、しばし迷ってはいた。 大人の俺がひと跨ぎや、ひとっ飛びする岩や段差は、3歳のK助にとっては、俺が冷蔵庫を飛び越えるに等しくデカイ。そして、今日登る大天井ケ岳は1,439mもあり、K助には初体験の空気密度で、高山病の症状がどの程度出るのか、はたまた俺の息子だけあって、なんとも無いのか皆目検討がつかない。また雨でも降ったら、さらに面倒だ。遅れをとって他の方に迷惑をかけることも許されぬ。 などといろいろ思いを巡らせていたが、行かなきゃ始まらんだろう、歩くのを嫌がったら、子供を担げる背負子に担いで俺が歩けばいいや、ということで一家総出で参加した。 いろいろ準備してたら、結局、俺の荷物と13kgのK助を一緒に担いだ背負子の重さがアルプスに登るのとあんまり変わらない重量になっていたが。 さて、五番関で車を降りて、さあ出発。いきなり140mほどの急登が始まる。 「お抱っこぉ!」おめぇ、まだ10秒も歩いてないじゃんっ!結局急登はK助を担いで上がった。しかしそこからは傾斜も緩く、楽なもので、あっさり、大天井ヶ岳に到着。師匠達っちゃんの法螺貝が山々に響くのである。K助の高山病もこれと言って症状は出ていないようだ。大天井からは、百丁茶屋へ向かって下る。要所要所の平坦な道はK助も頑張った。役行者(えんのぎょうじゃ)の時代から1,300年続くこの大峰奥駆道を、軽やかにサンダルで歩くのである。猛毒トリカブトの花も、にっこり微笑んでいるようであった。 帰りのグニャグニャ峠道、K助は車の3列目のシートに立ったまま、2列目の背もたれにもたれて爆睡するという曲芸を敢行。よほど疲れたのであろう。 それにしても、帰宅してからK助と一緒に乾杯したビールは、最高に旨かった。 斯くして、K助の山登りデビューは無事終わったのであった。
2006年09月02日
コメント(4)
全5件 (5件中 1-5件目)
1