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変なタイトルにしてしまった。 職場の近くの桜だが、毎年見事な花を見せてくれる。もう10年以上も見続けているのに、レンズを向けたのは今回が初めて。昨年だったか、巨大な高層マンションが出来て、風景が一変してしまった。が、そんな事気にする風でもなく、今年も桜は咲き始めた。 満開の桜は完成された綺麗さがあっていいもんだが、気分的には、これから五分咲き、八分咲きとなっていくのを楽しみにしていられるこの時期も悪いもんじゃない。来月、事務所が移転するので、ここの桜を毎日見ることも無くなるが、そんなこと気にすることもなく、また来年も咲くだろうな。
2006年03月31日
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去年の夏、富山県の折立から入山し、1人でテントに泊まりながら、山中3泊4日で岐阜の新穂高温泉まで歩いた。 いわゆる北アルプスというやつで、普通に歩いたら最低二日は掛かるだろうという山奥。 平たく言えば、黒部ダムのある黒部川の源流の最初の一滴が始まる近所。 すっきりとした天気には恵まれなかったが、そこそこの展望があった。「三俣蓮華岳付近から見た鷲羽岳」 この日は入山して三日目、黒部五郎小屋から双六小屋までの予定だったが、途中に三俣蓮華岳以外にめぼしい山が無くて、ちょっと物足りなく思ってた。 体力があれば、三俣蓮華から鷲羽のピストンをしようと狙ってはいたが、山を見て、ピストンを決行した。 でっかくてかっこいい山で、真っ正面からの直登は日陰も無くハードだったが、鷲羽岳からの山岳展望は「登って正解!」と思わせるほどで1人で喜んだ。 学生時代は、パーティーで登ったとき、必ず「パンイチ写真」・・・パンツ一丁写真のこと・・・を頂上で撮る掟があった。1人で登るとさすがにそんなことはやらない。1人でやったら怖い。 でもちょっとそれが寂しく感じる今日この頃。
2006年03月30日
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ふと台所を見ると、あぶら。 『超油っこくない』って、おまえ、それでも油か? やる気あんのか、よぉ? 今日は久々早く帰宅したので、自宅から更新。 夕べも午前2時帰宅で眠いので今日はこの辺りで。
2006年03月29日
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10年ほど前に、バイク雑誌で紹介されたのをきっかけに、『伊那ローメン』を知るに至った。 長野県は伊那市の名物で、汁焼きそばみたいなもので、マトンが入って、スープもマトンから取っているとのこと。 しかし、バイク雑誌の翌月号には読者から大々的に「まずかった!」と寄せられ、俺の記憶からもほとんど飛んでいた。 実はガキの時からジンギスカンが一番のごちそうであり、兄弟・自分の誕生日、クリスマス、親の結婚記念日、入学式、卒業式と、めでたいことが事あるたびに、ジンギスカンを食っていた。だから、そんなにローメンは不味くないだろという気もあった。 しばらくして長野をバイクで走る機会があり、せっかくだからローメンを食ってみることにした。 マトンとキャベツとキクラゲが乗っかってる見た目はラーメンみたいなソース味風の物体だった。卓上のメニューの裏に書いてある食べ方を読むと、さらにソース、酢、すり下ろしニンニクをお好みでぶち込んで食うのだと書いてある。 その通りにしたが、その時はこんなモンかなといった印象で終わった。 いろいろぶち込むのはマトンの臭みを消す為もあるのだろう。 俺は全然気にならなかったが。 ところが1年の潜伏期間を置き、症状が発症した。 翌年、またバイクで走りに行ったとき、ローメンが食いたくなったのだ。 さらに翌年、迷わずローメンを食いに言った。 その翌年、ローメンが食えるようにわざわざコース設定をして、ソース、酢、にんにくをぶち込んでワシワシと大盛りを平らげた。 どうも重いローメン病にかかってしまったらしい。 何が旨いか分からないが、病的に人を引きつける旨さがある。2週連続で食いに行ったこともある。(たまたま近くを通ったからだが) はっきり言って俺の文章は無愛想だが、ローメンは旨いのである。 駒ヶ根でソースカツ丼を食い、少し北上して伊那市でローメンを食い、腹ごなしに権兵衛峠を越えてから、木曽福島か開田高原あたりで、ざる蕎麦を2、3軒ハシゴして食う。これが伊那、木曽のゴールデン胃袋コースなのである。
2006年03月28日
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オオクワガタの幼虫を菌糸瓶で飼育しているのだが、瓶が軽くなったので、新しい菌糸瓶を購入して入れ替えた。 そう、今や一億オオクワガタ時代。クワガタの幼虫を飼育するのに、広葉樹を粉砕したチップにナラタケなどの菌糸を植え付けた菌糸瓶で飼わなければならないらしい。 これが、2リットル瓶で800円ほどもする。今やおがくずなどといった、「くず」とは言っておれないのである。菌糸瓶様なのである。 よく見たら、オオクワガタは餌の中に暮らしている。昔童話に出てきたお菓子のおうちに住む少女状態だ。ちょっとうらやましい。 これとは別に飼育ケースもあって、久々掘り返してみたら、昨夏、我が家から50mの距離にあるクヌギの木で捕獲したクワガタが律儀に越冬していた。昨年孵化したカブトムシの幼虫も元気だった。 実はオオクワガタより、こっちの方が好みかな。 俺はクワガタに金銭的価値を求めてないし、近所でなじみの虫を採取して、自分んちで飼って、いじり倒して、あわよくば卵を産んで貰って、最後は死んじゃうという、一連のストーリーがいい。 小学校の時から全く進歩していないが。 オオクワガタの幼虫は、たまたま友人から貰って飼っているが、自分の身近のクワガタの方が愛着が沸く。 それから、飼ってるのはクワガタ、カブトムシだけだが、採集したときは、カナブンもドウガネブイブイも、みんなK助に見せるようにしている。 そうして、K助が虫に親近感を持ってくれたらありがたい。 だから、ええ年したおっさんが、集団で同じブルゾン着て、うちの近所のクワガタやカブトムシを根こそぎ取ったりして、勘弁してくれよな。子供が取る分も残してくれよ。と、そんな気分でもある。
2006年03月27日
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おとといのシシ鍋大会で、参加してくれた現役高校球児達と、酔った勢いなのか、バドミントンをやって河原で走り回ってしまった。 彼らの年齢の時にバドミントンをかじった事があるのだが、さすがに30歳台後半の俺に比べて、現役球児のパワーは凄まじいものがある。 昨日、早速、足に筋肉痛が出た。まあ普段山を歩いているから、筋肉痛が出たとしても、翌日なら許せる。 一方、ラケットも持っていた腕の筋肉痛が二日後の今日になって出てきた。運動した後の筋肉痛が翌日出ることを、悪あがき的若さの尺度としていたのだが、二日後とは、いささかショックであった。 体力は落ちたが気持ちはまだまだ20代・・・体力の10代、20代、テクニックの30代・・・などとくだらない言い訳を書こうと思ったが、書けば書くだけむなしくなるので、ここれで終わる。 やがて、息子のK助が幼稚園に入って、「さあ、パパと一緒に走りましょう」などという親子参加型の運動会がきっとあるだろう。 実は年甲斐もなくこっそりちゃっかり1等を取ることを、虎視眈々と狙っていたりもする。 今から鍛えねば・・・ 毎晩最終電車だし・・・ 土日は釣り行きたいし・・・ 1等取って「父さん、すごい!」と息子に言われたいし・・・ 悩む。
2006年03月27日
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昨日も川で遊んだのだが、今日もまた川へ。 と言っても、昨日遊びすぎてお疲れモード。家を出たのも昼の2時頃。とりあえず、川の様子でも見に行こうって感じで、あまり釣り欲が無い。ついでにデジカメも忘れて、写真も無し。 昨日遊んだ吉野川の支流で、吉野川との合流より少し上流に下りてみた。 川虫を採集し、仕掛けを付けて、第一投、第二投、あれ、根掛かりか、クイッ、プチッ!・・・糸が切れた。それも天井糸のすぐ下で。 作ったばかりの仕掛けなのだが、あっけなく切れた。 また仕掛け作り直して、しばらく探ったが、今度はぐしゃぐしゃに仕掛けが竿に絡まり再起不能に。 いかん、全然集中力無い時に、0.1号の糸は扱えん・・・ 0.2号に切り替えよう。 1時間ほど頑張ったが、アタリも無く、敢えなく帰還となった。 まあ、こんな日もあるでしょう。次回は早起きして、じっくり川を見てみよう。
2006年03月26日
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河原でシシ鍋を食い、ビールをグビリ、陽が傾いて冷えてきたら焚き火を囲んでダラダラと。こんなシチュエーションは最高だろう。ってなことを、日頃仲良くおつきあいさせていただいている奈良自然観察会のメンバー10数人で、吉野川の河原でやってきた。 シシ肉は、もちろん師匠が仕留めたもの。 シシ鍋に、シシ肉の炭火焼き、その後、鍋にうどんをぶち込むという胃袋満喫コース。師匠は調理師でもあるので、味付けは旨くない訳が無い。 トンビもあわよくば分け前をと、上空を旋回し続けている。 さらに、差し入れに鮎、アマゴ、ついでに河原に生えていたカラシ菜を使って炒め物や即席漬けまで飛び出し、昼過ぎから延々夜の9時過ぎまで、時間を忘れてのんびりした。K助はメンバーの1人のご子息である、かず兄ぃになついてしまい、彼は食う暇がなかったかもしれないが、K助は相当楽しかったようで、ずっと帰宅してからも「にぃちゃん、にぃちゃん」と言っていた。 下は2歳から上は60歳台まで、男女性別年齢身分階級関係なしのバトルロイヤル入り乱れ状態の楽しいひとときだった。
2006年03月25日
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月曜挟んで休みが続くのに、釣りにも行かず、典型的な良い父親をしてしまった。 本日はK助を連れて、二人でチャリンコ5分の田んぼに出かけた。 先週は、つくしのムックを撃破する事が目的だったが、今日はメダカの学校を見学し、あわよくばうちの水槽にメダカの学校を作ろうという作戦だ。何十年も年前から時間が止まってしまったような風景。ここにメダカが潜んでいる。2歳8ヶ月のK助もメダカ取りに初挑戦。まだ上手にすくえないものだから、興味はつくし取りに。 先週、つくしの取り方を拾得したので、余裕である。もちろん、K助の目的は、つくしを取ることではなく、取ったつくしを食うことである。 うちに帰ったら、今日もちゃんと二人でつくしのはかまを取り除き、俺が醤油、酒、砂糖で炊き、K助がそれを全部ご飯に乗っけて完食した。これで野のモノを少しだけ頂き、胃袋に収まるまでのストーリーが完結した。 メダカの方は、父親の努力の甲斐があり、適量捕獲に成功した。 そして、うちの水槽に放し、元気に泳いでいる。産卵し、孵化して数が増えたら、元の場所に放してやろう。 メダカを捕獲している身で勝手な事を言うと、メダカは現在国内では、生息環境の減少、悪化により数が激減しており、環境省も数年前に絶滅危惧種第2類に指定している。また地方による分化が激しく、あっちこっちに放流すると、遺伝子交雑が起こり、種の多様性に影響が出てしまうという、気を使う魚である。 メダカすくいを子供に伝えたいというのは、俺の身勝手な行動であるが、こんな恵まれた環境がまだ残っていることを子供に伝えることも俺の仕事なのではとも思う。メダカを見るだけなら、別にメダカじゃなくてもいいし。田んぼの脇の水路でメダカをすくって触って、飼って身近に感じることが大切じゃなかろうか。 かといって、殺してしまうのも、メダカの陥っている状況を考えると、ちと問題なので、ちゃんと飼って増やして元の場所に放流するのが目下の目標である。 そこまでK助には見せてやりたい。魚を釣ってガシガシ食うだけが父親ではないぞ。 何年かたって、補導することについて条例化した奈良県下で、メダカすくったら逮捕!なんてことにならないことを祈るばかりである。 今週末こそは、ガシガシ食えるアマゴを釣りに行こう。
2006年03月21日
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昨日の『山の学校』では、家内がお手伝いし、俺はK助のお守り役。 お守りがてら、会場となる建物の脇を流れる水路を覗けば、「お、天ぷらが生えている!」 花が開けばちょっと手遅れだが、このくらいなら十分旨い天ぷらが出来る。実は、まだ小さな固まりで、つぼみの見えないフキノトウより、この位の方が天ぷらにしたときは好きなのだ。 ちょちょっと、今夜食える分だけ、10個程ナイフで切り落とし、シメシメとうちに持って帰った。晩飯は、フキノトウの天ぷらと、これも『山の学校』でいただいた椎茸。この椎茸も地の物。それから、刺身こんにゃく。 スーパーでは手に入らない手作りのプリプリこんにゃくと、ほろ苦いサクサク天ぷらに、ビールの波状攻撃が、俺の味覚を「もう旨すぎてごめんなさい」とばかりにめった打ちにした。 夕べの晩飯は、生きてる事に幸せを感じるくらい満足な春の宴となった。
2006年03月19日
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家族で吉野の山村で開催された『山の学校』に参加。 今回は、地元のお母ちゃん達によるこんにゃく作り。 実家から離れて暮らす俺には、田舎の空気を感じて、なおかつ山村で培われた技や知識を得られるイベントなので、楽しくてしょうがない。蒟蒻芋を初めて触った。ごつい里芋ってとこかな。こいつを茹でて、ミキサーで湯と一緒に攪拌し、広葉樹から取った灰汁を混ぜれば、はい出来上がり・・・と至って簡単のようだが、そこはお母ちゃん達の経験が詰まっている。そして、できあがった手作りこんにゃくを始め、地元の料理が並んだ。おでん、田楽、白和え、おみいさん(味噌汁にご飯とそうめんが入ったおじやのようなもの)、それに手作りの白菜の漬け物も。 日本海側の田舎出身の俺には、味は違えどとても懐かしい気持ちが感じられた。 K助にもこういった田舎料理の味も覚えて欲しいものだ。 おみやげに頂いた、こんにゃくで今夜は刺身こんにゃくをして一杯やろう。
2006年03月18日
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今でこそ、地図が無くても関西から飛騨、信州には迷わずに行けるくらい慣れたが、就職して関西に引っ越した当時は、高山が岐阜県にあるとか、槍ヶ岳の下に上高地という観光地があるということも知らなかった。知らないと言うよりは、意識してなかった。 そんな時、突然思い立って昼を回ってから大阪を出発して、下道を走りつないでバイクでたどり着いたのが飛騨高山の街だった。 あまりの寒さに駅寝を断念し(駅の軒下に寝ること)、ビジネスに泊まった翌朝、乗鞍スカイラインを乗鞍岳へと走った。雲の上は、さらに寒くてシャッターを押す指の感覚は全くなし。しかし、綺麗な雲上の風景に1人で興奮していた。岐阜県側から長野県側に降りると、今度は見たことも無い紅葉の迫力に圧倒された。ほぼ毎年通っている飛騨・信州の旅の一番最初のきっかけとなるソロツーリングだった。残念ながら、有料の乗鞍スカイラインは、昨年(だったかな)、償還したことから無料化され、万歳!と思ったら、環境保護の為、マイカー規制を実施している。償還するまでは、有料でマイカーから金を取り、元を取った途端に環境保護という大義名分で規制するとは、はなはだ疑問に思う。環境保護はご立派だが、実施タイミングが悪いよな。スカイラインを走ったことは今となってはいい思い出になってしまった。
2006年03月16日
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本日も最終電車で帰った。俺より若い社員も同じ状況で、疲れが出て誰かが休んでいるような状況。俺もそろそろ休みたい。仕事や他の遊びで忙しくてご無沙汰しているが、学生の頃に空を飛び始めた。まだパラグライダーが日本に入って数年って時から始めたから、俺のキャリア年数は日本でもかなり長い方になるが、実際のフライトキャリアはお粗末そのもの。ついでに、スキャナの設定も分からず、写真の色合いもお粗末。スキャナの取説が欲しい・・・ただ、人間の能力外である飛ぶってことが、簡単にできるパラグライダーはすごい。未だに空に浮いているだけで嬉しくなる。このゴールデンウィークには久々鳥になれそうな予定。仕事しだいだが・・・。
2006年03月15日
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「この鉄砲古いから、免許(銃砲所持許可)取ったら上げるよ。」 狩猟の師匠のこの一言が引き金を引いたと思う。 狩猟に連れて行ってもらうようになって、3シーズン目となる丁度2年前だった。 初めて行ったときは、「ちょと冬の山でも散歩がてら歩いてみよう」と誘われ、迎えに来てくれた師匠の車には本物の銃が積んであって、俺がおったまげた。 その日、帰宅し玄関を開ける俺の片手には、鹿の足と背ロースの入ったビニール袋があり、台所のまな板の上に店開きしたら、今度は家内がぶったまげて逃げて行った。 連れて行ってもらってた猟は、猟犬を使うグループ猟ではなく、師匠と二人っきりで山に入って、雪の上に残った鹿の足跡から、鹿の居場所を見つけ射止めるという、いわゆる「忍び猟」というやつ。 自分の経験、感覚、勘だけが頼りとなる猟だが、それが神秘的でもあり、楽しかった。 ただ、猟銃を扱うことが出来ないため、自分は師匠に付いて歩き、師匠が仕留めた鹿の解体を手伝うことのみとなる。”自分の銃を持ちたい”と思うのは、至極自然の事だったと思う。 それが師匠の一言で、目の前に目標が出来た。目の前に人参をぶら下げて走る馬と化した俺は、k助の誕生のどたばたが落ち着いた去年の初春に手続きを開始し、秋には合法的に山で撃てるハンターになる権利を得た。 簡単に書いたが、この過程はややこしかった。ここで書くのは避けるが。 そして昨年暮れにデビューとなった。今シーズンは、5回出猟して、10頭くらい鹿を見た。足跡から、近くにいるのは分かるのだが、まだまだ経験不足。鹿の方が先に俺の存在に気付いて距離を置いている。ことある毎に矢を掛けた(発砲した)が、全部外した。まあ、初シーズンだし、元気に冬の山を歩き、鹿との出会いがあっただけで感謝している。 今から来シーズンが楽しみでしょうがない。 ただ、自分自身で気を付けないといけないのは、狩猟って、とっても特殊な趣味だということ。 本物の鉄砲を扱うこと自体、普通じゃないし、生きた大型動物を殺傷して、それを捌くことは、なおさら。 慣れてくれば、やってる本人は釣った魚を捌くのと同じじゃん、って感覚にもなるが、やはり、周りの人にとっては、残酷極まりない事。 こっちは楽しくて狩猟の話をしても、必ずしも周りの人が、その話を受け入れてくれる訳じゃない。そこはこちらが認識しないといけないのかなって思う。 知人にも鹿肉を欲しがる人は多いけど、かといって、鹿を解体する話を聞きたい訳じゃない。 食うために捌くのは必要なことだが、捌くと食うとは全く別物というのが普通の認識。 このあたりの猟をする人としない人の感覚の差異とどうやって上手につきあっていくかは、今後の俺の課題かな。
2006年03月14日
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会社で不要になったスキャナを持って帰ってきたのだが、そのままタンスの肥やしになっていた。 もったいないので、パソコンにつないで銀塩プリントをスキャンしてみた。 6年前に1人で四万十川に行った時の、何の変哲も無い写真。今もそうだが写真の構図が何とも言えず悪い。(スキャナの設定も決まらず、色合いもなんだか・・・) 当時は四万十が最後の清流と銘打ってはやり初めた頃だったと思う。カヤックでのリバーツーリングをやっている人もかなり見られた。 お陰で田舎の1.5車線の生活道に観光バスや県外の車がなだれ込み、どえらい渋滞になったりして、四万十に対してどうもいい印象が無い。 いつか人のいない時に行って、のんびりしてみたい場所ではある。 そして、川に入って、あのとき捕まえ損なった川エビを、捕まえてやりたい。 もちろん、かき揚げか天ぷらにして食ってやる。
2006年03月13日
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朝から予報通り雨。 思い立って、午前中は、行きつけの美容院へカットに。 店に行ってみたら、新店がオープンしたとのことで、担当の子はそっちに行っているらしい。 仕方なく、新店の方へ。 その店は、周辺の町並みに似合わずこ洒落た店で、高い吹き抜けにコンクリート打ちっ放しの壁、埋め込みのBOSEのスピーカーからは、なにやら音楽が流れている。 エントランスで固まってしまった俺を察したのか、担当の子は、「しばらく通えば慣れますよ」・・・やはりばれてたか。 4ヶ月ぶりのカット。前回カットの原型を留めないほどに伸びている。「今日はどうします?」「福山雅治にしてください、顔ごと。」 髪もさっぱりして、昼飯食ったら妙に眠気がさして、昼からは布団に潜り込んで、惰眠をむさぼった。やはり残業と早朝の釣行が続くと疲れが溜まるのか。 裏の休耕田では、キジが鳴いている。よく聞くともう一匹別の方から鳴いている。 この近所には1つがいしか居なかったはずだが、増えたのかな・・・ ホトトギスとウグイスもそばのコナラの林で鳴いている。 アオサギが頭上、屋根の上を下品な声で鳴きながら通過していった。 夢うつつでいろんな鳴き声を聞き、頭の中に周囲の景色を想像しながら布団と同化していた。 山にも行かず、たまにはこんな無気力な1日もいいかな。
2006年03月12日
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今夜は、庭で晩飯。今年お初だ。と言っても、炭火をおこして、冷蔵庫にあった肉や野菜を焼いて食うという至って質素な外飯だ。 ただ炭火で焼いて外で食うのは実に気分がいいし、K助も喜んでくれる。 実は楽しみはその後に待っている。 晩飯を食い終え、K助を風呂に入れて寝入ったあと、1人で外に出た。 手には、氷の入ったグラスとサントリーオールドと先週仕込んだアマゴの一夜干し。おきになった炭に新しい炭を加えて、火が落ち着いた所に、アマゴを一夜干しにしておいたやつと乗せる。グラスにオールドをゴボゴボっと入れて、ちびちびやり始めた頃に、あらかじめ声をかけておいた近所の父ちゃん連中が、手に手に自分の好みの食い物を持って現れた。 俺を入れて総勢3人の小さな父ちゃん宴会の始まりという訳。 とりとめのない話をして、ちょっとした夜更かしを楽しんだ。アマゴの一夜干しに、オールドの相性はぴったり。さらに、父ちゃんの1人が持ってきてくれたブリの切り身に軽く塩をして焼いたやつも脂が乗って絶品だった。嗚呼、幸せ。
2006年03月11日
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K助の通うヤマハ音楽教室のキャラクターで“つくしのムック”という物がおるらしい。 つくしの穂先に顔が書いてあり、茎に手足が生えている、よくあるかわいいキャラなんだが、つくし自体を見たことが無いK助にとっては、それがウルトラマンの怪獣以上に怖い存在となっている。 自然愛好家を自称する俺の息子がこれではまずい。 つくしのムックは怖くない、旨い物だ、ということを教えてやらねば。 ということで、早速裏の里山にムック探しに出かけた。つくしのムックつくしを初めて見るK助も、恐怖を忘れてつくし採りを始めた。俺の家は閑静な高級住宅街・・・に建っているが、その真裏は市街化調整区域で開発が抑制されており、田んぼや里山が広がっている恵まれた環境にある。歩いて5分でつくし採りができるのは嬉しい。近所の里山も春の様相だった。オオイヌノフグリも咲いている。ホトケノザの群生地も見つけた。採ったつくしは食って初めて完結する。 うちに帰ってK助と一緒にはかまを取り、洗って湯がいて、苦みをごまかして食いやすくするために砂糖を多めの煮びたしにして、一緒に食べた。 自分で採ったものを料理して自分でバクバク食うのはいい思い出になっただろう。 恐怖のムックは、今日から美味しいムックになった。
2006年03月11日
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今日は仕事をほったらかして、早めの帰宅。 K助は残念ながら寝た後だったが、晩飯を肴にビール飲みながら、家内と久々の会話をした。 これが日常のはずだが、俺にとっては珍しいことだ。でも会話は大切な事。 日々、育児に大変な家内の話を聞くだけで、少しは気が楽になってればいいが。 それにしてK助は、寝ているときだけは母親オンリーだ。 『かぁしゃ~ん!』寝ぼけて泣いたので、俺があやしに行ったら、「とぉさんはあっち行ってっ! えぃっ!」 2歳半の息子に思いっきり蹴りをもらった。 でも、「K助、明日はとぉさんと、山に行くか?」『いくぅ・・・』「山行って一緒に弁当食うか?」「食ぅ・・・」 憎めない。
2006年03月10日
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渓流釣り解禁日の余談だが、例年なら行くことの無い源流域まで足を延ばした。 その結果、この有様。右後輪だけグリップして、あとのタイヤはスケート状態。 沢水が路面を流れて2センチくらいのミラーバーンになっていた。 車はこれ以上登りたくないと勝手に後退し始め、やっとこの姿勢で止まったが、トラクションかけたら、さらに横向きになるので、動きようが無い。 ラーメン用の水を使って湯を沸かしてタイヤ周りの氷を溶かし、その後延々30分、路面の氷を鉈でたたき割った。 鉈がアスファルトに当たって火花を散らし、気が付けば鉈の刃先がまん丸になるほど、これでもかこれでもか、と誰もいない山中で独り奮闘。 あわや遭難かというこの事態、苦闘の末、車も無傷で無事帰ることが出来た。 帰宅してからのアマゴの塩焼きと、焼きガニ、ビールと純米酒が旨かったのは言うまでも無い。水ガニ(脱皮直後の松葉蟹)全部食ったった。
2006年03月06日
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予定通り午前2時半起床。遠足前夜の小学生みたいに寝付けず、2時間ほどウトウトしたと思ったら目覚ましが鳴った感じだった。 凍った路面を注意深く車を走らせ、川辺に立ったのは、午前5時過ぎ。 ここ4,5年連続して通っているが、ここまで冷え込んでるのも珍しい。氷点下3℃くらいかな。 この川は1支流なのだが、水が綺麗なのはもちろん、源流までダムが無いのが良い。そして、冬は狩猟でも入っている。 あちこちの川に行ってみたい気もあるが、残業人間にそこまで時間が取れないし、複数漁協に払う入漁料も痛い。 その結果、1年を通して一つの川、渓を見る結果になってしまっているが、結構それも四季の変化を見ることができるのでおもしろい。 「今年も来たぞぉ」と、じいちゃんの竹竿に話しかける息が白い。 空が白んで来たころ、我慢できずに、じいちゃんの竿に仕掛けをつけ、餌のイクラを付けて投入。 何投目かに、自然に流れる目印が、不自然な動きをして、1匹目をゲット。俺の渓流釣りの師匠は、高校くらいの時に亡くなった俺のじいちゃん。中学の時に漆塗りのヤマメ竿を俺のために作ってくれた。それが形見になった。(なんでヤマメ竿かってのは、俺の出身の日本海側には元来アマゴはいなくてヤマメが住んでるから)それから約20年、シーズン最初の1匹目は、必ずじいちゃんの竿で釣り上げることにしている。そして、数匹釣った所で仕舞ってしまう。もし折っても修理してくれる人がいないし。年に一度じいちゃんと一緒にいる気がする瞬間。 数匹釣ってから、竿を今時のやつに変えて、釣り始めたが、なんてったって、解禁前日に川全体に大量に放流しているので、アマゴの居る場所さえ分かれば、連続して釣れる。 正直、風流さには欠けるが、解禁日は一種のフェスティバルと理解している。本当の渓流釣りは、この喧噪が落ち着いて、釣れ残った放流魚も本来の野生の勘を取り戻した頃と思っている。結局、16~18センチの放流アマゴを中心に8時頃までに30匹を釣っていた。だいたいこの辺で釣ることに満足してきて、今度は、帰宅してから捌くことが気になってくる。食える分だけでいいでしょ。ひとまず満足したので、川虫を少し調達して、ちょっと足をのばして源流に行ってみた。源流域の標高が高いため、この時期はまだ真冬。だから例年は行かないけど、今日はちょっと気まぐれを起こして行ってみた。イクラでは食わず、川虫でやっと来たが、手元で痛恨のバラシ。逃げたアマゴは案の定まだ黒かった。やっぱゴールデンウィークまで待った方がいいな。ということで、カップラーメンを食って俺の渓流シーズンは始まった。半月前までは、狩猟シーズン、そしてすぐに渓流シーズン。季節の変化に付いて行くのは実に忙しい。
2006年03月04日
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午前3時半起床。 仕事の都合で、朝の5時半には現場に行かなくちゃならなくなった。 で、3/4は渓流の解禁日なので、これまた早起きになるため、仕事以外でPCの前に座る暇が取れない状況。 今日は雛祭り。 職場の近所の和菓子屋で、家内のために桜餅と苺大福を買うつもりだったが、苺大福が売り切れてたので、桜餅だけ買って帰った。 ということで、日記更新遅れてますが、しばらくお待ち下さい。 なにせ、この日記を書いている今は3/6の23時50分ですが、まだ職場なもんで・・・
2006年03月03日
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2週間前に近所の子とk助が遊んだ翌日、その子に水疱瘡が発症した。 水疱瘡の感染力は、発症の前日からあるらしいので、こりゃK助もかかるなと、どきどきしていた。 そしてちょうど2週間、几帳面にちょっきり2週間で、K助にもブツブツが出てきた。 記念に家族3人で小児科に行き、水疱瘡であることを確信するに至った。 近所の子の両親も感染源になっちゃったと気にしていたが、家族ぐるみで仲良くつきあってるし、どうせかかるならさっさと早いうちにかかった方がありがたいので、”ありがとさん”というのが正直な気持ちだ。だから全然問題無し。 今日から1週間、K助は自宅軟禁状態で、風呂にも入れない。 つらいだろなあ。 休日は一緒にウルトラマンのビデオを見ることにしよう。 感染記念に、今晩は赤飯を期待していたが、用意されていたのはマカロニグラタンだった。
2006年03月02日
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仕事の手を休め、これまでの自分のブログの写真を見たら、食い物や酒の写真が載っている。 お陰で腹がグルグルなってきた。 これぞ自業自得か。 まだまだ家に帰れぬ残業人間である。 もう帰ろうか・・・ いや、帰れぬ。 なんとしても金曜は18時電撃退社をして、翌朝の一大イベントに向けてCtrl+Alt+Delをしなければならぬ。こいつが俺を待っているはずだ。あまごの解禁日。もしかしたら、こんなやつにも会えるかもしれぬ。にほんかもしか。ちなみに解禁はありません。(写真の彼は以前釣りに行ったときに、ほんとに出会った天然物。)それにしても、どっちも旨そうだ。余計に腹減った・・・。
2006年03月01日
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