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広島二日目。 久々パラグライダーで空を飛ぼうと思い、俺の出身エリアでもある広島近郊の神の倉エリアに行ってみた。 エリアに着くと、懐かしい顔ぶれが揃い、「お帰りぃ!」の声が嬉しい。 残念ながら、吹き流しは真横を向くほどの爆風。飛べぬまま解散となった。 エリアのランディングに群生していたマツバウンランが綺麗だった。
2006年04月30日
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学生の時に所属していたパラグライダーサークルの後輩が2組結婚し、その内輪のお祝いパーティーが広島で開催された。 朝、車を駆って一路広島へ。 広島といえばお好み焼きを食わねばなるまい。 いつもなら、昔から近所でやってるような「おばちゃんは、はぁ昔からのぉ、1人で頑張っとるんじゃけんね」的な小さなお好み焼きやに行くのだが、今日は最近出来たらしい「ワシは、まだ若いんじゃが、一旗上げちゃろう思ぉとるがのぉ」的な、あんちゃん達が頑張ってる小綺麗なお店に行ってみた。 広島のお好み焼きが如何なる物かという解説は「るるぶ」に任せて省略するが、久々食うお好み焼きは旨かった。家でも時々作るが、やはり外で、ちゃんとした専用鉄板で焼くお好み焼きは旨い。ビールも旨い。 ここでひとつ。 関西で俺の知る限りでは、関西・広島のお好み焼きを区別するとき、お好み焼き・広島焼きと呼んでいるようで、飲食店でも広島焼きと大々的に表示している。さらに、その広島焼きという物を何度か試してみたが、どうも広島で食うそれと味が違う。全ての店で試した訳じゃないが、広島を懐かしむ味に出会った事が無い。 一方、広島では関西風お好み焼きと広島風お好み焼きは、それを区別する必要があるときだけ、そう呼び分け、通常お好み焼きと言えば、広島風の事となる。広島焼きという表現は全くと言っていいほど使われない。 俺が思うに広島で普通に食うお好み焼きと、関西で食う広島焼きは似て非なるもの。広島焼きは関西で独自の発展を歩んでいるんではなかろうか。 地方による作る方側の味覚の違いか、それとも食う側の好みに合わせた結果そうなったのか。見た目は大変似ているのだが、食った感じが、こうも異なる要因は、諸説考えられる。 ・・・ブログだし、極端な表現は避けていたが、まわりくどい表現がうっとぉしくなってきた。 広島焼きはまずいんじゃ!あがなもんはのぉ、広島のお好み焼きじゃぁ思ぉて食うてみてものぉ、はぁ、とぉても食えたもんじゃぁないんじゃけぇねっ! あぁ、すっきりした。 小心者なのでフォローを入れておくと、広島焼きを広島のお好み焼きと思わないで食うと、まあ普通に食えます。それから関西にある全ての広島焼きの店に行ったわけではないので、誤解の無いように。
2006年04月29日
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『山に行けば体調が良くなる。』 ってなことを、本能的に感じていた。 日々の疲れが、特に喉の調子にてきめん現れる体質。 ちょっと疲れが出て喉もイガイガ、ヤバイかなぁ・・・という時に、釣り竿片手に源流を歩けば、あら不思議。うちに帰ったときには全然普通に良くなっている。 そういう経験が何度もある。 カッコつけて「山の神様のお陰」と勝手に思いを巡らせていたが、どうも科学的な根拠があるらしいということを、最近読んだ本で知った。 山の木々は、自己防衛のため、ある種の揮発性の化学物質を発しているらしい。虫が付いたり、病気になったりしないように。また他の植物に駆逐されてしまわないように・・・など、目的はいろいろあるらしいが、その物質が人様にはプラスに効いているらしい。ワサビの辛い成分とか、ヒノキには虫が付きにくいとか言うが、それもその物質のお陰ということ。 その化学物質が、総称して「フィトンチッド」。ロシアの学者さんが名付けたロシア語。 一時はやった森林浴も、フィトンチッドの効果を期待したものらしいが、わざわざ森林浴を目的に山に入るっつうのも、なんか自分にはくすぐったい話ではあるけど。 本を読んでて納得してしまった気分になったが、確かに日々のストレスが山に行けば和らいでいるのは事実だし、体調が良いのも事実。 なんかこれは凄いことだと思う今日この頃である。 願わくば、フィトンチッドだらけの森の中の露天風呂につかり、アマゴの天ぷらや山菜の天ぷらを食い、ビールをグビリ。もし、そんなことが出来たら、フィトンチッドに関係無くリラックスし過ぎて、家に帰りたく無くなってしまうだろう。 話がそれたが、経験上、フィトンチッドへの過信は禁物なのである。 数年前に、体調が良くないときに山に入ったことがある。いつもの通り、山に入れば体調は良くなるだろうと期待していたが、昼を回ってから、どうも暑いし、ふらふらする。気合いで車を運転し、帰宅してから熱を計ったら、朝は低かった体温が40度まで上がっていた。 ある一線を越えたらフィトンチッドも「想定外です。ごめんなさい」となるんだろう。 なんでも万能・天下無敵・鬼に金棒ということは無いってことだとは思うが、薬を飲まずとも体調が良くなるってことは、これはもうタダゴトではないと思いませんか?
2006年04月27日
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四国をバイクで旅したとき、民宿でイタドリの煮物が出て、こういう食い方もあるんだと感銘を受けた。さらに飛騨の国を旅したときも、イタドリが出てきたのを鮮明に覚えている。山村では貴重な保存食として大事にされているようだ。 俺のご先祖が住んでいた山陰地方の林業の町ではイタドリを使った料理を聞いたことは無かった。 柿の葉で包んだ鯖や鮭の寿司を、祝い事で食う文化のある町だったので、奈良の吉野地方に負けない山村なんだと思うが、イタドリは生で食うもんだと教わってた。 ちょっと野に出れば、売るほど生えてるイタドリ。 これを自分でも美味しく食うことが出来ないかと思っていたが、そこは便利な世の中。ネットの普及で、イタドリの情報を得ることが出来て、作ってみたのが下の写真。完結に言えば、イタドリの皮をむき、一晩水に漬けてシュウ酸を抜き、後は適当に切って、好みの味付けで煮付けたら出来上がり。食った感触はフキにそっくり。シュウ酸の酸味も抜けてなかなかいい味であった。シュウ酸が抜けてしまうと、炭酸の抜けたビールみたいで、イタドリらしさは全然無くなるが、自ら採って下処理して料理して食うってことは、なかなかオツなものである。田舎では酸を抜いた後に塩漬けにして保存するらしい。奈良県は吉野地方で塩抜きした煮付けを頂いたが、これも旨かった。地方によって、山菜の利用法も異なるようだが、今回は山菜料理のレパートリーが増えて、今度イタドリを見たら大量に持ち帰ってしまいそうである。
2006年04月25日
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山に入ったら山菜採るだけじゃなくて、いろいろ興味深い物に目が行ってしまう。カンアオイの仲間ギフチョウの幼虫の食草。もしかしてギフチョウの卵でも付いていないかと、葉っぱを裏返して探したけど、そんな旨い話はなかった。ツツジの仲間地味な山林の中に質素に目立つツツジの花。淡い色合いがなんとも良いもんだ。シュンラン杉の植林地に目立つことなくひっそり咲いていた。この写真を撮るため、誰もいない山で四つん這いになっている俺の姿もきっと絵になってただろうなぁ。ゾウムシの仲間買い物袋に入れた山菜を、玄関にしばらく置いていたら、玄関のあちこちにこいつが歩き回っていた。山菜と一緒に持って帰ってきたらしい。図鑑で調べたが、何という仲間なのかは結局分からずじまい。まあ、K助のいいおもちゃになっていたので良しとしよう。 せっかく自然の中に入るのだから、山菜を採るだけじゃなくて、いろんな物を見ていきたい。その方がより自然に近付くことができるんじゃないかなあ。
2006年04月23日
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どうも気になる。 杉の植林地の中の林道を歩いていると、1カ所だけ、斜面の上に明るくなっている所がある。 そこが俺においでおいでと言ってるようなので、仕方無く道を外れて、斜面を登り始めた。タラの木、あるじゃん、・・・いや、タラだらけじゃん! そこは、数年前の台風のせいで、杉が壊滅してしまった植林地だった。杉の葉が落ち、地面に陽が当たった事で、裸地に真っ先に生え始めるフロンティア植物が、一斉に伸び始めている藪と化していた。 それにしても結構な藪で、ノイバラの棘が皮膚に食い込む。 棘の痛み以上に俺の食い意地が張っているので、ものともせず、藪を漕ぎ、タラの芽を収穫する。 ラッキーなことに、ちょっと伸び過ぎの状態であるのに、まだ今年誰も入ってない! しかもまとまった本数があるので、量も稼げる。 一番背の高い枝の1番芽だけ採って、後は残しておこう。それさえ採っておけば、木が上に伸びず横に伸びるから、来年また採るときに楽だし。 本日の収穫は、タラ、コシアブラ、リョウブ、イタドリ。 K助も興味津々だ。 タラ、コシアブラ、リョウブは天ぷらに、イタドリは、水に漬けて酸を抜き、明日炊こう。 本日の酒は、いつもの様に奈良の地酒。ちょっと癖があるように思ったが、旨かった。 3週連続で山に入り、なおかつ山の恵みを頂くことができて、酒も旨いし至極幸せである。 ただ、手足にノイバラの棘が入り込み、ヒリヒリするのだけには閉口してしまった。
2006年04月22日
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事務所がこの週末で移転するため、ずっと今週は梱包作業に追われていた。 今日は仕事したくても、事務所のサーバーも停止してしまったため、残業したくても、なんにも出来ない。 これ幸いと、ミナミ(大阪の難波、心斎橋界隈の繁華街)に足を延ばし、久々バーに顔を出した。 いつもの様に、ハイネケンから始め、のんびりモルトウイスキーを舐めながら、鮭トバをかじる。そしてマスターと取り留めの無い会話。 モルトも、ローズバンク、リトルミル、お気に入りのブローラと進み、なんだかちょっと物足りないので、フェターケンを頂き、最後の締めにまたハイネケン。 酒飲むときは、絶対日常の愚痴を言わない、酒は楽しく飲むものというのが俺の信条。 しかし、マスターの話術が見事なのか、それとも酔いで口が軽くなったのか、決して愚痴じゃないが、普段絶対に人には話したことの無い事まで、喋ってしまった。 気が付けば夕方6時から、最終電車までその店に根を生やしてしまったが、いつもの残業生活と変わらぬ時間に帰宅した。 そして風呂上がりにビールをもう1本飲んで、やっと「肝臓よ、おつかれであった、おやすみなさい」と相成った。
2006年04月21日
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職場からの帰り道、地下鉄の車内で本に落としていた目を上げると、そこは見慣れないホームの風景。 まずい、乗り越した。近鉄の最終に乗り遅れてしまうのか? 大阪市営地下鉄を乗り換え、私鉄の近鉄電車に乗るのが、俺の帰りの経路。そして、今乗っている地下鉄が、最終の近鉄に間に合う最後の列車なのである。 乗り遅れたらタクシー1万円コース、こればっかりは自腹になってしまうのか? ウイスキーが3本買えるではないか。 電車の中で読書に集中しすぎて、降りる駅に気が付かなかったなんて、生まれて初めての経験だった。それが、この本。 法隆寺の再建で有名な西岡常一棟梁の著書。 中学校の修学旅行、奈良・京都を巡ったとき、観光地巡りではなく、自分のテーマを探して事前に勉強してから行きましょうという、新しい方針のもと、俺が勉強したのが法隆寺。 その時出会ったのが西岡棟梁の別の著書だった。 それから約20年、既に棟梁は亡くなられているが、新たにこの本が出版されたので読んでみたら、吸い込まれてしまい、電車乗り越しという顛末。 西岡棟梁の人柄、自然に対する気持ちの向け方に再び心惹かれてしまった。 そして、自分も今は何の因果か、法隆寺の近くに居を構えているではないか。なんとも不思議な偶然。 ちなみに、乗り越したあと、すぐに反対方向の電車に乗り、無事、近鉄の最終電車に間に合った。タクシー1万円コースは回避できて、一安心。ゆっくり本の続きを読むことができた。(アフィリエイトリンクを貼ってみましたが、俺は図書館で借りて読んでます。本は図書館で借りるのが1番!)
2006年04月17日
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奈良県の山村で開催された『山の学校』に参加。 本日は、山菜天ぷらを食べるのがメイン。ただ、今年の山の恵みの成長は遅く、事前にスタッフ総出で、あちこちから材料が集められた。俺が昨日採ったコシアブラもその一部となった。谷筋の林道を、山菜を採りながら歩く。木の芽は駄目だが、ミツバやスミレなどの草の方はいくらか採れたようだ。ひたすら天ぷらを揚げまくる。タラの芽、アザミ、スミレ、ツバキ、ウワバミソウ、ミツバ、ノカンゾウ、ワサビ、サンショウ、ユキノシタ、コシアブラ、コゴミ、フキノトウ、フキ、ヨモギ、ツクシ、モミジガサ、ヤブレガサ、イタドリ 天ぷら総攻撃である。そのほか、天然アマゴの天ぷら、お口直しにワサビの即席漬けが続き、これで、もしビールでもあれば、誰がなんと言ったって、俺は今日ここに泊まって飲み続けちゃうぞってな状況だった。イベント終了後、近くの公園に寄って、桜を見たが、いい感じだった。来週も、山に入って、また山の恵みを分けて貰うことにしよう。
2006年04月16日
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俺のご先祖って、どんなだったんだろう・・・なんて考えながら、雨の山道をゴリゴリ登り、気になる斜面があれば、ルートを外れて、バキバキ藪の中を突き進む。趣味とは言え、春の山菜の為に、ここまでするとは、きっとご先祖も、山の恵みを頂いて生活していたに違いない。 先週と同じ山へ、それも気分を変えて異なるルートでアプローチ。 先週から思うほどに気温が上がらなかったので、稜線上の木の芽はあまり伸びてないだろなあと思ったら、案の定だった。こんなタラの芽は、腹の足しにもならない。もう2週間待った方がいいかな。 ここはタラの森と思ってしまうくらい、タラの多い所だが、立ち枯れのタラも目立つ。きっと去年新芽を全部取ってしまったからだろう。 きっと通りすがりの登山客だろう。こっちはここに住み着いて、来年も、再来年も、その次の年もタラを食いたい。だから、取り尽くすことはしない。それがルールと解釈しているが、そうでない人の方が多いのが現実。特にやっかいなのは、届かない芽を取るために、のこぎりで幹ごと切り落とすケース。どっかの本で、幹を切れば、その脇からまた新芽が出るとか書いてあったが、幹をばっさり切られて、生き残ってる木、一度も見たことが無い。 結局、先週登った山の稜線はまだ早くて、いったん下山し、麓を等高線沿いに走る道を歩いてみた。 標高が低い分だけ、芽の育ちも早い。 こいつは油炒めやおひたしが旨いのになあ・・・と、指をくわえて眺めるしかない、でかくなりすぎて手遅れのコゴミ。こんな標高の低い里山にも生えてるとは意外だった。イタドリ。俺の故郷では、ダジンと呼んでる。先っちょの新芽の天ぷらは旨い。でもシュウ酸がきついので、たくさんは食えないし、新芽の中にアリとか虫がつきやすいのでしっかり洗わないといけない。リョウブ。でかい木が多いので、木を1本見つければ労せず量を稼ぐことができる。リョウブ飯が有名だけど、天ぷらにしたら、ほろ苦さがたまらん。 ゼンマイ。食うまでの手間がかかるので、今日はそっとしておいた。 やっと見つけた本命のコシアブラ。まさに食べ頃。 木を見つけたときは思わずヨダレが出てしまった。 1カ所に数本生えていることが多いようで、まとまった量で取れた。こいつはタラと違って、幹に粘りがあるので、かなり曲げても折れない。だから背の高い所の芽も、幹を折ることなく、楽に取れるのがうれしい。粘らず、すぐに折れるタラとは大違い。 タラの芽を取るとき、まれにバキッと幹を折ってしまうことがある。せっかく他の芽を残したのに・・・と罪悪感がつきまとうが、コシアブラはそれが無いので、気分がいい。 うちに帰ったら下半身は泥だらけだった。 体を動かした後のビールと、リョウブ、コシアブラの天ぷらは最高だ。季節の恵みを少しばかり山から頂く喜びは何物にも代え難い。 驚いたことに、ちょっとまだ早いなあと思いながらも、持って帰ったコシアブラの新芽、部屋の気温が山より高いせいだろう。天ぷらをするときには、山で取ったときより成長して伸びていた。これがコシアブラのパワーなんだと改めて感心した。乾杯&いただきます。
2006年04月15日
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朝から1人で近所の山へ。 目的は山菜の出具合のチェック。バイクで行ける所まで走って、あとは、ゴリゴリ登って、以前見つけておいた木の生えている所まで歩くのみ。お目当てのコシアブラ。結果、まだ早かった。気温が上がらなければ来週収穫できるかも怪しいといったところかな。山菜の女王?王様?といえば、タラの芽だが、マイブームはこのコシアブラ。ウコギ科特有の脂っこい独特の香りがして、天ぷらにすると、タラの芽と同じくらいかそれ以上に旨い。アクがタラより強いからかな。 アクの強い女性とつきあうのは苦手(遊ぶだけならOK)だが、アクの強い山菜は好きかな。(余談です) 話変わって、ふと稜線上をアゲハチョウが飛んでいるのを発見。 こんな所こんな時期にアゲハが飛ぶのも珍しいなあ・・・もしかしてっ! 追っかけたら、正体は春の女王と呼ばれるギフチョウだった。 環境省のレッドデータでは絶滅危惧種2類に指定されている。 砕いて言えば、乱獲と環境破壊で最近めっきりその数を減らしており、そのうち絶滅が心配されている種ということ。法律で採集禁止は定められていないが、昨今自主規制が呼びかけられており、自治体によっては条例で採集禁止している所もあるようだ。 図鑑や博物館の標本では、幾度と無く見ているが、飛んでいるのは産まれて初めて見た。(標本のような写真だが、止まったところを運良く撮影できた) いいモノを見た!と心ウキウキ、眺めのいい所でタバコを一服。 ところが、彼女の居たところに戻ってみると、キャップから、ザック、パンツまで全身黒ずくめのオッサンが、昆虫採集用の三角紙に何かの蝶をしまい込み、そそくさとザックに入れ、折り畳み式の捕虫網を、これまたさっさと仕舞ってザックに入れ、昆虫採集をしているという格好を全て隠し込んで俺の横を足早に去って行く姿を見てしまった。 彼女の姿もどこにも無かった。 オッサンの三角紙の中身が彼女だったかどうかは見ていない。 が、かなり後味が悪くなった。 さらに何も言えなかった&確認できなかった自分に対してももどかしかった。 同じ絶滅危惧種2類のメダカを、俺もうちに持って帰って飼っているから、あんまり偉そうな事も言えないが。 せっかく初めてのギフチョウとの出会いだったのに、晩酌に飲んだキリン クラシックラガーが、さらに苦かった。
2006年04月09日
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K助のたっての希望で、奈良公園へ鹿撃ちに出発。 本日の猟法は、鹿せんべいを使ったおびき寄せ猟。 銃は、K助愛用の、『弾数無制限連続撃発式音だけ銃、100円ショップバージョン』である。バリバリ撃ちまくり、次々に鹿を撃退!恐れおののいた鹿は、きびすを返して逃げていく。鹿に飽きたらず、鳩も追っかける始末。ここは、世界遺産の奈良公園、世界各国から観光客も訪れている。瞳の青いご婦人も、K助の銃を見て、“OH! ○×△□!”と叫んでいる。つぶらな瞳の鹿に銃を向けるとは、もしかして国際問題になるかと思ったが、なんとか事なきを得たような感じだった。本当の目的は花見のはずだった・・・。世界最大の木造建築である東大寺大仏殿に桜は似合う。それにしても、すごい黄砂だった。帰りの車窓からの風景だが、太陽が丸いのが肉眼で直視出来るくらいだった。この時、奈良公園で走り回ったK助の意識はほとんど夢の中だった。
2006年04月08日
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職場近くの桜が見頃になった。 数年前に枝打ちして、なんかバランス悪い枝の張り方になってるが、今年も綺麗に咲いた。いい季節になったもんだ。桜が満開になると、にわかに山の山菜が気になってくる。午後から徳島へ出張。途中、お約束で寄った淡路SAから見た明石海峡大橋。いつ見てもでかい。俺の運転で大阪-徳島を往復したが、道中の木の芽が結構出始めていた。うちに帰ったのは結局午前0時半。土日は天ぷらにできる木の芽の出具合を見に、ちょっと山に入ってみたい。山菜の天ぷらにビール。楽しみだ。
2006年04月07日
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「台風が近付いているらしいよ。そろそろやばいかなあ。どうなるんだろ・・・」 昨年夏の北アルプスは黒部五郎小屋のテン場で、テントの外から聞こえてきた会話。数人の小屋泊まりの登山客が、テン場まで食事前に散歩しているようだ。 こちらは単独、自然と挨拶を交わし、お決まりの、今朝はどこを出発し、明日はどこまで行くのかという情報交換を行う。 そこでまた台風の話題が出た。小屋ではまだ夕方の天気予報を掲示していないのか、明日の天気を心配されている。 こっちはさっき16時のNHKラジオの気象通報を聞いて、天気図を書いたばかり。明日はなんとかなっても、あさっては台風の影響が出ると、ド素人なりに読んでいた。 「明日までならおそらく大丈夫でしょう。あさってはここらへんでも影響出始めるかもしれませんよ」と書いたばかりの天気図をビニール袋から取り出した。 「台風はお昼にこのあたり、こっち方向に時速○○キロで進んでいるらしいです。」 気が付けば俺の周りに5、6人の方が集まっていた。「テント泊の山屋さんってすごいですねえ。天気図も書いてるんですねぇ。」 賞賛とも感嘆とも分からぬ声が周りから聞こえる。《いや、テントに泊まるのは金が無いから・・・天気図つけたのは学生の時以来16年ぶりで、本日は低気圧と高気圧に絡ませて鳴門の渦潮をデザインしてみました》なんて、恥ずかしくて言えなかった。鷲羽岳からの展望-黒部五郎岳と黒部川の源流 3泊の行程の中で、この日だけ天気がなんとかもった。これが黒部川の源流かぁ、ハハァッ!と、もっとありがたがらないといけないのだろうけど、黒部川自体に全く慣れ親しんでいないので、実はちっともありがたくない。ただ、景色の良さは大変ありがたい。 源流のありがたさなら、俺の親しんでいる奈良の吉野川(下流の和歌山県では紀ノ川と突如名前が変わるおもしろい川)の源流の方がよっぽどありがたい。なんてったって、自分ちの水道の水源だし。流域に住む鹿さんや猪さんにお世話になってるし、他でもいろいろ流域の皆さんにお世話になってるし。 そう考えると、おいそれと川べりで立ちションなんで出来ない。
2006年04月06日
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翌日の午前3時帰宅。飲みではなく、仕事で。職場の大阪市内から奈良まで、豪華タクシー1万円コース。景気回復という巷の明るい話題は、仕事の量という形で俺に反映されているようである。ということで、本日はこれにて。
2006年04月05日
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「まあ、不便な所から来たのねぇ!」 昨年夏、北アルプスは双六岳のピークで突如言われた地雷発言。 鷲羽岳をピストンした後、三俣蓮華に戻って稜線沿いに双六岳に向かうと、双六岳ピークの直下に60mほどの急登があり、それをクリアすればいきなりピークに出るはず・・・と地図で読んでいた。 三俣蓮華で先に出発し、先を歩いているはずの初老のご婦人方3人パーティーが、なんとその急登を下って来たのだ。 聞くと、どれだけ歩けば双六ピークに着くか分からないし、疲れたので双六ピークをあきらめ、手前のトラバースルートで双六小屋を目指すとのこと。 あと一踏ん張りしてこれを登り切れば双六の頂上ですよ!と気持ちの後押しをしてあげて、あっけなくピークに到達して一息ついたときの会話だった。 想定外の爆弾発言魚雷攻撃にひるんでしまって、「それでも人は住めますよ・・・」と、意味の分からん返答をしてしまった。 奈良とは、未だに平城京に鹿と一緒に人が住んでいると思われているのだろうか・・・ いったいどんな風に奈良のことをイメージしているのか、こっちが悩む。 ガスってきた。天気は下り坂だから、これから晴れるとも思えない。 双六ピークから双六小屋までは、しばらく台地状ののっぺり地形が続くから、ガスに巻かれたら迷うかも・・・ 「おかあさん、地図とコンパス持ってる?ガスってきたし気を付けてね。」 コンパスは無いけど、地図なら持ってる、とザックから取り出した地図は、剣岳から御嶽山まで一日で歩けるのではないかと思うくらいの広範囲の地図だった。そしてコンパスも無いとなると、そりゃ双六ピークの目の前で引き返しても仕方ないわな。道標だけ頼りに山歩いとる。 これが中高年登山ブームの実態か・・・。 「良かったら小屋で一緒にビールでも飲みましょう!」 双六小屋の玄関で、東京から来たというそのご婦人は親切に俺を誘って下さったが、丁重にお断りして、テン場に向かった。 明日は天気は下る。南海上の台風も順調に北上しているはず。こっちはテント張って、飯炊いて、天気図を付けて、18時には寝たいのだ。明日は下山だが、のんびりしていても晴れることは無いし、ぼやぼやして台風の影響を受け始めたらやっかいだから早く下山しないといけない。ちゃっちゃと不便な奈良に帰った方が無難だろう(笑)。鷲羽岳から振り返って、三俣蓮華岳を望む。三俣蓮華からいったん三俣山荘のある鞍部まで下って、鷲羽に登り返し、また山荘まで下って三俣蓮華に戻った。気合い一発歩いたから、何とも思わなかったが、じっくり見たら、結構距離あるなあ。
2006年04月04日
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一日子供と一緒に過ごしたご褒美として、酒を飲まねばなるまい。 別にご褒美が酒じゃなくてもいいのだが、手っ取り早く楽しめるのは酒かな。 週末くらいはのんびり純米酒に刺身でもと思い買った酒は、近所の地酒。 味は、よく分からん。が、旨かった。 ついでに写真のぐい飲みは自作。自分の手に合わせてひねったので、持ち味は抜群。 肴は近所のスーパーで刺身を調達したが、こっちが問題だ。ろくな刺身が無い。鮮度ももうひとつ・・・。海の無い奈良県で贅沢は言えないのだが、日本海側にある俺の実家で手に入る魚とは大違いで、なかなか買う気にもならない。せっかく酒は美味しいのだが。 くやしいので、もうちょっといい酒を飲むことにした。 かなり前に買ったやつだけど、自分好みのモルトウイスキー。 クライネリッシュ(クライヌリッシュ)という酒で、テイスティングがどうとか理屈じゃなくて、バーで教えて貰って、酔っぱらってうちに帰って翌朝起きたときに、その名前を覚えていたくらい印象に残ったお酒。 ストレートでちびっと飲って、家内のビールをチェイサーにぐびっと飲む。(業界では、飲るを「やる」と読むらしい) 幸せな週末だった。 来週こそは野遊びをしてから、もっと旨い酒を飲もう。
2006年04月02日
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2歳半になる息子のK助が、「父さんはイヤぁ!」と言っていると、家内からメールで緊急連絡が入った。なぜかと問いただすと「仕事に行くから」らしい。 平日は朝から深夜まで仕事に行って一緒に遊ぶどころか会うことすら無いからと解釈したが、一緒に遊びたいと思われていることが嬉しい反面、かと言って、この深夜帰宅の現状を打開する方法もなく、為す術無しのお手上げ状態。 そこで、汚名返上、父親は偉いのだ、復権せねばと、渓流釣りも我慢して、家族で近所の公園へ弁当片手に出動となった。 近所の公園といっても、多数の遊具有り、グラウンドあり、自然探索の林ありと、申し訳程度に街角に作った公園と違い巨大なのである。 そして、集まる家族もハンパじゃなく、たかだか3万人弱の我が町に、これだけ子供がいたのかと思わせるくらい、うじゃうじゃ家族連れが集まってきている。 なんかよく分からんが、とにかくそれらうじゃうじゃの中に混じって、滑り台に乗るのも順番10分待ちに耐え、K助の好きなだけ、一緒に遊んだ一日だった。 これだけうじゃうじゃ子供達も集まれば、遊具の中での交通事故も起きてしまう。K助も、阿鼻叫喚の遊具の中で小学生とおぼしきちびっ子に跳ね飛ばされ、大泣きになったが、ビデオカメラ片手に、K助をあやし、しょげかえったちびっ子にも「大丈夫だから気にするな」となぐさめ、ホントは、そのちびっ子の父親をぶっ飛ばしたいのだが、それも我慢して耐える俺も立派だった。 帰りの駐車場まで、手をつないで歩きながら、少しは父親復権となっただろうかと自問自答の苦悶は続く。
2006年04月01日
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