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今回の出張のもうひとつの目的が、松山で、瀬戸内のうまい魚と地酒をいただくことだった。夕食は、松山のあるホテルの総支配人、Zさんとご一緒した。Zさんは、30代半ばの若手ながら総支配人(GM)に抜擢され、ひとり松山に乗り込み、ホテルの再生(というより、建物だけは以前のホテルから引き継いでいるものの実質的には新ホテルの立ち上げというべきか)を任されている、新進気鋭のホテルマンである。ホテルのGMというのは、組織の長という意味では他の管理職と同じだが、部下に当たるスタッフ一人ひとりの接客が「商品」にあたるためリーダーシップやマネジメント力が試される大変なお仕事である。業務スキル、向上意欲、マネジメント力、人柄、いずれが欠けてもいいGMにはなれない。だがZさんなら成し遂げられるだろう。Zさんは、ホテルを含む第三次産業は、消費者のニーズに対応して常に変化しないといけないと、さかんにおっしゃっていた。同感である。街の古い喫茶店はどんどん姿を消しているが、コーヒーを味わったり座って時間をつぶしたりする人が減ったわけではなく、スターバックスやタリーズは店舗をどんどん増やしている。地方の商店街はシャッター通りと化しているが、郊外のロードサイド店は大繁盛しており、買い物客の総数が減ったわけではない。消費者の気持ちは移ろいやすく、その変化を早期にキャッチして対応していった業態だけが残っていくのだ。現実には、地域の業界全体で変化に対応しようとしないことに、Zさんはとても歯がゆく感じているようだ。大手旅行代理店からの大量送客に慣れたホテル旅館業界が受け身の体質であることは、ホテルで10年勤務した私はよく知っている。瀬戸内の温暖な気候と豊かな土地柄は、競争を嫌い変化を拒む県民性を育んだのだろう。みんなの食い扶持がある程度確保されているなら、無理に競って脱落者を出すよりも、みなで分け合えば全員が幸せになれるのだろう。ホテル旅館業界、わけても松山の雰囲気がよく伝わってきた。だが、「受け身で、変化を嫌う体質」とは、どこかで聞いたことのある話ではないか。いや、これはひとり松山に限った話ではなく、またホテル旅館業界やバス業界に限った話ではなく、この国全体の病理ではないのか? 年に何度かの激しい台風や地震を首をすくめて耐えればさえ、残りの毎日は比較的すごしやすい気候風土が生んだ受け身の気性を基層とし、戦後の高度成長がえんえん続くと信じられてきた右肩上がり神話を表層とする、日本人の特性。本当に右肩上がりが続く中ではそれでよい。だが、いま時代は成熟している。このままではこの国は成長の歩みを止め、やがては後退を始める。このままみなが受け身のままで、私たちはいまと同じ何不自由ない生活を続けることができるのか?マーケット(需要)は「お上」が与えてくれるもの。誰もが食いはぐれのないように平等に分配。その結果が、画一的でお仕着せのサービスを「心のこもったおもてなし」と信じ込み、気がついたら消費者にあきられていた日本の旅館業界を生んだのだとしたら、それは旅館業界だけの問題なのか? それとも、バス業界も含めたこの国全体の問題ではないのか?私も、もう一度心の中の耳を澄ませ、消費者(乗客)の声を真摯に聞いてみよう。元気づけてくれたZさん、貴重な出会いをセットしてくれたHさん、ありがとう。今回はすれ違いになってしまったKさん、次回はぜひ。
2009.02.28
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新宿高速バスターミナル(通称:西口)の話はお休みにして、一泊二日の西日本出張のご報告。訪問したのは、西日本の県庁所在地、3都市でそれぞれ1社ずつ。これから高速ツアーバスへの参入を検討している会社にお邪魔した。各地元では老舗のタクシー事業者が2社、いずれもバス事業を兼業していて、うち1社はすでに4条(乗合)路線も持っている。残る1社は、地元の老舗私鉄の優秀な中堅幹部が退職し、独立起業してバスとは異なる事業を始めたが、やはりバスを忘れられないから高速ツアーバスに何か携われないかという、私にとっても初めてのタイプのご相談だった。いずれも大企業ではないから、私などがお邪魔しても経営者クラスとお話しすることになる。柔和な方、クレバーな方、パワフルな方と三者三様だったが、共通するのはバス事業に対する思いの強さ。時折見せる真摯な眼差しから熱い思いが伝わってくる。「気ままにやってるように見えるかも知れんけど、貸切バス事業を始めた以上、社員を食わせなあかんのんよ。大企業じゃったら、不況や円高で客が減ったと会議で言えば許してもらえるんかも知れんけど」「考えがあってバス事業者を辞めたけど、やっぱりバス、運輸ってやりがいがある仕事。成定さんだったらわかるでしょ。ぜひとも高速ツアーバス事業をやりたいから手伝って欲しい」「30年タクシー屋やってきて、バス事業、それも大阪線や東京線は夢やったんよ。老舗がやってるのを隣で見てきたけど、あんな古いやり方しかやれんのやったら、ウチらがやったら絶対勝てる。一緒に夢を実現しようや」アルバイトながら大手私鉄系バス事業者で働いていたころ、中小の貸切バス事業者など「負け犬」会社だと思っていた。自社が管理するバス停で中小事業者の貸切バスが乗降扱いを始めたりすれば、まるで虫けらを追い払うように移動させていた。だが、どうもそれは勘違いだったらしい(なお、この雰囲気はバス業界特有だと思う。ホテルマン時代、私のホテルは歴史や格式や、企業としての規模は一流だったが、ビジネスホテルや民宿に対して、サービスで負けない自信はもちろんあっても、少なくとも、企業として人間として彼らを軽蔑する雰囲気は社内になかった)。大手事業者に真剣さが足りないというのではない。地域に対する社会的責任や、安全・安定輸送に対する強い思いは敬服に値する。だが、企業としてそれだけで満点を付けられるのか?私が今の会社に転職した際、私がこの会社でやりたいことは、老舗の高速路線バスをサイトで取り扱うことだった。安全・安定輸送の面で一日の長があり地方では利用者に十分に認知されている高速路線バスを私の会社で扱って、ウェブマーケティングやレベニューマネジメントのような新しい手法を持ち込めば、必ずもっと大きくできる。ただ、大手事業者は保守的で、すぐに取り扱いが始まるわけではない。しばらくは新興の高速ツアーバスのみを扱うことになるが、それは将来への布石として「がまん」する時期と、そう思ってきた。私とて、まずは足元の実績を上げて会社に認めてもらえなければ事業責任者を任せてもらえない。私が会社から信用されなくなると、なかなか首を縦に振らない老舗路線バス事業者に対して、短期間で成果の出ない提案・営業活動を続けることは認められなくなるかも知れない。だから今は、たとえ不本意でも高速ツアーバスのみ扱って、それで数字を上げていかないといけない。そう考えてきた。だが、今は違う。老舗も新興も関係ない。高速路線バスや高速ツアーバスといった業態の違いも関係ない。思いのある会社、それを実現していける会社であれば、お手伝いしたいと思う。私が黒子としてお手伝いしたいのは、老舗の路線バス事業者を今の時代に合わせて変革させることではなく、(もちろんそれが大きな要素であることは変わらないが)日本のバス産業全体をエンパワーメントさせ、危機にあるバス産業を元気にすることであると、今は考えている。
2009.02.27
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もう一人、飯田行きのお客様で印象に残っている人がいる。こちらも中年の女性。夕方の飯田行きの乗車券をお持ちだったが、昼前にカウンターにお越しになり「すぐに出るバスに変更できますか?」。5分後に出る12:00発の飯田行きに乗車券を変更処理し、それを手渡しながら「2番乗り場の京王バスにご乗車ください」と伝えた。そのとき、お客様の顔がぱっと華やぎ「あら、京王バス。私、京王バスに乗ってみたかったの」たしかに、飯田線は主に午前の新宿発が京王便、その車は午後に飯田を出て戻ってくる。逆に午前の飯田発は信南交通や伊那バスが担当し、午後に新宿発で折り返す。だから飯田に住んでいる人は、意外と京王バスに乗る機会は少ない。このお客様は、純白のボディに赤いラインをスマートにあしらった京王のカラーリングが、都会を象徴するように見えていたのだろう(座席間隔等、実際の快適性は変わらないのだが)。飯田市をはじめとした南信地域(伊那谷)は、交通が大変不便な地域だった。名古屋へ出るのも東京へ出るのも「山越え」という印象だった。そこに中央自動車道が開通し、いちやく東京と名古屋・大阪を結ぶ大動脈上に位置することになった。伊那谷の人の生活、特に東京の企業との取引やショッピングの習慣は大きく変化しただろう。ストロー効果という副作用を考慮した上でも、伊那谷の生活は(単に経済面だけでなく)豊かになっただろう。あのお客様にとっては、京王のスマートなカラーリングが、その象徴だったに違いない。ちょうど私が西口でバイトしていたとき、飯田線が開業10周年を迎えた。アルバイトの分際で、勝手に飯田行きの車内に入って「おかげさまで10周年を迎えました。ただ、伊那飯田のお客様には5年とか10年とかそういうことではなく、ずっとずっとお付き合いいただきたいと思います」などと挨拶したこともある。飯田市をはじめとした伊那谷の住人にとって高速バスは貴重な足であり、生活を豊かにしてくれた恩人である。乗車券を売って運賃をいただいた際、逆にお客様の方から「ありがとう」と言われたことも多い。私が西口時代を思い出すとき飯田線のお客様の顔が多く浮かぶのは、単なる「金儲け」「ビジネス」ではなく「地域の役に立っている」飯田線の立ち位置(スタンス)が理由だろう。鉄道と競合している松本線や甲府線では、もう少し「ビジネス」色が強くなる。鉄道や「平バス(地域の路線バス)」など公益性の高い許認可事業を基幹事業とする鉄道系バス事業者の社員にとっては特に「地域の役に立っている」感触は居心地がいいだろう。しかし、飯田線のような高速バスは極めて特殊で、ほとんどの高速バスは、価格の安さや快適性を武器に鉄道や航空から乗客を奪取し、バス事業者の利益に結びつける、収益事業なのである。私自身、飯田線的スタンスの居心地のよさをよく知っている。だからこそ、そこに安住していては高速バスが成長しないと強く感じているのである。
2009.02.25
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思い返してみると、西口でアルバイトをしていたときに接客したお客様の中で、今でも、顔まで、接客をしたそのときのシーンまで覚えている人はけっこういる。その中の一人。発券カウンターに入っていて飯田行きのキャンセル待ちを受けていたとき。出発直前に、キャンセル(予約をしたが未発券で乗り場にも現れない、いわゆる未発券ノーショー)の席をキャンセル待ちのお客様に販売したが、それでも一人だけ乗れなかった。真剣な目で「補助席でもいいから、なんとか乗れませんか?」と聞かれた。中年の女性だったが決してワガママな悪い客という感じはなく、本当に急いでいたのだろう(夕方だったから、飯田に帰る人だったはずだ)。しかし車両に補助席も付いていないし、そもそも予約してないのが悪い。「いや、乗れません」と答えた。とても残念そうな表情を覚えている。40分後の便の席はあったし、飯田のような田舎(失礼)に40分間隔でバスがあるのは極めて便利だし、40分待ってもらうのは客観的に考えて仕方がない。「乗れません」と答えた自分は何も間違っていない。ただ、決してわがままな感じがしない上品なお客様がとても残念な顔をした、その表情が印象に残った。その日、仕事が終わって西武新宿駅の改札まで着いたとき、目の前で西武線の急行が発車した。とても悔しい思いがした。わずか10分後に次の急行があるにもかかわらず。あのお客様はよほど急いでいたのだろう。飯田の家に早く帰らないといけない理由があったに違いない。そして東京から飯田に帰るには事実上中央高速バスしか方法がない。理由はともあれ、早く帰りたい乗客にとって10分だろうが40分だろうが待ちたくない。あのとき、満席で乗れなかったのは仕方ないとしても、私はお客様の気持ちを汲んだ上で「申し訳ありませんが満席です」と心を籠めて伝えただろうか?その後、ホテルに就職し接客のプロになってからも、そして今でも、会社帰りに電車を待っているとあのお客様の顔を思い出す。もう一人、同じようなシーン。こちらは松本までのお客様。この方は満席だとわかると新宿駅へ向けて駆けだした。松本行きの高速バスは毎時50分発。特急電車は毎時00分発。バスが満席だと駅まで駆けると電車に間に合う。そして電車の方が若干早く松本に着く。東京からはバスがメインの交通機関である飯田。バスと電車を天秤にかけ、安い方、速い方を目的に応じて使い分けられる松本。同じ中央高速バスでも、その役割や、利用者がバスに望むニーズ&ウォンツは路線によって全く違う。路線の性格やマーケットの環境の差に対応しながら、きっちりと「お客様の方を向く」こと。すなわち繰り返すが現場では一人ひとりのお客様に適切な接客をし、会社としてはマーケット(消費者)に対して適切なマーケティング活動を行なう……決して難しいことではない。普通の企業なら、普通にやっていることなのだから。
2009.02.24
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西口でのアルバイト時代にもう一つ印象的だったのは、利用者(乗客)の流れである。観光シーズンなど特別な日を除くと、午前に新宿を出る便には空席が目立つ一方、長野や山梨各地からのバスは満席で到着する。逆に夕方になると長野や山梨に帰る人たちで西口は忙しくなる一方、新宿に戻ってくるバスはガラガラであることが多い。つまり、中央高速バスの利用者は、東京側よりも現地(長野、山梨)側に住んでいる人の方が割合が大きい。この構図は、おおむね他の方面の路線でも同じである。理由はいくつかあげることができるが、最大の要因は、路線バス事業者の地域での存在感の差であろう。例えば中央高速バス松本線は京王と松本電鉄の共同運行だが、松本市における松電といえば地元の名士企業である(最近、ちょっと揺らぎつつあるが、それがかえって松電の存在感の大きさを浮き彫りにした)。その松電のフラッグシップ商品である新宿行きの中央高速バスは、松本市民に十分に認知されている。松電が高速バスの告知(広告等)を松本で行なえば、名古屋行きも大阪行きも県内路線も一気に告知できるという効率のよさもある。一方の京王は、事業規模では松電をはるかに凌駕するが、首都圏マーケットにおける相対的な存在感では松本での松電に遠く及ばない。京王線の鉄道駅にポスターを貼っても他の沿線住民にはリーチしない。松本は京王、新潟は西武、秋田なら小田急が高速バスが運行していると知っている首都圏住民が、一体どれほどいるのか? 沿線需要の喚起という路線バス事業者の「伝統的マーケティング」の結果、高速バスの認知度は「地方>大都市」なのである。では、大都市の路線バス事業者は、その差を埋めるための積極的なマーケティング施策を実施してきたか?いま私は、色々な場で、国交省のデータを元に、パワーポイントでカラフルなグラフを投影して、高速バスの認知度は「地方>大都市」であることを説明する機会が多い。それに続けて、ウェブマーケティングを積極的に活用したのが新興勢力の高速ツアーバスであるから、これまで取り込めていなかった大都市住民の需要を喚起し高速ツアーバスが急成長したのだとお話しする。マスコミがその考えを紹介して下さるケースも増えてきた。もちろんその次には必ず「だからこそ高速路線バス事業者も、ウェブマーケティングを効果的に活用できればもっともっと成長できるはず」と付け加えるし、それが私の高速バス予約事業における信念でもある。国交省のデータ。パワーポイントのカラフルなグラフ。テレビのインタビューや大きな会場でのパネルディスカッション……「仕事っぽく」「立派っぽく」見ていただけるようになったが、その原点は、西口で走り回ってバスを誘導していた、アルバイト時代の経験、実感値なのである。
2009.02.23
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新宿高速バスターミナル(通称:西口)でのアルバイト時代の記憶として、一番印象に残っているのが、出発するバスを見送る際の、われわれスタッフの挨拶だ。当時、私は主に「立合」業務を行なっていた。次々と入線を繰り返す高速バスを適切なバースへ誘導し、座席表を乗務員に渡し乗客を誘導して乗車改札をする。出発時刻が来ると無線や放送で出発指示を確認して、乗務員には「発車お願いします。お気をつけて」と声をかける。ドアが閉まってバスが出発する。その出発するバスに向かって、というよりは乗務員に向かって「挙手の礼」をするのがわれわれアルバイトの習慣だった。電車の駅でも、動き出した電車の車掌とホーム上の駅員が挙手を交わす、あのイメージである。だが、私はそれに違和感を感じていた。これから乗客の命を預かり長距離を走る乗務員に「お気をつけて」という意味を籠めて挨拶をすること自体は悪いことだとは思わない。しかしその乗務員の後ろには40人からのお客様が乗っていて、少なくとも進行方向左側「A席」におかけのお客様は、みな私達を見ているのである。しかし、先輩達は乗務員に挨拶してもお客様には知らんふりである。ある日、私はバスに向かって頭を下げるようにした。乗務員に向かっては「お気をつけて」、お客様に対しては「ご利用いただきありがとうございます。行ってらっしゃいませ」心のなかでそう言いながら、全長12Mのバス車体が自分の前を完全に通り過ぎるまで頭を下げ続けるようにしたのだ。そのとき、私は確信したのを覚えている。高速バスという輸送モードは、価格の安さや快適性など、商品力では十分な競争力がある。あとはきっちりと、事業者側が「お客様の方を向いて」仕事をすればもっともっと成長できる。「お客様の方を向く」とは、ターミナルや予約センターのスタッフ、それに乗務員が一人ひとりのお客様にきっちりとした接客をするというのが一点。それから、事業者(バス会社)が、消費者に対してそのニーズを把握したり自らの商品の魅力を消費者に伝えたり…すなわち、ちゃんとした「マーケティング」を行なうことである。いま私は「インターネット」というマーケティング史上最強の武器を預かる立場である。この武器をうまく使えば、高速バス※はまだまだ成長する。その確信は、学生時代に西口でバスに頭を下げ始めたときに感じた確信よりも、何倍も強固であることは言うまでもない。※ここで言う「高速バス」に、高速路線バスや高速ツアーバスといった業態の差は関係ない。
2009.02.22
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私のブログは、新宿高速バスターミナルとそこから発着する中央高速バスの話題から始めたい。私にとっての高速バスの原点は、学生時代に4年以上もアルバイトでお世話になった、ここ新宿高速バスターミナル(通称:西口)だからだ。今でも時々「西口」をのぞく。LEDによる案内表示、自動販売機。私の現役時代にはなかったデバイスが多数設置され、時代は変わったなと思う。詳しい友人によると、私が現役時代に見送っていた当時の車両は、昨年、全て引退したそうだ。時代が変わったといえば、中央高速バスが予約時に座席の希望を聞くようになった(ハイウェイバスドットコム)。当時、中央高速バスではお客様からいっさい座席の希望を聞かなかった。西口のカウンターで、「窓側をお願いします」と言われても「申し訳ありません。お座席のご希望は伺っておりません」と答えていた。事業者側から見れば、座席希望を聞くのはいろんな意味で大変だからだ。一方、利用者の満足度を上げることよりも事業者側の都合を優先していたと言われても仕方ない。私自身は、自分の業務に余裕があるときには、マニュアル違反を承知で、「希望はお聞きできません」と口では言いつつ端末を操作して窓側の座席を発券したりしたこともある。その中央高速バスで、どうどうと座席希望を聞くようになった。インターネットというツールが普及したことで技術的に簡単になったという側面もあるが、路線バス事業者も利用者視点のビジネスに大きく舵を切ったという側面の方が強いだろう。一般の利用者にとってはささいなことかも知れない。だが、中央高速バスが座席希望を聞き始めたことは、これまで利用者のニーズより事業者の都合を優先してきたバス産業、特に路線バス事業者の変化の、ひとつの象徴であろう。これから、高速バス事業を先頭にして、日本のバス産業が大きく変わる。いや、もし変わらなければ、日本のバス産業に未来はない。私も、このブログを通して、バス産業にたずさわる全ての企業、スタッフに深い愛情を籠めてバス産業の未来を提案していきたい。
2009.02.21
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