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昭和30年代の神奈川をテーマとする写真展で見た、川崎駅東口の俯瞰写真が忘れられない。イベント会場かのように人・ヒト・ひとで溢れたロータリーに次から次へと路線バスが進入してくる写真だ。まるで、押し寄せる報道陣を政治家や芸能人がかき分けているかのように、人ごみをかき分けてバスが進入してくる。その人ごみは全てバスを待つ通勤客なのである。あまりの混雑に今の感覚で言うと危険極まりなくヒヤヒヤするものの、そこは時代の相違と目をつぶれば、数多くの人たちがバスを必要としていた時代を象徴する1枚であり、いわゆる「既存事業者」の原風景と言えるのではないだろうか。諸先進国においては「公共」が担当することが多い地域の路線バス事業を、なぜ日本では民間が担うことが可能だったのだろう。まず前提としては我が国の人口密度の大きさがある。基幹作物であるコメは多くの人口を養う力がある(反面、麦などに比べ労働力も多く必要だが)上に、居住に適した平地が少なく、その平地に多くの人が集中して居住する。運輸業と言う立場からすれば非常に効率のいいマーケットである。また日本のバス産業は黎明期においては個人企業の乱立に近い状態であったが、いわゆる「戦時統合」を経て地域ごとにほぼ1社にまとめられ、ある程度効率的また網羅的にネットワークが整備された。ただ、ここで考慮しなければならないのは「日本型経営システム」との兼ね合いである。以前にも書いたが、終身雇用と年功序列をベースとするこのシステムは、常に規模の拡大を求められる「ネズミ講」である。ある年に新入社員が10人いたとして、30年後にはその10人全員に「部長」「担当部長」「専門部長」「子会社の部長」などのポスト(少なくともそれに相当する給料)を提供することになる。その10人の何倍もの新入社員を雇える規模になっていなければ、その会社は30年かけて高コスト化しただけとなり市場で競争力を失ってしまう。だから常に規模を拡大し続けないといけない。メーカーなら海外への輸出で規模を拡大できるから、自動車や家電メーカーの営業マンや商社マンが「エコノミックアニマル」と揶揄されながらも世界中でメイドインジャパンを売りまくったことで、メーカーやその周辺の企業は成長を続けてきた。しかし、内需型産業である路線バスは海外進出とはいかない。にもかかわらず典型的な日本型経営でここまでやって来られたのはなぜか。それは外部環境が大きく変化したからである。戦後の高度経済成長が始まると、これまで自宅近くの田畑で農業にたずさわっていた人たちが「サラリーマン」となり、市街地の事務所や臨海部の工場などへ「通勤」することになる。高校への進学率が上がり「通学」需要もふくらむ。冒頭に挙げた川崎駅の写真は、ちょうど戦後のベビーブーム世代が社会に出る頃の1シーンである。以前紹介した「満員になって車体が沈み、コーナーでは路面に接触して火花が散った」という古株社員の思い出話もこの頃であり、その彼自身が田舎の学校を出て都会のバス会社に「ボーイ車掌」で就職したというまさにこの世代の人である。同時に各バス事業者は、地域を代表する大資本の企業として地元で圧倒的な存在感を築く。田中角栄の越後交通、堀内光雄の富士急行など保守系政治家との強い関係はもちろん、地元メディアへの影響力を強め、ビジネス面でも、小林一三が阪急で築き上げた「日本型私鉄経営」モデルに習い流通業やレジャー産業さらに学校や病院などから成る「ミニ阪急」が全国に展開され、地域での生活に無くてはならない、民間企業の枠を超えた存在に成長していく。今から見れば「利権」「既得権益」と言われる事業もあるが、その時代においては地域経済の牽引車として全地域住民のために有用だったと言えるだろう。ある既存事業者の経営者によれば「子会社の社員、家族を含めれば地域人口の5人に1人は関係者」であり、私がよく「高速路線バスは現地側事業者の地元での販売力で成長した」という時の販売力とは、単に路線バスの車内に高速バスのポスターを掲出できるといった目に見える側面だけでなく、生活のあらゆるシーンで地域住民の役に立つ事業者の存在感全体を指しているつもりである。合わせて、既存事業者のビジネスの中で大きな要素が「土地」である。わかりやすい例が、バスの営業所(車庫)を郊外に移転させることで余剰となった中心市街地の土地を、売却ないし運用(貸ビルの建設、ホテル・流通を自ら経営など)することだ。戦前から中心市街地に大きな土地を保有していた既存事業者ならではの収益モデルであると同時に、ホテルや流通業を営む上で地元には他に大資本は少なく、かつバス事業者ならではの高い知名度もあり非常に有利に進められただろう。だからこそ、バス事業が赤字化した後も各事業者は地域への責任感を持ってバス事業を継続させてきた。ただ、こうやって見るとあらゆる「前提」が崩れつつあることが理解できるはずだ。最もわかりやすいのが「土地」だろう。土地の値上がり神話のもと保有しているだけで企業価値が上昇した時代では既に無く、わけても郊外化の進展により地方都市における中心市街地がむしろ「忘れられた繁華街」になりつつあり、そこに土地を持つ意義は低下した。地元では競合が少なかったホテルや流通も、中央資本が容易に地方進出するようになった今アドバンテージは小さい。そして本業のバス、である。昭和30年代とは対照的に地域人口は減少し、モータリゼーションの進展が追い討ちをかける。「既存事業者と言う名のビジネスモデル」は、非常に厳しい状況なのである。「安定性」に魅力を感じてバス事業者に入社した方が多いなら申し訳ないが、このままだとその地盤はゆるい。決して既存事業者に未来が無いと言っているのではない。「古きよき時代」の感覚から脱しなければ、未来は無いと言っているのだ。「既存事業者と言う名のビジネスモデル」にこだわり過ぎては、その事業者そしてバス産業の未来をも、逆に閉じてしまうような気がする。
2009.11.26
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日本最大のバス事業者である西日本鉄道がバス事業を本格的にリストラするというニュースはあちこちで話題になっている。理由としては「“1000円高速”の影響で高速バスの利益が縮減し、地域の路線バスの損失の穴埋めができなくなったため」とのこと。この件を例に既存バス事業者の経営について考えてみたい。※バス事業の現状を客観的に把握しようとするとネガティブな発言が多くなってしまうが、私自身は決してバス事業の縮小を望んでいるわけではない点、念のため明記しておく。まず、公表されている決算資料によると、昨年度の同社バス事業の赤字額は年間23億円である。一方、売上高ではバス事業の6割に満たない鉄道事業だけで45億もの利益を出しており、運輸部門全体では差し引き20億強の利益を残している。そのほかに、不動産や流通といった「副業」で合計80億の利益があるから、会社全体では100億円の黒字、というのが昨年度の概観だ。そのうえで、上記新聞報道を読むと、昨年は23億だったバス事業の損失が本年度は30億にふくらむ見込みという。整理すると、(それを「いい」とか「悪い」とか言うつもりはなく、事実として)次の2点が挙げられる。まず一つ目は、“1000円高速”の件があろうとなかろうと、同社のバス事業はもともと巨額の赤字を出していたということである。同社は早期から地域分社を進めるなどコスト削減を図る一方、何度も繰り返しご紹介しているように九州内で強いリーダーシップを発揮し積極的に高速バス事業を展開し新しい収益源を開拓してきた。ただこうやってあらためて見ると、高速バスの利益で地域の路線バスの損失を埋めてきたという表現は決して間違いではないものの、厳密に言うと「高速バスの利益で、地域の路線バスの損失の“一部”を埋めてきた」である。地域の自治体等から欠損補助を受けている路線もあるであろうにもかかわらず、そして高速バスの利益からの補填があったにもかかわらずバス事業全体で23億もの赤字が出ているのである。ただ、それでもバス事業を維持できるのは、バス以外の鉄道や流通などの事業で利益を出せる体質だったからだろう。もう一つ言えるのは、仮に本年度の赤字が昨年より7億円増えたところで、運輸部門(バス+鉄道)全体でも、また全社においても「まだまだ黒字」であることだ。つまり「会社全体で1円でも黒字がある以上、乗客が一人でもいる限りバスを走らせるんだ」という根性論、精神論を述べるつもりなら、余地はまだまだあるということだ。もちろん、民間企業である限りそのような精神論は通用しないが。むしろ、売上(営業収益)においてバス事業などよりもかなり大きな規模を持つ流通業やレジャー・サービス業の方が、昨今の不況の影響を受け利益の見込みを落としているかも知れない。その数値は公表されていないので想像するしかないが、一般論として、これらの事業は景気変動の影響を大きく受ける。その利益の圧縮幅は、バス事業の赤字の増加額7億円よりもっと大きいかも知れない。もちろん“1000円高速”の特に九州における高速バスへの影響を否定はしないが、本年度の同社のP/Lに与えるインパクトが、“1000円高速”の影響によるものが最も大きいのかどうかは外部からはわからない。以上は、あくまで公表されている情報を元に私が個人的に解釈したもので学生のケーススタディの枠を出ていない無責任なものであるが、ここからは西鉄に限らずの一般論として、あらためてバス事業を維持することの難しさについて考えさせられる(付帯事業が大きい西鉄だからなんとか対応できており、他の事業者はもっと苦しかろう)。「公共の足として、赤字であったとしても(税金から補填するなどして)バス路線は維持すべきだ」という考え方を否定する気は一切ないが、一方でこれだけの赤字を出していると言うのは、要するに「バスが利用されていないから」ひいては「バスの利用価値が低いから」に他ならない。「運転免許を持たない交通弱者のために必要だ」と本当に言うのなら、身の丈にあった事業サイズに縮小し、その代わりそれらの人たちにターゲットを絞って小回りの利くサービスに徹しないといけないが、口では「交通弱者の」と言いながら昔ながらの最大公約数的な事業を惰性で行なっていないか。もっとも、23億もの金額を西鉄がバスのために「身を切って」投じていたことを知っている地域住民はそう多くはなかっただろうから、今般の“1000円高速”がきっかけでそのことがアピールできたなら、結果として十分に意義のあることだと考えている。既存事業者の一部には「ウチのバスが無くなって困るのは市民なのに」と市民や行政の無関心を批判する向きもあるが、バスが無くなって本当に困るのは他でもないバス事業者の社員であり、バスの存在感を訴えるための必要なアピールは怠ってはならない。大切なことは、事業者の経営者(日本型経営においては、社長個人ではなく本社部門全体)は、従業員ら多くのステークホルダーに責任を負っているのであり、お客様向けや従業員向けのきれいな言葉(「乗客が一人になってもバスを走らせる」「赤字でもバスを走らせて地域に貢献している」など)に自ら酔ってしまっては、正しい舵取りができなくなる、という点である。
2009.11.25
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このところ、日本の歴史に関する本を読むことが続いている。まずは『殉教』(山本博文)、そして『あの戦争は何だったのか』(保阪正康)。取り上げた事象は異なるが、前者の副題「日本人は何を信仰したか」が共通している気がする。前者は、江戸初期のキリシタン弾圧における殉教の事実と、なぜ日本においてだけ大量の殉教が生まれたのかを克明に描いている。山本氏は、拷問と死を覚悟してキリシタン禁制下の日本に潜入してくるカトリック宣教師の側には「華々しい殉教」への強い意思があったとするが(もともと、イエズスの磔刑を原点としている宗教ではある)、同時に、大量に殉教した日本人武士階級には「潔く死ぬことを美しい、誇らしいと感じる日本人の武士的エートス」があったとする。また、聖遺物信仰的に殉教者の遺体に群がった民衆の(土俗的信仰の延長としての)熱狂と、わずか20年ほどでカトリックから離れていった「日本人の心変わりの恐ろしさ」にも注意深く目をやっている。私自身は特に、「潔く死ぬ」美学に、ついつい自分も同感しがちであるからこそ、カトリックの教義に殉じて死を迎えた彼らが、実は本質的には旧来の日本的価値観に基づいていたのではないかという考えに目からうろこであった。そのうえで、後者、すなわち太平洋戦争である。保阪氏はこの戦争の話を、旧日本軍の組織の説明から入り、「開戦へのターニングポイント」として2・26事件から叙述を始める。天皇親政を目指す軍人の間では「小善」と「大善」という二つの考え方があり、一軍人として天皇に仕える「小善」に対して、しだいに「天皇の大御心を実現するために“一歩前に出て”仕える」ことをよしとする「大善」を一部の急進的な軍人が実現しようとしたのが同事件である。その後は、開戦の決断、開戦後の戦い方そして負け方、ただひたすら「坂を転がり落ちるよう」である。<無謀とわかっていながら、しかし誰も「ノー」とは言えず、曖昧なまま始まってしまった戦争><実際に「真珠湾攻撃」は、その後に上陸作戦を展開しようとか、ハワイを制圧しようとか、次に何をしようという戦略は全く考えられていなかった><それほど、大本営は混乱し、また無為無策であったのだ。戦略を立て直そうなどと考えることもなく、言ってみれば“下手な博打打ち”のように「もう一度、もう一度」と同じ手を繰り返すだけであった>。やがて<その大本営は、自分たちに都合の悪い状況を隠すことのみに汲々とし、決して自己省察などしようとしなかった。「戦争の目的は?」と聞かれれば「自存自衛のため」などときれいごとを述べているだけ>といった状況に陥り、ついには「敵の戦闘機は、高射砲で打ち落とすのではなく精神力で打ち落とすんだ」「アメリカ軍が来たら竹槍で刺し違える」といった半狂乱の時代を迎えていく。<喩えていえば台風が来て屋根が飛んでしまい家の中に雨がザーザー降り込んでいるのに、誰も何も言わない。わざと見ないようにして、一生懸命、ドアの戸締りなどに精を出している。だが、そんな組織の“体質”は、今を顧みても、実は、そう変わらないのかも知れない>という氏の指摘は全く同感である。たしかにその意味で『日本史の考え方』(石川昌康)で、石川氏が大胆にも壬申の乱と明治維新の二つのエポックから日本史を見ようとしていることもよく理解できる。白村江の戦いで敗戦し、当時の大帝国であった唐から攻め込まれる恐怖のもとに壬申の乱という国家を二分する内戦が起き、結果として日本の古代国家制度が整った。ペリーが黒船に乗ってやってきたから、戊辰戦争が起き、新しい日本が生まれた。何かよほど大きな、目に見える形での「外圧」がない限り、自ら変革しようとしないのが私たちかも知れない。さらに「自存自衛のため」「アジアの解放」といった教条的なお題目がそれに加われば、自己省察さえ忘れてしまうのだろう。「乗客が一人でもいる限り走り続ける」というお題目は、顧客志向を明確にする社内スローガンには適しているかも知れない。しかし経営者や今後の経営を担う者までがそれに酔ってしまっては、会社や産業を正しく導くことはできない。私自身、「キリシタンとして名誉ある死を迎えるため潔く首を差し出し」「国民の血の最後の一滴まで戦う」姿に多少の(あくまで多少の、だが)共感や美学を見てしまうだけに、その姿をよき反面教師としていかなければならないと思う。自ら望んで過酷な拷問に耐え名誉ある死を望んだのはわずか400年前の、そして、正しい戦争を戦っていると信じ神風が吹くことを望んでいたのは、ほんのわずか前、祖父母の代の、ほかでもない、いずれも日本人だったのだから。
2009.11.21
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バスと関係ない友人に、いま私がバスで取り組んでいる内容を話したら、産業再生機構でCOOを努めた冨山和彦氏が講演で「『合理』と『情理』のバランス」とおっしゃってたよ、というコメントが返ってきた。面白そうな話だったのであらためてウェブで調べてみると、「日経BPネット」に「『合理』で入り『情理』に近づくとき、企業再生が始まる」という、冨山氏のインタビュー記事を見つけた。冨山氏は、まず、日本型企業経営は「決断できない『いい人たち経営』」に陥りがちだと指摘する。インタビューにあるとおり、終身雇用と年功序列をベースにした「ゲマインシャフト(村落共同体)」的な日本企業は、「みんなで富士山に登ろうぜ」と目標がはっきりし限界的な改善努力を地道に積み重ねることで成長できる環境においては、チームワークを発揮しいい結果を残す。しかし、環境が変化し戦略の大転換が必要な際などには、様々な「情理」に縛られて思い切った決断が難しい。それは、日本企業の長所でもあり短所でもあるのだという。その上で、一度経営破綻を起こした会社に対し、「外圧」「黒船」として望む産業再生機構は、社内で悪者になることができるので、必要な対策(不採算部門からの撤退、売却など)を行なうことができ再生がやりやすい、と。ただし、だからといって「合理」だけでは経営再建はうまくいかない。「外圧」「黒船」の側が「合理」から入って「情理」に近づくと同時に、従来からの「情理」の世界に生きていた従業員も「合理」に近づいていく。それによって企業再生が完了するのだ、というインタビューだが、数々の老舗企業を再生させたご本人の言葉だけに非常に重みを感じる。その意味では、前の会社での私の挑戦は無謀だったんだな、とあらためて思う。戦後の長い間ずっと地域一番店でやってこれたものの、外資系など新興勢力の台頭やバブル崩壊の後遺症に苦しんでいる老舗ホテル企業を、内側から、その文化・体質を変えてやろうと考えて就職したのだ。大学を卒業して就職先を選んだ際には、大きければ大きいほど、老舗であれば老舗であるほど「変えがい」があると考えていたのだが、結果からいうとたしかに無謀な挑戦だった。まだまだ肩書きのない私のような者でも経営陣の前で意見を言わせていただいていたから社内で一目は置かれていたと思うが、しょせん若手社員が何か言ったところで変わる企業ではなかった。劇的な変化をするには、規模も歴史も、それまでの成功体験も大きすぎた。さらに、私個人として残念に思うのは、(私が退職した後の話だが)企業として立ち行かなくなる危機が目前に迫ったなか、支援を求めた先が周辺産業であったことだ。バス事業者の経営が行き詰まってタクシーやトラック事業者に支援を求めるのと同様の形だ。このケースだと、支援する側に「高級ホテル業」「バス業」への憧れがあるから、どうしても再生への取り組みが手ぬるくなる。冨山氏の言い方でいうと、まずは「合理」から入っていったん流すべき血は流さないと生まれ変われないのに、ついつい「情理」から入ってしまうのだ。私の古巣の再生はまだ途上だが、壁を乗り越えて成功することを心から祈っている。そして自分はいま、バス業界と向き合っている。地域の公共交通ネットワークを背負って立つという責任感とプライドに代表される「情理」は、私自身よくよく理解している、だが、バスという産業、言い換えるならば地域人口の自然増と土地の含み益に依存した「既存事業者という名のビジネスモデル」は、「合理」的に見れば極めて厳しい状況にある。その中で、少なくとも高速バスという一事業だけでも、まずは変われるものなら変わっていただきたい、「合理」とのバランスを見つけていただきたい、というのがいまの私のスタンスだ。そしてその変化は、まずは高速バスという一事業にとどまるものであったとしても、それを成功体験として記憶することができれば会社全体に波及させられるのではないか。冨山氏のインタビューにもあるとおり、「いざ事業戦略の方向性が明確になり、精神的に辛い時期を乗り越えると、団結力や内部コミュニケーションを持つ『いい人たち』集団は強い」。冨山氏のような企業再生の超一流の専門家に比べればまだまだ足元にも及ばないが、私なりのスタンスでバス業界の今後にたずさわっていきたい。
2009.11.19
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本当にたくさんの方々にご協力いただいて実現した乗合商品の取扱開始だが、本格的に営業に回り始めてからだけでも3年が経過している。私にとって難しかったのは、どの事業者から順にお邪魔するか、という点だ。「仮にあの事業者が興味を持ってくださったとして、共同運行相手はあそこで、そのまた共同運行先はここで。基幹システムは何を使っていて」そういった背景と、後は、実現可能性が大きそうな事業者かどうか、それに飛び込みでお邪魔してもなかなか前に進まない案件だから、経営者または直接の担当管理職のどちらかにお会いできる縁があるかどうか。そんなことを考えるのは難しかったが面白かった。私の周りの何人か(ご協力いただいた業界関係者や、「西口」バイト時代の仲間など)は「ウェブマーケティングに一番熱心なのはJRバス各社だから、最初に実現するのはJRではないか」という意見だった。たしかに高速ツアーバスと完全に路線がかぶるのがJR系であり、その分マイナスの影響も大きいだろうし、裏を返せば販売開始したその日から新たなご送客ができる相手でもある。一方「JRは自社サイトのマーケティングにある程度成功しているから、いま提携はしないだろう」という意見もあった。私自身は、「先にJR系の取扱を始めると、私鉄系からあまりいい顔をされないかな」という気持ちもあった。結果としてJR系は一番乗りではなかった。「単独運行の高速バス路線を持つ地方の老舗事業者をピックアップし、そこから攻めたらどうか」という意見も多くいただいた。しかし、いくら既存事業者とはいえ、「1つの県を代表する」というレベルの事業者1社から提携が開始されれば、その県が含まれる「地方全体」の既存事業者たちの中で、その事業者の立場が悪くなることが予測され、結果として私の会社にもその事業者にもいい結果にならないであろうから、その選択肢は私が自ら否定した。高速路線バス業態に新規参入している事業者も全国に数社ある。完全な新規参入の形で高速路線バスを運行している小規模独立系の事業者や、いちおう既存事業者のくくりにはなるが本来の地元以外からも積極的に高速バス路線を増やしている事業者、もっと幅を広げれば中小都市と空港を結ぶ路線に乗合タクシーや中には乗合バスで参入している事業者(本業はタクシー事業者)もある。高速ツアーバスを企画・運行している貸切専業事業者(兼・旅行会社)の中にも、中距離昼行路線については乗合許可への移行を考えているところも数社あった。単純に「乗合」の商品を扱うことだけが目的なら、そのような会社は「攻めやすい」相手だった。だが、やはりこの種の事業者から取扱が始まれば、いい結果を生まないことは明らかだった。いわゆる既存事業者は、このような新規参入の高速路線バス事業者に対しては、ある意味、高速ツアーバスに対する以上のアレルギーを感じている。本ブログにコメントをいただく読者の皆様は、高速ツアーバスという「制度」を疑問視する方が多いようで、何度も書くようにその気持ち自体はよく理解できるのだが、いわゆる既存事業者の経営者や担当者の皆様とお話をしている限り、実際のところは彼らは、既存事業者という「ムラ」の秩序を乱す者や「ムラ」の住民ではない者に対して極めてネガティブな反応を示されることが多い、というのが私の印象だ。だから制度、業態が路線かツアーかということに関係なく、そのような新規系の事業者から先に取扱うというのはできない判断だった。新規系の事業者数社には「本当は御社のような、まだ認知度が高くない高速バスこそ私どもでお手伝いしたいのですが」と前置きした上で、正直に「先に御社と組んでしまうと、○○バスさんや△△交通さんあたりと一生お付き合いできなくなりそうなので…○○バスや△△交通でない会社であっても、とにかく大手さんがどこか数社イエスと言ってくださるまで待ってください」と申し上げることにした。ある新規系事業者の方は、それを聞いてニヤッと笑って「まあ、そうだよね。でも、そこまで言うということは、成定さん、本気だね」とおっしゃった。私は、無言で頭を下げるしかなかった。結局、採れる選択肢は「正面突破」しかなかった。たとえハードルが高くても、大都市側でハブに当たる大手私鉄系事業者や、空港連絡や定期観光で圧倒的な地位を占める事業者を口説き落とすしかなかったのである。今回、本当にいいご縁に恵まれ、東京空港交通にご決断いただいた。この話がかなり具体性を帯びてきたところで、別の協力者の方にご紹介をいただき、私は熊本へ飛んだ。九州産業交通は、動きが早かった。初めてお邪魔してからわずか40日で販売開始することができた。上に挙げた「単独運行路線を持つ地方の老舗事業者」のリストの中に彼らは入っていた。さらに現在の経営者が非常に前向きで行動力がある方だとは聞いていた。しかし上記理由により、あえてお伺いしていなかった。首都圏の既存事業者の中で非常に大きな存在感を持つ東京空港交通とのお話が実現することを確信したから、同時スタートなら問題ないだろうと考え熊本に行くことができたのだ。その時点で、あと40日でご決断から販売開始までやってくれそうな事業者は、九産交しか思い浮かばなかったし。何度も繰り返すが、まだまだスタートラインでしかない。これから、例えば私のサイトで航空券を予約しようとしている方の画面上にリムジンバスの情報を、また黒川温泉の旅館を予約する画面に九州横断バスの情報を表示したり、合わせて900万通のメールマガジンを配信して、特にバスをふだん使っておられない会員に2社の商品を訴求したり、とにかく彼らのバスにお一人でも多くご送客できるよう努力しないといけない。合わせて、次にご参画いただく事業者の準備もしないといけない。「夢が叶ったんだから、次は別の立場からバスにたずさわれば」というありがたいお言葉も何人かから頂戴したが、いや、バス業界全体をもっと元気にするという夢はまだ始まったばかりだ。その夢に対して今の会社で私がやるべきことが終わったわけではない。目の前にはまだまだやるべきことがある。まずは、それだけは終わらせないと、「別の立場」には行くことができない。
2009.11.14
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実際に乗合商品を取扱うに当たって必要だったのは、事業者側でのご決断だけではなかった。運用面でもかなりの調整が必要だったし、手を抜くわけにいかなかったのは、法務面というか、サイト上での表記の類である。旅行会社が高速バスの予約を受け付ける際の募集広告において、その商品が乗合バス(高速路線バス)の手配旅行に当たるのか募集型企画旅行(高速ツアーバス)に当たるのかを「混同させるような表現をしてはならない」という通達が発出されている。これまでは募集型企画旅行の受託販売のみという前提で関係諸機関と調整した表記でサイトを運営してきたわけだが、バスについて乗合商品の手配旅行と企画旅行を並べて売るサイトが他にないので、他の業種の例などを参考にしながら画面のプロトタイプを作り、これまた関係諸機関に確認することになった。最もよく似た事例は「はとバス」の自社サイトだ。余り知られていないが、はとバスの「都内定期観光」には、乗合許可の定期観光と募集型企画旅行のものがある。正直、コースの内容だけ見せられてもその商品がどちらの業態かすぐにはわからない位である。パンフレットでも自社サイトでも二つの業態が見事に混在しているが、自社サイトで予約しようとすると、それぞれの業態に合った条件書などが提示されるようちゃんと作られている。ただ細かい点で言うと、はとバスの自社サイトで定期観光バスのコースを予約する際は「バス会社への直接申し込み」になるから、私のサイトを経由して乗合商品を予約する際の「手配旅行」とは建付けが異なり、その点については参考にできなかった(※余談だが、バス会社への直接申し込みの場合に比べ、旅行会社経由、特に募集型企画旅行の受付の場合は条件書を手交するなど契約作業が煩雑だ。これが、高速ツアーバス業態で短・中距離路線に進出する際の大きなネックである。イーグルバスや高知駅前観光が空港連絡は乗合で、長距離夜行はツアーで参入するなど、現行の法令の中においては、昼行便の新規参入は乗合で、夜行便ならツアーでというのが目立つ流れである)。その他、大手旅行会社のサイトの宿泊予約のページでは、一見同じような「1泊朝食付き」といった商品でも、手配旅行に当たるものと募集型企画旅行に当たるものが並んで表示されていて、それぞれに必要な表記がされている。私のサイトの海外旅行ページも含む海外航空券予約サイトでは、「正規割引運賃」と「いわゆる格安航空券」が並んで表示され、それぞれの条件などを確認した上で予約へ導かれる(※これも余談だが「正規割引」と「格安航空券」の関係が、法的には高速路線バスと高速ツアーバスの関係に近いと言える。当初、航空会社から「違法ではないか」と疑問視されていた歴史も似ている。一方、事業者の性格としては、既存事業者が「レガシー・キャリア」、高速ツアーバス業者は「LCC(ローコストキャリア)」という例えが適切か。もっとも本質的には、前にも書いたように、我が国では路線もツアーも関係なく「高速バス」という輸送モード自体がLCCであると思うが)。そのような検討・確認を経て、現在の画面となった。「空席検索結果」の画面(つまり、利用者が候補の中から興味のあるバスを選択する画面)上で1便1便について商品形態として「高速ツアーバス(募集型企画旅行)」「空港連絡バス(乗合)」などと表示することが決まったのである。もちろん、そこから予約完了に至るまでに提示する条件書等もそれぞれ異なり、往路は乗合で復路はツアーといった予約にも対応できるよう設計した(今のところはそのような組み合わせが可能な商品が出てきていないが)。今後、両業態を併売する予約サイトがいくつか生まれるだろうが、この画面は彼らの先例となろう。なお、今回のシステム改修に際し、同時に各商品ページの情報量も増やしている(実は、さらに増やせるよう準備中だ)。「バスを選んで乗る時代」を実現するため、各社が自社商品の魅力をよりアピールできるようにしたのだ。競争が無いか、あっても相手の数が少ない業界では、どちらかというと相手の悪口を言うネガティブ・キャンペーンに走りがちであるが、普通の業界がそうであるよう、自社の魅力をより強く訴求する方向に事業者側の姿勢も変えていっていただきたい。もちろん、ここで言う「自社商品の魅力」とは、目に見える座席タイプなどだけではない。事業者の歴史や規模、そこから生まれる安心感・信頼感といったものも含まれる。「そんなモノ、利用者に画面上で伝えられないよ」という方もいらっしゃるが、そうではないはずだ。一例だが、既存事業者では自社で整備工場を持つのが当然であるものの中小ではなかなかそうはいかない。「○○バスの車両を隅々まで知り尽くした整備士が、ボルト1本まで○○ブランドを背負い心を籠めてチェックします」というような表現とそれに見合った写真をサイト上に掲載できるのは、本当に自社工場を持つ事業者だけなのだ。街角の弁当屋で、単なる「お弁当」ではなく「家庭の味!主婦手作りの和惣菜弁当」と書くことができ多少高くても弁当が売れるのは、本当に手作りしている弁当屋だけである。そう考えるとますます、本当の意味での「高速路線バス」取扱開始が待ち遠しい。空席検索した利用者の画面に、同じ区間を走る高速路線バスと高速ツアーバスが並んで表示され(もちろん、ふだん書いているように、ツアー業態は大都市間夜行、路線業態は地方都市の昼行がメインだから本当に競合する路線はむしろ少ないのだが)、さあ、利用者はどちらを選択するか。もちろん、全員がどちらか一方を選ぶことなどありえない話で、どれくらいの比率に収まるのか、各社の工夫や努力でその比率に変化は起きるのか。私たちは、いま、土俵を整え終わった。そして、勝ち負けを判断する行司役は常に、マーケット、すなわち一人ひとりの利用者なのである。
2009.11.13
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昨日から、とうとう、私のサイトでも「乗合」商品の取扱が開始された。いわゆる既存事業者とのお付き合いという意味では既にサンデン交通、三重交通、小田急箱根高速バス、弘南バスとお取引があるわけだが、これらは募集型企画旅行の取扱であり、今回スタートしたのは乗合許可商品の代売(旅行業法で言う「手配旅行」に当たる。これまでは「募集型企画旅行の受託販売」のみだった)である。私の会社側ではシステム改修、関係諸機関への説明・確認など、事業者側でも運用部門、法務部門などとの社内調整と関係諸機関への説明・確認、その他最後の最後まで細かいツメが続いた。お骨折りいただいた皆様に心から感謝を申し上げる。今の会社に転職して3年半が過ぎたわけだが、私にとってはようやく正式に入社試験に合格し入社式に望めた気分だ。会社が高速バス予約事業に参入すると発表した際の新聞報道には「将来は高速路線バスも取扱う」と書かれてはいたが、高速ツアーバスの予約から先行すれば、高速路線バスの取扱開始まで極めてハードルが高いことは十分に予測できた。だからこそ、私は入社時の面接で「厳しい道のりになっても、必ず高速路線バス取扱を目指すんですよね」と会社の考え方を確認したし、会社が私に期待した役割もまた、それだった。そのとき握手した双方の思いの一つ目が、ようやく実現した。今回まず取扱がスタートしたのは、東京空港交通のリムジンバスと、九州産業交通グループの九州横断バス・阿蘇定期観光バス(九産交についても、東京空港交通同様の特設ページがまもなくできあがる)。まだ2事業者の、それも一部の商品、さらに細かいことを言うと「高速バス」ではない訳だが、私にとっては大きな大きな一歩である。面白かったのは、この件について「おめでとう」「がんばったね」と心のこもったメールを下さった方々の顔ぶれだ。私のサイトで乗合商品を取扱う意義や大変さを、バス業界と関係ない友人や家族が理解できないのはまあ当然なのだが、これまでの取引先である高速ツアーバス企画実施会社の皆様も今ひとつピンと来ないようだ。私自身、今の会社に入社して彼らと付き合うようになって驚いたのだが、彼らの多くは、利用者(マーケットニーズ)がそこにあるから高速ツアーバスをやっているのであって、「既存大手の既得権益に風穴を開けてやろう」などという気持ちは余り無いようなのだ(貸切専業の事業者で自ら高速ツアーバスに参入している例の中には、そういう経営者も見受けられるが)。だから私のサイトに乗合商品が並んでも(今回は直接競合しない商品ばかりだが)、彼らにとっては競争の中で事業を行なうのが当たり前の大前提だから、「ライバルが一つ増えた」くらいの認識だろう。既存事業者がマーケティングにあまり積極的でないとか、私のサイトをどう見ているかとか、もちろん頭では認識しているが、感覚的には理解できないでいるだろう(その点、既存事業者側から見た高速ツアーバスの理解と齟齬がある)。結果として「おめでとう。新しい時代が始まるね」と声をかけてくださるのは、会社としては未だご決断はいただけないものの個人的には私の考えに何らかの賛同を示してくれている既存事業者の担当者の皆様、ということになる。合わせて、同種の高速ツアーバス予約サイト(要するにライバル会社)の担当者からも「おめでとう。自分もがんばらないと」とご連絡をいただいた。いずれも、現在のところビジネス上は競合関係にある方々からの個人の思いのこもったメッセージばかりであり、メールを何度読み返してもつい涙が出そうになる。とはいえ、乗合商品の取扱が実現すれば心から「達成感」を感じるだろうと、3年間それを夢見てご提案を続けてきた(東京空港交通など、最初にお伺いしてから本当に3年かかっている)にもかかわらず、実は今の気分は「達成」ではない。考えてみれば当然のことだ。これは決してゴールではない。まずは取扱の事業者数と商品数をもっと増やすこと、そしてそれらの商品に多数の利用者をご送客し既存事業者の商品を成長させること、さらに付言すれば高速ツアーバスについても課題を修正しつつさらに成長させること、それら全てがゴールであって、まだ予選を通過し決勝レースのスターティンググリッドに並んだに過ぎない。ここしばらくは本当にバタバタで既存事業者への提案営業も途絶えがちだったが、さっそく先ほど大手事業者にお邪魔してきたのを皮切りに、明日は別の大手がわざわざご来社くださるし、週明けも日に1社ペースでアポイントが確定しており、さらに地方の既存事業者への出張が続く。今回の件について、ご決断いただいた経営者、様々な段取りを整えてくださった担当者、そもそも的確な事業者の的確な経営者の方にご縁を結んでいただいた協力者の皆様に心から感謝しながらも、頭を切り替えて明日からのアポイントに向け資料作りに励まないと。
2009.11.12
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ここ2ヶ月で、高速ツアーバスの企画実施会社が2社、連続して経営破綻に陥った。「シティライナー」ブランドのトラベルメディア社と、「イーストウェストシャトル」ブランドのサン太陽トラベル社(商標は「サミーツアー」)である。後者は事前に予約受付を全面停止していたので一般利用者への影響はほぼなかったと思われるが、前者は先の予約を受けていた中での突然の事業停止であった。私のサイト経由でも数百件の予約があり個別に対応することとなった。該当の全ての利用者に連絡がつき返金対応することができたが、ご迷惑をおかけしたことに違いなく、10月いっぱいまで該当予約があったので本ブログでもコメントを控えていた点、ご理解いただきたい。高速ツアーバス企画実施会社の経営破綻は過去に数件発生しているが、私のサイトでは取扱いをお断りしていた会社たちであったので、今回の件は会社として初めての経験で考えさせられることも多かった(もっとも、宿泊施設、特に旅館では廃業や事業停止はそれなりに発生しているが)。今回の件、まず事業サイドから話を進めると、破綻した両社はともに相応の歴史と規模を持つ旅行会社であった。トラベルメディアは15年、サン太陽は40年近い歴史があり、特に後者は学生旅行の代名詞的な時代もあったわけで、関西では、古くからの貸切バス関係者の皆さんを中心に驚きとショックを感じているようだ。公表されている年間取扱高など情報を総合すると、取扱高のうち高速ツアーバスが占める割合は両社とも数%(一桁半ば)であったと見られる。前者は、本業はリテーラーであり他社が企画実施する国内ツアーの販売では関西では大きな存在感があったが、先に書いたように旅行リテーラーという業種自体が先細り傾向の中、唯一、自ら企画実施しかつ収益源であったのが高速ツアーバス事業だった様子だ。業界紙によると、最後はなんとかリテーラー事業を縮小してバス企画実施事業に特化しようとする動きを見せたものの、間に合わなかったらしい。後者は、「あずみ野観光スキーバス事故」の際の企画実施会社という印象が近年ではやはり強いが、もともと関西発北海道・沖縄そして信州スキーに強いホールセラーで、関西で学生時代を過ごした人たちには「サミーツアー」ブランドは定着していたと言ってよい。スキー好きの私の家内も「え、ホンマにあのサミーが潰れたん?」という反応だった。ウェブ時代における旅行業の厳しさが意外な形で表面化したということであり、「副業の利益で本業の赤字を埋める」ことの難しさもまた、体現している。利用者側に目をやると、「予約していたバスが走らない」ことは言うまでもなくいい話ではない。旅行会社が経営破綻した際には即事業停止となる蓋然性が大きく、より安定した運行を保証するには、本ブログにコメントをいただいたように「運行事業者が自ら催行する形に限定」すれば間違いなく前進であるし、突き詰めるならば「社会的存在感が大きく公益性が強い既存路線バス事業者に限定して許認可」すれば少なくとも上記事態は防ぐことができる。一方、それが本当に利用者保護と言えるかという面も議論が必要だろう。参入する業態や事業者を限定し競争を制限すればするほど、安定の代償として商品は硬直化し価格も高止まりする。たしかに公益性の高い電力事業で「東京電力が倒産したから」というような理由で電気が止まれば大変だから、そのような産業では慎重に競争が抑制されるべき(鉄道や路線バス事業でもほぼ同様)である一方、「旅行」事業においては「旅行会社が潰れないよう競争を抑制しろ」という人はほぼいないだろう。数多くの旅行会社がアイデアや価格で競争しより魅力的な商品を提供することを多くの人が望んでおり、その上で、より安心に旅行したいという人は価格が高くても名の通った大手に申し込む。では高速バスという事業がそのどちらに近いのか、議論を通して正しい規制のあり方を考えていくべきである。法規制の一元化も議論の対象となろうし、競争排除による安定と競争による成長や機会平等とをどうバランスさせるべきか、その議論も肝心である(たとえば、事前予約率ほぼ100%で事業者が乗客の連絡先を把握できる長距離夜行路線と、フリー乗車が多く「バス停に行ったら毎時●分に●行きバスが来る」と習慣的に利用される昼行路線とでもそのバランスは異なるかも知れない)。今回の件で一人ひとりの利用者と電話で話した実感値からすれば「返金さえしてもらえれば、お宅のサイトで別の会社のバスを予約するよ」という声が多かったのは確かで(むしろ「わざわざ全員に電話してるの?おつかれさま」など声をかけていただき涙が出そうになったり)、利用者の多くは「多数の選択肢から自分の意思で選んで申し込んだ会社」というご認識だったこともよく伝わってきたが、かといって「利用者がそういう認識だから予約したバスが走らなくても問題ない」などという気は一切ない。利用者に少なからず迷惑がかかったことは間違いない事実であるし、現在の高速ツアーバス事業が抱える問題点の一部が露呈したもので、これ以外にも課題は多いと思う。現行の乗合バスに係る法規制が高速バスに最適ではないといつも書いているのと裏表の関係として、現行の募集型企画旅行の法規制もまた高速バスに最適でないことは間違いない。だからこそ、きちんと議論してよりよい規制のあり方を皆で考えていくべきなのだ。蛇足だが、このブログで高速ツアーバスのことをメインに書くのは久しぶり。ついつい既存事業者あるいは高速路線バス業態にばかりコメントしてしまう自分に、結局は既存側への愛着の方が大きいのかなと、あらためてハッとする。そしてとうとう、その既存事業者の乗合商品の取扱が、私のサイトでも明日から順次開始されるのである。最後の最後まで本当にバタバタして全身ぐったりという感じだが、ご決断いただいた既存事業者の経営者・担当者の皆様、ここまで導いてくれた協力者の皆様に、感謝の気持ちでいっぱいである。
2009.11.10
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笠信太郎によって「“花見酒”の経済」という言葉が発表されたのは1962年。まさに日本が高度経済成長の波に乗っていた時期だった。落語『花見酒』のあらすじはこうだ。二人の男が、花見客でにぎわう隅田川の岸で酒を売れば儲かるのではないかと考えた。酒を準備して岸に着いたが、酒はなかなか売れない。そのうち一人が「この酒を飲みたい」と言い出し、懐から銭を出してもう一人に渡し、酒を買ったことにして一杯飲んだ。もう一人も「俺も飲みたい」と言って、受け取ったばかりの銭を相手に渡し、買ったことにして一杯飲んだ。そのうち二人は、売り物として準備していた酒を飲み干してしまった。そして手元に残ったのは、二人の間を行ったりきたりしていた銭が一枚だけだった。という話。二人は、自分たちの帳簿上では、さも準備した酒を完売した売上があったことになっているにもかかわらず実際には何も生み出していないという落語のストーリーと、我が国の高度経済成長とをかぶらせて呼んだのが「花見酒の経済」だ。細かく見ればムダもあるかも知れないが、ダムや道路をどんどん造って、国が税金から建設業者にお金を回し、建設業者はそれで社員に給料を払い、社員が消費者となってモノを買い、モノが売れれば小売業やメーカーが儲かり、それで社員に給料を払い、社員が消費者となってモノを買う……為替が円安傾向で維持されたことで、日本のメーカーが海外にモノを売ることは多くても海外のモノを日本人が買うのは「高嶺の花」となり、国内では輸入品より国産品が売れる……サービス産業(あえてわかりやすく例を挙げるなら路線バス)については新規参入と競争を制限し生産者(事業者)を保護し、それによって価格は高止まりする(一見、消費者にとって不利に見える)が、それによって彼らの社員の給料が上がり、その社員が消費者となってモノを買い、小売業やメーカーが儲かり、またその社員の給料が増えて国全体が成長していく……そのような「好サイクル」で回っていた我が国の高度経済成長が、実は何も手元に残していない「花見酒」ではなかったかというのは、今でも身につまされる秀逸な例えである。だが、酒を売りに行った二人の男は本当に何も残さなかったのかといえば、私の答えは否である。少なくとも二人は、美しい桜の下で好きな酒を楽しんだ。飲んでいる間は、幸せだったに違いない。だが、その高度経済成長も終焉した今、見上げれば桜は咲いているのか。むしろ今は「“マッチ売りの少女”経済」ではないのか。凍えるなか、少しでも自分を暖めようと売り物のマッチに少女が火をつけると、炎の中においしそうな食事が現れ、次のマッチを擦ると祖母の姿が現れる。懐かしい祖母の姿が消えないよう少女は慌てて全てのマッチに火をつける……人口増、円安による事実上の国内産業保護、土地の値上がり神話……高度経済成長を支えた恵まれた環境は既にない。にもかかわらず「あの頃」の思い出にすがり続けていいのか。「規制緩和さえなければ」という声も時々聞くが、では需給調整が撤廃されていなければ、バス産業と既存事業者たちは、本当に安泰だったのか。炎の中に淡く浮かび上がる「よかった頃」の思い出に出会うためマッチを擦れば擦るほど、残るマッチは減っていく。「俺が入社した頃、ウチのバスはいつも満員で車体が沈み、駅前ロータリーに入るときは車体が傾いて路面に接触して火花が散ってたんだ」という、既存事業者の古株社員の思い出話に付き合ったことがある。思い出話としては立派だが、今その事業者のバスには残念ながら車体が沈むほどの乗客は乗っておらず、火花が散ることもない(「車両技術が進歩したのかも知れないが」と書くのは皮肉にしかならないはずだ…)。むしろ、人口減、モータリゼーションの進展、あるいは通信技術の進歩による人の移動そのものの減少といった「外部環境との戦い」「バスの存在感低下との戦い」にこそ、散らすべき火花があるのではないのか。本日、冬晴れを思わす空の下、ある既存事業者にお邪魔するために隅田川を渡りながら「花見酒」のことをふと思い出した。そして本日もまた、このブログのテーマは既存事業者に変革を求めるメッセージになってしまった。愛情があるからこそ変わってほしいと願っているのだということを、本日お目にかかった事業者の役員の方は、ご理解いただいただろうか?
2009.11.05
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先日、「ANAが国内線でもゼロ・コミッションの方針」とご紹介したが、早速『トラベルビジョン』がJATA(日本旅行業協会)に取材をしたようで、旅行業界側の反応を記事化している。当然の話だが「旅行会社の販売が航空から新幹線などの鉄道にシフトする可能性」を示唆した上で、会長名で反対の書面を提出するだろうとのこと。記事では<「航空会社は本来、需要喚起、需要の拡大の方法を考えるべき」であるにも関わらず、「自分たちの利益が出ないからといって旅行会社にそのツケを回そうとしている」>とか<縮小均衡ではなく、「NH(注:ANAのこと)らしいアグレッシブな営業スタイルに立ち戻って欲しい」>といった「一見それらしいコメント」も並んでいる。旅行業の事業者団体が会員旅行会社の利益を守るために発言をするのは当然なのでコメントそのものを批判するつもりはないが、旅行に関する情報収集→空席検索→予約→決済(発券)まで利用者自身がウェブ上で行なえる時代が到来した以上、航空券の発券で生きてくことが難しいのは誰の目にも明らかであり、変革しないといけないのは旅行会社の側であろう。余談だが、最近増加している「シャンプーなどのサービスを提供しない代わりに1000円程度の格安な料金設定をする理髪店」について、群馬県が今後は新規出店を認めない方針という。「理髪店にシャンプー台が設置されていないのは不衛生だから」という「一見それらしい理由」が規制の根拠らしいが、一利用者としては不衛生とは思わないし本音は別の目的があるに違いなく、さすがにそれに比べると上記コメントは筋が通っている方と言えるか。少なくともJATAは、コミッションの支払いを義務化するような「規制」を求めているわけでもないし、上記記事の中でも、JATA自身が旅行会社の変革の必要性をきちんと説明している。いや、むしろJATAは以前から積極的に「リテーラー型旅行会社」(旅行会社には、得意な地域や旅行目的に特化して商品造成を行なう「ホールセラー型」と、彼らが作った商品を並べて代売するのが中心の「リテーラー型」がある。JTBなど「総合大手」が造成から販売まで一貫で行なっているのに対し、中小は得意分野を分業して対抗しているのだ)のありようについて警鐘を鳴らしている。ウェブの発達によって航空会社のようなサプライヤーのみならず旅行ホールセラーもリテール(小売)が可能になった以上、多くのリテーラーの存在意義は低下している。それにしても、旅行業の団体をして「ANAらしいアグレッシブな営業スタイル」と言わしめるANAはさすが、と感じる。フラッグキャリアに対する挑戦者の立場であったがゆえの積極性ということなのだろうか。先日の続きになるが、仮に既存事業者が私のサイトと契約してくださり高速路線バスの代売が始まりそれが定着したとして、十年経って「もう手数料は払わないよ」と事業者側から通告を受けた際、私の会社が「○○バスさんは以前あんなに積極的で『どんどん乗客を送ってくれ』という感じだったのに…新しいお客様はもう必要ないんですか?」と恨み言を返したくなるような事業者が、出てくるようなら嬉しいのだが。実は私は、「積極的な営業姿勢」というような言葉は、既存事業者の皆様の前では余り使わないように心がけている(本ブログでは別だが)。地域独占的に公益性の大きい事業を行なってきた既存事業者にとって、安全・安定運行を通して事業を永続させることこそ美徳であり、乗客数や売上の多少の増減は二の次だという感覚は私もよく承知しており、あまりそこを強調するといらぬ反発を招きそうだからだ。しかし「安全の権化(ごんげ)」のような航空会社でさえ上記の評価を受けているのを見ると、安全と営業は相反するわけではなく、バス事業者ももっと「営業」にも目をやるべきだと感じる。少なくとも(高速ツアーバスとの競合があろうとなかろうと)高速バスについては鉄道や航空から乗客を奪っていくべき事業である。それ以前に、本業である「平場」の路線バスについても、運賃収入であれ補助金収入であれ、乗客または納税者である市民から「バスより自家用車の方が便利」と言われてしまえば、仮に事業許可は地域独占的に与えられ続けたとしても、そもそも事業そのものが立ち行かなくなる。バス事業者(そして旅行会社も)の生殺与奪の権を握っているのは、許認可権を持つ行政(手数料を払ってくれる航空会社)ではなく、一人ひとりのお客様、すなわちマーケットなのである。
2009.11.04
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私たちはいま全国の既存事業者の皆様に対し、高速路線バス(定期観光バスや空港連絡バスも含む)の座席をウェブ上で代売させていただき、売れた分について送客手数料をいただきたいというご提案に回っているわけだが、実は航空業界では「ゼロ・コミッション(手数料率0%化)」が進展しつつある。国際線でゼロがほぼ定着したのに続き、ANAが国内線でもゼロとする方針を打ち出した(実際には旅行会社の実入りは0円ではないのだが、旅行会社にとって厳しいことに違いない)。もし既存事業者の経営者・担当者の中で旅行業界の動向に詳しい方がいれば「航空はゼロに進みつつあるのにバスはなぜお前のサイトに手数料を払わないといけないんだ」と突っ込まれるかなあ、と考えていたが、現在のところ「無事」である。航空業界は、我が国においては「大枠」で言うと2社(かつては3社)体制がほぼ定着している。つまり、日本人が飛行機に乗ろうと考えれば、全国どこに行くのにもANAかJALのどちらかで予約が取れる。さらにそのことを多くの国民が普通に認知している。利用者が個人で飛行機に乗ろうと思えば、かつてであればANAかJALの予約センターの電話番号を調べるのが普通の流れだった。電話予約が成立すれば「○日までに航空券をお買い求めください」と言われ、航空会社の支店は遠いから近くの旅行会社で発券する。上で挙げた「手数料」とは、その「発券手数料」である。ウェブ予約が定着し、航空会社のサイトからクレジットカード等で決済できるようになった今日、航空会社としては発券手数料をゼロ化するのは収益性のために当然だ(ただ、パッケージ旅行の企画など新たに需要喚起する役割は航空会社も旅行会社に大きく期待していて、私の会社でも航空会社と共同で大きな事業を一つ行なっている)。一方、高速バスはというと、そもそも認知の度合いが航空とは大きく違う。検索サイトYAHOO!で、「航空券」と検索される回数は月間15万回だが、「高速バス」と検索される回数は60万回もあるそうだ。高速バス利用者が航空利用者の4倍もいるはずはない。一見不思議なようだが、「ANA」「JAL」がそれぞれ250万回検索されていると聞くと納得するだろう。高速バスをどの会社が運行しているのか、どうやって予約すればいいのか、航空と違って利用者はよくわからないのである。さらにその60万回は、あくまでも「高速バスに乗ろう」と自分から興味を持った人たちである。「信州に行くなら特急あずさ号」と思い込んでいる人はそもそもYAHOO!で「高速バス」とは検索しないから上記の60万回にさえカウントされておらず、高速バスのポテンシャルはまだまだ大きい、というのが私の考えだ。航空会社から旅行会社へのコミッションが「発券」手数料ならば、私のサイトがいただくのは「送客」手数料であり、意味合いも違うし、こちら側で必要なコストやノウハウも全く異なる。日本における高速バス事業者が、もし仮に、航空業界同様、青い「全日本バス運輸」社と赤い「日本バス」社の2社しかなく、双方が全国ネットワークを築き予約方法もわかりやすく、しかも多くの路線でダブルトラック化して両社がマーケティングにしのぎを削り、ゴルフの石川選手ら有名人を使ったテレビCMをどんどん流して需要喚起と認知向上に努めていたならば、私の会社ごときが入る余地はなかっただろう。だが、現実はそうではない。そこに私たちの役割があると考えている。その上で、10年ほど経ったとき、送客側が過大に力を持ち運行事業者は低い利益率で苦しんでいるのか、逆に航空会社のように「自社で集客できるから手数料は払わないよ」と運行事業者側が一方的に通告するのか、もちろん双方の努力しだいであって、小さな例では高速ツアーバス各社やホテルは、私のサイトなどからの予約者には「次回は自社サイトからどうぞ」と自社サイト独自の特典を明記した案内を手渡したりしている。ただ、仮に特定の予約サイトが力を持ち過ぎるようであれば、事業者は手数料率が低い他の予約サイトに優先的に座席を提供するようになるだろう。チャネルコントロールは企業として当然の努力であり、自社サイト・総合予約サイト・旅行会社などチャネル間の競争があるから、各チャネルも利便性と販売力の向上に努力する。大切なゴールは、常に、高速バスの利用者数が伸びることなのである。そもそも、わずか10年前には、インターネットがここまで定着するとは誰も考えていなかっただろう。IT技術も利用者のニーズもどんどん進化する。あと数年すれば、何も私のサイトのような中間会社が入らなくとも、PC画面に日本語で「11月10日 高速バス 大阪」とでも入力すればコンピュータが勝手に各社の基幹システムと通信し「ドリーム号の3列シートは○円、ウィラー・トラベルの4列シートは○円」などと当日の空席便を案内してくれる時代が来るかも知れない。いや、携帯電話か何かに「来週の火曜日 大阪まで高速バス」と声で命じれば、向こうから声で空席情報を伝えてくれるかも知れない。ただこのままだと、そのようなサービスが技術的に開発されても、航空会社はそれに積極的に協力するが、果たして高速路線バス事業者が協力しバスの情報まで提供されるようになるかどうか。「一人でも多く、ウチのバスに乗ってもらいたい」と事業者が本当に考えているかどうか、これからその本気度が試されるのである。
2009.11.02
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遠方の路線バス事業者への出張が一つ決まると、それに合わせて周辺県の事業者にもアポを取っていく。その際にアポを取る事業者を選ぶ基準?は、メインで訪問する事業者の都市から高速バスで移動できるかどうかと、一緒にお酒を飲みに行けそうな担当者がいるかどうか、だったりして、果たして出張と言えるかどうか…さて今回メインでお邪魔したA社は、数百台単位でバス事業を展開するが、同時に不動産やホテル事業なども盛んで、グループ内でバスの売上が占める割合は3割程度という典型的な地方の名門事業者。だが一度経営が行き詰まり、異業種から送り込まれた新しい経営陣が立て直しに奮闘中だ。私などがお邪魔しても、お忙しいなか社長さんが自ら会ってくださる。厳格なタイプでどちらかと言うと物静かな印象の社長さんだが、「ウチの会社だけじゃなくて、この業界どの会社にも『黒船』が現れて変わっていかないと」というお言葉に、自ら会社を立て直した自信が滲み出る。同時に、高速ツアーバスの新しいサービスやインターネットのお客様の傾向など矢継ぎ早にご質問をいただき、私も調子に乗って講釈を垂れてしまうが、メモを取りながら熱心に聞いてくださる。この経営者なら、一度だめになった古い体質の事業者を変えていけるだろうな、と確信した。夜は担当者aさんと郷土料理をご一緒した。大学時代に路線バス事業者でアルバイトをしていたという経験は私と共通し、バスに関する豊富な知識は明らかにマニア?だが、異業種で10年働いたあと今の事業者に転職した彼は、既存乗合バス事業者の変革の必要性を痛感しておられる。それゆえ、バス部門から本社の企画系部署に異動となり現在は社長さんの若い右腕といったところで、営業所でバスを見ながら仕事ができなくなった現況には同情?するが、失礼ながらぬるま湯体質からなかなか抜け出せないバス部門と変革を目指す経営陣との「通訳」として今後もますます重要な役割を果たすだろう。次に訪れたB社では今回は正式に会社にはお伺いせず、担当者のbさんたちと、こちらも郷土料理を楽しんだ。担当者と言っても元々は個人的な知人である。私が全国の既存路線バス事業者に、高速路線バスを私のサイトで取扱いさせてもらえるよう提案に回っているのを見て、数ヶ月前、同社の役員の方々の前で私がプレゼンをできるように段取りをしてくれたことがある。おおむねどの既存事業者でも同じ反応なのだが、私のサイトで自社のバスの空席を販売するメリットはご理解いただくものの、ウィラー・トラベルやオリオンツアーなどの高速ツアーバスと並べて売られること、あるいはここまで高速ツアーバス各社を育ててきた私のサイトと契約をすることにはやはり抵抗があるようで(もっと厳密に言うと、周りの事業者の目が気になって)、ご決断をいただくことはできなかった。変な話、そのような既存事業者の反応には私は慣れっこになっている。ところが、「今晩、成定さんと飲みに行くんです」とbさんが上司の方に何気なく伝えたところ、ふだんは口数の少ない上司の方が「b、すまんかったなあ」とおっしゃったそうである。もちろん友人に花を持たせられなかったbさんの個人的な立場を慮った言葉だろうが、私のご提案の内容が全く見当違いだと感じておられれば「まだあんなヤツと付き合っているのか」という反応だったに違いない。誰もが、変革の必要性は感じているのである。既存事業者の皆様も、私がご提案した内容を間違っているとは感じておられず、むしろ、合理的に考えれば販路を広げ乗客数を伸ばすことを優先すべきなのに、なんとなくインターネットは怖いとか、横並びの業界の中で新しいことを始めてしまって「出る杭」になるのは嫌だとか、そんな理由で決断を先送りにしている自分たちに、どこか後ろめたいものを感じている。現在のバス業界が置かれたこの状況で、既存事業者がこのまま変わらなくてもいいと考えている人はいないだろう。モータリゼーションの進展などバスを取り巻く環境が大きく変化しているなかで、「これまでのやり方」では、個別の企業としてもまた産業としてもバスが生き延びられないことはみな理解しているのである。しかし、組織と言うのは一朝一夕には変われない。私の周りには、いくつかのタイプの経営者がいる。一つは「とにかく新しいこと、お客様が喜ぶことをどんどんやって、その結果として自分の事業を大きくしていく」ことを目指すタイプ。ウィラー・トラベルの村瀬社長らが代表例で、中小旅行会社の経営者に多い。一方「既存大手の既得権益に正面から戦いを挑んで、それに勝つことで事業を大きくしていく」タイプは貸切バス事業者の経営者に目立つ。平成エンタープライズの田倉社長らがそうだろう。そう考えると私は(そもそも経営者ではないが)そのどちらのタイプでもない。しいて言えば、A社の社長さんに近い立場か。既存事業者の持つ力、果たす役割の大きさを認識しているからこそ、過去の成功体験にしがみつき時代に合わせる変革ができなくなっている彼らを変えていくお手伝いをしたい。時に「北風」になり時に「太陽」になりながら、より生産性を向上させるための経営力の強化と、より顧客志向を強める運営面での強化を図る「きっかけ」を既存事業者の皆さんに与える「黒子」として、今後もがんばっていきたい。いろんな方々との出会いを通して、自分の立ち位置を改めて認識させてもらい、かの地を離れた。
2009.11.01
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