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日産ディーゼルと三菱ふそうが、バス製造事業を統合すると発表された。両者は既に簡易的にバス事業を統合するような動きをしていたわけだが、それだけではバス製造部門のテコ入れとしては不十分と判断したということだろう。結局、先行してバス製造事業を統合したいすゞ、日野のペアと同じやり方を選んだということか。一見、キリンとサントリーなどの経営統合の流れと共通したものを感じる。『バスラマ』の和田編集長がよくおっしゃっているが、日本のバス製造は独自の道を歩んできた。理由として右ハンドルの特殊性を挙げられなくはないが、本質は別のところにあろう。ひとつは、我が国固有の各種規制である。排出ガス規制をはじめとする我が国固有の規制は、海外からの輸入車の調達を事実上困難にした。もうひとつは、バスを製造する側、使用(運転)する側、双方に共通する「匠の精神」であろう。バスを単なる「機械」にとどめず、製造する側は、魂を込めて作り上げる「作品」として、運転する側は、自らの職人芸を実現するための「神聖な道具」としてバスと向かい合ってきた。「品質超一流。価格は超々一流」と言われる独特の世界が、4メーカー横並びで展開されてきた。必ずしも、そのことが悪いという気はない。私も、日本製のバス、特に観光タイプの車両は本当によくできていると思う。そのなかで、こっちのメーカーよりあっちのクルマの方が好き、といった好みの差もある。仕事柄、韓国製の輸入車に乗る機会もあるが、やはり品質(乗客としての乗り心地や静粛性、あとは乗務員席を覗き込んで推し量る乗務員さんの操縦性)では、日本製はずいぶんレベルが高いと思う。事業としてのバスを考えた場合、商品の根幹をなすバス(車両)そのもののレベルの高さが、日本のバス産業の発展を導いてきた側面は絶対に否定できない。ただ、それには当然、負の側面もある。何よりもその価格の高さである。本来なら競争原理によって低下するはずのバスの価格が下がらなかったのはなぜか。それこそ、上に書いた「我が国固有の事情」の一つ目、排出ガス規制や車両制限令など各種規制により、(一部の観光バス目玉車両など特別な存在を除くと)バスの輸入が現実的とは言えなかったことである。この、我が国固有の規制が、本当のところ、業界に影響力を維持したい行政によって作り上げられたものなのか、それとも海外メーカーの侵入を「水際」で阻止したい国内メーカーの思惑によって作り上げたものなのか、そこはよくわからない。ただ事実として、日本のバス市場は、海外とはまったく切り離された「鎖国」だったと言ってよい。国内のマーケットが右肩上がりであった時代は、日本のバスメーカーも国内のシェアを仲良く分け合っていれば順当に成長できた。しかし、人口減(特に少子化による通学者の減少)、地方における過疎化の進行とモータリゼーションの進展、旅行形態の変化による団体旅行の減少・・・我が国に起こっていることは、どれひとつとっても、バスという産業にプラスの要素はない。そのとき、これまで「鎖国」によって泰平の世を謳歌してきた日本のバスメーカーは、キリンやサントリー、あるいはヤマトのように海外を向くわけにはいかない。その実力がないとは言えないだろうが、少なくとも目指してきた方向ではない。UDとふそうの統合は、一見キリンとサントリーの統合と同じに見えて、実はまったく正反対、縮小均衡の日本のバス産業の象徴でしかないのである。「古きよきバス産業」を懐かしむ気持ちは、実は私の中にもある。一愛好家としては、(かつての)ふそうの高速車の走りは素晴らしいと思う。旧来の認可制度の下での、貸切や高速、それに副業の利益でなんとか「平バス」の赤字を穴埋めしようとしていた路線バス事業者の経営姿勢にも共感する。しかし今日、それを懐かしんでいてはバスをいう産業を維持できない状況なのである。少なくとも、バスメーカー達は、4社から2社へと身を削ることを余儀なくされた。では事業者は、右肩上がり時代への郷愁を忘れられないまま、これまでどおり同じように仕事をしていて、事業を維持できるのか、社員を食わせられるのか。私たち、販売を担当する者も含め、バスという産業をどう再生させていくか、当事者意識を持って頭がちぎれるほど考えていかないとならないはずである。
2009.08.31
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青森県での報道によると、青森県内の路線バス事業に対して、国や県、市町村が昨年度に支給した補助金の合計が6億円を超えたそうだ。この6億円、多いと見るか少ないと見るか。単純に青森県の人口で割ると、1人当たり年間500円の税金がバスの赤字補填に消えたということになる。1人年間500円か。そう考えると、極端に多くはない気もする。一方で、各自治体が財政難に苦しむ今日、もしも、その年間6億円を他の目的、例えば医療や福祉の充実、産業の振興のために使えるとすれば、それはそれで有効な使い方ができそうだし。名古屋大学の加藤博和・准教授が、ご自身のサイト上の「『バスマガジンVol.23』72ページ最下段の記述について」で述べておられる文章が最もわかりやすいのだが、2002年の法改正によって、日本の路線バス事業、特に赤字路線維持のあり方は、事業者内の内部補助によるネットワークの維持という考え方から、地方自治体の主体的関与に大きく転換した。その結果として路線バス事業への補助金のあり方も、それまでの事業者単位での補助金交付から路線単位での補助金交付に変わった。つまり、例えば京王グループの西東京バスのように、多摩地区の団地や大学など「おいしい」路線を多く持ちながらも、別の路線では補助金投入を受けている事業者も数多く存在する。国土交通省と日本バス協会が共同で行なった「バス産業勉強会」の報告書『バス産業の向かうべき方向性』によれば、三大都市圏の路線バス事業の経常収支率は100%、三大都市圏以外では90%ということで、つまりは産業全体で赤字ということだ。よほど抜本的な需要喚起を行なうか、よほど抜本的なコスト削減を行なうか、どちらかが実現しなければ路線バス事業はえんえん赤字。どこかの金持ちが慈善事業でバスをやっているのでない限り、誰かがその穴埋めをしないといけないのは間違いない。市民1人当たり年間500円という補助を、今後も安定して投入し続けてもらえるか?それを市民が納得してくれるか。もし今後、「バスなんかにお金を入れるより、医療や福祉を充実!」とか「その分、税金を安く!」というような基調になってしまえば、地方の「平バス」事業は成り立たなくなってしまう。もちろん、現在でも個別の企業努力により、事業として黒字を計上なさっている地方の事業者がいないわけではないから、広くそれを横展開し、コストを切り詰めつつ需要喚起を行なうことは手を抜くわけにはいかないわけだが、それだけで例えば青森県の路線バス事業で年間6億円を上回る収支が改善するというのは、現実的な話ではない。ただ、最終的にお金を出してくれるのが市民であることは変わらない。整理すると、その「出し方」はいくつかの方法があろう。第一は、運賃として直接負担をしてもらう場合。今よりもっともっとバスの人気が増して輸送人員が増加するとか、今よりもっと運賃を高めに設定するとかによって、各事業者が補助金を受けなくても黒字経営できるケース。もちろんそれが理想だが、状況は非常に厳しい。第二は、法改正前の制度に戻し、数少ない黒字路線や高速バスの利益で内部補助するケース。ただしその場合、「平バス」事業を持っていない事業者(高速ツアーバスを含む)の高速バス参入を法的に禁止したり、「平バス」の赤字を穴埋めするために高速バスの運賃を高めに設定したりしないといけないわけである。つまりは、高速バス利用者が間接的に「平バス」維持の費用を負担するということを制度として市民が認める必要がある。第三に、税金から補助を受ける現在の形だが、それには「平バス」を直接利用しない市民からも「路線バスのネットワークを税金で維持する」ことにコンセンサスを得ないといけない。そのためには、路線バス事業者は今よりもっと身を削る姿勢を市民に示さないといけないだろうし、同時にバス路線維持がいかに社会にとって必要なことか、きちんと市民に伝えていかないとならない。いずれも、簡単なことではない。それは当然である。私たちがメシを食わせてもらっているバスという産業は、繰り返すが全体で赤字なのだから。本来、事業が赤字ならば産業として維持できないものなのだ。それを、少なからず税金を投入してもらえている現状に、もっともっと感謝しないといけないはずである。
2009.08.28
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本日は、私の友人、武井俊輔氏の話題から。武井君(今はもう「たけい先生」だけど)は、元は地元宮崎の老舗事業者、宮崎交通の社員。政治家になる夢を実現すべく同社を退職して早稲田大学の大学院へ。卒業後、私の会社でしばらく私と一緒に働いていた。が、ある日、宮崎県議会議員に立候補、見事トップ当選を果たして宮崎に凱旋した。早稲田の大学院時代に今の東国原知事と一緒に勉強していたことなどもあり、東国原知事に何かあると(最近もあったけど)必ずテレビや新聞のインタビューを受けるという感じで、「最も有名な宮崎県議会議員」といってもいい。一緒に働いていたときは、全国を飛び回って貸切専業のバス事業者の社長たちを口説き、貸切専業者が自社の旅行業免許を用いて高速ツアーバスに参入するよう働きかけるのが仕事だった。今日、高速ツアーバス事業が一定の規模に成長している貸切専業者のなかでも、「高速ツアーバス事業をやってみましょうよ」と彼に提案されたのが参入のきっかけ、という会社も何社かある。その武井君が彼のブログで、元同僚の観光バスガイドさんが亡くなったという話題を書いている。まだ若い方の不幸なニュースに、直接は存じ上げない方だが、お悔やみ申し上げる。そして、武井君が書いている<ツアーに一緒に行ったことがありました。普段はお互いに馬鹿ばかり言っていたのに、本当に”プロの仕事”をする彼女に驚いて、休憩のサービスエリアで「すごい、驚いた。」と言いましたら、「たけい君、私も仕事はちゃんとしちょっとよ。」(宮崎弁で”しているんだよ”という意味です。)と言われたのを覚えています。>という部分。老舗事業者の社員ガイドさんらしい、職人気質の仕事ぶりが目に浮かぶようだ。先日も、地方のある老舗事業者の方々と一緒にお酒を飲んだ際、ちょうど新型インフルエンザの影響で修学旅行のキャンセルが相次いでいる時期だったから「貸切がどんどんトケて(キャンセルになって)、売上が減って大変でしょう?」とお聞きしたところ、「売上も減ってるけど、梯団の貸切が続くからとガイドたちが張り切っていた分、彼女たちのモチベーションが下がってしまって…」と返ってきたのが印象深かった。私もホテル勤務時代にたくさんの記憶があるが、ホテルの現場もまた、そのような職人気質の塊だった。私は、乗務員(運転士)やガイド、ホテルのスタッフのそのような職人芸に憧れたから、老舗バス事業者で何年もバイトをさせてもらったし、さらには高級ホテルチェーンに就職までした。私自身、今でもフランス料理のテーブルを担当させてもらえれば、職人的なウェイターになりきってサーブする自信があるし、バイトさせてもらっていた老舗事業者の管理職の方に、「土日だけ、お給料いらないからもう一度ターミナルで働かせてください」と冗談で申し上げたこともある。一方で、今の私の本来の役割は、そのような現場ではなく、より経営サイドから、特にこれまで高速バスの弱点だった「販売」という側面でバス事業をもり立てていくこと。「現場」を守る一人ひとりの意識の高さ、こだわりの強さに思いを馳せながら、もう一度、自分の果たすべき役割について、再認識させられた。
2009.08.27
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本日「ヤマト運輸が台湾等へ宅配便事業で進出」と報じられているが、先日も書いたように、「もしもヤマトのような宅配便事業者が高速バスに参入していたら」と妄想するのはちょっと楽しい……。実は、お盆休みに『宅配便130年戦争』を再読して以来、お目にかかる既存事業者の皆様に、少し意地が悪いかも知れないがその「もしも」のお話を雑談の中で出してみていたところだ。2002年、乗合バスをめぐる法規制の改正(需給調整規制の廃止。すなわち競争原理を導入するとともに内部補助の必要性を否定した)があったものの、「平バス(地域の路線バス)」において局所的な新規参入があったことを除くと、結局、高速路線バスに関しては本当の意味での「新規参入」は少なかった。既存事業者どうしのダブルトラック化が進展した程度だ。代わりに、規制緩和後も残った事実上の参入障壁(民民規制など)、ならびに乗合バスを巡る法規制のあり方が高速バス事業に向いていなかったこと、以上2点が要因となり、「高速ツアーバス」というまったく異なるルールでの新規参入が相次いだわけだが、それも大都市間路線では十分な成功を収めたと言えるものの、全国的に見れば未だ高速バス市場全体の数%を占めるに過ぎない。例えばNTTドコモのシェアが50%を割り込んでいる携帯電話市場と比べると、依然、既存事業者の天下だと言うことができる。法改正前にはあれほど騒がれたヤマトや日通の高速バス参入がなぜ実現しなかったのかは、勉強不足で私は知らない。ただ、既存事業者の皆様にとっては当時かなり身構えた相手だったようで、「もしヤマトが」とこちらが口火を切ると、皆さん「そうそう、そんなこと言ってたよね」と乗ってきてくださる。ただ面白い(失礼)のは、皆さん共通して「運行ノウハウ」の話になることである。例えば、全国ネットワークの事業所の存在によって夜行便のワンマン乗継運行が容易であろうとか、例えば、バス車両の後ろにトレーラ(荷台)を牽引させれば効率的だろうとか、たしかにバス事業者だけの力では実現しないアイデアがたくさんありそうだ。ただ、私が「ヤマト」(に限らずだが宅配便事業者)に注目しているのは、その話ではないのだ。2002年の法改正後に成長した高速バスと言えば、JRバスグループと高速ツアーバスだろう。そのいずれも、これまで私鉄系の既存事業者が掘り起こせていなかった大都市圏の需要を新たに喚起することで成長してきた企業たちだ。その手法は、ウェブマーケティングを中心とした「空中戦」である。それは確かに成果を上げたが、逆に言うと、それまで私鉄系事業者が地方部における「地上戦」で築き上げてきた牙城、すなわち大都市と地方都市、あるいは地方都市どうしを結ぶ多頻度運行の短中距離路線には進出できていない。ウェブ上で集客・販売を請け負う私の会社や、ウィラートラベル、オリオンツアーといった企画実施会社がどれほど密にスクラムを組んでも、各地元で圧倒的な存在感を持つ既存事業者と「地上戦」を戦い抜くのは現実的ではないのだ。一方で宅配便事業者は、30年かけて地元に根付き、地方部でリアルな(ウェブ以外の)存在感を築き上げてきたと同時に、厳しい競合環境の中で消費者目線のサービス向上も続けてきた。その後者の部分、「消費者目線」については、失礼ながら多くの既存バス事業者にとって少し不足している側面なのだ。その宅配便事業者らが、もしも高速バス(この場合、業態が路線かツアーかはともかく)に参入すれば面白いだろうなと、ついつい考えてしまう。もちろん私個人としては、いつも書いているように既存事業者、特に私鉄系のバス事業者にシンパシーを感じているから、できれば本格的にそうなってしまう前に既存事業者の高速路線バスをお手伝いしたいと思っているのだが。でもいつまでも既存事業者の皆様がハラを決めてくださらないようなら、宅配便事業者さんにご相談に行くかなあ…。宅配便がそうなるように、将来、「日本風の高速バス事業モデルを海外に輸出」とかになればかっこういいしなあ…。
2009.08.26
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昨日書いた「お盆の送客実績」については、『トラベルジャーナル』のウェブ版でも報じていただいた。交通関係も旅行関係も厳しいニュースが多い中、少しでも前向きな話題と受け止めていただければ。多くの「既存事業者」やそれに関係する皆様とお話していると感じるのだが、このようなニュースをどう受け止めるか、その受け止め方にお一人おひとりのパーソナリティが出ているし、おおむね、それがその方が属する会社の個性とも一致していて、失礼ながら面白い。やはりほとんどの方は上のようなニュースを聞くとき、そもそも批判的な立場でお聞きになるようだ。何度も繰り返し書いているが、そのお気持ちは私もよくわかるのだ。もし私がいまの会社におらず、大学を出てそのまま既存事業者に就職しバス部門に配属され、仮にいま高速バスのターミナルの責任者あたりで現場にいたとして、お客様から高速ツアーバスの予約確認書を見せられ集合場所を尋ねられたりしたら、「いやあ、わかりませんね。だいいち、これ、高速バスじゃないですよ。ここは『こ・う・そ・く・ば・す』のターミナルなんです。お客さん、だまされないよう注意しないといけないですよ」くらいは言っていたかも知れないのだ。「高速ツアーバスが好調」などというニュースは、そもそも聞きたくもない、という方が多いのもよくわかる。一方で、同じ既存事業者やその関係者の方の中でも、非常にクレバーに切り分けて捉えてくださる方も少なからずいらっしゃる。仮に高速ツアーバスという存在が自らのライバルだとしても、あるいは「高速ツアーバスという業態自体を認めない」というポリシーをお持ちの方であっても、なぜ多くの利用者が高速ツアーバスを選ぶのか、なぜそれが増えているのか、ということに興味を持つ方たちだ。私が市場環境の分析やウェブマーケティングの手法を具体例を挙げてご説明などすれば、非常に興味深く聞いてくださる。まあ、一般的な業界ならそれが普通ではあるのだが…。そしてその個人の向こうに、一見「護送船団」で「横並び」のように見えて、既存事業者どうしの間でも個性があって面白い。もっとも本日は、これ以上書くのは遠慮する。さて話はぜんぜん変わって、今週末から始まるNHKの土曜ドラマ『再生の町』が楽しみだ。<バブル期以降、巨額の公共事業投資などによってふくれあがった負債を抱え、財政破綻の危機に直面する大阪の架空の都市「なみはや市」。前市長が残した「負の遺産」を背負わされた新市長は「財政再建プロジェクト」に6人のメンバーを招集する。医療、福祉、教育など、切迫した現場と向き合い、「苦渋の選択」を迫られながら極限の「コストカット」に挑むプロジェクトのメンバー。そんな彼らが、抵抗勢力の激しい反対と闘いながら、「財政改革案」可決に辿り着くまでの過程をリアルタッチで描いていく、本格社会派ドラマ>ということらしい。公務員お一人おひとりは、強い使命感をお持ちなのだろう。一方で前の時代のやり方、考え方では行き詰っているのも確かだろう。NHKの土曜ドラマと言えば、『ハゲタカ』が非常に面白かったから、この『再生の町』にも期待している。
2009.08.25
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日経BPネット、その他いくつかの媒体で、私のサイトから高速ツアーバス各社へのお盆の送客実績が前年比4割増しだったと報じていただいた。送客先の中では最大手にあたるウィラー・トラベルも同時に「前年比+24%」と発表している。昨年までの「前年比5割増し」ペースからは鈍化していることはたしかで関係者の間では若干の危機感が広がりつつあるものの、一般的に見れば、高速ツアーバス業態は未だ十分に成長基調にあると言えるだろう。一方で、「1000円高速の影響で高速バスが不調」という報道も相次いでおり、西鉄ではまずは近距離の単独路線から、週末のみ値下げを行なうのだという。厳密に言うと、今回対象の福岡―北九州、福岡―佐賀などの路線は、「高速料金上限1000円」が適用されるよりも短距離の区間なので「高速料金休日半額」との競争ということになる。ただいずれにしても高速バスにとっては、高速料金の割引によって価格優位性が揺らぐことそのものはもちろん、渋滞の増加による遅延(顧客満足度を低下させるとともに、実は乗務員の人件費というコスト増にも直結しダブルパンチ)、さらに「渋滞で遅れるのではないか」という「風評被害?」も加わり、とにかく悪いことはあってもいいことはない気がする。※※「税金を原資にした割引を高速料金だけに適用するのは不公平」と私自身も思うのだが、一方で鉄道事業者から見れば、「自分たちは線路というインフラを自前で用意して都市間輸送を行なっているのに、これまで高速料金程度しかインフラの整備費用を負担せず都市間輸送を行なってきた高速バスは不公平」とも取れ、あまり強くは言えない気もするし。さて、ではそのような状況の中で、なぜ「高速ツアーバスは順調」なのかというと、一言で言うと「成長ステージの差」。つまりは、「大人」と「子供」の差であって、未だ事業として「子供」に過ぎない高速ツアーバスは、ちょっとくらい天候不順だろうと転んでケガをしようと(景気が悪かろうと高速料金が割引になろうと)どんどん背は伸びてますよ、というだけの話だ。景気がどうのなどと、マクロ経済の影響を受けるほど未だ存在感は大きくないということなのだ。だから実はそれほど自慢することではない。ただ、一言。一概に「高速バス」といっても、現在のところ、既存の高速路線バスと新興の高速ツアーバスとの間で、主戦場が異なることは認識しておく必要がある。既存の高速路線バスは、地方都市における路線バス事業者の存在感・販売力によって、例に挙げた九州を筆頭に地方都市に強く、特に短・中距離の昼行便のポーションが大きい。対して高速ツアーバスはほとんどが大都市間(起終点両方が大都市)の夜行便で、具体的にはかなりのボリュームを首都圏―京阪神が占める。そういった路線に限れば高速ツアーバスはマーケットを自ら大きく掘り起こしたといえる。例えば先週末の首都圏―京阪神は、各社あわせると1晩に往復で250台ほどの高速ツアーバスが運行されているわけだが、おそらく高速ツアーバス業態が生まれる以前の高速路線バスは、郊外発着の路線もあわせて数十台レベルだっただろう。もちろん、レベニューマネジメントの導入により、週末の夜、高速ツアーバスの価格は高速路線バスと同水準かむしろ高い。かつては価格訴求で伸びてきた高速ツアーバスだが、ウェブを積極的に活用したことによる大都市での販売力の差が、価格が逆転してもなお大きな成長を導き、高速バスマーケット全体を拡大させたと言える。問題は「これから」である。冒頭に挙げた報道やリリースをよく読むと、大都市間路線の高速ツアーバスの成長率は鈍化してきている。マーケットはいつかは掘り尽くすものだ。一方で、一部の長距離路線中心とはいえ、地方路線の成長率は大きい。今後、高速路線バスの牙城である地方路線(まずは長距離夜行、最終的には多頻度の昼行路線)に高速ツアーバスが攻め込めるのか。共存できるのか。それとも共栄まで可能か。いずれにせよ、鍵になるのは新規需要の掘り起しである。そしていつも書いているようにその新規需要は、既に既存の路線バス事業者が掘り尽くしてしまった地方側にではなく、これまでほとんど手付かずだった大都市側に大きく眠っているのである。その新規需要を掘り起こし、業態を問わず(高速路線バス、高速ツアーバス双方に)お送りすることこそ、私たちのビジョンなのだが、今のところ、その片方しかお手伝いさせてもらえていないのは、悔しくてならない。
2009.08.24
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昨日の続きのようになるが、例えば、世界的規模のレストランの教育機関「ル・コルドン・ブルー」では、レストランの経営者や管理職向けに「レストラン マネジメント講座」を開講している。ル・コルドン・ブルーの中心的な事業はフランス料理のコックを養成することだが、それとは別に「マネジメント」の講座を持っているのだ。私もホテルでウェイターの仕事をかじっていたからいつも「隣」から見ていたのだが、「調理場の世界」は、少なくとも我が国においては極めて徒弟制度的な雰囲気を持っている。これは、実はホテルやレストランの「オモテ」、つまりウェイターやベルボーイの世界にも多少は共通するのだが、「師匠や先輩の背中を見て学べ」「知識や技術は先輩の仕事を見て盗むもの」、そしてあとは根性という厳しい世界である。私がホテルに就職した時の同期の仲間には調理職として入社した者も多く、新入社員のころは、朝から晩まで「鍋洗い」(「皿洗い」ではない。ホテルで使う巨大な鍋を洗うのだ)だよ、と、ボロボロに皮が剥けた両手を見せられたこともある。調理場で出た大量のゴミを満載した台車を押して、裏の通路を使いホテルの最奥部にあるゴミ処理場までゴミを捨てに行く時間が唯一の息抜きだ、とみんな言っていた。程度の差はあれど、ウェイターだった私もそれは変わらない。一方、調理場の面々は、『料理の鉄人』をはじめとしたテレビ番組などを通して「おいしい料理を作りたい」という意欲を強く持って調理の勉強を始めた人が多い。あるいは、家業がレストランや食堂で、調理をする父親の背中を見て育ち、当然のように料理の世界を目指した、という者もいる。「おいしい料理を作る」ということに対して彼らは本当に真剣だ。もちろんウェイターやベルボーイといった「オモテ」の人間も意欲では負けていない。ホテルで働く若者を主人公にした漫画やテレビドラマを見てホテルの仕事に憧れたヤツ、客として受けたサービスに感動してホテルを目指したヤツ。「ホテルですばらしいサービスを提供すること、そのものが夢」だという人は、私の先輩にも後輩にも数え切れないほどいる。だが、その夢や意欲だけでは、レストランもホテルも成り立たない時代だ。だからこそ、冒頭に挙げたようなマネジメントの講座も必要になる。少なくとも海外勢は、それを教えることを商売にできるくらい、体系だった経営理論を備えている。上記講座の内容は多方面にわたるが、例えば「レストラン・マーケティング」の講義であれば<レストランの市場環境&競合分析><新規顧客・リピーターとなる顧客ターゲットの設定><既存商品の評価と顧客のニーズに合った商品企画><効率的かつ効果的なプロモーション計画と実施><戦略的レストランマーケティングプラン>といったことを、日本でも大規模チェーンの管理部門やオーナーシェフを目指す人たちが学び始めた。今回ご紹介したのは「レストラン」だが、対象が「(レストラン部門を含む)ホテル全体」になると、それを専門とする大学の学部さえ生まれてきている。実は、日本のホテル産業というのは、戦後ずっと「いい時代」を過ごしてきた。高度経済成長の中、市場(マーケット)は確実に拡大し続けた。ホテル企業の多くは一等地に大きな土地と建物を所有していたから、地価の右肩上がり神話によって、それだけで企業の価値は上がり続けた。恵まれた経営環境の下で「現場」のクオリティ(料理のおいしさ、折り目正しいサービス)は上がり続けた一方、「経営(マネジメント)力」を磨くという面で海外勢に遅れをとったことは否めない。よく、外資系ホテルの進出などによる競合の激化が国内勢のホテル企業を苦しめていると言う人がいるが、それは本質論ではない。「古きよき時代」の甘さを脱しきれない「経営力」の問題である。そしてそれは、必ずしもホテル産業だけに言える事ではない。おそらく、日本のほとんどの産業が抱えている問題なのだ。日本の古いバス事業者は多くが経営的に行き詰まっている。モータリゼーションの進展や少子化の進行、さらに規制緩和による競合激化といった外部環境の変化がその理由だという人がいるが、悪いがそれは「言い訳」でしかないと思う。かと言って、私は既存事業者の経営陣を責めているのではない。別に皮肉でもなんでもなく、日本のほとんどの産業が同じ問題に直面しているわけだから、「バス産業は公益性や安全性といった面で特別」だと虚勢を張ったり、逆に「これまで規制に守られてきたから経営力がなくて」と無用に恥ずかしがったりする必要はない。「古きよき時代」からの脱却は、この国とその国民、その企業に共通の課題であり、私たちが今後も幸福な生活を送るために、みなで協力して乗り越えなければならないハードルなのである。
2009.08.19
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一昨日の日本経済新聞、読書欄を見て驚いた。私の知人が執筆した本が2冊、掲載されている。1冊は書評の対象になっていて、1冊は広告だが。まず1冊目、『ラバウル温泉遊撃隊』は、山崎まゆみさんの新作。山崎さんとは、私がホテル勤務時代から、観光産業についての定期的な勉強会でいつもご一緒していた。自称「愛浴家」、それで伝わりづらいときには「混浴ライター」が肩書きだというと表情をしかめる?人もいるが、日本、そして世界の「温泉」を取材しその魅力を伝えておられる。この国の将来を考える場合、インバウンド(訪日客)を含めた「観光産業」を無視しては考えられないし、日本の観光を考えるにあたって温泉は最も輝ける「資産」である。個人的には、その温泉を売り物にする国内のほとんどの旅館が、大手代理店にだけ都合のいい画一的なサービスを提供しているにもかかわらず、自分たちはそれを「伝統と格式」「心のこもったおもてなし」だと信じ込んでいるあたりが不満というか心配ではあるが。山崎さんには、私のサイトで小難しい委員会の委員をやっていただいたり、昨年6月の「ツアーバス安全マネジメント・シンポジウム」で講演をしていただいたり、サイトにも登場していただいたりと、仕事でもいろいろお世話になっている。山崎さんはもともと温泉がお好きではあったようだが、ライターとしてたまたま温泉についての連載を担当したことから温泉が専門になり、海外も含めて取材に行って一流の出版社から本を何冊もお出しになっているのだから立派なものだ。もう1冊、こっちは書評ではなく広告が掲載されていただけだが、堀口洋明さんの『ホテルの売上倍増実践テクニック100』。堀口さんとは、ホテル業界の若手の定期的な勉強会(定期的な飲み会?)の仲間だ。山崎さんと一緒だったのは、ホテル屋もいるが、国土交通省、新聞社、広告代理店、航空会社、タクシー会社など「観光」に携わる人たちの少しオフィシャル感のある勉強会だったのに対し、堀口さんと一緒だった会は、ライバルホテルの若手どうし、愚痴も言いながらホテル業界の未来を語るような若手の集まりで、それぞれ楽しかった。前にも書いたが、バス業界で同じような会を作ることができればと考えているが、目の前の仕事に追われてまだまだ実現していない。この本のタイトルどおり「売上倍増」などというと、既存事業者の社員の中には、まるで振り込め詐欺の首謀者でも見るかのような目をなさる方がいらっしゃる。「地域の公共交通を維持する」という使命感の元には「売上」や「利益」という言葉が浅ましく聞こえてしまうのかも知れない。だが、「売上」や「利益」に格段執着しなくとも、バス会社の経営も、地域における公共交通の維持も容易だった時代は終わりつつある。「安全・安定輸送を最優先に地域の公共交通を維持する」という使命のためにこそ、1円でも多くの売上を集め利益を出さないといけない時期に来ているのである。この堀口さんの本に推薦文を寄せておられるのが鉄道事業者の子会社に当たるホテル企業の役員の方であるのは、偶然ではないと思う。ちなみに、堀口さんの本を出版したオータパブリケイションズは、ホテル・レストラン業界に深い思いをこめて仕事をなさっている出版社であり、ホテル社員向けのセミナーなども数多く企画されている。繰り返すが、バス業界にもこのような動きがあると嬉しいのだが。いずれにせよ、お二人のご活躍に刺激を受け、自分も早く本でも書かないと、と意欲を新たにしている。
2009.08.18
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会社のPCに不具合があって、今朝から社内の共用デスクの共用PCを使って仕事をした。本来は、地方支社から本社に出張してきた社員などが使うためのものだ。使ってみると不便ではなく、むしろ余計な電話なども入らないし気分転換にもなるし、思ったより仕事がはかどった。そもそも社員のデスクを固定せず「自由席」にして、その日ごとに社員が好きな席に座って仕事をする会社が増えているというニュースはよく耳にするのだが、まさに瞬間的にその状態。ただ、私は頭が固いのか、気分的には、それでも「自分の席」がないと想像すると落ち着かない。一方で、理屈で考えると、実際にはほとんど紙の資料は使わないから、やってやれないこともない気もするし。少し違う話かも知れないが、私のオフィスは1棟まるまるを私の会社のグループが使っていて、ビルの上にはロゴマークが掲げられているから、よく「立派なビルを建てて」などと言われるが、実際には賃貸だ。ちょっと前の感覚で言うと、会社の規模がある程度大きくなると「自社ビル」を建てたり保有したりするのが当たり前だったのだろうが、不動産を保有することによる様々なリスクやコストを考えると1棟まるごと借りるほうが合理的ということらしい。これからは、自宅にしても、「土地を買って家を建てる」という旧来の概念はどんどん流動化していくだろう。終身雇用制のもと一生同じ会社が面倒を見てくれる時代は終わりつつあり、転職や転勤、家族構成の変化に合わせて、その時々のライフスタイルに合わせた家を借りる時代になるだろう。それに限らず、世の中のあらゆる物事が「固定的」「絶対的」から「相対的」「流動的」になりつつある。実はここ3年で「高速バス」のビジネスも相対化、流動化しつつある。許認可が必要な高速路線バスに対して、そもそも高速ツアーバスというモデル自体が総じて流動的ではあるのだが、その高速ツアーバスという業態の中でもさらに流動化が進展している。いくら許認可が簡便といっても、これまで高速ツアーバスを運営するためには、パンフレットを相当数印刷して代理店に配布したり、予約センターの体制を整えたりする必要から、あらかじめ商品内容、具体的には「路線」「スケジュール」「料金」を、先の数か月分まで決定する必要があった。また、相応の固定費が発生する以上、平日も週末も夏も冬も運行しないと回収できなかった。しかし今は違う。確実に満席になるお盆のピーク日だけ運行することにして私のサイトに商品を登録してしまえば、利用者が希望の乗車日や区間を選択して「空席検索」ボタンを押した際に表示される検索結果上では、通年運行の会社と同列に並んでいるのだ。高速ツアーバスの会社でも、流動化の度合いはいくつかある。さくら観光やロータリーエアーサービス(キラキラ号)は、毎日同じスケジュールで運行されるから、その意味では高速路線バスに比較的近い「固定的モデル」である。平日と週末の料金の差も小さく、かつ、あらかじめ決めたパンフレット価格と常に同額である。次に、ウィラートラベルや富士興商(旅の散策ツアーズ)は、運行スケジュールこそ「固定的」であるが、自社販売分と私のサイトなどでの代売価格を明確に分けることで、代売サイトではレベニューマネジメントを導入し繁閑によって価格がリアルタイムに、かつ大きく変動する。最後に、旅クラブジャパンやトラベルセンター竜ヶ崎、ワールド自興といった会社は、私のサイトでの販売状況や他社の増発設定のバランスから「来週の金曜は青森行きが1台足りない」というような状況を判断し、自社が抱えているバスの台数とを見比べながら臨機応変に商品を設定する。パンフレットも印刷しないし、そもそも固定された「路線」という概念さえない。料金も、基準になる「標準価格」のようなものは一切なく、その日その日の「時価」を設定する。「路線」という概念さえ存在せず、その日の状況に合わせて商品を作るというと、「固定的」ビジネスを続けてきた既存事業者の方は皆さん驚く。恐怖感というか、何ともいえない気持ち悪さのようなものを感じるだろう(「自分のデスク」がないと落ち着かないのと同じだろう)。しかし運用上は「貸切」と同じである。「来週の金曜日、新宿西口●●ビル前に22時に配車。翌朝7時に大阪駅周辺到着」という仕業なら、走るほうから言えば、「来週の金曜日、都内の●●高校前に22時配車。応援団を乗せて翌朝8時までに甲子園球場到着」と何も変わらない。変わったのは、販売サイドのあり方だけである。高速バスビジネスにおける「相対化」「流動化」は、準拠する法律の違いなど既に大きく飛び越えたレベルで進行しつつある。もちろん、高速ツアーバスでもリアルな(ウェブ以外の)販路はまだまだ残っているから「固定的」な商品づくりが完全に無くなってしまうことはないだろうし、何でもかんでも「流動化」というのは、利用者側のわかりづらさを誘引し、結果として利用者が背を向けるに違いない。ただ、世の中全体に流れる「相対化」「流動化」という大きな流れをよくウォッチしておかないと、利用者から置いていかれる蓋然性が大きいのもまた事実である。
2009.08.17
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先日の日記で「もしサービス競争に努めている宅配便業者が高速バスに参入していたら」という話を書いたので、『宅配便130年戦争』(著者・鷲巣 力)を再読。取引先に書類を送るにしても、ウェブショップで物を買うにしても今やなくてはならない存在の宅配便というサービスが、実はヤマトを中心とした事業者側が様々な「戦い」を経て「勝ち取ってきた」結果だというのがよくわかる。ヤマトの戦いとは、前半では、道路運送法に基づくトラック輸送の路線免許に関して、既得権を守りたい既存の運送業者や、結果としてその味方になった運輸省との戦いだったらしい。既存の大手事業者や地元の事業者が取扱う貨物はほとんどが「商業貨物」(企業が取引で発送する大口の貨物)で、一方のヤマトが取扱いたいのは個人の貨物だから直接の競合関係にはならないのに、自分達の事業が免許された地域に他の事業者が入り込むのは嫌だという既存側の気持ちもわかるし、ときには運輸大臣を裁判に訴えてでも免許を得てきたヤマトの戦いがあったからこそ、便利な宅配便網ができたというのも事実で、興味深い。やがて、貨物の世界においては「路線事業」と「区域事業」の垣根が取り払われるなど、法規制の改正があったようだ。後半は、「信書」を巡る郵政省との戦いだったようだ。当時の郵便法では郵便事業は国家の独占であると定め「何人も他人の信書の送達を業としてはならない」とあった。「信書」とは「特定の人にあてた手紙」のことだ。郵政省は、個人が宅配便を使って物を送るときにその中に添えるメッセージを「信書」だとして、それが違法だと常に圧力をかけてきたらしい。郵政省が行なってきた「郵便小包」と宅配便が事実上の競合関係にあり、小包のシェアがどんどん奪われていた危機感からそのような動きに出たのは明白である。「香典返しに入っている挨拶状」や「庭で採れた果物を実家の親が一人暮らしの息子に送るときに『元気か』とメッセージを入れる」ことまで「信書」として、郵便法違反だと言い続けたのである。信書の送達を国家の独占とする理由は「ユニバーサルサービスの提供」や「信書の秘密(要するにプライバシー)は国家公務員でないと守れない」ということらしいが、上記の事例を「信書」と言い張った役人は、ヤマトの宅配便の荷物の中に上記のようなメッセージが入っていることを、本当に「悪」だと心から信じていたのだろうか。それとも「自分達の生活の糧を守るためには、これくらいの方便は必要だ」と割り切っていたのだろうか。郵便の「ユニバーサルサービス」について、個人的にはなるほどと感じたことが一つある。先日、新潟県の山の中をドライブしていて、小さな集落の民俗資料館を見学した。本当に本当に山深い小さな集落で、隠れキリシタンの里。資料館では、古い農具と並んで集落の昔の写真が展示してあった。そこに、明治時代の郵便配達の写真があった。そもそも鉄道はなく、道路も半年間は雪でバスもトラックも止まる。その集落に、最寄の鉄道駅から、郵便配達員が「かんじき(雪上を歩くための履物)」を履いて郵便物を背負って配達に向かう写真だった。その配達員の表情に、ある種の「使命感」を見た。なるほど、少なくともその時代においては、国家が責任をもって郵便のネットワークを維持することは必要だったのだと感じた。一方、今の時代、その「使命感」は本当に必要か。「どんな山中でもどんな離島でも、我々は国民のために郵便のネットワークを維持するんだ」という使命感が不要とはいわない。一方、顧客ニーズに最大限こたえるために、「翌日配達」を確約するところから始まり、「スキー宅急便」「ゴルフ宅急便」「クール便」「コレクトサービス」などターゲットに合わせた多様な商品や、「配達時間帯の拡大」「時間指定」「配達状況検索システム」などサービスの高度化に努めることもまた、他のあらゆる民間企業と同様に、貴重な「使命感」を感じるべき対象だと思うのだ。いつも繰り返すが、「既存」高速路線バスに対しての「新興」高速ツアーバスの戦いなどという小さなことを重ね合わせているのではない。「都市間輸送は鉄道。それを補完する高速バスは国鉄バスが運行」という国の方針と戦い、まずは日本急行バスや東名急行バスなどの合弁事業者に限定されながらも民間事業者による高速バス参入、やがては「共同運行システム」をベースに乗合事業者が自ら高速バスに参入と、「高速バスの歴史」もまた、規制との戦いだったのである。多くの既存事業者は、自分達が「挑戦者」だった歴史を忘れてはいないか、聞いてみたいのである。もしヤマトが宅配便で郵便小包に挑んでいなければ、私たちはここまでの便利さを享受していたか。もし電話事業が規制緩和されず未だに電電公社の独占であれば、ケータイはこれほど便利になっていたか。難しく考えることではない。時代の変化に合わせて、事業者の「使命感」の向かう先もまた、変わっていけばいいだけのことである。
2009.08.14
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本日付け『日本経済新聞』朝刊の商品面の連載記事「原油乱高下に備える・最高値から1年」で、私のサイトと高速ツアーバスについて取り上げていただいた。日経新聞の中でも「商品面」とは、一次産品の値動きなどを報じているイメージが強い。現に本日の紙面でも「ウラン国際価格が下落」とか「鉄スクラップ、内外で(価格)上昇」といった記事が並んでいる。日経新聞であれば「企業面」とか「消費面」では取り上げていただくことも多いが、「商品面」はこれまでご縁がなかっただけに、商品部の記者さんからのご取材ということで少し驚いた。企画内容をお聞きしたら「原油」という切り口から高速バスにたどりついたようで、なるほど、と感じたしだい。さて、今回のご取材の趣旨は「原油価格が再び上がりつつあるなか、各業界ではどのような手立てを行なっているか」という内容だった。ハイブリッド車両を導入したウィラートラベルをはじめ、取引先の中には工夫している会社もあるのでどうお答えするかいろいろ迷ったが、ここは正攻法を選んだ。「乗車率を上げたり販売単価を上げたりして、1台1台の運行ごとの収益性を向上させることこそ、原油高に対する最大の備え」。当たり前の話だけに、では高速ツアーバス業態においてはどうやって乗車率を上げ販売単価を上げようとしているのか、具体的に記者さんにご説明しないといけない。自分達がやってきたことを振り返るいい機会になった。レベニューマネジメントを導入することで、繁忙日と閑散日とで大きく価格を変動させることが1点目。繁忙日は単価を思い切って上げることで収益性を確保するとともに、スポット運行を含む増発車両を増やし提供座席数を確保する。逆に閑散日は単価を下げてでも乗車率を下支えする。もう1点が、車両タイプの多様化。ビジネス出張向け車両、女性向け車両などセグメント化されたマーケットに対しそれぞれ適切な商品を提供することで新規需要を喚起する。記事ではその2点についてご紹介いただき、7月の取扱高が前年同月比約4割増と報じてくださっている。繁閑に応じた価格変動と、セグメント化されたターゲットに対応した多様な商品設定。それにウェブマーケティングの積極的な活用という三本柱が、ここ3年間の高速ツアーバスの成長戦略である(蛇足ながら、JRバス関東と西日本JRバスによる首都圏~京阪神の「ドリーム号」系統に限っては全く同一の戦略だ)。一言で言えば、「マーケットの細分化」。「マーケットの細分化」といえば、通常の企業、通常の商品なら、普通に行なわれていることである。マーケティングの教科書の最初のページに必ず書いてあるといってもいいくらいだ。誇らしく書くほどのことではない。ただ、バスではこれまであまり見られなかった。国から地域独占的に認可(現在は許可)を受け事業を行なう路線バスの世界においては、「多くの人」に「平等に」「安定して」サービスを提供する義務があった。東京電力や関西電力の電気代が、人口密度の高い都市部でも、電線を引くことさえ苦労する山の中や離島でも同じであるのは、独占的に認可を与えられているからだ。一方、街のフランス料理レストランが「ウチは高級だからディナーは1万円から」と高い値段を付けたことで、安くお腹いっぱいに食べたい学生が来店してくれなくても、その良し悪しは店が判断すればいいことである。高速バスを「商品」と捉え、マーケットの細分化を追求し収益性の向上を目指す高速ツアーバス。一方、公益性の高い市内の路線バス(「平バス」)と同様の価値観を高速バスに持ち込み、「平等に」「安定して」サービス提供を目指す高速路線バス。おそらく、両者がなかなか相容れない本質的な理由がこの部分だという気がする。ただ、どっちが正しいか、という問題ではない気がする。少なくとも「旅行会社」としてはマーケットの細分化は当然だ。逆に、少なくとも「路線バス事業者」としては「平等」「安定」は当然だ。では高速バスにはどちらが合っているのか。どのようなあり方が高速バスにとってベストで、それを実現するためには何が必要なのか。事業者の意識の変化か、それとも法規制の改正まで必要なのか。私たちには、考えないといけないことがまだまだ山積だとあらためて気付いたご取材であった。
2009.08.13
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季刊『運輸政策研究』の最新号で、もう1篇、楽しみにしていた論文が、運輸政策研究所の大井尚司研究員による「乗合バス事業の規制緩和がもたらした効果」であった。これは、同研究所主催の「第95回運輸政策コロキウム」での大井先生の発表内容を論文にしたものだ。財団法人運輸調査局発行の『運輸と経済』の「特集・新時代の高速バス」に掲載いただいた私の論文も、参考文献としてご活用いただいた。したがって、内容とその感想については以前にこのブログでも書いている。同じ事を繰り返し書いてしまうかもしれないが、あらためて感想を。大井先生は、規制緩和について、おおむね評価する立場からまとめていらっしゃる。一方、その負の側面もきっちり書いておられる。例えば高速バスについては、高速路線バスどうしが価格競争を含む競合関係になった大阪―高松線の例と、高速路線バス業態と高速ツアーバス業態の競合関係について調査なさっている。そのいずれも、競合の激化によって高速バスのサービスレベルの向上(価格の低下を含む)が起こった結果、全体の乗客数が大きく伸びており、高速バスにおける規制緩和はおおむね成功だったとしている。一方、空港連絡バスにおける競争の事例では、岡山空港と長崎空港を例に挙げてご説明なさっている。ここでは、「新規参入を契機にサービス水準が向上し、利用者の便益を増大させた」としつつも「競争の結果から、規制緩和の効果が十分現れたとは言えないと思われる」としている。この差はどこから生まれるのであろうか。私は、高速バスと空港連絡バスで大きく異なる点が2つあると考えている。第1は、「買回り品」要素が大きいかどうかである。長距離高速バスの場合、乗客が事前に時刻表やウェブ上の情報を元に、A社のバスを予約するかB社のバスを予約するかを比較検討する。長距離であればあるほど価格差も大きくなるし、車両の居住性の差も重要になってくるからである。そうなると効果的なプロモーションも選択の重要な要素になってくる。一方、空港連絡バスの場合は、「買回り品」というよりは「最寄品」に近い。バスに乗ろうと停留所に行ったらたまたまA社のバスが来た、という理由で、どの事業者のバスに乗るかが決まるケースが多い。利用者が事実上商品を選択できないのであれば、それは競争とは言えない。第2は、サービスレベルの向上(価格の低下を含む)がマーケット規模を拡大させるかどうかである。高速バスという輸送モードは鉄道に比べおおむね後発参入であるから、いつも書いているように挑戦者の立場である。高速バスどうしが商品やプロモーションを切磋琢磨すれば鉄道からのさらなる転移を促すことができる。高速バスの輸送シェアが2%の路線で、全体の1%の利用者が鉄道からバスに移ってシェアが3%になれば、高速バスの輸送人員は対前年5割増しである。しかし地方空港の連絡バスの場合、自家用車との競合はなくはないものの、サービスレベルの向上だけでは目に見える利用者の増加は難しい。それが「平バス」ならいっそうである。私が、「高速バス」と「平バス」とで規制のあり方を変えるべきだと日ごろから申し上げているのは上記理由による。いや、世界的に見ても、高速バスと平バスとが同じ規制の元に運用されている例は少ないのではないか。また、イコールフッティング(競争条件の同一化)、特に停留所の権利についても、大井先生は何度も触れておられる。既存事業者の中には、「イコールフッティング」をまるで錦の御旗のようにして高速ツアーバスへの規制強化を叫ぶ人がいるが、それが、例えば停留所の権利を新規参入側にも平等に開放することを同時に意味していることに、既存側がなぜ気がつかないのか私には不思議でならない(※)。いずれにせよ、本稿の「まとめ」から何点か引用するだけでも印象的だ。各規制への提言としては「バス停使用・民民規制などの参入障壁除去、運行ルートや時刻・価格設定などが柔軟にできる制度設計が必要」「サービス水準を向上させるための工夫などを制約する規制の改革も必要」などとある。各事業者への提言としては「お客様の側を向いた事業展開のプロとしての役割」として「顧客視点に立った情報開示(路線網の認知・予約システムの統一化など)は、ツアーバスに学ぶところが多い。本来プロであるべき事業者がここで挙げたような課題を、お客様の視点から改善することが求められている」とあるが、誰がこれに反論できるだろうか。当日のコメンテーターだった、東京海洋大の寺田一薫教授が述べておられたように、高速バスや定期観光バスについて、EUなど諸外国の例を参考に「平バス」と完全に規制を分けることも一つだろう。いずれにせよ、「これまでこうだったから」という理由で変化を拒み続けることは、誰にとっても得ではないのである。※名古屋大学の加藤博和准教授などもっとラディカルで、『運輸と経済』では「既存事業者も高速ツアーバスに参入するという自由がある以上、不公平とは言えない」としている。
2009.08.11
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私の会社のグループ内には「物流サービス」部門がある。グループの基幹事業であるインターネット・ショッピングモールには7万軒の店舗様が出店してくれているが、その店舗のサポートをする事業だ。本来的には、各店舗は自分で倉庫を用意して在庫を保管し、ウェブを通して利用者からの注文があれば自社のスタッフが倉庫から該当の品を探し出し、包装し宛名を記入して宅配便業者に引き渡す。しかし7万軒の中には、ウェブ上で売る力は十分にあるものの、倉庫の確保や包装・配送のオペレーションが追いつかない店舗もある。店舗から希望に応じて、倉庫の確保とそこでのオペレーションについて委託を受けるのが我が社の物流サービス部門である。そう聞くと、あくまでもインターネット・ショッピングモールでウェブショップを運営している店舗へのサポートがサービスのミッションかと思うだろうし、私もそう信じてきた。しかし、先日あらためて担当者とじっくり話していたら、もちろん店舗サポートが最大のミッションでありながらも、もう一つ大きな存在意義があるらしい。それは「倉庫業者」のエンパワーメントである。きわめてざっくり言えば、これまで倉庫業というのは、土地を持っていて思い切って倉庫を建ててしまえば、あとは安定して収益が上がるタイプの事業だったらしい。しかし、どの企業でも「在庫保有リスク」や「在庫保有コスト」を圧縮するために、サプライチェーン・マネジメントのような概念を導入することで「リードタイム」が短くなってきた。端的に言えば、「品物が倉庫に置いてある時間」がどんどん短くなっているわけで、結果として倉庫の稼働率が落ちてきた、というのが倉庫業界の構図らしい。そこで我々の物流サービス部門が、成長著しいウェブショップという顧客を紹介すると同時に、単なる「場所貸し」だった倉庫業者に物流に関する各種ノウハウを支援することで、倉庫という「空間」を売ることから、付加価値をつけた「物流システム」を売ることへの転換をサポートする。あるいは、曜日や時間帯によって休眠している倉庫施設の有効活用を図る。これまで「B to B」しかやって来なかったインフラ系企業に対し、「B to C」モデルへの転換を支援することで新しいビジネスチャンスを提供するというビジョンは、今の私の仕事と酷似している。これまで旅行代理店や法人向けに「1台いくら」で売るしかなかった貸切バス事業者に対し、「1席いくら」で一般の利用者向けに販売し高速ツアーバスとして運行してもらうことで新しいビジネスを開拓してもらうという構図とそっくりなのである。お盆や年末年始などの高速バス繁忙期は貸切バスの閑散期と重なることに注目し、かつウェブ予約に限定することでパンフレット制作や予約センターの体制作りなど「高速バスを営業するための固定費」が一切不要になったことを受け、私たちでは中堅以上の貸切専業者(自社で旅行業免許を保有する事業者限定)に対し、高速バス繁忙期のみ高速ツアーバス事業に参入するようサポートを続けてきた。私たちにとっては在庫切れを防ぎ取扱量を増やすことができると同時に、貸切バス事業者にとっては車両稼働率の向上につながり、そして利用者にとっては従来なら高速バスが満席となって乗車できなかったケースでも予約することができる。当初は、企業や大学の送迎仕業を多数請け負っている事業者など、週末の車両稼働率に問題がありそうな事業者を選び出しこちらからお伺いしてビジネスモデルをご説明し、「とにかく一度挑戦してみてください」というスタンスであった。しかし「付き合いの深い高校のサッカー部が予選で敗退し、全国大会用に受注していたバスが余った」というようなご相談を受け「その日なら仙台に2台。往路は夜行で単価4500円でほぼ満席になりそうですよ。復路は1台は夕方発で3000円、1台は夜行にして3500円が妥当じゃないですか」などとアドバイスを重ねている間に、このやり方は既に貸切バス業界で一定の存在感を持ちつつある。むしろ昨年からの不況、そして円高とインフルエンザによる外国人団体の減少といった外部環境の変化を受け、以前なら考えられなかったような「格上」の事業者からもご相談をいただくようになった。環境は変化する。特にウェブの普及は様々な世界を流動化させつつある。これまでと同じやり方を続けられる保証はどこにもないのである。最後に、冒頭の話に戻って「物流」の話。既存事業者の中には物流事業を併営するところも多い。極めて戦略的に事業をなさっている事業者もある。この戦略性を高速バスにも適用できれば、業界はもっと大きくなれると思うのだが。
2009.08.07
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昨日の日記で「さわり」だけご紹介した『運輸政策研究』2009年夏号掲載の「高速バスのネットワーク戦略-九州地区における取り組みから-」(蛯谷憲治氏・山本雄吾教授の共著)。昨日は話がずいぶん脱線してしまったが、論文自体が非常に丁寧で詳細な内容なので、あらためて感想など述べてみたい。本論文は、従来高速バスでは各地域の事業者が個別にサービスを提供してきたのに対し、主に九州の事例を紹介しながら『予約システムの共通化』『共通パスの発売』『乗継サービス』などのネットワーク化の進展について考察と提言をなさっている。それぞれ「楽バス」「SUNQパス」「基山トランジット」が具体例で、いずれも九州のみならず全国的に見ても代表的といえる事例である。このようなネットワーク化を九州の事業者が進展させるきっかけになったのが、改正道路運送法の施行(乗合バス事業の規制緩和・需給調整廃止)を前にした既存事業者の危機感にあったというのは興味深い。余談だが、その時点での危機感の対象(潜在的な新規参入者)とは例えば、既に全国ネットワークのインフラと車両運行のノウハウを持つ運送・宅配便業者やタクシー事業者グループなどであったと言われているが(結局、それとは異なる形の競合状況が生まれているが)、配達時刻の指定とかウェブ上での配達状況追跡のサービス提供など厳しい競争環境のなか顧客志向をますます強める宅配便業者が高速バスに進出していれば面白いことになっていただろうな、と想像はふくらむ。少なくとも私は、高速路線バス/高速ツアーバスといった業態を問わず、例えばターミナルの立合やセンディング、バス乗務員などの接客が、ヤマト(あるいはペリカン)の「セールスドライバー」の接客よりも優れていると言える自信はない。さて本題に戻って、「路線免許制や小規模多数の事業者といった高速バスのネットワーク化を阻害する要因があるなかで、なぜ近年ネットワーク化の試みが実施されるようになったのか」が本稿のクライマックスであろう。強いリーダーシップを発揮できる事業者の存在など九州独自の事情とともに、燃料価格の上昇や高速ツアーバスの台頭を受け、「高速バス運行事業者の利害相反はあっても、それを超えて、高速バスのネットワーク化による利便性改善で需要拡大を図る必要性に迫られた」とある。「コスト上昇」と「競合の激化」が「利便性改善で需要拡大を図る必要性」・・・もちろん正にその通りなのだが、私はそこに物足りなさを感じてしまうのだ。お尻に火が着いたから、というのでは、8月31日になって夏休みの宿題があったことを思い出した小学生と同じではないか。むしろ、自分たちが掘り起こせていない潜在的な市場がどれくらいの規模なのか、それはどこにあるのか、それを掘り起こすためにはどのような手法が有効か、というところから施策を組み立てていくのが健康的な企業経営である。例えば国交省の『全国幹線純流動量調査』のデータをちょっと分析してみても以下のことがわかる。福岡県在住者が九州各県(福岡以外)に移動(旅行・出張)する際に鉄道や自家用車ではなく高速バスを選んでいるシェアは4.0%だが、九州各県(福岡以外)から福岡への移動者では7.9%と倍近い。首都圏在住者の首都圏以外への移動の場合が2.0%、首都圏以外在住者の首都圏への移動の3.9%と比べると、それぞれちょうど2倍だから九州における高速バスのシェアが大きいことは間違いないが、福岡側での高速バス需要を喚起する余地、いわゆる「伸びしろ」はまだまだ大きい。福岡側での需要を掘り起こすためには・・・といった戦略的なアプローチがもう少しあれば高速バス業界全体がもっと拡大していたはずである。もちろん、上記を見てもわかるように、全国的に見て「伸びしろ」が圧倒的に大きいのは首都圏マーケットであるのだが。まあ、そのようなことはともかくとして、昨日も書いたように「高速バス王国」九州の様子は見ていて本当に気持ちいいし、それを実現してきたのが、この論文に紹介されているような各事業者のご努力の積み重ねであることは間違いないだろう。厳しいことは書いたが、私はいつまでも九州の各事業者の一ファンでありつづけるだろう。そして何より、既存の路線バス事業者の中に、蛯谷氏のように学術的な観点で高速バス事業に向きあっておられる若手がいらっしゃるというのは、心強い限りである。
2009.08.06
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運輸政策研究所発行の『運輸政策研究』の最新号が発行された。今回は、興味深い論文が2篇、掲載されることを事前にお聞きしていたので首を長くして待っていた。まずは、名城大学の山本雄吾教授と、大分交通の蛯谷氏が共著なさった「高速バスのネットワーク戦略」から。九州を中心とした高速路線バスのネットワーク化について、高速ツアーバスとも一部比較しながら、かなりきめ細かく詳しく調査し記述なさっている。各事業者のご努力に敬意を払いながら、その一つひとつに対していつもどおり勝手な意見を書きたい気持ちもあるのだが、それ以上に、九州の高速バスについて読んでいると「高速バス王国」九州の情景が自然と瞼の裏側に浮かんできてしまったので本日は雑談を。学生時代の新宿高速バスターミナル(通称:西口)バイト時代から、「高速バス王国」九州は私たちの聖地だったと思う。仲間たちと「はかた号」(当時は京王便もあったが、なぜかいつも西鉄便限定で)に乗って九州の高速バスを何度も乗り歩きに行った。大学を卒業し就職をするに当たり、私は迷いに迷ったが、「規制に守られた産業で、既得権益側で仕事をする」ことにどうしても抵抗を感じ、高速バスに一生たずさわりたい気持ちをあきらめた。高速バスそのものは「攻める側」の商品であるにもかかわらず、路線バス事業者(あるいは大手私鉄)という企業としてみた場合には明らかに規制に守られる側の立場であり、安定して待遇はいいものの保守的な社風であり、その雰囲気に自分は耐えられないだろうと考えたからだ。そしてホテルに就職した。ホテルでは当初はウェイターやベルボーイなど現場を回ったが、ホテルの現場というのは見た目とは裏腹に体力的にも精神的にも非常に厳しい職場で、たまに連休をもらって九州に向かうのは、学生時代以上に大切な気分転換になった。指折り数えて待った九州旅行が、あっという間に終わってしまった空しさと、高速バスが地元の人たちに本当に役に立っている姿を実感した満足感、そしてその高速バス事業に自分自身がたずさわっていない悔しさの入り混じった気持ちになんとか折り合いをつけながら、何度、復路のバスに乗り込んだだろう。それでも10年、ホテルで働き続けたのは、ホテルの仕事もまた、好きだったからだ。現場で接客をするのは厳しくとも楽しかった。そしてデスクワークに移ってからは、主に二つが私の役割だった。ウェブを中心にしたマーケティングの仕事は今にも活かせているが、もう一つ、ずっと殿様商売をしてきたにもかかわらず、競合の激化や高度経済成長の終焉といった外部環境の変化に対応できず経営的に苦しんでいる名門老舗ホテル企業をどう立て直していくかという役割は、「守り」の路線バス事業者が「攻め」であるべき高速バス事業を伸ばしていくには企業としてどう変わるべきか、現在直面している課題にもつながっていく。実は最近まで私の財布には、まるで「お守り」のように、福岡~大分線「とよのくに号」の回数券が1券片、入っていた。発行日を見ると平成14年。仲間たちと3人で九州の高速バスを乗り歩く途中「とよのくに」に乗った際、(SUNQパスなどまだ無かったし)3人分の正規運賃を払うより4枚つづりの回数券のほうが安かったからそれを利用し、その余った1枚を取っておいたものだ。ボロボロになりながらもいつも手元に持ち続けたのは、「次の九州旅行で使おう」というよりは、「もう一度高速バスの仕事に戻るための、大切な切符」という象徴的な意味合いが、心のどこかにあってのことである。先日の九州出張の際、時間があったので「とよのくに」に乗ってみた。窓口のスタッフの方は、ボロボロの回数券でも快く座席指定の手続きをしてくださった。厳密な意味では、私の仕事はまだ「高速バス業界全体」にたずさわるところまでは実現していないが、もうあとほんの少し。一度は、迷いに迷った末に高速バスを一生の仕事とすることをあきらめた身だからこそ、自分の好きなことに「仕事」として、かつ業界への一定の影響力を持ってたずさわれることのありがたさと責任を今、実感している。
2009.08.05
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日本航空の、空港でのチェックイン業務用システムがダウンし欠航や遅れが発生したと報じられている。いちおう(?)私もシステムに関係する仕事なので、このようなニュースを見るとヒヤヒヤする。日本航空くらいになると、いわゆる基幹システムとはいっても、素人が想像するだけでも、国内線/国際線/貨物の別、さらに予約系、チェックイン、航務、会計、調達など幅広い分野に広がっているだろう。さらにそれが旅行代理店等、提携会社の基幹システムや、UI(ウェブ上や専用端末上で直接お客様が操作する画面)とも関連するから、かなり大規模なシステムに違いない。私が航空会社のシステム運用の責任者だったら、毎日胃が痛くて眠れないだろう。決して規模が大きいだけではない。「安定運用」(システムダウンしないこと)について求められるレベルも高いものだろう。社会的責任が大きい認可事業としての公共交通機関であり(寡占的に国から認可を与えられているということは、その仕事を問題なくこなすという責任と表裏一体である)、かつ安全性については他のどの産業よりも高いレベルが求められる航空業界という、企業の特性が、その理由の一つである。そしてもう一つ、これはどの業界どの企業であっても「基幹システム」である以上、私たちのような販売系のシステムより、「安定運用」を求められるレベルは高いだろう。私たちは、「ウェブ上での販売」を担う立場だから、仮に何分間かシステムがダウンしたとしても、たしかに高速バスを予約しようとサイトを訪れてくださるお客様や、私たちのサイトからの送客(売上)を期待してくださる取引先にご迷惑をかけることには間違いないが、必ずしも「バスが出発できない」という状態にはならない。その意味では、各企業の基幹システムとは立ち位置が異なる。別に私のサイトが「止まってもいい」と言っているつもりはないが、限られたリソース(エンジニアの時間や予算)である以上、「絶対に絶対に止まらない」ことを実現するために使うよりは、「一人でも多くのお客様をサイトに誘導するために、システムがどうやって集客に寄与するか」と「サイトを訪れてくれたお客様にいかにストレスなく、簡単に予約までたどり着かせるか」に注力することになる。私たちは、少しでも多くの予約を取引先に送り込まなければ、存在価値がないからである。もちろん、システムダウンしていたのではそれが実現しないから、止まらない努力は決して怠らないわけであるが。その意味では、「高速バスネット」や「発車オーライネット」などは本来的には基幹システムであり、それを後からユーザーにインターフェイスさせウェブ予約を受け付けているに過ぎない(「高速バスネット」については、ユーザーインターフェイスを前提に作られたと言えるものの、作り手の鉄道情報システムやそこから委託を受け実際にシステムを作った会社にしても、「発車オーライネット」の(株)工房にしても、あくまで業務用アプリケーションのベンダーである)。もしシステムが短い時間でもダウンすれば、今まさに出発しようとしているバスの座席表も印刷できないし、窓口での発券や予約センターでの受付も止まってしまう。このことは、高速ツアーバス各社が基幹システムとして使っている「DJ」「ウィキャン」「WILL」といった各システムも同じことである。同じ「高速バスの予約システム」とは言っても、基幹系と販売系では「本分」というか、最終的に守らねばならないものは異なる。一般の人にとっては同じ「バス」に見えても、実際には乗合バスと貸切バスが異なるくらい、この二つは違うものなのである。「ものつくり」に対する信仰が色濃く残るバス業界では、「売るだけ」の私たちを異質なものと捉える人に多く出会う。だが、例えばメーカーで工場の現場の従業員より営業担当者が格段低く見られているとか、「売る」のが仕事のイトーヨーカドーや三越伊勢丹が蔑まれているとか、そんな話は聞いたことがない。私たちは、実際にお客様の安全を背負って走る乗務員に代表されるバス事業者や、それを支えるために基幹システムを守る会社たちに最大限敬意を払いながらも、私たち固有の役割として、一人でも多くのお客様に高速バスを認知させ、予約まで結びつけることをただただ追及していくのみである。高速ツアーバス業態では、DJやウィキャンといった基幹システムやそこからユーザーにインターフェイスしている各企画実施会社の自社サイトと、私のサイトはうまく協力し合いながら住み分けているわけだが、既存の高速路線バス事業者の皆様から、「高速バスネット」や「発車オーライネット」と私のサイトが、まるでライバル同士のように思われているのが残念でならない。
2009.08.03
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『日本の農業は成長産業に変えられる』(著者・大泉一貫)を読んだ。ふつう私は、このブログであまり引用をしない。どちらかというと、読んだ本をネタに好き勝手書くことが多い。しかし今回は、本文中の何ヶ所からそのまま引用させてただく。<この本は農業を普通の世界に呼び戻し、成長軌道に乗せ、地域産業の重要な産業にしたいという想いで執筆した。><農業を守るには、人々が「必要とする」商品やサービスを適格に提供することが何よりも大切である。市場の声に虚心坦懐に耳を貸すことだ。この一点なくして農業の体質強化や「日本の農業を守る」ことはできない。ところが、これを市場原理主義の浸透や経済合理主義として排斥する傾向が我が国にはある。農業衰退の原因は市場経済の浸透や農政の保護水準が低いためと見る人もいる。これは顧客の声より補助金が大事といっているに等しい><農業の成長条件を整理すると次のようになろう。まず第一は、何より顧客のいないところにどんな産業も成立しないということだ。我が国の農業は「顧客志向」をどこまで強められるかが重要だ。第二に「脱一次産業化」の推進だ。つまり他の産業のノウハウを取り入れ、知識産業を目指す「融合産業化」である。第三に、「生産性向上」を図るため様々な努力をすることだ。自らの農業構造を改革しようと考えることが最も大事になる。><戦後になると、農業から「財貨を得るまでの農業」が消滅してしまう。その理由は「農地法」が、農業者を生産(耕作)するだけの存在と定義してしまったからだ。><ここで農業サイドが反省しなければならないのは、我が国農業に「経営概念」がまったくなかったことだ。これは我が国農業の不幸といっていいだろう。経営だけではない。「顧客志向」もなかったし、「農業のビジネスモデル」もなかった。><ミステリーがまかり通る背景には、我が国にとって「コメは特別な存在」だという認識風土が影響している。(中略)日本人の意識の中に、農業の“メインストリーム”として稲作が位置付けられていることを、私は批判するつもりはない。しかし、そうであるならばなおさら、コメは持続可能で、生産性の高い世界に誇れる産業として自立させていかなければならないのではないか。(中略)逆に、特別だから今のままがいいし、海外からは特別な条件をつけて守ればいいし、他とは違った特別な保護政策があっていいと考えているようである。これでは、天然記念物のような稲作になってしまう。><こうして「農家所得」自体は向上していった。経済原則を無視した「高米価」政策とならび、「兼業収入」「農地等の資産運用や転売」を含めた三種の神器は、高度成長下で農家所得を向上させるための「打ち出の小槌」となっていく。(中略)我が国の農政が今でも米価維持政策を基本としているのも、米価維持政策がいまだに豊かな農民をつくる有効な手段だと考えている人々が多いのも、こうした高度成長期の成功体験のなせる技であろう。これは高度成長遺制といってよい。高度成長モデルは、一方に経済成長があり十分な労働市場が展開し、ある程度物価上昇が続くという中での成功モデルだった。今日の状況下では、(中略)既に違った成長モデルが必要になっている。それにもかかわらず農政は軌道修正ができず、過去の成功モデルを引きずったまま、現在の米価維持政策が「豊かな農家」をつくると信じきっているのである。><高度成長期には、このトライアングルが豊かな農民をつくるためにうまく機能した。しかしそこには、兼業の拡大、資産としての農地の保有・転売、高額米価の維持など高度成長期特有の事象と、それが許容される土壌があった。現在でも「米価維持」を目標に政府自民党・官僚・農業界の「政官業トライアングル」を強化できるかといえば、それは幻想でしかないだろう。>私は勝手に、「農業」を「バス産業」に、「農家」を「事業者」に、「コメ」を「乗合バス」に、頭の中でそのまま読み替えた。もちろん、農業よりバスの方が、より「安全」「公益性」への責任が大きいはずだとか、いろいろ反論も可能だろう。ただ、コメを「特別」だとしたことで日本のコメ作りが破綻に向かおうとしている現状をこの本を通して読んだ後も、「バスは特別」だと言い張る勇気をみな持ち続けられるだろうか。大泉氏が何度もお書きのように、そしてこのブログでも何度も繰り返してきたように、高度経済成長が歩みを止めた今、従来と同じやり方では産業として自立し続けることが難しいのである。そして、そのことはおそらく、ひとり農業に限らず、ひとりバス産業に限らず、この国全体が直面している問題であるに違いない。最後に、現在の日本の農業のあり方に厳しい言葉を書き連ねつつ、そこかしこに顔を出す大泉氏の、農業への愛情、がんばっている農家への敬意に深い共感を覚えた。※誤解がないよう付記すると、大泉氏は「農家への保護は不要」と言っているわけではない。コメだけを特別扱いすることと、生産調整(減反)によって米価を維持する「消費者負担型」の保護を否定し、「財政負担型」農業保護への転換を主張しておられる。その点、需給調整を廃止する代わりに系統ごとの補助制度に移行した乗合バスの方が「制度的には」農政の先を行っている。制度が変更になったという事実が、当事者達のハラに落ちていないだけである。
2009.08.01
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