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乾くるみ『ハートフル・ラブ』~文春文庫、2022年~ ノンシリーズの短編集です。7編の短編(うち1編はほぼショートショート)が収録されています。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。―――「夫の余命」余命宣告を受けた後に結婚した夫婦。夫を失った妻は、これまでのことを回想していく。「同級生」作家として大成した友人のもとへ、夫婦で訪れた私。友人が住むマンションは、私たちが高校生の頃、同級生が飛び降り自殺した場所だったが、不可解な点もあり…。「カフカ的」不倫の関係にあった男のことで悩んでいた私は、偶然高校時代の友人と出会う。悩む私には、友人は自分も双子の妹を憎んでいると、交換殺人を持ち掛けてくる。「なんて素敵な握手会」ショートショート。「消費税狂騒曲」不倫相手から急によびだされた三浦は、相手が夫を殺してしまったことを知る。ミステリ好きなことで出会った二人は、三浦が被害者になりすまし、急いでアリバイトリックを試みるが。「九百十七円は高すぎる」友人との道中、二人とも憧れている先輩を見つけた。先輩とその友人の話に出てきた、「917円?」という驚いたような金額の意味とは。「数学科の女」演習科目で同じグループになった5人のメンバー。その中の紅一点は、数学科の学生で、5人は演習後に食事をしたり、長期休みにはメンバーの別荘に行ったりと、他のグループよりも交流が盛んだった。その中でも無口キャラで通ることに成功した僕に、ある日、彼女から電話がかかってきて…。――― まず、冒頭「夫の余命」でやられました。これは面白いです。 「同級生」はミステリ要素+アルファ。「カフカ的」は一人称で交換殺人を描き、たしかに乗り気にはならないだろうなと思わせてからの意外な展開。 「なんて素敵な握手会」は文庫で4頁というショートショートなので内容紹介は省略しましたが好みの作品です。 「消費税狂騒曲」は、平成元年の消費税導入からの、ある二人の視点で描かれ、こちらも好みでした。 同じく好みの作品は「九百十七円は高すぎる」。『9マイルは遠すぎる』(未読です!)のパターンですが、一見謎の言葉の意味を解き明かすスタイルは大好きです。ウィキペディアも参考にしましたが、このブログでも紹介している同じタイプの作品に、米澤穂信『遠まわりする雛』角川文庫、2010年所収の「心あたりのある者は」、有栖川有栖『江神二郎の洞察』東京創元社、2012年所収「四分間では短すぎる」があります。 本書唯一の書下ろし作品「数学科の女」は、意外な流れからミステリ要素が強くなっていきます。私はややホラーとして読みました。 面白い作品集です。(2023.08.02読了)・あ行の作家一覧へ
2023.12.30
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石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』~講談社現代新書、2000年~ 著者の石田かおり先生は現在、駒沢女子大学人間総合学群人間文化学類人間関係専攻の教授で、化粧の文化史や身体文化論がご専門です。 本書はタイトルのとおり、化粧の観点から人間の歴史を読み解きます。 本書の構成は次のとおりです。―――はじめに―人間は化粧なしでも生きられる第1章 「裸は自然」の謎第2章 清潔が化粧を駆逐する第3章 東西化粧狂騒史第4章 美人は本当に「色白」か第5章 男は本来化粧好き第6章 コミュニケーションとしての化粧あとがき主な参考文献と読書案内――― 化粧とは、いわゆるメークを思い浮かべますが、本書では、スキンケア、シャンプーでの洗髪などを含めた、「人間の身体を加工する行為」と最も広い範囲で化粧をとらえることを基本的な立場としています。 第1章は、化粧からはイメージが最も遠い「裸」から話が始まりますが、ここでは「裸=自然/着衣=文明」という二項対立的な思考や、裸体さえも理想とされる流行があることなどが指摘されます。 第2章は清潔をテーマに、入浴、衛生などについて論じます。 第3章は、本書のタイトルからイメージされる、化粧をめぐる通史で、ページ数からも、本書の中心といって良いと思います。ここでは、まず日本史を化粧の観点から13の時代に区分する図式を提示し、それぞれの時代について、同時代の世界にも言及しながら化粧の様相をたどります。体臭と香り、眉の形、かつらなど、化粧をめぐる様々な観点から議論が展開されます、また、(本書全体を通して)複数の図版が掲載されていますが、本章では、縄文時代のクシの写真が興味深かったです。 第4章は、「美人=色白」というのは普遍的な価値観ではないということを、縄文時代以降の赤化粧からの議論で示しています。また、前章にも通じますが理想とされる眉の形や、白粉の材料が人体に有害であったこと、電気の発明と化粧術など、興味深い話が満載です。 第5章は男性の化粧ということで、平安時代以降の日本の男性の化粧をたどります。冒頭近くの、平氏はお歯黒をし、源氏はお歯黒をしていなかったという指摘が興味深かったです。 第6章では、文化により美の基準が違うということをあらためて指摘し、いわゆる首長族、中国の纏足などをとりあげます。ここでは、ある一時代の流行で理想とされる見た目を追うあまりに、思い悩んだりする必要はない、という趣旨の主張、そして同時に広い意味での化粧の重要性を説く部分が重要だと思われました。 ざっとしたメモになりましたが、興味深い1冊です。(2023.07.29読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2023.12.23
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オールコット(松本恵子訳)『若草物語』~新潮文庫、1986年~(Louisa May Alcott, Little Women, 1868) ルイザ・メイ・オールコット(1832-1888)は、貧しい家庭に四人姉妹の次女として生まれながらも、哲学者の父、優しい母、そして姉妹仲も良く、恵まれて成人されたそうです。本書はオールコットが35歳のときに出版された少女向けの家庭小説で、大成功をおさめ、これにより裕福になり、父の負債を返済するなど、家庭も経済的に安定していったようです。 本書は、オールコットの家庭をモデルにした物語です。 舞台となるマーチ家は、もともと裕福な家庭でしたが、父が不運な友人を助けようとしたことで、財産を失い、貧しい生活を送ることになりました。 長女のメグ(マガレット)は美しく優しく、それでいて裕福な生活が忘れられず、ぜいたくを希望しながらも、家庭教師としてつとめていました。 次女のジョー(ジョセフィン)は、元気いっぱいで気性が荒く、気難しいマーチおばの世話という仕事をする仲でケンカもしつつ、大好きな本を読んだり物語を書いたりしていました。 三女のベス(エリザベス)は、はにかみ屋で学校には行かず、家で勉強をしながら、家事をしていました。のちに、隣人のローレンス家のおじいさんに気に入られ、ローレンス家で素敵なピアノを弾けるようになります。 四女のエミイは、学校に通っていますが、のちにあるトラブルで、ベスといっしょに勉強するようになります。彼女は虚栄心が強いですが、絵画の才能がありました。 …と、こんな四姉妹の父は、南北戦争に参加し不在。母は優しく、4人を導きます。 隣人のローレンス老人は気難しくも、四姉妹を気に入ります。その孫のローリイは、引っ込み思案でありながら、ときどき四姉妹と次第に仲良くなっていきます。 もめたり悩んだり笑ったり…。素敵な四姉妹の日常が描かれます。中でもジョーの元気さで、物語は明るく(ときに辛い状況も訪れますが)、なんとか彼女たちは乗り切っていきます。 印象的なシーンはたくさんあり、ジョーとエミイの大喧嘩、様々な場面で母親が四姉妹に教訓を与えるところ、父親や姉妹の一人の病などなど、日常を描きながらも大きなイベントがあって、楽しく、ときにつらくもなりながら、読み進めました。 松本恵子さんによる訳も素敵です。 あまりに有名な作品でありながら、読むのは今回が初でしたが、良い読書体験でした。(2023.07.25読了)・海外の作家一覧へ
2023.12.16
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シュテフェン・パツォルト(甚野尚志訳)『封建制の多面鏡―「封」と「家臣制」の結合―』~刀水書房、2023年~(Steffen Patzold, Das Lehnswesen. München, 2012) 著者のパツォルトはドイツのチュービンゲン大学中世史教授で、原著は学生向けに書かれた概説書です(訳者あとがき、156頁から)。 訳者の甚野先生は早稲田大学文学学術院教授。本ブログでは次の編著を紹介したことがあります。・甚野尚志・堀越宏一編『中世ヨーロッパを生きる』東京大学出版会、2004年 本書は、封建制の研究史をたどった後、邦語タイトルにうかがえるように、様々な地域性、時代に着目して種々の史料を援用しながら、その多様性を浮き彫りにします。 本書の構成は次のとおりです。―――第1章 封建制の研究史第2章 8、9世紀のフランク王国第3章 10~12世紀の「封」と「家臣制」第4章 13~16世紀のドイツにおける「封」と「家臣制」第5章 結び―ヨーロッパでの多様な封建制の出現訳者あとがき注索引――― 各章の紹介については、訳者あとがきに明解にまとめられているので、本ブログでは割愛して、簡単にメモしておきます。 本書の要点は、古典的学説にあるような、8~9世紀に封建制が誕生したという見方を退け、11世紀末に誕生したという立場をとります。議論の過程で、古典的学説に痛烈な批判を加えたスーザン・レナルズの見解もしばしば紹介しつつ、一方でレナルズの見方にも批判を加えています。(レナルズの学説については、森本芳樹『比較史の道―ヨーロッパ中世から広い世界へ―』創文社、2004年、第10章で分かりやすく紹介されています。) 第1章で研究史がコンパクトにまとめられているのも嬉しいですが、本書の中で最も重要と思われたのは第3章です。ここでは、各地域(レナルズが国家ごとに論じたために見落としていたフランドルの重要性にも着目)の封建制のありようを丹念に分析したうえで、先述の結論を導き出しており、分量的にも本書の主要部分を占めています。 また、原著には一切注はついていないそうですが、本書には詳細な訳者注が付されています。文献情報に限らず、本文中に引用される史料については、その校訂版の該当ページだけでなく、ラテン語原文とその邦訳が示されていて、大変勉強になります。丁寧で分かりやすいつくりの1冊だと感じました。 法制史、制度史関係の文献はあまり読まずにきてしまっていますが、本書はコンパクトでありながら分かりやすくまとめられていて、封建制についての入門書としても格好の1冊と思われます。今後も適宜参照したい1冊です。(2023.11.20読了)・西洋史関連(邦訳書)一覧へ
2023.12.10
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浜本隆志『「笛吹き男」の正体―東方植民のデモーニッシュな系譜―』~筑摩選書、2022年~ 浜本先生は関西大学名誉教授で、ドイツ文化論・ヨーロッパ文化論を専攻されています。 このブログでも、次の著作・編著を紹介したことがあります。・浜本隆志『紋章が語るヨーロッパ史』白水uブックス、2003年・浜本隆志『指輪の文化史』白水uブックス、2004年・浜本隆志/伊藤誠宏編著『色彩の魔力-文化史・美学・心理学的アプローチ』明石書店、2005年 阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男』ちくま文庫、1988年では、伝説の真相の解明は行っていないのに対して、本書では、真相の解明を試みるとともに、ナチスにまで通じる「デモーニッシュな系譜」を描くことを目的としています。 本書の構成は次のとおりです。―――はじめに序 章 「笛吹き男」ミステリーの変貌第1章 「笛吹き男」伝説の虚像と実像第2章 事件に関する諸説第3章 ハーメルンで起きた事件の検証第4章 ロカトールの正体と東方植民者の日常第5章 ドイツ東方植民の系譜第6章 ドイツ帝国(1871-1918)の植民地政策第7章 ナチスと東方植民運動第8章 「笛吹き男」とヒトラーあとがき主要参考文献――― 本書のポイントは次のとおりです。(詳細はぜひ本書をお読みください)・1284年6月26日(ヨハネとパウロの日。殉教者を追悼する日)に事件が起こったという定説を退け、グリムも言及している6月22日(どんちゃん騒ぎの日)に事件が起こったとします。・同日、東方植民のロカトール(植民請負人)が東方植民へのリクルートを実施。祭の喧騒もあり、子供たちもついて行ってしまった。 以上の点を、史料やハーメルンの立地、地図などをふんだんに駆使し、説得的に論じています。 そして、東方植民を担ったドイツ騎士修道会の活動や「北の十字軍」に関する議論ののち、論述は19世紀以降のドイツ帝国やナチスの東方植民に移ります。ヒトラーが〚わが闘争」の中で、ドイツ騎士修道会に言及しているという指摘は興味深かったです。 本書は、『史学雑誌』133-5(2023年5月)の「回顧と展望」で知りました。本書を取り上げた三浦麻美先生は、事件が起こった日付に関する「史料の改竄」説を「緻密な仮説」と評する一方、「歴史学としての論証は難しい」ともしており、この主題が現在も続く課題であるとしています。 本書は、ナチスにまで及ぶ「系譜」を描き、前半の史料に基づく緻密な仮説から、やや概説的な議論にシフトしてしまっている印象で、もちろんそれはそれで興味深く読みましたが、今後、本書を契機として、「ハーメルンの笛吹き男」についてのさらなる研究を引き起こしうる成果と感じました。(2023.10.25読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2023.12.09
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Claude Bremond, Jacques Le Goff et Jean-Claude Schmitt, L'«exemplum» 2e éd., Turnhout, Brepols, 1996, 180p.クロード・ブレモン、ジャック・ル・ゴフ、ジャン=クロード・シュミット『例話』(西欧中世史料類型第40分冊)第2版(初版1982年)A-VI,C.9A.文献資料VI. 宗教・道徳生活の史料C.道徳的史料9.例話* * * レオポール・ジェニコが創刊した叢書『西欧中世史料類型』からの紹介です。今回紹介する第40分冊は、「例話」(教訓逸話とも訳されます)を扱います。 本書の構成は次のとおりです。(拙訳)―――緒言(ジェニコ)前書き第1部 中世の「例話」(ル・ゴフ) 参考文献 第1章 定義と諸問題 第2章 「例話」の諸類型 第3章 発展 第1節 「例話」の諸段階(ル・ゴフ) 第2節 「例話」の集成(シュミット) 第4章 批判の規則 第5章 校訂版と目録 第6章 歴史的関心 第7章 「例話」と民俗(シュミット)第2部 ジャック・ド・ヴィトリによる「例話」の構造(ブレモン) 第1章 統辞的構成―「例話」の諸部分 第2章 範列的調査目録第3部 説教のなかの「例話」(シュミット) 第1章 語られた説教と書かれた説教 第2章 「身分別」説教と「例話」 第3章 説教のレトリックにおける「例話」参考文献補足(1982年~1995年)(ジャック・ベルリオーズ)――― 中世の「例話」については、邦語では以前紹介したアローン・Ya・グレーヴィチ(中沢敦夫訳)『同時代人の見た中世ヨーロッパ―13世紀の例話―』平凡社、1995年が基本文献ですが、そこでも引用される、最も基本的な文献が本書です。 第1部は、この叢書の通常の構成に沿った内容となっています。 その第1章でのジャック・ル・ゴフによる、「救済をもたらす教訓によって聴衆を説得するために、語り(通常は説教)のなかにはさまれる、真実味ある短い物語」(pp.37-38.この訳は大黒俊二『嘘と貪欲―西欧中世の商業・商人観―』名古屋大学出版会、2006年、126頁から引用) という例話の定義は、大黒先生も前掲書同頁で「的確な定義であり、つけ加えることはない」としているように、現在も基本的には受け入れられています(というのも、グレーヴィチ前掲書30頁は、その不完全性を指摘しています)。 第2章は、ルコワ・ド・ラ・マルシュ(Albert Lecoy de la Marche, La chaire française au Moyen Âge. Spécialment au XIIIe siècle d’après les manuscrits contemporains, Genève, 1974 (1886))などの先行研究での例話分類を概観したのち、本書としての基準を提示しますが、その基準はやや複雑で、先に引用した定義と比べると、あまり他の研究で言及されていないように思われます(再びグレーヴィチ前掲書30頁は、むしろ1886年のルコワ・ド・ラ・マルシュの分類を採用しています)。 第3章は、まず第1節で、第1章で定義される例話の前史として、古代、初期キリスト教の時代から例話をたどり、13-14世紀の説教に挿入される例話、そして中世以後の例話の流れを概観します。またその第2節では、説教に挿入された例話を抽出し、例話だけをまとめた「例話集」に着目し、アルファベット順や関連する例話への参照など、例話の探しやすさの洗練などの特徴を見ていきます。 第4~5章は省略し、第6章は、例話に描かれる「現実性」やレトリックなどの、例話への研究者の問題関心を提示します。興味深いのはシュミットによる第7章で、ここでは例話と民俗の関係に着目し、口頭伝承の影響、民間信仰、ことわざなどに関する議論が展開されます。 第2部は、このブログでもたびたび言及しているジャック・ド・ヴィトリという聖職者・説教師による例話を主要史料とした、その構造面に着目した議論となっています。私にはやや抽象的な議論もありますが、特に面白いのは、例話の情報源に関する分析です。少なくともジャックの例話には、先の定義にもあったように真実味をもたせるため、「私は次のような話を聞いた」とか、「次のような話を読んだ」といった、情報源に関する言及をもつ事例がほとんどで、ブレモンはその使用数を分析し整理してくれています。 第3部は、これも先の定義にあったように、主に説教に挿入されるという中世例話の特徴から、説教と例話の関係に着目した議論です。特に、説教の聴衆の様々な身分・境遇に応じた「身分別説教集」と例話の関係を分析する第2章では、身分ごとの説教に挿入された例話の数を整理することで、俗人身分への説教に、より多くの例話が含まれていることを説得的に明らかにしています。 本書初版は1982年に刊行されていますが、今回紹介したのは1996年刊行の第2版です。第2版では、巻末に、12頁にわたって、本書初版刊行以後に刊行された例話関係の史料校訂版・史料現代訳版、例話に関する研究が紹介されていて、こちらも有用です。 個人的な思い出ですが、本書初版は卒業論文執筆時にかなり読んで勉強した思い入れの深い研究書です。このたび、第2版を購入し、久々に通読してみましたが、あらためて勉強になりました。(2023.07.24読了)・西洋史関連(洋書)一覧へ
2023.12.02
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