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ニライカナイとは、琉球列島各地に伝わる「理想郷(琉球人の心の拠り所)」とされています。本土の常世国信仰や極楽浄土にあたります。海外の信仰には、シャンバルと呼ばれる信仰の対象ともされていますね。ニライカナイは、遥か遠い東の海の彼方にあり神が住むとされています。経緯としては、周囲を海で囲まれた沖縄には、古来より海から様々な恩恵を授かってきた。浜には、数々の美しい貝や魚たち、時には木の実、異国の生活道具なども打ち寄せられる。それら海からの授かりものは異郷からくる「寄りもの」と考え、沖縄の人々は海のかなたに神々の住む島があると考えました。子はニライカナイから来て、死者はニライカナイへ帰るとされています。 豊穣や生命の根源があるとされ、年初にニライカナイから神がやってきて豊穣をもたらし、年末にまた帰るとされる。 また、必ずしもただの理想郷という考えがなされているわけではない。ニライカナイからは、穀物を襲う虫など疫虫もやってくることから、必ずしも楽土ではない事も一考している地域もあります。現在、「ニライカナイ」という言い方が広く知られていますが、これは「ニライ」の文学的表現で、「ニライ」のほかにも地域によって「ニレー」「ニリヤ」「ニーラ」「ニッジャ」などと呼ばれています。呼び海の底深くにある異郷だと考えるところもあります。現在でも夏、旧暦六月に入ると沖縄の村々では、ニライカナイより神を招き寄せる祭りが数多く行われています。
2006年11月24日
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「西武門(ニシンジョウ)節」 元歌/ヨーテー節1、いちゃんどうや かなし まちみそうりさとめ にしんじょうぬいえだや うとぅむさびら (囃し)ヨーテ 〔行くよ、愛し(愛しい人)、待ってください、里前(さとめ)西武門までの間は、お供しましょう〕2、かたすでぃやくんじ かたすでぃやあさじよ いちがむるすみぬ くんじちゆら ヨーテ 〔片袖は紺地、片袖は浅地、いつになったら全染めの、紺地が着れるのですか〕3、うむいばぬちぎり かわりねんぐとぅによ すみてぃくいらんぞうよ くんじいろに ヨーテ 〔思い葉の契り(約束は)、変わらないよ、染めてあげるぞ無蔵(んぞう)よ、紺地色に〕4、すみゆらばさとめ くがらしぬぐとぅによ あさじどんやれば ゆるちたぼり ヨーテ 〔染めるなら里前、カラスの様な黒色のように、してください、浅地だったら、その契りは無かった事にしておくれ〕 5、きゆやすいぬぶてぃ いちやめーがさとめ うむかじとぅちりてぃ しぬでちゅさ んぞよ ヨーテ 〔今日は首里に登って、何時いらっしゃいますか、里前。面影をいだきながら、忍んでくるぞ、無蔵よ〕 6、またいめーねさとめ くるまぬてぃ いもりよ わんやにしんじょうに うまちさびら ヨーテ 〔又、いらっしゃる時には里前、車でいらっしゃい、私は西武門で、お待ちしております〕7、さびしさや ひちゅい わんねむどてぃいちゅいよ んぞや やどむどぅてぃ はなぬあしび ヨーテ 〔淋しさは一人、私は戻っていきます、無蔵は、宿に戻って(遊郭に)花の遊び〕 沖縄民謡では、「かなし=愛しい」 「無蔵=んぞ(思いをよせる女)」 「里前=さとめ(思いをよせる男)」の意味です。 染めの浅い「浅地の着物」は、「お妾さん(二号さん)」 染めの濃い「紺地の着物(カラス色)」は、「本妻さん」 の意味です。
2006年11月21日
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宮古島の民話「龍宮から来た女房」 昔々、サーニャプスという若者が、川満(かわみつ)の喜佐間按司(きさまあじ)の城に奉公していました。ある日の事、大きな津波が島を襲いました。 幸いにも、喜佐間按司の城は高台にあり、そこで奉公中の為にいた為、命は助かりました。が、両親は津波に流されて死んでしまいました。 もうサーニャプスには、帰る家もありませんでした。仕方がないので、海岸の洞窟で一人暮らをはじめました。ある日の事、東の海から美しい女が船に乗ってやってきました。 その女は、「龍宮の神から最初に会った男と結婚しなさい」とのお告げがあったそうです。最初に会ったサーニャプスと結婚することになりました。 翌日、二人揃って浜に行くと、大きな材木が流れ着いていました。その次の日、沢山の瓦が置かれていました。 二人はその材木と瓦で立派な家を建てました。そして、七人の子供をもうけました。 男子六人、女子一人ある日、サーニャプスは、妻が水を汲みに行くとき、家の火番をするように頼まれました。 妻は、「火にかけてある鍋の蓋を決して開けて見ないでください」 と、言いました。 しかし、サーニャプスは、いつもおいしい食べ物が入っている鍋なので、こっそり覗いてみました。するとその鍋には、水だけしか入っていませんでした。 帰って来た妻は、約束を破られたことを知ると大変怒りました。それまで仲良く暮らしていた二人は、別れて暮らすことになりました。 やがて、龍宮の女は、クバラパースという他の男の人と暮らすようになりました。二人の間には、女の子が一人できました。これで、女には二人目の女の子です。最初の娘、サーニャプスとの間の子供が一人前になり、父親に会うことになりました。 母親は娘にこう言いました。「何かお祝い品をくれるといったら、親牛を貰うようにしなさい」と教えました。 娘がサーニャプスと会うと大変喜んで「どれでも欲しい牛を連れて行きなさい」と言ったので、娘は母親に教えられたとおりに親牛を貰いました。 娘が親牛を引いて帰ると、サーニャプスの家の牛達は、その牛の子牛達だったので、その親牛の後をぞろぞろとついて行ってしまいました。 サーニャプスの家に居る残りの牛達は全て、この娘の牛になってしまいました。 母親は時期が来た為に、龍宮に帰らなくてはならなくなりました。その間際に、娘達に津波を防ぐ方法を教えて、龍宮に帰りました。その後も、母親は、彼女達の為に、小豆(あずき)や粟(あわ)、稗(ひえ)などの種を、波に乗せて送ってくれたということです。 宮古島は、城辺町に伝わる民話でした。
2006年11月11日
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