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八重山民謡「月(ツィクィ)ぬまぴろーま節」月の真昼間の意味です。旧暦11月8日の前後夜半、月が真上に来る時、真昼間の様に明るく、一年の内最大の引き潮「ヤンサ潮」の時期をさします。その明るい夜に「夜半参り」として、意中の人に会いに行きます。この「夜半参り」の初めの人物は、御冠船踊りのスター、美男子である『首里三平』と言う麗人を慕う一人の女性が「夜半参り」をしたのが初めとされています。通称「夜這い」は男性が専門にする側女性は待つ側ですが、この夜半参りは、女性主導の風習ともされていたようですね。女が男装をして、拝み所に参り、「思う男に会いたい」と、命がけで神に祈る事を『夜半メー』と言います。 「月(ツィクィ)ぬまぴろーま節」(二揚)1、月(ツィクィ)ぬ 真昼間(マプィロマ)や やんさ潮(スー)ぬ 真干(マフェ)り夜(ユル)ぬ 真夜中(マユナカ)や ハイへー みやらびぬ 潮時(スィトゥグィ) ハイへー 〔月が真夜中に頭上に来た時は、ヤンサ潮(最大干潮)だが、夜の真夜中は、乙女達が人目を忍んでくる、潮時である〕2、月(ツィクィ)に 願(グワン)立てぃてぃ 星(フスィ)に 夜半参り 思(ウム)いすとぅ 我(バ)んとぅ ハイへー 行逢(イカ)しゆ 給(タボ)り ハイへー 〔月の神に祈願を立てて、夜空の星に夜半参りをして、命を賭けて思っている、恋人に自分を行き逢わせて下さるように〕3、思(ウム)いすとぅ 我(バ)んとぅ 行逢(イカ)さんどぅ あらば あたら 我(バ)が命(ヌツィ) ハイへー とぅらば ちゃすが ハイへー 〔命を賭けて思っている、恋人に行逢う事ができないならば、貴いこの命を、捨てたらどうする?神仏よ〕作詞者(読み人知らず)
2006年09月24日
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「平安名(へんな)京太郎の唄」平安名(へんな)村のちょんだらーの伴奏無しの歌です。エイ。エイ。エイ。エイエイ。 エイ。エイ。エイ。エイエイ。エイ。エイ。エイ。エイエイ。「繁昌節」だんじゅ豊(トゥ)ゆーまーりるー 崎枝(サーキーイーダ)ぬ 島(シーマ)やよーウネ黄金(クガニ)森(ムーイー)くーさーてぃー スリ 田袋(タブク)前(マーイー)なーし イヤマシウヤキ 繁昌(ハンジョウ) 勝(マサ)る 繁昌(ハンジョウ) 且つ又(カツマタ)イヤマシエイ。エイ。エイ。エイエイ。 エイ。エイ。エイ。エイエイ。「わからん節」今(ナマ)ぬー浮世(ウチユ)やー全然(ムル)わからん。エイエイ。物価(ブッカ)やー上(ア)がてぃー不思議(フシ)がらん。エイエイ。風船球(フウセンダマ)ぬー上(ア)がゆんねえー。エイエイ。聖徳太子(ショウトクタイシ)やー ちゃー下(サ)がい。エイエイ。※ 今(ナマ)ぬー浮世(ウチユ)やー全然(ムル)わからん。何(ヌウ)が なとーら 全然(ムル)わからん。エイエイエイ。今(ナマ)ぬー女(イナグ)やー全然(ムル)わからん。エイエイ。雨靴(アマグツ)はちょーてぃ 傘(カサ)かんてぃ。エイエイ。ミニミニスカート・シースルー。エイエイ。尻(チビ)ん振(フ)い振(フ)い 歩(ア)っちゅんでぇ。エイエイ。※ 今(ナマ)ぬー浮世(ウチユ)やー全然(ムル)わからん。 何(ヌウ)が なとーら 全然(ムル)わからん。エイエイエイ。今(ナマ)ぬ世(ユ)ぬ中(ナカ) 全然(ムル)わからん。エイエイ。義理(ヂリ)ん人情(ニンジョウ)ん 無(ネー)やびらん。エイエイ。親子兄弟(ウヤファチョウディー)ん 別々(ナー)走(ハ)い走(ハ)い。エイエイ。後(アト)は先祖(グヮンス)ん 忘(ワシ)やびん。エイエイ。※ 今(ナマ)ぬー浮世(ウチユ)やー全然(ムル)わからん。 何(ヌウ)が なとーら 全然(ムル)わからん。エイエイエイ。「テンヨー節」テンヨー。テンヨーシトリトテン。ササ ハリガヨーーヌ ユイヤナーササ。テンヨー。テンヨーシトリトテン。ササ ハリガヨーーヌ ユイヤナーササ。エイサー小(グヮー)やー習(ナラ)てぃーぃ。ササ。何処(マー)ぬ島(シマ)にー行(イ)ちゅーがー。ササ。テンヨー。テンヨーシトリトテン。ササ ハリガヨーーヌ ユイヤナーササ。テンヨー。テンヨーシトリトテン。ササ ハリガヨーーヌ ユイヤナーササ。かりゆしーぬー遊(アーシー)び。ササ。 打(ウチ)晴(ハ)りーてぃーかーらーやー。ササ。テンヨー。テンヨーシトリトテン。ササ ハリガヨーーヌ ユイヤナーササ。テンヨー。テンヨーシトリトテン。ササ ハリガヨーーヌ ユイヤナーササ。
2006年09月16日
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沖縄民謡「島造い(スィマチュクイ)作詞 浦崎芳子作曲 普久原恒勇昔(ンカシ)我(ワ)ったー親父祖(ウヤフジ)ぬ唐(とー)ぬ御国(ウクニ)に渡(ワタ)みそーち唐布(トウヂィン)、唐豆(トウマミ)、唐福木(トウフクギ)鬱金(ウッチン)、打豆(トウマミ)、唐(トウ)カンダ持(ムッ)ち 御戻(ウムドゥ)い みそーちゃん〔昔、私達の祖先が中国の御国に御渡りなられて、唐布・そら豆・中国福木・ウコン・打豆・中国甘藷 持って御戻りなされました〕うがとー国(くに)から下(くだ)しみそーち島(スィマ)に種物(サニムン)広(フィル)みやい村(むら)に毛作(ムジュク)い 出来(ディキ)らさーい人民(じんみん)助(タシ)けてぃ あん美(チュ)らさや造(チュク)てぃ呉(クィ)たる果報(カフ)ぬ島(スィマ)〔遠くの国から送られて、島に穀類を広めになられて、村に農業が定着して、人 民を助けた功績は清らかな良き事、先人が作ってくださった幸せの島〕北風(ニシカジ)吹(ふ)きば 風除(かたかなてぃ)潮花(スーバナ)揚(あ)がてん 枯(か)りらんどぅ大風(ウフカジ)吹(ふ)ちん 動(ウジュ)かんどー大木(ウフギー)なれば家(ヤー)作(チュク)ゆん祖先(ウヤ)ぬ植(ウイ)たる唐福木(トーフクギ)〔北風が吹けば風よけになり、潮花(塩水)が揚がっても枯れないぞ。大風が吹いても動かないぞ。大木になれば家を作りましょう。先祖が植えた中国福木〕夏(ナチ)ぬ昼間(フィルマ)や けー隣(トーナ)い主達(スーター)アンマ達(ター)打(う)ち揃(スル)てぃ御茶(ウチャン)茶請(チャワキン)前(メー)なさい福木(フクギ)ぬ下(シチャ)や涼所(シダドゥクル)肝(チムン)心(ククルン)すがりゆさ〔夏の昼間はちょっと隣へと、お父さん達もお母さん達も皆揃って、お茶もお茶うけも前にして、福木の下は涼しい所。気持ちも心も風にあたって涼しいよ〕祖先(ウヤ)ぬ植(ウッ)たる福木木(フクギキ)や家(ヤー)立てぃ 村(むら)立てぃ うぬ手本(ティフン)何百年(ナンビャクニン)ぬ年月(ニンジチン)子孫(シスン)栄(さか)ゆし 村(むら)栄(さか)ゆし 我(ワ)したウルマぬ印(しるし)さみ〔祖先の植えた福木の木は、家を立て・村を建設したその基礎造り。何百年もの歳月に、子孫が栄え・村が栄える。私達の島、珊瑚礁島の基礎造り〕
2006年09月09日
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お祝い料理の一つには欠かせない汁物を紹介しますね。特にめでたい正月に、好んで食べられている具だくさんの汁です。『イナムドゥチ』〔猪もどき〕豚の三枚肉(バラ肉)カステラカマボコ(黄色いかまぼこ)こんにゃくしいたけ全て短冊切りにし、豚出汁と鰹ダシを濃く出した汁に白味噌で味をつけます。白味噌を入れても、しばらく煮込むので汁にトロリとしたノド越しと甘みが特徴の汁物です。具材のカステラカマボコは、卵を大量に使った黄色いカマボコです。また、昔は生麩を入れるのが定番でしたが、今ではコンニャクが使われている。どの食材も、猪汁を模した物でありかまぼこも猪肉の脂身。コンニャクも内臓肉(ホルモン)の代用。しいたけも皮の部分の食感を模した物。その食材の何れもイナムドゥチには欠かせないものですね。また、清汁(すまし汁)には、『シカムドゥチ』〔鹿もどき〕あったようです。内地の殿様料理には、鶴や白鳥の汁物もあったとか、、、。昔は、もどきではなく、本物の猪肉や鹿肉を使っていたようですね。本物が食卓に上らないので、もどき(ムドゥチ)が開発されたかな。こだわりですが、イナムドゥチは陶磁器の茶碗に盛るのが正式とされていました。山漁師メシと宮廷料理の境界線が影響したのかと思われます。
2006年09月02日
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