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先ほど、某所デイサービスの出演を終えて帰宅しました。「十九の春」「安里屋ゆんた」を口ずさんで頂き、手踊り・カチャーシーまでしていただきました。反応の少ない特養入所者の参加もありました。が、スタッフ曰く「足でリズムとってますよ」認知症の方は、自分達(エイサーメンバー)より、上手く歌われていました。さあ、始めましょう。ではなく、自然とアプローチ出来ればいいのにね。まだまだ課題はあります。
2006年06月24日
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今週23日(金曜日)沖縄県内限定の休日があります。慰霊の日沖縄全戦没者追悼式八重山戦争マラリア犠牲者追悼式(石垣市、竹富町)世界平和の鐘鐘打式(石垣市)
2006年06月19日
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梅雨時のこの時期、田植えに忙しくしている時期ですよね。でも沖縄の特に石垣島では、6月といえば新米の季節です。石垣市川平などでは、明日19日に、最後まで稲刈りができますようにと「すくま願い」をいう儀式もあります。神前に、稲穂や芋・果物などをお供えします。昔は、新米の出回る時期には、「米みそ」を造ります。蒸し炊きした新米に、麹をたてます。その米麹を大まかに潰し、蒸し上げた大豆とマース(塩)に混ぜ上げます。味噌甕を泡盛で消毒し、その中に空気が入らない様に押し付けるように詰め込み、密閉します。通常、この時期は、ハーリーも終わり、梅雨が明けて、晴天真夏のはずですが、、、おかしな気候です。味噌も腐れてしまうかもしれないですね。
2006年06月18日
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エイサーに使われる民謡「久高万寿主」(本調子)この曲も「仲順流り」同様、エイサー専用曲ですね。この曲のみの民謡として聴く事はほとんどありませんね。歌詞の脚色とでも言える様なバリエーションも様々です。1番、カネは唸るほどある久高の万寿主は、妾探しをします。それを見てる周りの人々の万寿主を冷やかしが聞こえてきます。それにあわせて、囃し言葉の「今宵の話は面白い」と事さらにツッコミが入ります。「ヨー玉黄金」とは、軽く呼びかける感覚ですから、「ねー、ねー、そこの玉黄金さん」の調子ですね。二番以下は、エイサーを始めて広まりだした頃からの風習として、家々を廻りながら、「花代・祝儀」の酒施しを集めた事に由来します。この集めた酒で、エイサー臣下は「打ち上げ」宴会をしました。現在では、現金が普及し、この様な布施は無くなりましたが、一部、「とりあえず、酒一升かビール1ケース」などとなりますね。勝連青年会には、今でもエイサー隊の中の京太郎(ちょんだらー)の役割の中に、サキカタミヤー(酒担人)がいますね。家々で貰う酒を入れる甕小(カーミグヮ)を担ぐ二人組がカメを振りながら行進します。エイサー曲「久高万寿主(クダカマンジュシュ)久高万寿主(クダカマンジュシュ)や美(チュ)ら妾(ユーベー)とぅめーてぃ てぃんどー「ヨー玉黄金(タマクガニ)」〔久高に住んでる万寿主は、美しい妾をさがしているぞ〕〔「ねー、そこの玉黄金さん」〕今宵(クユイ)ぬ話ぬ 面白(うーむっさ)スリ サーサーサー ウリヘイスリ サーサー〔今宵の話は面白い〕くぬ殿内(ドゥンチ)ぬ南蛮瓶(ナンバンガーミ)や酒(サキ)てぃらむんゆったいくわったい 「ヨー玉黄金」〔この屋敷の南蛮瓶は 酒というモノが(たっぷんたっぷん)入ってるよ〕今宵(クユイ)ぬ話ぬ 面白(うーむっさ)スリ サーサーサー ウリヘイスリ サーサー〔今宵の話は面白い〕首里(シュイ)ぬ行き戻り(イチムドゥイ)那覇(ナファ)ぬ七戻り(ナナムドゥイ) 〔首里の往復や、那覇の七回(多数何回も)戻り〕今宵(クユイ)ぬ話ぬ 面白(うーむっさ)スリ サーサーサー ウリヘイスリ サーサー〔今宵の話は面白い〕一合(イチグー)がうたびみせーら二合(ニングー)がうたびみせーら〔一合のお酒を頂きましょう。二合のお酒を頂きましょう〕今宵(クユイ)ぬ話ぬ 面白(うーむっさ)スリ サーサーサー ウリヘイスリ サーサー〔今宵の話は面白い〕
2006年06月17日
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沖縄民謡「道具ぬ美(ちゅ)らさ」作詞作曲 照屋林助 チントンテントン テントルルンチントンテントン テントルルン昨夜(ユウビ)ぬ 御客(ウチャク)や 島尻人(シマジリンチュ)やたしがあぬ御客(ウチャク)ぬ 道具ぬ美(チュ)らさや〔夕べのお客は島尻の人だったが、あのお客の道具の美しいこと〕ちゃーし美(チュ)らさや〔どうして美しいのか〕一本松(ティーチャーマーチ)ぬ緑(ミドゥリ)ぬ芯(しん)ぬちんたまたんねーくぬたまいやのーいがさびーら(のーらんしがまし)〔一本松の新芽の芯の強く曲がったみたいに この曲がりは治るのでしょうか?(治らないほうがまし)〕チントンテントン テントルルンチントンテントン テントルルン昨夜(ユウビ)ぬ 御客(ウチャク)や中頭人(ナクガミンチュ)やたしがあぬ御客(ウチャク)ぬ 道具ぬ美(チュ)らさや〔夕べのお客は中頭の人だったが、あのお客の道具は美しいこと〕ちゃーし美(チュ)らさや〔どうして美しいのか〕美里前(ンザトゥメー)ぬ毛(モー)ぬちんぬくなーばぬさちちりたんねーあぬかぶとぅやのーいがさびーら(のーらんしがまし)〔美里前の草原の里芋キノコの開ききったみたいに、あのカブトは治るのでしょうか?(治らないほうがまし)〕チントンテントン テントルルンチントンテントン テントルルン昨夜(ユウビ)ぬ 御客(ウチャク)や山原人(ヤンバルンチュ)やたしがあぬ御客(ウチャク)ぬ 道具ぬ美(チュ)らさや〔夕べのお客は山原の人だったが、あのお客の道具の美しいこと〕ちゃーし美(チュ)らさや〔どうして美しいのか〕山原山(ヤンバルヤマ)ぬ竹ノ子(ダチヌック)ぬちっとぅがたんねーあぬ尖(トゥ)いやのーいがさーびら(のーらんしがまし)〔ヤンバルの山の竹ノ子が強くとがったみたいに、あのとがりは治るのでしょうか?(治らないほうがまし)〕チントンテントン テントルルンチントンテントン テントルルン昨夜(ユウビ)ぬ 御客(ウチャク)や宮古人(ミャークンチュ)やたしがあぬ御客ぬ 道具ぬ美(チュ)らさや〔夕べのお客は宮古島の人だったが、あのお客の道具の美しいこと〕ちゃーし美(チュ)らさや〔どうして美しいのか〕畑(ハル)ぬ大茎種(ダイケーシュ)ぬ大風(ウフカジ)吹(フ)ちにやまちりたんねーあぬむでぃくいのーいがさーびら(のーらんしがまし)〔畑の大茎種(さとうきび)の台風が吹いてむちゃくちゃにしたように、あのねじれは治るのでしょうか?(治らないほうがまし)〕チントンテントン テントルルンチントンテントン テントルルン昨夜(ユウビ)ぬ 御客(ウチャク)や八重山人(エーマンチュ)やたしがあぬ御客ぬ 道具ぬ美(チュ)らさや〔夕べのお客は八重山の人だったが、あのお客の道具の美しいこと〕ちゃーし美(チュ)らさや〔どうして美しいのか〕名蔵(なぐら)ぬ山(やま)ぬ赤山芋(アカヤマ ンム)ぬはっちりたんねーあぬふぃばりやのーいがさーびら(のーらんしがまし)〔名蔵山の赤山芋がはちきれたみたいに、あのひび割れは治るでしょうか(治らないほうがまし)〕チントンテントン テントルルンチントンテントン テントルルン昨夜(ユウビ)ぬ 御客(ウチャク)や首里人(シュインチュ)やたしがあぬ御客ぬ 道具ぬ美(チュ)らさや〔夕べのお客は首里の人だったが、あのお客の道具の美しいこと〕ちゃーし美(チュ)らさや〔どうして美しいのか〕実(な)りよー実(な)りーなすびぬすーらぶっとーないさがたんねーあぬぶっとーのーいがさーびら(のーらんしがまし)〔実れよ実れ、ナスビの梢コブ。実り下がったようなあのコブは治るでしょうか(治らないのがまし)〕チントンテントン テントルルンチントンテントン テントルルン昨夜(ユウビ)ぬ 御客(ウチャク)や那覇人(ナーファンチュ)やたしがあぬ御客(ウチャク)ぬ 道具ぬ美(チュ)らさや〔夕べのお客は那覇の人だったが、あのお客の道具の美しいこと〕ちゃーし美(チュ)らさや〔どうして美しいのか〕庭に実(ナ)らちぇる霜実(シムナ)いゴーヤーぬぶってーふぃってーあぬくちゅびやのーいがさびいら(のーらんしがまし)〔庭に実っている霜実り(季節はずれの)ゴーヤーがいぼいぼだらけ、あのイボは治るでしょうか(治らないのがまし)〕チントンテントン テントルルンチントンテントン テントルルン昨夜(ユウビ)ぬ 御客(ウチャク)や大和人(ヤマトゥンチュ)やたしがあぬ御客(ウチャク)ぬ 道具ぬ美(チュ)らさや〔夕べのお客は本土の人だったが、あのお客の道具の美しいこと〕ちゃーし美(チュ)らさや〔どうして美しいのか〕寺(ティラ)ぬ御門(ウジョー)ぬ仁王仏(ニオーブトゥキ)ぬくんぱたんねーあぬむるしやのーいがさーびら(のーらんしがまし)〔寺の御門の仁王仏が踏ん張ったみたいに、あのちからコブは治るでしょうか(治らないほうがまし)〕チントンテントン テントルルンチントンテントン テントルルン昨夜(ユウビ)ぬ 御客(ウチャク)や海軍あがりの勇士やたしがあぬ御客(ウチャク)ぬ 道具ぬ美らさや〔夕べのお客は海軍あがりの勇士だったが、あのお客の道具の美しいこと〕ちゃーし美(チュ)らさや〔どうして美しいのか〕戦艦大和ぬ艦砲射撃ぬはじまたんねーあぬやなぐしのーいがさーびら(絶対治らん)〔戦艦大和の艦砲射撃がはじまったみたいに、あの嫌な癖は治るでしょうか (絶対治らない)〕
2006年06月11日
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「蝶」は、繭・サナギから再生する生き物であり、あの世とこの世を行きかう生き物とも考えられていました。また、親しかった人物の生まれ変わりが、訪ねて来るとも解釈されていたそうです。東は、太陽が上るので「あがる・あがり」西は、太陽が沈む、入るので「いる・いり」沖縄民謡「スーリ東(アガリ)節」(本調子)スーリ東(アガリ)うちんかてぃ飛(トゥ)ぶる 飛(トゥ)ぶる綾(アヤ)羽(ハ)びる(スーリサーサー スラッサー ハイヤ)〔さあ、東に(太陽の昇る方向に)向かって飛んでいる美しい蝶よ〕 スーリ待(マ)じゆ 待(マ)てぃ羽(ハ)べる いやい我(ワン)ね 頼(タヌ)ま(スーリサーサー スラッサー ハイヤ)〔さあ、ちょと待ちなさい、美しい蝶よ。私の伝言を頼もう〕スーリ東(アガリ)あかがりば知(シ)み習(ナ)れが 知(シ)み習(ナ)れがいちゅん(スーリサーサー スラッサー ハイヤ)〔さあ、東が明るくなれば(日が上れば)学問を習いに行こう〕※ここでの学問は、お経などの教えを習う事や宮中の作法などを指すようですね。 名匠、“呉籐友乗”の繊細優美な作品『小吸物椀 波に蝶鳥蒔絵』【送料無料】 卯の花染め訪問着 有田焼 染錦蝶花文大鉢 藤井勝雲 マイセン Meissen蝶と花金緑 コーヒーカップ&ソーサー 2カラーダイヤ蝶々リング 特選 松井青々作本染振袖【蝶に金彩散らし】 LEADER LINE amina ローズクォーツリング 部族系ペルシャ絨毯大サイズヤラメ産196×293センチ↑画像をクリックすると拡大します
2006年06月10日
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「やいびーん」は、沖縄方言の中で丁寧な言葉です。目上の方に対して使い、親密でない同輩にも使われます。意味としては、「~です。」にあたります。「我(ワン)やいびーん」は、〔私です〕「童(わらばー)やいびーん」は、〔子供です〕年上の方に対しては、特に「やいびーん」を使う事に気を使うほうが良いですね。逆に、目下の人物や親しい同輩(親友等)には、「~やん」「~やさ」を使います。意味は、〔~である〕や〔~だ〕に意味します。「我(ワン)やさ」は、〔私だよ〕「童(わらばー)やさ」は、〔子供だよ〕ネーネーズ「テーゲー」大概小(てーげーぐゎ)やさ てーげー〔程々だよ 程々〕唄に「やいびーん」は、今思いつきません。
2006年06月05日
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もう一つの粟国観音の由来話観音様の御願所が老朽化の為に改修工事をした、ナカータンメー(ナカー爺さん)が村長の時代の話です。観音様の御願所奥に山内のお婆さんが大切にしている芋畑がありました。そのお婆さんが、まだ子供の頃の話です。家の手伝いで毎日、ターラ(頭に乗せて運ぶ入れ物)担ぎ、芋を収穫しては生活していました。いつもの様に、畑に芋を掘りに行こうと御願所を通り過ぎようとしていると、改築工事の人夫達が声をかけてきました。「十時のおやつを出してくれないか」こう答えました。「あんたらは、自分たちで仕事しなさるのに、あんたらで食べなさいよ〔そんな事、自分達で見繕っていなさい〕」と、口返し〔口答え〕して畑に行きました。するとどういう事でしょう。畑に着いてすぐに、お腹が痛くなり、仕事になりませんでした。仕方が無いので、畑裏に居る新里ウフンマーと言う、山内家一門から嫁いでいった新里伯母さんに助けを請いました。「私は、観音御願所の人夫にこんなこと言ったら、もうお腹が痛くなって、仕事が出来なくて帰って来ましたよ」と、お腹が痛くなるまでの経緯をはなしました。この事を聞いた新里伯母さんは、「お前は、変な事を言ってしまってるさあ」と言いながら、近くの拝み屋のウシャーというお婆の元へ急いで連れて行きました。新里伯母さんは、山内の名前を名乗り、その経緯を話しました。すると、拝み屋ウシャーは、「もう、この童(わらばー)、観音様の前で口返しして来ておるさ。そんなら私が今言いわけして来るさ。さあそんならあんたは家に帰りなさい。家に戻るまでには治るさあ」〔この子は、観音様の前で口答えをした。これを諭そうと罰を与えている。私が行って観音様に説明してくるから、戻る頃には治っているはずよ〕と言いながら、拝み屋ウシャーと新里伯母さんは、一緒に観音様に行きました。「こんなして言ったのは悪うごさいました。」と、拝みました。すると、ピタリとお腹が痛かったのが治りました。それ以来、山内のお婆さんは、「観音様の何か仕事を頼まれた時に、口返しをしたらダメだよ」と、いつも孫達に言い聞かしていました。今では、村中で拝んでいます。戦前までは、簡素な拝所でしたが、終戦後、安里盛松・屋号トゥマンヤーという人が区長時代に、コンクリートで造り直しています。このお婆さんが、「こういういわれがあるから山内の家としては、一日、十五日の観音の拝みは遅れてはいけないよ」と、言い伝わっているようです。お婆さんが、「私もいつまでも若くはないから早く自分で拝みなさい」と言われ、お婆さんから習いながら、子や孫のために拝む家族の健康祈願の方法です。戦争前の祈願では、お供え物はお盆に米・線香・酒・タンナークルーというお菓子を供えます。祈願言葉『 辰年(たてぃどぅし)ぬ 新年(にんとぅし)ぬ正月一日(そーぐわちちいたちが)加那志(が な しー)でーびる。十二本(じゅうにふん)ぬ 線香(せんこう)うさぎてぃ、御願(うに)げーすしぇー浜(はま)、山内大屋(やもーちうふやー)百四十五番地ぬ山内大屋。御観音(うんかんぬん)ぬ 御元祖(うがんそー)御仕立(うした)てぃそーみしぇーくとぅ、御仕立(うしたた)てぃくぃみそーちゃる子孫(くわっんまが)。卯(うー)ぬそーぬ、結(むす)び午(うま)ぬ 成仕立(なした)てぃぬ長男午(ちょうなんうま)でぃーでぇびる。結(むす)び辰(たち)でぃでーびる 産(な)しりぎんそーちゃる戌(いん)ぬ女(ひなぐ)グヮー、長男(ちょうなん)子(にー)でぃ、次女(じじょ)卯(うー)、次男(じなん)巳(みー)ぬ 身体(からだ)御願(うに)げーでぇびる。健康(けんこう)にしみらちうたびみそーち、学校(がっこう)ぬ 行(い)ち戻(むど)いぬ交通(こうつう)、車(くるま)ぬ 交通(こうつう)安全(あんぜん)、商売繁盛(しょうばいはんじょう)しみらちうたびみそーり。商売繁盛(しょうばいはんじょう)しみらちうたびみそーり。』〔共通語訳〕〔辰年の新年の正月の一日加那志でございます。十二本の線香を供えて、お願い致しますのは浜、山内大屋百四五番地の山内大屋。観音の元祖を御仕立てくださり、御仕立てになられた子孫です。その相の結び午(うま)の成し立てた家の長男午(うま)でございます。その長男の妻の辰(たつ)でございます。その二人から産まれました戌(いぬ)の女、長男は子(ね)で、次女は卯(う)、次男は巳(み)の健康のお願いでございます。健康にさせていただきまして、学校の行き帰りの交通、車の交通安全、商売繁盛させてくださいますように〕と言って拝みます。また次男、三男は、那覇にいますから、住所と番地職業とを言って、「どこどこにいますから、交通安全さして願っていることも叶わせてください。思っているだけは叶わせてください」と拝みます。御願する山内家のお婆さんは「私は素人ですからね、自分の信じていることだけをお願いしているんです」と言います。山内家一門には、こういう観音由来が伝わっています。ある時、観音様の置いてある台は大理石にしたらどうか、と言う人もあった。その人が家の長男に、「あんたが、大理石を奉納しなさい」と言われたものだから、長男もまたお婆さんから昔の話は聞いていて育ったので、口返しできません。「はい、やりましょう。」と受けたらしいですよ。それから、また二、三日後にあの観音様に飾ってある御香炉の話になりました。これは昔から御先祖様の御香炉と同じ物を使っていました。それをいろんな人から、「この際、観音拝所も直すのに、御香炉も換えないのか。あっちは神様なのにどうして御先祖様と一緒の御香炉なのか」と言われました。それで、御香炉と台の大理石は山内家が奉納する事に。 机上(木上)香炉 国光色 8寸 御線香を寝かせて焚く事ができます!板角香炉6寸磨仕上 寝かせて使えるお線香皿石目調 香炉皿
2006年06月04日
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沖縄の民話「亀の恩返し」昔々、大型帆船でありながらも、大陸(唐)へ旅立つのは死をも覚悟でした。その唐国渡海の命令を受けた役人が、所要の為糸満に行きました。すると、村人から旅人までたくさんの人だかりが出来ています。「何事か?」と、役人は覗いて見ました。輪のように集まった人垣の中心に、これまで見た事もない大きな亀がいました。海人(漁師)が、その大亀を捌こうとしています。役人は、この亀が可愛そうでなりませんでした。「海亀は龍宮の使い」という言葉を思い出していると、その大亀は、この役人に助けを求めるように、役人の方を見つめて涙を流しました。役人は、居ても立っても居られなくなりました。思わず海人に声をかけました。「ちょ ちょっと待ってくれないか」「はい、何か?」と海人は答えます。役人は、「その亀を譲ってはくれないか」と、たくさんのお金を海人に払い、海亀を海の傍らまで運ばせました。役人は海亀を海に放す際、甲羅の間に自分の簪(かんざし)を刺してやり、「私は、これから唐国に旅立ちます。お前を助けるから、どうか無事に唐旅をさせておくれ」と言って、海に放してやりました。数日後、出航です。順風満帆快調に唐国に向かっていました。ところが、突然、大嵐は発生。大波にもまれ、大波をかぶり、波に乗り上げると同時に叩きつけられ、船はまっ二つに割れてしまいました。船員も乗客も皆、嵐の海に投げ出されてしまいました。役人ももう覚悟を決めるしかありません。大波が押し寄せるに任せるしか術はありません。おぼれる者。船の破片にやられる者。海中から上がってこない者。大波の上に乗り上げ、海面に叩きつけられる者。この役人も、幾度かの大波に呑まれ沈みましたが、浅瀬のように感じました。「はて?どうした事か?」なにやら足元から押し上げる気配があります。丁度役人の足元に岩があるようです。それにしがみ付き、岩は海面まで上がっていきました。そうです。それは亀の甲羅でした。亀は、大波に上手く乗り、役人を乗せたまま、大波の呑まれない様に泳いでいます。次第に嵐も収まり、波も静かになりました。亀の傍らには、その亀を援護する大鮫が並んで泳いでいました。「この亀はもしや。あの時の亀なのか?」と思い、役人が亀の甲羅を探ってみると簪(かんざし)がありました。「ああ、この亀は、、、そうか」亀は役人を乗せ、鮫と並んで泳ぎ、亀が疲れると鮫が役人を乗せて泳ぎ、役人を無事に陸地まで運んでくれました。役人は亀のお陰で生命が助かり、無事に役目を果たす事ができました。帰国すると、この一連の話〔亀の恩返し〕を親族一門に話して聞かせました。それ以来、その一門家系家訓として、海亀を食べる事はありませんでした。鶏肉と豚肉、魚肉を合わせた感触と味です。私は、好物の一つですね。無性に食べたくなります。カーミー汁がいいですね。疲れを取る山羊汁もいいですが、海の元気を分けてもらうカーミーもいいですよ。 山羊汁用肉(冷凍) マリアニ カンガルージャーキー 南信州特産”うさぎ”250g ワニ骨付リブ約2Kブロック0529祭10 オーストリッチミート(ブロック) キジ中抜き(カナダ産) ピジョーノP.A.C(フランス産) トド肉の缶詰 イルカの干物 (味醂干し 200g)
2006年06月03日
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更新できません。バタバタしてます。週末にはできるかと思いますm〇mm(_ _;)m ごめんなさい。。。
2006年06月01日
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