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元俳優のヤリチン役人がローマに行って昔の仲間と映画作りをする話。●あらすじ外交官のジャック(ジョン・アンドラス)は大事な仕事を断って友人のデラニーの依頼を引き受けるためにローマに行くことにして見送りにきた3番目の妻のエレーヌに上司のモリソンの愚痴を言われつつ飛行機に乗り、機内で最初の妻の手紙を読むと息子のスティーブが過激派インテリ左翼と付き合って困るという愚痴だった。飛行機に同乗したミセズ・ウイロビーはジャックに見覚えがある。ジャックはローマで飛行機を降りて映画監督のデラニーと会って、ジャック以前はアメリカ人っぽいジェイムズ・ロイヤルという名前を使って俳優をしていた仲だったので映画に吹き替えをすることになり、ホテルで酔っ払いのサンフォードに殴られて鼻血を出して、批評家のジャン・バプティスト・デスピエールに酷評させないために一緒に食事に行って昔はデラニーはすごかったという話をして、映画をみてファンになったヴェロニカとエッチしたら、彼氏のブレサックがナイフを持ってホテルに殺しに来るもののダンスホールに逃げる。吹き替えを始めるもののジャックは映画が気に入らなくてうまくいかず、ヴェロニカに話を聞くとブレサックは映画を勉強していて精神に問題があるアメリカ人だという。ジャックはエレーヌをカーロッタほど愛していない。ハリウッドでカーロッタと出会って第二次世界大戦に従軍して怪我をして入院している5年間にカーロッタが浮気しまくりで別れるまでの回想。息子から手紙の返事が来てジャックを非難して縁を切りたいという。ジャックはヴェロニカが失踪した原因を探しにブレサックの家を訪ねて一緒にヴェロニカを探すことにするものの連絡がつかず、ブレサックをデラニーに紹介するとブレサックがデラニーの映画をこき下ろして気に入られる。デラニーが心臓病になって入院したのでジャックがブレサックを助手にして映画を仕上げることになり、デラニー入院のニュースを聞いてカーロッタがローマにやってくる。デスピエールがアルジェリアに取材に行って死んだので、ジャックは彼から預かっていたデラニー批判の原稿を読む。ブレサックの監督振りがよかったので、ジャックはデラニーにしばらく監督を休んでブレサックに映画を撮らせるように助言する。ホテルにヴェロニカが来て、スイスの富豪のストルーカーと結婚して新婚旅行しているといい、ブレサックとストルーカーが鉢合わせしてブレサックが殴られる。デラニーと妻のクララはジャックがデラニーを干そうとしているとしていると思ってジャックに帰るように言うので、ジャックはカーロッタと会ってエッチしてから帰る。●感想ジャック視点の三人称。意図的に情報を出し渋る構成で、冒頭は誰が主人公なのかあいまいな風景描写から始まって、1章ではジャックの仕事やローマに行く理由を明らかにしないまま上司の機嫌が云々、デラニーのささやかな仕事が云々とあいまいな話を展開して、2章でジャックが元俳優で今は政府関係の仕事をしていると明らかになり、3章でようやくジャックが外交官だと明らかになり、4章でデラニー吹き替えの仕事を依頼されたと明らかになる。謎を残しておいて読者の興味を引くのもテクニックのひとつだけれど、読者が一番好奇心と集中力を持って読んでいる冒頭部分からこういうまだるっこしい展開の仕方をされるといらいらするし、長編小説でこういう語り手に何時間も付き合う気がなくなる。読者は物語でこれから何が起きるのかに興味を持つのであって、何も起きていない段階で無駄に主人公の素性を隠したところで面白さにつながらない。それに情報を意図的に隠す場合はプロットの肝になる部分に使うべきで、重要でないところでだらだら展開して情報を出し渋るのは読者に対して不親切でストレスがたまるだけである。構成としては脱線が多かったりプロットが投げっぱなしになっていたりして、ミセズ・ウイロビーがジャックに見覚えがあるというくだりは単にジャックが元俳優だとほのめかすだけのためのエピソードで削ってもいいような部分で、サンフォードに殴られて鼻血が出る部分も本筋とは関係ない脱線だし、上司のモリソンが云々とか息子のスティーブの手紙とかは映画作りの本筋とは関係ない脱線になっていて、ただでさえ登場人物が多い長編小説の冒頭部分でわざわざモブキャラの固有名詞を出して読者を混乱させるのは悪手で、物語の魅せ方が整理されていない。ジャックがデスピエールから預かったデラニー批判の原稿を公表するつもりなのか処分するつもりなのか、つまりはデラニーとの友情関係を維持するか決別するかという結論も出していないし、それを書かないのならデスピエールに関するエピソードが全部無駄になる。プロットを回収する気がないなら書かないほうがましだし、余計な部分は削ったほうが完成度は高くなるだろうに、作者がちゃんと推敲してないんじゃないかというくらいに話に無駄が多くて、長編小説というより無駄に長い小説になっている。さらには主人公が映画の吹き替えに乗り気なわけでもないしヴェロニカとエッチしても本気でもなくて物語を牽引するだけの動機がなく、恋愛小説なのか映画小説なのか、どういう方向に物語を進めたいのかはっきりしないので、主人公に共感できないし物語にも興味を持てない。主人公の動機のなさをごまかすためにトラブルに巻き込まれる形で物語が展開していて、サンフォードに殴られて鼻血を出したエピソードや、映画ファンのヴェロニカが言い寄ってきてブレサックに襲われるエピソードや、妻や息子から批判されるくだりはラブコメ漫画でラッキースケベがおきるようにトラブルに巻き込まれる形で主人公の努力や意思を必要とせずに第三者を使って物語を進めようとするご都合主義である。ジャックはデラニーに頼まれたからというだけで映画作りに熱意がないままローマに来て、終盤は映画作りをブロサックに任せて、デラニーに帰れと言われてうまくいきかけた映画作りを投げ出して帰っていて、やる気がないなら主人公止めろと野次を飛ばされて石を投げられて肥溜めに投げ込まれるレベルで主人公としての動機も思想も魅力もなんもない。長編小説で主人公に魅力がないのは致命的な欠陥である。女性の登場人物が何人もでてくるけれど女性同士の会話はなく、女性達がことごとく男性に文句をたれるビッチとして扱われているあたりもフェミニズム批評で突っ込まれそうな偏った女性像になっている。翻訳もおかしいところがあって、172ページの「晩飯はうどんにしたい、なんて言うのとは訳が違うぞ」というところで唐突にうどんがでてきて引っかかる。原文がどうなっているのか知らないけれど、なんでイタリアの晩飯の例で引き合いに出されるのがうどんなのか意味がわからない。プロット上で重要でない登場人物がわんさか出てくる割に主要登場人物の一覧もないので翻訳小説としても不親切。訳者の工藤政司はあとがきで「本書が出たのは一九六〇年、ショーが四十七歳のときである。年齢からいっても最も書けていた時期の作品だと言ってよいだろう。完璧といえる構成はもとより、拙訳によっても十分に汲み取れるはずの文章の張りと切れ味のよさはそれを証明するもので、発表されてから三十余年を経た今もなおいささかの古さも感じさせない。アーウィン・ショーは一九八四年五月に世を去ったが、彼の作品は永く読みつがれてゆくに違いない。」とべた褒めしている。しかし映画の人気も撮影技術も時代によって変わるのでいつの時代の物語なのかというのはこの小説ではかなり重要な要素であるにもかかわらず、どういう機材を使ってどういうセットを用意してどういう撮影手法を使ったのかという具体的な情報がなく、当時ならではの映画論や演劇論が展開されるわけでもないし、作品の舞台になっている年代やジャックの年齢を特定する情報もない。古さを感じさせないのは同時代を具体的に書いていないせいなので、それは作品のよさではなくむしろ欠点である。我慢して200ページ読んだ時点でもう続きを読む気はなくなっていて、読むのをやめたいのを我慢しながらちびちび読んで一応最後まで読んだけれど、長編小説で無駄に長いうえにつまらないというのは娯楽というより拷問である。この欠点だらけの小説を「完璧といえる構成」と褒めて傑作扱いする訳者の文学センスを疑うし、裏表紙には「傑作恋愛長編小説」と書いてあったので誇大広告の分だけ評価を減らした。★☆☆☆☆ロ-マは光のなかに / ア−ウィン・ショ−、工藤政司 / 講談社文庫【中古】afb
2017.10.30
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戦場カメラマンのロバート・キャパが第二次世界大戦の様子を書いたエッセイ。●あらすじハンガリー人のキャパは週刊誌コリアーズの特派員としてニューヨークからロンドンに行くまでの諸々の手続きをして兵士たちと交流して、米軍の軍事機密を撮ってしまって軍法会議にかけられて、ピンク髪のピンキーにワルツを習ってキスして、ロンドンからアルジェに行って北アフリカ作戦の戦場で地雷源に入ってしまって、爆撃機に乗ったらドイツ機に撃たれて、イギリスに戻ってピンキーに再会して、コリアーズを首になったので特派員の仕事をなくさないようにライフ社に連絡して、またアルジェに行って下痢している写真家の後釜になってシチリア攻略のパラシュート降下部隊のちょっとピンぼけの写真を撮って、二度目の出撃でシチリアに降下してドイツ兵が去った後のパレルモに入城してイタリア人将軍に降伏を要求する通訳をしてそのときの写真がライフ社に採用されて、アルジェに戻ってからイタリアに行ってドイツの迫撃砲を耐えながら写真を撮り、ナポリで30歳の誕生日を祝ってローマに行こうとしてあきらめてナポリに戻って砲撃を受け、アンチオ上陸作戦でドイツ軍を奇襲して、ロンドンに戻ったらピンキーが盲腸で入院していて、ヘミングウェイがロンドンに来たので一緒に酒を飲み、6月6日に攻撃部隊の先鋒と一緒にノルマンディに上陸して濡れて震える手で写真を撮って命からがら逃げて船に乗って失神して、せっかく撮った写真は助手がネガをだめにしてしまい、フランスに戻って第九歩兵師団に加わって進撃して、ヘミングウェイに呼ばれて第四歩兵部隊に加わってパリに入城してパリを解放し、トゥールーズでスペインのアルヴァレス将軍に会ってアランの谷に向かったスペイン兵士の帰還を待ち、クリス少佐とロンドンに戻ってピンキーにパリに来るように口説いてパリに戻り、ザール河岸で第八十師団に追いついて人口霧を発生させる新兵器を見て、タンクに乗ってバストーニュに進軍して、1945年の春にはパリでピンキーを待っていたもののピンキーがスパイ扱いされてパリに行けなくなったのでスキーをしてから戦線に戻ってライン河のパラシュート降下の写真を撮って、捕虜収容所の写真は一枚も撮らず、第五歩兵師団に加わって新聞記者仲間からクリス少佐がロンドンで結婚すると聞いてロンドンに戻ると、ピンキーがクリス少佐と結婚するつもりでいたので夜通しピンキーを口説いていたら翌朝の新聞にはヨーロッパ戦争終焉がニュースになっていた。●感想文春文庫の文庫版は1979年が初版だけれど、元版になったダヴィッド社の本は1956年の刊行のようで、昔の翻訳のせいか直訳気味で日本語としてこなれてないので読みにくい。元の文章でも背景情報があちこち欠けていて伝記としてはあまり役に立たないし、ウィットを重視して描写が乏しい独りよがりな文章になっていて、訳者の注釈もないので別の情報源から第二次世界大戦の状況を補わないと内容を十分に理解できない。たとえばノルマンディ上陸作戦を知らない人が読んでも、戦地を転々としていた勇敢なキャパが逃げて失神するほどの恐ろしさは伝わらないかもしれない。文章としては難があるものの、書かれている内容としては活き活きとしたキャパの様子が書かれていてよい。恋愛と戦争を絡めて話を終わらせるのもヘミングウェイとは違った形の陽気なやり方で、悲惨一辺倒の戦場報告になっていなくてユニークである。キャパが好きな人なら戦地でポーカーをやって酒を飲んでピンキーに恋して楽しく過ごしている様子が面白いかもしれないものの、キャパについて知らない人は他の客観的に書かれた伝記を先に読むほうがよいかもしれない。★★★★☆ちょっとピンぼけ (文春文庫) [ ロバート・キャパ ]
2017.10.07
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