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敬天愛人 の言葉で知られる西郷隆盛(1877-1828)の名言です。 過去の功績のご褒美として役職につけるのは、よくないことの第一である。功績のある人には俸給を与えて賞し、役職はそれにふさわしい人物にあたえよ。 もうここらでよか 命もいらぬ、名もいらぬ、官位も金もいらぬというような人物は処理に困るものである。このような手に負えない人物でなければ、困難を共にして、国家の大業を成し遂げることはできない。 しかし、このような人物は普通の人の眼では見抜くことができぬと言われるので、それでは孟子が「仁という広い家に住み、礼という正しい位置にたち、義という大道を歩む。もし、志を得て用いられたら民と共にその道を行い、志を得ないで用いられなければ、独りでその道を実践する。そういう人は、どんな富や身分もこれを汚すことはできないし、貧しく身分が低いことによって心がくじけることもない。力をもってこれを屈服させることはできない」と言っていますが、このような人物がいま仰せられたような人物でしょうかと尋ねると、その通りだ、真に道を行う人でなければ、そのような姿にはならないものだと答えられた。 策略は日常的にすることではない。はかりごとをめぐらしてやったことは、あとから見ると善くないことがはっきりしていて、必ず後悔するものである。ただ戦争において策略は必要なことであるが、日常的にはかりごとをやっていると、いざ戦ということになったときき、同じことはできないであろう。 蜀漢の丞相であった諸葛孔明は、日頃策略を用いなかったから、戦いのときに思いもよらないはかりごとを行うことができたのだ。私はかつて東京を引き揚げたとき、弟(従道)に対して、私はこれまで少しもはかりごとをやったことがないから、、跡は少しも濁ることは ないだろう。それだけはよく見ておくようにといいおいたことがある。 正しい道を踏み、国とともに倒れてもよいというほどの精神がなければ、外国との交際は成し遂げることはできない。外国の強大なことに恐れをなし縮こまり、ただ円満に事を収めることを主として、自国の真意を曲げてまで、その国の言いなりになるのなら、軽蔑や侮りを受けて、親しい交わりがかえって破れ、しまいにはその国に制圧されるに至るであろう。 過去の功績のご褒美として役職につけるのは、善くないことの第一である。功績のある人には俸給を与えて賞し、役職はそれにふさわしい人物にあたえよ。 賢人がすべての役人を統轄し、政権が一つの方針に進み、国の体制が一つにまとまらなければ、たとえ有能な人物を登用し、自由に進言できるようにしても、どれを取捨するのか一定の方針がなくては、行うことは雑でまとまりがなく、とても成功どころではない。昨日出された政府の命令が、今日には変更になるというようなことも、統轄するところがが一つでなく、政治の方針が決まっていないからである。 政治で特に大切なことは、教育文化を盛んにし、軍備を充実させ、農業を奨励するという三つである。その他のさまざまな事柄は、すべてこの三つのものを実現するための手段である。この三つのなかで、時勢によって優先順位が変わることもあろうが、この三つのものを後回しにして、それ以外のことを先にするということは、決してあってはならないことだ。 国民の上に立つ者は、いつも心を慎み、普段の行いを正しくし、驕りや贅沢を戒め、つつましくすることに努め、仕事に励んで人々の手本となり、国民がその仕事ぶりや生活を気の毒に思うくらいでなければ、政府の命令は行われにくい。しかし今、維新大業の大事なときだというのに、家を贅沢にし、衣服をきらびやかにし、美しい妾を囲い、金を蓄えることを考えるならば、維新の理想を達成することはできないであろう。今となっては、戊辰の正義の戦いも、ただ私利私欲を満たすための戦いとなり、世の人々に対し、また戦死者に対して面目ないことである。 何度も何度もつらく苦しい経験をしてこそ、人の志は初めて堅くなるのだ。真の男は玉となって砕けることを本懐とし、志を曲げて瓦となって生き長らえることを恥とせよ。我が家の遺訓。それは子孫のために良い田を買わない、すなわち財産を残さないということだ。 過ちを改めるには、自分が間違いを犯したと自覚すればよい。そのことをさっぱり思いすてて、たただちに一歩を踏み出すことが大事である。 過ちを犯したことを悔やんで、あれこれと取りつくろおうと心配するのは、たとえば茶碗を割って、そのかけらを集めて合わせてみるようなもので、何の役にも立たぬことである。 大きなことでも、小さなことでも、道理にかなった正道を踏み、真心を尽くし、決して策略を用いてはならない。 広く諸外国の制度を取り入れ、文明開化をめざして進もうと思うならば、まず我が国の本体をよくわきまえ、道徳心を高めることことに努め、そのうえで、徐々に外国の長所をとり入れるべきである。ただみだりに模倣すると、国体は衰え、徳も廃れて、救いようがなくなってしまい、結局は外国の支配をうけるようになってしまうのである。 主君への忠義と親への孝行、他人をめぐみいつくしむという徳目の実践を促すことこそ、政治の基本である。これは、未来永劫、世界のどこにおいても、不変かつ大事な道である。 人間の知恵を開発するということは、愛国の心、忠義の心を開くことなのだ。国に尽くし、家のために勤めるという道が明らかであれば、すべての事業は前進するであろう。耳で聞いたり、目で見たりする分野を開発しようとして、電信を架け鉄道を敷き、蒸気機関車を造る。こうして注目を集めても、どういうわけで電信、鉄道が必要なのかを考えもしないで、みだりに外国の盛大なことを羨む。利害得失を議論することなく、家屋の作り方からオモチャに至るまで一々外国の真似をし、贅沢の風潮を助長する。財産を浪費するならば、国力は衰え、人の心は浅はかで軽々しくなり、結局日本を破綻するよりほかないであろう。 文明というものは、道理にかなったことが広く行われることを褒め称えていう言葉であって、宮殿が荘厳であるとか、衣服がきらびやかだといった、外観の華やかさをいうのではない。もし西洋が本当に文明の国ならば、未開の国に対しては、慈愛の心をもって接し、懇々と説きさとし、文明開化へと導くはずではずであろう。 自分を愛する(甘やかす)ことは、最もよくないことである。修行ができないのも、ことが成就できないのも、自分の功績を誇って驕り高ぶるのも、みな自分を愛することから生ずることであり、決して自分を甘やかす心を持ってはならない。 国が辱めをうけるようなことがあったら、たとえ国が倒れようとも、正道を踏んで道義を尽くすのが政府本来の仕事である。 戦の一字を恐れ、政府本来の使命を果たさないのなら、商法支配所といった商いの元締めといったようなもので、もはや政府ではなくなってしまうだろう。 人をいいくるめて、陰でこそこそ企てる者は、たとえそれがうまくいったとしても、物事を見抜く力のある者から見れば、醜いことこの上もない。 人に提言するときは、公平かつ誠実でなければならない。公平でなければすぐれた人の心をつかむことはできないものだ。 今の人は、才能や知識があれば、事業というのは思いのままにできると思っているが、才能にまかせて行うことは、危なかっしくて見ておられない。 しっかりした内容があってこそ物事は立派におこなわれるものだ。 物事に取り組む際、自分の才の浅さを心配することはない。 およそ思慮というものは、黙って座り、静かに思いをめぐらしているときにすべきことである。そのようにすれば、有事のときには、十のうち八、九は実行されるものだ。 どんなに制度や方法を議論しても、その適任者がいなければうまく行われない。そのひとあって始めてその方法が行われるのだから、人こそがが第一の宝であって、自らがそういう立派な人物になろうとする心がけが大切である。 策略は日常的にすることではない。はかりごとをめぐらしてやったことは、あとからみると善くないことがはっきりしていて、必ず後悔するものである。 人の意表をつくようなことをして、一時的にいい気分に浸るのは未熟者のすることである、戒めなければならないことだ。 世の中で、人からそしられたり誉められたりするといったことは、塵のように儚く消え去ってしまうものだ。人が踏み行うべき道を実践する者には、困難な苦しいことはつきものであるから、どんな難しい場面に立っても、そのことがうまくいくかどうか、その身が生きるか死ぬかといったことなどどうでもいいことなのだ。 物事をなすには上手下手があり、物によってはよくできる人、あまりできていない人もある。そのことに動揺する人もあろうが、天の道を実践するという点では上手下手もなく、できないという人もいないものなのだ。 だから、ひたすら道を行い、道を楽しみ、もし困難に遭い、それを乗り切ろうと思うならば、ますますその道を実践し楽しむという心を持つががいい。 正しい道を踏み、国とともに倒れてもよいというほどの精神がなければ、外国との交際をなしとげることはできない。 外国の強大なことに恐れをなし縮こまり、ただ円満に事を収めることを主として、自国の真意を曲げてまで、その国の言いなりになるのなら、軽蔑や侮りを受け、親しい交わりがかえって破れ、しまいにはその国に制圧されるに至るであろう。 さて、皆様方も良くご存知の「敬天 愛人」の西郷南州自身による揮毫の筆跡であるが、実に見事の一語に尽きる。書の名人でもある空海遍照金剛の名筆にも勝るとも劣らない。しかも、その豊かで、繊細で、人間味溢れる点では、西郷さんの右に出るものはいない。 西郷隆盛が後世の人々にも愛されているのも宜なるかなと、その文字を見ただけで合点が行く。 このような人柄の人物に、国の指導者になってもらえたなら、どの様な国難に直面しようとも日本は安泰であろうと思う事しきりである。
2021年03月30日
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D H ローレンス(1885-1930)はイギリスの詩人、小説家、思想家です。 彼の名言 ―― 人間を縛り付けている最も大きな力は、間違いなく自分自身の囚われでしょう。 結果や手段への必要以上の囚われやこだわりは、能力の進化を阻害しますし、出来事への囚わりは、限りある時間のエネルギーを浪費してしまうことになります。物理的にも時間的にも永遠がないので、自ずと限界はありますが、その手前で自分を縛ってしまっては本当にもったないことなのですが、人間はどうも縛ることで安心する傾向にありますね。 身体的にも、身体を守るためにリミッター機能がある人間ですが、多くの場合そのずいぶん手前で自ら限界を設けてしまっているでしょう。 思考的にはさらに小さな枠に閉じ込めて、不自然な窮屈さにストレスを溜めているのが現代の特徴かも知れませんね。 一日の限られた時間の中でも、もっと思考や心の自由度を高めていけば、同じ時間エネルギーに乗せるチャレンジのエネルギーの質は高まっていきます。 この追求にも果てはありません。どんな状況にあっても、思考や心の自由度はどこまでも高めていけます。 そして思考や心の自由度は、自由に動ける人間より、ひとつのところに根を張る植物たちの方が遥かに高いでしょう。 物理的な縛りと心の自由度を高めていけば美しく、しなやかに自然界では生きていけることを、植物たちはその生き様でみせてくれています。 自由度を阻害している囚われやこだわりは、人間界では、特に現代社会では自分自身で気づいていないものも多くなっています。 情報の多さも、そのひとつの要因でしょう。 これをひとつずつ気づいて、ひとつずつ手放していくことです。 能力の進化に一日の積み上げのチャレンジも大切ですが、自由度を阻害している要因は習慣になっているものが多いですから、ひとつの囚われを手放すチャレンジは積み上げのチャレンジと同等以上に大切なことです。 今日ひとつの囚われやこだわりに気づき、ひとつでも手放すことができたら、これは本当に大きなことです。 こだわりは、あなたの夢である誰かの笑顔のために、幸せのために、あなたの最高の愛を届け続けていくことだけで十分です。 気づこうとしていくと、意外に囚われやこだわりが多いことに気づいていくでしょう。 あなたの思考や心の自由度が高まるほどに、あなたの才能の輝きが増していくのをすぐにでも感じられるでしょう。 潜在能力を引き出すためにも自由度を高めることは、パイプを大きくすることになりますから大切なコツになりますよ。 燃料を節約して炎を静かに燃やすようなら、人生は意味がないものになる。 将来のことを考えていると憂鬱になったので、そんなことはやめてマーマレードを作ることにした。オレンジを刻んだり、床を磨いたりするうちに、気分が明るくなっていくのには全くびっくりする。 男性が効果的に働くのは、女性が彼の血管に少しばかりの火を点じた時であり、女性もまた愛を感じなければ、喜びを持って家事を成し得るものではない。 自由に気付いていない時こそ、人間は一番自由である。 心満ちたりぬ女はぜいたく品を持ちたがる。男を愛している女は喜んで枝の上にでも寝る。 十代の私も二十代の私も、今の私と同じであり、かつての日々と同じに、ここに存在していて、時間の経過は抽象にすぎない。現存する感覚、感受性の主体は、基本的にいまも息づいていて、ここにある。 ゲームに夢中になるように夢中になれなければ、仕事をしても意味はない。もし、その仕事に夢中になれず、ちっとも楽しくないのなら、やめてしまいなさい。 子供を父や母に結びつけていた絆は、決して切れることはない。だが、それはゆるむのである。 彼は自分から逃れようとしている ー 見ているとかわいそうです。楽園などありはしない、笑い、苦しい思いをし、楽しい思いをし、それからまた戦うのだ。戦い続けるのだ。それがつまり生活だ。 自分を人生にまかせろ。 人を愛するには、相手の魂に向かって旅をしなければならない。 自由とは、まず第一に私自身からの自由である。 人生を二度生きることが出来たならどんなにいいか。一度は過ちを犯すため、二度目は犯した過ちから学ぶために。 私は、D H ローレンスの文章から色々と教えられてきています。若い頃に異性との性愛に関する様々な拘りに気付いて、それから自由になりたいと苦労したのですが、彼の作品を読むうちにそのこだわりから解放され大分気分が楽になった経験があります。以来、D H ローレンスファンになり、彼の作品は全部原典で読んでいます。が、その全てを理解出来ているとは言えません。主として福田恆存の翻訳や評論を参考にさせて貰い、その蒙を開いてもらっております。評論家としての福田恆存はローレンスだけでなく、シェークスピアの作品理解やその他の西欧文学の難解な作品理解の水先案内人として、私の恩人になっています。 われわれは愛をすっかりめちゃめちゃにしてしまった、というのは、それを理想化したからなのだ。わたしがある女を誰かひとりの女を、生涯に渡って愛すると誓った瞬間、その瞬間からわたしはその女を憎み始める。女に向かって「おまえを愛する!」と口にした瞬間 ―― もうそれだけで、わたしの愛の大きな部分が死につくのだ。愛が二人のあいだで、何か諒解ずみのことがらになった瞬間、二人はそれを確かめ合い、そしてそれは冷めた卵と化し、もはや愛とは言えぬものになる。愛は花の如きものであり、開花して、萎んで行く。もし萎まぬものならば、それは花ではなく、あの墓場に用いる安っぽい造花か、むぎわら菊に過ぎまい。精神が愛にくちばしを入れ、意志がその上にのしかかり、或いは、個性がそれを己の所属とみなし、自我がそれを専有する瞬間、それはもう愛とは言えぬものとなり、そこにはただ混乱があるばかりだ。こうしてわれわれは愛をすっかりめちゃくちゃにしてしまい、残されたものは、精神や意志や自我によって歪められた愛だけになってしまった。 ( 権力欲にしても、性欲にしても、今日ではそれがもはや原始生命力と縁を断ってしまったがゆに、自らを何とか正当化する為に、抽象的な愛の思想を表看板にせずにはいられなくなった。それがないと、何か悪いことをしているような後ろめたさを感じるようになってしまった。その原因は愛の永遠性の強調だったのですが、またその結果としても、人々は愛の永遠性にしがみつかざるを得なくなってしまったというわけです。そして益々性を穢らわしいものにしてしまった、とローレンスは言います ) 以上は、福田恆存の翻訳から借用したものです。 もう少し、福田訳の引用を続けます。 肉体それ自身は清潔である、が精神は檻の中に閉じ込められ、内部に暗渠を形成し、すべてを腐らせる。 性は罪ではない、ああ、そんなことがあるものか! 性は罪ではない。きたなくもありはせぬ、きたない精神がなにかをひっかきまわさぬかぎりは。 そして性は、悲しいかな、精神の加工を受けて、益々汚くなっていく、軽蔑されればされるほど。 性は罪ではない、それは女と男の間の、微妙な流れ、罪といのはこの流れを損なうこと、そしてそれを強制し、きたならしく、押さえつけてしまうことなのだ。 花とサファイアと我々と、それぞれの流れがある。あの太古にあって、サファイアを凝固せしめ、存在させた、カオスの激烈なオルガスム。そのとき時間はいまよりずっと遅く流れ、そして巌もそこから生じたのだ。 人間にとって大いなる驚異は生きているということである。花や獣や鳥と同様、人間にとっても至高の誇りはもっとも生き生きとして、もっとも完全に生きているということである。 我々は生きて肉のうちにあり、また生々たる実体をコスモスの一部であるという歓喜に、陶酔すべなのだ。 ここからは私のローレンス詩への挑戦です。 「 愛よりも深い 」 ( DEEPER THAN LOVE ) ああ、愛は深いものだ が、愛よりも更に深いものがある 最初に、そして最後に、人は独りぼっちだ つまり、一人で生まれて、一人で死ぬ。生きて在る間の大部分を、その最も深い部分で独りぼっちで生き、決して一人であることをやめない。 愛がなければそれは裸の生活であろう。愛、それは我々の裸の生活を被服で覆っている。あたかも、草が草原を緑で飾り、岡の辺を樹々が賑わすようにして、我々の剥き出しの多様性をひとつにしてくれる。 が、その下では、変わらずに人は独りぼっち。何故ならば、各自は己にとって岩礁の如きものだから。 我々の全ての友愛の緑色の植物的な調和の下で、愛の薔薇が夏に花咲く下では、そして、家族という大樹の根っこや国家の森、それら全ての下には岩礁が存在する。しかも、各自が己の岩礁なのだ、各自の根源的な矜持に基づいたもの。その自負・矜持は原始からのもので、意識よりも深く、生まれついて人に備わったもの。 そしてその岩礁は下降し、更に下に向かう。寒冷から熱へ、そして大きな熱へと変じて炎と化し、既知の何者よりも重く、灼熱する、これが人の核芯だ。 霊魂の根源的な中央に燃える火炎は鉄よりも重い、あまりにもどっしりと重く、より重く、灼熱している、既知の何よりも。孤独でしかも連携を求めて動揺している。重いのは均衡の為だ。均衡は他者、巨大な未知の炎とのものだが、その炎は全ての物を中心に集め、平衡をとっている。 魂の根源的な中央に燃える火は、鉄よりも重く、余りにも中心で重いので、より強大な火炎に牽引され、我々が宗教と呼ぶ集合的な無意識な傾向に引き寄せられる、地球が太陽に牽引されるように。
2021年03月25日
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思ひつつ 寝(ぬ)ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを うたたねに 恋しき人を 見てしより 夢てふものは たのみそめてき いとせめて 恋しき時は むばたまの 夜の衣を かへしてぞ着る うつつには さもこそあらめ 夢にさえ 人目をもると 見るがわびしさ かぎりなき 思ひのままに 夜も来む 夢路をさへに 人はとがめじ 夢路には 足をやすめず 通へ どもども うつつにひとめ 見しごとはあらず 恋ひわびぬ しばしも寝ばや 夢のうちに 見ゆれば逢ひぬ 見ねば忘れぬ はかなきも 枕さだめず 明かすかな 夢語りせし 人を待つとて 宵々の 夢のたましひ 足たゆく ありても待たむ とぶらひにこよ 湊入(みなといり)の 玉造( (たまつくり)江にこぐ舟の 音こそたてね 君を恋ふれど 小野の小町は第一に夢の歌人と称すべきでしょうか。現実に会えない想い人を恋い慕う情熱が、マグマのように身内に伏在して、まるで火山の様に大きな感情を吹き上げる。恋しい、逢いたい、の強烈な思いが四六時中身内に鬱積して、胸中に燃えたぎる熾火の如き熱い、熱い想いという炎は不気味なほどのうねりを見せて、鎮まる事がない。 或るとき、ふとうたた寝をした際に、その恋人の姿が夢の中に出現した。彼女は驚いてはっとする。あのお方がやっと私に会いに来て下さった。嬉しい、恥ずかしい、今すぐに飛んでいってあのお方の胸にすがりつきたい。あら、そう、私はお化粧は愚か身支度さえきちんと出来ていないのだわ。どうしましょうかしら……、でも、ともかくも、あのお方のもとへ走り寄らなくては、そう心で思うのだが、肝心の身体がまるで金縛りにでもあったように、動こうとしない。思うに任せない。どうしたことでしょうかしら、焦れば焦るほどに、足の指一本も自由にならない。このもどかしさ、ええっい、せめて声だけでも、発して恋しいお方のお名前をお呼びしたいのに、舌も唇も動いてはくれないのだ。ああ、神様、いつも私をお守りくださるお優しい仏様、お助けくださいまし。せっかくあなた様がたの尊い慈愛とお情けによって、夢にまで見た嬉しい時を迎えられたというのに、愚かで、へまばかり繰り返している私は、一番大切な瞬間にドジを踏んでしまいそう。ああ、どうしたらよいのでしょうか。と、次の瞬間に、ふと我に帰った。夢から覚めた。「ああ、よかった、夢でよかった」、その瞬間に私が心に思ったことでした。逢いたい、逢いたいと思い焦がれたお方に、夢とは言え、やっと会うことができたというのに、何故に「ああ、よかった」なのか、私にも自分の事とは言え、咄嗟には理解できないことでした。しかし、考えてみるまでもなく、あれが夢ではなくあの様な場面で私が金縛りに遭い、あの様な醜態を演じてしまったとしたら、どうやって取り返しをつけたらよいのでしょうか。夢でよかったのであります。そして、現実は夢であったわけでありますが、現にお会いできない恋人に夢であっても、しっかりとお会いできたのですから、私に取ってはこの上ない幸運であった。私はほんの少しの間ではありますが、孤独地獄の苦しみから救われることができたのですから、やはり「ああ、よかった」なのです。 こんな風に、私・草加の爺は小町の和歌から勝手な想像を働かせて、心理を分析してみました。私の想像の所産ではありますが、彼女の歌に触発された内容であることに変わりはありません。 以前に私は、小野の小町をモデルにした小説を物したことがありまして、その中での小町は男性の恋人ではあっても、実は自分の実父を、それと知らずに恋焦がれるという設定にしました。 今の私は、更に想像を逞しくして、母恋という日本伝統のライトモチーフをも持ち込みたいと考えるのであります。「 花の色は 移りにけりな いたずらに 我が身よにふり 眺めせしまに 」。ああ、私は自分の花の盛りの美しい時期をこのように、ぼんやりと物思いに耽ったままで、無駄に過ごしてしまったのだ。今は既に老境に入ろうとしている。おまけに、長雨に打たれて萎れかけている色褪せた花を見ると、あれは自分だ、と感じて、情けなく、悲しい嘆きに誘われてしまう。なんて可哀想な私なのだろう。そう、自然に自己愛惜の念に陥って、しまうのです。こんな風に、小町の代表歌とされる和歌をなぞってみると、母恋し、父親恋し、逢瀬の叶わない恋人への深い想い、という重層的で、豊かな情感が渦巻く、素晴らしい歌の世界が、一層素晴らしく輝きを増すではありませんか。 小町は絶世の美人だとの伝説があります。それは和歌が伝える想像上の「佳人」だからで、恋人以外は彼女の歌でしかその容貌を偲ぶことが叶いません。技巧の限りを尽くした彼女の歌を見る限り、他の追従を許さない素晴らしさは、彌が上にも想像を膨らませ、いやでも絶世の美人との定評を無理なく構築させるのです。 そんな小町の相手が、つまり、父であり、恋の想い人とを兼ねた光源氏であったとしても、私には不思議とは一向に思われません。フィクションのヒーローと伝説上のヒロインが一対の恋人として登場する、そんな魅力的な物語を創作できたならば、こんな愉快なことはないでありましょう。 それが可能であれば、各人が各様に様々に別個のストーリーを紡ぐのも、大層魅力的な作業ではありませんか。 年重ね 思いを加え 辿り来て 恋しさ勝る 便りなければ 君待てば 心は映えて はやるなり 日毎の祈り 神受けにけり 逸るなり 明日を頼まぬ 我が身には 今の思いが 全てなりけり 彌増しに 恋しさ募り 生きるなり 蓬莱の国 間近なりせば 幾年を 君恋しとて 過ごしてや 花の盛りを 寂しさの中 例によって、小町へのオマージュとして駄作を物してみました。 「 雨に咲く花 」 およばぬことと あきらめました だけど恋しい あの人よ ままになるなら 今一度 一目だけでも 逢いたいの 別れた人を 想えば悲し 呼んでみたとて 遠い空 雨に打たれて 泣いている 花がわたしの 恋かしら はかない夢に すぎないけれど 忘れられない あの人よ 空に涙の サレナーデ 一人泣くのよむせぶのよ 「 この世の花 」 あかく咲く花 青い花 この世に 咲く花 数々あれど 涙にぬれて 蕾のままに 散るは乙女の 初恋の花 想う人には 嫁がれず 想わぬひとの 言うまま 気まま 悲しさこらえ 笑顔を見せて 散るもいじらし 初恋の花 君のみ胸に 黒髪を うずめたたのしい 思い出月夜 よろこび去りて 涙はのこる 夢は返らぬ 初恋の花 「 圭子の夢は夜ひらく 」 赤く咲くのはけしの花 白く咲くのは百合の花 どうさきゃいいのさ この私 夢は夜ひらく 十五、十六、十七と 私の人生暗かった 過去はどんなに暗くとも 夢は夜ひらく 昨日マー坊 今日トミー 明日はジョージかケン坊か 恋ははかなく過ぎて行き 夢は夜ひらく 夜咲くネオンは 嘘の花夜飛ぶ蝶々も 嘘の花 嘘を肴に酒をくみゃ 夢は夜ひらく 前を見るよな柄じゃない よそを見てたら 泣きを見た 夢は夜ひらく 一から十まで馬鹿でした 馬鹿にゃ未練はないけれど 忘れられない奴ばかり 夢は夜ひらく 夢は夜ひらく 歌謡曲の中から、花に因んだものをピックアップしてみましたが、どれも女性の悲しみを俗っぽく歌い上げて、小野の小町の名歌に劣らない素晴らしい情感を醸し出してくれています。 ここでまた、私の初恋の思い出を花に因んで書いてみようと思います。題して「神谷小学校物語」です。思い出の記念写真は古ぼけてしまいましたが、私が少年の日に胸に焼き付けた印象は、依然として鮮明そのものであります。幽かに微笑みを浮かべて首をかしげる仕草が、少女らしくて愛らしい。荒川の土手でミツバを摘んで花飾りを作ったり、即興の芝居を二人して創作して仲間と演じたり、お手玉やゴム段で遊んだり、切れ切れに浮かんでは消えする思い出のシーンは数限りなく続く。当時の私は自分の王国を築き上げ、自然に支配する野生の王子そのものだった。都電が走り、飛鳥山の桜が美しかった。神社の境内での相撲大会では五人抜きを演じて、豪華な景品を獲得した。町内が違うので、山車を曳いたり、太鼓を叩いたりは、一緒に遊んだ覚えはないけれども、夢では初恋の相手と手をつないで、遊び戯れるたのしい時間を共有したに相違ないのだった。今考えれば、私にとって最上の日々だった。二度とは帰らない、麗しい日々の連続。 後に、悦子と共に暮らした時間にも勝るとも劣らない、貴重な時間だった。振り返れば戦後の東京は焼け野原からの復興だったが、私には勿体無いくらいの貴重な日々を与え、喜ばせてくれている。実に有り難く、感謝の念に堪えない。 この謂わば幼馴染の彼女と急に会いたくなった事がある。十代の後半、ひどく落ち込んで、自分がとんでもなく惨めに思えた時のこと。電話帳を繰って、彼女の実家に電話した。嫁ぎ先の電話番号を教えられ、胸を踊らせながら公衆電話から教えられた番号をダイアルした。彼女は既に結婚していた。恐る恐る電話した私に、彼女は会いたいと言ってくれた。嬉しかった。直ぐに、飛んで行きたいと思ったが、思い止まった。たとえ会えなくとも、声を聞き、私のことを覚えていてくれただけで満足だった。美しく、楽しい思い出は、記憶の中に止めておくべきだと、咄嗟に判断できた自分を褒めてやりたいと思った。 さて、小野の小町のことであるが、私にとって素晴らしい理想の女性を想起させる回路のごとく機能している。小町は伝説のヴェールの向こう側に謎とともにあり、宛然と微笑みつつ、永遠の美と魅力とを保ち続け、私の心に限りない慰藉と喜びとを与え続けてやまない。
2021年03月20日
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「走れメロス」、「人間失格」、「桜桃」、「富嶽百景」その他の作品で知られる人気の作家・太宰 治は何度も自殺未遂を繰り返し、不幸な人生に終止符を打っています。 自殺した作家には、芥川竜之介、三島由紀夫など著名な小説家がいますが、才能ある人々が何故に死を急ぐのか? それにはそれなりの理由があるのでしょうが、私たち一般の読者からすれば惜しまれてなりません。 今回はその辺の事情を考察することも含めて、太宰の場合について検証してみようと思います。 若い人々から圧倒的な支持を受けている太宰ですが、私も若年の頃にいわゆる太宰 治かぶれに罹った経験がありますので、「人間失格」を読んで見ることと致します。 「ああ、この顔には表情が無いばかりか印象さえない。 恥の多い人生を送って来ました。 つまり自分には、人間の営みというものが未だに何もわかっていない、という事になりそうです。 自分は一体幸福なのでしょうか。 つまり、わからないのです。 そこで考え出したのは、道化でした。笑われて、笑われて、つよくなる。」 「 恥の多い生涯を送ってきました。自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。 つまり自分には、人間の営みというものが未だに何もわかっていない、という事になりそうです。自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安、自分はその不安のために夜々、転輾し、呻吟し、発狂しかけた事さえあります。 自分は、いったい幸福なのでしょうか。 つまり、わからないのです。隣人の苦しみの性質、程度が、まるで見当がつかないのです。 そこで考え出したのは、道化でした。それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。 つまり、自分は、いつのまにやら、一言も本当の事を言わない子になっていたのです。 人間に対して、いつも恐怖に震いおののき、また、人間としての自分の言動に、みじんも自信を持てず、そうして自分ひとりの懊悩は胸の中の小箱に秘め、そして憂鬱、ナアヴァスネスを、ひたかくしに隠して、ひたすら無邪気の楽天性を装い、自分はお道化たお変人として、次第に完成されて行きました。 何が欲しいかと聞かれると、とたんに、何も欲しくなくなるのでした。どうでもいい、どうでもいい、どうせ自分を楽しくさせてくれるものなんか無いんだという思いが、ちらと動くのです。 しかし、嗚呼、学校! 自分は、そこで尊敬されかけていたのです。尊敬されるという観念もまた、甚だ自分を、おびえさせました。 人間をだまして、「尊敬され」ても、誰かひとりが知っている。 人間に訴える、自分は、その手段に少しも期待できませんでした。 お互いにあざむき合って、しかもいずれも不思議に何の傷もつかず、あざむき合っている事にさえ気がついていないみたいな、実にあざやかな、それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、人間の生活に充満しているように思われます。 つまり、自分は、女性にとって、恋の秘密を守れる男であったというわけなのでした。 自分はこれまでの生涯において、人に殺されたいと願望した事は幾度となくありましたが、人を殺したいと思った事は、一度もありませんでした。それは、おそるべき相手に、かえって幸福を与えるだけの事だと考えていたくらです。 自分でも、ぎょっとしたほど、陰慘な絵が出来上がりました。しかし、これこそ胸底にひた隠しに隠している自分の正体なのだ。 非合法。自分には、それが幽かに楽しかったのです。むしろ、居心地がよかった。 世の中の人間の「実生活」というものを恐怖としながら、毎夜の不眠の地獄で呻いているよりは、いっそ牢獄のほうが、楽かもしれないとさえ考えていました。弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。 これが自分の現実なのだ、生きて行けない、とはっきりと思い知りました。 考えてみると、堀木は、これまで自分との附き合いに於いて何一つ失ってはいなかったのです。 「お金が、ほしいな」「たくさん。……金の切れ目が、縁の切れ目、って、本当のことだよ」「そう? しかし、君には、わからないんだ。このままでは、僕は逃げる事になるかも知れない」 飲み残した一杯のアプサン。 自分は、その永遠に償い難いような喪失感を、こっそりそう形容していました。 ああ、人間は、お互い何も相手をわからない、まるきり間違って見ていながら、無二の親友のつもりでいて、一生、それに気附かず、相手が死ねば、泣いて弔事なんか読んでいるのではないでしょうか。 世間とは、いったい、何の事でしょか、人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。 世間というものは、個人ではなかろうかと思い始めてから、自分では今までよりは多少、自分の意思で動く事が出来るようになりました。蟾蜍(ひきがえる) それが、自分だ。世間がゆるすも、ゆるさぬもない。葬るも、葬らぬもない。自分は犬よりも猫よりも劣等な動物なのだ。蟾蜍。のそのそ動いているだけだ。 人間は決して人間に服従しない、奴隷でさえ奴隷らしい卑屈なシッペがえしをするものだ。 そう言っても、やはり人間というものが、まだまだ、自分にはおそろしく、店のお客と逢うのにも、お酒をコップで一杯ぐいと飲んでからでないといけませんでした。 そうして自分たちは、やがて結婚して、それによって得た歓楽は、必ずしも大きくはありませんでしたが、そのあとに来た悲哀は、凄惨と言っても足りないくらい、実に想像を絶して、大きくやって来ました。 自分にとって、「世の中」は、やはり底知れず、恐ろしいところでした。 堀木と自分。 互いに軽蔑しながら附き合い、そうして互いに自らをくだらなくしていく、それがこの世の所謂「交友」というものの姿だとするならば、自分と堀木との間柄も、まさしく「交友」に違いありませんでした。 神に問う。信頼は罪なりや。果たして、無垢の信頼心は罪の源泉なりや。 ああ、このひとも、きっと不幸な人なのだ。不幸な人は、人の不幸にも敏感なものなのだから。 真に、恥知らずの極みでした。 自分の不幸は、拒否の能力の無い者の不幸でした。 いまはもう自分は、罪人どころではなく、狂人でした。 神に問う。無抵抗は罪なりや? 人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間では無くなりました。 自分の苦悩の壺がやけに重かったのも、あの父のせいなのではなかろうかとさえ思われました。まるで、張合いが抜けました。苦悩する能力をさえ失いました。 いまは自分には、幸福も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。 自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。」 以上は「人間失格」のストーリーに添って、ピックアップしたセリフ・名言でありますが、今読んでみて私の琴線に触れてくる物はひとつもありません。却って、彼の悩みとは一体何なのだろうかと、訝しくさえ思います。彼の神への問いかけにしても、真剣に神に対して問いかけをしているのか、道化がそれこそ お巫山戯で 冗談でも言っている軽さしか感じません。人間失格の苦悩さえ、見せかけの物に見えて仕方がない。彼は果たして、人間の孤独や苦しみを腹に応えて受け止めているのだろうか? 私の経験からは、つまり若年の頃の私が自死の誘惑に何度も駆られた辛く耐え難い試練に比べて、軽く見え、それ故に子供じみた「お遊び」としか受け止められない。芥川にしても、三島にしても、彼らが直面した状況のの深刻さに鬼気迫る何物かを感じさせるのとは、性質が違う、と思う。 要するに、人間失格の主人公は、今の私とは無縁の 路傍の人 の一人にしか過ぎず、袖すり合うも他生の縁とすら、感情移入出来ないのであります。多分、十代の私にしても、無我夢中で主人公に感情移入して読むことは出来なかった筈で、従ってその「かぶれ」にしても、軽微なそれであったに相違ないと、考えるのです。つまり、よく理解できなかった。自分の理解力が浅く、有名作品に追いつくだけの能力を持っていないのだと、すごすごと引き下がったものと思われます。 次に、「晩年」を見てみましょう。 「 その日その日を引きづられて暮らしているだけであった。 ほんとうに、言葉は短いほどよい。 それだけで、信じさせることができるならば。 芸術の美は所詮、市民への奉仕の美である。 ここに男がいる、生まれて、死んだ、一生を、書き損じの原稿を破ることに使った。 安楽なくらしをしているときは、絶望の詩を作り、ひしがれたくらしをしているときは、生を書きつづる。 どうにかなる。 誰だってそうであろうが、見送人にとって、この発車前の三分間ぐらい閉口なものはない。言うべきことは、すっかり言いつくしてあるし、ただむなしく顔を見合わせているばかりなのである。 逃げる。 こわくないか。 ここを過ぎて悲しみの市(まち) よそう。おのれをあざけるのはさもしいことである。 それはひしがれた自尊心から来るようだ。現に僕にしても、人から言われたくないゆえ、まずまっさきにおのれのからだへ釘をうつ。 これこそ卑怯だ。もっと素直にならなければいけない。ああ、謙譲に。 美しい感情を以て、人は、悪い文学を作る。つまり僕の、こんなにうっとりしすぎたのも、僕の心がそれだけ悪魔的ではないからである。 悪趣味。いまになって僕の心を苦しめているのはこの一言である。 僕はなぜ小説を書くのだろう。困ったことを言いだしたものだ。仕方がない。 思わせぶりみたいでいやではあるが、仮に一言答えておこう。「復讐」 たくさんのことを言い落としている。それも当前であろう。 作家にはその作品の価値がわからぬというのが小説道の常識である。 たった四日の思い出の、ああ、一生涯にまさることがある。ああ、作家は、おのれのすがたををむきだしにしてはいけない。それは作家の敗北である。 」 以上は「晩年」の一部の名言の引用であるが、こでも私は失望を禁じえない。今の私にこれ以上太宰 治を読む意味はない。そう、確認した。 例えば、森鴎外や夏目漱石では、この様な現象は起こらなかった。お断り致しておきますが、鴎外や漱石と比較して、太宰を貶めているわけではなく、私・草加の爺には無縁であったとの追認が出来たことのご報告でしかありません。
2021年03月16日
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「愛の反対は憎しみではない、無関心でいることだ」との名言を発した聖女の心洗われる言葉に、しばし耳を傾けてみようと思います。 人は不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。 あなたが善を行なうと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。 気にすることなく、善を行ないなさい。 目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うことでしょう。 気にすることなく、やり遂げなさい。 善を行ったとしても、恐らく次の日には忘れられるでしょう 気にすることなく、善を行い続けなさい。 あなたの正直さと誠実さが、あなたを傷つけるでしょう 気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。 助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく、助け続けなさい。 あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。けり返されるかもしれません。気にすることなく最良のものを与え続けなさい。 気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。 あなたは、あなたであればよい。 ( 世界平和の為に何をしたらよいかと聞かれて ) 帰って家族を大切にしてあげて下さい。 この世で最大の不幸は、戦争や貧困などではありません。 人から見放され、「自分は誰からも必要とされていない」と感じる事なのです。 世界を支配しているのは、愛なのです。 100人に食べ物を与えることができなくて1人なら出来るでしょう? この世界は食べ物に対する飢餓よりも、愛や感謝に対する飢餓の方が大きいのです。 神様は私たちに、成功してほしいなんておもっていません。 ただ、挑戦することを望んでいるだけよ。 いずれにせよ、もし過ちを犯すとしたら、愛が原因で間違った方が素敵ね。 どんな人にあっても、まずその人のなかにある、美しいものを見るようにしています。この人のなかでいちばん素晴しいものはなんだろう? そこから始めようとしております。 そうしますと、かならず美しいところが見つかって、私はその人を愛することができるようになります。これが私の愛のはじまりです。 私たちは、この世で大きなことはできません。 小さなことを大きな愛をもって行うだけです。 もし貧しい人々が飢え死にするとしたら、それは神がその人たちを愛してないからではなく、あなたが、そして私が与えなかったからです。わたしたち一人一人が、自分の玄関を掃除するだけで、全世界は、きれいになるでしょう。 平和は、笑顔からはじまります。導いてくれる人を待っていてはいけません。あなたが人々を導いていくのです。 あなに出会った人がみな、最高の気分になれるように、親切と慈しみを込めて人に接しなさい。 あなたの愛が表情や眼差し、微笑み、言葉にあらわれるようにするのです。 思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。 言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。 行動に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。 性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。 大切なのは、どれだけたくさんのことをしたかではなく、どれだけ心を込めたかです。 今、この瞬間を幸せでいましょう。それで十分です。その瞬間、瞬間が、私たちの求めてるものすべてであって、他には何もいらないのです。 私にできて、あなたにできないものもあり、あなたにできて、私にはできないこともあります。だから、ともに力を合わせれば、素晴らしいことができるのです。 暗いと不平を言うよりも、あなたが進んで明かりをつけなさい。 飽くことなく与えつづけてください。残り物ではいけません。痛みを感じるまでに、自分が傷つく程に、与え尽くしてください。 笑ってあげなさい。笑いたくなくても笑うのよ。笑顔が人間に必要なの。 昨日は去りました。明日はまだきていません。わたしたちにはただ、今日あるのみ。さあ、始めましょう。愛とは、大きな愛情をもってちいさなことをすることです。 誰かに微笑みかけること、それは愛の表現であり、その人への素晴らしい贈り物となるのです。 最悪の病気と苦しみは、必要とされないこと、愛されないこと、大切にされないこと、全ての人に拒絶されること、自分がだれでもなくなってしまうことだと、より実感するようになりました。 ランプの灯りを灯しつづけるには、たえず油をそそがねばなりません。 マザーテレサ(1910-1997)は、カトリック教会の修道女にして修道会「神の愛の宣教者会」の創立者です。1979年にノーベル平和賞を受賞している。長期間にわたる献身的な働きにより、苦しみの中にある人々に安息をもたらしたからという理由です。 私は無類の女性好きをもって自ら任じているフェミニストでありますが、どちらかと言えば男性の方が好きであります。別に同性愛者ではありませんが、女性は概して性愛の対象であり、止むを得ずして付き合わざるを得ないきらいが大であります。そうです、はっきり申し上げて、私は心の中では男尊女卑を信奉する似非女性崇拝者なのでありました。 そんな私が、であります。無条件にこの 田舎者のおばさん にチャームされてしまうのは、無論外見や知性・教養などではなく、彼女の愛の権化そのものと言った魂の在り方の素晴らしさによるのであります。 上に引用した含蓄に溢れ、実体験に裏打ちされた魅力ある言葉には、彼女が閲してきた困難極まる体験が秘められていて、ただ表面だけの取り繕った綺麗事ではない、説得力が籠もっている。 私は実際のマザーテレサにあった事はありませんし、写真でしかその風貌を知りませんが、何故か音声だけはテレビか何かのニュースで接したことがありました。「田舎のおばさん」などと失礼な言い方をしましたが、この呼び方には私なりの尊敬の念が込められているのです。私は一般にマドンナとして紹介されるイエスの母・マリア像より、テレサの風貌の方を聖女そのものと感じ、神々しさを感じる程。また、世に伝えられる楊貴妃やクレオパトラ、衣通姫などの絶世の美女など足元にも寄れない絶対的な美しさを備えていることを、視覚上位のこの世にあって私の 魂の目 はしかと受け止めて評価しているのであります。 聖女という名前で思い出すのは先ず、ジャンヌダルクでありますが、彼女の場合にはイギリスとの戦争で抜群の勲功があったに過ぎず、人類全体の平和に貢献したわけではありません。 これに反してマザーテレサは、彼女の全身から噴出するかに見える愛の力だけで、様々な孤独や貧困に喘いでいる人々を慰め、楽しませ、喜びを与えています。同じ聖女と言っても、雲泥の開きが歴然として見えています。私はマザーテレサの生き方に憧れ、彼女の足元にも及ばないとしても、少しでも近いところに達したいと念願する者であります。 さて、毎度私事で恐縮なのですが、愛の秘め持っている力ということを考える際に、亡妻・悦子の存在を考えないわけにはいきません。マザーテレサは世界平和は家族を平和に安定させることから始まると、説いていますが、私は健気な愛妻の出現によって消極人間から、超積極型にギアチェインジすることが許され自分の力の及ぶ範囲でではありますが、微力を尽くす毎日を送っています。 「 愛の賛歌 」 エディトピアフの曲 私たちの上の青い空は崩れるかもしれません そして地球は崩れるかも知れない あなたが私を愛しているかどうかは気にしない 私は気にしない 愛が私の朝にあふれている限り 私の体があなたの手の下で震える限り 私は問題を気にしません あなたが私を愛しているので、私の愛 私は世界の終わりに行きます 金髪に染まる あなたが私に尋ねたら 私は行って月に勝つだろう 私は財産を盗みに行きます あなたが私に尋ねたら 私は私の故郷を否定します 私は友達を否定します あなたが私に尋ねたら あなたは私を笑うことができます 私は何でもするだろう あなたが私に尋ねたら ある日、人生はあなたを私から引き離します あなたが死んだら、私から遠く離れてください あなたが私を愛しているかどうかは気にしない 私も死ぬから 私たちは私たちのために永遠を持っています 全ての広大さの青で 空ではもう問題ありません 私の愛、あなたは私たちがお互いを愛していると思いますか? 神は愛する人を団結させます 「 愛の賛歌 」 岩谷時子 訳 あなたの燃える手で あたしを抱きしめて ただ二人だけで 生きていたいの ただ命の限り あたしは愛したい 命の限りに あなたを愛したい 命の限りに あなたを愛するの 頬と頬よせ 燃えるくちづけ 交わすよろこび あなたと二人で 暮らせるものなら なんにもいらない なんにもいらない あなたと二人 生きて行くのよ あたしの願いは ただそれだけよ あなたと二人 固く抱き合い 燃える指に髪を からませながら いとしみながら くちづけを交わすの 愛こそ 燃える火よ あたしを燃やす火 心とかす恋よ 愛するは 心が決めて 誘うもの 人は自然に 背かないだけ 結ばれて 嬉しくあるか こ世にて 再びの季 愛の賛歌は 夢に見て 逢瀬を願う 秘め事は 我が事にして 恥ずかしきこと 以上、例によって駄作を愛の霊に捧げてみました。皆様方の灯す愛の火があちらこちらと燃え盛り、大きな火柱とならんことを祈念しております。
2021年03月11日
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哀しい哉 哀しい哉 哀れが中の哀れなり 哀しい哉 哀しい哉 悲しみが中の悲しみなり 哀しい哉 哀しい哉 復(また)哀しい哉 悲しい哉 悲しい哉 重ねて悲しい哉 ―― 亡弟子・智泉の為の追悼の文。 空海(774-835)は平安時代初期の僧で真言宗の開祖である。 私は前回に述べた如くに、自己流で毛筆書道を極めているのですが、古典の名筆の中でも飛びぬけて精神性の高い彼の筆跡は、素晴らしいの一語に尽き、臨書をいくら繰り返しても足元にも及ばない、一種の凄みさえ感じさせる。骨太で、知的でありながら野性味を内側に秘め、堂々として、霊界の王者に相応しい高貴さを現出して見せてくれている。 その男の中の男・空海が実に女々しくというのか、悲しい、哀しいを諄いくらいに繰り返している。それはまるで、悲しい時には悲しさに埋没するくらいに己の得た悲しみの感情に、浸りきればよいのだ、そう言っているようであります。 人間は、本質的に「悲しい」のであり、「哀しい」のであります。 哀しみを 生きる証(あかし)と 見定めて 日輪の下 一筋の径 ( 克征 作 ) 私の人生は悲しみと哀しみに満ち満ちた人生でありました。悲と哀、つまり裏返せば喜と悦と言っても一向にかまわなないのですが、これこそが人生の神髄でありましょう。悲哀を数多く舐めたからこそ、喜悦の季(とき)も何層倍も大きく、豊かだったのだ。とことん味わい尽くし、骨の髄までその喜悦に浸りこむ事が可能だった。上の空海の文をつくづくと眺めて見て下さい。まるで悲哀の法悦に酔い痴れてでもいるかのようではありませんか。 空海はその法号の示す通り、広大にして無辺であります。有り余る活力と滾々と清冽な泉の如くに湧き出しては、四方に広がり流れる水源の如くであります。汲めども尽きる事のない才能の宝庫であります。私の如き凡才とは、生まれながらの天稟に於いて、雲泥の差があるのです。しかし、仏教では山川草木悉皆成仏と唱えて、何物もが「仏性」に於いての平等性を主張する。私如きに、それを真っ向から否定する勇気は持ち合わせては居りません。しかし敢えて異を唱えてみようと、へそ曲がりの片鱗を出してみる魂胆です。仏説の主張する「万物の平等性」とは、神仏なる一個の絶対者から見た実に慈悲深い眼差しの平等性であり、公平性でありましょう。私の如き盆暗が遍照金剛たる大師・空海と本質が同じであろう筈がなく、俗にいう蛙の子は蛙にしかならず、遂に縄文杉と化生することは断じて許されていない。 一寸待ってくださいな、私は口下手なのであらぬ方向へ論を進めてしまったのかも知れないと気づき、周章狼狽してしまいました。偉大なる空海を持ち上げ、卑小なる私・草加の爺を卑下するのは良い。それは私に予め 下心 があっての事。つまり、蛙の蛙なりの矜持と言う事です。 それは縄文杉は偉大でありましょう。しかし、その偉大な縄文杉にも限界があり、比較の対象にもならない一匹の虫けらの境涯に及ばない僅かの一点がある。それを此処で申し上げたいと思ったのでありました。私は取るに足らない市井の一市民にしか過ぎません。しかし、私にしか見えない人生があると信じ、それを一種の生き甲斐ともしている。他人から見てつまらない、取るに足らないことであっても、私には非常に貴く、掛け替えのないものである。それが又、私に存在価値とまで言うと、言い過ぎになるでしょうが、誇りなのでありました。 逆に、空海や縄文杉にしか見えない境涯というものがあるに相違ない。たとえて言えば、以下に引用した空海の言葉は、私でも、一寸背伸びをすれば言えそうな文章です。が、同じ言葉でも、空海が言っているのと、私が述べるのとでは、大変な相違がある。ですから、これは自戒の言葉なのですが、自分が簡単に理解できた。或いは、なるほどと首肯出来たからと言って、文字面からだけを読んで、早合点するのは禁物でありましょう。重さがある、豊かさが違う、含蓄に富んでいる。よくよく吟味して、よく噛み、よく味わってから咀嚼する必要があると、思うのであります。特に、直ぐに、素直に胃の腑にすとんとばかり落ちたと感じた時などは、要注意でありましょうから。 人の短を道(い)こと無かれ、己の長を説(と)くこと無かれ 優れた知恵者は愚か者にみえる 修行して悟りを得ようとする人は、心の本源を悟ることが必要である。心の本源とは清らかで綺麗な明るい心である 仏の教えは一言で言えば、自分の利益と他人の利益を一致させることである 気持ちが落ち込んでいる時や悪いことを考えているときは、すること全てがわざわいを招く 信じて修行すれば誰でも必ず仏になることができる 人を思いやる気持ちと、人に利益をもたらす行動をすることが全ての根本である つまらない人は、善行と悪行との区別がつかず、その因果も信じる事が無い。 目の前の利益だけを見ているので、その因果は必ず返ってくる 周りの環境は心の状態によって変わる。心が暗いと何を見ても楽しくない。静かで落ち着いた環境にいれば、心も自然と穏やかになる 薬は病気から救ってあげたいという気持ちからうまれたものである。仏の教えは心を救ってあげたいという気持ちから生まれたものである 心を洗って香となし、体を恭(つつし)んで華と為す 道理に迷って苦しむのも、自分の中にある仏に目覚めて正しく励むのも、みな自分の決心次第である 業障は重く功徳は軽し 嫉妬は自分以外の人とは別々の存在だと思う心から生じる 優れた大工が木材を使う時、真っすぐな木は曲げずに、真っすぐな特徴をいかしてその木が必要な場所に使う。曲がった木は、無理に伸ばさずに、そのままその特徴をいかしてその木が必要な場所に使って大きな家を建てる 高山は風起こり易く、深海は水量り難し、空際は人の察する無く法身のみ独り能く詳らかなり 善行をなそうとする人も、悪行をなそうとする人も、まず心の中でそれをなそうと決めてから、その行動をするものである 身は華と与(とも)落ちぬれども、心は香りと将(とも)に飛ぶ 仏法は遥かに非ず。心中にして即ちちかし 貧を済(すく)ふに財を以てし、愚を導くに法を以てす、財を積まざるを以て心となし、法を惜しまざるを以て性となす、故に若(も)しくは尊、若しくは卑、虚しく往きて実(み)ちて帰り、近きより遠きより、光を尋ねて集会することを得たり 心暗きときは、即ち遇うところことごとく禍なり 心を和らげて耐え忍ぶという心の鎧を着て、目的に向かって努力するという心の鎧を着て、目的に向かって努力するという兜をかぶり人として守るべきルールや道徳を守るという馬に乗り、心静めて落ち着けるという弓を持ち、正しい事と悪い事を分別するという矢を射って外には悪の軍勢を破り、内には心の賊を滅ぼす。これを仏と言う ものの道理を見る目が開いていれば、身の回りのものすべてが大事なものだとわかる 地獄は恐ろしいところだと言われているが、必ずしもそうではない。善心を発揮するならば、仏が救ってくださるからである。栄えるのも衰えるのも、みな自分の善行と悪行によるものである。善心を発揮して行動するならば必ず幸せになることができる 他人の病気のことをとやかく言う前に、まず自分の病気を治すことを心がけなさい もし自分に適していることにその能力を使うなら、物事は極めてうまくゆく。しかし、自分に向いていない物事に、その能力を使うなら、労多く益は少ないだろう 仏として生きる道は遠いところにあるのではない。すぐそこにある 能書は必ず好筆を用う 人間は誰もが胸のなかに、宝石となる石を持っている。一生懸命磨いて、美しく光り輝く玉となる 物の荒廃は必ず人に由る。人の昇沈は定めて道に在り 夫(そ)れ仏法は遥かにあらず、心中にして即ち近し、真如外(ほ)かにあらず、身を捨てて何(いず)くにか求めん 他人の利益をはかるようにつとめていると、苦しみの世界に行く因縁が消える 虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願も尽きん ものに決まった性質などない。悪人もいつまでも悪人ではない 三界の狂人は狂せることを知らず、四生の盲者は盲なることを識(し)らず、生れ生れ生れ生れて生れの始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し もし自分と自分以外の人を別ではなく、同じ存在だと見ることが出来れば、嫉妬することがなくなり、公平な心になり、全ての人の善行を心から賞賛できる 片手だけでは拍手は出来ない。片足だけでは歩けない。右手と左手が感応して拍手となり、右足と左足が感応して歩く。だから相手が感応するまで祈り続けなさい 真言宗(しんごんしゅう)は空海によって9世紀初頭に開かれた、大乗仏教の宗派。空海が長安に渡り、青龍寺で恵果から学んだ密教を基盤としている。同時期に最澄によって開かれた日本の天台宗が法華経学、密教、戒律、禅を兼修するのに対して、空海は著作『秘密曼荼羅十住心論』、『秘蔵宝鑰』で、空海が執筆していた当時に伝来していた仏教各派の教学に一応の評価を与えつつ、密教を最上位に置くことによって十段階の思想体系の中に取りこんだ。最終的には、顕教と比べて、真言密教の優位性、顕教の思想・経典も真言密教に包摂されることを説いた。 仏教の一般的な特色は、絶対者、或いは、絶対の真理を、法 dharma として自覚し、これを絶対無として表現する。そして絶対無は自己否定の原理であり、献身の働きとして捉えられ、同時に、慈愛の発動となる。仏の応現や菩薩の本願として顕現するとする。 しかし、真言宗はこの真理としての絶対無の力としての発動を強調し、大日如来という人格として、それを表現してきた点に特色がある。真言宗には、仏教の中でも、有神論(ゆうしんろん、 theism 、神は存在する、という主張を言う)的な一面が非常に強く出ている。 真言宗では、大日如来の真理の言葉・真言の中にのみ、人間が 絶対 に和解し、融合する道があるとする。真言・mantra を媒介としてのみ、我々は神秘的な結合において大日如来と一つになり、大日如来そのものとなる。この様にして、空海は、華厳の哲学を論理から、象徴へと転じた。「一 即 一切」の体系は曼荼羅 mandala に移し替えられた。 肝要なのは、分析ではなく、分有 participation であり、生きた真理との道交こそ究極の物となる。 真言の世界では、論理が融解して「原型的に聖なるもの」即ち、「ヌミノーゼ・ numinose 、言葉では表現できない対象で、戦慄すべき、強大な、活力ある物、などなど諸要素を内包する」に変容し、その躍動する生命の流露となった。 そうして我々人間がこの絶対者との統一に入るのは、長い修行によるのではなく、端的に今、ここで一つとなるのでなければならない。しかも私の魂が身体から抜け出して浄化され、というのではなく、身体的な私の全体が、そのままで仏になるのでなければならない。つまり、これが即身成仏の意味である。 よって真言密教によれば、私たちは儀礼的な統一と、曼荼羅の中でのみ、この様な唯一の、信実な、絶対の解脱を体験し得るのだ。
2021年03月06日
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この宮の 木(こ)したに子供等(こら)と 遊ぶ夕日は 暮れずともよし 風きよし 月はさやけし いざともに 踊り明さん 老いのなごりに 歌もよまむ 手毬もつかむ 野にもいでむ 心ひとつを 定めかねつも 良寛(1758ー1831)、江戸後期の曹洞宗の僧侶、歌人、漢詩人、書家。 仙桂和尚は真の道者、貌(ぼう)は古にして、言は朴(ぼく)なるの客、三十年、国仙(こくせん)の会(え)にありて、参禅せず読経せず宗門の一句すらいわず、菜園を作って大衆に供す、当時我之を見れども見えず、之に遭い之に遭えども遭わず、ああ今之にならわんとすれども得可からず、仙桂和尚は真の道者。 あまりしゃべりすぎないこと。 言葉はよく吟味して、しゃべりすぎてはいけない。 我が生(しょう)、何処(いずく)より来たる、去って、何処にか行く。 静かにひとりで暮らすこと。 相手に対して嫌な感情をもって、人を叱ってはいけない。 なにものが苦しきことと問うならば、人をへだつる心と答えよ。 何ごとにも怒らず、つらいことも我慢すること。 他人がいる前で、人を叱ってはいけない。 死ぬ月日さえも丁度良い。 人さまに迷惑をかけたり、恥ずかしいことは慎むように。 知らないことを知っているふうに言うのはよくない。 自惚れることも、卑下することもない、上もなければ下もない。 食べ物は少しだけいただくこと。 神や仏のことを軽々しく口にしてはいけない。 地獄に行こうと、極楽に行こうと、行ったところが丁度良い。 自分の心をきちんと制御すること。 心の中で怒りながら、人に理屈を説いてはいけない。 歩いたお前の人生は、悪くもなければ良くもない、お前にとっては丁度良い。 あれこれと人に講釈するのはやめなさい。 その人が気にしていることを言ってはならない。 幸も不幸も喜びも、悲しみさえも丁度良い。 まだくれていないのに、あれをやろう、これをやろうなどと人に言うな。 人を差別するようなことを言ってはいけない。 息子の嫁も、その孫も、それはお前に丁度良い。 相手に合わないことは言わないほうがいい。 挨拶は適当にしてはいけない。 顔も身体も名前も姓も、お前にそれは丁度良い。 一度言ったことは取り返しがつかないから、注意してしゃべりなさい。 人の話の腰を折ってはいけない。 花、無心にして蝶を招き、蝶、無心にして花を訪れる。 災難に逢った時は、災難に逢うがよいのでしょう。 死ぬ時には死ぬのがよいのでしょう。 これは災難を逃れる妙法です。 裏を見せ、表を見せて散る、紅葉かな 迷いだの悟りだのということは知らん。 ましてや名声の利欲などは問題ではない。 すでに夜となり雨が降っているが、私はこうして二本の脚をゆったり伸ばして満ち足りている。 良寛さんの名で広く大衆に愛されているお方は、書道の達人であります。 私、実は一時期、心のスポーツと称して毛筆書道に没頭した時期があります。中国の古典の王羲之から始めて日本の漢字の古典、仮名、など殆どの古典を勉強して、楽しみました。私は実は、子供の頃に強制的に書道塾に通わされました。文字の習得と言うよりは、落ち着きがなく、行儀が悪すぎるので、週に一度は正座をして精神修養をする時間を持たされたわけであります。しかし、それは当時の私にとって難行苦行と言うよりも、拷問に近いものでした。 しかし、考えてみれば拷問の責め苦で文字が上手に書けるようになるわけはなく、これは学習としては最悪の形でしたね。それ以来、私は一種の文字嫌いに陥り、文字一般を毛嫌いする悪い癖がついてしまいました。大学卒業時まで、私の悪筆の習性は直らず、文字を書くことに対すコンプレックスは病膏肓に達したのでありました。このコンプレックスは社会に出て、職種柄で脚本家との付き合いが必須で、脚本家の大先生から原稿を受け取る際に、乱雑に書かれた原稿を、私が清書をしなければならない羽目に陥り、「古屋君、君の文字はどうでもよいけれども、嫌に汚いね」などと、窘められたりすると、何処か近くに穴でもあれば逃げ込みたくなるような屈辱を味わわされたものでした。 そういう経験もあって、このままではいけない。何とかしなくては、基本的な所で弱みを抱えていては駄目なので、何とか自分の自覚している弱点を克服しなければと、一念発起して、自分流のフリースタイルを決め込んでの毛筆書道三昧がスタートした。酔っぱらっていても、寸暇を惜しまず、筆で文字を出来るだけ多く書く事を先ず心掛けました。墨や硯も一通り揃えましたが、墨汁を常備して、兎に角、自由に楽しくをモットーに打ち込んだのでした。正座も無視です。上手に書くのが最終的な目的でありますが、下手であろうが、形が妙に崩れていようがお構いなしです。筆を持って無心に文字と遊び戯れる。やがて、文字通りに拷問は雲散霧消してしまい、楽しく至福の 忘我の時間 を経験するようになった。気晴らしに五分でもと思って筆を執ると、いつの間にか一時間があっという間に経過している。睡眠時間を余り取れない不眠がちな時であっても、忽ちに眠気を忘れる。 こう言った滅茶苦茶な研鑽が知らずに十年が経過した頃には、毛筆で文字を書く事、古典を臨書することが無常に楽しい遊戯となっていました。流儀は自己流ですが、御手本の方は傑出した古典中の古典ばかりです。独りでに腕が上がって、密かに一廉の専門家気取りになれていたし、文字嫌いの病は払拭され、あっ晴れ能書家になれたと、独り善がりを誇っているようにまでなった。 所で、良寛さんの文字ですが、「天上大風」などの真蹟が数多く残っています。一寸見には稚拙で、簡単に学習することが出来ると感じたのは、素人の浅はかさ、何回丹念に臨書してみても、あの良寛書の細身ではあるが内部に鋼の如き強靭さを蔵した書体に、近づく事は許されないのです。 子供らと 共に遊びて 日暮れまで 手毬つきつつ 明日も生きなん 天上に 大風吹きて 地上では 托鉢姿 好い男なり 説法は 誰にもせずに 菩薩行 普段着のまま 皆が敬い 女子にも 笑顔を見せつつ 男子なり 恋文も書く 愛も隠さず 夢の中 極楽浄土 さながらに 凡愚の如く 酒を嗜む 良寛和尚様へのオマージュとして、例によって即興の駄作を献呈致します。 「 毬 子(きゅうし)」 袖裏(しゅうり)の繍毬(しゅうきゅう) 値千金 謂(思う) われこそ 好手(こうしゅ) 等匹(とうひき)なしと。 箇中(こちゅう)の意旨 もし相問わば 一二三四五六七(ひいふうみいよういつむうなあ) ―― わしの袖の中の手まりは値千金の極上品。わしほどの毬つき上手は世におるまい。毬つきの極意を教えよというのか、一二三四五六七、それだけじゃ。 人生の無常はまことに速やかで、瞬間瞬間に変わって行く。少年の美しい顔はながつづきせず、黒髪もいつか白糸のようになってしまう。背骨も弓のように曲がり、醜い面皮に深いしわが刻まれる。夜通し耳なりがし、終日目がかすんでちらつきがとまらぬ。立ち居の都度、ため息を吐き、杖にすがってとぼとぼと歩く。いつも思い出は若かった頃の楽しさで、おまけに現在の心配も加わる。げに痛ましいのは、しなびた老人で、霜枯れの枝のようなものだ。およそ、この世に生まれてきた者は、だれしもこの境に到る。時は刻々に止まらず、少壮の日は決して長続きしない。身体は日々に衰え、心身は夜々に疲れる。一たび病気でふせるようになれば、枕やかいまきから離れられなくなる。普段口喧しく言っても、もう役には立たない。呼吸が止まってしまえば、眼も耳も鼻も口もはたらかぬ。親戚・縁者が顔を眺め嘆こうが、妻や子が背なを撫ぜてかなしもうが、その名を呼ぼうが、泣き叫ぼうが、本人は答えもできなければ聞き分けることも出来ない。暗いよみじを、お先真暗で、しかもたったひとりで行くばかりである。 「 非人八助 」 金銀も地位も俸禄もいつまでも己が所有ではなく、終わりは天地に帰するのだが、得といい失といい有といい無と言っても、本来はいっさい空である。貴人・賤民・凡夫・聖者などの別の実は同一真如の姿なのだが過去の業が現在の障りをなし、輪廻にあやつられて、各人各様の報いを受けているまでである。両国橋の下に住んでいた非人の八助が流水にその一命を失ったことは、さぞ苦しいことであったろう。しかし他日道理の分かった人がこれはどうだと尋ねるなら、「彼こそは川波のまんなかに立っている真如の月の主人公だよ」と私は答えよう。 「 白扇の賛 」 何も描かれていない白うちわこそ深い含蓄があり、少しでも色彩が塗られた第二義門に堕ちてしまう。何も描いていないとき、すべてがあらわれておる。白扇の中に花がある。月がある。楼台がある。 「 孔子の賛 」 異(い)なるかな、これを瞻(み)て前にあるかとすれば、忽然として後(しりえ)にあり。その学や、切磋琢磨、その容(よう)や、温良恭倹譲(おんりょうきょうけんじょう)、上(かみ)に古人(こじん)なく、下に継ぐ人なし。故に、達巷(たつこう)は、わずかに名なきを嘆じ、子路(しろ)はいたずらに口を閉ず。孔夫子(こうふうしよ)、孔夫子よ、はなはだ端(たん)なし。ただ、愚魯(ぐろ)なるものあり。彷彿として、その室(しつ)を闚(うかが)う。 仏弟子でありながらも、孔子を絶賛する。よいものは良いのだと美点を素直に認めて、儒教は仏教より下だなどと野暮な事は決して言わない。まことにあっ晴れな態度でありますね。
2021年03月03日
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上善は水の如し。水はよく万物を利して争わず。けだし名言というべきでありましょう。この言葉の中に全てが尽きておりまして、余計な解説など邪魔にこそなれ、不必要でありますが、私は今現在、隠者であり、「爺捨ての身」でありますから、自由な御託を述べても余り障りがないでしょうから、この立場を最大限に利用してみようと考えております。 時により 過ぐれば民の 嘆きなり 八大龍王 雨やめたまえ ( 源 実朝 ) 最善は最悪と同義でありますから、時に人々の嘆きを呼ぶ。 津波に代表される過剰なる水の氾濫は、わが国では頻繁に起こり、人々を苦しめて来ている。台風や暴風に伴う河川の洪水災害は数えるのに枚挙の暇もありません。 これは、国土中に「上善」が遍満している証拠の、裏返し現象であります。 太古の昔、日本列島は四海は水清く、青々とした樹木に覆われた自然の楽土だった。目を転じて、21世紀を迎えている現在の周囲をめぐる海の汚染、河川の汚穢、森林の枯渇の惨状は何としたことでありましょうか。みんな誰の仕業でもない、我々人間のなした悪行の結果であります。高天原にいらっしゃる八百万の神々は、どのように嘆き悲しんでおられることでありましょうか…。 老子の言葉に戻りましょう。 古言に言っている、曲がれば、即ち、全(まった)し、と。樹木について考えると、まっすぐな木は有用な材として用いられるから、木としては伐採される憂いがある。これに反して、曲がりくねった木は、役に立たない木として捨て用いられないが、木としては自己の生命を全(まっと)うすることが出来る。 ―― これは、人が自己の聡明叡智などを現さないことが、自己を安全に保つ唯一の方法だと述べたもの。 例えば、尺取り虫に見るように、身を屈することがあるから、伸びる時が来る。人の一生もまた同様である。又、土地が窪んでいればこそ、そこに水が一杯になる。人も同様で、謙虚であれば、多くの徳を入れる事が可能である。物は破れるからこそ、新たに作られる喜びがある。所有する物が少ない貧乏であるからこそ、物が増えてくる喜びを知るのだ。 ―― 以上、消極を守る事の利益について述べている。 これに反して、学問をして、多くを学べば学ぶほどに、迷いが多くなってくるものである。(―― これは積極の害である) このようなわけであるから、聖人は最も少ないところの一つの道、消極の道をしっかりと抱き守って、天下の模範となるものである。聖人は常に自分から身を現そうとしないから、却って明らかに表れる、自分から自分の説を是なりと主張しないから、益々徳の光が表れて来る。みずから功を誇ることをしないから、却って手柄が成り、自ら心に誇らかに感ずることがないから、結局永遠の生命を保つことになるのだ。要するに、聖人は他と競争することがないから、天下の何者も肩を並べようとする者がなくなり、自然、最上の地位を勝ち得ることとなるのである。 古語で言う所の、曲がれば即ち全しという言葉には、決して嘘や偽りはないのだ。それ故に、我々はこの言葉の教えに従って、天から享けた全き徳を、そのままで天にお返しするように努力しなければいけない。 天然自然を宗として、極力人為を排せよとの老子の教えが彼の教えの根底には、常に主張されていて見事である。 さて、草加の爺こと古屋克征は、老子の教えを知らず知らずのうちに励行実践しておりまして、基本的には楽しい毎日を送ることに成功しております。何か、考えや行動で迷いや不安を感じた際には、決まって私の身うちにおのずからに備わっている「天然・自然」の声に耳に傾けて、その語るところを聞き取り、時には「その声の語る内容」を取り違えて、時間的なちょっとしたロスをすることもあるのですが、大体に於いては間違いのない行動をとる事ができています。 それと、常に自問自答を繰り返し行う事を実践し続けて、怠る事は致しません。 私に限りませんで、天からの声なき声、地からの音なき囁き、身内からの以心伝心の導きに意を用いる事に努力をし続けるなら、大体において人は、この世での行動の迷いを排除して、自己本来の正しい道を歩むことが出来る筈であります。つまりは、そのように「仕組まれて」いるからですね。 うち日さす 宮道(みやじ)を人は 満ち行けど わが思ふ君は ただ一人のみ ( 万葉集より ) 天然自然の恋心とはこうしたもので、千数百年前も、現在も何ら変わりのないものであって、異性が互いに強く惹かれ合って恋心を抱くのは、何と素晴らしく、無条件に共感してしまう天からの賜物でありましょう。私も、若い頃には淡いものではありましたが、幾度かは経験した感情でありますが、自分自身も相手の女性も共に美しく感じられて、心の中まで清められる感じでありました。もしかしたら、人間の感情の中で一番に清浄で清らかなものではないでしょうか。これも生まれながらにして身に備わった宝物の如きものであって、感謝しないではいられません。 所で、私が若年から押しかけ弟子をしている人類の偉大なる師・ソクラテスは悪妻と伝えられるクサンチッペを他所にして、美少年の尻ばかり追いかけまわしていたと、悪口を言われますが、さにあらず、彼の狙いは有能な若者の魂に、直接最上の善知を注入し、良き国家の指導者を育成しようと考えていたからにほかなりません。ソクラテスほどの賢人になると、異性同士の結合による世代の継続よりも、同性による霊魂の増殖増加をこそ、優先させる賢明さを有していたのでありました。それを称して、世人はプラトニック・ラブと唱えるのですね。 異性との肉体的な結合がもたらす快感以上に、魂の強烈な結び付きがもたらす恍惚・忘我の愉悦は、激しいものであり、忘れられない感動であります。 老子、曰く、真実味のある言葉は、決して美しく飾ったものではない。これに反して、美しく巧みな言葉には、信実味がないのである。真に善行をなすもの、善を衒って口先で弁じたてることをせず、口先で得意に弁じたてる者は、実は善行をなさない。真に知っておるものは、該博に論ずることをせず、博識を装って広く論じ立てる者は、真に知るところのないものである。さて聖人は決して自分の家に資材を蓄積することをしないものである。それでは自分自身が貧苦に陥るかというと、そうではない。既にして一切合切をあげて人の為に尽くし、人に与えてやれば、それがやがて己に返ってきて、以前よりもより多く所有することとなる。結局のところ、天道と言うものは、あらゆるものに利沢を与える事はするけれども、これを害することをしない。これに対して聖人のやり方は、万事を自分の力でなしながら、その手柄を他と争うことをしないのである。 老子様 我を日ごとに 導きて いとたや易くも 自然を説けり 美しき 悦子が夢に 現れて 和服着こなし 一指しを舞う 宵ごとの 目覚めの床の 嬉しさは 花粉の嘆き 失せし事なり 春霞 流れ棚引き 静まりて 心に残る 悦びの声 春近く 白梅香り 花やげる この清(さや)けさは 浄土なりけり 惚け惚けし 枕の畑に 咲く花は 色とりどりに 美しく見ゆ 我妻と 深く契りし 蓮の花 来世ではなく 現世にてなり 振り返る 数々の事 みな嬉し 君と歩みし 日々の形見ぞ 吾はまた 生まれ変われば 輝かし 当代一の 色男なり 君も又 生まれながらの 佳人にて 日々磨かれて 珠と化したり やよ急げ 天国まさに 身近なり 娑婆に泥みて 本意な忘れそ 私の駄句製造はこの様に、即座に出来て、留まるところを知りません。本当に手が付けられないとは、この様な事を言うのでありましょう。 所で、私は私流の 自然流 を勝手に会得したと心得て、大体においてまちがいのない、愉快な毎日を送る事が許されておりまうが、この自分流の自然ですが、考えていたほど容易ではありませんで、そこには様々な障害と言っては言い過ぎなのですが、雑多な妄想が混入してきては、迷いや戸惑いをもたらしてしまう。凡夫の悲しさ、一度この障害を意識してしまうと、気持ちが揺れてしまい、ああでもない、こうでもないと余計な思案をかかえることになり、そうなると、もう不安な気持ちは増大する一方で、とんだ自然流に陥ってしまう。 ですから、どうあっても私は自分の 自然 を抜け出すことはないのだから、安心して気楽に行動をするように、自分自身に言い聞かせるようにしております。 現在伝わっている「老子道徳経」は、政治の在り方、人間の生き方、を「道」に従うべきだと説いている。道とは、宇宙開闢以来から存在し、現在なお宇宙及び人生を支配している究極的な道理を言う。その具体的な内容については、内容を詳細に熟読玩味する他はないわけで、その実践に至っては至難の業と言うほかは無いようであります。いずれにせよ、春秋戦国という長い苦難の歴史の中で、鍛え抜かれた中国民族の叡智の結晶であるこの書から学ぶことは、非常に有益であることに間違いはないのでありまして、それは読者それぞれの立場によっても、まちまちである筈です。 ここで、今朝の夢に見た懐かしい人をご紹介しましょう。人気の番組「太陽に吠えろ」の演技係を長年務めていた深ちゃんこと深山氏であります。非常に個性の強い方で、若い頃には自衛隊で活躍して、中年を過ぎてから芸能関係に入って来たのですが、詳しい経緯などは私は存じません。演技係という職種はそれこそ縁の下の力持ちで、陰にいて番組を支える重要なポストです。私は数多くの番組を手掛けたので、様々な人々と一緒に仕事をしました。深ちゃんとはそんなに長い期間ではありませんが、夢で見るほどに大変お世話になっています。監督で深ちゃんを演技者として高く評価していた斎藤光正さんの事を、自然に今思い出したりしました。懐かしい限りであります。
2021年03月01日
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