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18 [ 第四幕 第二場 ] アルバニー公の館の前 ゴネリルとエドマンドが登場。ゴネリル ようこそ、我が館に。 オズワルドが館から出て来る。ゴネリル あ、旦那様は何処においでだった?オズワルド 奥にお籠りです。敵軍の上陸、奥方様の御帰館、グロスター殿の陰謀、その御子息様の御忠節についても、委細お話申し上げましたが、公には手前を間抜け呼ばわりまでなさり、言う事がアッベ(逆様)だとの仰せ ――ゴネリル (エドマンドに) では、あなたはお会いにならないで。お戻りになって、エドマンド、弟の館へ。そして一刻も早く召集を終わるように促し、その指揮を取ってくださいまし。(形見を渡しながら) これを。では、ご機嫌よう。エドマンド たとえ一命を失おうとも、全ては貴女のお手に!ゴネリル またお目に掛かりましょう、グロスター伯爵! (エドマンド退場) ああ、こうも違うものかしら、同じ男と男で!オズワルド 奥方様、あれに旦那様が。(言いおいて退場) アルバニー公が登場。ゴネリル この間までは口笛の御挨拶位して頂けましたのに。アルバニー おお、ゴネリル、安心できぬのはその気性だ。己の命の源を蔑ろにする情知らずに人の道が守れる筈がない。ゴネリル もう沢山! そんな事は愚にもつかぬお説教と言うもの。アルバニー 智慧も徳も悪人の目には悪としか映らぬらしい。ゴネリル あなたの肝は白い乳で出来ているらしい! 既にフランス王はこの平和の領土に旗を翻(ひるがえ)し、兜(かぶと)の羽飾りも勇ましく御領地を狙っていると言うのに、あなたは教訓好きの阿呆よろしく、「ああ、何故こんな無法な事を?」と嘆いているだけの事。アルバニー 己の顔を覗いてみるがよい、悪魔め!ゴネリル ああ、阿呆がたわいもないことを! 使者登場。アルバニー 何の知らせだ?使者 おお、一大事にございます。コーンウォール公がお薨(かく)れ遊ばしました。ご自分の召使の手にかかって、は、グロスター伯の眼を抉り取ろうとなさったので。アルバニー グロスターのマナグ(眼)を!使者 は、両目共に。奥方様、この手紙に至急御返事をとのこと、お妹様からに御座います。(手紙を渡す)ゴネリル (傍白)見様によっては、それも好都合。ただ、夫に死なれて独り身になった妹の傍には私のグロスターが。でも、見方を変えれば、満更不吉とも言い切れない…。読みましょう、返事は直ぐ書きます。(退場)アルバニー 息子はどこにいたのだ、父親が目を抉り取られ、酷い目に遭わされていた時?使者 奥方様のお供でこちらへ。アルバニー ここには来ておらぬ。使者 は、存じております、お戻りになる所を、途中でお目にかかりました。アルバニー この非道の仕打ちを知っているのか?使者 は、それどころかみずからお父上を中傷し、わざとその場をはずし、公爵夫妻に思いのままの御処分が出来るように仕組んだので御座います。アルバニー グロスター、この身は必ず生きながらえて、王に尽くしてくれたお前の真心に礼を言い、抉られた眼の敵は取ってやるぞ。さ、奥へ来てくれ。なお知っている事は何でも聴かせて貰いたい。(二人退場) 19 [ 第四幕 第三場 ] ドーヴァー付近の仏軍陣地 ケントと紳士が登場。ケント 何故フランス王にはこうも慌ただしく御帰国なされたのか?紳士 何か本国に大事を控えてのことかと。ケント 例の手紙をお読みになって、お妃にはさぞかし深くお嘆きの事とおもうが?紳士 一二度、切なげに「オドサマ(お父様)」と、如何にも胸を絞るような声をお漏らしになりました。ケント で、それ以来、お目にかかってはおられぬのだな?紳士 左様、一度も。ケント 実は受難の王の事だが、今はこの町においでになる。だが、何としても姫君コーディリア様にはお会いになりたがらぬのだ。紳士 お気の毒な!ケント アルバニー、コーンウォール、両軍の模様について何かお聞きになった事は?紳士 その事ですが、いずれも既に出陣したとのこと。ケント さて、これから国王のもとにご案内しよう。どうぞ御一緒にお出でを。 (二人退場) 20 [ 第四幕 第四場 ] 前場と同じ 軍鼓、軍旗、その後にコーディリア、侍医、将士の一隊が登場。コーディリア ああ、確かに父上に違いない。父上を救うてくれた者には、私の持っている物なら、どんな宝でもとらせように。 使者が登場。使者 お知らせ申し上げます。ブリテンの軍勢がこちらに向かって攻め寄せて参ります。コーディリア 予想通りです。フランス王は泣いて頼む私の心を察し、憐れんでくれたので御座います。思い上がった野心から、好んで戦を起こしはしない。(一同退場) 21 [ 第四幕 第五場 ] グロスター伯の居城 リーガンとオズワルドが登場。リーガン でも、兄上の軍勢はもう出陣したのだろう?オズワルド はい、確かに。リーガン エドマンド卿はお館に着いても公爵とはお会いになられなかったとか?オズワルド はい、左様で。レーガン エドマンド宛の姉上の手紙と言うのは、どういう用向きなのだろう?オズワルド 内容は存じませぬが。レーガン 実は、あの人は大事な使命を帯びて急ぎ旅立ちました。父親の命にけりをつける事と、敵の兵力を探る目的で。オズワルド それでは直ぐにお跡を追わねば。リーガン 私にその手紙の封を切らせておくれ。オズワルド いくら私でも、そのような事は。リーガン あの人は自分の夫を好いてはいない。お前は姉上の腹心だったね。オズワルド 私が、まさか!リーガン 何もかも解っている。私は夫に死なれました。エドマンドとは話がついている。あの人にしてみれば、お前のところの奥方よりは私の手を取る方が手っ取り早いというもの。あの人に会ったら、(何か形見の品を渡し)これをお渡ししておくれ。では、行っておいで。 (二人退場) 22 [ 第四幕 第六場 ] ドーヴァー付近の田舎 グロスター、続いて百姓姿のエドガーが登場。グロスター まだ、大分かかるだろうか、例の岡の頂きまでは?エドガー 今、それに掛かるところだ。この通りなかなか骨が折れる。グロスター 何だか平らなような気がする。エドガー 酷い登りだ。それ、潮騒が聞こえよう。グロスター いや、何も。エドガー それはおかしい。してみると、眼の激しい痛みのために、他の感覚も麻痺してしまったらしい。グロスター 成程、そうかも知れぬ。エドマンド さあ、ようやく着いた。動いてはいけない。恐ろしくて目が眩みそうだ。グロスター そのお前の立っている所へ、私を連れて行ってくれ。エドガー さあ、手を。よし、ここは崖縁まで一フィートしかないぞ。グロスター 手を放せ。これを遣る。別の財布だ。宝石がひとつ入っている。貧しき者の手に渡れば結構ひと財産になる。別れの挨拶をして、去って行く足音を聞かせてくれ。エドガー では、これで、御機嫌よう。グロスター お前のことは忘れぬぞ!エドガー (傍白) 人の絶望をこうまで弄ぶのも、詰まりそれを治してあげたいからだ。グロスター ああ、大いなる神々! (膝まづく) 私は今、この世と断ち、心静かにこの業苦を振捨てようとしております。もしエドガーが生きておりますならば、おお、何とぞあれをお見守り下さいますよう!エドガー それ、離れていますよ、ご機嫌よう! (グロスターは前に倒れ、気を失う) だが、積りだけで大事な命を失うことが無いとは言えぬ。 (声を高くして) 生きているのか、死んでいるのか? おい、どうした! (傍白) こうして一度は死んでもらおう。が、やがて生き還るのだ。(声を高くして)お前さん、どこの人だね?
2021年08月31日
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14 [ 第三幕 第五場 ] グロスターの居城の一室 コーンウォールとエドマンドが登場。コーンウォール この城を去る前に必ず復讐してやる。エドマンド どれほど謗(そし)られます事か、親子の自然の情に背いてまで忠義立てせねばならぬのかと。コーンウォール 今となってみると、ウガのアンチャがアヤ(父親)の命を狙ったのも、あながち悪人だからとのみは言えなくなる。エドマンド 返す返すも悪運を引き当てましたのはこの私。これが父の話しておりました手紙にござります。父が間者としてフランス方に通じていたことは明白と存じます。コーンウォール 行こう、妻に会ってくれ。エドマンド もしこの書面の通りでしたら、お急ぎにならねばならぬ事が山ほど控えておりまする。コーンウォール 真偽はともあれ、これでお前がグロスター伯になれる。父親の在り処を突き止めておけ。エドマンド (小声で傍白)これで親父が王の世話でもしていれば、嫌疑はいよいよ深まるというものだ。 (コーンウォールに)私と致しましては、どこまでも忠の道を歩みたく存じます。(二人退場) 15 [ 第三幕 第六場 ] グロスターの居城の近く、百姓屋の一室 グロスターとケントが登場。グロスター これでも外よりはましだ。直ぐに戻ってくるからな。ケント ご親切には神々のお報いを! (グロスター退場) 入れ違いにリア、エドガー、道化が登場。ケント さ、どうぞここへ横になって暫くお休みくださいまし。リア 騒ぐな、垂れ幕を引け。 グロスターが戻って来る。グロスター 一寸ここへ。国王はどこにおいでか?ケント そこに、だが、お起こしにならぬように。グロスター では、お前に頼む。王を御抱きして早くここを。お命を狙う陰謀の噂を耳にしたのだ。担架が用意してある、それにお載せしてドーヴァーまで落ち延びてくれ。そこには歓待と庇護とが待っている。ケント (道化に)おい、手を貸してくれ。グロスター さあ、さあ、早く逃げるのだ! グロスター、ケント、道化が王を運び去る。エドガー 身分は遥かに上でありながら、我らと同じ苦痛を背負わされている。ご無事で落ち延びられるように。さあ、隠れた、隠れた。 (退場) 16 [ 第三幕 第七場 ] グロスターの居城の一室 コーンウォール、リーガン、ゴネリル、エドマンド、及び召使達が登場。コーンウォール (ゴネリルに) 御主人の所に急ぎお戻り頂きたい。この書面をお見せになるように、フランス軍が上陸したのです。裏切り者のグロスターを早く見つけ出すのだ。リーガン 見つけ次第、直ちに絞首刑に処するが良い。ゴネリル あの男の目をえぐり出しておやり。コーンウォール 処罰は私に任せて貰おう。エドマンド、アネチャのお供を。アルバニー公にお目にかかったら、一刻も早く開戦の御用意をと申し上げてくれ。 オズワルド登場。オズワルド やはりグロスター公爵がここよりお連れ出しになったので御座います。コーンウォール 奥方に直ちに馬の用意をしろ。ゴネリル では、お大事に、お二人共。 (ゴネリル、エドマンド、オズワルドが退場)コーンウォール グロスターを早く見つけ出せ。 (召使が数名退場)死刑の宣告を下す以上、一応裁きの手続きを踏まねばならぬのだが、力ずくでしたい放題の事でもせねば、この憤りは納まらぬ。 召使達がグロスターを引き立てて、再び登場。コーンウォール 何者だ、裏切り者を連れて来たのか?リーガン 恩知らずの狐が! あの男です。コーンウォール その萎びたケナ(腕)を縛りあげろ。 召使達がグロスターを縛る。リーガンがその鬚をむしり取る。グロスター 慈悲深き神々にはその恥知らずの所業に、さぞかし驚いておいでだろう。コーンウォール 最近、フランスから受け取った書面の中身は?グロスター 私が受け取りましたのは、敵方からではありませぬ。コーンウォール 王をどこへ送った?グロスター ドーヴァーへ。その酷い爪がお気の毒な老王の両の御目を抉り出すのに、忍びなかったからだ。コーンウォール 貴様のその目を踏みにじってくれる。グロスター おお、酷いことを!リーガン 残る目が隣の窪みを嘲っている。ついでにそれも!コーンウォール もう二度と見えぬように、こうしてやる。ええい、胸糞の悪い、まるで腐った生牡蠣のようだ! 貴様の光は今どこにある?グロスター 闇に鎖され、頼るべき物影ひとつない。エドマンドは何処にいる? この悪逆無道の行いに懲らしめを加えてくれ。リーガン お前は、お前を憎んでいる者に助けを求めている。誰でもない、あの男がお前の反逆を知らせてくれたのだよ。グロスター ああ、何という愚かなことを! それならエドガーは濡れ衣をきせられたのだ。リーガン その男を城門の外に放り出しておやり。 (コーンウォールとリーガン退場) 17 [ 第四幕 第一場 ] 荒野 エドガー登場。エドガー 人間、どん底まで落ちてしまえば、あるのは希望だけ、不安の種は何もない。 グロスターが老人に手を引かれて登場。エドガー だが、誰だ、あれは? 父上ではないか、目をどうかなさったらしい!老人 旦那様、手前はずっと旦那様にお仕え致して参りました。それも、御先代の時からの事、もう八十年にもなります。グロスター もう行け、行ってくれ!老人 その御目では道がお分かりにはなりません。グロスター この俺には行くべき道などあるものか。人間、有るものに頼れば隙が生じる。失えばかえってそれが強みになるものだ。ああ、エドガー、お前は欺かれた愚かな父の怒りの生贄に!老人 おい、これ、誰だ、そこにいるのは?エドガー (傍白) ああ、こんな恐ろしい事が!老人 気違い乞食のトムだな。おい、何処へ行くのだ?グロスター その男は乞食か?老人 はい、気違いで、その上乞食というわけで。エドガー (傍白) どうしてこの様な事に?グロスター そいつは裸の男か?老人 はい、左様で。グロスター それならお前は帰ってくれ。そしてこの裸虫に何か引っ掛ける物を持って来てやってくれ。俺はこれに手を引いて貰おうと思っているのだ。老人 手前の持っております一番よいのを持ってまいりましょう。 (退場)グロスター こら、裸虫!エドガー 哀れなトムは寒いのだよ。 (傍白) これ以上は誤魔化しきれない。グロスター ここへ来てくれ。エドガー (傍白) だが、続けなければならぬ。あ、目が、血が出ている!グロスター お前はドーヴァーへ行く道を知っているか?エドガー 木戸に門、馬道小道、どっちも知っている。グロスター さ、この財布を遣る。お前は感心な奴だ、天の下し給うた禍を一度に身に受けながら、じっと我慢している。お前はドーヴァーを知っているか?エドガー 知っているとも、旦那。グロスター そこには絶壁が如何にも恐ろしげにそそり立ち、高々ともたげた項(うなじ)を前に差し伸べ、眼下に海を押さえつけている。その縁(ふち)のところまで俺を連れて行ってくれ。そしたら、俺はお前の担っている苦患を取り除いてやろう。多少の金目の物は今でもこの身に付けているからな。そこから先はもう案内はいらぬ。エドガー 腕を貸しな、哀れなトムの道案内だ。 (二人退場)
2021年08月26日
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10 [ 第三幕 第一場 ] 荒野 雷、稲妻の中をケントと紳士が出て来て相遭う。ケント 誰だ、この凄まじい空の下を?紳士 その空模様と同じく、心休まらぬ男。ケント その顔なら覚えている。王はどこにおいでか?紳士 荒れ狂う風雨と揉み合い、風に向かって叫んでおいでです。ケント しかし、誰かお供は?紳士 阿呆が一人付いているだけ。ケント ところで、お顔は覚えている、敢えて大事なことをお頼みしたい。例の不和のこと、アルバニー、コーンウォール両公爵は互いに相手を陥れようと企んでいる。ところが家中の者で、見せかけは如何にも忠僕だが、実はフランス王の間者というのがいて、それが我がブリテンの情勢を一々彼の地に報告しているという有様。いずれにせよ確かなことはフランス軍がこの乱れた王国に乗っ込みつつある事だ。そこで頼みがある、直ちにドーヴァーの港にお急ぎ頂きたい。そこには喜んで迎えてくださる方がおいでのはず。その方に、王のお苦しみが只事でないことをお伝え願いたいのだ。紳士 なお色々とお話をお伺いしたいのですが。ケント いや、その余裕はない。ただ、この財布を預けよう。コーディリア姫にお会いの節は、大丈夫、そうなる、この指輪を差し上げていただきたい。それをくれた男が誰か、姫が教えて下さろう。紳士 ほかに何か?ケント 王を見掛けたら、ご苦労だが、そちらを頼む。ワはこちらを探す。最初に見付けた方が大声で相手に知らせる事にしよう。(ケントと紳士別れる) 11 [ 第三幕 第二場 ] 荒野、他の箇所 ますます募る嵐の中を、被り物のないリアが道化と共に出て来る。リア 風よ、吹け、うぬが頬を吹き破れ! いくらでも猛り狂うがいい! 雨よ、降れ、滝となって落ちかかれ、塔も櫓も溺れ漂うほどに! 胸を掠める思いの如く速やかなる硫黄の火よ、槲(かしわ)を突っ裂く雷の先触れとなり、この白髪頭を焼き焦がしてしまえ! おお、天地を揺るがす激しい雷、この丸い大地の球を叩き潰し、板のように平たくしてしまってくれ。生命の根源たる自然の鋳型を毀(こぼ)ち、恩知らずの人間共を造出す種を一粒残らず打砕いてしまうのだ!道化 おお、おっさん、幾ら潤いが無くても家は家だ。なあ、家の中に入ろうよ。リア そうして轟轟(ごうごう)と腹を鳴らしていろ! 火を吐け! 水を落とせ! 雨、風、雷、稲妻、いずれも俺にとっては娘ではない。お前自然を情知らずと恨みはせぬ、お前らに国を与えたこともなし、我が子と呼んだ覚えもない。いくらでも恐ろしい悪戯をしたらよい、この通り、俺はお前らの奴隷だ、哀れなたわいのない、誰からも蔑まれている、弱い年寄りに過ぎない。道化 頭を突っ込む家を持つためには、まずその前に、頭を持つことだ。 ケント登場。リア いや、俺は見事、堪えてみせる。ケント 誰かいるのか、そこに?道化 いるよ、お上とお下とが、詰まり利口と(リアを指さして)阿呆とがさ。ケント おお、ここに? この大地を蔽う稲妻、不気味な雷鳴、のたうち呻く雨風は、物心ついてからこの方、聞いたこともない激しさ。リア 天空をあれ荒ぶ神々が、一刻も早くその敵を見出されん事を。上辺は尤もらしく見せかけながら、陰では秘かに人の命を狙う奴輩。そのひた隠しに隠して来た罪業を、今こそ洗いざらいぶちまけて、この天の恐るべき呼び出しに慈悲を乞うがよい。ケント おお、被り物もお召にならず? お聴き下さいまし、この近くに掘っ立て小屋が御座います。どうやら風を凌ぐだけの役には立ちましょう、そこでお休みくださいまし。リア 気が狂いそうだ。おい、小僧。どうした、寒いのか? 俺も寒い、これ、阿呆よ、俺はな、どこかで貴様が不憫に思えて来たぞ。道化 (歌う) 知恵のない奴は、狂わぬうちに――リア お前の言う通りだ、小僧。さ、掘っ立て小屋へ連れて行ってくれ! (三人退場) 12 [ 第三幕 第三場 ] グロスター居城の一室 グロスターとエドマンドが燈(あか)りを持って登場。グロスター 何ということだ、エドマンド。こういう人情の自然に悖(もと)る仕打ちは俺の性に合わぬ。俺が王の今のご境遇からなんとかお救いしようと思うて、お二人のご承認を願い出たところ、逆にこの城を召し上げられてしもうた。エドマンド 乱暴にも程がある。グロスター まあ、よい。もう、何も言うな。両公爵の間には溝がある。実は今夜さるところから書面を受け取った。王の今のお苦しみが完膚なきまでに復讐される日が来ようぞ。我らは王にお味方せねばならぬ。俺はこれから御在所を尋ね、陰ながらお助けする積もりだ。もし何か尋ねられたら、俺は病気で寝ている事にな。(退場)エドマンド そんな忠義立ては、お前さんに禁ぜられている筈。直ぐにも公爵に知らせてやろう。そうだ、手紙のことも。(退場) 13 [ 第三幕 第四場 ] 荒野、掘っ立て小屋の前 嵐が続いている。リア、ケント、道化が登場。ケント ここで御座います。どうぞ、中へ。この荒野にこの嵐。人のよく耐えうる所ではございませぬ。リア 放っておいてくれ。ケント 一先ず中へおはいりを。リア お前には大事のように思えるらしいな。だが、大病に襲われ、不治と極まれる身には、小病はさして苦にならぬものだ。ケント さあ、中へおはいりを。リア それより、ウガこそ入るがよい。だが、俺も入ろう。(道化に)小僧、先に入るが良い。俺は祈りたいのだ。(道化中に入る) 着る物もない、惨めな貧乏人共、どこにいようと構わぬ、今この無慈悲な嵐に叩きのめされ、じっと堪えているお前たちに俺は尋ねたいのだ、この蔽う物無き頭、満たされぬ腹を抱え、綴り合わせた穴だらけのぼろを纏うて、このような日はどうして凌いでゆくのか?エドガー (奥で) わあ、難破だ、浅瀬だ、こちらは哀れなトムでござい! (道化が小屋から飛び出して来る)道化 入ってはいけない、おっさん。お化けがいる。ケント さ、手をよこせ。誰だ、そこにいるのは?道化 お化けだ、お化けだよ!ケント 何者だ、藁の中でぶつくさ言っているのは? ここへ出て来い! 気違いを装ったエドガーが小屋の中から出て来る。エドガー あっちへ行け! 悪い鬼めが俺を掴まえて離さないのだよ!リア 貴様も娘どもに何もかもくれてしまったのか? その成れの果てがこの様か?エドガー 誰だね、この哀れなトムに何かくれるというのは? あの鬼め、本当に悪い奴だよ。リア そうか、娘どもがこのような目に遭わせたのか?エドガー 悪い鬼には気をつけるのだよ。リア お前は何をしていたのだ?エドガー 騎士さ!リア 人間はただこれだけのものなのか、外から付けた物を剥がしてしまえば、皆、貴様と同じ哀れな二足獣に過ぎぬ。脱げ、脱いでしまえ。お前の着ている借物を。おい、このボタンを外してくれ。(着ている物を脱ぎ捨てようと藻掻く)道化 おっさん、落ち着いておくれよ、泳ぎには今夜はちとまずい。 グロスターが松明を手に近づいて来る。道化 見な、それ、あそこに火が歩いて来る。エドガー あれは悪魔だ!リア あれは何者か?ケント 誰だ、そこにいるのは?グロスター 何たる事か、さ、御一緒に城へ。臣下として、お子様方の酷(むご)いお指図に従うのは、もう耐えがとうなりました。リア その前に、この学者と話があるのだ。ケント それはさておき、この男の申し出をお受け遊ばすよう、城にお戻り下さいまし。リア ほんの一言、このテーベの碩学(せきがく)と話がしたいのだ。エドガー トムは寒いとさ。リア さ、皆、中に入ろう。ケント いえ、あちらへどうぞ。リア この男の側がよい!ケント この上は、お言葉に逆らいませぬよう、この男を御一緒にお供させましょう。グロスター では、連れて来るがよい。リア さ、行こう、アテネの学者殿。(一同退場)
2021年08月24日
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ケント まさか、そのような事も。道化 は、は、は! 生き物を繋ぐには急所があって、馬は頭、犬や熊は首、猿は腰、人間ならば脚と相場が決まっている。リア 誰だ、お前の身分を知らず、このような目に遭わせたのは?ケント 例のお二人にございます、お姫様とお婿様の。リア 嘘を言うな。ケント 真(まこと)にございます。リア 嘘だ、嘘だ、これが二人の仕業であるものか。委細を速やかに申してみよ。ケント 申し上げます。公爵の館に着き、王の御書面をお二方のお手元にお渡しした時、汗にまみれた使者が一人、湯気を立てて駆け込んで参り、主人ゴネリル様よりと即座の口上、お二人は直ぐそれに御目をお通しになりました。読み終わるや否や、直ちに召使共をお呼び集めになり、そまま馬にてこちらへ。その際、私には後から付いて来い、そう冷たい一瞥をお与えになりました。所がまたここで別の使者に出会ったのですが、そいつは例の王の御前で無礼を働いた男でしたので、つい剣を抜いてしまった次第です。奴は怯えて、大声を挙げ、邸中の者を呼び起こしました。そこでお二方は非は私にあり、この位の辱めは当然だとお考えになられたのでした。リア おお、腹が煮えくり返る。ええい、下がれ、この湧き上がる悲しみ、娘はどこにいる?ケント グロスター伯の所に、奥においでの筈。リア 付いて来るな、ここに居れ。 (奥に入る) リアが再び登場、その後にグロスターが続く。リア 会いたくない? 病気だ、疲れている?グロスター 仰せではございますが、公爵は火のように激しい御気性でございますゆえ…。リア 疫病に取り付かれるがよい! 俺はどうしてもコーンウォール公夫婦に会って、話がしたいのだ。グロスター はい、その通りにお伝え申し上げたのですが。リア ええい、我慢がならぬ! いや、待て。本当に具合が悪いのかも知れぬ。(ケントを見て)これでも王と言えるのか! 二人に伝えろ、会って話がしたい、それも今直ぐにだ。ここへ来るように言え!グロスター 何とか丸く納まりますように。(退場)リア ああ、この胸の内! 熱いものがこの胸元まで! ええい、下がれ!道化 たんと怒鳴るがいいや、おっさん。 グロスターが再び登場、続いてコーンウォールとリーガンが召使達と共に現れる。リア 早起きだな、二人共。コーンウォール ようこそ! (ケントを自由にするように指図する)リーガン 久しぶりにお目に掛かれて嬉しゅうございます。リア リーガン、それが本心であろう。(ケントに)おお、やっと自由になったか? この事はまた改めて聞かせて貰おう ―― それより、リーガン、ウガの姉は悪者だぞ。とても信じては貰えまい、あいつが如何に酷い心の持主か!リーガン お願い、落ち着いてくださいまし。そう仰るのは、アネチャの真意がよくお解りになっておいででないからです。リア 何? どういう意味だ?リーガン アネチャの方にいささかでも手落ちがあったとは考えられませぬ。リア 呪っても足りぬ奴だ!リーガン いいえ、何よりお年をお忘れにならぬよう。どうぞアネチャの所お戻りくださいますよう、一言、悪かったと仰ってくださいまし。リア あれに許しを乞えと? 「 娘、正直、ワももう年だ、(膝まずき)老人は無用の長物、こうして膝を突いて頼む、着る物を、寝床を、食物を恵んでくれぬか? 」リーガン お止めになって、もう沢山、そのような悪ふざけは嫌味と申すもの。直ぐ姉上の所にお戻り下さいまし。リア (立ち上がって)戻るものか、リーガン。あいつは供の者を半分に減らしたのみか、ワを睨みつけ、蝮の舌をもってこの心臓を突刺したのだ。コーンウォール 何を愚かなことを!リア 光れ、稲妻、一瞬にして人を盲(めしい)と化すその閃光を、あいつの傲れる目の中に射込んでくれ!リーガン 恐ろしい事を! 同じ呪いをワにもお浴びせになりましょう、もしお憤りが ――リア 何を言う、リーガン、ンガが俺の呪いを受けるようなことは無い。リーガン それよりも、御用の趣を。リア 誰が俺の従者に足枷を穿かせたのだ? (奥で、タケット調のトランペット)コーンウォール あのラッパは?リーガン どうやら……、アネチャらしい。手紙にもあった、直ぐに行くからと。 オズワルド登場。リーガン ウガの御主人が見えたのだろう?リア 退(さが)れ、ごますりめ、俺の目に触れるな!コーンウォール なぜそのような事を仰せに?リア 誰だ、俺の抱えている男を足枷に掛けたのは? リーガン、俺は安心している、ウガの与り知らぬことだ。 ゴネリル登場。リア 何者だ、あれは? (ゴネリルに)この鬚を見て恥じぬのか? おお、リーガン、ウガはその女の手を取ろうと?ゴネリル 何故手を取ってはなりませぬ?リア おお、この胸、貴様、なかなか強いではないか? どうして俺の従者は足枷を嵌められたのだ?コーンウォール ワがやった事です、が、この男の働いた乱暴は、更に厳しい処分に値しましょう。リア 公か? みずからやったと言うのか?リーガン お願いです、オドサマ、力のない者は無いように振舞ってください。リア この女の元へ帰れと? 供の者に暇を出せと。断る、それくらいなら、もう屋根の下に住もうと思わぬ!ゴネリル お心のままに、何なりと。リア 頼むから、娘、俺を気違いにしないでくれ。俺は堪える、リーガンの所に逗(とど)まる事にしよう。供の騎士百人もそうさせる。リーガン そうお望み通りには。こちらはまだ先の事と存じておりましたし、お迎えの用意も備わっておりませぬ。リア それを本気で言うのか? 俺はお前に何も彼もやった。リーガン それも良い時に下さいました。リア お前たちを俺の後見にし、管理者とした事は確かだが、これだけの従者は付けると断っておいた筈だ。それを、二十五人しか連れて来てはならぬと言うのか?リーガン それ以上はお断り致します。リア 捩じけ者でも結構よく見えてくるものだ、更に捩じけた奴が出て来るとな。(ゴネリルに)ウガの所に行こう。ウガの五十はそれでも二倍だからな。ゴネリル 一寸、お待ちくださいまし。二十五人にせよ、いえ、十人、五人にせよ、同じ館にお住まいいただくのに、どうしてお付が必要でしょう?リーガン 一人にせよ、御必要でしょうか?リア おお、必要を言うな! 如何に賎しい乞食でも、その取るに足らぬ持ち物の中に、何か余計なものを持っている。自然が必要とする以外の物を禁じてみるがよい、人間の暮らしは畜生同然の惨めなものとなろう。おお、忍耐、それこそ俺に必要なものだというのか! あの、女共の武器でしかない水の雫に、この男の頬を濡らさしむる事なきよう。この情知らずの鬼どもめ、必ず復習してやる。俺が泣くと思っているな、馬鹿な、泣くものか、(雷鳴が近づいて来る) が、この心を粉々に打ち砕いてしまうまでは、決して泣きはせぬぞ、おお、阿呆、俺は気が狂いそうだ! (外へ飛び出して行く、道化、グロスター、ケントが後を追う)コーンウォール 入ろう、嵐が来る。リーガン ここは手狭だもの、とてもお爺さんの一党を入れきれはしない。ゴネリル 自業自得と言うもの。リーガン 当人だけなら、喜んでむかえましょう。でも、お付きは一人でも厭。ゴネリル 私もその積り。城主のグロスター伯は?コーンウォール 老人の後について行った。 グロスター、再び戻って来る。グロスター 王には大層お憤りで。コーンウォール どこへ行かれた?グロスター 馬をお命じになりましたが、どちらへお出での積もりか解りませぬ。ゴネリル 伯爵、決してお引き止めなさらぬように。グロスター ああ、夜にはなる、ふき募る冷たい風が肉を噛む。このあたりはどこまで行っても木立は愚か潅木一つありはしない。リーガン でも、伯爵、頑なな人というものは、みずから招いた禍を己の師とせねばなりますまい。城門をお閉めになるように、何しろお付には向こう見ずな手合いばかり、用心しておくに越した事はありません。コーンウォール 門は閉めておいたほうがよい、今夜は大分荒れよう、リーガンの言う事は尤もだ。さ、嵐が来ぬうちに。 (一同入る)
2021年08月21日
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7 [ 第二幕 第二場 ] グロスター伯の居城の前 ケントとオズワルドが左右から出て来て遭う。オズワルド お早う。この屋敷の人かい?ケント ああ。オズワルド 馬はどこに繋ぐのだ?ケント そこの溝だ。オズワルド まあ、お互い同じ人間様だ、教えてくれよ。ケント 俺はお前と同じ人間ではない。オズワルド 何故そう突っ掛るのだ?ケント 面の皮の厚い奴だ。あれは二日前のことだ、王様の御前で俺が貴様の足を掬い、一殴りくれてやった筈だ。さ、抜け、やくざ野郎、夜でも幸い月は照っている、剣を抜け! (自分の剣を抜く)オズワルド 退け! ウガには用はない。ケント 抜けと言うのに、この無頼漢め! その懐に王を陥れる手紙がある筈だ抜けというのに、このやくざ野郎、さ、来い!オズワルド 助けてくれ、おおい! 人殺しだ、助けてくれ!ケント 打って来い、しゃんと構えるのだ。(殴りつける)オズワルド 助けてくれ、おおい! 人殺し、人殺し! エドマンドが抜剣して登場。エドマンド どうした? 二人共離れろ! そもそも事の起こりは? (分けて入る)ケント お前さんさ。鉄面皮、よかったら相手になってやる!さあ、血の味を教えてやるぞ、打って来い、お若いの! コーンウォール、リーガン、グロスター、及び召使達が登場。グロスター その得物は? 何故の刃物三昧か? 何が因(もと)でこの様な騒ぎに?コーンウォール 鎮まれ、命が惜しいなら! 先に手を出せば死刑だ。事の起こりは何か?リーガン アネチャと王からの使者に違いない!コーンウォール 争いの因は何か? 答えろ。オズワルド この老いぼれのならず者が、、はい、その胡麻塩の髯に免じて、命だけは勘弁してやりましたが――ケント 公爵、もしお許しが頂けますなら、この篩(ふるい)の目を通らないがらくた悪党、粉々に踏み潰して、便所の壁でも塗りたいところでございます。胡麻塩の髯に免じてと言ったな、頭を下げるより能無しの鶺鴒(せきれい)野郎め?コーンウォール 静かにしないか! 畜生同然のごろつきだな、お前は、礼を弁えぬのか?ケント 弁えておりますが、立腹には特権が付き物にございます。コーンウォール 何に腹を立てているのか?ケント こんな下司下郎が剣をさげている、どの面下げてそれを下げているのかと思うと、つい腹が立ちます。コーンウォール 何を言う、お前は気違いか、爺さん?グロスター どうして掴み合いになったのだ、それを言え。ケント どんな敵同士にしても、ワとこのごろつき程、肌の合わない間柄はまずありますまい。コーンウォール 何故この男をごろつき呼ばわりするのだ? これが何か気に障る事をしたのか?ケント その面が気に食わぬのです。コーンウォール お前はこの男に何をしたのだ?オズワルド 何もしは致しませぬ。たまたまこの男の御主人の王様が、ごく最近、ふとした誤解からワを御打擲(ごちょうちゃく)になりまして、その折、この男が王様と示し合わし、そのご機嫌を取ろうとして、後ろからワの足を掬いましたので。ケント いかにやくざな臆病者でも、明き盲の豪傑アイアースが相手なら、どんな阿呆扱いも易々たるものだ。コーンウォール 足枷を持って来い! いい年をしてどこまで大口を叩く気か、よし、教えてやろう!ケント が、今更、物を習うには年を取り過ぎました。ワは王の御命令にて遣わされたので御座います。コーンウォール 足枷を持って来い! 明日の昼までこいつを台に曝しておくのだ。リーガン 昼まで? いいえ、ついでに一晩中夜明かしさせておやり。ケント 何と仰せになります。たとえワが犬でも、お父君が飼っておいでとあれば、そのように酷くはお扱いにはなりますまい。リーガン いいえ、オドサマの手下なればこそ。コーンウォール まさしくアネチャの手紙にあった手合いと同じ穴の狢(むじな)だ。さ、早くここへ足枷を。 (足枷が運び入れられる)グロスター 差し出がましゅうはございますが公爵、どうぞお留まり下さいまし。王も必ず御気色を損なわせられましょう。コーンウォール その責はこの身が負う。リーガン それよりアネチャの御機嫌を損ないましょう。その男の脚を。 (ケントは足枷台に掛けられる。それを見てコーンウォールに)さあ、参りましょう。 (グロスターとケントを残して一同退場)グロスター 気の毒だな、これも公爵の御意とあれば、その御気性は世間周知のもの。いずれ取りなして進ぜよう。ケント 御心配には及びません。ひと寝入りして、醒めたら口笛でも吹いておりましょう。グロスター ここまで来れば非は公爵にある、王はさぞかし御気色を損なわせられよう。(退場)ケント 早く昇れ、下界を照らす灯火。その光を借りてこの手紙を読むのだ。ほかでもない、コーディリア様から頂いたものだ。この身の仮の姿をどこからか聞き及んでおいでらしい。それなら、やがて……この乱れた秩序を建直し、損なわれた箇所に手当をして下さろう。いや、すっかり疲れた、寝も足りぬ。(眠りに入る) 8 [ 第二幕 第三場 ] 野原 エドガー登場。エドガー 俺を捕まえる触書が回っていると言うが、木の洞のお蔭で幸い追っ手は免れた。とにかく逃げられるだけ逃げ延びよう! エドガーの俺はもういないのだ。 (退場) 9 [ 第二幕 第四場 ] グロスター伯の居城の前 ケントが足枷に掛けられたまま。リア、道化、紳士が登場。リア おかしな話だな、急に館を留守にし、しかも使者を返して寄越さぬというのは。紳士 ワの承りました限り、前夜まではこちへお越しのおつもりはなかったように御座います。ケント ようこそ、ここへ!リア おお、ウガはその辱めを慰めにして済ませる気か?
2021年08月20日
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アルバニー 正直、訳が解らぬ。何からこういうことになったのだ?ゴネリル わざわざ訳を知ろうとなさる程の事ではござりませぬ。 リア、狂乱の態(てい)で登場。リア おお、供の者をいきなり五十人も? 二週間も経たぬに?アルバニー 一体、何事が?リア (ゴネリルに)ええい、憎い奴! 何より俺は恥ずかしい、大の男が貴様の様な奴にしてやられたかと思うと! はっ、どうともなれ。俺には娘がもう一人いる、あれは優しい女だ。今に見ていろ! (退場)ゴネリル お聞きになりまして?アルバニー しかし、身びいきはしたくない、ゴネリル。妻を愛する気持ちに変わりはないが――ゴネリル まあ、ワに任せておおきになって。オズワルド、一寸、ここへ! (道化に)阿呆にはもったいない悪党のお前、さ、早く主人の後に付いて行くがよい!道化 リアのおっさん、リアのおっさん!一寸待ちな、阿呆も一緒に連れて行っておくれ。(駈け去る)ゴネリル あの人には随分為になる事を聴かせてあげたのに! 騎士が百人も要るですって?あの人はその武力を恃(たの)み、私たちの命を脅かす事が出来るのです。オズワルド、早く! オズワルド登場。ゴネリル あ、どう、オズワルド? あれは、妹宛の手紙はもう用意できているだろうね?オズワルド はい、出来ております。ゴネリル 供を連れてお行き、さ、直ぐに馬で! オズワルド退場。アルバニー それにしても、気遣いの度が過ぎるようだな。ゴネリル いいえ、何もおっしゃらないで。アルバニー そのマナコ(目)がどこまで先を見透せるのか、よい、よい、結果を見てからだ。 (二人退場) 5 [ 第一幕 第五場 ] 前場と同じ、内庭 リア、ケント、道化が登場。リア 一足先に行ってコーンウォールにこの手紙を届けてくれ。ケント この手紙をお届けするまでは、一睡も致さぬ積りです。 (退場)道化 もしお前さんが俺の阿呆だったら、懲らしめにぶん殴ってやるところだよ。リア どうしてだ?道化 年寄りになるのは、智慧を貯めてから後のことにして貰いたいものだね。リア おお、俺を気違いにしてくれるな、気違いにだけは! 頼む、正気にしておいてくれ、気違いになるのは厭だ! 一紳士登場。リア おお、馬の支度は出来たか?紳士 は、出来まして御座います。リア 来い、小僧。道化 何も知らない生娘が、引っ込む俺の尻眺め、けらけら笑っているうちに、何でも彼でも知り尽くし、一目、伜に逢わん思し召し。 ( 一同退場 ) 6 [ 第二幕 第一場 ] グロスター伯の居城の中庭 エドマンドとカランが両端から出て来て、出会う。エドマンド 元気で何よりだな、カラン。カラン 御同様に。唯今、オドサマにお目にかかり、ご報告申し上げておきましたが、コーンウォールの公爵、並びに奥方様には、今宵こちらに御厄介になりたいとの事。エドマンド どうしてそういう事に?カラン いや、それは存じませぬ。お聞き及びでしょうな、例の取沙汰、まだほんの噂話にしか過ぎませぬが。エドマンド いや、まだだ。どういう事なのだ。カラン 戦が始まりそうだという話をお聞きになりませぬか、それもコーンウォール、アルバニー両公爵の間に?エドマンド いや、全く。カラン いずれお耳に入りましょう。では、これで失礼を。 (退場)エドマンド 公爵が今夜この城に? ますます結構、至極結構! 俺としては是非ともやってのけねばならぬ事がある。早いところ、巧く片付きますようにだ! エドガー、一寸話がある、降りてきて下さい! エドガー! エドガー登場。エドマンド オドサマがお身柄を狙っている、さあ、一刻も早く、この場を! ああ、父上がお出(い)でらしい。失礼だがこれも計略です。剣を抜いて兄上と切り結んで見せねばならない。アンチャも抜いて下さい、立回りを巧く―― 剣を捨てろ! オドサマの前に出るのだ。明かりを持って来い! ここだ! ――逃げて下さい、アンチャ ――松明だ、松明を! (エドガー慌てて逃げる) そう、お元気で。いくらか血が流れていたほうが、激しく戦ったように見えるだろうな。 (自分の腕に傷を付ける) ―― オドサマ、オドサマ!ここだ、ここだ! 誰も助けてくれぬのか? グロスターが松明を持った召使達と共に登場。グロスター どうした、エドマンド。悪党はどこにいる?エドマンド それ、そこに、その闇の中に立ちはだかり、鋭い抜き身を振り回して居りました。グロスター だが、今はどこにいるのだ、そいつは?エドマンド これを、オドサマ、血が。グロスター その悪党はどこにいるのだ。エドマンド こちらの方に逃げて行きました、結局、ワが――グロスター 後を追え、さあ! 追いかけるのだ! (数人の召使が命令に随う) 結局、ワがどうしたと言うのだ?エドマンド オドサマを殺すのに同意しそうにもないと見たからでしょう。グロスター 悪党め、逃げられるものなら逃げてみろ。この領内で捕らえずにおくものか。エドマンド 一応、心を翻らせようと説得したのですが駄目でした。 奥でタケット調のトランペットの響き。グロスター おお、あれを、公爵のラッパだ。御枉駕(おうが)の理由は解らぬが、ともあれ、港の入口はことごとく鎖してしまうに限る。それから、ワの領地は人情を弁えたウガに預け、その手で自由に宰領出来るよう取り計らう事にしよう。 コーンウォール、リーガン、侍者たちが登場。コーンウォール 一体、どうしたのだ? 到着早々、と言っても今しがた着いたばかりだが、妙な話を聞かされたぞ。リーガン もし本当の事でしたら、如何なる罰を下そうとも、さほどの罪人には軽すぎましょう。どうしましたか、伯爵?グロスター おお、奥方、この老いたる胸は張り裂けて、張り裂けてしまいました。リーガン 何という事が! あのエドガーが? エドガーは父に仕えるあの無頼の騎士共とぐるになっていたのでは?エドマンド 実は、左様で、奥方。リーガン それなら不思議はない。アネチャ(姉)から一行の様子を知らせて参り、あの連中がコーンウォールの館に転げ込んで来たなら、ワは館に居らぬようにと、注意書きが添えてありました。コーンウォール 私とて居たくはない、リーガン。エドマンド、話によるとウガはオドチャに対して子としての勤めを立派に果たしたそうだな。エドマンド 当然の事を行ったまでに御座います。グロスター これはアンチャ(兄)の企みを暴いてくれました。お蔭でこの傷を、それ、この通り兄を捕らえようと致しましたので。コーンウォール 追っ手は出したのか?グロスター はい、勿論で御座います。コーンウォール 捉えたが最後、二度と悪事が働けぬようにしてやろう。所でエドマンド、ウガの孝心には感服した。この場で直ちに家中の一人に加える。エドマンド 喜んでお役に立ちましょう。グロスター ワからも御礼を申し上げます。コーンウォール 時に、まだ知らぬであろうな、我らが何故こちらへ参ったかは?リーガン それも選りに選って、暗い夜道を辿って、それにはそれだけの訳があります。伯爵、お嘆きのところを心苦しゅうは思いますが、是非とも私たちに力を貸してください。グロスター 喜んでお役に立ちましょう、奥方様。お二方共、ようこそお立ち寄り下さいました。 ( トランペットの吹奏、一同退場 )
2021年08月18日
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3 [ 第一幕 第三場 ] アルバニー公の館の一室 ゴネリルとその執事オズワルドが登場。ゴネリル オドサマ(お父様)が私の家来に手をお挙げになったというのだね、お付きの道化に小言を言っただけで?オズワルド はい、左様で。ゴネリル 夜昼無しに迷惑ばかりお掛けになる。もう沢山。もう私は口をききません。お前もこれまでのようにお世話しなくて構いません。 ( 奥から角笛の音 )オズワルド 王の御帰館に御座います。ゴネリル 何でもいいから皆で大っぴらに嫌々の態度を見せておやり。オズワルド はい、畏まりました。ゴネリル お付の騎士達も今までより冷たく扱っておやり。妹にも直ぐ手紙を書いて、同じ手立てを採るように言ってやりましょう。 ( 二人退場 ) 4 [ 第一幕 第四場 ] 前場と同じ、玄関広間 ケントが変装して登場。ケント この上、声音(こわね)まで借着すれば、俺の意図も完全に実現し、お慕いする御主人に十分忠勤を認めて頂ける日も来るというものだ。 角笛の音が聞こえ、リアが狩りから戻って来る。騎士、侍者が随(したが)う。リア 直ぐに食事にする。待たせるな、早く支度をしろ。 ( 侍者一人出て行く ) おい! お前は誰だ?ケント 男に御座います。リア 何をしている? どうして貰いたいのだ?ケント 見かけ通りにしております。リア 一体何者だ!ケント 内に誠を持てる者、但し、この国の王同様貧しく暮らしております。リア で、どうして貰いたいのだ?ケント お役に立たせて頂ければと。リア 付いてくるがよい、抱えてやる。食事にしろ、ええい、食事だ! 小僧はどこにおる、道化は? 行って俺の道化を探して来い。 ( 侍者一人去る ) オズワルド登場。リア おい、お前だ! 娘はどこにいる?オズワルド (留まらずに広間を横切りながら)唯今ちょっと―― ( 退場 )リア あいつ、今、何と言ったのだ? あの間抜けを呼び返せ! (騎士が一人出て行く)道化は何処にいる? ええい、世界中がまるで眠ってでもいるようだ。 (騎士が戻って来る)どうした? あの野良犬め、どこにいる?騎士 奥方には御不快の由、そう申しております。リア あの下郎め、俺が呼んだのに何故戻ってこぬ?騎士 それが、かつてないぞんざいな口の利き方で、ただワガネ(嫌だ)と申しております。リア ワガネと?騎士 は、実は、委細存じませぬが、王に対するおもてなしに、従前通りの格式も情愛も見受けられぬように思われます。それが公爵様御自身、更には奥方にまで感ぜられます。リア はっ! その言葉に間違いないか? お前の言葉は、この身も秘かに感づいておった事を、ただ思い出さてくれたに過ぎぬ。それにしても、道化はどこにいる?騎士 末の姫君がフランスへお立ちになって以来、あの道化め、すっかり元気がなくなってしまいました。リア それは言うな、俺も気付いている。娘の所へ行って話があると伝えてくれ。 (侍者の一人が去る) お前は道化を探して来い。 (他の侍者が去る) オズワルドが戻って来る。リア おお、ウガ(お前)か、ウガだ、ここへ来い。ウガはこの身を何と思っている?オズワルド 奥方様のオドサマ(お父上)と。リア (睨んで)「奥方様のオドサマ」だと、このむく犬め、下司、下郎!オズワルド (睨み返して)手前は左様な者ではござりませぬ。リア 睨み返すのか、こいつ? (相手を打つ)オズワルド 殴られっぱなしで黙ってはおられませぬ。ケント その上、足を払われ放しで黙ってもおられまい、この蹴鞠野郎。(その足を掬う)リア 忝ない。忠義な奴だ、大事にしてやるぞ。ケント さ、起きろ、行ってしまえ! (オズワルド出て行く) 道化が登場。リア 小僧、今までどうしていたのだ?道化 真実は犬の如し。犬小屋に無理やり押し込められ、時には鞭まで喰らう。奥方の猟犬に炉端で屁をひられ、やっと逃げ出して来たのだよ。リア あいつは、疫病神だ! ゴネリル登場。リア おお、娘か? その額の八の字飾りは何のためだ?道化 お前さんももう少しかわゆげがあったよ、娘の顰面など気にせずに済んでいた頃はな。(ゴネリルに)はい、全くその通り、もう何も申しません。(リアを指差して)これなるは中身が空の莢豌豆(さやえんどう)とござい。ゴネリル 天下御免のこの道化だけではございませぬ。その他お付の面々まで大層な思い上がりようです。あまりの事にどうにも我慢が出来なくなりました。道化 それはそうに決まっているよ、おっさん。リア お前はこの俺の娘か?ゴネリル お願いです、どうぞ智慧をお働かせになってくださいまし。リア 誰でも良い、俺を知っているものはいないのか?道化 リアの影法師さ!リア 自分には娘があると、そう思い込んでいただけのことかも知れぬのだ。(ゴネリルに)お名前は何と仰る?ゴネリル そういうわざとらしい空とぼけこそ、近頃おやりになる皮肉な悪ふざけと同じ類のもの。この上は、ワの考えております事をしっかりお心にお留めおき下さいまし。とにかく御自分の手でお付の数を幾分減らして頂きとう御座います。そうして、なおお供として残ります者は、自らの弁えも知り主人の立場もよく心得た者だけにして下さいまし。リア この世は闇か、畜生! 俺の馬に鞍を置け、供の者を呼び集めろ! 出来損ないのてて(父)無し子め、お前の世話にはならぬ。俺にはまだ一人、娘がある。ゴネリル 館の者を打ち打擲なさる、それを見て、御家来の暴れ者達は身分の上の者まで召使扱いにするのです。 アルバニー登場。リア 今更、臍(ほぞ)を噛む身の、この愚かさ! おお、見えたか? これは公の意思か、はっきり言ってもらおう!アルバニー 何とぞお鎮まりを。リア (ゴネリルに)憎い鳶め、嘘も程々にしろ。供の者は選り抜きの優れた人物ばかりだ。ああ、それこそ取るに足らぬ疵であったが、コーディリアのうちに認めた時に、俺のマナグ(目)にはそれが何とも醜い姿に映じたのだ。おお、リア、リア、リア! この扉を打て、(自分の頭を叩きつつ)己が愚かしさを引き入れ、己が分別を閉め出したこの扉を! さ、行け、皆。 (騎士とケント退場)アルバニー お待ちを、ワに責めはございませぬ。お憤りの事柄についても全く聞き及んでおりませぬ。リア 大いにそうかもしれぬ。大自然も耳を傾けるがいい、おお、聴け、聴いてくれ! 何を企もうと勝手だが、この雌を孕ませる事だけは思いとどまって貰いたい。どうしても生まねばならぬのなら、心のねじけたワラシを授けてやってくれ、そしてこの女に思い知らせてやるのだ、蝮の歯に噛まれるよりは恩知らずの子を育てる方が、なん層倍も苦しいことを! ええい、退け! ( 走り去る )
2021年08月17日
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[ 第一幕 第二場 ] グロスター伯の居城の一室 エドマンドが手紙を持って登場。エドマンド 自然、ウガ(貴様)だけが俺の崇める女神。何のため、なぜ大人しくしていなければならぬ。俗物輩(ばら)の指出口に自分の権利を奪われて。それも俺の方が十二箇月かそこら兄貴に遅れて生まれて来たからという、ただそれだけの事なのに! 何が庶子だ、妾腹だ? ようし嫡子(ちゃくし)のエドガー殿、お前さんの土地は頂戴しておこう。さて、アンチャ殿、もしこの手紙が役に立って俺の計画が功を奏すれば、妾腹のエドマンドが嫡子を追抜く、俺は世に出る、時めき栄えるという訳さ。 グロスター登場グロスター ケントはああして追放? フランス王は機嫌を損じたまま御帰国? 王も夜のうちにお立ち? 王権はみずから御制限? そして、宛てがい扶持(ぶち)のお暮らし? しかも、それが皆一度に降って湧いたように? ―― エドマンドではないか、どうした? 何かあったのか?エドマンド いえ、別に何も。(手紙を隠しに入れる)グロスター 何だ、今読んでいたのは?エドマンド いえ、何も。グロスター 何も? それなら、何で慌てふためいて隠しに押し隠したりする? 見せろ、さ、さ。エドマンド 何とぞお許しを。これはアンチャ(兄上)からの手紙で、まだ全部読んではおりません。それにマナグ(目)を通した限りでは、お読みにならぬほうがよろしいかと存じます。グロスター その手紙をよこせ。エドマンド 一言、アンチャのために弁護しておきたいのですが、ワの心を試みる為に書いたものと思われます。グロスター (エドマンドの手から手紙をひったくり、読む)「旧来の陋習とも言うべき敬老の美徳は我々人生の最盛期にある者にとって苦痛の種であり、老人の横暴に服従するのは無意味、かつ愚劣だ! 是非、お出で願いたい、この件につき、なお話したいので。エドガーより」 ふむ、陰謀か? 「俺の起こすまで目を醒まさずにいれば、その収入の半ばは永久にお前のものとなり云々」 我が子のエドガーが! あれにこんな手紙を書く手があったのか? これを何時受け取った、誰が持って来たのだ?エドマンド ワの部屋の窓の所に投げ込んであったのです。グロスター 今までこの件についてウガの肚(はら)を探るような様子は?エドマンド いえ、一度も。が、アンチャは口癖のように、息子が成年に達し、オドチャ(父親)が老衰している場合、親は子の世話になり、子が代わって親の収入を管理すべきだと言っておりました。グロスター おお、悪党め、けしからん。奴は何処にいる?エドマンド よく存じません。この手紙はオドサマに対するワの愛情を試すために書いたもので、他に大それた考えなど微塵も含まれておりません。グロスター これ程に深くあれの為を思うている父親に対して、何ということだ! エドマンド、どうでもあれを探し出せ、事態をはっきり見極めたいのだ。エドマンド 直ぐにもお探しして参りましょう。グロスター このところ打続いての日蝕月蝕は我らにとっての良からぬ前兆。愛は冷却し、兄弟は離反する。町に暴動有り、田舎に不和、宮廷に謀反、そして親子の道は廃れて信なし。あの悪党を探し出せ、エドマンド! (退場)エドマンド ここまで来れば人間の馬鹿さ加減も極まれりと言うものだ。エドガーだ―― エドガー登場。エドマンド 正に注文通り! ―― おお、このところ打続く日蝕月蝕は正に不和の前兆。(悲しげに口ずさむ)ファ・ソ・ラ・ミ。エドガー どうした、エドマンド?エドマンド 実はこの間読んだ不吉な予言の事で。エドガー そんな事に興味があるのか?エドマンド そこに書いてあった不幸が次々に起こっているものですから。エドガー ウガは何時から占星術に熱を入れ始めたのだ?エドマンド 最後にオドサマ(父上)にお会いになったのは?エドガー つい昨夜の事だ。エドマンド オドサマの言葉や素振りに、どこか気まずそうな感じはありませんでしたか?エドガー いや、全く。エドマンド 何はともあれ、ワ(私)からお願いしますが、当分、お会いにならずにおいて頂きたい。いずれ時が経てば、お怒りも冷めるでしょうが、今のところ、それが余りに激しすぎるのです。エドガー どこかの悪党が、あらぬ事を告げ口したのだな。エドマンド それを心配するのです。とにかくお怒りの激しさが緩むまで、努めてお会いにならぬように、更に願えれば、ワのところに隠れていて頂きたい。そうすれば、適当な折を見計らって、オドサマの話が聞ける場所にもお連れ出来るというものです。お願いです、そうして下さい。これがワの鍵です、外出の際には、必ず、得物を。エドガー 得物を?エドマンド そうです、それもお為を思えばこそ。ワの申し上げたことは全て直に見聞きしたこと、それも大分薄めて、事実その儘の恐ろしさは、とてもこの程度ではありません。さ、さ、早くお出でを!エドガー 後の事は、直ぐ聞かせてもらえるだろうな?エドマンド この一件については是非ともお力になりたいと思っています。(エドガー退場)アヤ(親父)はお人好し! おまけに、アンチャも気がよくてバカ正直者! この一件、およその目鼻はついた。素性で手に入らぬ土地なら、頭で奪って見せる。 (退場)
2021年08月14日
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ケント 命とあらば、今日まで、賭物同様、王の敵前に投げ出すものとのみ考えて参りました私、今更、惜しみ恐れは致しませぬ、お身の上の安全こそ何より大事。リア おお、無礼な! この下郎! (剣に手を掛ける)アルバニーコーンウォール お腹立ちでもございましょうが、ここは!ケント 御自分の医者をお殺しになるがよい、そして疫病神に礼金をお出しになることだ。リア 黙れ、不忠者。これから五日の猶予を与える。が、六日目にはこの国を立ち去るのだぞ。その後は見つけ次第、直ちに死刑に処する。ケント ではこれでお暇を。 (コーディリアに)神々のお導きにより、その聖なる避難所にお着きになられますよう。(ゴネリルとリーガンに)お二人には、先ほどの御声明が実際のお振舞いに現れ、愛の言葉より良き実が生じますように。 (退場) トランペットの華やか吹奏。グロスター伯がフランス王、バーガンディ公爵を伴って登場、廷臣たちが随う。グロスター フランス王、並びにバーガンディ公爵のお入りにございます。リア バーガンディ公、先ず公にお訊ねしよう、このフランス王と娘を争う御身から先に。最小限度、当座の持参金として何程の物を求めておいでか?バーガンディ ブリテン王、既にお申出の物より多くを望みは致しませぬ。リア バーガンディ公、あれがまだ大事な娘であった頃は、成程、自分もそんな気でおったつもりらしい。が、今はあれの値も下がった。公爵、それ、そこに居る小娘だが、父親の勘気という添え物付きの後は無一物。それが御意に叶うとあらば、そのまま御身の物だ。バーガンディ それではお答えに窮します。リア どうするおつもりかな、この疵だらけの女を。採るか、棄てるか?バーガンディ その様な条件では、お話に乗りかねます。リア それならお捨てになるがよい。(フランス王に)さすがに、吾から憎む女を貰ってくれとは申し上げられぬ。自然も恥じて顔を背けかねぬ不心得者を棄て、いささかでもましな女をお探し頂きたい。フランス王 おかしな事を仰せになる。この姫君は、今が今までご寵愛を一身に浴び、ご自慢の種といとおしんでおいでだった。それが俄に大それた罪を犯して幾重にも纏うた御庇護の衣を剥ぎ取られるとは。コーディリア それについて、ワからオドサマにお願いが御座います。確かにワは心にも無い事をよく滑らかに言い回す術を知りませぬ。ただ一言、オドサマのお口から仰って頂きとう御座います。何か後暗い汚点や、淫らな行いなどの恥知らずな振舞をしたとかで、オドサマのご機嫌を損じたのでは無い事を。リア 貴様など生まれて来ぬ方がましだったのだ。フランス王 それはこういう事に過ぎますまい。つまり口重なたちで、こうしようと思ったことでも、人に伝えずに済ませてせてしまうのでは? バーガンディ公、姫にはどうお答えするおつもりですか?バーガンディ 兼ねて王よりお申し出のありました分さえ頂戴できますならば、コーディリア姫を直ちにバーガンディ公爵夫人に申し受けとう存じます。リア 何も差し上げられぬ。ワの心は動かぬ。バーガンディ 致し方はない、父上を失ったあなたは、夫をも失わなければなりますまい。コーディリア ご心配には及びませぬ、バーガンディ様! 財産目当ての愛情でしたら、どなたにもせよ、嫁ぎとうは御座いませぬ。フランス王 貴女とその優れたお心とを、この場でワが頂戴する。さあ、皆に別れの挨拶を、たとえ情けを知らぬ人たちであろうとも。リア あれは貴方のものだ、フランス王、ご自由になさるがよい。さあ、バーガンディ公。(トランペットの吹奏。リア、バーガンディ、コーンウォール、アルバニー、グロスター、及び廷臣達が退場)フランス王 アネチャたちに御挨拶を。コーデイリア オドサマには大事な宝のお二人に、ワは泣きながらお別れ致します。どうぞオドサマをいたわって差し上げてくださいまし。では、お二人共、ご機嫌よう。リーガン 私たちの事まで指図する事はない。ゴネリル それより精々ご主人が満足なさるように努めなさい。コーデイリア やがて時が来て、どんな手の混んだ悪巧みも明るみに引き出されましょう。では、呉呉もお大事に。フランス王 さあ、コーディリア。 (コーディリアを連れて退場)ゴネリル イットゴマ(一寸)、何かと話しておきたい事があるの、私達二人に直接関係のある事なのだけれど。きっとオドサマは今夜にもお立ちになるでしょう。リーガン まずそうなるでしょうね。お泊りはアネチャ(お姉様)の所、そして来月はワの所。ゴネリル この頃は大層斑気(むらき)におなりね。これまで妹を一番かわゆがっておられたのに、あんな風に放り出してしまったのだから。リーガン やはり年には勝てないもの。もっとも昔から御自分のことというと、殆ど何もお見えにならなかった。ゴネリル 一番お元気な分別盛りの時でも、結構激しかったもの。その上、お年なのだから、私達も覚悟しておかなくては駄目。リーガン 私たちにしても、あのケント伯爵を追放したような気まぐれな発作に、いつ見舞われるか知れたものではない。ゴネリル よくて、お互いに手を握り合って行きましょう。いくら隠居していただいても色々と困ることが出てくるに違いないもの。リーガン そのことについては、もっと十分に策を練っておきましょう。ゴネリル とにかく何とか手を打っておかなければ、それも鉄は熱いうちにね。 (二人退場)
2021年08月11日
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これはシェークスピア作の「リア王」を方言でアレンジして作品化しようと試みたものです。尚、底本として福田恆存の翻訳を使用しました。 第 一 稿場 所 : ブリテン人 物 : リア王 ブリテン王 フランス王 バーガンディ公爵 コーンウォール公爵 リーガンの夫 アルバニー公爵 ゴネリルの夫 ケント伯爵 グロスター伯爵 エドガー グロスターの息子 エドマンド グロスターの庶子 カラン 廷臣 オズワルド ゴネリルの執事 老人 グロスター伯爵の家来 侍 医 道 化 ゴネリル リア王の娘 リーガン リア王の娘 コーディリア リア王の娘 他に、紳士、伝令、隊長、リア王麾下の使者、将兵、侍者、召使 1 [ 第一幕 第一場 ] リア王宮殿、玉座の間 ケント伯爵、グロスター伯爵、エドマンド登場。ケント 王にはコーンウォール公よりアルバリー公の方がお気に入りかと。グロスター 事実、誰の まなぐ(目)にもそう見えたが。ケント あれは御子息では?グロスター 育てたのはいかにもこの手。問われて我が子と答える度に赤面し、この頃ではすっかり面(つら)の皮が厚くなってしまいました。ケント はて、何の謎か、さっぱり呑み込めませんが。グロスター ところが、このワラシのあちゃ(母親)は実に見事に呑み込んでくれましたよ。お蔭で次第に腹が突き出て来る、結局は寝室でワに愛されるより先に、ビッキ(赤子)をかもる(あやす)はめに。何ともいかがわしい事だとお思いでしょう?ケント しかし、あれほど立派な結果が得られたのですから。グロスター 息子はもう一人。その方は嫡子(ちゃくし)で、これより一つばかり上になるが、殊更に可愛いとも思いません。これのアチャ(母親)は優しい女で、ワ(私)にさんざん楽しい思いをさせてくれました。で、妾腹とは言え、認知しないわけには……。ウガ(お前)はこのお方を存知上げているか、エドマンド?エドマンド いいえ、まだ。グロスター ケントの伯爵、ワの尊敬する友だ。今後のお付き合いをお願いしておくがよい。エドマンド お見知りおき下さいますよう。ケント 精一杯お力になりたい、よろしく。エドマンド は、努めて御期待に添うよう心がけます。グロスター これは九年間外国におりました、また直ぐ出かけるが。 ( 原作では、トランペットの吹奏 ) 王のお出ましだ。 宝冠を奉持する男を先頭に、リア王、コーンウォール公爵、アルバニー公爵、ゴネリル、リーガン、コーディリア、侍者達が登場。リア フランス王、バーガンディ公爵の案内を頼む、グロスター伯。グロスター は、仰せの通りに。( 退場、エドマンドが従う )リア王 その間に、日頃胸中に潜むわだかまりを晴らしておきたい。地図をくれ。よいか、ワは治下の領土を三つに分けた。ワの切なる願いは国事の煩いや務めを次の若き力に委ね、身軽になって死の旅路を辿ることにある。婿のコーンウォール、それに劣らず大切に思って来た姉婿のアルバニー、今ここで娘どもそれぞれに遣わす化粧料を、公に明示する。それに、例の二人の客、フランス王とバーガンディ公だが、末娘の心を得たいと互いに競い合っている。今日はその二人にも答えるつもりでいる。さあ、銘々に言ってみるがよい、お前たちのうち誰が一番このアヤ(父)のことを思っているか、それが知りたい。ゴネリル、長女のお前から答えもらおう。ゴネリル オド(お父)様、ワがオドさまを慕いする気持は、とても言葉では尽くせません。コーディリア (傍白)コーディリアは何と言ったら良いのか?リア (地図を示して)これらの地方をひとまとめにして、今からナ(お前)が、そしてアルバニーの子孫が永久にそれを領有するがよい。ところで、ンバコ(二番目娘)はどんな返事を聴かせてくれるかな。リーガン 何から何までアネチャ(姉上)と同じ心で御座います。コーディリア (傍白)とうとうワの番だわ。どうしよう?リア ウガ(お前)の手に、この王国の三分の一を委ねる。さて、今度はウガだ。末娘とは言え、ワの秘蔵っ子、その初々しい心を得たいと、フランスの蒲萄(ぶどう)とバーガンディの乳牛とが互いに競っている程だ。さあ聞かせてくれ。コーディリア 申し上げることは何も。リア 何もない?コーディリア はい、何も。リア 無から生ずるものは無だけだぞ。もう一度言ってみろ。コーディリア ワには心の内を口に出すことが出来ませぬ。確かにオドサマを心からお慕い致して居ります。それこそ、ワラシ(子)としての務めですから。リア もう少し言葉の端を繕ってへれ(言え)。コーディリア オドサマ、オドサマはワを生み、育て、慈しんで下さいました。ワはオドサマをお慕いし、心底敬って居ります。リア 勝手にせよ。ならばナ(貴様)の真実をンガ(お前)の持参金にするがよい!今より後、永久に貴様を赤の他人と見なす。ケント 何と仰せられます――リア 黙れケント! 龍の怒りに触れるな。俺はこのワラシを誰よりもかわゆがり、挙げて余生をその手に委ね、優しゅう世話してもらおうと思っていたのだ。(コーディリアに)失せろ、俺の目に触れるな! ―― わしとて、いずれは安らかな眠りにつきたい。その日のためにも、この女から父親の情愛を取り上げておかねばならぬのだ。フランス王を呼べ! 誰も動かぬのか? バーガンディ公を呼べ! ( 廷臣の一人が急ぎ退去 ) コーンウォール、アルバニー、姉娘二人の取り分に妹のそれを併せ収めるがよい。この女には高慢こそ、いや、己の言う誠とやらが似合いの結納(ゆいのう)だ。二人には更に、この身の権力、至上の位を譲り与える、王位に伴う限りなき大権を悉くな。ケント お待ちを。今日まで吾が王と敬い、吾が父とも慕い、吾が主(あるじ)として仕え奉って参りましたリア王ならば――リア 弓は引き絞られた、矢面に立つな。ケント なんでそれを怖れましょう。リアが狂えば、ケントは弁えを棄てねばなりませぬ。どうしようおつもりか、ご老人? 権力が阿諛に膝を屈し、義務は恐れて、口を開かぬとでも思(おぼ)し召すのか?リア ケント、命が欲しくばもう何も言うな!
2021年08月08日
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○ 国際通り近くの道(別の日) みどりが歩いて来る。と、女の声「失礼します、お姐さん」と背後から呼びかけた。振り返ったみどり、みどり「あなたは確か……」 娘 「はい、その節は大変お世話になりましたが、お世話になりっぱなしで、私お礼にも伺わずに、不義理を致しまして、本当に申し訳もありません」みどり「相変わらず、お忙しいのですか」絹 香「はい、昼と夜と仕事を掛け持ちする生活を続けているものですから」みどり「そうでしたね。頑張り屋さんなのね、偉いわ」絹 香「お忙しい御姐さんをお引き止めして、勝手な申し分なのですが、実は折り入ってご相談させて頂きたい事がありまして」みどり「私に? 何かしら」絹 香「突然で申し訳ございませんが、近いうちに三十分程お時間を都合して頂きたいのです。私、今はアルバイトの途中ですので」みどり「そうね、夕方で良かったら今日でも私は構いませんが」絹 香「助かります。あのむさくるしい狭い部屋ですが、四時すぎには戻っていますので、御足労お願いできますでしょうか」 沢村絹香は、みどりに両手を合わせて拝むようにして、感謝の心を全身で表現した。みどり「承知致しました。それでは後程またお会いしましょう」 みどりに一礼して、小走りに去って行く絹香を、みどりの暖かい視線が見送る。○ アパートの一室(その日の夕方) 向かい合って話しているみどりと絹香。絹 香「これと言った特技があるわけではないので、わたし何でもやっています。コンビニのレジ係、新聞配達など。でも、やっとのことで手に入れた今の振袖さんの仕事だけは、続けたいと思っていますので、色々と時間的な制約があって、長く続けられないのです」みどり「お稽古などもあって、大変なのでしょう、振袖さん稼業も」絹 香「はい。厳密に言えばアルバイトは禁止されているのです」みどり「そうでしょうね」絹 香「それで、みどり御姐さんにご相談のことなのですが、彼、次郎君との件なのです。私達、もう少しお互いが何とかなったら、その時に結婚しようねって、約束をしているのですけれど、現状では何時その時が来るのか丸で見えないのです。それで先日二人で相談して、一応のけじめをつけておこうと決めたのです。今のうちに、両方の親がまだ元気なうちに、形だけでも結婚式の真似事を、親たちに見せてやりたいと思うのです」みどり「そう、偉いわね」絹 香「親元に仕送りもしてますので、二人の貯金を合わせても、二十万にも手が届かないのですが、せめて父親と、彼のお母さんを東京へ呼んで、浅草の御姐さんが働いていらっしゃるお店で、美味しいお料理をご馳走して上げたいと思うのです。本当に厚かましい、身分不相応なお願いだと承知しているのですが、今朝方、偶然に御姐さんの後ろ姿が目に入った時、わたしもう無我夢中で、声をかけてしまったのです」みどり「事情はよくわかりました。できる限りのお力添えをさせていただきます」絹 香「本当ですか、御姐さん」と、小躍りせんばかりに、喜びを全身で表現する絹香である。○ 雷門近くの道(二週間後) 二台の観光用人力車が走っている。前の二人用の人力車の客は北陸の田舎から来た沢村絹香の父親と、四国の山奥から上京した江森次郎の母親の二人。 人力車を軽やかに引くのは勿論、次郎本人である。そして後続の車には盛装した振袖姿の絹香と、隣にはこれも艶(あで)やかな和服のみどりが居る。○ 浅草の観光名所 老人二人に、習い覚えた口上で説明する次郎青年。嬉しそうに耳を傾ける車上の客達。 絹香も、みどりも今日ばかりは一人の観光客に成り切った様に楽しげである。○ 国際通りの、いまはん本店前 次郎の人力車と、後続の人力車が止まり、中から客達が降り立つ。出迎える従業員たちがいる。次郎は人力車夫姿の侭である。○ 同 ・中の、特別ルームのあるフロアー エレベーターが止まり、絹香たち四人の客が出て来る。出迎える鮎と、ユキエに詩織の三人の仲居。○ 特別ルーム 絹香を先頭に四人が入って来て、それぞれに席に着いた。 鮎 「本日はようこそ、私どものお店にお越しくださいました」 と、鮎を先頭に和服の仲居達が正座して、深々とお辞儀をした。 鮎 「また本日は、御両家様にとりまして御婚約誠におめでとう存じます。心よりお慶びを申し上げます」絹香の父「痛み入ります。(従業員達の方に向き直って、頭を畳に擦り付けるようにして、お辞儀した)」 向かい側に座を占めた次郎の母親も、母 親「何から何まで、お心の籠ったおもてなし、感謝の言葉もありません」 と、丁寧なお辞儀をした。 そこへ、少し遅れて入って来たみどりがにこやかな笑顔で、みどり「これはお店からの、ほんのささやかなプレゼントです、私どもの総料理長が心を込めました、おめでたい席のお赤飯です。どうぞ先ず一口ずつお召し上がり下さいませ」客 達「有難う御座います。早速、頂戴いたします」 などと口々に言い、箸を取って口に赤飯を運ぶ。 客 達は、「美味しいです」、「格別だわ」などと、涙を浮かべての感激ぶりである。 ―― 時間経過 みどりが前もって準備しておいた三味線と太鼓などのお囃子に乗って舞う、絹香の見事な踊り。 ―― 時間経過 座はすっかり打ち解けて、さながら一つの家族のような雰囲気が出来上がっている。お酌をするみどりに、次郎の母親「テレビで観て綺麗なお方だと思っておりましたが、実際にこうしてお会い致してみますと、何とも形容が出来ない程に美しい別嬪さん。お会いしただけで、寿命が延びるような思いが致します」みどり「恐れ入ります。せいぜい長生きなさって下さいませ」母 親「有難う御座います」と、何度も頭を下げている。と、向かい側から、絹香の父「御姐さん、わしにもまたお酌をして下さらんかな」と、声を掛けてきた。 急いで立ち上がり、反対側に移るみどり。みどり「気がつきませんで、失礼を致しました。おビールで宜しかったでしょうか?」父 親「恐縮ですな。今では滅多にアルコールを口にしないのじゃが、今日は特別、特別。死んだ婆さんもあの世で嫉妬したりしないでしょう、きっと」 注がれたビールをほんの少量、舐めるように口に含んだ。父 親「ああ、極楽極楽、この世でこんな愉快な思いを経験できるなどとは、今日の今日まで信じられない事でした」みどり「私どもも、本当に嬉しい限りです。お客様にも様々な方々が居られて、それぞれに楽しい思いをさせて頂いておりますが、この様なお席は希にしか御座いません。仲居冥利に尽きると申すものでございます、はい」父 親「いや、昨夜も御姐さんに手配していただいたホテルの部屋で、娘達と語り合ったのですが、ギスギスして味も素っ気もない世の中ですが、御姐さんのような優しいお心根の女性が、さながらシーラカンスか、絶滅した恐竜の化石の様に実在している。実に有難く、勿体無いの極みです」みどり「まあ、どう致しましょう。お父様は本当にお口がお上手ですこと」と、斜め前の座の次郎に言葉を振った。次 郎「いえ、決して口先のお世辞なんかではないと僕は思います。(思わず、感激の思いがこみ上げて、言葉を詰まらせながら)浅草の観音様ご自身の化身に違いないと、昨夜もみんなで噂していたのですから」みどり「(も、感極まったように声を震わせながら)有難う存じます、皆さん」 と、そこへ、鮎が歩み寄って、 鮎 「あの、御姐さん、ちょっと」と、みどりを部屋の入口の間に連れて行った、数秒後に再び姿を現したみどりが一同に語り掛けた。みどり「実はたった今、私どものお店の社長から、お祝いのワインが差し入れされまして、この席で、皆様で直ぐに召し上がって頂きたいと望んでいるそうです。また、これは極めて異例の事なのですが、このおめでたい席に臨席させていただいている私ども従業員四名も、お客様のお許しを頂いた上で、お客様と御一緒に御相伴させて頂いたらいかがかとの、提案も御座いました。如何取り計らいましょうか、皆様方」 すると、客たちは口々に、絹 香「感激です!」次 郎「ブラボー!」父と母「是非とも、ご一緒に賞味させて下さい」、「感謝、感激です」 直ちにワイングラスが準備され、なみなみと注がれる赤と白の液体。 満面に笑みをたたえたみどりが乾杯の音頭を取るのだった。みどり「僭越では御座いますが、不肖、増子みどり、私が中締めの音頭を取らせて頂きます。これも先の世からの、何かのご縁がなせる事でございましょうし、又この地浅草を昔からご守護してくださる観音様の有難いお導きでも御座いましょう。このように素晴らしく、また晴がましいお席に接待係として立ち会う幸運に恵まれました事を、大変に嬉しく存じます。御両家様のなお一層の御発展と、お若いカップルの前途にさち多からんことを衷心より祈念申し上げまして、乾杯を致したく存じます。皆様どうか御唱和をお願い致します。それから(と、鮎達三人に対して)遠慮せずに、ご一緒しましょうね」と軽く促してから、みどり「本日は誠におめでとう存じます、乾杯!」一 同「乾杯!」 晴れやかな客達の顔、顔、顔。 みどりも、鮎も、それから新人二人の顔も、実に爽やかで、清々しいのである。 誰からともなく、記念写真を撮ろうという成り行きになった。 みどりを中心に客達が集合した、シャッターを押すのは鮎である。客に促されて、ユキエと詩織も両脇に加わった。一 同「ハイ、チーズ」と、皆が素敵な笑顔になった所で、シャッターが押され、ストップモーションになった所に、エンドマークが出る。 《 完 》、
2021年08月04日
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○ 浅草国際通り近くの、小さな割烹料理店(別の日の深夜) 店での仕事を終えたばかりのみどり達が、桜田 鮎の歓迎会を催す為に集まっている。みどり「お疲れのところをご苦労様です。今夜は桜田さんの再デヴューを歓迎する有志の集まりに参加していただき有難う御座います。明日はお店の定休日でもありますし、元気のある方はこの後、カラオケなどへも行こうと考えて居りますので、一番電車の走る朝までどうぞお付き合い下さい。尚、お店の方から寄付を沢山頂戴しておりますので、参加費は無用です。お酒がダメなお方は美味しい食べ物を、お腹一杯に召し上がって下さいな」 パチパチと拍手の音が湧いた。みどり「それでは桜田さん、鮎御姐さん、一言ご挨拶をどうぞ」 鮎 「皆さん、お疲れのところをお集まり頂き、本当に有難うございます。昔のことは忘れて、新人の気持ちで頑張りますので、宜しくご指導お願い申し上げます」 再びパチパチと拍手の音。参加者の前に手早く料理やビール、お酒などが並べられていく。おチョコを手にしたみどりを見て、ベテラン仲居の中村昌代が声を掛けた。昌 代「あら、 G M はお酒をお召し上がりになられたのですか」みどり「最近は控えていたのですが、昔は鮎さんとちょくちょく、居酒屋に行ったものです」 周囲の仲居たちが口々に、「そうだったのですか」、「知らなかったわ」などと驚きの声を発している。みどり「それから私から一言だけ、この様なお店では G M は禁句にしますよ、みどりさんと呼ぶようにして下さい」 鮎 「みどり御姐さん、今晩はとことん飲みましょう」みどり「結構ですよ、今夜は最高に気分がよいですからね」 ―― 時間経過 十人余りいたグループが十二時を過ぎた今は五人程の人数になっている。その中に、新人ふたりの顔もある。 鮎 「あっ、みどり御姐さん、一寸また仕事の話をしても構いませんかしら」みどり「ええ、どうぞご遠慮なく、何なりとお話ください。アルコールが入った時には、お互いに無礼講スタイルで行きましょう」 鮎 「有難う御座います。実は、こちらの土田さんと神林さんのことなのですが…」 この言葉で、新人の二人は同時にギクリとなって、手にしていた酎ハイのグラスをテーブルの上に置いた。 あゆ「率直に申し上げますが、正直なところ最初は少々迷惑な気分でいたのです。例えば、こちらの中村昌代お姐さんのようなベテランがいらっしゃるのだから、その方が遥かに良いだろうと思ったりもしたものですから……」みどり「そうですね」昌 代「そうでしょうか、私は新人の教育係には不向きなのです。自己流で固まっていますから」みどり「そうは思っていませんよ、私は」昌 代「左様ですか」と返答に窮している。 新人の二人は、鮎が一体何を言い出すのかと気懸りでならないのだ。 鮎 「でも、お二人と仕事を一緒にしてみて、分かったことがあるのです」みどり「何でしょうか」 鮎 「初心忘るるべからず。私が教える事よりも、このお二人から教えられることの方が多かったのです、遥かにです」 新人二人は顔を見合わせている。 鮎 「勿論、彼女たちには私を逆に教育しているという自覚はないのですが」みどり「素晴らしいわ、鮎さん。やっぱり店長が執念を燃やして復帰を望んだだけの値打ちがあるもの。私、二度目に貴女に惚れ直しましたよ、こんなお婆ちゃんで申し訳ないのですが」 鮎 「まあ、みどり御姐さんたら、お顔だけでなく、お口の方もお上手だったのですね」と、笑う。が、その表情が泣き顔の様に変化した。「私、本当に幸せ者です。お姐さん、今後共に宜しくお願い致します」と殆ど泣いているような桜田 鮎である。みどり「鮎さん、こちらこそ、本当に宜しくお願いしますね。この娘達のことも含めてですよ」と優しい笑顔を新人二人に向けた。○ カラオケの店(同じ深夜) ここでは新人二人が主役のように振舞っている。中村昌代も二人に張り合うようにマイクを積極的に手にしようとする。穏やかで平和な表情を保っているみどりと鮎も、時々マイクを手にする。そして楽しい時間が過ぎてゆく。○ いまはん本店・特別ルーム(数週間後) ある種の特別な緊張感が室内を支配している。みどりがいつも通りにキビキビした動きでサブに付いた鮎と二人の新人達をリードして、六人の男女の客を接待している。○ 特別ルーム近くの水屋 ユキエと詩織が声を低めて会話している。ユキエ「一体、どういったお客様たちなのかしら」詩 織「私たちには見当もつかないわね」ユキエ「大体、みどり G M に鮎御姐さんがサブに付いたお座敷なんて滅多に無いそうよ。二三日前からその話題で持ち切りでした、サービス部内では」詩 織「とにかく名誉なことだって聞いたから、昨夜は私殆ど眠れなかった」ユキエ「私もよ。なんだか足元が覚束なくて」 と、ひとりの男性客が個室を出て来て、男性客「あのッ…」と、周囲を見回している。ユキエ「お手洗いで御座いますか。はい、こちらの奥で御座います」と素早く応対した。続いて、みどりと鮎が相次いで部屋から出て来た。みどり「すき焼きとしゃぶしゃぶと、ステーキを丁度お二方ずつご注文です。二人はお部屋に戻ってお飲み物の追加など、それぞれのお客様から伺って下さいね」二 人「畏まりました」と、弾かれたように動き始めた。みどり「鮎さん、精肉部の方へ足を運んで、確認の方をお願いしますね」 鮎 「畏まりました」と、地下へ向かうエレベーターへと向かう。 さっきの男性客が用を済ませて、トイレから出て来た。みどり「お客様、足元にお気をつけ下さいませ。ちょっとした段差がございますので」 客 「有難う、御姐さん」 ―― 時間経過 今はもう緊張感は消えて、銘々が一様に感に耐えたと言った満足げな様子で、テーブルの上の料理に箸を運んでいる。 そして、みどり達四人の従業員も普段通りのホスピタリティ精神を発揮しての接待に終始しているのだ。ナレーション「(みどりの声で) 最後まで、店長は私に対してさえ、このお客様達の素性を明かしてはくれませんでした。しかし私も、鮎さんも、長年の直感でおおよその正体を見抜いていたのです。業界内の食通達が私達の仕事ぶりも含めて、実地検分に訪れたに相違なく、店長の口ぶりからは 花丸つきの五重 丸 をいまはん本店は頂戴した模様でした」
2021年08月01日
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