全12件 (12件中 1-12件目)
1
映画「JFK」を見終えた。何度目か。常に新たに問われる。真理と規律は相反するかと。権力と真理は相反する事は知っている。既得権益者は真理を遠ざける。それは宗教組織に於いておや。まして政治は云うべくもなく。 集団維持に嘘は何処まで許される?。こうして今日も暮れて行く。明日が来ると信じて・・。
2012.12.31
コメント(2)
至道無難唯嫌揀択。仏道を生きるのは何ら難しい事では無い。唯、自分にとっての損得で分別しなければ。 今日、御天気に誘われ、午後、姫路まで出かけてきました。お寺へ老師の揮毫のお代を納めるためです。 お金は天下を廻って生きる。姫路の老師は揮毫をしたためお礼に代えては、自坊の修理に当てる。揮毫を手にする人は某かの意義を其処に感じる筈。その仲立ちを私は何気なくと云うより、荒れ果てた寺の修復に某か貢献できればと、縁を頼りにお願いし、姫路まで再び三度往復しては行為を成立させた。法施と財施。相方に喜んでいただけたかどうかは、「唯嫌揀択」独りよがりと云われればさも有りなん。
2012.12.27
コメント(2)
![]()
淡路日の出農協本部庁舎が新築され、その組合長室に掲げるべく予てお願いしてあった、河野太通老師の揮毫が昨日送られてきました。「和顔愛語」組合員を纏め指導していく姿を表す言葉でしょうか。半切でとお願いしてありましたが、少し小ぶりの、調度茶室の入り口に掲げるのに好い大きさのよう。でもまあ先方さんが納得して頂いたので、表具に出させていただきました。立派な文字だと思います。皆さまの評価は如何でしょう。
2012.12.26
コメント(4)
世間に在ればそうもいかない。昨日は、大阪に居る娘家族が突然来ました。実はそこに飼われていた愛猫が、23日の夜、突然心臓麻痺か心筋梗塞かで亡くなり、急ぎ動物病院に運んだようですが事すでに遅し。都会のマンション暮らし。火葬は可愛そう、かと云って埋葬する土も無く。我が家の周りに埋葬させてほしいと早朝から運んできました。 裏山の蜂場。 孫が選んだ場所は、東に面し見晴らしの良い場。景色が良いからと。その本糯の若木の下に穴を掘り、埋葬しました。私は手持ちの木材で、急ぎ朝から墓標を作っていました。孫・兄妹でその木柱に猫の名と、死亡年月日を墨で書き込み穴の傍らに立てました。このような時の涙は何なんでしょう。無意識に流れ落ちますね。私は此の猫の顔を見るのは今回が初めて、その分馴染みが無く涙は出ませんでしたが、老父母が亡くなった30年ほど前は思わず一瞬流れる物を感じました。肉親のえにしというものでしょうか。そして今にち、ペットはもう肉親の一部になっているよう。 蜂の巣箱用に買い求めて在った外材では有りますが、鉋かけし白木に似せた墓標もそれなりに、じじばばの近くに丁寧に埋められた愛猫の遺骸。孫たちは一応心安らいだはずです。 クリスマスイブの事、家にいなければサンタさんは来ないとて、夕方には帰りました。当分淋しい日々になるかも・・。 街孫の 愛猫の墓掘る 土凍てる
2012.12.25
コメント(6)
![]()
予て何度も書き習っていた、 万葉集第一首の、此の句を清書し終わり、扁額にすべく表具屋さんにお願いしました。今度は此の文字を新たに練習に入りました。「山中無暦日 寒尽不知年」(右端は御手本。他の二枚は今や始めて書いたもの)これは、山中無暦日 - 禅語に親しむ上記説明の漢詩の後半に当たります。「寒尽き春来るも年を重ねたとの気も起こらない。」悠々自適をうたう句でしょうが、世間に在ればそうもいかない。
2012.12.24
コメント(4)
![]()
先日、日本蜜蜂の巣を溶解濾過した蜜蝋と、アロマセラピーに使用されると云うホホパオイルで、蜜蝋クリームを作りました。ホホバオイル1リットルに、日本蜜蜂の蜜蝋、200グラムで好いらしいですが、計って見ると220グラムありました。この蜜蝋を湯燗して溶かし、其処にホホバオイルを入れかき混ぜ、小瓶に小分けして入れました。蜜蝋を入れるとこのように奇麗な黄色に固形します。この色は花の花粉の色。蜜蝋を入れることでホホバオイルは固形しやすくなり、また蜜蝋そのものも、スベスベ感があり、お肌によくなじみ浸透力に勝るホホバオイルと相まって、少量で延びのよいハンドクリームの出来上がり。今回このように30個足らず作りました。冬の肌荒れに重宝されます。 最後に蜜蝋蝋燭。温かみの感じられる蜜蝋製の蝋燭の灯り。 もともと蝋燭は蜜蝋で作られたよう。今でも教会の蝋燭は西洋蜜蜂の蜜蝋製という。お寺の蝋燭も仏教伝来時には蜜蝋製だったと云われます。でも日本では養蜂は無かったので、勿論蜜蝋は生産されず、ハゼの実の蝋を仕様するようになったとか。今は化学製品の蝋燭が主流ですね。
2012.12.18
コメント(13)
![]()
昨日は雨模様の曇り空でしたが、先月に続き箕面の寺に行ってきました。ここの若奥さん(50歳?前後)は気さくな人で、先月は境内の柿の実を手土産に、昨日は花梨の実を風邪薬にどうぞと、紙の下げ袋に各々10個ほど頂きました。 さて昨日の提唱。 無門関 第三八則 牛過窓櫺 五祖曰、「譬如水牯牛過窓櫺、頭角四蹄都過了、因甚麼尾巴過不得」。五祖曰く、「譬えば水牯牛の窓櫺を過ぐるが如き、頭角四蹄都べて過ぎ了わるに、甚麼に因ってか尾巴過ぎざる」。 無門曰若向者裏顛倒著得一隻眼、下得一転語、可以上報四恩、下資三有。其或未然、更須照顧尾巴始得。 頌曰過去墜坑壍、回来却被壊。者些尾巴子、直是甚奇怪。 五祖曰く、「譬えば水牯牛の窓櫺を過ぐるが如き、頭角四蹄都べて過ぎ了わるに、甚麼に因ってか尾巴過ぎざる」。 無門曰く 若し者裏に向いて顛倒して、一隻眼を著け得、一転語を下し得ば、以って上四恩に報い、下三有を資くべし。其れ或いは未だ然らずんば、更に須べからく尾巴に照顧すべくして始めて得し。 頌に曰く過ぎ去れば抗塹に墜ち、回り来るたれば却って壊らる。者些の尾巴子、直だ是れ甚だ奇怪なり。 禿 禺儒訳 例えば去勢された牛が連子窓越しに通り過ぎるのが見えたとして、頭も角も四本の蹄も通り過ぎたのに、何故か尻尾は通り過ぎない。通り過ぎたとは見えなかった。それは何なのでしょう。その現象を何と観る。 無門和尚は云う。 もしそのたとえ話を理解して、自分自身の言葉で解き説き得たら、それはもう人々の支援に報いた事になり、迷いの世界にある人を救う働きが出来た事になるでしょう。しかし其こに未だ至らない者は早々に尻尾の何たるかを思案することをお勧めしよう。 上記の文言を総て頌して云う遣りすぎるとご自分が掘った穴に落ち、だからと云って何もしなければ人間としての上達はない。さあさ、この云う処の尻尾、まったく以て雑には扱えない面白不思議な存在だ。 因みにこの問答も亦、出家者、世間を超脱した人の会話に他ならない。「水牯牛」・去勢された牛とは出家者の事でしょう。其れが寺の庭を通るのが窓越しに見えた。恰好は出家者そのものである。しかし出家世俗からの超越者と云え、現に肉体は存在する。そこにもろもろの某かの悩み愁いは見て取れる。気持ちは去勢したとはいえ元は男性、某かの悩み葛藤は有る筈。其処を総て無くした、通り過ぎたと云うのが真の出家か、尚葛藤に在るのが真の人間なのか。答えは個々人のものでしかないかと。 良寛様の句 裏をみせ 表をみせて 散るもみじ 書道の先生のこれまでに選んでくれた書。その後に書いた文字。尾巴の有りや無し。
2012.12.16
コメント(8)
過日、姫路の龍門寺での臘八大摂心の最終日に参加して参りました。ここは盤珪禅師が開山の寺。妙心寺派管長のお寺でもあり、本来の臘八大摂心の鶏明は、本山での行事を摂り行うべく一日早い結了。提唱は、 碧巌録 第八十六則 雲門厨庫山門 【垂示】 垂示に云わく、世界を把定して、糸毫を漏らさず。衆流を載断して、涓滴を存せず。口を開けば便ち錯り、擬議すれば即ち差う。且らく道え、作麼生か是れ透関底の眼。試みに道え、看ん。 〔序章に云うに、全世界を捉え尽くして、糸くずをも残さない。世俗の事柄からから離れ拭いわずかな滴も無い。その状態の表現は言葉では表し得ず、さて如何表現すればと意識すればもう迷いの道。其処の処を眼が開かれたと自負する人は如何捉え表すか、試してみよう。〕(〔〕内はし私訳) 【本則】 雲門垂語云、人人盡有光明在。作麼生か是諸人の光明。自ら代わって云く、厨庫山門。又た云く、好事も無きには如かず。 〔雲門禅師が説かれた。個々人全て違わず好いものを持っている。さあどうだ、君たちの好い所を云ってみなさい。誰も云えないのか、では私が云おう。日常何も無く平穏に暮らせ何不自由を感じない、持って生まれた生命の機能がそれだ、と。そして続けて云う、日々の暮らしの中で、好かった、嬉しかったの喜ぶべきはずの事象さえ、無事な日々には勝りえない。〕 【頌】 自照孤明を列し、君が為に一線を通ず。花謝して樹に影無くも、看る時誰か見ざる。見不見。倒に牛に騎って仏殿に入る。〔讃えられるべき光明は個々人に備わっており、その自覚へ導くヒントを雲門禅師は普段意識せずに生活している「厨庫山門」と表現された。例えば桜の樹に桜の花が散り無く只の樹と見えるようでも、視る人が観れば桜の樹は桜の樹。その意識の生命の尊厳に目覚めその牛に騎っていれば、喩え今不遇を託っていているかに見えても、それも生命に在っての一時の顕れ。帰家穏坐。〕 追記。仏教は「性善説」を採る。つまり真理(satya。実在)。此の自然世界の全肯定に基を置くよう。「性善説」の性善を精神的或いは行為に於ける「善悪」の善とするのでは無いと私は想う。この公案に云う「光明」、以て「性善説」とおもう。
2012.12.08
コメント(4)
![]()
今日は一段と寒さ厳しくなり、家の後ろの我が家の屋根の高さに在る台地から、見渡す山の黄葉が、今年は特に冴え鮮やかに見られました。此の山は洲本の名所、城山に連なる西の丸が有る山、我が家からは東の方角に有ります。こして此の山は南の方角に見える。昔の人は「凧の背」と呼んでいた山。云われてみれば、子供のころに上げていた、紙の奴だこの形に見えませんか。今の子供には分からないでしょうが。奴さん、寒くなって黄葉の襟巻をしています。紙の奴さんも柄のついた手拭いを首に巻いて居たかな。御正月を前に季節に現れる景色です。
2012.12.04
コメント(7)
![]()
師至晩上堂、挙前因縁。黄檗便問、「古人錯祗対一転語、堕五百生野狐身。転転不錯、合作箇甚麼」。師云、「近前来、与伊道」。黄檗遂近前、与師一掌。師拍手笑云、「将謂胡鬚赤、更有赤髪胡」。(箕面の禅寺境内の紅葉)無門曰 不落因果、為甚堕野狐。不昧因果、為甚脱野狐。若向者裏著得一隻眼、便知得前百丈 得風流五百生。 頌日・・ 不落不昧、両采一賽。不昧不落、千錯万錯。 (訓読) 師、晩に至って上堂して、前の因縁を挙す。黄檗便ち問う、「古人錯って一転語を祗対して、五百生の野狐身に堕す。転転錯らずんば、合に箇の甚麼にか作るべき」。師云く、「近前来、伊が与に道わん」。黄檗、ついに近前して師に一掌を与う。師、手を拍って笑って云く、「将に謂えり胡鬚赤と、更に赤鬚の胡あり」。 無門曰く・・不落因果、甚と為てか野狐に堕する。不昧因果、甚と為てか野狐を脱する。若し者裏に向かつて一隻眼を著得せば、便ち前百丈の風流なる五百生を贏ち得たることを知得らん。 頌に曰く:不落と不昧と、両采一賽なり。 同じ賽ころの目の一つに過ぎぬ。不昧と不落と、千錯万錯なり。 たいした差は無い。(河野太通老師 筆) 禿 禺儒訳 夜になって和尚は講堂に現れ、事の次第を話された。其れに対し、黄檗禅師が問いを発した。「其の人は昔答えが間違って五百生狐にされたとのこと。狐でなければ他に何に為っていたのでしょう」。百丈は云った。「お前一寸此処へ来い。お前だけに教えて遣ろう」。云われた黄檗はつかつかと百丈和尚に近づくとやにわに和尚を張り飛ばした。百丈和尚は怒るかと思うと手を拍ちカラカラと笑うと。「達磨さんは昔の人とばかり思っていたが、眼の前にも居たわい」と。(つまり全て百丈和尚の作り話。それを見破った黄檗禅師は、「狐の外に和尚、狸でも良かったのでは、と茶化している。もともと五百生狐に替えたとする替えた張本人の記述はない。他人の話は鵜呑みにする物では無い。自分の認識に従い判断する。日常常にその自覚は必要でしょう。因みに、自覚(buddhi。菩提。思考作用。統覚)。世間の古寺には狐狸の類が・・・) 自著「生命の確認」送料込1500円。申し込みはメールで。
2012.12.03
コメント(7)
![]()
(原文) 遂問、「大修行底人、還落因果也無」。師云、「不昧因果」。老人於言下大悟、作礼云、「応甲已脱野狐身、住在山後。敢告和尚、乞依亡僧事例」。師令維那白槌告衆、「食後送亡僧」。大衆言議、「一衆皆安、涅槃堂又無人病。何故如是」。食後只見師領衆、至山後巌下、以杖挑出一死野狐、乃依火葬。 (訓読) 遂に問う、「大修行底の人も還た因果に落つるや」。師云く、「不昧因果」。老人言下に於いて大悟し作礼して云く、「某甲己に野狐身を脱して山後に住む。敢て和尚に告ぐ、乞う亡僧の事例に依れ」。師、維那をして白槌して衆に告げしむ、「食後に亡僧を送らん」。大衆言議すらく、「一衆皆な安し、涅槃堂に又た人の病むなし。何が故ぞ是くの如くなる」。食後に只だ師の衆を領して山後の巌下に至り、杖を以って一死野狐を挑出して、乃ち火葬に依るを見る。 (禿 禺儒訳) そして彼が過去に修行者から問われた問い、「修業の成った人でも因果の法則からは逃れられないのでしょうか」との言葉を発した。そこで問われた百丈和尚は応じる。「因果などという法・言葉に惑わされる事は無い」。それを耳にした老人は、ああやっと迷いの暗闇から抜け出せたと、喜んで礼をして云う、「これで私は狐の姿から人間に還れた、お願いします、和尚さん坊さんが亡くなった時の様式を此の私にも採り行ってください」。百丈和尚は寺の事務方を呼び、板を撃たせ弟子たちを集めて知らせた。「食事が済んだら一人の坊さんの葬儀を行う」と。弟子たちは怪訝に思った。「この寺の誰一人亡くなったとは聞かない、元々病人用のお堂に伏す人もない。和尚さん何を云い始めるのか」と。でも和尚さんは食事の後皆を引き連れ寺の裏山に登り大きな岩の元に来て、杖を使って一つの狐の死骸を掘り出し、火葬にした。
2012.12.02
コメント(6)
![]()
調度一週間前の土曜日。私は分け合って大阪箕面の禅寺に、老師の提唱の場にひょんなことから追っかけることに成り、そこでの「無門関第二則」有名な「百丈野狐」を聞くことに成りました。(箕面の紅葉と云いますが、この寺の境内の紅葉も見事)そこで原文の漢文とその訓読、そして私なりの現代語訳を文を切りながら載せようと思います。 第二則 百丈野狐百丈和尚、凡参次、有一老人、常随衆聴法。衆人退、老人亦退。忽一日不退。師遂問、・「面前立者、復是何人」。老人云、「諾、某甲非人也。於過去迦葉仏時、曽住此山。因学人問、『大修行底人、還落因果也無』、某甲対云、「不落因果」。五百生堕野狐身。今請和尚代一転語、貴脱野狐」。 第二則 百丈の野狐(訓読) 百丈和尚、凡そ参の次、一老人あり、常に衆に随って法を聴く。衆人退けば、老人も亦た退く。忽ち一日退かず。師遂に問う、「面前に立つ者は、復も是れ何人ぞ」。老人云く、「諾、某甲は非人なり。過去迦葉仏の時に於いて、曽つて此の山に住す。学人の『大修行底の人も還た因果に落つるや』と問うに因って、某甲対えて云く、『不落因果』と。五百生野狐身に堕す。今請う和尚、一転語を代わって、貴(ねがわ)くは野狐を脱せしめよ」 禿 禺儒 訳 百丈和尚が御寺で説教をされる、そのたび常に一人の老人が現れ、弟子や一般の人に交じりお話を聞いていた。会衆がお堂から退くと老人も同じく帰っていく。処が或る日いつものようには帰らず何か問いたげに残っていた。そこで和尚は声をかけた。「いつもお見えの様ですが、貴方は何処の何方ですか」と。其れを待っていたかのように老人は、「はい、何を隠そう私は人間ではないのです。お釈迦様以前の過去仏の一人迦葉仏の時代に、この山・百丈山に住んでいた者です。或る時私を訪ねてきた修行者の「修業が成った人も因果の法則で道を違えることは有るのでしょうか」と問われ、私はそれに応じ「因果の法則には捉われない」と云ったとたん、五百回生まれ変わり死に変わる期間、狐となって生きなければならない定めと成ったのです。どうか和尚様お教えを賜り願が適うならこの狐の身から人間に還らせて下さい」と。
2012.12.01
コメント(1)
全12件 (12件中 1-12件目)
1