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前にはポチポチと咲いていたマーガレットが、満開です。というわけで、「買書とつんどく日々」は、ほとんど花の日記になっていますが、今は季節がいいですから。
2009年04月30日
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「日露戦争後の我国にようやく横溢しはじめた個人の覚醒と既成の道徳や制度にたいする批判の雰囲気です。この種がまかれたのは明治の始めからであり、日露戦争以前からすでに或る熟した機運の形をとっていましたが、それが青年層を風靡する思想として、ひとつの社会問題の形をとったのは、日露戦後であり、花袋等の主張する自然主義の運動はその文学の面への端的な現れでした。二葉亭がこの風潮に対してとった態度は、大体鴎外と同じで、自分らより二十年おくれて、かつて彼等が経た青春をくりかえしている新しい時代の相にたいして、一方でその浅薄さや感傷性に反発しながら、昔の孤独な夢が、現実の世相として、周囲の社会に見出されることに、或る心の若返りを経験したので、鴎外も二葉亭も自然主義を軽蔑しながら、その影響をうけたと正宗白鳥氏が云っているのはこの意味で正しいのです。」(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月29日
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岩本隆雄さんの「星虫年代記(1)」を買書つんどく。まったく知らない作家さんですが、「1990年、第一回日本ファンタジーノベル大賞最終選考に残った「星虫」」というキャッチに惹かれました。ちなみに、第一回日本ファンタジーノベル大賞は酒見賢一さんの「後宮小説」ですね。また、「星虫年代記(2)」の発売も予定されていて、それには「鵺姫真話」「鵺姫異聞」の2作が収録されるとのことですが、いずれにしろまったく知りません。「氷室友美はスペースシャトルの操縦士になることを夢見る、高校一年の女の子。そんな友美が夏休み最後の日に、人間の額に吸着することで宿主の感覚を増幅させる能力を持った宇宙生物“星虫”と出会い、世界を騒然とさせる大事件へと巻き込まれていく…。岩本隆雄のデビュー作にして“幻の名作”といわれた『星虫』に、姉妹編の『イーシャの舟』と書き下ろし短編を加えた感動のSFシリーズ、ここに奇跡の復活。」(「BOOK」データベースより)「人類の8割に寄生した宇宙生物「星虫」は、人々の身体能力を増幅させるなどして最初は歓迎されたが、その姿がグロテスクに成長していくにしたがい、人類を乗っ取るためにやってきた侵略者ではないかとの疑念を持たれ始める。そんな星虫を最後まで信じる女子高生を主人公にした、青春SFの傑作が、姉妹編の『イーシャの舟』との合本となり、復活!! さらに、ファン感涙の書き下ろしの短編も加わります。」(楽天ブックスの紹介)
2009年04月29日
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テーマから云っても、これ(「其面影」)が「浮雲」の延長の上にあることはたしかですが、同時に中年の恋愛を、その悲劇性にはっきりと目をつけて扱った点は、「浮雲」のような青春小説にはもちろんなかったし、他の明治小説にも、見られません。我国の近代小説が「蒲団」以前に示した諸種の可能性の一例証であるだけでなく、(其面影」「破戒」「我輩は猫である」等が同じ年に発表されたのは興味ある事実です)晩年の二葉亭の生活感情が、他の二作にない生々しさで盛られています。哲也が文三の後身であるのは、二葉亭の文学的想像力の貧しさより、むしろ彼の生きかたと、その中心をなした問題が生涯一貫して変わらなかったことを示しています。」(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月28日
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魯迅「故郷/阿Q正伝」を買書つんどく。最近読んだばかりのような気がしますが、藤井省三さんの新訳で出たので買ってみました。いつ読むのかは、不明です。(いつものことか・・・・・。)「久しぶりに再会した幼なじみは、かつて僕の英雄だった輝きを失っていた…「故郷」。定職も学もない男が、革命の噂に憧れを抱いた顛末を描く「阿Q正伝」。周りの者がみな僕を食おうとしている!狂気の所在を追求する「狂人日記」。文学で革命を起こした魯迅の代表作16篇。」(「BOOK」データベースより)
2009年04月28日
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自分で「ウツボカズラ」だと言っていたので、てっきり「ウツボカズラ」であきらめていたのですが、咲いてみたらどうもそうではないらしい。けっこう大きな花が咲いて、てふてふなんかもやって来てます。なかなかええやんか。
2009年04月27日
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塀にへばりついているジャスミンです。たくさんあるピンク色がつぼみですが、間もなく一斉に咲き始めます。匂いもいいですよ。
2009年04月27日
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映画化で話題になっている、アラン・ムーア /デイブ・ギボンズのコミック「Watchmen 」を買書。早速、読んでいますが、なかなか込み入った内容なので、ゆっくりと読んでいきたいと思います。ちなみに、僕の「ゆっくり」は、非常に遅いということです(笑)。「“金曜の夜、ニューヨークで一人の男が死んだ─”1985年、核戦争の危機が目前に迫る東西冷戦下のアメリカで、かつてのヒーローたちが次々と消されていた。これはヒーロー抹殺計画のはじまりなのか?スーパーヒーローが実在する、もうひとつのアメリカ現代史を背景に、真の正義とは、世界の平和とは、人間が存在する意味とは何かを描いた不朽の名作。アメリカン・コミックスがたどり着いた頂点がここにある。全ページ再カラーリングに加え、48ページにわたる豪華資料を収録した完全改訂版。SF文学の最高峰ヒューゴー賞をコミックとして唯一受賞し、タイム誌の長編小説ベスト100にも選ばれた、グラフィック・ノベルの最高傑作。」(「BOOK」データベースより) ↑ 役に立たないウォッチキャット、とウォッチメン
2009年04月26日
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「(内田魯庵は、)「幸田露伴は曾て「浮雲」を評して地質の断面図を見るやうだと云ったが、「其面影」は断面図の代わりに横浜出来の美人画を憶出させた」といって、「「浮雲」の惰力的労作」と断じています。(中略)そのほか「其面影」が、その価値通りに評価されなかった原因としては、一年後に書かれた花袋の「蒲団」が、私小説を我国の近代小説の主流の位置におしあげ、この小説を藤村の「破戒」と同様、古い文学数年にしたがって書かれた「つくりもの」視する風潮が支配的になったことがあげられます。」(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月25日
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関川夏央さんの「二葉亭四迷の明治四十一年 」を買書。関川さんといえば、コミック「『坊っちゃん』の時代 」五部作を読んだことがあり、そのなかにも二葉亭の最後が出てきますが、この本は、このたびの二葉亭がらみで買ってみました。「憂国の人、完全主義で自己嫌悪、放蕩で親孝行の人、そして愛情に拘泥する人…二葉亭四迷は、自分が存在して然るべき場所を探し続けた現代日本人のさきがけだった…。近代文学史の一頁目にその名を刻まれた二葉亭四迷。常に悩みを抱えつつも夢を追い続けた自由な精神と明治後期の時代背景を描く」(紀ノ国屋書店の紹介)
2009年04月25日
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「ね、お前一人の心の持方で、三方四方円く収まって、皆が出世が出来るンだから、ね、どうか渋谷様のお世話になっておくれ、ね、ね・・・・・」(二葉亭四迷「其面影」より)
2009年04月24日
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「それというのも、僕に言わせりゃ、皆自業自得だ、皆君が下手だからです。比間も言う通り、どうも君にゃ理想だの人情だのという粘気があるから、する事がネチネチばかりして、洒然(さらり)と行かねえや。皆古本の精が憑いている所為だ。だから、爰で一つ正気に復って、活きた人間になって考えて見玉え、今度のことなんぞは雑作もなく捌けてしまう。(中略)それを君が何時までも人情だの体面だのと、其様な物に拘泥っていたら、末はどうせ碌でもない事に成ッちまうよ。活きた世界だ、活きた世界に活きていようというに、人間を殺して掛かっちゃ、到底も無効だ――といっても、君にゃそうは行くめえ。」とこの人にも似合わず、末は何となく沁(しんみ)りとなる。哲也も沁りとなって、友の説に耳を傾けていたが、この時如何にも力なげに萎れた面を挙げて、「や、有難う。君がそう深切に率直に言ってしまうが、僕にゃ如何しても君のその流儀は嵌らん。なるほど生活というものは君の言う通りの物かも知れんが、しかし、幾ら皆が物質的の満足を得るからといって、僕にゃ小夜を・・・・・精神的に殺してしまうことは如何しても出来ん。」突然葉村は天井を仰いで高笑いをして、「不好(いけね)え不好え、・・・・・」(二葉亭四迷「其面影」より)
2009年04月24日
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ベンジャミン・ブラック(ジョン・バンヴィル)の「ダブリンで死んだ娘」を買書つんどく。バンヴィルって、ミステリも書いていたんだということで・・・・・。「“聖家族病院”の病理医クワークは死体安置室の遺体にふと目を止めた。救急車で運び込まれたクリスティーンという名の美しい女性で、死因は肺塞栓。明らかに出産直後と見える若い女性が肺塞栓とは?死亡診断書を書いた義兄の産婦人科医マルの行動に不審を抱いたクワークは再び安置室を訪れる。だが、遺体はすでに運びだされていた!1950年代のダブリンを舞台に、ブッカー賞作家が別名義でミステリに初挑戦した話題作。」(「BOOK」データベースより)ベンジャミン・ブラック「現代アイルランドを代表する作家ジョン・バンヴィルの別名義。1945年、アイルランドのウェクスフォード生まれ。1970年、短篇集でデビュー。新聞の文芸記者として働きながら執筆を続け、『コペルニクス博士』(白水社)でジェイムズ・テイト・ブラック記念賞、『ケプラーの憂鬱』(工作舎)でガーディアン賞。2005年には『海に帰る日』(新潮社)で、カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』を抑えてブッカー賞を受賞。ダブリン在住。」(「BOOK」データベースより)
2009年04月24日
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「哲也は母子の仕打ちに終始不平が絶えぬが一方の相手の方にもそれはある。縁組の当時人を以って聞糺させたら、学校の成績は先ず優等の方であったから、それなら好かろうで莫大の金を掛けたのであるけれど、その優等生殿社会へ出て見ると、ねッから優等でない。同期の卒業生で、しかも哲也より成績の悪かった者が、皆今は相当の地位にあり付いて、中には参事官もあれば、公使館何等かの書記官もあれば、銀行の取締役もあれば、会社の支配人もある。誰を見ても皆哲也よりはグッと立派に成っている。」(二葉亭四迷「其面影」より)
2009年04月23日
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本屋さんの文庫本の新刊コーナーを歩いていると、こんなんとか、こんなんが並んでいて、それぞれ綿矢りささんが解説を書いていたり、特別インタビューを載せていたりするのでした。編集者のかたか出版社のかたか知らないけれど、りさたんをこんな人よせパンダみたいな使い方をしないで、小説を書かせてください!あの痛ましい「夢を与える」のままではいけません。でもって、こんなんが復刊していて、目が点になったり、道尾秀介さんの解説を読んで、小泉喜美子さんの再婚相手が内藤陳さんであったことを知って驚いたり、そういえば僕はこの本の11章で「ハタと膝を打ったり」しなかったな、とやくたいもない感慨にふけったりするのでした。いや、本屋はほんまに面白い。
2009年04月23日
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作家として未完成の生涯を終わった反面、種々の未解決な問題をのこした彼は、今でも文学と「話中」なのですというわけで、中村光夫さんの「二葉亭四迷伝」を読みました。これも、25年ぶりくらいの再読です。今回は、二葉亭の作品のサイドリーダーのような形で読んだというのと、いわゆる二葉亭の「未完成の生涯」への関心というよりも、近代文学の黎明としての二葉亭という観点にひきつけて読んだように思います。それで、感じたのは、日本の文学の成立過程において外国文学の導入が果たした役割が思ったよりも大きい、むしろ決定的な側面をさえもっているということです。もちろん、国民文学の源流が、二葉亭や漱石ばかりでなく、江戸の戯作や伝奇ものの流れもあることは、近年では認知されてきたところですが、それにしてもこれは、国民文学とはなにか、ということについて改めて考えさせられる体験でした。「明治の黎明期に近代小説の先駆的な作品『浮雲』を書き、〈言文一致体〉を創出した文豪二葉亭四迷の四十六年の悲劇的な生涯を全十七章から成る緻密な文体で追う。最終章はロシアからの帰途の船上で客死する記述に終り、著者「あとがき」に、「これは彼の生活と時代を再現することを必ずしも目的としたのでなく、伝記の形をとった文学批評だ」とある。評伝文学の古典的名著。読売文学賞受賞。」(「BOOK」データベースより)
2009年04月22日
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「二葉亭の文学上の仕事で、翻訳のしめる地位は非常に重要なので、量の上でそれは彼の小説の何倍かにのぼるだけでなく、質の上でも、彼の小説に勝るとも劣らぬ意味を明治文学史上に持っています。(中略)ことに彼が「浮雲」と前後して「国民之友」「都の花」に発表したツルゲーネフの「あひびき」「めぐりあひ」の翻訳は、我国の翻訳史上劃期的なものであっただけでなく、その文体と内容の清新な感覚で、むしろ「浮雲」以上の影響を後世に及ぼしています。(中略)「あひびき」は眇(びょう)たる一短編にすぎませんが・・・・・同時代の翻訳の通年そのものを打破した仕事で、文章の形を日本語として可能な限りロシア語の原文に近づけるだけでなく、そのことで、在来の文章の美学を破壊し、原文の律動、原作者の呼吸を、破天荒の新文体で再現しようとしたものなのです。彼が所謂(いわゆる)言文一致体をここで採用したのは、この意味から云って当然のことでした。たんにロシア語を含めて欧文の文章が口語でかかれているだけでなく、文脈の異なる外国語の形をできるだけそのまま日本語に移すには、定形をもたぬ新文体の創造が一番適切な方法であったからです。」(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月21日
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この花、ご存知でしょうか?僕は、昨年種をいただくまで、まったく知りませんでした。昨年、種をまいて、その年は咲かなかった花が咲き始めました。オキナグサというのだそうです。ところで、僕のガーデニングブログパーツですが、なんとウツボカズラですと!けったいやと思ったわけや!そやけど、なんでやねん!
2009年04月21日
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「この明治時代我国が幾度となく経験してきた時代の雰囲気の急激な交替は、文学にも影響を及ぼさずにはいなかったので、その具体的な現われは、逍遥、美妙、二葉亭などを中心とする小説改良運動の頓挫と、露伴、紅葉などによる元禄文学の復活でした。内田魯庵は山田美妙を「欧化熱の早産児」と評して、そこに彼の若くして得た名声と悲惨な末路を解く鍵を見出していますが、美妙ほどでなくとも、逍遥の小説改良の主張も、それに呼応して出現した二葉亭の仕事も、この時代の風潮と微妙なつながりがあったのは、「浮雲」の序文を見ても明らかです。したがって、志賀重昴、陸羯南、三宅雪嶺等の「日本人」創刊、我楽多文庫の発売など時代の勢がかわって行くにつれて、逍遥や二葉亭など自己を見る明にめぐまれた者は、そのためにかえって自分の主張の浅さに苦しみ始めるのです。「小説神髄」の主張が、直接の結果として紅葉露伴による西鶴の復興をもたらすなどというのは、おそらく逍遥が予測も希望もしなかったことですが、一面から見れば、これは彼の現象写生を旨とする写実主義と、それを裏づける芸術独立の論理的結末なので、逍遥の考えたくらいの写実を実現するためなら、西洋の小説をとり入れなくても、西鶴をお手本にすれば充分であったのです。」(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月20日
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これは、うちのシンボルツリーということになっているヤマボウシです。ハナミズキなんかの仲間ですが、真ん中の、実みたいな周りに葉っぱのようなものがあります。これは苞(ほう)といって、やはり葉なのですが、これがこれから真っ白になって花みたいに見えるようになります。
2009年04月20日
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日中になって、だいぶ開いてきました。
2009年04月19日
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これは、同じく狭い庭のオステオスペルマムです。植木鉢で育てていたのが大きくなったので、昨年直植えにして初めての花が咲き始めました。とても鮮やかな色の花が咲きます。
2009年04月19日
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狭い庭のチューリップです。早いのは3日ほどまえから咲いていたのですが、いろいろですね。きれいに咲かせるのはむつかしいです。
2009年04月18日
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「書生気質」はたんに新しい文学作品ではなく、新しい文学そのもの、あるいは文学という新しいものとして出現したので、その影響は、たんに古い戯作の社会的品位を高めたのではなく、それと別箇の新鮮な興味で、社会がこれまで軽んじてきた小説という文学形式に、思いがけない可能性を展いて見せた点にあるのです。「戯作の低位から一足飛びに文明に寄与する重大要素、堂々たる学者の使命としても恥ずかしくない立派な事業に跳上がって了った。夫れまで政治以外に青雲の道が無いやうに思ってゐた天下の青年は此の新しい世界を発見し、俄(にはか)に目覚めたやうに翕然(きふぜん)として皆文学に奔(はし)つた」と魯庵が云うのには、少し誇張があるかもしれません。多年にわたる小説蔑視の気風が一作や二作の小説の得た世評で改まる筈はないからです。しかし、西洋の「文明」が、極端な功利主義の対象として激しい勢いで移入され、美術も文学もすべて過去の無用な遺物として葬られかけていた維新以来の時代思潮のなかで、逍遥の二著が(フェノロサの美術論と並んで)西洋文明の新たな側面を人々に示し、小説――芸術――が彼地において「文明の重大要素」であることを明らかにして、時代の精神にあらたな次元をひらいたことはたしかなので、魯庵がこのような言辞を弄した背後には、この新たな啓示によって、自己の進路を見出した青年の喜びがかくれています。(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月18日
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2月15日に設定したガーデニングブログパーツに、やっと花が咲き始めました。でも、この花、なんか変くないですか?
2009年04月17日
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レイモンド・チャンドラー「さよなら、愛しい人」を買書。 「長いお別れ」は清水俊二さんの訳で2度読んでいます。大好きな本の一つです。「さらば愛しき女よ」も1度は読んでいますが、「長いお別れ」ほどの印象を受けなかったのが正直なところです。これが、どのように村上さんによって訳されているのかに興味があって買ってみました。「消えた恋人を捜してLAの街を彷徨う前科者ムース・マロイ。彼と出会ったことで私立探偵のマーロウは奇妙な事件の渦中へと。男女の哀切な愛を描いたハードボイルドの傑作が村上春樹の新訳で甦る」(早川書房の紹介)
2009年04月17日
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「やがて彼(二葉亭)に会う坪内逍遥は、彼の思想だけでなく、性格までがロシア化されていたのに驚き、「文学の感化の恐ろしさ」を感じたと言っていますが、このような感化は彼を文学者にせずにはおかなかったし、文学者として生きるに異様な困難を課せずにはおきませんでした。我国の文学における近代が本当に始まるためには、彼のように外国文学の魅力を全身に受け、それに憑かれた人間が必要であったのですが、不幸にしてこの孤独な文学の観念を表現に熟させる条件は、彼の周囲の社会にも、彼自身の内部にも備わっていなかったのです。」(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月16日
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私事ながら(というか、書いていることは、これすべて私事ですが)、上の娘が先ほど中学校に入学し、これを機会に親を見習って、なんぞ本をつんどいてもらおうと思うのですが・・・・・。ヘルマン・ヘッセ「デミアン」アンネ・フランク「アンネの日記」ミヒャエル・エンデ「はてしない物語」ロバート・A・ハインライン「夏への扉」コナン・ドイル「バスカヴィル家の犬」庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」などなど、と考えてはみたものの、ここでお知恵を拝借。現在、わが娘は「ポッター」「ゲド」「十二国記」「守り人」など、ファンタジー系を好んで読んでいますが、中学生として、もうちょっと読書の幅を広げるきっかけとなるお勧め本がないものでしょうか?
2009年04月15日
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「彼の生活にこれほどの苦しみを与えた思想上の原因はなにかというと、それは当時の開化の世相の下で育ち、これを鵜呑みにし得なかったすべての青年たちを捕らえた疑惑、西洋文明の皮相な輸入によって、一切の旧物を破壊していくなかで、伝来の権威を見失った人間は何を「拠り所」に生きていくべきかという疑問です。これは二十年後に自然主義の作家批評家が、ロマンチックな形で提出し、彼等の仕事にあきたりなかった漱石、鴎外らもそれぞれ個性的な方法でとりくんだ問題です。この問題の芽がすでに「浮雲」のなかに、自己の内面の論理にしたがって行動する文三と、外界に順応して、そこにできるだけ有利な地位を占めようとする昇との対立に見られます。(中略)この問題の成長と深化とが、彼に小説を抛棄させた・・・・・(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月15日
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「文三はそれに踵を接して登場した「舞姫」の豊太郎と並んで、明治の知識階級の否定的自覚が最初に生んだ人物であり、彼らの存在自体が日本文明の批評として、次第に深化し成長して行きました。ともに青春の恋愛に破れ、一方は喪心、他は狂気に達するのですが、信じたい要求を持ち、それがみたされずに生きられぬ絶望を心に持ちながら、信ずる対象を奪われた彼等の精神の空白は、漱石の諸人物にうけつがれただけでなく、自然主義の作家もそれを実験的態度で生きたのです。」(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月14日
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賀川豊彦さんの「死線を越えて」復刻版を買書つんどく。PHP研究所では、三木清さんの「人生論ノート」も新しく出していました。これは、ほんとにお世話になった本です。「死線を越えて」「生涯にわたって社会的弱者の側に立ち、「友愛、互助、平和」を国内外で説きながら、わき目もふらずに活動した稀有の人物である著者が描いた、スラム街における愛と献身の物語。大正時代の大ベストセラーがいま甦る。」(「BOOK」データベースより)
2009年04月14日
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玄関のマーガレットです。冬に屋内で咲いていたのを買ったのですが、屋外に出したら成長が止まってしまって、どうなるのかなと思っていたら、ようやく咲きはじめました。これからが盛りになると思います。
2009年04月13日
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もしお勢を深く尤(とが)むべき者なら、較べていえば、やや学問あり智識ありながら、なお軽躁を免れぬ、譬えば、文三の如き者は(はれやれ、文三の如き者は?)何としたものであろう?二葉亭四迷「浮雲」を再読しました。25年ぶりくらいでしょうか。以前読んだときのことは、はっきり言って覚えていませんが、今回「本田昇」や「お勢」が軽薄にも卑賤にも思われませんでしたし、いかに未だ幼態とはいえ、気難しくて独善的で、「文ちゃん、あんたほんまにどうしようもないなぁ~」と思ってしまう僕は、二葉亭言うところの社会に敗れさっているということなんでしょうか。とはいいつつ、著者にしてからが、必ずしも「文三」を肯定的に描いていないことも事実です。文三は二葉亭にとって、逆の理想像、あるいは精神の恥部であったので、彼との血縁は自嘲の形でしか認め得ない存在でした。(中略)「あれが自分かと思ふといやになってしまひ申候」と彼は明治三十六年に北京から逍遥に宛てて書きます。(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)この余計者の系譜は、二葉亭がロシアの小説から呪いのように引継いでいるものでしょうが、これに急激な西欧化と旧価値観との相克という、二葉亭が生きた時代特有のベクトルが加味されて、この問題を複雑化させているように思いました。また、題名である「浮雲」の由来は、「文三」と「昇」の間で揺れ動く「お勢」のことを意味するとともに、中途半端にふらふらする「文三」のことと両義的に感じました。それと、「お勢」は急激な欧化に揺れ動く日本を象徴するもので、実は彼女が主人公だ、という説もあるそうです。さて、「浮雲」が彼の生涯のテーマを扱ったものであることは、二十年後の「其面影」で同じ主題がくりかえされているのを見ても明かですが、この小説をかりに三十台の二葉亭が、明治三十年代に書いたとしたら、彼自身の力量も、はるかに充実し、公衆の鑑賞力もずっと進歩していて、「浮雲」のような未熟未完の作品に、自己の文学的自信を賭けたり、そこに辛うじて盛り得た企画の新しさが、同時代の文壇ばかりでなく、後世の称賛からも誤解されるという悲劇は避け得たかも知れません。(中村光夫さん「二葉亭四迷伝」より)ということで、引き続き「其面影」を読んでみることにしました。「浮雲」「真面目で優秀だが内気な文三と、教育ある美しいお勢は周囲も認める仲。しかし文三の免職によって事態は急変、お勢の心も世知に長けた昇へと傾いてゆく。明治文明社会に生きる人々の心理と生態を言文一致体によって細緻に描写し、近代文学に計りしれない影響を与えた二葉亭四迷(1864‐1909)の記念碑的作品。」(「BOOK」データベースより)
2009年04月12日
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玄関のアザレアが花盛りです。葉っぱの色が少し悪いのですが、枯れるかも、と思っていたわりに元気に咲きました。
2009年04月11日
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宇野邦一さんの「ハーンと八雲」を買書つんどく。ハーンの小説も好きですが、「日本の面影」などを読むと日本が好きになりますね。しかし、宇野さんのハーンはどんなんでしょうか?「アメリカでもマルティニック島でも日本でも、ハーンはつねに「小さきもの」を注視してきた。つましい生活の細部、場末の音楽、クレオール料理、町の物音、墓牌銘、虫の鳴き声、玩具、女性の髪型・・・・・・。この本を書きながら確かに見えてきたことは、そんなふうに小さなものにむかうハーンの知覚が、人間も生物も、あくまで連続したひとつの生命の環のなかで捉える巨大な世界のイメージとともにあったことである。――現在、出版界で一番熱い注目を浴びている哲学者であり、フランス文学者である著者による、渾身の書き下ろし。比類なき視野の広さと思想の深さをもつ、新たなるハーン=八雲論の登場!」(角川春樹事務所の紹介)
2009年04月11日
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「儒教を中心とした東洋風の倫理観念と、ロシア文学によって移植された西洋風の人間観社会観との相克と、その調和への努力(中略)この矛盾は、たんに二葉亭ひとりのものでなく、彼と同時代の者が例外なく経験した内心の劇であり、時の推移がそれを表面的に解決したように見える現代でも、おそらく日本人の精神の問題を一歩掘りさげれば、必ずぶつかる問題です。二葉亭の特色はこの二つの相容れぬ価値の体系が、彼の精神の無垢を餌食にして、それぞれ同じ強さで生き、溶け合おうとして相闘った点にあります。この内心の劇は彼がそれに「浮雲」で表現をあたえることに失敗したのち、ただ彼の生涯を破壊する力として働きました。」(中村光夫「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月10日
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ここに彼が、明治文学史上最初に試みた大胆な文章改革と、そのいわゆる言文一致の清新な文体の描きだす当代青年男女の溌剌たる姿態の鮮やかさはたちまちにして世の注目をひいた。(中略)「浮雲」はこの文学界の新規運に最初の確たる礎石をおいた小説であった。この意味でこの一遍の小説は、明治二十年代文学の代表作品であると共に、また時代の水準をはるかに抜くものであった。彼がここに試みて成功した言文一致を目標とする破天荒の新文体が、一般に普及したのは、なお十数年後のことであり(中略)「浮雲」発表当時の文壇が、この小説に認めた価値はまず何よりその精緻な写実主義であった。(中略)文三は当時の彼の倫理思想を体現した人物であった。しかも彼はこの自らの青春を賭けた倫理の敗北を彼自身の作品に結論せねばならなかった。(中略)文三は他に能はないにしろとにかく高潔な青年である。この点で彼は卑賤な昇に数等勝る人物であることに間違いない。だが実社会の生活でなぜ文三は昇に敗れるのか。人間は社会に立つには卑賤でなければならなぬのか。二葉亭が「浮雲」に提出した根本の疑問は以上のようなものであった。これは単純な疑問である。だが、これを幼稚と嗤い得るのはただそれについて一度もまじめに考えたことのない人々だけであろう。なぜならこれは、単純であると同時に、僕らが人生にまたは社会生活に向かって発し得る、最も深い疑問の一つであるからだ。(中村光夫さんの「浮雲」解説より)
2009年04月09日
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それに・・・・・何だから 「三方四方」円く納まる事(こつ)たから(この時文三はフット顔を振揚げて不思議そうに叔母を凝視めた)そりゃなるほど慈母(おッか)さんの仰しゃる通り今茲処(ここ)で私さえ我を折れば 私の身も極まるシ老母も安心するシ「三方四方」ト(言葉に力瘤を入れて)円く納まることだから私も出来る事ならそうしたいが シカシそうしようとするには良心を締殺さなければならん 課長の鼻息を窺わなければならん 其様(そん)な事は我々には出来んじゃありませんか(ともに二葉亭四迷「浮雲」より)
2009年04月09日
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花輪和一さんのコミック「護法童子」が、ぶんか社から全1巻で復刊されました。僕は、幸い双葉社の2巻本で持っていますが、待望していた人もおられたのではないかと思います。またすぐ絶版になりそうな気がするので、興味ある人(?)はこの機会に買っておきましょう。
2009年04月08日
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「厭かネ、ナニ厭なものを無理に頼んで周旋しようと云うんじゃないから そりゃ如何(どう)とも君の随意サ ダガシカシ・・・・・痩我慢なら大抵にしておくほうが宜(よ)かろうぜ文三は血相を変えた・・・・・「そんな事仰しゃるがムダだよトお政が横合いから嘴を容(い)れた「内の文さんはグッと気位が立ち上がってお出でだから 其様な卑劣な事ア出来ないッサ「ハハアそうかネそれは至極お立派な事(こつ)た ヤこれは飛んだ失敬を申し上げました アハハハ(中略)無念無念文三は恥辱を取ッた ツイ近属(ちかごろ)と云ッて 二、三日前までは官等の些(ち)とばかりに高下はあるとも同じ一課の局員で 優り劣りがなければ押しも押されもしなかッた昇如き犬自物(いぬじもの)のために恥辱を取ッた、シカシ何の遺恨があッて如何(いか)なる原因があって想うに文三 昇にこそ怨はあれ怨みられる覚えは更にない 然るに昇は何の道理もなく何の理由もなく あたかも人を辱める特権でも有(もっ)ているように文三を土芥(どかい)の如くに蔑視(みくだ)して犬猫の如くに待遇(とりあつか)ッて 剰(あまつさ)え叔母やお勢の居る前で嘲笑した侮辱した(二葉亭四迷「浮雲」より)
2009年04月08日
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2009年本屋大賞が、湊かなえさんの「告白」に決まりました。今朝、起きたら、「めざましテレビ」で湊さんの電話インタビュー(「これはいわして」だったかな?)をやっていましたが、感じの良い方という印象を受けました。ああ、この方がこんな「恨み節」みたいな小説を書くんだ、と感慨深いものがありました。しかし、こんなに売れている本をなぜわざわざ「書店員が一番売りたい本」として賞を出すのか、僕には理解できませんが、なにはともあれ「めでたい」ということで。
2009年04月07日
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奥泉光さんの「神器 軍艦「橿原」殺人事件」を買書つんどく。1月に発売されていたものの、ミステリーの棚にあったうえに、「○○殺人事件」なんて、面白くもなさげな題名がついていたため、見過ごしていたものと思われます。そういえば、奥泉さんには「『吾輩は猫である』殺人事件」なんてものもあり、これを読むために、漱石の「猫」を読み直したことを思い出しました。さらに、「新・地底旅行」を読むためにヴェルヌの「地底旅行」を読み直そうとしたところで、挫折したんでした。で、奥泉さんの「猫」はというと・・・・・まあまあだったかな?「昭和20年初頭、探偵小説好きの青年が上等水兵として、軽巡洋艦「橿原」に乗船した。そして艦底の倉庫でこれまで3人の変死事件があったことを知り、好奇心の蟲が騒ぎはじめる。「橿原」に隠された謎をめぐり憶測が飛交い、新たな変死事件は後を絶たず、艦内に不安が渦を巻き始める…。 軍艦「橿原」には、「神器」がひそかに持ち込まれていた―。大量発生した鼠、そして極秘任務の真偽を巡って錯乱する兵士達を運んで航行を続ける「橿原」の艦底で、時空を超え、民族を超えたスケールの日本人論、戦争論が展開される。記念碑的純文学長編。」(「BOOK」データベースより)
2009年04月07日
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「だけれども本田さんは学問は出来ないようだワ「フム学問学問とお言いだけれども立身出世すればこそ学問だ 居所立所(いどたちど)に迷惑(まごつ)くようじゃア些(ちッ)とばかし書物(ほん)が読めたッてねっから難有味(ありがたみ)がない「それは不運だから仕様がないワ(二葉亭四迷「浮雲」より)「浮雲」の文三は、この彼(二葉亭)にとって「宗教であり、「哲学」であった思想(東洋の儒教的感化)が、現実によって破られて行く悲しみを具象したものです。(中村光夫「二葉亭四迷伝」より)
2009年04月06日
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7月3日の発売の予約ということで、「崖の上のポニョ」のDVDの予約をしてしまいました。先着予約特典として、「ポニョ」のシールブックがもらえるらしいのですが、数量に限りがあるということです。僕は、まんまとこのシールブックをせしめることができるのでしょうか?
2009年04月05日
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雨の中、もう何回目かわからない須磨水族園へいってきました。娘が、のびのびパスポートを忘れたので、しっかり入園料をとられました(笑)。水母が面白かったです。イルカショーです。いや、写真を撮るのは難しいものです。
2009年04月04日
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鹿鳴館時代、「欧化」の最中に発行された『女学雑誌』(明治18年創刊)は、『女学新誌』を前身とする日本で最初の本格的な婦人向け啓蒙雑誌であると同時に、日本と欧米を鋭く意識化した雑誌でもあった。すなわち、そこではキリスト教精神のみならず、史伝から翻訳文学、合理・科学的家政の導入に至るまで欧米文化が積極的に紹介されると同時に、神功皇后をたたえ、武芸を説き、「国家」としての日本が強く意識されてもいたのである。先行研究において、こうした二面性は創刊号の「欧米の女権と吾国従来の女徳と合わせて完全の模範を作り為さんとする」という言葉に即して「中正主義」として説明されるものの(青山なを、1980、『「女学雑誌」解説』臨川書店)、それが当時の婦人雑誌においていかなる意味をもっていたのか、についてはじゅうぶん検討されてはいない。明治20年代から30年代にかけての『女学雑誌』の全盛期は、日本の思潮が欧化から国粋へと大きく揺れ動いた時代でもあった。こうした時代状況のなかで『女学雑誌』が果たした役割とは、メディアを通じた婦人啓蒙において文明化(欧化)の日本という明治イデオロギーを先駆的に体現した、ということだったのではないか。(「関東社会学会」第52回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第7部会)より)
2009年04月04日
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のほほん、ってこれまた、やっぱり耳なんかはえてるし・・・・・。でも、これを歳とらせたら、こっちのほうが似ていますね。ついでに、のほほんおじさんを追加してみました。これも、なかなか捨てがたいものが・・・・・。
2009年04月03日
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ニール・ゲイマンの「アメリカン・ゴッズ」を買書つんどく。「アナンシの血脈」もつんだままだし、いや、この頃、なんでもつんでばかりになっています。反省!「出所まであと五日。三年の服役を終え、残りの日数を数えるシャドウ。あと、四日。あと、三日。そして…。その日まで四十八時間と迫ったとき、看守に呼び出されたシャドウはこう告げられた。今朝、愛する妻が自分の親友と浮気の末、自動車事故で亡くなったと─。呆然と立ちすくむシャドウの前に、奇妙な男が現れる。彼の持ちかけた仕事を引き受けた瞬間から、シャドウの数奇な運命の歯車が回り始めた。(上巻)」「アヌビスは葬儀屋に、ランプの精はタクシー運転手になった。テクノロジーが蔓延する社会で身を寄せ合う古の神々が今、動き出す。(下巻)」(「BOOK」データベースより)
2009年04月03日
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朱川湊人さんの「わくらば追慕抄」を買書つんどく。以前「わくらば日記」を読んだ時には、「わくらば」の意味も知らないまま、また、気にすることもなく読み終わりました。そしたら、文庫版の解説の中で、東雅夫さんが、「わくらば」というのは、青葉の中の赤や黄色に変色した葉のことで、病葉という意味と、その正反対の若葉のことを意味し、これが、この本に登場する姉妹を象徴しているのかも知れない、というようなことを書いておられました。これを読んだとき、僕には俄然イメージが湧いてきて、この意味の両義性というのはミュータントの持つ両義性のことなんではないのか、なんて思ってしまいました。そしたら、竹宮恵子さんの「地球へ」やらガンダムのニュータイプやらが、次々と頭の中に浮かんできて、思わずうれしくなってしまったのでした。「人や物の「記憶」を読み取れるという不思議な力をもった姉の鈴音と、お転婆で姉想いの妹ワッコ。固い絆で結ばれた二人の前に現れた謎の女は、鈴音と同じ力を悪用して他人の過去を暴き立てていた。女の名は御堂吹雪─その冷たい怒りと憎しみに満ちたまなざしが鈴音に向けられて…。今は遠い昭和30年代を舞台に、人の優しさと生きる哀しみをノスタルジックに描く、昭和事件簿「わくらば」シリーズ第2弾。」(「BOOK」データベースより)
2009年04月02日
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溝口睦子さんの「アマテラスの誕生」を買書つんどく。以前、「古事記」を読んだときに、一番印象に残ったのは海幸、山幸のところでした。それでもって、「タカミムスヒ」といえば半村良さんの「産霊山秘録」ですね。天照大神太陽を神格化した神であり、皇室の祖神(皇祖神)のひとつとされる。『古事記』においては天照大御神(あまてらすおおみかみ)、『日本書紀』においては天照大神と表記される。別名・オオヒルメノムチノカミ。 『日本書紀』においては複数の神名が記載されているのに対し、『古事記』においては「天照大御神」という神名で統一されている。女神であるが、実は男神だったという説も存在する。天照大神という神名が、『皇太神宮儀式帳』など政治的な部分で用いられていることから、三品彰英や西條勉が論じているように、本来は高御産巣日神(高皇産霊尊)が皇祖神であり、ヒルメが皇祖神化して天照大神になったとする説もある。 伊勢神宮においては、通常は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、あるいは皇大御神(すめおおみかみ)と言い、祭事の際神前にて名を唱えるときは天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)などとも言う。学術的な文書では現在では「アマテラス」と片仮名書きが慣行となっている。古くは天照太神と書かれたという説も存在する。(うぃきぺでぃあ)「戦前の日本で、有史以来の「国家神」「皇祖神」として奉じられた女神「アマテラス」。しかしヤマト王権の時代に国家神とされたのは、実は今やほとんど知る人のない太陽神「タカミムスヒ」だった。この交代劇はなぜ起こったのか、また、古代天皇制に意味するものは何か。広く北方ユーラシアとの関係を視野に、古代史の謎に迫る。」(「BOOK」データベースより)
2009年04月01日
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