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「神仏でにぎわう年末年始に!」というのは、鎌田東二さんの「神と仏の出逢う国」の紹介で、紀伊国屋書店の野間さんという方が、「書評的空間」の冒頭に書かれている言葉ですが、これがいたく気に入ってしまったので、僕の年末年始の「こころがまえ」にさせていただきたいと思いました。てなわけで、それでは、みなさま、よいお年を!
2009年12月31日
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今年の本です。「鴨川ホルモー」万城目学さん青春エンターテイメントとしてターゲットの広いお話しなので。「ミーナの行進」小川洋子さん小川さんらしくないと言えばそうなのですが、時間旅行をしたようでもあり、胸に迫るものがあったので。「かけら」「魔法使いクラブ」青山七恵さん日記に書いたとおり、「魔法使いクラブ」は失敗してると思いますが、身を削って書くというのは、こういうことをいうんかなぁ~と思って。「古事記講義」三浦佑之さんこういう本は、やっぱりテクストへ向かって駆り立ててくれるところが大事だと思うので。いまさらの「雨月物語」上田秋成いや、これはやっぱりすごい。こう見ると、ほとんどがここ数か月に集中してしまいました。
2009年12月31日
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かはたれどき。疏水縁を歩いていたら、古ぼけた蓑笠を被った老人が、恵比寿のような顔をして、不可思議な笑みを浮かべたまま路傍の切り株に腰かけていた。辺りは昏くなりかけていて、まるで夕闇から滲んで出てきたように、周囲との境がはっきりしなかったのだが、微動だにしない、その地蔵のような気配に、妙に引き付けられた。ようやく人とすれ違えるほどの小径を挟んで、岸辺の柳の木に釣り竿がくくりつけられていたから、たぶん釣りでもしていたのだろうと思うのだが、近在に見ない顔だったので、興味が湧いた。家の玄関口で、ゴローに夕食の残りをもってきてくれた隣のおかみさんに、そういう爺さんを知っているかと訊いたら、――それはカワウソですよ。安寧寺川の上流に棲んでいる。新しくできた疏水もいい猟場だと気づいたんでしょう。騒がれないように風体を変えたところが、畜生とはいえ知恵が回る。お声をかけなかったのが、よかった。はあ、この辺の最近の子どもなら、みんなあれがカワウソだって、知ってるんで、だまされません。(梨木香歩さん「家守綺譚」P93)
2009年12月30日
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柴崎友香さんの「その街の今は」を買書つんどく。これは、豊崎由美さんの「今年の文庫」の一冊です。「ここが昔どんなんやったか、知りたいねん─。28歳の歌ちゃんは、勤めていた会社が倒産し、カフェでバイトをしている。初めて参加したのに最低最悪だった合コンの帰り道、年下の良太郎と出くわした。二人は時々会って、大阪の古い写真を一緒に見たりするようになり─。過ぎ去った時間やささやかな日常を包みこみ、姿を変えていく大阪の街。今を生きる若者の日々を描く、温かな物語。芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞の三賞受賞。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月30日
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――昨日、この辺で雷が落ちたでしょう。――雷ならひどい音がしたが、それが不思議にこの界隈ではなかったようだ。――いや、ここに落ちたのでさあ。急にぞんざいな口調になって、――お庭の白木蓮に。それで孕んだのでさあ。――孕んだ?どういうことだ。――どうもこうも。白木蓮はタツノオトシゴを孕んでおります。(梨木香歩さん「家守綺譚」P45)突然、空気をつんざくような鋭い音の空雷が鳴ったと思ったら、ほとんど同時に白い閃光が走り、木蓮の花びらがはらり、と落ちた。細い白蛇のような小さな竜が――なぜ竜とみなしたかというと、頭に小さな角が見えたので――、しゅうっとばかり天をさして昇っていったのが見えた。口をあんぐり開けて、思わず裸足のまま庭先に出て、その後を目で追った。竜は白銀に光りながら、ただ一筋の光のようになって、空のかなたに消えていった。――孵ったな。――ああ帰った。高堂も私もしばらく空を見つめていた。――白竜だな。――ああ白竜だった。地面に散った白い花びらを、ゴローがじっと見つめていた。(梨木香歩さん「家守綺譚」P48)「たとえばたとえば。サルスベリの木に惚れられたり。床の間の掛軸から亡友の訪問を受けたり。飼い犬は河瞳と懇意になったり。白木蓮がタツノオトシゴを孕んだり。庭のはずれにマリア様がお出ましになったり。散りぎわの桜が暇乞いに来たり。と、いった次第の本書は、四季おりおりの天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月29日
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これからサクラソウの季節がやってきます。
2009年12月29日
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目の上に雲があり、頭の下で川の音がする。新子はだんだんやさしい気持ちになってきて、シゲルに、のぼってきてもいいよ、と言った。ちょっとだけ大人になった気がした。それから三人で、しばらく空を見ていた。雲はゆっくり右から左に動いていく。水もずっと、頭から足の方へ流れていった。(高樹のぶ子さん「マイマイ新子」文庫版P337)というわけで、高樹のぶ子さんの「マイマイ新子」を読みました。少女の成長物語というか、あまり成長しない物語というか、そこがそれでまたいいというか、とにかく、とやかくいうことがあほらしいような、混じりっけなしの「子ども小説」です。こういうのを読んでいると、こころが純粋になってしまいそうです(笑)。で、映画化されたほうも、DVDになったら購入しようと思いました。
2009年12月28日
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道尾秀介さんの「シャドウ」を買書つんどく。文庫本で出てたし、遅ればせながら、なんだか買っておきたくなったので。「人は、死んだらどうなるの?─いなくなって、それだけなの─。その会話から三年後、凰介の母は病死した。父と二人だけの生活が始まって数日後、幼馴染みの母親が自殺したのを皮切りに、次々と不幸が…。父とのささやかな幸せを願う小学五年生の少年が、苦悩の果てに辿り着いた驚愕の真実とは?いま最も注目される俊英が放つ、巧緻に描かれた傑作。本格ミステリ大賞受賞作。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月27日
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クレア・キーガン「青い野を歩く」を買書つんどく。アイルランドといえば、皆さんはなにを思い浮かべるでしょうか?僕は、ありきたりですけど、妖精とジョイスかな・・・・・いや、ドラキュラかな?「名もなき人びとの恋愛、不倫、小さな決断を描いた世界は、「アイリッシュ・バラッド」の味わいと、哀しみ、ユーモアが漂う。アイルランドの新世代による、傑作短篇集。「粉々になった心を抱き、静かに生きる人びとがいる。荒々しい自然と人間の臭み、神話の融合した小説世界は、洗練とは逆を向きながら、ぞっとするほどの、透明な悲哀を抽出する。放心した。すばらしい小説だ」小池昌代」(白水社の紹介)
2009年12月27日
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遊んでいるのはシゲルとヒトシと一平とシゲルのいとこのヤマちゃんの四人。新子が加わると五人。だから足し算ならいい。でも誰かが引き算になったら・・・・・引かれた人は家に帰ったり風呂焚きの手伝いしたりする。そっちのほうが気になる。大阪に行ってしまったタツヨシ。東京にお嫁に行ってしまうひずる先生。引き算されても、消えちゃうわけではないんだ。でも新子は、引き算を間違えたりしなかった。残った方の、どうでもいい数字を書けばマルをもらえるのだ。先生もお母さんも、それで安心する。(高樹のぶ子さん「マイマイ新子」文庫版P269)
2009年12月26日
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辻原登さんの「抱擁」を買書つんどく。この本は、カバーとキャッチに惹かれて買ってしまいました。「この美しい少女は、たしかに今、見えるはずのない《誰か》の姿を見ている――。二・二六事件から間もない、昭和十二年の東京・駒場。前田侯爵邸の小間使として働くことになった十八歳の「わたし」は、五歳の令嬢・緑子の異変に気づく。彼女は、見えるはずのない《誰か》の姿を見ている――。歴史の放つ熱と、虚構が作り出す謎が、濃密に融け合う世界。イギリス古典小説の味わいを合わせ持つ、至高の物語。」(新潮社の紹介)
2009年12月26日
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足元を流れている水はひょいと跳び越えられそうな幅だが、流れは早い。膝ぐらいの深さしかないけれど、川底の石には苔がはえて滑るので、尻もちをついたまま直角に曲がる角まで流されたことがあった。緑色のトンネルの中を転がっていく小石になったみたいで怖かった。そのとき千年昔から、この小川に棲みついている魔物の顔が見えた。緑色の鬼のようだったから「緑のコジロー」と名前をつけた。(高樹のぶ子さん「マイマイ新子」文庫版P28)
2009年12月25日
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コーマック・マッカーシー「ブラッド・メリディアン」を買書つんどく。マッカーシーのつんどくは、お決まりになっています。「各地を放浪し、物乞いや盗みを繰り返してきた少年キッド。十六歳のときにインディアン討伐の集団に拾われ、虐殺に次ぐ虐殺の日々に身を投じるが……。国境三部作、『ザ・ロード』著者の代表作。」(早川書房の紹介)
2009年12月25日
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「・・・・・コウちゃん、神様もそう呟くことがおありだろうか」「え?」「神様が、そう言ってくれたら、どんなにいいだろう」「え?」「私が、悪かったねえって。おまえたちを、こんなふうに創ってしまってって」それを聞くと、身体中の緊張がいっぺんに緩んだような気がした。新しい風が体内に吹き込んだようだった。(梨木香歩さん「エンジェルエンジェルエンジェル」文庫版P147)というわけで、梨木香歩さんの「エンジェルエンジェルエンジェル」を読みました。「さわちゃん」の過去には、一生償うことが出来ない、とあきらめていた罪の意識があります。その孫娘である「コウちゃん」は、何かに導かれるように、水槽の中に世界を創造し、その中で起こる惨劇が、結果的に、「さわちゃん」を重荷から救うことになります。このお話しの根底には、悪魔は、もともと天使だったという事実(?)が、あるように思います。「さわちゃん」が、押しつぶされていた罪の意識から救済されるためには、悪魔が必要だったという意味では、悪魔は、やっぱり天使だったのだと思いました。しかし、「神」として「さわちゃん」を救う役回りを割り当てられてしまった「コウちゃん」自身は果たして救われているのでしょうか?それと、「隠し引き出し」にあった「木彫りの天使」は、誰が彫ったものなのでしょうか?「さわちゃん」はそれを知っていたでしょうか?そんなこんなで、とても考えさせられるところの多い、堕天と救済の物語です。
2009年12月24日
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「あいつら、殺し屋だ、コウちゃん。悪魔だ。エンゼルなんかじゃない、蝙蝠だ」「そうだね」私は、さわちゃんをゆっくりとベッドに連れて行きながら、独り言のように呟いた。「でも、さわちゃん。それなら私には悪魔が必要だったのかもしれない。私が、飼いたくて飼いたくて飼ったんだ。そして私が見守るうちにこうなってしまったんだから」・・・・・コウちゃんは水槽の世界の神様なんだね・・・・・というさわちゃんの言葉を突然思い出した。神は、悪魔をどういうふうに思っておられたのだろう、本当は。(梨木香歩さん「エンジェルエンジェルエンジェル」文庫版P104)
2009年12月23日
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東浩紀さんの「クォンタム・ファミリーズ」を買書つんどく。あいや、これはビックリ!の一品ではないでしょうか?「批評から小説へ、ゼロ年代のラストに放つ東浩紀の新境地!2035 年から届いたメールがすべての始まりだった。モニタの彼方には、まったく異なる世界の、まったく異なるわたしの人生があるのだ――。高度情報化社会、アリゾナの砂漠、量子脳計算機科学、35歳問題、幼い娘、ショッピングモール、そして世界の終わり。壊れた家族の絆を取り戻すため、並行世界を遡る量子家族の物語。」(新潮社の紹介)
2009年12月23日
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ただ重篤の寝たきり老人と比べれば、ばあちゃんは自分で寝返りが打てるし、時間時間に起こして手助けしながらだったらトイレに行くこともできる。何よりにこにことほがらかで、意味不明だけれど、よく歌も唄っている。「おばあちゃんは天使みたいだ」この二ヶ月でげっそりやつれてしまった顔で、放心したようにばあちゃんの寝顔に見とれ、ママはときどき呟く。天使、という、その言葉の響きが優しくて、ママはきっと呪文のように自分自身に繰り返しているのだ、と私は思っている。何だかよくわからないけれど。(梨木香歩さん「エンジェルエンジェルエンジェル」文庫版P9)
2009年12月22日
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ホオノキ(朴の木)日本には、たくさんの植物が生えていますね。最近では、多くの園芸品種が栽培されているため、いっそう賑やかです。園芸品種には、花が大きかったり、色が鮮やかだったりするものが多いですね。 とはいえ、野生種には野生種の美しさがあります。日本土着の野生植物で、最も大きな花が咲くのは、何という種か御存知でしょうか? 答えは、ホオノキです。直径15cmほどになる、白い花を咲かせます。残念ながら、少し深い山に行かないと見られません。緑濃い山中では、白い花が目立つでしょうね。 ただし、ホオノキの花は、近くでは見にくいです。高さ30mもの高木になるからです。花は強烈な甘い香りを放つので、香りで気づかれることも多いようです。(写真と文は「図鑑.netブログ」さんより。多謝!!)ギンリョウソウ(銀龍草)(写真は「生きものがたり図鑑」さんより。多謝!!)森林の林床に生え、周囲の樹木と外菌根を形成して共生するベニタケ属の菌類とモノトロポイド菌根を形成し、そこから栄養を得て生活する。つまり、直接的にはベニタケ属菌類に寄生し、究極的にはベニタケ属菌類と共生する樹木が光合成により作り出している有機物を、菌経由で得て生活している。古くは周囲の腐葉土から栄養を得ていると思われていて、そのように書いてある著作も多いが、腐葉土から有機物を得る能力はない。地下に短い地下茎と太く絡まりあった根から成る塊があり、花が咲く以外にはその姿は地上では見られない。4~8月ごろに地下から花茎を伸ばし、最大約15cmほどまで伸びる。花茎は多数が集まって出て、色素はなく全体が透けた白色。茎には鱗片状の葉を多数つけるが、これも透明感のある白である。枝分かれせず、先端に一輪の花をつけ、マルハナバチなどが訪花して受粉に与る。花は横からややうつむきに咲き、全体は円筒形。先端がやや広がる。やはり白だが、若干赤みを帯びることもある。花の先端からは雄蘂と雌蘂の先端が見える。雌蘂の先端は円形でやや平たく、青みを帯びるのが際立って見える。花期が終わると地上の植物体は黒く変色し、液果をつける。(うぃきぺでぃあ)キュウリ草(写真は「Half Garden」さんより。多謝!!)「ムラサキ科キュウリグサ属。この草を手で揉むとキュウリに似た香りがします。花はわすれな草にとよく似ているが花径が2ミリと非常に小さい」のだそうです。
2009年12月22日
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ニシノマジョ カラ ヒガシノマジョ ヘオバアチャン ノ タマシイ、ダッシュツ、ダイセイコウ(梨木香歩さん「西の魔女が死んだ」文庫版P190)というわけで、梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」を読みました。「自分で考えて、自分で決める」ことが魔女の心得、しかし、これは皮肉なことに、「自分で考えて、自分で決める」ことが「魔女」として印づけられるという両義的な意味合いも持っており、思えば、かつて魔女狩りに遭った人たちはそういう人たちであったのかも知れません。ストーリーとしては、まったく素直な、好感度の高いお話しで、最後の「汚れたガラス」の文字のくだりに至ったとき、思わずこみ上げてくるものがあって、人目のあるところで読んでいたので、ちょっと困ってしまいました(ああ、恥ずかし・・・・・)。しかし、「パパ」は「おじいちゃん」が好きなんですね。これは、どういう意図なんでしょうね?と疑問に思ったことでした。それと、もう一つ収録された、「渡りの一日」は、「まい」のその後のサイドストーリーで、軽めのコントでしたが、「西の魔女」の「まい」と「渡りの一日」の「まい」が、僕にはすなおに結びつきませんでした。
2009年12月21日
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「パパはおじいちゃんが大好きだった。ママはあまり石に興味がなかったので、パパとママが結婚することになると、おじいちゃんは会うたびにパパに石のことを教えてくれた。本当の息子のようにね。おじいちゃんは、石のこととなったら、まったく子供のように目を輝かせて夢中になるんだ。一緒に山を歩いていて、急に立ち止まって石を拾って、しげしげと見ていたと思ったら、あっという間に口の中に入れて、もぐもぐやりだしたこともあったよ」「・・・・・食べたの?」「いや、そうやって、石を鑑定するんだよ」「・・・・・」「パパはおじいちゃんが好きだったよ」パパはうつむいてポツンと言った。(梨木香歩さん「西の魔女が死んだ」文庫版P154)
2009年12月20日
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福島正実さんの「未踏の時代」を買書つんどく。福島さんは、この回想録を連載中にお亡くなりになったため、未完です。「1959年12月、『S‐Fマガジン』が創刊された。初代編集長は福島正実。それまで商業的に成功したことのなかったSFを日本に根づかせるため、彼の八面六臂の活躍がはじまる。アシモフ、クラーク、ハインラインに代表される海外のSF作家を紹介するとともに、小松左京、筒井康隆、光瀬龍などの“新人作家”を世に出し、SFのおもしろさ、その可能性を広く紹介してゆく…SF黎明期における激闘の日々を綴る感動の回想録。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月20日
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ママはもうわたしに誇りが持てなくなったのだ。まいにはそれがいちばんつらく悲しかった。飛び出していって、「ごめんね、ママ」と謝りたかった。けれど心の底に、「扱いにくい子」「生きにくいタイプの子」という言葉が、錨のように重く沈んでいた。まいはそれは本当のことだと知っていた。「認めざるをえない」まいは小さく呻るように呟いた。この言葉は初めてつかう言葉だ。まいはちょっと大人になった気がした。「それは認めざるをえないわ」まいはもう一度呟いた。これですっかりこの言葉を自分のものにできた気がした。(梨木香歩さん「西の魔女が死んだ」文庫版P16)
2009年12月19日
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村田沙耶香さんの「マウス」と「ギンイロノウタ」を買書つんどく。僕は、まったく知らなかったのですが、近ごろ村田さんは、すごく話題になっているみたいですね。「マウス」「「何で、私が私の性格を、誰かにゆるされなきゃいけないの」「女の子」が自分らしく在るために必要なこと。好意、友情、いじわる、ライバル心……鮮明に描かれた心の機微、胸を突く成長の物語。」(講談社の紹介)「ギンイロノウタ」「私となんの関係もないあなたを、私は殺したい。成熟を夢見ながらも無差別殺人衝動に襲われていく内気な少女の極限の姿を描いた表題作。そして殺傷行為を恋愛感情とクロスさせる女子大生のラブ・ストーリー「ひかりのあしおと」。――「誰が身震いせずにいられよう」と絶賛を浴びる注目の作家の、圧倒的なエネルギーを湛えた二作品を収録する小説集。」(新潮社の紹介より)
2009年12月19日
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テルミィはゆっくり身体を離し、微笑んでいった。「戻ってきてくれたんだね」すると、今はたくましい少年に成長した純が、テルミィにささやいた。「片割れ」と。微笑んで。秘密の言葉をそっと漏らすかのように。(梨木香歩さん「裏庭」文庫版P378)というわけで、梨木香歩さんの「裏庭」を読みました。個人的に、ファンタスティックによる現実の侵犯というテーマが好みですので、メインストーリーとしての「裏庭」のファンタジー世界は、どこか見たような寓意やら教訓めいたもので、ちょっと退屈な感じは否めませんでした。一方で、メインストーリーを包摂するフレームはかなり作りこまれていて、最後にはこれが生きていると思いました。ファンタスティックと現実の接点部分は、「なるほど」と感心してしまいました。面白かったです。ラストは、とてもあざやか。「これから、どうすんのかな?」という感じは、昔観た、「小さな恋のメロディ」のラストを思い出したりなんかして胸キュンものでした。ところで、ツインへのこだわりめいたものが随所に見られ、最初は大きなテーマとしてアンドロギュヌスに関係があるのかな、と思ったのですが、これは本質にかかわるものというよりは、「照美」と「純」が双子であったという一点に理由があると考え直しました。ただ、「純」を失ったことが、「照美」の自己の欠落部分として「照美」の自己実現に大きな影響を与えてきたことは間違いないようですが・・・・・。
2009年12月18日
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「みんな、ぱらいそさ行ぐだ!」(諸星大二郎さん「生命の木」)ふと、思い出したので、僕も、ちょっくら「ぱらいそ」に行っでまいります!?
2009年12月17日
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高樹のぶ子さんの「マイマイ新子」を買書。高樹さんの本の初めての買書です。現在公開中の映画は、あまり話題になってないみたいですけど、よい映画のようです。それはともかく、この本の目次を見ていたら、これが面白くて買ってしまいました。(目次)1 直角に流れる小川に春が来た2 カラカネハナカミキリに噛みつかれた3 レンアイ室の扉は怖かった4 ウツギの家で牛乳をのんだ5 ヒョコレーホは花火みたいだった6 山賊の穴から走って逃げた7 木の足のおじさんはどこに行ったの・・・ね、面白くないすか?「新子は九歳。気持がざわざわすると、額の真上のつむじ(マイマイ)が立ち上がる。社会が未来への希望に満ちていた昭和三十年、空想好きでお転婆の新子は、友達と一緒にどこまでも野原を駆けていく。毎日が終わらない冒険だ。けれどもきらめく少女の世界の向こうから、もっと複雑な大人の世界が囁きかけてきて…。誰もが成長期に感じる幸福と不安とを瑞々しく描く、鮮度100%の物語。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月17日
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「・・・・・あなたと私はいい家庭(ホーム)をつくってきましたよね」「日本ではねえ、マーサ。家庭って、家の庭って書くんだよ。フラット暮らしの庭のない家でも、日本の家庭はそれぞれ、その名の中に庭を持っている。さしずめ、その家の主婦が庭師ってとこかねえ」(中略)「ねえ、そうだろう、そういう、国なんだよ」(梨木香歩さん「裏庭」文庫版P396)
2009年12月16日
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「ああ、そうだ、ママ。妙さんが、ママにって・・・・・」照美は自分からもママに抱きついた。「こうしてくれたの。外国の人みたいね」そのとき照美は、それをきいたママの、心臓の鼓動をはっきりと感じた。しんとした夜更けだった。先を歩くパパの鼓動もきこえたように思った。――ああ、そうだ、これは礼砲の音だ・・・・・照美は目を閉じて思った。――これは礼砲の音。新しい国を造り出す、力強いエネルギーの、確実な響き。忘れないでおこう。(梨木香歩さん「裏庭」文庫版P393)
2009年12月16日
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樹肌は氷のようにつるつるとして、時折、紫水晶や紅推奨のように輝きながら、幾万もの、うろや瘤をつくり、テルミィの足元を通過し、そしてそれからずっと下までも続いていた。それは確かに樹木だった。幹自体は山のような形をなしながら、そのあちらこちらで礼砲の音に細かく震える葉は貧弱で、生命力の衰えを思わせるものの、確かに広葉樹のそれだった。しかも、あちらこちらに一つ、二つ、とついている、小さな薄い色の花は、どう見ても桜のようだった。(梨木香歩さん「裏庭」文庫版P364)子どもの頃のおじいちゃんが一度だけ見たという裏庭で、芽生えたばかりの幼い桜の苗木に水をやる小さなレベッカ。彼女はその木にクォーツァスと名付けた。(梨木香歩さん「裏庭」文庫版P368)
2009年12月15日
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アルフレッド・エドガー・コッパード「天来の美酒/消えちゃった」を買書つんどく。光文社古典新訳文庫というのは、こういうチョイスが楽しいですね。「故郷の酒蔵で見つけた一本の麦酒で人生が急変する男を描く「天来の美酒」。車で旅する夫婦と友人が大きな街で一人、また一人と消えていく「消えちゃった」。生涯、短篇小説を中心に執筆し続けた「短篇の職人」コッパードが練達の筆致で描いた珠玉の11篇。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月15日
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さっちゃんは、胸のなかにごろごろと転がっている胸の痛む思い出を取り出そうとして、でも、自分が本当に伝えたかったことは、もっと別にあるような気がした。それで、そのごろごろたちを押し退けて、もっと奥にあるものを取り出そうと手を伸ばして、さっちゃんはすくんでしまった。そこには何もなかったのだ。何もなかった。真っ暗な底無しの穴のようだった。向き合うと真空の穴のように自分が吸い込まれていきそうだった。(梨木香歩さん「裏庭」文庫版P284)
2009年12月14日
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クローバーの仲間で、花の咲いていない時期は見分けづらいです。冬は寒さに耐えるかのように低く葉を広げていますが、春になると茎を伸ばし先端に細長い真っ赤な花を咲かせます。その花の姿からストロベリーキャンドルの名前があります。別名のクリムソンクローバーやベニバナツメグサは「赤い花が咲くクローバー」という意味でしょう。 本来は毎年花を咲かせる多年草ですが、暑さに弱く日本では夏に枯れてしまうために一年草として扱います。緑肥植物として育てられることもあります。また、白い花を咲かせる品種もあります。(「ヤサシイエンゲイ」より。多謝!)(写真は「Shin's Garden」さんから。多謝!)僕のうちには、キャットテイルはありますが、ストロベリーキャンドルは無いので、欲しくなってしまいました。
2009年12月14日
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「未来は同じ」「・・・・・同じじゃ、ないでしょ」私は、孝子の手を軽く握り返す。目を開けてから下を覗き込むと、孝子は小さく笑った。「そうだね。同じじゃない」バスが減速し、ゆっくりと止まる。ドアが開かないので、赤信号みたいだった。お父さんに肩車されて歩いたあの公園がどこだったのか、訊きそびれてしまったなと思う。でも、いい。知ったところで戻れるわけじゃない。今こうしている時間と一緒で、あれは、一度きりの奇跡のような時間だったのだ。(豊島ミホさん「リテイク・シックスティーン」P383)というわけで、豊島ミホさんの「リテイク・シックスティーン」を読みました。今までの自分から逃げて、27歳の未来から青春をやりなおすために帰ってきたという「孝子」と、その「孝子」の言動に、真偽も分からず(読者にも、最後になっても分かりません)揺れ動く「私=沙織」の高校一年の日々を描いたものです。物語自身は、特に大きな事件も起こらず、淡々と部活やら進路やら恋やらの高校生活が描かれていきますが、不思議とここちよく読めてしまいます。その中で、それまで、「青春をやりなおす」と称して、べたべたとくっついていた「孝子」が、ある時点から「私」からも仲間からも距離をとり始める、そこの事情がなになのか、これが最大の読みどころといって良いと思います。僕は、表面的には変わっているように見えても、やはり変わっていない(変えることのできない)未来に、「孝子」が気づいているのではないかと思ってました。僕の予想は外れましたが、この設定は、意地悪かもしれないものの、ちょっと魅力的なのではないか、とも思います。ただ、「アルジャーノン」のチャーリイに希望が無いように、希望を見いだすことが難しくなりそうですが・・・・・。と思う一方で、やっぱり「孝子」は、そのことに気づいていたのではないか、という思いも捨てきれない、どっちつかずな気分を持て余しています。
2009年12月13日
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北村薫さんの「街の灯」「玻璃の天」を買書つんどく。ご存じ「ベッキーさん」シリーズの第1作、第2作です。気になりつつも、まだ買ってなかったのですが、本屋さんで、なにげに目に入ってきたので買ってみました。直木賞受賞の第3作「鷺と雪」は、後ほど文庫化されたときに買おう、とちゃっかりしたことを考えています。「街の灯」「昭和七年、士族出身の上流家庭・花村家にやってきた女性運転手別宮みつ子。令嬢の英子はサッカレーの『虚栄の市』のヒロインにちなみ、彼女をベッキーさんと呼ぶ。新聞に載った変死事件の謎を解く「虚栄の市」、英子の兄を悩ませる暗号の謎「銀座八丁」、映写会上映中の同席者の死を推理する「街の灯」の三篇を収録。」(「BOOK」データベースより) 「玻璃の天」「昭和初期の帝都を舞台に、令嬢と女性運転手が不思議に挑むベッキーさんシリーズ第二弾。犬猿の仲の両家手打ちの場で起きた絵画消失の謎を解く「幻の橋」、手紙の暗号を手がかりに、失踪した友人を探す「想夫恋」、ステンドグラスの天窓から墜落した思想家の死の真相を探る「玻璃の天」の三篇を収録。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月12日
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それなりに大事なことを告白したつもりだったのに、孝子は気のない声で「そうかな」と言っただけだった。(中略)いったいなにを言えば、孝子に届くんだろう?というか。孝子になにを届けたいのか、私は自分でまだ言葉にできていない気がする。ものすごく言いたいことがあるし、見ていてもどかしい、ちょっと苛々しさえするのに、それがなんのために起こっているのかわからない。(豊島ミホさん「リテイク・シックスティーン」P276)
2009年12月12日
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日記によると、桜庭一樹さんの新作の連載が開始されたそうです。「本日発売の「週刊文春」から、連載小説『伏 -贋作・里見八犬伝-』が始まりました! よかったらぱらりらしてみてください。」とのことでした。八犬伝かぁ~。らしいなぁ~。
2009年12月11日
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――孝子は、「やめて」るんだ。事実はともかく、「やめた」ことが彼女の記憶の中にある。大学卒業後に転々としたというバイトもだし、就職活動が実らなかったということは、他になにかやろうとしていたことをやめてしまったのだろうし、それに――私が思ったのは、孝子が人生をやめているんじゃないかということだった。「やり直すチャンスをもらった」と孝子は言ったけれど、だったら、元の孝子の高校以降の経験は、ただの「失敗」で、本当に要らないものだったんだろうか?その瞬間まで、意識していたわけではない。でも今更、孝子の十二年間の存在がせまってきた。それをあっさりと自分の身から切り離せた彼女は、いったいどんな思いでいたのだろう。(豊島ミホさん「リテイク・シックスティーン」P256)
2009年12月11日
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オラシオ・カステジャーノス・モヤ「崩壊」を買書つんどく。久しぶりのラテン・アメリカ小説の買書です。もっとも、読んだのは?といったら久しぶりどころではないですけど・・・・・。「「ブーム」以後の世代のラテンアメリカ作家群の中で、 もっとも注目を集めるエル・サルバドル人作家の作品を初紹介。軍事政権、ゲリラ、クーデター、内戦、隣国同士のサッカー戦争? 人びとを翻弄する中米現代史を背景に、架空の名門一族が繰り広げる愛憎のドラマの行方は?」(現代企画室の紹介)
2009年12月10日
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「もうわかんないよ、どれくらい「未来を変えた」のか。こうして同級生と海に来るなんて、元の世界じゃありえないことだし・・・・・だからあっさり失敗するんだ」失敗、というのがなにを指しているのかすぐにはわからなかったけれど、どうやら海に浸かりすぎたことを言っているらしい。そんなのたいした失敗じゃないじゃん、と私は思う。「孝子は失敗が怖いの?」そういえば、何度かそういうニュアンスの言葉を聞いたかもしれない。球技大会の失敗、調理実習での失敗、文理選択での失敗・・・・・。そもそも最初も、二十七歳で無職の人生をやり直したくて高校まで戻ったとか、そんなことを言ってたはずだ。「怖いよ。超怖い」(豊島ミホさん「リテイク・シックスティーン」P124)
2009年12月10日
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私は軽く深呼吸をしてから言った。「――それは、今、飛ばなきゃいけない人がいるからです」そうだ、これが私にとっての、たった一つの正しい答えなのだ。(加納朋子さんの「少年少女飛行倶楽部」P172)というわけで、加納朋子さんの「少年少女飛行倶楽部」を読みました。お話は、まあ、ありがちな話かもしれませんが、なによりも、加納さん自身が楽しみながら書いていることが伝わって来て、僕もうれしくなってしまいました。特に、第1章には笑い転げてました。また、「くーちゃん」ほんとにいい子みたいで、ほっこりしました。それにもまして、「お母さん」がいい味だしてるし・・・・・。ただ一つ、ラスト空飛ぶ場面に、「エンゼ」がいなくちゃいけないんじゃないかな?なんてことを思いました。
2009年12月09日
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桜庭一樹さんの「また桜庭一樹読書日記」が更新されていました。今回は、ロバート・ゴダード「リオノーラの肖像」、有吉玉青さん「身がわり 母・有吉佐和子との日日」、中村安希さん「インパラの朝」のことなんかが書いてあります。
2009年12月08日
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「裏庭」「西の魔女が死んだ」「エンジェルエンジェルエンジェル」を買書。梨木香歩さんの本をまとめて読もうと思って・・・・・。「昔、英国人一家の別荘だった、今では荒れ放題の洋館。高い塀で囲まれた洋館の庭は、近所の子供たちにとって絶好の遊び場だ。その庭に、苦すぎる想い出があり、塀の穴をくぐらなくなって久しい少女、照美は、ある出来事がきっかけとなって、洋館の秘密の「裏庭」へと入りこみ、声を聞いた―教えよう、君に、と。少女の孤独な魂は、こうして冒険の旅に出た。少女自身に出会う旅に。」(「BOOK」データベースより)「中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、季節が初夏へと移り変るひと月あまりを、西の魔女のもとで過した。西の魔女ことママのママ、つまり大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受けるのだが、魔女修行の肝心かなめは、何でも自分で決める、ということだった。喜びも希望も、もちろん幸せも…。その後のまいの物語「渡りの一日」併録。」(「BOOK」データベースより)「コウコは、寝たきりに近いおばあちゃんの深夜のトイレ当番を引き受けることで熱帯魚を飼うのを許された。夜、水槽のある部屋で、おばあちゃんは不思議な反応を見せ、少女のような表情でコウコと話をするようになる。ある日、熱帯魚の水槽を見守る二人が目にしたものは―なぜ、こんなむごいことに。コウコの嘆きが、おばあちゃんの胸奥に眠る少女時代の切ない記憶を呼び起こす…。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月08日
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「わたしは、人魚になりたかった」人でもなく魚でもない、孤独な生き物。人魚になって、ただひとり、どこまでも泳いでいきたかった。わたしたちは、なれないものになりたい。(河合二湖さん「バターサンドの夜」P236)というわけで、河合二湖さんの「バターサンドの夜」を読みました。青山七恵さんの「魔法使いクラブ」読後の衝撃の余韻冷めやらぬ中で読んだので、気もそぞろ・・・・・だったかも知れません。でも、読みやすいし、救いもあるし、なによりまじめな本でした。欲を言えば、せっかくな「赤いろうそくと人魚」との対応関係を、もう少し作ればよかったかな、と思いました。
2009年12月07日
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「赤いろうそくと人魚」は、父さんが東京を離れることになったときに、プレゼントしてくれた本だった。母さんはベッドに入ったわたしに、さっそくその本を読んで聞かせてくれた。そして、もう二度と読んでくれることはなかった。「赤いろうそくと人魚」は母さんにとって、子どもに聞かせたい話ではなかったのだ。そして父さんは、わたしに贈った本の中身を知らない。(中略)「結局、人魚は幸せになったの?」智美さんがきいた。「わたし、その話に出てくる人魚になりたかったんです」答える代わりにわたしは言った。(河合二湖さん「バターサンドの夜」P82)
2009年12月06日
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豊島ミホさんの「リテイク・シックスティーン」を買書。今読んでいる系の中で買ってみました。豊島さんの本は、初めての買書です。「高校に入学したばかりの沙織は、クラスメイトの孝子に「未来から来た」と告白される。未来の世界で27歳・無職の孝子だが、イケてなかった高校生活をやり直せば未来も変えられるはずだ、と。学祭、球技大会、海でのダブルデート…青春を積極的に楽しもうとする孝子に引きずられ、地味で堅実な沙織の日々も少しずつ変わっていく。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月06日
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なんという、さびしい景色だろうと、人魚は思いました。自分たちは、人間とあまり姿は変わっていない。魚や、また底深い海の中に棲んでいる、気の荒い、いろいろな獣物(けもの)などとくらべたら、どれほど人間のほうに似ているかしれない。それだのに、自分たちは、やはり魚や、獣物(けもの)などといっしょに、冷たい、暗い、気の滅入りそうな海の中に暮らさなければならないというのは、どうしたことだろうと思いました。(小川未明「赤いろうそくと人魚」より)
2009年12月05日
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スティーヴ・エリクソン「エクスタシーの湖」を買書つんどく。エリクソンだけではなく、現代アメリカ作家さんの本はつんどくばかりになっています。ほんといいかげんにしなければ、とは思うのですが・・・・・。「突然ロサンジェルスの中心部に現われた巨大な湖。息子を救うために湖底へと潜っていく主人公クリスティンの物語と、2017年西海岸のゲリラ隊の物語が絡み合う。原書の実験的なレイアウトを邦訳版でも再現。北米のマジックリアリスト、エリクソンのカオス的な想像力が炸裂。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月05日
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・・・またあの感じがやってきた。ずっと昔の七夕の日、それから林間学校の夜に感じた、自分が立っている地面だけ地層がずれてしまったような、階段を踏みはずしてしまったようなあの感覚。すると、目にする何もかもがうすいガラスの向こう側にあるように見える。(青山七恵さん「魔法使いクラブ」P297)というわけで、青山七恵さんの「魔法使いクラブ」を読みました。最後まで「魔法」にからめ取られてしまったのは、いったい誰なのか?「魔法使いクラブ」という、軽いタイトルに包まれた、皮肉で、残酷で、そしてせつない物語でした。ところで、冒頭の引用は、青山さんのすべての本を読むときの、キーワードのようなことばだと思っています。このいびつな感じというか、違和感というかが、いままで微妙なバランスを保ってきたのですが、この物語では、もはや崖っぷちからころげ落ちており、主人公に感情移入しづらいところまで来てしまっているような気がします。この作品自体は、残念ながら失敗作だと思うのですが、ただ、僕としては、何かと考えさせられるところの多い作品でした。立ち直ることが困難な、衝撃を受けたといってもよいと思います。ことほどさように、救いようのない小説ですので、青山さんも、この地点からどうされるつもりなのか、大いに興味のあるところでもあります。いずれにしても、このままほったらかしはありえません。いつか、「魔法使いクラブ2」は書かれなければなりません。しばしのお別れ、また、巡りあいましょう、ということで・・・・・。
2009年12月04日
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昔だったらきっと、この人たちの絵を描いていた。でも、今はちがう。あたしは今、自分に起こっている出来事、今までに起こっていた出来事を、自分の手でぜんぶ自分のものにしたかった。すぐ横にある鉄板のような壁に顔を映すと、あたしはその見慣れない姿をよく見た。そして開いたノートに頬の輪郭を描きだした。そろっていない髪の毛の形をざっと描き、目を入れ、鼻、口を描き、色の濃淡をつける。知っているはずのあたしは、なかなかそこに現れない。(青山七恵さん「魔法使いクラブ」P360)
2009年12月03日
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明野照葉さんの「澪つくし」を買書つんどく。これは怖そうです。読みたいのか読みたくないのか、よく分かんないですね。「現代社会とは無縁と思われる習わしや言い伝え。その禁忌を破ったとき、平穏だったはずの世界が、恐ろしいものへと豹変する─。人の死にまつわる不思議な力を持つ家系に生れた女性の哀しみを描いた、著者のデビュー作「雨女」、その続篇となる表題作など、哀しみと恐怖に溢れる八篇を収録した短篇集。」(「BOOK」データベースより)
2009年12月03日
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