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野底マーペー(のそこマーペー)は、沖縄県石垣市の山。野底岳(のそこだけ、ぬすくだぎ)とも呼ばれ、明治時代には「ヌスクマヤーヒイ山」と記されている。石垣島北部に位置し、西浜川の源流である。山頂付近には円柱状の垂直の崖があり、西方からは人面のように見える。山は緑色火山岩や溶岩など、古第三紀始新世の野底層からなり、スダジイの群落に覆われている。伝承西麓にあった野底村は雍正10年(1732年)に黒島と新城島からの寄百姓によって新設された村である。この際に黒島では道で島を二分し、一方を強制的に野底に移住させたと伝わる。移住者の中にマーペーという娘がおり、黒島に残された恋人を思って野底岳に登ったが、於茂登岳にさえぎられて島の姿さえも見えず、絶望して山頂の石と化したという伝説が残っている。(うぃきぺでぃあ)
2009年02月28日
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笙野頼子さんの「徹底抗戦!文士の森 実録純文学闘争十四年史」を買書つんどく。本屋さんで、豊崎由美さんの「勝てる読書 14歳の世渡り術」をぱらりらしていたら、「徹底抗戦!文士の森」のことが書いてありました。ふと気が付くと、「勝てる読書 14歳の世渡り術」ではなく、こっちを買ってしまってました。豊崎さん、ごめんなさい。今まで笙野さんの、この系の本には興味なかったんですけど。縁とはとういうことをいうのかも・・・・・。 「書くことも戦いだ。小さい私から大きく振り返る、それが文学だ。芥川は戦い、高見順は激怒し、平野謙は日和り、恆存は冷笑した、そしてまた始まるはてしない「論争」。批評はどこへ行った。そのとき評論家は何をしていたのか。国家を超え、近代をつき抜けるワン・アンド・オンリー作家の祈りと戦い。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月28日
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時は一五〇〇年、第二尚氏王統第二代、尚円金丸の息子「尚真王」の時代。 琉球王国の三山統一を成し遂げ天下泰平を誇っていた若き王は、奄美諸島のみならず、宮古、八重山諸島をも連なる、大琉球王国建設に着手した。 宮古島の仲宗根豊見親(なかそねとぅいみや)は、その大琉球王国連合軍の傘下に入る。しかし、当時の八重山の豪傑「オヤケアカハチ」は、その一方的な首里王府の申し出に激しく抵抗、なんと三年間も王府に年貢を納めなかったという。怒った「尚真王」は、遂に八重山討伐を決定。精兵三千人、軍艦四十六隻を駆り出し、向かえる三百人足らずの兵力の八重山を攻める。 八重山側の王府軍の総大将は「長田大主(なーたふーず)」。アカハチとは、同じ波照間島生まれの幼なじみ。その王府軍の急先鋒として最も活躍した「長田大主」に追い詰められたアカハチは、底原山の大きな榕樹(がじまる)の木の下で、死に物狂いに抵抗するも多勢に無勢、遂に討ち取られてしまう。首を刎ねられた後も、八重山中の空には、アカハチの慟哭がいつまでも響き渡っていたという。(「美ら島物語」より。多謝!)
2009年02月27日
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伊藤計劃さんの「ハーモニー」を買書つんどく。あぁ・・・・・もちろん「虐殺器官」もつんだままです・・・・・。「一緒に死のう、この世界に抵抗するために」―御冷ミァハは言い、みっつの白い錠剤を差し出した。21世紀後半、「大災禍」と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は医療経済を核にした福祉厚生社会を実現していた。誰もが互いのことを気遣い、親密に“しなければならない”ユートピア。体内を常時監視する医療分子により病気はほぼ消滅し、人々は健康を第一とする価値観による社会を形成したのだ。そんな優しさと倫理が真綿で首を絞めるような世界に抵抗するため、3人の少女は餓死することを選択した―。それから13年後、医療社会に襲いかかった未曾有の危機に、かつて自殺を試みて死ねなかった少女、現在は世界保健機構の生命監察機関に所属する霧慧トァンは、あのときの自殺の試みで唯ひとり死んだはずの友人の影を見る。これは“人類”の最終局面に立ち会ったふたりの女性の物語―。『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月27日
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池上永一さんの「ぼくのキャノン」を読みました。これで、昨年の12月から「バガージマヌパナス」「風車祭」「レキオス」「シャングリ・ラ」「テンペスト」「ぼくのキャノン」と続けて読んだことになりました。で、「ぼくのキャノン」ですが、これは普通に面白かったです。ストライクゾーンも広いと思いました。特に、大詰めの、キャノンが照準を合わせていくところの描写は美しかったですね。ただ、厳重に守られている村の「秘密」の種明かしの部分が、「秘密」の内容のわりに仰々しいと感じたのと、ここが重要なのですが、この「秘密」は誰が考えても当初から村の人々で共有されるべき内容である、ということです。それを3人のオバァ、オジィが一身に背負うものだから(一応その理屈をつけてますが、ここが苦しいところというか、不自然だからあえて理屈をつけてるというか)、そのことが原因で発生する話が「なんで?なんで?」となるのではないか、と思いました。それはさておき、「レキオス」「ぼくのキャノン」「シャングリ・ラ」は同じ志向性をもっている(それが、池上さん独自の世界である)、と僕には感じられました。そして、その中での頂点は、やはり「シャングリ・ラ」だと思います。僕には、「シャングリ・ラ」のドゥオモからアトラスを貫いて天に向かうものこそレキオスであり、すなわち龍であり琉球であるとイメージされるのです。僕は、今のところの池上さんの代表作は「テンペスト」だと思いますが、池上さんには、あの過剰さは生かしながら、コントロールされた、新たな「シャングリ・ラ」を書いていただけないだろうか、と強く願っています。「豊かで美しい村の守り神である、帝国陸軍の九六式カノン砲「キャノン様」。だが、そこにはある秘密があった。村を統べるマカトオバァら三人の老人とその三人の孫たちは、村の開発を企む謎の美女や、怪しげなアメリカ人と対決する。戦争の記憶を、奔放なストーリーに乗せて希望に満ちた未来へと託す、マジックリアリズムの傑作。」(「BOOK」データベースより)ところで、ほんとに余分なことですが、この本に「マジックリアリズム」という紹介は適切ではないと思います。
2009年02月26日
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ジョー・ホールドマンの「ヘミングウェイごっこ」を買書つんどく。この本は、昔ベネッセが単行本を出していた時のシリーズの一冊として出版されていたのですが、手に入れる前に絶版となっていました。というか、ベネッセそのものが、事業から撤退してしまったのでした。この度、改訳版としてめでたくハヤカワ書房から復刊されましたので買ってみました。「ジョン・ベアドはヘミングウェイが専門の大学教員。とあるバーで論文を執筆中、ある男からヘミングウェイの原稿の贋作づくりを持ちかけられる。これまでも成功した贋作事件の例はある。一攫千金も夢ではない!いつしか贋作づくりに熱中しタイプライターを打つベアドの前に、なんとヘミングウェイその人が現われたことから、事態は思いもかけぬ方向へと…ヒューゴー&ネビュラ両賞受賞の中篇を長篇化した異色時間SF。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月25日
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これからは、サクラソウの季節ですね。この前の日曜日に玄関前で撮った写真です。
2009年02月24日
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池田雅之さんの「猫たちの舞踏会 エリオットとミュージカル「キャッツ」」を買書つんどく。これをきっかけに、エリオットの「キャッツ」を改めて読んでみようという目論見なのですが・・・・・。どうなることでしょうか?「世界20カ国以上で上演されている奇跡のミュージカル「キャッツ」。27匹の個性豊かな猫が登場するこの作品は、イギリスのノーベル文学賞詩人T.S.エリオットの詩集が原作。エリオットが詩の中にちりばめた言葉遊びや造語を丁寧に読み解き、「メモリー」に込めた知られざる思いや、幸せ探しの旅をたどる。ミュージカルと原作、2つの「キャッツ」を対比しながら、その魅力を味わい楽しむ!猫たちのプロフィールとイラストつき。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月24日
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グスク(御城)もしくはスク(城)とは、南西諸島の内、旧琉球王国領域である奄美諸島(鹿児島県)から八重山諸島(沖縄県)の琉球弧とも呼ばれる地域にかけて、多数存在する古琉球(グスク)時代の遺跡。地域により形態や呼び方に違いがある。三山時代には王や按司の居城となっていた。グスクは本土でいうところの「城」であるが、学問的には、本土のように単に軍事拠点として作られたものとは考えられていない。但し奄美諸島においては、最初から軍事拠点であったとの指摘もなされている。この様に、グスクの起源には様々な説がある。1 「聖域説」 琉球の信仰の聖地として、御嶽(うたき)があるが、グスクはもともと御嶽であったと考える説2 「集落説」 もともと集落として発生し、周辺を石垣で囲ったものとする説。また、1とあわせ、御嶽を中心に 発達した集落であるとする説 3 「城館説」 地域の有力者の居城として構築されたとする説 (うぃきぺでぃあ)勝連城(うぃきぺでぃあ)
2009年02月23日
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道尾秀介さんの「鬼の跫音」を買書つんどく。前から、道尾さんの評判をよく聞きながら、本を買うのは初めてです。最初の買書が、短編集というのもどうじゃろかい!?と思いつつ買ってみました。「鈴虫だけが知っている、過去の完全犯罪。蝶に導かれて赴いた村で起きた猟奇殺人事件。いま最も注目を集める新鋭・道尾秀介が満を持して送り出す、初の連作短編集!」(角川書店の紹介)
2009年02月23日
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わが家に、新しく「福助ネコ」さんが仲間入りをしました。玄関でお出迎えをします。「ようこそ」なんて言ってますね。しかも、頭でかいし・・・・・、てかってるし・・・・・。ネコのぬいぐるみは、普段リビングにいますが、特別に玄関にお迎えし、撮影に加わりました。
2009年02月22日
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ノーマン・ロックという人の「雪男たちの国 ジョージ・ベルデンの日誌より」という本を買書つんどく。嘘のお話で面白そうだったので、買ってみました。「「ある朝突然、スコット探検隊の一員として南極にいた」建築家の手記。記されているのは、過酷な自然に放り込まれた驚き、憤り、痛いほど白い世界で死に憧れ、幻覚に身を委ねる男たちの姿――柴田元幸が発掘した究極の物語。」(河出書房新社の紹介)
2009年02月22日
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プロフィールの写真の下に設定したガーデニングブログパーツに変化がありました。芽が出て、「青いバラはない!」なんて言ってますね。すると、これはバラなんでしょうか?と思ったら、ガーデニングブログパーツを設定した他のかたのブログを見ていると、せりふはいろいろ変わるらしいということが分かりました。
2009年02月21日
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松浦寿輝さんの「吃水都市」を買書つんどく。僕にとって、小説の新刊が出たら無条件で買書する日本の作家さんは、そう多いわけではないのですが、松浦さんは、その数少ない作家さんの一人で、作品としては特に「巴」「あやめ 鰈 ひかがみ」を偏愛しています。他の作家さんでは、飯島耕一さんや佐藤亜紀さんなんかがいるくらいでしょうか。一方で、そういう作家さんでも、詩集(松浦さん、飯島さんは詩人ですので)となると、僕にはよくわからないので、必ずしも買書するわけではないのですが、これは書店でちょっとぱらりらして、速攻で買書してしまいました。詩集だったのですね。ああ勘違い!ですが、本の造りがとてもきれいので、「まっ、いいか!」と思いました。「『吃水都市』が成立するのに、やはりこの二十年という歳月を潜り抜ける必要があったのだろう」(跋)―言葉の皮膜のあいだから露出するもうひとつの都市の地図。15年ぶりの新詩集。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月21日
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カノン砲は、大砲の一種。同口径の榴弾砲に比べて、砲口直径に対する砲身長(口径長)が長く、高初速、長射程である。日本語では「カノン砲」と言い、漢字では加農砲と表記する。これはフランス語の"canon"から来ている。なお同じ単語に由来する英語の"cannon"に対する的確な訳語は大砲であり、「カノン砲」に対する正しい英語訳は、"gun"である。 (うぃきぺでぃあ)九六式十五糎加農砲の写真がどこかにないか、と思って探してみたのですが、沖縄ではなくて千島のものが、山本晃三さんの北千島占守島の戦いにありましたので、参考まで。多謝!
2009年02月20日
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キアラン・カーソンの「シャムロック・ティー」を買書つんどく。「シャムロック」というのは、「マメ科のクローバー(シロツメクサ、コメツブツメクサなど)、ウマゴヤシ、カタバミ科のミヤマカタバミなど、葉が3枚に分かれている草の総称」なのだそうで、同名のドイツ煙草があるようです。で、「シャムロック・ティー」というのがなんであるのかは、分かりません。解説は桜庭一樹さんです。「ことによるといつの日か、自分が最初にいた世界へ戻れないともかぎらない。だから、とりあえず今は、そちらの世界について書きつけておきたいと思う。こんな言葉ではじまる奇妙な手記。めくるめく色彩の万華鏡、聖人たちの逸話、ヤン・ファン・エイクの「アルノルフィーニ夫妻の肖像」、ドイル、チェスタトン、ワイルド……。 読み進むうちに、詩人カーソンが紡ぎ出す、交錯し繁茂するイメージの蔓にいつしか搦め取られる、摩訶不思議な物語。」名著「琥珀捕り」に続いて贈る、詩人カーソンの真骨頂「シャムロック・ティー」」「カーソンの本は、遙かな古代と近い過去と未来がちいさく神話化されてぎゅうっと詰めこまれた、変な色をした密室のようだ。著者が好き勝手に書いてるのだから、こっちもいろんな動物になって好きに読めばよいのだ。 桜庭一樹(解説より)」(東京創元社の紹介)
2009年02月20日
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池上永一さんの「テンペスト」を読みました。やっと、というか、ついに、というか、これはとても良かったですね。一部、「若夏の巻」後半は王妃の失脚、聞得大君の失脚、宦官徐丁垓の登場と寧温の流刑、とめまぐるしい展開に、例によって語りがおいてけぼりになっている気がして居心地が悪かったのですが、「花風の巻」に入り、物語がクライマックスを迎えるにつれて、語りもさえていく感じがしました。思うに、「テンペスト」という表題は、寧温=真鶴の中の嵐であり、それに宮中の権力闘争の嵐と、列強の進出による植民地化(日本の列強化を含めて)という歴史の嵐がからまりあって、これが最終的に、基調としての龍=琉球王国の終焉の嵐に収束していくように感じられます。今回特徴的なのは、物語りに歴史が導入されていることで、これによって奔放な荒馬がコントロールされていたように思われることが、僕にとっては、違和感の解消につながっているのではないかと感じられました。一方、宮中の嵐のほうは、僕にとって、あいかわらず、やりたいほうだい、手綱なき暴走という感が無きにしもあらずでした。ここで、連想されるのは、津村記久子さんが「ポトスライムの舟」で芥川賞を受賞したときの選評で、村上龍さんが「作家は、コントロールできそうにないものを何とかコントロールしようという意思を持たなければならないのではないか」と述べていたことです。これは、津村さんがアンダー・コントロールの領域からでてこないことに対するいらだちを表わしたもの、と理解されるわけですが、これを、僕の場合、その発言主旨とはまったく逆の意味で、池上さんの作品について該当するのではないかと思ったわけです。もっとも、繰り返しになりますが、池上さんの場合、コントロールしないのか、出来ないのか、その気がないのか判然としないところがあり、そこにかえって魅力を感じる人もいるらしく、それを僕自身理解できなくもないところが、またやっかいなのですが・・・・・。それはともかく、むちゃくちゃ聞得大君真牛と真美那のキャラが立ってます。マンガみたいという批判もあろうかと思いますが、キャラ立ちは、池上さんの最大の売りかもしれない、とか思いました。で、無花果。さん、茨木月季さん お二人から「ぼくのキャノン」に触れたコメントをいただいたことでもあり、これを引き続き読んでみることにしました。
2009年02月19日
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「「孫寧温も王国解体と共に消えました。彼は私の心の中にいた幻想の人です」真鶴は心の中に吹き荒れていた嵐が過ぎ去ったのを感じた。猛烈な風に晒されている間は、これが普通だと思っていた。まるで鼓動のように、生きている間は決して止まらない風だ。しかし風がやんだ後も真鶴は生きている。真鶴はこの感覚が不思議でならない。嵐とともに孫寧温は消えてしまった。」(「テンペスト」花風の巻P424)
2009年02月18日
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「首里の赤田村の一画に番(つがい)となった龍が落ちてきたのは、交尾の嵐が収まらぬ未明のことである。外の暴風雨など気にしている余裕もないほど、家の中は緊張に包まれていた。中では難産に息む女の声が嵐をかき消していた。(中略)火の神よりも大きな霊がこの家を取り巻いているとしか思えなかった。咄嗟に安産祈願を取り消そうとした瞬間、激しい落雷が火の神の香炉をひっくりかえす。外では無数の龍がとぐろを巻いてユタに睨みを利かせていた。「龍が、目を潰されて王宮から逃げ出した龍が・・・・・」(中略)一際大きな息みと共に赤子の泣き声が響いた。その瞬間、雷が庭のガジュマルの樹を真っ二つに引き裂く。赤子の泣き声は暴風を吹き飛ばしてしまうほどの元気のよさだった。」(寧温=真鶴の誕生)(「テンペスト」若夏の巻P9~)「そのときだ。寧温の頭上で雲が渦を巻き始めた。空を見上げた寧温が息を呑む。天空から龍が見下ろしているではないか。―龍が落ちてくる!身構える余裕もなく口を開けた龍が真っ逆さまに寧温の体を貫いた。同時に爆風が転がるように木々を薙ぎ倒していく。やがて静寂が訪れ、満天の星が出現した。爆心地で馬天ノロの勾玉を持つ寧温に宣託が下る。「龍の子よ。聞得大君になって琉球を救いなさい」王府の重臣に登用された嵐の夜、寧温は国土の声を聞いてしまった。」(聞得大君誕生)(「テンペスト」若夏の巻P334)(再掲)「真鶴の曲芸めいた人生は、人間業とは思えなかった。真鶴と寧温の裏にはさらにもう一段階、仕掛けがあるように真美那には思える。性を超越するのはたとえば神、或いは神獣の化身である。」(「テンペスト」花風の巻P297)「なぜか嵐の日が脳裏を過った。外は晴れているというのに、暴風雨が吹きすさぶ音が耳にこだまする。真鶴は自分の生まれた日を蘇らせていた。真鶴の目の奥に龍の走る影が通り過ぎた。」(孫明誕生)(「テンペスト」花風の巻P328)「勾玉の首飾りを身につけた真牛はかつて纏っていた王族神の霊力を蘇らせた。王宮に雷雲が差し掛かる。琉球の大神キンマモンが降臨しようとしているのだ。渦を巻いた雲が雨と風と稲妻を呼び起こした。たちまち王宮が激しい嵐に見舞われる。「王宮の龍たちよ。目覚めるのじゃ!」真牛が縛り上げていた龍を開放した。と同時に無数の閃光が正殿を照らす。封印されていた龍が目覚め、風と轟音に包まれて天空へと駆けていく。「今までお役目ご苦労じゃった。自由になるがよい」」(「テンペスト」花風の巻P421)龍=琉球=レキオス
2009年02月18日
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上海で巡洋艦「サスケハナ」に旗艦を移したペリー艦隊は(1853年)5月17日に出航し、5月26日に琉球王国(薩摩藩影響下にある)の那覇沖に停泊した。ペリーは首里城への訪問を打診したが、王国側はこれを拒否した。しかし、ペリーはこれを無視して、武装した兵員を率いて上陸し、市内を行進しながら首里城まで進軍した。王国は仕方なく、武具の持込と兵の入城だけは拒否するとして、ペリーは武装解除した士官数名と共に入城した。ペリー一行は北殿で茶と菓子程度でもてなされ、開国を促す大統領親書を手渡した。さらに場所を城外の大美御殿に移し、酒と料理でもてなされた。ペリーは感謝して、返礼に王国高官を「サスケハナ」に招待し、同行のフランス人シェフの料理を振舞った。しかし、王国が用意したもてなしは、来客への慣例として行ったものに過ぎず、清からの冊封使に対するもてなしよりも下位の料理を出すことで、暗黙の内にペリーへの拒否(親書の返答)を示していた。現在でも多くの国が来客に対して使う手法である。友好的に振舞ったことで武力制圧を免れたものの、王国はこの後もペリーの日本への中継点として活用された。この当時の記録は琉球側がまとめた「琉球王国評定所文書」に詳細に記されている。(うぃきぺでぃあ)
2009年02月17日
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園子温監督「自殺サークル」をDVDで見ました。古屋兎丸さんのコミック「自殺サークル」に触発されて見たものですが、最初の集団自殺、「あなたとあなたの関係は?」というメッセージなど若干の接点はあるものの、この二つはまったく別ものであったと言ってよいでしょう。映像作品のほうは、電波人間の電波映像といった感じで、アナログな僕には理解しがたいものでした。アキバなんとかいう人たちなら理解できるのでしょうか?
2009年02月16日
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ガーデニングブログパーツというのを設定してみました。プロフィールの写真の下に設定してみましたが、最初、種が土の中にあるのが、芽が出て花が咲くとか。しかし、芽が出て花が咲く前に枯れてしまったらどうしましょう?
2009年02月15日
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アラヴィンド・アディガ「グローバリズム出づる処の殺人者より」を買書つんどく。ミステリかと思ったらそうではないみたいで・・・・・。それにしたら、けったいな題名だと思ったら、原題は「The White Tiger」なのだそうです。「究極の格差社会インドから中国首相に送られる殺人の告白。グローバリズムの闇を切り裂き、人間の欲望と悲しみを暴く挑発的文学 グローバル経済の波に乗り、光を浴びるインド。だがそこには暗く淀んだ闇が――。貧困の村に生まれ、その才覚により富裕な街バンガロールで起業家の従僕となった男。究極の格差社会をのしあがるべく、男は主人を無残に殺害……。インド訪問を控えた中国首相宛ての手紙として綴られるインドの闇と汚濁。異様な緊迫感の漂う本書を書き上げたのはインドの実業界をつぶさに見てきたジャーナリスト、だからここにはインドの真の姿があります。2008年ブッカー賞受賞のパワフルな長篇。この衝撃をぜひご体験ください。」(文藝春秋社の紹介)「ホワイトタイガーはインドでは神聖なものとされ、中国(および、その影響で日本)でも白虎(びゃっこ)として崇められた。」(うぃきぺでぃあ)
2009年02月15日
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いつからか、最新の日記の下に広告が出るようになったのは、いいっちゃいいのですが、このごろ、 ○○手術がナント75,600円 というのが、しきりに出るようになっていて、みなさんちょっと困ってません?最初は、僕の日記の内容に責任があるのかと思って、日記を読み直したりしていたのですが、みなさんのブログを訪問して安心しました(安心するな!)。
2009年02月14日
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上田早夕里さんの「魚舟・獣舟」を買書つんどく。この本が、不可思議なオーラを放っているように感じました。「現代社会崩壊後、陸地の大半が水没した未来世界。そこに存在する魚舟、獣舟と呼ばれる異形の生物と人類との関わりを衝撃的に描き、各界で絶賛を浴びた表題作。寄生茸に体を食い尽くされる奇病が、日本全土を覆おうとしていた。しかも寄生された生物は、ただ死ぬだけではないのだ。戦慄の展開に息を呑む「くさびらの道」。書下ろし中編を含む全六編を収録する。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月14日
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占いといえば一般的にユタが有名であるが、この時代は男の占い師が公に活躍している。それが「時」だ。男の占い師には三世相(さんじんそう)と時がいる。三世相は前世、現世、来世の三世を読む占い師だ。そして時は農耕の種蒔きや収穫の日取りを決めるのが仕事だ。優れた時は冠婚葬祭など個人の日取りも読み解く。陰陽道や道教を組み合わせた複雑怪奇な「時双紙」と呼ばれる文書を駆使し、占者の霊感によって宣託がくだされた。慶事は時の能力で運命が決定するといってよい。(池上永一さん「テンペスト」(花風の巻)P84より)
2009年02月13日
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天埜裕文さんの「灰色猫のフィルム」を買書つんどく。この小説は、携帯で10か月かけて仕上げたものなのだそうです。角田光代さんとの対談にあったのですが、わざわざ部屋の中で、携帯に打ち込むのだそうで、さぞかし書きにくかろうと、僕なんかは思うのですが、どうなんでしょうか?「母親を刺し殺した“僕”は、自転車で家を飛び出し駅へ走る。目的地もなく電車に乗り、終点で降りるが行くあてもない。公園のトイレで自分を殴り、髪を切って自らの風貌を変え、見知らぬ街をさまよう。やがて所持金が底をつき、空腹が限界に達したとき、わずか3円でパンを譲ってくれたのはホームレスのハタさんだった。誘われるまま“僕”は、経歴を詐称してホームレスたちとテント小屋で生活をともにするようになる。他人の事情には立ち入らないという暗黙の了解のうえで、なぜか親切にしてくれる彼らに、少しずつ心を開き始めるが、自分の可愛がっていた猫を“僕”が殺した、と勘違いしたハタさんにバットで襲われ、思わずハタさんの目を鋏で刺してしまう。ホームレス集団を飛び出した“僕”は、再び街に出る。母の死を報じるニュースでは行方不明の長男を警察が追っていると伝えている。“僕”は公衆電話の受話器を取る?。第32回すばる文学賞受賞作。」(楽天ブックスの紹介)
2009年02月13日
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アーサー・マッケン「白魔」を買書。いきなりですが、僕はマッケンが大好きです。沖積舎の「アーサー・マッケン作品集成」全6巻も持っていますし、なんと(!)読んでいたりもします。そのマッケンを南條竹則さんが訳しました。南條さんが「恐怖の黄金時代」の中で、マッケンに触れている第2章「セント・ジョンズ・ウッドの市隠―アーサー・マッケン」は、南條さんのマッケンへの愛情が伝わってくる、これまたすばらしいものです。そして、いつか南條さんの訳した代表作「パンの大神」を読んでみたいと強く願っています。南條さんよろしくお願いします。また、ついでと言ったらなんですが、生田耕作さんの「黒い文学館」によれば、マッケンには「象形文字」という芸術論があるらしいのですが、これもどなたか訳していただけないものでしょうか?「緑色の手帳に残された少女の手記。彼女は迷い込んだ森のなかで「白い人」に魅せられ、導かれて…(「白魔」)。平凡な毎日を送るロンドンの銀行員にウェールズの田舎の記憶が甦り、やがて“本当の自分”に覚醒していく(「生活のかけら」)。魔の世界を幻視する、珠玉の幻想怪奇短編。」(「BOOK」データベースより)「一昔前の、古めかしい、香気ある怪談をこよなく愛する著者が、二十世紀初頭の怪奇小説の黄金時代に活躍したマッケン、ブラックウッド、ダンセイ二卿、M・R・ジェイムズら英国怪奇小説の巨匠たちの世界へ誘う。恐怖の名手たちの未翻訳作品、隠れた名品の紹介から、創作の秘密までもが、著者一流の文章で格調高く綴られ、怪談好き、ホラーファンにも堪えられない好案内となっている。巻末にM・R・ジェイムズ最後の異色作「枠の中の顔」(本邦初訳)を収録。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月12日
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池上永一さんの「テンペスト」上巻の「若夏(うりずん)の巻」が終わり、下巻「花風(はなふう)の巻」に入りました。それと、楽天ブックスの「テンペスト」のページに、下のような相関図が出てました。表紙裏のイラストの人物が誰なのか分かります。
2009年02月11日
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アーネスト・ヘミングウェイの「移動祝祭日」を買書つんどく。昔から、僕にはヘミングウェイに対する生理的(?)な苦手感があって、これほど有名な人であるにも関わらずまったく読んでいません。(ただし、どういうわけか「つんで」います。)いつか(それはいつか?)、「日はまた昇る」くらい読んでみたいものです。「1920年代、パリ。未来の文豪はささやかなアパートメントとカフェを往き来し、執筆に励んでいた。創作の苦楽、副業との訣別、“ロスト・ジェネレーション”と呼ばれる友人たちとの交遊と軋轢、そして愛する妻の失態によって被った打撃。30年余りを経て回想する青春の日々は、痛ましくも麗しい―。死後に発表され、世界中で論議の渦を巻き起こした事実上の遺作、満を持して新訳で復活。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月11日
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ジャック・ルーボーの「麗しのオルタンス」を買書つんどく。猫のアレクサンドル・ウラディミロヴィッチに惹かれて買ってしまいました。なにか、ちょっとふざけた小説のようです。「金物屋が次々に襲われ、深夜0時直前、大音響とともに鍋が散乱する。平和な街に続く“金物屋の恐怖”事件。犯人は?動機は?哲学専攻の美しい女子大生オルタンス、事件担当のブロニャール警部、そして高貴な血を引く猫のアレクサンドル・ウラディミロヴィッチ…。何がどうなる?文学実験集団ウリポの一員である詩人で数学者の著者が贈る珍妙な味のミステリ…なのか。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月10日
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「そのときだ。寧温の頭上で雲が渦を巻き始めた。 空を見上げた寧温が息を呑む。天空から龍が見下ろしているではないか。 ―龍が落ちてくる! 身構える余裕もなく口を開けた龍が真っ逆さまに寧温の体を貫いた。同時に爆風が転がるように木々を薙ぎ倒していく。やがて静寂が訪れ、満天の星が出現した。 爆心地で馬天ノロの勾玉を持つ寧温に宣託が下る。「龍の子よ。聞得大君になって琉球を救いなさい」 王府の重臣に登用された嵐の夜、寧温は国土の声を聞いてしまった。」(池上永一さん「テンペスト」本文P334より)聞得大君誕生の瞬間です。いいですね。
2009年02月09日
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本屋さんをぶらぶらしていたら、粂川光樹さんという人の「明暗 ある終章」という本が目に入りました。漱石の「明暗」の続編というか完結編として書かれたもののようで、「明暗」を読み直し万全を期したつもりで臨んだ末に、水村美苗さんの「続明暗」で挫折している僕としては、この本を買書する予定はないのですが、いろんな人たちが「明暗」の続編執筆にチャレンジしてみようなんて考えられるんだなぁ~、勇気あるなぁ~、と感心してしまったので紹介してみました。ちなみに、この粂川光樹さんという人は、1965年に「極東語学校夜話」という作品で直木賞候補にもなっているかたでした。で、論創社という出版社は、ゾラのルーゴン=マッカール叢書やダーク・ファンタジー・コレクションなんかを出している出版社です。この出版社も勇気ありますね。
2009年02月09日
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「テンペスト」を読みました。といっても、もっか鋭意読書中の池上永一さんのではなくて、シェイクスピアの再読です。「テンペスト」を読んでいたら「テンペスト」が気になったので、「テンペスト」を読みなおしてみたというわけです。(なんのこっちゃ・・・・・)結果、「テンペスト」とはご存じのとおり「暴風雨」のことで、この題名以外に共通点はなさそうに感じました。(もう一つの「テンペスト」は、上の「若夏(うりずん)の巻」半ば、まだまだですので・・・・・)で、シェイクスピアの「テンペスト」ですが、一体、魔女シコラクスの息子であり「化け物」「できそこない」「魚」などと呼ばれるキャリバンというのは何者なのでしょうか?まったくイメージしにくい人物であるとともに、「テンペスト」全体を飲み込みかねないほど興味深い人物です。どこか「指輪物語」のゴクリ(ゴラム)みたいなイメージでしょうか?一方、ポストコロニアルというのですか、プロスペローの観点ではなくて、キャリバンの視点から描かれた「テンペスト」もいくつかあるようで、エメ・セゼールをはじめ、改作の系譜がインスクリプトの「テンペスト」に紹介されています。読んだことないけど・・・・・。しかし、「テンペスト」に限らず、シェイクスピアを下敷きにした作品を書くというのは、やはりかなりの勇気と自信が必要なんでしょうね。「弟の姦計により、地位を奪われ、娘ミランダとともに孤島に流されたミラノ大公プロスペロー。歳月を経て秘術を身に付けた彼は、ある日魔法の力で嵐を起こす。彼を陥れた弟とナポリ王、王子を乗せた船は難破し、孤島へ。そこでミランダとナポリ王子は恋に落ち、プロスペローは妖精を操って公国を取り戻す。詩的音楽性と想象力に満ちた作品を、評価高まる新訳で。」(「BOOK」データベースより)「ルナンをはじめ、さまざまな改作が行われたシェイクスピアの「テンペスト」。本書は、改作中最も重要と目されるセゼール「テンペスト」の本邦初訳とシェイクスピア「テンペスト」の新訳、さらに「さまざまなテンペスト」の軌跡を辿るニクソンの批評とフェミニズム的植民地主義批判を代表するルーンバの批評を併せて収録。黒人の抵抗を激しく主張するセゼールの作品をはじめ、本書収録作品は、グローバル化した暴力と地政的な格差をあらわにする現代のポストコロニアル状況を参照する際の必読文献である。」(インスクリプトの紹介)
2009年02月08日
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楊逸さんの「金魚生活」を買書つんどく。僕にとっては「ワンちゃん」のほうが「時が滲む朝」より面白かったので、期待してよいものやらどうやらわかりません。でも、カバーの金魚がとてもきれいです。それに、帯になぜか筒井康隆さんの推薦文なんかが書いてあります。「中国の東北部、とあるレストランに勤める林玉玲は、店長から金魚の世話を頼まれる。あるとき、日本に嫁いだ娘の出産のため来日した玉玲は、日本人との再婚を勧められて…。日本と中国、異なる文化の狭間で、玉玲の心は言葉を超える。衝撃の芥川賞受賞から半年、日本と中国をめぐる新たなる感動の恋愛ストーリー。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月07日
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インディアン・オーク号「1840年に英国の商船インディアン・オーク号が嵐によって北谷(琉球)沖のさんご礁に座礁。当時は海賊が横行していたが、北谷の人々は67人の乗員を救助し、村人総出で船を再建した。2カ月後に新たな船で英国人らを送り出し、彼らから称賛された」(琉球新報より)また、北谷町生涯学習プラザホームページに、より詳しい説明がありました。
2009年02月06日
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古屋兎丸さんのコミック「自殺サークル」を買って読みました。園子温さんの同名映画を題材とするコミックで、あとがきによると園さん自身の要請に基づき2001年に描かれた作品の復刊だそうです。小夜「大丈夫よ 私なんにも感じないから 痛みも嬉びもなにもないから 光子さんはもういないから 私は私と関係するのもうやめたの 私と親の関係はわかる 私と京子の関係もわかる じゃあ私と私の関係は?私は私に関係あるの?光子さんが私のかわりになってくれていたか ら私は私との関係がもてたの でももう私は私と関係のない私だから私なんかどうなってもいい の」京子「小夜・・・・・ 私にはわからないよ」小夜「わからないのはあなたがあなたを失っていないから・・・・・ いいわね・・・・・ あなたがあなた の関係者でいられて 京子にはわからないよね・・・・・」(コミック「自殺サークル」より)これがなぜ、あとでホラーになってしまうのか、腑に落ちないというか、いや、これはホラーではないのかもしれない、いやホラーではないような気がする、というわけで、未見の映画がどのようなものなのか、がぜん興味が湧いてきたのでした。。「2001年5月31日、新宿で54人もの少女が電車にとびこみ集団自殺をした。生存者はただひとり――その名は小夜。古屋兎丸的都市伝説!!待望の復刊!!」(太田出版の紹介)
2009年02月06日
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話梅子(ファメイズ)さん編訳の「中国怪談」を買書つんどく。話梅子さんのブログをたまたま目にして、買ってみました。「山奥の庵に、ずいぶん前に死んだ友人が訪ねてきた。その晩、麓の村では、葬式前の遺体が消える事件が起きて…。今夜死ぬ、という占いが出た男。家族の寝ずの番も空しく命を落としたが、その死には意外な真相が…。本来の寿命より前に殺された女。肉体のすでに朽ちた女を、現世に戻す秘策とは?童子の耳の中に不思議な国が広がり、金色の鰻が7人もの命を奪う。中国の長い歴史が育んだ、奇妙な味わいの傑作怪談集。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月05日
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津村記久子さんの「ポトスライムの舟」を買書つんどく。津村さんの本はずっと買ってつんでいるのと、やっぱり芥川賞受賞作ということで。「本当に大事なことは、きっと毎日少しずつ育ってる。「つつましやかに生きている女性の、そのときどきのささやかな縁によって揺れ動く心が、清潔な文章で描かれていて、文学として普遍の力を持っている」――選考委員 宮本輝氏お金がなくても、思いっきり無理をしなくても、夢は毎日育ててゆける。契約社員ナガセ29歳、彼女の目標は、自分の年収と同じ世界一周旅行の費用を貯めること、総額163万円。野間文芸新人賞(「ミュージック・ブレス・ユー!!」)に続く受賞!なにげないのに新しい、さりげないのに面白い、私たちの文学!」(講談社の紹介)
2009年02月04日
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冊封体制(さくほうたいせい)近代以前の中国と近隣諸国との主従関係。起源は漢代にまでさかのぼり、清末に君主制が消滅するまで存続した。本来、冊封とは中国内で皇帝が王族や諸侯に爵位をあたえて封じる、つまり土地をあたえることを指したが、これを対外的にも用いたのである。 近隣諸国の君主は、冊封されると次のような義務を負った。(1)中国皇帝に対して臣下の礼をとり、定期的に朝貢する。(2)中国皇帝から要請があった場合は兵を派遣する。(3)中国へ派遣されるいかなる国の使者をも、途中で妨害してはならない。などである。いっぽう冊封された国は、外敵に攻撃されたときには、中国皇帝によってまもられるという見返りをあたえられた。中国は、こうしたとりきめによって、皇帝を宗主とする主従関係を近隣諸国との間に結んだのである。(エンカルタより)「冊封体制は中華文明を享受するアジア最大の国際連合だ。このネットワークに入らないのはインドのムガール帝国と鎖国をする日本だけである。朝貢国家は互いに緩やかに繋がり、今日で言う同盟関係を結んでいた。たとえば漂流民の保護は朝貢国同士では極めて紳士的に行い、衣食住や船の提供を含めて最大限に尽力した。特に琉球はこの手厚いサービスが諸外国の間で噂になり、船が漂流すると何が何でも琉球を目指したほどだ。(中略)「多嘉良のおじさん、冊封という体制はもう通用しないのです。列強は新しい体制を強引に推し進めてきます。国は冊封のように緩やかに繋がるのではなく、植民地という奴隷国を生み出すのです。これが新しい体制です。」」(池上永一さん「テンペスト上」P57本文より)「琉球の独自の美意識は冊封使を歓迎するために発展してきたと言ってよい。宮廷料理、琉球舞踊、組踊などの舞台芸能は冊封使を飽きさせないために百花繚乱の発展を遂げた。半年以上も長期滞在する冊封使は次から次へと繰り出される琉球の芸能攻勢にいたく感激したものだ。琉球王朝の教養至上主義は、小国ならではの生き残り戦略なのである。」(池上永一さん「テンペスト上」P97本文より)
2009年02月04日
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「2009年本屋大賞」ノミネート作品が発表されていました。「悼む人」天童荒太(文藝春秋)「告白」湊かなえ(双葉社)「出星前夜」飯嶋和一(小学館)「ジョーカー・ゲーム」柳広司(角川書店)「新世界より」貴志祐介(講談社)「テンペスト」池上永一(角川書店)「のぼうの城」和田竜(小学館)「ボックス」百田尚樹(太田出版)「モダンタイムス」伊坂幸太郎(講談社)「流星の絆」東野圭吾(講談社)去年も書いたように思いますが、この目新しくないラインナップはいかがなものでしょうか?「本屋大賞」は本屋さんが選ぶ賞なはずで、もっと僕ら素人の目に触れない、ほっておいたら埋もれてしまう秀作・佳作を推奨すべきではないのでしょうか?きっとたくさんあるはずなのです。
2009年02月03日
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ヴァージニア・ウルフ、ジーン・リースの「灯台へ サルガッソーの広い海」を買書つんどく。池澤夏樹さん編集の世界文学全集の一巻ですが、鴻巣友季子さん新訳「灯台へ」がめあてで買いました。「灯台を望む小島の別荘を舞台に、哲学者の一家とその客人たちの内面のドラマを、詩情豊かな旋律で描き出す。精神を病みながらも、幼い夏の日々の記憶、なつかしい父母にひととき思いを寄せて書き上げた、このうえなく美しい傑作。新訳決定版(『灯台へ』)。奴隷制廃止後の英領ジャマイカ。土地の黒人たちから「白いゴキブリ」と蔑まれるアントワネットは、イギリスから来た若者と結婚する。しかし、異なる文化に心を引き裂かれ、やがて精神の安定を失っていく。植民地に生きる人間の生の葛藤を浮き彫りにした愛と狂気の物語(『サルガッソーの広い海』)。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月03日
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池上永一さんの「シャングリ・ラ」を読みました。ちょっと苦戦しました、というか、物語を進めていくのは、どこまでいっても文章であることは自明のことで、物語の駆動力も、イメージの奇想も美も醜も、小説にあってはすべて文章から立ち上がって来ます。それがアンバランスに思えるのです。筒井康隆さんは文庫版の「シャングリ・ラ」の解説の中で、それを「過剰」と表現されていますが、過剰では済まない欠点を池上さんの小説は、持っているように思えてなりません。勢いに任せて書くのはよいのですが、ほら話にはほら話の文法があり、そこを制御するのが作家の役割のはずで、「天から下りてくる」といって済ますべき問題ではないと思います。でなければ、編集が悪いか編集者の能力が落ちているのだと思います。しかし、それで面白くないのかといえば、過剰が魅力でもあるというけったいなことが起こるからやっかいです。文庫版の筒井さんの解説によれば、「テンペスト」ではそのあたりがもっとうまく処理されているように「期待される」というわけで、引き続き「テンペスト」を読み始めましたが、あいかわらず最初はとても面白いです。「加速する地球温暖化を阻止するため、都市を超高層建造物アトラスへ移して地上を森林化する東京。しかし、そこに生まれたのは理想郷ではなかった!CO2を削減するために、世界は炭素経済へ移行。炭素を吸収削減することで利益を生み出すようになった。一方で、森林化により東京は難民が続出。政府に対する不満が噴き出していた。少年院から戻った反政府ゲリラの総統・北条國子は、格差社会の打破のために立ち上がった。ついに反政府ゲリラは政府に宣戦布告。國子はブーメランひとつで戦車部隊に立ち向かう。だが地上の森では政府とゲリラの戦争をあざ笑うかのように、想像を超えた進化が始まっていた。究極のエコロジー社会がもたらす脅威とは?國子たちは生き残れるのか?アトラス計画の真の目的とは?ゲリラ豪雨、石油価格の高騰、CO2の取引など、2004年に既に現在を予言し、SFを現代小説に転換した傑作長編。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月02日
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木田元さんの「なにもかも小林秀雄に教わった 」の中に、和田光利(わだあきとし)さんという俳人の、土蜂うなるうとうとと土になりたやという俳句が紹介してあり、思わず「ほぅ」とためいきが出ました。というわけで、「なにもかも小林秀雄に教わった 」を買って読み始めました。木田さんと小林さんの取り合わせが意外だと思ったのですが、今までの木田さんの思想遍歴の書とあまり変わらないような気もします。「ランボオ、ドストエフスキー、ゴッホ、モーツァルト…「何もかも小林秀雄に教わった気がする」と回想する哲学者の、自伝的読書風雲録。「あのころは、文学のいいお師匠さんが大勢いた」。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月01日
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町田康さんの「宿屋めぐり」を買書つんどく。気になりながらも、町田さんとは縁遠かったのですが・・・・・。こう見てみると、小川洋子さんと同年齢なんですね。町田康さん(1962年生)1996年「くっすん大黒」野間文芸新人賞受賞2000年「きれぎれ」芥川賞受賞2002年「権現の踊り子」川端康成文学賞受賞2005年「告白」谷崎潤一郎賞受賞2008年「宿屋めぐり」野間文芸賞受賞「主の命により大権現へ大刀を奉納すべく旅をする鋤名彦名は、謎のくにゅくにゅの皮に呑まれ、「偽」の世界にはまりこむ。嘘と偽善に憤り真実を求めながら、いつしか自ら嘘にまみれてゆく彦名の壮絶な道中。その苦行の果てに待ち受けるものは。」(「BOOK」データベースより)
2009年02月01日
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