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枚方市民の森の真ん中にある鏡伝池。その周囲をぐるりと歩いてみました。ウメの「開花基準木」毎年春に掲載される「うめ便り」は、この木が基準になるんですね。ムクゲの木スイレン「せせらぎの森」「郷土の森」池の周りをぐるりと巡ってきました。涼しげな木陰もあり、いろんな植物が観察できて、それなりに楽しめました。入園は無料、開園時間は午前9時から午後5時ですが、夏の期間は午後7時まで延長しているようです。休園日は水曜日。駐車場はほとんどありませんので、バスでお越しください。
2010年07月31日
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京阪・樟葉駅から東へ、「くずはアベニュー」の「楠葉美咲3丁目」交差点です。道路上方の案内標示この交差点を左に曲がると、「鏡伝道(きょうでんみち)」と名付けられた道が始まります。左折すると。。。「鏡伝道」鏡伝道に沿ってさらにしばらく歩くと、「枚方市民の森」という場所があります。昼間なら、樟葉駅からバス(「市民の森」行き)も出ています。「市民の森」バス停一つ手前の「くずは丘2丁目」バス停で下りても、反対側の入口から公園に入ることができます。「くずは丘2丁目」バス停公園の名標入口案内板「鏡伝池」のハス管理棟(奥の建物)鏡伝池のいわれ道路の名前にもなった「鏡伝」は、市民の森の中央に大きく広がる池の名前「鏡伝池」に由来しています。続古今和歌集には藤原実経(さねつね)の歌も残っております。鏡は古来より神聖なものであり、また水や池とも深い関わりがあります。この池の北側には交野天神社があり、この池で神事が行われていたのではないかと言われています。池の周りをぐるりと巡りながら、いろんな植物を観賞してみました。(続く)
2010年07月29日
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京阪・樟葉駅から南東に直線で1キロ強ほどのところに、二ノ宮神社があります。「河内一宮」と言われた「片埜神社」のところでご紹介した、あの「二ノ宮神社」です。二ノ宮神社神社に残る言い伝えでは、創始は仁徳天皇の時代だということです。かつては「二宮牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)」と呼ばれていました。拝殿片埜神社のときもそうですが、豊臣秀頼は大坂城の鬼門を鎮護する神社とし、1603年(慶長8年)には片桐且元(かつもと)を奉行として、一ノ宮(片埜神社)、三ノ宮(枚方市穂谷)と同じくして本殿や摂社の修理をさせています。関ヶ原の戦い(1600年)で徳川家康の力は大きくなりました。しかしまだまだ豊臣家の財政基盤は強く、その財力を減らすために徳川家康は豊臣秀頼に寺社の修復などを進言していたとも言われています。この時期、豊臣秀頼は多くの寺社の修復などを行っていたようです。拝殿の奥には本殿本殿もうひとつの鳥居真南にある鳥居とは別に、南東側にある公園に沿って参道があり、入口には鳥居が立っています。「裏参道」とも言えず、なんて言えばいいのでしょうねえ。同上「二の宮公園」公園の名は、そのものずばり、二の宮公園です。もともとはここも境内だったのかもしれません。境内の森そう大きくはないですが、神社らしいこんもりとした森があります。鎮守の森というのに相応しい感じがします。
2010年07月27日
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京阪・樟葉駅から東へまっすぐ延びる道があります。大阪府と京都府の府境を越えて、八幡(やわた)市まで続いています。八幡市内に入ると、日本住宅公団(現、都市再生機構)が開発した「男山(おとこやま)団地」が広がっています。この道路は枚方側では「くずはアベニュー」と呼ばれています。片道1車線ながら2車線分の幅があり、両側には広めの歩道もある、ゆったりした道です。樟葉駅と男山団地を結ぶ主要道路になっています。樟葉駅から東に向けて、くずはアベニューを歩いてみました。くずはタワーシティの南に「楠葉中央公園」があります。白いゲートがあり、すぐに分かります。入ってすぐに池があり、さらに奥へと散策できます。楠葉中央公園同上楠葉中央公園からすぐのところに、「くずはペットセンター」があります。ペットを扱っているといいながら、店によっては猫がいないときがありますが、ここにいくといつでも可愛い猫に出会えます。歩道から窓の中を覗くと、親子の猫が寝ている微笑ましい姿があったりします。みんなおっとりした感じで、きっと優しく育てられているんだと思いますよ。「楠葉中央」交差点くずはアベニュー(樟葉駅方向)さらに東へ、府境に近づくと上り坂になります。やがて左手に、緑いっぱいの「楠葉東公園」が見えてきます。2.67ヘクタールの広さがあるそうです。楠葉東公園同上中央には広い空き地があります。また周囲には小径が取り囲んでおり、木陰があってこの時期にはほっとしますね。休日の午前中に訪れたのですが、周囲をウォーキングしている方が何人もおられました。楠葉東公園の東隣には、男山病院があります。「男山泉」交差点の北西角に位置し、ここはすでに八幡市域です。男山病院男山病院は、昭和50年(1975年)に関西医科大学の付属病院として開設されました。平成21年(2009年)4月に別法人に譲渡されましたが、引き続き男山地区の中核施設として地域医療を支えています。
2010年07月26日
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京阪・樟葉駅から東へ徒歩10分ほどのところに「楠葉中央」という交差点があります。 「楠葉中央」交差点この交差点の南東角に、ケーブルテレビ局「ケイ・キャット(K-CAT)」の本社があります。K-CAT本社同上1989年(平成元年)2月22日、「京阪ケーブルテレビジョン」として設立され、同年11月6日に開局しました。2003年に社名を現在の名前に変更しました。枚方市や八幡市を中心にサービスを提供しています。関西電力や京阪電気鉄道が主な株主です。同上ここでも、地デジの準備を促す垂れ幕。いよいよあと1年で地上波アナログ放送は終わってしまうんですね。
2010年07月25日
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京阪・樟葉駅の改札口に隣接して、「エルくずは 味のれん街」があります。 京都寄りの高架下に10店舗ほどの飲食店が並んでいます。味のれん街一画をパチンコ屋が占めているほかは、居酒屋や炉端などの店が多く、気軽に飲むにはよさそうですが、お昼に家族連れの場合はちょっと悩みます。くずはゴルフ場味のれん街の中を通って左手にあるのが「くずはゴルフ場」の入口。同上京阪電気鉄道のグループ会社「株式会社樟葉パブリック・ゴルフ・コース」が経営する、18ホールパー70の河川敷のゴルフ場です。1957年(昭和32年)にオープンしたパブリック制のゴルフ場で、1965年(昭和40年)から1990年(平成2年)までは男子プロゴルフの「くずは国際トーナメント」が開催されていました。なにしろ樟葉駅の改札を出て2分という立地は、ほかのゴルフ場では考えられないですね(とはいっても、ゴルフバッグを抱えて電車に乗って、という光景はあまり見かけませんが)。クラブハウスクラブハウスは京阪の線路と府道13号(旧国道1号)に挟まれた場所にあります。府道を渡れば、そこは淀川の河川敷です。コースの入口ゴルフコース同上暑い日が続きます。ゴルファーの皆さん、水分をちゃんととって、熱中症に気を付けてくださいね。
2010年07月23日
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京阪・樟葉駅の東、KUZUHA MALLに隣接して「くずはタワーシティ」があります。楠葉周辺のどこからでもよく目立っており、ランドマーク的存在です。くずはタワーシティ京阪電気鉄道が建設主で、設計は竹中工務店、施工は竹中工務店と京阪建設の共同企業体です。2001年に着工、2003年に完成しました。竹中工務店のHPによると、超高層棟(T棟)は41階建て、273戸、高さ136.8メートル(Wikipediaでは42階建てになってますが、どっちが正しい?)。高層棟(A棟)は24階建て、112戸、81.15メートル。中層棟(B棟)は13階建て、56戸、41.85メートル。中層棟(C)は11階建て、47戸、35.35メートル。フィットネス棟を合わせて合計5棟が、14,402平方メートルの敷地に建っています。同上もう一つの特徴は免震構造。建設当時、世界一高い超高層免震マンションと言われていました。最上階の部屋を〇〇さんが購入したらしい、などと、有名人の名を耳にしたこともありますが、ほんとうかどうか、確かめるすべもなく。同上同上最上階からの眺めはすごいんでしょうね。私は下から見上げるしかできませんけど。
2010年07月21日
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京阪・樟葉駅に隣接して、くずはモール(KUZUHA MALL)という商業施設があります。KUZUHA MALL「くずはモール」は、1972年に、京阪系列の商業施設としてオープンしました。松坂屋百貨店、スーパーのイズミヤとダイエーが中核店となり、150の専門店、2000台の駐車場を備えた、当時としては新しいタイプのモール街でした。中央部分には「汽車のひろば」があり、D51が据えられていました。このひろばでは週末を中心にいろんなイベントが開催されていました。2004年1月にいったん閉鎖され、2005年4月に新装オープンしたのが現在の建物です。表記も「くずはモール」から「KUZUHA MALL」に改められたそうです。そう言われればそうかな、表記の違いを意識したことはないですね。本館本館は建て替えられ、4階まで吹き抜け(店舗部分は1~3階)の空間の中に、京阪百貨店、イズミヤ、ダイエー、170の専門店が入っています。西館もともと西館には「松坂屋」が入っていました。撤退後、建て替えることなくそのまま改装して使っています。本館(東側)4階と屋上は駐車場になっています。このほか、西駐車場、南駐車場があり、そうとうな収容力だと思います(何台だろ?)買い物金額に応じて、無料となる時間が決まっています。それとは別に、京阪系列のe-KENETカードを持っていると、無条件に1時間分、無料になります。ただし、無料分を超過すると30分300円という、大阪や京都の繁華街並みの破格の高さですので、ご注意を。(周辺のコインパーキングの2倍以上です)本館(南東側)モール内部の通路はカーブを描いており全体を見通せません。なんとなく迷路のような感覚になります。本館(南側)KIDS館(別棟)くずはコート(別棟)くずはコートは、ファーストフードの店が集まるフードコートになっています。
2010年07月19日
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京阪・樟葉駅前には広いロータリーがあり、バス乗り場やタクシー乗り場が整備されています。バスがひっきりなしに発着する光景はなかなかのものです。樟葉駅前ロータリーバスの待機場所左端の緑色のバスは、かつての「京阪宇治交通」の色です。2006年4月に京阪宇治交通が京阪バスに吸収合併され、現在はすべてが京阪バスの路線になっています。「楠葉牧」の碑この碑は駅舎を出てすぐのところに設置されており、「楠葉は早くから交通の要衝として開けた地域で、、、」と、楠葉の由来を説明しています。古事記や日本書紀にもその名が記されており、「継体天皇樟葉宮」などの記述がみられるということです。律令制度が崩壊し、有力な貴族が荘園などを私有化していった時代(およそ10世紀以降)、牛や馬を放牧して育てるための区域として「牧(まき)」がこの地にあり、「楠葉牧(くずはのまき)」と呼ばれていました。摂関家の牧場として藤氏長者に属していたそうです。つまり藤原一族の所領であったということです。その後、「牧」も荘園へと発展していきます。
2010年07月18日
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京阪の樟葉駅は2階建て構造になっており、ホームが2階、コンコースや改札が1階にあります。改札口(内側) 改札口(外側)改札は1ヶ所だけです。日曜日の朝9時ごろ、人の流れが途切れる少ないチャンスを狙って撮ったのが上の写真です。くずはローズタウンや男山団地などの最寄駅であり、多くのバス路線のターミナルとなっており、乗降客数でいうと京阪の駅の中で5~6位の位置にいます。それをこの1ヶ所の改札でさばいています。切符売り場コンコース駅舎出入口駅舎改札も駅舎の出入口も東側に向いています。駅の東側にはロータリーがあり、バスのターミナルやタクシー乗り場があります。西側から見たホーム駅の西側には駅舎への出入口はありません。すぐ目の前が淀川で、付近に民家はなさそうなので、出入口は不要なのでしょう。しかし、ときどき南から自転車がやってきて通り過ぎていきます。その場合、駅の北側にある高架下を通って楠葉の街に入る以外にルートはなさそうです。
2010年07月16日
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さて、いよいよ京阪電気鉄道の大阪府内の最北端(というとおおげさですが)、樟葉駅にやってきました。駅名標樟葉駅は、明治43年(1910年)4月15日、京阪本線・天満橋~五条駅間の開業と同時に営業を始めました。開業当時は300メートル京都寄りにあったそうです。昭和3年(1928年)7月に現在地に移転しました。駅の住所表記は大阪府枚方市楠葉花園町です。付近の住所表記は「楠葉(くずは)」ですが、古来より「樟葉(くずは)」の表記もあり、両方とも使われているようです。かつては「楠葉村」だったのですが、明治22年(1889年)の町村制の施行により「楠葉村」と「船橋村」が合併し「樟葉村」が誕生しました。したがって、現在の「樟葉駅」の名前は、当時の「樟葉村」に由来するものです。ちなみに、「樟葉小学校」と「楠葉中学校」は、表記が異なります。小学校のほうは歴史が古く、「楠葉村」だった時代に「楠葉小学校」として設置されましたが、合併で「樟葉村」になったのに合わせて「樟葉小学校」と改称されました。一方の「楠葉中学校」が設置されたのは市制に移行した後の昭和49年(1974年)で、住所表記に合わせて「楠葉」になりました。ホーム樟葉駅のホームは島式2面4線です。1番線外側の1番線と4番線が本線です。2番線(左)と3番線内側では、緩急接続のために普通列車が退避しています。大阪(淀屋橋)方面大阪寄りに、折り返し用の待避線が1本あります。京都寄りには同じく2本あります。とくに京都寄りの2本は、日常的に折り返し用として使われており、樟葉駅から大阪方面への始発も多数設定されています。ホームからの景色1番線側のホームからの景色は、上の写真のように自然がいっぱいです。すぐ目の前に淀川があり、川向うには高槻市から島本町にかけての山並みが見えます。もう少し右寄りには、サントリーで有名な「山崎」の地があります。これとは対照的に、4番線からの景色は都会的です。両側の景色がこれほど対照的な駅は珍しいかもしれません。
2010年07月14日
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船橋川のそばに、関西電力招提(しょうだい)変電所があります。招提変電所同上この敷地に隣接して、「車両訓練センター」があります。車両訓練センター同上同上自動車教習所と同じような設備があります。S字カーブやクランク、坂道などもちゃんとありました。この日は休日でしたが、平日には訓練してるんでしょうか。車両は持ち込みかな?
2010年07月12日
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船橋川の周辺をもう少しご紹介します。牧野と樟葉の中間、府道18号船橋交差点付近です。船橋川の堤防水田の風景が見られます。平屋の民家の屋根と比べると、堤防の高さが分かりますね。アジサイ何という品種でしょうね、葉はアジサイで間違いなさそうです。堤防沿いにきれいに咲いていました。アゲハ蝶蝶が舞う姿を見かけるのが少なくなった気がします。同上無心にアジサイのミツを吸っているのが印象的でした。
2010年07月10日
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京阪本線の牧野駅と樟葉駅の中間にある船橋川を上流(東)に行くと、府道18号(枚方交野寝屋川線)と交わります。府道18号線上の写真は、樟葉から南の方向に向かう府道18号線です。「船橋」交差点を過ぎると、天井川になっている船橋川を越えるために、登っていきます。船橋川上の写真は、府道18号の橋の上から下流(西)方向を写したものです。川床の傾斜が分かりますね。「船橋川緑道桜ロード」この付近、船橋川右岸の堤防沿いは桜並木になっています。同上桜の咲く様子を想像しながら歩いてみました。上の写真は上流方向を写したものです。川の流れはここで方向を90度変えています。
2010年07月08日
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牧野駅と樟葉駅の間、京阪本線と船橋川とが交わる辺りに供養塔があります。南西側の土手の下にその場所がありました。京阪本線のすぐ近くで、架線の柱が見えました。供養塔周辺二体のお地蔵様の右側には、お墓の形をした供養塔があり、その右には石の道標が立っています。この供養塔には、戊辰(ぼしん)戦争で死んだ人の名前が刻まれているといいます。同上道標には「八幡宮」と大きく書かれています。少し見づらかったのですが、その下には「橋本へ一里」と書かれているようです。八幡宮とは、ここから東北へ5キロメートルほどのところにある石清水八幡宮のこと、橋本はその手前の村の名前です。ちょうどこの辺りを京街道が通っていたらしく、江戸時代の末には、この場所に橋が架かっていたようです。戊辰戦争は、慶応4年(明治元年、1868年)から明治2年にかけて、薩長連合をはじめとする明治政府側と旧幕府側とが戦った内戦です。歴史で習われた方も多いと思います。京都を守護していた薩長側と、王政復古の大号令を受けて二条城から大坂城へ移っていた徳川慶喜ら旧幕府側との間で、京都の南にある鳥羽(とば)、伏見(ふしみ)の地で戦闘が起こりました。戊辰戦争の緒戦、「鳥羽・伏見の戦い」(慶応4年1月)です。戦いに敗れ、京街道を通って大坂城へと敗退していく旧幕府軍の兵士たち。船橋川に架かる橋のたもとで命を落とした8人の名前が、この供養塔に刻まれているそうです。文字はかなり不鮮明になっていましたし、周囲に説明板などが何もなく、通りかかっただけでは気付かないかもしれません。しかし、明治維新の大きな流れの跡であることは間違いないようです。
2010年07月06日
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京阪の牧野駅と樟葉駅の中間辺りを、船橋川が流れています。府道13号(旧国道1号)船橋川の名標一級河川ですが、大阪府に管理が委託されているようです。上流を臨む京都府八幡市に近い長尾家具町(家具団地という名前をご存じの方もいるかも)付近から西に向いて流れ、そのまま淀川に流れ込んでいます。国道1号(枚方バイパス)を越えた辺りから、だんだん「天井川」の様相を示します。天井川とは周囲の土地より川床のほうが高い川のこと。滋賀県の草津や兵庫県の住吉など、東海道本線が川の下をくぐる場所もあります。川床が周囲の土地より高いのですから、どうしても堤防を高く積むことになります。牧野~樟葉駅間京阪本線の牧野駅~樟葉駅間で、船橋川を渡る区間がありますが、よく見ると、線路は堤防の高さより低くなっています。堤防上の踏切堤防上に道路がありますが、もちろん踏切の部分では少し下がっています。せっかく堤防を積み上げても、線路のところから水が溢れそうな、そんな心配をしてしまいます。ほんとうは線路を高くしたいところなのでしょうね。水かさが上がってきたら、鉄道を止めてでも土嚢を積んで溢れ出るのを阻止しなくてはなりません。梅雨時ですし、そんなことを考えながら写真を撮っていました。船橋川付近線路が低くなっている分、撮影するには好適です。
2010年07月04日
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牧野車塚古墳を含む車塚公園の南側には、コマツ大阪工場の広い敷地が広がっています。コマツのホームページを見ると、「会社名 コマツ (登記社名:株式会社 小松製作所)」と書かれていました。最近は「コマツ」の名前で通っていますが、登記上の社名は「株式会社 小松製作所」のようです。本名より通称の方を使っているということでしょうか。「甲斐田」バス停付近京阪バスの「甲斐田」が最寄りのバス停です。上の写真に写っているフェンスはコマツの工場のものです。同上コマツ工場入口付近同上同上コマツの発祥の地は石川県で、小松市はコマツの企業城下町とも言われています。世界第2位の建設機械メーカーで売上2兆円、従業員4万人の大企業です。(ちなみに第1位はキャタピラー社)石川県のつながりで、大リーグ・松井秀喜選手(エンゼルス)がCMキャラクターになっています。その松井選手は平成19年(2007年)12月、大阪工場設立「55周年」にちなんで訪問しています。(当時はヤンキース所属)以前にも触れましたが、現在の大阪工場は、旧陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)枚方製造所の跡地です。枚方市は平和産業に転用すべく工場を誘致し関係省庁へ働き掛けた結果、昭和27年(1952年)3月、小松製作所への払い下げが認可されました。当初はトラックやブルドーザーを製造することになっていたようですが、昭和25年に始まった朝鮮戦争で米軍から砲弾を大量受注した小松製作所は、旧枚方製造所に残っていた製造設備を使っての砲弾製造を考えたようです。兵器製造反対派が立ち上がり、また、製造設備に時限爆弾が仕掛けられるという事件も発生しました。結局、砲弾の製造は行われましたが、火薬の充填作業は行われなかったということです。工場内の様子塀の中を見ると、大きなキャタピラーが置かれていました。(おっと、これはキャタピラー社の登録商標でした。一般名称は「無限軌道」?)大阪工場では、ギア(歯車)を一括生産し、全拠点に供給しているそうです。
2010年07月02日
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