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今日、青山葬儀所で開かれた、「植木等さん夢をありがとう・さよならの会」に行ってきた。夕方の4時からの会だったが、3時45分に着いた時には、すでに数百人のファンで一杯!記帳をして、献花の列に並び、葬儀所の中で開かれていた「お別れ会」の様子を、外から見守っていた。司会は、こないだのTBSの追悼特番の司会でもあった徳光アナ。まず参列者全員の黙祷で始まって、その後ゆかりの9人の方々の弔辞があった。これが、実にバラエティーに富んでいて、不謹慎な言い方になってしまうかもしれないが、悲しいながらも、面白かった。元クレージーのメンバーでもある、稲垣次郎氏のサックスソロによる「スターダスト」の演奏で幕開け。そして森善朗元総理に始まり、すぎやまこういち、中山秀征、松任谷由実、内田裕也、加藤茶、渡辺貞夫氏のサックスソロ、そして小松政夫という面々の弔辞。正直言うと、中山ヒデのは、弔辞のようでいて単なる自己自慢に過ぎず、不快に感じたが、他の方々の弔辞は、とても素晴らしかった。特に「シェギナベイベー!」の内田裕也は、訳の分からないコメントだった。「十数年前、都知事選に立候補しました、クレージー裕也です」とか言ってたし…(笑)。終いにはミッキー・カーチスとユーミンを祭壇の前に呼んで、アドリブで「スーダラ節」を歌ったが、歌詞を忘れて会場中が爆笑!その後、カトちゃんの弔辞も…「裕也さんのあとで何話せばいいんでしょう?」「ドリフはクレージーのネタをパクって、今日まで食べてこられました」「その罰が当たったんでしょうか。私も最近、そちらに呼ばれそうになりましたが、何故か戻ってこられました」「先に逝った友達と、そちらでゆっくりしてください。いかりや長介は別で」…などとコメントして、これまた爆笑。弟子の小松の親分は、弔辞の際、時折声を詰まらせていた。それでも「お別れ会なのに、こんなに笑ってていいんでしょうか?」などと言っていた。関係者も、一般のファンも、悲しい気持ちは同じなのに、「お別れ会」の場所なのに、歌を聴いたり、映画の名場面を観ると、歌ったり笑ったりして、ついつい元気が出てきてしまう。植木御大、流石だな!と改めて感じた。クレージーのメンバー、谷啓・犬塚弘・桜井センリのお三方も、悲しみをこらえて最後の挨拶をされていた。そして、「植木等ショー」のエンディング曲の「星に願いを」が流れて会は終了。その後、もう一度ファンが献花をして全ての流れが終わり、という感じだった。小松の親分が弔辞の中で、「植木等は日本の宝です」と言っていたが、全くその通り!あと桜井センリ御大が、こう仰っていた。「植木屋も千の風になりました。もし皆さんの周りで、面白い空気や楽しい空気になった時は、植木屋が、そこにいると思ってください」そう思って、これから私も生きていこうと思う。いつまでもメソメソしていられねえ!さあ~っ!いっちょうブァ~ッといくかあ!!!この精神で頑張るので、どうか植木御大、単なるファンの私ですが、見守って下さい!…えっ?何?「おめえ、単なるファンのくせに図々しすぎる」?こらまた失礼致しました!!でも、見守る見守らないは別にして(苦笑)、キチンと最後のお別れが御大に言えたので、非常にスッキリした気分になった。やはり、行っておいて良かった。
2007年04月27日
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毎度お馴染み、有楽町ビッグカメラの最上階はよみうりホール。元そごうの上といったほうが、話は早いかも(そうでもない?)。大体「東西落語研鑽会」で足を運ぶ事が多いが、今日は家元を観に行って来た。立川談志 「青龍刀権次」中入り立川談志 「粗忽長屋」「青龍刀権次」は初めて聴いた。元は講談話で、浪曲にもなっているみたい。聴いた限りのストーリーを書いてみる。幕末の江戸、いわゆる「街のゴロツキ」だったのが主役の権次。今で言うチンピラみたいなもの。八丁堀の同心だった兄にも、身内にも嫌われていた。慶応元年4月、夜道で侍が芸者を斬り殺すのを見た権次は、証拠を拾って、その侍を強請りに行ったが、侍の名前を聞かなかったため、犯人に疑われて、誤認逮捕されて刑務所行き。7年の刑期を終え出所すると、世は明治時代に。何とかありつけた仕事先で、例の侍が金縁メガネに髭を蓄えた成金になっているのを見つけて、改めて強請ったら、今度はニセ札を掴まされ、その時に侍の名前をまた聞かなかったために、また逮捕。今度は5年の刑期で出所した権次は、またまた例の侍が、今度は馬車に乗っているのを偶然目撃して、後をつけて、強請りにかかる。その男の大豪邸で、夕食をとっていると、そこに「爆裂のお玉」という女が現われ、一緒に悪事をしようと脅し、いきなり権次にピストルをつきつける。侍が「まあまあ」と2人をなだめ、3人でブドウ酒を飲んで、西洋料理をたらふく食べ、権次は一晩、その家に泊まることになった。朝起きると…家の中に誰も居ない。そこへ数十人の警官がなだれ込んできて、またまた逮捕されて…。「こんな運のない奴はいないという…」ところで終わり。へ~っ、こういう噺だったんだ。…続きが物凄い気になるなあ、この噺(笑)。中入り後は、柳家のお家芸「粗忽長屋」。これは凄かった、ホント~~~に凄かった!!個人的には、今まで、何度となく、寄席でもホールでも聴きまくった噺の最右翼。そんなに落語を知らない人だって「どっかで聴いたことあるだろう?」ってくらい、有名な落語だろう。家元は、この噺を「粗忽もの」の話じゃなく、「主観長屋」として演じている。「主観が強すぎて、自分が死亡したかどうかも、正しく判断できなかった」という家元の演出は、この噺に凄みと深みがプラスしてあって、物凄い聴き応えがあった。観客も爆笑で、家元自身も「青龍刀~」よりノっていたように感じたし。こういう「お馴染みの噺」を家元で聴くと、改めて家元の凄さが解る。やっぱ、一度生を聴くと病みつきになるなあ、家元の高座は!また近いうちに、どっかに聴きに行こう。
2007年04月24日
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毎週楽しみにしてる、月曜夜のBS2「蔵出しビッグショー」だが、今日のは正直、あんまり期待してなかった。五木ひろしは、今でも普通に歌ってる人だし、もっと戦前~戦中のベテラン歌手の回が見たい、ってのが正直な気持ち。だから、まあ、やってるから見るか…ってな感じで、気を抜いて見始めた。「五木ひろし・思い出から明日へ」昭和51年4月11日放送。それまでは、スタジオ収録だったこの番組が、大体この頃から、NHKホールで公開収録をするようになったようだ。この五木ひろしの回は、その、ごく初期のものだろうと思われる。で、いつもより気を抜いて見てたのだが…これが結構、思ってたより面白く、見応えがあって驚いた。五木ひろし、当時28歳!今の私と同じ歳!!信じられない!!「五木ひろし」としてデビューして、まだ僅か5年くらいだが、もう「ビッグショー」が出来るほどの実力があったことに驚いた。客席の熱狂も半端じゃなく、それも見てて強く印象に残ったところ。歌い方とか、ステージも、今と変わらず…というか、そのまんまだったし。オリジナルヒットは、結構あったとは言え、数はまだそんなにないから、思い出の歌とか、先輩歌手の歌とかのほうが多かった。それにしても凄かったのは、昭和30年代の後半から、昭和50年までのヒット曲31曲の一部をつなげた大メドレー!ほとんどが物真似ショーになってたが(笑)、一節太郎の真似が、特に巧くてビックリした。やっぱり、30年以上第一線にいる歌手は、「何か」が違う感じを受けた。好きな歌手ではないけど、これから少しだけ見る目が変わりそうな気もした。さあ、来週は休みだけど、再来週はバタヤンでその次が北島サブちゃん。楽しみに待とう。
2007年04月23日
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ここしばらく、仕事は大変だったし、夜は夜で遊びに行ったりしてて、書くことが無かった。…とは言っても、日米で殺伐とした銃による事件が相次いだりして、イヤな一週間だった感じ。アメリカの方の事件、在米韓国人留学生による、信じられないほど怖ろしい事件だった。こういう事件、やはり「民族性」みたいなものが大きく絡んできているのかな?とも思ったが、動機は結局、単なる逆恨みみたいなもんだったようだ。こういう、とてもショッキングな事件がおきても、アメリカから銃がなくならない、銃社会のまま、というのが、ちょっと日本人には理解できない。犯人が韓国人だったというのも、人種差別的な意味じゃなく、頷けた感じもあった。いくら犯人がアメリカ育ちでも、祖国である韓国には軍隊がある。だから、多かれ少なかれ、潜在的なところで、銃の扱いに「慣れている」部分もあったかもしれない、と思ったから。日本人だったら、何か、基本的に拳銃の扱いが下手そうな気がするから、ここまで大事件を起こしそうな気がしない…今のところは。白色人種に対する「ひがみ根性」みたいなのは、朝鮮人だけでなく、日本人にも多々あるだろう。でも、ここまで酷いこたあ、絶対に日本人には出来ないだろうと思いたい。まあ、日本人も、昔「日本赤軍」が、諸外国に迷惑をかけまくった過去があるからね…。そこは素直に反省の気持ちを忘れちゃいけない。それと共に、火曜日の夜に起きた、長崎市長の射殺もショッキングだった。選挙戦の最中だったから、対立候補の策略?とか、いろんなことを考えたが、単なる三下ヤクザの逆恨みだった。こんなことで、志半ばで命を落とした市長も本当に無念だっただろうし、そのご家族も悲しいし、悔しいだろう。特に、奥さんと娘さん(だっけ?)は、目の前で、市長が銃撃されたわけだから、たとえ犯人が、何百回死刑にされたって、無念さは拭えないと思う。どっちにしても、銃社会は怖いし嫌だ。銃を持ってていいのは、警官と自衛隊員だけでいいと思う。まあ、両方とも当てにならない感じがするけど…。
2007年04月22日
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現林家正蔵(元こぶ平)、正蔵襲名の際の祝儀を申告しないで、所得隠しが2400万円、追徴課税が4200万円!!あの家(というか兄弟)の金持ちぶりは、確かに常軌を逸脱していたような気がする。「貧しい暮らし」というか、そういうものが根底にある落語を、大金持ちが語ったって、説得力があるわけない。それはともかく、毎週月曜日のお楽しみ、今晩の「ビッグショー」は…「藤山寛美・役者の履歴書」昭和51年3月28日放送。今回は歌番組というより、全体的にドキュメンタリーの趣のある45分。それゆえ、歌好きには物足りない番組ではあったが、「がめつく生きろ」というオリジナルソングを歌っていたりして、その場面は貴重だった。また、オープニングのクレジットで「藤山寛美」と出たあとに「稲垣完治」(寛美の本名)とクレジットされたのが印象に残った。中で、合成を使って「稲垣完治」が「藤山寛美」と対談をするシーンがあったからだが、これも珍しいものだった。それはともかく、普通「ビッグショー」はVTRで録画されている。ところが、何故かこの回だけ「キネコ」という方式で録画されてて、全編に渡ってフィルムの映像だったのが不思議だった。VTRだったら、この番組に対する印象も、また変わったかもしれない。来週の五木ひろしはともかく(苦笑)、5月の1発目が待ってました!!我らがバタヤン・田端義夫!これは楽しみだ、ホント!
2007年04月16日
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ここで、今まで何度も「今のテレビ番組は面白いものが全く無い」って書いてきた。どこを回しても、健康モノか(最近捏造があちこちでバレて、少なくなってきたのがいい傾向)、インチキな占い&心霊モノか、くだらないお笑いしかないから、ホントにCSとかDVDとかばっかし見ていた。ホントに、どこの局も、どの時間帯も、観るべき番組は皆無だと思っていたのだ。…しかし!!ゴールデンの時間帯ではあるけれど、とても見応えのある、いい番組が始まった。4月初めから、日曜の朝7時(すげえ時間)に始まった、フジの「ボクらの時代」という番組。昨今、よくありがちのトーク番組ではある。でも、くだらない話も中にはあるが、30分全体を通してだと、非常に骨太の、思ったよりしっかりした話が聞ける番組で、結構楽しみにしている。この番組、どうも台本とか何にもないらしく、仲間3人が集まって、いろいろ話すだけの…20年くらい昔に、TBSでやってた「すばらしき仲間」みたいな番組(笑)。先週は高田純次・ベンガル・柄本明という、劇団「東京乾電池」の3人が、若い時の話やお笑いに対する考え方を、真剣に語っていた。普段の高田純次からは想像もつかないほど、真面目な口調での話が聞けて、すんごい驚いたし、何故だか、ちょっと嬉しかった。今朝は谷村新司に、竹中平蔵(!)に、何と片岡仁左衛門(松嶋屋!)という凄い顔ぶれ。ビデオ録り逃しちゃった…惜しい事をした。トーク番組なんて、ほとんどが楽屋話で、下品なもので観るに堪えないものばかりだが、この番組に関しては、とても面白い。こういう番組が長続きしてほしいもんだ。
2007年04月15日
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1・「ドラえもん」またまた改悪5月から、アニメ「ドラえもん」の主題歌がまた変わり、のび太たちのファッションなどが、イメージチェンジされるという…。確か、前も同じ事を何遍も書いたかしれないが、こういうことをすればするほど、原作を冒涜していることになるのが、どうして制作サイドは分からないのだろうか?これは、もう「断末魔」としか言いようがない。改悪に次ぐ改悪で、今までギリギリついてきたファンも見放し、数字が落ち、尻すぼみで終了…という、テレビの長寿番組が終わるときに、よくありがちなパターンの典型だと思う。大山のぶ代御大らが、声優を降りた時点で、キレイに終了させればよかったのだ。無理な延命措置は、かつてのアニメ(原作)に自らの手で傷をつけることになる。文庫本の「ドラえもん」の「あとがき」で、立川流の某師匠が書いていた。他のギャグ漫画は「コント」「漫才」だが、「ドラえもん」は「古典落語」であるという見事な分析を。アニメも「古典落語」の料簡で作らなきゃ絶対ダメだ。ドラえもんの世界観を、無理に「現代」に迎合させると、ロクなことにならないのは目に見えている。2・植木御大のお別れ会の日取り決まる。4月27日の金曜日だそうだ。私は仕事は休み。これは「絶対に来いよ」という、何かの大いなる運命に違いない(危ない発想)。必ず行って、お別れを言わなくては。行かなきゃ、ファンとしての気がすまない!今日は、以上2つの内容でお送りしました。
2007年04月13日
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私は土日が出勤なので、レギュラー休みは木曜日と金曜日。友人と出かけないときは、ウチで一日中、テレビを見てゴロゴロするという、早い話が「一日引きこもり」状態でいる(笑)。そうでもしないと、体力が回復しないのよね。そんでもって、休みの朝は、食事をしながらテレビ欄を見て、一日の番組の視聴順を決めて、真剣にゴロゴロすることを考えている。今朝、ふと、テレ朝の番組欄に目をやった。あの怪物的な長寿番組「徹子の部屋」こないだの植木御大の追悼番組のように、私が大ファンの人が出たりすれば、録画をすることもあるが、いつもの自分だったらロクに見もしないし、気にも留めることは毛頭ない番組。ところが今日は、テレビ欄にこうあった。「爆笑・平野レミ」…と、たったこれだけ。これを見て、妙な勘がピーン!と働いた。「録画しないと、後悔するかも」と。それで録画をしたのだが…これが大当たり!「徹子の部屋」で、こんなに大爆笑したのは初めての経験だった。ホントに数年ぶりに、テレビ見て、笑い転げて、涙を流して、部屋中をのた打ち回った(笑)。相変わらず「誰かに追っかけられて、全速力で走りながら話してる」ようにしか聞こえない、「ウルトラマシンガントーク」の平野レミと、黒柳徹子の会話は訳が分からず、そりゃもう凄い!平野レミ、まず自分の倅の歳が分からず(笑)、お手軽スープを作れば、テーブルにドバドバとこぼし、レミの亡き父親・平野威馬雄氏の話を黒柳徹子が振れば…「ああ、お父さん死んじゃった、死んじゃった!お母さんも死んじゃった!もうみんな死ぬのよ!!あたしね~、小さい時からさ~、お父さんとお母さんはさ~、死なないと思ってたのよ!!」これを、大体5秒くらいで話し(苦笑)、その後の話が凄かった!ちょっと要約して、誌上採録。平野・「もうね、骨食べちゃったからね、あたし。 お父さんのね!」黒柳・「ホントに!?」平野・「うん。あたし、料理研究家だから!」黒柳・「料理研究家だから、骨食べた??」平野・「うんうん、骨焼くじゃないですか~。 焼いたあとさ~、骨壷に入れるでしょ? 入れたあとさ、パラパラ砂みたいのが 残ってるでしょ? それ見てさ、『あっ、もったいない! お父さんがいるいる!!』って思って、 こうやって集めて、ポケットに入れようと 思ったけど無いから、ア~ン!って 口の中に入れちゃったの! で、ジャリジャリジャリって言って~、 しばらく経ったら、中のほうから、 歯ぐきの奥の方から出てきたから、 ぺロッて舐めたら、辛いのね~!!」黒柳・「へ~っ、カルシウムで?」平野・「だから、あたしは、お父さんと合体したの」(スタッフ爆笑)…この会話で呼吸困難になりそうになった(笑)。勝新太郎と、この人くらいだろう。父親の遺骨を食っちゃったのは!この番組、墓地だか墓石屋が、スポンサーについてるのに。まして昼間から、すげえ話題!いや、ホントに凄い、このコンビ。また是非、この番組での再登場を願いたい!
2007年04月12日
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先週月曜の夜は出かけていて、毎週恒例のNHK「ビッグショー」の感想が書けなかった。そんな訳で、先週の林伊佐緒先生の回と、今日のコーちゃんの2回分、まとめて感想を書こうと思う。まずは先週放送のこの回。「林伊佐緒・ダンスパーティーの夜」昭和51年3月14日放送。歌手としても、作曲家としても一時代を築き、4代目の歌手協会会長としても御馴染だった、林伊佐緒先生の特集。キングレコードの後輩である、春日八郎と三橋美智也の2人に、数多くヒット曲を提供しているだけに、林先生と同じくらいの比率で、春日・三橋が歌っていた。そこが少し引っかかったけど…いや~、それにしても、どの歌も名唱ばかりで、本当に素晴らしかった。戦時歌謡や、テレビで滅多に歌わない歌があったり、三橋美智也の進行でトークがあったりと、45分なのに盛りだくさんの内容で、面白かった。その歌謡曲とは180度違う、本日は…。「越路吹雪・愛そして…」昭和51年3月21日放送。前に、このブログで…「日生劇場のロングリサイタル並みの、濃密な番組を期待したい」…って書いた。まさしく、その通り!選曲も構成も見事!まさに「リサイタル」であった。前半は、あまり耳馴染みの無い歌があったが、後半は、誰でも知ってる名曲ばかり。ご主人の亡き内藤法美氏のピアノも、これまた今は亡きジョージ川口氏のドラム…。バンドの音も、超一流だった。来週からは…申し訳ないが、個人的には食指の動かない人たち(苦笑)の回が続くが、楽しみなのに変わりはない。それでは、来週の月曜をお楽しみに…。
2007年04月09日
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植木御大が亡くなったのが3月27日。ちょうどテレビ番組の改変期で、あちこちで特番を放送していたから、追悼番組を組むのが1週間ずれてしまったようだ。金曜日から今日にかけて、テレビ朝日・NHK(地上波・BS)・日本テレビなど各局で追悼番組を数多くってほどでもないが、時間を割いて、放送していた。どこの局の番組も、過去にゲストとして出演したものを再編集して放送したものだったが、なかなか見応えがあったように思う。やはり、「故人を悼む」という姿勢がいちばん出ていたのは、テレビ朝日の「徹子の部屋」だった。大概、有名人が亡くなると、テレ朝では「徹子の部屋」に出演した際のVTRをニュースで使うほど、映像資料的にも価値がある番組だから。植木御大は、過去5回出演したそうだが、昭和57年・平成6年・平成8年出演時の3回の放送を再編集したものだった。黒柳徹子とは、NHKの「若い季節」で毎週共演していただけに、2人の「旧知の仲」という感じが、画面から滲み出ていた。トーク番組にしちゃ珍しく、御大が映画並の高笑いをしていたのが、仲良しの証拠だろう。それだけに、番組の最後、植木御大の遺影に語りかける黒柳徹子が、本当に、心の底から悲しんでいるのが、よく解った。必死に、涙を堪えて「あなたが思っている以上に、日本人は、あなたの死を心の底から悲しんでいます」と語りかける姿を見て、胸が締め付けられる思いがした。あれは、ある種、「静かな慟哭」のように感じたし。キザな言い方だけど。日本テレビは「いつみても波乱万丈」の枠で、前に出演した時のVTRを再編集したものを放送していた。これもまた、御大が普段、ほかの番組では話さないような事まで喋ってて、なかなか面白く観ることが出来た。特に「無責任男と素の自分とのギャップに悩んだ話」を、「徹子の部屋」に出たとき以上に話していたのは、貴重だと思う。それにしても…この間のテレ東やTBSのような、緊急差し替えの特番が、日テレやフジで組まれなかったことが、本当に残念で仕方なかった。これだけテレビ界の偉大な人の死なのに…。それに、いちばんクレージーの映像を保存しているのは、日テレとフジのはずなんだが。
2007年04月08日
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植木御大の訃報以後、何だか分からないが、いろんな物事に対して、気力が失せた。特に、このブログの更新を頻繁にする気が、また失せてしまった。ホントは毎日やらないといけないんだろうが。心の穴を埋めるために…って訳でもないが、ここ1週間、頻繁に落語通いを復活させており、落語仲間と夜中まで飲んで、睡眠時間を削って仕事に行って、クタクタだった(苦笑)。あと、水曜日の朝に、仕事でしくじって(別に間違ったことをした訳ではないが)上司に呼ばれて、すごい怒られて、ここ2日間すごく機嫌が悪かったというのが大きな原因(笑)。その恨みつらみを、明日からスッキリと仕事をすべく、今日のうちに、全部のことを書いておこうと思う。初めに言いたいのは「新人社員に対して横柄な口をきく奴(上司)は、人間のクズ」だということ。ホント、こういうときに「会社組織」が心底嫌になる!「間違ったことをしたら」厳しく怒るのは上司として当然だし、私も怒られたとしたら素直に謝るのは当たり前。そういうことではないのが、今回の件。4月1日付で、私の職場に新人がやってきた。まあ、いきなりハードル上げて教えるのも酷だと思って、スローテンポで、さまざまな業務を教える事にした。入社3日目の水曜日の朝。新人に、私が仕事を指導している最中、朝の9時半過ぎからから、いきなり高圧的なイヤな口調で、隣の部屋のチーフが…「おめえ、何やってんだよ!早くしろ!!」…って新人に言いやがったのだ。私ひとりが、嫌な気をするのは構わない。新人は、どれだけ嫌な思いをするか。「何ヶ月目」なら何となく分かるけど、「社会人3日目」だもの。そういう口調でとやかく言うのは、絶対おかしい。それを横で見てて、新人が怯えたように見え(怯えてなかったのかもしれないけど)、すんごい腹が立って…「少しくらい、待ってたっていいだろうが!」…って、思わず言っちゃった。そしたら、その隣の部屋のチーフの「H」が、私の部屋の直属の上司に、何と「告げ口」をしやがったのだ。「いいつけた」ってこと。それで、上司に呼ばれて「他の部屋の仕事の流れを止めないように」と怒られたというのが、今回の「私のしくじり」の一連の流れ。私も悪いのは悪いんだけど、100対ゼロってことはないと思う。そいつだって、普段から態度悪いんだから。それを、100対ゼロにさせられているのが、本当に頭に来る。そのチーフに、事前にそれなりの説明を受けた上で、「早くしろ」と言われたのなら、私だって素直に言うことを聞いた。その口調が、新人に対して高圧的で最低な態度だったから、私はキレたのだ。「威張りたいから、単に威張る(直属ではない、隣の部屋の)チーフ」、人間のクズだ。小さい時から、ロクな躾を受けていないのは、口のきき方でよく分かる。態度も口調も、品性下劣以外の何ものでもない。「告げ口」というのも最低だ。絶対許せねえ!!あの野郎!!江戸時代なら、首叩っ斬ってただろう。こうして、私の周りには、味方がひとりもいなくなって、敵だらけになっていく…。…ああ、でもスッキリした(笑)。これで明日から、普通に仕事が出来る。まあ、いい加減に普通の精神状態に戻ってきているから、またいつも通りにコラムを書いていこうと思いま~す!
2007年04月06日
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だいぶ、精神的に落ち着いてはきたが、まだまだ私の中で、悲しみが癒えることはなさそうだ。満開の桜の花を見ても、美味しいもの食べても、落語を聴きに行っても、腹の底から楽しむ事が出来ない感じ。身内が死んでも、ここまで悲しいだろうか?というくらい、ショックが大きすぎる。何が困るって、私は落ち込んだり、精神的に疲れたりするときに聴くのが、植木等御大の歌なのだ。その「元気を貰う歌」を、深く悲しい気持ちで聴かなくてはならない、というのが本当に辛い。やはり、戦後の大スターの訃報だけに、どこのテレビ局もラジオも、かなりの時間を割いて、訃報を伝えていた。各ニュース番組のキャスターも、植木御大に対する、思いのたけを語っていた。私が観た限りでは、フジの「めざましテレビ」の大塚キャスターが、特に悲しみが深いようだった。またスポーツ紙の1面、全紙が訃報だったのも凄いものだったし、正直言って驚いた。木曜日のテレ東の「ホラ吹き男」に始まり、各局で、追悼番組が多く組まれていた。そんな中、さっきTBSで2時間、生放送で追悼番組を放送していた。緊急特番だから、しょうがないのだろうが、少々編集が乱雑なところが気になった。「植木等ショー」の歌唱場面や、特別ゲストで出演した「全員集合」のコントなど、貴重なVTRが大量に出てきたのには目を見張った。しかしながら、番組全体を通して、御大に対する「畏敬の念」みたいなのが、あまり感じられなかったのが残念だったと思う。あんまし、植木御大と関わりのなさそうな渡辺プロのタレントが、ゲスト席にいたのも疑問だった。…まあ、いくら知らなくとも、同じ会社の後輩だから、こういう場合は当たり前といえば当たり前なのかもしれないが…。まあ、それにしても…。少々過激な、ものの言い方になってしまうのをお許し頂きたいのだが、司会の3人のうちの「ジャイアンツ親父」には、かなりカチンと来てしまった。番組の最後、長年付き人として、植木御大を「オヤジ」と慕っていた、小松の親分さんが涙を堪えてインタビューを受けていた。その親分さんに対して、「生放送で時間が無いので」とか言いながら、無理矢理に号泣させようとしていたのには、腹が立った。最も、植木御大が喜ばない、酷い番組のまとめ方だと思った。忘れもしない、今から13年前のハナ肇の追悼番組。確かフジテレビのだったと思う。湿っぽく番組を進めようとした司会者に、植木御大は怒ったのだ。生放送中なのに。それだけ、湿っぽいのが大嫌いな人の番組でまで、強制的に小松の親分を泣かそうとして、谷啓御大の手紙の朗読で、湿っぽく終わらそうとしたのは、ホントに許せない、私は!…そういや、谷啓御大、体調を崩してるとか中山ヒデが言ってたなあ。宮川先生・青島御大・植木御大と、友人を短期間で立て続けに亡くし、お辛いだろうが、早く元気になって頂きたい。まあとにかく、そういう番組ではあったが、中尾ミエ、加藤茶、ミッキー・カーチス、布施明、三宅裕司など、ゲスト陣のコメントは良かった。中でも、ひとり的確に、また非常に深く印象に残るコメントをしていた、女優の浜美枝さんは特に素晴らしかった。…この番組、司会が3人も居る必要あったかな?中山ヒデだけで十分だった気がする。
2007年04月01日
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