全358件 (358件中 1-50件目)

ずうっと休むような場面も無く沢を歩き続けた。渡渉時にトレッキングシューズが水につかったりしたが、靴の中に入ったかどうかなんてどうでもよくなっていたような気がする。時折進行方向の木の枝にぶら下がるピンクのテープを確認しながら昇る。新道との合流地点らしい。上二俣地点。沢で別れて、またしても沢で合流するのか・・・昨年の事だが、此処に登った人が、ゲリラ豪雨で沢が一気に増水し、下りられなくなって、ヘリが救助に出動したとか。さもありなん・・・ミヤマキンポウゲらしい?ポツン、ポツンと咲いていて、群生は見られない。それにしても。これでもかとまだまだ沢の渓流は途絶えてはくれない。やっと、沢と縁が切れて暫くあるくと、馬の背に着いた。ピークとピークの鞍部になる馬の背。ヤレヤレ、まだ山頂までは結構歩くぞ・・・・と溜息が出て来た。ジジイはどうやら疲れた。山頂方向はガスっている。山頂到着。やはり、ガスっていて見晴らしは良くない。眼下には雲海が広がっている。多分、町は雨でも降っているのだろうなあ・・・と想像する。隣のピークも見えない。が、時折、風がガスを吹き飛ばして、急に風景が広がったりする。方角から推測すると「海別岳」のようだ。が、流石に羅臼岳の方までは見えないようだ。帰路、上二股から新道へ方向を変える。尾根歩きだが、下でまた沢に戻る。尾根筋のダラダラ歩きは何処まで行くのだろうか。波打つピークの登り返しがしんどくなってきている。熊見峠まで来た。ここから下りに入るらしい。それにしても、熊見とは・・・・それくらい熊が濃い地域らしい。何といっても知床半島へと伸びている山系だものねえ!!下り切ったところ、小屋の直ぐ傍の林の中で何かがドスンと大きな音を立てて落ちて、そのご、薮をがさがさと音を立てて遠ざかって行ったが、あれは何だったのだろう?ボクのすぐ後ろを歩いて来た男性と顔を見合わせて首を傾げあったのだが・・・いや、「熊」という言葉を飲み込んだ。
2026/08/10
コメント(0)

北海道で買った椅子に座り、水辺の木陰で本を読み、直ぐに眠気に襲われていると、陸に上がったカモが数メートル先まで寄って来た。古典的なギャグだが、ネギは背負っていない。家に居るとエアコン代がかる。図書館は窮屈だ。昼飯はス−パ−のイ−ト−イン。ガッツ石松、君は偉かった!!オレに言われたくないだろうけど
2026/08/09
コメント(0)

稚内から、一気に斜里町まで南下。斜里町のキャンプ場を訪ねてみた。田園の中に緑のキャンプ場が広がっているここは、「そよ風キャンプ場」というのだそうだ。受付に行くと、「お姉さん」が一人でやっている。テント一張り1000円、他にごみ処理を望む場合は袋を購入して管理事務所へ持ってくる。分別・・・1,生ごみ 2、資源ごみ 3,ナイロンビニール関係イギリスから来たサイクリストの若い女性が受付の「お姉さん」と共にやって来て、通訳してくれというが、ボクはブロークンだし、スマホの通訳アプリでお話することに。ま、ナントカ通じていたみたい・・・相変わらずのぐずついた空の下、雨が降ったり止んだりしていた。翌朝、4時に斜里岳へ向けて出発。意外に遠くて1時間くらいかかった。空はドンより。。。。登山口へ来たら晴れていた。駐車代は100円。登山者ノートに記入して出発。少し林道を歩いて行く。旧道は沢沿いというが、直ぐに飛石を渡る羽目になる。こんな渡渉を数えきれないくらい繰り返して登って行くのだが・・・・下二股、ここで新道の尾根道へ分かれる。時々、沢じゃないこんな道もあって、これが続けばいいのにそうはならない。瀧はもちろん巻いて行く。ボク、濡れるのが嫌い・・・沢登りは嫌いなのだが・・・滑ったら落下して無事には済まないだろう。暑い夏にはこういう涼しい道は有り難いのだろうが、落ちた日にはただでは済まない。一度、トレースを見失って、少し戻って確認したこともあった。水面ぎりぎりを歩くと、跡が付かないから、かなり分かりにくいことになる。流れの真ん中は歩かないが、縁の草や木が茂るギリギリのところを四つん這いで登ることになる。やたら緊張して、腹が減ったのも忘れていた。コースタイム4~5時間(登り)、一時間も幅がある・・・ま、兎にも角にも転ばぬように、それだけ頭の中で繰り返していた。
2026/08/09
コメント(0)

稚内からずうっとオホーツクに沿って南下する。猿払原野の中に、時折、集落が出て来て、直ぐに通過してしまう。小さな漁村なのかも知れない。猿払村の道の駅が見えて来て車を入れて小さな売店へ入ってみる。海鮮丼が4500円・・・・・オレ、これ食えねえ。。。一食ぐらいなら贅沢もいいか・・・なんて思うものの。ここには、隣接のキャンプ場がある。原野の中の遮るものの何もない吹きっ晒し。無論ゴミは持ち帰り。直ぐにそこを出て浜頓別のクッチャロ湖のほとりのキャンプ場へと走る。浜頓別の道の駅に立ち寄り、ソフトクリームを購入。最近、これが止められない・・・・糖分摂り過ぎの予感。キャンプ場は400円でゴミ処理が含まれる。お天気がいいからソーラーパネルを出して充電してみた。シガーライターから充電するのに比べると時間がかなりかかる。湖ではウインドセーリングをしている。自転車を出しているから、近くを走ってみることにした。ベニヤ原生花園というところがあるらしい。オホーツクを走る国道へ戻り、少し猿払村の方へ戻り、オホーツクの海の方へ入って行く道を辿る。駐車場があり管理棟のような建物があったが人が居ない。自転車をそこへ止めて、ベニヤ原生花園の中へ降りていく。オホーツクの海まで続く芦原の緑一面の草の海。他に誰もあるいていない、遊歩道。花の時期には少し遅かったようだ。一周する道らしいのだが、途中で、湿原から丘のような道へ出てしまう。そこに看板が出ていた。何だか堤防みたいな造り。一周を諦めて、来た道を引き返す。展望台みたいなところが自転車を置いて来た駐車場。終わりかけたアヤメ。ヒオウギアヤメとかいうらしい。ハマエンドウ等も咲いていたがここに無いようだった。エゾカンゾウが一面に咲くそうだが、もう終わったのかな?此処でも相変わらずに涼しい。昨年の北海道の暑さは今年は何処かへ行ってしまったものらしい。これこそ求めていた北海道なのだが、何だか不安になって来るからおかしい??この後、またキャンプ場へ戻って晩飯の支度をしたのでした。
2026/08/08
コメント(0)

此処にも旧国鉄時代に造られた鉄道の廃線があった。結構最近まで残っていたらしいが、ボクはこの路線を知らなかった。ホームとそのくらいの長さの鉄路が残されている。原野や、山野を切り開いて集落を作り、鉄道を通す、これがかつての開拓のセオリーだった。思うように集落は発展せず、エネルギー革命などというような石炭から石油への切り替えが起こり、人が減って行くにつれて鉄路も廃れていった。明治維新と北海道の発展とはほぼ同時系列の展開だったが、今や開拓された農地は耕作放棄が増えている。網走などを走る一両のジーゼルカーはノンビリというよりは、寂寥を感じさせてくれる風景だった。経営だけを考えるなら、いずれ無くなるだろうこの風景。
2026/08/06
コメント(0)

札幌のキャンプ場を諦めて、代わりに泊まった月形から北へ向けて愛車を走らせた。昨年同様に雨竜町の道の駅でメロンを子供の家庭に送り、音威子府の方から天塩川沿いに稚内へ向かうつもりだったが、つい、ナビの誘導に引っかかって日本海添いの海の方に出てしまった。ナビは最短距離を示す・・・経由地を指示すればいいのだろうが、面倒・・・気付けば留萌の港町。道の駅へ寄ったが、直ぐに発った。稚内港の防波堤裏の袋小路へ。ここも知れ渡って車が一杯だった。しかしまあ、此処で一泊。積んだ自転車を下ろして、外した前輪を嵌めこフェリー港そばのシャワー室へ。100円で7分。波止場らしい風景だ。此処で車中泊した翌日は、稚内森林公園のキャンプ場へ向かい、そこで車中泊をした。キャンプ場の方が何かと自由だから。火が使えて、ゴミを処理することもできるから等。お天気が良くなった二日目、山の上から自転車で下りて、ノシャップ岬の方へ走った。原野に入った道の鹿止めの柵傍できゅうけいしていると、直ぐに何処からともなく鹿が湧いてくる。きっと観光客が禁止なのに、餌を与えているのだろう。人を見れば餌にありつけると思い寄って来るのだ・・・野生の動物にエサなんかやるな!!キツネと言い、鹿と言い、あまつさえ熊にまでも・・・ナンテコッタ!!あの丘の上にも行けるようだが、ちとクタビレテ・・・・今回は無し。海の方には漁師の番屋がある。人に慣れ切った鹿どもが・・・オレはエサなんか間違えてもやんねえぞ!!稚内港の隣に位置する漁港の階段状の堤防で休憩、腰を下ろしてお昼を頂いた。ガソリン節約のための自転車使用。自転車を下ろさないと、車内で寝ることが出来ないのだった・・・狭いしね。稚内は涼しい。朝方など16℃くらいで、日中でも20度半ば。夜など寒いくらいで、短パンからジャージの長ズボンに履き替えたりするくらい。こうでなくっちゃ北海道に暑さから逃れて来た甲斐が無いというもの!!
2026/08/06
コメント(0)

暑い夏を北海道に逃げるという行動を今年も採った。新潟から出るフェリーに合わせて家を夜半に出て下道を新潟へR17をひたすら走る。三国峠などを走るのは深夜、真っ暗な闇の中の酷道は何だかこの世からあの世のへの道を走るような錯覚すら覚えて薄気味悪い。トンネルを抜けるとそこはもう新潟。ずうっと下りの道、燃費が良くなってくる。今年は仮眠をとらなかった・・・・ような記憶。フェリーの波止場に着くと暑い!待合室に逃げて、並んでいる椅子に座ると時間の経過とともに人がどんどん増えて来る。フェリーは段取りの関係で30分くらい出発が遅れるという。フェリーの波止場に着くと暑い!待合室に逃げて、並んでいる椅子に座ると時間の経過とともに人がどんどん増えて来る。フェリーは段取りの関係で30分くらい出発が遅れるという。到着したフェリーのそばに行ってみた。早朝に小樽に着くと今回は余市の方へは向かわずに、札幌方へ走った。昨年、一昨年迄と異なり、今年の北海道は気温が低い。今朝も10度台だった。出来れば手稲山とか、大倉山に登りたいと思い、その近くにあるキャンプ場へ向かったが・・・森林公園のそばのキャンプ場はネット上の想像とは大分違っていて、無理となった。所在なく公園の中をウロツイタが、もとよりここにキャンプできる訳でもない。そのうちに、だんだん面倒くさくなってきた。昨年気に入っていた月形町の公園キャンプ場に行ってみることにして、公園を後にした。札幌を敬遠して、今回、寄ってみることにしたがやはり、縁が無かったようだと思うしかないか・・
2026/08/04
コメント(0)

ここの地名が茂辺地という。どうしても、へのへのもへじということばが連想されてひとりツボに入った。連日の篠つく雨、緑の環境もつい湿気が連想されてなんだか鬱陶しい。無料で環境もいい。トイレはウォシュレットが付いていたし…水門が付いた堰がすぐ傍にある。集落のお姉さんが毎日掃除に来るようだ。函館の市街地からは遠くに出来た新幹線の駅が近い。雨でなければ近くを彷徨きたかったが、ま、仕方ない。コレでまたあのクソ暑い関東に帰る。
2026/08/01
コメント(0)

なんと言ってもアスパラ!ボクのや家の近所のとは出来が違い過ぎる。太くても皮が薄い、柔らかい、筋がない!!ピーマンは生で齧っている。レタス、キュウリ、トマト🍅、みんな美味い。
2026/08/01
コメント(0)

二年前に大沼のキャンプ場にテントを張ったが、今は熊のせいで禁止らしい。駐車場で休みたくて立ち寄った。車も人も全くゼロ。禁止の張り紙はない。ボクはだいぶ前にネットで見ていた。少し休んだら早々に立ち去ろう!
2026/07/31
コメント(0)

また、雨だ、羊蹄山は見えない。昨日は岩見沢市の北村中央公園無料キャンプ場で沈殿。道の駅で買い物をしてコンビニ袋を断り歩き出したら、近くにいた道の駅のパ−トのおばさんがボクを呼び止めて袋を持ってきてくれた。何と親切な人か!羊蹄山の登山口にもなるキャンプ場で受付。800円でゴミ処分費も含むという。何と有難いことだろう!!芝が刈り込まれた緑滴る環境。このテン場には熊はまだ出てないのだろうか真狩村、マッカリ、この響きとても好きだな。平日、生憎の雨、人はパラリ 閑散としている。一昨年の羊蹄山登山以来だが、また来るとは思わなかった。38度超えの熱を出したりして、もう今回は山はやらない。
2026/07/29
コメント(0)

時々、蕎麦のあるのを忘れたりして未だ何食分か残っている。大豆も北海道は最大の産地のハズ。でも安くない。多分、百円以下の物はない。ちょっと乱暴だが、納豆の器にゾバを入れて食べた。多分、おそらく、納豆ゾバって有るよなあ?味はマアマアだが風邪気味の舌はそれがかなしいかな。あんまりわからない。
2026/07/28
コメント(0)

喉が痛い、鼻水がやたら出て、咳が出る、タンが絡むジジイの風邪。連日40度超えの関東から毎日10度半ば20度台前半の気温に身体が付いて行けずに悲鳴を上げているらしい。夕張にまた来た。夕張岳に登るためだが、道の駅でメロンにであった。8分の1カットで800円。高えぞ!!すぐ前がJRの駅。そこから見下ろす道の駅。何だか変?ス−パ−だった??駅舎は立派。何だか閑散としている。人はチラリホラリ。ちなみに道の駅は夜間ス−パ−は閉鎖されトイレは使えない。辛いぞ車中泊組。北海道はただでさえ縮んでいるが、ここはとりわけ寂しい。
2026/07/28
コメント(0)

激しく雲が流れて日差しがクルクル変わる中、北海道に来てから、忘れた折りたたみの椅子でもたれてボンヤリしていると、膝にイナゴが飛んで来て止まった。ボクが小学生の頃、授業を休み皆んなが田んぼに行ってイナゴ捕りをしたのを思い出す。業者に売ってそれを学校の図書費にするといつていたような記憶。もうその小学校は60年も前に廃校になつた。北海道を走っていると廃屋や空き家になった学校などが目立つ。TBSラジオで大竹まことのカンムリ番組の中、相方のあおきおさむ氏が、長野育ちのせいかイナゴのことなど話題にするのでうなずいて聴いているが…
2026/07/26
コメント(0)

食料の買い出しに持参したチャリで行った。ウンザリする長い真っ直ぐな道路。行きはトロトロの下りだが、帰路はこれは辛い。最後は押して歩いた。コンビニは値域唯一の売店らしい。野菜は地元の農家のものなのか?ほとんどのモノはボクの地元の売価の二割増しくらいだが、キュウリが安かった。3本で120円。トマトも安かった。コレは5個で275円。この辺りでは多分温室栽培になるような気がする。お馬鹿なトランプのせいでアブラが高い。原価を押し上げているのだろうと危ぶんで仕舞う。ダイドコロを預かるジジイの余計な心配だが。
2026/07/26
コメント(0)

何日ぶりかの太陽が出ている。ここは芦別岳の登山口。駐車場にハイカ−らしい車が結構止まっていた。ボクは昨年登っているから今年はいいや、草臥れる。この雲の向こうが芦別岳なのだが黒く厚い雲で見えない。キャンプ場の近くは畑やパターゴルフ場、 北海道らしい真っ直ぐな道が延びる。キャンプ場の近くには何も無い。食料は直線道路の行き着く先のコンビニだけ。今、ソ−ラパネル-でポ−タブルバッテリーに充電中
2026/07/26
コメント(0)

日勝峠を越えて日高まで出たが行き先か決まらない。道の駅は自転車が下ろせないから、やはり向かうのはキャンプ場になる。金山湖の日帰り温泉はキャンプ場の客が沢山。雨でもキャンプはするらしい。ボクは真っ平だ。雨中にテントを張り、タ−フの下で焼き肉なんかしている。なるほどなあ昨年来た太陽の里、無料のキャンプ場だ、駐車場のナンバーはみな道内。ボクだけか道外、そういえば、昨日の上士幌のテント料を徴収に来たオジサン、所沢って栃木だっげ??だとさ!!キャンプ場なんて写真になればみんな似たようなものさ!!
2026/07/25
コメント(0)

酷暑の関東と同じ日本かとすら思う斜里町キャンプ場。今、貸し切り状態。ボクしかいない。朝の気温18℃.半袖半ズボンじゃ寒くすら感じる。緑の刈り込んだ芝、ひたすら広い。しかもまだ新しい。静か、小鳥のさえずりだけ響く。今、オホ−ツク側の斜里町は連日日中でも22,3℃、アチチな関東逃げ出して正解!!この方角に斜里岳が見えるはずが曇り。昨日、このキャンプ場をべ-スに斜里岳登山。登山道が渓流の飛沫を受けるシャワークライミングで、これも涼味タップリ。今しばらくは北海道のオホ−ツク側から離れたくない。熱中症なんて何処のこと???
2026/07/24
コメント(0)

たしか国産の蕎麦粉の一番の産地は北海道だったはず。という訳でも無いが、ス-パ-のワゴンに入っていたのを買って、キャンプ場の駐車場に停めた車でカセットコンロで茹でて食して居る。タレは麺つゆ。楽ちんな食事の見本。夏のアッサリの見本。一袋に10束あったから、当分食うことになる。ポ−タブル-冷蔵庫も買ったから持ってきたが、電源の維持に神経を使う…
2026/07/21
コメント(0)

最初のお泊りは札幌から北に少し行った月形町のキャンプ場。多分石狩川の蛇行した跡の三日月湖だと思うがそのほとり。なかなか良い。直ぐ傍に道の駅の温泉がある。その町名、開拓時代にここに設けられた監獄のボスの名前だと言う。さぞや囚人を苛め抜いたんだろうなあ、と想像。これは当時の監獄を維持管理していた建物らしい。立派なものだ。囚人には原野を貫く道路を造らせたという。こんな歴史が第二次大戦の泰緬鉄道の捕虜虐待につながったのかも知れない。今はロシアがウクライナ侵略に囚人をつぎ込んでいるという。願わくば囚人にはなりたくない。だよね?
2026/07/21
コメント(0)

新潟からフェリーで小樽へ上陸。そのまま札幌。いままでは避けていた札幌。今回は手稲山へのぼろうと手稲区へ来たが、手ごろなキャンプ場がどうも不満だった。で、その辺りをウロウロしていたら森林公園に迷い込んだ。車を置いて歩いていたら、見事な直線の水路と言うか、プ-ル?500m位あるだろうか。両サイドのポプラ並木がこれに続く。唸るような遠近画が出来上がる。別にこのせいでは無いが、天気が崩れると言うことで山は諦めて、札幌はそのまま去った。北海道は梅雨が無いと言うけれど、去年も今年も雨が多い。湿気多いぞ北海道!!てなもんか。
2026/07/20
コメント(0)

梅雨時の尾瀬は花の方は一服という時だろうか。ニッコウキスゲにはまだ早く、水芭蕉はもう遅い。イワカガミは尾瀬ヶ原にも燧ケ岳にも咲いていた。森林限界を超えた尾根筋の岩の間に咲いている。白いイワカガミもあった。帰路の尾瀬ヶ原にはワタスゲも見ることが出来た。ワタスゲは花の終わった後なんだけどね。湿原の水路にはリュウキンカの黄色い花が見えた。先残りかな・・富士見峠の池塘には木道の脇に水芭蕉を見ることが出来た。ビジターセンターのレンジャーによれば、今年の水芭蕉は五月の連休にはもう咲いていたそうだ。昔、尾瀬の歌として流行った「夏の思い出」の中では、/~夏が来れば思い出す 遥かな尾瀬、遠い空水芭蕉の花が咲いている・・・だった。が、ゴールデンウイークではこの歌、合わなくなってしまう。富士見峠の池塘は標高が1900m位あるから、今頃咲いているのだろうと思う。残雪もあるし・・・尾瀬ヶ原は標高は1400mくらいらしいから花も早く開くに違いない。そういえば、尾瀬ヶ原ではバイケイソウの花も見ることが出来た。この花も毒があり、鹿は食べない。他にも、タテヤマリンドウやヒメシャクナゲ、スミレ、ツルマイソウ、ゴゼンタチバナ、等沢山見ることが出来た。下山後、戸倉のゆ、という鳩待峠と大清水峠の分岐のバス停の真ん前にある温泉で汗を流した。RCの立派な建物だが、浴室のカランは5つしかない。浴槽も狭いが、露天風呂もあった。料金は600円。混んでいなくて良かった・・・昨年はもっと沼田に近い 「ささゆ温泉」だった。
2026/06/23
コメント(0)

日曜の昼過ぎに戻ったテン場にはもう誰も居なかった。当たり前だけれど。それから、明くる月曜日の朝、小雨の降る中、テントの撤収に手間どり漸くザックを担いで振り返るとテン場は無人の尾瀬の原っぱに見えるだけだった。土曜日はこんなに賑わっていたのに・・・・その落差たるや、・・・・・・誰も居ない森に向かって思わずシャッターを押していた。芭蕉の句「夏草や 兵どもが 夢の跡」とはちょっと違うけれど、その対象の差。老いの所以かこの感傷は。
2026/06/18
コメント(0)

二日目の尾瀬の朝、四時に起きて朝飯を食い、五時に出発。雨は無い・・・良かった。見晴らしから尾瀬沼へ抜ける樹林帯の中の木道を辿り、暫く歩くと燧ケ岳へ向かう分岐に至る。木道は燧ケ岳の方には敷かれてはいない。4時間から5時間かかるから、覚悟しろというラミネートの注意書きが置いてある。ここから、泥んこの登山道が延々と続くことになるとは想像もしていなかった。この辺りまではカメラを構える余裕があったが、この先、泥濘の連続にホトホト嫌になって余裕はまるでなくなって行った。山頂まで0.8キロの表示が出て来たあたりで漸く泥んこから解放された。幾ら尾瀬という湿原の山だと言っても、登山道迄湿原かい?という感じ・・・この沢には残雪があった。沢を少し歩くと、稜線に向かい、尾根筋に乗っかった。そこで、尾瀬ヶ原が眼下に見えて来た。真向いの至仏山が良く見えた。辿ってきた泥んこを隠している樹林帯の山。新潟の山々が尾瀬ヶ原の向こうに雪を被って聳えている。森林限界を超えたらしい。開放的な尾根筋を山頂へ向かう。燧ケ岳には3つのピークがあって、一番高いのがここ柴安嵓。2364m。他に爼嵓、ミノブチ岳。全部行くのは草臥れそうだ、と、くたびれ切ってそう思うボク。 尾瀬沼が見えていた。手前の真ん中のピークがミノブチ岳らしい。頭の中じゃ尾瀬沼のビジターセンター傍のテント場まで歩いて、沼を一周、なんて考えるのだけれどン・・山頂には他のハイカーも、10人に満たないくらい三々五々訪れている。尾瀬ヶ原までは来るけれど、此処まで登る人は多くは無いらしい。ボクも一昨年と去年は登っていない。今年は最後かもしれないと頑張ってみた。お天気が良いと眺めが良くて気持ちも良い。こっちが俎嵓。10mほど低いらしい。全く行くつもりはなかったが、急に行く気が起きて来て結局行ってきた。このピークから下りに入って登り返すというボクの嫌いなパターン・・・下りの道は北向きらしく、残雪が登山道を覆っていて、好天なものだからザグザグに溶けかかり良く滑った。爼嵓山頂。ツアーの団体がいて、山頂を占領している。ちょっと早めのお昼は柴安嵓の山頂で摂っていて、帰路は来た道をまたグダグダと戻って行ったが、もう登って来る人はいなかった。尾瀬ヶ原から登って来る人達は、尾瀬沼の方へ降りていくというのがほとんどだった。下山してテント場に戻ると、そこはもう何もないモヌケノ殻、ボクのテントだけがポツンと立っていた。みんな一泊二日も山行らしい。ボクはそのまま帰るか、もう一泊するか迷ったがその時間からテントをたたんで登山口の富士見下まで帰るとPM7時を廻る・・・・それは気が進まない。なので、もう一泊することにした。
2026/06/17
コメント(0)

尾瀬ヶ原見晴らしでソフトクリームを探したが見当たらない。昨年、山の花では探し当てたような記憶があったが、こっちは無いか・・・燧小屋にアイスクリームがあるという情報を手に入れて向かった。ソフトが無いなら、次作としてアイスクリームに切り替えてみたというところ。さて、小屋に入り、受付で訊いてみると、「有る」といい、3種類ありそれぞれ800円という値段。今、此処尾瀬では缶ビールが900円。それ位の経費はかかるか・・・・だよねえ、と自問自答。ま、ボクはアルコールとは縁を切っているから、アイス位食べたっていいだろうと訳の分からない屁理屈を脳内で捏ねて合理化してみた。尾瀬で採れた山ぶどうかな?なんて思いながら・・・訊いてみればよかったかな?ハーゲンダッツのそれみたいに、カッチカッチに凍った固さだった。溶けるまで待てる気の長さは無いボク・・・何てったって先の見えた命の残り、今 急がないでいつ急ぐ?? とかなんとか。固さもなんのその、一気に食べてしまった。無くなると、もっとゆっくり味わえばよかった・・・それ言うなよ。小屋にアイスを売っているような表示って見つからないが、宣伝しないのかな?余計なお世話だが・・・さて、その後は血糖値の上昇を抑えるために木道をウロウロ。
2026/06/16
コメント(0)

何故か3年続けて梅雨時に尾瀬に入ることとなってしまった。湿原に、なにも梅雨時はジメジメしているのに好き好んでいくのか?そんなことボクは知りません。結果としてそうなっているだけのこと。今年も、富士見下までマイカーで入り、車止めのバーの手前に置いて、歩き出す。尾瀬へ入る登山口は何か所もあるが、登山口まで車で入れるのは此処だけ。後は、車を有料駐車場へ停めて、有料のシャトルバスで登山口まで行くしかないところだけだ。富士見小屋跡までコースタイム3時間のところ、何かの間違いじゃないかと思うくらいの徒歩の時間。2時間半で行ってしまった・・・なんでこんな早い??コースタイムが甘いのかな・・・今年は東電のトイレが使えるようになっていてびっくり!!去年も一昨年も出入り口は固く閉ざされていたはず。ここは鳩待峠から入った人達もアヤメ平から竜宮の周回をする時に、休憩で降りて来るようで、7,8人がベンチに座っていた。「ここは以前は小屋があったんだって」・・・そんな会話が聞こえて来た。去る者は日々に疎し・・・そうなんだよなあ・・・・忘れ去られていくのだよな・・・それは当たり前、でも、なんか寂しい。多分空き家になった後解体されたのは5,6年前だったと聞くけれど、正確にはネットでも分かるだろう。東電の富士見トイレを後に直ぐ前の木道を上がると直ぐに湿原が広がっている。昨年はこの橋が真ん中から橋梁がV字型にへし折れていたがために、富士見峠から竜宮に入るコースは通行禁止となっていた。(でも、その表示を見落としたボクは折れた橋の直ぐ傍の石伝いに対岸へ渡り、ビジターセンターの人へその話をしたっけ・・・)架け替えた橋は橋脚を新たに両岸の手前に丸太で組んでいますね。雨の後でもなければ水量はそんなに多い訳で有りませんね。尾瀬ヶ原へ入ると人が一遍に多くなる。今、尾瀬は鹿の捕獲を進めているのだそうだ。昔は日光にいる鹿は尾瀬までは入って来なかったが、今は温暖化で積雪の減少もあり何百頭も入り、尾瀬の象徴の水芭蕉も食害にあっているそうだ。無論他の高山植物もまた。いま、鹿は冬は日光で雪をやり過ごし、夏は尾瀬で避暑を兼ねて子育てをしているのだとか。。。二拠点生活というわけで、ボクだって二拠点生活したかったと羨むような話だ。今話題の熊の話は尾瀬ではそれほどないようだ。見晴らし十字路のテント場に入り、早速受付をして場所を探すと、もう既に山小屋に近い方は塞がっていて、奥の方へ張ることとなった。ボクは受付で、熊のことを聞いて、テントの中に食料を置くのは大丈夫なのか?と訊いたのだけれど、尾瀬は熊がテント場に出現してキャンパーの食料を狙うというようなことは起きていないとのことで、何だか安心したのだったが。それにしても、土曜日という事も有りテントの数はおそらく100を超えていただろうと思う。まあ、なんと様々なデザインと色。日没前に至仏山を見に行った。ここは、7月に入らないと入山禁止の山。かつては自由だったが、特有の蛇紋岩のもろさ故に人が歩くことで岩が割れてその隙間に生息する高山植物が失われていくことから、登山道は階段状の木道が設置された。その木道が雪解けで姿を現してハイカーが歩けるようになるのが7月なのだそうだ。ボクは五十数年前に何度か直にこの山を歩いているから、高山植物減の罪があるなあ_と思わされた。尾瀬ヶ原を挟んで反対側に位置する燧ケ岳は蛇紋岩の山ではなく、この季節でもあるけるようだ。尾瀬以北の日本列島にはこの山よりも標高の高い山は無い。ということで、57年ぶりに明日は燧ヶ岳に登ってみようという次第で早々にテントで眠りに就いた。
2026/06/16
コメント(0)

今が花菖蒲の見頃らしい。花菖蒲祭りの幟がたっていた。つい先日までは伐採木のチップが敷き詰められただけの畑状だったが、今や一面の花。細い塩ビパイプを張り巡らせて水を散布している。公園自体が高台だから、排水が良くて湿地にはならないのかもしれない。洋名だとアイリスとなるらしい。ジャーマンアイリスという花があって、あれは花が大きいような気がする。季節を表す花が咲いて、それで季節を確認するような気がするボクの花の鑑賞。花言葉は知らない。
2026/06/12
コメント(0)

最近は山行きが減ってきているから実際の状況は良く分からないが、熊の出現が絶え間なく聞こえてくる。奥多摩の千元峠で上半身の無い遺体が発見されたという話はつい先日のこと。此処は何度か訪れているが、そんなところだったのかと訝ってしまうボク。山行きを重ねて半世紀を越えているけれど、今のところ,熊と接近遭遇した経験は無いが・・・けれども、こう度々いろいろな話を聞くにつけ、それなりの備えはしなきゃいけないか、と考えざるを得ない。テント場も食料の保管庫を設置して、テント内に食物を置かないようにとか、テント内で食事をとらないようにとかそういう方針にしているらしい。北海道のテント指定場所は頑丈なステンレスの保管庫が設置されていたから、あんな風なものを熊が出没するようになったテント場もそうしているのだろうか。ところで、遭遇時の備えとして熊用スプレーがあって、「忌避用」と「撃退用」とがあるようだ。近所のホームセンターに行ったら、忌避用だけが置いてあった。撃退用は無かった。山用ショップに行けば当然両方あると思うが、イササカ遠い。双方の違いは何なのか?忌避・・・ちょっと柔らかい表現 撃退・・・過激な印象前者は値段が安く、後者は前者の5.6倍。撃退用じゃないと効かないのかなあ、なんて思いながら忌避の方を買った。忌避なのに、「撃退」という文字を使っているが・・・???テレビでスプレーの使い方を特集番組で放映していた。引き付けてから使え・・・というが、怖くて遠くから噴射させてしまうだろうことは想像がつく。練習しろ・・ともいう。自己防衛だから、そこまでこだわれ!!それは分かるが、・・・・・アーバンベアーと言って、街に出没する熊。熊の個体が何年か前に比べて3倍に増えているせいで、山中で競争が激しくなり餌を確保できない弱い熊が飢えて街へ出て来て豊富な餌に成功体験を得て、冬眠等までして居座るとか。思ったほど人間は恐くなかった・・・と思っているとか??ボクは、妄想で、日本中の熊が全日本熊連合を結成して人間に対して逆襲しているんじゃないか、なんて思ったりしている?何といっても、日本全体で起こっているからなのだが・・・同じような現象が北海道から山口まで起こっている。さあ、山で熊に出会わないことを祈りつつ、山を歩き続けようか。撃退用はネットで買えるか・・・熊撃退スプレー 熊よけスプレー 改良モデル 300ml 大容量 3〜10m長距離噴射 最大30秒連続噴射 カプサイシン配合 安全ロック付き 携帯用 軽量 クマ対策 ヒグマ イノシシ対策 登山 キャンプ 山菜採り アウトドア防災グッズ 収納ケース付き価格:8,980円(税込、送料無料) (2026/6/12時点)楽天で購入
2026/06/12
コメント(0)

猫の額ほど・・・という例えがあるが、ボクの家の場合はもっと狭い「ネズミの額」と言いたいくらいだ。そこに樹齢50年を超える今や古木と言ってもいいくらいの梅の木が植えてある。白梅は大きい実をつける、多分「白加賀」。紅梅も実をつけるが、多分花梅、実は成るが果肉が固く食用とは思えない。梅雨の最中に実を収穫するのがボクが田舎で過ごした子供の頃からの倣い。ここ数年わずかな実りだったが、今年は随分沢山実った。いわゆる豊作だ。週末のあがき・・・かも知れない。家にある有り合わせのバケツなどに取った実を入れた。近所にも分けて・・・。他にも氷砂糖と入れて「梅シロップ」を作ったがそちらは収穫前の落下した梅の実だが。3倍くらいに薄めて飲んでいいくらいの甘さ。インスタントコーヒーが入っていたガラス瓶に4個位出来上がった。これ、多分、自慢。
2026/06/11
コメント(0)

放って置いたラデイッシュの花が実を結び、枯れて来た。そこで、それを採って来て実の確認をしてみた。大根のそれと同じ鞘の外見。二十日大根というくらいだからそれはそうなのだ。鞘を割っていくと、何だかショボい。抜くのを躊躇った育ちの悪いラデイッシュだったから、種の出来も悪いのかも知れないと思う。確か購入して蒔いた時の種は丸々と太って(?)いたが。今取り出した種は、何だか平べったい。その上、心なしか小さいと感じる。これ、蒔いてみようか?なんて思う。ハイブリッドの種なら、先祖返りするはずだが、その先祖はどんなものだったのか知らない。種がこんな不出来だから、発芽しないかもしれない。ちょっと興味が湧いてくる。
2026/06/10
コメント(0)

庭にお茶の木があって、例年、新芽が出て来て枝が伸びて来ると切り捨てて樹形を抑えていたのだが少しばかり山っ気が出て来て、お茶が作れないかと思った次第。新芽を摘み取る。これを耐熱容器に入れてレンジでチン!いいのかな・・・?ネットで調べたやり口だが怪しい・・・ウレタンラップをかけて。500Wで三分・・・何だか直ぐにカサカサになってしまった。こりゃヤバい。撫でるように揉むが、粉になって行く・・・ダメだこりゃあ!!これを九回繰り返すというが、2回くらいでもう、粉になってしまった。粉になったら、抹茶に出来ないか?なんてまたしてもおバカな事を連想したりして・・・・お気楽にやってみたが、全然モノにならなかった為体。ボクの生家は畑があってその境界にお茶の木を植えていて、母が言うには、昔は自家用にお茶を作っていたと言っていたのを記憶している。つまり、ボクがこの世に存在した頃には作っていなかったから、当然記憶には無いわけだ。その頃にはそんな余裕は無かったようだ。食うので精一杯だった。味噌や納豆、コンニャクなどを作っていたのはボクもよく覚えているが、お茶は記憶にない。もうちょっと本腰入れて真面目に取り組んでみようかなあ・・・・なんて思った今回の失敗だった。
2026/05/25
コメント(0)

暖かい連休の山だった。5月の連休の頃の3000mの山は未だ冬山なのだとはよく言われることなのだが、それでもこんな暖かい日があったりするから、勘違いしてしまうのだと思う。二日目は仙丈ケ岳の途中まで行ってみようと考えて支度をしたが、途中で引き返すという前提なのか、緊張感がなくて、ゆっくりだったから、いきおい出発は遅くなった。二合目の北沢峠方面から来る登山路との合流点迄雪は殆ど無くて、アイゼンは必要なかった。まあ、この上あたりから雪は出て来るのだろうと覚悟しながら歩いて行く。積雪があると、どうしても歩くのに時間がかかる。中には無雪よりも2倍くらいの歩行時間になるという人もいる。かてて加えて昔の若者の足であるから、尚の事だ。四合目あたりから登山路に雪が出て来る。何処でアイゼンを付けようかときっかけを探しながら歩いている。四合目を過ぎて五合目に着く途中で、アイゼンを付けた。12本爪のアイゼンは嵩張るから、割と嵩張らない8本爪のを持って来ている。体力が落ちているから、もう直ぐアイゼンを使うことも無くなると思うが、そうなるといろいろ使われなくなる道具類が出て来て、勿体ないことだなどと頭の中で考えながら雪面に爪を立てていた。五合目、昨年は新雪が積もっていて此処で引き返したことを思い出す。雪が腐っていて踏み抜くかと思いながら歩いていたが、幸いそういうことは無かったが、踏み抜いた跡が幾つも見ることが出来た。ガスが上がって来て甲斐駒を隠してしまった。ドンヨリとした空模様だが、雨は降らないだろうと天気予報を信じて居た。しかし、雨具はちゃんと用意している。少し移動するとはっきりと姿を見せた甲斐駒を背にして歩く。北岳も見える。6合目くらいだろうか・・・何処で引き返そうか?なんて思いながら歩いているのだ。雲海の中に鳳凰三山が浮かんでいるのが見える。甲斐駒はやはり凛々しい。見上げると、這松の雪を被った向こうに白い稜線が見えている。喘いで登っているのに、もう山頂から降りて来る人が居る。此処までやって来たご褒美なのか、雷鳥の番に巡り合った。急こう配の斜面を直登していくトレースが見えている。夏道だとジグザグに付いているはずだが、積雪期は直登してしまうらしくこれがまた辛い。兎に角コケたら真っ逆さまに落ちていくはずだから、ピッケルを使ってバランスをとる。ピッケルは杖替わりに使うだけの道具、万が一滑落したら、雪上訓練などしないボクはピックを雪面に突き立てて滑落防止!なんてできないだろうなあ・・・・我ながら、マイナス思考ばかり・・・・無雪期の登山路はこの斜面には無いハズ。何処で引き返すかなんて思いながら歩いて来て、小千丈まで来てしまった。ずうっと向こうに山頂が見える。ここから往復で2時間半か3時間かかるだろう。流石に今回はもうここまでとすると決めた。標識の柱にピッケルを添えて撮影。北岳、間ノ岳、農鳥岳の白鳳三山。アサヨ峰と甲斐駒アサヨ峰、鳳凰三山、北岳暖かいハズなのに、冬用のグローブを付けているのに、指先がジンジンしていて、寒さで痛い。それほど風は強くは無いが、それでもピークの上で休憩はとる気に慣れずに少しだけ居て、下山へ向かう。小屋へ戻ると、12時半位、約6時間の山行だった。夕方から雨が降り始めて、濡れずに済んで良かった。たった一人の宿泊となったこの日の小屋。テン場も数張りと寂しい風景だった。翌朝、歌宿10時15分発のバスに合わせて小屋を後にした。帰路、蔦木の道の駅で温泉に入り、ソフトクリームを味わい疲れを癒した道の駅では農産物を販売する別棟を増やしていたのが目に付いた。今回も無事に帰れることを感謝。
2026/05/05
コメント(0)

仙丈ケ岳の登りで草臥れてヨレヨレになったころ、突然目の前に雷鳥が現れた。まだ山頂までは大分距離がある七合目位だったろうか。二羽が並んで歩いていた。つがいの様だ。もう、この時期だから、冬毛と夏毛が混じった衣を纏っている。こっちは雄、眼の上に赤い印が付いている。管理されているようで、足首に赤や黄色のテープが巻かれていた。こっちは雌。お尻をボクへ向けて、モンローウオークしている。テープは雄だけらしい。こちらは下山時に見掛けたもの。山頂直下迄上がって来ていたが、同じ個体だと思う。この日のお天気は曇り、午後から雨になるという予報の空模様。雷鳥はお天気が悪いと出て来る・・・・天敵に発見されにくい空模様に闊歩するらしい。この日も夕がたから雨になったのだった。登りと下りの2回出会うとは、なんとラッキーなことだろう。雪の下になった這松が、雪解けで現れたところを探して餌を啄んでいるのだと思われる。
2026/05/03
コメント(0)

仙流荘の界隈は「戸台パーク」と呼ぶことになったらしい。駐車場を整備して、券売機を内部に設置し、手売りは数年前から止めている。冬場の戸台河原の駐車場整備も7,8年前から止めて、此処から歩くことになって1時間くらい多くのアルバイトを強いられる事になった。余裕のある人は前泊を此処で取るが、ビンボー人のボクは車の中で。歌宿までが開山前のバスのお役目。北沢峠まで約二時間の徒歩が待っている。舗装された南アスーパー林道の歩きは疲れる・・・いや、まあ、この林道の下の河原を延々歩く冬道よりはいいのかなあ・・・鋸山の風穴が見えている。此処からは旧の仙丈ケ岳への登山道が分かれている。こっちからは行ったことは無い・・・もう、一生ないなあ・・・甲斐駒ヶ岳が覗いている。背中の荷物が肩に食い込んでくる・・・痣になったりするが・・双児山かな・・やっと大平小屋までやって来た。連休で車と人を通すために伊那市のショベルカーが入っている。此処からの林間コースのショートカット部分がキツイ最後の昇り。冬場に来ると、何時もここでヘロヘロになっていたのだが、今の時期の林道歩きでもおんなじとは、体力ガタ落ちってことらしい。林間のジグザグを登り切ったところが見えて来て、今回も来れたとホッとする。此処からはほぼフラット。北沢峠の表示までは直ぐになっている。木漏れ日山荘は伊那市の所有で、五月の連休は営業らしい。今や、泊り客の少ない小屋は食事は出さない素泊まりが増えているのだという。東海パルプが経営する南ア南部の深部の小屋がそうなったと聴いた。ヘリの荷揚げが大変だものなあ・・・・地味なコースとそこにある小屋はやがては消えていくのだろうか?ボクはそれを見ずにその前に消えていくのだが、それでも気にはなるが??
2026/05/02
コメント(0)

ボチボチ山を歩かないとそのうちに行けなくなるか、行かなくなるかどちらかになってしまうからと自分に言い聞かせて下道を約200キロ余り、時間にして約6時間、愛車を走らせて長野県の伊那市長谷村仙流荘へ。きっちりと整備された駐車場には車は4,5台。天気予報では連休中は良くない空模様・・・それで少ないと知ったのは上へ上がってからの事だったが。仙流荘の灯が暖かそうな風景の中、車中で翌朝の始発バスを待つことに。そう、ボクはこの仙流荘の中に泊まれるほどに潤沢な資金は無いのだから‥‥翌朝、空はドンヨリと曇り、バスに乗る人の数はあまりに少ない・・・僅かに4名のみ。昨年はもっと多かったがなあ・・・歌宿のバス停まで30分、そこから歩くこと2時間半(年々遅くなるのだ!!若い人は2時間くらいらしい)営業している小屋は長衛小屋のみ。テント場にはテントはどのくらいかと思い見ると、一張り・・・ウウムウ・・少ないぞ。と、小屋に荷物を置いて、聞いてみれば予約は僕一人・・・貸し切りってことかい!!取りあえず仙水峠まで歩いてみることにして出掛ける。アイゼンもピッケルもそこまでだったら要らないだろうから置いて行く。高山はゴールデンウイークも冬山、登山路には残雪があって当たり前だ。仙水小屋には新しい建物が建っていた。小屋の前には単管パイプでデッキが組んであった。登山道の路肩にある水場にはゴールデンウイークに備えてか、ちゃんと水が流れていた。けれども、仙水小屋は営業はしないようだった。森林とゴーロの境には残雪と凍った溶けた雪がツルツルになって待っている。仙水峠に着いたが、重く垂れこめた雲が待っていた。風も冷たく、岩陰に隠れて軽い昼食を摂る。甲斐駒が摩利支天を従えて聳えている。ボクはもちろんあそこまで行くつもりは無い・・・鈍足なので無理!!情けないがそれが現実・・・・己を知って遭難回避。鳳凰三山の地蔵岳のオベリスクが見えていた。その向こうにも雲海がある。反対側の仙丈ケ岳は真っ白で、岩肌を見せている駒ケ岳とは対照的だ。ここで、駒津峰から降りて来た人が居たが、この人、今朝の同じバスで来た4人のうちの一人。多分、60代かな・・・健脚だ。でも、その人、下りでウインドブレーカーや手袋を落として行ったようだ。気付かないのだろうけど、届けることもできない。日帰りで来ていることは分かっているからだが。追い付けやしない。小屋に戻ったがテン場はやはり少ない。2,3張りだけで増えていない。この連休、ずっとこのままなら混雑が全くない分、来た人はラッキーかも知れない。ボクは一人ゆっくりと小屋の休憩スペースで、小屋に置いてある漫画を読んで南アの初日を味わった。
2026/05/02
コメント(0)

ラデイッシュの花が咲いている。しぐたれ(発育不良の作物の意・・・ボクの田舎の方言)だったから鉢にそのまま置いていて、可哀そうだったから水は折に触れてやっていたが・・・普通は全て採ってしまうか、抜いてしまうかするから、花が咲くまで置いておくことは無いから花を見ることが無い。だから、珍しい。ボクが作ったラデイッシュとしては珍しいこと。まあ、そんな綺麗な目立つものでは無く、どちらかと言えばささやかなものになると思う。花が咲けば、多分実もなるだろう。しかし、今時の野菜の種はお店で袋入りのものを買うが、おそらくは一代雑種と言われるハイブリッド種に相違ない。ということは採った種を蒔けば、先祖返りしてしまい同じラデイッシュにはならないだろう。種を毎年売らんがための種苗メーカーの「陰謀」だ・・・・そうだ。(何処かの国の大統領の言いたい放題のSNSのような???)冬の間に悪食のヒヨドリにつつかれたサニーレタスはその後ネットでカバーして再生して、今、収穫して食している。そこには、ヒトデの粉末の「忌避剤」を吊るしてもいる。効いているのかどうかは?。野の草木が春になって皆芽吹き、サニーレタスからヒヨドリの目が逸れただけかもしれない?梅の木にも吊るしてみたが、今のところ、新芽にアブラムシが付いていない。効果なのかな???昨年、青いうちからツツかれて、色づく頃には全滅した柿の木にも吊るしてみようと思っている。効けば良いのになあ・・・・効いて欲しい効いてくれ効け!!
2026/04/25
コメント(0)

二本松は福島と郡山に挟まれた小さな地方都市、戊辰の役で官軍に敗れた会津軍の敗路にあたり、小学校の遠足で菊人形会場を訪れたこともあった馴染みの深い街だ。小学校1,2年の担任の実家の家具屋に寄った記憶や、5,6年の担任だった教師が霞が城にある碑から拓本を採っていたことなど、次々に蘇る。此処に住む身内の家を辞してから、岳温泉の公衆浴場へ向かったが、途中で「空の湯」という看板のあった分岐を通過してから、思い直してUターンし、そっちへ向かった。空の湯、と言うだけあってどんどん坂道を登って行く。直ぐに着くかと思っていたが、中々着かないから、いつものパターンで後悔し始めてしまう、(来なきゃ良かったか・・・)。それに加えてこの道は結局は岳温泉に行く道らしい・・・・やっと着いたところは峠の頂らしい。今が盛りのサクラと、何故か鉄道の線路がある??後で知ったことだが、ここはそもそもは年金福祉事業団が造った無駄使いのハコモノらしい。その時に施設を一周する鉄路を敷き、蒸気機関車(SL)を走らせたとか。これは負の遺産。人口減少とか、過疎、などと言う言葉は無かった右肩上がりの時代か・・・バブルとも言うか・・駐車場からは安達太良山が良く見える。登ろうかと思っていたが、風が強い日らしくて、速攻止めた。装備は持って来ていたが‥現在は市が払い下げを受けて運営しているようだが、やっぱり赤字なのかなあ???余計なお世話だが・・・何だかパッとしない草臥れた外装。ウ~~~ン、マイナスの感想ばかりじゃあいけないか。入湯料金は800円。ボク的には500円がボーダーラインなのだが、今時500円と言う料金の立ち寄り湯は絶滅危惧種かな。野天風呂は無かったがサウナはあったし、ジャグジーも。空っぽの浴槽が幾つか・・・平日の日中のせいか入場者は少なかったので、ゆったりしてそれはそれで良かったのだが。此処の源泉は岳温泉と同じなのかな?帰路、来た方と反対側に峠を降りていくと直ぐに岳温泉街に入った。公衆浴場の駐車場はロープが張ってあり、ん?入れない?じゃあ、空の湯に行ったのは正解だったのか・・・なんて思いながら家路に就いた。
2026/04/21
コメント(0)

現役の頃、営業していた一般家庭のご夫婦が旅行に行く目的を表現するのに「センチメンタルジャーニー」と言う言葉を使っていたことを記憶している。直訳すると「感傷旅行」というらしい。四月は母の命日の月なのだが、命日そのものには間に合わずに遅れて行くこととなった。過疎で錆びれた寺に墓所はある。ボクらが子供の頃にはお墓で遊びまわり賑やかだったが、今、この集落に子供はいない。当時はこの参道は舗装されてなく、土の道だった。参道の向かって右側はお寺の田圃だったが、今は埋め立てられている。その田圃に水を供給する溜池は、もう手入れが全くされなくなり、半ば埋まっている。ボクが子供の頃(半世紀以上も前の頃)毎年、檀家に寄って池は干されて泥を掻き出して池の深さを保っていたが、今やそんなことは誰もしていない。ボクの生家はこのお寺の檀家ではない。けれども墓所はお寺の墓地にあった。この地は九州の三池藩から移封されてきた一万石の藩があり、ここが菩提寺だったという。藩主に家来が向かい合う墓石の配置になっている。ボクが20代の始めのころ、父が墓所の造成やり替えをするというので手伝いに帰省したことがある。急峻な参詣道をエンジン付きの一輪車で資材を運びあげたことを思い出す。全くの急こう配の坂道だったから、空身でいくのさえ息切れがするというところを資材を運び上げるとなれば、その困難さは余りある。トラックなど入るような道の広さではないから、人力で上げるしかなく、当時は他に方法は無かった。それから随分経ってから、舗装されて手摺りが付いたが、晩年の母は墓参はしなかった。出来なかったという方があっている。今、墓所は寺の裏の畑を転用して、ほぼそちらへ移った。移された跡を見てみたくなって、坂道を登って行った。山の斜面に段々に削ったところに墓碑が並んでいたのだったが、今は落ち葉だけが残っていた。正面の石垣が、当時造られた擁壁で、その上にご先祖様や、両親が眠る墓石があった。この擁壁の骨材をボクは運んだのだ。墓所が寺の裏に移ってから未だ十年は経っていない筈だが、時の移ろいは無常だ。いずれはこの段々も消えていくことだろう。今の墓所に戻り、花筒を洗い、持参した花を供えてから、両手を合わせて首を垂れた。墓石の映像を載せることは?だから、此処には載せない。いまや、ナントカ仕舞がかまびすしい。いろんな考えがあることであり、習慣は変わって行く。時の経過は無常であり、無情とも通じるとしみじみ思う。
2026/04/20
コメント(0)

カタクリを見るつもりで行った公園の斜面にはもう、姿形は無かった。内心、今頃遅いし、とは思っていたがやはり、とっくに咲いて枯れていた。代わりと言っては花に失礼だが、レンゲツツジが斜面を彩っていた。奥多摩の柳沢峠に咲くレンゲツツジを思い出す。レンゲツツジは毒があり、鹿は食べないと言われていたが、他の植生を食べ尽くして食料不足になった鹿はレンゲツツジを食べ始めて、ついには一帯のレンゲツツジを食べ尽くしてしまい、自治体が開催していたツツジ祭りが出来なくなったという話。此処までは鹿は来ない・・・・と思う。欠食児童だったボクは幼い頃にツツジの花を抜いて、その花のガクの方を吸うと花の蜜がかすかに味わえたこと・・・ 今はもうしないけれど(笑)白い花が目立つ・・・コブシ?いや、遅咲きのサクラだった。既にもうほとんどのサクラは、葉桜になってしまっているが、この桜は今が盛り。桜の花を追って列島を北上するという趣味を聞いたことがある。南アを縦走していて熊ノ平を過ぎて塩見岳に向かう折に、たまたま一緒に歩くことになった同世代のオジサンが桜の花の開花を追って鹿児島から北海道まで旅をしたという。それももう二十年くらい前のことだったろうか。サクラはそんな魔力があるのかも知れない。
2026/04/13
コメント(0)

先日近所を歩いていると、オバちゃん二人連れが道すがらの庭を覗いてスマホのシャッターを切っていた。庭から溢れるほどに咲いている桜草の見るからに明るいピンクの花を写していたらしい。そういうあでやかな庭にすることに熱意を傾ける好事家は少なくない。さて、比較しても何の意味も無いが、翻ってボクんちのショボい庭には、ほったらかしの木や草が、それでも春を知り、花が控えめに咲き始めた。勝手にロゼットで冬を越えたワスレナグサ。棘が邪魔で剪定がメンドクサイ、男木の山椒。これも古い木。アゲハが卵を産み付けて、丸坊主にしてしまう。もうおそらく50年は越えているだろう薔薇。改良されていないから、棘が一杯出ていてこれも剪定がメンドクサイ。先端に蕾をつけているから、もう直ぐ真っ赤な花が開くはず。冬を越えたら、やたらと丈が伸びてきたが、そのうち枯れるんだっけ?ナデシコは疎らに勢いのない、名残のような花を付けている。花が咲く時だけ、俄かに手をかけて、散ってしまえばすっかり忘れ去るという現金なボクには我ながら呆れてしまうばかり。ま、これは決して認知症のハシリ、ということではなくて、持って生まれたズボラな気性に過ぎない。
2026/04/09
コメント(0)

雨降る夜の闇の中、公園の街灯の光に桜の花が浮かび上がっていた。こんな夜に歩く人は他には誰もいなかった。そう、ボクは物好きな、そして孤独なジジイ。足元の水溜りが良く見えないから、踏み込まないように屁っ放り腰で足を運ぶ。なんだか、怪しい姿・・・決してコソ泥なんかじゃあ有りませんと誰にともなく呟く。ライトアップしているように公園の街灯が桜の花を怪しく浮かび上がらせている。思わぬ貸し切り状態。雨が降っているが,傘はさしてはいなかった。桜以外は闇に隠れて見えないから、尚いいのだろう。通りがかりで入ってみた公園。ここ数年昼には何度か見に来ていて、花の見事さは知っているから、思い付きで夜桜も見ておきたかった。都内の公園などで桜の木が倒れていることが報道されている。老木なのだろうなあ・・・・、ボクは老人、似たような存在。雨に散る花びらが闇の中に消えていく。西行の歌が何処からか聞こえてくるような気がする。_願わくは 花の下にて春死なむ その如月の 望月の頃_
2026/04/05
コメント(0)

鉄のフライパンを使っている。しばらく前からだが、ずっとくっつきに悩まされていた。勿論、鉄のものを使うと決めてから焦げ付きに付いて色々調べて実践したのだが、残念ながらどうやってみても、ものみなくっついてしまい、煙を上げる始末。高脂血などと健診で指摘されて油を遠ざけているから、フライパンの中に入れる油はほんの少しだけにしていた。いまや、殆どフライパンはフッ素コーテイングなどで油無しでも全くくっつかないものになっている。ただし、その効果が以外に続かない。コーテイングは剥がれると、もう使い物にならずに捨ててしまう羽目になる。ラジオの直販CMで300万回摩擦試験して剥がれない!などとやっているけれど、何処まで信用できるか??と、猜疑心に満ち溢れる。鉄製のフライパンならずうっと使える、一生ものと思い買ったのだが・・・・その鉄のフライパンを焦げ付かないようにするには、最初に油慣らしと言い、サラダオイルとかをフライパンに半分くらいまで入れて火に掛けて、一定時間置く。それで油が馴染んでくっつかないようにできるのだというが、そうはならなかった。ヤレヤレ、またやっちまったか・・・そう思った。暫くの間、使う度にタワシで着いた焦げを剥がして、少量の油を垂らして全体に塗りこめるようにして、次回の使用に備えることの繰り返しが続いた。ある時、フライパンを使う前に火に掛けて薄く煙が出るまで熱し、多めのサラダオイルを入れて、ぐるっと回して油をポットに戻し、その状態で炒めるものを入れる。その状態での残った油の量はかなり多い。その状態のフライパンに肉を入れて振ると、あら不思議?フライパンの底に肉は引っ付かない?!どうやら、ボクは油を使う量が少なかったという事らしい。油(オイル)を使うと、体内の脂肪への影響はもとより、飛び散って周囲がベトつくし、洗い物が手がかかる、レンジフードも汚れる、だから、極力量を減らしていたのだったがねえ。。。。目からウロコ・・・ウロコばかりのボクの目は節穴か。以来、今日もお昼のチャーハンに使用し、パラパラチャーハンになったなど、くっつき悩み解消。フランスから来たセットフライパンのコーテイング剥がれで直ぐにくっつきになってからコーテイングものに回帰せずに来たのだけれど、これで何とか目途がついたのかな・・・・知らんけど・・@@
2026/04/02
コメント(0)

昨年の晩秋に種を蒔いて、小さいこじれたような苗だったから、残していたラデイッシュがあった。悪食のヒヨドリに葉を突かれてボロボロになり、ネットでカバーしていたサニーレタスの隣の鉢に植えていたが・・・流石にもう抜いて処分しなきゃと思って引き抜いたら・・・・赤い色は褪せていて、ほぼ白いような感じだった。もう、とてもラデイッシュとは思えない無骨な全体の印象だ。多分、おそらく、きっと、中にはス(巣)が入っているだろうと想像するが。割ってみると、やはり巣が入っていた。此処まで来ると、何だか捨てるのは忍びない・・・たかが、たった一本の異形のラデイッシュだが。SDGsだしね。スライスしてみた。顆粒の出汁で揉んでみた。結局はこの後、お昼のおかずになった異形のラデイッシュ。本当は、こんな風に育つはずだったが、まあ、そうもいかないことも世の中には、ままあることか。悪食のヒヨドリ撃退として、ネットで、ヒトデの粉末を購入した。これが鳥や害獣を強烈な臭いで近づけないというのだが・・・・・どうなんだろう??確かに凄い臭いがすることに間違いはないが??1kg/3kg/5kg ヒトデdeでんでん ヒトデ忌避剤 ヒトデの粉末 テレビで放送 忌避剤 害獣対策 においで撃退 鹿対策 イノシシ対策 ネズミ カラスよけ 寄せつけない 撒く 吊るす 満足良品館 送料無料価格:3,800円~(税込、送料無料) (2026/4/1時点)楽天で購入
2026/04/01
コメント(0)

ひょんなことからタラの芽を手に入れた。筋トレを終えてウロウロと徘徊していたら、藪の中にタラの芽を見つけたと言う訳だ。以前は、春になると山野に出掛けて山菜を探して歩き回ったのだが、今はそんな気持ちがどこかに行ってしまった。ワラビやゼンマイ、蕗の薹、コシアブラ、その他あれこれ。タラの芽と言えば、やはり天ぷらが思い浮かぶ。天ぷらは油を使うから、ボクは作りたくないので滅多にやらない。まあ、タラの芽は別格という事にしよう。栽培しているタラの芽は、あの独特の野趣あふれる香りがしない。スーパーで売っているタラの芽は栽培品、お金を出して買う気がしない。薄力粉を捏ねて、卵を加えて、塩は入れない。塩分制限・・・食べる時にも何もつけない・・・だから、素材の香りと味が良く分かる・・・と、思う(笑)油は170度にしておいてゆっくり揚げる。あげている途中で、味見と称してつまみ食い・・・美味い!!うう~~~ん!!そうだよなあ、この香り、この味、春だ!タラの芽だ!!と言う訳で今日は最近では一番の味を堪能できた・・・今日は幸せ~~~ボクの田舎は過疎で畑は耕作放棄、山も売れないから手入れなどしない・・・もう入れないようなジャングル状態。山菜もそれなりに人が手を入れている山じゃないと育たないように思う。今でもこの季節に山を歩くと、つい山菜を眼で追ってしまう。幼い頃から刷り込まれているから、条件反射かも知れないが、ボクの子供たちは誰一人として山菜などに興味を持つ者はいない。環境が違うからと言うのは簡単だが、何だか寂しい。
2026/04/01
コメント(0)

今日は土曜日。桜の下にはシートを敷いてタッパーに入った料理を食べる家族連れが方々に見られる。宴会をしているような風景は見当たらないが・・・・大きな公園には必ず桜がある。老化したサクラは直ぐ傍に新しい苗木が植えられて、老木は伐採の準備に入っている。桜の葉も花びらも食べられている。桜餅や、さくら湯。今年は、さくら湯を作ってみようかなあ・・・・普通に「さくら茶」として売っているらしい。八重桜が使われるらしい。山サクラやオオシマサクラだっていいんじゃ?花びらを塩漬けにして保存、使うときにはお湯を注いでいただく。眼で味わうものなのかもしれないと思うようなその風情。食べてしまいたいくらいの花、その花びら。
2026/03/29
コメント(0)

随分昔の靴を引っ張り出した。こんな靴があること、忘れていたほど、懐かしい・・・少し歩いたら、靴底がぱっくり剥がれた。接着剤が劣化していたようだ。剥がれたものなら、また貼り直せばいいじゃあないか、とやってみる。多分靴底だけじゃあなくて、全体に劣化してるのだから、捨てた方が良いのだろうけれど、やってみて損は無いからやってみる。ローカットのハイキングシューズ、これで会津の七つヶ岳や帝釈山など歩いた記憶はある。百均に靴底修理と名前を付けた接着剤がある。底の部分とアッパー部を剥がし、二つに分ける。綺麗に洗って乾燥させ、接着剤を全体に塗る。必要ならサンドペーパーを掛けて接着剤の効き目を効果的にする。これでもう一度剥がれたら捨てよう・・・何だか、用済みで捨てるという事が我が身と重なって妙に辛いと感じることが年々再々増えていく。ボクももう直ぐだものなあ・・・・・と。数年前に、やはり長期間使わなかった靴を履いて赤城山を歩いていたら、パックリと底が剝がれたことがった。その時は持っていたガムテープをグルグル巻きにして下山迄持たせたのだが。。。。他の人のそういう姿を何度か目の当たりにすることもあり、そういうことに対する備えも山には必要なのだと知ることにもなっていた。まあ、この靴は町履きにして山には使わないつもりでいる。山靴、高いからそうそうは買えない。
2026/03/28
コメント(0)

今やあれもこれも値上げの波が右肩上がりで、庶民が出るのは溜息ばかり。米が下がっているというけれど、雀の涙程度の話。ビンボーなボクは、スーパーに行くと必ず見切り品をチェックする。葉っぱの端っこが黄色くなってきている小松菜やほうれん草、蕪等々。肉や魚は賞味期限直前のもの。新鮮な方が良いに決まっているが、無い袖は振れないもの、有る袖を振るしかない。見切り品のワゴンに小粒のリンゴ「王林」が赤いテープで巻かれた袋に入って置いてあった。表面が緑色から薄く茶色がかった斑になっていて、スカスカになっているだろうことは容易に想像できた。こりゃあ、ジュース用かな?と思いながら買い物籠に入れてレジで精算。値段の方もまともじゃなくてそれ相応だったが。帰宅して、リンゴを早速齧ってみると、もうスッカスカで、スポンジを齧った様な、そんな歯応え。そこで直ぐにジュースにする容易に取り掛かった。割って芯を取り除くが皮は剥かないでそのまま使うことにする。次に、フードプロセッサーで微塵切りにする。終わってからネットで調べたら、レモン汁と水100ccをミキサーに入れてリンゴを加えていくらしい。砂糖も入れるとか。。。水分が全くない状態ではミキサーの刃は、リンゴの実を全く刻んではくれない。添加物ゼロではジュースは難しいようだった。少し回しては止め、をしつこく繰り返して徐々に液体に変えていく・・・・根気が要る。出来上がりの写真は無い・・・色が悪いので・・・ビジュアルが良くない。スムージーと言った方が良いのだろうか?ま、そんな洒落たものにはならなかったのだが・・・味は良かった。次に作る時には水、レモン汁、砂糖を適宜加えて見た目も味も良くしてみよう・・・と、反省。なにしろ、間違いのないリンゴ100%添加物ゼロなのだから美味しくない訳は無いってことで、自画自賛、その後、自己満足!1
2026/03/27
コメント(0)

もうずうっと前から咲いているのだけれど写さなかっただけのこと。ハナニラなのかタマスダレなのか、って、タマスダレは白い花。覚えても忘れてしまう・・・・ナヅナとオオイヌノフグリ、ホトケノザが一緒に咲いていた。ナヅナはペンペングサともいって、お客さんが来ないお店を「ペンペングサが生えている」などと使われるけど、七草なのにねえ・・・こっちにはナヅナとオオイヌノフグリ、それからホトケノザの代わりにヒメオドリコソウが咲いていた。ホトケノザとヒメオドリコソウもなんだかよく似ていて、葉っぱで区別。仏が座るような蓮座に似た円形の葉、文字通りホトケノザ。タンポポはいまや、セイヨウタンポポが殆どだということで、総苞で見分けるというが、何だか良く分からないような・・・まとまって反っていないのが二ホンタンポポだと言うが・・・ウンチクを言っていないと、野草に関心を持てないように思って、そうしているけれど、何年たっても忘れて変わっていない。ただ、知らないよりは知っていた方が田圃の畦道を歩くのも一味違ってくるような気がする。土地土地によって植生が変わって来ることや、外来植物が固有の植生を駆逐していくことが環境に与える影響なども気になって来る。けれども、今は固有の植生みたいに見ている植生も、元をたどれば外来植生だという事が多い。一度入ってきたものは動物もそうだが、天敵がいないせいかアッという間に増殖していく。
2026/03/21
コメント(0)

昨日は20℃を越えたというのに、今日は8℃。暑かったから今日は裏起毛のないジーパンにしたら、寒くて震えていた。道端の叢の中に、ムスカリの花を見つけた。球根で増えていく花なのに、どうしてこんな道端の草の中に咲いているのか?造成の際に客土した土の中に球根が混じっていたのだろうか。ネットで調べてみると、1980年ごろから日本の市中に出回ったという。原産地は東西アジア。比較的新しい。ボクの家の庭にも打ち捨てた壊れた鉢からこぼれた土の中に球根があったらしく、毎年花を付けている。生命力の強い花だ。その先のサクラの木の下の叢の中に付いた踏み跡に、デージーが咲いていたのを見つけた。一年生草だというけれど、ロゼットで冬を過ごしたらしい。一年を通して花を付けていることからか、母は「トキシラズ」(時知らず)と呼んでいたことを思い出す。通称で記憶していた花が、正式にはそんな名前じゃなかったことが何度もあった。正式と言っても学名じゃあないけれど。そいう言えば、春先には生家では庭の片隅に福寿草が毎年咲いていたが、今はどうなのだろう?
2026/03/20
コメント(0)

暖かくて、使い捨て懐炉も持たず、ズボン下も履かないで、ダウンではなくパーカー姿で公園を徘徊中、足元にスミレを見つけた。スミレは種類が沢山あって、名前と特徴をとても覚えられない、そんなボク。岩崎宏美の「すみれ色の涙」の歌詞が頭を過ぎる。ま、決して彼女のファンでは無いけれど。すれ色の涙・・・と言うけれど、マルバスミレの花は白いらしいし、タチツボスミレの花は薄紫らしい。スミレの根や種には神経毒ピリオンがあるというから、すみれ色の涙にも怖い情念の毒があるのかも知れない・・・・知らんけど。ボクが間違えないで判別できるのはエイザンスミレだけだが。あれは葉が独特の切れ込みがあるからその特徴で分かる。面倒なことは考えないで、あれもこれも纏めてスミレでいいんじゃ??宝塚の歌「スミレの花~~さ~~くころ~~♪」ってあったよなあ。小さな野の花だが、国民的に愛されている花ってことになるのかも。春が来たんだと、野山を歩いていてスミレを見つけて実感する。
2026/03/18
コメント(0)
全358件 (358件中 1-50件目)