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いよいよ今日で3月も終わり。私のフランス滞在も今日が最終日となる。どこにいても感じることだが、1週間てなんて早く過ぎてしまうのだろう。地球の回転が速くなって時間が加速しているとはよく聞く話だけれどほんとうにそう感じる。パパは昨日からしばらく留守になるので子どもの送り迎えや買い物、料理など全てがママ一人ですることになる。私はフランス語も読めず、洗濯機や食洗機の扱い方も分からないので何の役にも立たない。それをいいことにパソコンと読書三昧の日々だった。フォンテーヌブローは森で有名だけあって行けども行けども森の中。世田谷区ほどもあるという森の中を縦横に自動車道路が走っている。30分ほど走って森を抜けた所に「キャリフール」という巨大なスーパーがある。(アヤは舌がまわらずいつも「カフェフルール」と言う)日本でも幕張に出来たはずだけれど、もうなくなったという噂も?2月生まれのアヤには遅ればせの、そして6月生まれのカナには前渡しのバースデープレゼントとして、その中の、これまたどでかいスポーツ洋品店でローラースケート一式を買うことになった。私の世代でのイメージでは金属の台の下に前後二個ずつ車が並んだものを言うのだが、今はプラスティックの車が縦に四つ並んだインラインスケートと言うのだそうだ。靴も全部セットになっていて手足につける防具や袋も一緒に売っている。二人とも待っていたものが手に入って大喜びだ。そして今日の土曜日、それで早速森の中の公園へ滑りに行った。曇りで風も冷たいので広い公園は人影もまばら。セーヌ川の上流が流れ込んでいて美しい景観を作っている。残念なことにカメラの電池が切れてしまって写真は撮ることが来なかったけど、のんびりと馬に乗って散歩をしている人たちもいてなかなかいい眺めだった。同じ森の中にある乗馬学校にカナを送ってから私たちは一先ず帰宅。去年すでに走らせたり低い障害を飛び越えたりしていたからきっともっと上達していると思うけど、今回は寒いので見学はパス。この町の子どもたちはほとんどが乗馬をやっているそうで、日本で習字やそろばんの塾に通うのとさほど変わらないことなのだろう。そう言えば昨日のスポーツ用品店にもかなり広いスペースで乗馬用品のコーナーがあったっけ。さて、明日は朝8時にタクシーが迎えに来るのでそろそろ荷物のパッキングを始めることにしよう。
2007年03月31日
3月28日水曜日。今日はアヤのクラスでお習字のデモンストレーションをする日。2年生(前々回書いたのは間違いでアヤはまだ2年生だった)と3年生が10人ずつで1クラスなので娘が一人では大変と、私が来て手伝える時を待っていたのだそうだ。そこでいくつもの硯や筆、文鎮、半紙など重い荷物を抱えて学校へ行く。最初に娘が半紙に書いて用意して行った簡単な漢字、山、火、木、林、森など自然を表すものや犬、猫、熊、馬、牛、羊など動物を表すものを黒板に貼って説明をする。「木」が分かったら林や森はすぐ分かったらしい。次にフランス語の発音が横に書いてあるひらがなの50音表を各自に渡し、全員の名前をひらがなで書いたものを順番に見せて、それが誰の名前か当てさせるゲーム。たとえば、じゅぴたー、せりーぬ、きゃろりーぬ、まいろ、あれくさんどるなどなど。みんな50音表と首っ引きで一生懸命読もうとし、それが自分のだと分かるとみんな嬉しそうにニッコリとして受け取って行く。国籍はフランス人だけでなくアメリカ人、ブルガリア人、イタリア人、デンマーク人、エジプト人とさまざまだけれど、皆例外なく可愛い。美少年、美少女軍団だ。みんなどんな大人になるのかなあ。そしていよいよ自分で筆を取って書いてみる実習。それぞれ自分の好きな文字を書くのだが、漢字で人気があったのが馬、猫、牛など身近な動物。自分の名前を書く子も多かった。みんな文字というより絵画感覚で書いて行くから当然筆順などは問題外だ。中には裏返したお手本を見て書いている子もいるので直して上げる。書いたら片端から黒板に貼って行く。みんな好奇心旺盛で目が輝いている。もしかしたらこのことがきっかけで将来日本語や日本文化に興味を持つ子が出て来るかもしれない、なーんて。子どもたちも先生も、そして私たちも十分に楽しい時間だった。
2007年03月29日
今日は子どもたちの学校はカーニバルの日で全員が仮装をして行くのだそうだ。 それも何か職業を表す扮装ということでカナは細い縞の布地で出来たキャップをつばを横にして小粋にかぶり、黒いバッグを肩からさげて手にはムービーカメラといういでたちでジャーナリストになったつもり。 アヤは青いチャイナドレスを着て女優さんに扮した。昨日買って来た子供用の化粧品でメイクをしようとすると、喜ぶかと思いきやいやがって泣き出してしまった。いつもは男の子みたいな子だから無理もない。 仕方なくそのままスッピンで送り出す。家族も参加していいそうなのだがやはり仮装すべしとのこと。それで今日は一日遊ぶのだそうだ。(知っていれば何か用意して来て参加したのに、残念!) 子どもたちを学校へ送った後が大人の朝食タイム。カフェオレにクロワッサンにヨーグルト。その後近くの教会の 前の広い 駐車場で火、金、日の午前中開かれるマルシェ(朝市)へ娘夫婦と一緒に出かける。ここへ行けば肉類、魚介類、野菜、チーズ、ケーキ、ナッツ類、ドライフルーツなどの食料品から、花、衣類、バッグ、靴、鍋、書籍、雑貨など何でも売っている。 今日と明日の食料品を仕入れ、いつも買うパン屋さんはケーキも美味しいのでタルトタタンを 買って帰る。直径12センチくらいのが1.80ユーロ(250円くらい)。今ユーロが高くなったとは言え、それでも日本よりはずっと安い。 夕食はいつもながらパパシェフの独壇場。明日のためのサバの酢漬けの作り方を見学する。日本では見たことのない細い小ぶりのサバの頭とはらわたを取ったものに塩コショウをし、たまねぎ、人参、パセリ、ローリエほかいろいろな香辛料を入れたワインビネガーをしばらく煮て、それを熱いうちにサバにかけそのままオーブンに入れる。サバに火が通ったら冷ましてから冷蔵庫へ。明日になれば味が滲みて美味しいとのこと。明日が楽しみだー。 それで今夜は前菜が殻ごと蒸した山盛りの牡蠣。これは北海道流の食べ方だそうだが、ナマよりかえって美味しい。レモンをしぼって、う~ん、美味しい! メインはマグロとサーモンのお刺身、野菜の炒めものに味噌汁とご飯と大ご馳走。 フィンドホーンの食事は実に健康的だけれど、味が単調なので何日かすると私はどうしても日本食が恋しくなる。ここへ来て最初に食べたご飯、梅干、海苔の佃煮、塩昆布がなんと美味しかったことか。お米はスペイン産のコシヒカリだそうで日本のものと全く変わりがない。
2007年03月28日
昨日からフランスはフォンテーヌブローの娘一家の家に来ている。着いたのは夜の10時。イギリス時間では9時だからフィンドホーンを出てから約12時間かかったということになる。 (ここでは普通にミクシイ日記が書けるので嬉しい) フィンドホーン最後の日はフリータイムなので昼間は思い思いにフォレスの町に買い物に行く人、パークでゆっくり過ごす人、マッサージに行く人、エジンバラ周りでロンドンへ行く人などに分かれて過ごす。 夕食は「飲める」ほうのグループはマリリーナに案内されてパブなどへ行き、「飲めない」グループは私と一緒にホテルで摂ることにした。丁度半数ずつになったのも面白い。 ホテルではベジタリアン食と普通食と両方あって、私は久々にチキンのカレーやおなじみfish&chipsを楽しんだ。あまり期待していなかったのに意外なほど美味しくてみんなも大満足。 3月25日はヨーロッパでは午前0時を境にサマータイムに切り替わる日。前の晩寝る前に時計を1時間進めてからベッドに入った。 朝、昨日までは6時半だった時間に朝食。出されたベーコン&エッグが何だか懐かしい。「一般社会」に復帰という感じだ。みんなも波動調整が出来て丁度いいかもしれない。 9時になり、もう1週間残るマサくん一人を残して私たちはアバディーン空港へ向けてバスで出発。フランスに寄る私はそこでみんなとお別れなのでまたもやハグハグ大会。その後私はバーミンガム行きの飛行機を5時間半も待つことになった。 昨年ロンドンでの乗り継ぎがすごく時間がかかってパリ行きに乗り遅れそうになったので、今回はバーミンガム経由にしたのだが、ローカル フライトは平気で遅れるので困る。散々待たされてようやく乗ったのが観光バスと同じくらいの幅の50人乗りの細長いジェット機。 バーミンガム空港は小さいので荷物検査もスイスイでヒースローとは大違いだ。大幅に遅れたので乗り継ぎが大丈夫かしら、と思っていたら、こちらもまた1時間近くの遅延。 シャルルドゴール空港に着いたのは50分遅れの9時近く。個人タクシーのムッシュ・ハバカが待ちくたびれていた。彼には去年もお世話になったが、立派な口ひげを蓄えた彫りの深い顔立ちの中近東の人。フランス語しか話せないので、フランス語がダメな私とは約1時間無言のドライブとなる。 家に着くと早寝のパパとカナはもうベッドの中。遅寝のママとアヤが待っていてくれた。アヤは8歳になったばかりで日本なら4月から3年生になるところだが、こちらでは去年9月からもうそうなっている。ひょうきん者でのんびりした子だとばかり思っていたら勉強も好きなようで、もしかしたら4年生に飛び級になるかもと聞いてびっくり。 一日のほとんどの時間を空港と乗り物の中で過ごした私はさすがに疲れてすぐベッドに入ってしまった。
2007年03月26日
いよいよ今日は「体験週間」最後の日。午前中みんなはそれぞれの持ち場で最後のラブ・イン・アクション。私とマリリーナはパークに用事があったので朝8:15の連絡バスに乗る。着いてすぐメインサンクチュアリーでの瞑想の集まりに参加する。いつもアイリーンが座っていた席が空席になっているのを見て、彼女がもうこの世にいないという事実が迫って来て悲しみがこみ上げて来る。これだけの素晴らしい場所を作ったのに、最後までグルにはならず小さな家に一人でひっそりと住んで朝夕の瞑想を欠かさなかった人。今更ながらその偉大さに頭が下がる思いだ。瞑想を終えて外へ出ると邦江さんが待っていた。用事を済ませてから3人で邦江さんの車で、昨日インドから帰って来たというジュディスに会いに行く。彼女は何度も日本人グループのフォーカライザーをしてくれた快活なイギリス女性。久しぶりの再会にハグ、ハグ、キス、キス。彼女は今年10月に日本に来て東京や北軽井沢、長野などでワークショップをすることになっているので、その打ち合わせなどしながらコーヒーブレイクを楽しんだ。さてさて、実は今日は私の誕生日。朝から皆にHappy Birthdayを言ってもらいその度にハグ。何度も来ているのにフィンドホーンで誕生日を迎えるのは初めてのこと。ほんとにラッキーだ。午後の「完了のミーティング」では何人もの人が涙、涙のシェアリング。最後はいつもの通り大ハグハグ大会となる。夕食がそろそろ終わる頃明りが暗くなり、Happy Birthdayの大合唱と共にキャンドルの並んだケーキをフォーカライザーのクリスが静々と運んで来てくれた。そして皆から心のこもったメッセージの並ぶカード、可愛いテディベアのブローチを頂く。こんなに大勢の人たちから祝ってもらった誕生日は生まれて初めて。なんと幸せな私、と涙が出てしまった。ありがとう、ありがとう、みなさん!そして日本人事務局のマーチンが食堂中の人に向かって「この人は毎年大勢の人をここへ連れて来て、その数はすでに100人以上になる」などと私を紹介してくれた。確かに数えてみたら7回になるので140人にもなるわけ。自分でもびっくりしてしまった。そして何より嬉しかったのはこれまでちょっと私との関係がギクシャクしていたマーチンとその奥さんのミエさんからカードとプレゼントを頂きハグが出来たこと。先日ミエさんと二人で話し合いをし私の思いを正直に熱く語ったことがよかったのかもしれない。それは今フィンドホーンでは昔OKだったことが出来なくなったり、世間一般のような「恐れ」や「責任逃れ」が動機の規則がいくつも出来て、何があってもOK,All is going very very wellの精神がないがしろにされかかっていると私が危惧したことによる。創立者の一人のピーターが「仕事をする時は愛を以って最善を尽くし、お客さんは家族のように扱うこと」と言い、その通りにしてこのクルーニーを栄えさせた事実があるが、私の仕事はまさにその通りをしていると信じている。だからおかしな規則があると私はそれを全う出来ないのだ。この素晴らしいフィンドホーンの精神がゆがめられることなく、いつまでも正しい形で続いて行ってほしいので、あえて言いたいことを言わせてもらったのだが、ミエさんはきっとそれを理解してくれたのだと思う。だから今日の「完了のミーティング」にも出させてもらえたのだ。ありがとう、ミエさん&マーチン。夕食後はボールルームでお別れ会。マリリーナのリードで楽しいゲームをいくつかして笑い転げた後、ピアノに合わせてのフラ、ネネさんの弾き語りなどを楽しませてもらう。そして私も習ってまだ日の浅いフラを一曲踊ってしまった!お目汚しご無礼さま!
2007年03月24日
「体験週間」のプログラムも後半に入り、昨日の夜はパークのユニバーサルホールでのセイクレッドダンスの会にほぼ全員で出かけた。日本でこのダンスを経験した人が、それだけで「フィンドホーンへ行ってみたい!」と思うほどこのダンスは人々を魅了する。みんなで輪になって、なんてことない簡単なステップに合わせて踊るサークルダンスのようなものなのだけれど、音楽が世界各地のものであることや、踊っているうちに次第に忘れていた子どもの頃の自分が蘇って来て、すっかり無邪気な気分になって楽しんでしまう。日常では決して味わえない楽しさが人々の心を捕らえて離さないのだと思う。昨夜はフィンドホーンの妖精とも言われるバーバラ・スエッティーナが参加していたので彼女のピアノに合わせたり、ギターで弾くハワイの歌を歌いながらだったりでいつもとは叉違う楽しさがあった。いろいろな国の人たちが、おなかの出た白髪のおじさんも、もう毛が無くなってしまった人もみんなが楽しげに踊っている姿はとても感動的。この国籍を越えた一体感が実に素晴らしい。多分日本ではこういう楽しさを大人が味わえる機会は皆無だと思うのでリード出来る人はどんどん各地で広めて行ってほしい。昨日はまたはるばるオズモズリーからゴオント・邦江さんが8時間もかけて車で到着。2週目のプログラムと明日からのメアリーの「サンドトレイ」(箱庭療法)の通訳をするためだ。彼女は長年フィンドホーンに住んでフォーカライザーも何度も務めた人。2年前50歳にしてイギリス人男性と結婚し今はフィンドホーンを出てしまっている。大らかで明るく愉快な人だ。「サンドトレイ」というのは50センチ四方ほどの浅い箱の中に砂が入っていて、それで景色を作り棚に並んだ数多くのミニチュアのフィギュアの中から直感で選んだものを並べて一つの世界を作るのだが、その手順や選び方、出来上がった景色からその人の深層心理をメアリーが読み取って行くというもの。私も以前受けたことがあるが、自分でも気付かないことを適確に読み取られて驚いた経験がある。日本でも心理学者の河合隼雄さんがなさっておられるようだが、メアリーのリーディング力はなかなかのもの。機会があったらぜひ受けたらいいと思う。
2007年03月22日
「体験週間」の2日目はバスでパークに移動してパーク内のツアーと、みんなのラブインアクションの持ち場を決める日。パークでは丁度去年からイアンさんが取り掛かっていたシンギングチェンバー(テーゼを歌うための小屋)の起工式が行なわれていて、そこでバーバラ・スエッティーナと一緒にお祝いの歌を歌うことが出来たと言う。そして翌日の夜のゲストスピーカーはなんとドロシー!バーバラやドロシーに会えるなんてほんとに今回のグループはラッキーだと思う。ドロシーは今年87歳。いまだに世界各地で精力的に講演やワークショップを開いている。(5月には日本でも講演会やワークショップがある)。昨年アイリーンが89歳で亡くなったので、創立者として残っているのは彼女一人。いつまでも元気でいてほしいと思う。こちらも暖冬だったようだけれど今頃になって寒くなって時々吹雪が舞う。それがパタッとやんだかと思うとカーッと日が照ったり。叉すぐ雪になったりと目まぐるしく代わる中でバラは芽をのばし、早咲きのサクラは花を開きレンギョウやゴース(ハリエニシダ)は黄色い花を咲かせている。芝生も青々としていて寒さとはそぐわない感じだ。プログラム4日目の今日はいつものランドルフスリープの森へ行く日。着いたとたんパラパラとあられが降って来て、一時はかなりの勢い。これまで真冬に来たことも何度かあるが今日ほど寒い日は初めてだ。森の中の散歩は1時間で切り上げてクルーニーに戻る。玄関のところでみんなが興奮して歓声を上げているので何事かと近づいてみると、参加者の一人東京のY子ちゃんがデジカメで撮った動画に妖精が写っていると言う。確かに森を写した映像の中に小さくチカッと光るものがいくつも写っていて動いて行く。光った瞬間に半透明の丸いもの(いわゆるオーブ)が浮かび上がる。こんな映像は初めてだ。あの森はこの世とあの世の境目のカーテンがとても薄い所と聞いているが、やはりそうとしか思えない。夕食までの間ボールルームでテーゼの練習。大勢参加して男女4部のコーラスが見事なハーモニーを作り実に美しい。初めての歌もあったけれどなんとか歌えて楽しいひとときだった。
2007年03月21日
たしか去年はクルーニーからミクシイに日記が書けた筈なのに、なぜか今年は「データがありません」の表示が出て私のページすら出て来ない。ということでいつもはコピペしているこちらのブログを使うことにする。いつもミクシイで読んで下さっている方が気付いてくれることを願いながら・・・3月15日(木)10:45成田空港第一ターミナルに18人の方が集合。一人は仕事の都合で一日遅れで来ることになっているので全員揃って一安心と思いきや、そのうちの一人が「パスポートを忘れた!」と叫んだ。ヒャーッツ!!これは一大事。ほとんどが初対面だというのにその人たちを置いたまま彼女を連れて航空会社のカウンターへ行く。ここで考えられないような奇跡が起きてともかく彼女は翌日の同じ便に乗れることになった。翌日は前述の通り一人来る人がいたので、その人と連絡を取って一緒に来るよう言い置いて私たちは機上の人となった。ロンドンまでの12時間半、長いけれど何もしないでいい飛行機の中の時間は決して嫌いではない。映画を見たり本を読んだりゲームをしたり眠ったり、好きなことが自由に出来る。ところが何と私の席の読書灯が切れていてつかないので乗務員を呼んだら、黙って隣りの人の灯りのボタンを押してさっさと行ってしまった。そりゃ私の席もいくらか明るくなるけど隣りの人はいい迷惑。他の席に替えてもらいたくてもあいにく満席状態。仕方なく読書は諦めて映画と眠るだけにした。日本語で見れたのは「ナイトミュージアム」と「ドリームガールズ」と何とか言うアニメ。ほかに「デジャブ」「ディパーティド」「プラダを着た悪魔」などけっこう新しいのをやっている。ロンドンでの乗り換えはスムーズに行きアバディーン空港に着いたのは夜の7時半過ぎ。ロージーが迎えに来てくれていて嬉しかった。今夜と明日の宿泊先であるニューボールドハウスまでの2時間近いバスの中ではひたすら眠りこけていた。翌日はみんなで歩いてクルーニーヒルカレッジへ行ってランチ。午後はクルーニーの中の案内があるのみの比較的ゆったりとした1日だった。そして土曜日のお昼前、東京のYくんとパスポートを忘れた長野県のCちゃんが無事到着。一緒にランチを摂ることが出来た。まるで親子旅のようなこの旅は、お互いにとってとてもよかったようでまさにフィンドホーンの合言葉「全てはうまく行っている」(All isgoing very very well)そのままだ。午後からいよいよExperience Week(体験週間)がスタート。一人ずつの自己紹介から始まる。今年からオーガナイザーはそこにいてはならない規則が出来たそうなのだけれど、なぜ? と聞くと「オーガナイザーがいるとみんなリラックス出来ないから」「他の国の場合もそうだから」という納得の行かない答え。ぐるりと輪になって置かれた椅子の数は私の分もちゃんと入っている。「私がいたほうがみんながリラックス出来ると思う」と主張して私は図々しくも席を立たなかった。間違って椅子が一つ余分に置かれていたのはきっとエンジェルの仕業と勝手に解釈して。一人一人の自己紹介の中で19人の参加者のうちのかなりの方が「尚さんと一緒に来たかったから」「尚さんとなら安心だから」などと言って下さってとても嬉しかった。中にはかつて「カフェフルール」に来てくださった方も二人いてびっくり。こうした発言を聞いたからなのか、今回初のフォーカライザーとなってくれたクリスがその後のエンジェルメディテーションの時に私にグループエンジェルを引かせてくれた。これは今までにないことだ。引いたエンジェルはTruth(真実)。そして私個人のエンジェルはAcceptance(受容)だった。エンジェルがWelcomeと書かれたアーチをくぐろうとしている絵。これは去年新しく25枚増えたカードに入っているエンジェルだ。これはどういう意味?この席に私をウエルカムしてくれたということか、それとも納得の行かないルールでも受け入れなさいというメッセージなのか、としばし考え込んでしまった。
2007年03月19日
昨夜は北軽コミュニティーの月例会。いつもながらの持ち寄り豪華メニューだ。昼間のトランスフォーメーションゲームに参加した東京のいでみっちゃん&げんさん夫妻もゲストとして参加。ほかに別荘のきくちゃん、小諸のカジさんなども加わって大賑わい。 先月のYさんの大きなログハウスは何かのために使えるようにするには莫大な費用がかかることが分かって結局は取り壊すことになったそうな。でもほかにも建物があるので、小規模な集まりなら出来るかもしれないとのこと。一先ずこの件はお預けと言うことにして、今年のこれからの予定を各自発表する。 ★5月19日(土)がドームパラダイスで「天上のシンフォニー」の著者伯宮幸明氏とネネさん(じゅん&ネネ)のトークとコンサート。 ★6月2日(土)2時から「カフェフルール」でHiloさんのコンサート。 ★8月3,4,5日はスイートグラスキャンプ場でフィンドホーンの親子体験週間ミニ体験。 ★10月にはフィンドホーンのフォーカライザー、ジュディス・ボーンさんのワンデイワークショップがある。 ★吉本有里さんのコンサートもどこかに入るはずだし、 ★トモちゃん主催の「子育て交流会」も4月からスタートする。 このほか毎月のコミュニティーの集まりや読書会はこれまで通り。今年もまた「カフェフルール」がフル活用されるようでとても嬉しい。 カジさんのギターの演奏といでみっちゃんの奄美大島の島唄を最後に散会する頃から雪が降り始め、今朝起きたら一面の雪景色。パノラマ的に広がる白一色の景色を眺めながらの朝食は最高だ。 午後からは「心の扉を開く」の読書会。この会への参加をきっかけに心を開いてどんどん変わって行く方が多いのにはほんとうにびっくりする。 終了後は邦子さんの所へディクシャを受けに行く人やら、いでみっちゃんにオーラ写真の撮影をしてもらう人やらで忙しい。私も何ヶ月ぶりかで撮ってもらったらオーラは今回も紫色。自宅でリラックスしているせいか以前より大きくなっている。チャクラのバランスもまあまあ。けっこうハートチャクラが大きい。分厚い解説は今読むひまがないので来週フィンドホーンへ行く飛行機の中でゆっくり読むことにしよう。
2007年03月11日
今回も長滞在だった東京からさっき帰って来た。軽井沢駅近くの駐車場から車を出し、スーパーで買い物をしてから星野温泉の「とんぼの湯」に寄る。ガラ空きの広い露天風呂で真っ青な空を眺め太陽の光を浴びていると、いつものことながら幸福感でいっぱいになる。 こんな暖冬でいいのかなと心配になりながらもやはり雪のない道は安全で有難い。庭の雪も半分は溶けてしまっていた。 さて今回も東京ではいろいろな人にお会いしたけれど、その中の一人が以前フィンドホーンの2段階目のプログラム「スピリチュアル・プラクティス」で一緒だった仙台のKさん。彼女はスクールカウンセラー、親業インストラクターなどのお仕事が長く、日本ホリスティック教育協会にもかかわっている。その彼女から機関紙への原稿を依頼されて初めて「ホリスティック」という言葉が「医学」だけでなく「教育」にも使われていることを知った。 人間をまるで機械のように各部品ごとに診るような西洋医学に対して、感情も霊性も備えたまるごとの存在としてとらえるホリスティック医学があるのだから、人間に深く関わる教育がボディ、マインド、スピリットの全てを含めたホリスティックなものでなければならないのは、当然と言えば当然のこと。しかしそれが一般的には学校の現場でも家庭でもあまりされていないのが現実だ。 数学が「フィボナッチの数列」や「神聖幾何学」から始まり、理科に「波動」や「DNAのON/OFF」の話が入り、国語の時間に「心の扉を開く」を読み、体育はセイクレッドダンスなんて学校があったら楽しくて登校拒否なんていなくなるのではないかなあ、と叶わぬ夢を描いているのだけれど・・・・
2007年03月09日
3月3日ひな祭りの宵、逗子の「ワイオラ」でHiloさんのコンサートが開かれた。Hiloさんこと川岸宏吉さんは西アフリカのハープ「コラ」の奏者。その優しい音色と同じやはり柔らかで心に沁みいるような歌声の持ち主だ。 初めてお会いしたのは今から10年以上前、ミネハハとのジョイントをなさった時。素敵な方だなあと客席から見とれていたのを思い出す。 その時飛び入りでオカリナを吹いた、まだ大学生だった堀田峰明くんとのコンサートをうちのお店「カフェフルール」で開いたのが9年くらい前のこと。 ついでながら今年6月2日(土)2時からまた「カフェフルール」でHiloさんのコンサートをすることになっている。 葉山在住のHiloさんには地元のファンも多く、「ワイオラ」は30人以上のお客さんで超満員だった。曲目はオリジナル曲の他に「千の風になって」や「イマジン」、ギターでのボサノバやカリンバの演奏、間にまみさんとMAMIちゃんのフラも入るという盛り沢山。MAMIちゃんのパレオ(腰布)が途中ではずれてしまうという大サービス(?)もあって会場は終始和やかな雰囲気に包まれていた。 3月が誕生月の人が4人いたので(私もその一人)ハッピーバースデーの歌と共にそれぞれに小さな花束が贈られたが、前日目出度く還暦を迎えたまみさんには、どなたからか(!)真っ赤なバラの花が60本届けられていた。 小柄で可愛いまみさんはとても60歳には見えないけれど、人生での大きな節目を迎えられたわけだ。私も60歳を境に人生が180度変わり、想像もしなかった素晴らしい世界が広がっている。 まみさんのこれからの人生にも豊かな祝福と幸せが満ち溢れますように。
2007年03月05日
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