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台風の影響で風はないけれど2日間雨だったのが今日は一転素晴らしい秋晴れ。しかもとても暖かい。 こんな日に一日家にいることもないと、息子の運転でドライブに出かける。草津の近くから嬬恋村の田代に抜けるパノラマラインはもう5年くらい前に完成しているのにまだ行ったことがなかったのでそこを走ることにした。 山はまだまだ紅葉が残っていてどこもかしこも美しい景色。見る位置によって姿を変える浅間山の頂上は昨日の雨が雪となってチョコンと乗っている。まるでローマ法王の白い帽子のようだ。 なんだかヨーロッパの田舎を走っているようなエキゾチックな景色。こんないい所が近くにあったとは感激だ。 帰りは田代にある「つつじの湯」で岩盤浴。そして紅葉の間から青空を眺めながら露天風呂にのんびり浸かっているともう何もいらなくなってしまう。 幸せってすぐそばにあるんだよねえ。お金がなくてもそれを感じる心さえあれば毎日の暮しの中にいくらでも転がっている。と同時に溢れるような感謝の思いが際限なく湧き上がって来る。何にということなく対象のない感謝の思い。それがまた幸福を倍加させる。その繰り返し。 家に帰って来ると以前別荘の方から頂いた白樺のほだ木にいつのまにかナメコがびっしり。気がつかないうちにすっかり大きくなってしまっていた。 夕食はそのナメコたっぷりのお豆腐の味噌汁と畑の最後の収穫として頂いた野菜の料理。味噌は自家製だし、安上がりだけど、どこのレストランよりも美味しい息子の手料理。あー、シアワセ !
2007年10月28日
突然倒れてから丁度2週間が経った。酔っ払い歩きはまだ少し残っているけれど車の運転はもう大丈夫。一昨日息子に助手席に乗ってもらって星野温泉のとんぼの湯に行って来た。ここより標高が200メートルほど低いので今が紅葉の真っ盛り。いつまでも暑かったので例年より少し遅れたが、急に気温が下がったせいかもみじの紅が鮮やかで溜息が出るほど美しい。久しぶりの温泉にゆっくりつかってから、これも久しぶりのタイ古式マッサージを受ける。毎日家事をやってくれている息子にもプレゼント。彼にとっては初めてのマッサージだそうだ。足先に血液が行きにくい難病を抱えている彼にはマッサージはとてもいいと思う。それで二人とも足裏マッサージ付きの90分コースにしてもらった。昨日は隣りの別荘の友人Sさんが私のために書いたというマンダラを持って来てくれた。直径15センチほどの円の中に小さな字で私の名前と「完全な健康」という文字がびっしりと書き込まれている。時々手を止めて祈りながら書いてくれたというそのマンダラを有難く頂く。ほんとうにありがとう。その後Yさんのお宅へ伺って美味しい手打ちそばをご馳走になる。今回のことで自分がいかに多くの方から愛されているかを知り感謝の思いでいっぱいだ。「あなた一人の身体ではないのだから大事にして」というメッセージをあちこちから頂き、あまり疲れないのをいいことに動き回り過ぎた自分を反省している。でもずっと家にいるお陰で溜まっていた本をずい分読むことが出来た。まずお借りしていた美内すずえさんの「アマテラス」を5冊。(あー、続きが読みたい)いつも通訳をお願いしている渡辺雅子さんが翻訳された「エナジー・メディスン」。フラワーエッセンスに加え海の生物のシーエッセンス、そしてジェムエッセンスを組み合わせて東洋医学に基づく治療を行なうサビーナ・ベティットさんに感銘を受けた。そして読めなくて溜まっていた「HADO」の10月号と11月号。今読みかけはキリアコス・C・マルキデスの「メッセンジャー」。なかなか面白い。次に控えているのがヘミシンクシリーズの「死後探索」2と3、そして最新刊の「2012人類の大転換」。ヘミシンクは去年最初の入り口だけを体験したのでその後のレベルも体験したいと思っている。来年はモンロー研究所まで行こうかなあ。これを読んだり体験したりすると、前世があるのかないのか、UFOは本当にいるのかなどというTV番組が実に幼稚に思えてしまう。マスコミは決して本当のことは伝えないから私たちも「衆愚」に陥らないよう気をつけなければ。
2007年10月27日
今日初めて庭に出て歩いてみた。 何の意志も働かせずに歩くと足が左へ左へと動いて行き、いつのまにか左回りに円を描いてしまっている。 真っ直ぐや右方向へ歩こうとするとふらついてしまうということは、まだあの激しかった目まいの後遺症があるのだろうか。平衡感覚がまだ完全には戻っていないようだ。 それでも柔らかな秋の午後の陽をあびて紅葉の森の中にいるのは実に気持がいい。落ち葉を焚く香りの中で静寂と小鳥の姿をしばらく楽しむ。 庭に沢山リコボー(からまつのキノコ)が生えているのでお昼はそれでキノコうどんを作った。 この前倒れた時と同じメニュー。あの時は一時キノコが原因ではないかと思われて一部では毒キノコ説が流れたらしい。考えてみれば食べてすぐに反応が出るわけではないし、よく思い出してみると食卓についたとたんに既にテーブルがゆっくりと回りだしていたのだった。 だからキノコは全くの濡れ衣。原因は「疲れとストレスによる内耳性目まい」だったのだ。 自他共に「不死身の尚さん」と思い込んでいたことが大きな誤算。やはりトシ相応に全てをスローダウンさせなければならないことを肝に銘じた次第だ。 12年続けた「カフェフルール」の営業も来年は出来ないかもしれない。飲み物を提供するだけのカフェとしてだけなら出来るかもしれないが、思いがけず酵素玄米が評判になってしまったお陰でかなり大変だったことは事実。それでもずい分大勢のお客様に喜んで頂けたし、近隣の人たちもご自分の家で炊くようになって、ある程度の貢献は果たしたかな、と思っている。 でもここの場所が好きで遊びに来たい方、泊まってゆっくりしたい方のためには喜んでこの家を使って頂きたいと思うので、今後はリトリート的な場所とだけになるかもしれない。来年までにゆっくり考えてみよう。 息子が和室に掘りごたつをセットしてくれたので、そこにパソコンを持ち込んで庭に向かって座る。ガラス戸越しに正面に見えるもみじの紅とシロモジの黄色のコントラストが美しい。 日ごとに黄金色に色づいて行くからまつの森を眺めながら上げ膳据え膳の贅沢な毎日。ずっと走り続けて来たような私の人生の中で初めてのゆったりとした日々を楽しませて頂いている。感謝!
2007年10月24日
丁度1週間前の今日は病院のベッドで目も開けられず食欲もなく絶対安静で動けないでいたが、ようやく今日服を着替えてお化粧もしようという気分になった。 まだ歩くとちょっとふらついて酔っ払いのようになってしまうけど、こうしてパソコンをしたり本を読んだりは大丈夫。あまり長くならないように気をつけて徐々に元に戻っている。 大勢の方たちからミクシイに暖かいお言葉を頂き、近所の方からは手打ちのお蕎麦におつゆや薬味までつけての差し入れやギョーザやおでんやお菓子などが次々届いて本当に感謝の思いでいっぱいだ。 丁度来ていた沖縄の息子夫婦は知念での仕事が一区切りついて宜野湾市に引っ越した翌日に荷解きもそのままでこちらへ来たのだが、おヨメさんの方は新しい仕事がすぐに始まるし次女も会社があるので帰らねばならず、息子がしばらく残ってくれることになった。 お陰で庭は見違えるほどきれいになり畑の後片付けもしてくれて大助かり。掃除も私よりずっと丁寧だし、洗濯も食事の支度も後片付けも何でもしてくれて、この1週間ほんとうにゆっくり休ませてもらえた。 40年前まだ彼が小学生だった時「これからの女性はみんな仕事を持つから家事が出来ない男は一人前じゃないよ」と言って育てて来た私の教育方針は間違っていなかったとひそかにほくそ笑んでいる。 一人で引越し荷物を片付けているおヨメさんには本当に申し訳ないのだけれど、日頃の彼の貢献度が分かってホッとした。 出産以外で入院したのは生まれて初めてのことだったが、今回の入院で自分につまらぬプライドがないことが分かって嬉しくなった。 自分の意志とは関係なく胃が激しく波打って吐き気が来る度下腹が強い力でギューッと押されていやでも膀胱の中の水分が押し出されてしまう。(早く言えばおもらし)。 点滴で絶えず水分が補給されているからすぐにトイレに行きたくなるのに動けないから尿器を当てられたり紙おむつをされたり。最初はちょっと恥ずかしかったけれどすぐに持ち前の開き直りの精神に変わって「あーら、ラクチン。便利でいいわあ」と思ってしまい、みじめとか申し訳ないなどという気持は湧いて来なかった。 あったのは甲斐甲斐しく世話をしてくださる看護師さんへの感謝の思いだけ。 助けて頂けることの心地よさ有難さ、甘えることの嬉しさを十分に味わえる自分にも感謝だった。 そして今回の思いがけない出来事で家では急遽家族会議が開かれたらしく、娘も息子も自分の将来を真剣に考え話し合ったそうだ。いつかはとは思っていてもまだまだ先の話と思っていたのだと思う。私も同様だ。これからは本当に気をつけなければ。 でもこんなにも子ども達が私のことを考えていてくれたなんて、涙が出るほど嬉しい。 フランスの長女からもメールが届き、みんなの愛をひしひしと感じている。 大晦日からは次女と二人パリへ行き、長女一家と合流して5日ほど一緒に過ごしてからその後スペインへ旅行するつもりだったのだが、今回はそれをやめにして長女一家のほうが北軽へ来ることとなった。それはそれで嬉しい。 11月9日からのカウアイ島には行きたいので出発まではおとなしくうちで養生しようと思う。
2007年10月21日
10月13日昼過ぎ突然の激しい目まいと吐き気で倒れ、生まれて初めて救急車で入院することになってしまった。 翌日のこちらでのワークショップのためフィンドホーンのジュディス・ボーンさんがうちの娘や他の参加者の方たちと到着した直後のことで、ほとんど会話を交わす間もないことだった。 頭痛はなく意識もはっきりしていたのでこのまま死ぬことはないと思っていたが、目を開くことも口をきくことも出来ない。すぐCTスキャンとMRIの検査を受けた結果「内耳性めまい&高血圧」との診断。かくれ脳梗塞も少しあるらしいが、それはあまり心配いらないとのこと。原因は疲労とストレスだそうだ。 確かに元気に任せてここのところ少し動きすぎたといたく反省。 毎週高度差のある県内の公立中学へ相談員として通っていたことも内耳への負担になっていたかもしれない。普段の自分の世界とは全く異なる学校と言う空間がストレスになっていたことも事実なので、この際お役を降ろさせて頂くことにした。 そして今月中のスケジュールはすべてキャンセル。まだ歩くとふらつくのでずっと家で寝たり起きたりしている。 14日のジュディスのワークショップは満員御礼。前日東京で主催をした娘が全部取り仕切ってくれたので無事終了したが、私自身参加出来ず、叉まだお会いしたことのない何人かの方たちとお目にかかれなかったことが本当に残念だった。 翌日からの「森の不思議なヒーリングプラン」も宿を提供している私が不在で3人のヒーラーさんにお任せすることとなってしまったので全てをホールド出来ず、皆さんに多大なご迷惑をかけてしまった。 自分の健康管理能力の不足から多くの方にご心配とご迷惑をかけることになってしまい深く反省している。 困ったことに私は体力に対して気力のほうが勝っているらしくついつい動き回ってしまうくせがあるので、これからはほんとうに気をつけようと思う。 でもこの1年何かトラブルがある度に不思議にいつもそれが私一人の時でないのはこれで5回目。 1回目はハチに刺された時。看護師さんや鍼灸師さん、レイキストなど9人が到着した日だった。 初めて風邪で寝込んだ時は東京の娘の家でだったし、3回目の真冬の夜のショートによる停電の時は珍しく息子がいて原因を見つけてくれた。 4回目は先月の台風の時。庭の木が3本も倒れ、電線に大きな枝がひっかかっていたが、その時も若い男性を含む友人たちが助けてくれた。 そしていちばん大変だった今回は娘も息子夫婦もいる時で看護師さんが2人のほかにヒーラーさんも何人もいてくれた。 ここまで続くと心底神のご加護を信じないではいられない。なんとありがたいこと。感謝の思いでいっぱいだ。 まわりの森の妖精たち、カフェフルールのエンジェル、そして心優しいまわりの人々、ほんとうにほんとうにありがとう!!
2007年10月19日
昨日から東京へ来ている。今日は予定していた用事が急になくなって珍しく何もない1日になったので映画を2本見に行くことにした。 最初は有楽座の「エディット・ピアフ」。昔の有楽座は今の日比谷シャンテの所にあったのだけれど今はニュートーキョービルの3階。 ピアフのことは悲惨な少女時代を送り恋多き女だった天才的なシャンソン歌手、ということぐらいしか知らないので、その歌も聴きたくて観に行った。と言ってもピアフの歌をそんなに聴いたことがあるわけではないので主役の女優が歌っているのか吹き替えなのかは分からなかった。 副題に「愛の賛歌」とあったのでいつその歌が歌われるのかと期待していたのに、ところどころにBGM的に流れるだけでついにそれは歌われず、有名な曲では「ラヴィアンローズ(バラ色の人生)」「ミロール」「パダン、パダン」など。もし女優さんが歌っていたのなら「愛の賛歌」はあまりにも有名過ぎて恐れ多いのでやめたということなのだろうか。 結果的には今更ながら越路吹雪の歌の素晴らしさを再認識。 彼女の情感たっぷりのシャンソンは何度聴いても飽きないし、「愛の賛歌」も岩谷時子さんの見事な訳詩がピアフとはまた別のコーチャンの歌となって生きている。 そして2本目はピカデリー1で「幸せのレシピ」。気の強い女性シェフが事故死した姉の遺児を引き取って、最後はライバルだった男性料理人と3人で店を開くというラブストーリーだ。 重くて胸にもたれる料理の後に、ちょっと甘辛のデザートを食べてすっきりしたような1日だった。 ところで久しぶりに有楽町へ行ったらずっと工事中だった駅の中央口の銀座側の覆いが取れて見違えるほど広くきれいになっていた。駅からマリオンまでのゴチャゴチャした古い家並みがなくなり、円形と四角の大きな二つのビルになっている。 私の青春が詰まっている有楽町、日比谷近辺はもうすっかり変わってしまった。銀座がまだ辛うじて昔の面影を留めているのが嬉しいけれど・・・
2007年10月11日
昨年の12月でいったんお休みをしていた「心の扉を開く」(アイリーン・キャディ著 日本教文社)の読書会を再開した。昨日がその第一回目。12人の方が集まってくださって嬉しかった。場所はJR品川駅高輪口から徒歩7分の所。徳川最後の将軍徳川慶喜の侍医だった木村春東氏が社交場として自ら設計した歴史的な洋館、ターミナルラウンジ。http://terminallounge.jpみんなお部屋へ入るなり「わあー、素敵!」と歓声を上げていた。照明も白熱灯の柔らかな灯りで窓の外は緑がいっぱいという素晴らしい環境だ。それなのに一人500円お払いするだけでいいのでとても有難い。東京にいた頃の友人が紹介してくれたのだけれど感謝感激だ。アチューンメントをしてから自己紹介。そしてエンジェルカードを引いてシェアリング。その後本当は簡単な呼吸法と瞑想もしたかったのだけれど、今回は遅れて来られた方もいたのですぐその日のページを読むことにした。そしてそれぞれ感じたことを話して頂く。終わってからは近くの居酒屋で食事。初対面同士も多かったのにいつものフィンドホーンのノリで賑やかにおしゃべりの花が咲く。品川は以前の四谷にくらべていろいろな線が入っているので便利かもしれない。これから毎月第一水曜日の夜6時半~8時半続けて行くつもり。今後の開催日は11/7、12/5 1月はおやすみ2008年2/6、3/5、4/2、5/7、6/4、7/28月はおやすみ 9月以降同じく第一水曜日。★毎回高輪口を出てすぐ右にある歩道橋の上り口に6: 15に待っていますので初めての方もどうぞ! 場所が分からない場合は携帯にお電話ください。 (090)4243-8450 広瀬
2007年10月04日
今年の初め札幌でTFG(トランスフォーメーションゲーム)をした時に初めてお会いしたOさんから先日電話があって、9月29日の海老名での「ガンの患者学研究所」の大会に上京するので、そのついでにうちへいらっしゃりたいとのことで、今日のお昼軽井沢の駅で落ち合うことになっていた。 Oさんは7年前に乳がんを手術なさって、今はもうすっかりお元気になられた笑顔の美しい60代の女性。高校時代のお友達二人もご一緒で一泊なさりたいとのこと。 私は昨日一昨日と2日連続で仙台でTFGをした帰りなので、前日信州に泊まられたOさんたちとは軽井沢駅で会うことになっていた。 新幹線を降りるとOさんから携帯に電話がかかり、車で送って頂くことになって予定より早く着いたので駅前のおそばやさんにいるとのこと。 行って見るとOさんたちの隣りに男性が一人座っている。 ああ、この方が送ってくれたのね、と思って席につくとOさんが紹介してくれた。 「こちら野口法蔵さん」 「ええーっ?!(この方があの有名な法蔵さん?!思ったよりお若い、40代かな?→心の声)」 お名前だけは何度もあちこちで散々耳にしていた方が目の前に座っている。 Oさんは法蔵さんの座禅断食を17回も受けていて、今回松本へ行ったのも法蔵さんを訪ねてのことと分かった。私もお弟子さんの塩川さんによる同じ座禅断食を二回受け、また来年1月末に3回目を受けるつもりなので大師匠にお会いしたようなもの。 結局私の車が停めてある駐車場まで送って頂くことになりスーツケースなど持って頂いてしまい恐縮の至り。 思いがけない出会いだった。
2007年10月01日
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