2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全8件 (8件中 1-8件目)
1
夫婦別姓を実践しておられる社民党の福島瑞穂さんが入閣してから、いつこの提案が出て来るかと心待ちにしていたのだが、今朝の朝日朝刊の第一面に来年春に提出するとの記事。提案者は千葉法相だが、この女性もなかなか頼もしい。もちろんまだ採決されるかどうかはわからないが、これまで自民党がやらなかったことや出来なかったことを次々実践したり、しようとしている新政権のこと、実現するような気がして楽しみだ。これまで何度も提出され、法制審議会も民法改正に意欲を示したのに、自民党のアタマの古い連中が「家族の一体感が薄れる」という理由でつぶして来たのだ。名前さえ同じなら家族の一体感が保てるなんて考え方が大体おかしい。お父さんは仕事で忙しく、お母さんはパート、子どもは塾通いと「孤食」の家庭が多いと聞く。名前などより家族がもっと一緒に過す時間が増えるような社会システムにすることのほうが重要だ。日本人は「おなかを痛めた子だから」とか「血は水よりも濃し」とか言って血縁関係を重要視するあまり、他人に対しては冷淡で「自分の家さえよければいい」精神が強すぎるように思う。だから他人の子も我が子も区別なく育てる養子制度が育たないのだ。これからの時代、人と人をつなげて行くものは名前や血ではなく「意識レベル」ではないかと思う。同じ姓の同じ屋根の下に住む家族でも意識レベルが違えばうまく行かないし、それが同じなら他人でも年齢や性別とは関係なく一体感をもって仲良くして行けるし一緒に暮らして楽しいはず。大方の男性が一生同じ姓でいるのと違ってほとんどの女性が結婚によって姓が変わる。ラブラブ関係の時はむしろそれが嬉しい乙女心もあるとは思うが、姓が変わらないことでのメリットは大きいはずだ。まず「嫁にもらった以上はウチのもの」という考えの横暴亭主や意地悪シュウトメが減るに違いない。もしかしたらヨメという言葉もなくなるかも。2本の同じような木が並んで立って、お互いを尊重し合う結婚が当たり前となる。仕事を持ち、自立する女性が増えた現代においては大いに歓迎すべき制度だ。これで結婚を躊躇していた女性たちが子どもを産むようになれば少子化対策ともなる。私は以前からいづれ結婚制度自体が崩れるのではないかと思っている。そうなった時に本当の意味で愛と尊敬を絆にした夫婦や家族が誕生するのではないだろうか。新政権が発足してまだ半月なのに「民主党も第二の自民党に過ぎない」と言い切るご仁もおられるが、天下りを廃止し、官僚の原稿を読まないだけでも大きな進歩だ。その上この「夫婦別姓」法案が通れば更なる進歩。時代は新しく変わって行く。そのためにもぜひ実現してほしいし、難題をかかえながら頑張っている新政権を暖かい目で見守って行きたいと思う。
2009年09月30日
今日佐久のホームセンター、カインズホームへ行ったらセルフレジっていうのがあった。レジのおねえさんよろしく自分でバーコードをピッと入れると、「商品を袋に入れてください」と音声ガイド。代金はクレジットカード、お札、硬貨と表示されている所のどれかに入れる。レシートとお釣りが出て来て終了だ。東京あたりではこんなのもうあちこちにあるのだろうか。これでまたママさんのパート口が減ることだろう。黙々と買い物をして黙々と一人で支払う・・・ますます世の中が合理化されて行くが、これも世の流れか。最初に無人化されたのはバスの車掌さん。今やワンマンバスが当たり前となり、料金もカードを入れるだけだ。そして駅の自動券売機→自動改札→スイカですいすい。銀行と郵便局のATMと、今はペイジーという郵便振替の振り込みまで自動化されてしまった。どんどんスピード化され便利になって行くが、高齢者は追いついて行くのが大変だ。アタラシモン好きで好奇心旺盛な私など、まだ今のところ面白がってなんとかついて行っているが、いつ追いつかなくなることやら。すでにすっかりあきらめてしまっている友達も多く、ファックス、留守電、クレジットカード、携帯電話、携帯メール、パソコンの順に持っている人の数が減って行く。一度誰かにやってもらったら最後自分ではしなくなってしまうので気をつけなくちゃ。
2009年09月28日
国連総会での鳩山スピーチは秀逸だった。温室効果ガス25%削減の宣言も見事だったが、明らかに違憲のインド洋での給油を来年1月で中止するとの決断。そして何よりもこれまでの日本の歴代の首相が誰一人言わなかったことで、とっくに言ってもよかったことを言ってのけたのだ。「核廃絶。そして各国首脳にぜひ広島と長崎に来てほしい」と。オバマ氏もほかの国の首脳たちも好意的にその発言を受け止め、終わってから握手を求める人たちもいた。これで12月に来日するオバマ氏が本当に広島・長崎に来てくれたら、世界は一歩前進したことになるだろう。そして2012年の地球意識のアセンション(次元上昇)がほんとうに現実味を帯びてくる。民主党に政権交代してまだ10日ほどなのに、実にスピーディーに事が進んで行く。閣僚も若返って、テレビで「見るに耐える」顔も多くなった。いかにこれまでの自民党の議員たちが権力にあぐらをかいて、たるみきっていたかがよくわかる。鳩山さんも最初はちょっと頼りない感じで、大丈夫かしらと思っていたのだが、今回の国連総会では堂々としていて、だんだん貫禄がついてきた。心から頑張ってほしいと思う。幸夫人もユニーク発言で注目を集めているが、「魂がUFOに乗って金星まで行った」など、ヘミシンクのスターラインズなんてセッションではみんながやっていることだからちっともびっくりしない。「よくぞ言ってくれました」ってなもんだ。無邪気で自然体で、これまた従来の影の薄い首相夫人たちとは大違いで頼もしい。どうやら政界の方が一足早くアセンションをしているらしい。日本がどう変わって行くのか、楽しみに見ていよう。
2009年09月26日
秋の大型連休が終わり、浅間高原では紅葉が始まった。林の中のウルシの赤が美しい。今年はいつもより早いような気がする。連休中は高崎、埼玉、東京、横浜、静岡、北海道からゲストを迎えてにぎやかだった。今朝早く直接会社へ出勤する娘を軽井沢駅まで送った帰り、あまりにきれいな秋晴れなので、いつもは通らない白根火山ルートの有料道路の方を通って帰ることにした。六里ヶ原の駐車場に車を停めて目の前にそびえる浅間山の優雅な姿に見とれる。午後は「心の扉を開く」の読書会。「深刻になりすぎないように」とのテーマで分かち合いをする。地域の方たちが中心で、たまたまうちに泊まっている人たちも加わるので今日は私を入れて7人。物事をあまり突き詰めて考えて深刻になりすぎないよう、重荷は肩からおろしてリラックスし人生を楽しみなさい、とのメッセージにホッとした気持になる。うちでの集まりは読書会のほかに、やはり月に一度の「北軽で遊び隊」の食事会だが、畑や仕事で忙しい春と夏の間は夕食会。冬の間は日も短くなるし道路も凍るので11月からは昼食会にすることにした。最近はお一人でハーブや野菜を育て、ドライフラワーやリース作りの教室も開いているEさんが加わっていろいろなことを教えていただいている。先日は美味しいオリーブオイルの作り方をみんなに教えてくださった。市販のエキストラバージンオイル1リットルににんにく一玉、セージ、ローズマリー、タイムを2~3本ずつくらいとペラセーニョ(皮の厚いししとうのような、とても辛い野菜。なければタカノツメで代用も可)を3~4個入れるだけだが、ドレッシングでも炒めものに使っても美味しいオイルになる。そのほかお互いに自分が作っている野菜や花やジャムやハーブティーなどを上げたりいただいたり。この土地ならではの暖かな心の交流が続く中で日一日と秋が深まり、今年ももう4分の3が過ぎ去ろうとしている。
2009年09月24日
昨日は近所のKさん経営のDog Vacationへ栗拾いに行って来た。 広大な敷地に大きな栗の木が何本も立っていて、下に沢山の栗が落ちている。 遠くにあずまや山を望む素晴らしく景色のよい所で、その景色を眺めるためのデッキと椅子まで用意されている。 瞬く間に沢山の栗が拾えた。 山栗は小さいけど甘味が強く美味しいのだ。さっそく栗ご飯を炊こう。 午後は追分まで行ったついでにツルヤに寄って脂ののったサンマを購入。うちに泊まりに来ているA子さんがマツタケを買ったので、夕食はまさに秋の味覚100パーセント。 日本人に生まれた幸せを、こういう時だけは確実に感じるなあ 折しも庭にはからまつのキノコ、リコボーの第一号がお出まし。 これも味噌汁やうどんに入れると美味しい。 もう少し出て来るまで待とう。 近くの林ではもう紅葉の始まった所もあり、夜はストーブが必要になって来た。畑の野菜も、あとはたくあん用の大根の収穫があるだけ。 今年からうちの畑の野菜がなくなったら玄米メニューは終わりにしようと思う。そして今年の営業は10月17,18の週末でおしまい。 来年は5月のGWの後はうちの野菜が採れる7月半ばまで、やはり玄米メニューはお休みすることにした。そうでないとオーガニックカフェの看板が泣くと思うから。 喫茶店としの営業はするつもりなので、食事としては自家製パンのトーストのみになってしまうと思う。 だんだんワガママになって行くカフェフルールだけど、どうぞお許しのほどを。
2009年09月19日
先ずは鳩山さんのインタビューをご覧いただきたい。http://www.el-aura.com/hatoyama.html幸夫人が明るい笑顔で「トム・クルーズも前世は日本人だったことを私は知ってるのよ」とおっしゃったり、UFOに乗って金星まで言ったことがある、などとアメリカのメディアで公言なさったりで俄然面白くなって来た。無名の者が同じことを言ったら一笑に付され、アタマおかしいんじゃない?などとバカにされるのがオチだが、いやしくも日本のファーストレディーの発言ともなればそうはいかない。頭コチコチの古い意識の人や、いまだ半信半疑の人たちも少しは耳を傾けるようになるのではないだろうか。お二人はアメリカで運命的な出会いをされて、幸さんの離婚を待って結婚されているが、今でもとても仲良く一緒に映画に行かれたり、町のファーストフード店で食事をなさったりと、これまでの首相夫妻とはまるで違うタイプ。鳩山さんのお祖母さん(一郎夫人の薫子さん)は私の母校の大先輩。空襲で消失した学校がようやく木造2階建てで千代田区二番町に建って間もなく、またもや不審火で全焼した時、ご自分が創立した共立女子学園の教室を提供してくださって、復興までの1年間私たちは2部授業で神田まで通ったことがある。そういうご縁もあり、今回の政権交代は大歓迎だ。ぜひこれまでのたるみ切った政治に新風を吹き込み、世の人々の意識革命にも一役買っていただきたいと期待している。
2009年09月12日
建設を続行するか中止するかで毎日のように新聞紙上をにぎわしている八ッ場ダムの建設現場は、実は我が家から車で20分ほどのいわば地元にある。JR吾妻線の「長野原草津口」の駅名にもなっている長野原町は南北に広がる細長い町でその北の端に位置する北軽井沢と、東西に広がる広い嬬恋村の東の端一体がいわゆる北軽井沢の別荘地。うちの住所は嬬恋村だけど、200メートルほど東はもう北軽井沢という地名だ。長野原町も嬬恋村もその中心部ははるか標高を300メートルほど下った所にあるので、ここはまさに別天地。気温も雰囲気もまったく違う。短歌会のメンバーに長野原町の町会議員がいて、先日その方の案内でみんなでダムの建設現場へ見学に行って来た。選挙後新聞にも載っていた建設中の長い橋の支柱には実はいくつもの穴が空いている。これはやがて湖中に埋もれた時そこから水が入って、その水圧で支柱を支えるためだと説明を受けた。橋げたはまだ2箇所だけでつながってはいない。新しく付け替える道路の建設だけが着々と進んでいた。このダムについては、うちが45年前に北軽井沢に山荘を作った時にすでに反対運動が盛んだったのを覚えている。聞けば建設が決定した1947年直後からの反対運動だったそうな。そして長い間の説得工作の末、ようやく地元民が渋々ながら受け入れて立ち退きもほぼ終わってからの政権交代。中止にするとの声。立ち退き対象となる7割方の人々が、用意された代替地を嫌って別の地域に去ってしまった。長野原町唯一の温泉、川原湯も廃業した宿も多くひと頃のような賑わいはない。「ここが新しい川原湯温泉になります」と言われた場所もまだ造成中で、源泉は現在のが使えるそうだが湯量は減少するとのことだ。代替地は山を削り谷を埋めた造成地なので、ダム完成のあかつきには湖畔の町としての景観になるのだろうが、後ろに迫った山が土砂崩れにならなければいいが、という不安を感じた。すでに何軒かの新築の家が建ち、町長さんも引っ越して来ているが、買い物など不便な所だ。地元と言っても何キロも離れた所に住みダムの恩恵にはまったく浴さない我々としては、渋川から嬬恋を抜けて長野県の東部町まで延びる新しい道路さえ出来れば便利でいい、くらいの感覚しかないのだが、政治に翻弄されて来た人々にとっては大変なことだと思う。鳩山さんは「続行すればまだ1000億も2000億もかかるかもしれないから中止する」と言い、石原都知事は「これまで支出した470億に対する賠償金を請求する」と言い、まだまだ反対賛成の声が入り乱れている。民主党がどう決断するか、見守っていたい。
2009年09月09日
9月1日、2ヶ月ぶりに上京。大分涼しくなっていて助かる。翌日の午後はいつもなら「讃美歌を歌う会」で、昔の級友たちとランチを摂るのが常なのだが、今月は会場の都合で来週になったので、急に空いたその時間を利用して両国の出版社で来月出版予定の絵本の打ち合わせをする。夕方は月1回の品川での読書会。今回は初めての方が多く、10代の女子高生から70代の男性まで30人近い人が集まり椅子が足りなくなってしまった。うれしいことである。宮崎のむっちゃんも自宅の方で始めたいので参考のためにと、わざわざ日向から来てくれた。以前は「心の扉を開く」(日本教文社)のその日のページを読んでいたのだが、いつも第一水曜日だと同じページに重なることもあるので、最近では日付にこだわらず適当なテーマを選んでいる。今回はフィンドホーンのこともほとんど知らずシェアリングもしたことのない人が参加するので、あまり難しくない所をと思い4/27,28のページを選んだ。終了後はいつも通り品川駅構内の「パンネヴィーノ」 で2次会。私とむっちゃんは10時過ぎの横須賀線で逗子へ。wai-olaに着くと真美さんが二人分のふとんを敷いておいてくれた。まるで実家に帰って来たみたいにそこへバタンキュー。(真美さん、いつもありがとう!)翌朝8時過ぎ真美さんが自宅からやって来て3人で朝食。10時から読書会が始まる。真美さんの読書会は「心の扉を開く」だけでなく「無条件の愛」(ナチュラルスピリット)も使う。その「解釈」というところを読んでシェアリング。子連れの方もあってとても和やかで楽しい会だった。終わってみんなで賑やかに持ち寄りの昼食会。楽しいおしゃべりが続く中一人帰り二人帰りの自然解散。私たち3人は7時から始まる娘のフラメンコのライブに西日暮里まで出かけた。 フラメンコの靴音高く舞う吾娘の 笑顔輝き 嫁ぐ日やいつ?翌日は以前私が秘書をしていた芸能界の方の事務所へ行って酵素玄米の炊き方の説明をし、昔話に花が咲いた。そして昨日の朝帰宅。4日留守にした畑が気になって外出着のままエプロンだけして畑へ急ぐ。収穫はレジ袋いっぱいのモロッコいんげんとししとう。枝豆も山ほど採れた。きゅうりはほぼ終わりだ。畑にいる時から携帯には「これから行きます」だの「今お店の前にいます」だのと電話がかかってくる。急いで取って返しすぐ定食の準備。そして自分のお昼が食べられたのは3時過ぎだった。ヤレヤレ・・・
2009年09月06日
全8件 (8件中 1-8件目)
1
![]()

