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ある方から「アンチエイジング」のフラワーエッセンスをいただいた。「フィードバックを」とのことなので飲んでみようと思って、はたと考え込んでしまった。最近の新聞や雑誌の広告をみるとアンチエイジングがブームで「私、何歳に見えます?」などというコピーつきの笑顔美人の写真が載っている。たいていは化粧品やサプリメントの宣伝だからもっぱら肉体的なアンチエイジングに関するものばかりだ。でもフラワーエッセンスとなると微細なエネルギーで精神的なものに効果があるものだから(きっと結果的には肉体的にも)「心の若さ」を保つためのものなのだろうと思う。そこで私に本当に必要なものなのだろうかと考え込んでしまったのだ。私がいちばん「老け込んで」いたのは30代の頃だったような気がする。世間体を気にし、世間の常識に合わせて生きることに懸命で、自由も幸福感も感じられなかった頃だ。有名な言葉に「若さとは年齢ではなく心の状態を言う」というのがあるが、まさにその通り。しかし若さとは未熟と相通ずるものでもある。身体が老いても心が自由で成熟していればいいが、心が未熟な老人ほど始末の悪いものはない。そういう老人ばかりが長生きする高齢化社会はごめんだ。身体の老化は自然のままでいいじゃないか。見苦しくならない程度に手入れをし、お化粧もオシャレもするつもりだけれど、ここまでトシをとると無理にアンチエイジングしようとは思わない。エイジングは悪いことばかりではないからだ。多分中年期にさしかかった人ほどそれに関心があるのではないだろうか。最近は心に身体がついて行けないのを実感しているので、フラワーエッセンスはありがたいけど、身体の自然の老化との距離がこれ以上広がるのも困るので、まだ飲む決心がつかず目の前に置いたまま迷っている。
2009年06月27日
ぜひクリックしてみてください。http://www.youtube.com/watch?v=3ymSYeWwlEU
2009年06月22日
昨日衆議院で脳死に関する改正法案四つのうちA案が可決された。つまりこれからは脳死が人の死となり、臓器移植の年齢制限も撤廃されたのだ。 臓器移植しか助かる方法のない子どもを持つ親にとっては確かに朗報かもしれないが、本当に法律でこう決めてしまっていいのだろうか。 私は「脳死が死か?」という議論以前に、たとえドナーの心肺が停止したとしても、臓器移植そのものに賛成ではない。 人間が肉体だけの存在なら、自動車のように部品さえ取り替えればいいのかもしれないが、全身の細胞の中にエーテルもアストラルも存在しているホリスティックな存在として考える時、そんな単純なものではないと思うからだ。 30分間心肺停止状態で蘇生し、その間の臨死体験で得た知識をこの世で役立てようとしている木内鶴彦さんがドナー登録していなくて本当によかったと思う。世界では他に48時間後に生き返った人の例もあるくらいだ。 100歩譲って生命に関わらない角膜や片方の腎臓、生体肝、骨髄、皮膚などの移植などはあってもいいと思う。私自身何十年も前、日本でアイバンクが出来た時すぐに登録したくらいだ。(でも今となっては軽い白内障が始まって役に立たなくなってしまったけれど) 心臓の場合は移植を受けてから性格が変わったり食べ物の嗜好が変わったという実例はいくらでもある。いちばん確実にイキのいい心臓を提供出来るのは死刑囚だと思うけれど、ドナーが誰かという秘密が守られたとしても、その心臓にどんな波動が残っているかは誰にもわからない。 もっと科学が進んで、始まったばかりの「どんな臓器でも作り出せる細胞」の技術が軌道にのって、誰にでも適合する「部品」が工場で大量生産出来る時代になったらどうかわからないけれど、今の段階では死ぬ人を待って、その人から臓器を取り出さなければならない。 そこから新たに多くの問題が派生するような気がするのだ。 すでに虐待死した子どもを見分けられるか、という疑問が発生しているし、貧しい国の親たちがヤミの業者に子どもを売り渡したり、それを目的に子どもを産んだりということだって可能性として考えられる。 産んですぐ殺してしまったり、捨てたりする親に業者がつけいらないとも限らないではないか。 移植を受ける側としては、わが子を助けたい一心で、どんな経緯でその臓器が提供されたかにはあまり関心が向かないかも知れない。 移植を受けてもいずれは死ぬ時が来るのだから、もっと「死」や「死後」のこと、生まれ変わりのメカニズムを真剣に研究し、一般的にしてほしいと思う。外国の学者や科学者達は沢山の研究結果を発表し、多くの書籍となって世の中に出回っている。 なぜそれを冗談にしたり、単なる比喩としたり、怪しげなオカルト扱いにしたりするだけで真面目に取り上げようとしないのだろう。 それを一般論として子どもの頃から教育することだけで人の意識や価値観が変わり、世界平和もエコロジーも命の大切さも十分に理解するようになるのではないだろうか。
2009年06月19日
1週間の「体験週間」プログラムだけで帰る9人と通訳のMさんと私は日曜日の朝早くバスで現地を出発。アムステルダムで乗り換えて順調に成田に到着した。インターネットのニュースではWHOがフェーズ6を宣言したと言うのでどんな騒ぎかしらと思っていたが、最初の大したことない頃に大騒ぎをしたのでマスコミも飽きてしまったのか、簡単なアンケートだけでマスクしている人もなく何だか拍子抜けしてしまった。飛行機の中ではほとんど寝なかった上、昨夜は12時まで起きていたので今朝5時までぐっすりと眠れ、これで時差ぼけは解消。2週間ほったらかしにした畑が心配でさっそく行って見ると案の定草ぼうぼうだ。行く時はやっと芽が出たばかりだったほうれんそうやラッディシュは丁度収穫時。たね蒔きの時ワークショップで来ていた人たちが楽しそうに、つい余分に蒔いてしまったたねが見事に育って初収穫はラディッシュの山。近所の人におすそ分けしても夕食のサラダにはたっぷりと残った。採れたての菜っ葉もほうれんそうもとても美味しい。さあ、明日からは雑草との格闘が始まるぞー。
2009年06月16日
金曜日はプログラムの最終日。みんなが最後のラブ・イン・アクションをしている午前中に昨日着いた3人と一緒に邦江さんの車でマクベスの舞台となったコーダ城へ連れて行ってもらう。 ここには現在もレディ・コーダという人が住んでいるのだが、シーズン中は別荘か何かに移って観光客に開放しているのだそうだ。だから実際に使われている家具や調理道具がそのまま置いてあり、古城のわりには生気が感じられる。通路にはコーダ家のタータンが敷かれ、ロープで順路が作られている。売店でラムウール製の同じチェックのポンチョを売っていたので記念に購入。広い庭園もとてもきれい。フランスのようにあまりにも人工的過ぎると抵抗があるが、適度に自然で感じのいいお庭だ。 午後は最後の「完了のミーティング」なので私も参加して全員でシェアリング。何人もの人が涙を流し、フォーカライザーのイネカまでが目を真っ赤にしている。心の扉が全開になった人、やっと少し開きかけた人といろいろだけど、ここでの1週間の体験が次第に醗酵して、いつも間にか深い所での変容が起きる人が多いのでこれからが楽しみ。夕食は同時に三つのグループが最終日を迎えたのでダイニンングルームはとても賑やか。丁度フラの先生のむっちゃんが来ていることだし、とまみさん、K子さん、私の4人でサプライズをすることになり、むっちゃんから教えてもらったフラを一緒に踊ったが、スコットランドでのフラは珍しいらしくやんやの喝采だった。そしてその後はボールルームへ集まってお別れ会。イアンのリードでスコットランドのグランドマーチから始まってマリリーナの「バニバニ」とか「ジェームスボンド」などのゲーム。いろいろな国の人も混じっていいトシのおじさんまでもが子どもにかえっての大騒ぎ。おなかが痛くなるほど笑い転げてしまった。ほかにピーターのリードによるセイクレッドダンス、ドイツから来た日本人女性がリードするまるでバレエのような「東京音頭」、私たち日本人グループのコーラスなどと夜が更けるまで楽しい時間が続いた。と、言っても10時過ぎてもまだ明るいのだけれど。
2009年06月15日
昨日の畑での草取りが響いて上半身があちこち筋肉痛なのでバスタブにお湯をためて浸かろうと入ったのはいいけど、何しろそれがデッカイのだ。アメリカのは浅くておなかがひょっこりひょうたん島みたいに水面に出てしまうのが多いけど、こちらのは2メートル級の大男が入るような深くて長いバスタブ。縁に頭を持たせかけてゆったりと入ろうとすると足が届かなくて沈みそうになるので、中ほどにある手すりにつかまると今度は頭が縁に届かない。髪を濡らさないように両手でしっかり手すりを握って身体を支えていたらかえって筋肉痛になりそう。お湯の中で上を向いたり、腹ばいになってみたり、縁にしがみついて横を向いてみたり四苦八苦したあげく、くたびれてしまって出ることにした。見てる人はいないけど、相当にみっともない姿だったと思う。でもその後8時から朝の5時までぐっすりと寝て、今朝レブさんにマッサージしてもらったら筋肉痛はほとんどと取れてラクになった。ここのところずっと早寝早起きなので毎朝6時半からの瞑想に参加して、その後のテーゼにも欠かさず出ている。あの浴槽に入るような大男たちのテナーやバスはさすがによく響き、女性2部との4部合唱は素晴らしいハーモニーだ。知らない歌もあるけれど、どれも短いし繰り返しが多いのですぐ覚えてしまう。夕方は2週目のプログラムに参加するために日本から来た友人たち3人をイアンの車で駅まで迎えに行き、一緒にイアンの家まで送て行った。彼女たちはここに2泊することになっている。明日はみんなでハムレットの舞台になったと言うコーダ城へ行くつもり。
2009年06月11日
4日の夜中にこちらについてからもう5日も経ってしまった。翌日の金曜日は全員で自己紹介の後、宿舎であるクルーニーの中の案内、土曜日は午前中サンクチュアリー(瞑想室)でエンジェルメディテーション。しばし瞑想の後一人ずつエンジェルカードを引く。私のはPatience。時を待つ「忍耐」ということで、今の私にはぴったりのエンジェルだ。そしてグループエンジェルはInspiration。今後このグループは「インスピレーショングループ」ということになる。その後ボールルームでセイクレッドダンス。スコットランドの衣装を着たピーター・バランスの軽やかなリードでダンスを楽しむ。みんな大ニコニコで笑いがあふれる。午後はずっとフリータイム。日曜日は前に書いたように「シャンバラ」でのテーゼシンギングの後パークツアー。この後メインサンクチュアリーで作業の分担を決めた時、突然腰痛が起き気分の悪くなる人がいたが、彼女の手足には金粉が沢山出たそうだ。そう言えば私も以前同じ場所で顔の左半分に金粉がでたことがある。これって何なんだろう。月曜からは午前中がラブ・イン・アクション、午後がワークだが、この日はボールルームでのゲーム。夕食後はシェアリングとゲストのお話。昨日の午後は集合写真を撮った後、ランドルフスリープの森へ。途中あちこちにシャクナゲが自生していてとてもきれい。お天気は上々で、こんな暖かい日に森へ来られたのは私も初めてで木漏れ日の中をそれぞれ思い思いに散策する。私は私の中の小さな「ナオちゃん」と初めて出会ったいつもの場所へ行って目を閉じる。いつもピョンピョン跳ねているナオちゃんが今回は優雅にゆっくりとクラッシクバレエを踊りアラベスクのポーズを取っている。少しスロウダウンした感じ。やはりトシのせいかな?帰りはLogie Steadingという広い農場の中のティーハウスでそれぞれ好きなものを買ってティータイム。そして6日目の今日は朝からバスで15分くらいの所にあるEarth Shareという有機農場へ行って全員でたまねぎ畑のweeding(草取り)。アカザ(こちらではFat Hen=おデブのめんどり)が沢山生えていたので摘んで来た。明日の夕食にはおひたしが食べられるかな?
2009年06月10日
そう、ミラクルが三つ起きたのだあー!(しばらく続きが書けなかったのは突然パソコンの電源が入らなくなり、故障したのだと思い込んでがっかりしていたのだが、それが復活したのだ。)まず私のパソコン、こうして今使えている!実はとても単純なことからわかった。カメラの電池も切れてしまったので充電しようと、パソコン用に借りていた3本足のプラグにつないで部屋のコンセントに入れたがランプがつかないのでレセプションに持って行ったらその部屋のコンセントでもダメ・・・ということで、なんとそのプラグが「ひげそり用」のものだったことが判明。沢山ある中から別のを探してくれて、それを使ったら充電もパソコンもOKとなったと言うわけ。そして昨日はもう一つミラクルがあった。朝食後フォーカライザーのイアンが運転するバスで「パーク」(フィンドホーンの中心的な場所)のそばの「シャンバラ」というお屋敷でテーゼ(短い聖歌のような歌)を歌う会にみんなで行ったのだが、イアンの話ではガソリンメーターがもうゼロに近くなっていたのだそうだ。それで帰りに給油しなければと思って、帰り道メーターを見たら「満タン」近くに針が戻っていた!!そして今朝もう一つ。ある人が最後の20Pコインを使って電話をかけたが用が足りず、もう一度かけなければならないのに困ったと床をみたら50Pコインが落ちていたと言う!こんな時フィンドホーンでは全部「エンジェル!」と言って喜び感謝する。でもほんとにそうとしか思えない!2000年の「体験週間」以来毎年のように来ているフィンドホーンだけどほとんどが冬の寒い時期で、この美しい景色の6月に来られたのは8年ぶり。丘全体が黄色に染めてゴース(ハリエニシダ)が咲き誇り、色とりどりのシャクナゲがあちこちに咲いている。クルーニーのすぐ裏には真紅、黄色、オレンジ、肌色、濃い紫、赤紫、ピンク、濃いピンクのシャクナゲガーデンとも呼びたい自然の花園があり、そのほかにも名前はわからないが沢山の花が咲いている。空気はすっきりとかなり冷たいが、太陽はまぶしくとても明るい。夜は10時過ぎまで外が明るく丁度夕方の感じ。16名の参加者の皆さんはもうすっかり打ち解けて、今日(月曜日)からはそれぞれのワークディパートメントでのラブ・イン・アクション(作業)が始まった。その間私はフリータイムを楽しんでいる。参加者の中にはガンが再発して治療中の人もいるのだけれど、「とても楽しい。来てよかった」と満面の笑顔でほんとうに楽しそう。他の人たちもどんどん表情が明るくなり、ルンルンしている。この楽しさはほんとに体験した人にしかわからない。だから私はみんなに来てほしいのだ。それも今回はポンドがこれまででいちばん安く、季節もいい時でフォーカライザーも一流の人、と3拍子揃っている。そして私の「体験週間」のオーガナイズは多分これで最後となるだろう。
2009年06月09日
6月4日(木)11:15発のオランダ航空KL862で成田空港を14名の方たちと出発。約12時間後にアムステルダムに着き、アバディーン空港(スコットランド)への乗り継ぎ便まで5時間もあるので空港内のメルキュールホテルでシャワーを浴びることにする。ロンドン経由で現地まで先に行っている人が2人いるので全員で16名の参加だ。これにはちょっとしたドラマがあった。2年前に同じ「体験週間」参加者の人数が何人になるかを、覚えたばかりの一人キネシ(オロジー)で調べた時、定員は20名だが参加人数は何回やっても19名という答えで、最終的にやはりその数だったので、今年も10名ほど集まったところでやってみたら16名と出た。定員はあまり多くないほうがいいのだが、一人当たりの参加費を抑えるためにはある程度の人数が要る。そこで今年は18名にしたのだがポンドがぐっと下がったお陰で、それでも例年より3万円も安く出来た。それなのに今年は例年になくキャンセルが多く、出たり入ったりの結果、出発の3日前の時点で15名に落ち着いたのだ。16名のはずなのにおかしいなあ、と思いながらも6月2日にはもう上京しなければならないので最終的な名簿をプリントし、荷物の確認などをしてスーツケースも送り出してから、クリスタルボールや木内さんの会へ出かけたのだ。ところが夜遅く帰ってパソコンを開けたら、初めての方からのメールが来ていた。フィンドホーンに興味があり行きたいけれど今年はもう3日後が出発だから無理なので次回はいつ?というお問い合わせだった。もしかしたら、この方が16人目かもと思って「もしパスポートをお持ちで、航空券さえ取れれば大丈夫ですよ」とお返事したら翌朝早くにお電話があった。予想もしていなかった答えだったとのことで、かなり動揺なさっている様子。私は留守にする前にすることが山ほどあるので航空券の予約はご自分でやっていただこうと旅行社の電話番号を伝えて畑へ行ってしまった。すると10時過ぎに携帯へお電話があり、「航空券が取れたので行きます!」との明るい声。やはりキネシはすごい!こんな形で実際になろうとは!!さあ、それからが大変。フィンドホーンへ予約を入れるのに必要な情報を聞いてすぐメール送信。自己紹介レポートも急いで書いてもらって明日私たちより先に出発する通訳のMさんに転送。そしてすでにみなさんに送ったすべての情報をその新しい参加者の女性にFAXで送り、名簿に一人加えて人数分を刷り直す。かくして今回もキネシオロジーの不思議さと正確さに驚いたのであった。と、同時に直感で動く人の決断力とその行動の速さが気持ちよかった。私もそうだけど、ぐずぐず考えず、自分の直感を信じて動けば必ずそれは「正解」となるのだ。そう出来ないで結局は機会を失っている多くの人たちに、そのことを是非教えて上げたいと思う。
2009年06月05日
今日は佐久の「なんだ館」で Sunrise of Love と銘打ったクリスタルボールの大御所牧野 潤さんの演奏会があった。テーブルの上にはローズクオーツ、アメジスト、黄水晶、ホワイトゴールド、備長炭、プラチナ、エメラルドなどのクリスタルボールのほか、水晶の上に純金を張ったアルケミーと呼ばれるものまで大小さまざまなボールが30個近く置かれていてまさに壮観。歌うピアノマンのしゅんちくんのピアノと主催者カジさんのクリスタルボールとギターとが丁度三角形になるように配置され、私たち観客はその三角の間にそれぞれ持参のひざ掛けや毛布などをかけて全員ヨガのサヴァアサナ状態となって寝る。沢山のクリスタルボールが奏でる倍音や音の洪水にどっぷりと浸かって瞑想状態。目を瞑ると金色の輪が沢山見え、やがてそれらが白く輝き出して全部オーブとなった。まるで音のお風呂に入っているような気持ちよさだ。本当に眠ってしまった人もいる。間に牧野さんのホーミーやインディアンフルートの演奏、スロバキアの羊飼いの笛などが入り、その見事な演奏に圧倒されてしまった。牧野さんのクリスタルボール歴はアメリカにいらした頃からの25年とか。今から15年ほど前、まだ私が横浜にいた頃に知り合った時にもすでになさっていたことになるが全然知らなかった。今は南伊豆にお住まいで、熱海にショールームがある、まさに日本のクリスタルボールの巨匠、総代理店のような方だ。そして夜はそのすぐそばの会場で木内鶴彦さんのお話し会。今や世界的に有名になった木内さんの講演なのに、これまた30人ほどのアットホームなぜいたくな集まり。二つとも都会の大会場などでは味わえないゴージャスな会だった。
2009年06月01日
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