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「霊魂論」神秘学41 霊的神秘体験は、尋常者の霊験や修験道での体験とは趣を異にした特別な宗教体験だとします。其の立ち位置から観想すると、些かシュタイナーの著作「神秘学概論」は、自己の神秘体験を只管(ひたすら)押し隠している向きがあります。彼は体験を語ることには重きを置かず、其の論理的必然性を語りたいのです。スピノザが神の存在の実相を数学の演繹法により神の実体倫理学を打ち立てたように彼は其れを否定し難い論理を組み立てるのに工夫をこらしますが成功したのでしょうか。何れにしても神秘体験は、尋常普通の経験とは類を異にした体験を基底にしていることの事実は歪めません。日本の江戸時代末に成立した新宗教の一つ天理教の教祖「中山みき」や、大本教、正確には“教”を付けない「大本」の金光教の「艮(うしとら)の金神」に救いを求め,1892年に初めて神憑りしたした「出口なお」は神秘学論を学んだ訳ではなく、自己の信教から発し体験したものからくる体験からくる信念です。然し乍ら、其れ等とシュタイナーが異相であるのは、彼が自己の神秘体験を宗教の力を借りずに論理で答えようとしたことに特異なものがあります。体験を学んだ訳ではなく宗教上具現したことを信じたことによる思考原理ではなく、信教に依らず霊性世界を観相することが出来得たところから自らの神秘体験を論理的に説こうとするところは、シュタイナーを単なる教祖信仰に押し挟めない融通性、「信じろ」されば解かるの既成宗教とは一線を画しています。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月30日
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「霊魂論」神秘学40 神人融合論は宗教及び哲学においての絶対者、其々に思考の立ち位置に従って名称は変わるものの、神・最高実在・宇宙の根本原理などを自らのうちで内心外覚で直接に体験して,自己との合一を求める立場を基本としています。絶対者は人間の言語や思慮などを絶したものであることから,概念的な思考や単なる信仰では把握(はあく)出来得ず,人間が自己を完全に滅却する、仏教に云う「無我」によって「神秘的合一」が可能になると考えることが神人融合論の基本的な捉え方でしょう。神秘主義は既成宗教が時代の進捗による形式・形骸化するにともない必ず生起する現象です。その起源は古く,洋の東西を問わない現象です。インドのウパニシャッドや仏教の密教はその典型で,イスラム教にもイスラム神秘主義(スーフィズム)があり,ユダヤ教にはカバラやハシディズムの伝統があります。西方のキリスト教神秘主義はパウロやヨハネに端を発し,其の後に新プラトン主義を摂取して形成されます,形而上哲学に於いてもアウグスティヌスを経て中世のベルナールやボナベントゥラに至る神秘神学の流れがあります。東方キリスト教世界にも古代以来の大きな潮流があり,現代に至るももアトスにその実践を見ることができます。13世紀にはエックハルトを代表者とするドイツ神秘主義運動が興り,敬虔主義へとつながる史的流れがあります。アビラのテレサや十字架のヨハネによるスペイン神秘主義やフランスのキエティスムも重要です。神秘主義が近代以降の科学や芸術に及ぼした直接間接の影響も無視出来得ません。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月29日
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「霊魂論」神秘学39 神秘主義はなにも哲学や宗教に限らず、芸術の美術・音楽関連にあっては,屡々、客観的描写を超える神秘的・宗教的情趣を表現しようとする傾向があります。、当然のこと其れ故に、其の作品には作者の霊性が表現されています。それと自己の霊性が共鳴したときに初めて感動が現れます。原始時代の造形や中世の絵画や彫刻にはこの傾向が濃厚でした。作者がラファエルは然り、近代におけるスペインのエル・グレコ,イギリスのラファエル前派,ウィリアム・ブレーク,フランスのオディロン・ルドンらの作品は或る種感の動を我々に与えます。音楽では,14世紀の宗教行事中の音楽や、現代の神秘和音を用いたアレクサンドル・スクリービンの音楽はまさに霊的音声の世界を再現したものでしょう。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月28日
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「霊魂論」神秘学38 神秘主義を拡大解釈すれべば、神・絶対者と呼称される究極的実在との直接的・内面的一致の体験を重んじる哲学乃至(ないし)宗教上の思想をも含有しています。オカルティズム(occultism)は其れ等の中でなかで思考だけではなく体験が前面に出ることを特徴とします。この神秘的体験は言語では表現し得ないとするのはオカルティズムの最たる思考ですがスピノザ及びシュタイナーは言語で表現することに尽力します。此の体験は主観と客観の対立を超越して直接的無媒介的であるところから、シッダルタの「無我」の境地を想わせます。神人融合の神秘主義はキリスト教では異端視されますが、神秘主義は西洋ではオルフェウス教などギリシの宗教やプラトン主義の伝統及び東洋では梵我一如(ぼんがいちにょ)を唱えたウパニシャッド哲学などに神人融合の神秘主義が見られます。プロチノスに代表される新プラトン主義的神秘主義は、其の後のキリスト教にも大きな影響を与える一分野を獲得し提供している程ですから娘の思考は人間の霊性を考慮するうえで無視出来得ないものがある筈です。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月27日
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「霊魂論」神秘学37 シュタイナーの問う物質的な実態の太陽系とは些か本質を異にする霊性を基底にした霊的太陽系、其処にはもはや物質系列では捉え難き世界が待ち構えます、とはいえ、全くの別物というわけでもなく、占星術を熟知していたシュタイナーが自らの神秘体験を通して構築したものと想われます。彼が再三繰り返す自己が打ち立てた霊学が、正しい思考を通して理解できる筈だとしているのは、信教ではなく神秘学を前面に押し出す真意でしょう。シュタイナーはオカルティズム、所謂、幻想的な思考とされる心霊主義を哲学に高めようとするのです。「学」とは名付けられてはいても、一般に言われる学問とはその真理に至る認識方法が根本的に異なるとされたオカルティズム(occultism)を実証しようと試みています。神秘主義は屡々宗教と哲学の間隙を埋めるものとされますが、シュタイナーは此れを合理的な理性によって万物を理解しようとするギリシァのタレスを代表とする唯物論や、アリストテレスに代表される形而上哲学に思考方法を重ね理論を組み立てています。バールーフ・デ・スピノザが神の存在を数学の演繹的説明原理を借りて存在を明かそうとしたようにです。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月26日
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「霊魂論」神秘学36 人間が霊界に参入するということは何を意味するのであろうか。旧約に限らず新約のみならずイスラム教も生前の記憶は勿論のこと「神に選別された人間」だけには肉体的死だけでは、決して死しても人間として生きた生前の自我が失われることはありません。それが世界の創造者の人間に付与した福音だからです。此れが、シッダルタの「思考・感情・意志」の働きを解明し覚醒した意識は、小乗即ち、上座仏教は「無我」を前面に押し出して、肉体と共に生前の汚穢された自我を消滅させることにより、転生の苦難を浄化します。苦難の輪廻の断ち切りです。勿論のこと、背景にあったのはインドのカースト制度からの民衆の解放から来た判断なのでしょう。方や、上座仏教を小乗と名付けた大乗仏教は輪廻を避けるために「別世界」である仏界「浄土」を設け輪廻転生とは、決別した仏が偏在する世界を数多く設け、救済世界を誂えています。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月25日
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「霊魂論」神秘学35 人間が霊界に参入するのは、何も死後だけのことではない。霊界を「ヘブン(heaven)」や「浄土或いは仏土}とした宗教哲学には、生前において既に霊界に参入と云うよりは霊界其のものの干渉から誕生した人間や霊魂の内奥での「思考・感情・意志」の働きのバランスを究めて霊界其のものを自らの深奥の精神に取り込み覚醒した人物が史上に存在したことは事実である可能性もかなり高いものと想われます。現実的に霊界や天国及び浄土を全く存在否定する者も、信教上には歴史を造る程の力を得ていた人物を部分否定することはありえても、其の現出の存在そのものを否定することは出来得ません。神の支配が完全に行われるところとしての「ヘブン」は人間の心のなかにも既に天国が存在するとする考え方もあり、ナザレのイエスの宣教した天国とは聖書から読み取れば、神の国の福音を解釈すれば、其の実現は既にに現在のうちにあるとするものと解釈する論と、終末的末来にあるとするもの説く論がありますが、何れにしても基礎をなす理念は「生命への畏敬」を基底にしたものであることに注意が肝要です。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月24日
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「霊魂論」神秘学34 シュタイナーは言う、十分に充足した精神環境、精神の深奥、即ち、受肉者と共用する達するまでの霊魂の内奥での「思考・感情・意志」の働きのバランスが霊界に参入する際に出来得る限り自己の霊魂共有者とのバランスは勿論のこと、自らの心の声に耳を傾けて、「思考・感情・意志」の働きをバランスよく発達させていなければならない。然らずんば、霊界の門口には焼却の試練が待ち構えます。極めて稀な意図して霊界に生前参入する人物は別として、通常の現実生活一般を送る人間が自然な「結合」が、如何程、外れることになるのかは確かです。肉体の崩壊は、いやがおうにも、肉体の崩壊の後の一時期、天秤に掛けられるのはのは、精神に理性を持つ人間の特有の特性であり天賦のものなのです。とはいえ、何れにしても霊界に参入するときには「思考・感情・意志」の働きをバランスよく発達させていなければならないという条件は些(いささ)か現実生活で明日の未来を踏まえて努力してきた人間にも条件は厳しいと言わざるを得ません。稀に、たとえ劫火で滅却されようと恐れをなさない人物を知りますが、彼は恐れを通り越して諦観に覆われているからに過ぎません。死を恐れるのは、ゴキブリの反射行動を紐解けば生命系に共通する本能です。ここに、人間理性の基(もとい)である霊性が浮上します。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月23日
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「霊魂論」神秘学33 「思考・感情・意志」の働きのバランスが、通常の人間であれば肉体の死滅を自覚する時に「焦燥・諦観・未練」を起因として崩壊し「分裂」することがシュタイナーの霊的世界観です。生前に受肉霊と精神を共用していた自然な「結合」に戻り得るのかどうかは、霊界に在って、他の力ある霊性からの影響を通してのより高度の統合は可能であっても、生前に、元来の受肉霊と本人自己が勝ち得た「思考・感情・意志」の働きの「結合」に戻り得るのかどうかは微妙で不確定ですす。シュタイナーは霊界参入の場合は、恐らくは生前の「思考・感情・意志」の働きの「結合」は一種不可逆なもので、元に戻り得るものではないと思考しています。此処に人間の生前・現生・死後を問わずの分裂症的状況の回復の難しさが際立ち立ち塞がります。詰まりは、生前の「思考・感情・意志」の働きのバランスがいくらかの回復ということは有り得ても、少なくとも、全く元に戻るということはパソコンの修復再起動のようには巧(うま)くはいきません。此の事実が、現世人間の分裂気質の存在を示唆しています。通常の人間であれば誰であろうと分裂気質の傾向は持ち合わせています。更にはここに生前記憶の喪失も待ち構えています。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月18日
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「霊魂論」神秘学32 現世世界で「思考・感情・意志」の働きのバランスは、通常の人間であれば肉体の死滅を自覚する時「焦燥・諦観・未練」を起因として崩壊します。此れを自らの力で瓦解させないのは強烈な心神である精神霊魂を基底に保つ人間霊魂或いは世界を自己と一体化した人間である正覚に達した者にしか成し得ません。霊性世界は、たかだか人間の霊魂の精神力などでは霊性世界では同一俎上での互角の勝負する力は持ち得ません。但し、生前意識が霊界に参入するときにも、元来の生まれが大聖霊の意を含んで現世も肉体に受肉した特殊な異精神体、目的的意識を大霊から果たされた人間である以上、其の身体は人間肉体の自然法則は免れ得ませんが、生前意識が霊界に参入するときにも霊性世界では同一俎上での互角の勝負する力を持ち得ます。将又、現実世界に在って「自然の結合」が満たされている稀有な「正覚者」も同様に「結合」が分離することはありません。何れにしても、通常はシュタイナーの霊的世界論からは、生前思考の記憶や感情及び意志などは焼却滅失及び霊魂再生の自己精神にあった霊魂の外部の強制力に依る取捨選択が実行されます。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月17日
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「霊魂論」神秘学31 現世世界で「思考・感情・意志」の働きの中に抜きん出て突出したものがあろうが、三者の中に極端に矮小化されたものがあるときには、シュタイナーの持論から推論すれば、其の当の人物の現世からの離脱は危うきこと累卵の如しどころではあり得ません。霊魂の表現上としての必然的に炎上滅失が待ち構えています、此れ等は現世世界で「思考・感情・意志」の働き抱(いだ)いた段階で、自らに其れ其れの均衡を思慮した理性を育成していなければならないということを求めています。とは云え、シュタイナーは救済の道を用意しています。これらの「思考・感情・意志」の充全性を肉体の滅びまでに満たせれば自己の育成した霊魂は焼却滅失の憂き目には出会わない可能性が残されています。いずれにしても、其の目的・意義はどうであれ、人間精神が先霊と築き上げた自己の霊魂は、霊界に参入するときには、自然な「結合」が外れることになるのは、確かなことです。それはまた、意図して参入するのではないが、結果として「霊界の境域(Ambit of the spirit world)」を彷徨うことになるのは必定です。「分裂病的状況」においても、云えることは人格の崩壊は致し方ないが霊魂は「霊界の境域」を彷徨うときの霊性の態度如何(いかん)によっては再生する可能性も多少は残されてはいます。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月16日
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「霊魂論」神秘学30 現世世界で「思考・感情・意志」の働きの中に抜きん出て突出したものがある人間のシュタイナー論から類推すれば、逆に、「思考・感情・意志」の働きの中で極端に薄弱なものがあれば、突出している場合よりも、かえって、個人的社会生活では危険性を孕んだ状況が生じることも儘(まま)あります。現世世界での「思考・感情・意志」の働きに貧弱なものがあれば、他のものを制御し得ないのは当然となり、自らの精神作用は意識せず不統合且つ制御不能に至ります。思考のみが矮小化すれば暴力が、感情が薄弱化すれば喜怒哀楽を解せぬ人間が、意志が極小化すれば生きる意味さえ掴めず絶望(despair)が待ち構えています。要するに、現世世界で「思考・感情・意志」の働きの中に、現世世界で「思考・感情・意志」の働きの中に突出したものがある場合も極端に薄弱なものがある場合も「調和」や「統合」からは程遠い、極端な行いを生じるのは理の当然でしょう。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月15日
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「霊魂論」神秘学29 織田信長の例に及ばずとも現世世界で「思考・感情・意志」の働きの中に抜きん出て突出したものがある人間、吉法師三郎信長のように「意志」が突出している場合、意志は統御されぬまま突き進み、いかなる拘束も受けずに行為から行為へと突っ走る「暴力的人間」が生じるシュタイナーの述べます。「感情」が突出している場合、自らは制御でき得ない、様々な「感情的耽溺」を生む。他人を崇拝する傾向を持った人間は、限りなく依存性を強め、あるいは、妄信的な宗教的熱狂を生じることはナチズムを知るなら人間は理解は容易です。「思考」が突出している場合には、日常生活を敵視する自己閉鎖的な隠遁生活、将又、逆に積極的な攻撃・挑戦生活が生じるとしています。そして、いたるところで、他者には冷たい無感動な態度として恐れられたりする傾向を帯びるわけです。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月14日
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「霊魂論」神秘学28 前田慶次じゃないけれど其の先陣でもある傾奇者の織田信長の様に「意志」が突出している場合には、感情の制御や、思考の沈静化は有り得ない。迸(ほとば)しる魂の発散が待つばかりです。「意志」が突出し、統御されぬままに突き進み、いかなる拘束も受けずに行為から行為へと突っ走る英雄の証は「思考・感情・意志」の働きを均衡させるところには「無駄」の一言なのでしょう。日吉大社や日光東照宮に比してのぶながの神社仏閣を比較すれば、信長の霊魂感が垣間見えます。合理主義的是々非々主義者のエゴイストの現代人の好むキャラクターの必要条件は揃い踏みで、彼等が織田信長を英雄視するには根拠があります。但し、信長の「達観」を捉え切れているかは甚(はなは)だ疑問視するのは私的には妥当します。其れは社会的に成功したかに見えた人間の発言が死の恐怖を乗り越えていないからです。然し乍ら、吉法師三郎は代々の名付け名に依るにしても延暦寺を炎上させ婦女子ともど明智光秀に殺生させた仏徒には皮肉としか云えない名前です。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月13日
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「霊魂論」神秘学27 人間は自らに自覚していると思える程には、概して「思考・感情・意志」の働きを均衡させて発達させている訳ではないことは、体験上断言出来得ます。誰もが知っている聖人でない限り、「思考・感情・意志」のどれかが突出しているのが「中庸」を究(きわ)めた人間以外には滅多に出会うものではありません。一般生活に於いて出会う人間は「思考・感情・意志」の働きに大小のバランスの乱れを体験しています。「思考・感情・意志」のバランスを極度に崩した人間は、「思考・感情・意志」の統合力を失い、結合は分裂へと変化し、此の分裂によって突出した要素は、もはや、自己の理性の制御範囲を超えた歯止めが効かなくなり人格に変化を来すことになります。シュタイナーの論理から類推すれば其の肉体を宿主としていた霊体の離別を齎します。謂わば、霊魂転生の乗客からは見放され自己の築いた精神と身体は滅びとともに滅却します。恐らく、数ある歴史的英雄人物で此のことさえ恐れなかったのは、日本の戦国の雄、仏徒からは魔王として恐れられた戦国に靴を履きズボンを着用さえした織田信長を代表とします。本能寺で自らに火をかけさせ槍の使い手である小姓の森蘭丸に介錯をさせたのが其の心中を顕(あらわ)にした実例でしょう。将又、昭和時代には炎上の「金閣寺」等でノーベル文学賞を獲得した三島由紀夫は仏信徒から魔王として恐れられた織田信長を「自ら選ぶ漢」と認めていたふしがあり「中庸」が英傑を生むのかはシュタイナーの持論とはまた別ものです。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月12日
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「霊魂論」神秘学26 シュタイナーの著作「神秘学概論」には明言されてはいないものの、彼自身が神秘体験に巡り合った経験があることは容易に想像できます。其のシュタイナーの述べる神秘体験論の実相、即ち、神懸り的なもの真実の霊魂の人間の生命の滅びと生命の誕生を事実であるとして記述します。其処には、ただ信じろではなく論理的な思慮を求めているのが信教と相違します。人間が現世の通常生活において精神作用が統合されていたのは、自己の意識には浮かばない他の霊性のからの干渉があるからに他ならないとし霊魂の合成を匂わせています。此の自身さえ気付かれない、故意からではない、さらに言えば、この、それまでの自然な「統合」作用には、他の霊的存在による「保護」ということも含まれている。其のこと故に、其の結び付きを、生前生後を問わず失うということは、他の霊性のからの干渉はこの者の保護から手を引くということをも意味している。以降は、自らそれ等を引き受けていかねばならないとし、現世霊魂の単独化・孤立化、将又、死後に牽引霊魂のない浮遊霊となり、何(いづ)れは滅失される運命が待ち構えます。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月11日
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「霊魂論」神秘学25 神秘修行者は人間が肉体喪失の後に起こる体験を神秘修行を通して観想且つ観相します。以降のシュタイナーの論説はまさにシュタイナーのインド哲学、なかでも影響が大きかったであろう仏教哲学への博識が披露されます。肉体を亡失した霊魂ではなく「生身」の人間を引き摺る神秘修行者は、「忘我」ではなく仏教的には「無我」に似た状態に入りますが、依然として自己の意識や表象と感情を保っていることには注意が肝要です。即ち、神秘修行者は霊性体験を踏まえ、自己と意思決定との間に何らの関連を失ってはならない。でなければ、自己もしくは意思決定との間に何らの関連も生じなくなってしまうとしています。生者としての生身の人間は神秘修行を通して意識的に自分自身に作用させようとしなければ、思考から行為へと導かなくなる結合力の「統合」作用、自己の精神作用の意志決定からも、行為を遂行することが出来得るとします。神秘修行者に与えられる偉大な成果は、この三つの魂の力の協働作用を完全に自由に行いうることにあるとしているのです。一方では、神秘修行を実行しない人間にとっても何の動機も見出せないような意志決定からも、神秘修行行為を遂行することができ得るとします。修行者に与えられる偉大な成果は、この三つの魂の力の協働作用を完全に自由に行いうることであるとしますが、しかしその場合の協働作用の責任は、生前生後を問わず、全ては、己(おのれ)自身が負わねばならないとしています。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月10日
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「霊魂論」神秘学24 シュタイナーのいう「思考・感情・意志」の結合力の「統合」作用を失う「分裂」は神秘学的理解が必要です。通常、一般的である現世上での現実生活に於いては「思考・感情・意志」の働きは自然に結合していて、ある思考はある感情や意志を呼び寄せるというように、互いに連動しています。「思考・感情・意志」のどれかが特に発達しようとも他の働きと無関係に暴走して、歯止めが効かなくなるというようなことは通常の状態では起こり得ません。但し、自我の崩壊で起きる「忘我」の状態に陥った人間は「思考・感情・意志」の結合力の「統合」作用を失う「分裂」を狂気といった形式を纏って現世体験します。しかし、人間が肉体喪失の後に或る経緯を経て霊界の境域を超えて霊界に参入する霊魂は、予め其処に植えつけられた規則によって与えられる術(すべ)もなく、肉体消失に伴う自己の霊魂の目覚めた高次元の意識を活用して、より高い次元に霊力を高めねばならない。此の事こそが、現世で体験する神秘修行者が自らのうちに認める変化なのです。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月09日
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「霊魂論」神秘学23 シュタイナーは、修行によって「霊界の境域」を超えるときには、人格に変化を来たす幾許かの現象が起こるとしています。其のうちの一つに「思考・感情・意志」の自然な結合が紐解かれ、それぞれに「分裂」するというのがある。「分裂」という名の通り、此の状況は、まさに「分裂病的状況」で起こることと重なるものです。シュタイナーの「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」の論、神秘修行における人格の分裂を解明します。シュタイナーのいう「思考・感情・意志」の「分裂」は、人間は通常の状態では、「思考・感情・意志」の働きが自然に結合していて、ある思考はある感情や意志を呼び寄せるというように、互いに連動している。また、「思考・感情・意志」のどれかが特に発達していても、それが他の働きと無関係に暴走して、歯止めが効かなくなるということはない。ところが、人間が肉体喪失の後に或る経緯を経て霊界の境域を超えて霊界に参入するときには、この「思考・感情・意志」の自然な「結合力」は失われ「分裂」するのだと説きます。つまりは、それまでの、宇宙法則に基づく自然な「統合」作用を失うことになるとするのです。当然に此の事は少なからず危機を孕んでいます。然し乍ら、この「分裂」は「思考・感情・意志」の作用を独立させたうえで、自らの霊魂に、より高度の「統合」をもたらすためには必要なことでもあり霊魂の修養が必要とされること由(よし)なのです。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月08日
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「霊魂論」神秘学22 スピリチュアルとは1960年代にアメリカで始まった「ニューエイジ」と言われた考え方の語彙が日本に伝わって日本のスピリチュアルの原点となっています。但し、日本では1960年代にアメリカで始まった「ニューエイジ」の語彙が、日本思想史の既存にあった仏教の教えなどに一緒になり合成されます。本来的な「ニューエイジ」語彙から離れた別ものともいえるものに變化しています。仏教の教えでせ人間が世界に産まれ出された意味あいは、個々の人間が意思として持ち合わせている心の深層にある筈の理性です。其れが私たち人間が此の世に生まれてきた意味合いです。其の由縁は「魂の成長」のためとも云われています。人間現世に誕生する以前には、シュタイナーの霊魂転生説によれば、今世で成し遂げたい課題を生前に設定した「あなた」は、その課題をクリアしながら、魂を磨いて、より高い次元の霊魂になることを人生の生きる目的としているのですが、幾ら高邁な霊魂も受肉した肉体の精神が腐っていれば生腐れの鯛と化します。宿主と運命を共にするのです。其れ故に霊魂は人間の選別は大いなる賭けともなります。現代に生きる人々には、生きる意味や人生の目的を見失い、自ら命を絶ったり、他者の生命を脅かすような行動に出る人が少なからずいるのが現状です。我々と生を共にする人々には、先行きの不透明な社会、明るい展望の見えない生活、崩壊した家族、希薄化した人間関係に人々の心は荒(すさ)んでいます。現代に生きる人々には、生きる意味や人生の目的を見失い、自ら命を絶ったり、他者の生命を脅かすような行動に出る人も少なくはないのが現状なのです。先行きの不透明な社会、明るい展望の見えない生活、崩壊した家族、希薄化した人間関係、人々の心の静謐(せいひつ)は、いくら外貌しても見当たりません。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月07日
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「霊魂論」神秘学21 ルドルフ・シュタイナーの思考の変遷に影響を与えたのは神秘学体験だけではありません。ギリシァ三哲のプラトンが、間接的な識別知としてのディアノイア(dianoia)の上位に、問答法ないし弁証法によって到達されるべき一種の直覚知、直感的に捉えられる真相を置き、それ以来、感覚的臆見・間接的識別知・直覚知という三分法は、西欧の思考の歴史において広く行われてきたことは事実です。ルドルフ・シュタイナーの思考の基底にも此の流れが加味されることに流れています。更に推論するに薬草収集人フェーリクス・コグーツキと知遇は影響を受けたであろう幻覚を催す薬草の体験をも推測されます。とはいえ、1960年代にアメリカで始まった「ニューエイジ」と言われる考え方。宇宙や生命という大きな存在と自己との繋がりや、人間のもつ無限の潜在能力を強調し、個人の霊性・精神性を向上させることを目指す思想・実践が日本に伝わって日本の精神世界(スピリチュアル/Supirichuaru)の原点になり、更には元来からあった仏教の教えなども一緒になったと言われる「日本のニューエイジという考え方、似たような言葉でスピリチュアリティ、キリスト教などの組織的な伝統宗教からは離れて個々人が霊性に目覚めるような新しい文化運動・宗教現象というものがあります。これは人間に特有な心理的あるいは精神的活動の総体または任意の部分をさす用語であり、多様な意味を持つというもので、なんとなく精神世界のことに日本で使われている「スピリチュアル」に近い語彙を持ちますが、人によって解釈が大きく異なっています。共通の定義がないものという不思議な世界が日本における「スピリチュアル」なのです。即ち、個人個人の体験を基(もとい)にしています。スピリチュアルとは、人間として生まれてきた意味、これは「魂の成長」のためとも言われますが、生まれる前に今世で成し遂げたい課題を設定したあなたは、その課題をクリアしながら、魂を磨いて、より高い次元の魂になることを生きる目的としていることを意味します。此れがルドルフ・シュタイナーの目的論であることには疑いを挟めません。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月06日
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「霊魂論」神秘学20 シュタイナーは人間は現在する世界に「生」を受けた限りは何がしかの目的然としたものを抱えている、言い換えれば人生には現世世界を超えたなにがしらの目的がある。各自各人が、それぞれに今の世で果たすべき課題を背負っている筈だと捉えます。つまりは、人間が生を受けること自体が、人間が肉体を持っている間に果たすべき使命を背負っていると説きます。此の論理からすれば人間は宇宙空間全体其のものをスペースシップとする乗員であって、肉体消失後も地上での人生経験を引き摺り、炎上滅失を免れた残存する霊性は身体亡き後以降をも、「魂」の成長のための「修行の場」の乗員となります。「2001年宇宙の旅」を持ち出すまでもなく、人間の生命目的はすべての魂が磨かれていくという境地を目指しているともいえますが、磨いても磨いても本来的な美が出ない欠損宝石があるように、魂が磨かれていくという出発点には、己(おの)が生命を受けた生誕からの精神の奥底に眠る理性に目覚めていなければ、現世的利益や権力や名誉も死後は雲散霧消するのはシュタイナーの論理からすれば当然です。此れをシュタイナーの教育論を読み込むと、生まれ変わりの人生イメージが心理的・実存的にどんな意味を持つのか、将又、それによって人生がどう違って見えるものかを、シュタイナーの言う論理の実相を存否を問わず、人生の心理的・実存的構図が人生に、何に様(なによう)の意味を持つのかが問われ其のこと故にシュタイナー教育の重要性が加味されることには義があります。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月05日
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「霊魂論」神秘学19 シュタイナーに読者が思考を預ければ、人間の身体の滅びである「死」という現象は、其の人間の人生とは受肉の体験を通した「魂」の成長のための修行の場の転換と捉えられそうです。其処から導かれるのは、人間の霊は何故に此の地球という惑星の地上に降り立つのか、霊的サイクルで取捨選択された全ての「自我(私)」は、それまでの転生の歴史の中で、支払うべき「業」を背負っている筈だが、其の私人の「業」たるや、他人に対する「借り」でもあれば、自分に対して償うべき「借り」でもある。そうした「借り」を返済し、成長のために必要な課題を果たすために、再びこの地上にやって来る。但し、シュタイナーの取捨選択論が物語るように霊魂の成長に無駄なものとして破棄されたものは、死後間も無く炎上滅却されています。無駄に生きた人生には未来永劫の自我の消滅が待ち構えます。勿論のこと其れを宿主として選んだ転生霊諸共にです。幸運にも自らの「業」、霊的に支払うべき「業」を背負っている。それは、他人に対する「借り」でもあれば、自分に対して償うべき「借り」でもある。そうした「借り」を返済し、成長のために必要な課題を果たすために、人間の霊魂は再び此の地上に舞い降りて来るのです。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月04日
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「霊魂論」神秘学18 人間は肉身(にくみ)の身体をもって産まれた限りは、やがては死が訪れるのは必定です。とはいえ、シュタイナーに思考を預ければ、人間肉体の滅びである「死」という現象は、ただ単に人間構成要素の組み合わせが変わるだけのこと。物質体がエーテル体と分離してしまうことに他ならない。詰まりは、肉体消失の死後も、人間身体の滅びによりこそ「霊魂」成長のプロセスを経て再び誕生してゆく。其の起因は、成長を伴う霊魂の取捨選択と成長の経緯糸の過程、霊の太陽系に太陽霊は勿論のこと生命を育んだ惑星系に霊的精神は人間精神の霊性の基底に含有されており、人間霊魂は自己の生きた歴を加えて精神霊をもって其れに加わるとします。人間の「魂(自我・私)」が三重の「体」を身にまとって、地上に生まれ、順に脱皮しながら成長し、成長し終えたところが、「この世」の折り返し地点です。今度は順に三つの「体」が衰えて、死を迎え、順に「体」が魂から離れ、魂だけが純粋に残るところが「あの世」の折り返し地点。そして再び、魂が「体」を求め、物質体に宿ることによって、生まれ変わってゆくことになる理屈です。シュタイナーは此の様な、人間霊魂の長いタイムスパンを大きな霊的サイクルとして一つの説明原理で貫いて説き明かしてみせます。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月03日
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「霊魂論」神秘学17 七年期の詳細の総括 シュタイナーの霊性(Spirituality)における輪環的な七年期、人間の深奥に眠る霊魂が物理学上の太陽系ではなくしてシュタイナーが語る霊性太陽系の周期は、保々粗方、物理学に置ける天体観測上の系とは合致してはいますが、彼シュタイナーが敢えて自己の人生の七年期の周期に拘ったのには何がしらの因があることは疑うこと得ざる事実でしょう。彼は世界を虚無としたニヒリストのニーチェには組みすること無く、現在する人間が実在する世界を物理学上の世界を神の延長として説くところのスピノザの思考に影響を受けたのか何らかの相似性を受忍します。とは云え、ハイデガーの如く、「神」を人間が見えないどころか、「観相」はおろか「観想」さえし得ないとしたものよりは、世界の現状を踏まえた上での神の認容を、スピノザは神を定義付けしたのですが、シュタイナーは神秘主義者らしく神を体感上に感じられるものとして受け入れています。人間とは其の生命進化及び精神進化の過程で合理主義一辺倒に向かうとは限らないのがシュタイナー世界の不思議世界です。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月02日
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「霊魂論」神秘学17 七年期の詳細12(第十二7年期) 第十二7年期である77歳から84歳の霊的影響を受ける霊体は、シュタイナーの時代には太陽系の8番目の惑星であったネプチューンこと海王星に太陽系順位を取って代わったプルート(Pluto)、ローマ神話において冥府を司る神、ダンテの「神曲」地獄篇にも登場するギリシア神話の冥界の王ゼウスの兄ハーデースにあたる太陽系外縁天体内のサブグループ(冥王星型天体)の代表例とされる冥王により、太陽系の8番目の惑星であったネプチューンこと海王星は準惑星に区分される天体に陥ります。1930年にクライド・トンボーによって発見され、2006年までは太陽系第9惑星とされていた冥王星は太陽系順位を昇格したばかりか、其の名の通りネプチューンを卑小化させます。離心率が大きな楕円形の軌道を持ち、黄道面から大きく傾いており、直径は2,370kmであり、地球の衛星である月の直径(3,474km)よりも小さい天体。ところが、冥王星の最大の衛星カロンは直径が冥王星の半分以上あり、それが理由で二重天体とみなされることも屡々であって興味深い天体ではあります。冥王星(Pluto Conscience) は、「知る」及び「もの、こと(Ence」が語源で、「モラルを知っていて、それをもとに判断できること」から「良心、自制心」を意味します。シュタイナーにより77歳から84歳の時期には霊的「達観」が要請されます。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年04月01日
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