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「霊魂論」神秘学100 伝承では、釈迦の弟子たちの中には、虹の上を歩いたり、巨大なマンゴーの木を生やすなどの奇跡を見せる者が現われたが、だが釈迦は仏法が起こす奇跡を誇示するのを戒めています。また、釈迦の成功を妬む宗旨を共通にする師匠たちが、彼の信用を失わせる企みをめぐらせ高弟の提婆達多の釈迦傷害の企みもありましたが徒労に終わります。然し乍ら、宗団の戒律をめぐって高弟の弟子相互に争いが生じたため、釈迦が和解を図ったところ、豈図らんや、弟子たちがこれに応じなかったので、釈迦自身が一時宗団を離れるという異常事態まで発生する騒動が持ち上がります。前述の釈迦の従兄弟(いとこ)の提婆達多は宗団の戒律の乱れを慮(おもんば)かって釈迦に組織改編を諫言し、他の高弟の妬みを買って宗団を追い出される事件、彼は釈迦よりも一層厳しい禁欲的な戒律で集団内に分裂を生じさせたが、実相は彼に従う者もあり、後世には名誉回復さえ見られます。反対派によって殺し屋をやとったり、危険な像を使って釈迦を殺そうと企てたことへの疑問視です。釈迦が入滅する年には、自分は弟子たちに隠すことなく全てを教えてきたし、もう老人であるから、今後弟子たちは法の中に救いを求めるように告げ、一方では、仏陀は宇宙の続く限り生き続けると加えたとも言い伝えられていますが如何なものでしょう。釈迦やキリストより出生の早い中国の孔子は「我未だ生を知らず、況や死に置いておや」といって死を未経験の領域に位置づけていますが、インドの仏陀、なかでも釈尊は死を涅槃(ねはん)と捉えて、「涅槃」を永遠の生命にいたるための出発点と思考しています。これに対してイエス・キリストは人間の既成の罪(原罪)により十字架上で犠牲になり、死んで蘇る奇跡を見せ、死して尚、神を信じるものは其の信実と行動の報償により神の福音を以って天国に復活します<報償論>。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月30日
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「霊魂論」神秘学99 釈迦の生誕時代(前5世紀頃)は、インド・アーリアン語が既にに北方インド大陸でも浸透していた筈です。ところが、シッタルダが生前成仏し仏教の開祖であるゴータマ・シッダッタ、ガウタマ・シッダールタ、瞿曇悉達多と表記されるを「正覚者」として敬い、釈迦牟尼仏としての尊称が賦与されています。其の彼が説くところの説諭が実際には何れの言語で語られたのかの文献が現在に遺っていないことから、釈迦が実際に使用した言語がどのようなものであったのかを確認するのは、定説では釈迦が実際に使用した言語がどのようなものであったのかを推論するのが困難であり断定出するに至ってはいません。ヴェーダの宗教哲学に関しては、極端な苦行による欲望からの脱却するためのヨーガの技法や抽象的な思考に走る修行者たちの出現に、釈迦は「両端に対する欲望を制して」其れ等の何れにもにも偏らず属することをなくして、独自の悟りの道を開いています。此処で、一時はヨーガ行法により苦難の行をしたシッダルタが山羊追いの余りにも窶(やつ)れ萎えた身体を見て羊乳の粥を与えたことから悟りに目覚めたのは、菜食に限った食生活をしていたシッダールタに、皮肉にもヨーガの苦行では覚りには到達し得ないことを覚らせます。以降の覚醒した釈尊は、賢者は両極端に対する欲望を制し、感官と対象との接触を知り尽くして、貪ることなく自責の念にかられるような悪い行ないをしないで、見聞することに汚されないことの自己の霊魂を目覚めさせた思考経緯を説き明かせます。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月29日
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「霊魂論」神秘学98 シッダルタの浄土成仏思想は或る意味、來世をバラモン世界の霊魂の燐廻転生ではなくシッダルタが釈尊として生前成仏し覚醒した世界、仏教一般的には人間の発生する以前に迄遡って救世を請願した阿弥陀世界である浄界への永住の約束です。此れは受胎告知を受けたマリアの子ナザレのイエスが、生命の霊魂再生世界を否定し永遠の生命を約束約束したの地「神の国」思想に酷似しています。釈尊の解釈としての阿弥陀の請願浄土並びにイエス・キリストの説くヘブンも此の我々人間の属する宇宙世界とは無縁だからです。其れ故に、釈尊の仏土やキリストの天国は物理学では解き明かされ得ない故に形而上哲学とも異なり宗教となります。此の事を嫌ったと解釈できるのが大乗の祖「龍樹(ナーガールジュナ)」でしょう。彼はシッダルタを世界の真相を覚った「正覚者」としては捉えてはいますが、其れはシッダルタの釈尊への成仏を史上で初めての世界の真相を悟り語ったものとしての評価です。何も此れは釈尊を過小評価するものではなく、シッダルタが些かの憑依や誤謬を抱くものでないことを強調するためなのです。「龍樹(ナーガールジュナ)」は釈尊の世界の真相を究めんとした思考と経緯と其の説諭の正しさに敬意を表するのです。「龍樹(ナーガールジュナ)」は自分と比すれば学拙きにもかかわらず世界の真相を其処まで究めた先人に敬虔の意味を込めて「正覚者」と表するのです。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月28日
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「霊魂論」神秘学97 シッダルタの覚醒は一時期には阿育王(アショカオウ)の帰依をもって隆盛を極めますが、如何せん、シッダルタの「正覚」も古代インドの六派哲学、なかでも、開祖はカピラと伝えられるサーンキヤ(数えあげる)の意で,世界を分析観察する学派、物質的原理の束縛を離れる解脱を目指した学派、精神的原理であるプルシャと物質的原理であるプラクリティを謳いプラダーナの二元を立てるバラモンの哲学。プルシャは本来清浄であるが物質に束縛されているが故に生存が苦であるとする説。苦からの解脱の直接原因は知であるが、其れがヨーガの修行を補助的に薦めていることはシッダルタも当時のインドの最高学府の教育を受けたからには重々承知の上で其れに則(のっとった)修行法をもって悟り即ち「正覚」を得ます。紀元前6世紀頃のインド大陸では、バラモンの伝統に忠実な者が大半を占めるとは云え、「正覚者」釈迦を含め様々な思考様式を持つ異端者がいたことは史的では当然に確認されています。苦行者や遍歴の修行者、将又ヨーガの行者や呪術師や弁証家などです。或る意味、「零の概念」を発見する民族は「無」はゼロではなく経過の特異点であり、輪廻も其の意味で繰り返しが可能となります。ある者は輪廻を成り立たせる業(カルマ)を克服しようと極端な苦行に励み、ある者はヨーガのエクスタシーを追求し究めようとします。極度の抽象的な思考に走る者、極端なニヒリズムや唯物思想を抱く者たちも西洋同様にいたのもインド大陸の民族の多様性を考慮に入れれば不思議はありません。苦行を畳々に積んで前世を想い出そうとしたり、世界に無限性を認める者がいるかと思えば、世界にはなんの原因も存在しないと因果を否定する者や、全ては世界の起動者でない人間には不可解であり到達不可能だとする不可知論者もいたことは世界の思想とは特別に奇特でないことはインドの宗教画なかでもヒンズー教のカラフルカラーには驚かされはしますが其れは民族性の問題です。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月27日
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「霊魂論」神秘学96 再生族と一生族を区分けすることから成るヴァルナ制度の成立は後期ヴェーダ時代の半ばの紀元前八世紀頃とされています。前6世紀頃からガンジス川中流域にて都市が誕生し、貨幣経済が発達し始まると、社会や経済の仕組み其のもの構造も多様化し複雑になり、ヴァルナの枠組みのなかで専門職も細分化します。専業集団の発生です。それらの職業は親から子へ厳格な世襲制度によって継承され、此の職業の世襲は、婚姻、食卓を共に成し得る者から集団は生まれ、出生を意味するジャーティと呼ばれるようになります。したがって不可触民のジャーティの様体、単なる塊を除く、総てのヒンドゥーは其々何れかのヴァルナとジャーティに所属することになります。然し乍ら、ヴァルナとジャーティとの関係は一定で固定したものはなく、時代や地域によってジャーティが異なるヴァルナに属することがあったし近代でもあったことには注意が肝要です。再生族、即ちインドのカースト制度のバラモン、クシャトリヤ、バイシャ、シュードラの4階級のうち、最後のシュードラを除く上流の3階級では、宗教上の儀式を行うことによって生れ変ることが出来得る特権が与えられます。其の意味するところは生前の霊魂の浄化次第では更なる霊魂の上梯への移行、即ち神格を踏まえての宗教的に上昇再生しうる特権的な身分であると思惟され、此の呼称は単なる霊魂の一度きりしかない一生族とは差別化は徹底しています。此のことからも、ドラヴィダ人どころか人間扱いされない不可賤民は共々にヒンズー教の発展した後世には生まれ変わりが「上位三ヴァルナ」に限られ、ドラヴィダ人どころか人間扱いされない不可賤民共々に全ての生命の尊厳を説くシッダルタの覚醒を待ち焦がれます。ドラヴィダ人の血を引くと想われるスリランカは勿論のこと、現代インド大陸で少数派にしろ仏教が根強く残った理由です。哲学・思想 ブログランキングへ人気ブログランキングへ
2018年06月26日
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「霊魂論」神秘学95 ヴァルナ制度が支配者層としてのバラモンとクシャトリヤ並びに生産活動に従事する庶民層ヴァイシャの肌合いの白い「上位三ヴァルナ」と、彼らへの隷属的奉仕を義務づけられた肌合いの黒い先住民ドラヴィダ人等の先住民などへの差別が顕著なのは、上位三ヴァルナは少年期にヴェーダを学習して「入門式」を受け、宗教的に生まれかわる再生する二度生まれる意味でドヴィジャ(Dvija)という転生族とされたのに対し、シュードラにはヴェーダの学習さえも許されず、従って「入門式」はを受ける資格が与えらません。一度しか生まれない意味でエーカジャという一生族とされるという宗教上の慣習があったことは重要です。このような再生族と一生族から成るヴァルナ制度の成立は後期ヴェーダ時代の半ば、前八世紀ごろ推定されておりとされています。此のことからも先住民ドラヴィダ人(Dravidian)のみならずバラモンで不可賤民扱いされた階級さえ無い民族には、今尚、仏教は心の支えとして定着しています。再生を成し得る民族と来世さえなし難い人間扱いされない一生族は此処に顕著に差別が顕れますが、付け加えたとてゴキブリがいくら頑張ろうが転生的にはゴキブリとして扱われるよりはまだましだとの扱いです。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月26日
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「霊魂論」神秘学94 アーリヤ人のインド征服により、ヴァルナ制度が支配者層としてのバラモン、クシャトリヤならびに、生産活動に従事する庶民層ヴァイシャの、“肌色の白い”上位三ヴァルナと彼らへの隷属的奉仕を義務づけられた肌が黒いが人種的にはニグロイドではないインダス文明の担い手でありインド大陸南部へと追いやられた先住民ドラヴィダ人(Dravidian)、古代からインドに定住していたと考えられるオーストラロイドの民族群の総称でドラヴィダ語族の言語を話す。現在は主に、インドでは特に南インド四州すなわちタミル・ナードゥ州、ケーララ州、アーンドラ・プラデーシュ州、カルナータカ州を中心として居住し、世界的にはバングラデシュ、マレーシア、シンガポール、モルディブ、マダガスカル、セーシェルなどにも居住している民族を第4位のヴァルナとしてカーストの最下位に位置させます。此処で重要なのが、贅沢三昧で音曲舞踊の豪華料理で日々を浮かれていたと自ら告白するように生活苦の無い筈のシッダルタの沙門への決意です。其れは子連れの給仕の母子の幼児がつまみ食いで火炎に投げ込まれた事件です。何故なら、当時のヴァルナ制度は隷属民を表すシュードラ以下の、人間扱いをしない不可賤民或いは不可触民をヴァルナ制度どころかカースト制度でも人間としては組み入れません。此の事が生命其のものの尊さを唱える生前成仏のシッダルタが説き、現代にておいても尚、南部インドでは仏教が命脈を保つ理由です。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月25日
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「霊魂論」神秘学93 前期ヴェーダに比して紀元前1000年~紀元前500年にはインド大陸には劇的な社会的・文明的な変革が生じます。青銅期からより鋭利なものが作れる鉄器の使用時代への移行及び牧畜から小麦・水稲の栽培の農耕時代の訪れです。更には、以前にも増しての祭式の呪術的効果の強調及び神格と祭式付与重視のバラモン階級の特権化です。然し乍ら、此れに対し王族の権威は損なわれてはいなく名目上の階級といえます。此処で注目されるのが、「業」の理論である因果律の基本や輪廻転生の基本的思想の確立、インドのアーリヤ人優位社会で生まれた種姓制度としてのバラモン制度に先立つヴァルナ制度です。ヴァルナは「種姓」と訳すことが一般に適用されますがにが、此れでは定義が曖昧で「ヴァルナ」其のもの本意を表しているとは言えません。「色」を意味し、肌の色の白いアーリヤ人がインダス文明の担い手であった有色の非アーリヤ人を区別するために用いられた言葉であったのですが、時代が進むに連れて混血が進み、、本来の語彙を離れ、身分(種姓)や其の制度をさす言葉となります。此れはカースト制度を更に細分化します。ヴァルナ制度はバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの四種姓を基本とする身分秩序を「ヴァルナ制」と定義し、ヴァルナはそれぞれ世襲され、さらにジャーティといわれる世襲職業ごとの身分に細分される。このような身分制度をポルトガル人が血統を意味するカスタと呼んだところから、カースト制度と言われるようになった経緯(いきさつ)があります。バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの四種姓を基本とする身分秩序を「ヴァルナ制」アーリヤ人がガンジス川流域に移住した後期ヴェーダ時代の中頃には形成され、其の特徴的な「ヴァルナはそれぞれ世襲される。」としたことから、このような身分制度を遁れる術(すべ)を民衆は求望します。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月23日
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「霊魂論」神秘学92 此処では、印度古代史からの思想の変遷を解りやすく簡易な型式で概略的に眺めて見るみも印度の思考傾向理解する上で参考として資料になります。印度大陸では紀元前2500年~紀元前1500年はインダス文明の担い手、セイロン島・現在のスリランカを中枢とする民族の時代であり、其のインダス文明の繁栄期は遺跡から類推して紀元前1800年~紀元前1500年頃と推定されています。其の衰退期は紀元前1500年のアーリア人のパンジャブ地方への侵入 、ラージャン(首長)を中心とした部族・氏族単位での映画ベンハーでお馴染みの二輪戦車チャリオット(Chariot)を使用しての戦闘にインダス文明の担い手は立ち向かえなかったのがいとも簡単に制服された要因と推定されています。其の後はアーリア人の持ち込んだ宗教の要素を継投するバラモン中心主義の時代が紀元前1500~紀元後500年に浸透します。バラモン中心主義の時代です。紀元前1200~紀元前1000年はヴェーダ語(古いサンスクリット語の一種)による文献群としての「ヴェーダ」が紀元前1200~紀元前1000年頃にヴェーダ文献の最古の『リグ・ヴェーダ』の編纂が行われ、ヴェーダ文献の最古の天啓聖典(シュルティ)としての「リグ・ヴェーダ」の編纂が試みられバラモン・クシャトリア・ヴァイシャ・シュードラの萌芽であるリグ・ヴェーダ(プルシャ賛歌)が説かれることになります。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月22日
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「霊魂論」神秘学91インドの正統六派哲学の一つであるサーンキヤ学派とヨーガ学派の根源を同一とみる説は一般化しています。元来がヨーガによって到達される神秘的境地は、他学派の説く解脱の境地とも一致する根拠からです。後代になると各学派によってヨーガの修行が採用されますが、ヨーガは文献に現れた最初期からサーンキヤ学派の哲学思想と密接に関連していたことは認識され。其の流れからサーンキヤ学派は、ヨーガ学派と共通の地盤を持つも理論的・哲学的方面で発展させたのに対して、ヨーガ学派は実践的,修行的・実践的立場から体系化する方向をとったと考えられています。サーンキヤ学派の思想には依拠していますが、ヨーガ学派では最高神イーシュヴァラの存在を認める点だけは異なっています。内容としては主に観想法(瞑想)によるヨーガ、静的なヨーガであり、それゆえ「ラージャ・ヨーガ」(王・ヨーガ)と呼ばれている王道的な静的なヨーガ。その方法はアシュターンガ・ヨーガ(八階梯のヨーガ)と言われ、ヤマ(禁戒)、ニヤマ(勧戒)、アーサナ(座法)、プラーナーヤーマ(調気法、呼吸法を伴ったプラーナ調御)、プラティヤーハーラ(制感、感覚制御)、ダーラナー(精神集中)、ディヤーナ(瞑想、静慮)、サマーディ(三昧)の八つの段階で構成されています。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月21日
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「霊魂論」神秘学90 ブッダの入滅後100年頃に、記述を成さないシッダールタはソクラテスや孔子と同様に、聴視者の教団は釈尊そのものの肉声ではなく、如何せん記録を留めるときには私思考が反映されます。其れ故、ブッダの入滅後は律の解釈をめぐって、保守派の上座部と進歩派の大衆部(だいしゅぶ)に分裂し、その後も更に分裂を重ね、成立した部派の数は18あるいは20とも伝えられる始末です。各々の部派は、自派の教理に基づき聖典を編纂しなおし、独自の解釈を立てて論書を生み出します。それらがアビダルマ即ち「律」と云われます。そして、これを集めたものが論蔵(アビダルマ蔵)で、ここに経蔵・律蔵とあわせて三蔵が成立します。西方の天竺に経典を求めて旅に出る三蔵法師の「西遊記」は経蔵と、律蔵と併せもった論蔵(アビダルマ蔵)を求める旅行記です。然し乍ら、現在では多くの部派の論蔵は消失し、辛うじて、完全に伝わるのは南方上座部のパーリ語のアビダルマと漢訳された説一切有部のもののみで、其の論書のうち古いものは紀元前2世紀頃の成立した看做されています。アビダルマとは簡略して云えば、仏陀の教え(ダルマ)に対する(アビ)即ち考究だと言えるでしょう。アビダルマの先達の論師等は、仏陀によって教えを語り説かれたダルマを吟味弁別することが煩悩を鎮める唯一の方法であると考えていました。彼等はあくまでも教理体系としての基本となる須弥山説といわれる巨大な宇宙観を築き上げます。時期を同じくする頃、婆羅門思想ではサーンキヤやヴァイシェーシカの哲学的宇宙観が成立しています。当時のインドの思想界には、宇宙の成立ちに対する強い関心があったことは間違いありません。此れ等教理対して哲学的に仏教を解釈したのが大乗哲学です。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月19日
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「霊魂論」神秘学89 インドの正統六派哲学の一つであるサーンキヤ学派とヨーガ学派の源を同根だとする説は多くの学説に認められています。元来がヨーガによって到達される神秘的境地なるものが、宗教を含めその他の学派の説く解脱への境地への思考が一致するからです。但し、其の方法論は大きに異なります。純粋思考としてのサーンキヤ学派と実践を強調するヨーガ学派とに分かれているのが後世にても明確でしょう。インドの正統六派哲学、其の先頭語句の「正統」の語彙は紀元前500-紀元後600年の非正統派の時代、即ち、仏教の成立から3世紀前半の部派仏教、仏陀の入滅後100年頃に仏教教団は仏教用語としての律、僧侶をして僧侶たらしめる根拠となす規範の解釈をめぐって、仏教教団しだいに20程の部派に分裂し、煩瑣にして壮大な論蔵アビダルマ(阿毘達磨/abhidharma)を其れ其れに打ち立てて論争を行う経緯を経ますが其れに対応した語句です。正統六派哲学はアビダルマ及び3世紀後半の大乗仏教とジャイナ教に対しての正統派だということを強調します。しかし燐廻転生する基盤としての思想は正統・非正統を問わず同根であり輪廻を断ち切るシッダールタの涅槃・成仏概念も「輪廻転生」ありきで論が成り立つことは言うに及ばずです。其れ程に当時おインドは、後世よりも現世がより苛酷であったという証明になります。生まれ変わってもバラモンはおろか庶民階級さえ望み得ない、バラモン教では非人間扱いされる階級、自己的には人間として認識する人間が転生は死より辛いものだった筈なのです。当代印度では当然に法的是正が行われましたが、ヒンズー教は血脈にしても根深いために、今尚、苦難を乗り越えたとは申せず未だ先が見えない状況です。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月18日
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「霊魂論」神秘学88 ヨーガ学派の世界観・形而上学は、多くの部分をサーンキヤ学派と共通性が見られます。インドの正統六派哲学の一つであるサーンキヤ学派とヨーガ学派の根源を同一とみる説さえあります。後代になると各学派によってヨーガの修行が採用されましたたが、ヨーガは文献に現れた最初期から六派哲学最古のサーンキヤ学派の哲学思想と密接に関連していたことは疑いをはさみ得ません。サーンキヤ学派とヨーガ学派とは共通の地盤をいだくもサーンキヤ学派が理論的・哲学的方面に発展させたのに対して、ヨーガ学派は実践的・修行的立場から体系化する方向を採ったことが其の思想と実践の様態の相違いだといえます。元来がヨーガによって到達される神秘的境地は、他学派の説く解脱の境地とも一致する由縁から、後代になると各学派によってヨーガの修行が採用されますが、ヨーガは文献に現れた最初期からサーンキヤ学派の哲学思想と密接に関連していたことは疑いを得ない事実です。サーンキヤ学派はヨーガ学派と共通の地盤を理論的,哲学的方面での立ち位置を更に発展させたのに対して、ヨーガ学派は実践的・修行的立場から体系化する方向をとった立ち位置に相違が観られる程度です。サーンキヤ学派はヨーガ学派と共通の地盤を理論的・哲学的方面で発展させたと捉えられ、但し、両者に異相として顕著なるものはヨーガ学派では最高神イーシュヴァラ(Ishuvara)の存在を認める点でしょう。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月17日
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「霊魂論」神秘学87 人間個々の生命体系の中には、其々に、32億年を越える生命の歴史の記憶があり、ホモ・サピエンスと成ってからは善悪の行為から生ずるカルマ(karma)、乃至、解釈的には「「業(ごう)」、即ち、善悪の行為から生ずる輪廻転生に応じたそれぞれの「業」が刻印されているとしても差し支えないし、血脈に応じたた転生を繰り返しています。ジャイナ教はインドで原子論を説いた最初の学派ですが、善悪の行為から生ずるカルマを物質と看做し、霊魂には其の本性として無限の知恵と知覚と威力と喜びが内在している筈のだが、現実には業によって束縛され自由を奪われているとしています。実際のところ日本では仏教の影響が大きく、「業」や「輪廻転生」及び「宿命」や「解脱」が仏教に始まると誤解する向きもありますが、事実はシッダールタが釈迦として成道する以前から、従来のバラモン教に所属しない、所謂、インドでは様々な自由思想家たちが現出しています。かれらは高度なヨーガの瞑想法を匠に取り入れた瞑想技術を持っており、瞑想によって得られた体験から、様々な思想哲学を生み出し、業・輪廻、宿命・解脱・認識論などの思想を体系化させます。仏教及びインドの多くの宗教説では、善または悪の業を作ると、因果の道理によってそれ相応の楽または苦の報い(果報)が生じるとされるのですが、キリスト教の報償論とは異なり信仰を前提にしない点において異なります。且つ亦、生まれてからも環境や日常生活の過ごし方の積み重ねの結果が現在の姿であり、其の様態は霊性に反映され霊の滅却や再生へと繋がることを約束するものとするのがヨーガの瞑想法を基底としたインドの哲学及び諸宗派の流れと捉えるべきでしょう。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月16日
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「霊魂論」神秘学86 仏教の経典では「生苦」からの解脱を図るには「十二因縁の法」に則って系列を解き明かすことを悟道とします。仏祖となった正祖シッダルタは「八正道」を説きます。此れ等の苦しみを減じるには、其の根本的原因である無明から順次に滅されなければならないとし、八つの実践の徳目を掲げています。。つまり、悟りに至らない人間の生存を解き明かせば「苦}其のものであり、苦しみを断つためには,その根本的原因である無明から順次に滅されなければならない。その苦の原因は妄執によって起るのであるから,妄執を完全に断ち切れば完全な悟りを得ることが出来得る。妄執を完全に断ち切る完全な悟りを得る実践が正しい修道法としての八正道であり、正しい見解(正見)・正しい思惟(正思)・正しい言語行為(正語)・正しい行為 (正業)・正しい生活 (正命)・正しい努力(正精進)・正しい想念 (正念)・正しい精神統一(正定)の迷いと悟りの両方に亘って因と果とを明らかにした四つの真理「四諦(したい)」、苦諦・集諦(じつたい)・滅諦・道諦の四つを実践します。このうち苦諦とは、我々すべての存在は生老病死などの苦に悩まされる苦的存在であるという真理。集諦の集(じゆ)とは原因という意味で、苦を生ずる原因は渇愛に代表されるこころの汚れ(煩悩)であるという真理を知り、のち実践すれば解脱に至ると解き明かします。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月15日
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「霊魂論」神秘学85 ヨーガの史的流れは古代から伝承され、発達してきたヨーガの基本思考と行法が、紀元前後を境にしてにヴェーダンタ哲学を基盤とし「人生の苦しみからの解脱」を説く「空」なるものを悟りの第一義とする教えであるとした仏教哲学を産み出します。其の後、仏教の経典の影響を受けながらもヨーガは其の思考法を学派の自己哲学に巧みに取り込みます。仏教用語で十二縁起ともいう迷いの世界の因果関係を、十二種の項の系列によって説明し、(一)は迷いの根本となる無知である「無明」、(二)は無明に基づき次の識を形成する働きである「行」、(三)は受胎したときの最初の一念である「識」、 (四)は 母胎中で発育する心的なものと肉体的なものである{名色」、(五)は、眼・耳・鼻・舌・身・意の六種の感覚器官が整って母胎を出ようとする状態である「六処」、(六)は物に触れて知る感触のみの状態である「触」、(七)は対象を識別感受する状態である「受」、(八)は欲望によって対象を判断することとしての「愛」、即ち、独占欲が多くを占め、神の愛である「アガペー」や仏の{慈愛」とは意味を異にします。 (九)は自分の欲望に執着することである「取」、次いでは(10) 生存を産む「有」と(11) 人生を営む「生」と (12) 肉体の滅亡の老死へと順次、前のものが因となり後が果となる関係を結んでいます。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月14日
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「霊魂論」神秘学84 インド哲学における分析論理思考については、近世・現代の欧米数学者はインド数学のヨーロッパ人への影響を一際(ひときわ)意識しています。20世紀においてはドイツの数学者ヘルマン・クラウス・フーゴー・ワイル(Hermann Klaus Hugo Weyl/ドイツ語の発音に従えばヴァイル/1885-1955)は、数論を含む純粋数学と理論物理学の双方の分野で顕著な業績を残した最も影響力のある数学者であるとともに、初期のプリンストン高等研究所の重要なメンバーであった人物ですが、其の彼の著した文献で「西洋の数学は過去数世紀間、ギリシア人の考え方から逃れて、インドに起源を持ち更にはアラブ人を通して我々に齎された考え方に従ってきた。其の思考は「数の概念」は幾何学の概念としてよりは先に論理学の概念として顕れたと述べています。まさに、インド人の「倫理・論理学・哲学・宗教」をも含有した「零」の発見なしには数理哲学は成り立ち得ないことを確認するものです。論理学と自然言語の関係を理解する上でロベール・ブランシェの論理学の六角形がより完璧で、それゆえより強力なものであれば、高度に重要な要素の点でインド論理学はアリストテレスを受け継ぐ西洋論理学に勝っているとしています。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月13日
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「霊魂論」神秘学83 インド独特の思考修養法は、アラビア半島ユダヤのナザレのイエスの苦行(Jesus Penance)とは其の「動」としての苦行とは、事を全く異にしており、「静」の苦行とさえ呼べるものです。其の基底にあるのがインドにおける論理学です。紀元前6世紀頃のメーダティティ・ガウタマのアンヴィクシキ学派や紀元前5世紀頃のサンスクリット文法規則にまで遡り、続いて紀元前2世紀頃のヴァイシェーシカ学派による原子論の分析、紀元後2世紀頃ニヤーヤ学派の創始者ガウタマによる推論の分析、次いで同じく紀元後2世紀頃ナーガールジュナの四句分別が挙げられます。此の論理思考法はギリシァの論理学とともに世界の論理学の二大源流を成しています。インド論理学はナヴィヤ・ニヤーヤ学派という形で近世まで発展を続け、インド哲学を進めていく上では無くてはならない論理思考としての基本となり此れなくしてはインド哲学は及ばずインド宗教も成り立つことは出来得ない程の影響力を齎します。とはいえ、修養法としてのヨーガの立ち位置は揺らぎません。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月12日
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「霊魂論」神秘学82 古代インドには数多くの哲学体系が成立しますが、西欧・ペルシァ圏哲学の思考法の多様性に比して頗(すこぶ)る単純化されています。其れにはインダス文明以来の史的歴史を持つヨーガが関与しています。インドの代表的な六つの哲学体系、サンスクリット語ではシャッドダルシャナ。インドには他に数多くの哲学体系が成立しますが、其れ等のうち唯物論、仏教、ジャイナ教のような正統バラモンたちによって非正統派とみなされベーダ聖典の権威を認める正統バラモンはインドの正統バラモン系統としての六派哲学のみを認めています。開祖は前6世紀頃のインドベーダの聖仙、六派哲学の一つであるサーンキヤ学派の開祖の一人とされるカピラ。ヒンドゥー教の文献では、カピラは人類の始祖であるマヌの末裔で、創造主ブラフマーの孫、或いはビシュヌの化身とされるカピラで純粋精神と根本原質の二元を立てて世界の生成を説明。人生の苦の原因を精神と原質の結合に認め、修行と智によってその結合から解放されることを「解脱」と呼び其れを受けて志すのがヨーガの修養法であるとし、此れはインド哲学のみならずインド宗教も目指すこと同質のものであり、其れ故、インド独特の思考修養法は此処から始まります。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月11日
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「霊魂論」神秘学81 此の項では更に、ヨーガを哲学的修行法と看るか、将又、宗教と見做すかによって結果は大きく異なってきます。ヨーガ・スートラなども瑜伽経(ゆがきょう)とも呼称されてはいますが、信教を求めている訳ではありません。あくまでも、紀元後4-5世紀頃にパタンジャリ(Patanali)によってといわれるインド哲学の彼が説いた短い言葉を連ねたものであって信仰を求めてはおらず寧ろ「法」を求めています。「ヨーガとは心の働きを抑制することである」の定義から始まり、三昧に至るまでの具体的方法としての八階梯と、其の意味するところの背景にある思想が述べられ、ヨーガの八支則(アシュタンガ・ヨーガ)と呼称されます。此の教典はパタンジャリという聖人によって紀元前から綿々と受け継がれたヨーガを、紀元後4~6世紀頃に記述され完成されたといわれている教典なのです。八段階の積み重ねによって構成されているので「アシュタンガ」語彙することである」の定義から始まり、三昧に至るまでの具体的方法としての八階梯と、其は八つの部分・八支則のヨーガと呼称され、総合的なヨーガによって目的に到達するための修養法の詳細が説かれています。其の目的、言い換えれば解脱に到達するためにする手段は、日々の生活においては行動の規範である禁戒や勧戒を山の裾野にて、基本から段階的に体を整え且つ又呼吸を整えながら、順次に山の高みに上っていく道のさまで例えています。此の実践の過程において、漸く人間が本来備えている肉体と精神とそして霊性の資質や能力が高められ、実りあるあるものとなり、心身の健康度が飛躍的に高まり、其の人自身の自己実現に多大な実りを齎し「解脱」の機会が得られると説き明かします。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月09日
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「霊魂論」神秘学80 ここでは、印度大陸の人種構成を確認しておくのがインドの古代文明理解には妥当だと考えます。インダス文明を担ったのは印度大陸に土着していたドラビダ語族のドラビダ人です。人種的にはアウストラロイドになり、コマーシャルでお馴染みの「インド人もびっくり」のイラストを思い浮かべ黒人だと勘違いしないで下さい。ドラビダ人は白人であるコーカソイドのアーリア人に南部に追いやられ、現在のスリランカを中心ととします。南インドのドラビダ人は、人種的にはアウストラロイドになり、白人種であるコーカソイドとも黒人のコンゴイドとも異なる人種であり、現代ではインドネシア、ニューギニア、オーストラリアのアボリジニ、ソロモン諸島に分布、インドでは後からコーカソイドが、東南アジアやソロモン諸島では、後からモンゴロイドが入り現在の状況が生じます。世界の人種は大きく分けて三大人種、白人・黒人・黄色人種とされていますが、アウストラロイド(Australoid)は何れにも属しません。丁度、日本の白人種であるアイヌ人が本土人と同様の黄色人種とされたのとは逆の意味で対照的です。現在のタミル人がそうですが、アーリア系との混血がすすんでおり、今や顔かたちでは判別できずらくなくなっています。南インドのドラビダ人は、人種的にはアウストラロイドになり、コーカソイド(白人)ともコンゴイド(黒人)とも異なる人種の人達です。ちなみに、仏祖となったシッダールタの属する釈迦族の出自を遊牧騎馬民族あるいは草原の交易部族だとすれば、宗教色を含んだシッダールタの肌が黄金色だとか、生地が現在のネパールで今は黄色人種が住んでいるということ地理的問題は度外視して良いと云えます。何故なら、バラモンの社会においては、肌の色が白人と違うこと自体が激しい差別の対象とされています。然し乍ら、バラモンの文献にそうした記述は見当たりません。仏典によるとシャカ族は勇猛・果敢な種族と描かれているし、釈尊をヒンズー教が神の順位に取り込む筈もありません。シッダールタの覚醒が痩身をみかねた羊飼いの女性の羊乳の施しが機となるのも遊牧騎馬民族の有力説を促します。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月08日
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「霊魂論」神秘学79 インド哲学は、古代インドに起源をもつ哲学の総称で、「カースト」とで知られるインド自体の言語ではなく、ポルトガル人が16世紀にインドに来るようになってから、ポルトガル語のcasta(血統の意味)からきた、インドの身分社会であるヴァルナ制をそのように名付けたことに始まります。ヴァルナは、前1500年頃に始まるアーリヤ人がインドに移住する過程で、征服民が上位3ヴァルナを構成し、先住民のドラヴィダ人を下位ヴァルナとすることから始まったとされています。。宗教的には、アーリヤ人の宗教であるバラモン教から後にヒンドゥー教に発展する世界観と深く結びついていることが確認されています。カースト制度の成立の詳細は鉄器文明段階に入ったアーリヤ人がインダス川流域(パンジャーブ)から東方のガンジス川流域に移住し、先住民を征服する過程でインド・ヨーロッパ語族である肌の色が白く、肌の色の異なった被征服民を差別したところから始まったものと考えられています。 他宗教に対して寛容なヒンドゥー教ではありますが、カーストに対しては一切寛容ではない。他宗教はその現実的な影響力は其の民族或いは国家の力によりその扱われる立ち位置が極まり処遇されます。カースト制度は5千年以上もの歴史があり、何度か取り除かれようとしたものの、ヒンドゥー教とカースト制の結び付きが強いためインドの社会への影響は未だに強いのは法的規制が定められた後も影響を及ぼしているのは相変わらずです。驚くべきことに、外国人であっても日本及び裕福な亜細亜の国家や、欧州、米国からの訪問者はその国の力が強いために高いカーストと同様の扱いを受けることです。紀元前5世紀の仏教の開祖であるシッダールタはカースト制度に強く反対して一時的に宗教的勢力をもつことが出来得ましたが、印度本土では急速に勢力を衰えさせておりインドでは少数勢力に成り果てました。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月07日
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「霊魂論」神秘学78 ヨーガ(Yoga/漢訳は瑜伽(ゆが))といえば、パソコンの普及と同期して並ぶように普及した身体的ポーズ(アーサナ)を中心にしたものを現代では想像しがちですが、元来はインダス文明に始まる血統民族的なものから産み出された思考の修養方式です。本来のヨーガはインドの諸宗教に多くは思考修養の型としてあり且つ深く結びついており、バラモン教、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教の修行法でもあり、ヨーガ其のものが単一宗教の要素を持ち得たものは少数派です。ヨーガは古代インド民族発祥のたぶんに血脈民族としての伝統的な宗教的行法であり、心身の鍛錬によって制御し、精神を統一して古代インドの人生究極の目標である輪廻転生からの解脱(モークシャ)に至ろうとするものです。此の思考法の発端には印度特有のカースト制度、カースト(Caste)とは、ヒンドゥー教における身分制度でヒンズー語のヴァルナとジャーティを指すポルトガル語・英語であり、インドでは、現在も「カースト」でなくヴァルナとジャーティと呼ぶのが関与してることは歪めません。大まかに分けて上からバラモン(司祭)、クシャトリヤ(王侯・戦士)、バイシャ(商人)、シュードラ(隷属民)に分けられ、その下には人間扱いされない不可触民、細かく別ければ何百層に既定された階層民は、元々がカーストは親から受け継がれるだけであり、生まれたあとにカーストは変えられないがために、現在の人生の結果によって次の生で高いカーストに上がるしかなく、現在のカーストは過去の生の結果でもある故に、今生(こんじょう)を受け入れて人生のテーマを生きる以外に無いとされます。たとえ転生しても不可触民などは其の階層の人間であり、上層に登ることは出来得ません。其の階層たるや乞食にも階層が適用される始末です。昔日の印度のヴィデオに見かけられる牛の行進の跡を追いかけ其の糞を掻き集める婦女、当時の印度の家庭燃料として貴重なものであり特権がなければ収集が許されませんでした。シッダールタやヨーガ学派が目指したのは此の業としての因縁の断ち切りです。当時の印度大陸で身分制度に苦しむ人間は転生よりは自己の永遠の平安な終末を願うのは当然であり、且つ又、其の思考に靡(なび)くのも尤もでしょう。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月06日
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「霊魂論」神秘学77 森林に入り樹下などで沈思黙考に浸る修行形態は、最も古く見るものに紀元前2500年-1800年のインダス文明に其の起源があると推測されています。1921年にモヘンジョ・ダロとハラッパーの遺跡を発掘した英国の元・インド考古調査局長官のジョン・H. マーシャル(John Hubert Marshall)を中心とするグループは、1903年にチャールサダの発掘を皮切りにサールナート、サーンチー、タキシラ、モヘンジョ・ダロ、ハラッパー等約30年間に亘って調査、発掘を行い、発掘された印章に彫られた図像を、坐法を行っているシヴァ神の原型であると解釈します。其れを受けて「神秘体験によるエクスタシーを重要視するものも多いが,とくにシャマニズムでは,中心的行為と考えられています。ルーマニアの宗教学者であり、神話学者・小説家のエリアーデは、その著シャマニズム(1951)で、此処に取り上げられるシャマニズム(shamanism)とは哲学・宗教云うところの忘我状態に陥り 神と合一した神秘的境地・脱魂・法悦であるエクスタシーに昇る技術であり、これに必ず伴う意識の変化であるのが、入神状態と呼ばれることも、また脱魂状態や恍惚状態と呼ばれることもあるトランス状態(変性意識状態の一種)で、巫者或いは巫女の魂が肉体を離れて天上界や地下界を往復すると信じられている現象であると述べています。シャマニズムのエクスタシーは、脱魂と憑依(ひようい)の二種があるとした著名なエリアーデは「塑造された最初期のヨーガ行者の表象」であるとして認証しています。然し乍ら、異論もあり、近代に至るヨーガの歴史を研究したマーク・シングルトンは、此の印章が後世にヨーガと呼ばれたものであるのかどうかは、疑わしいものであったのが、史的解釈としてインダス文明に古代のヨーガの起源とたびたび引用され常用化したと述べています。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月05日
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「霊魂論」神秘学76 インダス文明の崩壊を膨大な焼きレンガの木材燃料や麦作農業からくる必須アミノ酸不測の事態を解決するための過剰な放牧による木材の伐採による土壌の流出による砂漠化を引き起こしたとするならば其の要する人口が億万単位でなければ考えられません。其れ故に環境破壊説は不正となります。何故なら、インダス文明が消滅した後に流域が無人の荒野と化した記録がなく、インダス都市文明はBC2000年ごろから徐々に衰えていくが、それに代わって、後期ハラッパー文化と呼ばれる豊かな農耕文化がこの地に現れるからです。現代のインド・パキスタンの考古学では、印度大陸のみならずアジア大陸を通じての紀元前2世紀後半以降の文化展開の様相をしだいに明らかにしつつあり、連綿と人々の暮らしが途切れなくあったことが明らかになりつつあります。四大文明は総じて環境の悪化による必要性から発生し、環境の好転によって消滅しています。古代人にとっては、中央集権的な都市文明よりも地方分散的な農耕文化のほうが、魅力的だったことは今も昔も変わりありません。地球の気候が寒冷化したことが四大文明を誕生させ、洪水(flood)が発生するほどの温暖湿潤化は寧ろ都市文明を不要にさせます。然し乍ら、此処現代の太陽活動とは無縁の地球レベルでの人間の活動による温暖湿潤化は都市文明どころか気候及び海浜並びに生態系を破壊し、新たな生命系を発生させ、自らの絶滅的要因を増加させる危機的な状況の範囲を越えようとしています。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月04日
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「霊魂論」神秘学75 現代から見ても非常に困難な上下水道や公共大浴場完備と洗練された部分を持つ程のインダス文明なぜに消滅したのか。かつて、アーリヤ民族がインダス文明を滅ぼした説が唱えられてはいました。しかし、インダス文明が消滅したのは、BC1800年からBC1700年頃にかけてであって、アーリヤ人がパンジャーブ地方に侵入したBC1500年よりよりかなり前であることから、年代的には無理があります。また、インダス文明の都市遺跡からは、アーリヤ人の来襲を証拠立てる遺物が全く見つかっておらず、インダス文明の都市遺跡の屋外部分から人間の遺体が見つかっていない状況なので、外敵の攻撃や突然の自然災害で破壊されたのではなく、むしろ住民自身が都市を見捨てたと判断したほうが滅亡したのかの種々紛々の仮設の説の中では妥当性があります。現在で支持を集めている仮説は、都市住民が自然を破壊した結果、都市文明が維持できなくなったという環境破壊説である。インダス文明の都市遺跡では、城砦の築壇や城壁の芯以外はみな焼きレンガ(Burnt Brick)を使っており、膨大な焼きレンガを製造するためには膨大な木材が燃料として必要なので、過剰に森林が伐採された。将又、インダス文明は麦作農業を行っていたが、小麦は米と違い、必須アミノ酸の多くが欠落している故に、肉などの動物性蛋白を補う必要があり、過剰な放牧を行った結果、土壌が流出して砂漠化が進んだとかといったことがもっともらしい根拠として挙げられていますが、日本を見る通り哺乳性動物の肉を魚類蛋白で補っていることからしてもインダス文明人が魚類を食すのが禁忌でもない限り不自然です。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月03日
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「霊魂論」神秘学74 インダス文明で発掘される都市遺跡には、チグリス・ユーフラテスのメソポタミア文明やナイルの恵みの恩恵を受けたエジプト文明、殷・周王朝の黄河文明のような強大な権力の存在を示す大宮殿や大神殿などの都市遺跡は見当たりません。かといって、絶対的な権力者がいないから指導者がいなかったとは断言できません。ギリシァに於ける民主的都市国家やネーデルランドのオランダの商業都市国家、百年戦争中包囲されたカレーの町を救うため6人の市民の指導者が犠牲となってイギリス軍に下った史実に基づき、ロダンの群像のように専制的絶対権力者がいない場合も文明は成り立ちます。高官の邸宅、高僧の学問所、集会所と覚(おぼ)しき公共性の高い建物跡なら幾らでもあります。モヘンジョ・ダロには、階段つきの大浴場の遺構がある。此れは現在でも南インドの寺院には、沐浴のための施設が付属しているので、斎戒沐浴として宗教的な用途のために使われた可能性が高いものです。推測するにインダス都市文明においては指導者としての機能を担ったのは、軍事力自体は持たないものの、メソポタミアやアラブ湾岸の先進文明の知識を持ち、かつ宗教的カリスマ性のある人物、イラクの原理主義的指導者を彷彿とさせますが如何(いかが)なものでしょう。哲学・思想 ブログランキングへ
2018年06月02日
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「霊魂論」神秘学73 インダス文明に影響を与えたと想われる西南アジアの古代文明トランス・エラム、スーサを首都に置き、メソポタミア文明から穀物を輸入し、東方で採掘した鉱物を輸出して、シルクロード以前に「ラピレリ。スラズリの道」という交易路を築き上げていたトランス・エラムなのですが、シュメール人の襲来で文明は南下し、ウンム・アン・ナール島、さらにはバーレーン島に進出し水路を活用し、インダス文明興隆に大いなる影響を与えたことは事実でしょうが、しかしながら、インダス文明は、決して他律的に形成されたわけではないことも確実です。インダス文明の都市設計に関与したのは、イランに存在したトランス・エラム文明だとしても、二十世紀の未来都市ブラジリアの如く、実際に築き上げたのは現地の民族です。所謂四大文明は、BC3500年頃のヒプシサーマル期終焉に伴う北緯35度以南の寒冷化と乾燥化が人々を大河に集中させることで発生しています。インドの乾燥化と寒冷化は、BC2300年ごろからとやや遅くなった結果、インダス文明はメソポタミア文明よりもスタートが1000年以上遅くなったと考えられ其のぶん、先達の都市建設・都市問題の知識を学んで、理想的な計画都市を造ることが可能であっただろうし出来得たと推測されています。人気ブログランキングへ
2018年06月01日
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