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友達の招待で、城之内ミサさんという作曲家のコンサートに行って来た。場所はカーネギーホール。カーネギーといえば有名なコンサートホールで敷居が高いように思えるけど、高いクラシックコンサート以外にも実は結構色んな催し物をしてくれる。私が初めて行った時なんて、日本からのおばさま達の大正琴の発表会だった。どういう審査があるのかは知らないが、意外と門戸が広いようだ。城之内ミサさんは私は知らなかったのだが、映画やドラマの伴奏をよく作曲されているらしい。いわゆる「癒し系」の音楽かも知れない。日本に限らずアジアの音楽を融合したような感じで、心が洗われるような澄んだ色調が特徴だった。夫の身もふたもない言い方を拝借すれば、「NHK特番で流れるような音楽」。それでも音色が美しい事には変わりはない。NYにいると、こういったコンサートに気軽に行けるのがいい。いつもどこかで何かの音楽をやっている。
2005/03/29
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アメリカでリメイクが大ヒットした鈴木光司氏原作の「リング」。この続編が先週公開されたので見に行った。制作者は、「リング」の続編「らせん」を全く無視し(「らせん」で主人公が冒頭で死んでいるところなんてもってのほかというような事を言っていた)、「もっと理屈の通った面白い続編」を作ると息巻いていたのだが、開けてみてびっくり。もっと理屈の通っていない続編をお作りになった。「らせん」の100倍悪いわ。「らせん」も、腑に落ちないところは多少あるものの、医学的な話や子供を亡くした人間の心の動きなどが物語に厚みを与えていたと思うのだが、「The Ring2」はもっとひどい。単なるSFXを使ったホラー映画に成り下がってしまっており、人間の心の動きなどどこにも表現されてはいなかった。ナオミ・ワッツと子役の演技が悪くないせいで、余計に脚本の穴が目立つような結果になっているのである。監督は「らせん」を撮った日本人らしいのだけど、この脚本でどうしてこの仕事を受けてしまったのだろう。その前に見た「Scary Movie3」の方が面白かったです...。
2005/03/25
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某不動産の大会社に勤め始めて3日目。色んな事が見え始めて来た。まず、設備がやたらといい事。従業員が世界合わせて何千人いるのか知らないけれど、印刷関係は各階に性能のいいカラープリンターがどんと置かれており(色調にこだわるデザイン事務所でもないのに)、地下にはこの会社のためだけのプリント部門がある。そこで巨大なポスターも印刷できたりするのだ。もちろん紙もトナーも使いたい放題である。今度この会社が主催するフォーラムで招待状を出すのだが、メタリック(大抵普通紙より高額)な紙で8000部を作り置きしていたりする。紙の予算なんておかまいなし。「見栄えがいいのなら、予算をケチるな」ということらしい。今までいた出版社やデザイン事務所はいつも予算がきつい感じがしていた。人材も無料のインターンや安いフリーランスを使ってやりくりしていたようだが、この会社は、今度のイベントのためだけに「派遣の人をこのプロジェクトに雇いなさい」と部下に一声かけるだけでいいのである。お金の単位もすごくて、NYTimesの一面広告を毎週出してたり...一万ドル以上は「いっぱい」と思う私は数字がフォローできない。お金ってあるところにはあるのね...。
2005/03/24
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さて、この大企業。出勤したのはいいが、コンピュータの前に来て凍ってしまった。システムがウィンドウズなのである。こんな話は聞いていないぞ。最悪だ。私の苦手なウィンドウズ。どうしよう。使い慣れないシステムで、どこに何があるのかもわからないし、同じアプリケーションでもショートカットキーが全然違う。しかも超ダサいCoral Drawという中途半端なQuarkのようなものでパンフレットを作っており、頼まれたちょっとした修正に30分もかかってしまった。ヤバい。パフォーマンスがめちゃくちゃ遅い。ダブルクリックすると画面が変になるし、コマンドキーがどうなっているのかまるでわからない。冷や汗をかきかき何とかこなしているが、今にパフォーマンス不足で訴えられるかも知れない。幸い上司が非常にいい人でなんとかがんばっているが、何の説明もなしに派遣した派遣会社を恨むしかない。手遅れになる前に、クビにしてもらおう...。
2005/03/23
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人材派遣会社から電話があって、不動産の会社がインハウスデザイナーを探していると言う。最初はフリーランスから始まって、お互いに気に入ればフルタイムもあり得るらしい。その会社は世界的に名の知られたところだが、いかんせんコーポレート。またアニューアルレポートとかの世界である。がしかし、毎日仕事が無くて鬱だった私は、その話を受けることにした。時給も結構良いと思ったから。以前不動産屋でちょっと働いていた友達に、どんな会社か聞いてみた。彼女はその会社は知らない、と言う。「それ、やりたい仕事なの?」答えにつまる私。「時給が良かったから...。$24だったの」「え!? そんなに安いのに?」が~~~ん。聞けば、彼女は学校を一昨年卒業してからずっと$30で働いていると言う。でも、私が学校在学中に働いた出版社は$20だったし、去年馬車馬のように働かされた某雑誌社は$17の大安売りだった。アメリカ人って、意外に給料の話はしない。というか、タブー。日本みたいに、求人情報で「時給いくら」とか、店頭募集に「時給1000円から」とか書かない。だから、今まで友達がどんな仕事でいくらもらっているか聞いた事はほとんどなかった。この間レイオフされた友人の最終給与を知って正直驚いたものだった。私って、大安売りやん。今でもジュニアデザイナーのポストを探して苦労しているが、なんだか不条理な気がしてきた。何が間違っているんだ?とにかく、明日からいきなり出勤である。このたるんだ脳みそを引き締めなければいけない。ツメの手入れだけしに行こうっと...。
2005/03/21
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もうすぐ日本に帰る友達と遊びに行った。彼女とはアメリカに来た時期が近くて、6年間の労働ビザが切れて帰国するのだ。ちょっと郊外に住んでいるのでなかなか会えないのだが、ずっと良い友達だ....と思っていた。今、私はすごく彼女に対して怒っている。というか、やり切れない気持ちでいっぱいである。お別れ会のような感じで別の友達と一緒に三人で食事をしていたのだが、何かのきっかけで恋愛の話になった。恋愛ってどのくらい長続きした?という話題で、私は実は結婚生活5年の現夫が最長。その彼女は、4年半と答えた。彼女は余り恋愛の話をするのが好きな方ではないし、私は彼氏がいないとずっと思っていた。「じゃ、別れてからアメリカに来たの?」と聞いた。「ううん、今も続いている」「?(そんな話は今まで聞いたことがないぞ)」カンのいいもうひとりの友達が「もしかして、不倫?」と聞いた。うなずく彼女。えーーーーーーっ である。今までで友達の不倫話を聞かされるのはこれが初めてではない。何人の友達から「実は...」という前置きでこういう話を聞かされたことか。彼女たちの話は判を押したように同じ話だ。「彼」は自分より大人で包容力がある。「彼」は奥さんと「家庭内離婚」状態で愛がない。もしくは「妻と子は愛しているし、離婚するつもりはないんだけど、君は知っていて僕と付き合っているんだよね」。そして女性の立場は「私は彼の家庭を壊すつもりはないの、彼に奥さんと別れて欲しいなんて言うつもりはないわ」。「彼と一緒にいるほんのひとときが幸せ」。そして「彼の奥さんには悪いとは思うけど、ふたりっきりのときは世界が違うの。世間の事なんでどうでもいいのよ」....。言う事全く同じ。20代の頃ならまだしも、彼女はもう40代の方が近い。子供好きな彼女、35歳を過ぎてからの不倫なんて、自分の家庭を築くチャンスを見殺しにしたようなものだ。「どうして今まで黙っていたの?」と聞くと、「こういう関係を理解してくれる人じゃないと、話したくなかったから」とのお答え。私と共通のもうひとりの別の友達は知っていたようだ。なぜならその友達も不倫をしていたから(清算済)。そして、「不倫」がつらくて泣いていると慰めてもらえるらしい。彼女が不倫を始めた頃、私は現夫と出会って新婚だった。私は話すには「彼女の複雑な恋愛観」を理解するような人間ではないと判断されたようだ。正直言って、頭に来た。私は白状すると、10代の頃に「不倫」をしたことがある。若い頃の火遊びで、ひどく痛い目に会った。そして、自分の立場は人を傷つける身勝手なもので、自分も彼も奥さんに対して「加害者」に他ならない事を身を持って学んだ。つらくて泣いている自分なんて偉いもんだ。自分が可愛そうで泣けてしまうんだから。「人のものに手を出すな」と教えてくれた親にも顔向けできはしない。どんなに身勝手な行為だったか。私がずっと以前に友達の不倫を知ったら、多分私は彼女に耳の痛い事を言うだろう。絶対別れなさいと言った思う(事実今も言う)。しかし彼女は結構頑固な性格で、人からのアドバイスをまったく聞き耳持たない人だ。そういう小言を言われるのが嫌で、過去4年半黙っていたらしい。私は痛みを知らないとでも思ったのか。「結婚っていいものよ。あなたも私みたいになりなさい」と私が彼女に「態度で」示していたとでも言うのだろうか。「誰かいい人いたら紹介してね」という言葉を本気に取って男友達を紹介したり、家族も彼氏もいないと言うので感謝祭などにうちに招待したりしたのは何だったんだ。何だったんだ。何だったんだ。何だったんだ。「日本に帰ったら、どうするの」「日本に仕事で時々来るっていうから、会う」と頑固な彼女は言い切った。現地妻宣言である。たまーに日本に来るヤツのために待って、来たらいそいそと呼び出しに応じてセックス(彼らにとってはつらい逢瀬)しに行って、自分たちの立場が切なくて泣くんだろう。「会うくらいならいいわよね」(4年半も続いたあとにプラトニックに戻る自信があるんか)「セックスしなくても、一緒に旅行を楽しんだりできると思うの」(そんな訳ないやん)「彼の子供が欲しいなんて思わない」(あんなに子供好きなのに...)「あなたと私って、恋愛の価値観が違うから」(.....絶句)その後何時間どんな話をしても、私の不倫体験を持ち出しても、「帰国を機に、絶対会ってはだめよ」と言う私たちの話は、頑固な彼女の耳には届かなかった。「友達の話はありがたく聞いている」ふりをして、心の中では現地妻の用意ができているのがひしひしとわかった。そして、「彼女達(私ともう一人の友達)は、私の複雑な心なんてやっぱり理解してくれないんだわ」と思っており、不倫仲間(でも清算済み)の友達に慰めてもらうんだろう。もう勝手にしてください。6年の間友達だと思っていたけど、一気に彼女に対する友情が冷めていくのがわかった。我ながら恐ろしいくらいだ。そこまでSelf-Esteem(自分を思いやる気持ち)の低い人とはもう話はできない。私は友達だから、耳の痛い事をはっきり言いたい。結果的にその子が傷ついて欲しくないし、間違いは間違いだと思うから。そういうのが彼女が嫌なら、私は彼女の友達ではないのだろう。別にけんかはしなかった。笑顔で別れた。彼女のために選んだお別れのプレゼントとカードを手渡した。彼女は帰国までにもう一度会おうね、と言った。私は会うつもりはない。
2005/03/18
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就職活動が頓挫している。実際昨年12月、1月と雇用機会は低迷していたらしい。2月に人材派遣会社から2件あったオファーも、旅行中で取れなかった。そしてもう3月中旬...電話は鳴らない。もちろん時々インタビューに行ったりしているのだが、なかなかいい話はない。卒業してもう10か月になる。自分のプロモーション用のウェブサイトを作ったりしているが、基本的に何もすることがないので精神的につらいものがある。いっその事、本屋さんとかでアルバイトでもしようかという考えが頭をよぎる。以前インターン先からオファーがあった時、その新聞作りのような仕事内容がつまらないことだと思った私は、オファーを蹴ってしまった。多分あそこにいても毎日もんもんとしていたと思うで余り後悔はしていないのだが、それを蹴っていなければどうなっていただろうとちょっと考えたりする。思考がかなりネガティブである。思いあまって日系の人材派遣会社に電話をして、ポジションがあるかどうか聞いてみた。一件紹介されたのだが、どうなることやら。
2005/03/17
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久しぶりに、韓国人の友達とお茶をした。学校のクラスメートでただ一人故郷に帰ることもなく交友が続いている。彼女はアメリカ人の長年の彼氏と去年結婚した新妻さん。プー太郎主婦の私と昼間にSOHOのカフェでランチとお茶をした(こう書くと優雅だなあ...)。ひとしきり近況報告をしたあと、彼女が「例のニュース見た?」と聞いた。私は実は今朝の日本語ニュースで初めてその問題を知ったので、軽く「竹島の事?」と言った。「Maybe we should not talk about this, but...」と彼女。うーん、確かになあ。彼女は日本に留学していた事もありアメリカ滞在も長いリベラル派なので熱く語ることはないが、それでも「韓国の島」と言いたそうだった。私は事の背景を何も知らなかったので、「国際機関に委ねるとかして、話し合いで解決できるといいのにね」とお茶を濁した。そんな訳で、家に帰ってインターネットでリサーチ。案の定日本は日本領、韓国は韓国領だと主張するサイトばかり。日本の理屈の方が理にかなっている気もするが、日本語と日本語訳しか理解できない私が読むのが日本寄りの主張ばかりだからだろうか。でも一番解せないのは、日本側が「国際機関に委ねる」ことを提案したにも関わらず、韓国側がこれを拒否していること。いわく「明らかにわが領土である独島に対して日本と公然たる摩擦を惹起することは国際社会に独島が紛争地域だという認識を与えることになって、結果的に我々の独島領有権を強固化するのに望ましくないからです。」(韓国海産部のHPより抜粋)。それって、ちょっと変。全く、何もやましい事もなく、正々堂々と解決したいのであれば、国際議論で立証すればいいんじゃないのかなーと思ってしまう。ここまでこじれてしまえば、第三者に判断してもらうのが一番いいんじゃないのかしら。日本だって国際機関に判断してもらって「韓国領だ」と決断されれば、複雑な胸中もあれど手放さざるを得ないでしょうに(実際現在の時点で韓国領として扱われている訳だし)。NYに来て学校でも職場でも、仲良くなるのは大抵韓国人。皆いい友達だ。私よりひと世代若い20代の子たちは日本好きな人が多い。が、夫の世代、40代半ばはそうはいかない。夫が言っていたが「どんなに仲良くなったと思っても、歴史の話になると、会話の中にうらみつらみが出てくるんだよね。で、結局長続きしないんだ」。40代半ばといえば、その親が日本に侵略されて屈辱を直に味わった世代。その親のうらみごとは子供たちの心にしみこんでしまっているという。その20年若い世代にはさすがに薄れてしまってはいるのだけどね...。
2005/03/16
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この間とある集まりで、色んな人と食事をする機会があった。皆女性だったんだけど、コートを脱いでラウンドテーブルに座ってびっくり。私を除いて皆黒い服なのである。うちふたりは黒のタートルネックセーター。私も持っている定番だけど、これにネックレスで決まりという感じのコーディネートだ。NYに来ると、どこに行っても皆黒を着ているのに気づく。黒が街のカラーのようだ。個性が魅力みたいな言い方をされるNYだけど、一般的に黒さえ着ていれば安全、みたいな風潮はある。黒=スタイリッシュなんだろうか。さすがにパステルカラーが流行った去年はちょっとは明るかったけど、この冬でまた元の黒に戻ったみたい。私も一時期黒ばかり着ていた時がある。もともとビビッドな明るい色が好きな私のワードローブは次第に黒に浸食されていったのだが、また最近になって明るい色を着るようになった。赤、オレンジ、黄色、果てはピンクも着る。もしかしたら以前いた職場なんかで「ダサい色を着ている東洋人の女」と思われていたかも知れないが、そんなの知るもんか。明るい色を着ていると、元気が出るし、ちょっと顔色の悪い(血が薄いせい?)私でも明るく見えるだろう。ひとりだけ赤い服を着ていた私だが、今後も明るい色を着続けてやるぞーと思った...。
2005/03/15
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最近お気に入りのテレビ番組で「CSI:Crime Scene Investigation」というのがある。もうシリーズが始まって5年目なので今更という気もするが、何かのきっかけで見始めてから止まらなくなった。事実アメリカではドラマ部門で視聴率がぶっちぎり一位である(By Entertainment Weekly)。日本では「CSI:科学捜査班」という邦題で放送されているみたい。舞台はラスベガス。クライム・ラボと呼ばれる警察内の組織チームが主人公たち。犯罪現場の物的証拠を科学的に調査し、犯人を割り出すという物語である。髪の毛一本からDNAがわかる時代だけど、古くからの指紋摂取や靴型採取、はてはゴミやホコリや土にいたるまで全て分析の対象になるのである。調査もさることながら、人間性を重視した物語も面白く、かならずしもハッピーエンドでなく、ごくたまにチームが犯罪者にまんまとやられることすらある。余りにもラスベガスの視聴率がいいので、そのSpin Offでマイアミとニューヨーク(多分日本未放映)が加わった。ニューヨークは主演が「フォレスト・ガンプ」などで有名なゲイリー・シニーズである。私たちが一番気に入っているのはオリジナルのラスベガスが舞台のもの。チーム主任のグリサムがとっても私好み。昆虫Geek(オタク)で一風変わった人だが、チームから絶大な信頼を得ている。同僚のキャサリンも年とったミシェル・ファイファーのようで大好き。クールな中にもシングルマザーの苦悩が現れていたりして、とても人物像が深いのである。それもそのはず、アメリカのCSIウェブサイトでは、それぞれの「役」に幼少期はどうだった、どこ出身でどういう教育を受けたなどの細かい生い立ちが設定されているのである。Geekだなあ。CSIはCBSが親局(本放送は木曜日午後9時)なのだが、ケーブルのSpike TV(若い男性を対象にしたテレビ局、ビートたけしの「風雲!たけし城」などを放送したりしている)で月~金曜日ほぼ毎日過去分を再放送をしている。何せ見逃したのが4年分ある訳だから、見放題である。ただ、放送時間が午後7時~9時(二度)なのが困る。これは夕食のコアタイム。何せ死体が出なくてはお話にならない話なので、死体のグロさ度合いによって見られない事もしばしば(見るなって?)。それでも愛するグリサムのため、なるべくチャンネルをあわせるようにしている。CSI:NY(水曜日午後9時)はまめに見ているが、CSI:Miami(月曜日10時)は長い間見なかった。というのも、その時間はフジテレビの日本語放送があり、「あいのり」の日なのである。「あいのり」かCSI:Miamiかというのも究極の選択だけど、最近「あいのり」がつまらなくなってきたので、CSI:Miamiを見るようになった。CSIのヒットにあやかろうと(多分)、それ系のテレビドラマが昨今大流行り。Without TraceやNumbers、Missing、Medium、手を変え品を変え、でもほとんど殺人、誘拐などの犯罪がらみ。かつて高視聴率を誇ったLaw&Orderもそれ系の老舗。同じような話にならないようにシナリオを書く方も大変やね。CSIを見ていると、とにかく難しい医学用語がいっぱい出てくるので、英語字幕を付けて見ている。それでもほとんど専門的なことはわからない。この番組でSpermとSemenの違いが分かった(前者は精子で後者は精液)とか、監視カメラの事をSurveillanceというとか、勉強にはなる。今日は月曜日だわ。夫もいないし、グリサムとデート。でも死体も一緒。
2005/03/14
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今日から夫が日本へ出張。出発が遅くなると思って誰とも会う予定を入れていなかったのだが、夫は朝9時半に飛行場へ。ひとりでどうしよう。午前中にジムでひと泳ぎしたあと、久しぶりにNYタイムスを買って新聞を読んだ。店頭売りって$3.50もするのね。雑誌より高いわ。しかし雑誌より濃い内容の分厚い新聞の束。当然全部読める訳はなく、時事欄やアートなど興味のあるものだけを抜粋して読む。学校時代の癖で分からない単語を辞書で引かない「流し読み」をしていたのに気づき、時々辞書で単語を調べながら読んだ。国際の話題は「中国」。中国ってなんだか最近怖いなあ。中国は台湾及び日本との関係は悪化の一方。多分日本の背後にアメリカがなかったら、とっくの昔に爆弾を落としているだろう。いつの間にこんなに悪い方向へ進んでしまったのだろうか...。色んなセクションを読み進むうちに、ふと、目についたのが「結婚しました」欄。カップルが自分たちが結婚した報告を新聞紙上でしている(ほどんど顔写真付き)のだが、何の意味があるんだろう。親しい友達や会社の同僚ならすでに皆知っているはずだし、そんなに両親とかの交友関係が広いんだろうか。再婚組などいろいろあるが、男性同士のカップルを見つけてちょっとびっくりした。NYではまだ同性結婚は認められていないんじゃなかったっけ?私の知らない間に有効になったのかしら。このカップルはどうやらカナダのオンタリオ州で結婚したらしい。カナダは同性結婚を認めており(一部の州だけだったっけ?)、NYに近い大都市トロントまで結婚しに行く人がいっぱいいるらしい。そういう場合アメリカでも財産問題や権利は有効...なんだろうなあ。だって日本で結婚してアメリカのマリッジ・サーティフィケート(結婚証明書)を持っていなくても夫婦なんだもんね。私も職業柄ゲイの人に接する機会が多かったけど、公言している人はまだ少なめ。雰囲気で、あ、この人ゲイだな、という感じでわかるくらいで、彼氏の写真をデスクに置いている人は少なかった。超保守国アメリカだけどNYですら意外とコンサバなのに驚くこともしばしば。日本ですら性転換後のパスポート記載が性別変更可能になったと聞いた(ね、カルーセル麻紀さん)。しかし、NYタイムスの結婚欄に堂々とこういうカップルが出られるようになったのはとってもいいことだ。愛があればいいではないの、ねえ。
2005/03/13
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アーチーズの見所は、デリケートアーチという自然が作った美しい彫刻のようなアーチ。このアーチはユタ州の車のナンバープレートにもなっている。このアーチを見るには、車を駐車場に置いてから、一時間はハイキングをしなければいけない場所にある。このハイキングが今までの色んなハイキングの中でも結構大変だった。まず山を登り、すべりがちな赤い岩の上をつたったり岩場をぬって歩くのだが、目印が積んである石だけという素朴なトレイル。その目印が場所に寄っては非常に見づらい。冬期の為あまり他にトレイルを歩いている人もおらず、いつかは遭難するかも知れないというスリル付き(大げさ)。行ったのは夕方だったため、日が暮れたら冗談ではなかったかも知れない。写真は結構広いところだけど、こんなところばかりとは限らないのだ。ひたすら登り、岩を越え、結構突然目の前にこの美しいアーチが目に入るのには感動する。あとで知ったことだが、このアーチは結構崖っぷちにあり、風に吹きさらされているため(だからアーチができた)、いつ崩壊するかはわからないそうだ。100年後かも知れないし、来年かも知れない。事実、何年ごとかに他のアーチ群も崩落したりしているらしい。ずっとここにあればいいのに。自然とは残酷なのだ。 これがデリケート・アーチです。
2005/03/10
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名残惜しくモニュメントバレーに別れを告げ、次に行ったところはアーチーズ国立公園。ハイウェイ163から191を北上、この191号線がなかなか面白いドライブになっている。この辺りは変わった岩がちょろちょろとあり、時間があったらいちいち止まりたいほど。アーチーズの入り口はモアブというこれまた結構大きな街。安ホテルがいっぱいあり、宿泊には困らない。私たちはラマダ・インというモーテルに泊まった($50くらい)。アーチーズはモニュメントバレーのアーチ版といった感じの赤い巨石群。違うところは、その名の通り風穴がある岩がいくつもあって、それがアーチ状になっているのである。ビジターセンターは改装中で、シーズンがピークになる夏には立派な設備の建物ができているだろう(現在はプレハブでオープン中)。ここはトロリーバスはまだなく、自分たちの車で回る事ができるが、道が狭くて夏期はものすごく混雑するそうだ。トロリーバスになる日もそう遠くないだろう。ビジターセンターを入ってまずものすごく急な坂道をぐねぐねと登る。まず目に入るのが奇岩の群れ。まっすぐ進むと、遠方にいろんな形のアーチが見えてくる。アーチに辿り着くまでは大抵の場合駐車場に車をとめて、トレイルハイキングをしなければならない。どこの国立公園もそうだが、とにかく歩く。歩くとご褒美に「絶景」がもらえるという寸法だ。続く...。
2005/03/09
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グランドキャニオンとモニュメントバレーの中間(といってももっと北)に、グレン・キャニオンというところがある。「地球の歩き方」によると、フーバーダムを作ったあと、コロラド川に泥が溜まりすぎたために上流にこのグレン・キャニオン・ダムを作らざるを得なかったそうだ。そのためにかつてはグランドキャニオンよりも美しかったらしいグレンキャニオンをぶっつぶして川をせき止め、ダムを作ったが、水が溢れる為に人造の湖を作ったそうだ。それがレイク・パウエルである。スケールの大きな話だ。グランドキャニオンに行く前にちょっと止まったフーバーダムもそうだけど、人間って何でも作れてしまうんだと感心すると同時に、もの言わぬ自然をどんなに破壊&改造してもいとわない風潮があるのはちょっといただけない気もするけど。大恐慌にあえいでいた時期に雇用を生み出し、今でも水と電気を広い範囲に供給しているダム...複雑だなあ。フーバーダムもグレンダムもツアーがあり、どうやって発電しているのかなどを細かく説明してくれる。外側を見るだけでなく、80年以上も前の建造物が素晴らしい機能を持ったデザインになっているのには驚く。このレイク・パウエルは今ではリゾート地と化して、キャンプやボート遊びができるようになっている。大きなマリーナがあり、湖上ハウス(水の上に浮いている家)がレンタルできる。夏期はそれはにぎやかになるそうだが、私たちが行った時はさすがに閑散としていた。一番近い街はペイジ。この街は今まで来た中で一番文明を持った(笑)街だった。しゃれたショッピングセンターや学校、図書館、きれいな家が立ち並ぶ。このダムを中心にできた新しい街なので、何もかもが新しいようだ。ここで夫がチャイニーズレストランを発見して、ありがたく中華料理を食べた。その前にも一度超田舎町でチャイニーズを食べたけど、かなり小さい街でもチャイニーズレストランがあるのには驚く。さすが人間の多い国だ。西海岸に移民の多いベトナムでも韓国でも、当然タイでもジャバニーズでもない。アジア=チャイナなのだ。
2005/03/08
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旅行記はちょっと置いておいて近況。先週の木曜日、モトリー・クルーのコンサートに行ってきました。場所はマジソン・スクエア・ガーデン。オリジナルメンバーが揃った久しぶりのライブということで、多分ソールドアウトに近かったんじゃないでしょうか。メンバーも40歳を越えちょっとは大人になったかと思いきや、悪ガキがそのままおっさんになった状態でした。私たちはアリーナにいたのだけど、アリーナのつらいところは段差がないということ。アメリカ人は時々巨大な人がいるので、こういう人に立たれると前が全く見えない。私の席から二列前の人が二メートルくらいある男性だったので、その人越しみに見るのが大変でした。しかも、デビッド・ボウイのライブとかと違って、皆最初から総立ち。そうだよねえ、ライブはそうじゃなくちゃねえ。アメリカのコンサートは大抵前座のバンドが45分くらいプレイするのだけど、このライブは前座がなかった。コンサートが始まったのは開始予定時間8時を30分ほどすぎてから。前座を当て込んで一時間くらい遅れて来た人は大慌てで席に着いていた。私の隣は二席空いていたのだけど、あとから半分酔っぱらった男性二人が到着。激しい音楽にノリノリでビールの入ったプラスチックのコップをがんがん振り回す。コンサート会場でビールを売るのはやめてくれ~。振り回す腕が時々私当たるのだが、酔っぱらいにからまれたくないので我慢していた。しかし、ついに肩を押されてちょっとよろめいてしまった。するとどうでしょう。酔っぱらいが「I'm sorry, honey! Are you alright?」と謝ったのだ! 酔っぱらいは音楽の楽しみ方が乱暴なだけで、人に乱暴する気はないのだ。謝るなんて偉いぞ、アメリカ人。その後は気分よくヘッドバンギングをし、ライブを楽しむことができました。特筆すべきは、暴れん坊トミー・リー。めでたく(?)シングルになったあとはやりたい放題なのか、ビデオカメラを持ち出し、観客の中から可愛い子ちゃん(死語)を大画面に映す。そして、「Show me your tits~~~!(オッパイ見せてくれ~~)」と言うのだ。恥ずかしがって拒否する子がいる中、上着をめくって胸をぽろりと出す女性の何と多かったことか! 公共の場で大観衆の中で胸を出せる人ってうらやましい。おっさんのように興奮してしまった。日本でもそれやるんだろうか。80年代と違って21世紀の日本人女性なら胸を出すかも知れないなあ。オッパイのお礼にトミーもオチンチンを出していました...偉いぞ、トミー。再々婚は無理だ。
2005/03/07
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モニュメントバレーへのガイドツアーは半日と一日があり、私たちが参加したのは一日コース。午前中は自分の車では回れないようなところや、遺跡巡りなどをしてくれる。午後は半日コースとほぼ同じコースで、いろいろな形の巨石群を見るというもの。ツアーはワゴン車で吹きさらしのため、景色はよく見えるが寒かった。アリゾナ、ユタ、コロラド州の界隈には以前アナサジと呼ばれる先住民族がいたそうだ。ネイティブ・アメリカン(インディアン)よりもっと前のことらしい。しかしナバホなどのネイティブ・アメリカンの部族が定住するころには、こつ然と姿を消してしまったという。その壁画や、蜂の巣のように石を組み立てた遺跡などが残っている。岩の中央にできたくぼみに住んでいた彼らの生活はどんなものだったのだろう。遺跡がいつの時代のものかガイドさんに聞いてみると、「800年くらい前」という。800年?つい最近ではないの。8000年の間違いじゃなくて? 日本やヨーロッパはとっくの昔に文明を持っておったぞ。それでも「高度な文明」と言うのだから、よくわからん。南米のアステカ文明とかとも同時期かしら。あの文明もピラミッドを作ったりと高度だと言われているけど、生け贄を捧げる風習があったりとか、結構、何と言うか、原始的だったような気がする。南北アメリカ大陸はちょっと違うのかしら。ツアーのランチは野外でハンバーガー。ガイドのヘンリーさんが炭のバーベキューでハンバーグのパテを焼いてくれる。夏期は椅子やテーブルも設置してくれるようだが、人数の少ない冬期はそんな設備もなく立ちっぱなし。それでも外で食べるハンバーガーはおいしかった。困ったのがトイレで、荒野の真ん中にあるとても小さなバラック小屋がトイレ。たったひとつしかないので、午前中休憩なしで観光した12人ほどのツアー客は死ぬ思いで我慢をしなくてはいけなかった。午後は巨石群の見学。石にはそれぞれ名前がついており、「スリー・シスターズ(三人姉妹)」、「王の玉座」、「インディアン酋長」、「トーテムポール」などなど、イマジネーション豊か。ひとつひとつを下から見上げるとそれはそれは巨大だ。ツアー中によくみかけたのが、割れたビール瓶の破片。不思議だったのだが、他のツアー客とそういう話をすると、アルコール中毒の人たちなのだという。ナバホ族の領地は法律でアルコールを持ち込んではいけない。その昔、政府から出る補助金(アメリカ政府が先住民族である彼らの土地を奪った謝罪金?)がナバホの人たちを怠惰にさせ、アルコール中毒の人を多く作った。仕事がないうえに働く必要がなくてお金が貰えるなら誰だってそうなる。また不健康な食生活のため肥満が蔓延し、彼らの健康を子供の世代から害しているという。なんとかそういう事態から抜け出そうとアルコールの持ち込みが禁止された。観光客すら例外ではなく、このあたりのレストランではアルコールを出さない。それでもアルコールが欲しいナバホの人は隣町からこっそりビールを買って来て飲んでは、人のいないところにビール瓶を捨てていくのだそうだ。やりきれない話である。巨石群のふもとにモニュメントバレーの小さな村があり、小学校から高校まである。最近は自分たちのルーツを大切にしようという意識が高まり、英語以外にナバホの言葉を学校で教えているそうだ。この赤い土地で子供たちはどうやって成長していくんだろう。岩穴を利用したアナサジの住居。
2005/03/06
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「ニューヨークに行きたいか~!」「オオッ~~~!」というセリフをテーマに、20年(30年?)くらい前に放映された「アメリカ横断ウルトラクイズ」というテレビ番組がある。クイズの始まった当初は海外旅行なんて一般の人にはまだなじみが薄く、ましてや東海岸にあるニューヨークに行けるなんて夢のまた夢だった。当時関西の田舎の子供だった私はあこがれによだれを垂らして(?)見ていたものだ。この番組は一年に一度しかなく、最初のクイズは必ず自由の女神に関する問題で、「自由の女神は裸足である、○か×か」なんていう今では冗談のような出題だった。当時はほとんどの人が正面の自由の女神を知ってはいても、後ろまで回り込んだことのある人が少なかったからね。ちなみに回答はサンダルを履いているのでバツです。その名の通りクイズ隊は「アメリカ横断」をするワケで、グアム、ハワイに次いで西海岸本土上陸、決戦の地がニューヨークである。そのツアーの途中に、モニュメント・バレーというのがよく出てきていた。ここは奇妙な形をした赤い巨大な岩の群れがにょきにょきと広大な大地から飛び出ているところで、子供だった私の心に強烈に焼き付いた。そして、今20余年を経て、やっと目にすることができたのである(大げさ)。グランドキャニオンからモニュメントバレーまではほぼ一本道、標高7000フィートのキャニオンを東に向かって下って行く。途中ほとんどゴーストタウンのようなキャメロンという街で給油をして、走る事約一時間。突然、かなり突然目の前の景色が変わる。大地の色もそれまでの黄土色から赤に変わり、巨石群がいきなり姿を現すのだ。この感動といったらない。ルートとしてモニュメントバレーに行く変わりにレイク・パウエルとグレンキャニオンに行くという手もあるけど、グランドキャニオンからモニュメントバレーまでまっすぐ行く方が絶対にいい。モニュメントバレーで一番有名なのが「ミトン」と呼ばれる手袋の形をした岩。ビジターセンターの目の前にあり、とても写真が撮りやすくなっている。ビジターセンターからは料金を払えば自分たちの車で勝手に巨石群を見てまわることができる。ただ午後5時には閉まってしまう(夏期は延長)ので、夕暮れをみることは残念ながらできなかった。ここはナバホ・インディアンの居住区で国立公園ではないため、ナバホの人たちが管理している。観光ポイントでアクセサリーなどの物売りをしていたりと結構自由勝手。ここのおみやげものは他の国立公園より割高でもある。宿泊はゴールディングス・ロッジ。この辺りにまともな宿はここ一軒しかない。ここの設立者ゴールディング夫妻はナバホ族と生きた不思議な白人夫婦。ナバホ族の窮状を見てハリウッドにモニュメントバレーを売り込み、そこから西部劇のブームを作ったという。最近では「バック・トゥー・ザ・フューチャーPartIII」(これもいい加減古いか)、ウィル・スミス主演の「ワイルド・ワイルド・ウェスト」などの撮影現場になった。ここも冬期の為格安で泊まれたが、夏期はまさに争奪戦になるそうだ。ロッジと同じ管理でレストラン、スーパー、給油所(夏期のみ)、コンビニがあり、さらには空港まである。夏になると観光ツアーがセスナなどで近隣の街から飛来し、一日観光をして行くそうだ。何ともスケールの大きな話である。ただ、このゴールディングスさんの施設以外は、ほとんど全く何もないと言ってもいい。あるのは広大な土地と巨石群のみ....。 ロッジの部屋(二階)からの眺め。
2005/03/05
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トイレをすませて、ランチを食べるプラトー・ポイントというところに向かう。ここは台地になっており、先端からはキャニオンの頂上よりずっと近くにコロラド川を見渡すことができる。ミュールでは出発から2時間くらいで到達できる。とても頑健なハイキング慣れした人ならば、一日でここまで来て引き返すことができるそうだ。ランチはツアーの中に含まれている。紙の箱に入っているランチボックスを手渡されて開けてみると、中にはテーブルロールパン、りんご、ジュース、スティックチーズ、ビーフジャーキー、チップスというごく簡単なものが入っていた。おにぎりくらいランチに欲しいところだが、アメリカとは不便なところなのだ。パンとビーフジャーキーをかじってランチボックスを置いていると、途端にカラス(どこの国立公園でもレイブンと呼ばれる大きめのカラスがいっぱいいる)やリスが寄ってくる。自然の動物に決して食べ物を与えないのはルールなので、ボックスをもったまま写真を撮りに移動。帰りは随分と気温もあがり、お腹も少しはふくれたため、かなり安心してミュールの背中に揺られていることができた。何より下を見下ろす機会が無いのがいい。いくら重労働に適したミュールでものぼりはかなり大変なので、途中時々休みながら登って行く。帰りは結局4時間ぐらいかかり、出発地点に着いたのは午後3時を過ぎていた。終了時に、「ミュールツアー修了書」という卒業証書みたいなものを渡されるのはご愛嬌。このミュールツアーは、廃止の危機に貧していると言う。原因は、徒歩のハイカーとの接触。ミュールは生き物なので、途中でうんこもするし、おしっこもする。それが地道に歩くハイカーの気に触るというのだ。確かに、私たちのミュールも何度もおしっこをしたのだが、今の時期雪解けでぐちょぐちょの道におしっこが混ざり、ハイカー達はさぞかし腹立たしいことだろうと思った。道は一本しなかいので避けようがない。ツアーガイドさんは「もともとこのトレイルはミュール用に作られたもの。共用したくないなんて人間のわがままだ」と言っていたけど、この先どうなることやら。
2005/03/04
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グランドキャニオンの醍醐味は、はるか下を流れるコロラド川までトレイルを下って行く事にある。そのトレイルで景色を楽しみ、自然の大きさを体感するのだ。「地球の歩き方」でも書かれている通り、このトレイルはかなり厳しく、一日では戻ってこられない。下るのは言うなれば簡単なのだが、登るのは下りの約二倍の時間がかかることになる。できるところまで降りてから途中のポイントで引き返すのが懸命なのだ。それでも一番下まで降りたい人には、ちゃんと泊まるキャビンがあるというのもすごい話だけど。自分の足で歩くのも楽しいだろうけど、馬好きの私はやりたかったことがある...ミュールでトレイルを歩くのだ。ミュール(ラバ)は馬とロバのかけあわせで、馬のように大きな体にロバのがっしりした体格と足を持っているので、重労働に最適(かわいそう...)。このミュールツアーはグランドキャニオンの伝統で、1920年ごろから始まった観光ツアーで当時のしゃれたドレスを着た女性たちがミュールに乗っかってキャニオン下りをしている写真などがある。しかしミュールツアーに参加するには、体重が服を着た状態で200ポンド(80キロくらい)を越えた人はだめ、英語が理解できる人じゃだめなど、結構厳しい規則がある。危険項目を全部理解した上で「万一の事故があってもツアー会社を責めません」という同意書にサインする。英語が理解できるというのは、危険が生じた時に通訳なんかやっていられないため。英語での注意がわからず馬ごとキャニオンに落ちたらどうなるかは想像が難しくないだろう。一応主催者側が言うには、歴史の中で一人の死亡事故も出していないそうだ。同意書にサインをすると、水筒と黄色い雨ガッパを手渡され、朝8時にブライトエンジェル・ロッジ近くの集合場所に来るように指示される。8時に集合すると、結構人が来ていた。私たちのように一日コースの人もいれば、一番下のキャビンに泊まる二日コースの人もいた。いくつかのグループに分けられ、グループごとにガイドがつく。そこでくどいほど安全事項の注意をされ、ミュールが各自に振り当てられる。この日は昨日の雪がうそのように晴れて晴天。しかし、トレイルにはまだ雪が残っており、しかも中途半端に凍っているので恐ろしい状態である。そのコンディションに気づいたのは、ミュールに乗ってツアーを出発してからだった。細い崖っぷちでミュールたちは時々足を滑らせるのだ...。私たちのツアーはガイドを入れて5人と小さめだった。男性は私の夫ひとり。若いひとり参加の女性と老夫婦が来ていたが、ダンナさんは体重オーバーであきらめたそうだ。60歳を軽く越えていると思われるおばあちゃんはダンナを置いてひとりでミュールツアーに参加するのである。すごすぎる。トレイルの幅は当たり前だけどそれほど広い訳ではなく、ハイカーとすれ違うためミュールはトレイルの端っこを歩くように訓練されている(安全のため、人は崖の内側を通る)。その怖さといったらない。そして、ジグザグのトレイルを折り返すたびに、ミュールの長い首はトレイルの外に出るので、乗っている人間の視界もほぼ空中を浮くような状態になる。ツアーが始まって三分で思いっきり後悔。笑顔がひきつったまま下りの一時間半を過ごす。途中の休憩ポイント(インディアン・ポイント)まで午前中は休みなく下り続ける。雪が残る氷点下の朝、恐怖に顔をひきつらせたままポイントに着いた時は、安堵で皆トイレに駆け込んだ。(続く...) 白いジグザグがトレイル。このトレイルは果てしなく続く。
2005/03/03
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どんなに写真を見ても、ガイドブックを読んでもイメージできない場所ってある。グランドキャニオンはまさにそんなところだった。初めてあの壮大な風景を見た時、まじめに「地球って大きいんだあ」と思った。人生で一度は見るべきものだと思った。キャニオン=渓谷というのは川が浸食してできたもので、その地層を上から見下ろす形になる。その深さといったら、目もくらむほどだった。私たちが行った初日は雪が降っており、景色もほどんど霧で隠れていた。冬に行く利点は、自分たちの車で行きたいポイントに行けることだ。3月から人が’増える時期は、車を入り口で駐車して、無料の天然ガスのトロリーバスに乗り換えて行動することになる。もちろんルートが決められているうえに15分おきに運行されるため、必然的に行動範囲が制限されるだろう。これは人が多くなりすぎて排気ガスを懸念した末の処置らしいが、グランドキャニオン以外の国立公園もこのシステムに変わりつつあるそうだ。私たちの行った冬期でもバスは一部運行されていた。キャニオンのへりをハイキングして、歩き疲れて帰ってきた時に利用したが、乗り心地のいいバスだった。霧と雪のために観光をあきらめ、初日は洗濯。キャンプ場にランドリー場があり、そこで洗濯をした。キャンプ場にはマーケットもあり、ここで普通のスーパーとほとんど同じ物が購入できる。国立公園とはいえ、便利なものだ。午後の晴れ間を利用してリム(へり)をハイキングした。宿泊はサンダーバード・ロッジ。ブライトエンジェル・ロッジという老舗ロッジに隣接した新しめのロッジで、部屋自体は狭いもののホテル並みの設備だった。ふたりとももう若くないので(苦笑)水回りに苦労したくなかったのでこのロッジを選んだ。ブライトエンジェルはトイレはあるけどシャワーが共同だったかな? さらにこのサンダーバード・ロッジの二階は、窓からキャニオンが見えるというおまけつき。一階の通り側とでは値段がもちろん違うが、このロッジに泊まる事自体が非常に便利なので、景色なんてみられなくてもこの辺に泊まるのはいいだろう。特に冬期はこのロッジのレストランしか開いておらず、ここでなければ食事にも困る有様だった。ここのレストラン、アリゾナ・ルームの食事は意外とおいしくてびっくりした。 アリゾナ・ユタ州の国立公園のロッジは多くがザンテラXanterraという民間会社が経営しており、ここのウェブサイトから空室状況やレートが見られる。万一英語が話せなくてもウェブで予約し、プリントアウトを持って行けばいいのだ。いい時代になったものだ。
2005/03/02
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「国立公園めぐりをしよう!」と夫と旅立った二週間あまりの今回の旅行。ラスベガスを拠点として、アリゾナ、ユタ州の国立公園を巡る旅を通称でグランドサークルというと知ったのは、今回の旅行をプランし始めてからだった。私たちはグランドキャニオン、モニュメントバレー(これだけ国立公園ではない)、アーチーズ、ザイオン国立公園に各3泊くらいずつする旅程にした。後から行きたいところがどんどん増えて、結局グレンキャニオンとレイクパウエル、ブライス国立公園、デスバレー国立公園が追加となった。こんな時期にこんなに長期に旅行をしていいのかという世間に対する後ろめたさも、行きの飛行機の中でどこかへ飛んで行ってしまった。まず、ラスベガスに到着。ホテルはMGMグランド。ラスベガスのホテルは週末料金が平日料金の1.5倍くらいになる。私達が滞在した平日は一泊$80くらいと大安値だった。この頃チャイニーズ・ニューイヤーで妙に中国人が多く、あちこちのホテルの飾り付けも中国の新年を祝う赤いものが多かった。私はラスベガスは5年前に一度友達と来ていたのだが、夫は25年ぶりくらいだそうだ。その頃のさびれた面影は全く無く、この遊園地のような街の変わりように驚いていた。ラスベガスの繁華街&ホテル街はストリップとよばれる通りに集中しており、超巨大ホテルたちは隣から隣に行くまで非常な時間を要する。しかし、トラムやモノレールを乗り継げば、マンダレイ・ベイ・ホテルからトレジャー・アイランドまで行けるシステムになっていたのには感動した(もっと奥まで行ける)。私の行った5年前はまだモノレールが完成しておらず、ルクソール(ホテル群のほぼ端っこに位置)に泊まっていた私達は一生懸命歩いていったものだ。ベラージオの噴水やミラージュのボルケーノ(火山)などいろいろなホテルで無料アトラクションが楽しめるのだが、トレジャー・アイランドの海賊ショーにはがっかりした。このショーは前回も私は見ていたのだが、シンプルな海賊同士の戦いで子供でも楽しめるものだった。今回は小娘アマゾネス対チンピラ若造海賊のミュージカル仕立てのショーに変更されており、体をくねらせてポップな歌を歌うお姉さんたちの姿にはこっちが恥ずかしくなってしまった。夜は当然スロットマシーンにはまり、25セントのマシーンで$20ほどする(私は小心者)。夫は「賭け事に興味がない」と言っておきながら私の倍近くのスピードで遊んでいた。一度夫に100倍が出て大騒ぎしたものの所詮25セント。あっという間に使い果たしてしまいました。これも5年前と比較しての事なんだけど、スロットがレシート制になっていたのは驚き。以前は当たりが出ると25セント硬貨がチンチンジャラジャラとナマで出て来ていたのに、今はプリントされたレシートがベロッと出て、それをキャッシャーで現金に変えてくれるシステムになっていた。臨場感がなくて非常につまらない。それでも他のホテルの古いマシーンでは今でも硬貨制だった。あの人を狂わせる(笑)硬貨の降ってくる音は一部では健在だった。
2005/03/01
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